ノートに書かれていた通り、サザンカは咲いていた。
「あ……」
近くに、大きな足跡。
その隣には、小さな足跡も――。
『サザンカもまた、立派に咲いていたよ』
あの人が、私の真意に気が付いたかどうかは分からない。
けれど――。
『――貴女はここに居たんだって。言葉はなくても、いつだって、こうやってお互いを感じていた。そうでしょう?』
もし、貴方もそうなのだとしたら、私は――。
『不死鳥たちの航跡』
鈴谷たちが島を出て、一か月が経った。
「はい、提督さん! 一日早いですけれど……バレンタインデーのチョコです!」
「おう。ありがとう、鹿島」
俺と鹿島は、本部敷地内にある公園に来ていた。
「その……バレンタインのチョコって……もう誰かに貰ってたり……」
「いや、鹿島が初めてだよ」
「ほ、本当ですか!? えへへ。良かったぁ。実は、一番に渡せるようにと、『TMD』を今日に指定したんです!」
『TMD』とは、『提督(T)を独占(M)できる日(D)』というものらしく、本土へ戻ってきた俺と二人っきりになりたいという奴らが、喧嘩にならないよう、スケジュールで独占できる日を管理する仕組みだ。
無論、俺はそんなものが出来ているとは知らず、半ば強制的に二人っきりの時間を過ごすことになっていた。
「本当は、もっと早くに二人っきりになりたかったのですが……今日、この日、一番にチョコレートを渡したくて……。ずっと我慢していたんです……」
確かに、TMDが始まってから、まだ一度も鹿島と過ごしたことはない。
二人っきりになりたいと、あんなに言っていたのにもかかわらず、だ。
「なるほど、そういう事だったのか」
「ですから、今日はいっぱい、提督さんに構ってもらいますから、覚悟してくださいね? うふふ」
「あぁ、任せておけ」
そう言ってやると、鹿島は嬉しそうに、俺の手を握った。
敷地内には、元艦娘とその関係者以外立ち入り禁止のエリアが設けられていた。
「本当に、誰もいなくなってしまいましたね」
社会へ出ていない元艦娘との接触は、特別許可がない限り禁止されている。
だが、遠目に見ることは禁止されていなかったこともあり、ここ最近はずっと、野次馬が集まっていた。
皆は何も言わなかったが、見られていることにストレスを感じているようであったし、誰かは特定できていないが、陸奥に告白した奴もいるらしい……。
「まあ、こうなって当然だ。お前たちも、外出しやすくなっただろ?」
「えぇ、まあ……。ですが、こうも静かだと、何だかちょっとだけ……寂しい感じもしますね」
「島は賑やかだったからな。まあ、こっちもすぐに、賑やかにしてやるよ」
「ふふ、次は誰が来る予定なんです?」
「そうだな……。まだはっきりとはしていないが、駆逐艦の誰か、だろうな。噂によると、島の外に興味を持ち始めている奴がいるらしい」
「なるほど……。しかし、そうなると大変ですね。敷波ちゃんや雪風ちゃんはいいとしても、第六駆逐隊、第七駆逐隊は、島を出るにしても、全員で、という形でしょうから……」
鹿島はその先を言わなかったが、どうしてそれが大変な事なのかは、分かっていた。
第六駆逐隊には響がいる。
俺の正体を明かしてから、響とは交流が出来ていない。
あいつも俺を避けているようだし、簡単にはいかないだろう。
そして、敷波と雪風を除いた、残る駆逐艦……。
第七駆逐隊と、朝潮・霞コンビだ。
漣、朧、朝潮は、俺に心を開いてくれているようだが、第七駆逐隊の曙・潮、霞に関しては、響と同じように、俺を避けている様子であった。
曙と潮が島を出る気が無ければ、第七駆逐隊は島に残ってしまう。
朝潮もまた、霞が一緒でなければ、島を出ないだろう。
「まあ、大変だろうが、何とかするさ。今はそれよりも、お前との時間を楽しむことにするよ」
そう言って笑顔を見せてやると、鹿島は目を細くした。
「そんなクサイ台詞、どこで覚えたんですか?」
「え?」
「島に居た時の提督さんは、そんな台詞、言いませんでした……」
「い、嫌だったか?」
「いえ……。なんというか……こなれてきたというか……。皆さんと二人っきりでデートするうちに、そんなことを覚えちゃったんだなぁって……」
唇を尖らせる鹿島。
なるほど、そういう事か。
しかし……。
「えーっと……どういう事だ?」
わざととぼけて見せたが、鹿島は分かっているのか、深くため息をついた。
「こんなことなら、もっと早くに、二人っきりになった方が良かったのかもしれませんね……」
「す、すまん……?」
困惑する俺に、鹿島は悪戯な笑顔を見せた。
「ふふ、冗談ですよ。でも、誰にでも見せるような笑顔で、適当にあしらうのは止してください」
「あ、あぁ……努力するよ」
「努力したら駄目なんです! もっとこう、自然な笑顔で!」
「自然な笑顔……」
「ほら、山風さんには見せていたじゃないですか。自然な笑顔」
山風に見せていた笑顔……。
どんな笑顔だ……?
