不死鳥たちの航跡   作:雨守学

15 / 35
第15話

この時を、どれだけ夢に見た事か。

もう二度と会えないのだと、何度諦めた事か。

たった十五年だと、他人は笑うかもしれない。

けれど、あたしにとっては――あたしたちにとっては――。

 

「――大井っち」

 

振り向く彼女の表情は――。

 

「あの頃と変わりない」

 

そう言って驚いたのは、あたしじゃなかった。

 

「そお?」

 

「えぇ、昔のまま、とても綺麗で、とても可愛らしいですよ。北上さん」

 

たった十五年。

たった十五年だったんだなって、思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

本土に戻ると、山風が出迎えてくれた。

 

「そっか。じゃあ、上手くいったんだね」

 

「あぁ、山風のお陰だよ。ありがとう」

 

「ううん。お礼なら大井さんに言って。提案してくれたのは、大井さんだから」

 

「あぁ、後で言っておくよ。しかし、山風が元プロゲーマーだったとは、驚いたよ」

 

「あたしもだよ。てっきり、雨宮君は知っているものだと……。幻滅した……?」

 

「いや。意外には思ったけれどね」

 

そんな事を話している内に、大井の部屋へとたどり着いた。

 

「大井さん、今日の夕方で、ここを出ることになったの」

 

「そうなのか。次はどこへ?」

 

「本部の寮に住むの。あたしも、今はそこに暮らしているんだよ?」

 

そう言えば、そんなところあったな。

 

「ねぇ、雨宮君」

 

「ん?」

 

「後で、うちに来ない?」

 

「え……?」

 

思わずドキッとしてしまう。

 

「望月ちゃんとゲーム対決するんでしょ? あたしが鍛えてあげる」

 

あぁ、なんだ。

そういうことか……。

って、何をホッとしているんだ俺は……。

 

「そりゃありがたいけど、仕事があるんじゃないのか?」

 

「今日は午後半休なの。だから、雨宮君さえよければ……なんだけど……」

 

山風は様子を窺うように、上目遣いで、じっと俺を見つめた。

 

「あぁ、ありがとう。じゃあ、お願いしてもいいかな?」

 

「うん! じゃあ、準備して待ってるからね! 絶対来てよ?」

 

「あぁ」

 

「じゃあ、あたしは準備があるから。また後でね! えへへ」

 

小走りで去って行く山風。

準備って、一体なんの準備なのだろうか。

 

「フッ……」

 

思わず笑みがこぼれる。

こんな顔で会ったら、大井の奴、からかってくるだろうな。

 

「……よし」

 

表情を戻し、俺は部屋の扉をノックした。

「どうぞ」と返事をしたのは、大井ではなかった。

この声は……。

扉を開けると、そこには――。

 

「お、雨宮君じゃん。おひさー」

 

「北上」

 

――と、名前を呼んだ瞬間、大井の表情が一瞬曇った。

 

「来ていたのか」

 

「うん。昨日、連絡を受けたんだ。大井っちが帰ってきて、しかも、人化したって……」

 

そうか。

北上は知らされていなかったんだな。

 

「大井っちから色々聞いたよ。言わなきゃいけない事とかたくさんあるけれど、それは後にしようと思う。あたしはカフェにいるから、後で来てね。じゃあ、また来るね。大井っち」

 

「はい、また」

 

北上を見送り、俺は椅子に座った。

 

「さて……北上との再会は、どうだった?」

 

そう訊いてやると、大井は不機嫌そうな表情を見せた。

 

「どうした?」

 

「あんた……北上さんの事、北上って呼び捨てにするの……やめてくれない?」

 

「あぁ……。あれは、北上の方から提案してきたんだよ。俺は最初、ちゃんと敬語だったし、「北上さん」って呼んでいたんだぜ?」

 

「だからってあんた……」

 

大井は何やら大きくため息をつくと、窓の外を眺めた。

 

「話は変わるが、お前のお陰で、望月と交流できた。ありがとな」

 

「そう。でも、まだ解決していないんじゃないかしら? 違う?」

 

そう言うと、大井は俺の目をじっと見つめた。

 

「……流石だな。鋭いぜ、お前」

 

「目を見れば分かるわ。あんたの目、あいつにそっくりなんだもの」

 

親父の事か。

 

「……で? どんな問題があるってのよ?」

 

「あぁ、実は――」

 

俺は、島であったこと全てを大井に話した。

 

「なるほどね……」

 

「ゲームに関しては、とりあえず山風に鍛えてもらう事になった。あいつ、元プロゲーマーらしくてさ」

 

「そう……。って言うか、あんたって本当に馬鹿ね。望月がいいって言っているんだから、素直に追い詰めたら良かったのよ。あんたなら朝飯前でしょう?」

 

「まあ、そういうけどさ……」

 

「はぁ……。そういう甘いところも、本当にあいつそっくりだわ……」

 

「はは……」

 

大井はもう一度ため息をつくと、呆れた顔で俺を見つめた。

 

「でも……それでも出来ちゃうんだから、あんたって本当に……」

 

「本当に?」

 

「……ううん。はぁ~……じゃあ、デートはお預けってことね……。残念だわ」

 

「フッ……そんなに楽しみにしてくれていたのか?」

 

「まあね……。この前なんか、デートする夢を見ちゃったわ……。って言うか、あんたは楽しみじゃないわけ?」

 

「楽しみだよ。だから頑張ってるところもあるんだぜ?」

 

「本当かしら……。なんか嘘くさいし……余裕があってムカつく……」

 

拗ねるように、大井は唇を尖らせた。

 

「そういや、今日でここを出るんだってな」

 

「えぇ。寮に行くの。まだ本部の敷地からは出られないけれど、少し自由になるのかな」

 

人化した艦娘が社会に出るまでには、乗り越えなければならない壁がたくさんある。

『高等学校卒業程度認定試験』の合格。

『社会適応試験』の合格。

その他、健康面やメンタルチェック、試験合格のための座学や実技――等々、永い時間がかかってしまうのだ。

無論、政治的な事情や世論にも大きく左右される。

 

「外に出れるようになったら、北上さんと一緒に暮らすの」

 

「北上は了承しているのか?」

 

「北上さんからの提案よ。私は、迷惑じゃないかって言ったのだけれど、是非一緒にって言ってくれて……」

 

「そうか。良かったな」

 

「えぇ……そうね……」

 

大井は嬉しそうな反面、どこか寂しそうな顔もしていた。

 

「ねぇ、提督」

 

「ん、なんだ?」

 

「もし、私が外に出ることが出来ても……私と会ってくれる……?」

 

「あぁ、もちろんだ。その頃には、島の艦娘も全員、島を出ているだろうから、外で会うことも出来るだろう」

 

「ふふ、ずいぶん強気じゃない」

 

「驕り過ぎかな」

 

「ううん。きっと、貴方ならできるわ。この私を島から出したのだもの」

 

「フッ、そうだな」

 

「そうよ」

 

大井は優しく笑うと、俺の手にそっと、自分の手を重ねた。

 

「きっとよ」

 

「あぁ、きっと会いに行くよ」

 

ほんのりと頬を赤く染めた大井の表情からは、もう寂しさは消えていた。

 

 

 

カフェにはやはり、北上しかいなかった。

人気ないよな、ここ。

 

「雨宮君」

 

「待たせたな」

 

「本当、待ったよー。コーヒー奢ってくれないと、釣り合わないかなー」

 

「分かったよ」

 

コーヒーを買い、北上に渡してやる。

 

「さんきゅー」

 

「それで、再会はどうだった? 大井から訊きそびれてしまってな」

 

「んー……当然だけどさ、変わって無かったよ。あたしの知る大井っちそのまんまだった」

 

「そうか。そりゃよかったな」

 

「うん。大井っちもさ、言ってくれたんだよね。あたしの事、昔のまんまだって……。もうおばさんだって言われてもいいくらい変わったと思っていたんだけど、案外イケるのかな? あたし」

 

北上はカラカラと笑った後、俺をじっと見つめた。

 

「ありがとね、雨宮君。大井っちを連れてきてくれて……」

 

「いや、あいつが勝手に出て来ただけだ。別に、俺は……」

 

「またまた~。謙遜しなくていいよ。大井っちから全部聞いているんだから。あたしのお礼、ちゃんと受け取って欲しいな」

 

「……分かったよ。受け取っておく」

 

「じゃあ、受け取って?」

 

そう言うと、北上は近づき、俺にそっとキスをした。

 

「ちょ……!?」

 

「二ヒヒ。あたしのファーストキスだよ。ちゃんとお礼になったかな?」

 

からかうような表情の中に、ほんのりと赤く染まった頬が見えた。

 

「……あぁ、おつりがくるくらいには」

 

「そ、なら良かった」

 

そう言って、北上は顔を逸らすように、外を眺めた。

永い沈黙が続く。

 

「……なんか言ってよ。恥ずかしいじゃん……」

 

「じゃあ……。北上」

 

「なに?」

 

「その歳でファーストキスってのは……」

 

北上は顔を真っ赤にして――少しムッとした表情で俺を見た。

 

「うるさいなぁ……。こう見えても、結構モテるんだよ……? ただ相手にしてこなかっただけで……」

 

「そうなのか」

 

「そうですよー……。それくらい貴重なファーストキスなんだから……」

 

北上はコーヒーを飲み干すと、眉をひそめた。

 

「……なんか苦くない? このコーヒー……」

 

「いつもと同じものだけれどな」

 

そう言ってやると、北上は唇を尖らせた。

 

 

 

北上と別れた後、昼食を済ませ、山風のいる寮へと向かった。

『鈴蘭寮』という名前の古い寮らしく、住民は今のところ、山風ただ一人のようであった。

 

「古い割には、綺麗な見た目をしているな」

 

外観もそうだが、内装もリニューアルされているようだ。

住んでいるのは山風一人。

大井が来るにしても、随分と大げさな……。

 

「っと……。ここで靴を脱ぐのか……」

 

島の寮と同じだな。

――あぁ、そうか。

リニューアルしたのは、これから艦娘が人化してくることを見越しての事か。

だとしたら、俺の実力も、まあまあ信頼されているって事なのかな。

 

 

 

山風の部屋は、一階にあった。

島の寮で言うところの、執務室にあたるところだ。

 

「いらっしゃい、雨宮君」

 

「お邪魔します」

 

ここが山風の部屋か。

想像通り、可愛らしい部屋をしている。

 

「散らかっててごめんね。仕事の資料とか、片付けきれなくって……」

 

「いや、凄く片付いているよ。これが散らかっているというのなら、俺の部屋はゴミ屋敷だ」

 

尤も、そのゴミ屋敷は今、艦娘のたまり場と化しているが。

ふと、机の上に目を向けると、そこには二つのグラスが置かれていた。

どちらも、中途半端に飲み物が残っている。

 

「誰か来ていたのか?」

 

「あ、そうなの……。連絡もなく遊びに来て、断ることも出来なくて……」

 

「その人は?」

 

「トイレに行ってる。ごめんね? 戻ってきたら、帰るよう説得するから……」

 

「いや、大丈夫だ。友達か?」

 

「うん。ゲーム仲間……って感じかな……」

 

「そうか。せっかく来てくれたんだし、山風さえ嫌じゃなければ、一緒にゲームしたらいいんじゃないか? 山風のゲーム仲間ってんなら、俺よりも上手いだろうし」

 

「え……でも……」

 

山風は何故か、ソワソワし始めた。

まさか……。

 

「もしかして……彼氏だったりするのか……?」

 

「う、ううん……! 違うよ……! あたし、彼氏なんて……。それに、あたしは……」

 

そこまで言って、山風は閉口した。

 

「山風?」

 

その時であった。

 

「たっだいま~。いやぁ、快便快便~っと」

 

女性の声。

 

「山さん聞いてよ~。秋雲さん、最近便秘気味で……って……」

 

声の主と目が合う。

 

「あ……お帰り……。秋雲……」

 

秋雲……。

 

「あ……うん……。や……山さん……。こちらは……?」

 

「あ……えと……」

 

山風は何故か、俺を紹介することを戸惑っているようであった。

 

「あの、秋雲って……駆逐艦の?」

 

「え……はい……そうですけど……」

 

やはりそうか。

この人が……。

 

「あ……この人が雨宮君だよ……。ほら、前に話した……」

 

秋雲は俺を見ると、何やらワナワナと体を震わせ、俯いてしまった。

 

「秋雲……?」

 

「なるほど……そういうこと……」

 

「え……?」

 

「この……」

 

「この?」

 

「この……裏切者ぉぉぉぉぉ! うぎゃあああああああああ!」

 

 

 

秋雲はしばらく暴れていたが、山風が事情を説明すると、急に落ち着きを取り戻した。

 

「フー。スッとしたぜ。おれは山さんやラビさんに比べるとチと荒っぽい性格でな。激昂してトチ狂いそうになると、泣きわめいて頭を冷静にすることにしているのだ」

 

秋雲はキリっとした表情を見せると、俺をじっと見つめた。

 

「なるほど。君が山さんの言っていたイケメン君かぁ。ふぅん……ほうほう……」

 

「あ、秋雲! 雨宮君が困惑してるから、変なことするのやめて……。ごめんね、雨宮君……」

 

「い、いや……大丈夫だ……」

 

この人が秋雲……。

話には聞いていたが、噂以上の人だ……。

 

「雨宮君……だっけ?」

 

「は、はい……。雨宮慎二です。秋雲さんの噂は、かねがね……」

 

「あぁ、いいいい。秋雲の事は、秋雲って呼び捨てにして。敬語もダメ。解釈違いだから」

 

解釈違い……?

