不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第17話

1月3日、早朝。

 

「ルールはいつも通りだ。ここからスタートして、遠くのあの岩にタッチ。先にこっちへ戻ってきた方が勝ちだ。いいな?」

 

「うん」

 

「分かっているわ」

 

島風と天津風は、互いに目を合わせると、小さく頷いた。

これが、70年以上も続いた勝負の最後だと思うと、こっちまで緊張してくる。

 

「じゃあ、合図、行くぞ」

 

二隻がスタート姿勢をとる。

雪風も、どこか緊張した面持ちで、勝負の行方を見守っていた。

 

「よーい……! どんっ!」

 

砂が舞うよりも、風が吹くよりも先に、二隻は俺の間を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

話は遡り、年末。

武蔵が島を出ることを発表し、艦娘達の間で、話し合いが行われていた。

 

「武蔵さんに続いて、誰か島を一緒に出る者はいないか、話し合っているんだって」

 

そう言うと、夕張は皮を剥いたみかんを俺に渡した。

 

「それはいいとして、どうしてお前がここにいるんだよ? 話し合いに参加しなくていいのか?」

 

「私には関係ないから。島を出る気も無いし、誰が出て行こうとも、それは本人の勝手だしね」

 

クリスマスの一件から、夕張は吹っ切れたのか、以前と同じように絡みに来るようになった。

 

「そうかよ……。ったく、立ち直ったのかと思ったら、すぐこうだからな……」

 

「別に、まだ立ち直った訳じゃないわよ。酷いこと言われたことも、フラれたことも、まだ、思い出すと辛いんだから」

 

「だったら、俺に関わるのは止した方がいいんじゃないのか?」

 

「ご存知の通り、そうしてみたのだけれど、なんか、それはそれで辛くなっちゃって。私、本当に貴方の事が好きだから、貴方と普通に話せないのは、酷い事を言われるよりも辛いのよ」

 

俺にはよく分からない理屈であった。

だが、考えに考え抜いて、自分を必死に守ろうとした奴が出すような結論だということは、なんとなく分かっていた。

 

「だから、もう突き放そうとしても無駄だから。私の為だとか、そういうのは意味ないから」

 

「……それでも、落ち込んだり、面倒くさくなったりはするんだろ?」

 

夕張は一瞬、ムッとした表情を見せたが、それが俺の答えだと理解したのか、しおらしく頷いて見せた。

 

「コーヒー飲むか?」

 

「……うん。ありがとう……」

 

 

 

話し合いが終わったのか、大淀と武蔵が家に来た。

 

「終わったか」

 

「えぇ。もう寮に行っても大丈夫ですよ。それと、報告があります。武蔵さん」

 

大淀が下がると、武蔵は頷き、嬉しそうな表情を見せながら、口を開いた。

 

「島風と天津風が、一緒に島を出てくれることになった」

 

島風と天津風が……。

 

「マジか。けど、どうして?」

 

「理由はよく分からないのだが、島風が島を出ると決意して、それに天津風が乗ったようだ。もっとついてくる者がいると思ったのだが……」

 

「いや、十分だ。ありがとう、武蔵」

 

武蔵はふにゃっとした可愛らしい笑顔を見せると、俺の手を取り、自分の頬にあてた。

 

「これでもう、強がらなくていいのだな……。これからはこの手で、私の事を守って欲しい」

 

その光景に、大淀と夕張は目を見開き、驚いていた。

 

「あぁ。もう安心していいぞ。後は、俺に任せろ」

 

武蔵は小さく頷くと、もう一度、可愛らしい笑顔を見せた。

 

 

 

島風と天津風を連れてくると言い、武蔵は寮へと戻っていった。

残された大淀と夕張は、説明を求めるように、大きな目を俺に向けた。

 

「そう驚くこともないだろう。あいつだって、守るよりも守られたいという気持ちくらいはある」

 

「そうかもしれないけれど……。はぁ~……あの武蔵さんが……」

 

「当初言われていた通り、洗脳したのでは?」

 

「お前らな……」

 

まあ、武蔵の気持ちは、こいつらには分からないだろうな。

守る者ではなく、守らざるを得ない者の気持ちはな……。

 

「武蔵さんって、貴方の事が好きなのかしら?」

 

「好きだと思いますよ? でなければ、あんな表情は見せませんよ」

 

「ふぅん……」

 

夕張はなにやら、細い目でじっと、大淀を見ていた。

 

 

 

「連れて来たぞ」

 

「提督ー、どーん!」

 

島風は俺に突進すると、にひっと笑って見せた。

その姿を呆れた表情で見ていたのは、天津風であった。

 

「提督、私も島を出るの」

 

「あぁ、聞いたよ。しかし、どうして急に?」

 

「でね? 私と天津風の最後の勝負を提督に見届けて欲しいの。今、引き分けだから」

 

無視かい……。

本当、自由というか、身勝手というか。

 

「最後の勝負か。本当に好きだな、お前ら」

 

「あたしは別に好きじゃないけど……」

 

反論したのは、天津風であった。

好きでもないのに、よく付き合ってられるよな。

 

「70年以上続いた勝負だからな。提督よ、しっかりと見届けてやるのだぞ」

 

「70年以上!? お前ら、70年以上もこの勝負を続けているのか!?」

 

「うん、そうだけど?」

 

そうだけどって……。

俺はもう一度、天津風に目を向けた。

 

「……なに?」

 

「いや……」

 

好きでもないのに、70年以上……か……。

 

「勝負は、島を出る日の早朝にするから」

 

「1月3日だな。分かった」

 

俺が了承するのを確認すると、島風は天津風の前に立った。

 

「天津風」

 

「なに?」

 

「私、負けないから」

 

その表情に、天津風だけではなく、その場にいた全員が驚いていた。

いつもの何も考えていなそうな表情からは想像もできないほど、真剣で、気迫に満ちた表情であったからだ。

 

「じゃあね」

 

そう言うと、島風は寮の方へと戻っていった。

残された天津風は、戸惑ったような表情を見せていたが、やがて覚悟を決めたのか、こちらも真剣な表情を見せ、寮へと戻っていった。

 

「島風ちゃん、凄い気迫だったわね。あんな表情、見たことないわ」

 

「それだけ真剣だという事でしょうね。島を出る覚悟をしたのも、その為かもしれませんよ」

 

「全てに決着をつける為……か……。島風にとって、天津風は唯一のライバルだったからな。提督よ、その勝負を見届けて欲しいとまで言わせたのだ。貴様は本当に凄い人間だ」

 

「いや……。多分、俺でなくても良かったのだろうとは思うのだが……」

 

