――だから私は、島を出ました。
あの人と幸せになる為に。
時雨も、一緒に来てくれると言ってくれました。
――えぇ、山城は来てくれませんでした。
少しは迷ってくれるものだと思っていたのだけれど――山城の中では、私という存在は、もう無かったのかもしれません。
――もう一度会いたいです。
会って、幸せになった私の姿を見て欲しい。
きっと、その時には、山城も――そうだったら、私は――。
結婚情報誌『Postwar_Bride!-3月号-』
特集『青い不幸に包まれて』 より抜粋
『不死鳥たちの航跡』
「では、私達は、山城さんをお風呂に入れてきますので」
「あぁ、頼んだぜ」
大淀たちが部屋を出て行き、執務室には、俺と夕張だけになった。
「……それで? どうしてあんなことをしたんだよ?」
夕張は、退屈そうに頬杖をつきながら、窓の外を見ていた。
「強硬手段よ。ああでもしなければ、山城さんは部屋を出てこなかった」
「……俺が聞いているのは、そういう事じゃない。どうして山城を部屋から出そうとしたんだって言っているんだ」
理由は、なんとなく分かっている。
だからこそ、解せない。
昨日、俺は、夕張にあんな酷い事を――。
「貴方に協力するためよ。すべての艦娘を『人化』するんでしょ?」
「俺の為って……お前……」
夕張は立ち上がると、俺の前に立って、じっと目を見つめた。
「解せないって感じね」
図星。
「無理もないわ。あれだけ泣いた後だもの」
昨日みせた弱弱しい態度とは一変して、その表情からは、何か並々ならぬ決意が見てとれた。
「……昨日、貴方に言われて――大泣きして、やっと気づいた。貴方の言う通り、私は面倒くさいやつで、我が儘で――メソメソすることしかできない、弱い艦娘だって……。そんな奴に、貴方が振り向くわけないのよね。冷静になって考えれば分かることなんだけど、貴方があまりにも優しいものだから、それに甘えちゃっていたのかも」
「…………」
「……優しい貴方が、どうしてあんなことを言ったのかは分からない。でも、私を想って言ってくれたんだって事だけは、分かる。貴方は、そういう人だもの」
夕張の目は、大淀のそれと似て、全てを見透かしているかのような――そんな瞳をしていた。
「……俺の事を知った気になっているなんて、いい気なもんだな」
「ほら、そうやって私を遠ざける。それって何? もしかして、私を傷つけないように、わざとやっているわけ?」
その鋭さも、大淀のそれと似ている。
この一晩で、夕張の身に何があったというのだろうか。
そう思わざるを得ないほどに、態度は一変していた。
「確かに、私は傷つきやすいし、貴方の前でメソメソ泣いてしまったわ。でもね……」
夕張は俺の胸倉を掴むと、睨み付けた。
「私だって……ただただ弱いだけじゃないわ……! やるときはやるし、貴方が弱い私を嫌いだっていうのなら、強くなって見せる事だって出来るわ……!」
態度とは裏腹に、夕張の手は震えていた。
「……今回の件は、その証明の第一歩とでも言いたいわけか?」
「そうよ……! 私は……貴方の事が好き……! 貴方の役に立ちたい……! 大淀さんや鳳翔さん……青葉にだって負けないくらい、貴方を想ってる……! どんなにひどい言葉で突き放されても、私は諦めない……! そういう事……!」
俺を睨むその瞳には、涙がたまっていた。
「……無理するな。泣きそうになってるぞ」
「泣かない……! これは……その……寝不足なだけ……!」
確かに、寝不足の可能性は否定できない。
だが……。
「違うな。お前はそう簡単に変われるような奴じゃない。今だって、自分の強さをアピールしたいと思ってやっているのだろうが、無理をしているのは明白だ。手は震え、涙は零れそうになっている。本当は不安でいっぱいなんだろ?」
「そ、そんなことない……!」
「だったら、もう一度お前を突き放してもいいんだぜ。今度はもっと酷い言葉を浴びせてもいい。お前に耐えられるのか?」
「……貴方だって、本当に言えるわけ? 私にあんなこと言っておいて、辛そうな顔していたの、知っているんだから!」
そんな顔をしていたのか。
確かに、辛くなかったと言えば嘘になる。
だがそれも、こいつの事を想えば――。
「…………」
こいつの事を想えば……。
「……なあ夕張」
「な、なによ……!」
「お前、結局どうしたいんだよ?」
「え……?」
「お前が好意を持ってくれていることはいいとして、俺がそれに応えることが出来ないのは分かるだろ? だったら、お前は何がしたい? 何が目的で、こんな事をしているんだ?」
「そ、それは……。私は……貴方の事が好きで……。い、今は……それだけで満足で……」
「だったら、突き放されっぱなしでも構わないはずだろ? お前がやっているのは、それとは真逆で、どうしても今、自分を想ってほしいという感じだ。矛盾している。違うか?」
夕張は手を離すと、黙り込んでしまった。
「……お前の言う通りだ。これは、お前を想っての事なんだ。ただの自己満足で俺に好意を向けているのなら構わない。だが、そうでないのなら……」
「……諦めろっていうの?」
「そうだ」
夕張は納得のいかない顔をしていた。
やはり、ただの自己満足では終わらないよな……。
「お前の気持ちは分かる。俺も、本土に居る十日間で、恋というものを知った」
「え……。あ、相手は……?」
「山風だ」
「山風ちゃんって……貴方、まさかロリコンだったの……?」
「……山風が島を出て何年になると思っているんだ。山風は今、推定年齢で言えば、俺とタメだ」
「あ、そっか……」
永い沈黙が続く。
「じゃあ……もし……全ての艦娘を『人化』出来たら……山風ちゃんと……?」
「そうしたいが……」
言葉を濁すと、夕張は察したようで――。
「もしかして……好意を伝えたの……?」
「…………」
「……なるほどね」
夕張は複雑そうな表情を見せた。
喜んでいいものか、それとも――というように。
「……まあ、そんな事はどうでもいいんだ。とにかく、このまま好意を向けられても、お前が辛い思いをするだけだ。報われない好意を続けられるほど、お前が強い心を持っているとは思えない」
「でも、それは貴方だって同じじゃない……。向けられた好意を、無下にし続けることは出来ないでしょ……?」
「……確かにそうだ」
「だったら……」
「だからこそだ……。俺は、艦娘に恋はしないと『思っていた』。だが、恋というものを知った今、俺の心は揺れている。その隙間に好意をねじ込まれれば、俺だって……」
「……分からないわ。それは、私が望むことで……私を想うのなら――」
「――それはお前じゃないからだ」
まるで、時が止まったかのような――そんな静寂が――だが、煩くも感じて――。
「え……なに……? どういう……意味……?」
「……そのままの意味だ」
俺は、夕張の顔を見ることが出来なかった。
見てしまえば、俺は――。
夕張を想うからこそ――。
「ハッキリ言おうか……。俺は、他の艦娘に心を動かされることはあっても、お前の好意に心が動いたことはない……」
再びの静寂。
「……誰かに心を動かされたことがあるって事? 私じゃない……誰かに……。この島の……誰かに……」
「あぁ……」
嘘ではない。
事実、ドキッとしたことは何度かある。
それが、恋に似た感覚だと理解もしている。
だが、夕張の好意を知った時、そういった感覚に襲われたことはない。
恋とは違う。
……違うはずだ。
「じゃあ……つまり……こういう事……? 他の人たちには心が動くけど、私の気持ちには、それが無かった……って事……?」
声が出ず、俺は頷くことしかできなかった。
「……そう。なるほどね……。そういう事……。だから、私を想って……なのね……」
本来は、少し違う。
だが、そういう事なのだと、俺も今、気が付いた。
「そっかそっか……。うん……分かった……。そりゃそうよね……。好きでもない女に……詰め寄られたら……迷惑よね……。貴方は優しいから……言えないわよね……。『単純に好きになれない』……だなんて……」
「…………」
「……分かった。ありがとね……。正直に言ってくれて……。あと……ごめんね……言わせちゃって……。諦めるように……傷つかないように言ってくれたのに……分からなくて……」
「…………」
「これからは……余計な事はしないから……。あ……でも、私に出来ることがあったら、言ってね……? 迷惑じゃなければ、私も、力になれると思うから……。あ……別に、これは、ただ単純に、手伝ってあげたいっていう、私の自己満足だから……。えと……うん……そういうことだから……迷惑じゃ……なければなんだけど……」
ここで慰めの言葉をかければ、夕張は――。
俺に今出来ることは――。
「……あぁ、ありがとう。必要になったら、頼むぜ……」
「……うん」
時計の鐘が鳴る。
まるで、終わりを告げるかのように――。
「……じゃあ、私、皆を手伝ってくるわ。ごめんね。余計な事しちゃって……。扉、直すとき言って? 全部やるから」
「あぁ、分かった……」
「じゃあ……」
「あぁ……」
夕張が部屋を出て行く最後まで、俺は顔を見ることが出来なかった。
フラれる方が辛いのは、よく分かっている。
だけど――。
「お前の言う通りだよ……夕張……。俺は……俺には……」
気持ちが落ち着いた頃、俺は食堂に呼ばれた。