 

「も、もう! 秋雲! もういいでしょ? 雨宮君、ゲームやろう?」

 

「あ、あぁ……そうだな」

 

ゲームを始めてからも、秋雲はジロジロと俺を見ていた。

 

 

 

「ふぅ……やっとできたぜ……。このコンボ……」

 

「やったね雨宮君。今みたいに、投げた後の10フレーム待機を常日頃から意識することが大事だよ」

 

「あ、あぁ……分かった……」

 

フレームに対する説明は受けたが、正直、フレームとか言われてもさっぱりだ……。

 

「ちょっと休憩しよっか。あたし、コーヒー淹れてくるね」

 

そう言うと、山風は部屋を出ていった。

食堂みたいなところがあったから、そこで淹れてくるのだろうか。

 

「雨宮君」

 

タイミングを見計らったかのように、秋雲が話しかけて来た。

 

「なんでし……じゃなかった。なんだ? 秋雲」

 

「そうそう。そういう感じでお願いね」

 

そういう感じとは……。

しかし、北上も敬語はやめろと言って来たが、艦娘にとって、人間の敬語ってのはおかしなことなのだろうか。

或いは、俺に敬語は似合わないのか……?

 

「雨宮君さぁ、ぶっちゃけ、山さんの事、どう思ってんの?」

 

「山風の事? どうって言われても……」

 

一度フラれています……なんて、言えないよな。

山風も、その事は秋雲に話していないようだし。

 

「女として見れる? 山さん、絶対雨宮君の事が好きって感じじゃん? 雨宮君はどうなのかなって。女の子のタイプとかあったりする?」

 

何故か距離を詰めてくる秋雲。

 

「いや……別に、山風は友達だしな……。それに俺は、全ての艦娘の人化を成すまで、そういったことは……」

 

「へぇ……じゃあさ……あ……雨宮君ってさぁ……その……童貞……だったりしたり……?」

 

「そうだが……」

 

「ふ、ふぅん……そうなんだ……。へぇ……」

 

秋雲は、何やら体をもじもじさせると、悪そうにニッと笑って見せた。

 

「か……かく言う秋雲さんも処女でね……。なんて言うかさ……この歳になって処女ってのも……アレって言うか……」

 

「……なにが言いたいんだ?」

 

「あ、雨宮君的にはさぁ……秋雲さんの事……抱いてもいいって……思えたりする……?」

 

「え?」

 

「もし……雨宮君が、好きな人とかいないならさ……あ……秋雲さんと……その……シてみない……? なんて……」

 

何を言ってるんだこいつ?

 

「い、いや……そういう事は……」

 

「秋雲さんとじゃ……嫌かな……?」

 

「そういう訳じゃないが……。い、いや……そもそも、そういう問題でもないが……。そういったことを初対面の俺に求めるのは……もっと自分を大事にした方がいいと思うぞ……」

 

「秋雲的には、雨宮君って結構タイプだし? いいと思って言っているのだけれど……。それに、何も恋人になってくれって言ってるわけじゃないんだよ? 所謂、セフレってやつ?」

 

セフレって……。

 

「雨宮君だって、別に、艦娘の人化をするまで童貞でいなきゃいけないって訳じゃないんでしょ? だったら……一回くらいは経験しておいた方がいいと思うのだけれど……。お互い、winwinって奴だし……。ね、どうよ?」

 

確かに……鈴木にも『そもそもお前、まずは童貞を捨ててみたらどうだ?』って言われたしな……。

今後の為にも、経験した方がいいのだろうか……。

 

「お、女の子と気兼ねなくヤれることなんて、そうそうない事だと思うし、ましてや、相手は処女って、貴重な体験だと思うからさぁ……。ね、雨宮君……?」

 

秋雲が距離を詰める。

さっきまでは前髪でよく見えなかったが、右目下に泣きボクロを発見した。

 

『泣きボクロって、めっちゃエロいよな~』

 

鈴木の言葉が、ふと、脳裏に浮かぶ。

エロい……。

エロい……のか……?

 

「あーっ!?」

 

叫んだのは、山風であった。

 

「ちょっと秋雲!? 何してるの!?」

 

山風は秋雲を引っぺがすと、弱そうな拳でポカポカと叩き始めた。

 

「いたた……。ご、ごめんよ山さ~ん……。つい……」

 

「つい……じゃないよ……! もう……! だから紹介したくなかったのにぃ……。雨宮君……大丈夫……? 変な事されてない?」

 

「い、いや……大丈夫だ……」

 

「秋雲ったら……いつもそうなんだから……」

 

いつもこうなのか……。

 

「ねぇねぇ山さん、雨宮君、童貞なんだって」

 

「え?」

 

「秋雲さん達も処女じゃん? だから、雨宮君の童貞、奪っちゃおうかなぁ……なんて……。いい男なのに童貞って、かなりレアだし……結構いけそうな感じだったし? 山さんも攻めてみたら?」

 

山風は顔を真っ赤にすると、再び秋雲をポカポカ叩き始めた。

 

「ITEッ! ご、ごめん山さん……!」

 

「もう……! どうして言っちゃうの……!?」

 

「あ、そっち? 秋雲はてっきり、雨宮君を奪われることに怒っているのかと……」

 

そう言われて、山風は更に顔を赤くして――さらに強めに、秋雲を叩き始めた。

 

「ばかばかばかばか……! 秋雲なんて大っ嫌い……! うぅぅ……!」

 

「いててててて!? ネタに出来ないくらい痛い! 雨宮君、救命阿!」

 

俺はハッとして、山風を止めに入った。

 

 

 

怒り慣れていないのか、山風は疲れたようで、すぐに大人しくなった。

 

「うぅぅ……」

 

「ご、ごめんね山さん……。まさか、そこまで怒るとは……」

 

「もう……! 出て行って……! 秋雲の顔なんて、二度と見たくない……!」

 

山風は膝を抱えると、フイとそっぽを向いてしまった。

 

「ありゃ~……やり過ぎちった……」

 

「秋雲、今日はもう帰ったらどうだ? 今は謝っても、許して貰えないだろう」

 

「そ、そうだねぇ……。じゃあ……秋雲さんは帰るとしま~す……。山さん、本当にごめんね……?」

 

「フンッ……」

 

やれやれ……。

 

「あ! そうだ……。雨宮君、これ、秋雲の連絡先ね。さっきの件、真剣に考えておいて……?」

 

「秋雲……!」

 

「ひぇ~! じ、じゃあね!」

 

秋雲は逃げるようにして、寮を飛び出していった。

秋雲……か……。

 

「雨宮君……?」

 

振り返ると、山風が細い目で俺を見ていた。

 

「まさかとは思うけど……」

 

「い、いや……別に俺は……秋雲とする気は……」

 

「まだ何も言ってないよ……?」

 

しまった……。

何か機嫌をなおす言葉をかけてやれればいいのだが、俺にそんな力は無いし、何を言っても逆効果になってしまう気がする……。

 

「お、俺も、そろそろ島に戻らないと……」

 

まだ早いが、ここは撤退した方がいいよな……。

 

「じゃあ……今日はありがとな……。島に戻っても、コンボの練習は続けるよ……。待機後、10フレームの感覚……」

 

立ち上がり、部屋を出ようとした時であった。

 

「雨宮君……」

 

「な、なんだ?」

 

「もし……」

 

「もし?」

 

「もし……秋雲と……その……シたくなったら……その時は……」

 

「その時は……?」

 

山風は、抱えていた膝をより小さくすると、真っ赤になった顔を隠した。

 

「山風……?」

 

「……やっぱり、なんでもない。とにかく……ダメだよ……秋雲とは……」

 

「あ、あぁ……。分かった……」

 

「それと……」

 

「それと……?」

 

「まだ……帰っちゃダメ……」

 

「え?」

 

「教えなきゃいけない事……まだ残ってる……」

 

そう言って、山風はゲームを指した。

 

「あ、あぁ……ゲームの話か……」

 

俺はてっきり――いや……うぅむ……。

 

「それとも……時間……ない……?」

 

「いや、大丈夫だ。むしろ、いいのか? そんな調子だけど……」

 

「うん……。ちょっと……トイレだけ行ってきていい……? 顔も洗いたいし……」

 

「あ、あぁ……」

 

山風は立ち上がると、フラフラした足取りで部屋を出ていった。

 

 

 

それからは時間の許す限り、ゲームの特訓を受けた。

 

「はぁ……やっと安定して技が出せるようになったぜ……」

 

「お疲れ様、雨宮君」

 

山風の機嫌は、すっかり直っていた。

 

「でも、格ゲーだけじゃないんでしょ? 対決するゲームは……」

 

「あぁ。この格闘ゲームと、パズルゲーム、レースゲームの三本勝負となる」

 

望月には、その三本で勝負することは伝えてある。

というか、その三本くらいしか、勝負できそうなゲームはなかったのだ。

 

「そっか……。パズルゲームとレースゲームは得意なの?」

 

「得意って訳じゃないが……。まあ、格ゲーよりかは簡単だと思う。それに、その手のゲームが得意そうな奴も島にいるし、そいつらに教えて貰うよ」

 

「時間があれば、あたしが教えたかったなぁ……」

 

「俺も、山風から教わりたかったよ」

 

「え?」

 

「山風以上に上手い奴は、居ないだろうしな」

 

「あ、そっち……」

 

そんな話をしている内に、時計が別れを告げる鐘を鳴らした。

 

「あ……終わっちゃった……」

 

「楽しい時間は、あっという間だったな」

 

「ね、本当……」

 

 

 

空はすっかり暗くなっていた。

 

「寒いから、見送りは良かったのに」

 

「ううん。あたしが行きたかったの。迷惑だった……?」

 

「いや、そんなことはないけど……」

 

「じゃあ、いいよね。えへへ」

 

悪戯な笑顔を見せる山風。

もこもこした服が、より一層、山風の小動物感を引き立てる。

まあ……つまり……可愛いと思ったって事だ……。

 

「もうすぐクリスマスだね。雨宮君は、島で過ごすの?」

 

「そのつもりだ。親父がいた頃には、サンタが来ていたらしいし、皆もソワソワしている」

 

「雨宮君のサンタ姿、見たかったな」

 

「場合によっては、トナカイ役かもしれんぜ」

 

「ふふ、そっちの方が見てみたいかも」

 

「おいおい……」

 

山風は小さく笑うと、何やら俯き、黙り込んでしまった。

 

「山風?」

 

「雨宮君……」

 

「なんだ?」

 

「実はあたしね……? 島を出てしばらくは、ずっと引きこもりだったの……」

 

「え?」

 

「島を出た頃のあたしは、とっても暗い性格で……。皆とも上手く馴染めなくて……引きこもってしまったの……」

 

山風は足を止めると、星空を眺めた。

 

「でも、ある日……秋雲が私のところに来てくれてね……? パソコンをプレゼントしてくれたの。ネットの世界でなら、簡単に人と馴染めるんじゃない? って……」

 

秋雲、案外いいところあるじゃないか。

 

「それから秋雲の紹介で、ネットゲームを始めたの。初心者のあたしに、皆、とっても優しく接してくれて……。あたしの現状を知って、同情してくれたり……とっても勇気を貰えたんだ……」

 

本当にそう思っているようで、山風はどこか嬉しそうに微笑んだ。

 

「皆に勇気づけられて、あたしは引きこもりを脱却することが出来たの。外に出て、プロゲーマーと認められて……。色んな人と出会って……あたしは変わることが出来たの……」

 

「そうだったのか……」

 

