不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第18話

理解されなくてもいい。

同情もいらない。

ただ、そこにアナタがいてさえくれれば、何も――。

アナタだって、同じ気持ちだったはず。

なのに――

 

「――思うんだ。あの人なら、きっと、この関係を理解して、守ってくれるんじゃないかって……。だからさ――」

 

どうして――どうしてそんな事を言うの……?

どうして、あの男なんかの事を信用するの……?

どうして――……

 

「どうしてなのよ……? 鈴谷……」

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「事情を聴く前に、言いたいことがある……」

 

執務室に招かれた鈴谷は、何やら申し訳なさそうに小さくなっていた。

 

「どうしてお前らがいるんだよ?」

 

その後ろ、真剣な表情で座っているのは、夕張と明石であった。

 

「どうもこうも、気になるじゃない。鈴谷さんがどうして、貴方の事を好きになったんだろうって。いつの間にそんな関係に?」

 

明石も同じなのか、何度も頷いていた。

 

「……お前らも同じなのか? 大淀、鳳翔……」

 

そう言ってやると、少しだけ開いていた入口のドアが大きく開き、観念したように二隻が顔を出した。

 

「こうも大勢いては、鈴谷が話しにくいだろう……。全員出ていけ……」

 

そうは言っても、夕張と明石だけは、根を張ったかのように動かなかった。

こういう時、武蔵がいてくれれば、こいつらを引っぺがして、連れて行ってくれるのだがな……。

そんな事を思っていると、山城がやってきて、夕張だけを引っぺがしていった。

 

「悪いな、山城」

 

山城は何か返すわけでも無く、無言のまま去って行った。

 

「さて……?」

 

明石に目を向ける。

 

「わ、分かりましたよ……。でも……どうして気になるのか……少しは察してくださいね……?」

 

明石は舌を出して見せると、部屋を出ていった。

透かさず、部屋の扉に鍵をかける。

その瞬間、鈴谷がビクッと反応を見せていた。

 

「別に、襲いやしないよ」

 

今の反応……。

 

「それで……? 何があった? よもや本気だという訳でもなかろうに……」

 

「うん……。ごめんなさい……。つい……カッとなって……」

 

鈴谷とこうしてちゃんと話をするのは、初めての事であった。

何隻も島から出しているのに、まだまともに会話すらしたことがない艦娘がいるとは。

 

「なにやら熊野と揉めていたようだが……」

 

そう言ってやると、鈴谷は黙り込んでしまった。

熊野……。

いつも鈴谷と一緒に居て、俺に敵意むき出しだった奴だ。

初期の大和や武蔵ほどではないにしろ、どこか、ゴミを見るような――そんな目をしていた。

 

「熊野と喧嘩でもしたのか?」

 

いつまでも黙っているので、誘導するように訊いてやる。

正直、鈴谷についてはよく分かっていない。

吹雪さんのノートにも、明るい性格で――程度の情報しかなかったし、親父と仲が良かった訳でもなさそうだった。

 

「……日を改めてもいいぜ。気持ちの整理も必要だろ」

 

そう言ってやると、鈴谷は顔を上げ、やっと俺を見た。

 

「……話してくれるか?」

 

鈴谷は頷くと、ポツリポツリと話し始めた。

 

 

 

翌朝。

俺は家で、大和から受け取ったノートを見ていた。

 

『庭に、ウメの花が咲いておりました』

 

大和からは、以上であった。

庭に、ウメの花……か……。

これは一体、何を指しているのだろうか……。

縁側に座り、庭に目を向ける。

確かに、ウメの花は咲いているようだが……。

 

「庭に……ウメの花……」

 

ウメの花言葉には、確か、忠実だとか高潔だとか、そんな意味があったような……。

……いや、そこまで深い意味がある訳ではないのかもしれない。

何も書くことがなく、ただ、見た風景を書いただけで――。

 

「司令官」

 

声の方を向いてみると、敷波がこちらを覗き込んでいた。

 

「おう、おはよう。どうした? こんな朝早くから……?」

 

「おはよ。ちょっと、散歩でもと思ってさ。司令官は何しているの?」

 

「ん……あぁ、なんでも。散歩だな。分かった。着替えてくるから、ちょっと待ってろ」

 

「うん」

 

ノートを仕舞い、着替えに向かう。

文通の返事は、とりあえず後で考えよう。

昨日の事もあって、一旦落ち着きたいしな。

 

 

 

海辺に出ると、敷波はそっと、俺の手を握って来た。

 

「どうした? 散歩に誘ってくるなんて」

 

「うん……。最近さ……司令官、なんだか忙しそうだったじゃん? なかなかこうして、二人で一緒に過ごせなかったからさ……」

 

ミトンに包まれる敷波の手は、それでもやはり小さく感じた。

 

「フッ、やけに素直じゃないか。前は、察してくれとでも言うように頬を膨らませていたのに」

 

赤くなった頬を突いてやると、敷波はムッとした表情を見せた。

 

「面倒くさい女だと思われたくないし……。そういう駆け引きが出来るほど、アタシは大人じゃないからさ……」

 

「へぇ……」

 

以前は夕張のように――しかし、これまた夕張のように、何やら悟ったようだな。

 

「艦娘は成長しないと聞いていたが、どうやらその考えも改めなければいけないらしい」

 

「元からこういう感じだったのかもよ?」

 

「それはないな」

 

そう言ってやると、敷波はそっぽを向いてしまった。

こういうところは、まだまだ子供っぽいのだがな。

 

『雪風は、大人ですよ?』

 

成長……か……。

 

「司令官?」

 

「ん、なんでもない。それにしても、そうか……。大人になってしまったのなら、こうして手を繋ぐのも、何だかこっぱずかしくなってくるな……」

 

そう言って手をはなそうとすると、敷波はより一層強い力で、握りなおした。

 

「そういうのも効かないから。アタシは響ちゃんみたいに、簡単に離れたりはしないから」

 

為て遣ったり、という表情の敷波に、俺は思わず笑ってしまった。

 

「参りました」

 

「んふふ~」

 

 

 

どれくらい歩いただろうか。

会話に夢中で、あまり来たことがない場所まで来てしまった。

 

「こっちの方は、来たことが無かったな」

 

「夏によく来る場所なんだ。ほら、あそこ、入り江みたいになっているでしょ? あそこなら、水着でいても外からは見られないんだ」

 

なるほど。

出向した人間がいないとはいえ、一応監視はされているしな。

 

「夏になったら、ここもにぎやかになるわけか」

 

「その前に、司令官が全員、島から出してしまうかもしれないけどね」

 

「そうだといいのだがな」

 

敷波は手を離すと、岩場にちょこんと座った。

俺も、同じように。

 

「司令官、今度は鈴谷さんを攻略するの?」

 

「攻略ってお前……」

 

「攻略じゃん。鈴谷さん、司令官と結婚するとか言ってたけど……いつの間に仲良くなったの……?」

 

「いや……」

 

どう説明するべきか……。

この事は、当分、俺と鈴谷だけの秘密にしておきたいのだがな……。

そうでなければ……。

 

「なんか……ずっと俺の事が好きだったみたいだ。一目惚れだったとかなんとか……」

 

「ふぅん……」

 

何やら疑いの目を向ける敷波。

だが、すぐに視線を海に向けた。

 

「まあ、いいけどさ……。それにしても司令官……本当にモテるよね……。案外、島の外に恋人の一人や二人、いるんじゃないの……?」

 

「いたらここには居ないさ」

 

「でも、これからは分からないじゃん。陸奥さんも鹿島さんも、外にいる訳だし……」

 

俺はそれに、何も言えなかった。

 

「アタシもさ……島を出てもいいとは思っているんだよ……?」

 

「え?」

 

「でも……出る時は……司令官と一緒がいいんだ……。アタシはあの時、『司令官』と一緒に、島を出ることが出来なかったから……」

 

親父の事か……。

 

「そういやお前は、親父と仲良くなれなかったんだったな」

 

「正確には、素直になれなかっただけ……。でも、今はそうじゃない……。アタシは今、こうして、大好きな人の隣にいる……。昔のアタシじゃない……」

 

敷波は俺を、じっと見つめた。

 

「アタシ……司令官が大好きだよ……」

 

それは、親父に言う筈の言葉だった。

だが、そうではないとでも言うように、敷波はもう一度、言った。

 

「司令官が大好き……。貴方が……大好き……」

 

「敷波……」

 

