不死鳥たちの航跡   作:雨守学

1 / 35
第1話

命というものは、儚いからこそ、尊く、厳かに美しいのだ。

 

――トーマス・マン

 

 

 

 

 

 

「時々思うのです。今でもあの島に居たら、どうなっていたのだろうって」

 

吹雪さんは、窓の外に遠く見える、小さな島を見つめた。

 

「後悔しているのですか?」

 

「いいえ、後悔なんてありません。最愛の人と同じ時間を過ごすことが出来ましたから」

 

老いた細い指にはもうはめられないのか、指輪はネックレスにして首に掛けられていた。

 

「ただ、心配になるのです。あの島にいる皆が、何を思い、どうして生きているのか……。――いえ、生きているという表現は間違っているのかもしれません。死が無ければ、生もありませんから……」

 

そう言うと、吹雪さんは近くにあった写真たてを手にし、まるで語り掛けるようにして、見つめた。

 

「――そう言えば、正式に決定したそうですね。島への出向」

 

「はい、まだ日程は確定していませんが、近日中にも」

 

「そうですか。夢だって言ってましたものね。おめでとうございます」

 

「吹雪さんのお陰です。こうしてお会い頂いて、色々と勉強になって……」

 

「それは違いますよ。貴方の熱意、気持ちがそうさせたのです。貴方は私と出会わずとも、きっとあの島への切符を手にしたでしょう」

 

「そうでしょうか」

 

「そうですよ。それに、貴方には不思議と、魅かれるものがあります。きっとそれは、貴方の優しさや想いが、目に見えるほどに溢れているから――そして、あの島の艦娘達には、それが必要なのだと思います。貴方が必要なのだと思います」

 

その言葉の一つ一つに、彼女の想いが乗せられているように思えた。

そしてそれは、まるで――。

だけれどそれは、彼女に残された時間が短い事を知っているから思えるようであって――。

 

「あの島の艦娘たちは、死を恐れている。吹雪さん、貴女はどうして、人であることを――死を受けいれることが出来たのですか?」

 

初夏の風が、病室内に吹き付けて、吹雪さんの白い前髪を揺らした。

その合間から見えた表情は、とても穏やかで、今まで見て来たどんな表情よりも、優しさに――幸福に包まれていた。

 

「愛です。愛があったから、私は死を受け入れることが出来たのです」

 

司令官に貰ったという指輪が、首下で輝く。

それはまるで、命の輝きのようで――何度も何度も、チラリチラリと、彼女の胸の中で輝いていた。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「吹雪さんが亡くなった」

 

上官に呼び出され、開口一番にそう聞かされた。

 

「昨日、君が訪ねたその夜に、容体が急変したそうだ。そして、今朝ほど……。残念だよ……」

 

「……そうですか」

 

覚悟していたことであった。

吹雪さんには伝えられていなかったが、もう永くなかったのだ。

それでも、彼女は何かを悟ったかのように、いつも自分の死後の事を語っていた。

 

『私が死んでも、世界は回り続ける。命の灯、なんて言いますけれど、案外そうなのかもしれません。あっけなく消えてしまう灯は、消えるまでは大切に扱いますが、消えてしまえばそれまでです。そんなものなのです。命なんてものは……』

 

「吹雪さんは君に期待していたようだね。こんなものを遺していた」

 

上官は俺に、一冊のノートを手渡した。

 

「あの島の艦娘たちの特徴や性格――吹雪さんしか知らないような事を書いているようだ。君が島へ行くと聞いたものだから、何かの役に立ちたいと、書き起こしたものなのだと思うよ」

 

中にはびっしりと艦娘の事が書かれていた。

ページが進むに連れ、文字が震えて行く。

俺の頬には、自然と涙があふれていた。

 

「雨宮、ここまでされたらやるしかないぞ。君は成しえなくてはならない。戦後70年負の遺産『艦娘』の『人化』を――」

 

「――はい」

 

その三日後、俺の島出向への日程が決まった。

 

 

 

出向当日。

見送りは、上官ただ一人であった。

 

「メディアに嗅ぎつかれてはいかんからね。我々が艦娘の『人化』を『促している』と、報道されると厄介だ」

 

「承知しております」

 

「くれぐれも『ハニートラップ』には気を付ける様に。尤も、君には通じないだろうがね」

 

上官は大いに笑うと、俺の肩をポンと叩いた。

 

「頼んだぞ」

 

「はい」

 

上官は、姿が見えなくなるまで、手を振って見送ってくれた。

 

 

 

島へは小さな船で向かう。

船頭は、戦後からずっと、あの島への行き来を仕事にしている、重さんだ。

この重さん、海軍の人間でないのにもかかわらず、唯一、自由に本部へ出入りできる様な人であった。

 

「慎二、とうとうてめぇが乗って来たか。あの生意気なクソガキが、よくもまぁ成長したもんだな」

 

「重さんは変わらないな。俺があの島に行く時、もう死んでるもんだと思っていたが。元気そうでがっかりだよ」

 

「クソガキが。俺はあと100年は生きるんだ。てめぇより長生きしてやるよ」

 

「その意気だ、重さん」

 

「ケッ、なーにがその意気だ。バカヤロウ。さっさと乗りやがれってんだ」

 

口では悪態をつくものの、重さんはどこか、いつもより嬉しそうに、笑って見せた。

 

 

 

船は、真っすぐと島を目指した。

 

「あの島では、出向してきた男を「提督」だったり「司令官」と呼ぶんだ。えれぇ出世だな、慎二」

 

「どうかな。あの島への出向を志願するような奴なんてのは、頭のおかしい奴か、下半身でしゃべるような奴しかいないらしい。出世というより、島流しにでもしたつもりなのではないかな」

 

「だが、昔と違って、出向への条件は厳しくなっている。ここ数年は、志願しても『適性試験』を通るような人材はいなかったと聞くぜ。誇っていいんじゃねぇのか」

 

「珍しいね。重さんが褒めるなんて」

 

「嬉しいんだよ。久々に期待できるような奴が出向になってよ。てめぇ以前はてんで駄目だ。『ハニートラップ』に引っかかって通報されるわ、艦娘が言うことを聞かないと泣きついてくるわ……」

 

重さんは思い出す様に目を瞑ると、大きくため息をついた。

 

「あの島の艦娘は、出向してきた海軍の人間を追い出そうとするらしいが、そんなに強力なのか?」

 

「まあ、そうさな。艦娘が言うことを聞かないってのは……まあ、よくはねぇがいいとして、『ハニートラップ』は強力だと思うぜ。艦娘とは言え、見てくれは人間そのものだ。『不老』であることや――などを除けば、性行為も出来るし、人間と変わらねぇ。特にあの島には、陸奥、鹿島、大和――人間でいうところの艶冶(えんや)な艦娘が残っている。そいつらが『ハニートラップ』を仕掛けるものだから、大抵の男は引っかかっちまう。いざ手に掛けようとした時、青葉が現場をキャッチ。通報って訳だ」

 

「女性を出向させる案は無かったのか」

 

「あるにはあった。だが、そもそも出向したがる奴が居ないのと、島から出すのに一番有効な『娶り(めとり)』には、やはり男が必要だったんだ」

 

『娶り』。

言葉の通り、妻として迎える事だ。

 

「あの島の艦娘たちは、島から出ることを恐れている。故に、自ら出て行こうなどとは考えねぇ。だからこその『娶り』だ。吹雪さんも言っていただろう。死を恐れないためには、愛が必要だと」

 

「艦娘を惚れさせて、島から出させるって訳か」

 

「ただ、その為に人生を捨てる奴はいないし、婚活気分で出向した男は、全員やられて帰ってきている」

 

「なるほどな」

 

だからこそ、『ハニートラップ』に引っかかりやすいのだろう。

艦娘の誘惑を都合のいい方に考えるものだから――。

目的と一致しているから――。

 

「一隻出せば上等。そう言われている。だが慎二、てめぇは違うんだろ?」

 

「あぁ」

 

島が近づくにつれ、俺の心に秘めていた思いが、熱くなって行くのを感じた。

 

「あの島の艦娘を全員、島の外に出す。『娶り』でなく、彼女たちが自ら、島を出たいと思えるようにしてみせる」

 

俺の決意に、重さんは複雑な表情を見せた。

それは、俺の決意が無謀なものであると思ったからではない。

俺の事情を知っていたからであった。

 

「慎二……気負うなよ……」

 

「フッ、そんなんじゃないさ。俺がそうしたいと思っただけだ。ソレは関係ない」

 

「だと良いがな」

 

そこから島に到着するまで、重さんは何も話さなかった。

 

 

 

島に到着し、荷物を降ろす。

 

「寮は、あの道をまっすぐ進んだあの建物だ。その隣の家が、てめぇの家だ」

 

「いい家だ」

 

「荷物はそこのリアカーを使え。欲しいもんがあったら、電話で申請してくれ。持ってくるから。島から出られるのは週に一日だけだが、出歩けるのは海軍本部内だけだ。情報漏洩対策の為だと聞いている」

 

「分かったよ」

 

「それと、これ、あいつらに渡しといてくれ。生活支給品と、寄付された衣服などが入っている」

 

重さんは、段ボールを重たそうに抱えると、リアカーに乗せた。

 

「これを向こうまでもっていくのに、毎回大変だったんだ。慎二、てめぇが居て助かったよ」

 

だからあんなに喜んでいたのか……。

 

「寄付か」

 

「時々送ってくるんだ。艦娘を支援したいって奴らが。あいつらも、これを楽しみにしているようだ」

 

艦娘を支援したい、か。

そういう奴らは、たいていが艦娘の『人化』に反対しているような奴らだ。

『人化』は、艦娘の持つ『不老』を取り除き、命を与える。

つまり、死を与えるのと同じだと、あいつらは言う。

殺害と同じだと、あいつらは言うのだ。

そう言った声は大きくないものの、一度「殺害」だなんて使われた日には、海軍や国は非難されてしまう。

だからこそ、上官はメディアの目を気にしていたのだ。

とは言え、艦娘を『人化』せずに人間と生活させることは出来ない。

それはそれで、人間は恐れているのだ。

人であらざるモノを社会に受け入れられない、と。

どうも矛盾している。

 