「そういう事もあって、あたしもいつか、誰かを救える人になりたいって思って、看護師になろうと決意したの。ゲームで稼いだお金で看護学校に入って、看護師の資格をとったんだ。そして、海軍に声をかけてもらえて、いつか帰ってくるであろう艦娘のケアをして欲しいって言われたんだ」

 

なるほど……そういう経緯があったのか……。

ちゃんとプロゲーマーを引退する理由があったんだな。

 

「そうか……。しかし、どうして急にそんな話を?」

 

「え……だ、だから……その……。ひ、引きこもりだったっていうのもあるし……プロゲーマーの世界では、そもそも……そういうのは御法度って言うか……そういうのだったし……。看護学校も……女性しかいなかったから……その……」

 

山風は恥ずかしそうに手を揉んだ。

 

「山風?」

 

「だ、だから……! あたしが……なのは……しょうがないと言うか……」

 

「え?」

 

「あ、あたしが処女なのは……その……あぅぅ……」

 

山風はしゃがみ込むと、顔を隠してしまった。

 

「……もしかして、気にしていたのか? さっきの事……」

 

「……うん。だって……幻滅したでしょ……? あたしが処女だったなんて……」

 

「え……どうして……?」

 

「だって……この歳で処女だなんて……あたしに何か問題があるとしか思われないだろうし……。ネットとかでも、処女はデメリットしかないって言われてるし……」

 

ネットにはそんなことまで書いてあんのか……。

 

「い、いや……別に……そんな事は思ってないよ。俺だって童貞だし、そんな事、考えたこともないよ」

 

「本当……?」

 

「あぁ、本当だよ。というか、そんな弁明をするために、そんな大切な話を?」

 

山風は小さく頷いた。

 

「……まあ、山風の事が知れてよかったよ。この話は、そういう事でおしまいにしよう」

 

「う、うん……そうだね……」

 

山風を立たせ、俺たちは再び歩き出した。

 

「ねぇ、雨宮君……」

 

「なんだ?」

 

「雨宮君は、どうして……その……」

 

「……その話はおしまいじゃなかったのか?」

 

「だ、だって……気になる……」

 

「……どうしてと言われてもな。単純にそういう機会が無かったし、機会を持とうともしなかったし、普通にモテなかっただけというか……」

 

「じゃあ……秋雲が機会をくれたけど……。雨宮君は……」

 

「……それを活かすつもりはないよ。出会って間もないし、秋雲も冗談で言ったんだろうしな」

 

そう言ってやると、山風は足を止めた。

 

「どうした?」

 

「じゃあ……あたしは……?」

 

「え?」

 

「あたしなら……どう……? もしあたしが……秋雲と同じこと言ったら……?」

 

山風は顔を真っ赤にして、俺をじっと見つめた。

いきなりの事に、俺は思わず固まってしまった。

 

「あたしは……いいよ……。もし……雨宮君がシたいっていうのなら……いいよ……?」

 

突如、俺の心臓は大きく跳ね上がった。

速くなる鼓動。

これは――。

 

「おーい、慎二ー!」

 

声の方を向くと、そこには鈴木がいた。

遠く、船に乗り、手を振っている。

 

「早く来いよー! 俺に残業させる気かよー!?」

 

「あ、あぁ! 悪い! 今行くよー! 悪い山風、もう行かないと……」

 

「う、うん……。ごめんね、こんな時間まで……」

 

「い、いや……こちらこそ……。今日はありがとな……」

 

「うん……。対決、頑張ってね……?」

 

「あぁ……。じゃあ……」

 

そう言って、去ろうとした時であった。

 

「雨宮君」

 

「ん……なんだ?」

 

「……またね」

 

それだけ言って、山風は小走りで寮の方へと去って行った。

 

「またね……か……」

 

少し含みのある再会の約束。

その意味が、俺には分かっていた。

分かっていたからこそ、今は純粋に、そのままの意味として、受け取ることにした。

 

 

 

島に着くころには、寮の方は真っ暗になっていた。

 

「悪いな、鈴木。こんな時間になってしまって」

 

「いや。山風といたって知っていれば、もっと遅くても良かったんだぜ?」

 

鈴木はニヤニヤと笑って見せた。

 

「……誤解が無いように言っておくが、何もないからな?」

 

「だろうな。顔を見りゃわかる。童貞特有の顔をしている」

 

俺は思わず、自分の顔を触ってしまった。

 

「ハハハ。まあ、ヤれる時にヤっとけよ? 後で後悔するぜ? んじゃ、俺は帰るぜ。じゃあな、童貞くん」

 

「あぁ、じゃあな。万年発情期野郎」

 

鈴木は中指を立てると、そのまま島を離れていった。

 

「ったく……」

 

俺はもう一度、自分の顔を触った。

童貞特有の顔って、どんなのだよ……。

 

 

 

翌日。

食堂に向かう途中、山城と目が合った。

 

「よう。今日もちゃんと出てきているんだな」

 

「えぇ……まあ……」

 

去ろうとする山城を、俺は引き留めた。

 

「……なに?」

 

「いや……まだお礼を言っていないと思ってな」

 

「お礼……?」

 

「夕張の件だ。お前、あいつの事を想って、出てきてくれたんだろ? そうじゃなきゃ、お前は今まで通り拒否するだろうしな」

 

山城はしらばっくれるように、視線を外した。

 

「それとあの時……お前が、夕張を褒めてやれって言ってくれたから、俺は苦しまずに済んだ。そっちに関しても、礼を言わせてくれ。ありがとな、山城」

 

「別に……ただ一般論を言ったまでよ……」

 

「まあ、そういう事にしておくぜ。その方が、お前の為になるだろうしな」

 

山城は露骨に、嫌そうな表情を見せた。

 

「山城さん」

 

声をかけて来たのは、夕張であった。

 

「先に来ていたのね。部屋に行ったけど、いなかった……から……」

 

夕張は俺を見つけると、山城を見た。

 

「……今ここで会っただけよ」

 

山城の細い目が、俺を見ていた。

 

「あ、あぁ……。そうだ。いきなり声をかけて、悪かったな」

 

夕張は俺をじっと見た後、山城を連れて食堂へと入っていった。

 

「フッ……」

 

思わず笑みが零れる。

一体、何の笑みなのか。

それも分からぬまま――。

 

 

 

それからいつものように、駆逐艦に揉みくちゃにされながら、家でゲームをすることになった。

 

「さて……」

 

格闘ゲームは夜やるとして、とりあえず、他のゲームを極めなければ……。

 

「陸奥さん、また一位だー!」

 

「言ったでしょ? この手のものは得意なのよ」

 

陸奥がやっていたのは、レースゲームであった。

 

「陸奥、お前、そのゲーム得意なのか?」

 

「え? えぇ、まあね」

 

三本勝負の一本にもあるこのレースゲームは、ただのカーレースゲームではなく、コース上に落ちているアイテムを拾い、それを駆使して順位を競う、少しヘンテコなゲームであった。

 

「普通のレースゲームは苦手なのだけれど、このゲームにはアイテムがあるじゃない? レースの腕だけじゃなくて、いかにアイテムで相手を翻弄するか……。そういうゲーム、得意なのよ」

 

いかに相手を翻弄するか……。

確かに、何だか得意そうだよな、お前……。

 

「陸奥、俺にそのゲームのコツを教えてくれないか?」

 

「いいけど……。どうして?」

 

「まあ、ちょっとな……。それで? まずはキャラクターから選ぶのか?」

 

「えぇ、そうなの。キャラクターには、それぞれ特徴があってね?」

 

 

 

しばらく陸奥の特訓を受けていたが、お昼の時間を迎え、皆、寮へと帰っていった。

 

「さて……」

 

「そんなプレイで、本気で勝つつもりなんだ」

 

声の方を向くと――。

 

「望月」

 

「あんたのプレイ、見ていたけれど、ありゃなんだ? コントローラーの上に猫を歩かせる方が、まだマシなプレイになるぜ?」

 

「ハハハ、面白い言い回しだな、それ」

 

「……あんた、煽られてる自覚あんのか?」

 

望月は大きくため息をついた。

 

「心配しなくても、俺は負けないよ」

 

「どっからそんな自信が湧いてくるんだ……。そんなんじゃ、いつまで経っても勝負すら出来ないじゃん……。対戦する日は、あんたが上手くなってから……なんだろ?」

 

「あぁ……。しかし、永くはやっていられない。鹿島はいいとしても、皐月と卯月の決心が揺らぐ前に、決着をつけなければならん」

 

「あの二人はここ最近、ゲームが入ってきたこともあって、遊びに夢中だ。あんたの言っている通り、時間はないだろうなぁ……。んで? あんたの見立てでは、あとどれくらいなんだ?」

 

「クリスマス前までには……って所かな……。クリスマスをやってしまうと、せっかくなら正月も~ってな具合で、延びてしまうだろうしな……」

 

「本当に時間ねーじゃん……」

 

自分で言っていて実感する。

本当に時間がない。

今までは、ぼんやりと考えていたところもあった。

しかし……そうだよな……。

 

「時間ねーのに、あのプレイってのはなぁ……」

 

「しかも、パズルゲームも、まだルールすら知らんのだ……」

 

「やったことないのに挑んだのかよ!?」

 

「あぁ……。対戦するゲーム、全部やったことがない。レースゲームも、さっきのが初めてだ」

 

望月は唖然としていた。

 

「だが、大丈夫だ。格闘ゲームは、昨日、本土でコツを教わって来た。レースゲームも、今日で何とかマスターする。パズルゲームも……まあ、誰かに教わるさ……」

 

「いや……それじゃあ間に合わねーぞ……」

 

「間に合わせるしかねぇんだよ……。というか、お前こそ、自分の心配しておけよ。俺の事なんて気にかけている暇ないんだぜ?」

 

望月は、鼻で笑って見せた。

 

「あんたなんて、片手でやっても勝てるよ」

 

「じゃあ、片手でやってくれないか?」

 

「……やるわけねーだろ。あーあ……あほらし……。心配して損したわー」

 

そう言って、望月は家を出ていった。

 

「フッ……心配してくれていたんじゃねぇか……」

 

望月、やはりお前は――。

 

 

 

お昼を済ませた後、再び陸奥にゲームの指導をお願いした。

しかし……。

 

「ダメよ。鳳翔さんに怒られちゃうわ」

 

そうだった……。

ゲームは一日一時間。

これ以上は出来ないのであった。

 

「…………」

 

鳳翔に事情を話すか……?

いや……しかし……。

 

「提督?」

 

「……いや、なんでもない。そうだよな。仕方ない。皆と遊ぶか」

 

「えぇ!」

 

実は、望月と対戦することは、まだ誰にも言っていない。

望月は、島を出たくない理由を隠している。

つまり、誰にも知られたくないという事だ。

出来ることならば、その理由を皆に隠したまま、島から出してやりたいと思っていたのだ。

 

「…………」

 

しかし……これでは……。

 

 

 

その日の深夜。

家でゲームの特訓をしていると――。

 

「こんな時間にゲームですか」

 

「大淀……」

 

大淀は縁側から居間へと上がって来た。

 

「どうした? こんな時間に……」

 

「それはこっちの台詞ですよ。ここ最近、ずっと夜中に明かりが灯っていたので、調べに来たのです。そしたら……」

 

大淀はゲーム機をじっと見つめた。

 

「いや……これは……」

 

「望月さんですか……?」

 

「え?」

 

「ここ最近、夜中に望月さんが来ていましたよね? 彼女と何かあったのですか?」

 

大淀の目は――いつか見た、何もかも見透かしているような目であった。

 

「……何があったと思う?」

 

「そうですねぇ……」

 

大淀は顎に手をあて、考えるそぶりを見せた。

 

「ゲームに興味が無さそうだった提督が、こんな時間に一人でゲームをやっている……。提督が陸奥さんに、ゲームを教わっていた……。もしかして……望月さんと、島を出ることをかけて、ゲームで勝負を……?」

 

「……惜しいな」

 

「勝負することは本当、なんですね?」

 

俺は思わず閉口した。

 

「そういう事ですか」

 

大淀は座ると、細い目で俺をじっと見つめた。

 

「……なんだよ?」

 

「いえ……。提督とは、結構打ち解けたと思っていたのですけれど……。私だけだったのかなって……」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのままの意味ですよ。勝負の事、相談してくれても良かったのに」

 

「勝負するなんて、言ってないが?」

 

「へぇ……そうですか……。ふぅん……そうやって避けるんだ……」

 

まるで独り言のように、大淀はぶつぶつと呟いていた。

夕張みたいなこと言ってんな。

 

「それで? 俺が何しているのか分かったんなら、帰った方がいいんじゃないのか? もう消灯時間はとっくに過ぎているだろ。不良艦娘大淀」

 