敷波は岩場からとんでみせると、少し寂しそうに笑って見せた。

 

「安心して。これは恋じゃないから。恋だとしても、アタシに司令官はもったいないよ」

 

俺が足りない男であったのなら、敷波はどう答えていたのだろうか。

 

「……そうか」

 

俺は、そう言うしかなかった。

 

「でも――」

 

敷波は近づくと、赤くなった鼻先を、俺の鼻先に、ちょんとくっつけた。

 

「アタシの勇気に……ご褒美をちょうだい……?」

 

そして、軽くキスをすると、今度は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。

俺は唖然として、何も言えなかった。

永い沈黙が続く。

 

「……何か言ってよ」

 

「いや……そうだな……」

 

俺は鼻先を掻いてから、敷波と同じような、少し寂しい笑顔を見せて、言った。

 

「俺がもっと足りない男であったのなら――そう思ってしまったよ」

 

それが正解の答えだったかは分からないが、敷波はどこか、嬉しいとも恥ずかしいともとれるような、微笑みを見せていた。

 

 

 

敷波と共に寮へと向かう。

その道中、気が付いたことがあった。

 

「ん……」

 

「どうしたの、司令官?」

 

「いや、あんなところにサザンカなんて咲いていたかなと」

 

「あぁ、うん。昔、誰かが植えたんだ。誰だったか、もう忘れちゃったけど……。この島には、外から持ち込まれた植物がたくさんあるんだよ。管理が難しくて、枯れちゃったのもあるけど……。司令官の家にも、ウメが植えられているでしょ?」

 

ウメ……。

 

「あ、あぁ……」

 

「アタシ、初めて見たんだ。ウメの花。ほら、司令官の家って、入ったことなかったからさ」

 

初めて見た……?

 

「ちょっと待て……。ウメの木って、俺の家にしかないのか?」

 

「うん。そうだよ。サザンカもあそこだけだし」

 

『庭に、ウメの花が咲いておりました』

 

なるほど……そういうことか……。

いや……意味は分かっても、真意は分からないのだが……。

とにかく……なるほど……。

 

「悪い、敷波。先に寮へ行っててくれ。ちょっと用事を思い出した」

 

「え? あ、し、司令官!?」

 

 

 

俺は家に戻り、筆を執った。

しかし……。

 

「…………」

 

意味が分かった今、返事を書けると思っていたのだが……。

 

「だからなんだってんだ……?」

 

ウメが咲いていた。

ウメは、俺の家にしか咲かない。

つまり、大和が俺の家に来ていたという事なのだが……。

 

「何故、わざわざそんな事を書いたんだ……?」

 

俺は、ウメの木が見える縁側に座った。

つまり、大和はこの場所でウメを見ていたという事だと思うのだが……。

 

「ウメの花……ウメの花……」

 

目を瞑り、大和がここに座っている状況を想像した。

俺がいない間に、ここに来ていたのだろうか。

そして、ウメの木を見つけ、花が咲いていることに気が付いて……。

俺は目を開け、ウメの木に近づいた。

大和もきっと、こうしてウメの木に近づき、花を見たはずだ。

 

『アタシ、初めて見たんだ。ウメの花』

 

大和も同じだったのだろうか。

 

「…………」

 

もしかして……。

 

「……なるほどな。そういうことか……」

 

大和がどうして、俺に無言でノートを渡したのか。

そして、どうしてウメの花が咲いたなどと書いたのか。

もし、俺の考えが間違いでなければ……。

 

 

 

寮に入ると、皆は既に、食堂に集まっているようであった。

 

「直接は渡せないよな……」

 

俺は大和の部屋へ行き、大和に分かるよう、ノートを置いてやった。

 

「お前の真意がそうであるのなら、きっと、分かってくれるはずだ……」

 

 

 

「提督!」

 

食堂に入り、声をかけて来たのは、鈴谷であった。

 

「待ってたよ! こっちこっち! 鈴谷の隣!」

 

鈴谷の隣には、俺の食事が配膳されていた。

 

「なんだってお前なんぞの隣に……」

 

「いいじゃん! 提督と一緒に食べたいし! ね?」

 

そう言うと、鈴谷は俺の手を取り、隣に座らせた。

その光景に、誰もが皆、驚いた表情を見せていた。

ただ一隻を除いて……。

 

「え、えーっと……。皆さん、集まりましたね……。それでは、いただきます」

 

疎らな「いただきます」と共に、重たい視線が、俺たちを貫いた。

 

 

 

朝食は、いつもの明るい雰囲気とは打って変わり、何やら静かに行われていた。

というのも……。

 

「提督って、目玉焼きには醤油派?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「鈴谷も一緒! めっちゃ気が合うじゃん!」

 

「んな小さなことで……」

 

皆、俺と鈴谷の会話に、聞き耳を立てているようであった。

 

「あ、提督、それ食べないの? 鈴谷が貰ってあげる」

 

「あ、お前……! それは最後に食べようと……!」

 

「あれ? 提督って、最後に食べたいもの食べる系? ごめんごめん。はい、鈴谷の食べかけだけど……」

 

「んなもんいるか!」

 

俺はチラリと、熊野の方を見た。

熊野はこちらを気にもせず――いや、却って気になっているようにも見えた。

まあ、いずれにせよだ。

お前の反応がどうであれ、外堀は勝手に埋まっていくぞ。

 

「お二人とも、随分仲が良さそうね」

 

ほら来た……。

 

「どこが良さそうなんだ……」

 

「良さそうじゃない。いつの間に仲良くなったの?」

 

そう言うと、夕張はチラリと鈴谷を見た。

 

「夕張さん、鈴谷たちの邪魔しないでくんない? ここは鈴谷と提督だけのラブラブ空間なんですけど?」

 

「ラブラブ空間って……お前……」

 

「別にいいじゃない。ね? 提督?」

 

「どっちでも構わん……」

 

すると、予想通り、夕張はドカッと座って見せた。

山城に慰められていた頃であれば、こんな事はしないはずだったが、やはりというか、本当に――。

 

「まあいいけど。鈴谷たちの邪魔、しないでよね?」

 

「邪魔はしないわ。私はただ、知りたいだけよ。どうして急に、鈴谷さんが提督に懐いているのか、ってことをね。寮に迎えるかどうかの投票だって、鈴谷さんは反対に入れていたはずでしょう?」

 

「うわ……。そんな昔のことまで引っ張り出すんだ……。ラブ・ストーリーは突然にって言うじゃん。鈴谷はただ、提督のかっこよさに目覚めただけ。そんだけ。理由は分かったっしょ? だったら、さっさと行ってよ」

 

「この人の『どの部分』がかっこいいと?」

 

険悪な雰囲気の二隻。

こうなると分かっていたとはいえ、ここまで空気が悪くなるとはな……。

 

「お二人とも! そこまでです!」

 

止めに入ったのは、鳳翔であった。

 

「そんなに大きな声で喧嘩をなされては、皆さんの迷惑です! 提督だって、困っているじゃありませんか!」

 

まあ、困ってはいたが……。

それは、鳳翔の言う意味とは別の意味で、なのだがな……。

 

「鈴谷はただ、提督との食事を楽しんでいただけだし……」

 

「そうかもしれませんが、少し騒ぎ過ぎです……。夕張さんも、食事中に席を移動するなんて、はしたないですよ……?」

 

夕張はムッとした表情を見せたが、すぐに謝り、元の席へと戻っていった。

 

「提督も、黙っていないで、少しは注意してくださいね……?」

 

「注意して聞くような奴らじゃないだろ。騒がしくさせたのは申し訳ないが、これも一種の交流だ。大目に見てくれるとありがたいぜ」

 

そう言ってやると、今度は鳳翔がムッとした表情を見せた。

せっかく助けてやったのに、といった具合か。

 

「流石提督! 懐が四次元ポケット並みにでかいじゃん!」

 

「それは『でかい』で表現していいものなのか?」

 

 

 

結局、鈴谷は最後まで騒がしかった。

 

「じゃあね! 提督!」

 

鈴谷は俺にウィンクして見せると、俺の反応を待った。

 

「あぁ、じゃあな。永遠にな」

 

俺は困ったとでも言うように、右眉を掻いて見せると、鈴谷は嬉しそうにして、食堂を後にした。

 

「さて……」

 

待ち受けていたのは、夕張と明石、鳳翔であった。

 

「どういうことか、説明してくれるわよね?」

 

「どういうこと、というのは?」

 