そこには、さっぱり綺麗になった山城が、皆に囲まれて座っていた。
「山城さんには、全て話しました。提督の正体など、全て……。宜しかったでしょうか?」
「あぁ、構わん。ありがとう、大淀」
「いえ」
「さて……」
山城はだるそうに顔をあげると、チラリとだけ、俺を見た。
「初めまして。お前が山城だな」
「えぇ……そうですけど……」
「大淀から聞いたと思うが、俺は佐久間肇の息子だ。親父とは生前に、仲良くさせてもらっていたそうじゃないか。俺とも仲良くしてくれると嬉しいぜ」
そう言って手を差し伸べても、山城はだるそうにするだけで、手もだらんと下がったままであった。
「……しかし、佐久間肇が亡くなってからの十五年間、ずっと引きこもっていたんだろ? 皆がお前を珍しがって見ているようだが、本当に十五年間、部屋を出ていなかったのか?」
山城は、まるで聞こえないとでも言うように、明後日の方向を見つめていた。
「おい」
「私が代わりに説明しよう」
そう言ってくれたのは、武蔵であった。
「山城は、本当に一度も、部屋を出てきていない。飯を持って行ってやった時だって、出すのは手だけだった。一週間以上見張ってみたこともあったが……やはり見れたのは、手だけだ」
「ちょっと待て。って事は……まさか、十五年間、風呂も入っていないのか!?」
「まあ、そういう事になるな。だが、前にも言った通り、艦娘は老廃物が少ないんだ。だから、そこまで汚れてはいなかったぞ」
「いや……そうかもしれないが……」
だとしたら、さっき見たのは、十五年間風呂に入っていない姿だったわけか……。
確かに、そこまで汚くはないように見えたが……。
一体、艦娘ってのはどうなっているんだ……。
「ただまあ……部屋がな……」
「え?」
俺は、武蔵に案内され、山城の部屋へ向かった。
「入ってみろ」
「お、おう……」
足を踏み入れた瞬間、異変に気付く。
「う……!? なんかカビくせぇ……!」
部屋の明かりを点けようとスイッチを押してみるが、何も反応はない。
「待ってろ」
武蔵が部屋にズカズカと入って行き、カーテンを開けると……。
「う……うぅぅぅぅぅわっ!?」
部屋中がカビていた。
「な、なんだよこれ!?」
「まあ、つまり、そういう事だ……」
「何がそう言う事だ!? あ……そういや……。さっき、山城が緑斑点模様の服を着ていたが……まさか……!?」
武蔵は頷くと、苦笑いを見せた。
急いで食堂へ向かう。
「お前……馬鹿じゃねぇのか!? あんなきったねぇ部屋でよく十五年間も暮らせたな!?」
部屋の汚さに感化されたのか、こちらも汚い言葉が出る。
「ま、まあまあ提督……。山城さんが部屋を出て来ただけでも快挙なわけですし……今はそれを褒めるべきですよ」
「明石……それは違うぜ……。犯罪者が更生しても、偉い訳ではないだろ? 引きこもりが出て来たからと言って、部屋をあんなにしていい訳がないんだぜ……」
「そんな、犯罪者と比較するのはどうかと……」
「とにかく……。あの部屋は閉鎖だ。扉もない事だしな……」
夕張が申し訳なさそうに俯いていた。
「それは構いませんが……空きの部屋がありません……」
「大井の部屋があるだろう。それを使ったらいい」
「あ……それもそうですね……」
大井が居なくなったことを思い出したのか、皆、静まり返ってしまった。
「……とにかく、そういう事だ。だが、また引きこもられても困る。というか、そもそも、どうしてお前は引きこもっているんだ?」
山城は、やはり聞こえないとでも言うように、視線を逸らした。
「無視かよ……。まあいい……。とりあえず、また引きこもられたらかなわん。部屋が台無しになる。誰か、こいつの面倒を見てくれる奴はいないか?」
皆、困惑気味に互いの顔を見合わせていた。
おそらく、前にもこんなことがあったのだろうな……。
十五年も放っておかれるような奴だ。
俺を無視しているところを見ても、扱いに困るような奴なのだろう。
「私が面倒みる」
そう言ってくれたのは、夕張であった。
「夕張……」
「元はと言えば、私が引っ張り出してきたわけだし、責任は私にあるわ」
こいつ、また――。
……いや、違うな。
おそらく、償いのつもりでやっているのだろう。
これ以上、迷惑はかけたくないと――せめて役に立ちたいと、思っているのだろう。
「そうか。じゃあ、頼まれてくれるか?」
今は任せた方がいいだろう。
夕張自身、気を紛らわせるなにかが欲しかっただろうしな。
「うん。任せて。じゃあ、行こう? 山城さん」
山城は引きずられるようにして、夕張と共に消えていった。
「あれが山城さんです。どうです? 仲良くなれそうですか?」
「どうかな……。佐久間肇がどうやってあいつと仲良くなったのか……全く見えてこないぜ……」
「佐久間さんも仲良くなるのに時間をかけていましたから、山城さんが心を開いてくれるまで、気長に待つしかないかと……」
「それもそうだな……」
気長に……か……。
ふと、響と目が合う。
「……私たちも行こう」
「あ、待ってよ響!」
響……。
山城の部屋の掃除は、鳳翔と、なんと大和が請け負ってくれた。
「俺も手伝おうか」
「いえ。カビを吸っては危険ですから」
「それはお前たちも同じだろう」
「私たちは平気です。毒を盛られても平気な体ですから」
冗談のように聞こえるが、実際に、毒では死なない体になっているのが艦娘だ。
山城があの部屋で平気だったのが、何よりの証拠だ。
「それに、きっと、大和ちゃんが嫌がるでしょうから……。掃除をすると言った時、大和ちゃんの方から、手伝うと申し出があったのです。おそらく、私に話があるという事だと思いますので、提督のお気持ちは嬉しいのですが……」
あの大和から……か……。
「分かった。では、頼んだぜ。鳳翔」
「はい!」
鳳翔は掃除道具を持って、山城の部屋へと入っていった。
「さて……」
俺はどうしたものか。
夕張の部屋に行って、山城の様子を見に行くのもありだが……。
「ねーねー」
「ん?」
声に振り返る。
そこには、三隻の駆逐艦が居た。
こいつらは、確か――。
「ちょ……島風……!」
「ストップウォッチやってー?」
「ストップウォッチ……?」
「うん。はい、これ。じゃあ、ビーチで待ってるから」
そう言うと、島風はものすごいスピードで去って行った。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
それを追うのは、天津風……だったか。
そして、残された駆逐艦は……。
「雪風……だったか?」
「はいっ! 雪風です!」
随分元気な奴だな……。
「あいつの言っていたストップウォッチやって……ってのは、どういうことだ?」
「時間を計って欲しいって事です!」
「いや、それは分かるんだが……。一体、何の時間を……」
俺が話し終える前に、雪風は走り出した。
「あ、おい!」
雪風を追ってゆくと、海辺で島風と天津風が待っていた。
「やっと来た! おっそーい!」
頬を膨らませる島風。
どこか不安そうな天津風。
何も考えていなそうな雪風。
「わ、悪い……」
「じゃあ、やろう? 天津風」
「え……でも……」
天津風が俺を見る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一体、何をするってんだよ? って言うか、お前……」
色々と状況が呑み込めず、俺は困惑していた。
天津風も同じようで――というより、島風が勝手に暴走したって感じだな。
確かに、吹雪さんのノートには、島風は自由な艦娘だと書いてはあったが……。
それにしても自由過ぎると言うか……。
普通、これまで話してこなかった男に――恐れていた男に、何かを頼もうとするものだろうか……。
「だからー。私と天津風が競争するから、タイムを計って欲しいの。提督はやってくれたもん」
「提督……?」
「佐久間さんの事です!」
佐久間……あぁ、なるほど……そういう事か……。
俺が佐久間肇の息子だって知って、話しかけて来たって訳か……。
とりあえず、付き合ってやった方がいいよな……。
「なるほどな。分かった。計ればいいんだな?」
「向こうがスタートで、こっちがゴールね。雪風が私、提督が天津風ね」
「お、おう……分かった……」
今こいつ、ナチュラルに俺の事を提督って……。
佐久間肇と重ねているのか、それとも……。
「天津風ー早くー」
「ちょっと! 私、まだやるなんて一言も……」
「じゃあ、私の不戦勝って事でいーの?」
天津風はムッとした表情を見せると、スタートラインに立った。
「では、位置についてー! よーい……ドンです!」
二隻が走り出す。
そのスピードは、常人のそれを遥かに超えていた。
二隻はあっという間にゴールに近づき、俺たちの間をすり抜けていった。
「うぉ!?」
ゴールと同時に、風が吹き上げる。
「「タイムは!?」」
二隻が駆け寄る。
「えーっと……島風ちゃんは、5秒11です!」
「天津風は……5秒22だ」
なんつータイムだ……。
正確な距離は分からんが、世界記録を軽く超えているようにも思える。
しかも、砂浜で、だぞ。
「ふふーん! 私の勝ちー!」
「ちょ、今のは絶対私の勝ちよ! ストップウォッチの誤差でしょ!? 雪風!?」
「うぅん……よく分かりませんでした……。しれえ、どうでした?」
しれえ……ってのは、俺の事だろうか……?