きっかけが何であれ、島風が本気で島を出る覚悟をしたという事は、先ほどの表情でよく分かった。

どうして天津風が同じ決意をしたのかは分からないが、島風の勝負を受ける覚悟はあるようだから、何か思うところがあったのだろう。

まあ、70年以上もやっていることだし、嫌だとは言えない質なのかもしれないが……。

 

 

 

それから勝負の日まで、島風はずっと独りで、トレーニングを続けた。

年越しのカウントダウンも、初日の出を見に行く事も、正月料理に舌鼓を打つ事も――全てを拒否し、独り、トレーニングに励んでいた。

 

「…………」

 

そんな島風を、天津風はずっと、どこか寂しそうな表情で、遠くから見つめていた。

 

「天津風ちゃん、寂しそうです」

 

「雪風。あぁ、そうだな。そういやお前、あいつらとは仲がいいのだろう? 一緒に島を出ないのか?」

 

「はい。雪風は、もうちょっとだけ、この島の行く末を見守りたいんです」

 

この島の行く末……か……。

 

「だから、どちらにも声をかけないんだな」

 

「そうです。雪風は、ずっとあの二人を見てきましたから、邪魔はしたくないんです。しれえも同じことを考えて、放っておいているんじゃないですか?」

 

そういう雪風の目は、優しくも、全てを見透かしているかのような、どこか不気味な色をしていた。

 

「どうかな……。ただ、あの間に入っていくのが怖いだけなのかもしれない。皆も同じなのか、誰も何も言わないだろう?」

 

今度は同じ目を、俺は雪風に向けてやった。

 

『雪風は、大人ですよ』

 

もし、それが本当ならば、おそらくこいつは――。

 

「……雪風も、同じです。どう声をかけていいのか、分からないだけだったりします。えへへ……」

 

「……そうか」

 

こいつは、本当に――。

 

 

 

そして、俺たちは何も出来ないまま、勝負の日を迎えた。

 

「提督ー」

 

まだ陽の昇らない内に家へとやってきたのは、島風であった。

 

「おう、島風。おはよ……って、なんだその格好は!?」

 

島風はトンデモナイ格好をしていた。

バニーのような大きなリボン(?)のついたカチューシャ(?)に、肩と脇とヘソを大胆に見せたノースリーブ(?)、もはやスカートと呼ぶには短すぎるスカートに、タンガ(?)が見えてしまっていて――とにかく、言葉にするのも難しいほど、意味不明な格好をしていた。

 

「えへへ、いいでしょー? 島風の勝負服なんだー」

 

「勝負服ってお前……」

 

そういや、戦時中の島風は、トンデモナイ格好をしていたと、誰かから聞いたことがあるが……。

 

「もしかして、その格好は、戦時中の?」

 

「うん、そうだよ」

 

「そうだよって……。お前、そんな格好で戦っていたのか!?」

 

「こっちの方が動きやすいし、とっても速いんだよ!」

 

そうだとしても、その格好はどう見ても――。

いや……そう見てしまっている俺の方が悪いのだろうか……。

 

「とにかく、寒かろう。ほら、コートを着ておけ」

 

「別に寒くないけど?」

 

「見ているこっちが寒いんだ。せめて勝負の直前くらいまでは着ていてほしい」

 

「うーん……分かったー……」

 

島風はしぶしぶ、俺のコートを羽織った。

 

「して、どうした? 勝負まではまだ時間があるだろうに」

 

「今日が、この島に居られる最後の日だから、提督にお礼が言いたくて」

 

「お礼?」

 

「うん。こんなに我が儘な島風を受け入れてくれて、ありがとーって」

 

島風はニコッと笑うと、足をぶらつかせながら、語り始めた。

 

「私ね、自分では分かっているの。すっごく我が儘で、周りに迷惑ばかりかけてるって。でも、気づくのはいつも、迷惑をかけた後なの」

 

だが、あまり後悔をしていないのか、島風は落ち込む様子もなく、淡々と語っていた。

 

「たくさんの『提督』がこの島に来て、その数と同じくらい迷惑をかけてきたの。許してくれる人もいたけど、やっぱり、島風を避ける人の方が多かったんだー。でもね、提督は、そんな私をちゃんと受け入れてくれたでしょ? だから、嬉しかったんだー。にひひー」

 

島風は、はにかんで見せると、俺の膝の上に座った。

 

「だからお礼、なのか?」

 

「うん!」

 

受け入れることは当たり前の事だと思っている俺には、どうして島風がそんな事でお礼を言うのか、よく分からなかった。

 

「ねー、提督」

 

「ん、なんだ?」

 

「島風が島を出ても、提督に迷惑かけてもいーい?」

 

「迷惑かけてもいいかなんて……。変なことを訊くんだな」

 

「んー……だって……なんか……難しくて……」

 

「難しい?」

 

「うん……。島を出たら、島風は艦娘じゃなくなるし、提督も提督じゃなくなるでしょ? だから、どういう関係って言えばいいのかなーって……」

 

「その結果が、『迷惑をかけてもいいやつ』って事なのか?」

 

島風は何も言わず頷いた。

何やらもじもじと手遊びをしている。

 

「仮にそうだとして、俺はお前の事、どういう関係だと思えばいいんだ?『迷惑をかけてくるやつ』か?」

 

「んー……。提督は……どう思う……?」

 

恐る恐る、俺の顔を見る島風。

この表情、どこかで――。

あぁ、そうだ。

明石がよく見せる表情だ。

何か、答えは分かっているのに、言わせようとするような――。

 

「うーん……。普通に、『友達』とか、そういうのでいいと思うのだが……」

 

その瞬間、島風の表情が、ぱっと明るくなった。

 

「友達! 提督、島風と友達になりたいの!?」

 

「え? あ、あぁ……それが一番しっくりくるというか……」

 

「そっかそっかー。えへへ、島風と友達になりたいんだー」

 

島風は足をパタパタさせると、嬉しそうに笑って見せた。

もしかして、俺に『友達』と言わせたかったのか?