「さて、そろそろ行くか。慎二、期待してるぜ」

 

「あぁ、ありがとう、重さん」

 

「おう」

 

重さんの船を見送り、俺はリアカーを引いて、寮を目指した。

 

 

 

島について驚いた事は、田畑が広がっていることであった。

艦娘たちは、支給品以外にも、自給自足を目指し生活しているらしい。

『不老』でも、飯を食わないと『活動が停止する』との事であるが、一体どんな原理なのか、俺には分かっていない。

 

「ありゃ、風力発電か。あっちは太陽光発電?」

 

島へは電気が送られているようだが、なるほど、この島のほとんどは人が住めるような平地が少ないと聞く。

故に、こう言った設備がある訳か。

 

「あ……」

 

女の子の声。

振り向くと、金髪の小さな女の子が、驚いた表情で俺を見つめていた。

艦娘だ。

 

「お前は確か……。皐月……だったか」

 

吹雪さんのノートを取り出して確かめようとした時、皐月は逃げるようにして寮の方へと走って行ってしまった。

 

 

 

「ふぅ……やっと着いた。重さんはこんなことを毎回やっていたのか……」

 

寮の正門をくぐると、そこには二隻の艦娘が俺を待ち構えていた。

黒髪にメガネ。

銀髪にツインテール。

どちらも驚いた表情を見せた後、すぐに表情を戻した。

 

「大淀に、鹿島……で、合ってたかな」

 

「よくご存じで」

 

答えたのは大淀だ。

 

「貴方が新しい方ですね」

 

「雨宮慎二だ。よろしく」

 

俺が手を差し伸べても、どちらも反応してくれなかった。

まるで見定めるかのような瞳で、俺を見ているだけだった。

敵意丸出しって感じだ。

 

「歓迎されていないのは知っている。お前たちが何をやって来たのかもな」

 

「手を出して来たのはそちらです。私たちはそれを通報したまでですよ」

 

「何の話だ? 俺はそんな話はしていないのだがな。それとも、そのことについて、何か後ろめたい事でもあるのか?」

 

そう返してやると、鹿島はムッとした表情を見せた。

 

「雨宮さん、喧嘩をしにこの島へ来たのなら、お引き取り願いたいものですが?」

 

表情を歪める鹿島と違い、大淀は表情を変えず、強気だ。

 

「お引き取り願うのはそちらの方だぜ。我が物顔で使っているこの島は、国のものだ。お前たちのものじゃない」

 

「だったら追い返してはどうでしょう? 尤も、それが出来ないから貴方がここにいるのでしょうが」

 

「その通りだ。だから俺がここにいる。むしろ、俺が居て助かったのはお前たちの方だ。海外では艦娘を強制的に『人化』し、『人化』に抵抗する艦娘は『解体』するとしている。この国も同じ選択をする準備はあるんだぜ」

 

「そんな脅しが通用するとでも?」

 

「脅しかどうか確かめてみろよ。ここ数年、この島に海軍の人間が来なかったのは、なんの為だと思う? その計画の準備をしていたからだ。だが、内部には、その計画に反対する人間もいてな。そこで俺だ。俺がその最後の砦だ。俺で駄目なら、国は計画を遂行する。そういう約束になった。ちなみに計画を具体的に説明すると、お前たちの所有権を海外へ移転させ、強制的に『人化』もしくは『解体』させることになっている」

 

「そんなこと……」

 

俺は大淀の目をじっと見つめた。

大淀の視線が、俺から離れる。

俺の言っていることを信じた証拠であった。

 

「安心しろ。俺はお前たちがこの島を出さえすれば、どっちに転んだっていいと思っている。だから、この件で脅しはしない。お前たちは俺を追い出してもいいし、無視したって良い。どちらにせよ、俺はお前たちを島から出す事に全力を尽くすつもりだ。正々堂々とな」

 

ふと、寮の方から視線を感じた。

見てみると、寮の中で、艦娘たちが俺たちのやり取りを覗き込んでいた。

俺はそいつらに聞こえる様に、大声で言ってやった。

 

「雨宮慎二だ! お前たちの司令官? 提督? になる男だ。よろしくな!」

 

笑顔を見せてやると、皆は逃げるようにして、部屋のカーテンを閉めてしまった。

 

「それで、どちらが案内を?」

 

 

 

案内は大淀がしてくれることになった。

 

「寮は基本、艦娘が使う場所です。立ち入りはご遠慮ください」

 

「あぁ、分かった」

 

「では、島の案内をいたします」

 

あんなことがあったのに、大淀は平生と島を案内してくれた。

「仕事」となると、個人的な感情を挟まない様に考えているのだろうか。

もしくは、怒り過ぎて、心を殺しているのか……。

 

「以上です。貴方の家は、あの奥に見えるものがそうです。中に家電などのマニュアルがあるそうなので、それを読んでください。食事はご自分でお作り下さい。材料は備蓄庫に野菜などがありますので、そちらをどうぞ」

 

「ありがとう」

 

「では、私はこれで……」

 

「待て、大淀。俺になにか出来ることはないか?」

 

そう言うと、大淀は仕事モードを抜けたためか、或いは怒りが爆発したのか、俺を睨み付けて、言った。

 

「ありません。私たちは、今までそうして生きてきましたから。貴方ごときに助けられるほど、柔じゃありません」

 

その瞳に、虚栄はなかった。

 

「そうか。じゃあ、寮の奴らに伝えてくれないか? 俺の家はいつでも出入り自由だってな」

 

「はい?」

 

「荒らすもよし、遊びに来るもよしだ。あの家には入ったことが無いのだろう? お前のさっきの台詞『中にマニュアルがあるそうなので』ってのは、あの家の中に何があるのか知らないが故に出たものだ。違うか?」

 

大淀は不服そうに「許可されていませんので……」と返した。

 

「あの家に興味がある奴も、少なからずいると思うんだ。許可は俺が出すから、ぜひ来てくれと伝えてくれ。とにかく、交流がしたいんだ。こっちは寮に行けないからな。待ってると伝えてくれ」

 

大淀は分からないというような表情を見せた後、やはり嫌そうな顔を見せた。

 

「これはお前に与えられた『仕事』だ。お前は仕事となれば、どんなに個人的な事情があれど、しっかりやり遂げる奴だと俺は見ている。違うか?」

 

大淀は答えなかった。

 

「とにかく、頼んだぜ」

 

冷たい視線を送る大淀を後に、俺は家へと向かった。

 

 

 

その日の夜。

飯を食おうと備蓄庫に行ってみると、そこには何もなかった。

ふと寮の方を見てみると、大量の食材が積まれているリアカーがあり、その前に大淀が立っていた。

門を指す大淀。

その先には「艦娘以外立ち入り禁止」の張り紙。

大淀がほくそ笑む。

 

「にゃろぉ……。やりやがったな……」

 

結局その日は、持ってきていたカップ麺で腹を満たした。

とは言え、この調子だと、二日ほどで食材が尽きてしまう。

なるほど、飯を食えない状況は考えていなかった。

 

 

 

翌朝。

あてがわれた家は物凄く快適であった。

とても広いし、設備も充実している。

……飯が無いこと以外は。

 

「ん……」

 

庭に出てみると、なんとも綺麗な朝日が出迎えてくれた。

真正面に望める海は、キラキラと光っていて、俺の眠気を一気に飛ばしてくれた。

 

「さて……どうしたもんかな……」

 

重さんに連絡して、食材を持ってきてもらってもいいが、あれだけ大口を叩いてしまった以上、昨日の今日でってのはな……。

畑からくすねることも考えたが、人としてどうなんだって感じだし……。

 

「仕方ない。サバイバルだ」

 

倉庫に眠っていた釣竿を持って、家を飛び出した。

 

 

 

海へと向かう途中、寮を覗いてみると、数隻の艦娘達が体操をしていた。

 

「よう、おはよう。早起きだな」

 

そう声をかけてやると、皆一斉に寮の方へと逃げて行ってしまった。

残って俺を睨み付けたのは、鹿島であった。

 

「なんですか……?」

 

「何って、あいさつだ。おはようって」

 

「皆が怖がっています……。早くどこかへ行ってください……」

 

「何もとって食おうって訳じゃないんだ。怖がる必要はない」

 

そう言って視線を寮に向けると、鹿島は隠す様に目の前に立ちふさがった。

 

「貴方たち人間は死神です……。死を与える存在……。恐れるのも分かるでしょう……?」

 

「なるほど、死神か。上手いこと言うな。死神は生死を司る神だ。命を与え、死を与える俺たちは、確かに死神かもな」

 

へらへらと笑う俺が気に食わないのか、鹿島の表情は、徐々に怒りに満ちて行った。

 

「分かったらさっさと立ち去ってください……」

 

「皆へ声をかける事くらい、させて欲しいものだが」

 

「駄目です……」

 

「どうしてもか?」

 

鹿島は答えない。

代わりに、鋭い瞳が、俺を睨み付けていた。

 

「……分かったよ」

 

そう言って立ち去ろうとすると、鹿島は肩の力を抜いて、安心した様子を見せた。

 

「なんてな。おーい! お前たち!」

 

「な……!」

 

俺の声かけに、寮の中から、何事かと顔を出す艦娘が数隻いた。

 

「大淀から聞いたと思うが、いつでも俺の家に遊びにきてくれていいんだぜ! あの家の中に入ったことないだろう? 興味ある奴もいると思うんだ! だから――っ!?」

 

話の途中で、俺は鹿島によって突き飛ばされた。

押した力は強くないものの、咄嗟の事にバランスを崩し、持っていた釣竿を下敷きに、俺は地面に倒れ込んだ。

腕に痛みが走る。

見てみると、釣り針か何かで引っ掻いたのか、軽く出血をしていた。

 

「いてて……」

 

「あ……」

 

怪我を見た鹿島の顔が、一気に青ざめる。

 

「ご、ごめんなさい……。私……怪我させるつもりは――」

「――何事ですか!」

 

怒鳴りこんで来たのは、大淀であった。

 

「こんな朝早くから何を騒いでいるのですか!? って、やっぱり貴方ですか……。一体何の用で……」

 

大淀は俺の腕の怪我を見ると、鹿島と同じように青ざめた。

 

「血が……」

 

