不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第12話

――だから私は、島を出ました。

あの人と幸せになる為に。

時雨も、一緒に来てくれると言ってくれました。

――えぇ、山城は来てくれませんでした。

少しは迷ってくれるものだと思っていたのだけれど――山城の中では、私という存在は、もう無かったのかもしれません。

――もう一度会いたいです。

会って、幸せになった私の姿を見て欲しい。

きっと、その時には、山城も――そうだったら、私は――。

 

結婚情報誌『Postwar_Bride!-3月号-』

特集『青い不幸に包まれて』 より抜粋

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「では、私達は、山城さんをお風呂に入れてきますので」

 

「あぁ、頼んだぜ」

 

大淀たちが部屋を出て行き、執務室には、俺と夕張だけになった。

 

「……それで? どうしてあんなことをしたんだよ?」

 

夕張は、退屈そうに頬杖をつきながら、窓の外を見ていた。

 

「強硬手段よ。ああでもしなければ、山城さんは部屋を出てこなかった」

 

「……俺が聞いているのは、そういう事じゃない。どうして山城を部屋から出そうとしたんだって言っているんだ」

 

理由は、なんとなく分かっている。

だからこそ、解せない。

昨日、俺は、夕張にあんな酷い事を――。

 

「貴方に協力するためよ。すべての艦娘を『人化』するんでしょ?」

 

「俺の為って……お前……」

 

夕張は立ち上がると、俺の前に立って、じっと目を見つめた。

 

「解せないって感じね」

 

図星。

 

「無理もないわ。あれだけ泣いた後だもの」

 

昨日みせた弱弱しい態度とは一変して、その表情からは、何か並々ならぬ決意が見てとれた。

 

「……昨日、貴方に言われて――大泣きして、やっと気づいた。貴方の言う通り、私は面倒くさいやつで、我が儘で――メソメソすることしかできない、弱い艦娘だって……。そんな奴に、貴方が振り向くわけないのよね。冷静になって考えれば分かることなんだけど、貴方があまりにも優しいものだから、それに甘えちゃっていたのかも」

 

「…………」

 

「……優しい貴方が、どうしてあんなことを言ったのかは分からない。でも、私を想って言ってくれたんだって事だけは、分かる。貴方は、そういう人だもの」

 

夕張の目は、大淀のそれと似て、全てを見透かしているかのような――そんな瞳をしていた。

 

「……俺の事を知った気になっているなんて、いい気なもんだな」

 

「ほら、そうやって私を遠ざける。それって何? もしかして、私を傷つけないように、わざとやっているわけ?」

 

その鋭さも、大淀のそれと似ている。

この一晩で、夕張の身に何があったというのだろうか。

そう思わざるを得ないほどに、態度は一変していた。

 

「確かに、私は傷つきやすいし、貴方の前でメソメソ泣いてしまったわ。でもね……」

 

夕張は俺の胸倉を掴むと、睨み付けた。

 

「私だって……ただただ弱いだけじゃないわ……! やるときはやるし、貴方が弱い私を嫌いだっていうのなら、強くなって見せる事だって出来るわ……!」

 

態度とは裏腹に、夕張の手は震えていた。

 

「……今回の件は、その証明の第一歩とでも言いたいわけか?」

 

「そうよ……! 私は……貴方の事が好き……! 貴方の役に立ちたい……! 大淀さんや鳳翔さん……青葉にだって負けないくらい、貴方を想ってる……! どんなにひどい言葉で突き放されても、私は諦めない……! そういう事……!」

 

俺を睨むその瞳には、涙がたまっていた。

 

「……無理するな。泣きそうになってるぞ」

 

「泣かない……! これは……その……寝不足なだけ……!」

 

確かに、寝不足の可能性は否定できない。

だが……。

 

「違うな。お前はそう簡単に変われるような奴じゃない。今だって、自分の強さをアピールしたいと思ってやっているのだろうが、無理をしているのは明白だ。手は震え、涙は零れそうになっている。本当は不安でいっぱいなんだろ?」

 

「そ、そんなことない……!」

 

「だったら、もう一度お前を突き放してもいいんだぜ。今度はもっと酷い言葉を浴びせてもいい。お前に耐えられるのか?」

 

「……貴方だって、本当に言えるわけ? 私にあんなこと言っておいて、辛そうな顔していたの、知っているんだから!」

 

そんな顔をしていたのか。

確かに、辛くなかったと言えば嘘になる。

だがそれも、こいつの事を想えば――。

 

「…………」

 

こいつの事を想えば……。

 

「……なあ夕張」

 

「な、なによ……!」

 

「お前、結局どうしたいんだよ?」

 

「え……?」

 

「お前が好意を持ってくれていることはいいとして、俺がそれに応えることが出来ないのは分かるだろ? だったら、お前は何がしたい? 何が目的で、こんな事をしているんだ?」

 

「そ、それは……。私は……貴方の事が好きで……。い、今は……それだけで満足で……」

 

「だったら、突き放されっぱなしでも構わないはずだろ? お前がやっているのは、それとは真逆で、どうしても今、自分を想ってほしいという感じだ。矛盾している。違うか?」

 

夕張は手を離すと、黙り込んでしまった。

 

「……お前の言う通りだ。これは、お前を想っての事なんだ。ただの自己満足で俺に好意を向けているのなら構わない。だが、そうでないのなら……」

 

「……諦めろっていうの?」

 

「そうだ」

 

夕張は納得のいかない顔をしていた。

やはり、ただの自己満足では終わらないよな……。

 

「お前の気持ちは分かる。俺も、本土に居る十日間で、恋というものを知った」

 

「え……。あ、相手は……?」

 

「山風だ」

 

「山風ちゃんって……貴方、まさかロリコンだったの……?」

 

「……山風が島を出て何年になると思っているんだ。山風は今、推定年齢で言えば、俺とタメだ」

 

「あ、そっか……」

 

永い沈黙が続く。

 

「じゃあ……もし……全ての艦娘を『人化』出来たら……山風ちゃんと……?」

 

「そうしたいが……」

 

言葉を濁すと、夕張は察したようで――。

 

「もしかして……好意を伝えたの……?」

 

「…………」

 

「……なるほどね」

 

夕張は複雑そうな表情を見せた。

喜んでいいものか、それとも――というように。

 

「……まあ、そんな事はどうでもいいんだ。とにかく、このまま好意を向けられても、お前が辛い思いをするだけだ。報われない好意を続けられるほど、お前が強い心を持っているとは思えない」

 

「でも、それは貴方だって同じじゃない……。向けられた好意を、無下にし続けることは出来ないでしょ……?」

 

「……確かにそうだ」

 

「だったら……」

 

「だからこそだ……。俺は、艦娘に恋はしないと『思っていた』。だが、恋というものを知った今、俺の心は揺れている。その隙間に好意をねじ込まれれば、俺だって……」

 

「……分からないわ。それは、私が望むことで……私を想うのなら――」

「――それはお前じゃないからだ」

 

まるで、時が止まったかのような――そんな静寂が――だが、煩くも感じて――。

 

「え……なに……? どういう……意味……?」

 

「……そのままの意味だ」

 

俺は、夕張の顔を見ることが出来なかった。

見てしまえば、俺は――。

夕張を想うからこそ――。

 

「ハッキリ言おうか……。俺は、他の艦娘に心を動かされることはあっても、お前の好意に心が動いたことはない……」

 

再びの静寂。

 

「……誰かに心を動かされたことがあるって事? 私じゃない……誰かに……。この島の……誰かに……」

 

「あぁ……」

 

嘘ではない。

事実、ドキッとしたことは何度かある。

それが、恋に似た感覚だと理解もしている。

だが、夕張の好意を知った時、そういった感覚に襲われたことはない。

恋とは違う。

……違うはずだ。

 

「じゃあ……つまり……こういう事……? 他の人たちには心が動くけど、私の気持ちには、それが無かった……って事……?」

 

声が出ず、俺は頷くことしかできなかった。

 

「……そう。なるほどね……。そういう事……。だから、私を想って……なのね……」

 

本来は、少し違う。

だが、そういう事なのだと、俺も今、気が付いた。

 

「そっかそっか……。うん……分かった……。そりゃそうよね……。好きでもない女に……詰め寄られたら……迷惑よね……。貴方は優しいから……言えないわよね……。『単純に好きになれない』……だなんて……」

 

「…………」

 

「……分かった。ありがとね……。正直に言ってくれて……。あと……ごめんね……言わせちゃって……。諦めるように……傷つかないように言ってくれたのに……分からなくて……」

 

「…………」

 

「これからは……余計な事はしないから……。あ……でも、私に出来ることがあったら、言ってね……? 迷惑じゃなければ、私も、力になれると思うから……。あ……別に、これは、ただ単純に、手伝ってあげたいっていう、私の自己満足だから……。えと……うん……そういうことだから……迷惑じゃ……なければなんだけど……」

 

ここで慰めの言葉をかければ、夕張は――。

俺に今出来ることは――。

 

「……あぁ、ありがとう。必要になったら、頼むぜ……」

 

「……うん」

 

時計の鐘が鳴る。

まるで、終わりを告げるかのように――。

 

「……じゃあ、私、皆を手伝ってくるわ。ごめんね。余計な事しちゃって……。扉、直すとき言って? 全部やるから」

 

「あぁ、分かった……」

 

「じゃあ……」

 

「あぁ……」

 

夕張が部屋を出て行く最後まで、俺は顔を見ることが出来なかった。

フラれる方が辛いのは、よく分かっている。

だけど――。

 

「お前の言う通りだよ……夕張……。俺は……俺には……」

 

 

 

気持ちが落ち着いた頃、俺は食堂に呼ばれた。

そこには、さっぱり綺麗になった山城が、皆に囲まれて座っていた。

 

「山城さんには、全て話しました。提督の正体など、全て……。宜しかったでしょうか?」

 

「あぁ、構わん。ありがとう、大淀」

 

「いえ」

 

「さて……」

 

山城はだるそうに顔をあげると、チラリとだけ、俺を見た。

 

「初めまして。お前が山城だな」

 

「えぇ……そうですけど……」

 