……確かめてみるか。

 

「うぅん……。でも、やっぱり違うかな……」

 

「え……」

 

「友達って、お互いにそう認識し合うものだろう? 俺だけが友達だと思っているのは、違うかなって」

 

島風は明らかに動揺を見せた。

 

「で、でも……! 提督が島風の事を友達だと思っているのなら、私もそう思ってもいいかなって……思っているんだけど……」

 

「俺と友達になってくれるって事か?」

 

島風は、もじもじするだけで、答えようとはしなかった。

なるほどな……。

言わせようとしたのは、自分から言うのが恥ずかしかったから……ってことか。

 

「別に、恥ずかしがることでも無かろう」

 

「そんなんじゃないし……」

 

唇を尖らせる島風に、俺は初めて、親近感を覚えることが出来た。

なんだ、そういう表情も出来るんだな。

 

「俺は、お前が友達だったら嬉しいけどな。お前はどうなんだ?」

 

島風は俯き、黙り込んでしまった。

 

「……まぁ、別に答えなくてもいいよ。島を出ても、またたくさん、俺と遊んでくれよな」

 

そう言ってやると、島風は立ち上がり、顔を真っ赤にして、俺に向き合った。

 

「どうした?」

 

「わ……私も……」

 

「ん?」

 

「私も……! 提督と……友達になりたいっ……です……」

 

何故、敬語なんだ。

けど……。

 

「言えたな」

 

島風は恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまった。

 

「そんなに恥ずかしい事じゃないよ」

 

「……だって、初めてだもん」

 

「え?」

 

「友達……。島風には……友達……居ないから……」

 

友達がいない……。

 

「でも、天津風や雪風が――」

 

その時、時計が鳴った。

 

「……時間だね」

 

陽が昇って来たのか、空が明るくなって行く。

 

「行こう、提督」

 

そう言うと、島風はニッと笑って見せた。

だがその笑顔は、どこか――。

 

 

 

浜辺には、既に天津風が来ていた。

 

「来たわね……」

 

「しれえ! おはようございます!」

 

「おう、おはよう。雪風も来ていたんだな」

 

「はい! 二人の勝負を見届けに来ました!」

 

俺と二人で話す時とは違い、雪風の声はでかかった。

 

「それにしても……」

 

俺は天津風に目を向けた。

 

「……なに?」

 

「いや……」

 

天津風の格好……。

あれも、戦時中に着ていたものなのだろうか。

島風ほどのインパクトはないが、変なカチューシャと吹流しのような髪飾り――なによりも、ガーターベルトらしきものが見えているが……。

本当、こいつらの格好は――。

当時の海軍は、一体何を考えているんだ……。

 

「天津風……」

 

島風が、真剣な表情で前へと出て来た。

 

「島風……」

 

二隻が睨み合う。

既に勝負は始まっているという事か。

――いや、70年以上前から、既に……。

 

「本気なのね……。これが……最後って……」

 

「うん……」

 

島風の返事を聞いた天津風は、どこか寂しそうな表情を見せていた。

 

「……分かったわ。これで最後なのだから、本気で戦ってあげる……。手を抜いたら、許さないから……」

 

「こっちの台詞だし……」

 

二隻は俺を見た。

準備万端って事だな。

 

「よし、じゃあ、始めようか」

 

 

 

浜辺に線を引くと、二隻はいつもの位置についた。

 

「ルールはいつも通りだ。ここからスタートして、遠くのあの岩にタッチ。先にこっちへ戻ってきた方が勝ちだ。いいな?」

 

「うん」

 

「分かっているわ」

 

島風と天津風は、互いに目を合わせると、小さく頷いた。

これが、70年以上も続いた勝負の最後だと思うと、こっちまで緊張してくる。

 

「じゃあ、合図、行くぞ」

 

二隻がスタート姿勢をとる。

雪風も、どこか緊張した面持ちで、勝負の行方を見守っていた。

 

「よーい……! どんっ!」

 

砂が舞うよりも、風が吹くよりも先に、二隻は俺の間を駆け抜けていった。

 

「うぉっ!?」

 

やっと砂が舞う。

二隻はあっという間に、小さくなっていた。

 

「なんか……いつもより速くねぇか!?」

 

「二人とも、本気みたいです……」

 

リードしているのは、島風のようにみえるが……。

 

「今、タッチしたみたいです!」

 

「え!?」

 

タッチした……ようであるが、全く見えない。

艦娘の視力は、一体どうなっているんだ……。

 

「あ!」

 

やがて、砂を巻き上げながら走ってくる島風が見えた。

そして、その表情が見えたと思った瞬間、島風は俺たちの横をすり抜けていった。

 

「な……!?」

 

なんという速さだ……。

これが、島風の本気……。

だとしたら、今まで俺たちが見て来たのは……。

遅れてゴールしたのは、天津風であった。

二隻とも、息を切らし、倒れ込んでいた。

 

「一瞬の戦い……だったな……」

 

「は、はい……」

 

俺と雪風は、ただただ感心するだけで、二隻に近づくことも出来なかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

先に立ち上がったのは、島風であった。

 

「私の……はぁ……勝ち……!」

 

「はぁ……はぁ……分かっているわよ……」

 

俺と雪風は、無意識のうちに拍手をおくっていた。

 

「提督……雪風……」

 

「おめでとう、島風。凄い勝負だったぜ」

 

「おめでとうございます!」

 

「うへへ……ありがとう……」

 

島風は何故か、あまり嬉しそうではなかった。

 

「天津風……」

 

「はぁ……はぁ……なによ……?」

 

「勝負してくれて、ありがとう……」

 

「はぁ……はぁ……ん……」

 

二隻は握手を交わし、70年続いた勝負は、幕を閉じたのであった。

 

「…………」

 

 

 

天津風が動けないとのことであったので、島風と雪風には先に戻ってもらい、俺は天津風が回復するまで付き添う事になった。

 

「付き添うのが俺でよかったのか?」

 

「えぇ……。あなたとは、ちゃんと話をしておきたいと思っていたから……」

 

そう言うと、天津風は立ち上がり、近くにあった流木に座り込んだ。

 

「もしかして、最初から……?」

 

天津風は答えなかった。

それが答えだと分かって、俺はなんだか安心してしまった。

 

「そうか」

 

同じように流木に座る。

 

「して、話しておきたいことというのは?」

 

「……なんてことはないわ。ただ……謝りたくて……」

 

「え?」

 

「今日までずっと……あなたの事、避けて来たでしょ……? あなたがあたしを気にかけてくれていたのは知っていたし、あなたが優しい人だって、本当は分かっていたの……。でも……なんだか素直になれなくて……」

 

一度決めてしまったら、なかなか引き返せないタイプか。

敷波辺りに似ているかもな。

 

「でも、こうして話しかけてくれたのは、最後だからか?」

 

「それもあるけれど……。島を出たら、嫌でもお世話になる訳だし……」

 

「今の内に、仲良くしておこうという訳か。なるほど、策士だな」

 

それが嫌味に聞こえたのか、天津風は申し訳なさそうな表情を見せた。

 

「ああ、いや……そういう意味で言ったんじゃないぞ?」

 

「まだ何も言っていないのだけれど……」

 

