「――……」
流れて行く景色。
遠く――『あの場所』で見た、いくつもの高層建物。
それらが、窓の外で――まるで映画の様に、流れて行く。
「電車……?」
乗ったことはない。
乗ったことはないはずなのに、もう何度も、こうしている気がする。
「大井」
私を呼ぶ、ぼんやりとした影。
逆光の中に居るかのような――目を凝らしても、誰なのか分からない。
「ここまで来ればいいだろ?」
そう言われ、何やら焦るように怒っている私。
――私?
これは、私?
じゃあ、私は?
「いただきます」
朝食――にしては、少し凝ったものの様に見える。
「美味いな」
私が作った――作った……らしい朝食を、提督は――提督……?
私が作った財布を、提督は嬉しそうに受け取った。
「ありがとう、大井」
私は手を伸ばすと――いやいや、何やってんのよ私。
「最近は甘えてばかりじゃないか?」
「頑張ったんだから、褒めてくれてもいいじゃない……」
「分かった。おいで、大井」
提督の温もりに包まれて、私は――。
「――……」
目を覚ますと、私は泣いていた。
白い天井。
眩しいほどの光。
心地の良い風。
「ここは……」
窓の外に、青い海が広がっている。
その中にある小さな島は――。
「あぁ……そうか……。私は――」
『夢』の事は、もうすっかり忘れていた。
けれど、確かにあんたはそこに居た。
そこに、居てくれた。
「提督……」
窓から射す太陽の温もりは、彼の与えてくれたものに、とてもよく似ていた。
『不死鳥たちの航跡』
「んっ……いっ……いてっ……いてぇ……」
目を覚ますと、そこには敷波の顔があった。
「やっと起きた」
「……今、俺の顔を叩いていたか?」
「叩いたよー。司令官、中々起きないんだもん」
だからって叩く奴が……。
「……どうした? こんな朝早くから……」
「今日、鹿島さんとのデートでしょ? 遅刻しない様に、起こしに来てあげたんですよー」
そう言うと、敷波は布団を畳み始めた。
「そうか……。鹿島に頼まれたのか?」
「ううん。アタシが勝手に起こしに来ただけ」
「そりゃまた、どうして?」
「どうしてって……。遅刻したら、鹿島さん怒っちゃうだろうし、司令官だって困るでしょ?」
「いや、そうなのだが……。どうしてお前がこんな事を?」
そう聞いてやると、敷波は唇を尖らせた。
「別に……気まぐれ……」
……ではない、だろうな。
「顔、洗ってきたら? こっちはやっておくからさ」
何が目的なのかは分からんが、とりあえず好きにさせてやるか……。
「あぁ、分かった。頼んだぜ」
「うん」
顔を洗い終え、居間に向かうと、敷波が俺の服を広げていた。
「何をしているんだ?」
「デートの服、どんなのがいいかなって」
「デートの服? そんなの、別にいつもの通りで問題ないだろ?」
「ダメ! ちゃんとしないと……。鹿島さんだって、すっごい悩んでたんだから!」
「そうなのか?」
敷波は、わざとらしく大きくため息をついた。
「司令官ってさ……ほんっっっとにっ! デリカシーが無いって言うかさ……。女心が分かってないよね……」
「否定はできないな……」
「この島でデートするなんてさ、もはや好きだって告白しているようなものでしょ? すっごい勇気がいることだよ。なのに司令官ったら……どうでもいいみたいにさ……」
「どうでもいいってことはないが……」
「とにかく! もっと真剣にならないとダメだよ!」
鼻息を荒くして、俺の服とにらめっこする敷波。
「随分、俺たちのデートに真剣だな。そんなに鹿島を応援したいのか?」
「別に、そういう訳じゃないけどさ……」
敷波は俺をチラリとみると、再び唇を尖らせた。
俺を見る目。
その目に、どこか見覚えがあった。
「……何か、言いたいことがあるんだな?」
一瞬の間。
「……別に。何もないけど……」
「何かある言い方だ。言ってくれないと分からんぜ? 俺は、女心が分からないんだ。お前も知っているだろうに」
敷波は手に持っていた服を置くと、退屈そうに膝を抱えた。
「敷波?」
「……別に、何もないし」
いや、強情だな……。
普通は折れて、訳を話しそうなものだが……。
「実はデートが気に入らない……ってな訳ではないよな」
「…………」
「俺がお前に何かしてしまった……訳でもないか。そもそも、ここ最近はお前と――」
敷波は、より一層小さくなった。
あぁ……そういうことか……。
「最近構ってやれてないから、拗ねているのか?」
「ち、違うし……。別に……そんなんじゃないし……」
そうなんだな……。
「じゃあ、どういう訳なんだよ?」
敷波は黙ったままだ。
面倒くさい所は夕張そっくりだが、ここまで強情なのは――。
「……そうかよ。なら、もういいよ。何も言わなくて」
そう言って俺が立ち上がると、敷波は何やら焦りだした。
「あ……し、司令官……! その、違くて……!」
俺は、細い目で敷波を見た。
「違うって……何がだよ……?」
「え……あ……その……」
敷波は俯くと、今にも泣きだしそうな顔をした。
「フッ……なんてな。怒っているのだと思って、焦ったか?」
「え……?」
敷波はポカンとした顔を見せた後、状況を理解したのか、今度は怒り出した。
「――っ! ばかばかばか! 司令官のばか! アタシをからかったの!?」
ポカポカと叩く敷波。
「ははは、すまん。あまりにもお前が強情だからさ」
「もう……! 本気で焦ったじゃん……! もうそれ禁止だかんね……!」
「あぁ、二度としないよ」
「もう……最悪……」
「でも、こういう事をしたかったんじゃないのか?」
そう言ってやると、敷波は黙り込んでしまった。
「最近はずっと、島風たちに構ってばかりだったからな。疎かにして悪かったよ」
敷波は俯くと、寂しそうな表情を見せた。
「敷波」
「別に……司令官が誰と居てもいいよ……? 鹿島さんと恋人になったっていいし……。でもさ……その……」
「お前を疎かにしていい理由にはならない、か?」
敷波は何も言わなかった。
「そうならそうと、言ってほしかったぜ。それに気が付けるほど、俺は女心を分かっちゃいないんだ」
「……そんなだと、鹿島さんに振られちゃうよ?」
「……かもしれないな」
告白する予定はないが……。
「それで、どう構ってやったら、お前の機嫌はよくなるんだ?」
「……それさ、本人に聞いちゃうんだ」
「ダメなのか?」
「ダメだと思う……。普通、察してあげるものだと思うけど……」
俺が黙っていると、敷波は目を細めて俺を見た。
「今、面倒くさいって思ったでしょ……?」
「い、いや……別に……そんなことは……」
「まあ……全ての女の子がそうじゃないかもしれないけどさ、司令官はさ、鈍感って言うかさ……本当に女心が分かってないよね……」
「……すまん」
どうして俺は、こんな朝早くから説教をくらっているのだろうか……。
「……ごめん。偉そうなこと言ったよね……」
「いや、まあ……正論だしな……」
「……本当はさ、ただ島風たちに妬いてるだけなんだ。自分でも分かっているけど……素直になれないって言うか……」
そういう奴ばっかだな、艦娘って。
「でも、それじゃダメだよね……。また司令官に偉そうなこと言ったり、自分の気持ちから逃げようとしちゃうから……。ちゃんと、して欲しい事、言わなきゃだよね……」
その前向きな姿勢に、俺は思わず感心した。
それは、敷波が子供であるからこそ――大人の艦娘は、そこで立ち止まってしまうだろう。
なのにこいつは――。
「…………」
だからこそ、思う。
どうして、敷波はこの島に――。
「ん……」
敷波が、俺の胸に飛び込んできた。
「敷波……?」
「ぎゅって……して……欲しい……」
その表情は見えなかったが、小さな耳が、真っ赤に染まっていた。
「……分かった」
屈み、抱きしめてやる。