その表情は、まるで大けがでも目撃したかのようなものであった。

 

「大淀。ちょうど良かった。お前、皆にちゃんと言ってくれたか? 俺の家に来ていいって事」

 

そう問いかけても、大淀は返事をしなかった。

というよりも、俺の声が聞こえていないようであった。

 

「大淀?」

 

俺の怪我を見つめたまま、動かない大淀。

青ざめていた顔は、さらに深刻なものになって行き、唇が小さく震え始めた。

 

「お、おい……どうした? 大丈夫か?」

 

「大淀さん……?」

 

「はっ……はっ……」

 

呼吸が荒くなって行き、冷や汗をかき始めた。

震える体、瞳孔の動き……。

この症状は……。

 

「もしかして、PTSDか……!?」

 

俺は怪我した腕を見た。

おそらく、トリガーは血。

なにか「血」に関係する強いトラウマがあるのだろう。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

「大淀さん!」

 

「大淀、落ち着け。大丈夫だ。いいか、俺の声に合わせて深呼吸をするんだ。大きく息を吸って……。1,2,3……」

 

大淀は俺の合図に従い、息を吸った。

 

「ゆっくり吐いて……1,2……もっとゆっくりだ……」

 

「は……はっ……はっ……」

 

「よし、もう一度だ。大きく吸って……1,2,3……」

 

繰り返してゆく内に、大淀の呼吸は、徐々に深くなっていった。

背中をさすって、声をかけてやる。

 

「大丈夫、大丈夫だ……。大したことじゃない……。ほら、海を見ろ。遠くに客船が見えるか? あれは海外から来ている客船でな――」

 

大淀が落ち着くまで、俺は語り掛け続けた。

 

「気分はどうだ?」

 

「……はい。もう大丈夫です……」

 

「そうか。悪かったな……。鹿島、大淀を寮へ連れて行ってやってくれ。汗を拭いてやって、水分補給させるんだ。あまり一人にさせず、どんな話題でもいいから、語り掛けてやってくれ」

 

「は、はい。大淀さん……」

 

鹿島は大淀を連れ、寮へと戻っていった。

艦娘達が心配そうに、それに寄り添う。

 

「…………」

 

 

 

傷の手当てをするために家へ戻る。

救急箱を探していると、大きな風呂敷包みを持った一隻の艦娘が俺を訪ねて来た。

 

「お前は……」

 

「鳳翔と申します。傷の手当てに参りました」

 

 

 

縁側に座り、鳳翔の手当てを受けた。

大した怪我ではなかったが、包帯を巻くなど、少し大げさに手当てをしてくれた。

 

「悪いな。手当てをしてもらったうえ、握り飯まで頂いてしまって……」

 

「いえ。食材を隠されてしまったようでしたので、お腹が空いているかと思いまして。釣り竿を持っていたのも、その為かなと」

 

吹雪さんのノートに書いてあった通り、鳳翔は、どんな些細な事にも気を遣える艦娘のようだ。

 

「しかし、良かったのか? 大淀に何を言われるのか、分からねぇぜ」

 

「私は人間も艦娘も差別はしません。どちらかが困っていれば、平等に助けたいと思っています。大淀さん達も、私の性格をよく分かってくれていますから、何も言いません」

 

今の発言が正しければ、鳳翔はこの島で、かなりの信頼を置かれている存在なのだろう。

そうでなければ、人間に傾いた時点で、鳳翔は孤立してしまう。

もしくは――。

 

「『ハニートラップ』じゃないか。そう思ってはいませんか?」

 

何もかも見透かした瞳が、俺を見つめていた。

だが、悪意はなく、イヤな感じは一切なかった。

 

「もしそうだとしても、私に貴方を落とすことは出来ないでしょう。女としても魅力もそうですが、大淀さん達に臆さないその性格は、とても強い信念がある証拠ですから、今までほど簡単にはいかないでしょうね」

 

褒められているのか、それとも警戒されているのか分からず、俺はどう返すことも出来なかった。

 

「それにしても、先ほどの対応を見ていましたが、とってもスムーズでしたね。医療関係のお仕事をされていたとか?」

 

「いや、この島に来る前、少しだけああいった症状の事について調べていただけだ。対応があっているのか自信は無かったが、何となってよかった」

 

「調べていたということは、そう言った症状が発症する可能性を見越していたという事ですか?」

 

「無くはないだろうとは思っていた。死を恐れる艦娘の中には、きっと何かショックなことがあって、死を恐れている可能性もあるだろうな、と。俺がその扉を開けてしまう可能性も……。実際、そうなってしまった。大淀には悪い事をした……」

 

俯く俺に、鳳翔はそっと、背中をさすって慰めてくれた。

 

「大淀がああなってしまったことは、過去にもあるのか?」

 

「えぇ、何度か……。血を見ると、動悸が起こるようで……。きっと、あの事がトラウマになっているのだと思います」

 

「あの事?」

 

「はい……。もうどれくらい経ったのか……。とにかく、昔の話です……」

 

鳳翔は目を瞑ると、一つ一つを思い出すかのようにして、語り始めた。

 

 

 

 

 

 

もうずっと昔の事です。

この島に、一人の男が出向してきました。

 

「佐久間肇(はじめ)だ。よろしく」

 

その頃はまだ、今のように人間を敵視している艦娘は少なかったので、歓迎されていたのを覚えています。

島を出る為の準備をしている艦娘もいれば、運命の人がやって来るのを待ち望んでいる艦娘もいたくらいです。

 

「大淀です。貴方の身の回りの事は、私にお任せください」

 

「大淀か。よろしくな」

 

「よろしくお願いいたします。提督」

 

二人が固い握手をしていた光景は、今でも時々思い出されるくらい、印象に残っています。

 

 

 

佐久間さんは艦娘からよく好かれる存在でした。

あの頃は、まだこの家はありませんでしたから、佐久間さんも同じように寮に住んでいました。

彼の部屋にはいつも、艦娘が絶えず訪れていて、誰もいない状況の方が珍しいくらいでした。

 

 

 

艦娘からの人気も然ることながら、彼は自分の仕事をきっちりこなしていました。

この島の艦娘がここまで少なくなったのは、佐久間さんが説得し、世に送り込んだからなのです。

数が減って行くことは寂しい事でしたが、誰も佐久間さんを恨んだりしなかったのは、島を出て行く艦娘達の表情が、残された私達にも希望を持たせるほどに――魅力的なほどに、輝いていたからでしょう。

そんな彼の事を、大淀さんは尊敬していました。

彼がそうするように、彼女も艦娘の『人化』を進めるため、色々と努力していたくらいです。

大淀さんは気が付いていなかったようですが、彼に対する尊敬は、やがて恋心に変わっていたように思います。

 

 

 

佐久間さんが出向してきてから10年経ったある日の事です。

家が完成し、佐久間さんは寮から出て行くことになりました。

 

「新築なのに、なんだか古臭い家に仕上がったな」

 

「趣があっていいじゃないですか。それに、落ち着けそうでいい感じ。あの子たちもいませんし。私のような口うるさい艦娘もいませんよ」

 

「フッ、逆に落ち着けなさそうだ」

 

それが、佐久間さんの最期の言葉になろうとは、誰も思っていませんでした。

 

 

 

その日の夜、大きな嵐が島を襲いました。

木々はなぎ倒され、高い波が堤防に打ち寄せていました。

 

「皆、食堂に集まってください! 窓からは離れる様に!」

 

皆怖がっていました。

こんな時、佐久間さんがいてくれたらと誰もが思いました。

けれど、彼は家に居て、身動きは取れないでしょうから、私たちはじっと、嵐が過ぎるのを待ちました。

 

 

 

その翌日。

私達は無事、嵐を乗り切りました。

空は嘘みたいに澄み切っていて、雲一つありませんでした。

 

「提督の様子を見てきます」

 

そう言って飛び出していったのは、大淀さんでした。

 

「大淀さん、提督の事、好き過ぎでしょ」

 

「次に島を出るのは、大淀さんだったりして」

 

そんな話をしていると、遠くで、大淀さんの悲鳴が聞こえてきました。

向かってみると、倒れた木の下で、大淀さんが座り込んでいました。

 

「大淀さん?」

 

そこにあった光景は――。

 

 

 

 

 

 

思い出したくない光景だったのか、鳳翔はハッと目を開けて、祈るように手を胸に当てた。

 

「そこに、彼を語れるものは、一切ありませんでした……。それほどに、損傷が激しくて……。おそらく、私たちを心配して、寮に向かう途中だったのではないかと……」

 

「それで大淀は……」

 

「えぇ……。誰よりも彼を尊敬していた彼女には、とても辛い光景だったのでしょう……」

 

鳳翔自身にもそうだったのだろう。

祈る手は、小さく震えていた。

 

「その事件は、私達艦娘に大きな影響を与えました。死と言うものがどれほど恐ろしいものなのか、どれだけ残酷な事なのかを知りました……。島に来る人間を恐れ始めたのは、その頃からです……。最初はただ恐ろしいだけでした。けれど、やがてその気持ちを人間にぶつけるようになり……今に至るのです……」

 

そこまで言うと、鳳翔は祈る手を降ろし、大きく息を吐いた。

 

「大淀さんがムキになっているのは、きっと佐久間さんの事があったからなんだと思います。人間との関わりを持つことを恐れているのです。佐久間さんを失った時のような絶望を彼女は恐れているのです……」

 

俺は、何も言えなかった。

まさか『そこまで深刻だったとは、思っていなかった』からだ。

『予想を超えていた』からだ。

 

「こんな話をしたのは、貴方が初めてです。どうして私がこの話をしたのか、分かりますか?」

 

鳳翔は唐突に、そう言った。

 

「いや……」

 

「では、こう言ったら分かりますか……?」

 

それは、あまりにも唐突な事であったが、理解するには十分な言葉であった。

 

「貴方は、佐久間さんの息子ではありませんか……?」

 

 

 

潮風が、鳳翔の前髪を揺らす。

その額には、うっすらと汗がにじんでいた。

 

「昨日、貴方がご挨拶に来た時から、気になっていました。佐久間さんにあまりにも似ていると……」

 

俺は何も答えなかった。

鳳翔は続ける。

 

「きっと、寮の皆もそう思った事でしょう。驚いた表情を見せていましたから……」

 