思い出そうとしていると、鹿島が足を止めた。
「ん、どうした?」
「いえ……。その……前から訊こうと思っていたのですが……。山風さんって……本当はまだ、提督さんの事が好きなのかなって……。そして……提督さんはその気持ちに気が付いていて、提督さんもまた……山風さんの事が……好きなのかなって……」
そう言うと、鹿島は俯いてしまった。
テンションの落差に寒気を感じながら、俺は真剣な表情で鹿島に向き合った。
「山風さんと過ごすうちに、どうして提督さんが山風さんを好きになったのか、なんとなく分かってきたのです。今の山風さんは、私の知っている頃とは、まるで別人のようで――とってもいい人ですし、美人で可愛くて――。何よりも、提督さんの事を凄く慕っていて――提督さんもまた、山風さんを信頼しているようで――山風さんにしか見せない表情もあって――それは、山風さんも同じで――……」
語れば語るほどに、声のトーンが下がって行く。
それと同じように、頭の位置も――。
「……正直に言いますと、私は、山風さんの事を甘くみていました。いくら提督さんが好きになったとは言え、山風さんには負けないだろうって……。鹿島が人化すれば、きっと、提督さんは……って……」
「鹿島……」
「……ダメですよね。こんな事を思っちゃうなんて……。私は、そんな疚しい気持ちで島を出た訳じゃないのに……。でも……」
鹿島は顔を上げると、顔を真っ赤にさせながら、言った。
「やっぱり……好きなんです……。貴方の事が……」
この時、俺がどんな顔をしていたのかは分からない。
だが、鹿島は――。
「――それですよ」
「え?」
「鹿島にしか見せない表情。その顔が、欲しかったのです」
鹿島は辺りを確認すると、近づき、そっと口づけをした。
「……俺にその顔をさせる為に?」
「さあ、どうでしょう?」
鹿島は舌をペロッと出して見せると、俺の腕を抱きしめた。
「お前は……」
「うふふ、ごめんなさい。でも、言ったことは嘘じゃないですからね?」
「それは……『どっちのこと』だ……?」
「どっちだったらいいですか?」
俺が答えられないでいると、鹿島は嬉しそうに笑った。
「良かった。誰とデートしても、結局、提督さんは提督さんのままでしたね」
「それも――……いや、訊かないでおこう……。その方が、お前好みなのだろうしな」
俺なりの抵抗であったが、その抵抗もまた、鹿島好みであったらしく、より一層笑顔にしてしまったのであった。
夕方。
鹿島と共に寮へ向かう道中、島風と天津風に会った。
「提督!」
「おう。何してんだ? こんな所で」
「島風の走りのタイムを計っていたのよ」
「なるほど。して、どうだったんだ?」
そう訊いてやると、島風はしょんぼりとした表情を見せた。
「人間の足……とっても遅いの……。見てて……」
そう言うと、島風は走り出した。
島で見たものとは違い、それはとても平凡な速度であった。
「はぁ……はぁ……。ね……? 遅いし、すぐ疲れるし……。おまたから血が出るし……。すぐ太るし……。人の体って、とっても不便……」
「そうか……」
俯く俺の気持ちを察してか、天津風が口を開いた。
「でも、推定年齢近くの人間と比べたら、島風の走りはトップクラスなのよ。決して遅い訳じゃないわ」
「そうかもしれないけれど……」
「それに、生……貴女が言ったことは全部、体が成長している証拠よ。そうなれば、もっと足が速くなるし、この人ももっと、貴女の事が好きになるんじゃないかしら?」
そう言うと、天津風は俺を見た。
島風はそれに、何やら焦りの表情を見せていた。
「あ、天津風……!」
「あら、貴女にも羞恥心があったのね」
「何の話だ?」
「あのね、島風ったらね?」
「わー! わー! わー! ダメダメダメ! 言っちゃ駄目ー!」
「ふふ、分かったわよ」
「おいおい、なんだ? 気になるじゃないか」
「ダメ! 内緒の話! もう! 行くよ、天津風!」
「あ、ちょっとぉ!」
島風は天津風の手を引いて、寮へと戻っていった。
「もうすっかり仲がいいんだな、あいつら」
「えぇ。天津風さんも、毎日楽しそうです。これも全部、提督さんが導いた結果なんですよ?」
それは、称賛というよりも、どこか慰めのように聞こえた。
「……あぁ。あいつらが喜んでくれているのなら、良かったよ……」
鹿島は俺の手を握ると、そっと寄り添った。
「私も幸せです。ですから……」
「あぁ……悪かった。せっかくのデートなのに、こんな顔、してちゃいけないよな」
「そうですよ! いい男が台無しですよ?」
鹿島は俺の顔を指で突くと、ニコッと笑った。
いい男、か……。
「さて……。名残惜しいですが、私たちも帰りますか」
「ん、鹿島」
「はい?」
「ここからは、少しだけ、ゆっくり歩かないか?」
その理由は言わなかった。
言わずとも、伝わると知っていたからだ。
「流石は、いい男ですね」
「相手がいい女でなければ、こんなクサイ台詞、言わないさ」
そう言ってやると、鹿島は顔を赤くして、唇を尖らせた。
「さっきの仕返しですか……?」
「お前の好みに付き合ったんだ。俺の好みにも付き合ってほしいと思ってな」
鹿島は少し悔しそうな顔を見せると――いや……。
「なんだ、その表情? 初めて見るぞ」
その表情について、鹿島が何かを言う事はなかった。
寮に入り、出迎えてくれたのは――。
「あれ?」
「おっすー、雨宮君」
「北上? と、秋雲か……」
「あ、あれ? なんか今、秋雲さん、ガッカリされてなかった?」
北上と秋雲は、いつもの外行きの格好ではなく、部屋着のような、ラフな格好であった。
「どうしたんだ? こんな時間までいるなんて、珍しい」
そう言ってやると、北上と秋雲は、互いに顔を見合わせ、笑っていた。
「んー、そうねぇ……。どうしてだと思う?」
「え?」
「正解したら、秋雲さんがいいものあげちゃう~」
「いいものって……。まさか……」
秋雲が粘度のある笑顔を見せると、山風が頭を叩いていた。
「ちょ、まだ何も言ってないじゃないっすか!?」
「どうせ、碌なものじゃないんでしょ……。ごめんね、雨宮君。実は、北上さんと秋雲は、今日から『指導艦』として、この寮に住むことになったの」
「『指導艦』?」
「うん。この前、決まったことでね? これから、島を出る艦娘が増えることを見越して、常に社会的常識を指導できる者が必要だってことになったの」
「それで選ばれたのが、普段から出入りしていた、あたしと」
「秋雲さんって訳。あと、山さんもね」
「そうであったのか……」
全く知らなかった。
どうして海軍は、こういった大事なことを教えてくれないんだ……。
「これでいつでも会えるね、雨宮君」
「あぁ、そうだな」
「秋雲さんもだよ、雨宮君。手入らず同士、密室、7日間。何も起きないはずがなく……。秋雲さんの部屋は、いつでも鍵を開けておくからさぁ……ね……?」
「秋雲っ!」
「ヒェ~w」
「もう……」
呆れる山風。