「昨日の事よ。鈴谷さんと、何を話したの?」

 

鈴谷に煽られ、ムキになっているのか、夕張はやたらと突っかかって来た。

普段のこいつなら、こんなにムキになることはせず、もうちょっと冷静に様子を見ることが出来たはずなのだろうがな。

吹っ切れた分、落ち込む前の性格が出てしまっているな。

明石辺りが……と思っていたが、こいつはこいつで……。

 

「別に、これといって。そもそも、どうしてお前たちに話さなきゃいけないんだ?」

 

これには鳳翔が反論した。

 

「このままでは、また同じことが起きます。夕張さんでなくとも、他の方も気になっていることですから、はっきりさせた方がよいかと……」

 

明石はやはり、何度も頷くだけであった。

お前の意見は無いのか……。

しかし、ここで何も言わないのも、少し変かもしれないな……。

ちょっとは真実を教えてやろう。

 

「……昨日、あいつと話したのは、熊野との喧嘩の件だ。お前らも知っての通り、熊野と鈴谷は喧嘩をしていた。原因は、鈴谷が俺の事を好きだと言ったせいだとかなんとか」

 

まあ、これは嘘ではない。

喧嘩の原因は、どうやら俺にあったらしい。

 

「それで、意地になった鈴谷が、俺と結婚すると叫んだ。それで、鈴谷は吹っ切れたようで、俺へのアピールを抑え無くなったらしい。好きになった理由はよく分からん」

 

まあ、納得しないだろうな。

しかし、これでこいつらが本当の事を訊く理由は無くなった。

――が、念には念を入れておくか。

 

「迷惑しているように見えるかもしれないが、これはこれで一つの交流方法だと思っている。あいつの真意が知りたいんだ。迷惑をかけるが、邪魔はしないでほしい」

 

そう言われ、明石と鳳翔は一歩引いたように見えた。

あとは……。

 

「……そう。納得はしていないけれど、まあ分かったわ。じゃあ、私も協力する。邪魔しない程度に」

 

夕張は引かない姿勢を見せた。

――あぁ、分かっていたさ。

そう来ることはな。

だからこそ――いや、少し気は引けるが――それでも、俺は悪役になるぜ。

 

「ダメだ。お前は邪魔にしかならない。現に、交流の邪魔をしただろう」

 

「それは、理由を知らなかったからで……」

 

「また、同じことを繰り返すのか?」

 

俺は厳しい目で、夕張を睨んだ。

夕張は一瞬、悲しそうな表情を見せたが、すぐに俺を睨み返した。

 

「言ったはずよ……。もう、突き放しても無駄だって……」

 

「……そうかよ」

 

俺は席を立ち、三隻を一顧だにすることなく、食堂を出ていった。

 

 

 

執務室に行くと、大淀が座っていた。

 

「お疲れ様です」

 

「あぁ。何か用事か?」

 

「いえ。一難去ってまた一難、だと思いまして」

 

そう言うと、大淀はコーヒーを淹れてくれた。

 

「悪いな」

 

「いえ。それよりも、また大変な事をなさっていますね」

 

大淀の細い目が、俺を見つめていた。

 

「なにが言いたい?」

 

「鈴谷さんの件ですよ。何か、あるのでしょう?」

 

俺が答えないでいると、大淀はクスリと笑って見せた。

 

「言わなくてもいいです。『今回は』そういう事なのでしょうから」

 

吸い込まれそうなほど綺麗な瞳の中に、どこか弱弱しい俺が映っていた。

 

「貴方が悪役でも、私は貴方の味方ですから」

 

コーヒーの香りが、部屋中を包み込んでゆく。

落ち着くようで――しかし、どこか忙しないようで――。

 

「悪役なんだぜ……。お前もしっかり、演じたらどうなんだ……?」

 

「だとしたら、大淀も悪役側がいいのです」

 

俺はとうとう参ってしまい、思わず笑ってしまった。

 

「お前が怖いよ」

 

「なのに、笑っているのですね」

 

「怖すぎて笑ってしまう事、あるだろう?」

 

「私には、安心したように見えましたけれど」

 

「……そうかよ」

 

コーヒーを飲み干し、カップを置いた。

 

「悪役でも、私にとっては役得なんですよ」

 

「それには動揺しないぜ」

 

「あら、残念」

 

俺と大淀は、思わず笑ってしまっていた。

 

「いつも悪いな……。大淀」

 

「いえ。これが私の仕事ですから」

 

夕張達に対する罪悪感が、少しだけ、薄れた気がした。

 

 

 

それから数日間、鈴谷は隙あらば、俺に突っかかるようになっていた。

 

「提督ー! 鈴谷とゲームしよう?」

 

「またか? まあ、いいぜ」

 

日に日に、満更でもなさそうな態度をとるようになって行く俺に、誰かがポツリと零した。

 

「司令官と鈴谷さん、最近仲いいわよね。もしかして、このまま鈴谷さんが……?」

 

それを聞いていた夕張が、俺たちにわざと聞こえるような大きな声で、反論していた。

 

「それはどうかしら? 提督って優しいから、鈴谷さんの相手をしてあげているだけじゃない? 何か策略でもあるのよ。例えば、熊野さんとの交流の為に、まずは鈴谷さんから攻略している……とか」

 

中々鋭い所を突くな。

ま、ここは無視だな。

 

「……あの武蔵さんを島から出しちゃうほどだもの。とんだペテン師だわ。ね、そうよね?」

 

無視に腹を立てたのか、ついに声をかける夕張。

本当、懲りない奴だよな。

何か言ってやろうと考えていると、鈴谷が先に口を開いた。

 

「鈴谷はそれでもいいよ。提督がペテン師だろうが、鈴谷を利用しようが、それは全部、鈴谷たちの未来の為にやっていることだもん。提督はそうは言わないだろうけれど、鈴谷は分かっているから」

 

鈴谷はゲーム画面から目を離さず、そう言った。

今まで口にしていた俺への評価とは違い、どこか、真に迫るものがあった。

 

「ふぅん……。そう……。短い付き合いなのに、よく知っているのね。その人の事……」

 

「時間は関係なくない? 要するに、提督の事を信じることが出来るかどうかっしょ。そういう意味では、夕張さんは提督の事、信じられていないんじゃない?」

 

夕張の嫌味に、棘のある返しをする鈴谷。

俺はただただ、感心することしかできなかった。

 

「……そうね。そうかもしれないわね……」

 

夕張は席を立つと、どこかへ行ってしまった。

駆逐艦たちは、ただならぬ空気に困惑しているようであった。

 

「……ごめん。ちょっち言い過ぎたかも……」

 

鈴谷がボソッと言う。

 

「いや……あいつにはいい薬だと思う。悪いな……。こんな役目をさせてしまって……」

 

「ううん……。こっちの台詞だよ……」

 

それから俺たちは、駆逐艦を安心させるため、皆でゲームをやることになった。

 

 

 

夕食直前、俺は山城に呼び止められた。

 

「どうした?」

 

「ちょっと……私の部屋で話さない……?」

 

山城がこう言ってくるなんて、珍しい事であった。

まさか、夕張の件だろうか……。

 

「あぁ……。構わんぜ……」

 

 

 

山城の部屋は、やはりじめっとしていて、それでいて暗かった。

 

「なんか、暗くねぇか? 他の部屋と同じ照明器具のはずなのに……」

 

「そうかしら……」

 

山城はやはり、端っこで小さくなっていた。

 

「それで? お前から話したいことがあるだなんて、珍しい事もあったもんだな」

 

「そうね……」

 

「……夕張の件か?」

 

山城は何も言わず、ただ首を横に振った。

 

「違うのか?」

 

てっきり、夕張の事だと思っていたが……。

そうじゃないとしたら、マジで分からん。

色々と思考を巡らせていると、山城がポツリと言った。

 

「貴方……鈴谷の事が好きなの……?」

 

「え?」

 

山城は目も合わせず、ただ俯いていた。

鈴谷の事が好きかどうか……?