今度はむすっとした表情を見せる天津風。

心を読まれた気がして、ムッとしたのだろう。

やっぱ、タイプが敷波に似ているな。

 

「……一つ訊いていいか?」

 

「なに……?」

 

「島風は何故、島を出る決意をしたんだ? そして、どうしてお前は、それに乗ったんだ?」

 

天津風は俯くと、黙り込んでしまった。

 

「天津風?」

 

「……あたしも知らない。島風が、どうして島を出ようと思ったのかなんて……」

 

「え?」

 

「あたしはただ、島風が島を出ることがあったら、それについていこうと決めていただけ……。だから、何がきっかけだったのかは知らない……」

 

そう言う天津風は、どこか寂しそうな表情を見せていた。

 

「ただ……」

 

「?」

 

「ただ……終わらせたかったって事だけは分かるの……。あたしとの勝負……。そして……この関係をね……」

 

 

 

遠くの海に、海軍の船が見える。

武蔵たちを迎える準備をしているようだ。

 

「終わらせたかった……というと……?」

 

「……勝負を見ていて気が付いたと思うのだけれど、今までやってきた勝負は、全部、お互いに手を抜いてきたの」

 

確かに、あんなスピードは見たことが無かったが……。

 

「島風はバレていないと思っているようだけれど、初めてあの子と勝負をした時に、ちゃんと全力を見ていたから、分かるのよね……」

 

「……しかし、どうしてそんな事を?」

 

「……初めて勝負をした時、あたし、凄いショックを受けちゃってね。二度と勝負なんてしない! って、あの子に言っちゃったのよ。多分、それがショックで、引き分けに持ち込もうと――いい勝負を演じようと始めたんじゃないかしら……。あたしはあの子のプロトタイプだったから、自分と似たような存在と勝負できることが、嬉しかったのだと思う……」

 

「なるほどな……。でも、お前もそれに付き合ってやったんだな。二度としない、なんて言った割には」

 

「……最初は、相手にしなかったわ。でも……あの子には姉妹艦がいなくて、いつも一人だったから……」

 

「可哀想に思えて、相手をしてやっていた……という訳か……」

 

天津風は反論しようと顔を上げたが、何も言えず、再び俯いてしまった。

 

「だが、段々と相手をしている内に、そんな事は思わなくなった。違うか?」

 

天津風は何も言わなかった。

 

「……お前も勝負を楽しんでいたんだな」

 

「……さぁね」

 

まるで風を読んだかのように、天津風の髪飾りが揺れた。

なるほど、ようやく話が見えて来たぜ。

 

「つまりお前は、島風がその勝負を終わらせる決意をしたことに、ショックを受けている……という訳だな」

 

「……分かっているのなら、口にしないで欲しかったわ。デリカシーのない人ね……」

 

「よく言われる」

 

天津風は俯くと、悲しそうな表情を見せた。

 

「どうして島風があんな事を言いだしたのかは分からない……。でも……もう……島風は、あたしの事……」

 

ライバルという関係……か……。

もしそうでなくなるとしたら、天津風と島風の関係は――。

俺はふと、島風の言葉を思い出していた。

 

『島を出たら、島風は艦娘じゃなくなるし、提督も提督じゃなくなるでしょ? だから、どういう関係って言えばいいのかなーって……』

 

『友達! 提督、島風と友達になりたいの!?』

 

『……だって、初めてだもん』

 

『島風には……友達……居ないから……』

 

「…………」

 

もしかして……。

 

「天津風」

 

「なに……?」

 

「お前は、島風の事をどう思っているんだ?」

 

「え……?」

 

「ただのライバルか?」

 

天津風は少し考えた後、やはり悲しそうな表情を見せた。

 

「言い方を変えようか。お前は、島風とどんな関係になりたいんだ?」

 

「あたしは……別に……」

 

「俺は、それが答えだと思うぞ。あいつが、どうして島を出ようと決意したのか……どうしてお前と勝負をしたのか……その理由のな……」

 

「どういうことよ……?」

 

「少し、自分で考えてみろ。まあ、もしかしたら、その答えを教えてくれるのは、あいつかも知れないがな」

 

俺は立ち上がり、天津風に手を伸ばした。

 

「そろそろ戻ろう。歩けるか?」

 

「……歩けるわ」

 

天津風は立ち上がると、俺をじっと見つめた。

 

「どうした?」

 

「……あなたって、あの人とは違うのね」

 

「あの人?」

 

「あなたのお父さんよ……」

 

親父か……。

 

「悪い意味で、か?」

 

「ううん……。いい意味で、よ。あの人は、確かにいい人ではあったのだけれど、あまりにも優しすぎたわ……。あたしは……優しさよりも……むしろ、あなたのような……」

 

天津風は、俺の手を取った。

 

「……島風がどうしてあなたに懐いたのか、よく分かったわ。島を出ても、あたしを……あたしたちを守ってくれるかしら?」

 

「あ、あぁ! 守ってみせるさ」

 

そう言ってやると、天津風はニコッと笑って見せた。

……正直、俺は困惑していた。

何がきっかけで――親父と何を比較して、俺をいいやつだと思ってくれたのか、よく分からなかったからだ。

結果オーライではあるのだろうけれど、天津風は俺に、一体何を見たのだろうか……。

 

 

 

寮に戻り、朝食を済ませた頃、泊地の方で汽笛が鳴った。

 

「来たようだな」

 

大淀が立ち上がる。

 

「皆さん、行きましょう」

 

 

 

泊地への足取りは、かなりゆっくりであった。

 

「島風、天津風、向こうに行っても元気でね!」

 

「うん」

 

「あなたたちもね」

 

「武蔵さん、皆さんの事は、私たちがしっかりと守りますから、安心してくださいね」

 

「あぁ、頼んだぞ」

 

皆、別れを惜しむというより、むしろ祝福していた。

島を出る決意を持った艦娘に対しては、悪い印象を持っていないと誰かが言っていたように思うが、本当のようだな。

 

 

 

泊地には相変わらず、旗を掲げた数名の海兵と、勲章を胸に携えた上官が、待ち受けていた。

そしてやはり、上官が一歩前に踏み出すと、俺に敬礼をしてみせた。

 

「……恐れ入るよ。まさか、こんな短期間に……」

 

『君の活躍に、敬意を表します』

 

以前はそう言っていたはずだが、思わず出た台詞なのだろう。

後ろの海兵たちが、困惑した表情を見せていた。

 

「私の力ではありません。彼女たちの『意思』です」

 

そう言うと、三隻は俺の横に並んだ。

その通りだとでも言うように。

 

「……なるほど。本当に恐れ入る……。雨宮慎二……。君が何と言おうとも、我々海軍は、君の活躍に敬意を表します。ありがとう……」

 

