不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第16話

もう何度、この星空を独りで見た事か。

 

『艦隊決戦の切り札……ねぇ……』

 

『戦力は認めるが、如何せん、大食い過ぎてな……』

 

『出撃はないだろう』

 

『貧乏神だな……』

 

『的にでもなって、沈んでくれた方がマシだ』

 

私はここでいい。

ここに居れば、誰にも迷惑をかけないで済む。

傷つかなくて、済む。

――そのはずだったのに、あなたは――あなた達は――。

 

「貴女の事が知りたいの。話すことが嫌だというのなら、まずは――」

 

私は――。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

部屋を出ると、山風が駆け寄って来た。

 

「雨宮君、お疲れ様」

 

「おう。見ろよこれ」

 

俺は、表彰楯を山風に渡し、制服の襟元を緩めた。

 

「艦娘の人化を促進したって事で、表彰されたんだ。全く……こんなもんまで作って、呑気なもんだぜ……」

 

「それだけ、雨宮君が期待されているって事だよ」

 

「最初から期待してくれていれば良かったんだがな……」

 

12月23日。

クリスマスを間近に控えた今日、俺は本部に呼び出され、表彰を受けた。

 

「そっちの荷物は?」

 

「あぁ、これか。これは、これから会う奴らへのクリスマスプレゼントだ。上官に頼んで、用意してもらったんだ」

 

「そっか……。雨宮君、外に出られないもんね……」

 

「情報漏洩対策の為……だったはずなのに、いつの間にか漏れていたな。情報」

 

そう言って、俺は掲示板を指した。

そこには、新聞の切り抜きと共に、マスコミへの対応に注意する旨の文章が書かれていた。

 

「まさか、大井の人化が、本部の発表前に漏れるとはな……」

 

「雨宮君の名前は出ていないけれど、島へ人間が出向しているって情報も出ていたね……」

 

「らしいな……」

 

数日前、大井が人化したという情報が、何故かマスコミに漏れた。

リーク元は不明だが、艦娘の人化に反対する団体が絡んでいると噂されている。

 

「やはりと言うか、批判的な意見が多いな」

 

「海軍の発表よりも先に情報が出ちゃったから、よくない憶測がたっているみたい……」

 

「何件か見てみたが、酷いもんだ。『無理やり連れて来たのでは?』『疚しいことがないのなら、もっと早く発表するはずでは?』『このまま隠蔽するつもりだったのでは?』」

 

「ただ発表するタイミングが遅れただけなのにね。望月ちゃんたちの件もあったし……」

 

「そっちの情報は、まだ出ていないのだろう?」

 

「うん。今日、発表するって。後れを取ると、大変な事になるのは分かっているからね」

 

「しかし、早かったな。望月たちの人化」

 

「これから会いに行くでしょ? 皆、雨宮君に会えるのを楽しみにしていたよ」

 

「あぁ、もちろんだ。けど、その前に……」

 

俺は紙袋から、一つだけ箱を取り出した。

 

「少し早いが……クリスマスプレゼントだ」

 

「え……あたしに……?」

 

「あぁ。喜んでくれるといいのだが……」

 

箱を開けると、山風は驚いた表情を見せた。

 

「これ……」

 

「ナースウォッチ……って言うんだって? それ」

 

「ど、どうして……。だって、これ……!」

 

「あぁ。山風の同僚から聞いているよ。それと同じものを、看護学校を出た時、記念に買ったんだろ? だけど、壊れてしまって……。しかも、もう売っていないものだったし、修理も出来ないと、落ち込んでいたって」

 

「そ、そうなの……! でも……どうやってこれを……?」

 

「本部に頼んで、製造していたところを調べてもらったんだ。どうやら職人さんが手作業で作っていたものらしいのだが、その人が亡くなってしまったようでな……。パーツの在庫はあったから、譲ってもらって、別の時計職人に組み立ててもらったんだ」

 

「そうだったんだ……」

 

「同じパーツを使っているとは言え、やはり、思い入れのあるものとは違うからさ……。コレジャナイって感じなんだろうけれど……少しでも、気がまぎれたらと思って……」

 

山風はじっと、時計を見つめていた。

やっぱ、ちょっと違うって、思っているのだろうか……。

 

「あたしの為に……そこまでしてくれていたなんて……」

 

「あぁ……いや……。まあ……俺というよりも、本部が頑張ってくれただけで……俺はあまり……」

 

山風は、箱から時計を取り出すと、それを大事そうに胸にあてた。

 

「嬉しい……。とっても……嬉しい……」

 

そう言うと、山風は優しく微笑んで見せた。

気を遣って喜んでくれている――という訳ではなさそうだ。

 

「そうか。はぁ~……良かった……。こういうの初めてだから、気を悪くさせたらどうしようって、ドキドキしていたんだ」

 

「そんな、気を悪くするなんて……! あたしは……雨宮君から貰えるものなら、なんだって嬉しいよ……?」

 

「山風……」

 

お互い、照れるように、視線をそらしてしまった。

 

「ほ、本当にありがとう、雨宮君」

 

「あ、あぁ……喜んでくれているようで、よかったよ」

 

「あたしからも何かあげたいのだけれど……。雨宮君、何か欲しいものとか……ある?」

 

「いや、気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「そ、それだと、あたしの気が済まないの!」

 

山風は距離を詰めると、迫るように顔を近づけた。

 

「そ、そうか……。じゃあ……そうだな……。あっ……いや、もう貰っているよ。山風が、プレゼントで喜んでくれた笑顔――」

「――そういうのじゃなくて!」

 

山風はムッとした表情を見せると、次に寂しそうな表情を見せた。

 

「だって……ズルいもん……」

 

「ズルい?」

 

「こんな素敵なプレゼントを貰ったら……あたしのこと、そんなに考えてくれていたなんて知ったら……あたしがどう思うのか……雨宮君には分からないの……?」

 

そう言うと、山風はそっぽを向いてしまった。

怒っている……のか……?

 

「えーっと……」

 

困惑する俺に、山風は視線だけ向けた。

 

「本当に分からないんだ……」

 

「……正直、分からない。色々と……。なんか、怒らせたのは分かるのだけれど……」

 

「……別に、怒っている訳じゃないよ」

 

「え?」

 

山風は体をこちらに向けると――。

 

「――……」

 

唇を離すと、山風は小さく言った。

 

「これで……分かったでしょ……? あまりあたしを……そういう気にさせないで……」

 

大胆な行動とは裏腹に、山風は顔を真っ赤にさせた。

 

「……それで、雨宮君は何が欲しいの?」

 

「……もう貰ったよ。今ので、十分だ……」

 

それからお互いに何も言えず、ただ顔を真っ赤にして俯くだけであった。

 

 

 

望月たちと会う準備が出来たという事で、俺たちは気持ちを切り替えた。

 

「大井さんの時と同じで、面会できる時間は短いから、話せることは話しておいた方がいいよ」

 

「あぁ、分かっている。しかし、どうして短いのかね」

 

「あたしもよく分からないのだけれど、メンタル面とか、免疫とか、色々と影響があるとかで、短いんだって」

 

なるほどな……。

やはり、人化した直後はそういったものに弱いのだろうか。

 

「この次に会えるのは年明けくらいになりそうだから、存分に話しておかなければな」

 

「鈴木さんも、明日からいないんだよね?」

 

「あぁ。だから、今年はこれで終わりだ。正月も、向こうで過ごすんだ。海軍も律儀に正月セットみたいなのをくれたから、なんとか退屈しないで済みそうだ」

 

「そっか。いいなぁ……。あたしは秋雲のお手伝いをしないといけなくて……」

 

「らしいな。年末あたりから、イベントに参加するんだって? なんか、本を売るとかなんとか……」

 

そう言ってやると、山風の目の色が変わった。

 

「……どうして知っているの?」

 

「え?」

 

「秋雲から聞いたの……? 秋雲に……連絡を取ったの……?」

 

目を細くする山風。

静かな怒りを感じる。

 

「いや……まあ……一方的に連絡先を渡されたから、こっちの連絡先も教えておかなければと思ってさ……」

 

「ふぅん……」

 

「別に、普通に会話しただけで……疚しい事はないんだ。そもそも、秋雲はイベント準備が忙しいとかで……」

 

「イベントで忙しくなければ、シてたんだ……」

 

「そ、そういう訳では……」

 

そんな話をしている内に、皆がいる部屋に着いた。

 

「とにかく、秋雲とは何もないんだ。信じて欲しい」

 

「でも、連絡は取ったよね……?」

 

「それはあくまでも、一友人としてだな……」

 

その時であった。

 

「あ……」

 

部屋の扉が開いて、陸奥と目が合った。

 

「陸奥……」

 

「提督……」

 

永い沈黙。

 

「なになに? どうしたの陸奥さ……」

 

後ろから、皐月が顔を出した。

 

「皐月……」

 

瞬間、タックルと遜色ない抱きつきをくらった。

 

「うぉ!?」

 

「司令官! 司令官だ!」

 

「え!?」

 

皐月の声に、卯月が反応を見せ、俺にタックルをくらわせた。

 

「うっ……。お前ら……元気そうだな……」

 

「うん……うん! ボクたち元気だよ!」

 

「司令官! おひさしぶりだぴょん!」

 

「あぁ、久しぶりだな」

 

顔をあげ、再び陸奥に向き合う。

 

「……どう?」

 

「え?」

 

「人化した私。髪が少し伸びたのだけれど……」

 

様子を窺うように、陸奥はじっと俺を見つめた。

 

「……あぁ。見違えたな。より一層、美人になった」

 

そう言ってやると、陸奥は少し嬉しそうに微笑んで見せた。

 

「でしょう!? 胸も少し大きくなったんですよ!」

 

「青葉」

 

「もう、青葉ったら……。でも、そうなの。急に成長し出してね……?」

 

「青葉も、1cm身長が伸びたんです! 気付きました?」

 

皆、いつもの笑顔を見せていた。

大井の時もそうだったが、人化した奴らに、どういう顔で会えばいいのか、ずっと悩んでいた。

けど――。

 

「あぁ、1cmかは分からないが……成長したように見えるぜ」

 

「そうでしょう? んふふ」

 

こいつらみたいに、いつも通り振る舞うべきだよな。

人化したとしても、関係が変わることはないもんな。

 

「じゃあ、雨宮君。後で……」

 

そう言って、山風は去って行った。

後で色々言われるんだろうな……。

 

「司令官、入って入って! もっちーと鹿島さんも、検査が終わったらすぐに来るから!」

 

「……あぁ!」

 

 

 

病室はとても広く、それでいて華やかであった。

 

「とても病室とは思えんな……」

 

「看護師の人たちが飾ってくれたのよ。病人じゃないんだからって」

 

「青葉たちも手伝いました! ね、皐月ちゃん、卯月ちゃん」

 

「「うん!」」

 

「そうだったか」

 

いつの間にか、皐月と卯月が、青葉と仲良くなっているな。

やはり、人化した者同士、仲間意識が強くなっているのだろうか。

 

「司令官。改めまして、ありがとうございます。あの時、司令官が青葉の背中を押してくれなかったら、今の幸せは無かったと思います……。本当に……ありがとうございました……」

 

「青葉……」

 