「大淀から聞いたと思うが、俺は佐久間肇の息子だ。親父とは生前に、仲良くさせてもらっていたそうじゃないか。俺とも仲良くしてくれると嬉しいぜ」

 

そう言って手を差し伸べても、山城はだるそうにするだけで、手もだらんと下がったままであった。

 

「……しかし、佐久間肇が亡くなってからの十五年間、ずっと引きこもっていたんだろ? 皆がお前を珍しがって見ているようだが、本当に十五年間、部屋を出ていなかったのか?」

 

山城は、まるで聞こえないとでも言うように、明後日の方向を見つめていた。

 

「おい」

 

「私が代わりに説明しよう」

 

そう言ってくれたのは、武蔵であった。

 

「山城は、本当に一度も、部屋を出てきていない。飯を持って行ってやった時だって、出すのは手だけだった。一週間以上見張ってみたこともあったが……やはり見れたのは、手だけだ」

 

「ちょっと待て。って事は……まさか、十五年間、風呂も入っていないのか!?」

 

「まあ、そういう事になるな。だが、前にも言った通り、艦娘は老廃物が少ないんだ。だから、そこまで汚れてはいなかったぞ」

 

「いや……そうかもしれないが……」

 

だとしたら、さっき見たのは、十五年間風呂に入っていない姿だったわけか……。

確かに、そこまで汚くはないように見えたが……。

一体、艦娘ってのはどうなっているんだ……。

 

「ただまあ……部屋がな……」

 

「え?」

 

俺は、武蔵に案内され、山城の部屋へ向かった。

 

「入ってみろ」

 

「お、おう……」

 

足を踏み入れた瞬間、異変に気付く。

 

「う……!? なんかカビくせぇ……!」

 

部屋の明かりを点けようとスイッチを押してみるが、何も反応はない。

 

「待ってろ」

 

武蔵が部屋にズカズカと入って行き、カーテンを開けると……。

 

「う……うぅぅぅぅぅわっ!?」

 

部屋中がカビていた。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

「まあ、つまり、そういう事だ……」

 

「何がそう言う事だ!? あ……そういや……。さっき、山城が緑斑点模様の服を着ていたが……まさか……!?」

 

武蔵は頷くと、苦笑いを見せた。

急いで食堂へ向かう。

 

「お前……馬鹿じゃねぇのか!? あんなきったねぇ部屋でよく十五年間も暮らせたな!?」

 

部屋の汚さに感化されたのか、こちらも汚い言葉が出る。

 

「ま、まあまあ提督……。山城さんが部屋を出て来ただけでも快挙なわけですし……今はそれを褒めるべきですよ」

 

「明石……それは違うぜ……。犯罪者が更生しても、偉い訳ではないだろ? 引きこもりが出て来たからと言って、部屋をあんなにしていい訳がないんだぜ……」

 

「そんな、犯罪者と比較するのはどうかと……」

 

「とにかく……。あの部屋は閉鎖だ。扉もない事だしな……」

 

夕張が申し訳なさそうに俯いていた。

 

「それは構いませんが……空きの部屋がありません……」

 

「大井の部屋があるだろう。それを使ったらいい」

 

「あ……それもそうですね……」

 

大井が居なくなったことを思い出したのか、皆、静まり返ってしまった。

 

「……とにかく、そういう事だ。だが、また引きこもられても困る。というか、そもそも、どうしてお前は引きこもっているんだ?」

 

山城は、やはり聞こえないとでも言うように、視線を逸らした。

 

「無視かよ……。まあいい……。とりあえず、また引きこもられたらかなわん。部屋が台無しになる。誰か、こいつの面倒を見てくれる奴はいないか?」

 

皆、困惑気味に互いの顔を見合わせていた。

おそらく、前にもこんなことがあったのだろうな……。

十五年も放っておかれるような奴だ。

俺を無視しているところを見ても、扱いに困るような奴なのだろう。

 

「私が面倒みる」

 

そう言ってくれたのは、夕張であった。

 

「夕張……」

 

「元はと言えば、私が引っ張り出してきたわけだし、責任は私にあるわ」

 

こいつ、また――。

……いや、違うな。

おそらく、償いのつもりでやっているのだろう。

これ以上、迷惑はかけたくないと――せめて役に立ちたいと、思っているのだろう。

 

「そうか。じゃあ、頼まれてくれるか?」

 

今は任せた方がいいだろう。

夕張自身、気を紛らわせるなにかが欲しかっただろうしな。

 

「うん。任せて。じゃあ、行こう? 山城さん」

 

山城は引きずられるようにして、夕張と共に消えていった。

 

「あれが山城さんです。どうです? 仲良くなれそうですか?」

 

「どうかな……。佐久間肇がどうやってあいつと仲良くなったのか……全く見えてこないぜ……」

 

「佐久間さんも仲良くなるのに時間をかけていましたから、山城さんが心を開いてくれるまで、気長に待つしかないかと……」

 

「それもそうだな……」

 

気長に……か……。

ふと、響と目が合う。

 

「……私たちも行こう」

 

「あ、待ってよ響!」

 

響……。

 

 

 

山城の部屋の掃除は、鳳翔と、なんと大和が請け負ってくれた。

 

「俺も手伝おうか」

 

「いえ。カビを吸っては危険ですから」

 

「それはお前たちも同じだろう」

 

「私たちは平気です。毒を盛られても平気な体ですから」

 

冗談のように聞こえるが、実際に、毒では死なない体になっているのが艦娘だ。

山城があの部屋で平気だったのが、何よりの証拠だ。

 

「それに、きっと、大和ちゃんが嫌がるでしょうから……。掃除をすると言った時、大和ちゃんの方から、手伝うと申し出があったのです。おそらく、私に話があるという事だと思いますので、提督のお気持ちは嬉しいのですが……」

 

あの大和から……か……。

 

「分かった。では、頼んだぜ。鳳翔」

 

「はい!」

 

鳳翔は掃除道具を持って、山城の部屋へと入っていった。

 

「さて……」

 

俺はどうしたものか。

夕張の部屋に行って、山城の様子を見に行くのもありだが……。

 

「ねーねー」

 

「ん?」

 

声に振り返る。

そこには、三隻の駆逐艦が居た。

こいつらは、確か――。

 

「ちょ……島風……!」

 

「ストップウォッチやってー?」

 

「ストップウォッチ……?」

 

「うん。はい、これ。じゃあ、ビーチで待ってるから」

 

そう言うと、島風はものすごいスピードで去って行った。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

それを追うのは、天津風……だったか。

そして、残された駆逐艦は……。

 

「雪風……だったか?」

 

「はいっ! 雪風です!」

 

随分元気な奴だな……。

 

「あいつの言っていたストップウォッチやって……ってのは、どういうことだ?」

 

「時間を計って欲しいって事です!」

 

「いや、それは分かるんだが……。一体、何の時間を……」

 

俺が話し終える前に、雪風は走り出した。

 

「あ、おい!」

 

 

 

雪風を追ってゆくと、海辺で島風と天津風が待っていた。

 

「やっと来た! おっそーい!」

 

頬を膨らませる島風。

どこか不安そうな天津風。

何も考えていなそうな雪風。

 

「わ、悪い……」

 

「じゃあ、やろう? 天津風」

 

「え……でも……」

 

天津風が俺を見る。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一体、何をするってんだよ? って言うか、お前……」

 

色々と状況が呑み込めず、俺は困惑していた。

天津風も同じようで――というより、島風が勝手に暴走したって感じだな。

確かに、吹雪さんのノートには、島風は自由な艦娘だと書いてはあったが……。

それにしても自由過ぎると言うか……。

普通、これまで話してこなかった男に――恐れていた男に、何かを頼もうとするものだろうか……。

 

「だからー。私と天津風が競争するから、タイムを計って欲しいの。提督はやってくれたもん」

 

「提督……?」

 

「佐久間さんの事です!」

 

佐久間……あぁ、なるほど……そういう事か……。

俺が佐久間肇の息子だって知って、話しかけて来たって訳か……。

とりあえず、付き合ってやった方がいいよな……。

 

「なるほどな。分かった。計ればいいんだな?」

 

「向こうがスタートで、こっちがゴールね。雪風が私、提督が天津風ね」

 

「お、おう……分かった……」

 

今こいつ、ナチュラルに俺の事を提督って……。

佐久間肇と重ねているのか、それとも……。

 

「天津風ー早くー」

 

「ちょっと! 私、まだやるなんて一言も……」

 

「じゃあ、私の不戦勝って事でいーの?」

 

天津風はムッとした表情を見せると、スタートラインに立った。

 

「では、位置についてー! よーい……ドンです!」

 

二隻が走り出す。

そのスピードは、常人のそれを遥かに超えていた。

二隻はあっという間にゴールに近づき、俺たちの間をすり抜けていった。

 

「うぉ!?」

 

ゴールと同時に、風が吹き上げる。

 

「「タイムは!?」」

 

二隻が駆け寄る。

 

「えーっと……島風ちゃんは、5秒11です!」

 

「天津風は……5秒22だ」

 

なんつータイムだ……。

正確な距離は分からんが、世界記録を軽く超えているようにも思える。

しかも、砂浜で、だぞ。

 

「ふふーん! 私の勝ちー!」

 

「ちょ、今のは絶対私の勝ちよ! ストップウォッチの誤差でしょ!? 雪風!?」

 

「うぅん……よく分かりませんでした……。しれえ、どうでした?」

 

しれえ……ってのは、俺の事だろうか……?