上官は敬礼ではなく、俺の手を強く、両手で握った。

俺は、その表情に、海軍としての誇りを見た。

 

「……ありがとうございます」

 

だからこそ、俺は、そう素直に返したのであった。

 

「では、そろそろ……」

 

その時であった。

 

「武蔵……」

 

前に出て来たのは、大和であった。

 

「大和」

 

大和は武蔵に近づくと、悲しそうな瞳で武蔵を見つめた。

 

「大和……」

 

武蔵は何も言わず、そのまま大和を抱きしめていた。

 

「武蔵……」

 

「すまない……大和……。だが……許してほしい……。私は、大和を裏切ったのではない……。ただ……」

 

「えぇ……分かっているわ……。私の方こそ……色々と押し付けてしまってごめんなさい……」

 

俺の知らないドラマが、二隻にはあるのだろう。

人を嫌う大和。

俺を追い出そうとした武蔵。

この二隻は、俺を追い出そうと家に来た時までは、よく一緒に居たと聞いている。

だが、武蔵が俺の味方になったことで、関係に亀裂が入ったのか、二隻が一緒に居ることはなくなっていた。

 

「大和、聞いてくれ……。人間を信じろとは言わない……。だが、お前はもう分かっているはずだ。信じられる人間も、この世にはいるのだという事を……」

 

大和は何も言わなかった。

武蔵もまた、俺の名前を口にすることはなかった。

それでも、二隻はよく分かっているようであった。

武蔵は離れると、俺に振り向き、優しく微笑んで見せた。

 

「……では、行こうか」

 

三隻は頷くと、船に乗り込んだ。

 

「島風ー! 天津風ー!」

 

「武蔵さーん!」

 

皆が手を振る。

その表情は、悲しいというよりも、どこか――。

 

「武蔵……!」

 

大和が叫ぶ。

 

「大和……」

 

「私……!」

 

「……あぁ! 必ず来い! また会おう!」

 

上官が出港を告げる。

海軍ラッパが鳴り響く。

 

「さようならー!」

 

「元気でねー!」

 

泊地を離れるに連れて、皆の声もまた、遠くなって行く。

二回目の経験ではあるが、何だか、こう――。

 

「……寂しいものだな」

 

俺の心を読んだかのように、武蔵はそう言った。

 

「なに、すぐに会える。俺が会わせてやるさ」

 

「あぁ……貴方なら、必ずそうしてくれるだろう……。だから、私は泣かないぞ……」

 

「いいんだぜ、泣いても。もう、我慢する必要もないんだ」

 

武蔵は驚いた表情を見せた後、俺の肩に頭を預け、ぽろぽろと涙を流した。

 

「今までよく頑張ったな……武蔵……。これからは、俺がお前を守る番だ」

 

「あぁ……。頼んだぞ……相棒……」

 

そう言うと、武蔵は俺の手を取り、指を絡めた。

初めて握ったあの手とは比べ物にならないほど、小さく、華奢な手に感じた。

 

 

 

船はゆっくりと、本土を目指す。

海兵たちは、辺りを警戒するように、双眼鏡を覗いていた。

 

「ねーねー、まだ着かないの?」

 

「もうちょっとかかるだろうよ。外に顔を出すなよ?」

 

「んー……」

 

島風は退屈そうに、足をバタつかせていた。

島を出てしばらく、三隻は姿を見られないようにと、船内に案内されていた。

 

「それよりもお前、いいのか?」

 

「え? 何が?」

 

「天津風だよ。勝負の後、一言も話していないんだろう?」

 

そう言ってやると、島風はもじもじとし出した。

 

「……本当は、言いたいことがあったんじゃないのか?」

 

図星なのか、島風は唇を尖らせた。

 

「本当は、天津風と友達になりたいんじゃないのか?」

 

そっぽを向く島風。

やはりそうか……。

 

「島を出ようとした理由……。最後の勝負を仕掛けた理由……。それは、天津風と、ライバルではなく、友達になりたいから……なんじゃないのか?」

 

「……そんなんじゃないし」

 

「だったら、どうして島を出ようと思ったんだ?」

 

島風は黙り込んでしまった。

 

「友達ってのは、隠し事無しなんだぜ。俺たち、友達だろ?」

 

そう言ってやると、島風は恥ずかしそうに、小さく頷いた。

 

「……話してみろよ」

 

「うん……」

 

島風は、一呼吸置いた後、事の経緯から話し始めた。

 

 

 

話を聞いた後、俺と島風は、天津風と武蔵のいる部屋の扉を叩いた。

 

「よう。今、時間あるか?」

 

「そりゃあるけど……」

 

「島風がお前に、話があるそうだ」

 

「え?」

 

島風は恥ずかしいのか、俯き、俺の後ろに隠れていた。

 

「提督よ、私は出ていった方がいいかな?」

 

「いや、お前にも関係がある話だ。そうだろ? 島風」

 

島風は頷くと、決意を固めたのか、ゆっくりと前へと出て来た。

 

「……なによ? 話って……」

 

「うん……」

 

島風は返事をしたが、すぐに黙り込んでしまった。

 

「島風」

 

俺は、島風の背中を押してやった。

島風は頷くと、天津風に向き直り、口を開いた。

 

「天津風……」

 

「な、なによ……。そんなに改まって……」

 

「私ね……その……」

 

様子のおかしい島風に、天津風は眉をひそめていた。

 

「私……天津風と……その……と、友達に……なりたくて……」

 

「え……」

 

一瞬の静寂。

 

「友達って……」

 

「……最初は、天津風の事、ただのライバルだって思ってた。でも……勝負をして行く内に……勝ちたいとか、負けたいとか、そういう気持じゃなくて、ただ、天津風と走りたいって……思うようになってた……」

 

天津風は何も言わず、ただじっと島風の言葉を待っていた。

 

「友達になりたいって思ってた……。でも……そんなの出来たことないし……つくり方も分からなかったし……。それに……私が友達になりたい……なんて言ったら……。もし……嫌だって言われたら……。もう、私とは勝負してくれないんじゃないかって思って……ずっと言えなかったの……」

 

俺は天津風に目を向けた。

天津風もまた、俺を見ていた。

俺が何を言わんとしているのか気が付いたようで、どこか後悔するような表情で俯いていた。

 

「勝負できなくなるのが怖かった……。天津風と関わる理由を失うのが怖かった……」

 

「島風……」

 