「私からも言わせて……。ありがとう、提督……。私、今がとても幸せよ……? 青葉と、本当の意味で友達になれた……」

 

「陸奥……」

 

「ボクもだよ! もっちーを連れてきてくれて、ありがとう、司令官!」

 

「うーちゃんも、幸せだぴょん! ありがと、司令官!」

 

「お前ら……」

 

視界が歪む。

 

「……って! なんで泣いているの司令官!?」

 

「ど、どこか痛いの?」

 

「……いや。ハハハ……なんだろうな……。よく分からんが……泣いてしまった……」

 

その理由が分かっているのか、陸奥と青葉は、俺の背中をそっと撫でてくれた。

 

「……っと、泣いている場合じゃないな。お前たちに、プレゼントがあるんだ。少し早いけど、クリスマスプレゼントだ」

 

そう言って、皆にプレゼントを配った。

 

「わぁ、これ、カメラですか!?」

 

「あぁ。最新機種? のやつらしい。それでいい写真を撮って、面白い新聞を書いてくれよな」

 

「わぁ! ありがとうございます! それじゃあ、早速……!」

 

そう言って、青葉は俺を撮った。

 

「おいおい……。一枚目が俺で良かったのか?」

 

「はい! これで、いつでも司令官の顔が見られますから。えへへ」

 

青葉は嬉しそうに、撮った写真を確認していた。

 

「私は、スキンケアセットね。ふふ、私を綺麗にさせて、どうするつもり?」

 

「どうするつもりもないが……。人化すると、肌の感じだとか、今まで通りにはいかないらしいからさ。面倒だけど、その手の物が必要なんだ。せっかく綺麗な肌をしているのだから、保ってほしいと思ってな」

 

「あら、綺麗だなんて。じゃあ、提督の為に、綺麗を維持しちゃおうかしら。うふふ」

 

陸奥のやつ、本当に明るくなったな。

出会った頃は……いや、出会った頃に戻った感じだろうか。

でもまあ、あの時と比べたら、色々と壁がなくなっただろうから、こっちが本当なんだろうな。

 

「ボクたちは……ゲームだ!」

 

「あぁ。それも、今一番新しいやつらしい。それが一番、入手するのに苦労したって、上官が嘆いていたぞ」

 

「わぁ、ありがとう司令官!」

 

「ありがと、司令官!」

 

皆、とてもいい笑顔を見せてくれた。

何をプレゼントするか、悩んだ甲斐があったもんだ。

 

 

 

それから俺たちは、時間の許す限り、たくさん会話をした。

人化して嬉しかった事、驚いた事、不便な事――どうでもいい事まで、なんでも話した。

 

「それでね?」

 

「皆さん、そろそろ検査のお時間ですよ」

 

看護婦がやってきて、終わりを告げた。

 

「もうそんな時間か……」

 

「楽しい時間は、あっという間ね……」

 

皆、寂しそうに俯いてしまった。

 

「フッ、何も永遠の別れって訳でもないんだ。また、顔を出すよ。だから、そんな顔すんな」

 

「本当……? また、来てくれる?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

「本当に本当? 嘘ついたら、ハリセンボン呑んでもらうぴょん……。トゲトゲした状態のやつ……」

 

「ハリセンボンじゃなくて、針千本、な。どっちにしろ……物騒だけれど……」

 

皐月と卯月を撫でてやりながら、俺は陸奥と青葉を見た。

 

「陸奥、青葉。本当にありがとな。これからも、こいつらをよろしく頼んだぜ」

 

「えぇ、任せて」

 

「お任せください! 陸奥さんの面倒も、ちゃんと見ますから!」

 

「もう、青葉ったら……」

 

二人とも、嬉しそうに笑って見せた。

 

「じゃあ、またな。みんな」

 

四人は元気な挨拶をすると、そのまま看護婦と共に、検査室へと向かっていった。

 

 

 

病室の窓から海を眺めていると、望月と鹿島が戻って来た。

 

「提督さん!?」

 

「司令官……」

 

「よう。検査、お疲れさん」

 

瞬間、鹿島が俺の胸に飛び込んできた。

さっきの二人と比べたら、優しいものであったが。

 

「提督さん……うぅぅ……」

 

「鹿島……。ハハハ……どうして泣いているんだ?」

 

「分かりません……。分かりませんけど……うぅぅ……」

 

鹿島もそうだったか……。

なんか……俺も……また泣いてしまいそうだ……。

一体、なんの涙なんだろうな……。

 

「よっ、司令官」

 

「望月……」

 

「へへへ……。どうよ? 人化したあたし。可愛い可愛い女の子に見える?」

 

「フッ……お前は元々可愛いよ。望月」

 

そう言ってやると、望月は恥ずかしそうに頬を掻いていた。

 

 

 

二人にプレゼントを渡した後、先ほどの四人と同じように、たくさん会話をした。

 

「一番驚いたのは、やっぱ、山風が大人になっていたことかな。めっちゃ美人でビビったわ~」

 

「本当に。香取姉におんぶに抱っこだった山風ちゃんとは、別人みたい」

 

二人にとってはそうだよな。

俺にとっては、暗い山風の方が想像できないくらいだが。

 

「そう言えば、香取姉に会いました」

 

「え!? ど、どうだったんだ……?」

 

「ふふ、提督さんが心配しているようなことにはなりませんでしたよ。お互いに思うところはありましたが、再会できた喜びの方が大きくて、蟠りなんて、すぐに消え去っちゃいました」

 

本当にそうなのか、鹿島は嬉しそうに笑って見せた。

 

「そうか……。それは良かった……」

 

「これも全部、提督さんのおかげです……。本当にありがとうございました……」

 

「いや……。お前が俺を信じてくれたからだ。ありがとう、鹿島」

 

「提督さん……」

 

謎の沈黙が続く。

 

「なんかここ、湿気多いな~」

 

沈黙を破ったのは、望月であった。

 

「え? そうかな……。むしろ、乾燥しているような……」

 

「いや、鹿島……そういう事じゃないと思うぞ……」

 

望月はニッと笑うと、俺の膝の上に座った。

 

「お、どうした? 望月」

 

「いや? なんかさ、司令官は本当に、あたしの言いたいことが分かっていると言うか、話が通じていいなぁって思ってさ」

 

「なんだそりゃ? 皆とじゃ、話が合わないのか?」

 

「そういう訳じゃないけどさ。なんつーか、気兼ねなく話せると言うか……うぅん……なんつーのかな……」

 

「甘えられる存在、じゃないかな?」

 

鹿島がそう言うと、望月は何やら慌てだした。

 

「そ、そういうのじゃねーし……。なんつーか……あれだよ……下僕的な……?」

 

「下僕って……」

 

「そんなこと言って、本当は甘えたいんですよね? 望月ちゃん」

 

「そんな事ねーし……」

 

「えー? でも、夜になると、一人寂しそうに島の方を見るじゃないですか。船が出港する度に、ソワソワして……。提督さんが来るかもって、思っていたのでは?」

 

「そうなのか?」

 

望月は何も言わなかった。

 

「そうか。なら、存分に甘えればいいさ」

 

「……いらねーよ。そんなの……」

 

「でも、膝の上からは降りないんですよねー?」

 

「鹿島さん……!」

 

鹿島はくすくすと笑っていた。

なんか、このコンビもいいな。

というか、いつの間にこんなサドっぽくなったんだ?

鹿島の奴は……。

 

 

 

結局、望月が膝から降りることはなかった。

 

「雨宮君、そろそろ……」

 

山風が申し訳なさそうに、部屋へと入って来た。

 

「お、そうか……。もうそんな時間か……」

 

「ん? もう行くのか?」

 

「あぁ。お前たちとの面談には、時間制限があるらしくてな」

 

「そうでしたか……。それって、ずっとなのですか……?」

 

「お前たちが寮に移る頃には、それも無くなると聞いている。まあつまり、今だけだよ」

 

そう言ってやると、鹿島は安心したのか、笑顔を見せた。

 

「じゃあ……次に会えるのは、いつになるんだ?」

 

「年明けだろうな。三が日を過ぎた頃に、また来るよ」

 

「それまで会えねーのか……」

 

望月は俯くと、そのまま俺の体に寄り掛かるようにして、倒れこんで来た。

 

「なんだ望月? 寂しいのか?」

 

揶揄うように言ってやると、望月は何も言わず、俺の手で遊び始めた。

 

「望月?」

 

「…………」

 

真剣な表情――というよりも、どこか退屈そうな表情で、俺の手を揉んでいる。

 

「……山風さん」

 

「なに? 鹿島さん?」

 

「少しだけ、お二人だけにしてくれませんか?」

 

そう言うと、鹿島は俺にウインクして見せた。

なるほど。

 

「……俺からも頼むよ。山風」

 

山風は察してくれたのか、小さく頷くと、鹿島と共に部屋を出ていった。

 

「さて……」

 

「気を遣わせちゃったけどさ……別に……あたしは平気だから……」

 

そう言うと、望月は俺の手を放った。

 

「じゃあ、どうして離れようとしないんだ?」

 

「……前にも言ったじゃん。あたしは、自分から行動出来ないんだ……。だから、司令官があたしを退けるまで、待っていたんだけれど……」

 

「退けて欲しいのか?」

 

「そうは言っていない……。つーか……あたしの考えていることが分かっているくせに、言わせようとすんなよなー……」

 

「言ってくれないと分からないよ。……いや、言わないと伝わらないこともある。だからこそ、窮屈に感じているんじゃないのか? 俺みたいな理解者を求めてしまうのも、お前自身が何も伝えようとしないからだ。違うか?」

 

望月は、面白くないというような表情をみせていた。

 

「素直になっても、誰もお前を笑ったりなんかしないし、それが自分の弱みを見せることにはならないんだぜ」

 

「……分かっているさ。分かっているけれど……うぅん……」

 

「ほら、どうして欲しいのか、言ってみろよ」

 

望月は恥ずかしそうに手を揉んだ後、体を横にして、俺の胸に頭を預けた。

 

「……撫でて欲しい」

 

「あぁ、分かった」

 

頭を撫でてやる。

望月の耳が、徐々に赤くなってゆくのを感じる。

 

「あー……恥ずかしい……」

 

「なら、やめるか?」

 

望月は上目遣いで、俺を睨み付けた。

 

「いじわるすんな……」

 

「悪い。つい、な」

 

「……まあ、いいけどさ」

 

望月は体勢を変え、俺に向き合うと、そのまま抱きついた。

 

「撫でて……」

 

俺は何も言わず、望月を抱きしめ、撫でてやった。

ふと、扉の方を見ると、山風と鹿島がこちらを覗いていた。

 

「……望月、そろそろ」

 

「え……もう……? もうちょっと……」

 

「そろそろ時間なんだ。山風たちが来てしまうぜ」

 

「……分かった」

 

望月は俺の膝から降りると、寂しそうな表情を見せた。

 

「……もっと司令官と居たい」

 

「……急に素直になったな」

 

「素直になれって言ったのは……司令官じゃん……」

 

にしてもな……。

でもまあ、そうだよな……。

ずっと溜め込んできたんだ。

こうもなるよな。

 

「また来るよ。だから、そんな顔すんな」

 