「しれえ?」
「え? あぁ……うん……。俺もよく分からんかったな……。ほぼ同時だったような……」
「えー? じゃあ、もう一回やる?」
「望むところよ!」
そう言って、二隻はスタートラインに戻っていった。
「しれえ、もう一回です!」
「お、おう……」
それから、何度も二隻の競争に付き合ってやった。
タイムはほぼ互角であり、島風が勝ったり、天津風が勝ったりを繰り返し、その度に再戦となった。
結局、お昼を伝えに来た陸奥によって、競争は終わった。
「あなた達、もうお昼よ。帰ってらっしゃい」
「「「はーい」」」
「陸奥」
「あら、提督。この子たちと仲良くなったの?」
「仲良くなったというか……。ただ計測を頼まれただけで……」
「計測?」
陸奥と話していると、島風に腕を引っ張られた。
「ねーねー、お昼ご飯食べたら、提督のお家に行ってもいーい?」
「え?」
「ちょ……島風……! 駄目よ……!」
「いいでしょー?」
「雪風も行きたいです!」
急に距離を詰めて来たな……。
「あ、あぁ……構わないが……」
「やったー! じゃあ、後でねー。ばいばーい」
「ちょ、待ちなさいよ!」
「失礼します! しれえ!」
三隻は元気よく、寮へと戻っていった。
「なんか、急に懐かれたな……」
「本来は、とっても人懐っこい子たちなのよ。私たちが遠ざけてしまっていただけで、貴方の事、ずっと気になっていたみたいよ」
あいつらが俺にかかわろうとしてきたのは、俺の正体を知ったこともそうだが、おそらく、大井が居なくなったことが大きく影響しているのだろう。
大井は鹿島と違い、皐月や卯月、第六駆逐隊のような小さな艦娘の面倒よりも、島風のような、少し成長した駆逐艦の面倒を見ていた。
陸奥の言う通り、大井が面倒を見ていた駆逐艦の中に、俺の事が気になっている者があったとしても、大井は接触に対して反対するはずだ。
その大井が居なくなった今、駆逐艦は自由に行動できる。
今後はおそらく、島風のように、俺に接触してくる駆逐艦が多くなって行く可能性が高いだろう。
そうなった時、果たして俺は――。
「ね、ねぇ……」
「ん?」
「お昼……貴方の分を持ってきたのだけれど……」
「あぁ、悪いな。そういや、今日は青葉は一緒じゃないのか」
「え、えぇ……青葉が……一人で行けって聞かなくて……」
陸奥は、以前見せていたような、もじもじとした態度でそう言った。
青葉が傍にいないと、こうなってしまうのだろうか。
それとも、何か言いたいことでもあるのか。
「あ、あの……。私も……お弁当……なんだけど……。その……良かったら……あの……」
あぁ、なるほど。
だから、青葉は……。
「そうか。なら、一緒に食べるか?」
「え……あ……は、はい……。その……お願い……します……」
弁当は、俺の家で食べることになった。
飯を食っている間、陸奥は一言もしゃべることをしなかった。
「青葉と訓練したようだが、やはり、俺と二人っきりってのは、まだ慣れないか」
陸奥は小さく頷くと、空になった弁当箱をじっと見つめた。
そういや、視線も合っていない。
「今からでも青葉を呼んでこようか。それだったら、話せるのだろう?」
そう言ってやると、陸奥は首を大きく横に振って、俺の目をじっと見つめた。
「だ、大丈夫……!」
「そ、そうか……」
明らかに大丈夫ではなさそうだがな……。
「しかし、なんだ。こうしていると、お前がここに来た時の事を思い出すよ。裸で俺の布団に潜り込んでいたやつ。ありゃ、誰の提案だったんだ?」
「あ、あれは……! その……」
「……もしかして、お前か?」
陸奥は顔を赤くすると、その顔を両手で覆い隠した。
「……また随分と大胆な発想だったな」
「あ、あの時の私は……どうかしていたというか……。今思うと……うぅぅ……」
まあ、あの頃は、俺を男としては見ていなかったのだろうからな。
そうでなくなった今は、やはり――。
「あ、あの……。聞きたいことが……あるのだけれど……」
「ん、なんだ?」
「そ、その……あの……わ、私の体って……やっぱり……その……」
「体が……なんだ?」
陸奥は、なにやら躊躇った後、決意したかのように顔をあげ、言った。
「や、やっぱり私の体って……その……え、えっち……なのかしら……?」
「え……」
唖然とする俺を尻目に、陸奥は自分の胸を持ち上げた。
「よく……出向してきた男に言われるの……。『お前の体は、人間の女よりもエロい』って……」
そういや、鈴木も似たようなことを言っていたっけか……。
「確かに、胸もおしりも大きくて……その……え、えっちなのかもしれないけれど……。あ、貴方も……私の事……そう思ってたり……する……?」
上目遣いで見つめる陸奥に、俺はドキッとしてしまった。
「前に……言っていたじゃない……。『お前の美しい女体を見てしまった時、体が言う事を聞かなくなって……』って……。今も……同じ気持ちを持ってる……?」
何処か不安そうな瞳に、俺は、陸奥が何を言いたいのか、なんとなく分かった。
「……いや、今は思っていないよ。確かに、俺は男だから、そういうことを思うこともあるかもしれない。だが、俺は他の男と違って、お前を傷つけたりはしない。それは約束するよ」
まあつまり、そういうことだろう。
俺の事を信用してくれたとは言え、男だしな。
心配になるよな。
「心配せずとも、気の迷いは起こさないから安心してくれ。尤も、あの時みたいに迫られたら分からんがな」
そんな冗談で場を和ませようと笑って見せたが、陸奥は何やら思い悩むようにして、自分の胸に手をあて、俯いていた。
「陸奥?」
「……私が迫ったら、貴方は私に欲情『してくれる?』」
「え?」
瞬間、陸奥は俺を押し倒すと、馬乗りになった。
「む、陸奥……?」
そして、上着を脱ぐと――何も着けていなくて、それは露わになっていた。
「な、何をしているんだ!?」
思わず目を逸らす。
「駄目……! ちゃんと見て……!」
陸奥は、俺の顔を両手でつかむと、自分の方へと向けた。
「ちゃんと見て欲しいの……。そして……私でドキドキしてほしいの……」
「ドキドキって……。い、いいから、服を着てくれ……! どいてくれ……!」
「駄目……。見てくれるまで……退かないから……」
さっきのオドオドはどこへやら。
一体、陸奥は何をしたいんだ。
「見てくれなきゃ……このまま……」
陸奥の手が、俺の股間へと――。
「わ、分かった分かった! 見る! 見るから!」
俺は、恐る恐る陸奥に目を向けた。
華奢で綺麗な体。
透き通る肌。
豊満な胸。
「……どう?」
「どうって……?」
「ドキドキ……する……?」
こんなの、するに決まっている。
それどころか――。
「あ、あぁ……するよ……。するから、退いてくれ……」
思わず目を逸らす。
すると陸奥は、俺の股間に手をあてた。
「なっ!?」
「あ……」
そして、何かを察したかのように顔を赤くすると、少しだけ嬉しそうに微笑んで見せた。
「くそ……」
恥ずかしさに、顔が赤くなる。
「良かった……。本当にドキドキ……してくれているのね……」
「……すまん。口でどうこう言っても……俺も男のようだ……」
「ううん……。むしろ、嬉しい……。ふふっ」
これからどうなってしまうのか。
まさか――。
そんな事を考えていると、陸奥はあっさりと退いて、服を着始めた。
「青葉に言われたの。貴方、前に私が迫った時……その……なんともなかったじゃない? だから今度は、裸で迫って、反応があるか見てみたらって。もし反応が無かったら、私に魅力がないか……その……EDなんじゃないかって」
「……そんな事を確かめるためだけに、こんなことを?」
「そうよ?」
俺は思わず、床に倒れ込んだ。
「提督?」
「お前な……。普通、こんなことされたら……」
「されたら?」
「……いや、なんでもない。もう確かめるのはやめてくれ……。色々と……辛いんだ……」
何故辛いのか、陸奥はよく分かっていないようであった。
しかし青葉のやつ……陸奥にこんなことをやらせるなんて……。
っていうか、陸奥も断れよ、これくらい……。
「二人っきりはまだ慣れないとか……嘘だろ……」
「?」
しばらくすると、島風たちがやって来た。
皐月や卯月、鹿島に青葉も連れて。
「提督さん」
「どーも!」
「鹿島、青葉。付き添いか?」
「えぇ、特にやることも無いので。掃除も鳳翔さん達がやっていますし、山城さんの方も、夕張さんと明石さんが」
「青葉は陸奥さんの様子を見に来ました!」
「そうか。あっちは順調そうか?」
「えぇ、掃除も、今日中には終わるかと。それにしても、島風さん達といつの間にか仲良くなっているなんて……流石提督さんですね!」
「いや、仲良くなったというよりも、変に懐かれたというか……」
ふと、鹿島はチラリと、陸奥を見た。
「陸奥さんと一緒だったのですね」
「あぁ、お昼を一緒にな」
「えぇ、そうなの。ね、提督?」
「ん? あ、あぁ」
青葉が来たからなのか、陸奥はどこか、積極的になっていた。
「もうすっかりラブラブですね! これは、司令官が陸奥さんを娶るのも、時間の問題でしょうか?」
「もう、やめてよ青葉」
仲良く冗談を言い合う二隻とは対照的に、鹿島はどこか、複雑な表情を見せていた。
「なるほど……そうでしたか……」
鹿島は隣に座ると、横目で俺をじっと見つめた。
「どうした?」
「いえ……なんでも……」
なんか、怒っているようにもみえるが……。