敷波は、俺の首に手をまわすと、ぎゅっと抱きしめ返した。
「いいこいいこって……して……?」
「あぁ」
頭を撫でてやると、まるで猫の様に、より深く、体を預けた。
「島風でも、こんなに甘えては来なかったがな」
そうからかってやっても、敷波は離れることをしなかった。
――どれくらいそうしていただろうか。
「もういいか? そろそろ、準備をしないと」
「……うん」
敷波は離れると、再び寂しそうな表情を見せた。
「……デートの服、選ばないとな」
そう言って、俺は敷波に服を渡した。
「え……?」
「選んでくれるんだろ? 一緒に、考えてくれないか?」
「え……あ……う、うん! アタシで、いいなら!」
「お前がいいんだ。頼んだぜ」
敷波の表情が、一気に明るくなる。
「そ、そう……。そっか……。えへへ……。分かった! とびっきりいいのを選んであげるね!」
打って変わり、敷波は鼻息を荒くして、服とにらめっこを始めた。
女心と秋の空――とは、よく言ったもので――案外、こういう事なのかもしれないな。
女心って奴は。
「おかげで参考になったぜ。ありがとな、敷波」
「うん? うん」
服を選び終え、寮へと向かう。
門のところで待ち合わせをしようとのことであったが、鹿島はまだ来ていないようであった。
「朝食も食べないでデートするの?」
「昼食を作って来てくれるとのことだったから、抜くことにしたんだ」
「ふぅん。そういうところだけは、しっかりしているんだ」
「食い意地だけは、女心とは関係ないからな」
敷波は笑うと、確認するように、俺の全身を眺めた。
「うん。ばっちり」
「あとは、お前のセンスと鹿島のセンスが、同じであることを願うばかりだな」
「大丈夫だと思うよ。多分鹿島さん、緊張して、司令官の服装に気を配れないと思うから」
「だったら、どうしてあんなに真剣に選んだんだ?」
そう聞いてやると、敷波はそっぽを向いた後、横目で俺を見つめた。
「敷波?」
「……やっぱり司令官って、女心が分かってないよね」
「え?」
「鈍感……。鹿島さんとのデートでは、しっかり気が付いてあげてね? じゃあ」
敷波は足早に、寮へと戻っていった。
鹿島が寮から出て来たのは、約束の時間を十分ほど過ぎた後であった。
「ご、ごめんなさい……! 遅くなっちゃいました……!」
『俺も今来たところだ』……と言うのは、地雷だと鈴木は言っていた。
お前も遅刻してるじゃねぇか。
という事になるらしい。
「大丈夫か? 何かあったのか?」
これが正しい返しなのかは分からんが、鹿島が遅刻するなんて珍しい事であるから、つい聞いてしまった。
「い、いえ……その……」
鹿島はチラリと、寮の方を見た。
視線の先――いつものメンバーが、こちらの様子を窺っていた。
「実は皆さんが、お化粧とか、お洋服選びをしてくださって……。思いのほか、時間がかかっちゃって……」
詳しくは語られなかったが、容易に想像できた。
ああでもないこうでもないと、皆が言い争っている姿を……。
「それは大変だったな」
「いえ……皆さん、頑張ってくれましたから……」
そう言うと、鹿島はチラリと、俺を見つめた。
これは確か……。
「……あぁ、そのようだな。とても綺麗だぜ、鹿島」
容姿の感想を求められている……んだよな?
『女が意味もなく視線を送ってくるときは、何か見て欲しいっていうか、察して欲しい何かがある時だ。例えば――』
「そ、そうですか……? えへへ……。提督さんも、とっても素敵な格好ですね」
そういや、さっきの敷波も――いやはや、難しいものだな……。
「提督さん?」
「あぁ……悪い……。それじゃあ……」
「あ……は、はい……。今日は……その……よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくな」
皆に見送られながら、俺たちのデートが始まった。
とりあえず、海沿いを歩くことにした。
実は、どこに行くのかは決まっていない。
尤も、この島で行くところなんてのは――。
「本土であれば、好きなところにでも連れて行ってやったんだが……」
「この島で十分です。今日一日、提督さんをひとり占めできるなんて、これほどの贅沢はありません」
「大げさだな」
「そうでもありません。提督さんは人気者ですから。さっきのお化粧の時だって、皆さん、言っていましたよ。『ひとり占めできるなんて羨ましい』って」
言っているのは、一部の艦娘なんだろうけれどな。
「それでも皆さん、今回のデートを応援してくれました。せっかくなんだから、目一杯オシャレしなきゃって、お化粧も、お洋服も、皆さんが用意してくれたんですよ」
「なら、絶対にいい思い出にしないと、あいつらにも悪いって事か。これは中々のプレッシャーだ」
「うふふ、いい思い出になるかどうかは、私がどう思うか次第ですから、今日はたくさん、鹿島を満足させてくださいね?」
「……努力するよ」
こりゃ、敷波が来てくれてよかったぜ。
そうでなかったら、今頃――敷波は、分かっていたんだろうな。
たわいもない会話をしながら、ゆっくりと島を巡る。
デートと呼ぶには、あまりにも――それでも、鹿島は退屈せず、会話を楽しんでくれているようであった。
「うふふっ、楽しい。こんなに提督さんとお話ししたの、あの時以来ですね」
「あの時?」
「お互いに、秘密を打ち明けた時の事ですよ」
鹿島と初めて向き合うことが出来た、『あの場所』での事か。
「そう言えばそうだったか。あれから、お前のおかげで、たくさんの駆逐艦たちと交流できるようになったんだよな。それもあって、こうして話し合うことも出来ていなかったんだよな」
そう返してやると、鹿島は急に黙り込んでしまった。
「鹿島?」
「……あの時の事を思うと、私、提督さんに迷惑ばかりかけているなって」
「迷惑って……」
「今日のデートだって、提督さんの秘密は、別に私だけのものじゃないのに……それを出汁にして、無理やり約束させて……」
鹿島は俯くと、歩みをとめた。
「どうしたんだ? 急にそんな事……」
「……ここ最近の私は、ちょっと――いえ、すごく舞い上がっていました。自分が背負っている罪も……忘れていました……」
「それだけ、楽しめるようになったって事なんじゃないか? いい事だと思うがな」
「でも……」
鹿島は、自分の胸に手をあてた。
まるで、祈るようにして――。
「八百万豪の事を想うと、自分が幸せであることは罪であると?」
鹿島は何も言わなかった。
「そんな事、八百万豪は望んでないと思うけどな。むしろ、お前の事が好きだったんだ。幸せであることを願っているんじゃないか?」
そんな事は、鹿島も分かっている。
分かっているからこそ、苦しんでいるのだ。
それでも――。
「それは、俺も同じだ。迷惑なんかじゃない。むしろ、それがお前の幸せであるのなら、出来る限り叶えてやりたいと思っている。苦しみを共有するとは言ったが、それだけじゃない。お前の幸福は、俺の幸福でもある。それもまた、共有すべきことの一つだ」
「提督さん……」
「それに鹿島。デートで他の男の事を想ったり話したりするのは、いかがなものかと思うが?」
そう言って、俺はわざとらしく目を細めた。
鹿島は少し驚いた後、小さく笑い、唇を尖らせた。
「……提督さんだって、いつも陸奥さん達にデレデレしてるじゃないですか?」
その反撃に、俺は思わず閉口してしまった。
一瞬の沈黙。
「……ぷっ、うふふふ」
「フッ……ははは」
まるで、緊張が解けたかのように、お互い笑みがこぼれた。
「そうさ。今は俺とデートしているんだから、他の男の話は無しだぜ」
「そうでしたね。ごめんなさい」
鹿島は頭を下げると、俺に近づき、手を取った。
「ありがとうございます、提督さん。本当、私、提督さんの事――」