俺はふと、大淀と鹿島が驚いていたことを思い出した。

 

「一番驚いたのは大淀さんでしょう。しかし、そんな訳ないと、すぐに見抜いていた様子でした。彼は亡くなっていますし、息子や、年の離れた兄弟がいることも聞いたことがありません……。彼が出向してきてからの10年間、ただの一度だって島を出たことも、誰かと連絡を取ったこともありませんでしたから、家族はいないはずです……。ただ……貴方を佐久間さんの息子だと思うのに、心当たりが一つだけあるのです……」

 

鳳翔は思い出すかのようにして、空を見上げた。

 

「あれは、皆が寝静まった夜の事でした……」

 

 

 

 

 

 

その日、珍しく寝付けなかった私は、何と無しに海辺を歩くことにしたのです。

大きな月が出ていて、とても静かな夜でした。

しばらく歩いていると、流木に腰掛ける佐久間さんを見つけました。

こんな時間に何をしているのだろうと思い、私は、気づかれぬようそっと近づいて、様子を見てみることにしたのです。

佐久間さんは一枚の写真を見ていました。

もうちょっと近づいて、その写真を覗いてみると、そこには、佐久間さんと女性、そして、佐久間さんそっくりの小さな男の子が写っていました。

 

「え……?」

 

思わず声を上げてしまいました。

写真に写っているのは、まぎれもない『家族』であったからです。

 

「うぉ!? ビックリした……。って、鳳翔? こんな所で何をしているんだ?」

 

「あ、すみません……。寝付けなくて……少し夜風に……」

 

「そ、そうか……」

 

「……あの、その写真」

 

「あぁ……これはその……。幼馴染と、その子供だ……。懐かしくなってな……」

 

嘘でした。

佐久間さんは嘘をつくとき、あごを触る癖があるのです。

その時も、あごを頻りに触っていました。

 

「悪いが、あまり詮索しないでくれ……。頼む……」

 

佐久間さんが頭を下げるものですから、それ以上聞くことなんて、私には出来ませんでした。

 

「わ、分かりましたから、頭をあげてください……」

 

「悪いな……。出来れば今宵の事は、忘れて欲しい……」

 

そう言った時の佐久間さんの顔は、今でも忘れることは出来ません。

あんな表情を見たのは、後にも先にも、あの時だけでした――。

 

 

 

 

 

 

「ご存知の通り、この島へ出向する条件の中に、『独身』であることが含まれています。『娶り』の為というのもそうですが、本当は、扶養家族を生まないために定められたものでした。島へ出向してしまうと、その行動は、海軍本部と、この島のみに制限され、面会できる人間も限られてしまいます。情報漏洩対策の為です。仮に家族がいたとしても、面会することは出来ません。それほどに、私達艦娘は、徹底して守られています。当然です。私たち艦娘は『兵器』なのですから……」

 

鳳翔は一呼吸置くと、続けた。

 

「そんな状況で海軍が、残された家族を支援しているなどと知られたら、そこから情報が漏れる可能性があります。だからこそ、条件に『独身』が含まれているのです。おそらく佐久間さんは、その為に家族と別れ、出向してきたのではないかと思います。嘘をついたのも、家族を守る為ではないかと……」

 

その時、遠くの客船が警笛を鳴らした。

まるで、話の区切りでも作るかのようにして――。

 

「もし、佐久間さんに家族が居て、貴方がその息子であるのなら、貴方と佐久間さんの苗字が違うことも納得できますし、経過年数からして、写真に写っていた男の子が貴方である可能性も十分ありえます」

 

「…………」

 

「貴方が島へ来た理由は何ですか? 国の為ですか? 人間の為ですか? それとも、自分の為ですか?」

 

「鳳翔……もうよしてくれ……」

 

「貴方は知りたいのではないですか? 何故父親が、自分たちを捨ててまで、この島へ来たのか……その理由を……」

 

「鳳翔……」

 

「それとも、父親の為ですか? 父親が、艦娘に死の恐怖を与えてしまったから――この島へと縛り付けてしまったから、貴方は息子として――」

「――鳳翔!」

 

再び警笛が鳴る。

それと同時に、冷たい潮風が、俺たち二人の体を強く叩いた。

 

「鳳翔……。頼むから……もうよしてくれ……」

 

それが何を意味しているのか――俺の表情が何を物語っているのか、鳳翔には理解できたようであった。

 

「……ごめんなさい。私……つい……」

 

永い沈黙が続く。

 

「……俺はお前たちに『生きる』って事を知ってもらいたいと思っている。その為に、俺はここにいる。それ以上でもそれ以下でもない……」

 

それはまるで、自分に言い聞かせるような、そんな言葉であった。

鳳翔も同じことを思ったのだろう。

何も言わず、ただ俯いていた、

 

「交流をしたいとは言った……。だが、変な詮索はしてくれるな……。俺は俺だ……。他の誰でもない俺なんだ……」

 

ふと、鳳翔に目をやる。

瞬間、俺はギョッとした。

 

「お、おいおい……どうして泣いてるんだよ?」

 

「ごめんなさい……。私……貴方を傷つけて……。余計な事を……うぅぅ……」

 

ぽろぽろと涙を流す鳳翔。

俺を傷つけた?

いや、だからって泣く奴が……。

 

「あ……」

 

ふと、吹雪さんのノートに書かれていたことを思い出した。

鳳翔は『優しすぎる』のだ。

 

「ごめんなさい……。ごめんなさい……」

 

「い、いやいや! 俺は大丈夫だから……! 別に傷ついても無いし……。ただ……うぅん……。とにかく、大丈夫だから! 泣き止んでくれよ、な!? あぁ、クソ……。うぅ~……どうしたら……」

 

そこから数十分間、何とか鳳翔を泣き止まそうと、俺は苦戦を強いられることとなったのだった。

 

 

 

結局、最終的に鳳翔を泣き止ませたのは、俺の持ってきたチョコレートであった。

 

「……美味いか?」

 

鳳翔は小さく頷いた。

号泣からメソメソに変わった時、あと一押しだと思い、とりあえず何か食わせて黙らそうと、チョコレートを渡した。

すると、鳳翔はピタッと泣き止み、大切に味わうようにして、チョコレートを頬張って見せたのだった。

 

「しかし、チョコレートで泣き止むなんて、子供かお前は」

 

そう言ってやると、鳳翔は顔を真っ赤にした。

 

「そんなにそれが好きなのか?」

 

小さく頷く鳳翔。

 

「頂けることが……ほとんどありませんので……」

 

「支給品や寄付の中に入っていそうなものだがな」

 

「入っていることはあるのですが、この島には駆逐艦が多いので、その……」

 

「そいつらに譲っているって訳か。本当は欲しいのだけれど」

 

鳳翔は、やはり恥ずかしそうに頷いた。

そんな姿を見て、俺はふと、なんとも人間らしい奴だなと思った。

それと同時に、人間と艦娘いうものは、歳を取らないということを除けば、見分けがつかないものだなとも思った。

 

「あの……本当にごめんなさい……。私……」

 

「いや、俺の方こそ悪かった。泣かすつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと思うところがあってな……」

 

その理由を鳳翔は聞かなかった。

それが俺たちの為になるのだと、理解してくれたからなのだと思う。

 

「……チョコレート、ご馳走様でした。そろそろ戻らないと、皆が心配しますので……」

 

「そうか。手当て、ありがとうな。握り飯も美味かったよ」

 

「それは良かったです。では……私はこれで……」

 

「鳳翔」

 

「はい?」

 

「……またな」

 

それは、そのままの意味であったが、こういう局面で言うには、少しだけ勇気のいる言葉だったと思う。

鳳翔は少し驚いた表情を見せた後、微笑んで、返事をしてくれた。

 

「はい、また」

 

 

 

鳳翔が帰った後、俺はその足で海へと向かった。

朝飯は何とかなったものの、食料問題が解決したわけではない。

チョコレートも無くなってしまったしな……。

 

「釣りなんて、子供の頃にやったっきりだ」

 

餌は、畑に捨てられていた野菜のクズを使った。

クズであれば窃盗にはならんだろう。

 

「よし、とりあえず一匹は釣って帰らんとな」

 

俺は魚影のある場所へと向かって、釣り糸を放った。

 

 

 

釣りを始めて、もうどれくらいたったのだろう。

気が付けば、空は夕焼けに染まっていた。

 

「……帰るか」

 

どうやら俺の釣りスキルよりも、魚の方が一枚上手のようであった。

 

 

 

帰る途中、寮を覗いた。

食堂と思わしき場所からは、もくもくと湯気が立っていて、なんとも美味そうな匂いが辺りに立ち込めていた。

 

「クソ……。今に見てろってんだ……」

 

そんな事をぶつぶつ呟きながら、家への一本道に差し掛かった時だった。

 

「あ……!」

 

「ん?」

 

顔を上げると、そこには鹿島が立っていた。

 

「鹿島? どうした、こんなところで……」

 

鹿島は俺から目を逸らすと、問いかけにも応じず、そそくさと寮の方へと帰っていった。

 

「お、おい! なんだあいつ……」

 

 

 

家について、玄関の扉を開けようとした時、ふと、隅の方に何か置いてあるのに気が付いた。

 

「なんだこりゃ」

 

風呂敷に何かが包まれている。

開けてみると、そこには野菜やら、申し訳程度の米やらが入っていた。

 

「これは……」

 

俺は、先ほどの一本道に目をやった。

 

「あいつ……」

 

 

 

飯を食った後、俺は今一度、吹雪さんのノートに目を通した。

 

「鹿島……。練習巡洋艦で、面倒見のいい先生的な存在……か」

 

その他にも色々と書かれていることから想像するに、本来は心優しい奴なのだろうと思った。

食材を渡しに来たのだって、おそらく、怪我をさせてしまったことへの詫びのつもりなのだろう。

本来、俺は敵であるから、そんな必要なんかないのだが、あいつの良心がそうさせなかったのだろう。

 

「…………」

 

鳳翔も言っていたが、この島の艦娘たちは、ただ死が怖いだけなのかもしれない。

人間を敵視しているのは、死への恐怖を紛らわすため――恐怖への抵抗――。

 