 

「……だとして、なんだってんだ?」

 

試すように言ってやる。

すると、山城は顔を上げ、俺をじっと見つめた。

 

「もしそうなら……二人を応援したいと思ったのよ……」

 

「応援って……」

 

どうしてそんな事を……。

いや、そもそも……。

 

「お前は夕張を応援していたんじゃないのか?」

 

「そのつもりだったのだけれど……貴方が鈴谷の方がいいと言うのなら、あの子に諦めるよう、言ってあげてもいいわ……」

 

話が全く見えない。

……いや。

 

「つまり、こう言いたいのか? 俺が鈴谷を好きだと言ったら、夕張を傷つけてしまうことになるだろうから、慰め役を買って出てやると……?」

 

山城は首を横に振った。

いや……否定されると、ますます分からんのだが……。

 

「夕張の気持ちはどうでもいいのよ……。ただ、貴方が鈴谷とどうなりたいのかって事よ……」

 

「いや……。そうだとしても、意味が分からな過ぎて不気味なんだが……。どうして急にそんな事を言いだすんだ?」

 

山城は何も言わなかった。

こいつは今まで、夕張の為にやっていたんじゃないのか……?

 

「とにかく、気味が悪い……。俺にどういう気持があろうとも、お前の協力なんぞいらねぇよ……」

 

俺は立ち上がり、早々に部屋を後にした。

山城は呼び止めることもせず、ただ端っこで小さくなっているようであった。

 

 

 

山城の部屋を後にし、食堂へと向かう。

ふと、大和に目が行った。

あれから、大和からの返事はない。

俺の読みが間違っていたのか、それとも――。

 

「ん……」

 

今度は、奥の席に目を向ける。

鈴谷はまだ、こちらには気が付いていないようであった。

そろそろいいだろう……。

 

「鈴谷!」

 

その呼びかけに、皆、一斉に俺を見ていた。

 

「――! 提督!」

 

「よう。呼びかけが無いから、居ないのかと思ったぜ」

 

皆の視線を受けながら、鈴谷の元へと向かう。

 

「提督から呼びかけてもらえるなんて、思ってもみなかったよ。鈴谷がいないと思って、寂しくなっちゃったとか?」

 

「まぁ……そんなところだ」

 

そんな事で話していると、誰かが急に、机を強く叩いた。

 

「うぉ!?」

 

食堂は、一気に静かになった。

机を叩いた本人は、体を震わせ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「熊野……」

 

熊野は凄い剣幕でこちらへ向かってくると、鈴谷の胸倉を掴み、睨み付けた。

 

「いい加減にしなさい……! わたくしへの当て付けのつもりなのでしょうけれど……そんなものが、いつまでも通用するとでも……!?」

 

鈴谷は動揺していたが、すぐに表情を切り替え、熊野の手を払ってみせた。

 

「何、そんなに怒ってんの……? 鈴谷はただ、提督と会話していただけじゃん」

 

「そうしていれば、わたくしが折れるとでも……? この男に嫉妬して、島を出る決意をするとでも……? わたくしはそんなこと、絶対にしませんわ……!」

 

強く睨む熊野に対し、鈴谷はかなり冷静であった。

 

「……確かに、最初はそうしようとも思っていたよ。でも、熊野はそれでも折れないじゃん……。だから、鈴谷、もう諦めたんだ……」

 

「諦めた……?」

 

「熊野を好きでいる事……」

 

それに、熊野は鼻で笑って見せた。

 

「本当だよ……。鈴谷……別に男の人が嫌いなんじゃない……。女の人が好きだという訳でもない……。ただ、熊野だったから好きだったの……」

 

皆がざわつく。

やはり、この二隻の関係の事を、誰も――。

 

「鈴谷は……島の外に出たいと思っている……。そこに熊野が居たらって……そう思ってた……。でも、熊野がそうしたくないというのなら、鈴谷は熊野を諦める……。それくらいの覚悟は……ある……」

 

本気だという事が伝わっているのか、熊野は何も返せないでいるようであった。

 

「提督の事が好きなのは本当だよ……。最初は、熊野の気を引くために利用しようと思ってた……。でもね……接して行く内に、本当に好きになっちゃったの……」

 

そう言うと、鈴谷は俺を見た。

その表情が、なんとも真に迫っていて、俺は思わずドキッとしてしまった。

 

「鈴谷……」

 

「熊野……。ここまで言っても、熊野は何も言ってくれないんだね……」

 

そう言われ、熊野は俯いてしまった。

 

「いいんだよ。それが熊野の答えだもんね。鈴谷、これでやっと前に進めるよ」

 

鈴谷はニコッと笑って見せると、熊野を横切り、俺の前に立った。

 

「提督……」

 

鈴谷はじっと俺を見つめると、頬を赤く染め、言った。

 

「貴方の事が好きです。鈴谷と一緒に……島を出てくれませんか……?」

 

皆、息を呑んで、俺の答えを待っていた。

熊野はただ俯くだけで、何も言うことはなかった。

熊野……それが、お前の答えなんだな……。

 

「……本気なんだな」

 

「……うん」

 

「……分かった」

 

再び、皆が息を呑む。

今度は、「ヒュッ」という音と共に。

 

「……俺も、そろそろ限界だと思っていたんだ。武蔵を島から出して……これ以上は無いと思っていた」

 

どこかで、誰かの「嘘でしょ……?」という声が聞こえた。

 

「お前と一緒に島を出る。好きかどうかは、まだよく分からないけれど……。この数日、お前と一緒に居て、今までにないほど、楽しんでいる自分がいた。お前がいないと、寂しいと思うこともあった」

 

「それは恋だよ」

 

鈴谷が俺を抱きしめる。

駆逐艦たちが、歓声を上げる。

 

「ちょっと待ちなさいよ……」

 

声を上げたのは、夕張であった。

 

「そうやって、また私たちを騙すつもりなの……?」

 

どうやら、俺に言っているようであった。

 

「熊野さん……。貴女、提督に騙されているわ……。この人がこのまま島を出るなんて、ありえない……! 全ての艦娘を人化しないまま、島を出るなんてことは絶対にしないはず……!」

 

何を熱くなっているのかは知らないが、そこじゃねぇんだよ……夕張……。

だが、これは好機だ。

 

「んな事は、熊野もよく分かっているよ。そうだろ?」

 

熊野は何も言わなかった。

夕張は、何が何だかよく分からないといった表情をしていた。

 

「確かに、お前の言う通りだよ。俺と鈴谷は、熊野をその気にさせるよう、ここ数日、仲を演じていた」

 

鈴谷が不安そうに、俺を見ていた。

 

「大丈夫だ……」

 

小声でそう言ってやると、鈴谷は小さく頷いた。

皆がざわつく。

 

「知らない奴が多いだろうが、鈴谷と熊野は、互いに恋い慕う仲であった。だが、島を出る決意をした鈴谷と、島に残りたい熊野とで意見が割れ、喧嘩になった。鈴谷は、何とか熊野をその気にさせられないかと、俺に相談をした。そして俺は、熊野をその気にさせようと、鈴谷との仲を演じたのだ」

 

夕張は、ほら、とでも言うように、ムッとした表情を見せていた。

 

「だが、誤算があった。それは、鈴谷が本気で俺を好きになったという事だ。そして俺も、将来、こいつと一緒に居れたらと……本気で思ったことだ」

 

夕張が何かを言おうと口を開いたのと同時に、俺は言葉をかぶせた。

 

「だから俺は、今度は鈴谷を騙そうと思った。一緒に島を出る、などとは言ったが、それは一緒に出るというだけで、この島に戻らないという意味ではない……と。俺にはまだ、やることがある。それは、全ての艦娘を人化させること……。それだけは、必ず果たさなければと、本気で思っている」

 

俺は鈴谷を見た。

 

「確かに、お前の事は好きだ。だが、俺にはやることがある。お前を騙そうとしたことは謝る……。だが、俺は必ず、全ての艦娘を人化して帰る。だから、それまで待っていてほしい……」

 

「提督……」

 

鈴谷は頷くと、もう一度、俺を抱きしめた。

 

「うん……待つよ……。鈴谷、いつまでも待って見せる……」

 

「あぁ……ありがとう、鈴谷……」

 

夕張は熊野に近づき、その肩を揺らし、説得を始めた。

 

「熊野さん! 貴女はそれでいい訳!? どうして何も言わないのよ!?」

 

熊野は何も言わず、ただ俯くだけであった。

 

「ねぇってば……!」

 

「やめなさい、夕張……」

 

声をかけたのは、山城であった。

 

「山城さん……」

 

「ここまで言われて何も返せないのなら……それがその子の答えなのよ……」

 

「でも……!」

 

「……貴女がそこまでムキになるのは、その子の為じゃない。貴女自身の為でしょう……?」

 

図星だったのか、夕張の手は、熊野の肩からするりと落ちていった。

山城は俺を見た。

 