「提督ー、遊具で遊んでもいーい?」
「ん、おう、存分に遊んで来い」
「やったー! みんなー、島風についてきてー?」
島風が号令をかけると、皆、嬉しそうにそれに続いた。
「信頼が厚いんだな。あいつ」
「島風ちゃんは、面倒見がいいんですよ。ああ見えて、案外お姉さんなんです。青葉調べでは、お姉ちゃんランキングで、駆逐艦で唯一、上位に入っています!」
なんじゃそのランキングは……。
「しかし……」
皆が遊具で遊ぶ中、天津風だけは、警戒するように俺をチラチラと見ていた。
「天津風は俺を警戒しているようだな」
「それが普通ですよ。島風さんの距離の詰め方が、自由過ぎるくらいで……」
「やはりそうなのか」
「でも、気になってはいるみたいです。提督さんの事」
それは肯定的に捉えていいものなのか、俺にはよく分からなかった。
「まあ、時間が解決してくれるような気もしているし、こっちが空回った行動をとるよりも、今は様子を見た方が得策だろうな」
「かもしれませんね」
そんな事を鹿島と話していると、陸奥がムッとした表情で、俺の傍に寄って来た。
「ねぇ、鹿島とばかり話していないで、私の事も見て? お姉さん、拗ねちゃうぞ?」
「え、あ、あぁ……悪い……」
さっきとは打って変わり――本当、青葉の前では――或いは無理をしているのか、それとも――。
「……提督さんは、本当にモテますね」
「モテる……と言っていいのかどうか……。この島には俺しか男が居ないから、こうなるのも必然というか……」
「もう、また鹿島と話してる……。今は私だけを見て……?」
「陸奥さん、攻めますねぇ! これに司令官はどう応えるのか!?」
勝手に盛り上がる青葉。
それに応えようとしているのか、陸奥の方も積極性が増してゆく。
「もし見てくれないのなら、もう一度ドキドキ、させてあげましょうか?」
そう言うと、陸奥は胸元を開いて見せた。
「お、おい……駆逐艦もいるんだぞ……」
「あら、駆逐艦が居なかったらいいわけ?」
「そういう訳ではないが……」
あまりの攻めっぷりに、青葉も少し驚いていた。
そりゃそうだよな。
昨日、やっとまともに俺と話せるようになった奴が、ここまで――。
「陸奥さん……提督さんの言う通りです……。駆逐艦の目もありますので……」
「あら鹿島。そんな怒った表情をして……。もしかして、妬いちゃった?」
煽る陸奥に、鹿島はムッとした表情を見せた。
「妬いてなどいません……。そうやって、体でしか誘惑できない陸奥さんに、どうして妬く必要があるのでしょうか?」
鹿島の反撃に、今度は陸奥がムッとした表情を見せて――。
流石にヤバい空気を察したのか、青葉が二人の間に割って入った。
「まあまあ、お二人とも、それくらいに。陸奥さんは少しやり過ぎましたし、鹿島さんも、それは言い過ぎです」
諭された鹿島は冷静になったのか、申し訳なさそうに陸奥に向き合った。
「……そうですね。ごめんなさい、陸奥さん……」
頭を下げる鹿島。
対して陸奥は――。
「お、おい……」
陸奥は、俺の腕にしがみつくと、鹿島を睨み付けた。
「む、陸奥さん……!?」
「この人は……そんな目で私を見ないし……体だけで誘惑したって、振り向いてくれる人なんかじゃないわ……」
陸奥は俺をじっと見つめると、「そうでしょ……?」と同意を求めた。
「あ、あぁ……まあ……そうかもな……」
「それでも……ありのままの私を知って欲しいから……こうしているだけ……。提督に私の全部を知ってもらって、受け入れて欲しいと思っているだけよ……」
全部を知って欲しい……か……。
確かに、俺はまだ、陸奥の全てを知った訳じゃない。
こうして積極的になれるのだって――積極的である理由だって、知らなかったわけだしな……。
「そ、そう……でしたか……。それは……ごめんなさい……」
陸奥の気迫に、鹿島は尻込みしたようであった。
鹿島が引いたことで、とりあえずこの話は終わる。
緊張の糸が切れたかのように、俺と青葉は、安心した表情をみせた――が……。
「ねぇねぇ」
話しかけて来たのは、島風であった。
後ろに、皆を引き連れて。
「陸奥さんと提督って、付き合ってるの?」
「え……? な、なんでそう思ったんだ?」
「だって、陸奥さん、ずっと提督にくっついているし。お似合いって感じだもん」
皆も同じなのか、うんうんと頷いて見せた。
「ちょ、ちょっとみんな。何言ってるのよ~?」
否定はしているが、どこか満更でもなさそうな陸奥。
「青葉も言ってたもんねー。二人はお似合いだって」
「あら、青葉ったら。駆逐艦にまでそんなこと言っているの?」
「えぇ、まあ……。恋愛は、噂から進展することもありますから」
「噂って……お前、変な事を吹き込んでないだろうな?」
「さあ、どうでしょう?」
そんな事で騒いでいると、急に鹿島が立ち上がった。
「鹿島?」
「……そろそろ寮に戻ります」
門の方へと歩いてゆく鹿島。
しかし、ふと、何かを思い出したかのように足を止めると、もう一度こちらへ戻って来た。
「どうした? 忘れ物か?」
「提督さんに言い忘れていました……」
「ん、なんだ?」
「デートの件ですけど……日にちを決めたいと思いまして……。都合のいい日がありましたら、後でもいいので教えてください……。それだけです……。では……」
鹿島は陸奥をチラリとみると、そのまま去って行ってしまった。
「え……デート……? 鹿島さん、今、デートって言った?」
「デートって、あのデート!?」
「司令官と鹿島さん、デートするぴょん!?」
ざわつく駆逐艦たち。
「…………」
俺はただ、唖然としていた。
どうして鹿島は、今、そんな事を――こんな状況下で、わざわざ――。
「む、陸奥さん……」
「て、提督! 鹿島とデートって、どういう事!?」
我に返り、説明をしようとすると――。
「そっかー。鹿島さんと提督も、お似合いだよねー」
先ほどと同じように、皆が頷く。
お前ら、適当に頷いてないか……?
「んもう……! 何なのよあなた達まで! もう知らない……! ばか……!」
陸奥は家を飛び出して行ってしまった。
「あ……陸奥さん……! 待ってくださいよ……!」
それを追う青葉。
残された俺は、ただただ、その行方を見守ることしか出来なかった。
その後、夕食の為に寮へと戻った俺は、鹿島とのデートの件で質問攻めにあった。
どうやら青葉が騒ぎ立てたようで――中には、俺と鹿島が付き合っていると勘違いしている者もあった。
結局、質問攻めから解放されたのは、消灯時間になってからであった。
「すみません……提督さん……。まさか、こんな事になるなんて……」
「いや……まあ……いずれは分かることだしな……。しかし、今はタイミングが悪いというか……。あの場でいう事ではなかったと思うぜ……」
「はい……私、どうかしていました……。ごめんなさい……」
どうかしていた……か……。
「まあ、皆もデートをする意味を分かってくれたようであるし、逆に疚しい感じが無くなって良かったんじゃないか?」
「疚しい……ですか……」
「そういう意味が無いのは分かるが、やはり疚しいと思うだろう。特に、俺がこの島に来た理由を知っていたのがお前だけだった、ってのを知ったばかりのあいつらにとっては、俺たちが疚しい関係なんじゃないかって思うのが普通だ」
それを聞いた鹿島は、どこか納得のいっていないような表情を見せた。
「鹿島?」
「提督さんは……鹿島に疚しい気持ちが無いって……今回のデートにも、それが無いって、思っているのですか……?」
「え……?」
「鹿島は……そういう気持ちで……提督さんを誘ったつもり……だって言ったら……どうしますか……?」
鹿島は顔を赤くして、俺をじっと見つめた。
「あの場でデートの事を言ったのは……陸奥さんに対抗するためだと言ったら……? 皆があまりにも、提督さんと陸奥さんがお似合いだって言うものだから……嫉妬してしまったと言ったら……?」
唖然とする俺に対して、鹿島はそっと近づき、俺の胸に頭を預けた。
「正直……まだ、よく分かっていないんです……。こんなことまでして……提督さんとどうなりたいのか……」
「鹿島……」
「でも……こんなことまでしたくなるくらい……鹿島は……提督さんのこと……」
その先を、鹿島は言わなかった。
「……今度のデートで、それがはっきりと分かる気がするんです。そしたら……その時は――」
鹿島はゆっくりと離れると、目を合わせず、執務室を出ていった。
取り残された俺は、最近覚えたばかりの感情に支配され、しばらくその場を動くことが出来なかった。
家に戻ると、何故か明石と大淀が酒を飲んで、俺を待っていた。
「遅いですよ」
大淀はグラスに酒を注ぐと、俺に手渡した。
「梅酒です。私の自家製ですよ」
「ありがとう……って、そうじゃなくて。お前ら、こんな時間に何を……」
「何って……ほら、見てくださいよ」
大淀の指す方に、まるで拗ねているのだと言うようにして、床をなぞる明石が居た。
「提督と鹿島さんがデートするって聞いて、明石、拗ねちゃったんですよ? ですから、励ます会をしているんです」
「……何故それを家でやるんだ?」
「提督の所為でそうなったんですから、提督にも慰めてもらわないと」
そう言うと、大淀は嬉しそうに笑って見せた。
「大淀、お前、相当酔ってるな……?」
「どうでしょう? それよりも、明石を慰めてください。ほら、こっち見てますよ?」