「でも……このままじゃいけないって教えてくれたのが……提督と武蔵さんだった……。提督と武蔵さんが戦って……あんなにも険悪だったのに……何故か二人はとても仲良くなっていて……。武蔵さんは提督の事、相棒って呼んだりしていて……。凄いと思った……。関係が壊れちゃうような事をしたはずなのに、どうして仲良くなれたんだろうって……。もしかしたら……私は……間違っていたのかなって……。だから……」

 

俯く島風。

天津風はため息をつくと、髪をいじりながら言った。

 

「じゃあ……なに……? 最後の勝負をしたのは……ライバルの関係をやめて、友達になる為だった……ってことなの……?」

 

頷く島風。

その姿を見て笑ったのは、俺と天津風であった。

 

「な、なんで笑うの!?」

 

「ごめんなさい。だって、なんだか、島風らしいと思ったから。それに、馬鹿馬鹿しくなっちゃって」

 

そう言うと、天津風は俺を見た。

そういうことなのね、とでも言いたげに。

 

「あーあ……そっか……。そうよね……。本当……悩んでいたのが馬鹿らしいわ……」

 

「悩む……?」

 

「えぇ……。あたしはてっきり……」

 

天津風は閉口すると、少しの間をつくった後、島風を見た。

 

「あたしも、島風と友達になりたいと思っていたわ。ずっとね」

 

微笑む天津風に、島風は喜びの表情を見せた後、涙を流し、天津風に抱きついていた。

 

「……本当、あたしたちって似ているわね。不器用なところも、そっくりだわ……」

 

ふと、武蔵が俺の袖を引いた。

 

「……あぁ、そうだな。二人っきりにしてやろうか」

 

俺たちはそっと部屋を出て、本土に着くまで二人っきりにしてやった。

 

 

 

本土が近づいてきたのか、汽笛が何度か鳴っていた。

 

「まさか、私と貴方の戦いが、あの二人の関係に影響していたとはな」

 

「全くだ。あれからもうずいぶん経つのにな」

 

武蔵は笑うと、思い出すかのように目を瞑った。

 

「友達……か……」

 

「考えたことも無かったか?」

 

「あぁ……。いても、戦友だ。あの二人の様にはな……」

 

そう言うと、武蔵は寂しそうな表情を見せた。

 

「……大和となら、そういう関係になれたのかもしれないがな」

 

大和……か……。

 

「そう言えば、貴方は大和に文通を持ちかけていたが、あれからどうなったんだ?」

 

「あぁ……」

 

あの日の後、俺は鳳翔から、大和の様子を聞いていた。

 

『大和ちゃん、私にも話してくれないんです……。でも、嫌だとかそう言う訳ではないようでした』

 

あれから大和は、いつも通りの態度を見せている。

文通の事に触れてくる様子も無いし、あの涙は一体――。

 

「ん……」

 

気が付くと、武蔵が俺に寄り添い、指を絡める様に手を握っていた。

 

「どうした?」

 

「いや、思いつめた表情をしていたものだから、癒してやろうと思って」

 

そう言うと武蔵は、ふにゃっとした笑顔を見せた。

まあ、確かに、大型犬に懐かれたようで、何だか――。

 

「大和の事は心配しなくてもいいさ。きっと、貴方なら――」

 

再び汽笛が鳴る。

エンジンが大きな唸り声をあげると、船は段々とスピードを落としていった。

部屋の扉がノックされる。

 

「失礼します! 間もなく、到着です! 下船の準備をお願いします!」

 

部屋の外で、海兵が叫ぶ。

入ってこないのは、入れないからなのか、それとも――。

 

「……行くか」

 

 

 

鹿島達の時と違い、情報漏洩対策なのか、船は屋根付きの工廠に停まった。

 

「お疲れ様でした。艦娘の三隻は、あのバスにお乗りください」

 

窓にスモークの貼られたバス。

その近くに、山風がいた。

 

「こちらです!」

 

バスへ近づくにつれ、島風と天津風は、何やら眉をひそめていた。

 

「どうした?」

 

「なんか……あの人……どこかで……」

 

「えぇ……。あの緑色の髪……」

 

武蔵は気が付いたのか、驚いた表情で俺を見た。

俺が頷いて見せると、再び山風に目を向け、唖然としていた。

 

「みんな、久しぶりだね」

 

山風が言う。

島風と天津風は、まだ分からないようで、フリーズしていた。

 

「あたしの事、分からない?」

 

二隻は不安そうに、俺を見た。

そろそろネタバラシしてやるか。

 

「あとは頼んでいいか? 山風」

 

「うん、任せて」

 

「え……山風って……」

 

二隻が顔を見合わせる。

そして、大きく息を吸うと――。

 

「「ええええええええええええええええええ!?」」

 

工廠に、二隻の声が響いた。

俺を含め、海軍全員が、それに笑顔を見せていた。

 

 

 

三隻と山風を乗せたバスを見送り、工廠の外に出てみると、鈴木が待ち構えていた。

 

「よう」

 

「鈴木」

 

「おめでとう。これで残りは二十隻か。やるな、お前」

 

そう言うと、鈴木は俺に握手を求めた。

 

「ありがとう。お前の方は、どうだった? 香取さんに告白したんだろ?」

 

「あぁ……まあな……。その話は後でしよう。上官がお前を呼んでいる」

 

「分かった。じゃあ、また夕方に」

 

「おう」

 

そう言って、俺は上官の待つ建物へと向かった。

鈴木の奴、何だか歯切れの悪い感じだったが、フラれてしまったのだろうか。

だとしたら、慰めの言葉でも考えておかなければな。

 

 

 

上官に挨拶を済ませ、鈴蘭寮へと向かう。

その道中、数名の海兵たちが、寮の敷地ギリギリのところで、中の様子を窺うようにウロついていた。

 

「あいつら……」

 

上官曰く、鹿島や陸奥を一目見ようと、集まっているらしい。

 

「お前ら、どこの所属だ? 休憩は終わっているはずだが?」

 

俺は海兵に近づき、そう話しかけた。

すると、海兵たちは驚いたのか、そそくさと逃げて行ってしまった。

 

「ったく……」

 

 

 

寮に入って行くと、卯月と皐月が出迎えてくれた。

 

「司令官!」

 

「おう。久しぶりだな。皆は?」

 

「こっちにいるぴょん! はやくはやく~!」

 

「おいおい、引っ張るな引っ張るな」

 

二人に引っ張られ、寮の共用スペースへ行くと、皆が集まっていた。

 

「提督さん!」

 

「よう。みんな、元気だったか?」

 

「えぇ、元気です! 司令官も、お元気そうで」

 

そう言うと、青葉は写真を一枚撮った。

 

「早速使っているんだな、それ」

 

「もちろんです! もうかなり撮ったので、あとでお見せしますね!」

 

それから一斉に、皆に話しかけられた。

それぞれ話したいことが山ほどあるらしく、俺は必死に対応していたのだが……。

 

「それでね?」

「司令官、これを見てください!」

「それで、告白されちゃってね?」

「あんたもそう思うわよね?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! えーっと……」

 

流石に捌ききれなくなり、困った俺は、ふと、端っこに目を向けた。

するとそこには――。

 

「秋雲?」

 

声をかけてやると、秋雲は落ち込んだ様子で手を振って見せた。

 

「来ていたのか。どうした? そんなところで蹲って……」

 

「あー……まあ……なんていうかさ……秋雲さんにはここがお似合いっていうか……そっちは明るすぎるって言うか……」

 

何を言ってんだ?