「また撫でてくれるのかよ……?」

 

「あぁ。お望みとあらば」

 

そう言って、俺はもう一度望月を撫でてやった。

 

「雨宮君、そろそろ……」

 

タイミングを見計らったかのように、山風が部屋に入って来た。

 

「おう、今行くよ。じゃあ、またな、望月」

 

「うん……」

 

「鹿島、後は頼んだぞ」

 

「はい! あ、提督さん」

 

「ん? なんだ?」

 

鹿島は俺に近づくと、そっと耳打ちをした。

 

「次に会う時は、鹿島とも二人っきりになってくださいね? 約束ですよ?」

 

そう言うと、鹿島はニコッと笑い、望月の方へと駆けていった。

次に会う時は、二人っきり……か……。

 

「雨宮君……?」

 

山風は何やら、細い目で俺を見ていた。

 

「なんだ山風? まだ秋雲とのことを疑っているのか?」

 

「……それもあるけれど。なんか……鹿島さんと距離が近いなぁって思って……」

 

「まあ、色々あったからな。鹿島とは」

 

「ふぅん……。まあ、いいけど……」

 

そう言うと、山風はツカツカと歩き始めた。

……今日の山風は、なんか、色々と難しいな。

 

 

 

それからは山風と別れ、俺は鈴蘭寮へと向かった。

大井と約束した通り、デートする為だ。

寮の門をくぐろうとすると、大井が駆け寄って来た。

 

「提督」

 

「大井」

 

「姿が見えたから、出てきちゃった」

 

そう言うと、大井はニコッと笑って見せた。

 

「準備万端って感じだな」

 

「えぇ。見て。洋服を貰ったの」

 

大井はその場でクルリと回って見せると、感想を求めるように俺をじっと見つめた。

 

「あぁ、可愛いよ」

 

「でも、靴がイマイチなのよね……」

 

大井の靴は、海軍が支給したであろう、白いスニーカーであった。

 

「今のファッションとか、イマイチ分からないのだけれど……こういうのが流行っているの?」

 

「まあ……その手のやつが流行った時期もあるが……」

 

「うぅん……」

 

大井は気にするように、自分の足元を見つめていた。

 

「でも、ちょうど良かった」

 

「え?」

 

俺は紙袋をそのまま、大井に渡してやった。

 

「少し早いが、クリスマスプレゼントだ」

 

「ウソ……いいの? わぁ……! 何かしら」

 

大井はプレゼントを開けると、目を輝かせた。

 

「ショートブーツだ。サイズは合っている……はずだ」

 

「ちょ、ちょっと履き替えてくるわ!」

 

そう言って、再び寮へと戻っていった。

 

 

 

少しして、大井は戻って来た。

 

「お待たせ」

 

「お、似合っているじゃないか。今日の格好にぴったりだ」

 

「サイズもちょうどいいわ。こういうのが欲しかったのよ。うふふ」

 

大井は嬉しそうに、ステップを踏んで見せた。

 

「ありがとう提督。とっても嬉しいわ」

 

「喜んでくれているようでなによりだ」

 

大井が何を欲しいのか、正直分からなくて、いろんな奴に相談していた。

北上もそうだし、秋雲にも相談していた。

そこで、意外にも多く意見に挙がったのが、靴だった。

 

『人化した直後、一番困ったのは靴かな。洋服とかは、寄付されたものの中から、サイズの合ったものを貰えたりして、困ることはなかったのだけれど、靴はそうもいかなくてさ。そもそも、寄付されるようなものでもないし、サイズも無いし、あっても大抵、スニーカーばかりだったしね』

 

『秋雲さん的には、もっとオシャレしたくてさぁ……。でも、出来ないじゃん? だから、もういいや! ってな感じで、色々とずぼらになっちゃったんだよねぇ……。それで、今も処女やってますって訳。だから雨宮君さぁ……秋雲さんの処女、貰ってくんないかなぁ……? なんて……』

 

最初は、靴を贈るなんて……と、思っていたのだが、何とか喜んでくれているようで良かった。

 

「うふふ。こんなに素敵なものを貰っちゃって、いいのかしら?」

 

「なら、返すか?」

 

「ダメ! これはもう私のものよ。誰に何と言われようとも、これだけは誰にも譲らないわ」

 

「そこまで気に入ってくれたか」

 

「それもそうだけれど、提督からのプレゼントだもの。たとえそれがどんなものであったとしても、私にとって大事なものになるわ」

 

そう言うと、大井は俺の手を握り、指を絡めた。

 

「フッ、はしゃいでいるな。後で恥ずかしくなっても、知らんぜ」

 

「それでもいいわ。ずっと、今日を楽しみに、色々と我慢してきたのだもの。はしゃぐくらいは、許してあげたいの」

 

そこまで楽しみにしてくれていたのか。

 

「ちょっとプレッシャーだぜ……」

 

「ふふ。ガッカリさせないでよ?」

 

 

 

それから俺たちは、会話を続けながら、本部敷地内をゆっくりと歩いた。

 

「外に出られたら、色々連れて行ってやれたのだがな」

 

っと……前にもこんなこと言ったな。

……あぁ、そうか。

鹿島とのデートの時だ……。

 

「今はこれで十分よ。もし私が外へと出られたら、その時はまたデートしてくれる?」

 

「ずいぶん気が早いな」

 

「いいじゃない。ね、どうなのよ?」

 

「そうだな……。その時、まだお前が俺とデートしたいと思えるのならな」

 

「どういう意味よ?」

 

「今のお前は、まだ俺しか男を知らないのだろうが、外にはもっと、俺以上に魅力的な男がわんさかいるって事だよ」

 

「そんなの分かっているわよ。それでも貴方を選んでいる訳じゃない」

 

まあ、今はそうだろうがな……。

 

「とにかく、約束して?」

 

「あぁ、分かったよ。強引だな。お前」

 

「そういう方があなた好みだって、知っているんだから」

 

似たような事を、誰かに言われた気がする。

本当、こいつらの俺への評価って、一体どうなってんだ……。

 

「そういや、なんだよその荷物?」

 

「あ、これ? これはお弁当よ。一緒に食べようと思って」

 

「へぇ、お前が作ったのか?」

 

「えぇ。家庭科っていう講習があってね? そこで色々覚えたのよ。ちょうどいい時間だし、あそこの広場で食べない?」

 

「お、いいな。朝から何も食っていないんだ」

 

「ふふ、なら良かったわ」

 

 

 

広場には、屋根の付いた木造のベンチテーブルがあった。

 

「結構きれいね」

 

「この広場も、最近できたみたいだな。誰も使っている様子はないが……」

 

本当、変なところで金を使うよな……。

 

「公園にでもするんじゃない? ほら、駆逐艦たちも来たわけだし」

 

確かに、ただの広場にしては、広すぎるが……。

寮からも近いし……。

 

「……っと、言い忘れていた。改めてお礼を言わせてくれ。望月たちの件、お前がいなかったら、あいつらが人化することも無かっただろう。本当にありがとう」

 

頭を下げる俺に、大井はわざとらしくため息をついてみせた。

 

「もういいっての……。今回はたまたま私の考えを採用しただけで、もっといい方法を貴方はきっと思いついていたはずよ」

 

「そうだろうか……」

 

「そうよ。そんなことよりも、早くお弁当食べなさいよ。不味くなったらどうするのよ?」

 

大井は少し、怒っているような口調で俺に弁当を渡した。

 

「あ、あぁ。悪い。いただくよ」

 

色々と強引だな。

大井の奴。

鬼嫁ってのは、きっとこんな感じなんだろうな。

 

 

 

弁当は大変美味であった。

 

「ごちそうさま」

 

「お粗末さまでした。全部食べてくれたのね」

 

「あぁ。結構量があったけど、全部美味かったよ」

 

「貴方に食べてもらえると思ったら、あれもこれもって、詰めすぎちゃったの。入りきらなかったものもあるんだから」

 

そう言って、大井はニッと笑って見せた。

いい笑顔だ。

 

「さて、これからどうするか。本部内でも巡るか?」

 

「えぇ、いいわ。貴方と一緒に居られるのなら、なんでも」

 

「フッ、何処で覚えたんだ? そんな歯の浮くような台詞」

 

「色々よ。漫画とか、ドラマとか……。変だったかしら?」

 

「そんな言葉を借りずとも、お前の言葉で言ってほしかったかな」

 

そう言ってやると、大井は俺の手をぎゅっと握った。

 

「なら、こうかしら」

 

「……なるほど。こっちの方が伝わってくるな」

 

「でしょ?」

 

大井は嬉しそうに微笑むと、そのまま俺の手を引いて、歩き出した。

 

 

 

それから俺たちは、本部内を巡りながら、たくさん会話をした。

時々、大井は立ち止まると、俺の存在を確認するように、そっと身を寄せていた。

 

「ふふふ」

 

「どうした? 今日はやたら引っ付いてくるじゃないか」

 

「いいじゃない。だって、貴方がいるのだもの」

 

「……どういう事だ?」

 

「さあ? どういうことでしょうね? ふふふ」

 

「フッ、なんだよそりゃ?」

 

思わず笑みが零れる。

大井の訳分からん言葉に対してでもあるが、俺はとにかく嬉しかったのだ。

人化した艦娘の未来は、決して明るいものになるとは限らない。

坂本上官はそう言っていた。

しかし、こんなに嬉しそうな笑顔を見せられたら、そんな言葉も霞んでしまう。

 

「大井」

 

「なに?」

 

「今、幸せか?」

 

大井は一瞬、ぽかんとした表情を見せた。

だが、すぐに笑顔を見せ――。

 

「貴方がこうしていてくれる限り、ね」

 

と、言ってくれた。

 

 

 

「ほら、コーヒー。ブラックで良かったのか?」

 

「えぇ。普段は砂糖をいれるのだけれど、今日は貴方と一緒のものがいいから」

 

「そうか」

 

俺たちは、例の誰も来ないカフェに来ていた。

 

「楽しい時間はあっという間ね……」

 

すっかり暗くなった外を見て、大井はそう呟いた。

 

「今日は楽しんでくれたか?」

 

「えぇ……。でも、もっと一緒に居たかったなって……」

 

そう言うと、大井は隣に席を移動し、俺の肩に頭を預けた。

 

「随分かわいい事を言うのだな」

 

「だってそうじゃない……。今日は午後からだったし……これからは、鹿島さん達が寮に来て、二人っきりになる時間も無くなっちゃうし……。あーあ……。一日がもっと永ければいいのに……」

 

「仮に永くなったとしても、それでも短い! って、お前は言いそうだがな」

 

「ふふ、よく分かっているじゃない……」

 

大井は目を瞑ると、黙り込んでしまった。

 

「おいおい、寝る気か?」

 

「……私が寝たら、貴方は起こさずに、ずっとこうしてくれるのかなって」

 

それは、大井なりのささやかな抵抗であった。

 

「次は外でデートなんだろ? だったら、今日という日は、もう終わりの方がいいだろ」

 

「そうかもしれないけれど……」

 

中々離れようとしない大井。

こんなに我が儘を言う奴だったか。

――いや、そうだよな。

それが許されるほどには、お前は――お前たちは――。

ふと、急に大井が、俺から離れた。

 