明石は唇を尖らせて、俺をじっと見つめていた。
だが、その目はどこか――。
「……下手な演技はいいから、ちゃんとした理由を教えてくれ。そうでないと、追い出すぞ……?」
そう言ってやると、明石はケロッとした表情を見せ、こちらへと近づいてきた。
「ノリが悪いですね。提督」
「そうさ。俺はつまらん男だ」
俺は酒を飲み干すと、二人の間に座った。
「それで? 何しに来たんだよ? デートの事だったら、全部説明した通りだぜ」
「違いますよ。まあ、デートの事は引っかかりますけど……。今日はそういうのじゃないです」
「じゃあなんだよ?」
「大淀と、久々にお酒を飲もうって話になりまして。どうせなら、提督も一緒にどうかなって」
そうだよね、とでも言うように、明石は大淀に視線を送った。
「梅酒もいい感じに出来ていましたし」
大淀は、俺の空いたグラスに酒を注いだ。
「そうだったか。しかし、お前ら、仲良かったんだな。二人で話しているところ、見たことなかったような」
二隻は顔を見合わせると、少し困った顔を見せた。
「なんだよ?」
「実は……昔から仲は良かったのですが……佐久間さんが亡くなってから今日まで、話す機会を失っちゃって……」
「佐久間肇が死んでから?」
「えぇ……。佐久間さんが亡くなって、大淀も人を避けるようになって……。私は中立な艦娘だったから、何だか大淀とは話せなくなっちゃって……」
「別に、喧嘩をしていた訳じゃないんですけど、明石には気を遣わせちゃったみたいで……」
「じゃあなんだ。ここ最近まで――約十五年ほどの間、話すことも無かったのか?」
「まあ、ちょっとした業務連絡くらいはしていましたけど……。昔みたいには……ね?」
大淀はどこか、申し訳なさそうに頷いてみせた。
「そうか……。して、何かきっかけでもあったのか? 仲直りというか、昔みたいに戻ったなにかが」
二隻は再び顔を見合わせると、小さく笑って、俺を見た。
「提督ですよ」
「俺? 俺がきっかけ?」
「大淀が提督の事、『提督』って呼んでいるのを見て――佐久間さんの息子である提督に、しっかりと向き合ってるのを見て――また昔みたいな関係になれるかもしれないって、そう思ったんです」
明石の優しい瞳が、大淀を見つめていた。
「ありがとう、明石……。そして……ごめんね……」
そう言うと、大淀はぽろぽろと涙を流し始めた。
「お、おいおい……」
「あぁ、大丈夫です、提督。大淀、酔うといつもこうなんです」
あんなに陽気に振る舞っていたのに……。
酒に酔うと、情緒が不安定になるのか……。
「よしよし、大淀。ほら、提督も。よしよししてあげてくださいよ」
「よしよしって……」
「大淀も期待しているようですし」
メソメソと泣く合間に、大淀はチラチラと俺を見つめていた。
「本当に泣いてるのか? こいつは……」
「うぅぅぅ……!」
「あぁ、もう。余計に泣いちゃった。ほら提督、早くしてください」
俺は初めて、大淀に対して「うざったい」と思った。
「分かったよ……。ほら、よしよし……」
大淀はケロッとした表情をのぞかせると、ニンマリと笑って見せた。
「んふふ~……もっとしてくださ~い」
「こいつ……。マジで酔ってるぜ……」
「十数年ぶりですから、ハメも外したくなりますよ。ね、大淀ちゃん?」
『大淀ちゃん』は明石の膝を枕にすると、満足そうな笑顔を見せた。
十数年ぶりとはいえ、酒一つでここまで変わってしまうとはな……。
それだけ真面目にやって来た証拠か、それとも……。
「フッ……」
でもまあ、悪くはない。
大淀をここまでにしてしまうくらい、親父の影は――もう――。
「あら、大淀ちゃん。おねんねしちゃうのかしら~?」
「ねんねする~」
……親父、色んな意味で罪深いぜ。
十数年ぶりの酒、というのは本当のようで、大淀は粗方甘え終えると、そのまま眠りについてしまった。
「ったく……」
「大淀がここまで乱れるの、久々です」
「できれば、今回限りにして欲しいものだがな……」
「そうですか? たまにはいいじゃないですか。こんな大淀も」
そう言うと、明石は大淀の頭を優しく撫でた。
「しかし、まさか、大淀がこんな姿を見せてくれる日が来るなんてな」
「それだけ提督を信用してくれているんですよ。大淀がここまで無防備な姿を見せるのは、今まで佐久間さんだけでしたし」
「なるほど、親父も大変だったんだな。やっと実感できたぜ」
俺の皮肉に気付いたのか、明石は小さく笑ってくれた。
「でも、本当……提督は凄いです。大淀に信用させるのもそうですけど、大井さんを島から出してしまうなんて……」
「大淀が信用してくれたのは佐久間肇のお陰であるし、大井が島を出たのだって、あいつの意志があってこそ成し得たものだ。俺の力なんて、何一つ……」
「それでも、きっかけは提督ですよ。提督じゃなかったら、こうはなりませんでした」
「そうかね」
「そうですよ。たまには素直に認めたらどうです? 提督ったら、いつもそうじゃないですか。自分じゃなくても良かった、とか」
「自分に自信がないんだ。未熟でもあるからな」
そう、未熟なんだ。
未熟であるから――。
「…………」
「提督?」
「……悪かったな」
「え?」
「昨日、話したろ。本土での十日間の事」
「え、えぇ……それが何か……?」
「話した通り、俺はお前たちを見捨てようとした。お前の期待を無下にしようとしてしまったんだ。本当にすまなかった」
「提督……」
「俺はまだまだ未熟だ。佐久間肇に頼らなくてはいけないし、皆との交流だって、俺から積極的に接することは出来ていない。到底、褒められるような人間ではないのだ」
酒を飲み干す。
少しばかり、酔っているな。
「……提督はいつも、そうやって、私が褒めることを否定しますよね」
そう言うと、明石は退屈そうに膝を抱えた。
夕張のそれとよく似ている。
「別に、お前の意見でなくとも否定するさ。気を悪くしたのなら謝るよ」
「そういうわけじゃないです……。ただ……なんか寂しいなって……」
「寂しい?」
明石は近づくと、俺の肩に身を寄せた。
「明石?」
「……私、提督に肯定されたことがないなって、最近思うんです」
「え……?」
「だってそうじゃないですか……。私の想う提督は、いつも否定されるし……。何か事件が起こった時だって、私はいつも蚊帳の外です……」
そんなことはない――と、はっきり言えない自分がいる。
「提督の正体だって、私は知りませんでした……。他の――青葉さんですら、知っていたのに……」
明石は、より深く、俺に寄り掛かった。
「私はいつだって、貴方を苦しめるばかりで……何も役に立てない……。貴方の事を知ったつもりでも、それは間違っていると言われる始末……」
夕張と言っていることは似ていても、明石はやはり、どこか弱気であった。
「貴方を好きでいても……鹿島さんにとられちゃうし……。私って……貴方にとってなんなんですか……? 私は……邪魔ですか……?」
泣いているのか、明石は、すんすんと鼻を鳴らした。
こいつも相当酔ってるな……。
「……お前も大淀と同じで、泣き上戸のようだな」
明石は返事をしなかった。
「別に、お前を否定したわけではないし、蚊帳の外にやったつもりもない。蚊帳の中に入ってきたやつだって、わざわざ呼んだ訳じゃなく、たまたま入ってしまっただけだ」
明石は涙を拭くと、俺の言葉を待った。
「俺にとってのお前は、苦しめるとか、役に立たないとか、そういうものではない」
「じゃあ……なんだって言うんですか……?」
「さあ、なんだろうな。俺にもよく分からん」
明石は寂しそうに俯いてしまった。
「ただ……」
「ただ……?」
「あの島に居た十日間……お前の事を想わなかった日はなかった」
「え……?」
「お前が不安に思うだろうから、早く島に戻ってやらなければと思った。島に戻りたくないと思ってしまった時には、お前を裏切ってしまう事になると悩んだ。そして……」
「…………」
「自分に、全ての艦娘を『人化』させる力がないのかもしれないと考えた時には……せめて、お前だけは外に出してやりたいと思っていた……。そして、それには――その為には――」
俺は、空になったグラスを口に運んだ。
明石は、俺の言葉の意味が分かったのか、驚いた後、顔を赤くして俯いた。
「そんな嘘で、私の機嫌を取ろうっていう訳ですか……。提督は根っからのペテン師です……」
「そうかもな」
「……そこは否定してくださいよ」
「嫌なんだろ? 否定されるの」
「そうですけど……」
明石は一気に酒を飲み干した。
「提督が分かりません……」
「俺も分からんのだ。お前に分かるはずがない」
「じゃあ……鹿島さんとのデートも、よく分からないままするんですか……?」
「まあ、そうだな。だがそれは、あいつも同じようだった。今度のデートで、何か掴めるかもしれないと、あいつは言っていた」
「その何かが、私と同じ気持ちでないことを願います……」
「どうして?」
「……鹿島さんには、勝てませんから」
どう勝てないのか、明石は言わなかった。
「……慰めてくれないんですか?」
「もう慰めたつもりだがな」
明石は少し考えた後、その理由が分かったのか、再び俺の肩に身を寄せた。
「同情ならやめてください……」
「そうでないのは分かっているくせに。『たまには素直に認めたらどうです?』」
そう言ってやると、明石は唇を尖らせて、反撃した。
「『自分に自信がないんだ。未熟でもあるからな』」