「そんなの、まるで――」

 

人間そのものだ。

人間が繰り返してきた――今も持ち続けているものと、何も変わらない。

人間と艦娘。

違いは多くあれど、全く別の存在だとは言い切れない自分がいる。

艦娘の『人化』か……。

俺たちは、何をもって『人』なのだろうか……。

 

「……って、そんなことはどうでもいいんだ」

 

そうだ。

『人化』となっている以上、人と艦娘を隔てるものは決まっている。

俺の仕事は、その隔たりを無くすこと。

そして、あいつらが『背負わされた』『呪い』を解くことだ。

 

「とはいったものの……。一体どこから攻めればいいのやら……」

 

とりあえず、食材もある程度確保できたことだし、明日は観察に徹することにするか……。

 

 

 

翌朝。

寮の方では、昨日と同じように、体操をする艦娘がいた。

こっそり観察をする為、木造の塀に出来た隙間を覗く。

 

「えーっと……。鹿島に、あのデカいのは大和と武蔵か……。駆逐艦は……固まっているところを見ると、第六駆逐隊ってやつか……。他の奴らは――」

 

しかしなんだ、何だかいけない事をしているようで気が引ける。

いや、必要な事ではあるのだが、どうも意識していけないな……。

 

 

 

朝食を済ませた艦娘達は、庭に出て来て、それぞれの時間を過ごし始めた。

駆逐艦たちは、庭でかけっこをしたり、そこら辺に落ちている石で、よく分からん遊びをしていた。

 

「遊具はないのか」

 

しかし、不思議なもんだ。

あんなに小さな子供が、俺よりも遥かに年上だもんな。

少なくとも、70年以上は――。

それにしたって、どう見ても子供だし、振る舞いだって、あきらかに子供のそれだ。

見た目は子供でも、性格はもっと達観してそうなものだが……。

 

「何をしているのですか……?」

 

その声に、まるで悪事を暴かれたが如く、俺は飛び上がった。

 

「お、大淀……。びっくりしたぜ……」

 

「覗きですか……。悪趣味ですね……」

 

そう言うと、大淀は軽蔑するような瞳を見せた。

 

「まるで悪い事のように言うな。俺はただ、皆がどんな風に過ごしているのか観察しているだけだ」

 

「それでも覗きであることに変わりはありません……。気味が悪いのでやめて欲しいのですけれど……」

 

「仕方がないだろう。堂々と観察しては、皆が怖がってしまうし、お前もパニックになってしまうしな」

 

そう言ってやると、大淀は顔を赤くして悔しがった。

 

「あ、あれは貴方が……!」

 

「あぁ、俺が悪かった。すまなかったな……」

 

思っていた反応と違ったのか、大淀は肩透かしを食らったような顔をした。

 

「まあ、聞くまでも無いだろうが、気分はどうだ?」

 

「……貴方に心配されなくても、この通りです」

 

「そうか。そりゃよかった」

 

再び隙間を覗く。

 

「しかし、あいつらは元気だな。歳でいったら、もう老人だろうに」

 

俺は、まともな答えを期待せず、そういった。

悪態でもなんでもいいから、少しでも大淀との時間を取ろうと考えたのだ。

すると、俺の期待以上に、大淀は真面目に答えてくれた。

 

「……私達艦娘は、歳をとりませんから。それは言い換えると、成長が無いという事なんです……」

 

「成長が無い?」

 

「駆逐艦が良い例です。彼女たちは、人間で言えば、かなりの老人です。しかし、見ていて分かったと思いますが、その性格はあまりにも幼い。つまり、子供のままなのです。子供の心からの成長が無いのです」

 

「そりゃ、また奇妙な話だな。心の成長ってのは、学びによって得られるものだと思っていたものだが」

 

「心とは、本能を制御した時に、初めて成長したと言えます。その本能を制御するのに必要なのは、体の成長――つまり老いです。専門家でないので、その辺りの詳しい説明は出来ませんが……。とにかく、実例として、駆逐艦たちは本能を制御できておらず、未熟で、成長が止まったままなのです」

 

「成長しない……か……。とは言え、あぁして体を動かしたりするのは、成長しようとしている証だ。成長しないのではなく、成長しようとはするが、艦娘たらしめる『何か』がそれを邪魔しているのだろうな」

 

「えぇ、そうです。それに、艦娘は――」

 

それから大淀は、いろんな話をしてくれた。

その話は、俺の知らない事もたくさんあって、中々に貴重な情報であった。

メモを取れない今、それらすべてを頭に叩き込むべく、大淀の話に集中しなければいけない。

集中しなければいけないのだが、俺の関心は、別の方へとシフトしていた。

 

「ですから――なのです。そもそも、あの子たちがこの島を出ないのは――」

 

というのも、大淀は、敵である俺に対して有利……と言ったら変かもしれないが、とにかく、島を出たくない艦娘にとっては不利益で、出さんとする俺にとっては利益になるような情報を提供し始めたのだ。

その矛盾というか、何故大淀がそんな話をし始めたのか分からず、頭がいっぱいいっぱいであったのだ。

 

「もし彼女達を島から出すとすれば、それはきっと……あ……」

 

急に黙り込む大淀。

……なるほど。

大淀は、そんな話をしてしまっているという意識はなかったようであった。

無意識のうちに、話してしまったようであった。

 

「今のは……その……」

 

何故そうしてしまったのか、大淀自身も分からないようであった。

だが、俺には少しだけ心当たりがあった。

 

「佐久間肇……」

 

「え……」

 

「大淀、お前、昔は人間に協力的だったんだってな」

 

「何故……その名前を……」

 

「鳳翔から聞いたんだ。まあ尤も、佐久間肇なんてのは、海軍でも『戦犯』として有名だからな……。知ってはいたんだ……。お前がそいつに協力的だったとは、なんとも信じがたい話だが、今の話を聞いて、確信したよ。それは事実なんだと」

 

大淀は何も答えなかった。

俺は続けた。

 

「お前は無意識のうちに、今のような話をしたようだが、本当は心の奥底で、まだ人間に協力しようとする気持ちがあるんじゃないのか?」

 

大淀は答えない。

 

「口では人間を敵対視しているようなことを言っているが、それはあくまでも『自分自身』を守る為であり、艦娘が外に出る事には賛成しているのではないか?」

 

その問いかけに、流石の大淀も否定した。

 

「違います……。私たちは『生きている』のです。それを『殺そう』としている貴方たちに、私たちは抗っているのです。それに賛成するなど……」

 

「だが、一時は協力していた。それは事実だろう」

 

大淀は答えなかった。

いや、答えられなかったのだろう。

 

「それに、お前の中にそう言った意見があるのも事実だ。そうでなければ、あんなことは言えない」

 

「……あくまでも、そういった意見がある可能性を想定したまでです。戦いにおいては、敵の思想を想定することは、必要な事です……」

 

「確かにそうかもな。しかし、それをうっかり戦場で漏らすほど、お前は無能ではないはずだ」

 

「私という存在を買いかぶり過ぎでは……?」

 

「俺からしたら、卑下し過ぎだと思うがな」

 

永い沈黙が続く。

このままでは埒があかない。

そう思い、俺は肩の力を抜いた。

 

「まあいい。どちらにせよ、この島から艦娘を出すのに、お前の協力を無くしては果たせないと俺は踏んでいる。今はまだその時ではないだろうが、いずれは協力してもらうぜ」

 

「その前に、貴方をこの島から追い出します……」

 

「いいのか? そんなことをしたら、強制的に海外へ送られることになるんだぜ」

 

そう言った時、大淀の目がカッと見開いた。

何かひらめいた、というようにして。

 

「嘘ついてます!」

 

「え?」

 

「今、顎を触りました! それは嘘をついたときに出るものです!」

 

そう言われて気が付いた。

確かに、顎を触っている。

そして、言われた通り、俺は嘘をついていた。

 

「おかしいと思ったのです! 海外へ強制送還だなんて……。そんなこと、この国が許すはずありません! そもそも、『兵器』なのだから、簡単に手放すはずがないのです!」

 

ここぞとばかりに畳みかける大淀。

だが、そんな大淀の調子を落とす様に、俺は言った。

 

「皆にそんな癖があるわけじゃない。心当たりがあるのか?」

 

案の定、大淀は黙り込んだ。

今度は俺が畳みかける。

 

「知ってるよ。佐久間肇の癖だろう。嘘をつくとき、顎を触るんだってな」

 

まるで調子に乗って怒られた子供のように、大淀の目から光が消えていった。

 

「……大淀。先ほどからお前、俺の影に佐久間肇を見ているのではないか?」

 

「え……」

 

「今の癖の事もそうだが、無意識にあの話をしてしまったのも、その為じゃないのか?」

 

「そんな事は……」

 

「そう言い切れるのか?」

 

俺は大淀の目をじっと見つめた。

動揺しているのか、瞳が泳いでいた。

ここで畳みかければ――『あの事』を言えば――。

一瞬ではあるが、そう思った。

もっと言うならば、もう喉のすぐそばまで、出かかっていた。

 

「――……」

 

だが、『やはり』言えなかった。

それを言ってしまえば、『認めることになる』のだ。

それだけは、避けたかった。

俺のプライドが許さなかった。

俺は違う。

『俺は俺』であり、『あんな奴』とは違うのだ。

俺は大淀から視線を外し、肩の力を抜いた。

 

「……いずれにせよだ。お前の協力は必要だと思っている。人間の気持ちを想定しているというのなら、俺たちが何をしようとしているのか、お前には理解できているはずだ」

 

「…………」

 

「だが、お前には向き合わなければならないことがたくさんあるようだ。俺はそれを一つ一つ崩すつもりだ。お前たちが俺を島を追い出そうとするのと同じようにな……」

 

「……勝手にしてください」

 

そう言って、大淀はその場を後にした。

大淀が去った後、俺は自分を責めた。

自分の弱さを責めた。

 

「クソ……」

 

 

 

気分が沈むと、腹が減る。

いや、腹が減っているから気分が沈むのか。

とにかく、俺の腹は大きく鳴っていた。

 

「…………」

 