「出向してきた提督の健康管理も、私の務めです」

 

「あくまで仕事だと?」

 

「模範的でしょう? さて、不良はどちらでしょうか?」

 

まるで問題でも出しているかのような口調で、大淀は俺に問いかけた。

 

「……分かったよ。もう寝るさ……」

 

そう言って、ゲーム機の電源を切ろうとした時であった。

大淀が、その手を止めたのだ。

 

「なんだよ?」

 

「そうやって、私を帰らせた後、こっそりやるつもりなのでは?」

 

「そんなことしないさ」

 

するつもりだがな。

 

「嘘ですね?」

 

「本当だよ。っていうか、何を根拠にそんなこと……」

 

「目が嘘だと言っているんです」

 

「目ってお前……」

 

大淀は唇を尖らせ、さらに目を細めた。

今日はやけにしつこく絡んでくるな……。

 

「……どうした? なんか、お前らしくないぞ……」

 

そう言ってやると、大淀は膝を抱え――以前酔った時に見せたような、拗ねた態度を見せた。

 

「大淀?」

 

「約束……」

 

「え?」

 

「約束しました……。ゲーム……協力プレイしましょうって……」

 

『今度、大淀と一緒に協力プレイをしませんか?』

 

あぁ、そういやそんな事……。

 

「……もしかして、それで拗ねてんのか?」

 

「提督ったら……あれから一度も誘ってこないじゃないですか……。何か隠し事もしているようですし……」

 

隠し事はついでかよ。

 

「そうだったのか……」

 

「思い出してくれました……?」

 

「思い出したが……約束はしてないぜ?」

 

「な……!? しましたよ!」

 

「いや、だって……」

 

『考えておくよ』

 

「って、言っただろう……」

 

大淀は左上に記憶を浮かべると、思い出したのか、顔を真っ赤にさせた。

 

「……本当にどうしたんだよ? なんか、様子が変だぞ、お前……。らしくないっていうか……。まるで酔っているかのような……」

 

大淀は俯くと、何やら寂しそうな表情を見せた。

 

「いけませんか……?」

 

「え?」

 

「私だって……たまにはいつもの自分を捨てたいって思うことくらい……あるのですよ……?」

 

そう言うと、大淀はより一層、抱えた膝を小さくした。

 

「酔った時の私……覚えていますか……?」

 

「……あぁ、忘れようにも……な」

 

「あれが私の本心なんです……。本当は、もっと誰かに甘えたいのです……」

 

「その本心が今、どうして出ている?」

 

大淀は深く目を瞑ると、首を横に振った。

 

「分かりません……。でも……こんな些細な事でも気が立ってしまうのは……」

 

俺をチラリとみると、大淀は黙り込んでしまった。

気が立ってしまうのは……。

 

「……佐久間肇の時以来、か?」

 

大淀の表情で、俺は全てを察した。

 

「なるほどな……」

 

「気を悪くさせてしまったのなら……」

 

「いや、別に……。ただ……俺は俺だぜ? お前の中の佐久間肇に失礼じゃないか?」

 

「……そうかもしれませんね」

 

そこは否定しろよ……。

 

「でも……分かっていますから……。貴方が貴方だって……」

 

「え?」

 

「私は――……」

 

大淀は黙り込んでしまった。

 

「大淀?」

 

膝を解いた大淀は、何やら床に落ちていたゲームのカセットを手に取った。

 

「これ……」

 

「ん?」

 

それは、望月との対戦カードに入っているパズルゲームであった。

 

「このゲームもあったのですね。わぁ……懐かしい……!」

 

「知っているのか? そのゲーム」

 

「えぇ……! 私、これ上手なんですよ! 誰にも負けたことが無いんです!」

 

大淀はゲーム機にそれを差し込むと、コントローラを手に取った。

 

「わぁ、久しぶりだから出来るかしら」

 

何のためらいもなく、ゲームをスタートさせる大淀。

 

「見ててくださいね? スゴイのお見せしますから!」

 

「え? あ、あぁ……」

 

画面では、既にゲームが始まっていた。

何やら、ぷよぷよした饅頭のようなものを積み上げて行く大淀。

それが画面いっぱいになる頃、大淀は叫んだ。

 

「行きます!」

 

「え?」

 

饅頭が消える。

その饅頭の上にあった饅頭が落ち、さらに饅頭が消える。

その饅頭の上にあった饅頭が――それを繰り返してゆく。

 

「多分、14連鎖くらいいきますよ!」

 

大淀の言う通り、それは14回繰り返して終わった。

 

「どうです!?」

 

ドヤ顔をみせる大淀。

 

「いや……これは……凄いのか?」

 

「ムッ……じゃあ、やってみてくださいよ!」

 

「え……あ、あぁ……分かったよ……」

 

とは言え、ルールどころか、操作方法も分からんのだが……。

 

「……何をしているのですか?」

 

「え?」

 

「スタート、で始めるんです」

 

「え……ス、スタート……」

 

画面に反応はない。

 

「……言葉じゃなくて、このボタンです」

 

「あ、あぁ……スタートボタンか……」

 

「やったことないのですか?」

 

俺が黙っていると、大淀は大きくため息をついた。

 

「仕方ないですね……。まずは……」

 

大淀は俺に、パズルのルールを説明すると共に、『連鎖』なるもののやり方を教えてくれた。

 

「そうです! そこそ……あぁ……! ですから! そこは青・青・赤と積み上げてですね!?」

 

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

 

「よっ……おぉ!? これは……!」

 

思った通りの色が落ちて来て、連鎖が始まる。

 

「よっしゃ! 大淀、見てみろ! 連鎖が……って……」

 

振り返ると、大淀は眠っていた。

 

「おいおい……」

 

ゲームの電源を切る。

静かになった居間では、大淀の寝息が、かすかに聞こえていた。

 

「あんなに夢中になっていたのに……。寝るときは一瞬なのか……」

 

まるで子供のようだ。

 

『本当は、もっと誰かに甘えたいのです……』

 

パズルゲームに夢中になっている大淀も、酒に酔った大淀も、やはり子供のようであった。

本当はもっと甘えたいってのは、本当なのだろうな……。

 

「……って、違う違う。おい、大淀起きろ」

 

体をゆすっても、大淀が起きる気配はなかった。

 

「クソ……」

 

どうしたものか……。

今から寮に連れて行くってのも……。

 

「……仕方ねぇな」

 

俺は寝室から毛布を持ってきて、大淀にかけてやった。

 

「ったく……。気持ちよさそうに眠りやがって……」

 

とりあえず、早朝にもう一度起こしてやって、すぐに戻らせないとな……。

一晩中家に居たって事になると、色々面倒だしな……。

 

「…………」

 

そういや、ゲームに流されたが、大淀はさっき何を言おうとしたんだ?

 

『私は――……』

 

『でも……分かっていますから……。貴方が貴方だって……』

 

あれは、『どっちの意味』だったのだろうか……。

俺を気遣ってのことか、それとも――。

 

「ん~……」

 

寝転がり、大淀の寝顔を見つめた。

 

「大淀、お前はどうして、島に残るんだ……?」

 

大淀は答えるはずもなく、ただ寝息をたてていた。

 

「佐久間肇の事が忘れられないのか……それとも――……だとしたら――……」

 

瞼が重くなって行く。

何故か頭の中で、パズルゲームのキャラクターボイスが流れて来た。

連鎖を重ねると、よく分からん事を叫んでいた。

ぼよよ~ん……的な……。

そういや、意図せずパズルゲームが上手くなったな……。

こりゃ、望月と対戦する日も、そう遠くは――……。

 

 

 

 

 

 

『月が綺麗ですね』

 

そう言うと、大淀は――……大淀?

 

『随分古風な告白をするのだな』

 

大淀に寄り添われているのは……俺か……?

 

『あら、私、告白なんてしていませんよ? ただ、月が綺麗だって、思ったことを言っただけですよ? うふふ』

 

『酔ってるな。お前』

 

『酔っていなければ、こんな恥ずかしい事、いいませんよ』

 

『フッ、やはりそうなんじゃないか』

 

大淀は相当酔っているようだ。

なんだか酒臭いし。

 

『もしそうだとして、提督のお返事は?』

 

『俺はまだ死にたくはないしなぁ……』

 

大淀は拗ねたようで、唇を尖らせた。

 

『お前に俺はふさわしくないよ』

 

『そうでしょうか……』

 

『そうだよ。きっと、お前にはもっと、いい人が見つかるだろう』

 

『提督以上の人が見つかるでしょうか……』

 

『……お前、本当に酔っているな』

 

『どうでしょう……?』

 

大淀が俺の膝を枕にする。

そして、何かを訴えるかのように、俺をじっと見つめた。

――あぁ、『いつものやつ』か。

 

『子供だな』

 

撫でてやると、大淀は嬉しそうな表情を見せた。

 

『いけませんか?』

 

『今だけだぞ』

 

『んふふ~……』

 

しばらくすると、大淀は寝息をたて始め――。

 

 

 

 

 

 

強い光に目を覚ます。

 

「あれ……? 大淀……?」

 

大淀は既にいなかった。

 

「……帰ったのか」

 

大淀にかけたはずの毛布は、俺にかかっていた。

 

「…………」

 

なんだか変な夢を見ていた気がする。

よく思い出せないが……。

 

「今日は……」

 

カレンダーを見る。

誰が書いたのか、クリスマスに丸が付けられていた。

 

「……クリスマスまであと少しか」

 

床に転がるコントローラ。

耳につくキャラクターボイス。

 

「……よし」

 

 

 

食堂には、既に皆が集まっていた。

 

「よう、山城」

 

いつものように山城に声をかける。

山城はだるそうに俺を見ると、すぐに視線を逸らした。

 

「フッ……。さて……」

 

いつもなら鳳翔の隣に座るのだが、今日は違った。

 

「よう」

 

「司令官! どうしたの? こっちに座るなんて、珍しいぴょん」

 

「あぁ、ちょっとな」

 

「おはよう司令官!」

 

「おう、おはよう。皐月」

 

元気に挨拶する二隻とは違い――もう一隻、面倒くさそうな表情を見せていたのは――。

 

「よう、望月」

 

「……何しに来たんだよ?」

 

「何って……飯だよ飯。飯を食いに来たんだ」

 

「あんたの席はあっちだろ……。ほら……鳳翔さんがこっち見てるぞ……?」

 

鳳翔の隣には、俺の飯が置かれていた。

視線が、俺に帰って来いと訴えかけている。

 

「また怒られる前に、さっさと帰ったらどうなんだ……?」

 

「あぁ……そうだな……。けど、その前に……伝えたいことがあるんだ」

 

「なんだ?」

 

「今日の2200だ。それで終わりにしよう」

 

望月の目の色が変わった。

 

「司令官、2200で何が終わるの?」

 

「ん? あぁ……望月にゲームを貸していてな。今日の2200までに返してもらおうと思っているんだ」

 

「もっちー、ゲーム借りてたの?」

 

「え……あ、あぁ……」

 

「ダメだよもっちー……! 鳳翔さんに見つかったら、怒られるぴょん……!」

 

卯月がわざわざ小声で警告してくれているのも気に留めず、望月は俺をじっと見ていた。

 

「いいんだな……?」

 

それには、色々な意味が含まれていた。

 

「あぁ。後で詳しく話そう。じゃあ、俺は行くぜ。鳳翔の視線が鋭くなって来たんでな」

 

「司令官、鳳翔さん怒らせちゃ駄目だよ?」

 

「がんばってぴょん!」

 

「あぁ」

 

何を応援されているのか分からんまま、俺はその席を後にした。

 

 

 

食後。

皆が家へと向かってゆく中、望月だけは残り、俺だけになるのを待っていた。

 

「よう。待たせたな」

 

「本当だよ……。あんた、中々一人にならねーんだもん……」

 

「人気者になっちまったからな。撒くのも大変だぜ」

 

俺は望月に向かい合うように、席に座った。

 

「もう一度訊く……。本当に今日でいいんだな……?」

 

「あぁ、今日の2200だ。ルールに変更はない。あの三本のゲームで勝負だ」

 

「……いくら時間がないとはいえ、あんなプレイのままあたしに挑もうとするなんてな」

 

「一応、ギリギリまで足掻くつもりだ」

 

「えらい自信だな……」

 

望月は、椅子に深く腰掛けると、ため息をついて見せた。

 

「それにしてもあんた……あたしとの勝負の事、誰にも言っていないんだな……」

 

「あぁ。内容はともかく、お前が隠し事をしているということすら、お前自身、誰にも言っていないようであったからな。俺なりの配慮だ」

 