「山城……」

 

「あなた達が幸せになるのは結構なことよ……。でも……貴方がこのまま島に残ることは……いい選択だとは思えない……」

 

「え……?」

 

「人化していった艦娘達は、誰のモノでもない貴方に魅かれて島を出ていったのよ……。鈴谷のモノになるというのなら……もう貴方について行く者はいなくなる……」

 

山城の目は、どこか冷たく、それでいて鋭かった。

 

「俺が誰かのモノになれば、俺に艦娘を人化させる力は無くなると……?」

 

「えぇ、そう言っているのよ」

 

確かにそうかもしれない。

だが、今はそんな事、どうでもいい。

どうして山城が、そんな事を言い始めるのかが分からなかった。

俺に味方をするような事を言っていたのにもかかわらず、だ……。

 

「……まあ、それは後々結果が出てくることだ。それが本当なら、その時は別の方法でも考えるさ……」

 

「……そう」

 

そう言うと、山城は食堂を出ていってしまった。

残された夕張は、俺をキッと睨み付けると、同じように食堂を出て行ってしまった。

 

「……大淀、あいつらに食事を持っていってやって欲しい」

 

「は、はい!」

 

ここで鳳翔を指名しなかったのは、俺の弱さであった。

それが出来たのなら、俺は――。

重い空気が、食堂を包み込む。

その時であった。

 

「いただきます……」

 

その声と共に、食事に手を付け始めたのは、大和であった。

 

「大和……」

 

大和はただ、静かに食事を摂っていた。

それに倣うように、皆も静かに食事を始めた。

 

「……俺たちも食べよう」

 

「う、うん……」

 

「熊野……」

 

「…………」

 

「お前も、席に戻れ……。ここで食いたくないというのなら、あとで部屋に食事を持っていくぜ……」

 

熊野は何も言わず、自分の席へと戻り、食事を始めた。

 

「提督……」

 

「……悪い、鈴谷」

 

「ううん……。これが、熊野の答えだって言うのなら、鈴谷は、もういいよ……。ありがとう、提督……」

 

「あぁ……」

 

静かな食堂には、食器を叩く音だけが響いていた。

 

 

 

夕食後、熊野が俺の元へとやって来た。

 

「熊野……」

 

「……貴方にお話があります。少々お時間……宜しいでしょうか……?」

 

俺は鈴谷を見た。

鈴谷は不安そうに、熊野を見ていた。

 

「出来れば、貴方と二人でお話ししたいのです……。大丈夫……。変な事は考えておりませんわ……」

 

変な事、ってのは……。

鈴谷は俺に頷くと、一歩離れて見せた。

 

「……分かった。聞かれたくないような話なら、場所を変えようか?」

 

熊野は頷くと、「では、外で……」と言って、部屋へと戻っていった。

 

「提督……」

 

「……大丈夫だ。必ず説得してみせるさ」

 

「……うん。でも、無理はしないでね……」

 

「あぁ」

 

心配そうにする鈴谷を尻目に、俺と熊野は寮を後にした。

 

 

 

熊野は、とても暖かそうで、それでいて高級感のあるコートを羽織っていた。

 

「それも貰い物か?」

 

俺の問いに、熊野は少し驚いた表情を見せた後、小さく「えぇ」と答えた。

 

「いつでしたか……島の外にいる元艦娘達が、送ってくれたものですわ……」

 

「なるほど……。だからか、似合っているのは」

 

熊野は、小さく会釈して見せた。

おそらく、熊野も分かっているのだろう。

この会話が、お互いを信頼したという、儀式であることを。

 

「そこに座るか」

 

「えぇ」

 

俺たちは、海辺の流木に座り、しばらく海を眺めていた。

熊野は、どう切り出そうかと、様子を窺っているようであった。

仕方がない……。

 

「……俺の同期にも、同性が好きだという奴がいてな」

 

熊野は俺を見ると、言葉を待った。

 

「そいつは男なのだが、自分が同性愛者だという事を、誰にも打ち明けられずにいたようでな。俺も、そいつが打ち明けてくるまで、全く気が付かないでいたんだ」

 

「…………」

 

「打ち明けるのが怖かったのだと、そいつは言っていた。自分が同性愛者だという事が周りに知れて、いじめにあった過去があったらしい」

 

熊野は俯くと、ポツリと零した。

 

「やはり……今でもあるのですわね……。そういったいじめが……」

 

「昔に比べたら、今はもっと理解のある社会にはなっているがな。そういった関係を認める制度もあるし」

 

「そのようですわね……。しかし、まだセクシャルマイノリティ(性的少数者)だなんて言われるほどですわ……」

 

冷たい風が、俺たちの間を抜けていった。

 

「……それでも、そんな自分が好きで、そんな自分を認めたくて、そいつは皆に打ち明けたんだぜ。勇気ある行動だと思わないか?」

 

熊野は何も言わず、ただ俯くだけであった。

 

「聞いたよ……。昔、この島に来た男に、鈴谷を取られそうになった話……」

 

「…………」

 

「酷い男だったようだな……。立場を利用し、好き放題して――そして、鈴谷に惚れた……」

 

熊野は目を瞑り、拳を強く握っていた。

 

「鈴谷は、皆を守るため、男の機嫌を損なわないように振る舞っていたが、それを良いように男が受け取り、鈴谷を娶ろうとした。お前は鈴谷を守ろうと、男に立ち向かった。そして、男はお前と鈴谷の関係を知った」

 

『お前ら、そういう関係かよ!?』

 

『同性愛なんて、認められるわけがねぇだろ!』

 

『男は女と、女は男と結ばれる。それが、人間様の社会なんだよ!』

 

「それからだな……。お前が、人間を受け入れないようになったのは……」

 

熊野は目を開けると、俯きながら、言った。

 

「人間の世界がそうであるのなら……わたくしたちは……今のままでいいと思いました……。この島に居れば、艦娘で居られる……。人間でなければ、わたくしたちの関係は続けられる……。理解されなくてもいい……。同情もいらない……。ただ、そこに鈴谷がいてさえくれれば、何も――……」

 

「……鈴谷も同じだった。いや……同じはずだったんだな……」

 

「……鈴谷から言われたのですわ。あの人なら――貴方なら、わたくしたちの関係を理解し、守ってくれるのではないかと……」

 

熊野は顔を上げると、俺を睨み付けた。

 

「わたくしは……裏切られたと思いました……。どうして鈴谷は貴方なんかに、と……。理解も同情も、わたくしたちには必要ないはずだったのに……! どうして……!」

 

強く握られた拳が、小さく震えていた。

 

「鈴谷は……お前と島の外に出たがっていた……。それは、お前との関係を、皆に認めて欲しかったからだ……。自分の気持ちを……自分自身で認めたかったんだ……」

 

「……分かっています。でも……わたくしは……」

 

拳が、ゆっくりとほどけて行く。

 

「……怖い」

 

「…………」

 

「怖いのです……。あの男の目が……今でも……わたくしは……」

 

共感は出来なかった。

熊野にとっては、かなりの恐怖であったのだろう。

俺が当たり前のように過ごしている社会は、こいつにとって――。

共感なんて、出来るわけがない。

 

「お前たちを守ってやるだなんて、そんな安い言葉を信用するほど、お前の気持ちは軽くないと分かっている。だが、鈴谷も戦う決意を持ったんだ。ただ守られるだけじゃなく、戦うことが出来るんだって、あいつは証明したんだ。お前も分かっているんだろう……? 鈴谷がああまでしてお前に訴えたかったのは、そういう事なんだって……」

 

真意は分からない。

だが、鈴谷が俺に頼ったのは――俺を好きであると熊野に偽ったのは、熊野にも戦う勇気を持ってもらいたかったからであろう。

単純に嫉妬させるだけでは足りないと、鈴谷が一番よく分かっていたはずなのだから――。

 

「それでも……わたくしは選べなかった……。鈴谷との……未来を……」

 

「まだ間に合うはずだ。鈴谷も、それを望んでいる……」

 

「いいえ……。あの子にはもう、別の未来が見えていますわ……。わたくしの居ない……未来が……」

 

「そんなこと――」

「――だったら、鈴谷のあの気持ちは、嘘だとおっしゃるの!?」

 

熊野は俺を睨み付けた後、ぽろぽろと涙を流した。

 

「鈴谷の気持ち……?」

 

「あの子は……本気で貴方の事が好きになったのよ……!」

 

 

 