鹿島はそれ以上を言うことはなかった。
「そうだ。せっかくだし、『あの場所』に行こうか。ちょうど昼時だし、飯もそこで」
「いいですね! 行きましょう! えへへ」
鹿島はいったん手を離すと、指を絡める様に握りなおし、俺の手を引いた。
快晴の中で、彼女の表情は、何よりも輝いて見えた。
嗚呼、この感覚は――。
それから俺たちは、『あの場所』で、鹿島が作って来てくれた弁当を食べた。
「美味いよ」
「良かった。本当は、サンドイッチのような洋食が良かったのですが……。この島の食材だと、どうしても和食寄りになってしまって……」
「いいじゃないか。俺は和食、好きだぜ」
「本当ですか? えへへ、じゃあ、たくさん練習しないと」
そう言うと、鹿島はニコッと笑って見せた。
その笑顔に、思わずドキッとする。
「えへへ……」
飯を食っている間にも、終始見つめる鹿島。
「そんなに見られては、食べにくいぜ」
「あ、ごめんなさい。その……嬉しくて……」
「嬉しい?」
「提督さんが、鹿島の作ったものを美味しそうに食べてくれていることが。もし、恋人が出来たら、こんな感じなのかなって」
恋人……か……。
「……提督さんは、その……全ての艦娘を島から出したら、どうされる予定なんですか?」
「どうされる……ってのは?」
「お仕事の事もそうですけど……恋人とか……つくらないのかなって……」
最近、その事をよく考える。
特に、本土に居た十日間で、俺は――。
「提督さん?」
「……どうかな。その時にならないと、分からない。とにかく今は、目の前の仕事に集中するだけだ」
「そうですか……」
鹿島はおにぎりを手に取ると、口をつけず、ただじっと見つめた。
「もし……」
「?」
「もし……艦娘の人化が出来なかったら……提督さんは、いつ島を出ようと思っているのですか……?」
「え?」
「提督さんだって、分かっているはずです……。この島の艦娘達の人化は、一筋縄ではいきません……。佐久間さんですら、十年かけても、島の艦娘全員を信用させるに至りませんでした……。私達艦娘には時間がありますけど、提督さんはそうじゃない……。どれくらいの時間をかけて、全ての艦娘を人化しようと思っているのかなって……。それを過ぎたら、提督さんは――それまで、あとどれくらいなのかなって……」
鹿島が何を心配しているのか、俺には何となくわかっていた。
「タイムリミットはない。俺は一生を、この仕事に捧げるつもりだ」
「では……」
「あるとすれば、寿命だな。もしくは事故。いずれにせよ、この島に艦娘がいる限り、俺は諦めないつもりだ。だから、安心して欲しい」
鹿島はおそらく、自分が島を出ることが出来るまで、俺が島に居てくれるのか不安に思っていたのだろう。
そう――なのではないかと考えていたが、どうやら違う様で、鹿島はもじもじしながら、膝を抱えた。
「でも……やっぱり、幸せな姿を見せることも大事だと思うんです。時間をかけても説得できないようなら、自らの幸せをアピールするのもありなんじゃないかなって……思うのですけれど……」
「どういうことだ?」
鹿島は顔を真っ赤にすると、小さな声で言った。
「もし……全ての艦娘を人化出来ないと諦めることがあったら……鹿島を……娶ってくれませんか……?」
「え?」
鹿島は向き合うと、俺の目をじっと見つめた。
「ダメ……ですか……?」
俺は思わず、目を逸らしてしまった。
「……ダメなんですね」
「い、いや……! ダメという訳じゃないが……」
「では……」
「その……ちょっと待ってくれ……。急な事で動揺している……」
落ち着くように、俺は深呼吸をした。
その間、鹿島は目を離さず、俺を見ていた。
「まあ……なんだ……。気を遣って言ってくれているのだろうけれど……」
「気なんか遣っていません……。鹿島は……本気です……」
「……俺の事が、好きなのか?」
鹿島は顔を伏せると、小さく頷いた。
「……提督さんだって、鹿島の気持ちに気が付いていたんじゃないですか?」
図星。
「いや……まあ……。デートして欲しいってくらいだからな……」
「それを受けてくれた提督さんの気持ちは……どうなんですか……?」
俺の反応を確かめる様に、鹿島は再び俺を見つめた。
「俺の気持ちは……その……」
ふと、何故か、夕張の顔が頭に浮かんだ。
そしてそれが、俺の緊張を――男としての本能を抑えてくれた。
「……素直に嬉しいと思っているよ。お前が嫁だったら、どれだけ幸せか……」
「で、では……!」
「けど……約束はできない……。それは、好きだとか嫌いだとかではなく、俺がこの仕事に対して、それだけ本気だという事だ」
鹿島の顔を見ることは出来なかった。
それは、鹿島に対して申し訳ないという気持ちがあったという訳ではなく――夕張の時と違って、鹿島の誘惑に――自分の気持ちに、のまれそうになったからであった。
それほどまでに、俺は鹿島に対して――。
「お前の言う通り、一筋縄ではいかない仕事だ。それでも俺は、この命尽きるその時まで、艦娘の人化に尽力したいと思っている」
「……説得が難しかったら」
「……確かに、お前を娶って、幸せをアピールするのはありかも知れない。だがそれは、俺の幸せでなくていい」
鹿島は何か言おうとしたが、何も思いつかなかったのか、閉口した。
「俺の幸せは、お前たちの人化だ。恋も……確かに悪くないし、それに逃げてしまおうとしたこともある……。それでも俺は……」
再び、夕張の顔が浮かぶ。
その顔は、呆れた表情を浮かべていた。
そら、呆れもするわな。
夕張に言ったことと、鹿島に言ったこと。
その二つは、まるで矛盾しているのだから。
恋愛として、夕張の気持ちを蹴った。
仕事として、鹿島の気持ちを蹴った。
結局俺は――そう、俺は――この二隻から――。
「……分かりました」
鹿島は深呼吸をすると、表情をやわらげた。
「すみませんでした。変なこと言って……」
「いや……」
鹿島は自分の顔を両手で叩くと、スッと立ち上がった。
「せっかくのデートなのに、こんな顔していちゃ駄目ですよね! 仕切りなおしです!」
今度は違う形で顔が赤くなった鹿島に、俺は思わず笑ってしまった。
「そうだな。仕切りなおそう」
「はい! じゃあ、あーんからやり直しません?」
「やってないだろ……さっき……」
「やりたかったんです! ささ、あーん!」
まるで、数秒前の事なんてなかったかのように、鹿島はきっちり仕切りなおした。
気を遣わせたのか、それとも、本人が忘れたかったのかは分からない。
いずれにせよ、仕切りなおされたその笑顔に、俺の心は救われた。
昼食の後、どうしようかと話していると、鹿島が、俺の家で過ごしたいと言い出した。
「家って……。何もないぜ」
「お家デートですよ。やってみたかったんです。えへへ。それに、島を巡ったって、それこそ何もないですよ?」
「まあ、そうかもしれないが……」
鹿島はルンルン気分で、家へと歩き出した。
お家デート……か。
それは流石に、鈴木から教えてもらっていない。
想像は出来るが、それはあくまでも、島の外での話であって――ただでさえ何もない島に、何もない家があるのだ。
一体、何をすればいいのだろうか……。
家に着くと、鹿島は俺に、外で待つよう指示をした。
「しばらくしたら、戸を叩いてくださいね」
そう言うと、鹿島は戸を閉めて、鍵をかけた。
一体、何をしようというのか……。
とりあえず、戸を叩く。
「はーい」という声と共に、鹿島は戸を開いた。
「お帰りなさい、あなた。えへへ」
あぁ、そういうことか……。
「あぁ、ただいま」
「えへへ、一回やってみたかったんです。夫婦ごっこ」
「それでお家デートって訳か」
「うふふ。さ、あがってください。あなた」
続けるのか。
しかし、まあ、そういう事なら。
「俺からは、なんて呼べば?」