駆逐艦たちは、相変わらず良く分からない遊びをしている。

ルールを理解しようにも、まるでジャズの演奏を聴いているような――二曲目が始めったのか、はたまたまだ一曲目なのか――イマイチ区切りが分からない。

敵・味方のように分かれているかと思いきや、数秒後には仲間のように振る舞っているし、得点(?)が入ると、喜んだり、悔しがったりしている。

 

「もう何が何だか……」

 

腹の虫も、もうお手上げだと、何度も何度も弱音を吐いている。

 

「切り上げるか……」

 

そう言って立ち上がった時であった。

 

「わっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

驚愕。

悲鳴。

振り向いてみると、そこには二隻の艦娘が立っていた。

ピンクの髪に、スラっとした体型。

緑がかった銀髪に、小柄なやせ型。

確か……。

 

「明石に夕張……だったか……?」

 

二隻は不安そうに、小さく頷いて見せた。

 

 

 

お昼の時間なのか、駆逐艦たちは寮の中へと戻っていったようであった。

 

「明石に夕張……」

 

確か、吹雪さんのノートによれば、二隻は大変仲が良くて――分析や設計を夕張が、作製や修理を明石が――どちらも、モノづくりが得意だと書いてあったような……。

明石と夕張は、お互いに目を合わせると、何やら頷き、俺に風呂敷包みを渡した。

 

「これ、鳳翔さんからです……。お腹が空いているだろうからって……」

 

開けてみると、何とも美味そうな弁当が入っていた。

 

「鳳翔さん……駆逐艦たちにお昼ごはんを振る舞っているから……。代わりに私たちが届けに来たんです……」

 

どちらも、俺を警戒している様子であった。

だがそれは、大淀や鹿島のものとは違い、恐る恐る手を差し伸べてくるようなものであった。

 

「そうか。それはありがたい。ちょうど腹が減っていたんだ」

 

そう笑って見せると、二隻は安心したかのように、肩の力を抜いた。

 

「しかし、お前たちが勇敢なのか、はたまた鳳翔の信頼が厚いのか……。よく受けたな」

 

試す様に、俺はそう言った。

 

「鳳翔さんの頼みですから……。それに私たちは……別に……ね?」

 

夕張が明石を見る。

同意するようにして、明石は頷いた。

人間を恨んでいるわけじゃない。

そう言いたいのだろう。

――いや、或いは、自分たちは流されはしないという、余裕の表れか。

 

「そうか。とにかくありがとう。お前たちもこれからお昼か? もし良かったら、一緒にどうだ?」

 

二隻は驚いた表情を見せた。

まあ、断られるだろうな。

そう思い、立ち去ろうとした時であった。

 

「あの……」

 

振り向くと、やはり夕張と明石はお互いを見つめた後、互いに頷き、そして俺に言った。

 

「ご一緒しても……宜しいですか……?」

 

その手には、俺が渡されたものと同じ柄の風呂敷包みが握られていた。

 

 

 

外で飯を食うのも乙だと思い、おすすめのスポットを聞くと、二隻は何故か俺の家を指定した。

 

「わぁ……!」

 

門をくぐるなり、夕張は家の外観を観察し始めた。

 

「遠目には見ていたけれど、近くで見ると本当に立派な造りをしてるわ!」

 

そして、何やらノートを取り出すと、スケッチを始めた。

俺が唖然としていると、明石が耳打ちするように言った。

 

「すみません……。実は、どうしても内装が見たいって、夕張が……」

 

それを聞いて、なるほどと思った。

内装を見たい夕張に、鳳翔は、弁当を持たせることによって、きっかけを作ってやったという訳だ。

 

「あ……別にそれが目的だったという訳じゃなく……。その……」

 

「いや、構わないよ。どんな目的であれ、来てくれただけで嬉しいよ」

 

そう言ってやると、明石は何やらもじもじとし始めた。

そして頻りに、倉庫の方を見つめていた。

 

「フッ、なるほど。お前にもちゃんと目的があるという訳か。いいよ。好きなだけ見て来い」

 

「すみません……」

 

明石は小走りで、倉庫の方へと走っていった。

 

 

 

それから一時間近く、二隻は家を探索していた。

夕張は内装や家具の造りを観察し、明石は倉庫の工具などを見ていた。

 

「満足か?」

 

「えぇ! やっぱり凄いわ! 釘やビスを使わない設計なんて、考えもしなかったし、仕上げもすっごく綺麗!」

 

「私も感動です! あの倉庫、あんなに工具があるなんて知りませんでしたよ!」

 

先ほどの警戒心はどこへやら、二人はまるで子供のようにはしゃぎ、飯を食っていた。

 

「しかし、本当に初めてだったんだな。そんなに気になるのなら、一度くらいは頼んでみたりしなかったのか?」

 

「そうしようと思ったこともあるのですが……。出向してくる人間が、怖い人たちばかりで……」

 

「手を出そうとしてきた人もいるしね……」

 

「俺は平気だったのか?」

 

二隻は顔を合わせた。

 

「鳳翔さんが信頼していたというのもあるけれど、なんというか、悪い人じゃないなって感じはしていたのよね」

 

「家に遊びに来い! なんて言われたのも初めてでしたし、今まで出向してきた人とは、ちょっと違うなって……。それに……」

 

喜んでいたのも束の間、その後の明石の発言に、俺は少しだけ複雑な気持ちになった。

 

「提督に……佐久間さんに似ているなって。顔だけじゃなくて、性格も……」

 

 

 

昼飯が終わったのか、再び駆逐艦たちのはしゃぐ声が聞こえて来た。

俺たちも飯を食い終わり、一息ついていた。

 

「モノづくりが得意だと聞いているが、駆逐艦たちの為の遊具など造ってやったりしないのか?」

 

「造りたいのですが、工具を支給してもらえなくて……。なんでも、武器になるだとかで……」

 

「武器……」

 

「私も構想はあるのだけれど、造れないんじゃ意味ないのよね……」

 

そう言うと、夕張はノートを見せてくれた。

確かに、遊具の設計がびっしりと書かれている。

 

「なんとかならないかなって、そこら辺の石や貝殻を加工してみたのですが、やっぱり限界があると言うか、そもそも材料が足りないというか……」

 

それで明石は工具を見たがっていたのか。

というよりも……。

 

「お前、あの倉庫の工具を使いたいんじゃないのか? ただ気になっただけ……って訳でもないだろう?」

 

そう言ってやると、明石は黙り込んでしまった。

 

「違うのか?」

 

「……いえ、違くはないです。ただ……禁止されているので……」

 

「それはあくまでも支給されないって話なだけで、使うこと自体は禁止されていないのだろう?」

 

「持ち出しも禁止なはずですよ……。倉庫の張り紙に書いてありました……」

 

言われてみれば、確かに、工具に関しては、敷地以外の持ち出し禁止だと書いてあったような……。

この家に入れたように、持ち出しの許可をしてやってもいいが、工具だしな……。

万が一にも事故を起こされたら――。

 

「でも、見れただけで満足です。どういう作りかも分かりましたし、似たようなのを作ってみます」

 

そう笑って見せた明石の顔は、どこか――。

 

「……一つ聞きたいのだが」

 

「はい」

 

「お前たちは、どうしてこの島に留まるんだ? やりたいことがあるんだろう? 外に出れば、それは叶うんだぜ」

 

何度も聞かれてきたことなのだろう。

明石は疲れ気味に答えた。

 

「私がこの島を離れてしまっては、皆を『修理』することが出来なくなってしまうのです……」

 

「修理……?」

 

「艦娘は不老ですが、所謂『活動停止』にはなります。『死』ではなく、『活動停止』です。言葉の通り、体の活動が停止し、仮死状態になるのです」

 

「飯を食わないとそうなるのだと聞いている」

 

「それもありますが、人間でいうところの怪我なども、それを引き起こす可能性があるのです。もし仮に、『活動停止』もしくは『活動停止を引き起こす可能性がある損傷』などが見つかった場合、その艦娘は島の外へ連れていかれ、『人化』されてしまうのです。今現在、人類に艦娘を『修理する力』はありません。『活動停止』や『損傷』などから艦娘を復旧するには、『人化』し、人間の治療を施す必要があるのです。では、なぜこの島の艦娘たちは、今まで無事だったのか……。その理由が、私がこの島にいる理由なのです」

 

明石は夕張に目を向けた。

すると、夕張はおもむろに、歯で指を切った。

 

「お、おい……」

 

血が流れる。

そう、血だ。

 

「艦娘の体の構造は、人間とあまり変わりません。しかし、損傷による自然治癒があまりにも遅いのです。人間はおそらく、このくらいの損傷であれば、傷を押さえるだけで、すぐに流血が止まるでしょうが、艦娘はそうではありません」

 

それを証明するように、夕張の指の血は止まらなかった。

 

「血液のようで血液ではないのです。血液のような『凝固反応』が起こりません。つまり、『修理』が必要になります」

 

明石が夕張の傷に手をあてる。

すると、見る見るうちに傷が閉じてゆき、最後は傷跡すら見えなくなっていた。

 

「これが『修理』です。私にしか使えない力です。『活動停止』した艦娘や、『大破』……つまり、大きな損傷は『修理』出来ません……。しかし、この島にいる限りは、そんなことは滅多にあるものではないので、私の『修理』で十分なのです」

 

「お前が居なければ、たとえ小さな傷でも、『活動停止』になる可能性がある訳か……」

 

「そうです。『人化』を恐れている彼女達を放っておくことは……私には出来ません……」

 

そう言うと、明石は俯いた。

その背中を夕張が慰めるように摩る。

 

「…………」

 

明石の不思議な力には驚いたし、艦娘にそんな秘密があるなんて――だが、それ以上に俺の心を支配していたのは、ある一つの疑問であった。

『明石はこの島から出たいのだろうか?』

もし仮に、明石にこの力が無かったら――艦娘達を守らなきゃいけないという『縛り』が無かったら、彼女は――。

 

「明石、お前――」

 

――いや、それを聞くのは酷だろう。

もしそうだとして、明石は島から出ることは出来ないのだ。

 

「……いや、なんでもない。夕張、お前はどうなんだ? 何故この島に留まる?」

 

「私? 私は……何となく、かな……」

 

「何となく……」

 

「うん……。何となく……」

 

そう言うと、夕張は視線を外した。

嘘を言っている時の仕草だ。

 