「負けた時の保険じゃないのか? ゲームに負けて、あたしを島から出せなくなったなんて、相当ダサいしなー」

 

「ははは、確かに」

 

笑う俺に対し、望月は俯き、暗い表情を見せていた。

 

「……本当にいいんだな?」

 

「あぁ。男に二言はない」

 

「……分かった。じゃあ、今日の2200……あんたの家で……」

 

「あぁ、待ってるぜ」

 

「じゃあ……」

 

望月は食堂を去る前に、もう一度俺をじっと見つめた。

 

「どうした?」

 

「……いや。何でもない……」

 

そう言って、望月は去って行った。

 

 

 

家についてすぐ、昨日と同じように、陸奥からレースゲームの特訓を受けた。

 

「上手になって来たじゃない」

 

「あぁ。しかし、これはあれだな。運も絡んでくるんだな。アイテムによっては、負けることもあるし」

 

「そこが面白い所なのよ」

 

そういうものだろうか……。

 

 

 

それからはいつもと同じ展開で、お昼以降は駆逐艦たちとゲーム以外の事をして遊んだ。

明石と夕張の作った遊具は、いつの間にかグレードアップされており、皆を喜ばせていた。

 

「よく飽きないよな……」

 

「好奇心の強い子たちですから」

 

好奇心……か……。

 

「あの子たちが島の外の世界を見た時……どんな反応をするのか……。いつか、見てみたいです……」

 

鹿島の視線は、駆逐艦に向けられていなかった。

 

「見せてやるさ。すぐにでも……」

 

「提督さん……」

 

今日ですべてが決まる。

勝って、望月の気持ちを動かすことが出来たのなら、全ての艦娘の人化に大きな進展を齎すことが出来るだろう。

もし負ければ――。

――いや、それでも、望月になにかきっかけを与えることが出来るだろう。

それだけで、俺は――。

 

 

 

消灯時間を迎え、家へ帰ろうと準備をしていると、望月が訪ねて来た。

 

「よ……」

 

「おう。ちょっと待ってろ。今、帰る準備をしているから」

 

「ん……」

 

望月は小さく座ると、準備をする俺をじっと見つめていた。

 

「どうした? 随分おとなしいじゃないか。緊張しているのか?」

 

「そんなんじゃねーよ……。ただ……あんたが気の毒だと思ってさ……」

 

「はは、だったら、手加減してくれるか? しないだろ」

 

「まあな……」

 

「俺だって、生半可な気持ちで挑んでいるわけじゃない。本気で勝とうとしているんだ。残された時間、俺のゲーム上達具合……それを考えても、今日がベストなんだ」

 

どっちかと言うと、『今日がリミット』なんだろうが。

 

「本気で戦うことが、最大の経緯だ。気の毒だと思うなら、むしろ全力で来い。それこそ、勝つ見込みなんてなかったんだと思わせるほどにな」

 

望月は小さく頷くと、それからしゃべらなくなった。

 

 

 

家に着いても、望月は大人しかった。

 

「いつもみたいに、はしゃいでもいいんだぜ」

 

「しねーよ……。あれだって……なんつーか……空元気っていうかさ……」

 

「そうなのか? またどうして?」

 

「さぁな……」

 

望月はゆっくりとゲーム機に近づくと、近くに転がっていたカセット三本を手に取った。

 

「もう一度訊くけど……本当にいいんだな……?」

 

「くどいぞ」

 

「……分かった。もう訊かねーよ……。んで? 何から始める? 特別に決めさせてやるよ」

 

「そうだな……」

 

三本勝負……。

当然だが、二回負ければ、三本目の勝負はない。

故に、一本目の勝負は、確実に勝たなければ……。

 

「……よし。じゃあ、一本目は、このパズルゲームで勝負だ」

 

「了解……。あたし、あまり好きじゃねーんだよな……これ……」

 

「お、だったら俺でも勝てるかもな」

 

「いや……自信無かったのかよ……」

 

カセットを差し込み、ゲームをスタートさせる。

 

「じゃあ、先に二回勝った方が、このパズルゲームの勝者って事で」

 

「おっけー」

 

「んじゃ、ゲームスタートだ!」

 

こうして、俺と望月の対決が始まった。

 

 

 

静かな夜に、カチカチというボタンを押す音だけが聞こえていた。

 

「これがこうで……えーっと……」

 

大淀に教わった連鎖を成す為、慎重に色を積み上げてゆく。

一方の望月は、連鎖など気にすることなく、揃えばすぐに消していた。

 

「こうなるから……って、あぁ!?」

 

「おっと、すまんなぁ」

 

俺の置こうとしたところに、望月の邪魔が入った。

 

「くそ……! えーっと……」

 

大淀とやった時は対戦じゃなかったから、邪魔が入ることはなかった。

思った通りの配置が出来ない。

 

「……あぁ、駄目だ!」

 

1,2……2連鎖……。

 

「2連鎖かぁ……。くそ……もう一度積み上げなければ……」

 

ふと、横目で望月を見た。

ほくそ笑んでいるのかと思っていたが、違った。

 

「……なんだよ?」

 

そう言ったのは、望月ではない。

 

「俺の顔に、何かついているのか?」

 

望月は、ゲーム画面なんか見ておらず、俺をじっと見つめていた。

 

「……いや、随分楽しそうにするんだなって思ってさ」

 

「……そりゃまた、随分余裕だな。画面を見なくていいのか?」

 

望月がよそ見をしてくれていたおかげで、連鎖の準備が整っていた。

 

「いいよ別に……。この勝負も、あんたの勝ちでいい……」

 

「え?」

 

そう言って、望月はコントローラを置いた。

画面では、連鎖が始まっていた。

 

「おぉ、すげぇじゃん」

 

「いや……」

 

全ての連鎖が終わる前に、望月は自滅していた。

 

「……どうしてやめたんだよ?」

 

「言ったろ? あたし、このゲーム嫌いなんだ。あんたも強いようだし……負けると分かっている勝負なんて、時間の無駄だ」

 

そう言って、望月はゲーム機の電源を切って、カセットを抜いた。

 

「まだ分からんだろうに」

 

「分かるよ。それに、心配しなくても、後の二本はあたしの得意なものだ。その二本で勝てばいいだけ。あんたも一勝できたんだから、winwinだろ」

 

そうかもしれないが……。

 

「そんなこと言って、ただ負けるのが怖いだけなんじゃないのか? 自分から認めれば、傷も少なくて済むもんな?」

 

煽るようにそう言ってやった。

反撃か呆れ、どちらかが返ってくるものだと思っていたが、望月は何も言わず、ただ黙り込んでしまった。

 

「望月……?」

 

「……次、やろうぜ。どれにするか、さっさと決めてくれ……」

 

「あ、あぁ……。じゃあ……レースゲームを……」

 

「分かった……」

 

望月の奴、なんか元気なくなっちまったな……。

まさか、煽り耐性が無い訳じゃないよな……?

 

 

 

二本目、レースゲーム。

 

「コースはあたしが決める。それでいいな?」

 

「あぁ、別にどこでもいいぜ。出来ることなら、虹のステージは避けて欲しいものだが……」

 

「あぁ、じゃあここだ」

 

「う……そこか……」

 

マグマのステージ……。

ここも難しいんだよな……。

 

「言っておくけど、手加減はしねーからな。負けても文句言うなよ?」

 

「そうでないと困る」

 

昨日始めたばかりとは言え、午前中まで陸奥に特訓を受けていたんだ。

アイテムさえよければ、俺にも勝機はある。

 

「緊張してきた……」

 

キャラクターが並び、カウントが始まる。

 

「ん……ん……GO!」

 

キャラクター飛び出す。

先頭は、俺のキャラクターであった。

 

「よし……!」

 

望月のキャラは、何やらぴょんぴょん跳ねながら、俺の後ろを走っている。

アイテムで迎撃して、抜かそうという魂胆か!?

 

「その前に、一気に突き放してやるぜ!」

 

自分でもびっくりするくらい、順調に走る俺の車。

まだ一度も壁にぶつかっていない。

 

「調子いいぜ!」

 

そんな事で走っていると、何故か急に、俺の順位が下がった。

 

「え!?」

 

俺の車が抜かされた……訳ではない。

本当に急に、順位が下がったのだ。

 

「どうして……」

 

ふと、望月の画面を見ると……。

 

「な……!?」

 

現在の望月の順位、なんと一位。

 

「おま……なんで!?」

 

望月の車が、一周を終え、二周目に突入していた。

俺はまだ、一周目だと言うのに……。

 

「俺、抜かされてねぇだろ!? バグってやつか!?」

 

「いいや、あたしのキャラをよく見てみな」

 

望月のキャラに目を向ける。

そのキャラが壁に向かって、ぴょんと跳ねると……。

 

「な……!? 反対側のコースに……!?」

 

「ショートカットだ」

 

俺が唖然としている間に、望月はゴールし、勝負は決した。

 

「ふ、ふざけんな! あんなのありかよ!?」

 

「ありもなにも、出来るんだからいいに決まってる」

 

「いや……そうかもしれんが……。これは……流石にズルくねぇか!?」

 

「言ったろ? 手加減はしねーって。それに、こうも言ったぜ?『負けても文句言うなよ?』」

 

望月はフフンと鼻を鳴らすと、コントローラを置いた。

 

「くっ……! きたねぇ手を使いやがって……」

 

「人生の先輩から、あんたにアドバイスだ。勝負に綺麗も汚いもない。勝つか負けるか、その二択だけだ」

 

そう言って、望月は悪戯な笑顔を見せた。

 

「……まあいい。次だ!」

 

望月の奴、やっと調子を取り戻したな。

さっきまでは緊張でもしていたのだろうか?

 

 

 

あっという間に最終戦。

あれだけ準備したのにもかかわらず、あっけないもんだよな。

 

「最終戦は、この格闘ゲームだ」

 

「あたしが一番得意なゲームだ」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ。この島にいる連中だったら、片手でやっても勝てる」

 

「そうか。俺も得意なんだ」

 

「ほう……?」

 

「実は、本土に戻った時、山風に会ってな。このゲームのコツを教わって来た」

 

望月の目の色が変わった。

 

「山風に……?」

 

「知っているかどうか分からんが、山風はプロゲーマーで、なんとかっていう大会で優勝したことがあるとかないとか」

 

「随分曖昧な情報だな……」

 

「……まあ、とにかく、それだけ凄い奴に教わって来たって事だ」

 

「……あぁ、凄い事は分かっているさ。今のあたしが、十数年前の山風に挑んだとしても、勝てる気がしないほどにはな……」

 

思い出すかのように、望月は苦い表情を浮かべた。

 

「けど……あんたは山風じゃない。何を教わったのかは知らねーけど、負ける気はしない」

 

望月の目に、初めて闘気が宿った。

余計な事を言ってしまったか……。

――いや、これでいい。

こうでなければ、望月はきっと――。

 

 

 

ゲームは、何度か挿して、ようやく起動した。

 

「どうする? 一戦だけにするか?」

 

「あたしはどっちでもいいぜ? 何度やっても同じだしなぁ」

 

「じゃあ、こうしよう。先に二勝した方が、このゲームの勝者ってことで」

 

「うい~」

 

最終決戦とは思えないほど、リラックスしてんな……。

それだけ自信があるって事か……。

 

「最初だし、あんたが先に決めていいよ。このゲーム、同キャラ対戦出来ねーんだ」

 

「そうなのか」

 

「そうなのかって……。大丈夫かよ……」

 

「問題ない。じゃあ、このキャラで」

 

「そいつか……。じゃあ、あたしはこれで」

 

望月のキャラは、確かパワー型のキャラだったはずだ。

 

「見かけによらず、ゴツイキャラを使うんだな」

 

「あんたは見た目通りって感じだな。正義! みたいな」

 

俺って、そんなキャラなのだろうか……。

そんな話をしている内に、一戦目が始まろうとしていた。

 

「おっと……」

 

「対戦よろ~」

 

「え、あ、あぁ……よろしく……」

 

最終決戦が幕を開けた。

 

 

 

山風曰く、この格闘ゲームは、かなり人気のあるシリーズで、世界大会が開かれるほどのものらしい。

一試合、2ラウンド先取した方が勝者となるゲームで、特定の操作をすることにより――所謂コマンドと呼ばれるもので、様々な攻撃が可能になるとのことだ。

山風に教わったのは、このコマンドを組み合わせた、コンボと呼ばれる操作(?)だった。

――のだが……。

 

「くっ……上手くいかねぇな……」

 

操作が下手だという事もあるが、望月が上手にかわしたり、ガードしてきたりと、中々コンボに移行出来ないでいた。

 

「どうした~? その程度なのか~?」

 

煽る望月。

同じように、望月のキャラクターは、しゃがんだり立ち上がったりを繰り返し、煽っていた。

なめやがって……。

 

「…………」

 

こうなったら……。

 

「うぉ!?」

 

望月が慌ててコントローラーを操作し始める。

だが、時すでに遅し。

望月は連続で2ラウンドを落とし、一試合目は俺の勝利となった。

 

「な……なんだよ今の!? 何も出来なかったぞ!?」

 

「へへへ……恨むなよ……」

 

こんな手は使いたくなかったが……仕方がない……。

俺が今使った戦法は、山風曰く、『即死コンボ』というものらしい。

 

『ゲームのバグでね? 今の組み合わせで操作すると、体力がマックスでも、相手に操作をさせず倒すことが出来る『即死コンボ』が出来るの。大会とかだと禁止されてるし、使うとリアルファイトになるから、おすすめはしないけど……最終手段として、一応教えておくね?』

 

まさかその最終手段を一試合目で使うとはな……。

 

「まずは一勝だ」

 

望月の表情が、一気に真剣なものへと変わって行く。

 

「さて、二試合目だ。またなめたプレイしていると、負けるぜ?」

 

「……いいから、さっさとキャラを選びなよ」

 

「いいのか? 俺、また同じキャラ使うぜ?」

 

「あぁ……いいよ……」

 

望月は狼狽えることなく、ただじっと、俺の操作を待っていた。

なんだ……?