「どうした?」

 

「……そんな顔しないでよ」

 

「え?」

 

「別に、本気で困らせたかった訳じゃないのよ……?」

 

どこか申し訳なさそうにする大井。

俺は、ガラスに反射していた自分の顔を確認した。

そこには――。

 

「……別に、そういうつもりの表情ではないよ」

 

「でも……」

 

「ただ、もっと一緒に居てやりたかったなって、思っただけだ」

 

俺は立ち上がり、大井に手を差し伸べた。

 

「見送ってくれるか? 本土を離れる前に、少しでも、お前の顔を見ていたいんだ」

 

大井は少し驚いた表情を見せた後、手をとり、小さく言った。

 

「うそつき……」

 

「俺を誰だと思っている? お前を島から出した男だぜ」

 

「ふふ……そうだったわね……」

 

大井を立ち上がらせ、カフェを出る。

 

「ねぇ、提督」

 

「ん? なんだ?」

 

「……それでも私、貴方が好きだから」

 

俺はそれに、返事をしなかった。

だが、それも含めて、大井は俺を好きでいてくれているようであった。

 

 

 

大井に見送られ、俺は本土を出た。

 

「大井の奴、すっかりお前にお熱だな」

 

「今だけだ。その内、飽きられるだろうよ」

 

そう言ってやると、鈴木は何やら笑い出した。

 

「なんだよ?」

 

「いや、拗ねているなって思ってよ」

 

「拗ねている? 俺がか?」

 

「あぁ。なんか、色々と避けているなとは思っていたんだ。いつもいつも、向けられる好意に対して、お前は冷たかったからさ。でも、ようやく分かったよ。お前は、お前の事を本当に愛してくれる人を探しているんじゃないのか?」

 

そう言われ、俺はハッとした。

俺の事を本当に愛してくれる人……。

 

「気持ちは分かるぜ。今はお前を好きでいてくれても、相手が何も知らない艦娘と来れば、いずれ何処かに行ってしまうのではないかと、不安になるよな」

 

「別に、不安なんて……」

 

「なら、想像してみろよ。お前を愛してくれている奴らが、他の誰かのものになって、お前なんか見向きもしない未来を」

 

俺は想像した。

確かに、気分のいいものではない。

だが、それが俺の望んだ未来でもある。

 

「お前、変わったよ。昔はさ、何かに取り憑かれたかのように島を目指していたのに、今はなんて言うか……人間らしくなった」

 

「……昔の俺は何だったんだよ?」

 

「ロボットとか? とにかく、何に誘っても付き合わなかったし、女からのアプローチにも気づきすらしなかった」

 

「そんなのは受けたことがない」

 

「ほら、気づいていない」

 

俺は少し、ムッとしてしまった。

そんなこと言われたら、無かったとしても、あったかもしれないと思ってしまうじゃないか……。

 

「今は平気だろうが、きっと将来、お前は寂しいと思う時が来るだろう。そうやって逃げるだけじゃなくて、自分に向き合えよ」

 

自分に向き合え……か……。

確かに、俺はずっと、俺の気持ちから逃げて来たように思う。

 

『あたしは、雨宮君の逃げ道にはならない……』

 

逃げ道……か……。

 

「俺もさ、逃げないことにしたんだ」

 

「え?」

 

「明日のクリスマス・イブ、香取に会うのだが、そこで、告白しようと思ってな」

 

「こ、告白って……。じゃあ、お前……」

 

鈴木はニッと笑って見せた。

 

「だから、あいつら(艦娘)の事は頼んだぜ、慎二」

 

「鈴木……」

 

上空で、流れ星が光る。

 

「お! 流れ星! 初めて見たぜ」

 

「本当だ……」

 

星が良く見える、綺麗な夜空であった。

 

「本当に一瞬なんだな……」

 

「そういうもんだ。儚いからこそ、美しいんだぜ」

 

儚いからこそ……か……。

鈴木のその言葉が、俺の中で何度も何度も、反響していた。

 

 

 

島に着く頃には、消灯時間を迎えていた。

それなのにもかかわらず、出迎えてくれたのは――。

 

「提督!」

 

「明石」

 

明石は息を切らしながら、駆け寄って来た。

 

「どうした? もう消灯時間だろ」

 

「はぁ……はぁ……すみません……。窓の外から……はぁ……見えたんで……」

 

明石は息を整えると、俺の後ろに積まれていた段ボール箱に目を向けた。

 

「お一人で運ぶつもりだったのですか?」

 

「まあな。リアカーもあるし」

 

泊地の近くに、あらかじめリアカーを置いておいたのだった。

 

「手伝いますよ」

 

「そうしてくれると助かる。思ったより多くて、困っていたんだ」

 

「任せてください!」

 

何が嬉しいのか、明石は満面の笑みを見せながら、段ボールをリアカーへと積み込み始めた。

 

 

 

「っと……」

 

荷物は、リアカーごと倉庫へ置くことにした。

 

「これ、全部クリスマスプレゼントなんですよね? 私のはどれかな~」

 

「おいおい、まだ触るなよ?」

 

「はぁい。でも、まさかサンタが来るなんて。何十年ぶりかな」

 

「海軍はケチだから、クリスマスプレゼントなんてくれないんだってな」

 

「え!? じゃあ、これは全部、提督のポケットマネーで……?」

 

「あぁ、そうだ。買って来たのは、本部の連中だけどな」

 

知らなかったのか、明石は急に大人しくなった。

 

「そう畏まるな。お前たちには色々協力してもらったから、こういう形で還元しただけだ」

 

「それでも……。私……提督のポケットマネーとは知らず、欲しいものに高価なものを書いてしまいました……」

 

クリスマスプレゼントは、サンタへの手紙と称し、欲しいものを書いてもらっていた。

駆逐艦はまだサンタを信じているらしく、皆、自分が如何にいい子にしていたかというアピールと共に、欲しいものを記入していた。

 

「お前のはそうでもなかったよ。一番痛かったのは、やはり、駆逐艦たちのゲーム機だな……」

 

「そんなに高いのですか? ゲーム機……」

 

「まぁな……。クリスマス間近ってのもあって、売り切れのお店ばかりだったようだしな……。本当、ギリギリ間に合った感じだ……」

 

「そうでしたか……。サンタも大変なんですね……」

 

「一番大変なのは、トナカイだけどな」

 

 

 

それから家に帰ろうとすると、何故か明石も付いてきた。

 

「おい」

 

「いいじゃないですか。運動して、目が冴えちゃったんです」

 

こいつ……。

 

「……日を跨ぐ前に帰れよ?」

 

「やったー! えへへ」

 

明石の奴、なんかテンション高いな……。

クリスマスプレゼントを楽しみにしている……のなら、早く寝るはずだしな……。

 

 

 

「ふぅ……」

 

シャワーを浴びた後、居間に戻ってみると、明石がゲーム機で遊んでいた。

 

「あ、お帰りなさい」

 

「夜中にゲームなんかすんなよ。蛇かお化けが出てくるぞ」

 

「色々まざり過ぎですよ、それ」

 

明石は、ゲーム機の電源を切ると、俺の傍に座った。

 

「えへへ~」

 

「……お前、酔ってんのか?」

 

「酔ってませんよ! いつもの私ですよ。えへっ」

 

いつもの明石……ではないよな……。

 

「……まあいい。珍しいものを貰ったのだが、お前も飲むか?」

 

「え? 何です?」

 

「大人用粉ミルクだ。この島じゃ、牛乳なんて飲めないだろう? 味は牛乳とは違うらしいが……ホットミルクにでもしてみようと思ってな」

 

「ホットミルク! ……って、私の事、眠くさせようとしてません?」

 

「目が冴えたのだろう? 丁度いいじゃないか」

 

俺はヤカンを火にかけた。

 

 

 

「出来たぞ」

 

「わぁ、ありがとうございます。いただきます」

 

明石は一口飲んだ後、微妙な表情を見せた。

 

「不味かったか?」

 

「うぅん……」

 

「どれ……」

 

俺も一口。

 

「…………」

 

「ね?」

 

「……うん」

 

何と言うか、想像していた物よりも――。

甘くはあるのだが、牛乳特有の濃さがなくて、何だか薄いと思ってしまう。

 

「まあ、温かいものを飲んだのだから、眠くはなるだろう……」

 

「白湯の方が、まだガッカリ感はなかったかもしれませんね……」

 

それから俺たちは、残念ホットミルクの愚痴を零しながら、お互いが眠くなるのを待った。

 

 

 

「ふわぁ……」

 

「提督、眠いんですか?」

 

「あぁ……。今日は結構忙しかったからな……」

 

「そうでしたか……」

 

明石は時計を見ると、悲しそうな表情を見せた。

日を跨ぐには、まだ時間があった。

 

「……どうしたんだ?」

 

「え?」

 

「今日のお前、なんか変だぞ。テンションがいつもと違って、何だか高めだし、すぐに帰ろうとしないし、そんな表情を見せているし……。どうしたんだよ?」

 

そう訊いてやると、明石は何やら膝を抱え、小さくなった。

落ち込んでいる……というよりも、拗ねているようだ。

 

「別に、舞い上がっている訳じゃないですけど……。ただ……嬉しくなっちゃっているだけです……。悪いですか……?」

 

「悪いことはないが……。何をそんなに嬉しがっているんだ?」

 

「……分からないんですか?」

 

「え……? あぁ……分からん……」

 

「……じゃあ、提督にその気はなかったんだ」

 

そう呟くと、明石は膝に顔を埋めた。

今度は落ち込んでいるらしい。

 

「難しいお年頃か?」

 

煽るように言ってやると、明石はムッとした表情を向けた。

 

「何が言いたいんだ? 言ってくれないと、分からんぜ」

 

「ちょっとは考えて欲しいものですけど……」

 

「考えられんよ。ホットミルクで眠くなっているし……ふわぁ……。言わないのなら、もういいよ。俺は寝る」

 

そう言って、俺はその場で寝ころんだ。

 

「いじわる……」

 

「あぁ、そうだな……」

 

明石はしばらく黙っていたが、ふと立ち上がると、どこかへ行ってしまった。

帰ったか?