 

「しれえ?」

 

「え? あぁ……うん……。俺もよく分からんかったな……。ほぼ同時だったような……」

 

「えー? じゃあ、もう一回やる?」

 

「望むところよ!」

 

そう言って、二隻はスタートラインに戻っていった。

 

「しれえ、もう一回です!」

 

「お、おう……」

 

それから、何度も二隻の競争に付き合ってやった。

タイムはほぼ互角であり、島風が勝ったり、天津風が勝ったりを繰り返し、その度に再戦となった。

 

 

 

結局、お昼を伝えに来た陸奥によって、競争は終わった。

 

「あなた達、もうお昼よ。帰ってらっしゃい」

 

「「「はーい」」」

 

「陸奥」

 

「あら、提督。この子たちと仲良くなったの?」

 

「仲良くなったというか……。ただ計測を頼まれただけで……」

 

「計測?」

 

陸奥と話していると、島風に腕を引っ張られた。

 

「ねーねー、お昼ご飯食べたら、提督のお家に行ってもいーい?」

 

「え?」

 

「ちょ……島風……! 駄目よ……!」

 

「いいでしょー?」

 

「雪風も行きたいです!」

 

急に距離を詰めて来たな……。

 

「あ、あぁ……構わないが……」

 

「やったー! じゃあ、後でねー。ばいばーい」

 

「ちょ、待ちなさいよ!」

 

「失礼します! しれえ!」

 

三隻は元気よく、寮へと戻っていった。

 

「なんか、急に懐かれたな……」

 

「本来は、とっても人懐っこい子たちなのよ。私たちが遠ざけてしまっていただけで、貴方の事、ずっと気になっていたみたいよ」

 

あいつらが俺にかかわろうとしてきたのは、俺の正体を知ったこともそうだが、おそらく、大井が居なくなったことが大きく影響しているのだろう。

大井は鹿島と違い、皐月や卯月、第六駆逐隊のような小さな艦娘の面倒よりも、島風のような、少し成長した駆逐艦の面倒を見ていた。

陸奥の言う通り、大井が面倒を見ていた駆逐艦の中に、俺の事が気になっている者があったとしても、大井は接触に対して反対するはずだ。

その大井が居なくなった今、駆逐艦は自由に行動できる。

今後はおそらく、島風のように、俺に接触してくる駆逐艦が多くなって行く可能性が高いだろう。

そうなった時、果たして俺は――。

 

「ね、ねぇ……」

 

「ん?」

 

「お昼……貴方の分を持ってきたのだけれど……」

 

「あぁ、悪いな。そういや、今日は青葉は一緒じゃないのか」

 

「え、えぇ……青葉が……一人で行けって聞かなくて……」

 

陸奥は、以前見せていたような、もじもじとした態度でそう言った。

青葉が傍にいないと、こうなってしまうのだろうか。

それとも、何か言いたいことでもあるのか。

 

「あ、あの……。私も……お弁当……なんだけど……。その……良かったら……あの……」

 

あぁ、なるほど。

だから、青葉は……。

 

「そうか。なら、一緒に食べるか?」

 

「え……あ……は、はい……。その……お願い……します……」

 

 

 

弁当は、俺の家で食べることになった。

飯を食っている間、陸奥は一言もしゃべることをしなかった。

 

「青葉と訓練したようだが、やはり、俺と二人っきりってのは、まだ慣れないか」

 

陸奥は小さく頷くと、空になった弁当箱をじっと見つめた。

そういや、視線も合っていない。

 

「今からでも青葉を呼んでこようか。それだったら、話せるのだろう?」

 

そう言ってやると、陸奥は首を大きく横に振って、俺の目をじっと見つめた。

 

「だ、大丈夫……!」

 

「そ、そうか……」

 

明らかに大丈夫ではなさそうだがな……。

 

「しかし、なんだ。こうしていると、お前がここに来た時の事を思い出すよ。裸で俺の布団に潜り込んでいたやつ。ありゃ、誰の提案だったんだ?」

 

「あ、あれは……! その……」

 

「……もしかして、お前か?」

 

陸奥は顔を赤くすると、その顔を両手で覆い隠した。

 

「……また随分と大胆な発想だったな」

 

「あ、あの時の私は……どうかしていたというか……。今思うと……うぅぅ……」

 

まあ、あの頃は、俺を男としては見ていなかったのだろうからな。

そうでなくなった今は、やはり――。

 

「あ、あの……。聞きたいことが……あるのだけれど……」

 

「ん、なんだ?」

 

「そ、その……あの……わ、私の体って……やっぱり……その……」

 

「体が……なんだ?」

 

陸奥は、なにやら躊躇った後、決意したかのように顔をあげ、言った。

 

「や、やっぱり私の体って……その……え、えっち……なのかしら……?」

 

「え……」

 

唖然とする俺を尻目に、陸奥は自分の胸を持ち上げた。

 

「よく……出向してきた男に言われるの……。『お前の体は、人間の女よりもエロい』って……」

 

そういや、鈴木も似たようなことを言っていたっけか……。

 

「確かに、胸もおしりも大きくて……その……え、えっちなのかもしれないけれど……。あ、貴方も……私の事……そう思ってたり……する……?」

 

上目遣いで見つめる陸奥に、俺はドキッとしてしまった。

 

「前に……言っていたじゃない……。『お前の美しい女体を見てしまった時、体が言う事を聞かなくなって……』って……。今も……同じ気持ちを持ってる……?」

 

何処か不安そうな瞳に、俺は、陸奥が何を言いたいのか、なんとなく分かった。

 

「……いや、今は思っていないよ。確かに、俺は男だから、そういうことを思うこともあるかもしれない。だが、俺は他の男と違って、お前を傷つけたりはしない。それは約束するよ」

 

まあつまり、そういうことだろう。

俺の事を信用してくれたとは言え、男だしな。

心配になるよな。

 

「心配せずとも、気の迷いは起こさないから安心してくれ。尤も、あの時みたいに迫られたら分からんがな」

 

そんな冗談で場を和ませようと笑って見せたが、陸奥は何やら思い悩むようにして、自分の胸に手をあて、俯いていた。

 

「陸奥?」

 

「……私が迫ったら、貴方は私に欲情『してくれる?』」

 

「え?」

 

瞬間、陸奥は俺を押し倒すと、馬乗りになった。

 

「む、陸奥……?」

 

そして、上着を脱ぐと――何も着けていなくて、それは露わになっていた。

 

「な、何をしているんだ!?」

 

思わず目を逸らす。

 

「駄目……! ちゃんと見て……!」

 

陸奥は、俺の顔を両手でつかむと、自分の方へと向けた。

 

「ちゃんと見て欲しいの……。そして……私でドキドキしてほしいの……」

 

「ドキドキって……。い、いいから、服を着てくれ……! どいてくれ……!」

 

「駄目……。見てくれるまで……退かないから……」

 

さっきのオドオドはどこへやら。

一体、陸奥は何をしたいんだ。

 

「見てくれなきゃ……このまま……」

 

陸奥の手が、俺の股間へと――。

 

「わ、分かった分かった! 見る! 見るから!」

 

俺は、恐る恐る陸奥に目を向けた。

華奢で綺麗な体。

透き通る肌。

豊満な胸。

 

「……どう?」

 

「どうって……?」

 

「ドキドキ……する……?」

 

こんなの、するに決まっている。

それどころか――。

 

「あ、あぁ……するよ……。するから、退いてくれ……」

 

思わず目を逸らす。

すると陸奥は、俺の股間に手をあてた。

 

「なっ!?」

 

「あ……」

 

そして、何かを察したかのように顔を赤くすると、少しだけ嬉しそうに微笑んで見せた。

 

「くそ……」

 

恥ずかしさに、顔が赤くなる。

 

「良かった……。本当にドキドキ……してくれているのね……」

 

「……すまん。口でどうこう言っても……俺も男のようだ……」

 

「ううん……。むしろ、嬉しい……。ふふっ」

 

これからどうなってしまうのか。

まさか――。

そんな事を考えていると、陸奥はあっさりと退いて、服を着始めた。

 

「青葉に言われたの。貴方、前に私が迫った時……その……なんともなかったじゃない? だから今度は、裸で迫って、反応があるか見てみたらって。もし反応が無かったら、私に魅力がないか……その……EDなんじゃないかって」

 

「……そんな事を確かめるためだけに、こんなことを?」

 

「そうよ?」

 

俺は思わず、床に倒れ込んだ。

 

「提督?」

 

「お前な……。普通、こんなことされたら……」

 

「されたら?」

 

「……いや、なんでもない。もう確かめるのはやめてくれ……。色々と……辛いんだ……」

 

何故辛いのか、陸奥はよく分かっていないようであった。

しかし青葉のやつ……陸奥にこんなことをやらせるなんて……。

っていうか、陸奥も断れよ、これくらい……。

 

「二人っきりはまだ慣れないとか……嘘だろ……」

 

「?」

 

 

 

しばらくすると、島風たちがやって来た。

皐月や卯月、鹿島に青葉も連れて。

 

「提督さん」

 

「どーも!」

 

「鹿島、青葉。付き添いか?」

 

「えぇ、特にやることも無いので。掃除も鳳翔さん達がやっていますし、山城さんの方も、夕張さんと明石さんが」

 

「青葉は陸奥さんの様子を見に来ました!」

 

「そうか。あっちは順調そうか?」

 

「えぇ、掃除も、今日中には終わるかと。それにしても、島風さん達といつの間にか仲良くなっているなんて……流石提督さんですね!」

 

「いや、仲良くなったというよりも、変に懐かれたというか……」

 

ふと、鹿島はチラリと、陸奥を見た。

 

「陸奥さんと一緒だったのですね」

 

「あぁ、お昼を一緒にな」

 

「えぇ、そうなの。ね、提督?」

 

「ん? あ、あぁ」

 

青葉が来たからなのか、陸奥はどこか、積極的になっていた。

 

「もうすっかりラブラブですね! これは、司令官が陸奥さんを娶るのも、時間の問題でしょうか?」

 

「もう、やめてよ青葉」

 

仲良く冗談を言い合う二隻とは対照的に、鹿島はどこか、複雑な表情を見せていた。

 

「なるほど……そうでしたか……」

 

鹿島は隣に座ると、横目で俺をじっと見つめた。

 

「どうした?」

 

「いえ……なんでも……」

 

なんか、怒っているようにもみえるが……。

 

「提督ー、遊具で遊んでもいーい?」

 

「ん、おう、存分に遊んで来い」

 

「やったー! みんなー、島風についてきてー?」

 

島風が号令をかけると、皆、嬉しそうにそれに続いた。

 

「信頼が厚いんだな。あいつ」

 

「島風ちゃんは、面倒見がいいんですよ。ああ見えて、案外お姉さんなんです。青葉調べでは、お姉ちゃんランキングで、駆逐艦で唯一、上位に入っています!」

 

なんじゃそのランキングは……。

 

「しかし……」

 