この静けさは……。

 

「まあいい。俺はもう一度こいつを使うぜ」

 

対して、望月は軍人のようなキャラを使った。

 

「これで最終戦にしてやるぜ」

 

二試合目がスタートした。

望月のキャラは、何やらしゃがみ込んで、じっとしている。

 

「動かないなら、こっちから行くぜ」

 

俺のキャラが近づいてゆく。

すると、望月のキャラは、ブーメラン(?)を飛ばし、牽制した。

 

「そんな攻撃、ありかよ……」

 

『格闘ゲーム』とは……。

ジャンプで回避しながら、近づいてゆく。

 

「ここだ!」

 

瞬間、跳んでいった俺のキャラに対し、望月は強烈な蹴り技を繰り出し、大きなダメージを与えた。

 

「くそ……!」

 

再び距離をおかれ、ブーメランで牽制される。

それを避け、再び近づくと――。

 

「お、おいおい……」

 

同じ繰り返しだった。

 

「これじゃ、近づけないじゃねぇか……」

 

そうこうしている内に、タイムオーバーとなり、俺は1ラウンドを落とした。

 

「くっ……!」

 

望月は冷静だった。

2ラウンド目も、タイミングを計っている内に、俺のキャラはダメージを負い、タイムオーバーで負けた。

二試合目は、望月の勝利となった。

 

「……汚い戦法使いやがって」

 

「お互い様だろ……? 勝負は勝つか負けるか……。そう教えただろ……」

 

「だからって……そうやって逃げるようなことばかりしてて、楽しいのか?」

 

望月は一瞬、眉をひそめた。

 

「逃げじゃねーよ……。これも戦法の一つだって事だ……。あんただって、似たようなことしてんだろ……」

 

まあ、そうだが……。

しかし――いや……。

 

「分かった。じゃあ、こうしよう。俺はもう、あのキャラは使わないし、あんな戦法もとらん。正々堂々勝負をする。だからお前も、全力で来い」

 

望月は返事をしなかった。

 

「……じゃあ、キャラを決めるぜ?」

 

俺は、先ほどとは違うキャラを選んだ。

実は、このキャラこそが、山風から重点的に教わったキャラなのだった。

 

「…………」

 

対する望月は――。

 

「……なるほどな。よく分かったよ」

 

望月は再び、あの軍人キャラを選んでた。

 

 

 

時計の針は、2300を指していた。

 

「本当の最終決戦だぜ」

 

1ラウンド目が始まる。

望月はやはり、先ほどと同じ戦法をとっていた。

 

「クソ……!」

 

何とか試行錯誤してみるも、中々抜けられない。

 

「何度やっても無駄だぜ。大人しくやられてろよな」

 

結局、1ラウンド目は望月が勝利した。

 

「さっきのリプレイじゃん。もう負けを認めたらどうなんだ?」

 

「いや……! まだだ!」

 

望月は呆れるように、ため息をついた。

2ラウンド目が始まる。

望月はやはり、同じように――。

 

「そうやって逃げ続けるんだな」

 

「……だから、逃げじゃなくて戦法だって言ってんじゃん」

 

「なら、自分の気持ちから逃げるのも戦法なのか?」

 

「あ?」

 

「島を出ない理由だ。パズルゲームにしろ、その戦法にしろ、お前は都合のいい方向に逃げてばかりで、何一つとして問題に向き合わない」

 

望月は何も言わなかった。

2ラウンド目のタイムが――俺の体力ゲージもまた、ゼロに近づいてゆく。

 

「勝負は勝つか負けるか、と言ったな。だとすれば、今のお前はどっちだ?」

 

一瞬。

ほんの一瞬ではあったが、望月のキャラが止まった。

俺はそれを見逃さなかった。

 

「――っ!」

 

俺も望月も、思わず息を呑んだ。

動き出した俺のキャラは、望月が撃った攻撃をギリギリでかわすと、そのまま連続コンボを繰り出した。

このままいけば……!

 

「あ……!?」

 

しかし、コンボが途切れる。

例の10フレーム。

それを読み間違えたのだ。

――が、幸いなことに、望月のキャラが気絶状態となり、追撃を加え、何とか1ラウンドを返すことが出来た。

 

「あ、焦ったぁぁぁ……!」

 

心臓の鼓動が、一気に速くなる。

まさか、ゲームでこんなに緊張するとは……。

望月も同じなのか、肩に力が入っていた。

 

「どうだ……!」

 

「……精神攻撃なんて、それこそ汚いじゃん!」

 

「勝負に綺麗も汚いもない。勝つか負けるか、その二択だけだ。人生の先輩から、お前にアドバイスだぜ」

 

そう言ってやると、望月は怒りの表情を見せた。

 

「……分かったよ。勝負してやろうじゃん……! 徹底的に潰してやるからな……!」

 

「そうこなくっちゃな!」

 

最終ラウンド。

これで全てが決まる。

瞬間、世界が静寂に包まれた。

 

「――っ!」

 

息すらも忘れ、コマンドを入力してゆく。

望月のキャラも、待つことを忘れたかの如く、俊敏な動きを見せている。

 

『ある程度まで上手くなるとね、攻撃の読み合いというか、フェイントの掛け合いみたいな動きになるの』

 

まさにその通りだと思った。

お互いのキャラが、空気を殴ったり蹴ったりしている。

先に仕掛けたのは、望月であった。

 

「くっ……!」

 

望月の猛撃に、俺はただただガードを固めるしかなかった。

攻撃が止むと、望月は離れ、再度機会を窺っていた。

ガードをしていたとはいえ、少しゲージが削れている。

このままでは、タイムオーバーで負けてしまう。

 

「やるしかねぇ!」

 

攻撃を仕掛ける。

望月はそれを冷静に捌いて行く。

ゲージは削れているが……。

 

「崩せねぇか……!」

 

その時であった。

 

「あ……!」

 

焦って、ボタン操作を誤ってしまった。

大きな隙が出来る。

 

「――っ!」

 

望月はそれを見逃さなかった。

画面に食いつく勢いで、身を乗り出す望月。

望月渾身の大蹴り。

当たれば、そこから起点がつくられ、俺の負けが決定する。

瞬間、ゲーム画面以外が見えなくなった。

キャラクターが、フレーム単位で動いているのを感じる。

 

「あ……!」

 

ドット一つ、俺のキャラが攻撃を避けた。

望月に大きな隙。

 

「勝てる……!」

 

「クソ……!」

 

俺のキャラが仕掛けた――その時であった。

画面に、『TIME OVER』の文字が現れた。

 

「「え!?」」

 

二人してタイムを見る。

カウントが、ゼロになっていた。

勝利したのは――。

 

「…………」

 

「…………」

 

互いに、言葉が出なかった。

一見すると、どちらが勝者でどちらが敗者なのか分からないほどに、俺たちは同じ表情をしていた。

だが、そんな俺たちの反応とは違い、ゲーム画面では、軍人のキャラが一仕事終えたとでも言うようにして、その特徴的な髪を櫛でかき上げていた。

俺は、勝負に負けたのだった。

 

 

 

ゲーム電源を切ると、部屋は一気に静寂に包まれた。

 

「終わったな……」

 

「うん……」

 

互いに、勝負の余韻に浸っていた。

だが、その表情に、勝者の色も、敗者の色も無かった。

 

「約束通り、お前の言う通りに動こう。何が望みだ?」

 

望月はハッとすると、考えるように天を仰いだ。

そして、しばらく黙り込むと、零すように答えた。

 

「分かんない……」

 

「分からないって……お前……」

 

「……今は、なんか……考えられねーよ。勝負の余韻が邪魔をする……」

 

そう言うと、望月は俺をじっと見つめた。

 

「望月?」

 

「……一晩、考えさせてほしいんだけど。ダメ……?」

 

まあ、そうだよな……。

 

「あぁ、構わん。今日はもう止しておこう。俺も、何だか疲れて……。眠たくなっちまった……」

 

「……あたしもだ」

 

望月は何がおかしいのか、フッと笑って見せた。

俺も思わず、笑みを零す。

お互いに寝転がり、再び勝負の余韻に浸った。

 

「激戦だったな……」

 

「うん……。なんか……楽しかった……。こんなにもワクワクしたのは、初めてかもしれない……」

 

「フッ……そりゃ良かったな……」

 

「うん……」

 

勝負を思い出しているのか、望月は目を瞑った。

俺も、同じように。

 

「山風に教わったってのは……本当だったんだな……」

 

「あぁ。ハッタリかと思ったか?」

 

「あんたならやりかねないだろ」

 

「はは、確かに……」

 

「でも……あんたのプレイは本物だったよ……。一瞬だけど、山風が隣に居るのを感じた……」

 

「……そうか」

 

なんだか、意識が遠のいて行く。

望月は何か言っているが、頭で処理が出来ない。

――あぁ、眠りそうになっているのか。

 

「――……。あたし――……。あんたに――……」

 

望月、まだなんか言ってるな……。

でも、俺はもう……眠くて……。

 

「――って……呼――……」

 

「……うん」

 

「――……」

 

望月が何か言ったのを最後に、俺の意識は夢の彼方へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

誰かの泣き声が聞こえる。

 

『…………』

 

何やら、全身が温かい。

体を動かすと、小さな痺れがあり、そのせいか動きが鈍くなる。

 

『置いていかないで……』

 

聞き覚えのある声。

痺れる体を動かし、声の方へと向かう。

だが、水中にいるかのような抵抗を感じ、中々前に進めない。

もどかしいこの感じ、これはまさか――……。

 

『夢……なのか……?』

 

進んでゆくと、何やら景色が変わり、夕日の良く見える丘の上に辿り着いた。

そして、その丘で蹲る、一人の少女。

俺は何故か、その少女の正体を知っていた。

 

『望月』

 

望月は顔をあげると、驚いた表情で俺を見つめた。

 

『どうして……あんたが……』

 

突如、景色が変わった。

これは……島の泊地……?