だが、秋雲と一緒に住めることが嬉しいのか、複雑な表情を見せていた。
「少しは騒がしくなりそうじゃないか、鹿島」
「えぇ、本当に」
鹿島は本当に嬉しそうな表情を見せていたが、秋雲の放った一言で、一変した。
「と、いう訳で! 晴れて秋雲さんも、『TMD』に参加できることになりましたー! イエーイ! デートっ……! デートっ……! デートっ……! 圧倒的デートっ……!」
盛り上がる秋雲に対し、皆の表情はどこか――いや、そう見えるのは、俺が自惚れているだけなのかもしれない。
「……秋雲さんは『指導艦』ですから、その権利はないものかと」
「『指導艦』だからこそあるんでしょうがァ~~~! 艦娘と多く関わる雨宮君の意見は、わっしら『指導艦』(三大将)には貴重だからねェ~~~……」
「だからと言って、意見を聞くのに、わざわざ『TMD』を使わなくても……」
「お~~~……鹿島さん。秋雲さんに雨宮君が取られるの、コワイねェ~~~……」
「別にそういうことでは……」
「"光" の速度で男を奪われたことはあるかい」
何やら独特の言い回しで煽る秋雲。
あれも、何かのネタなんだろうな……。
鹿島には伝わっていないようだが……。
山風は分かるのか、呆れた表情を見せていた。
「はーい、はいはい! そこまでだよ二人とも。これから一緒に生活していくんだから、喧嘩はよしなってー」
北上にそう言われ、鹿島は唇を尖らせながら、引き下がった。
秋雲は何故か、勝ち誇った表情を見せていた。
「悪いな、北上」
「いいっていいってー。それよりもさー、この二人よりも、あたしにしときなよ。色々サービスするし、NGもないしさー。あ、なんなら、大井っちも一緒に交ぜてヤッちゃうとかどうよ?」
「「北上さん!」」
叫んだのは、山風と鹿島であった。
「冗談だってばー。ま、そういうのは後にやるとして……。雨宮君、今日は夕飯、こっちで食べるんでしょ? 皆、バレンタインのチョコの代わりに、カレーつくっているよ。早く食堂へ行ってあげなよ」
「そうであったか。なら、早く行ってやんないとな」
「そうそう。ほら、皆も。早くしないと、雨宮君の席の隣、奪われちゃうかもよー?」
北上がそう言うと、皆はそそくさと食堂へと向かっていった。
「流石は指導艦だな」
「まーね。こう見えてもあたし、学校の先生だったからさ。あの手の相手は慣れたもんよ」
「そうだったのか。じゃあ、先生を辞めて、ここに?」
「うん。大井っちが島を出たら、こうするって決めていたんだ。だって、考えてもみてよ。あの大井っちだよ? 普通の人じゃ、絶対、手に負えないでしょ? あたしが傍に居ないと、何をするか分かったもんじゃないよ」
まあ、確かにそうかもしれないが……。
案外、辛辣な事を言うのだな……。
「それに、思ったんだ。大井っちが島を出ることがあったら、それはきっと、『提督』みたいな人の仕業だろうって。あたしはもう一度、そういう人に会ってみたかったんだ。一緒に、仕事をしてみたかったんだ……」
北上はじっと、俺の顔を見つめていた。
「あたしはさ……雨宮君と出会えて、本当に良かったって、思っているよ。大井っちにも再会できたし、皆も、とっても幸せそうだしさ……。本当に感謝している……」
「フッ……なんだよ、急に」
「んー……。なんだろうね? なんか、急に感謝したくなったっていうかさ……。こういうのは、あたしらしくないって、分かってはいるんだけれど……。雨宮君には、あたしの気持ち、知っておいて欲しいんだよね……」
そう言うと、北上は顔を赤くした。
「まー……なんてーの? そんな感じ! あーあ、なんか、お腹空いちゃったよー。雨宮君、早く食堂へ行こう?」
「……あぁ」
北上は、俺に親父を見ているのだろう。
親父とは出来なかった事。
親父としたかった事。
口には出さなかったが――或いは、本人にも自覚が無かったのかは分からないが――。
「…………」
北上はきっと、本気で親父の事を――。
カレーは、大変美味であった。
「おっと、もうこんな時間か……。そろそろ帰らなければ……」
皆が一斉に、残念がる声を上げてくれた。
「もう行ってしまうのか……? 提督よ……」
「あぁ、悪いな、武蔵。本当はもっと話したかったのだが……」
寂しそうに俯く武蔵。
島で見せていた威厳は、もはや消えていて、まるで寂しがる犬のようであった。
「そんな顔をするな。またすぐに会えるさ。次のTMDは、お前が相手なんだろ?」
「そうだが……。あと一週間もあるぞ……」
そう言う武蔵に、俺は思わず笑ってしまった。
「すまん。あまりにも可愛い事を言うもんだと思ってな。本当、丸くなったな、武蔵」
「……貴方の前でだけさ」
「そういうのは、次の、二人っきりで会った時に見せてくれ。ほら、皆も不思議そうにお前を見ているぞ」
そう言ってやると、武蔵は顔を真っ赤にさせ、恥ずかしそうに皆に言い訳を始めていた。
「提督」
「鈴谷、熊野」
「相変わらずの人気っぷりだね。鈴谷たちも話しかけようと思ったんだけれど、中々近づけなかったんだよね」
「そうであったか。悪かったな」
「ううん。あのね、今度、鈴谷たちもTMDに参加することになったんだ」
「え!?」
「ご心配なく。鈴谷とわたくし、提督の三人で、という事になりますわ」
……だよな。
ったく……ビビったぜ……。
「なるほど……。しかし、どうしてTMDに?」
そう訊くと、二人は顔を見合わせ、ニコッと笑って見せた。
「わたくしたちも、貴方という人をもっと良く知りたいと思いましたの」
「俺を?」
「そっ! 思えば、鈴谷もまだ、提督の全てを知った訳じゃないしさ。島で過ごした時間も、作戦の内だったじゃん? だから、もっとしっかり、知りたいなって!」
どうしてそう思ったのかを知りたかったのだが、二人はその理由について、深く語ることはなかった。
いや、案外、誰かの事を知りたいという気持ちに、深い意味なんてないのかもしれないな。
「そうか……。俺も、同じ気持ちだ。もっとお前らの事を知りたい。もっと、仲良くなれたらって、思っていたんだ」
そう言ってやると、鈴谷と熊野は、嬉しそうな表情を見せてくれた。
「おっと……そろそろ……。じゃあ、みんな! また一週間後に! カレー、ありがとうな! とても美味しかった!」
別れを惜しむ声に後ろ髪を引かれつつ、俺は鈴木の待つ船へと向かった。
鈴木はやはり、缶コーヒーを俺に渡してきて、途中で船を停めた。
「それ、カレーか?」
「ん、あぁ。あいつらが作ってくれてな。食いきれないからと、持たされたんだ」
「なるほど。それにしても、お前って本当、艦娘に好かれるよな。聞いたぜ?『TMD』ってお前……」
「あぁ。『独占』と『日』が英語なんだから、『提督』も『A』にすれば良かったのにな」
「んなことは、どうでもいい……。俺が言いたいのはよ、このままいくと、お前、あいつらに依存されちまうんじゃねーのって事だ」
「依存?」