「……なるほど。お前たちがこの島にいる理由はよく分かった。話してくれてありがとう」

 

「いえ……」

 

「そうか……島を出られないんじゃしょうがない……。なら、この島でお前たちにモノづくりさせてやらないとな」

 

「え? でも……工具が使えないんじゃ……」

 

「艦娘が工具を使ってはいけないなんて書いて無いし、持ち出し禁止なのであれば、俺の家で使えばいいだろう。幸い、広い庭もあるし、作業をするには持って来いだ」

 

「そ、そんなことしていいの……?」

 

「あぁ、問題ない。俺が許可する」

 

「けど……工具を武器にするかもしれないのよ……? 私たちを信用するっていうの……? まだ、出会っても間もない私たちを……」

 

「あぁ、信用している。お前たちが俺を信用してくれているからだ」

 

「え?」

 

「そうでなければ、ここには来ないだろうし、今のような話をしてはくれないだろう。少なくとも、俺はそう受け止めた。違うなら申し訳ない」

 

夕張と明石は、互いに目を向けた。

そして、何がおかしいのか、笑い始めた。

 

「な、何かおかしなこと言ったか?」

 

「いえ、ごめんなさい。ただ、変な人だなって」

 

「変ってお前……」

 

「いい意味で、よ。ふふっ。あーあ、何だか緊張してたのが馬鹿みたい」

 

そういうと、夕張は肩の力を抜き、だらしなく縁側に座って見せた。

いい風に思われているのか、はたまた馬鹿にされているのか……。

 

「まあいい……。ただし、条件がある」

 

「条件?」

 

「そうだ。夕張、お前のノートにあった遊具あるだろう」

 

「え? う、うん……これ?」

 

「あぁ、それ、この庭に造って欲しいんだ」

 

「この庭に? でも、どうして?」

 

「駆逐艦をこの家に呼びたいんだ。交流するために」

 

「駆逐艦を……」

 

流石に思うところがあるのか、二人は言葉を詰まらせた。

 

「難しいか……?」

 

無理か。

まあ、そうだよな……。

そう思い、口を開こうとした時であった。

 

「だったら、もっといい案を考えないと」

 

「え?」

 

「これくらいの広い庭だし……駆逐艦を呼ぶなら、もっと魅力的なものを造るべきよ。例えば――」

 

それから夕張は、ノートに色々な案を書き始めた。

時折、明石が助言をしたりして、より完成度を増していった。

 

「――ってな感じ。どうかしら?」

 

「ん、あ、あぁ……。いい案だと思うぜ」

 

「でしょ!? ただ、材料がね……」

 

「その心配はない。なんとかこっちで手配してみる」

 

「本当ですか!? じゃあ、本当にこれを造っても!?」

 

「あぁ、むしろ頼むよ」

 

「わぁ! やったやった! ありがとうございます!」

 

「良かったわね、明石」

 

「うん!」

 

明石はまるで子供の様に飛び跳ねた。

モノづくりが出来るって事が、よっぽど嬉しかったらしい。

 

「だが、良かったのか? 一応、俺に……というか、人間に協力するようなもんだが……」

 

「確かに思うところはあるけれど、あの子たちを楽しませたいって気持ちはあるし、交流したいってだけで、危害を加えるつもりはないんでしょ?」

 

「まあ、そうだが」

 

「それに、いざとなったら武蔵さんが守ってくれるから大丈夫」

 

武蔵。

今朝、ラジオ体操で見かけたデカい奴か。

確かに、鋭い眼光も然ることながら、中々に強そうであったな。

 

「だから、協力するわ。ね、明石」

 

「えぇ!」

 

明石はまだ嬉しそうに飛び跳ねていた。

 

「そうか。よし、そうと決まれば、具体的にどうするか話し合うか」

 

それから日が暮れるまで、俺たちはああでもないこうでもないと、遊具の事について話し合った。

そうした時間が進むにつれ、俺たちの間にあった隔たりは、徐々に消えて行くようであった。

 

 

 

「じゃあ、手配しておくよ。悪かったな、こんな時間まで」

 

「いえ、大変有意義な時間でした!」

 

「そりゃよかった」

 

そう笑って見せると、明石は何やらもじもじと手を揉み始めた。

 

「あの……本当にありがとうございます……。私、もうこの島ではモノづくりが出来ないかと思ってて……。夢が叶ったようです……」

 

「大げさだな」

 

「いえ、本当に……。それで、その……一つ……お願いというか……」

 

「なんだ?」

 

「貴方の事……提督って……呼んでもいいですか?」

 

「!」

 

「明石が提督って呼ぶの、佐久間さん以来よ。貴方、認められたって事じゃない?」

 

「そうなのか?」

 

明石は恥ずかしそうに頷いた。

なんだかそんな反応をされると、こっちまで恥ずかしくなってくる。

ただ呼び名が決まっただけなのに。

 

「好きに呼んでくれていいよ」

 

「じゃあ……提督……これから、どうぞよろしくお願いいたしますね」

 

「おう、よろしくな」

 

手を差し伸べると、明石はその手を取り、握手を交わしてくれた。

それは何気ない事ではあったが、俺にとっては、大きな第一歩に感じられた。

 

「じゃあ、また」

 

「あぁ、またな」

 

「夕張、行こう?」

 

明石がそう言うと、夕張は何やらきまりの悪そうな顔を見せた。

 

「あー……先に帰ってて。ちょっと忘れ物しちゃったから……」

 

「忘れ物? じゃあ、待ってるけど……」

 

「ううん。いいの。先に帰ってて」

 

「そう? 分かった。では、お先に失礼しますね」

 

「おう」

 

明石が去って行くと、夕張は縁側に座った。

 

「お前、忘れ物なんてないんだろ」

 

「嘘くさかったかしら?」

 

「あぁ、だいぶな」

 

隣に座り、陽の沈む海を眺めた。

夕張は俺に、何か話があるようだった。

 

「それで? 何を話してくれるんだ?」

 

「私がこの島に残る理由、聞いてきたじゃない?」

 

「あぁ。何となく、だろ?」

 

「あれ、嘘。って、貴方なら気付いていたかしら?」

 

「目が泳いでたからな。嘘が下手なタイプなんだな」

 

「正直に生きて来たからかしら、そういうの苦手なのかも」

 

夕張は体を伸ばすと、大きく息を吐いて、小さく言った。

 

「本当は……明石の為なの……」

 

「この島に残る理由がか?」

 

「えぇ。明石、あんなこと言ってたけれど、本当は島を出たがってるの。でも、さっき説明した通り、それは出来なくて……」

 

「やはりそうだったのか」

 

「気が付いていたの?」

 

「何となく、そんな気がしただけだ。もしあの力が無かったら、あいつは島を出るんじゃないかって。モノづくりも、あんなに飛び上がって喜ぶくらい好きなら、島を出てやってみたいと思うのが普通だしな」

 

「あの時何か言いかけたのは、その事?」

 

「あぁ。だが、野暮な質問だと思ってな。傷つけても悪いし」

 

「優しいんだ」

 

「お互い様だろ。そんな明石を慰める為に、この島に残っているなんてさ」

 

太陽が完全に沈むと、冷たい風が吹き始めた。

 

「……ありがとうね。明石、凄く嬉しそうだった。あんな顔見るの、十数年ぶり」

 

「これからもっと見れるだろう。そんなことでいちいち礼を言ってたら、身が持たないぜ」

 

「えぇ、だからこれっきりにするわ」

 

「おい」

 

夕張は何やら嬉しそうに笑うと、縁側から飛び出す様に立ち上がった。

 

「それだけ。じゃあ、帰るわ。材料の件、よろしくね」

 

「あぁ、分かった」

 

「あ、そうだ」

 

縁側に荷物を置くと、夕張は俺に向き合い、手を差し伸べた。

 

「まだしてなかったでしょ?」

 

「フッ、そうだったな」

 

握手を交わす。

明石とは違い、逞しい笑顔が、そこにあった。

 

「これからよろしくね、提督」

 

「あぁ」

 

 

 

翌日のお昼ごろに、重さんは材料を持ってきてくれた。

 

「これで全部だ。ったく、こんな重労働させるんじゃねぇってんだ」

 

「ありがとう重さん。ずいぶん早かったんだな」

 

「ったりめぇだ。俺を誰だと思ってる。知り合いに片っ端から声かけて、かき集めたんだ」

 

「流石だ」

 

そんな事を話していると、夕張と明石がやって来た。

 

「提督、もしかして、材料が来たんですか?」

 

「あぁ、これから運ぶところだ」

 

「わぁ……! こんなにたくさん……! 運ぶの手伝います! 夕張」

 

「えぇ、じゃあ、これから運びましょう。そっち持って」

 

二隻は協力して、材料を運んでいった。

 

「もう『提督』と呼ばれてんのか。やるじゃねぇか慎二!」

 

「褒められるほどの事じゃないさ。あの二隻が特別なだけで、寮の艦娘たちにはまだ怖がられているよ」

 

「なに、それも時間の問題だろ。あの二隻があんなに嬉しそうにしているの、久々に見たぜ。もっと誇っていいんじゃねぇか?」

 

「島から出さなきゃ意味ないさ。もし一隻でも出したのなら、その時褒めてくれ」

 

「てめぇのそういうところ、俺は好きだぜ。んじゃ、もう行くかな。またいつでも連絡くれ。重労働は、しばらく勘弁な」

 

「あぁ、ありがとう重さん」

 

重さんの船を見送り、俺も二隻に加わって、材料を運び始めた。

 

 

 

材料を運び終えると、二隻は早速作業に取り掛かった。

十数年モノづくりをしていないと言っても、ものの数分で勘を取り戻したのか、スムーズに作業が進んでゆく。

何よりも、明石と夕張の連携は、阿吽の呼吸そのものであった。

 

「夕張、ここは?」

 

「600を5本よ。直接手で触る場所だから、処理はしっかりね」

 

「はーい」

 

夕張は指示を出しながら次の工程の計画を立て、明石はその指示通りの仕事をこなしている。

 

「凄まじいな……」

 

遊具の設計を見た時、結構な時間がかかるものだと思ってはいたが、この分だとあっという間に終わってしまいそうだ。

 

 

 