 

『もっちー』

 

卯月と皐月、そして、顔の見えない数名の子供たち。

 

『じゃあね、もっちー』

 

皆が船に乗り込む。

 

『ま、待って……!』

 

望月は跡を追おうとするが、足が動かないのか、ただただ腕を伸ばすだけであった。

船が、島を離れて行く。

瞬間、島全体が暗くなり、望月は『独りぼっちになった』。

 

『あ……?』

 

俺の頬に涙が伝う。

それは、『望月のものであった』。

 

『怖い……』

 

『え?』

 

『独りは……怖いよ……』

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、泣いていた。

 

「……?」

 

涙を拭き、ふと横を見ると、望月の顔があった。

眠ってはいるようであるが、その頬には、涙が伝っていた。

 

「……そうか。眠ってしまったのか……」

 

時計は、0400を指していた。

また変な夢を見た気がする。

 

「…………」

 

望月を起こし、寮に運んでやろうかと思ったが、何故か、そうすることが出来なかった。

望月を独りにさせることは出来ないと、何故か思ってしまったのだ。

 

「司令官……?」

 

「望月……。起こしちまったか……」

 

「司令官……」

 

寝惚けているのか、俺を司令官と呼び、抱きついてきた。

 

「……ここで寝るのは良くない。向こうに布団があるから、そこで寝ろ……」

 

「うん……。司令官も……一緒に……」

 

「あぁ……分かったよ……」

 

俺も相当寝惚けているのか、望月の事が愛おしくてたまらなくなっていた。

望月を寝室に連れて行き、布団に寝かせてやる。

 

「司令官……」

 

望月は再び俺に抱きつくと、そのまま眠ってしまった。

俺も再び眠気が襲ってきて――……そのまま――……。

 

 

 

再び目を覚ました時、目の前に大淀の顔があった。

 

「うぉ!?」

 

「おはようございます」

 

大淀はニコッと笑顔を見せると、時計を指した。

 

「もう9時ですよ。朝ごはん、食べ損ねちゃいましたね」

 

そういや、望月は……。

 

「望月さんは、もう寮に帰ってますよ」

 

俺の心を読んだかのように、大淀はそう言った。

 

「そうか……」

 

「……対決、したんですね」

 

俺は答えなかった。

 

「……まあいいです。望月さんからの伝言です。起きたら、部屋に来て欲しいと」

 

「部屋に? 望月のか?」

 

「えぇ。何でも、話があるとか」

 

話がある……か……。

 

「分かった。わざわざ悪かったな」

 

「いえ。提督の寝顔が見れたので」

 

「……いつから見ていたんだ?」

 

「さあ?」

 

大淀は悪戯に笑った。

変わったなぁ、こいつ……。

 

 

 

大淀と寮へ向かう途中、駆逐艦たちとすれ違った。

 

「あ、司令官! おはよう」

 

「おう。これからゲームか? ほどほどにな」

 

「うん! あとで来てね?」

 

「おう」

 

そう言って、皆は家の方へと去って行った。

 

「さて……」

 

「て、提督……!」

 

「ん? なんだ大淀?」

 

「い、今……山城さんが……!」

 

「え!?」

 

駆逐艦の方を振り返る。

既に何隻かは家に入っていたが、一瞬、確かに山城らしき人影を見た。

 

「マジか……。全然気が付かなかった……」

 

「私も、目を疑いました……。まさか、山城さんが寮の外に出るなんて……」

 

一体、どういう風の吹き回しだ……?

 

「戻って確かめたいが……望月が待っているしな……」

 

「わ、私が様子を見てきます。後で報告するので、提督は望月さんのところへ」

 

「あ、あぁ……頼んだ」

 

大淀は一目散に家へと戻っていった。

大げさに思えるが、あいつらにとっては、それほどまでに重大な事柄なんだよな……。

再び寮へ目を向けると、夕張と鉢合わせた。

 

「夕張」

 

「……見た?」

 

「え?」

 

「山城さん、家に行ったでしょ?」

 

「あ、あぁ……そのようだな……」

 

「そのようだなって……。それだけ?」

 

夕張は呆れた表情を見せると、何も言わずに家の方へと去って行った。

 

「……なんて言えば良かったんだよ」

 

 

 

寮に着き、望月の部屋をノックした。

 

「入るぞ」

 

扉を開け、部屋に入る。

 

「よっ」

 

昨日……というよりも、寝惚けていたことを忘れているのか、望月はいつも通り挨拶をして見せた。

 

「おう。寝坊してしまった」

 

「知ってるよ。皆、あんたの事を心配していたぜ」

 

その割には、すれ違った時、特に心配する言葉は無かったが……。

 

「……それで? 話ってのは……」

 

「あぁ……。決めたよ。あんたにしてもらうこと」

 

俺は姿勢を正し、望月の言葉を待った。

 

「言ってみろ……」

 

真剣な表情の俺に、望月は表情をやわらげて見せた。

 

「司令官」

 

「え?」

 

「あんたの事、司令官って……呼ばせてほしいんだ」

 

俺が唖然としていると、望月は恥ずかしそうに頬を掻いていた。

 

「つーか、やっぱ忘れてんだな」

 

「忘れてる……?」

 

「昨日さ、あんたが眠る前に、言ったじゃんか……」

 

眠る前……。

 

『――……。あたし――……。あんたに――……』

 

『――って……呼――……』

 

確かに、何か言っていたが……。

 

『あのさ……。あたし決めたよ……。あんたにして貰う事……』

 

『司令官って……呼ばせてほしい……』

 

「……!」

 

「思い出したか?」

 

ハッキリとは思い出せていないが、確かにそんな事を言っていたような……。

 

「しかし……いいのか……? そんなことで……。そもそも、お前、言っていたじゃないか」

 

『あんたが勝ったらさ……あんたの事……司令官って……呼んでやってもいいぜ……?』

 

「――って……」

 

「勝ったじゃん」

 

「え?」

 

「あんたは勝ったんだよ。確かに、ゲームでは負けたけどさ。あんたはあたしに、司令官と呼びたいって思わせるほどに、あたしの心をKОしたんだ」

 

俺は再び、唖然としてしまった。

 

「……なんか言えよ」

 

「い、いや……。なんか……恥ずかしい台詞だな、それ……」

 

自覚があるのか、望月は顔を真っ赤にさせた。

 

「……本当にそれでいいのか? 俺を追い出すことも出来るし、そうしないのなら、俺はしつこいぞ……」

 

「うん……。それでいいよ……」

 

望月は俺を、じっと見つめた。

 

「司令官……」

 

「望月……」

 

「……へへ、恥ずかしいな。これ……」

 

俺も少し、心がむず痒くなった。

 

「……なあ、司令官。あんたを司令官と見込んで……聞いて欲しいことがあるんだ……」

 

「なんだ?」

 

「あたしが……この島に残る理由だ……」

 

 

 

太陽が雲に隠れたのか、部屋が一気に暗くなった。

 

「……最初からその話をするために、俺を司令官と?」

 

「話を聞いて欲しい……って言っちゃえば、ただ聴くだけで終わっちゃうかもしれねーからさ……」

 

「んなこと、俺がするはずないだろ……」

 

「うん……。分かってる……。ただ……あたしがどうしても、あんたを司令官と呼びたかっただけさ……。あんたを司令官と呼べなくても、話はするつもりだったよ……」

 

望月は一呼吸置くと、膝を抱え、語りだした。

 

「簡単な事さ……。あたしは……怖いんだ……。独りになることが……」

 

「独りに……なること……?」

 

「自信がねーんだ……。島を出て、上手くやっていく自信がさ……。ほら……あたしってこんなんじゃん……? 何をするにも真剣になれねーし、めんどくせーって思っちまうんだ。そんな奴、誰も面倒を見たがらねーし、放っておかれるのが目に見えている」

 

俺が口を開くと、望月は続けた。

 

「分かってるよ……。じゃあ、真剣になれって話だろ……? そこなんだ……。あたしの駄目なところは……」

 

望月は、抱えていた膝をより小さくした。

 

「あたしが恐れているのは……失敗なんだ……。あたしは……何かを成し遂げたことがない……。やろうとしても、いつも上手くいかないんだ……」

 

俺は閉口し、望月の言葉を待った。

 

「戦時中……あたしはいつも、皆のお荷物だった……。努力はしたつもりだ……。けど……実を結ぶことはなくて……。ついには、あたしを庇ったばかりに、大破する奴がでちまったくらいだった……」

 

思い出すかのように、望月は目を瞑った。

 

「自分に自信がなくなった……。真剣になればなるほど……失敗がチラついて……。だからあたしは……」

 

一瞬の躊躇いののち、望月は零すように言った。

 

「あたしは……努力から逃げた……。真剣にならなければ……失敗しても言い訳が出来ると思った……。傷つかなくて、いいと思ったんだ……」

 

『そんなこと言って、ただ負けるのが怖いだけなんじゃないのか? 自分から認めれば、傷も少なくて済むもんな?』

 

そう言ってやった時の望月の反応は、そういう事だったのか……。

 

「この島に居るのは……島の外で生きていけないと思ったからだ……。努力しても、また失敗して……。今のように、島に居て、誰かに守られるような環境であればいいけど、外の世界はそうじゃないだろ……? 人化してしまえば、もう誰も助けてはくれない……。卯月や皐月だって、いつまでもあたしに構ってはいられないはずだ……。誰にも頼れない……。こんなあたしなんかとは……誰も一緒に居てくれない……。独りになるだけだって……。そう……思っちまったんだ……」

 

「……それで、今の今まで逃げて来たんだな」

 

望月は小さく頷いた。

 

「……そうか」

 

俺は望月の隣に座った。

 

「お前の不安は分かる。でも、それは皆も同じだ。お前だけじゃない」

 

「……んなこた分かってる。それでも、みんな乗り越えているんだし……。でも……あたしはやっぱり……」

 

望月は俯くと、悲しそうな表情を見せた。

 

「お前なら出来ると思うがな……。ゲームも上手いし、案外なんとかなるんじゃないのか?」

 

そう言っても、望月は反応を見せなかった。

ゲームのように、上手くいければ……なんて、軽率だったか……。

ゲーム……。

 

「……山風」

 

「え……?」

 

「山風がさ、どうやってゲーマーになったか、知っているか……?」

 

望月は首を横に振った。

 

「あいつ、島を出てからしばらくは、引きこもりだったらしいんだ」

 

「引きこもり……?」

 

「山城みたいな感じだ。それで――」

 

俺は、山風から聞いた話を、望月にしてやった。

 

「――それで、山風は看護師を目指すことにしたらしいんだ」

 

「あの山風が……」

 

「やはり、意外に思うか?」

 

「……正直な。あいつが島を出ると聞いた時、かなり驚いたもんだ……。ぜってー香取さんの足を引っ張るって……」

 

「でも、その山風も、今や看護師として、大井をサポートしているんだぜ」

 

「……山風は、運が良かっただけだ。あたしが同じように、そういう人たちに巡り合えるとは思えない……」

 

「……なるほど、そうやって逃げて来たわけだ」

 

望月の気持ちは分かる。

それじゃダメだと、本人も分かっているのだろう。

 

「……だったらさ。こういうのはどうだ?」

 

「……?」

 

「もし、お前が独りになるようなことがあれば、その時は、俺が面倒を見てやる」

 

「え……?」

 

「なんなら、親子にでもなるか? そうすりゃ、簡単に縁も切れないだろ?」

 

望月は驚いた表情を見せた後、すぐに眉をひそめた。

 

「……いらねーよ。そんな慰め……」

 

「慰めなんかじゃない。俺が親父じゃ不満か?」

 

「あんた……いい加減に――」

「――俺は本気だぜ」

 

俺の目を見た望月は、閉口し、俯いてしまった。

 

「俺もさ、ずっと考えていたんだ。全ての艦娘を人化したら、どうするかなって……。恋人をつくるにしても、モテないし……。独りになる予定だったんだ」

 

「……あんたの事を好きな艦娘は、たくさんいるだろ」

 

「今は、な。でも、きっと、外の世界を知ったら、俺の事なんて豆粒くらいにしか思わねぇはずだ。それくらい、世界は広いし、いろんな奴がいるんだ」

 

そうだ。

きっと、あいつらだって――。

 

「悪くない提案だと思うんだ」

 

「……あんたは本当にそれでいいのかよ? あたしなんて……一緒に居ても……。それに……絶対、あんたの足を引っ張るぜ……」

 

「一緒に居てストレスじゃないのは、ここ数日で証明されただろ。それに、俺は案外楽しんでいたんだぜ。お前との交流。お前も同じだと嬉しかったんだがな……」

 

望月は何も言わなかった。

 

「それに、まだそうなると決まった訳じゃないだろ。お前なら絶対、大丈夫だと思っているし、そうなるまで支えてやるつもりだ。それでもダメならって話だ。つまり、保険みたいなもんだ」

 

部屋が明るくなる。

太陽が顔を出したのだろう。

 

「でもまぁ、その過程でお前が俺に惚れちまう可能性もあるし、止めといた方がいいかもしれんな」

 

そう言ってニッと笑って見せると、望月もフッと笑って、膝を解いた。

 

「それはねーよ」

 

「分からないぜ? 現に、俺の事、ちょっといいかもって思っていたりしてるんじゃないのか? 司令官と呼びたいだなんて、言ってるくらいだし」

 

「その自信、少しは分けて欲しいな~」

 

「あぁ、分けてやるよ」

 

望月は俯くと、そのまま俺の胸に頭を預けた。

 

「望月?」

 

「……本当にいいんだな?」

 

「……あぁ。言ったろ? 男に二言は無いって」

 

そう言って、俺は望月を抱きしめてやった。

 

「ずっと不安だったんだな……。もう大丈夫だ……」

 

「……うん」

 