永い沈黙が続く。

その間も、熊野の涙は止めどなくあふれていた。

 

「鈴谷が……本気で俺の事を……?」

 

熊野が頷く。

 

「……そう見えるだけだろう。あいつは、本気でお前の事を……」

 

「……もしそうなら、あの子はわたくしをどうやってでも説得したはずですわ。けれど、あの子はそうしなかった……」

 

「……それだけで決めつけるのか? お前はただ、そうやって理由をつけて、逃げているだけじゃないのか? 鈴谷が俺の事を本気で好きになる訳ないだろ……」

 

今度は首を横に振る熊野。

 

「あの子の事は、わたくしが一番、よく分かっていますわ……。あの子の目は――貴方に向けられた目は、本気でした……。だからこそ……わたくしは何も言えなかったのです……」

 

俺は思わず立ち上がって、叫んだ。

 

「ふざけるな……! そうやって言い訳ばかり並べやがって……! 本当に鈴谷は、お前を置いて行ってしまうかもしれないんだぞ! お前はそれでいいのかよ!?」

 

熊野は涙を拭くと、俺を真っすぐ見つめた。

 

「お話ししたいことというのは、その事ですわ……。鈴谷はもう……貴方との未来を見ています……。だからこそ……貴方には、鈴谷を幸せにして欲しいのです……」

 

熊野は立ち上がると、頭を下げた。

 

「お願いします……。どうか……わたくしの代わりに……あの子を幸せにしてあげてくださいまし……」

 

俺は、理解できなかった。

鈴谷が本気で俺を……?

そんな馬鹿な事があるか……。

 

「……鈴谷の気持ちを確かめずに、諦めるとでも言うのか?」

 

「確かめずとも……分かりますわ……」

 

「どうだか……。お前は何も分かっていない……。現に、お前が信じていた鈴谷は、お前とは違う考えを持っていた……。それでもなお、理解していると……?」

 

熊野は顔を上げると、伏し目がちに言った。

 

「それならそれでいいのですわ……。しかし、鈴谷の気持ちは本物……。それは確かですわ……」

 

こいつ……。

 

「……仮にそうだとしても、そんな事で諦めるのかよ? あと一歩踏み出すだけで、未来は変えられるというのに……」

 

熊野は深く目を瞑ると、拳を強く握って見せた。

 

「わたくしだって……本当はそうしたいですわ……。でも……鈴谷は貴方を選んだ……! その事実は変わらない……! その事実が……わたくしには耐えられない……!」

 

熊野の目から、再び涙があふれる。

 

「……分かった。なら、こうしよう……。あいつが本当に俺の事が好きだというのなら、それを確かめるために、俺が二人っきりになって、本心を訊いてやる……。お前はそれを、隠れてきいていればいい……」

 

熊野は涙を拭くと、小さく頷いた。

 

「分かりましたわ……。ですが……それを最後にしてくださいまし……。わたくしはもう……これ以上、傷つきたくない……」

 

「……あぁ。もちろん、最後にしてやる……。お前が決意できないというのなら、あいつの口から言わせてやる……。そうすれば、お前も勇気を持てるな……?」

 

「……えぇ」

 

どこか自信が無さそうな返事であった。

だが、これでいい……。

 

「鈴谷とは、明日の夜にでも、この場所で話そうと思う……。もしその前に、気が変わったというのなら、言ってくれ……」

 

「……分かりましたわ」

 

そう言うと、熊野は寮の方へと歩き出した。

 

「熊野……」

 

熊野は足だけを止め、振り向きはしなかった。

 

「お前がどう思おうとも、俺はお前の味方だからな……」

 

熊野は反応することなく、再び寮の方へと歩き、去って行った。

 

「…………」

 

『あの子は……本気で貴方の事が好きになったのよ……!』

 

熊野の事を諦めたというのなら、そういう選択もあるかもしれない……。

だが……。

 

「そんな事はありえない……。鈴谷は……まだ熊野を諦めていないはずだ……」

 

そう思うのなら、口に出さなくても良かったはずだ。

なのに、こうして言ってしまうのは――そして、最悪のケースを恐れているのは、何故だろうか……。

 

「…………」

 

 

 

翌日。

艦娘達はどこか、俺たちに対して余所余所しい態度をとっていた。

いや、或いは、様子を窺っているというような――。

 

「仕方がありませんよ。あれだけの騒ぎになったのです。邪魔も出来ませんし、ただ見守るほかないのでしょうから」

 

大淀の目は、早く解決してくれとでも言うように、どこか呆れた様子を見せていた。

 

 

 

その日の夜。

作戦会議と称し、俺は鈴谷を呼び出した。

 

「じゃあ、先に行っているね」

 

準備があると嘘をつき、先に鈴谷を行かせ、俺は熊野に目配せをした。

熊野は頷くと、部屋へと戻っていった。

昨日と同じで、準備があるのだろう。

 

「さて……」

 

何故か緊張している自分がいる。

もし、熊野の言う通りであったのなら、俺は一体どうしたらいいのだろうか……。

答えが分からぬまま、俺は時間を見て、鈴谷の元へと向かった。

 

 

 

月の綺麗な夜であった。

 

「鈴谷」

 

「あ、提督! 遅いよー」

 

「あぁ、悪い。ちょっと仕事が残っていて、大淀に叱られていたんだ」

 

嘘であったが、鈴谷はそれを信じた様子で、労いの言葉をいくつかかけてくれた。

 

「……さて、熊野の事だが」

 

鈴谷は真剣な表情で、俺の言葉を待っていた。

俺の視界に熊野は見えないが、ちゃんといるよな……?

 

「昨日、熊野と話した……。熊野はどうやら、お前が本気で俺を好きだと信じているようで、どうか鈴谷を幸せにして欲しいと言われた……」

 

鈴谷は残念そうに俯いてしまった。

 

「だが……裏を返せば、お前が熊野に本気だと伝えれば、熊野の気持ちは変わるかもしれないという事だ。あいつはまだ、お前の事が好きなんだ。あの時は、お前が俺に本気だと思ったから、お前の幸せを願ったから、何も言えなかったんだ。だから――」

「――つまり、熊野は諦めたって事でしょ?」

 

「え……?」

 

鈴谷は顔を上げると、俺をじっと見つめた。

 

「鈴谷が本気で提督の事を好きだったとしても――熊野が鈴谷の事、本気で好きだったら、諦めないはずでしょ……?」

 

「いや……だから……」

 

「熊野は、どうして提督に勝てないって思ったの……? なんで諦めちゃったの……?」

 

問うように言ってはいるが、鈴谷は答えを知っているようであった。

 

「つまり……そういう事だよ……。熊野にとって鈴谷は……その程度だったって事でしょ……?」

 

俺はもう一度、鈴谷の後ろを確認した。

熊野の姿は見えない。

だが、もし今の言葉を聞かれていたら……。

 

「……熊野はお前の言葉を待っているんだ。あいつは今……弱っているんだ……。判断が鈍っているだけなんだよ……」

 

「……鈴谷は、もう散々言ったよ。提督を好きだって言う前にも、何度も何度も……気持ちは伝えたもん……。それでもダメだったから、提督に頼ったんだよ……?」

 

クソ……マズイな……。

このままじゃ……。

 

「……分かった。なら、作戦を変えよう。今度は、俺とお前の仲が悪くなって行くよう、徐々に――……」

 

言葉を切ったのは――いや、切らざるを得なかったのは――。

 

「す、鈴谷……?」

 

俺を抱きしめる鈴谷。

心臓の音が、伝わってくるほどに。

 

「もう……いいの……。熊野の事は……。熊野は……鈴谷の事を諦めた……。だから……鈴谷も別の道をいかなきゃいけない……。そうじゃないと……熊野も鈴谷も……苦しむだけだから……」

 

「別の……道……?」

 

鈴谷は俺に向き合うと、頬を赤く染め、言った。

 

「昨日言ったこと……全部本当だよ……」

 

「え……?」

 

「鈴谷……提督の事……本気で好きになっちゃったの……。本気で貴方と……未来を進みたいって思っちゃったの……」

 

まるで、時が止まったかのようであった。

熊野の言ったことを想定していなかったわけじゃない。

だが、こうして実際に起こってしまうと、俺は、何も出来ずにいた。

 

「この数日……提督と過ごして、本当に楽しかったし……この人は、本気で鈴谷の事を想ってくれているんだって、気が付いたの……。この人だったら……本当に鈴谷の事……大切に想ってくれるんじゃないかなって……。だから……」

 

鈴谷はもう一度、俺を抱きしめた。

 

「熊野を諦めたからだなんて……都合のいい話かもしれないけれど……。鈴谷は……それでも鈴谷は……」

 

「鈴谷……」

 

「提督……」

 

鈴谷の顔が、徐々に近づいてゆく。

 

「お、おい……」

 

「お願い……。鈴谷を……受け入れてください……」

 

鼻先が当たる。

鈴谷は恥ずかしそうに顔を傾けると――。

 

「――……」

 

唇が触れそうになった瞬間、鈴谷は動きを止めた。

そして、驚いたような表情を見せた後、ゆっくりと俺から離れていった。

 

「…………」

 

状況が整理できず、俺はただただ唖然としていた。

 

「……ごめん、提督」

 

「え……?」

 

「鈴谷……やっぱり熊野の事が好き……! やっぱり……熊野と一緒に居たい……! 諦めたくない……!」

 

急な心変わり。

いざとなって、本当の気持ちに向き合うことが出来た……という事なのだろうか……?