「普通に、『鹿島』で結構ですよ。今だけ鹿島は、雨宮鹿島です! うふふ」
雨宮鹿島……。
「提督さ……じゃなかった……あなた? どうかしましたか?」
「いや……」
イカンな……。
つい、感慨に浸ってしまった。
夫婦生活……か……。
「はい、どうぞ」
「おう、ありがとう」
鹿島は茶を渡すと、俺の隣に座った。
「『夫婦ごっこ』ですけど、それにしてはちょっと若すぎますね、私たち」
「お前の『推定年齢』がどれくらいなのかは分からんが、多く見積もっても、俺よりも若いだろうしな」
「まだまだ恋人気分の抜けない夫婦って設定でいきます?」
「具体的なのに想像がつかないぞ、その関係……」
そんな事を話していると、ふと、違和感に気が付く。
「あぁ……そうか……」
「どうしました?」
「いや、なんか違和感あると思ったら、駆逐艦がいないんだ。今日は家に遊びに来ていないのか」
「あ、それはですね……。実は、私たちのデートを邪魔しないようにと、皆さん、今日一日は外に出ないようにしてくれているんですよ」
それでさっきも、誰とも会わなかったのか……。
「徹底しているというか、あれだけ騒いでおいて、やけに協力的だな」
「この島に来る『提督さん』と艦娘がデートするときは、いつもこうなんです。尤も、ここ何十年かはありませんでしたけど……」
なるほど……。
以前、青葉から『娶りを期待する風習があった』と聞かされていたが、その文化の名残という訳か……。
「言ってしまえば、皆さん公認の関係……という訳ですよ……?」
そう言うと、鹿島はじっと、こちらを見つめた。
「えへへ……そう考えると、なんだかドキドキしますね……」
公認……してくれていない奴もいるだろうが――いや、それは自惚れってやつか……。
「今まで、たくさんの方がお嫁さんになって、この島を出て行きました。結婚式みたいなこともやったことがあるんですよ?」
「気が早いな」
「お嫁さんになってみたいって方がいまして、その夢を『提督さん』が叶えてくれたのです。海軍も協力して、衣装を用意してくれて……。とっても素敵でした……」
思い出すかのように、鹿島は目を瞑った。
「やはり憧れるか。花嫁ってのに」
「もちろんです。憧れない女の子なんていませんよ」
そういうものか。
「…………」
鹿島は黙り込むと、そっと近づき、寄り掛かるように俺の肩へ頭を預けた。
「鹿島?」
「私……何十年もこの島に居ますけど、今が一番幸せです……。私は……鹿島は……提督さんに会う為に……生まれて来たんじゃないかなって……思うくらいに……」
それはつまり、鹿島の言う幸せってのは、俺が居るから成り立つという訳か。
なんとまあ、歯の浮くような台詞だ。
「――……」
だが、そんな台詞に、俺はまんまと――。
「提督さん……」
鹿島は顔を近づけると、何かを待つかのように、目を瞑った。
「か、鹿島……」
どうすればいいのかは分かっている。
だが、それが出来るとは――。
狼狽える俺に痺れを切らしたのか、鹿島はそのまま近づき、キスをした。
「――……。抵抗……しないんですね……」
「……動けなかっただけさ」
「なら、今度は抵抗してくださいね……?」
今度はゆっくりと、鹿島の顔が近づく。
「しちゃいますよ……? キス……」
俺はハッとし、鹿島を押しのけ――。
「もう遅いです……」
俺は改めて、艦娘の力というものを思い知った。
再び――だが、先ほどとは違い、大人のキスであった。
「――……。鹿島……こういうのは、大事な人の為にだな……」
「大事な人ですよ……。提督さんは……」
「しかし……」
なおも抵抗する俺に、鹿島は膝を抱え、小さくなってしまった。
「鹿島は……提督さんの大事な人になれませんか……?」
俺は何も言えなかった。
何と言ったらいいのか、分からなかった。
いや、本当に分からないのは――。
「提督さんはこの先も、仕事をまっとうするまで、そうするおつもりですか……?」
「……あぁ。誘惑に負けそうになることもあるが、努力するつもりだ……」
「絶対に……? もし、もう自分の実力じゃ、艦娘の人化が無理だと分かったら……? せめて、一隻でもと、娶ることはしませんか……?」
その質問に、俺は一瞬、閉口してしまった。
本当に一瞬だったから、鹿島は気が付かなかったようであるが……。
「……あぁ、しない。最期まで、諦めないつもりだ……」
明石の背中が、俺にはハッキリと見えていた。
「さっきも言ったが、好き嫌いではない。それだけこの仕事に本気で『ありたいんだ』」
ついに本音が出る。
『本気でありたい』
つまり、まだ本気にはなれていない証拠。
認めたくはなかった証拠だった。
だからこそ、俺は二隻に対して、あべこべな回答をしてしまったのだ。
「提督さんは、鹿島の事が好きですか……? 異性として……意識出来ますか……?」
「だから、それは関係なくて――」
「――答えてください」
鹿島は真剣な表情で、俺を見つめていた。
「……あぁ。好きさ……。異性としても意識している……」
「…………」
「だがそれは、俺が未熟な男だからだ。現に、お前にだけではなく、俺は……」
その先は言えなかった。
言わなきゃいけないはずなのに、言えなかった。
「……よく分かりました」
「鹿島……」
「仕事に専念したいのだけれど、恋をしてしまう自分がいる。それを払いのけようとする努力が、今の提督さんには必要だ……という事ですね……?」
「あぁ……。だからこそ、お前の気持ちには――いや、俺の気持ちを抑えなければいけないんだ……」
「具体的に……どう抑えるおつもりですか……?」
「……『艦娘には恋をしない』ということを、胸に強く意識するつもりだ」
それも、半分崩れてしまっているがな。
「艦娘であるから……」
鹿島は目を瞑ると、何やら考え事を始めた。
そして、それが終わると、何やら決意した表情で、俺を見た。
「だったら……私は今すぐにでも艦娘をやめます……」
「え……?」
「それなら、提督さんは私を意識してくれますよね……?」
並々ならぬ決意のようであった。
これを払いのけるには――。
「……そこまで決意するほどか」
「はい……!」
「……分かった。だが、その前に一つ、聞いて欲しい話があるんだ……。それを聞いてもまだ、同じことが言えるか……?」
俺は、本土での十日間、山風に恋をした話を――事の顛末を包み隠さず、鹿島に話した。
「――この前は言えなかったが、俺は山風に恋をして、フラれたんだ。山風は俺を想って――仕事に専念させるために、その道を選んでくれたんだ……」
鹿島は何も言わず、俯きながら、俺の話を聞いていた。
「だからこそ、それを無下には出来ないし、お前にも同じ道を歩んで欲しくないんだ……」
「でもそれは……山風さんが引いただけですよね……? 私は……私だったら……!」
そこまで言って、鹿島は閉口した。
まるで、何かに気が付いたかのように。
そして、訂正するように、もう一度言った。
「私だったら……やっぱり、同じことをするかもしれません……。だって、私の好きな提督さんは、そういう人だから……」
何かに――誰かに同意するかのように、鹿島は頷いた。
「山風さんは、本当に提督さんが好きだったんですね……。いえ……きっと、今も……」
鹿島はしばらく黙り込んでいたが、やがて顔をあげ、決意した表情で俺を見た。
「だったら尚更、私は艦娘をやめなければいけませんね」
「え……?」
「だって、この島に居る限り、私はきっと、提督さんに娶ってもらおうとするはずです。現に、こうして無理やり、デートに誘ってしまっているわけですから」
確かにそうだが……。
「私の好きな人は、鹿島の誘惑にも負けない人……。仕事を全うするんだって――負けそうになりながらも、そう決意できる人ですから……」
「鹿島……」