 

「ん……」

 

体に毛布がかかる。

 

「風邪……引きますよ……?」

 

そう言って、明石は再び膝を抱えた。

 

「……明石」

 

「なんですか……?」

 

「言ってくれよ。お前の事、もっとよく知りたいんだ。俺が想像するお前じゃなく、ちゃんと、本当のお前をさ」

 

一瞬の沈黙。

 

「……でも、その態度ですか」

 

こいつ……。

 

「……分かったよ」

 

俺は起き上がり、明石の隣に座った。

 

「それで、なんだって言うんだ?」

 

明石は恥ずかしそうに手を揉むと、顔を赤くして言った。

 

「いえ……なんていうか……。ただその……提督が鹿島さん達の人化を頑張ってくれたのって……私の為かなって……思ったり……しちゃってて……」

 

段々と声が小さくなる明石。

あぁ、なるほど……。

そういうことか……。

 

「それで、嬉しくなってテンションが上がっちゃった、って事か。でも、俺にその気はないようだから、拗ねていると」

 

「そっ……うですけど……。分かったのなら、言葉にしなくていいですよ……。勘違いで舞い上がっていたなんて……恥ずかしいです……」

 

そっぽを向く明石。

やれ……。

 

「別に、お前の為じゃないとも言っていないだろう」

 

「でも、私の為とも言っていないです……」

 

「……あのなぁ。お前は、全部が全部、自分の為じゃないと嫌な質か?」

 

明石は何も言えず、ただ唇を尖らせた。

大淀や鳳翔もそうだったが、『夕張化』してきたな、こいつも……。

 

「まあでも、理由は分かった。お前がどう思おうと、俺は、俺の為、国の為――そして、お前の為にやったんだ。それだけは、はっきり言っておくぜ」

 

そう言って、俺は再び横になった。

しかし、明石は何も言わず、動こうともしなかった。

 

「まだ何かあるのか?」

 

そう訊いてやると、明石は――。

 

「……おい」

 

明石は、俺の背中に寄り添うようにして、寝転がっていた。

 

「お前……」

 

「それだけじゃないんです……」

 

「え?」

 

「私が舞い上がっていたの……。それだけが、理由じゃないんです……」

 

明石は一呼吸置くと、小さな声で語り始めた。

 

「私……鹿島さんが……陸奥さんが島を出て……ライバルがいなくなったって……舞い上がっていたんです……」

 

明石の手が、小さく震えていた。

 

「卑怯ですよね……。こんな気持ち……持ってちゃいけないって……分かってはいるんです……。でも……ライバルがいなくなった今……私は……貴方を……」

 

その先を、明石は言わなかった。

 

「……だから、執拗に俺に構う訳か」

 

確認はしなかったが、明石は頷いているようであった。

 

「……確かに、卑怯かもしれないな」

 

「…………」

 

「でも、島を出たあいつらは、そうは思っていないようだぜ」

 

「え……?」

 

「あいつらは、俺が必ず、全ての艦娘を人化することを信じてくれている。待っていると、言ってくれている。それはつまり、俺が『そういう人間』でないと、信じている証拠だ」

 

『そういう人間』がどういった存在なのか、明石は分かっているようであった。

 

「だから、卑怯なんかじゃない。お前の『ソレ』も、あいつらにとっては――」

 

時計が鳴る。

日を跨ぐまで、まだ時間はたっぷりあった。

 

「ズルいですよ……そんなの……」

 

「……お前にとってはそうだろうな」

 

「私だって、本当は……」

 

寄り添う手が、拳をつくる。

 

「だからこそ、急いでいるのだろうが……。少しは……俺の気持ちも考えてくれ……」

 

「…………」

 

永い沈黙の後、明石は何も言わず、立ち上がった。

 

「俺がお前の為にやったって、少しは感じられたか……?」

 

「……少しだけですけど」

 

「なら、それでいい」

 

俺は腕を枕にして、目を瞑った。

 

「提督……」

 

「なんだ……?」

 

「ごめんなさい……。私……」

 

「……俺の方こそ悪かったよ。少し……厳しい事を言ってしまった……」

 

「いいえ……。私が……我が儘だっただけです……」

 

段々と、眠気が襲ってくる。

 

「今日の事は、これで終わりにしよう……。明日はクリスマス・イブだ。また、『いつものお前』で居てくれ」

 

「……はい」

 

明石は立ち去ろうと、玄関へと歩き出した。

 

「……明石」

 

足音が止む。

 

「変な意味じゃないけれど、俺は、『いつものお前』が好きだぜ……。お前らしいお前が、好きなんだ……」

 

秒針の音が、とても煩く感じた。

 

「……私も」

 

「…………」

 

「私も……私を好きでいてくれる貴方の事が、大好きです……。変な意味では……ないですけど……」

 

それが、明石の答えであり、そして、誓約であった。

 

「……お休み、明石」

 

「お休みなさい……。提督……」

 

明石は明かりを消すと、そのまま家を出ていった。

 

 

 

強い光に目が覚める。

 

「うぅん……」

 

「あ、起きた!」

 

目を開け、起き上がってみると――。

 

「司令官!」

 

駆逐艦たちが、俺を囲っていた。

 

「な、何してんだお前ら……」

 

「司令官、お手紙、ちゃんと出してくれた?」

 

「え?」

 

「サンタさんにだよー。提督に頼んだでしょー?」

 

あぁ……そういう事か……。

 

「ちゃんと出したよ。今日の夜、届けてくれるってよ」

 

そう言ってやると、皆嬉しそうな表情を見せた。

 

「ただし、届けてくれると言っても、誰か一人でも夜に寝ていなかったり、直前までいい子にしていないと、連帯責任で全員無しになるって返事が来ていたぞ」

 

今度は不安そうな表情を見せる駆逐艦たち。

こいつら、マジでサンタを信じているのか……?

 

「まあ、そういう事だ。ちゃんといい子にしてろよ? それと、そろそろ朝食の時間だろ? 戻った方がいい。俺は、顔を洗ってから行くことにするから」

 

そう言って、俺は洗面所へ向かった。

 

 

 

「さて……」

 

顔を洗い終え、居間に戻ってみると――。

 

「雪風?」

 

雪風が、縁側に座っていた。

 

「しれえ!」

 

「お前だけか?」

 

「はい! 雪風だけです!」

 

相変わらず声がでかいな……。

 

「どうした? 皆と一緒に帰らなかったのか?」

 

「はい! しれえと二人でお話ししたくて!」

 

「俺と?」

 

雪風が俺と……。

珍しいというか、なんか……。

 

「朝食の時間もある。寮に向かいながらでもいいか?」

 

「はい!」

 

 

 

家を出て、雪風と寮へ向かう。

そういや、こうして二人だけでいる事って、今まで無かったな。

 

「望月ちゃん達、元気にしていますか?」

 

「あぁ、元気だったよ」

 

本土での事を、俺は雪風に詳しく話してやった。

 

「――そんな感じだ。良くしてもらっているみたいで、皆、楽しんでいるようだった」

 

「そうでしたか。なら、良かったです」

 

そう言うと、雪風は本土の方に目を向けた。

その目は、いつもの雪風とは違い、どこか――。

 

「話したかったのは、その事か?」

 

「はい。島を出た艦娘が、どういう扱いを受けているのか、気になっていたんです」

 

「人間にってことか?」

 

「はい」

 

そんな事を気にする奴だったのか。

 

「心配すんな。昔はどうだか知らんが、今はいい人たちばかりだ。俺が保証する」

 

「しれえがそう言うのなら、信じます。しれえは、今までの人間と違って、嘘がとっても下手な人ですから」

 

「……そんなにか?」

 

「はい、とっても」

 

何故か嬉しそうにする雪風。

駆逐艦にもバレているのか……。

 

「しかし、なんだ。お前って、なんか、大人っぽいところがあるんだな。皆と居る時は、一番子供らしいと言うか……」

 

「幼い、ですか?」

 

俺はあえて返事をしなかった。

普段、こういった配慮は、子供にはしないのだがな……。

 

「雪風は、大人ですよ」

 

「え?」

 

雪風は足を止め、俺の目をじっと見つめた。

幼い顔からは想像もできないほどに、その瞳は――。

 

「……なんちゃって! ビックリしました? しれえ」

 

「え……? あ、あぁ……! 驚いたよ……! そんな顔、出来るんだな」

 

「そうです! 雪風だって、立派な駆逐艦なんです! いつまでも子供扱いしては駄目です!」

 

「あぁ、そうだな。悪かったよ」

 

「えへへ。分かればいいんです! ではしれえ、お先に行ってますね!」

 

そう言って、雪風は走って行ってしまった。

 

「…………」

 

『雪風は、大人ですよ』

 

あの目……。

あれは、確かに――。

 

 

 

寮に着き、食堂へと向かうと――。

 

「おぉ」

 

駆逐艦全員、背筋をピンとして、静かに座っていた。

 

「提督、おはようございます」

 

「おはよう、鳳翔。あいつら、どうしたんだよ?」

 

「ふふ、いい子にしなきゃいけないって、皆、ああしているんです」

 

「今頃頑張っても遅いってのに……。あれじゃあ、バレンタイン当日に格好つけている男子みたいじゃないか」

 

鳳翔はピンと来ていないのか、ニコッと笑うだけであった。

 

「皆さん集まりましたね」

 

大淀が立ち上がる。

 

「おはようございます。本日は消灯後、サンタクロースがやってきます。サンタクロースはとてもシャイな方なので、皆さん、お部屋から出ないようにしてください」

 

シャイなサンタクロースか……。

にしては、大分派手な服装をしているように思えるがな。

 

「それと、提督と軽巡以上の方にお知らせがありますので、朝食後、執務室に集まってください」

 

「お知らせ?」

 

「きっと、サンタクロースについてですよ」

 

鳳翔が小声で言う。

あぁ、なるほどな……。

 

「以上です。それでは、いただきます」

 

 

 

朝食後、軽巡以上の艦娘達が、執務室に集まった。

 

「お!」

 

熊野と鈴谷、それに山城と大和も来ている。

 

「皆さんに集まってもらったのは、本日の対応について話す為です。以前にもお話ししましたが、陸奥さん達が居なくなってしまったので、改めて役割を決めたいと思います」

 

そうか。

鹿島はいいとしても、陸奥と青葉は急だったもんな。

 

「まず、夕食の準備ですが、こちらは以前と同じ、鳳翔さんと大和さん、熊野さんと鈴谷さん、お願いいたします」

 

「分かりました。皆さん、よろしくね」

 

「はい! 全力でサポートいたします!」

 

大和が微笑む。

あんな顔、出来たんだな。

 

「続いて、クリスマスの装飾ですが、夕張さんと明石、山城さん、お願いします」

 

「了解!」

 

「山城さん、頑張りましょうね」

 

「えぇ……」

 

「装飾については、この後、駆逐艦たちとお願いいたします。そして、武蔵さんは記録係を」

 

「記録係ってなんだよ?」

 

「海軍本部より、艦娘たちの活動を写真で提出して欲しいとの要望があったのです。聞いていませんか?」

 

「いや……」

 

そんな事、一言も聞いていない。

本部は俺を信用しているのかいないのか、どっちなんだよ……。

 

「私は、本部に提出する書類を作成しないといけませんので、執務室で事務作業をしています。提督、手伝ってくれませんか?」

 

「あぁ、分かった」

 

「ありがとうございます。消灯後は、提督と武蔵さんで、プレゼントを道場へ運んでください。念のため、目撃されてもいいように、サンタクロースの格好と、トナカイの格好をお願いしますね。他の人たちは、駆逐艦が起きていないか、見回りを強化してください」

 

「だ、そうだ。提督よ、貴様がトナカイでいいか?」

 

「あぁ、構わんぜ。お前の綺麗な白い髪は、サンタそのものだからな」

 

そう言ってやると、武蔵は可笑しそうに笑った。

 

「冗談だ。サンタクロースは、出向してきた提督がやるものだ。トナカイは、私がやろう」

 

「決まってんなら言うなよな……」

 

武蔵はもう一度、笑って見せた。

なんか、テンション高いな、こいつ……。

 