皆が遊具で遊ぶ中、天津風だけは、警戒するように俺をチラチラと見ていた。

 

「天津風は俺を警戒しているようだな」

 

「それが普通ですよ。島風さんの距離の詰め方が、自由過ぎるくらいで……」

 

「やはりそうなのか」

 

「でも、気になってはいるみたいです。提督さんの事」

 

それは肯定的に捉えていいものなのか、俺にはよく分からなかった。

 

「まあ、時間が解決してくれるような気もしているし、こっちが空回った行動をとるよりも、今は様子を見た方が得策だろうな」

 

「かもしれませんね」

 

そんな事を鹿島と話していると、陸奥がムッとした表情で、俺の傍に寄って来た。

 

「ねぇ、鹿島とばかり話していないで、私の事も見て? お姉さん、拗ねちゃうぞ?」

 

「え、あ、あぁ……悪い……」

 

さっきとは打って変わり――本当、青葉の前では――或いは無理をしているのか、それとも――。

 

「……提督さんは、本当にモテますね」

 

「モテる……と言っていいのかどうか……。この島には俺しか男が居ないから、こうなるのも必然というか……」

 

「もう、また鹿島と話してる……。今は私だけを見て……?」

 

「陸奥さん、攻めますねぇ! これに司令官はどう応えるのか!?」

 

勝手に盛り上がる青葉。

それに応えようとしているのか、陸奥の方も積極性が増してゆく。

 

「もし見てくれないのなら、もう一度ドキドキ、させてあげましょうか?」

 

そう言うと、陸奥は胸元を開いて見せた。

 

「お、おい……駆逐艦もいるんだぞ……」

 

「あら、駆逐艦が居なかったらいいわけ?」

 

「そういう訳ではないが……」

 

あまりの攻めっぷりに、青葉も少し驚いていた。

そりゃそうだよな。

昨日、やっとまともに俺と話せるようになった奴が、ここまで――。

 

「陸奥さん……提督さんの言う通りです……。駆逐艦の目もありますので……」

 

「あら鹿島。そんな怒った表情をして……。もしかして、妬いちゃった?」

 

煽る陸奥に、鹿島はムッとした表情を見せた。

 

「妬いてなどいません……。そうやって、体でしか誘惑できない陸奥さんに、どうして妬く必要があるのでしょうか?」

 

鹿島の反撃に、今度は陸奥がムッとした表情を見せて――。

流石にヤバい空気を察したのか、青葉が二人の間に割って入った。

 

「まあまあ、お二人とも、それくらいに。陸奥さんは少しやり過ぎましたし、鹿島さんも、それは言い過ぎです」

 

諭された鹿島は冷静になったのか、申し訳なさそうに陸奥に向き合った。

 

「……そうですね。ごめんなさい、陸奥さん……」

 

頭を下げる鹿島。

対して陸奥は――。

 

「お、おい……」

 

陸奥は、俺の腕にしがみつくと、鹿島を睨み付けた。

 

「む、陸奥さん……!?」

 

「この人は……そんな目で私を見ないし……体だけで誘惑したって、振り向いてくれる人なんかじゃないわ……」

 

陸奥は俺をじっと見つめると、「そうでしょ……?」と同意を求めた。

 

「あ、あぁ……まあ……そうかもな……」

 

「それでも……ありのままの私を知って欲しいから……こうしているだけ……。提督に私の全部を知ってもらって、受け入れて欲しいと思っているだけよ……」

 

全部を知って欲しい……か……。

確かに、俺はまだ、陸奥の全てを知った訳じゃない。

こうして積極的になれるのだって――積極的である理由だって、知らなかったわけだしな……。

 

「そ、そう……でしたか……。それは……ごめんなさい……」

 

陸奥の気迫に、鹿島は尻込みしたようであった。

鹿島が引いたことで、とりあえずこの話は終わる。

緊張の糸が切れたかのように、俺と青葉は、安心した表情をみせた――が……。

 

「ねぇねぇ」

 

話しかけて来たのは、島風であった。

後ろに、皆を引き連れて。

 

「陸奥さんと提督って、付き合ってるの?」

 

「え……? な、なんでそう思ったんだ?」

 

「だって、陸奥さん、ずっと提督にくっついているし。お似合いって感じだもん」

 

皆も同じなのか、うんうんと頷いて見せた。

 

「ちょ、ちょっとみんな。何言ってるのよ~?」

 

否定はしているが、どこか満更でもなさそうな陸奥。

 

「青葉も言ってたもんねー。二人はお似合いだって」

 

「あら、青葉ったら。駆逐艦にまでそんなこと言っているの?」

 

「えぇ、まあ……。恋愛は、噂から進展することもありますから」

 

「噂って……お前、変な事を吹き込んでないだろうな?」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

そんな事で騒いでいると、急に鹿島が立ち上がった。

 

「鹿島?」

 

「……そろそろ寮に戻ります」

 

門の方へと歩いてゆく鹿島。

しかし、ふと、何かを思い出したかのように足を止めると、もう一度こちらへ戻って来た。

 

「どうした? 忘れ物か?」

 

「提督さんに言い忘れていました……」

 

「ん、なんだ?」

 

「デートの件ですけど……日にちを決めたいと思いまして……。都合のいい日がありましたら、後でもいいので教えてください……。それだけです……。では……」

 

鹿島は陸奥をチラリとみると、そのまま去って行ってしまった。

 

「え……デート……? 鹿島さん、今、デートって言った?」

 

「デートって、あのデート!?」

 

「司令官と鹿島さん、デートするぴょん!?」

 

ざわつく駆逐艦たち。

 

「…………」

 

俺はただ、唖然としていた。

どうして鹿島は、今、そんな事を――こんな状況下で、わざわざ――。

 

「む、陸奥さん……」

 

「て、提督! 鹿島とデートって、どういう事!?」

 

我に返り、説明をしようとすると――。

 

「そっかー。鹿島さんと提督も、お似合いだよねー」

 

先ほどと同じように、皆が頷く。

お前ら、適当に頷いてないか……?

 

「んもう……! 何なのよあなた達まで! もう知らない……! ばか……!」

 

陸奥は家を飛び出して行ってしまった。

 

「あ……陸奥さん……! 待ってくださいよ……!」

 

それを追う青葉。

残された俺は、ただただ、その行方を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

その後、夕食の為に寮へと戻った俺は、鹿島とのデートの件で質問攻めにあった。

どうやら青葉が騒ぎ立てたようで――中には、俺と鹿島が付き合っていると勘違いしている者もあった。

 

 

 

結局、質問攻めから解放されたのは、消灯時間になってからであった。

 

「すみません……提督さん……。まさか、こんな事になるなんて……」

 

「いや……まあ……いずれは分かることだしな……。しかし、今はタイミングが悪いというか……。あの場でいう事ではなかったと思うぜ……」

 

「はい……私、どうかしていました……。ごめんなさい……」

 

どうかしていた……か……。

 

「まあ、皆もデートをする意味を分かってくれたようであるし、逆に疚しい感じが無くなって良かったんじゃないか?」

 

「疚しい……ですか……」

 

「そういう意味が無いのは分かるが、やはり疚しいと思うだろう。特に、俺がこの島に来た理由を知っていたのがお前だけだった、ってのを知ったばかりのあいつらにとっては、俺たちが疚しい関係なんじゃないかって思うのが普通だ」

 

それを聞いた鹿島は、どこか納得のいっていないような表情を見せた。

 

「鹿島?」

 

「提督さんは……鹿島に疚しい気持ちが無いって……今回のデートにも、それが無いって、思っているのですか……?」

 

「え……?」

 

「鹿島は……そういう気持ちで……提督さんを誘ったつもり……だって言ったら……どうしますか……?」

 

鹿島は顔を赤くして、俺をじっと見つめた。

 

「あの場でデートの事を言ったのは……陸奥さんに対抗するためだと言ったら……? 皆があまりにも、提督さんと陸奥さんがお似合いだって言うものだから……嫉妬してしまったと言ったら……?」

 

唖然とする俺に対して、鹿島はそっと近づき、俺の胸に頭を預けた。

 

「正直……まだ、よく分かっていないんです……。こんなことまでして……提督さんとどうなりたいのか……」

 

「鹿島……」

 

「でも……こんなことまでしたくなるくらい……鹿島は……提督さんのこと……」

 

その先を、鹿島は言わなかった。

 

「……今度のデートで、それがはっきりと分かる気がするんです。そしたら……その時は――」

 

鹿島はゆっくりと離れると、目を合わせず、執務室を出ていった。

取り残された俺は、最近覚えたばかりの感情に支配され、しばらくその場を動くことが出来なかった。

 

 

 

家に戻ると、何故か明石と大淀が酒を飲んで、俺を待っていた。

 

「遅いですよ」

 

大淀はグラスに酒を注ぐと、俺に手渡した。

 

「梅酒です。私の自家製ですよ」

 

「ありがとう……って、そうじゃなくて。お前ら、こんな時間に何を……」

 

「何って……ほら、見てくださいよ」

 

大淀の指す方に、まるで拗ねているのだと言うようにして、床をなぞる明石が居た。

 

「提督と鹿島さんがデートするって聞いて、明石、拗ねちゃったんですよ? ですから、励ます会をしているんです」

 

「……何故それを家でやるんだ?」

 

「提督の所為でそうなったんですから、提督にも慰めてもらわないと」

 

そう言うと、大淀は嬉しそうに笑って見せた。

 

「大淀、お前、相当酔ってるな……?」

 

「どうでしょう? それよりも、明石を慰めてください。ほら、こっち見てますよ?」

 

明石は唇を尖らせて、俺をじっと見つめていた。

だが、その目はどこか――。

 

「……下手な演技はいいから、ちゃんとした理由を教えてくれ。そうでないと、追い出すぞ……?」

 

そう言ってやると、明石はケロッとした表情を見せ、こちらへと近づいてきた。

 

「ノリが悪いですね。提督」

 

「そうさ。俺はつまらん男だ」

 

俺は酒を飲み干すと、二人の間に座った。

 

「それで? 何しに来たんだよ? デートの事だったら、全部説明した通りだぜ」

 

「違いますよ。まあ、デートの事は引っかかりますけど……。今日はそういうのじゃないです」

 