「あぁ……。艦娘ってのは、基本的に、ガードが堅いんだよ。元艦娘に独身が多いのは、それが原因だと言われているくらいにな」
「結婚している艦娘も、多いっちゃ多いだろ」
「その大半は、島に出向してきた奴と結婚した例だったり、海軍関係者と結婚した例だろ? 島を出て、社会に出て、一般人と結婚したって例は、極めて稀だ」
確かに、あまり聞いたことはない。
「それが、どうかしたのか?」
「いや、だからよ……。そんなガードの堅い奴らが、こぞってお前に夢中になっているだろう? このまま社会に出ても、お前の元を離れることが出来るのかなってさ……」
そう言われ、すぐに否定できない自分がいた。
「ガードの堅い艦娘だが、一度でも誰かに心を開くと、そいつにとことん依存するって話だ。大丈夫だとは思うが、少しは意識して接した方がいいぜ。そうじゃないと、お前も、坂本さんのように……」
『私はもう駄目だった……。何もかも失って……立ち直ることが出来なかったのだ……』
上官……。
「そういや、聞いたか? 坂本さん、謹慎が解けたって」
「え? そうなのか?」
「あぁ……。だが……もう本部には戻れないらしくてな……。異動先はまだ分からないが、まあ、地方に飛ばされるのは確定だろう……」
「そんな……」
「……坂本さんは、お前に夢を託したんだ。坂本さんの気持ちを無下にしてやるなよ……」
「……あぁ、分かっているさ」
俺は、本土に目を向けた。
『お前も、坂本さんのように……』
「依存……か……」
本当に依存しているのは、あいつらか、それとも――。
島に着くと、明石が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました」
「おう。遅くなって、悪かったな」
「いえ! 準備は出来ていますよ。ささ、早く!」
そう言うと、明石は俺の手を引いた。
歩みを進める度に、明石の長い髪が、まるで犬のしっぽの様に、元気に揺れていた。
家に着き、居間へと向かうと――。
「おぉ!」
クリスマスの時の様に、部屋が飾られていた。
「凄いな」
「えへへ。クリスマスで使ったものがほとんどですが……ほら、これなんかは、ちゃんと、この日の為に作ったものですよ」
「おぉ、本当だ。大変だったのではないか?」
「いえ! ずっと楽しみにしていましたので! 大変だったことと言えば、皆にバレないよう、家に近づけさせなかったことくらいです」
「そうか。しかし、これだけの装飾をしておきながら、皆にはバレなかったってのは……」
「今日は大事な日なので、家には近づかないで欲しいと、皆さんにお願いしておいたのです。当然、理由は訊かれましたが、頭を下げて、何とか理解してもらいました」
「頭まで下げたのか……。なんか、ごめんな……」
「い、いえ! 提督は悪くないです! だって、本当だったら、もっと大勢で祝った方が、楽しかったのだろうと思うんです……。でも……私は……提督と二人っきりが良かったから……。だから……謝らないでください。悪いのは、そんな我が儘を通した、私なんですから……」
そう言うと、明石は反応を待つように、俺を上目遣いで見つめた。
「フッ、今日の主役は、俺なんだぜ?」
「……分かっていますよ。でも、少しはカッコいい事、言ってくれてもいいんじゃないですか?」
「そういうのは、もっと酔ってから言わせてほしい」
「まるで、最初から台詞を用意しているみたいな言い方じゃないですか……」
「素面じゃ言えない言葉もあるってことだ。お前に言いたいこと、伝えたいことがたくさんあるんだ。もっと時間をかけて、伝えたいんだ」
そう言ってやると、明石は少し悔しそうな表情を見せた後、ほんのりと顔を赤くした。
「さて、然るべき言葉を、まだ貰っていないが?」
明石はそっぽを向くと、「言いません」と言った。
「酔ってから言うつもりか?」
「……だって、こんな雰囲気で言いたくないですもん」
「でも、お前にしか言えない言葉だし、お前からしか聞けない言葉だ。いい雰囲気で言おうが、簡単に言ってしまおうが、その言葉の価値は変わらんぞ」
「そうかもしれませんけれど……」
「今、聞きたいんだ。酔っていない状態でさ」
「…………」
「明石」
明石はこちらに顔を向けると、細くなった目で俺を見つめた。
「本当に言って欲しいのですか……? 私の機嫌を取ろうとしているだけとか……」
「別にそういう訳じゃないのだが……。面倒くさい奴だな……」
「そうですよ……。私は、面倒くさい女です……」
再びそっぽを向いてしまう明石。
正直、夕張よりも面倒くさいと思った。
「……分かったよ。こんな雰囲気じゃ、駄目だよな。なら、仕切りなおそう」
「え……?」
「今日はもう帰れ。明日にしよう。皆には俺から事情を説明しておく。だから、バレることはない」
「え……その……」
俺は、本土で貰ったカレーをしまう為、冷蔵庫を開けた。
そこには、明石が作って来たであろう肴と、酒瓶が入っていた。
ラップに包まれたチョコレートもあり――そこには、然るべき言葉と共に、明石の気持ちが添えられていた。
「…………」
「提督……その……私……」
「……悪い。少し、意地悪を言った」
「え……?」
「こういうのさ、慣れていないんだ。だから、ちょっと、いつもの雰囲気にしようと、茶化してしまった。悪かったよ」
「え……い、いや……その……。私の方こそ……」
俺は冷蔵庫を閉め、明石に向き合った。
「提督……」
「こんな雰囲気で悪いが、やっぱり今日、言って欲しい。この日をずっと待っていたのは、お前だけじゃないんだ……。だからさ……」
そう言ってやると、明石は俯き、俺の胸に頭を預けた。
「明石……」
「……本当ですか?」
「え?」
「この日を待っていたこと……。本当ですか……?」
先ほどの面倒くさいモードとは違い、明石の声は――。
「あぁ、本当だよ。少しは信じて欲しいもんだがな」
明石は顔を上げると、困った顔で言った。
「だって、ペテン師じゃないですか。提督ったら」
「フッ、確かに。無理もないか……」
「そうですよ……」
明石は俺の背中へと腕をまわすと、そっと抱きしめた。
「提督……」
「ん」
「お誕生日……おめでとうございます……」
「……あぁ、ありがとう、明石」
明石はしばらく抱きしめていたが、やがて離れると、嬉しそうな、恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「えへへ……やっと言えました」
「俺も、やっと聞けたよ」
『もっと早くお祝い出来たらよかったのにって……。提督の誕生日、もっと早くにできないんですか……?』
そんなに経っていないのにもかかわらず、明石の目は、長年の夢が叶ったとでもいうようにして、輝いていた。
『今日の主役』と書かれたタスキをかけられ、二人っきりの誕生日会は始まった。
「本当は、ケーキでお祝いできれば良かったのですが……チョコレートでご勘弁を……」