「それともう一点! プレゼントを無事に運び終わった後、提督の家でちょっとした打ち上げを行いますので、是非お集りを! シャンパンなどもいただいておりますので、たまには軽巡以上で盛り上がりましょう。皆さんへのプレゼントも、その時にお渡しします」

 

大淀は俺に、ウィンクして見せた。

なるほどな。

 

「以上です。では皆さん、お願いいたします!」

 

 

 

「鈴谷と熊野は分からんが、大和は来ないと思うぞ」

 

俺は書類仕事をしながら、大淀に話しかけた。

 

「分からないじゃないですか。鳳翔さん辺りが、連れてきてくれるかもしれませんよ?」

 

「やはり、それが狙いだったか……。打ち上げをするだなんて、聞いて無かった」

 

「言っていませんでしたから」

 

大淀は作業を中断することなく、返事をしていた。

 

「大丈夫ですよ。きっと来ます」

 

「何を根拠に……」

 

「プレゼントですよ。先ほど、『皆さんへのプレゼントも、その時にお渡しします』と言いましたが、あれは、『来ないとプレゼントを渡さない』ともとれるんですよ」

 

「そんな俺に都合のいい解釈をするとは思えんがな……」

 

「大和さんならしますよ。鳳翔さんも、その線で連れてくるのではないかと」

 

確かに、鳳翔ならそう考えるだろうな。

しかし……。

 

「残念だが、その線で大和は釣れない」

 

大淀は作業の手を止め、細い目で俺をじっと見つめた。

 

「……提督の中の大和さん、やたらと警戒してますね。そこまで提督の事を想っているとは、考えられませんが……」

 

遠回しに、『自惚れるな』と言われているような気がする。

 

「そうじゃない。ほら、サンタへの手紙、あったろ」

 

「えぇ。欲しいもの、書かれていましたよね?」

 

俺が黙っていると、大淀はハッとした表情を見せた。

 

「もしかして……」

 

「あぁ……」

 

手紙は、確かに提出された。

しかし、中身は白紙であった。

 

「俺からのプレゼントなんて、何もいらない……って事なんだろうよ」

 

大和『は』、きっとそう考えているのだろう。

もう一通の白紙の手紙は――あいつの考えていることは、一体――。

 

「まあ、そういう事だ。わざわざお膳立てしてもらって悪いが、あいつは来ないと思う。決して、自惚れで言っている訳じゃないぜ」

 

そう言ってやると、大淀はわざとらしいため息をついて見せた。

 

「自惚れだなんて、一言も言っていませんけど……」

 

「言ったようなもんだろ……」

 

「そうじゃありません……。私が言いたいのは……提督はそこまで、嫌われていないって事ですよ」

 

思わぬ返しに、手が止まる。

 

「確かに、大和さんとのファーストコンタクトは最悪でしたし、提督の中の大和さんがそうなるのは仕方がないとは思います。しかし、そうであるのなら、大和さんは提督と同じ空間に居るのも嫌だと考えますし、鳳翔さんに近づけることも、全力で阻止するはずです」

 

「……それは、あいつが鳳翔の意見を尊重しているだけだろ。本当は、嫌な筈だぜ」

 

「そう提督が思いたいだけです。そして、その考えこそが、大和さんを遠ざけているのだと、何故気が付けないのです?」

 

大淀の厳しい目が、俺を見つめていた。

そんな目に見えるのは、俺が――。

 

「……以前、提督が鳳翔さんを怒らせてしまった時、大和さんが『行ってあげてください』と言ったのを覚えていますか?」

 

「あぁ、覚えている」

 

「普通なら、好都合だと考え、何も言わないはずです。鳳翔さんが提督を想っているだなんて、受け入れたくないはずです。それなのに、あんなことを言えるのは、鳳翔さんの想いを認めている証拠――提督を受け入れている証拠なんですよ」

 

俺は、あえて何も言わなかった。

――いや、言えなかった。

言う資格が無かった。

 

「……大和さんへのプレゼント、決めましたか?」

 

「……まだ迷っている」

 

俺はつい、顎を触ってしまった。

大淀は、呆れるわけでも無く、ただ悲しそうな表情を見せた。

 

「すみません……。少し……言い過ぎました……」

 

「いや……。本当の事だ……」

 

大淀は首を横に振った。

 

「配慮が足りませんでした……。提督がそう考えてしまうのも、無理ないですよね……。ずっと、艦娘から疎まれ、時には傷つけられ――私も、同じような事を……」

 

そう言うと、大淀は俯いてしまった。

 

「……急にそんな顔されると、感情の高低差で風邪をひいちまうぜ」

 

その返しに、大淀は少し笑ってくれた。

 

「プレゼント……どうするおつもりですか?」

 

「そうだな……。思えば俺は……大和の事……まだ何も知らないんだよな……」

 

俺は万年筆を置いて、深く考えた。

大和が欲しいもの……か……。

 

「提督、それ……」

 

「ん?」

 

「その万年筆……。もしかして……吹雪さんのものでは……?」

 

「え!? そ、そうだ。これは、吹雪さんから貰った万年筆だ。なんでも、大事なものだとかなんとかで……島への出向が決まった記念にって……貰ったんだ……。しかし……どうしてこれを……?」

 

「やはりそうでしたか……。胴軸の柄が、あまりにも特徴的でしたから……。もう五十年以上前に見たっきりですが……」

 

俺は万年筆を見た。

五十年前って……。

そんなに古いものだったのか……。

というか、よく覚えていたな、大淀の奴。

 

「あ……」

 

大淀はハッとした表情を見せると、大きな目で俺を見た。

何かを発見した、というような目であった。

 

「決まりましたよ……! プレゼント!」

 

「え?」

 

「その万年筆ですよ! 実は、その万年筆は――」

 

そう言うと、大淀は万年筆の持つ過去を教えてくれた。

それと同時に、俺は大和の過去を知った。

 

 

 

事務仕事が終わり、部屋の外に出てみると――。

 

「おぉ!?」

 

廊下まで、びっしりと装飾されていた。

 

「こりゃまた……やり過ぎだぜ……」

 

「わ! 本当ですね」

 

驚いていると、明石と駆逐艦たちがやって来た。

 

「凄いでしょう?」

 

俺は何故か、懐かしさを感じていた。

駆逐艦が折ったであろうツリーの折り紙、切り絵、ヘタクソな絵――勘違いしているのか、短冊まで飾ってあって――。

 

「…………」

 

あぁ、そうか……。

この感じ……。

これは、あの施設と同じ――。

 

「提督?」

 

「……あぁ、凄いよ。これなら、サンタも喜んでくれるだろうよ」

 

駆逐艦たちの目が輝く。

 

「本当!? サンタさん、来てくれる!?」

 

「あぁ、来てくれるさ」

 

そう言ってやると、駆逐艦たちは嬉しそうに食堂へと向かっていった。

 

「ご苦労だったな。明石」

 

「いえ! 後でいっぱい、労ってくださいね?」

 

明石もまた、嬉しそうに食堂へと走っていった。

 

「ですって。今夜は色々と忙しくなりそうですね。サンタさん」

 

大淀はニヤニヤと笑って見せた。

こいつ、本当に……。

でもまあ……。

 

「まあ、今日くらいは頑張ってやるさ」

 

「む……思った反応と違う……」

 

「違うはずだぜ。今日の俺はサンタ、だからな」

 

大淀はつまらなそうに、唇を尖らせて見せた。

 

 

 

夕食は、とても豪華であった。

 

「凄いな……」

 

「ほとんど海軍からの支給品ですが……」

 

と、鳳翔は言っているが、支給品はチキンやケーキだけで、それ以外のものは、全て手作りであった。

 

「それでは皆さん、時間の許す限りお楽しみください。いただきます。そして、メリークリスマス!」

 

 

 

いつもより永い夕食を終えると、駆逐艦たちが寝支度を始めた。

 

「もう寝るのか。あいつら」

 

「サンタさんも忙しいでしょうから、早めに仕事を終わらせてあげたいのだとか」

 

「徹底していると言うか……。普通、そこまでするかね……」

 

「十数年ぶりですから。サンタさんが来るのは」

 

その間、あいつらはどう思っていたのだろうか。

自分たちがいい子にしていないから来ないのだと、変に悩んでいなければいいが……。

 

「大丈夫ですよ」

 

俺の心を読んだかのように、大淀はそう言った。

 

「そういう事じゃ、悩まない子たちなんです。鹿島さん達が島を出ても、すぐに日常に戻れたでしょう? そういう事です」

 

どういうことだ……。

しかしまあ、確かに、すぐに忘れるというか、そういうところがあるよな。

駆逐艦に限った話ではあるが……。

 

『島を出た艦娘が、どういう扱いを受けているのか、気になっていたんです』

 

『雪風は、大人ですよ』

 

雪風……か……。

あいつだけは、どうも……。

 

「しかし、良かったですねぇ。これなら、早めに仕事を終わらせて、打ち上げの時間も大幅にとれますよ?」

 

大淀は嬉しそうであった。

打ち上げか……。

たまには軽巡以上で……とか言っていたけれど、そういう事って、あまりしてこなかったのだろうか。

 

 

 

消灯時間を迎え、俺と武蔵はプレゼントを道場へと運び始めた。

 

「しかし、俺の格好はいいとしても、お前のトナカイは……意味あんのか?」

 

「もらう側があそこまで徹底しているのだ。与える側も、少しはなりきらないといけない」

 

「そういうもんかね……」

 

そんな事を話しながら、黙々とプレゼントを運んでゆく。

しかしなんだって、サンタはこんな泥棒みたいな事をして、プレゼントを運ぶのだろうか。

堂々と子供にやったらいいんだ。

 

「なあ、提督よ」

 

「ん?」

 

「貴様には、サンタは来るのか?」

 

「俺に? どうかな。仮にサンタが居たとしても、俺の普段の振る舞いは、良い方だとは言えないからな」

 

「ペテン師だしな」

 

「フッ、確かに。まあ、俺に欲しいものは無いし、あったとしても、サンタがくれるようなものではないだろうな」

 

「では、トナカイならどうだろう?」

 

「トナカイ? トナカイが何をくれるってんだよ?」

 

武蔵が歩みを止める。

 

「ん? どうした?」

 

武蔵の目が――それは、今まで見たこともないほどに、優しいものであった。

 

「今日、打ち上げが終わったら、プレゼントを渡したいと思っているのだが」

 

「プレゼントって……。お前が俺にか?」

 

武蔵は小さく頷いて見せた。

 

「……なるほど。トナカイからのプレゼントか。嬉しいよ。しかし、打ち上げ中じゃいけないのか?」

 

「あぁ。どうしても二人っきりの時に渡したいのだ」

 

二人っきり……か……。

 

「あぁ、分かったよ。じゃあ、打ち上げが終わった後に」

 

「あぁ。打ち上げが終わった後に」

 

武蔵は優しく微笑んで見せた。

鼻よりも赤く、頬を染めながら。

 

 

 

「ふぃ~……寒かったぁ……」

 

武蔵と共に家へと帰ってみると、玄関に多くの靴が置かれていた。

 

「もう皆集まっているのか」

 

「待たせてしまったようだな。提督よ、早く行こう」

 

「おう」

 

居間に行ってみると、既に盛り上がっていた。

 

「あ、提督! お帰りなさい!」

 