「……フッ、言うじゃないか」
雲の合間から月が覗き、俺たちを照らした。
「鹿島さんとのデート……して欲しくないです……」
「約束してしまったからな」
「なら……私にも下さいよ……。鹿島さんみたいに、私だけが知る提督の何かを……」
「お前から何も貰ってないのにか?」
明石は黙ってしまった。
「冗談だよ。具体的に、何が欲しいんだ?」
「具体的に……」
明石は少し考えた後、膝を抱えて、可愛げのある笑顔で言った。
「じゃあ、提督の誕生日、教えてください」
「俺の誕生日?」
「えぇ」
「なんだ、そんな事でいいのか」
「もちろん、他の人には内緒にしてください。私だけが、提督の誕生日をお祝いできるんです。特別でしょ……?」
何がうれしいのか、明石は満面の笑みを見せた。
「まあ、いいぜ。それくらいなら」
「やった。じゃあ……耳打ちで教えてください」
「別に、誰も聴いていないだろうに」
そう言ってやると、明石は大淀を指した。
「寝てるだろ」
「寝たふりかもしれませんよ?」
大淀は、すぅすぅと寝息をたてていた。
「狸寝入りなら、大した女優だ」
「……いいですから、早くしてください」
「……分かったよ」
俺は、耳打ちで明石に誕生日を教えてやった。
「……随分、先なんですね」
「これで満足か?」
明石はどこか、不満そうに頷いた。
「なんだよ?」
「もっと早くお祝い出来たらよかったのにって……。提督の誕生日、もっと早くにできないんですか……?」
「無茶言うな……」
明石は膝を解くと、悪戯な笑顔を見せた。
「えへ、提督の秘密、知っちゃいました。私だけが知る秘密です。えへへ」
「フッ、単純なやつ」
それから俺たちは、酒が尽きるまで飲み明かした。
誕生日を知っただけなのに、明石は最後までご機嫌を貫いた。
「誕生日を知る方が、デートをするよりも、むしろいいんですよ! だって――」
「……何回目だ? その話……」
本当、単純な奴。
夕張もこのくらい単純なら――。
「あー! 今、別の事考えてませんでした!? 今は私だけ見てくださいよぉ……うぅぅ……」
……この酒癖さえなければの話だけどな。
翌朝。
朝食の為、食堂へと向かうと、明石と大淀と目が合った。
二隻とも、恥ずかしそうに会釈をすると、そそくさと離れて行ってしまった。
おそらく、昨日の事を覚えていて、今になって恥ずかしくなったのだろうな。
特に、大淀は……。
「提督、おはようございます」
「鳳翔。おはよう」
「昨日は大変でしたね。報告しそびれてしまったのですが、山城さんのお部屋、掃除が終わりました」
「そうか。ありがとう。ご苦労さん」
「私だけではなく、大和ちゃんにも、労いの言葉をかけてあげてください」
そう言うと、鳳翔は、端の方に座っている大和を指した。
「そうしたいが……嫌がられないか……?」
「そんな事を気にしていては、いつまで経っても、大和ちゃんと交流できませんよ?」
昨日は距離を取れと言っていたような気がするが……。
「……それもそうか」
「朝食、準備していますので、その間にいってきたらどうです?」
そう言うと、鳳翔は俺の背中を押した。
「分かった……」
俺はゆっくりと、大和の方へと近づいていった。
一緒に座っていた鈴谷と熊野は、俺が近づいてきたのを見て、顔を強張らせていた。
「大和」
声をかけられた大和は、俺が近づいてきていたのを知っていたのか、怠そうに顔を向けると、鋭い眼光で俺を睨み付けた。
「……なんですか?」
「昨日、山城の部屋を掃除してくれたんだろ? ありがとな」
「……別に、貴方に礼を言われるためにやったわけではありませんので」
「あぁ、分かってるよ。それでも、礼くらいは言わせてほしいと思ってな」
「……だったら、用事は済んだでしょう? さっさと立ち去ってください……」
「あぁ、分かったよ」
立ち去ろうと振り返ると、皆がこちらに注目していた。
一触即発の空気を察したのだろうな。
「皆さん、揃いましたね!」
その空気を変えてくれたのは、大淀であった。
「提督、お席へ」
「あぁ、悪い」
俺は急いで、鳳翔の座る席へと向かった。
食事中、鳳翔は、昨日の大和とのやり取りについて、小声で話してくれた。
「昨日の大和ちゃん、やっぱり提督の事について聞いてきたんですよ?」
「そうか……。して、なんと?」
「色々言われましたけど、本当は提督の事、信用したいようでした」
俺は思わず苦笑いをしてしまった。
先ほどのやり取り、眼光を以ってしても、そう言えるのかと。
「……もちろん、直接、そうだとは言っていませんでしたよ? でも、提督の事、色々聞いてきたところを見るに、気にはなっているみたいです」
「それが、信用したいと思っているってのは、流石に飛躍し過ぎなんじゃないか?」
「それでも、大和ちゃんがここまで人間に対して興味を持つことは、本当に稀なんですよ。佐久間さんの時だってありませんでしたから」
正直、鳳翔のいう事は信じられないが、少なくとも、大和が俺を無視できないでいる事だけは確かなようだ。
「いずれにせよ、大和とは時間をかけて交流していかなければな。今はとにかく……」
俺は周りを見渡した。
陸奥は目が合うと、唇を尖らせてそっぽを向いた。
響はこちらをチラリとみると、やはりそっぽを向いて、皆との会話を再開した。
鹿島は――天津風は――他の連中だって――。
「ん……? そういや、夕張と山城はどうした? まさか山城のやつ、また引きこもっているんじゃ……」
「いえ。山城さん、まだ外に出たばかりですから、しばらくは夕張さんと一緒にお部屋で食べるそうです」
「そうだったか」
そういや、昨日は様子を見る暇も無かったな。
後で行ってみるか……。
「はぁ……忙しくなりそうだ……」
「身から出た錆、ですよ……? 鹿島さんとのデートが無ければ、もっと穏やかだったはずです……」
そう言うと、鳳翔は頬を膨らませた。
「何を怒っているんだ?」
「別に……怒っていません……」
怒るのも下手だが、隠すのも下手だ。
そう伝えてやっても良かったが、さらに面倒ごとが増えそうなのでやめた。
朝食を済ませ、元大井の部屋の扉を叩いた。
「はぁい」
返事と共に現れたのは、夕張であった。
「あら」
「……よう」
「山城さんの様子を見に来たの?」
「あぁ、昨日は見れなかったからな」
「モテる男は忙しいものね。あがって。ちょうど朝食が済んだところなの」
そう言うと、夕張は俺の手を引いた。
「お、おい……」
「大丈夫よ。私も居てあげるから」
そういう心配をしているわけじゃないんだがな……。
「山城さん、提督が来てくれたわよ」
山城はチラリと俺を見ると、怠そうに窓の外に目を向けた。
「……よう、調子はどうだ?」
山城は答えない。
「山城さん、提督が、調子はどうだって」
「……悪くないわ」
「悪くないって」
「……んなもん、聞きゃわかる。お前の部屋、鳳翔と大和が掃除してくれたってよ。後でちゃんと、礼を言っておけよ」
山城は答えない。
「山城さ――」
「――いい。ちゃんと答えさせる」
夕張を退けると、俺は山城に向き合った。
「俺とは会話したくないってか?」
「…………」
「それは、俺が佐久間肇の息子だからか?」
「…………」
「お前、佐久間肇の事が好きだったんじゃないのか?」
その質問に、山城は初めて反応を見せた。
「……別に、好きじゃないわ。あんな男……」
「そうなのか? だったら、どうして俺とは会話してくれないんだ? ショックだったんじゃないか? 大好きだった佐久間肇に、妻だけでなく、子供までいた事実に」
山城は目を瞑ると、大きくため息をついた。
「そんな事はどうでもいいわ……。貴方が誰の息子だろうが、あの男に妻や子供がいようが……そんなのは関係ない……」
「じゃあ、どうして俺を無視しようとした? 人に恨みでも?」
山城は答えない。
「……とにかく、俺は佐久間肇と同じでしつこいぜ。お前が無視を続けるというのなら、俺は何度だって――」
「――やめた方がいいわ……」
俺の言葉を切るように、山城はそう言った。
「私にかかわっても……貴方にメリットはない……。むしろ……」
「むしろ……?」
山城は何も言わず、再び窓の外を見つめた。
「むしろ、なんだよ?」
「…………」
「おい」
山城は夕張に視線を送ると、膝を抱えて丸くなった。
「……今日はもう限界みたいね」
「限界……?」
「いったん、部屋を出ましょう。そこで話すわ」
言われた通り、夕張と共に部屋を出る。
「限界って、どういうことだよ?」
「山城さん、十五年間、誰とも話してこなかったから、疲れちゃうんだって」
「疲れるって、会話にか?」
「人付き合いに、じゃないかしら。まあ、徐々に慣れていくことだと思ってるから、気長に待ってよ。私が何とかするから」
そう言うと、夕張は小さく笑って見せた。
「それよりも、早くあの子たちのところに行ってあげたら?」
夕張の指す方に、島風たちが居た。
「仲良くなったんでしょ? 山城さんの事は私に任せて、早く行ってあげて」
「……あぁ、分かった。助かるぜ」
「いいのよ。じゃあ、またね」
そう言うと、夕張はそそくさと部屋へ戻って行ってしまった。
「…………」
あいつの態度……。
昨日の今日で変わることが出来ない奴だと知っているからこそ、不安になる態度であった。
あまりにも平然としているというか――。
「提督ー! ちょっと来てー?」
「……おう。今行くぜ」