「じゃあなんだよ?」

 

「大淀と、久々にお酒を飲もうって話になりまして。どうせなら、提督も一緒にどうかなって」

 

そうだよね、とでも言うように、明石は大淀に視線を送った。

 

「梅酒もいい感じに出来ていましたし」

 

大淀は、俺の空いたグラスに酒を注いだ。

 

「そうだったか。しかし、お前ら、仲良かったんだな。二人で話しているところ、見たことなかったような」

 

二隻は顔を見合わせると、少し困った顔を見せた。

 

「なんだよ?」

 

「実は……昔から仲は良かったのですが……佐久間さんが亡くなってから今日まで、話す機会を失っちゃって……」

 

「佐久間肇が死んでから?」

 

「えぇ……。佐久間さんが亡くなって、大淀も人を避けるようになって……。私は中立な艦娘だったから、何だか大淀とは話せなくなっちゃって……」

 

「別に、喧嘩をしていた訳じゃないんですけど、明石には気を遣わせちゃったみたいで……」

 

「じゃあなんだ。ここ最近まで――約十五年ほどの間、話すことも無かったのか?」

 

「まあ、ちょっとした業務連絡くらいはしていましたけど……。昔みたいには……ね?」

 

大淀はどこか、申し訳なさそうに頷いてみせた。

 

「そうか……。して、何かきっかけでもあったのか? 仲直りというか、昔みたいに戻ったなにかが」

 

二隻は再び顔を見合わせると、小さく笑って、俺を見た。

 

「提督ですよ」

 

「俺? 俺がきっかけ?」

 

「大淀が提督の事、『提督』って呼んでいるのを見て――佐久間さんの息子である提督に、しっかりと向き合ってるのを見て――また昔みたいな関係になれるかもしれないって、そう思ったんです」

 

明石の優しい瞳が、大淀を見つめていた。

 

「ありがとう、明石……。そして……ごめんね……」

 

そう言うと、大淀はぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「お、おいおい……」

 

「あぁ、大丈夫です、提督。大淀、酔うといつもこうなんです」

 

あんなに陽気に振る舞っていたのに……。

酒に酔うと、情緒が不安定になるのか……。

 

「よしよし、大淀。ほら、提督も。よしよししてあげてくださいよ」

 

「よしよしって……」

 

「大淀も期待しているようですし」

 

メソメソと泣く合間に、大淀はチラチラと俺を見つめていた。

 

「本当に泣いてるのか? こいつは……」

 

「うぅぅぅ……!」

 

「あぁ、もう。余計に泣いちゃった。ほら提督、早くしてください」

 

俺は初めて、大淀に対して「うざったい」と思った。

 

「分かったよ……。ほら、よしよし……」

 

大淀はケロッとした表情をのぞかせると、ニンマリと笑って見せた。

 

「んふふ~……もっとしてくださ~い」

 

「こいつ……。マジで酔ってるぜ……」

 

「十数年ぶりですから、ハメも外したくなりますよ。ね、大淀ちゃん?」

 

『大淀ちゃん』は明石の膝を枕にすると、満足そうな笑顔を見せた。

十数年ぶりとはいえ、酒一つでここまで変わってしまうとはな……。

それだけ真面目にやって来た証拠か、それとも……。

 

「フッ……」

 

でもまあ、悪くはない。

大淀をここまでにしてしまうくらい、親父の影は――もう――。

 

「あら、大淀ちゃん。おねんねしちゃうのかしら~?」

 

「ねんねする~」

 

……親父、色んな意味で罪深いぜ。

 

 

 

十数年ぶりの酒、というのは本当のようで、大淀は粗方甘え終えると、そのまま眠りについてしまった。

 

「ったく……」

 

「大淀がここまで乱れるの、久々です」

 

「できれば、今回限りにして欲しいものだがな……」

 

「そうですか? たまにはいいじゃないですか。こんな大淀も」

 

そう言うと、明石は大淀の頭を優しく撫でた。

 

「しかし、まさか、大淀がこんな姿を見せてくれる日が来るなんてな」

 

「それだけ提督を信用してくれているんですよ。大淀がここまで無防備な姿を見せるのは、今まで佐久間さんだけでしたし」

 

「なるほど、親父も大変だったんだな。やっと実感できたぜ」

 

俺の皮肉に気付いたのか、明石は小さく笑ってくれた。

 

「でも、本当……提督は凄いです。大淀に信用させるのもそうですけど、大井さんを島から出してしまうなんて……」

 

「大淀が信用してくれたのは佐久間肇のお陰であるし、大井が島を出たのだって、あいつの意志があってこそ成し得たものだ。俺の力なんて、何一つ……」

 

「それでも、きっかけは提督ですよ。提督じゃなかったら、こうはなりませんでした」

 

「そうかね」

 

「そうですよ。たまには素直に認めたらどうです? 提督ったら、いつもそうじゃないですか。自分じゃなくても良かった、とか」

 

「自分に自信がないんだ。未熟でもあるからな」

 

そう、未熟なんだ。

未熟であるから――。

 

「…………」

 

「提督?」

 

「……悪かったな」

 

「え?」

 

「昨日、話したろ。本土での十日間の事」

 

「え、えぇ……それが何か……?」

 

「話した通り、俺はお前たちを見捨てようとした。お前の期待を無下にしようとしてしまったんだ。本当にすまなかった」

 

「提督……」

 

「俺はまだまだ未熟だ。佐久間肇に頼らなくてはいけないし、皆との交流だって、俺から積極的に接することは出来ていない。到底、褒められるような人間ではないのだ」

 

酒を飲み干す。

少しばかり、酔っているな。

 

「……提督はいつも、そうやって、私が褒めることを否定しますよね」

 

そう言うと、明石は退屈そうに膝を抱えた。

夕張のそれとよく似ている。

 

「別に、お前の意見でなくとも否定するさ。気を悪くしたのなら謝るよ」

 

「そういうわけじゃないです……。ただ……なんか寂しいなって……」

 

「寂しい?」

 

明石は近づくと、俺の肩に身を寄せた。

 

「明石?」

 

「……私、提督に肯定されたことがないなって、最近思うんです」

 

「え……?」

 

「だってそうじゃないですか……。私の想う提督は、いつも否定されるし……。何か事件が起こった時だって、私はいつも蚊帳の外です……」

 

そんなことはない――と、はっきり言えない自分がいる。

 

「提督の正体だって、私は知りませんでした……。他の――青葉さんですら、知っていたのに……」

 

明石は、より深く、俺に寄り掛かった。

 

「私はいつだって、貴方を苦しめるばかりで……何も役に立てない……。貴方の事を知ったつもりでも、それは間違っていると言われる始末……」

 

夕張と言っていることは似ていても、明石はやはり、どこか弱気であった。

 

「貴方を好きでいても……鹿島さんにとられちゃうし……。私って……貴方にとってなんなんですか……? 私は……邪魔ですか……?」

 

泣いているのか、明石は、すんすんと鼻を鳴らした。

こいつも相当酔ってるな……。

 

「……お前も大淀と同じで、泣き上戸のようだな」

 

明石は返事をしなかった。

 

「別に、お前を否定したわけではないし、蚊帳の外にやったつもりもない。蚊帳の中に入ってきたやつだって、わざわざ呼んだ訳じゃなく、たまたま入ってしまっただけだ」

 

明石は涙を拭くと、俺の言葉を待った。

 

「俺にとってのお前は、苦しめるとか、役に立たないとか、そういうものではない」

 

「じゃあ……なんだって言うんですか……?」

 

「さあ、なんだろうな。俺にもよく分からん」

 

明石は寂しそうに俯いてしまった。

 

「ただ……」

 

「ただ……?」

 

「あの島に居た十日間……お前の事を想わなかった日はなかった」

 

「え……?」

 

「お前が不安に思うだろうから、早く島に戻ってやらなければと思った。島に戻りたくないと思ってしまった時には、お前を裏切ってしまう事になると悩んだ。そして……」

 

「…………」

 

「自分に、全ての艦娘を『人化』させる力がないのかもしれないと考えた時には……せめて、お前だけは外に出してやりたいと思っていた……。そして、それには――その為には――」

 

俺は、空になったグラスを口に運んだ。

明石は、俺の言葉の意味が分かったのか、驚いた後、顔を赤くして俯いた。

 

「そんな嘘で、私の機嫌を取ろうっていう訳ですか……。提督は根っからのペテン師です……」

 

「そうかもな」

 

「……そこは否定してくださいよ」

 

「嫌なんだろ? 否定されるの」

 

「そうですけど……」

 

明石は一気に酒を飲み干した。

 

「提督が分かりません……」

 

「俺も分からんのだ。お前に分かるはずがない」

 

「じゃあ……鹿島さんとのデートも、よく分からないままするんですか……?」

 

「まあ、そうだな。だがそれは、あいつも同じようだった。今度のデートで、何か掴めるかもしれないと、あいつは言っていた」

 

「その何かが、私と同じ気持ちでないことを願います……」

 

「どうして?」

 

「……鹿島さんには、勝てませんから」

 

どう勝てないのか、明石は言わなかった。

 

「……慰めてくれないんですか?」

 

「もう慰めたつもりだがな」

 

明石は少し考えた後、その理由が分かったのか、再び俺の肩に身を寄せた。

 

「同情ならやめてください……」

 

「そうでないのは分かっているくせに。『たまには素直に認めたらどうです?』」

 

そう言ってやると、明石は唇を尖らせて、反撃した。

 

「『自分に自信がないんだ。未熟でもあるからな』」

 

「……フッ、言うじゃないか」

 

雲の合間から月が覗き、俺たちを照らした。

 

「鹿島さんとのデート……して欲しくないです……」

 

「約束してしまったからな」

 

「なら……私にも下さいよ……。鹿島さんみたいに、私だけが知る提督の何かを……」

 

「お前から何も貰ってないのにか?」

 

明石は黙ってしまった。

 

「冗談だよ。具体的に、何が欲しいんだ?」

 

「具体的に……」

 

明石は少し考えた後、膝を抱えて、可愛げのある笑顔で言った。

 

「じゃあ、提督の誕生日、教えてください」

 

「俺の誕生日?」

 