「……本音を言うと、鹿島が島を出て人化したら、提督さんの気持ちも変わるかなって、思ったりしているんですけどね」
鹿島は舌を出すと、ニコッと笑って見せた。
「……策士だな」
「それでも、提督さんは仕事を全うするって、信じています。そしていつか、全ての艦娘を人化したら、きっと――」
鹿島は、縁側の向こうに広がる海を眺めた。
「……本気なんだな」
「えぇ、本気です。どうせその内、島を出ることになるのですから、早い方がいいって、前々から思ってはいたんです。けど、勇気が無くて……」
勇気……。
「香取姉や『提督さん』の事もありますし、駆逐艦の事もありましたから……。それに……」
鹿島は再び、俺を見た。
「この気持ちに……提督さんを想うこの気持ちに嘘はないって……確かめたかったんです……」
「……結論が出たんだな」
「はい」
鹿島の目は、本気であった。
「……分かった。ただ、もう一晩考えてからにしてくれ。勢いに任せているだけかもしれないから」
「はい。そうさせてもらいます」
一呼吸置くと、鹿島は再び、俺の肩に頭を預けた。
今度は、腕組みもセットで。
「でも、今はデートに集中しますね。えへへ」
切り替えの早いやつ。
だが――。
「あぁ、そうだな」
これでいい。
――というよりも、これでしかいられない。
どんな理由であれ、島を出る決意を持ったというのなら、俺からは何も言うまい。
そうさ。
それが俺の仕事なのだ。
そうだ。
――そう、割り切るしかないのだ。
夕方。
寮まで送ろうとする俺を、鹿島は止めた。
「提督さん、今日はお家に居てください」
「え? どうしてだ?」
「実は、今日の決意を皆さんに聞いて貰おうと思っているのです。もしかしたら、私と一緒に島を出ようとする駆逐艦が居るかもしれません。今後の事もありますし、結構ナイーブな話になると思いますので、提督さんにはお家にいてもらって、私たちだけで話し合おうと思っています」
「……皆に話すのか」
「私一人の問題ではありませんから」
どんな問題があるのか、鹿島が具体的に話すことはなかった。
「分かった……。今日はもう、家から出ないことにするよ」
「すみません」
「いや……」
「……今日は、ありがとうございました。デート、とっても楽しかったです! 次はきっと、島の外でデートしてくださいね?」
俺は返事をすることが出来なかった。
だが、それが正しい反応だったようで、鹿島はニコッと笑って見せた。
「あ、そうだ……」
「ん?」
「最後に……お願いしたいことがあるのですが……」
「なんだ?」
「その……ぎゅって……抱きしめてくれませんか……?」
「え?」
鹿島は恥ずかしそうに手を揉むと、顔を真っ赤にして、俺を待った。
「……あぁ、分かった」
断るなんて、出来るはずがなかった。
それだけの決意を、鹿島は――或いは、それを分かっていての――。
俺は恐る恐る、鹿島を抱きしめた。
「……こうでいいか?」
「はい……えへへ……」
しばらくそうした後、鹿島は顔をあげ、俺の頬にキスをした。
「お、おい……」
「うふふ、ごめんなさい。でも、唇じゃなければ、提督さんも誘惑には負けないかなって」
舌を出す鹿島。
そっちの方が、俺にとっては辛いものがあるけどな。
「ありがとうございました。満足です。えへへ」
「そりゃよかった」
「では、帰りますね。本当にありがとうございました。また明日」
「あぁ、また明日」
「では……」
「あぁ」
鹿島は振り返ることなく、寮の方へと帰っていった。
「…………」
一体、何と言って皆に話すのだろうか。
そもそも、鹿島は本当に――だとしたら、俺は――。
「って、馬鹿か俺は……」
去って行く鹿島の背中を、俺はいつまでもいつまでも、見続けていた。
翌朝。
敷波が起こしに来ることはなかった。
ラジオ体操も、鶏の鳴き声さえ、聞こえなかった。
「静かな朝だな……」
不気味なほどに、な……。
寮もまた、静寂に包まれていた。
朝食の時間だというのに、食堂にはまだ、誰もいなかった。
「こりゃ一体……」
「あ、提督。おはようございます」
声をかけて来たのは、鳳翔であった。
「鳳翔。おはよう」
「おはようございます。ちょうど今、朝食を持ってお伺いしようかと思っていたところです」
そう言うと、鳳翔は風呂敷包みを見せた。
「朝食を? 家にか?」
「えぇ。訳は後でお話ししますから、とりあえず寮を出ましょう」
事情が分からないまま、俺は鳳翔と家へと戻った。
「昨日、鹿島さんから島を出るのだというお話を聞きました。はい、御味噌汁です」
「ありがとう。して、どうなったんだ?」
「それはもう大騒ぎです。特に、駆逐艦なんかは――鹿島さんを説得する娘達も居て――全員を集めて、話し合いをすることになったのです。実はそれが、先ほどまで続いていて……。皆さん、今は眠っているのです」
だから誰もいなかったのか。
「お前は眠らなくていいのか?」
「えぇ。実は、昨日一日はお休みをいただいていたので、恥ずかしながら、ずっと眠って過ごしていたのです。外に出ようにも、提督と鹿島さんがデートしていますから、寝ることしかできなかったのですよ?」
鳳翔はわざとらしく頬を膨らませた。
「それはすまなかったな」
「ふふ、冗談ですよ。でも、結果として良かったです。こういう事になるのなら」
鳳翔は嬉しそうに笑うと、「いただきます」と手を合わせ、食事を始めた。
「しかし、鹿島さんが島を出る決意をするなんて、どんなペテンを使ったのです?」
「ペテンか……」
どう答えようかと考える俺の様子を見て、鳳翔はくすくすと笑った。
「恋ですか」
「……知っているじゃないか」
「提督の動揺するお顔が見たかったのです。ごめんなさい」
鳳翔は舌を出し、おどけて見せた。
「どこまで聞いている?」
「鹿島さんが提督に恋をして、それ故に島を出るのだと」
つまり、全部って事か……。
「鹿島さんが提督の事を好きだって事は知っていましたけれど、まさか、島を出るとまで言い出すなんて」
「やはり、意外に思ったか?」
「えぇ。大井さんが島を出た後、自分が駆逐艦を守るんだって、息巻いていましたから」
やはり、並々ならぬ決意だったのか。
「簡単に言ってはいましたけれど、ずっと考えていたのだと思います。こう言ってはなんですけれど、駆逐艦を守るなんて、鹿島さんでなくてもいいはずです。それに、守られなければいけないほどの敵はもういないって、本当はみんな分かっているのです。それでも――」
鳳翔は箸を置くと、何やら俯いてしまった。
「鳳翔?」
「提督は……鹿島さんの事が好きなんですか……?」
「え?」
「考えていたのです……。鹿島さんの決意について……。もし、自分が同じ決意をするのなら、何が決め手になるのかと……」
鳳翔はじっと、俺を見つめた。
「鹿島さんに告白されて、自分も好意があることを伝えたのではないのですか……?」
その瞳は、責めているというよりも、どこか――。
だからこそ――。
「……あぁ、伝えたよ」
「やはり……そうなのですね……」
鳳翔は微笑んで見せると――だが、それ以上に――。
「……分からないんだ」
「え……?」
「それでもなお……俺は鹿島の気持ちに――あいつの望むようには応えなかった……。なのに……」
鳳翔は驚いた後、険しい表情を見せた。
「……分からないのは提督です。どうして応えてあげなかったのですか……?」
「お前たちがこの島に居るからだ……。俺の仕事は、全ての艦娘を人化させること。それを果たすまでは――」
「それはいい訳です……! 鹿島さんを好きになったというのなら、一緒に島を出るべきです……! 何を恐れているのかは分かりませんが、私たちを盾にしないでください……!」
「盾になんてするものか……」
「いえ! 貴方は――」
「――あいつの決意はそんな安いもんじゃねぇんだよッ!」