だが、ここで気にかけ、問うてしまっては、夕張の態度は――だからこそ、今は――。
それから数日間は、特に大きな出来事も無く、平和な日々が続いた。
山城は相変わらずだし、陸奥はまだむくれているし、響もまた――。
「ここ数日、いろんなことがあり過ぎましたし、休養だと思えばいいのでは?」
鳳翔はそう言ってくれたが、もう既に、十日間も休養していた訳だしな……。
何か手を打たなければいけないとは思っているが、どう進めていいものか、俺には……。
そんな中、週に一度の本土へ戻る日がやって来た。
「提督、また行っちゃうんですか……?」
「明石、そんな顔するな。今回はちゃんと、夕方には戻ってくる」
「本当ですか……? 約束ですよ……?」
「あぁ、約束だ」
そこに、島風たちがやって来た。
名残惜しそうに見送って――くれるのかと思いきや。
「提督ー、お土産買ってきてー」
「雪風にもお願いします!」
こいつら……最近は遠慮がなくなって――いや、元からないか……。
しかし、まあ――。
「おう、分かったよ。皆の分も買ってくるぜ」
そう言ってやると、駆逐艦の連中は大喜びした。
まだ買ってきても無いのに、めでたい奴らだ。
「んじゃ、行ってくるぜ。後は頼んだ、大淀」
「はい。お任せください」
皆に見送られ、俺は寮を出た。
門を出た時、誰かに袖を掴まれた。
「うぉ……!? って……鹿島?」
鹿島は恥ずかしそうに俯くと、袖を放した。
「どうした? こんな所で……」
「あの……」
「あぁ、なんだ。お前もお土産が欲しいのか?」
鹿島は首を横に振ると、真剣な表情で俺をじっと見つめた。
「鹿島?」
「……帰ってくるのは、今日の夕方ですか?」
「あぁ、そうだが……」
「その時でいいので……その……そろそろ、決めませんか……?」
「決めるって……?」
鹿島はムッとした表情を見せた。
「デートです……。デートの日程……。提督さん……あれからデートの事、一言も話してくれないじゃないですか……。私、提督さんが誘ってくれるの、待っていたんですよ……?」
「あ、あぁ……そのことか……。すまん……。てっきり、お前から日程を伝えに来るものだと……」
「デートっていうのは、男の人がリードするものなんです……。本当……提督さんってば……。私がどんな思いでこの一週間を過ごしたのか、分からないんですね……」
「わ、悪い……。俺、こういうのはてんで……」
鹿島はため息をつくと、唇を尖らせて俺を見た。
「まあいいです……。そういうところだけは、佐久間さんとは違いますね……」
「妻子持ちと比べられてもな……」
「とにかく……デートの日程、考えておいてくださいね……?」
「あぁ、分かったよ。本当にすまなかった……」
そう言って頭を下げると、鹿島は俺の顔を両手で包み込み、顔をあげさせた。
「……そんなに謝らなくてもいいです。ちょっと……拗ねただけですから……」
「え?」
鹿島は顔を真っ赤にすると、今にも消えてしまいそうな小さな声で言った。
「もっと……鹿島を見て欲しいです……。鹿島で……ドキドキして欲しいです……。私が……提督さんに対して……そうなように……」
言い終えると、鹿島は恥ずかしくなったのか、背を向け走り出してしまった。
「あ……お、おい!」
鹿島は立ち止まると、チラリとだけ顔を向け、これまた小さく言った。
「日程の件……待ってますから……」
それだけ言うと、鹿島は寮へと戻ってしまった。
「…………」
『ドキドキして欲しいです……』
それは――その願いは既に――。
泊地に向かうと、一隻の船が、既に到着していた。
重さんの私船とは違い、海軍仕様の船であるところを見るに、船頭は海軍の人間となったのだろう。
しかし、島に来れるほどの海軍の人間とは、一体……。
船に近づいてゆくと、人が船から出て来て――その正体は――。
「鈴木……!?」
「よう」
驚愕する俺に対し、鈴木はニッと笑って見せた。
鈴木の操縦は、重さんほどではないものの、非常に丁寧で、どこか慣れた様子であった。
「驚いたか?」
「……驚いたなんてものじゃない。夢でも見ているかのようだ」
「はっ、だろうな」
鈴木は缶コーヒーを俺に手渡すと、船を止めた。
「どうした?」
「時間あんだろ? 少し、話でもしようぜ」
「こんなところでか? 本土に着いてからでもいいだろうに」
「誰にも邪魔されず話がしたいんだ。それに、俺とお前しかいないから、本音で話し合える。そうだろ?」
本音で話し合いたいことがある、という事だろうか。
珍しいこともあったもんだ。
「分かった」
鈴木は、近くにあった椅子にドカッと座ると、コーヒーを飲み始めた。
「して、どうした? 何故お前が重さんのかわりを?」
「島に来れるような人材は、坂本上官と俺くらいしかいないだろ。上官が行く訳ねぇし、俺に役が回って来たって訳だ」
「断らなかったのか? お前なら、嫌がりそうなもんだが……」
「むしろ、いいもんだ。艶美な艦娘を間近で見れるいいチャンスだったわけだしな」
ゲスな笑顔――というより、何故かすっきりした笑顔を鈴木は見せた。
「……そう言えば、あの時助けてくれたお礼をしていなかったな。ありがとう、鈴木」
「別に、お前を助けた訳じゃねぇよ。それにお前、帰ったら、しっかりとお叱りが待っているんだぜ。処分については不問だが、厳重注意くらいはされるだろう。覚悟しておけよ」
「それで済むのなら安いもんだ。もうケツが持たんのだ」
「違いねぇ」
そう言うと、鈴木は大いに笑った。
「しかし、お前とこうして二人っきりで話すのは、どれくらいぶりだろうな。慎二」
「試験を受けるために本部に来て以来だな……。本部で再会した頃は仲良くしゃべっていたが、お前が急に嫌な奴になったんだ」
「あの時は悪かった。俺にも事情があったんだ。あの時の俺は……というより、つい一週間前まで、俺はお前の事が嫌いだった」
鈴木はコーヒーを口にすると、海を望んだ。
「俺は、坂本上官に憧れていた。ドブネズミみてぇな生き方をしていた俺を、あの人は施設に迎え入れ、更生させてくれた」
何千回と聞いた話だった。
鈴木は幼い頃、酒癖の悪い父親に、母親と妹を殺されている。
一人になった幼き鈴木少年は、親戚の家をたらいまわしにされていたが、どこにも馴染めず、ついには失踪し、罪を犯しながら生活を送っていた。
そんなある日、坂本上官に拾われ、海軍の運営する施設へと迎え入れられたとのことであった。
「坂本さんは俺に――そして、俺はもっとまともに生きようと――あの人を目標にしようと思った」
「あぁ、知ってる。もう千回くらい聞いた」
「まだ五百回くらいしか話してないぜ?」
「そうだったか?」
お互いに笑い合う。
本当、こうして話すのは――。
「とにかく、そんな気持ちがあったものだから、坂本さんは俺を試験で推薦してくれるものだと思っていた。しかし、坂本さんが推薦したのはお前で、俺の事なんか、眼中にも無いようだった……」
「じゃあ……お前がやけに突っかかって来たのって……」
「あぁ、そうだよ……。単なる嫉妬だったんだ……。坂本さんに認められたくて頑張って来たのに、よりによって、同じ施設出身のお前がどうしてって……」
大きな波が、船体を揺らす。
「……そうであったか」
「お前にはいろいろと酷い事を言った……。本当に悪かった……」
「いや……俺の方こそ……。そんな事情も知らなくて……」
「こんなこと言うのは気が引けるが……また昔みたいに……俺と仲良くしてくれるか……?」
鈴木はどこか、不安そうにそう聞いた。
「……嫌だと言ったら?」
「……このまま停船して、仲良くしてくれるまで一緒に居てやる」
「俺、そういう趣味はないが?」
「俺だってねぇよ、馬鹿……」
「フッ……」
「ははっ……」
俺たちはコーヒーを飲み干すと、島に目を向けた。
「あの日……」
「ん……」
「俺が施設に入ったあの日……鈴木が声をかけてくれなかったら、今の俺はあの島にいなかった」
『お前、新入りか? よし、ついてこい! 俺が【施設】を案内してやるよ!』
『俺ら二人なら、きっと立派な海軍になれる。そうだろ? 慎二!』
「あの施設で約束したよな。立派な海軍になるって。お前と一緒だから、ここまで来れた」
「慎二……」
「あの頃から、俺たちは――」
『今日から俺たちは――!』
「これからの俺たちも――また――」
潮風が、俺の言葉をかき消す。
鈴木に聞こえたのかは分からない。
だが、それ以上の言葉は、もういらなかった。
「……ありがとよ、相棒」
「気にすんな。相棒」
鈴木は船のエンジンをかけると、本土を目指した。
本土に着くと、俺は早速、上層部に絞られた。
責任は不問であったが、かわりに坂本上官が謹慎処分を受けていた。
「坂本君に感謝するんだな。彼は最後まで、君を庇っていた。信頼されているんだな」
上官……。
「それと……大井の人化の日程が決まった」
「え!? いつです!?」
「君が知る必要はない。だが、来週の君の帰還までには、終わっているだろう」
「そうですか……」
「その時にでも、顔を見せてあげなさい」
「え……宜しいのですか……?」
「あぁ。ただ連れてくるだけが、君の仕事ではない。君を信頼して出て来たのだ。面倒を見てあげなさい」
「は、はい!」
「雨宮慎二。君の態度は、決して良いものとは言えないが、今回の功績は大いに評価できるものだ。一海軍として――私人として、君に感謝したい。ありがとう、雨宮慎二」