「いや、十分だ。バレンタインデー前日でもあるし、ちょうどいい」
明石は隣に座ると、体を密着させた。
「おいおい、飲み食いしづらいよ」
「大丈夫ですよ! 私が食べさせてあげますから! ほら、あーん」
「そういう問題ではないのだが……」
「それに、ほら! 自分で言っているじゃないですか!『今日の主役』って。こんなに主張されたら、こうなるのも当然ですよ!」
「これはお前が……」
「ほーら! いいから! あーん!」
明石の奴、妙にテンション高いな……。
まだ酒が入っているわけでも無いのに……。
「ん……」
「どうです? 美味しいですか?」
「あぁ、美味いよ。だが、自分で食わせてくれ」
「ダメです! ほら、お酒も飲ませてあげます」
「いや! いいいい! それは流石に自分でやる! 絶対零すやつだから!」
そう言うと、明石は自分で酒を飲み始めた。
諦めてくれたのかと、ホッとしていると――。
「んんっ!?」
明石は口づけをすると、俺の口に酒を流し込んだ。
「んぐっ!? お、お前な……!?」
流石にやり過ぎだと――説教してやろうと、明石の顔を見ると――。
「……お前」
明石は顔を隠すように、俯き、頭を俺に預けた。
「……そんなに恥ずかしがるのなら、最初からやるな」
「すみません……。この勢いなら……いけると思って……」
だから、やたらと食わせたがったのか……。
「嫌……でしたか……?」
「そ……ういう訳ではないが……。その……ちょっと驚いただけだ……」
「じゃあ……もう一回してもいいですか……?」
「何故そうなる……」
永い沈黙。
「……分かったよ」
「え……!?」
思わず顔を上げる明石。
その表情は、驚きと期待の色を見せていた。
「ただ……これっきりにしてくれ……。お前とはもっと……こう……ちゃんとしておきたいというか……。今日だって、そういうつもりではなかったはずだろ……」
俺の言葉が耳に入っているのか入っていないのか、明石は唖然としていた。
「明石?」
「あ……は、はい! 分かりました! これっきりにします! ……今日は」
最後、なんか不吉だったが……。
「あの……せっかくしていただけるという事なので……。一つ、お願いがあるんですけれど……」
「お願いって……。今日の主役は俺だろう……?」
そう言ってやると、明石は俺のタスキを奪い、自分にかけた。
「お前な……」
「だ、だって……! 提督が許可してくれるなんてこと……もう無いかもしれないと……思っ……て……」
もう無いかもしれない。
自分で言っておきながら、ショックを受けているようであった。
本当、こいつは……。
「な、なんで笑っているんです!?」
「いや……。なんか、ずーっと、分かりやすいなって思ってな」
「なんですか……それ……」
「して、お願いとは?」
明石はもじもじと手を揉んだ後、小さい声で言った。
「提督から……してくれませんか……?」
「え?」
「提督からして欲しいです……。キス……」
俺から……。
嫌だという訳ではないが……。
まだ願いをきくとは言っていないと、逃げでもいいが……。
「…………」
そんな目で見られてしまってはな……。
「するのに理由が欲しいですか……?」
俺は、心を読まれた気がして、ドキッとしてしまった。
「だったら……おまじないだという事でいかがでしょう……?」
「おまじない?」
「ほら、響ちゃんが言っていたじゃないですか……。元気が出るおまじない……」
『笑顔になるおまじないだよ』
そう言えば、そんなことあったな……。
「おまじないだと言うのなら……しやすくなりませんか……?」
「まあ、確かに……。だが確か、あれは頬にするものだが、それでいいのか?」
少し揶揄うように言ってやったつもりだったが、明石は――。
「むしろ……キス……唇以外にすること、考えていなかったのですか……?」
思わぬカウンターに、俺は赤面してしまった。
「あ……すみません! その……気を悪くしたというのなら……!」
「いや……ちょっと恥ずかしくなっただけだ……。しかし、そうだな……。考えてなかったよ……。その手があったな……」
「ん……」
明石は、タスキを俺に見せつけた。
「……分かったよ」
俺は明石に向き合った。
大きく、綺麗な瞳が、俺を見つめていた。
「じゃあ……するぞ……」
「は、はい……!」
明石は、キュッと目を瞑った。
そんな、これからくる痛みに備えるような……。
しかし、こっちの方が、まだ――。
俺は明石の肩を抱き、そっと口づけをした。
明石はゆっくり目を開けると、俺を見つめ、もう一度目を瞑った。
「――……」
そっと唇を離す。
すると、明石はもう一度、俺に口づけをした。
だがそれは、おまじないよりも深くて――。
「……おい」
「……ごめんなさい。つい……」
謝りながら、明石は、俺を強く抱きしめた。
心臓の音が、伝わってくるほどに。
「ごめんなさい……。私……ドキドキしちゃって……」
小さく震える体。
心臓の音から分かるように、相当緊張していたらしい。
「そうか……」
俺も――だが、優しく、明石を抱き返した。
どうしてそうしたのかは、自分でもよく分かっていない。
ただ、その理由づけになるであろうタスキの文字を見た時、俺もまた、明石を強く抱きしめることが出来た。
それから俺たちは、ロマンスな空気を変えるべく、ひたすら酒を飲み続けた。
「はぁ……酔っちゃいましたよ……。お酒にも、提督にも……」
「何をうまいことを……。俺の誕生日なんだから、お前が俺を酔わせないといけないんじゃないのか?」
「そうですけれど……。提督ったら、ちっとも照れたりしないし……。キスしてくれたのに、その先も無いし……」
「その先って、お前な……」
「私も島を出ることが出来たら……もっと提督に色々してもらえたりするのかな……」
「俺が島の外で変なことしているみたいな言い方やめろ」
「……しているんですか? えっちなこと……。鹿島さんとか……陸奥さんと……」
「してねーよ……」
「はぁ……。私も早く……島から出たいなぁ……」
そう言うと、明石はぽろぽろと涙を流し始めた。
泣き上戸が出て来たな……。
こうなると、本当に面倒くさいんだよな……。
「安心しろ。すぐに出してやる」
「本当ですか……?」
「あぁ。現に、もう12隻も出しているんだ。このままのペースで行けば、すぐだろうよ」
そう言ってやると、明石はそっと、俺に寄り添った。
「提督……早く私を……島から出してください……。私……貴方と同じ時間を生きたいんです……。貴方の事が……好きなんです……」
「明石……」
「私……私……」
明石が重くなって行く。
「お、おい……」
やがて、俺の肩で寝息をたてる明石。
もうちょっと面倒くさくなると思っていたが、まあ、ペースも速かったしな……。
同時に、時計が、日付が変わったことを知らせた。
「終わっちゃったな……」
もちろん、明石は返事をしなかった。
「……ありがとな、明石。最高の誕生日だったよ」