思わず声が出る。
鳳翔は怯える様に、胸に手をあて、小さくなった。
「……悪い」
永い沈黙。
「……逆なんだ」
「え……?」
「気持ちに応えられない俺に対して、あいつは、仕事をまっとうしようとする俺が好きなのだと言って、背中を押してくれた……。あいつの気持ちに応えることも出来た……。あいつもそれが分かっていたはずだ。それでも……あいつは……」
俺の言っている意味が分かったのか、鳳翔は俯いてしまった。
「……それほどまでに、提督の事を想っているのですね。鹿島さんは……」
「……だからこそ、分からんのだ。俺は、そんな決意が出来るほどに、誰かを好きになったことはない……」
山風と鹿島。
『二人』の気持ちに対して、俺は本気になれなかった。
本気であれば、今頃――。
「私……正直なところ、鹿島さんがそこまでの決意を持っているなんて、思ってもみませんでした……。恋に流されているだけなんじゃないかって……」
「そうであったのなら、俺は本気で止めていたさ……」
もうすっかり冷えた味噌汁を口に運ぶ。
「……冷えても美味いな」
そう言って微笑んで見せると、鳳翔は安心したのか、優しく微笑み返した。
「ありがとうございます」
再び朝食に手を付ける俺たち。
「提督」
「なんだ?」
「私も、本気になろうと思います。鹿島さんの様に」
「島を出るということか?」
「いえ」
鳳翔は箸をおくと、俺に近づき――。
――同じものを食べているはずなのに、口の中に残る味は、少し違っていた。
「――鹿島さんがそのように貴方への愛を示すのなら、私はこうします」
「……俺は艦娘に恋はしないと誓ったんだぜ」
「本気にさせるだけの艦娘が居なかっただけです。私は、諦めませんから」
そう言った数秒後、自分のしたことに気が付いたのか、鳳翔は顔を赤らめると、飯もそっちのけで家を出て行ってしまった。
「…………」
ふと、鳳翔の器に、口紅の跡を見つけた。
「鳳翔……お前……」
皆が起き出したのは、お昼直前の事であった。
「失礼します」
最初に執務室を訪ねて来たのは、大淀であった。
「寝坊だぜ」
「すみません。実は……」
「あぁ、鳳翔から聞いているよ。鹿島の件だろ?」
大淀は真剣な表情を見せると、小さく頷いた。
「……流石ですね。たった一回のデートで、鹿島さんに決意を持たせるなんて。佐久間さんでも、そこまでは――。少し、貴方が怖いくらいです」
「俺ではない。あいつの決意が――あいつの想いが並外れているんだ。俺には抱えきれないほどにな……」
俯く俺に、大淀は何かを察したのか、空気を変える様に微笑んで見せた。
「とにかく、鹿島さんの決意は、今後大きな波紋を呼ぶはずです。鹿島さんの跡を追う娘たちもいるでしょうし、そうでなくとも、人化を考えるきっかけになるはずです」
「……そうだな」
そうだ。
今はとにかく、喜ぶべきだ。
大淀が言うように、、大きな波紋を呼ぶことになるのは間違いないのだ。
やっと成果が出て来たのだ。
今は――とにかく――。
「提督!」
ノックもせずに現れたのは、明石であった。
「明石、ノックくらいしなさい?」
「あ、ごめん……。そ、それよりも!」
「鹿島の事だろ? 今、大淀と話していたところだ」
「それもありますけど……! 違うんですよ! 皐月ちゃんと卯月ちゃんが……!」
食堂へ向かうと、皆が皐月と卯月を囲っていた。
「あ、司令官!」
皐月と卯月は俺を見つけると、傍へと駆け寄って来た。
跡を追うように、鹿島も。
「皐月……卯月……。お前ら……」
「うん。もう聞いた?」
「……あぁ。明石からな……。本気なのか……?」
「えへへ」
皐月と卯月は、互いに顔を見合わせ、大きく頷いた。
「うん。本気さ。ボクたちは――」
「――鹿島さんと一緒に、島を出ることにしたぴょん」
皆がざわつく。
鹿島に目を向けると、首を横に振って、俺の疑問に答えてくれた。
「けど……どうして……?」
「昔から決めていたんだ。鹿島さんが島を出ることになったら、ボクたちも一緒に出ようねって。ね、卯月」
「うん!」
俺は、唖然としていた。
そんな理由で島を出る決意をしたと言うのか……。
「提督」
大淀が、俺の肩に手を置いた。
その意味が、俺には分かっていた。
「――そうか。よく決意してくれたな。お前たち」
二隻の頭を撫でてやる。
これが正解なんだろ?
大淀。
「でもね……その前に、司令官にお願いがあるんだぴょん……」
「お願い?」
「うん……。皐月……」
卯月はバトンタッチをするように、皐月を見た。
「実はもう一人……連れて行きたいのがいるんだけど……。中々手ごわくってね……」
「その、もう一人……ってのは……」
「もっちーだぴょん……」
「もっちー?」
「望月さんの事です」
望月だからもっちー……か。
確か、寮に居る時は、いつも三隻がセットで――だが、俺はまだ一度も絡んだことがなかった。
「昨日……というか、今日なんだけど、ボクと卯月、もっちーの三人で話したんだ。鹿島さんと一緒に、島を出ようって……」
「でも……もっちーは行かないって……。うーちゃん達は、三人で一つだぴょん……。鹿島さんと一緒に島を出たいけど……もっちーが一緒じゃないと嫌だぴょん……」
なるほどな……。
「つまり、俺に望月を説得してほしいと……?」
二隻は頷くと、俯いてしまった。
「提督さん……」
「鹿島……」
「私からもお願いします……。望月さんが島を出る決意をするまで、私も島に残って協力しますから……」
苦い顔をしたのは、俺だけではなかった。
大淀もまた、その意味が分かっていた。
「……分かった。やってみよう」
やってみよう……ではないのだ。
やらなきゃいけないのだ。
望月を説得できなければ――。
「良かったね。二人とも!」
「「うん!」」
こいつらも――。
「厄介な事になりましたね……」
執務室に戻ると、大淀は開口一番に、俺の気持ちを代弁した。
「望月さんを説得できるかどうかはいいとして……あまり時間はかけられませんよ……」
「あぁ……。あいつらの決意が熱を持っている内に、何とか解決したいものだ……」
とは言え、全く絡んだことのない駆逐艦相手に、短期間でどこまで踏み込めるのか……。
「望月さんについては、どこまで?」
「……いつもあいつらと一緒に居て、マイペースで、めんどくさがり屋ってところくらいだ」
概ね合っているのか、大淀は頷いて見せた。
「望月さんはああ見えて、かなりのキレ者ですよ。皐月さんや卯月さんと同じように考えてはいけません」
それは何となく感じていた。
なによりも、駆逐艦特有の元気いっぱいな感じが全くなく――だからと言って、陰気な感じでもない。
どこか、傍観に徹するかのような――。
「今回の件、おそらく望月さんは、自分がキーマンであることを自覚しているはずです。そして、提督が接触してくることも、想定しているはずです」
「島を出たくないと言っているところを考えると、接触には気を遣わないといけない訳だな」
「対応を間違えれば、敵対関係に発展するかもしれません。そうなれば……」
正直、そこまで警戒するべき相手ではないと思ってはいたが……。
「……分かった。接触については、少し様子を見ることにする。もしかしたら、望月の方から接触してくるかもしれないからな」
「それが宜しいかと。私も、鹿島さん達と協力して、何かできないか考えてみます」
「悪いな」
「いえ」
ふと、大淀の口元が緩んでいることに気が付いた。
「どうした? 何かおかしい事でも?」
「あ、いえ……その……」
大淀はチラリと、俺を見た。
ああ、そういう事か……。
「佐久間との思い出がよみがえったか?」
大淀は驚いた後、小さく頷いた。
「そうか……」
「すみません……」