「えぇ」

 

「なんだ、そんな事でいいのか」

 

「もちろん、他の人には内緒にしてください。私だけが、提督の誕生日をお祝いできるんです。特別でしょ……?」

 

何がうれしいのか、明石は満面の笑みを見せた。

 

「まあ、いいぜ。それくらいなら」

 

「やった。じゃあ……耳打ちで教えてください」

 

「別に、誰も聴いていないだろうに」

 

そう言ってやると、明石は大淀を指した。

 

「寝てるだろ」

 

「寝たふりかもしれませんよ?」

 

大淀は、すぅすぅと寝息をたてていた。

 

「狸寝入りなら、大した女優だ」

 

「……いいですから、早くしてください」

 

「……分かったよ」

 

俺は、耳打ちで明石に誕生日を教えてやった。

 

「……随分、先なんですね」

 

「これで満足か?」

 

明石はどこか、不満そうに頷いた。

 

「なんだよ?」

 

「もっと早くお祝い出来たらよかったのにって……。提督の誕生日、もっと早くにできないんですか……?」

 

「無茶言うな……」

 

明石は膝を解くと、悪戯な笑顔を見せた。

 

「えへ、提督の秘密、知っちゃいました。私だけが知る秘密です。えへへ」

 

「フッ、単純なやつ」

 

それから俺たちは、酒が尽きるまで飲み明かした。

誕生日を知っただけなのに、明石は最後までご機嫌を貫いた。

 

「誕生日を知る方が、デートをするよりも、むしろいいんですよ! だって――」

 

「……何回目だ? その話……」

 

本当、単純な奴。

夕張もこのくらい単純なら――。

 

「あー! 今、別の事考えてませんでした!? 今は私だけ見てくださいよぉ……うぅぅ……」

 

……この酒癖さえなければの話だけどな。

 

 

 

翌朝。

朝食の為、食堂へと向かうと、明石と大淀と目が合った。

二隻とも、恥ずかしそうに会釈をすると、そそくさと離れて行ってしまった。

おそらく、昨日の事を覚えていて、今になって恥ずかしくなったのだろうな。

特に、大淀は……。

 

「提督、おはようございます」

 

「鳳翔。おはよう」

 

「昨日は大変でしたね。報告しそびれてしまったのですが、山城さんのお部屋、掃除が終わりました」

 

「そうか。ありがとう。ご苦労さん」

 

「私だけではなく、大和ちゃんにも、労いの言葉をかけてあげてください」

 

そう言うと、鳳翔は、端の方に座っている大和を指した。

 

「そうしたいが……嫌がられないか……?」

 

「そんな事を気にしていては、いつまで経っても、大和ちゃんと交流できませんよ?」

 

昨日は距離を取れと言っていたような気がするが……。

 

「……それもそうか」

 

「朝食、準備していますので、その間にいってきたらどうです?」

 

そう言うと、鳳翔は俺の背中を押した。

 

「分かった……」

 

俺はゆっくりと、大和の方へと近づいていった。

一緒に座っていた鈴谷と熊野は、俺が近づいてきたのを見て、顔を強張らせていた。

 

「大和」

 

声をかけられた大和は、俺が近づいてきていたのを知っていたのか、怠そうに顔を向けると、鋭い眼光で俺を睨み付けた。

 

「……なんですか?」

 

「昨日、山城の部屋を掃除してくれたんだろ? ありがとな」

 

「……別に、貴方に礼を言われるためにやったわけではありませんので」

 

「あぁ、分かってるよ。それでも、礼くらいは言わせてほしいと思ってな」

 

「……だったら、用事は済んだでしょう? さっさと立ち去ってください……」

 

「あぁ、分かったよ」

 

立ち去ろうと振り返ると、皆がこちらに注目していた。

一触即発の空気を察したのだろうな。

 

「皆さん、揃いましたね!」

 

その空気を変えてくれたのは、大淀であった。

 

「提督、お席へ」

 

「あぁ、悪い」

 

俺は急いで、鳳翔の座る席へと向かった。

 

 

 

食事中、鳳翔は、昨日の大和とのやり取りについて、小声で話してくれた。

 

「昨日の大和ちゃん、やっぱり提督の事について聞いてきたんですよ?」

 

「そうか……。して、なんと?」

 

「色々言われましたけど、本当は提督の事、信用したいようでした」

 

俺は思わず苦笑いをしてしまった。

先ほどのやり取り、眼光を以ってしても、そう言えるのかと。

 

「……もちろん、直接、そうだとは言っていませんでしたよ? でも、提督の事、色々聞いてきたところを見るに、気にはなっているみたいです」

 

「それが、信用したいと思っているってのは、流石に飛躍し過ぎなんじゃないか?」

 

「それでも、大和ちゃんがここまで人間に対して興味を持つことは、本当に稀なんですよ。佐久間さんの時だってありませんでしたから」

 

正直、鳳翔のいう事は信じられないが、少なくとも、大和が俺を無視できないでいる事だけは確かなようだ。

 

「いずれにせよ、大和とは時間をかけて交流していかなければな。今はとにかく……」

 

俺は周りを見渡した。

陸奥は目が合うと、唇を尖らせてそっぽを向いた。

響はこちらをチラリとみると、やはりそっぽを向いて、皆との会話を再開した。

鹿島は――天津風は――他の連中だって――。

 

「ん……? そういや、夕張と山城はどうした? まさか山城のやつ、また引きこもっているんじゃ……」

 

「いえ。山城さん、まだ外に出たばかりですから、しばらくは夕張さんと一緒にお部屋で食べるそうです」

 

「そうだったか」

 

そういや、昨日は様子を見る暇も無かったな。

後で行ってみるか……。

 

「はぁ……忙しくなりそうだ……」

 

「身から出た錆、ですよ……? 鹿島さんとのデートが無ければ、もっと穏やかだったはずです……」

 

そう言うと、鳳翔は頬を膨らませた。

 

「何を怒っているんだ?」

 

「別に……怒っていません……」

 

怒るのも下手だが、隠すのも下手だ。

そう伝えてやっても良かったが、さらに面倒ごとが増えそうなのでやめた。

 

 

 

朝食を済ませ、元大井の部屋の扉を叩いた。

 

「はぁい」

 

返事と共に現れたのは、夕張であった。

 

「あら」

 

「……よう」

 

「山城さんの様子を見に来たの?」

 

「あぁ、昨日は見れなかったからな」

 

「モテる男は忙しいものね。あがって。ちょうど朝食が済んだところなの」

 

そう言うと、夕張は俺の手を引いた。

 

「お、おい……」

 

「大丈夫よ。私も居てあげるから」

 

そういう心配をしているわけじゃないんだがな……。

 

「山城さん、提督が来てくれたわよ」

 

山城はチラリと俺を見ると、怠そうに窓の外に目を向けた。

 

「……よう、調子はどうだ?」

 

山城は答えない。

 

「山城さん、提督が、調子はどうだって」

 

「……悪くないわ」

 

「悪くないって」

 

「……んなもん、聞きゃわかる。お前の部屋、鳳翔と大和が掃除してくれたってよ。後でちゃんと、礼を言っておけよ」

 

山城は答えない。

 

「山城さ――」

「――いい。ちゃんと答えさせる」

 

夕張を退けると、俺は山城に向き合った。

 

「俺とは会話したくないってか?」

 

「…………」

 

「それは、俺が佐久間肇の息子だからか?」

 

「…………」

 

「お前、佐久間肇の事が好きだったんじゃないのか?」

 

その質問に、山城は初めて反応を見せた。

 

「……別に、好きじゃないわ。あんな男……」

 

「そうなのか? だったら、どうして俺とは会話してくれないんだ? ショックだったんじゃないか? 大好きだった佐久間肇に、妻だけでなく、子供までいた事実に」

 

山城は目を瞑ると、大きくため息をついた。

 

「そんな事はどうでもいいわ……。貴方が誰の息子だろうが、あの男に妻や子供がいようが……そんなのは関係ない……」

 

「じゃあ、どうして俺を無視しようとした? 人に恨みでも?」

 

山城は答えない。

 

「……とにかく、俺は佐久間肇と同じでしつこいぜ。お前が無視を続けるというのなら、俺は何度だって――」

「――やめた方がいいわ……」

 

俺の言葉を切るように、山城はそう言った。

 

「私にかかわっても……貴方にメリットはない……。むしろ……」

 

「むしろ……?」

 

山城は何も言わず、再び窓の外を見つめた。

 

「むしろ、なんだよ?」

 

「…………」

 

「おい」

 

山城は夕張に視線を送ると、膝を抱えて丸くなった。

 

「……今日はもう限界みたいね」

 

「限界……?」

 

「いったん、部屋を出ましょう。そこで話すわ」

 

言われた通り、夕張と共に部屋を出る。

 

「限界って、どういうことだよ?」

 

「山城さん、十五年間、誰とも話してこなかったから、疲れちゃうんだって」

 

「疲れるって、会話にか?」

 

「人付き合いに、じゃないかしら。まあ、徐々に慣れていくことだと思ってるから、気長に待ってよ。私が何とかするから」

 

そう言うと、夕張は小さく笑って見せた。

 

「それよりも、早くあの子たちのところに行ってあげたら?」

 

夕張の指す方に、島風たちが居た。

 

「仲良くなったんでしょ? 山城さんの事は私に任せて、早く行ってあげて」

 

「……あぁ、分かった。助かるぜ」

 

「いいのよ。じゃあ、またね」

 

そう言うと、夕張はそそくさと部屋へ戻って行ってしまった。

 

「…………」

 

あいつの態度……。

昨日の今日で変わることが出来ない奴だと知っているからこそ、不安になる態度であった。

あまりにも平然としているというか――。

 

「提督ー! ちょっと来てー?」

 

「……おう。今行くぜ」

 

だが、ここで気にかけ、問うてしまっては、夕張の態度は――だからこそ、今は――。

 

 

 

それから数日間は、特に大きな出来事も無く、平和な日々が続いた。

山城は相変わらずだし、陸奥はまだむくれているし、響もまた――。

 

「ここ数日、いろんなことがあり過ぎましたし、休養だと思えばいいのでは?」

 