 

「秋雲さん、ずっとあの調子なんです。提督さんがこっちに来ると聞いて、遊びに来たようなのですが……」

 

「秋雲、こっちに来たらどうなのよ? 私たちともお話しして欲しいわ」

 

「アッ……ッスゥゥゥ……ハイ……」

 

秋雲はノソノソと出てくると、申し訳なさそうに小さく座り込んだ。

 

「ども……。秋雲さんみたいな三十路で、BL描いてる腐れ処女、他にいますか……って、いねーか、はは……」

 

秋雲は何やらボソボソ呟くと、俺をチラリと見た。

 

「雨宮君さぁ……童貞とか……絶対嘘じゃん……」

 

「え?」

 

「だってさぁ……陸奥さんと鹿島さんさぁ……めっちゃ美人でさぁ……雨宮君の事さぁ……こんなにも好いている感じでさぁ……。こんなんさぁ……絶対ヤッてんじゃん……」

 

何言ってんだこいつ……。

 

「それにさ……秋雲さん……聞いちゃったんだ……。秋雲が必死こいてシコシコBL漫画描いてる時にさ……雨宮君は、山さんや大井さんとイチャコラしてたんでしょ……? しかも、陸奥さんも皆も、プレゼントをもらったって……」

 

「イチャコラって……」

 

「秋雲さんも欲しい欲しい欲しい! 雨宮君からのプレゼント! 童貞!」

 

「ちょ、おま……!」

 

赤面したのは、陸奥と鹿島であった。

大井は何も言わず、ただ駆逐艦たちを別室へと避難させていた。

去り際、望月が「やべぇ奴じゃん……」と呟いていた。

青葉は、秋雲が暴れる様子を撮影していた。

 

「落ち着けよ秋雲……。皆引いているぞ」

 

「落ち着いてられないよ! だっでぇ……うぅぅ……せっかく秋雲さんにも春が来たと思ったのにぃ……。相手がこのドスケベな二人だなんて……あァァっんまりだァァァァ……!」

 

ドスケベって……。

 

「あ、でも、よくよく考えたら、鹿島さんと陸奥さんが外に出たら、金髪ガングロイケメソが、股間のマスターボールでゲットだぜ! するだろうから、結局雨宮君は秋雲さんのものになる可能性が微粒子レベルで存在している……ってコト!?」

 

秋雲は急に元気になると、陸奥と鹿島にすり寄った。

 

「そっかそっか……。まあまあ、お二人さん。今は雨宮君の事が好きかもしれませんがねぇ……。それはまあ、娘が父親と結婚するって言っているような、狭い世界での話なんですよ、えぇ。世の中には、お二人にお似合いの男がわんさかいましてねぇ……。あ、参考までに、秋雲さんの本はいかが? こういう世界もあるんですよぉ。世界は広いでしょ~う?」

 

本当、こいつは……。

しかしまあ、秋雲の言っていることは正しい。

(金髪ガングロイケメソかどうかは知らないが)外の世界に出たら、きっと、鹿島と陸奥は――。

 

「まあ、そういう事だから、雨宮君もあまり勘違いしない様にっ! お姉さんとの約束だゾ!」

 

「あぁ、分かっているよ。だから、あんまりウザ絡みすんなよな」

 

ふと、陸奥と鹿島に目を向けると、二人とも、何やら俺を見ていた。

 

「どうした?」

 

「い、いえ……。その……私は……外の世界を知ったとしても、提督さんを好きでいる自信があると……思っているのですけれど……」

 

「え……」

 

声を漏らしたのは、秋雲であった。

 

「あら、先に言われちゃったわね。私もよ、提督。だから、安心してね」

 

「あ、青葉も! 青葉も同じ……だったり……する……かもです……。はい……」

 

「お前ら……」

 

その気持ちは、素直に嬉しい。

だが、嬉しいと思う反面、それが実現されなかった時のダメージを想像してしまう自分がいた。

 

「秋雲」

 

声をかけたのは――いつの間に出て来たのか――望月であった。

 

「望月先生……!! 恋愛がしたいです……」

 

「あきらめろ。試合は終了だ」

 

何やらノリのいい望月。

秋雲と仲が良いのだろうか。

 

「ま、安心しろよ司令官。こいつ(秋雲)の言う通りになったとしても……あぁいや……秋雲と結ばれるのは無いものとして……もし司令官が独りになっても、あたしが傍に居てやるよ」

 

「ボクも!」

 

「うーちゃんもだぴょん!」

 

大井も同じなのか、何も言わず、ただ恥ずかしそうにしていた。

 

「そうか……。なら、安心だな」

 

別に不安になっていた訳じゃないのだが――いや、違うな。

俺は、好きなんだ。

こいつらの事が。

だからこそ、俺は――。

 

「そっか……。じゃあせめて、秋雲さんの処女は貰って? 秋雲さんの処女と雨宮君の童貞を通信ケーブルで交換しよう? 交換すると、童貞はヤリチンに進化するし、処女はヤリm――」

 

秋雲は、大井に殴られ、大人しくなった。

 

 

 

結局、秋雲に童貞をやるわけにはいかず(というか、童貞を通信ケーブルで交換ってなんだよ)、甘やかすことで手を打たせた。

 

「これでいいのか?」

 

「あ^~、こうげきが二段階さがる^~」

 

「お前が下がるのかよ……」

 

望月のツッコミなど気にもせず、秋雲はべっとりと俺に引っ付いていた。

 

「秋雲ったら、まるで子供みたいね」

 

「そんなんだからモテねーんだよ」

 

「今の秋雲さんは赤ちゃんだから。赤ちゃんなら何でも許されるから」

 

秋雲は真顔で答えると、再び甘えだした。

疲れてんのかな、こいつ……。

 

「秋雲さんが赤ちゃんなら、鹿島は提督さんの奥さん役になりましょう。よしよし」

 