「いや……。しかし……そうだよな……。お前は人化に協力的だったと聞く。こんな話も、したはずだよな」
大淀は何も言わず、恥ずかしそうに手を揉んだ。
「これから嫌でも似たような経験が出来るぜ。もっと喜んだらどうなんだよ?」
揶揄うように言ってやると、大淀は安心したように小さく笑った。
「提督はそれでいいのですか?」
「あぁ。その方が、お前もやる気になるだろうしな」
「少し前まではシリアスな顔になっていたくせに、現金な方ですね」
「お互い様だろう」
「ふふ、確かに」
大淀は一呼吸置くと、優しい表情で俺に向き合った。
「これは大きな一歩だ。佐久間肇がそうだったように――お前に初めて会った時に伝えた――艦娘の人化には……俺には、お前が必要だ。これからも頼んだぜ、大淀」
「はい!」
大淀はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
大淀、お前は俺に佐久間を見ているようだが、俺もまた、佐久間が見ていたお前を見ている。
きっと、この笑顔も、また――。
「『俺にはお前が必要』……かぁ。提督の事が好きな艦娘に聞かれたら、誤解されそう」
「……これ以上、話をややこしくしないでくれよな」
それから数日。
望月との直接的な接触は避け、動向を窺った。
だが、目立った動きはなく――それどころか、まるで何事も無かったかのように、皆も同じように、日常を取り戻していったのだった。
「思えば、ここの連中は切り替えの早い奴らばかりだったな……」
「皐月さんと卯月さんの決意に揺ぎは無いようですが……それもいつまで続くか……」
これ以上様子を窺ったところで、進展はないのではないかという意見も出始めていた。
ここはあえて、接触を試みるべきなのかもしれない。
しかし、失敗すれば……。
結論が出ないまま、本土へ戻る日がやって来た。
「デートはどうだったんだ? 慎二」
「あぁ、おかげさまで上手くいったよ。助かったぜ」
「そりゃ何よりだ。八割方テキトーな事を言ったもんで、心配だったんだ」
「おい」
「冗談だよ」
鈴木はカラカラ笑うと、船を急がせた。
「何をそんなに急いでいるんだ? この前のようにゆっくり行ったらいい」
「いいんだよ。これで」
鈴木はわざとらしく、さらにスピードをあげた。
「あとで俺に感謝することになる。お礼は、缶コーヒーでいいぜ。慎二」
鈴木の言っている意味が分からず――まあ、昔から何を言っているのか分からない奴だったから、俺は考えることをやめた。
本土に着き、報告を済ますと、何やら病棟の方へ向かうよう指示があった。
「また検査か?」
受付へと向かい、声をかける。
「すみません」
「はーい」
返事の声に、聞き覚えがあった。
やがて、声の主が、受付へとやって来た。
その姿を見た瞬間、俺は――。
「今日はどうされましたか? なーんて、えへへ。久しぶり。雨宮君」
真っ新な白衣に包まれた山風が、そこに立っていた。
「えへへ、びっくりしたでしょ?」
廊下を歩きながら、山風はそう言った。
「びっくりなんてもんじゃない。俺はてっきり……」
そこまで言って、俺は閉口した。
「実はね、正式にここへ配属になったの。研修じゃないよ? 正式に、だよ?」
「そうだったのか。おめでとう」
「えへへ、ありがと」
俺は……正直、いっぱいいっぱいであった。
この前フラれてから、山風とは一度も会っていない。
もう一度会えるなんて思ってもみなかったし、会ったとしても、こうして普通に話せるとは……。
「聞きたいこと、たくさんあるでしょ」
まるで俺の心を読んだかのように、山風はそう言った。
「色々あったけど、あたしはやっぱり、雨宮君の事が好きなんだ。それはもちろん、異性としてでもあるけれど、それ以上に、友達として、雨宮君の事が好きなの。それだけだよ」
その言葉に含まれた意味は、俺と山風にしか分からないであろうものであった。
無論、その事を分かっているからこそ、山風は――。
「そうか……」
俺はそれ以上、聞くことをしなかった。
そうであるべきだと、俺たちは分かっていた。
山風は、ある病室の扉の前で足を止めた。
「サプライズだよ」
「サプライズ? お前と再会できたこと以上のサプライズがあるのか?」
揶揄うように言ってやると、山風は嬉しそうに笑って見せた。
「うん。あるよ。開けてみて」
俺は躊躇う事もせず、扉を開けた。
山風との再会以上のサプライズなんて、大したことがないと思っていたから――しかし――。
「あ……」
潮風が体を叩く。
白いカーテンが風に舞い、病室にいる誰かを隠した。
だが、その正体に、俺はすぐに気が付いた。
「大井……!」
駆け寄り、カーテンを退ける。
大井は俺の顔を見ると、優しく微笑んで見せた。
「大井……」
「提督」
「大井……大井……」
俺は思わず、泣いてしまった。
どうして泣いたのか、自分でもよく分からない。
「何泣いてんのよ……ばか……」
大井は笑っていたが、その頬には、涙が伝っていた。
「すまん……取り乱した……」
山風はハンカチを取り出すと、俺の涙を拭いた。
手術中に先生の汗を拭く、助手の様に……。
「びっくりさせようと思ったのに、こっちが驚かされたわ」
なるほど……。
鈴木が言っていたのは、こっちの事であったか。
「人化は無事成功したわ。これで晴れて、私も人間だわ」
「そうか……」
感慨深過ぎて、それしか返事が出来なかった。
「大井さんはしばらく、検査の為に入院するの。あたしがここに配属になったのは、大井さんの面倒を見る為でもあるんだ」
そういう事か。
俺はてっきり――。
「山風。ちょっと提督と話があるから、外してもらってもいいかしら?」
「分かりました。じゃあ、後はよろしくね、雨宮君」
「あぁ」
山風が出て行くと、大井はベッドから起き上がった。
「起きて大丈夫なのか?」
「えぇ。別に、悪い所もないのよ。まだ病室を出る許可が出ていないから、寝ることしかできなくて」
退屈だとでも言うように、大井は欠伸をして見せた。
「元気そうで良かったわ。最後に会った時は、なんだか死にそうな感じだったから」
「そうかもしれないな……」
「島に戻ったんでしょ? あんたならそう決意してくれるって、信じていたわ。ありがとう、提督」
「大井……」
「……それよりも、聞いてくれる? 人化して気が付いたのだけれど、人間の体って、ほんっとに不便じゃない?」
「え?」
「例えば階段! 人化する前は全然大丈夫だったのに、ちょーっとあがっただけで疲れちゃうのよ? 力も弱くなったようだし、何よりも、生理って何なのよ!? 血は出るし、お腹痛くなるし……。最悪よ……」
最後の悩みは、俺にはちょっと分からなかった。
「人間って、本当に弱い生き物なのね。分かっていたつもりだったのだけれど、実感すると、想像以上に弱くて……」
「……後悔しているのか?」
「いいえ……。そういう話じゃないのよ。ただ……」
大井は俺を、じっと見つめた。
少しだけ、悲しそうな目であった。
「こんなにも弱いって、人間であるあんたが一番よく分かっていたはずなのに、あんたは私を恐れずに――あんなに傷つけられたのに、真っすぐ向き合ってくれたんだなって……」
「……ただ馬鹿なだけさ。危機感というものを知らないんだ。俺って奴は」
「そんな馬鹿を好きになっちゃった女もいるのよ? あまり悪く言わないで頂戴」
なんとまあクサイ台詞。
大井自身もそれが分かっているのか、ほんのりと顔が赤くなっていた。
沈黙が続く。
「……そうだ。島の皆はどうしてるの?」
話題を変える様に、大井はそう言った。
「あぁ……実は……」
俺は、大井が居なくなってからの出来事を――少し躊躇ったが、鹿島達が島を出ようとしていることも含め、事細かく話した。
「鹿島さんが……」
「だがそれには、望月を説得する必要があるんだ。しかし……」