鳳翔はそう言ってくれたが、もう既に、十日間も休養していた訳だしな……。

何か手を打たなければいけないとは思っているが、どう進めていいものか、俺には……。

 

 

 

そんな中、週に一度の本土へ戻る日がやって来た。

 

「提督、また行っちゃうんですか……?」

 

「明石、そんな顔するな。今回はちゃんと、夕方には戻ってくる」

 

「本当ですか……? 約束ですよ……?」

 

「あぁ、約束だ」

 

そこに、島風たちがやって来た。

名残惜しそうに見送って――くれるのかと思いきや。

 

「提督ー、お土産買ってきてー」

 

「雪風にもお願いします!」

 

こいつら……最近は遠慮がなくなって――いや、元からないか……。

しかし、まあ――。

 

「おう、分かったよ。皆の分も買ってくるぜ」

 

そう言ってやると、駆逐艦の連中は大喜びした。

まだ買ってきても無いのに、めでたい奴らだ。

 

「んじゃ、行ってくるぜ。後は頼んだ、大淀」

 

「はい。お任せください」

 

皆に見送られ、俺は寮を出た。

 

 

 

門を出た時、誰かに袖を掴まれた。

 

「うぉ……!? って……鹿島?」

 

鹿島は恥ずかしそうに俯くと、袖を放した。

 

「どうした? こんな所で……」

 

「あの……」

 

「あぁ、なんだ。お前もお土産が欲しいのか?」

 

鹿島は首を横に振ると、真剣な表情で俺をじっと見つめた。

 

「鹿島?」

 

「……帰ってくるのは、今日の夕方ですか?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「その時でいいので……その……そろそろ、決めませんか……?」

 

「決めるって……?」

 

鹿島はムッとした表情を見せた。

 

「デートです……。デートの日程……。提督さん……あれからデートの事、一言も話してくれないじゃないですか……。私、提督さんが誘ってくれるの、待っていたんですよ……?」

 

「あ、あぁ……そのことか……。すまん……。てっきり、お前から日程を伝えに来るものだと……」

 

「デートっていうのは、男の人がリードするものなんです……。本当……提督さんってば……。私がどんな思いでこの一週間を過ごしたのか、分からないんですね……」

 

「わ、悪い……。俺、こういうのはてんで……」

 

鹿島はため息をつくと、唇を尖らせて俺を見た。

 

「まあいいです……。そういうところだけは、佐久間さんとは違いますね……」

 

「妻子持ちと比べられてもな……」

 

「とにかく……デートの日程、考えておいてくださいね……?」

 

「あぁ、分かったよ。本当にすまなかった……」

 

そう言って頭を下げると、鹿島は俺の顔を両手で包み込み、顔をあげさせた。

 

「……そんなに謝らなくてもいいです。ちょっと……拗ねただけですから……」

 

「え?」

 

鹿島は顔を真っ赤にすると、今にも消えてしまいそうな小さな声で言った。

 

「もっと……鹿島を見て欲しいです……。鹿島で……ドキドキして欲しいです……。私が……提督さんに対して……そうなように……」

 

言い終えると、鹿島は恥ずかしくなったのか、背を向け走り出してしまった。

 

「あ……お、おい!」

 

鹿島は立ち止まると、チラリとだけ顔を向け、これまた小さく言った。

 

「日程の件……待ってますから……」

 

それだけ言うと、鹿島は寮へと戻ってしまった。

 

「…………」

 

『ドキドキして欲しいです……』

 

それは――その願いは既に――。

 

 

 

泊地に向かうと、一隻の船が、既に到着していた。

重さんの私船とは違い、海軍仕様の船であるところを見るに、船頭は海軍の人間となったのだろう。

しかし、島に来れるほどの海軍の人間とは、一体……。

船に近づいてゆくと、人が船から出て来て――その正体は――。

 

「鈴木……!?」

 

「よう」

 

驚愕する俺に対し、鈴木はニッと笑って見せた。

 

 

 

鈴木の操縦は、重さんほどではないものの、非常に丁寧で、どこか慣れた様子であった。

 

「驚いたか?」

 

「……驚いたなんてものじゃない。夢でも見ているかのようだ」

 

「はっ、だろうな」

 

鈴木は缶コーヒーを俺に手渡すと、船を止めた。

 

「どうした?」

 

「時間あんだろ? 少し、話でもしようぜ」

 

「こんなところでか? 本土に着いてからでもいいだろうに」

 

「誰にも邪魔されず話がしたいんだ。それに、俺とお前しかいないから、本音で話し合える。そうだろ?」

 

本音で話し合いたいことがある、という事だろうか。

珍しいこともあったもんだ。

 

「分かった」

 

鈴木は、近くにあった椅子にドカッと座ると、コーヒーを飲み始めた。

 

「して、どうした? 何故お前が重さんのかわりを?」

 

「島に来れるような人材は、坂本上官と俺くらいしかいないだろ。上官が行く訳ねぇし、俺に役が回って来たって訳だ」

 

「断らなかったのか? お前なら、嫌がりそうなもんだが……」

 

「むしろ、いいもんだ。艶美な艦娘を間近で見れるいいチャンスだったわけだしな」

 

ゲスな笑顔――というより、何故かすっきりした笑顔を鈴木は見せた。

 

「……そう言えば、あの時助けてくれたお礼をしていなかったな。ありがとう、鈴木」

 

「別に、お前を助けた訳じゃねぇよ。それにお前、帰ったら、しっかりとお叱りが待っているんだぜ。処分については不問だが、厳重注意くらいはされるだろう。覚悟しておけよ」

 

「それで済むのなら安いもんだ。もうケツが持たんのだ」

 

「違いねぇ」

 

そう言うと、鈴木は大いに笑った。

 

「しかし、お前とこうして二人っきりで話すのは、どれくらいぶりだろうな。慎二」

 

「試験を受けるために本部に来て以来だな……。本部で再会した頃は仲良くしゃべっていたが、お前が急に嫌な奴になったんだ」

 

「あの時は悪かった。俺にも事情があったんだ。あの時の俺は……というより、つい一週間前まで、俺はお前の事が嫌いだった」

 

鈴木はコーヒーを口にすると、海を望んだ。

 

「俺は、坂本上官に憧れていた。ドブネズミみてぇな生き方をしていた俺を、あの人は施設に迎え入れ、更生させてくれた」

 

何千回と聞いた話だった。

鈴木は幼い頃、酒癖の悪い父親に、母親と妹を殺されている。

一人になった幼き鈴木少年は、親戚の家をたらいまわしにされていたが、どこにも馴染めず、ついには失踪し、罪を犯しながら生活を送っていた。

そんなある日、坂本上官に拾われ、海軍の運営する施設へと迎え入れられたとのことであった。

 

「坂本さんは俺に――そして、俺はもっとまともに生きようと――あの人を目標にしようと思った」

 

「あぁ、知ってる。もう千回くらい聞いた」

 

「まだ五百回くらいしか話してないぜ?」

 

「そうだったか?」

 

お互いに笑い合う。

本当、こうして話すのは――。

 

「とにかく、そんな気持ちがあったものだから、坂本さんは俺を試験で推薦してくれるものだと思っていた。しかし、坂本さんが推薦したのはお前で、俺の事なんか、眼中にも無いようだった……」

 

「じゃあ……お前がやけに突っかかって来たのって……」

 

「あぁ、そうだよ……。単なる嫉妬だったんだ……。坂本さんに認められたくて頑張って来たのに、よりによって、同じ施設出身のお前がどうしてって……」

 

大きな波が、船体を揺らす。

 

「……そうであったか」

 

「お前にはいろいろと酷い事を言った……。本当に悪かった……」

 

「いや……俺の方こそ……。そんな事情も知らなくて……」

 

「こんなこと言うのは気が引けるが……また昔みたいに……俺と仲良くしてくれるか……?」

 

鈴木はどこか、不安そうにそう聞いた。

 

「……嫌だと言ったら?」

 

「……このまま停船して、仲良くしてくれるまで一緒に居てやる」

 

「俺、そういう趣味はないが?」

 

「俺だってねぇよ、馬鹿……」

 

「フッ……」

 

「ははっ……」

 

俺たちはコーヒーを飲み干すと、島に目を向けた。

 

「あの日……」

 

「ん……」

 

「俺が施設に入ったあの日……鈴木が声をかけてくれなかったら、今の俺はあの島にいなかった」

 

『お前、新入りか? よし、ついてこい! 俺が【施設】を案内してやるよ!』

 

『俺ら二人なら、きっと立派な海軍になれる。そうだろ? 慎二!』

 

「あの施設で約束したよな。立派な海軍になるって。お前と一緒だから、ここまで来れた」

 

「慎二……」

 

「あの頃から、俺たちは――」

 

『今日から俺たちは――!』

 

「これからの俺たちも――また――」

 

潮風が、俺の言葉をかき消す。

鈴木に聞こえたのかは分からない。

だが、それ以上の言葉は、もういらなかった。

 

「……ありがとよ、相棒」

 

「気にすんな。相棒」

 

鈴木は船のエンジンをかけると、本土を目指した。

 

 

 

本土に着くと、俺は早速、上層部に絞られた。

責任は不問であったが、かわりに坂本上官が謹慎処分を受けていた。

 

「坂本君に感謝するんだな。彼は最後まで、君を庇っていた。信頼されているんだな」

 

上官……。

 

「それと……大井の人化の日程が決まった」

 

「え!? いつです!?」

 

「君が知る必要はない。だが、来週の君の帰還までには、終わっているだろう」

 

「そうですか……」

 

「その時にでも、顔を見せてあげなさい」

 

「え……宜しいのですか……?」

 

「あぁ。ただ連れてくるだけが、君の仕事ではない。君を信頼して出て来たのだ。面倒を見てあげなさい」

 

「は、はい!」

 

「雨宮慎二。君の態度は、決して良いものとは言えないが、今回の功績は大いに評価できるものだ。一海軍として――私人として、君に感謝したい。ありがとう、雨宮慎二」

 

そう言うと、名も知らぬお偉いさんは、敬礼して見せた。

 

 

 

島に戻るまで、俺は再び鈴木と茶をしばくことにした。

 

「そう言えば、どうして俺と仲直りしようと? 坂本上官の件で憎まなくなったのは何故だ?」

 