俺はゆっくりと立ち上がると、明石を寝かせ、毛布をかけてやった。
「さて……」
明石の近くに寝転がり、その寝顔を眺めた。
『提督……早く私を……島から出してください……』
すっかり忘れていたが、そうだよな……。
誰よりも島を出たいと思っているのは、お前だったよな……。
『貴方と同じ時間を生きたいんです……』
「俺と同じ時間を……か……」
明石が島を出るということは、全ての艦娘が人化したということであり、俺の第二の人生が始まることでもある。
もしそうなった時、俺は一体、どうなるのであろうか……。
そして、明石は――。
「…………」
とにかく今は、こいつの為にも、駆逐艦との交流を進めなければな……。
響の事もあるし、会話すらしたことがない駆逐艦もいて――大和の事もそうだし――まだまだやることが――……。
考えてゆく内に、それは夢の事のように感じて来て――つまり、俺はいつの間にか、瞼を閉じ、やがて眠ってしまったのだった。
見慣れない銭湯の脱衣所。
しかし、どこか懐かしさも感じる。
『ここは……』
湯上りなのか、体はぽかぽかしている。
客は一人もいない。
『とにかく、出てみるか……』
いつの間にか持っていた木製のキーで靴を取り出し、外へと出てみる。
暗くてよく見えないが、どうやら住宅街に銭湯はあるようだった。
『あれ……?』
聞き覚えのある声。
振り返ると、そこには――。
『明石!?』
『て、提督!?』
明石の手には、入浴セットらしきものが。
なるほど……。
『こりゃ……夢か……』
そうだよな。
明石がこんなところにいるはずないし、俺はさっき、酒を飲んでいて――。
いつの間にか、寝てしまったという訳か。
『夢……。そっか……。さっきまで、お酒を飲んでいて……いつの間にか寝てしまっていたんですね……』
『あぁ、そうだよ。お前、泣き上戸になってさ。飲むペースが速かったから、面倒くさい事にはならずに済んだが……』
『そうだったのですね……。って言うか、もしかして私たち、同じ夢を見ているんじゃないですか?』
『いや……ありえないだろ……。お前は俺の夢の産物だ。まあ、お前からしたら、俺がそうなのだろうけれども……』
『でも……こんなにも会話が成立することって、あり得ます?』
『それは、お前が夢の産物であるからで……いや、やめておこう。所詮は夢だ。自分と会話しているようなもんだし……』
そう言っても、明石は信じていないような表情を見せていた。
『しかし、いくら夢だとは言え、こんなにもはっきりとした夢があるのだな。何だか、匂いまでしてくるし……』
『そうですね……。私、こんな風景、知らないはずですけれど、何だか懐かしいって、思えるんです。何度も見て来たというか……。この靴だって、どうやって下駄箱を開けるのか、分からないはずなのに、なんとなく分かってしまったというか……』
その時であった。
『あ、あれ!?』
俺と明石の体が、『俺たちから抜けて行く』。
――いや、抜けているのは、俺たちのようだ。
まるで、幽体離脱のような――。
『な、なんだこりゃ!?』
『て、提督! 見てください!』
明石の指す方向に、俺たちはいた。
――いや、厳密に言えば、魂の抜けたはずの体が、何やら親し気に話しながら、どこかへ向かってゆく。
『どういうことだ?』
『あ!』
二人は、外灯の前で止まると、そっと口づけをしていた。
『…………』
『…………』
お互い、自分たちの事ではないと思いつつも、何だか赤面してしまう。
『とりあえず、追ってみませんか……?』
『そうだな……』
二人は、何やらイチャイチャしながら、ゆっくりと歩みを進めている。
『ここは、島の外なんですかね? だとしたら、私が知っている外の世界と、あまり変わらないというか……』
『車が空を飛んでいるとか、そういうのを想像していたか?』
『まあ、そうですね……』
そんな事を話している内に、二人は何やら、工房のような建物へと入っていった。
『ここは……』
二階に、明かりが灯る。
その瞬間、俺は――俺たちは、ここがどこであるかを理解した。
『『アトリエ明石……』』
互いに顔を見合わせる。
どうしてその単語が出たのか、お互いに、よく分からないでいるようであった。
『私……知っています……! ここは……私たちの……!』
『あぁ……』
気が付くと、俺と明石は、手を握っていた。
そして、先ほどの二人のように寄り添うと、そのまま工房の中へと――。
強い光に目が覚める。
目の前には、明石の顔があった。
明石もまた、目が覚めたところのようで、キョトンとした顔を見せていた。
「……おはよう」
そう言ってやると、明石は呟いた。
「『アトリエ明石』……」
それを聞いて、俺は、夢を見ていたことを思い出した。
まさか……。
「もしかして……お前も夢を……? あの、銭湯から始まる夢……」
「え……!? ウソ……。もしかして……」
明石は、夢の内容を話し始めた。
全部、俺が見た夢と一致していた。
「マジかよ……。そんなこと、あんのか……?」
「ほ、本当ですね……。まさか……夢の中でも会えるなんて……」
夢の中で会ったかどうかは分からないが、同じような夢を見ていたのは確かなようだ。
「こんな偶然があるのだな」
「えぇ、本当に」
そう言うと、明石は目を瞑った。
「おい、二度寝か?」
「はい。提督も寝てくださいよ。もしかしたら、もう一度、夢を見るかもしれませんよ。そうしたら今度は、提督を好き放題して……」
「馬鹿……流石に起きる時間だ。片づけはやっておくから、さっさと寮に戻れ」
「はーい……」
明石はフラフラとした足取りで、寮へと戻っていった。
「はぁ……」
しかし、かなりリアルな夢だったな。
銭湯といい、町の感じといい……。
何よりも、あの工房……。
アレに感じた懐かしさは、一体……。
「ん……!?」
そういえば、あの後――工房に入った後、俺たちはあの二階で――あの部屋で――。
『せっかくお風呂入ったのに、結局こうなるんですね』
「そうだった……」
明石は覚えていないようであったが……。
そうだった……。
夢の中で、俺と明石は――。
寮の玄関で靴を脱いでいると、漣と朧がやって来た。
「ご主人様、おっはー!」
「おはようございます、提督」
「おう、おはよう」
漣は、俺にしゃがむようせがむと、頭を撫で始めた。
「ご主人様、フラれたからって、いつまでも落ち込んでちゃダメですぞ!」
「お前……いつまでそのノリを続ける気だ?」
鈴谷たちの一件から、駆逐艦たちの間では、鈴谷にフラれた俺を慰める、というのがブームになっていた。
「だってー、落ち込んでるご主人様、とってもカワユスなんだも~ん!」
「別に落ち込んでないし、可愛いか……?」
何故、こんなブームが起きたのか。
それについて、大淀が解説してくれている。
『あれは、母性ですよ。人間にもあるでしょう? おままごとや、お人形遊びをすること。あれは、母性が育ち始めている証拠だと言われています。駆逐艦にも同じことがあるようで、弱い者を慰めたくなっちゃうみたいです』