状況はよく分からないが――困惑しているが、とにかく――。

 

「そ……そうか……」

 

「ごめんね……提督……。本当に……ごめんなさい……」

 

謝る鈴谷。

これじゃあ、俺がフラれたみたいだ……。

 

「い、いや……。そう決意してくれて、俺も嬉しいよ。そうと決まれば、もう一度作戦会議だ」

 

「……うん」

 

熊野は、今の言葉を聞いてくれていただろうか。

それとも――。

 

 

 

翌日。

寮に向かってみると、皆が輪になって、何かを見ているようであった。

 

「どうした?」

 

「あ……」

 

どこか、同情するような瞳で俺を見つめる駆逐艦たち。

輪の中心に目を向けてみると――。

 

「……なるほどな」

 

熊野と鈴谷が、お互いを抱きしめていた。

どうやら、どちらかが気持ちを伝えたらしい。

 

「やれやれ……」

 

紆余曲折はあったが、何とか解決して良かった。

結局、何が決め手になったのかはよく分からないが、まあ、とにかく、一件落着ってところか。

 

「司令官……」

 

駆逐艦たちが俺を囲った。

 

「ん、どうした?」

 

「あのね……。気を落としちゃ駄目よ……? 司令官にも、きっと素敵な人が出来るはずだからね……?」

 

「そうですよ、ご主人様。なんなら、漣なんていかが? なんちって☆」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

どうやら、俺が鈴谷にフラれたと、駆逐艦たちは思い込んでいるようであった。

 

 

 

その後、鈴谷と熊野は、俺に礼を言って来た。

どちらも、俺が二隻の関係を修復しようと、奮闘していたことを分かってくれていたようであった。

 

「いや、お前たちのお互いを想う気持が強かった結果だ。良かったな、熊野、鈴谷」

 

「うん……。ありがとう……提督……」

 

「本当にありがとうございました……。色々と酷い事を言ってしまい、申し訳ございませんでした……。貴方の仰る通り、鈴谷に気持ちをぶつけて良かったですわ……」

 

どうやら、熊野の方から気持ちを伝えたようであった。

という事は、やはりあの場所で、熊野は鈴谷の気持ちを聞いていたのか。

そして、俺よりも自分を選んでくれた鈴谷に対し、熊野も決意した……といったところかな。

 

「これからどうするんだ?」

 

「うん……。熊野と話し合ったんだけど……。鈴谷たち、島を出るよ」

 

俺は、熊野を見た。

 

「まだ、怖い気持ちはありますわ……。でも……貴方が守ってくれるのでしょう……?」

 

そう言うと、熊野は微笑んで見せた。

 

「……あぁ! 任せておけ! 必ずお前たちを守って見せるさ」

 

「心強いですわ。ね、鈴谷」

 

「うん!」

 

二隻は、互いに手を取ると、顔を見合わせ、幸せそうな表情を見せていた。

 

 

 

鈴谷と熊野が島を出る事を発表し、寮ではやはり、話し合いが行われることになった。

例の如く、俺は家で待機だ。

 

「さて……」

 

「私を利用したのね……」

 

声の主は、言わずもがな……。

 

「お前の望む通り、協力してもらっただけだぜ」

 

夕張は、俺を睨みつけていた。

 

「明石や鳳翔、大淀にしても、やはりそういう事だったのかと、信じてくれていたようだったぜ。勝手に熱くなっていたのは、お前だけだ」

 

山城も何かおかしかったが、まあ、とりあえずおいておこう……。

 

「最初からこうなるって……分かっていたわけ……? 鈴谷さんと貴方の関係を、より強固なものにみせるために、私に嫉妬させたってわけ……?」

 

「いや……? 嫉妬というか、何かしら言ってくるのは……まあ、お前ではないかとは思っていた。しかし、俺の想定以上に、お前が勝手に熱くなったものだから、成り行きに任せてみただけだ。そしたら、お前がどんどんヒートアップして、手が付けられない状況になっただけだ。利用したわけじゃない。流れに乗っただけだ」

 

「同じことよ……! 最初からその気だったのなら……言ってくれれば、私だって……!」

 

「もっと上手く振る舞えたと……? もっと、今回の件に貢献できたと……?」

 

夕張は、何も言わなかった。

 

「鈴谷の挑発に乗ったのはお前だし、そもそも先に仕掛けたのはお前だろう。何をそんなに熱くなっている? 何をそんなに怒っている? 少しは冷静に状況を見られるようになったのかと思えば、どうしたんだよ、お前」

 

夕張は俯くと、座り込み、膝を抱えた。

 

「だって……」

 

「…………」

 

「だって……「突き放したって無駄だ」って言ったけど……。それにしたって……貴方は私を……そんなにしなくてもいいじゃないって程に……突き放すんだもん……」

 

夕張は、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「――……!」

 

俺は思わず、目を背けてしまった。

 

「そんなに冷たくすることないじゃない……。私だって……そんなに強くなった訳じゃないのよ……? 少しだけ不器用なだけじゃない……。なのに……邪魔だなんて言わないでよ……」

 

夕張はただ、鈴谷に嫉妬した訳ではない。

役に立ちたいと思っただけで、それが余計な事になってしまっただけで――。

俺はそれを利用し、焚き付けて――。

夕張は、引くに引けなくなって――。

 

「……っ!」

 

そんな事は、分かっていた。

分かっていて、俺は――。

でも――。

 

「……泣くなよっ!」

 

そう言っても、夕張は泣き止まなかった。

 

「お前が泣いてしまったら……俺は……何も出来なくなる……」

 

夕張は涙を拭くと、俺の言葉を待った。

 

「お前が泣かないから……俺は進めたんだ……。お前が強くあるから……俺を恨むから……俺はそこに立てた……。悪役になれたんだ……」

 

「…………」

 

「だから……泣かないでくれ……。頼む……」

 

俺の拳が小さく震えているのに、夕張は気が付いたようであった。

そして、立ち上がると、その拳をそっと、両手で包み込んだ。

 

「……私は……貴方の役に立てていたの? 私は……貴方の邪魔じゃなかったの……?」

 

俺は何も言えなかった。

だが、夕張は分かってくれたのか、そっと、俺の背中を抱きしめた。

 

「……ごめん。私……ずっと自分の事ばかり考えていた……。そうよね……。貴方は……そういう人じゃないわ……。そんなに……強い人じゃなかった……」

 

「……やめろ」

 

「やめない……。私……貴方が好きだから……。貴方の事……もっと知りたいから……。なのに……貴方の気持ちを理解してあげられなかった……。ごめんね……」

 

俺は、必死で耐えていたが、思わず涙を流してしまった。

そして、やがて限界を迎えると、泣き崩れてしまった。

 

「提督……」

 

「ごめん……。ごめん……夕張……。俺……俺は……!」

 

泣き崩れた俺を、夕張はそっと、包み込むように抱きしめた。

 

「ううん……。私の為に泣いてくれて……嬉しいよ……。それだけで……私……」

 

俺が泣き止むまでの間、夕張はずっと、俺を抱きしめてくれていた。

大淀や、周りの皆が理解してくれていたからこそ、流さずに済んだ涙が、本人を目の前にして、止めどなくあふれていた。

 

 

 

どれくらい泣いただろうか。

いつの間にか夕張も泣いていたようで、お互いに目を真っ赤にさせていた。

 