望月は俺を抱きしめ返すと、そのまましばらく、俺の胸の中に顔を埋めていた。

 

「司令官……」

 

「なんだ?」

 

「……さんきゅー……な」

 

「……おう」

 

 

 

その日の夜。

俺は寮に行かず、家で晩飯をとった。

 

「ごちそうさま……っと……。さて……」

 

「寮で食べないのは、皆さんを想っての事ですか?」

 

縁側の方から現れたのは……。

 

「どうしてお前はいつも、そっちから来るんだ? 大淀……」

 

大淀は少し考えた後、「サプラーイズ」と言った。

 

「……笑えねぇよ」

 

「笑わそうとはしていませんよ」

 

大淀は縁側に座ると、夜の海を眺めた。

 

「望月さんが、島を出る決意をしたみたいです……って、貴方は分かっていますよね。その為に、こうしているのでしょう?」

 

俺は何も言わず、茶碗を重ね、シンクへと置いた。

 

「そんな気は遣わなくていいですよ。鹿島さんの時と違って、皆さん、覚悟していたみたいですから。むしろ、貴方に気を遣わせちゃったんじゃないかって、心配していましたよ」

 

「それでお前が来たって訳か」

 

「そんなところです」

 

俺は大淀の隣に座り、同じように海を眺めた。

 

「これで、大井さんを含む『五人』が島を出ることになるのですね」

 

五人……か……。

 

「……あぁ、そうだな」

 

「あまり嬉しそうじゃないですね」

 

「まあ、ちょっとな……」

 

「これが貴方の選んだ道なんですから、誇った方がいいですよ。今後も、同じような事が続きます。一々そんな感傷的になられては、身が持ちませんよ」

 

「あぁ、分かってるよ」

 

俺は立ち上がり、上着を羽織った。

 

「寮に戻るよ。心配かけたようだし、元気も貰いたいし」

 

「私一人では不満ですか?」

 

「お前と二人でいると、それこそセンチになっちまう。深く考えない方がいい。そうだろ?」

 

大淀は小さく笑うと、立ち上がり、俺の跡を追った。

 

 

 

寮についてすぐ、皐月と卯月、そして鹿島に感謝をされた。

 

「司令官……もっちーを説得してくれて……どうもありがと……」

 

「いや……。俺は何もしていないよ。あいつが俺に、心を開いてくれただけだ」

 

「それでも、ボクたちが離れ離れにならずに済んだのは、司令官のお陰だよ……! ありがと……司令官……」

 

今にも泣き出しそうな二隻を、鹿島は優しく慰めていた。

 

「提督さん……」

 

「鹿島……」

 

「これで……私も島を出ることが出来ます……。そして……」

 

鹿島は、それ以上を言わなかった。

だが、言わずとも、俺には分かっていた。

 

「本気なんだな……」

 

「はい……。この気持ちに、偽りはありません」

 

そう言って見せた鹿島の表情は、今まで見たどんな表情よりも、穏やかで、希望に満ちていた。

 

 

 

消灯時間になり、皆が一斉に帰って行く中で、俺は青葉を呼び留めた。

 

「司令官?」

 

「ちょっと時間あるか? 出来れば、二人だけで話したいんだ……」

 

青葉は少し驚いた表情を見せた後、何かを察したのか、真剣な表情で、小さく頷いた。

 

 

 

「寒くないか?」

 

「えぇ、平気です。すみません……上着借りちゃって……」

 

「いや……。呼び出したのは俺だしな……」

 

例の流木に座る。

海は静かで風も無く、星がよく見える夜であった。

 

「望月ちゃんの件、流石ですね。まさかこんなに早く攻略するとは」

 

「あいつが最初から、その気だっただけさ」

 

「その気にさせただけでも、凄いです。流石司令官」

 

「褒めても何も出ないぞ」

 

青葉は小さく笑うと、膝を抱え、海を眺めた。

 

「……誰にも言っていないんだな。島を出る事……」

 

『これで、大井さんを含む『五人』が島を出ることになるのですね』

 

「どうして……誰にも言わないんだ? それとも、やはりやめるのか?」

 

青葉は首を横に振ると、小さく言った。

 

「言ったら、きっと陸奥さんも、勢いに任せて、島を出ると言うはずです。そうなれば、また司令官にご迷惑をおかけしてしまいますし、何よりも、それは陸奥さんの為にはなりませんから……」

 

「……だが、お前はそれでいいのか? 残された時間、誰にも悟られず、急に島を出ることになるんだぞ。それでは、あまりにも……」

 

「……いいんです。青葉が居ようが居まいが、皆さんにとっては変わりません。少しは悲しんでくれるかもしれませんけど、そんな感傷よりも、青葉にとっては、陸奥さんが前に進むことの方が大事だと思っただけです」

 

「青葉……」

 

「それに……」

 

青葉はそっと、俺に寄り添った。

 

「司令官だけが知っていれば、青葉はそれで満足です。むしろ、そっちの方が良かったり……なんて……」

 

青葉は悪戯な表情で、舌を出して見せた。

 

「……あまり揶揄ってくれるなよ」

 

「少しはドキッとしてくれましたか?」

 

「それがお望みなら、何度でもドキッとしてみせるよ」

 

「……意地悪ですね」

 

静かな時が流れる。

 

「司令官……」

 

「なんだ?」

 

「ありがとうございます……。貴方に会えて……本当に良かったです……」

 

「……俺もだ」

 

青葉は小さく笑うと、静かな波音に溶け込むような小さな声で、言った。

 

「いじわる……」

 

 

 

翌日。

海軍本部へ、島を出ることを希望する艦娘が居ると報告すると、準備は出来ているから、すぐにでも連れて来いとの返答があった。

五隻に確認すると、覚悟は出来ているとのことだったので、その日の夕方に島を出ることになった。

そしてその事は、すぐに皆に知らされた。

青葉が島を出ること以外は……。

 

「本当にいつも通り過ごすのか? 送別会とか、やらずに?」

 

「えぇ。こっちの方がいいのです。こういう日常の方が、いつか特別に感じることがあるはずです。ですから、最後の最後まで、日常という特別を味わっておきたいのです」

 

「そうか……」

 

家の庭では、皆が遊具で遊んでいた。

いつもの日常。

いつもの笑顔。

誰一人として、別れを悲しむ顔はしていない。

本当に、いつも通りであった。

 

「夕方には別れるのにな……」

 

「またすぐに再会出来ますから」

 

そう言うと、鹿島は俺の手に、自分の手を重ねた。

 

「……あぁ、そうだな。必ず、再会させてやるさ」

 

「提督さん……」

 

「だから、信じて待っていてくれ。鹿島」

 

「……はい!」

 

 

 

夕食も、いつも通りであった。

いつも通りの挨拶。

いつも通りの献立。

いつも通りの食事風景。

みんな、思うところはあるはずなのに、誰もそれを表に出さなかった。

島を出る者への、こいつらなりの礼儀なのかもしれない。

 

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

食後の挨拶を終えると、ついにその時がやって来た。

 

「提督、泊地に船が」

 

「……来たか」

 

 

 

泊地には、旗を掲げた数名の海兵と、勲章を胸に携えた上官が、待ち受けていた。

 

「こりゃまた大層な……」

 

上官は一歩前に踏み出すと、俺に敬礼をしてみせた。

 

「君の活躍に、敬意を表します」

 

そして今度は、艦娘にも――。

数名の艦娘達が、同じように敬礼を返した。

 

「報告の艦娘達です。鹿島」

 

「はい」

 

「卯月」

 

「はいっ!」

 

「皐月」

 

「はい!」

 

「望月」

 

「はい」

 

そして……。

 

「……青葉」

 

「え……」

 

声を漏らしたのは、陸奥であった。

 

「……はい」

 

青葉が前に出てくる。

 

「ちょ……ちょっと……! 青葉……!? どういう事!?」

 

陸奥と同じように、皆がざわつく。

鹿島も――島を出る艦娘達も、この事を知らず、驚き、戸惑っていた。

 

「青葉……!」

 

青葉は何も言わず、ただまっすぐに、上官の方を見ていた。

 

「どうして……。提督……! どういう事よ……!? どうして青葉が……!」

 

俺は青葉を見た。

だが、青葉は反応を見せない。

 

「……どういう訳か分からないけど、貴女が行くというのなら、私も行くわ!」

 

陸奥が青葉に駆け寄る。

 

「青――」

「――来ないでくださいっ!」

 

青葉の声に、陸奥は思わず足を止めた。

上官たちは、こうなることを分かっていたようで、何も言わず、ただ見守ってくれていた。

 

「青葉……」

 

「……正直、もう嫌になっちゃったんですよ。陸奥さんの面倒を見る事……」

 

「え……」

 

「何かあれば、すぐに青葉青葉って……。青葉は貴女の奴隷じゃないんですよ……」

 

「そ、そんな……奴隷だなんて……。私はただ……」

 

「……陸奥さんがそのつもりでいても、青葉にとっては違うのですよ。思えば、貴女はいつもそうでした……。自己中で、思い込みが激しくて……。誰彼構わず同情を誘い、時には誘惑し、利用する……。自分の思い通りにならないことがあると、すぐに拗ね、それを批判し、攻撃する……。青葉が嫌になるのも、分かりますよね……?」

 

陸奥は何も言えず、ただ俯いていた。

 

「青葉が去ることを知れば、貴女はきっと、何かしらの妨害工作をすると考えました……。だからこそ、司令官には内緒にしてもらっていたのです……」

 

淡々と話す青葉。

俺はその表情を、あえて確認することをしなかった。

 

「……もういいでしょう。これ以上話していても、時間の無駄です……。行きましょう……司令官……」

 

「……あぁ」

 

青葉が船に乗り込もうとした、その時であった。

 

「本当にそれは……貴女の本心なの……?」

 

青葉が足を止める。

 

「私には……とてもそうは思えない……! 貴女は……わざと私を遠ざけようとしている……! 島に残る私が、貴女に未練を残さないようにと……そうでしょう!?」

 

「……そういうところですよ、陸奥さん。そういう思い込みが、嫌いだと言っているんです……」

 

「それも嘘……! 私の知る貴女は、そんなこと言わない……!」

 

「……青葉の何を知っているというのですかっ!」

 

「知ってるわ……! だって……私は……貴女の事が好きだから……!」

 

一瞬、青葉の心が、動いたのを感じた。

 

「知ってるわよ……。貴女は……いつもそうやって、自分を犠牲にして、誰かを助けようとするじゃない……。私をセクハラから救ってくれた時もそう……。提督との交流だってそうだった……。私は……貴女をずっと見ていた……。間違えるわけ……ないじゃない……」

 

陸奥が、青葉に近づいてゆく。

 

「青葉……」

 

「……やめてください」

 

「やめないわ……。私の事が本当に嫌いになったのなら、それでもいい。でも、私が貴女の事を想うこの気持ちは……否定しないで欲しいの……」

 

青葉は俯き、体を震わせた。

 

「私も一緒に行かせて……。本当に私の事を想ってくれるのなら……私を否定しないで……」

 

陸奥の涙が、泊地のデッキを叩く。

その音に、青葉は思わず振り返っていた。

 

「青葉……」

 

涙でぐしゃぐしゃになった陸奥の顔に、青葉は――。

 

「青葉」

 

俺は、青葉の肩を押してやった。

 

「司令官……」

 

「もういいだろ。お前の優しさは、陸奥に十分伝わっている。それでも尚、陸奥はお前と共に『生きたい』と言っているんだ」

 

陸奥は小さく頷いた。

 

「それに、自己中で、思い込みが激しいのは、お前も同じだろ。結局のところ、お前には陸奥が必要だし、陸奥もまた、お前を必要としているんだよ」

 

青葉は再び、陸奥に目を向けた。

 

「陸奥さん……」

 

「青葉……」

 

「……いいのでしょうか? また……陸奥さんと居ても……いいのでしょうか……?」

 

「……あたりまえじゃない。だって私たち……友達でしょう……?」

 

そうだ。

必要不要の話じゃない。

一緒に居たいかどうか。

ただ、それだけなんだ。

 

「陸奥さん……う……うぁぁぁぁぁ……! あぁぁぁぁぁ……!」

 

「青葉……!」

 

大声で泣く青葉を、陸奥は強く抱きしめた。

もう離すものかと、言うほどに……。

 

「相変わらず、不器用だな……。お前たち……」

 

「司令官……」

 

「良かったな、青葉……」

 

青葉は返事をするように、再び大声で泣き出した。

静かな海に、少女の泣き声が響く。

だがそこに、悲しみは一つも無かった。

 

 

 

 

 

 

残り――29隻

 

――続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。