「坂本上官と話したんだよ。その件について。それで和解したんだ」

 

「もしかして、俺が島に戻らないと上官から聞いた時に……か?」

 

「あぁ。上官の方から話しかけて来てよ。開口一番に謝られた……。俺ではなく、慎二を推薦した件を――俺が気にしていることを全部、あの人はしっかりと悔いてくれていたんだ……。そして、どうしてお前を推薦したのか、その理由の全てを語ってくれた……」

 

「じゃあ……お前……俺の正体を……?」

 

鈴木は頷くだけであった。

 

「……そうか」

 

「……思えば、お前は昔から、自分の事を話してくれなかったよな」

 

「すまない……」

 

「いや、いいんだ。お前の事を聞いて、俺の背負っているものがちっぽけなものだったと痛感した」

 

「それで……俺を……?」

 

「まあ、それもある……。だが、お前のかわりに島へと向かってほしいと言われた時、俺は躊躇ってしまったんだ」

 

そう言えばあの時、鈴木は、何か覚悟が必要だと言っていた。

 

「俺には、守りたい人がいるんだ……」

 

そう言って、鈴木は誰もいない中庭に目を向けた。

 

「……もしかして、香取さんと芽衣ちゃんの事か?」

 

鈴木は何も言わなかった。

 

「……そうか」

 

おそらく鈴木は、あの二人に、母親と妹の姿を重ねているのだろう。

だからこそ――。

 

「だから俺は、お前に託したいと思った。お前が全ての艦娘を人化できれば、俺は……」

 

あの時のあれは、そういう事だったのか……。

 

「だから、これは俺の為でもあるんだ。ガッカリさせて悪かったな」

 

「いや、またこうしてお前と一緒に仕事が出来て嬉しいよ。本当、夢を見ているようだ」

 

「夢じゃねぇよ」

 

そう言うと、鈴木は俺の頬をつねった。

 

「いてて……」

 

「ははっ。ま、これからも仲良くやって行こうぜ。相棒としてよ」

 

「あぁ、頼りにしているぜ。相棒」

 

「へへっ。しかし、島での生活は大変だろ。童貞のお前には、刺激が強かったんじゃないのか? えぇ?」

 

「まあ、そうだな……」

 

「お! 認めるのか。珍しい」

 

まあ、認めざるを得ないよな。

あんなことや……こんなことや……。

 

「その点、俺は経験豊富だからよ。何か困ったことがあったら、相談に乗るぜ?」

 

「経験豊富……か……」

 

鈴木の女癖は、海軍でも有名だからな……。

経験豊富……。

 

「慎二?」

 

「なあ、鈴木……。デートって……どういうことをするんだ……?」

 

「え?」

 

「お前、よく女性を連れ回していたよな? どういう事をしてやれば、女性は喜ぶんだ?」

 

「……おいおい、どうした? まさか、島に好きな艦娘でも出来たのか?」

 

「いや……実はさ……」

 

俺は、島の現状を全て、鈴木に話してやった。

 

「それはお前……鹿島はお前に惚れてるぜ?」

 

「やはり……そうなのだろうか……」

 

「っていうか、鹿島だけじゃなく……」

 

鈴木は口を噤むと、茶に口をつけた。

 

「鹿島だけじゃなく……なんだよ?」

 

「……いや、言うまい。とにかく、鹿島とのデートを上手くリードしてやりたい。そう思っているんだな?」

 

「あいつも楽しみにしているようだしな……。叱られてしまったのもあるし……」

 

「しかしお前、そんなに艦娘達を惚れさせて、後々困るんじゃないのか?」

 

「……現状でも困っている。どうしたらいいのか、俺には分からんのだ……」

 

「なるほどな……。惚れた女ってのは厄介だからな。やっとその気持ちがお前にも分かって来たか。大人になったな」

 

「あまり揶揄ってくれるな……」

 

「まあ、冗談は置いておいて……。ならいっそのこと、こうしたらどうだ? 鹿島との距離を縮めて、自分にはもう鹿島が居るのだと皆に分からせる。そうすれば、皆も諦めてくれるだろうよ」

 

「しかしそれだと、皆が島を出たがらなくなるやもしれんぜ……」

 

「そこはお前、別に、惚れさせて島を出そうって思っていた訳じゃねぇんだから、本来のお前の実力で艦娘達を島から出してやれよ」

 

「……まあ、確かにそうだな」

 

「お前だって、鹿島に惚れているんじゃねぇのか?」

 

俺は思わず黙ってしまった。

 

「……まあ、童貞だもんな。艶美な艦娘も多いし、『そっちの意味で』迷うこともあろう。贅沢な奴め」

 

「い、いや……そういうことでは……」

 

「……とにかく、デートの事なら俺に任せておけ。メモの準備はいいか?」

 

「い、今からか?」

 

「夕方には戻るんだろ? いつデートしてもいいように、今からやるんだよ」

 

「わ、分かった……。じゃあ……頼む……」

 

「いいか? まず女ってのは――」

 

それから夕方まで、俺は女性に対するレクチャーを受けた。

 

「そもそもお前、まずは童貞を捨ててみたらどうだ?」

 

「…………」

 

 

 

「じゃあな慎二、いい報告待ってるぜ」

 

そう言って、鈴木は泊地を離れていった。

 

「はぁ……」

 

結局、鈴木のレクチャーはよく分からなかった。

というよりも、この島の中で完結できるような喜ばせ方が、ほとんどなかったのだ。

しかしまあ、為になることはいくつかあった。

 

『ギャップってのは大事だ。お前が童貞感丸出しなのは、相手も気が付いているはずだ。そこでいきなり男を見せれば、もうイチコロよ』

 

イチコロになるかどうかは分からないが、確かに、鹿島も俺に男を求めているようであったしな……。

強気に出てみるのもありかも知れない……。

 

「提督さん」

 

木に隠れていたのか、鹿島がぴょこんと姿を現した。

 

「鹿島」

 

「お帰りなさい。待っていました」

 

どうして待っていたのか、鹿島は言わなかった。

ふと、鈴木の言っていたことを思い出す。

 

『鹿島はおそらく、お前の男の部分を試してくるはずだ。何か引っかかるようなことがあれば、何かを試されていると思え』

 

なるほど……。

今がまさにその時って感じか。

 

「鹿島」

 

「はい」

 

「三日後でどうだ? デートの日程」

 

「三日後……ですか……?」

 

「あぁ。明日明後日は、天気が悪いからな。三日後は晴れる予報だから、それでどうだろう?」

 

『とりあえず、天気は調べておけよ。それだけでも、デートに対して考えてくれていたんだというアピールになる』

 

「なるほど……。分かりました。では、三日後で」

 

「ありがとう。時間は、また明日にでも決めようか」

 

『時間はまだ決めない方がいいだろう。デートまでの三日間も、ある意味デートみたいなもんだ。熱が冷めないよう、一つ一つをゆっくり決めていった方がいい。その分、会話も増えるしな』

 

「それと、永い事待たせて悪かったな……。その分、今回のデートで取り戻すつもりだ」

 

「ウフフ、それ、凄くハードルがあがっていますけれど、大丈夫ですか?」

 

「駄目なら、もう何度でもチャレンジするだけだ。チャレンジ回数は何度までだ?」

 

「やっぱり自信がないんじゃないですか」

 

鹿島は可笑しそうに笑った後、どこか安心したような表情を見せた。

 

「よかった……」

 

「え?」

 

「提督さん、もしかしたら、鹿島とのデートが嫌なんじゃないかって……思っていたので……」

 

「そんなことはない。なんというか、中途半端なのはいけないと思ってな……」

 

「それだけ、真剣に考えてくれているという事ですよね……。嬉しいです……。えへへ」

 

『もしかしたら、鹿島は不安に思っているのかもしれないぜ。お前が嫌がっているんじゃないかってさ』

 

鈴木の言った通りであったか……。

流石だぜ……。

 

「はぁ……なんだかまた、ドキドキしてきちゃいました……」

 

「あぁ、そうだな……」

 

「提督さんも、ドキドキしているんですか……?」

 

「あぁ、ドキドキしてるよ」

 

鹿島は俺の胸に手をあてた。

 

「……全然じゃないですか?」

 

鹿島が唇を尖らせる。

 

「あ……でも……」

 

鼓動が速くなる。

 

「もしかして……私が触れているから……」

 

俺は何も言わなかった。

時には何も言わない方が伝わるのだと、鈴木も言っていたしな。

…………。

……いや、本当は、何も言えないでいるだけなのだがな。

 

「…………」

 

鹿島は顔を真っ赤にすると、手を離した。

沈黙が続く。

 

「提督ー!」

 

その時、遠くから島風たちがやって来た。

 

「提督、お土産はー?」

 

開口一番にそれかよ……。

 

「あぁ、買って来たぜ。ほらよ。皆で分けるんだぞ」

 

「わーい! ありがとうー!」

 

島風たちは土産を奪い取ると、さっさと寮へと戻って行ってしまった。

 

「ったく……。お帰りの一言くらい言ったらどうなんだってんだ……」

 

ため息をつくと、鹿島は小さく笑った。

 

「私たちも、戻りますか」

 

「あぁ、そうだな」

 

鹿島はニコッと笑うと、島風たちの跡を追うように、寮へと戻っていった。

 

「…………」

 

『ならいっそのこと、こうしたらどうだ? 鹿島との距離を縮めて、自分にはもう鹿島が居るのだと皆に分からせる。そうすれば、皆も諦めてくれるだろうよ』

 

その方法を取るかどうかは、まだ決めていない。

とにかく今は、目の前の課題に真っすぐ向き合うことが大事だ。

今の俺には、それに向き合うだけの――力になってくれる仲間が居るのだ。

 

「提督さーん」

 

「おう、今行く」

 

問題はまだまだ山積みだが、確実に大きな一歩は踏み出している。

その先に何があるのかはまだ分からないが、今はただ――。

 

 

 

それからの三日間、俺と鹿島は何度かデートについて話し合った。

話が固まるにつれ、鈴木の言った通り、デートへの熱は増していった。

 

 

 

そしていよいよ、デート当日を迎えたのであった。

 

――続く


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