要するに、駆逐艦たちは、人間がするようなおままごとだとか、お人形遊びをしてこなかった代わりに、俺のようなカワイソーな大人を慰めることによって、母性を発揮させているらしい。
つまり俺は、こいつらに、赤ちゃんか何かに見られているという事だ。
「提督、朧も、よしよししたい……です」
「あ、あぁ……。どうぞ……」
「よしよし」
朧の表情は、慈愛に満ちていた。
「……そろそろいいか?」
「はい! 提督、どんなことがあっても、朧は提督の味方です」
「漣もですぞ!」
「あぁ、ありがとう」
二隻は、何やら満足気な顔を見せると、食堂へと向かっていった。
しかしまあ……なんというか……。
こんなこと、あまり思いたくはないのだが……。
「悪くないぜ……」
食堂へ向かう前に、執務室へと向かう。
すると……。
「お!」
ノートが置かれていた。
大和からの返信だ。
「三日ぶりか。今回は、案外早かったな」
実は、鈴谷たちの一件が解決してすぐに、大和から返信があった。
どうやら、ゴタゴタが落ち着くまで、返信を待ってくれていたようであった。
「『海辺で、外国からの物とみられる漂流物を見ました』か……。どの辺りの事を言っているのだろうか?」
返信の内容は、いつもこんな感じだ。
『○○を見ました』だとか、『○○に行ってみました』とかだ。
その度に、俺は、同じ場所を探し、足を運んだ。
大和も同じようで、俺の書いた場所へ、足を運んでいるようであった。
「埋まって来たな、ノート」
俺は、大和の真意に気が付いていた。
どうしてそんな回りくどい事をするのかは、まだ分かっていないけれど……。
それでも――。
『お前もここで、この景色を見ていたんだな』
返信にあった場所へ向かう度に、大和の存在が感じられた。
それはきっと、大和も同じなのだろう。
言葉を交わさずとも、顔を合わさずとも、俺たちは確かに、お互いの存在を感じていた。
朝食を済ませ、執務室へ戻ろうとすると――。
「雪が降っているわ!」
暁の声に、皆一斉に、窓の方へと駆けていった。
「雪か……。この時期でも、まだ降るんだな」
「積もらなければいいのですが……」
そう言ったのは、大淀であった。
「雪かきが大変なんです。物資の運搬にも影響がありますし……」
「なるほどな……。しかし、大丈夫だろう。このくらいの雪であれば」
「だといいのですが……」
そんな事を言いながら、呑気に雪を眺めていたが、少し目を離した隙に吹雪いてしまい、気が付いた時には、外は真っ白になっていた。
それからも、雪は止む気配を見せず、ようやく落ち着いたのは、夕食の後であった。
「ようやく弱まって来たか……」
「足が埋もれてしまうくらいには、積もっていますよ」
「マジか……。靴、びちゃびちゃになるな……。長靴とかおいていないか?」
「あるにはあるのですが……。提督の足は大きいですから……」
艦娘用のしかないって訳か……。
「仕方ない……。濡れて帰るぜ……」
そう言うと、大淀は何か言いたげに、もじもじとし始めた。
「どうした?」
「あ、いえ……。その……。宜しければ、寮に泊っていったらどうです?」
「え?」
「この積雪ですし……。元々、出向してきた方たちは、寮に住んでいましたので、その用意はあるのですけれど……」
様子を窺うように、俺を見つめる大淀。
そうか……。
「そう言えば、親父もそうだったな」
そう言ってやると、大淀は慌てた様子を見せた。
「そ、そのようなつもりは……!」
「いや、いいんだ。むしろ、大丈夫なのか? 他の連中が嫌がりそうなものだが……」
「それについては、問題ないかと」
大淀の指す方向に、目を輝かせる駆逐艦たちがいた。
「司令官、寮に泊まるの!?」
「ご主人様! 漣のお部屋でワンナイトしましょう!」
「ワンナイトってお前……」
「提督。朧も、ワンナイトしたい……です」
こいつら、ワンナイトの意味分かってんのか……?
「ほらね?」
大淀は何故か、得意げな表情を見せていた。
「司令官!」
「ご主人様!」
「提督」
駆逐艦たちがワーワー騒ぐ中、どさくさに紛れて――。
「……何してんだよ? 明石……」
「え、えへへ……」
結局、何故か皆と食堂で眠ることになった。
「どうしてこうなったんだ……」
「仕方ないですよ。皆さん、提督とワンナイトしたかったんですから」
「誤解を招く言い方をするな……」
「まあでも、提督の事が好きでなくとも、非日常的な事が好きな方々ですから。ほら、あそこ」
大淀の指す方向に、なんと、潮や曙、霞に大和に――というより、全員が参加していた。
「大和まで参加しているのか……」
「この際ですし、近くに布団を持って行ったらいかがです?」
「馬鹿言うな……」
しかし、どういう風の吹き回しだろうか。
少しは、俺を信用してくれたという事なのか……。
「ご主人様! 漣の隣、空いてますよ!」
「朧の隣も、空いてます」
漣と朧の間に、俺の布団が入るだけのスペースが用意されていた。
まあ、一番安全な場所というか、他はちょっとな……。
「邪魔っ!」
俺を押しのけたのは、曙であった。
曙は、漣と朧の間に布団を置くと、潮をそこに寝かせた。
「ちょっと、ぼのぼの~。ここは漣とご主人様のサンクチュアリになる場所ぞ」
「馬鹿なこと言わないで……! あたしたちが守らないと、誰が潮を守るのよ……!?」
そう言うと、曙は俺を睨み付けた。
「随分だな。まるで、俺が潮に何かしたみたいな言い方じゃないか」
「したようなものよ! 漣たちはどうか知らないけど……あたしはあんたを信用していないから……!」
初絡みなのにもかかわらず、随分な言い草だ。
過去に、人間に何かされたという事だろうか。
「お前も同じなのか? 潮」
潮はビクッと体を強張らせると、怯えるように小さくなった。
「潮に話しかけんな! クソ人間!」
「クソ人間って……。口が悪いな……お前……」
「いいからあっちいけ! 潮に近づくな!」
まるで、威嚇する犬のように吠える曙。
こんなにも嫌われると、この島に来たばかりの事を思い出すな。
「分かったよ。怖がらせて悪かったな、潮」
「だから話しかけんな!」
曙に押され、俺はサンクチュアリを追い出された。
「素敵な交流が出来たじゃないですか」
大淀は嬉しそうにそう言った。
「あぁ、おかげさまで。しかし、そんなに守りたいのなら、参加しなければよかったのにな」
「部屋に一人で居るよりも、安全だと判断したのでは? 男はオオカミだって言うじゃないですか。尤も、提督はオオカミと言うよりも、去勢された犬と言った方が正しいかもしれませんけど」
「……お望み通り、オオカミになってもいいんだぜ?」
「私、肉は少ないですよ?」
「かなり好みだ、と言ったら?」
大淀は一瞬、視線を逸らした。
「一緒に寝るか? 赤ずきんちゃん」
「お腹に石を詰めますよ?」
「普通に怖いよな、それ」