「おう。もう始めていたんだな」

 

辺りに目を向ける。

来ているのは……。

 

「……!」

 

真っ先に目に入ったのは、大和の姿であった。

思わず大淀に目を向ける。

 

「大和さんだけじゃないですよ」

 

大淀の視線の先に、鈴谷と熊野がいた。

あいつらも来てくれていたのか。

いや、というよりも――。

 

「これで全員ですね」

 

大淀が立ち上がる。

 

「皆さん、今日はお疲れ様でした。こうして、軽巡以上の艦娘が『全員』集まれる日が来るなんて、ちょっと感慨深いものがありますね」

 

なんと、全員が来ていた。

しかも、俺の家に。

大淀の言う通り、何だか感慨深い。

 

「今日は存分にお楽しみいただけたらと思います。プレゼントも用意しておりますので、皆さん、受け取ったら、提督にお礼をお願いします。提督のポケットマネーから頂いておりますので」

 

何隻か、驚いた表情を見せていた。

まあ、普通は、海軍が用意してくれていると思うよな。

 

「プレゼントはこちらです。では、どうぞ」

 

真っ先にプレゼントに飛びついたのは、明石であった。

 

「やったー! 新しい工具セット! ありがとうございます! 提督!」

 

「あぁ。それと、これからは、家の敷地以外でも、工具を使っていいぞ」

 

「え……? で、でも……それっていけないことじゃ……」

 

「それはあくまでも、あの倉庫にある工具の話だろ? それはお前の自由にしていい。俺が保証するよ」

 

そう言ってやると、明石は俺に抱きついてきた。

 

「うぉ!?」

 

「ありがとうございます! 提督! 私、本当に嬉しくて……なんか……泣いちゃいそうです……」

 

ほんのり酒の匂いがする。

 

「お前……酔っているな?」

 

泣きそうな明石を引っぺがしていると、鈴谷と熊野がプレゼントを手に、やって来た。

 

「あの……」

 

「おう。プレゼント、それであってたか?」

 

「あ……うん……。その……」

 

鈴谷が不安そうに熊野を見る。

 

「プレゼント、ありがとうございました。行きましょう、鈴谷」

 

「あ……」

 

熊野はそそくさと去って行った。

なんか、冷たいお礼だったな……。

 

「あ……えと……あ、ありがと……プレゼント……」

 

「いや」

 

鈴谷は一礼すると、熊野の跡を追っていった。

 

「提督」

 

続いてやって来たのは、鳳翔と山城であった。

 

「ありがとうございます。ずっとこれが欲しかったのです」

 

「そりゃ良かった。一応、一番上等なものを選んだんだ。是非使ってみてくれ」

 

「はい! さ、山城さん」

 

鳳翔に背中を押され、山城は前に出た。

 

「おう。お前、本当にそれで良かったのか?」

 

山城が指定したプレゼントは、なんと、お守りであった。

 

「指定された神社のお守りだ。お前、そのお守りの神社に縁でもあるのか?」

 

「いいえ……。以前……何かの本で読んだことがあるだけよ……」

 

「その程度の認識なのに、そこのお守りが欲しいだなんて……」

 

「……私にもよく分からないのだけれど、なにか、懐かしい感じがするのよ」

 

懐かしい感じ……ねぇ……。

 

「まあいい。それで? まだ然るべき言葉を貰っていないのだが?」

 

山城は不機嫌な顔をした後、小さな声で「ありがとう」と言った。

 

「さてと、大淀もいただきますね? ありがとうございます、提督」

 

「どういたしまして。色々と世話になったな。大淀」

 

「いえ。これからもたくさんお世話いたしますので、来年はもっと高価なものをお願いしますね?」

 

そう言うと、大淀は明石に呼ばれ、去って行った。

来年か……。

その頃には、クリスマスもここじゃなくて、本土でやれたらいいな……。

 

「さて……」

 

残るプレゼントは3つ。

武蔵のプレゼントは、打ち上げが終わった後に渡す手筈になっているから、残るは――。

 

「夕張」

 

隅っこで山城と飯を食っていた夕張に、俺はプレゼントを投げ渡してやった。

 

「……私、白紙で出したはずだけれど」

 

「あぁ、知っているよ」

 

そうなのだ。

大和ともう一隻――夕張は、手紙を白紙で提出していた。

 

「俺が勝手に選ばせてもらったぜ。どういうつもりかは知らないが、次からは何でもいいから書いてくれよな」

 

何か言おうとする夕張を無視して、鳳翔と一緒にいる大和の元へと向かう。

 

「あ、提督」

 

「よう」

 

大和に視線を送る。

返って来たのは、不機嫌な色をした視線であった。

 

「……あ! そう言えば、まだ出していない料理が!」

 

鳳翔は立ち上がると、俺にヘタクソなウインクを送り、台所の方へと消えていった。

気を遣わせたか。

 

「……何か御用ですか?」

 

少し怒った口調で言う大和。

 

「あぁ。クリスマスプレゼントを渡しそうと思ってな」

 

「……手紙を見ていないのですか? 白紙で出したはずです……」

 

「分かっているよ。それでも、お前に渡したいと思ってな」

 

俺は、吹雪さんから貰った万年筆を大和に渡してやった。

大和はすぐに気が付いたのか、目を大きく見開き、驚いていた。

 

「これ……!」

 

「やはり、すぐに気が付いたか」

 

「どうして貴方が……!?」

 

俺は、万年筆を貰った経緯を大和に説明してやった。

 

「吹雪さんが……貴方に……」

 

大和はもう一度、万年筆を見つめた。

こんな奴にどうして……って感じなのだろうか。

 

「お前と吹雪さんの事、聞いたよ。吹雪さんが人化した後、よく文通していたって。その万年筆を吹雪さんに贈ったのは、お前なんだろ? 大和」

 

大和は何も言わず、ただ俯くだけであった。

遠くで大淀が、俺たちの会話を聴いていた。

 

 

 

 

 

 

「大和が吹雪さんに?」

 

「えぇ。吹雪さんの人化が決まった時、大和さんが記念に贈ったものです。島を離れても、文通出来るように、と」

 

文通……。

 

「過去にも文通していたみたいです。それがきっかけで仲良くなったのだとか。今では鳳翔さんにべったりな大和さんですけれど、吹雪さんが島にいた頃、依存と言っても過言ではないほどに、傍を離れようとはしない方でした」

 

「文通一つで、そこまでの関係になれるとは思えんがな……」

 

「元々、艦隊決戦の切り札として、――島に一隻で隠されていた方ですから、孤独だったのだと思います。吹雪さんは、そういう艦娘に手を差し伸べるような方でしたから、大和さんはそれに依存してしまったのかもしれません。初めて大和さんに接触した艦娘も、吹雪さんでしたから」

 

確かに、大和は一時期、島に隠されていたというのは聞いていたが……。

 

「吹雪さんが島を出た後、その穴を埋めるように、鳳翔さんが大和さんの面倒を見るようになったのです。大和さんが鳳翔さんに依存するのも、その為かと……」

 

「なるほどな……。そして、その鳳翔が大和を放って、俺に構おうとするものだから、大和はキレていると……。それも、何故か俺に……」

 

「まあ、そうですね……。しかし、元々大和さんは、人間が嫌いなようです。佐久間さんですら、大和さんの心は……」

 

人間が嫌い……か……。

 

 

 

 

 

 

どうして人間が嫌いなのかは、大淀も知らないとのことであったが……。

いずれにせよだ……。

 

「俺にとって、その万年筆は大事なものだ。だが、話を聞いて、お前が持っていた方がいいと思った」

 

大和は万年筆を置くと、俺をキッと睨み付けた。

 

「これで私の機嫌を取ったつもりですか……?」

 

この反応は、予想していた。

まあ、普通はそう思うよな。

 

「そうじゃない。ただ、その万年筆で、俺と文通して欲しいと思ってな」

 

「文通……?」

 

「あぁ。吹雪さんと仲良くなったのは、文通がきっかけだと聞いた。だったら、俺も同じようにすれば、お前と仲良くなれるのではないかと思ってな」

 

そんな事で仲良くなれるとは、本気で思ってはいない。

そもそも、大和がこの話に乗ってくるとは思えない。

だが、それでいい。

 

『その考えこそが、大和さんを遠ざけているのだと、何故気が付けないのです?』

 

これは儀式なのだ。

俺が少しでも、大和に近づこうとしたのだという、証拠を――決意を表すための――。

 

「俺は、もっとお前の事が知りたいんだ。話すことが嫌だというのなら、まずは文通から始めないか?」

 

そう言って、俺は一冊のノートを大和に渡した。

 

「って、これじゃあ交換日記か……」

 

大和は――。

 

「大和……?」

 

大和は、泣いていた。

驚いた表情を見せた後、涙を流したのだ。

 

「お、おいおい……。そんなに嫌なのかよ……?」

 

大和は涙を拭くと、ノートと万年筆を持ったまま、家を出て行ってしまった。

 

「お、おい!」

 

「提督……」

 

全てを見ていたのか、鳳翔が心配するように近づいてきた。

 

「どうやら、やっちまったらしい……。ここまで嫌われているとはな……」

 

「そういう訳ではないと思います……。もし嫌だったら、泣くよりも先に、もっと怒る子ですから……」

 

だとしたら、一体……。

 

「大和ちゃんの事は、私にお任せください。提督は、皆さんの事をよろしくお願いします」

 

鳳翔の指す先に、泥酔した明石がいた。

 

「……分かった。悪いな、鳳翔……」

 

「いえ。しかし、提督が大和ちゃんに文通を持ちかけるなんて……」

 

「やはり、悪手だったか……?」

 

「いえ、そうではありません。嬉しかったのです。提督はてっきり、大和ちゃんの事、避けているのではないかと思っていましたので」

 

やはりそう見えたか……。

……いや、実際はそうだったのかもしれないな。

 

「これからも、大和ちゃんをよろしくお願いします。では、メリークリスマス」

 

「あぁ、メリークリスマス」

 

鳳翔はニコッと笑って見せると、大和を追っていった。

大和をよろしく……か……。

二度目があると良いのだが……。

 

「提督ぅ~……こっち来てくださいよ~……。私の事……もっと構ってください……」

 

「……こいつは」

 

今は鳳翔に任せるしかないか……。

とりあえず、この酔っぱらいたちをなんとかしなければ……。

 

 

 

酒もなくなり、明石が完全に潰れたところで、お開きの流れになった。

 

「ほら、明石、行くわよ」

 

「うぅん……」

 

夕張が明石を担ぐ。

 

「大丈夫かよ、そいつ……。それと……」

 

「うぅん……」

 

「大淀……。お前もか……?」

 

「私は大丈夫れす……。帰れますから……」

 

フラフラとした足取りで、玄関へと向かう大淀。

 

「おいおい……。しょうがねぇな……」

 

サポートしてやろうとすると、山城に止められた。

 

「いいわ……。私が連れて行くから……」

 

「え?」

 

「貴方には……やることがあるのでしょう……?」

 

そう言って、山城は縁側に座る武蔵を指した。

 

「……どうして知っているんだ?」

 

「普通なら、真っ先に動いていい筈じゃない……。なのに、ああしているのは……」

 

それだけ言うと、山城は大淀に寄り添って、家を出ていった。

確かに、武蔵だったら、真っ先に介抱しようとするはずだよな……。

 

「ん……」

 

なにやら視線を感じ、振り向いてみると。

 

「鈴谷?」

 

目が合うと、鈴谷は逃げるように出て行ってしまった。

なんか、見られていたよな……?