何故かノリノリの鹿島。

秋雲は一瞬で赤ちゃんと化し、鹿島にも甘えていた。

 

「ねぇ……外に出るとああなっちゃうわけ……? キモイったら……」

 

「まあ……秋雲の言う通り、世界は広いからな……」

 

大井は終始、秋雲を冷ややかな目で見つめていた。

 

 

 

そんな事でワチャワチャしている内に、島へ帰る時間になってしまった。

 

「もう帰るのかよ……?」

 

「あぁ、悪いな、望月」

 

「秋雲のせいで、全然話せなかったじゃねーか……」

 

まだ甘えたい気持ちがあるのか、望月は本当に残念そうな表情を見せていた。

 

「まぁ、また近いうちに来るから、その時にでも話そう。今はこれくらいで勘弁してくれ」

 

そう言って撫でてやると、望月は恥ずかしそうに頷いて見せた。

 

「提督さん、私と二人っきりになる約束も、忘れちゃ駄目ですからね?」

 

「約束したつもりはないのだが……。分かったよ」

 

別れ際、皆も同じように、何かしらの約束を俺に求めて来た。

 

「小指が攣りそうだ」

 

遅れて来た山風にも挨拶を済ませ、鈴木の待つ船に乗り込んだ。

 

 

 

鈴木は缶コーヒーを俺に渡すと、途中で船を停めた。

 

「それで? 香取さんとはどうなったんだ?」

 

「あぁ……なんつーか……はぐらかされた」

 

「はぐらかされた?」

 

「あぁ。なんか、俺に申し訳ないとかなんとか。香取は、自分が穢れた人間だと思っているらしくてさ、そんな穢れたものを差し出す訳にはいかないとかなんとか……」

 

穢れ……。

 

「そんなことはないとか、俺も似たようなもんだとか言ってみたんだが、香取は、まるで冗談でも聞いているかのように笑うだけで、相手にしてくれなかった……」

 

「だが、フラれたわけでも無いのだろう?」

 

「どうだろうな……。本気にしていないだけなのか、本気だと分かった上で、はっきりと断るのも悪いと思って、あえてああいう態度をとったのかもしれないしな……」

 

珍しく落ち込む鈴木。

女にフラれても、すぐに立ち直るのが、いつものこいつなのだか……。

 

「本気なんだな」

 

「あぁ……。だが……中々伝わらねぇもんだな……。今まで付き合って来た女ってのは、俺が本気でないからこそ、相手も遊び感覚でOKしてくれていたんだろうなってさ……。お前に偉そうなことを言ってしまったが、本気の恋愛という事であれば、俺はお前より経験がない男になるのだろうな」

 

俺はあえて何も言わなかった。

本気の恋愛を俺自身がしたかどうか、よく分かっていなかったからだ。

山風の事だって、本気であれば、今頃俺は――。

 

「ま、そんな感じだ……。諦めるつもりはないが、正直、かなり落ち込んでいる。距離が近づいてきていたと思っていたからこそ、尚更な……」

 

「……そうか」

 

コーヒーを飲み干す。

何か、慰めの言葉でもと思ったが、何も思いつかなかった。

フラれてくれていた方が、もっと揶揄ったりできたのだろうがな。

 

「なあ、慎二……」

 

「ん?」

 

「お前だったらさ……香取に……なんて言葉をかけてやった……?」

 

俺の目を見るわけでも無く、鈴木はただ、水平線の向こうに沈まんとしている、夕日を見つめていた。

 

「……俺の意見なんて、参考にならないだろうに」

 

「それでも、知りたいんだ……。あの時、なんて言えば良かったのか、少しでも、考えていたいんだ……」

 

そんな事を考えたところで、もう――。

だが、それがこいつの慰めになるのであれば――。

――いや。

 

「……そうだな。俺だったら……うん……お前と同じことをしていたと思うぜ」

 

「……そういう慰めはいらねぇよ」

 

「そうじゃない。大事なのは、済んだことではなく、これからだろう。これからの事を考えろよって話だ。お前が諦めきれないというのなら、そのままでいいじゃないか。諦めずに進んでいけば、必ず香取さんは気が付いてくれるよ。お前の本気に」

 

「気が付いたところで、フラれたらどうする……? それに、厄介がられでもしたら……」

 

「その時はその時だ。怖いなら手を引けばいい。そう出来ないから、悩んでいるのだろう?」

 

俺は何故か、大和の背中を思っていた。

 

「俺たちは、なんでもこなせるほど、立派な人間じゃないはずだ。だったら、出来ることを精一杯やるだけだろ。変に演じようとするから、却って悪くなるんじゃないのか?」

 

俺が何を言いたいのか、鈴木はよく分かっているようであった。

鈴木はコーヒーを飲み干すと、船のエンジンをかけた。

 

「吹っ切れたか? 相棒」

 

「あぁ……。ありがとよ……相棒……」

 

そこから先は、もう言葉はいらなかった。

船は停まることなく、ただまっすぐに、目的地へと走りだしていた。

 

 

 

島に着き、寮へ向かうと、門の前に人影が在るのに気が付いた。

近づいてみると、そいつは――

 

「大和……?」

 

大和は俺を一瞥すると、何も言わず、ただノートを俺に渡した。

それは、俺が文通の為に渡したノートであった。

ノートを受け取り、中を見てみると――。

 

「…………」

 

俺は大和に目を向けた。

俺の反応を見るようにして、大和は俺をじっと見つめていた。

だが、その瞳には――いつか、大淀が俺に親父を見ていたように、そこに俺は――。

俺は何も言わず、ノートを手に、寮へと戻った。

背中越しに、大和が俺を――いや、俺の影に居る誰かを、じっと、寂しそうに見つめているのを感じながら。

 

 

 

寮に入ると、何やら食堂の方が騒がしくなっていた。

 

「なんだ?」

 

食堂へ行ってみると、皆が輪になって、何かを見ているようであった。

 

「あ、提督……」

 

困った表情で、鳳翔が迎えてくれた。

 

「どうした? 何を集まっているんだ……」

 

「それが……」

 

その時、輪が割れて、誰かが出て来た。

そいつは――。

 

「鈴谷」

 

鈴谷は俺を見つけると、俺の腕を引き、抱きついた。

 

「な……!?」

 

その行動に、その場にいた全員が驚いていた。

だが、一隻だけ――そいつだけは、その行動を、どこか険しい表情で見つめていた。

そして、皆が注目する中、鈴谷は叫んだ。

 

「鈴谷……提督と結婚しちゃうから……!」

 

年明け早々――武蔵たちが居なくなって早々に、問題が発生した。

 

 

 

 

 

 

残り――23隻

 

――続く

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