「接触できていないんでしょう? そういう状況になったら、すぐに立場を理解するような子だものね」
望月の事をよく知っているのか、大井はすぐに、状況を理解してくれた。
「警戒しているような感じではないのだが、こう、見透かされているような……。とにかく、他の駆逐艦とは、どこか違う雰囲気があるんだ」
「確かに、他の駆逐艦とは違って、凄くしっかりしているわ。でも、所詮は子供よ。私からしてみればね」
そう言うと、大井は窓の外を眺めた。
「でも……そうなのね……。私だけじゃないんだ……。島を出ようとしているのは……」
そしてもう一度、俺を見つめた。
「あんたって……本当……」
そこまで言って、大井は閉口した。
「大井……?」
「……私にいい考えがあるわ」
「え?」
「望月との接触について、よ。このまま普通にあんたから接触しても、警戒されるだけ。だったら、望月からあんたに接触すればいい。そうでしょう?」
「いや……そうなのだが……。そんな方法、あるのか?」
「えぇ。成功するか分からないけれどね。なんせ、十数年前の話だから……」
「十数年前……?」
「とりあえず、時間と協力者が必要だわ。少しだけ待っていてちょうだい」
「俺はどうすればいい? というか、何をしようとしているんだ?」
「あんたはこれまで通り、島に居ればいいわ。何をしようとしているのかは、秘密」
「秘密? どうして?」
「だって、言ってしまったら、私抜きで動こうとするでしょう? それだと困るのよ。だって」
大井はニンマリ笑うと、悪戯な目で俺を見つめた。
初めてみる表情であった。
「だって、私のおかげで望月との交流が図れたとなれば、それを出汁にあんたに色々できるじゃない?」
フフン、と鼻を鳴らす大井。
「……それだけの理由か?」
「他に理由がある訳?」
俺は拍子抜けして、思わず笑ってしまった。
「俺が恩知らずだったらどうするんだよ?」
「そういう男じゃないって、私が一番、よく分かっているわ」
その返しには、流石に言葉が無かった。
「色々って、何をする気だよ?」
「質問の多い男ね……。でもまあ、そうね……」
大井は考える様に、天井を仰いだ。
「じゃあ、こういうのはどう? 作戦が成功したら、私とデートしなさいよ」
「デート……?」
「作戦が成功する頃には、ここの敷地くらいまでなら歩けるようになるだろうし、人化して初めてのデートは、やっぱりあんたとがいいわ」
またデートか……。
どうしてこうも、艦娘ってのは――いや、もう艦娘ではないのか。
「約束してくれないのなら、協力はしない。どう?」
なんて強引な奴……。
だが……。
「あぁ、分かったよ。デートだな?」
俺の返事に、大井は何故か、目を細めた。
「なんか余裕って感じね……。もっと過激な要求にしようかしら?」
「お、おいおい……」
焦る俺に、大井は満足気であった。
「冗談よ。デートでいいわ。むしろ、デートがいいわ」
「じゃあ……」
「契約成立ね。約束破ったら、殺すから」
笑顔で言ってはいるが、大井の事を知っているからこそ、本当に恐怖を感じた。
「失礼します」
ノックと共に、山風が入って来た。
「雨宮君、そろそろ……」
「もう時間か。あっという間だったな」
「えぇ。でも、いい時間だったわ。作戦の件は任せて頂戴。来週、また顔を出しなさいよ?」
「あぁ、分かったよ」
「じゃあね、提督」
「ほら、コーヒーだ」
船に乗り込み、鈴木に缶コーヒーを渡した。
「な? 感謝することになったろ?」
「ったく……下手なサプライズしやがって……」
「どうだった? 山風との再会は」
「え? 大井との再会がサプライズじゃなかったのか?」
「え? 大井と会ったのか? 人化して、まだ誰とも面会できないって話だったが……」
「え?」
「え?」
島に戻ると、鹿島と皐月、卯月が出迎えてくれた。
「提督さん……」
何やら表情を曇らせている三隻。
「何かあったのか?」
「うん……。実は……さっき、もっちーを説得しようとしたんだけど……」
「いい加減にしろって……怒られちゃって……。喧嘩になっちゃったんだぴょん……」
喧嘩……。
「ごめんね司令官……。ボクたち……余計な事しちゃった……」
そう言うと、駆逐艦二隻は泣き出してしまった。
「お前たち……。そうか……。俺の方こそごめんな……。俺が不甲斐無いばかりに……辛い思いをさせてしまったな……」
本当にその通りだ。
俺が不甲斐無いばかりに……。
「提督さん……」
「……今日はもう遅い。鹿島、こいつらを頼む……」
「は、はい……」
二隻を連れ、鹿島は寮へと戻っていった。
「はぁ……」
悪い事させちまったな……。
敵対しようが何をしようが、もっと早く、俺が望月に接触していれば……。
鹿島達が島を出る事を天秤にかけて、慎重になり過ぎたんだ……。
「…………」
今更遅いが――大井を頼って待つよりも、明日にでも望月に接触しよう……。
そんな俺の決意を見透かしてか、翌日の早朝、再び鈴木がやって来た。
「鈴木。どうした、こんな朝早くから……」
「山風に頼まれたんだ。これをお前に渡してくれってよ」
そう言って、鈴木は紙袋を俺に渡した。
「山風からの伝言だ。『大井さんから頼まれたものだよ。とりあえず、すぐに用意できたものだけ渡しておくね』だとよ。なんだよ? 大井から頼まれたものって」
「いや……俺にも分からんのだ……」
紙袋の中には、何やら変な小型の機械と、大井からの手紙が入っていた。
「なんだ、こりゃ……?」
「お! おめぇこりゃ!」
鈴木は変な機械を手に取ると、スイッチを入れ、起動させた。
「懐かしいな。しかし、どうしてこんなもんを?」
俺は大井の手紙に目を通した。
そこには、作戦の全容と、俺が下手な真似をしないよう、すぐに山風に手配させたという旨が書いてあった。
「なんでも見透かしてるって訳か……」
俺が手紙を読んでいる間、鈴木は機械に夢中になっていた。
「おい、いつまでやっているんだ?」
「あぁ、悪い悪い。しかしお前、これが何なのか知らないのか」
「あぁ……手紙を読んで、初めてそれの正体を知った」
「お前、こういうのに疎いもんな……。けど、どうしてそれをこの島に?」
「ちょっとな……。そうだ鈴木。まだ時間があるようなら、これの使い方を教えてくれないか?」
「あぁ、構わねぇけど……」
それから朝食の時間まで、俺は鈴木に機械の操作方法を教えて貰った。
「ごちそうさまでした」
朝食を済ませると、皆はいつものように、それぞれの時間を過ごし始めた。
「も、もっちー……!」
皐月と卯月が、望月を呼び止めた。
「……なんだよ?」
どこかめんどくさそうに返事をする望月。
「あの……昨日はごめんね……。ボクたち……その……」
「……あー、もういいよ。別に、もう怒って無いしさー……」
「で、でも……」
「喧嘩しっぱなしってのも面倒だしさー……。ごめんって思っているのなら、あたしを説得すんのはもうやめとけ。あたしはこのままでいいんだ。島の外に出るとか、マジめんどくせぇーって感じだし」
望月の言葉に、二隻は何も言えないでいるようであった。
よし……今だ……。
「あーっ!」
声をあげたのは、山城の食器を返しに来た夕張であった。
誰かが反応してくれるとは思っていたが、ここまでとは……。
「提督! それ!」
皆が俺を見る。
そして、俺の持っている機械を見つけると、駆け寄って来た。
「そ、それは……!」
まだ交流のない駆逐艦も、その機械に目を奪われていた。
「知っているのか。夕張」
「あったりまえじゃない! うわぁ! 懐かしい!」
「そういや、以前、島に持ち込んだ奴がいたんだってな」
「そうそう! まだあったのね! この『ゲーム機』!」
『ゲーム機』という言葉を耳にした望月の反応を、俺は見逃さなかった。
残り――29隻
――続く