しばらくすると、鳳翔が昼飯を持ってきてくれた。

二隻はそれを早々に平らげると、再び作業へと戻っていった。

 

「二人とも、あんな活き活きして」

 

「水を得た魚とは、まさにあいつらの事だな」

 

「ふふ、そうですね」

 

島内に、釘を叩く音が響く。

 

「こうなると分かってて、俺のところにあいつらを寄越したのか?」

 

「え?」

 

「弁当を届けるだけならまだしも、あいつらの弁当も用意しただろう。最初から、一緒に飯を食わせるつもりだったんじゃないかって。こうなるきっかけを作るために」

 

鳳翔は何も言わなかった。

 

「それとも、俺に同情して、二人と交流する機会をくれた……とか」

 

鳳翔は、やはり何も言わなかった。

言わない理由は、すぐに分かった。

表情だ。

鳳翔の表情が、不安なものになっていたのだ。

 

「あぁいや、怒っているわけでも、気を悪くしたわけでもないからな? ただ、なんというか……」

 

俺が困っていると、鳳翔は吹き出した。

 

「……からかったのか?」

 

「ふふ、ごめんなさい」

 

「なんだよ。ったく……」

 

「でも、そうですね。そうなるかもしれないとは、期待していました。けど、本当になるなんて……」

 

「期待、か……。人間も艦娘も差別しないんじゃなかったのか? これだと、艦娘には不利に働いたようだが」

 

「そうでしょうか? あのお二人の顔を見ても?」

 

鳳翔は二隻に目をやった。

 

「それに私は……この島に残ることが、必ずしも幸せであるとは限らないと思うのです……」

 

「え?」

 

「……これくらいで勘弁してもらえますか?」

 

「あ、あぁ……分かった」

 

それから鳳翔は、何も言わずに二隻の作業を眺めていた。

『この島に残ることが、必ずしも幸せであるとは限らないと思うのです……』

つまり、鳳翔は――鳳翔もまた――。

 

 

 

それから毎日、夕張と明石は作業をするために家に来た。

途中、大淀が何事かと監視に来たりしていたが、特に止める様子もなく、怪しい様子が無ければ帰っていった。

文句の一つでも言いそうなものだが、夕張曰く、「人間を追い出すことはするけれど、人間に同調する艦娘の事を責めたりしない」とのことであった。

他者を尊重できるところを見ると、やはりあいつは――。

 

「提督提督」

 

明石が俺に耳打ちする。

 

「どうした?」

 

「そっと見てくださいね。ほら、門のところ」

 

言われた通り、そっと見てみる。

そこには、門の影に隠れて作業の様子を見ている、駆逐艦の姿があった。

 

「皐月ちゃんに卯月ちゃんですね。実は、遊具が出来るって、宣伝してみたんです。やっぱり気になっているみたいですね」

 

「そうなのか」

 

「気付かないふりをしてあげてくださいね。逃げちゃいますから」

 

「あぁ、分かった」

 

しばらく気付かないふりをして、駆逐艦たちの様子を見ていたが、途中から、慌てた様子の鹿島に「危ないから」と促されて、帰ってしまった。

残った鹿島は、俺の前に立ちふさがり、睨み付けた。

 

「せっかく様子を見に来てくれたのに、追い出すなんてあんまりだな」

 

「あの子たちを巻き込まないでください……」

 

「別に危害を加えるつもりはない。あいつらだって、自分の意思でここに来たのだろう」

 

「そう仕向けたのは貴方でしょう……?」

 

一触即発の空気に緊張したのか、夕張と明石は作業の手を止めていた。

 

「駆逐艦の楽しみを奪うのも、お前の仕事か? 鹿島……」

 

「……あの子たちを人間の手から守ることが、私の仕事です」

 

「守る……か……。過保護って言葉を知っているか? 人間の世界では、親の過保護・過干渉で育った子供ってのは、親に反発するようになってしまうんだと。お前のソレは大丈夫か?」

 

そう言ってやると、鹿島はより一層険しい顔になった。

 

「『守る』なんてのは聞こえのいい言葉で、お前のそれは『束縛』だ」

 

「そ、そんなことは……!」

 

「否定できるのか?」

 

鹿島が言葉に詰まっていると、急に寮の方が騒がしくなった。

 

「何事だ?」

 

様子を見ようと門を出てみると、二隻の背の高い艦娘が、こちらに向かって歩いて来ていた。

それを後ろから追いかける小さな艦娘は、鳳翔だ。

 

「大和ちゃん! 武蔵さん! 戻ってください!」

 

鳳翔が叫ぶ。

大和と武蔵は、その声にくれもせず、真っすぐこちらへ向かっていた。

 

「大和さんに武蔵さん……? どうして……」

 

どうやら唐突な事らしく、鹿島も驚いた様子であった。

 

「提督?」

 

夕張と明石も、何事かと家から出てくる。

そして、険しい顔をした大和と武蔵を見ると、俺の背中へと隠れてしまった。

 

「やば……怒ってる……」

 

「提督……」

 

やがて、大和と武蔵は、俺の前に立ちふさがった。

 

「貴様か……。新しい人間というのは……」

 

「如何にも。雨宮慎二だ。よろしく」

 

手を差し伸べると、武蔵はそれを強くはじいて見せた。

 

「オイオイ、随分な挨拶――っ!?」

 

間髪入れず、武蔵は俺の胸倉を掴み、持ち上げて見せた。

 

「ぐぉ……っ!? なんちゅう力だ……っ!」

 

「提督……!」

 

心配する声は、夕張や明石のものではなく、鳳翔のものであった。

 

「鳳翔、お前今……!?」

「鳳翔さん!?」

 

俺の驚く声に重なったのは、大和の声であった。

 

「鳳翔さん……今、この人間の事を提督と呼びましたか……!?」

 

「大和ちゃん……えぇ、呼びました……。武蔵さん、『提督』から手を放してください……!」

 

「鳳翔さん……どうして……」

 

何やら絶望する大和を横目に、武蔵はより一層俺を強く締め上げた。

 

「貴様……。夕張や明石だけでなく、駆逐艦にも手を出そうとは……!」

 

「鳳翔さんもよ!」と大和が付け加えた。

 

「人聞きが悪いな……っ! まるで俺が何かしたみたいじゃないか……っ!」

 

「黙れ卑怯者……! 夕張と明石に工具をチラつかせ、弱みに付け込んだろう……! それだけに飽き足らず、脅し、遊具を造らせ、駆逐艦に手を出そうとした……!」

 

「言いがかりもいいところだ……っ!」

 

「そうです! 二人は自ら望んで、提督に近づき、駆逐艦たちの為に遊具を造っているんですよ……!?」

 

「なに……!? そうなのか……!?」

 

夕張と明石は、恐る恐るではあるが、小さく頷いた。

 

「……なるほど。貴様……さては洗脳したな……!」

 

「何故そうなる!?」

 

そんなことですったもんだしていると、大淀が駆けつけて来た。

 

「何事ですか!」

 

そして、俺が締め上げられているのを見て、驚愕した。

 

「な、何をしているのですか……? 武蔵さん、手を放してください……!」

 

大淀に言われ、武蔵はやっと俺を降ろした。

 

「提督……!」

 

鳳翔が駆け寄る。

それを見ていた大和は、さらに顔を険しくさせた。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「あ、あぁ……」

 

夕張と明石も駆け寄り、怪我がないか心配してくれた。

大淀は安心した顔を見せた後、武蔵を睨み付けた。

 

「……何があったのかは知りませんが、暴力はいけません」

 

「大淀よ……貴様もこの人間の肩を持つのか……?」

 

「そうではありません……。ただ、いかなる状況においても、暴力はいけないと言っているのです。人間を傷つけてしまったら、私たちはこの島に居られなくなるんです……。その事を分かっているのですか……?」

 

それには、流石の武蔵も言葉が無いようであった。

 

「鹿島さん、駆逐艦たちが不安になっています。寮に戻って宥めてください……」

 

「は、はい……」

 

「あ、待て、鹿島!」

 

鹿島は足を止めると、俺を見た。

俺は鹿島にしか分からない様に、玄関の方を指さし、言った。

 

「まだあのお礼を言ってなかったな。ありがとう」

 

鹿島は俯くと、そのまま寮の方へと戻っていった。

 

「……それで、何があったというのですか?」

 

「こっちが聞きたい。こいつらが来たと思ったら、急に俺の胸倉を掴みやがったんだ」

 

俺がそう言うと、大和はすごい剣幕で俺を指して言った。

 

「この人間が鳳翔さんを誑かしたのです!」

 

「大和ちゃん……だからそれは誤解なんですって!」

 

先ほどから、大和は鳳翔関連の事になるとやけに突っかかる。

鳳翔の「大和ちゃん」も気になるところではあるが、この二隻の関係性とは一体……。

 

「いずれにせよ……この人間が夕張や明石、そして鳳翔に何かしたのは事実だ……。そして、遊具を造らせ、今度は駆逐艦に何かしようとしている……。この武蔵……皆を守る者として、この所業を放っておくわけにはいかんのだ……!」

 

それを聞いて、大淀は大きくため息をついた。

 

「少し冷静になってください……。まず、鳳翔さんは元からこういう人です……。夕張さんと明石さんだって、ただモノづくりがしたいというだけで、何かされただけでは……」

 

「だが、この男が危険ではないという保証はない。考えても見ろ。ここ十数年、海軍から出向が無かったのにもかかわらず、急にこの男が現れ、そして一週間もしない内に三人も手駒にして見せたんだ。どう考えてもおかしい。そんな事は、今まで一度だってなかったはずだ。きっと、洗脳術か何かを使ったに違いない……」

 

「洗脳術って……」

 

「とにかく、見極める必要がある……。この男が本物か……ただのペテン師か……」

 

武蔵は再び俺の前に立ち、睨み付けた。

 

「人間よ……。貴様のその本性、この武蔵が暴いてやる……!」

 

一触即発の空気。

皆に緊張が走る。

 

「どうしようって言うんだ……?」

 

「決まっている……」

 

また手が出るのか……!?

暴力に備え、身構える。

武蔵は大きく息をすると、腕を組み、叫んだ。

 

「決闘だ……! この島からの退きをかけて、貴様に決闘を申し込む……!」

 

――続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。