そう言うと、名も知らぬお偉いさんは、敬礼して見せた。
島に戻るまで、俺は再び鈴木と茶をしばくことにした。
「そう言えば、どうして俺と仲直りしようと? 坂本上官の件で憎まなくなったのは何故だ?」
「坂本上官と話したんだよ。その件について。それで和解したんだ」
「もしかして、俺が島に戻らないと上官から聞いた時に……か?」
「あぁ。上官の方から話しかけて来てよ。開口一番に謝られた……。俺ではなく、慎二を推薦した件を――俺が気にしていることを全部、あの人はしっかりと悔いてくれていたんだ……。そして、どうしてお前を推薦したのか、その理由の全てを語ってくれた……」
「じゃあ……お前……俺の正体を……?」
鈴木は頷くだけであった。
「……そうか」
「……思えば、お前は昔から、自分の事を話してくれなかったよな」
「すまない……」
「いや、いいんだ。お前の事を聞いて、俺の背負っているものがちっぽけなものだったと痛感した」
「それで……俺を……?」
「まあ、それもある……。だが、お前のかわりに島へと向かってほしいと言われた時、俺は躊躇ってしまったんだ」
そう言えばあの時、鈴木は、何か覚悟が必要だと言っていた。
「俺には、守りたい人がいるんだ……」
そう言って、鈴木は誰もいない中庭に目を向けた。
「……もしかして、香取さんと芽衣ちゃんの事か?」
鈴木は何も言わなかった。
「……そうか」
おそらく鈴木は、あの二人に、母親と妹の姿を重ねているのだろう。
だからこそ――。
「だから俺は、お前に託したいと思った。お前が全ての艦娘を人化できれば、俺は……」
あの時のあれは、そういう事だったのか……。
「だから、これは俺の為でもあるんだ。ガッカリさせて悪かったな」
「いや、またこうしてお前と一緒に仕事が出来て嬉しいよ。本当、夢を見ているようだ」
「夢じゃねぇよ」
そう言うと、鈴木は俺の頬をつねった。
「いてて……」
「ははっ。ま、これからも仲良くやって行こうぜ。相棒としてよ」
「あぁ、頼りにしているぜ。相棒」
「へへっ。しかし、島での生活は大変だろ。童貞のお前には、刺激が強かったんじゃないのか? えぇ?」
「まあ、そうだな……」
「お! 認めるのか。珍しい」
まあ、認めざるを得ないよな。
あんなことや……こんなことや……。
「その点、俺は経験豊富だからよ。何か困ったことがあったら、相談に乗るぜ?」
「経験豊富……か……」
鈴木の女癖は、海軍でも有名だからな……。
経験豊富……。
「慎二?」
「なあ、鈴木……。デートって……どういうことをするんだ……?」
「え?」
「お前、よく女性を連れ回していたよな? どういう事をしてやれば、女性は喜ぶんだ?」
「……おいおい、どうした? まさか、島に好きな艦娘でも出来たのか?」
「いや……実はさ……」
俺は、島の現状を全て、鈴木に話してやった。
「それはお前……鹿島はお前に惚れてるぜ?」
「やはり……そうなのだろうか……」
「っていうか、鹿島だけじゃなく……」
鈴木は口を噤むと、茶に口をつけた。
「鹿島だけじゃなく……なんだよ?」
「……いや、言うまい。とにかく、鹿島とのデートを上手くリードしてやりたい。そう思っているんだな?」
「あいつも楽しみにしているようだしな……。叱られてしまったのもあるし……」
「しかしお前、そんなに艦娘達を惚れさせて、後々困るんじゃないのか?」
「……現状でも困っている。どうしたらいいのか、俺には分からんのだ……」
「なるほどな……。惚れた女ってのは厄介だからな。やっとその気持ちがお前にも分かって来たか。大人になったな」
「あまり揶揄ってくれるな……」
「まあ、冗談は置いておいて……。ならいっそのこと、こうしたらどうだ? 鹿島との距離を縮めて、自分にはもう鹿島が居るのだと皆に分からせる。そうすれば、皆も諦めてくれるだろうよ」
「しかしそれだと、皆が島を出たがらなくなるやもしれんぜ……」
「そこはお前、別に、惚れさせて島を出そうって思っていた訳じゃねぇんだから、本来のお前の実力で艦娘達を島から出してやれよ」
「……まあ、確かにそうだな」
「お前だって、鹿島に惚れているんじゃねぇのか?」
俺は思わず黙ってしまった。
「……まあ、童貞だもんな。艶美な艦娘も多いし、『そっちの意味で』迷うこともあろう。贅沢な奴め」
「い、いや……そういうことでは……」
「……とにかく、デートの事なら俺に任せておけ。メモの準備はいいか?」
「い、今からか?」
「夕方には戻るんだろ? いつデートしてもいいように、今からやるんだよ」
「わ、分かった……。じゃあ……頼む……」
「いいか? まず女ってのは――」
それから夕方まで、俺は女性に対するレクチャーを受けた。
「そもそもお前、まずは童貞を捨ててみたらどうだ?」
「…………」
「じゃあな慎二、いい報告待ってるぜ」
そう言って、鈴木は泊地を離れていった。
「はぁ……」
結局、鈴木のレクチャーはよく分からなかった。
というよりも、この島の中で完結できるような喜ばせ方が、ほとんどなかったのだ。
しかしまあ、為になることはいくつかあった。
『ギャップってのは大事だ。お前が童貞感丸出しなのは、相手も気が付いているはずだ。そこでいきなり男を見せれば、もうイチコロよ』
イチコロになるかどうかは分からないが、確かに、鹿島も俺に男を求めているようであったしな……。
強気に出てみるのもありかも知れない……。
「提督さん」
木に隠れていたのか、鹿島がぴょこんと姿を現した。
「鹿島」
「お帰りなさい。待っていました」
どうして待っていたのか、鹿島は言わなかった。
ふと、鈴木の言っていたことを思い出す。
『鹿島はおそらく、お前の男の部分を試してくるはずだ。何か引っかかるようなことがあれば、何かを試されていると思え』
なるほど……。
今がまさにその時って感じか。
「鹿島」
「はい」
「三日後でどうだ? デートの日程」
「三日後……ですか……?」
「あぁ。明日明後日は、天気が悪いからな。三日後は晴れる予報だから、それでどうだろう?」
『とりあえず、天気は調べておけよ。それだけでも、デートに対して考えてくれていたんだというアピールになる』
「なるほど……。分かりました。では、三日後で」
「ありがとう。時間は、また明日にでも決めようか」
『時間はまだ決めない方がいいだろう。デートまでの三日間も、ある意味デートみたいなもんだ。熱が冷めないよう、一つ一つをゆっくり決めていった方がいい。その分、会話も増えるしな』
「それと、永い事待たせて悪かったな……。その分、今回のデートで取り戻すつもりだ」
「ウフフ、それ、凄くハードルがあがっていますけれど、大丈夫ですか?」
「駄目なら、もう何度でもチャレンジするだけだ。チャレンジ回数は何度までだ?」
「やっぱり自信がないんじゃないですか」
鹿島は可笑しそうに笑った後、どこか安心したような表情を見せた。
「よかった……」
「え?」
「提督さん、もしかしたら、鹿島とのデートが嫌なんじゃないかって……思っていたので……」
「そんなことはない。なんというか、中途半端なのはいけないと思ってな……」
「それだけ、真剣に考えてくれているという事ですよね……。嬉しいです……。えへへ」
『もしかしたら、鹿島は不安に思っているのかもしれないぜ。お前が嫌がっているんじゃないかってさ』
鈴木の言った通りであったか……。
流石だぜ……。
「はぁ……なんだかまた、ドキドキしてきちゃいました……」
「あぁ、そうだな……」
「提督さんも、ドキドキしているんですか……?」
「あぁ、ドキドキしてるよ」
鹿島は俺の胸に手をあてた。
「……全然じゃないですか?」
鹿島が唇を尖らせる。
「あ……でも……」
鼓動が速くなる。
「もしかして……私が触れているから……」
俺は何も言わなかった。
時には何も言わない方が伝わるのだと、鈴木も言っていたしな。
…………。
……いや、本当は、何も言えないでいるだけなのだがな。
「…………」
鹿島は顔を真っ赤にすると、手を離した。
沈黙が続く。
「提督ー!」
その時、遠くから島風たちがやって来た。
「提督、お土産はー?」
開口一番にそれかよ……。
「あぁ、買って来たぜ。ほらよ。皆で分けるんだぞ」
「わーい! ありがとうー!」
島風たちは土産を奪い取ると、さっさと寮へと戻って行ってしまった。
「ったく……。お帰りの一言くらい言ったらどうなんだってんだ……」
ため息をつくと、鹿島は小さく笑った。
「私たちも、戻りますか」
「あぁ、そうだな」
鹿島はニコッと笑うと、島風たちの跡を追うように、寮へと戻っていった。
「…………」
『ならいっそのこと、こうしたらどうだ? 鹿島との距離を縮めて、自分にはもう鹿島が居るのだと皆に分からせる。そうすれば、皆も諦めてくれるだろうよ』
その方法を取るかどうかは、まだ決めていない。
とにかく今は、目の前の課題に真っすぐ向き合うことが大事だ。
今の俺には、それに向き合うだけの――力になってくれる仲間が居るのだ。
「提督さーん」
「おう、今行く」
問題はまだまだ山積みだが、確実に大きな一歩は踏み出している。
その先に何があるのかはまだ分からないが、今はただ――。
それからの三日間、俺と鹿島は何度かデートについて話し合った。
話が固まるにつれ、鈴木の言った通り、デートへの熱は増していった。
そしていよいよ、デート当日を迎えたのであった。
――続く