 

「まあいいか……。さて……」

 

静かになった居間を抜け、俺は縁側に座った。

 

「待たせたな。武蔵」

 

武蔵は微笑むと、グラスに残った酒に、小さく口をつけた。

 

 

 

「ほら、プレゼント」

 

プレゼントを渡してやると、武蔵は開けることもせず、自分の隣に置いてしまった。

 

「ありがとう」

 

「随分クールだな。あいつらなんて、真っ先に開けていたのに」

 

「今はプレゼントよりも、貴様に夢中なのさ」

 

「フッ、酔っているぜ、こいつ」

 

武蔵は空いたグラスに、酒を注いでくれた。

 

「それで、お前からのプレゼントって? どうして二人っきりの時にしか渡せないんだ?」

 

「質問が多いぞ、提督よ。まずは飲もうじゃないか」

 

グラスを掲げる武蔵。

 

「分かったよ。じゃあ、メリークリスマス」

 

「あぁ、メリークリスマス」

 

グラスを叩く音が、静かな夜へと溶けていった。

 

 

 

俺たちは酒を飲みながら、たわいもない会話を続けた。

 

「しかし、こうして貴様と二人っきりでクリスマスの夜を堪能しているというのは、何だか皆に悪い気がしてくるな」

 

「今更だろ」

 

「他に誘いは無かったのか? もしかして、私とのことがあるから、断ってしまったとか……」

 

「ねぇよ。サンタにプレゼントを渡したいトナカイなんて、お前くらいだ」

 

「それもそうだな」

 

何故か嬉しそうに、武蔵は微笑んで見せた。

酔っているのか、少し顔が赤いように見える。

 

「鹿島達は元気にしているか?」

 

「あぁ、良くしてもらっているようで、楽しそうにしていた」

 

「そうか」

 

武蔵は酒を飲み干すと、グラスを置き、星空を眺めた。

 

「本当は……」

 

「ん?」

 

「本当は……鹿島達が島を出ると言った時……私も一緒に行っても良かったんだ……」

 

「え……?」

 

武蔵は俺を、じっと見つめた。

 

「年明けにでも、島を出ようと思っている」

 

まるで、時が止まったかのように、辺りは静かになった。

 

「……どういう……意味だ?」

 

「そのままの意味だ。年が明けたら、島を出るよ」

 

俺は動揺して、酒を零してしまった。

 

「おわ……!?」

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「す、すまない……。何か、拭くものを持ってくる……」

 

俺は立ち上がり、台所へと向かった。

 

「…………」

 

武蔵が島を出る……。

しかし……どうして急にそんな事を……。

 

 

 

酒を拭きとり、俺は再び武蔵の隣に座った。

 

「悪い……。話の途中だったのに……」

 

「いや……」

 

武蔵は俺の顔をじっと見つめ、何やら嬉しそうに笑った。

 

「な、なんだよ……?」

 

「フフ、すまない。その顔が見たくてな」

 

「え?」

 

「ずっと……考えていたんだ……。今の貴様には、もう私は不要なのかもしれないと……」

 

俺は何も言わず、武蔵の言葉を待った。

 

「私の力が無くとも、駆逐艦との交流は出来ているし、私が守らなくとも、敵対視していた艦娘と仲良くなってしまう。私が守るものは、もう無いんだと、気が付いてしまったんだ」

 

「――……」

 

何か言ってやろうと口を開いたが、何も思いつかず、ただ閉口してしまった。

 

「……鹿島も同じ気持ちだったのだろうと思う。だからこそ、島を出たのだと。私も、そうしようと思っていたのだが……」

 

武蔵はもう一度、俺を見つめた。

 

「貴様のその顔を――その表情を……私だけに向けて欲しいと……思ってしまったのだ……」

 

俺がどんな表情をしていたのかは分からない。

ただ、武蔵の表情は、どこか――。

武蔵は身を寄せると、とても小さな声で――まるで、甘えるような声で、言った。

 

「貴様を……貴方を……困らせてみたかったのだ……」

 

顔が赤いのは、酔ったせいではなく――。

 

「……それが、お前からのプレゼントという訳か」

 

小さく頷く武蔵。

こうして近くで見ると、本当に――。

 

「そうか……」

 

「気に入らなかったか……?」

 

「いや……。ただ……少し複雑な気持ちだ……」

 

「ふふ……それが狙いさ……」

 

永い沈黙が続く。

武蔵は顔を近づけると、俺にそっとキスをした。

 

「……抵抗してもよかったんだぞ。むしろ……してくれないと……困るのだがな……」

 

「お前には勝てないって……知っているからな……。酔ってもいるし……」

 

「フッ……戯けめ……。そんなだから……私のように困らせてやろうという奴が増えるんだ……」

 

「お前くらいだ、そんな事を考えるような奴は」

 

武蔵は顔を赤くすると、拗ねるように深く頭を預けた。

 

「武蔵」

 

「なんだ……?」

 

「ありがとな……。お前のお陰で、俺は強くなれたよ……」

 

「……あぁ。貴方は強いよ……。この武蔵が……自分は弱くていいのだと、思える程にな……」

 

それから俺たちは、何も言わず、ただ明るくなって行く夜空を眺めるだけであった。

 

 

 

翌日。

寮へ向かうと、駆逐艦たちがプレゼントにはしゃいでいた。

 

「司令官、見てみて!」

 

「ん、おぉ。サンタ、来たのか。良かったな」

 

「うん! 暁たちがいい子にしていたからだわ!」

 

「あぁ、そうだな」

 

ふと、武蔵に目を向ける。

皆がワイワイとはしゃいでいるのを、温かい目で見守っていた。

武蔵が島を出るという事は、まだ誰にも言っていない。

せっかくのクリスマス気分をぶち壊したくないという、武蔵なりの配慮であった。

 

「さてと……」

 

これから、クリスマスの片づけと、年末の大掃除、正月の準備と忙しくなる。

そんなことを考え、げんなりしながら執務室に入って行くと――。

 

「おはよう……」

 

「夕張」

 

夕張が、退屈そうに窓の外を眺めていた。

 

「どうした? こんな朝早くから……」

 

ふと、夕張の首に、マフラーが巻かれているのに気が付いた。

 

「……これ、どうして?」

 

「あ?」

 

「どうしてこれを……私のプレゼントに選んだ訳……?」

 

夕張は目を合わせることもせず、そう問うた。

そう。

夕張へのプレゼントは、マフラーであった。

 

「それを聞いてどうするんだ?」

 

「……別に、気になるから訊いているだけ」

 

気になるから……ねぇ……。

俺は何も言わず、昨日処理をした書類に目を通した。

 

「手紙を白紙で提出した理由は?」

 

「……質問しているのはこっちなんだけど」

 

「その理由を聞かなければ、答えないぜ」

 

本当はなんとなく、その理由は分かっていた。

というよりも、こうして夕張が理由を問いただしている時点で、もう――。

 

「俺がプレゼントを持って来なかったら、どうしていたんだ?」

 

「……質問が多いわよ」

 

「じゃあ、一つだけ。俺を試したのか?」

 

夕張は顔を隠すように、膝を抱え、黙り込んでしまった。

 

「フッ……分かりやす」

 

流石の夕張も、それには腹を立てたようで――。

 

「まだ何も言っていないんだけど……」

 

「言わずとも分かるさ。俺とお前の仲だろう?」

 

俺は夕張をじっと見つめた。

夕張の方は、すぐに目を逸らしてしまった。

 

「最近、そうやってツンケツンケしているが、後に引けなくなってしまったのだろう?」

 

「……別に? それに、ツンケツンケって何よ……」

 

「俺はお前がどんな態度であろうとも、お前を好きになったり、嫌いになったりすることはない。お前の好きなお前で居てくれれば、それでいいんだぜ」

 

夕張は何も言わなかった。

いや、言えなかったのだろう。

それが、夕張であるから……。

 

「……そのマフラーは、別に特別なものでもない。ただ、お前のその恰好が、いつも寒そうに見えたから、それがいいだろうと思って選んだだけだ」

 

「…………」

 

「もっと特別な理由が欲しかったか?」

 

「……そんなことないけど」

 

「そうかよ」

 

永い沈黙が続く。

 

「夕張」

 

「なに……?」

 

「俺は、お前の思い通りにはならないからな。そういう方が、お前好みだって、俺は知っているんだ」

 

少し遠回しな言い方であった。

だが、夕張には伝わるだろうと、俺は確信していた。

 

「じゃあ」

 

執務室を出ようとした時、袖を掴まれた。

 

「どうした?」

 

夕張は何も言わず、ただ俯いていた。

 

「……俺は不器用だから、合わせようと必死になることしかできない。お前がそうなら、俺だってそうするだけだ。悪循環だろ……?」

 

「うん……」

 

「だったら、こんな駆け引きはもうやめようぜ。お前はよくやってくれているよ……。本当に感謝している……。冷たくして……悪かったな……」

 

そう言って、俺は夕張の頭を撫でてやった。

 

『なんかここ、湿気多いな~』

 

望月だったら、そんな事を言って、場を和ませてくれただろうな。

そんな事を考えながら、俺は夕張が泣き止むまで、そっと抱きしめてやった。

 

 

 

執務室を出て、食堂へと向かう。

 

「おはようございます、提督」

 

「おう、おはよう。昨日は悪かったな、鳳翔」

 

「いえ。後で、どうなったのかをお話ししますね」

 

「あぁ、頼む」

 

横目で大和を見る。

いつも通り、ただ大淀の挨拶を待っていた。

 

「みなさん、おはようございます」

 

大淀が挨拶を始める。

 

「本日はクリスマスです。既にプレゼントをいただいておりますが、常日頃から、サンタさんは皆さんを見ています。いい子であることを心がけましょう」

 

元気に挨拶する駆逐艦たち。

なんか、こういう事もすぐ忘れそうだよな……こいつら……。

 

「ちょっといいか?」

 

手を挙げたのは、武蔵であった。

 

「はい、どうぞ」

 

「軽巡以上の艦娘に知らせたいことがある。この後、執務室に集まってはもらえないだろうか?」

 

武蔵、お前……。

大淀は何かを察したようで、俺をチラリと見た。

俺が小さく頷くと、大淀は驚いたような表情を見せた後、すぐにいつも通りの表情を取り戻した。

 

「……分かりました。そういう事ですので、朝食後、軽巡以上の方は、執務室へ……。それでは皆さん、いただきます」

 

駆逐艦たちの「いただきます」の後、鳳翔はチラリと俺を見た。

俺がどんな表情をしていたのかは分からない。

ただ鳳翔は、何も言わずにいてくれた。

 

「…………」

 

俺は武蔵に目を向けた。

何も知らないであろう駆逐艦たちの笑顔に、武蔵もまた、迷いのない笑顔を見せていた。

 

 

 

 

 

 

残り――23隻

 

――続く

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