「くそ……思わず泣いてしまった……」

 

「いいじゃない、たまには……。私は、逆に安心したわ……」

 

本当に泣きたいのは――俺以上に泣きたいのは、夕張のはずなのだ。

なのに、俺はどうしてこんなにも……。

 

「……本当は分かっているのよ。貴方を諦めれば、貴方は苦しまずに済むって……」

 

「…………」

 

「でもね……。出来なかった……。ほら、私って不器用だから……。こういう方法しか……思いつかないって言うか……やっちゃうって言うかさ……。諦めさせたい気持ちは分かるけど……私の気持ちも、分かって欲しいの……」

 

「……分かっているさ。でも……俺もお前と同じ……不器用な人間なんだ……。突き放すことでしか……悪人であることでしか……お前の気持ちに向き合えない……。自分の信念を……貫き通すことが出来ないんだ……」

 

「うん……。知っている……。それが、貴方の優しさだってことも……」

 

俺は何も言えなかった。

 

「お互い……不器用同士……手を取ることは出来ないのかな……?」

 

「……どうすればいいだろうか?」

 

「え……?」

 

俺は、夕張を見つめた。

まるで、救いを求めるように――。

夕張は再び、泣きそうな表情を見せた。

 

「……そうね。一緒に……考えてみない……?」

 

そして、涙を流すと、言った。

 

「パートナー……として……。私を……頼ってみない……?」

 

俺が頷くのと同時に、夕張は声を上げて泣いた。

俺はただ、その体を抱きしめる事しかできなかった。

夕張は強い。

それは確かだ。

だがそれは、俺がこいつを信じてやっているからだ。

そして、それを信じるこいつが居たからだ。

熊野に偉そうなことを言っていたのにもかかわらず――夕張の事を分かっていたはずなのに、俺は、こいつを信じ切れず、ただ突き放してしまったのだ。

こいつが強いからじゃない。

俺が弱いから、突き放してしまったのだ。

 

「ありがとう……夕張……。これから……よろしくな……」

 

夕張は頷くと、やっと笑顔を見せてくれた。

あぁ、そうか……。

俺は、こいつを――。

 

 

 

数日後。

熊野と鈴谷、そして俺は、船で本土を目指していた。

 

「誰も鈴谷たちについてこなかったね」

 

「まあ、仕方がないだろう。逆に、一緒に島を出たいという方が、珍しいのだろうし」

 

「そうかもしれないけどさ……」

 

結局、鈴谷と熊野以外、島を出ようとする者はいなかった。

 

「別に構いませんわ。すぐにでも、連れてきてくれるのでしょうから。ね、提督」

 

そう言うと、二隻はニコッと笑ってくれた。

 

「あぁ、もちろんだ。またすぐに賑やかになるよ」

 

「頼んだよ、提督。鈴谷たちの事も、守ってよね」

 

「あぁ」

 

そんな事を話している内に、船は本土に着いたようで、大きな警笛と共に、エンジンが唸りを上げていた。

 

 

 

工廠では、やはり山風が待っていた。

 

「鈴谷さん、熊野さん。お久しぶりです」

 

その姿に、二隻とも大変驚いていた。

特に、熊野はかなり驚いたようで、本当に山風であるのか、クイズを出して確かめていた。

 

「提督」

 

鈴谷が小さい声で、俺を呼んだ。

 

「ん、なんだ?」

 

「これ……後で読んで……」

 

そう言うと、鈴谷は俺に、封筒を渡した。

 

「これは……?」

 

「必ず一人で読んでね?」

 

「え?」

 

「鈴谷、何をしていますの? 行きますわよ」

 

「あ、はーい。じゃあ、行くね、提督」

 

「あ、おい!」

 

鈴谷は手を振りながら、バスへと乗り込んでいった。

 

 

 

バスを見送り、封筒の中身を確認すると、どうやらそれは、手紙のようであった。

 

「手紙か。中々粋な事をするじゃないか」

 

感謝の言葉でも書いてあるのかと思ったが、その内容に、俺は驚愕した。

 

『提督へ

 

 これから書くことは、鈴谷と提督だけの秘密にしておいてください。

 

 実はね、鈴谷、本当に提督の事が好きでした。

 

 あの時、作戦会議をした時、提督にキスをしようとしたでしょ?

 

 あの時ね、鈴谷、見ちゃったんだ。

 

 熊野が、鈴谷たちの話を、木陰で聞いていたのを……。

 

 だから鈴谷、熊野の事が好きだって、叫んだの。

 

 熊野はまだ、鈴谷の事を諦めていないのかもしれないと思って……。

 

 もし、あの時、熊野があそこに居なかったら、鈴谷は、本当に提督とキスをしていたよ。

 

 本当は、言わないでおこうと思ったのだけれど、これから熊野と歩むには、この気持ちに整理をつけたいって思ったから……。

 

 ごめんね、提督。

 

 でもこれで、鈴谷は前に進めます。

 

 熊野と一緒に、未来を歩めます。

 

 本当に、ありがとう。

 

 提督――

 

 ――大好きだよ。

          鈴谷より』

 

鈴谷が本気で俺に惚れていたという事実は、正直、そこまで驚くことではなかった。

俺が驚愕したのは、熊野の事であった。

 

「熊野がいたことに……気が付いた……? 鈴谷が……?」

 

熊野は、鈴谷の本当の気持ちを知りたがっていたはずだ。

だとしたら、見つかるようなヘマをするだろうか?

あの時、俺の視界に、熊野はいなかった。

キスをしようという時に気が付いたということは、熊野は俺の後ろに居たという事……。

どうして、そんな位置にいたのか……。

 

「そんなの……一つしかないだろ……!」

 

熊野は、あえて鈴谷に姿を見せたのだ。

そして、鈴谷に『言わせた』のだ。

俺を諦め、熊野を選ぶよう『決意させた』のだ。

 

「フッ……ハハハ……」

 

『怖すぎて笑ってしまう事、あるだろう?』

 

「本当……恐ろしいぜ……。熊野……」

 

『鈴谷は貴方を選んだ……! その事実は変わらない……! その事実が……わたくしには耐えられない……!』

 

確かに、お前はそう言っていたもんな。

しかし、それにしたって……。

 

「ペテン師め……。いや……ギャンブラーか……?」

 

再び笑みが零れる。

零れてしまう。

何が『怖い』だ。

何が『諦める』だ。

もしかしてお前は、最初から俺たちを――?

 

「よう、慎二。お疲れさん。聞いたか? 武蔵たちが人化して……って、どうしたんだ? ニヤニヤ笑って……」

 

「鈴木……」

 

「それ、手紙か? なんだ? ラブレターでも貰ったか?」

 

「……ちょうど良かった。お前、ライター持っているか?」

 

「ん? あぁ……まあ、持っているけど……。なんだ? お前も吸うようになったか?」

 

俺は、鈴木からライターを受けとり、手紙を燃やした。

 

「な……!? 何やってんだお前!?」

 

手紙は、風の力もあり、すぐに燃え、灰になって海へと溶けていった。

 

「おいおい……」

 

「なあ、鈴木……。女ってのは……怖いもんだな……」

 

「あ? 何だよ今更?」

 

「いや……」

 

鈴谷と熊野……。

お前たちは、お互いに秘密を抱えながら、今後も生きていくんだな……。

……いや、その決意を持ったんだな。

 

「皮肉なもんだぜ……。その秘密が強ければ強いほど……結束もまた、強まるのだからな……」

 

「は? 何言ってんだお前?」

 

俺には、そんな秘密、抱え続けることは出来ない。

あんな紙切れが――すぐに燃えてしまうような紙切れ一枚が、あんなにも重いと思う事は、これまでも――そして、これからもないだろうよ……。

 

「……今日のお前、なんだか変だぜ? 疲れてんのか? コーヒー奢ってやるからよ、ちょっとは休め。んで、仕事の事は忘れろ」

 

「あぁ……そうさせてもらうよ」

 

ふと、海を眺めた。

燃えて灰になったであろう手紙が、海に溶け、広がって行くのを感じ、俺は思わず、身震いしてしまった。

 

「どうした?」

 

「いや……。そういえば、武蔵たちが人化したと言っていたな」

 

「あぁ。今はあそこの棟にいるぜ。後で会いに行ってやれよ」

 

「あぁ」

 

俺は再び、海を見た。

だがそこには、ただただ穏やかな波が立つ、平凡な海が広がっているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

残り――20隻

 

――続く

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