大淀は笑うと、「私は遠慮しておきます」と言って、俺の背後を指した。
「ししし、司令官! あ、あのね……その……」
「提督、隣いいですか?」
「私も、いいかしら?」
「提督、私も……」
敷波、明石、夕張……鳳翔まで……。
「隣は……流石にな……」
最終的に、俺を中心に、円で囲むように眠ることで落ち着いた。
……俺は落ち着けないが。
「では、消灯しますね」
皆の「おやすみなさい」という声と共に、明かりは消えた。
だが、皆の話し声が止むことはなく、当然、俺も皆から話しかけられることになった。
「提督。提督って、好きな人、いるんですか?」
まるで、修学旅行に来た気分だぜ……。
しばらくすると、どこからか寝息が聞こえて来て、配慮するように、皆黙り始めた。
そして、寝息の数が増えて行き、やがて静かになった。
「やっとか……」
正直、こんな状況で眠れる気がしない。
やたらと寒いし、何よりも落ち着かない。
「んぅ……そこは……んっ……」
鳳翔の寝言か。
やたら色っぽいな……。
いかんいかん……。
さっさと眠らなければ……。
しかし、そう思えば思うほどに、時間は過ぎて行く。
これは、逆に起きていた方が良いのでは? と思い始めた時であった。
「……?」
誰かが起き上がったのか、遠くで影が動いた。
起こさない様にそろそろと歩いてくる。
――こちらの方に。
トイレに起きて来た……というには、方向が違う。
俺は寝たふりをし、細い目でそいつの行方を追った。
そいつは俺の前で止まると、しゃがみ込み、俺の顔をじっと見つめていた。
暗くてよく見えないが、小さな影であるところを見るに、駆逐艦の誰かであるようだが……。
「ねぇ……起きてる……?」
俺にしか聞こえないような小さな声で、語り掛ける。
この声……。
俺はあえて、返事をしなかった。
「寝ているわね……」
そう言うと、そいつは、俺の布団の中に入って来た。
思わず体が反応する。
そいつは動きを止めると、俺の反応を確認し、何もないと知ると、再び布団へ入って来た。
そして、俺の腕に寄り添うと、まるで胎児のように丸まっていた。
俺は恐る恐る目を開けた。
そいつは――霞は、眠るように目を瞑っていた。
どうして霞が、俺の布団の中に……。
しかし……これは……。
布団が徐々に温かくなって行く。
霞の体温が高いせいだろうか。
あぁ、なんだか……。
瞼が重くなって行き、気が付くと俺は、眠ってしまっていた。
『司令官は泳がないのかい?』
『荷物があるからな。それに、お前らが楽しんでいるのを見ているだけで、満足だ』
『本当は泳げないだけなんですよね、提督』
『いや、俺は泳げるけど……。ん? あれ……。ここは……。鳳翔? 響?』
『あら……? ここは……海……? どうして私たち、海に……』
『司令官……』
「響……」
『……っ!』
『あ、待て! 響!』
『綺麗だな』
『ずーっと一人でこの景色を見てました』
『流石に飽きるか?』
『えぇ。でも、提督がここに来てから、ちょっとだけこの星空が好きに……え……?』
『大和……?』
『どうして……貴方が……』
『新築なのに、なんだか古臭い家に仕上がったな』
『趣があっていいじゃないですか。それに、落ち着けそうでいい感じ。あの子たちもいませんし。私のような口うるさい艦娘もいませんよ』
『フッ、逆に落ち着けなさそうだ。それじゃあ、早速、家に行ってみるとするぜ』
『あ……ま、待って……!』
『え?』
『あ……れ……? 提……督……?』
『大淀……。ん? この家……なんだか随分綺麗に……』
『だ、駄目です! 近付いては……!』
『え?』
『行かないで……!『提督』!』
『え?』
『え……? 提督……わ……ひゃあ!?』
『あ、明石! お前……どうして裸なんだよ!?』
『て、提督だって裸じゃないですか!? っていうか、そそそ、その大きくなっているのってぇ……!』
『うぉ!? い、いやいやいや! これは……! っていうか、これってもしかして……』
『あ……これ……。昨日の夢の続き……ですか……?』
『夢の続き……って、お前まさか、夢の事、そのことまで覚えていたのか?』
『お……ぼえていますけど……。い、言えるわけないじゃないですか!』
『ひっ……! 嫌……! 触らないでぇ……!』
『潮に近づくな! クソ人間!』
『違っ! 俺は……! 手が勝手に……!』
『……司令官はさ、他の人とデートするとき、どんなところに行くの?』
『お前はどこに行きたいんだ?』
『……質問に答えてよ』
『今のが質問の答えだよ』
『じゃあ……遊園地行きたい……』
『了解』
『大人になるには、コーヒーを飲まなければいけないの?』
『まあ、そんなところだな。大人になってみるか?』
『うん……。じゃあ……うぇぇ……苦いよぉ……』
『おいおい大丈夫か……って、暁?』
『し、司令官? あれ? ここって……』
『電?』
『はわわわわ!? し、司令官さん……』
『どうした? 何か悩み事か……って、あれ? そんな指輪、していたか?』
『え? これは、司令官さんがケッコンカッコカリしてくれて……あれ?』
『ケッコンカッコカリって……確か、戦時中に……ん?』
『雷ママ……』
『えへへ、もーっと頼ってもいいのよ? なんたって……あれ? 司令官?』
『うぉ!? な、何やってんだ俺は!?』
『とってもかわいいぞ、漣! こっち向いてくれー!』
『やーん! 漣のメイド姿に、萌え萌えキュン! しちゃいましたか?』
『え? いや……そんな趣味は……あれ?』
『あれ? ご主人様……うぇぇ!? 漣、メイドさんになっている!? まさか、漣に催眠をかけて……無理やり!?』
『催眠……?』
『提督は、朧の事、そういう目で見たりしないんですか?』
『そ、そういう目というのは……?』
『こういう事……です』
『なっ!? 朧、そういうのは……って、何やってんだ朧! 早くスカートを戻せ!』
『え……あれ……? 提督……? あ……え……! お、朧……どうしてスカート……ご、ごめんなさい提督……!』
『司令官! 任務完了です!』
『おう、ご苦労であった』
『それで……その……いつものように……なでなで……して欲しい……のですが……』
『フッ、朝潮は甘えん坊だな。どれ、こっちに……って、どこだここ?』
『えぁ……し、司令官……?』
『朝潮……。えーっと……なでなで……して欲しいのか?』
『ぁ……ち、違います! これは……その……』
『ん……』
これは……。
また、何かの夢か……。
しかし、滅茶苦茶な夢だな。
ご丁寧に、島の奴らの夢を見せるなんて……。
『これは、誰の夢だ?』
『これは、山城さんの夢ですよ』
声をかけて来たのは――。
『誰だ……?』
『雪風です。島で見る姿とは、だいぶ違って見えるかもしれませんけど』
確かに、言われてみれば雪風のようではあるが……。
『大人っぽいと言うか……成長した感じだな』
『実際、成長しているんです。あの頃から、ずっと……』
『あの頃?』
『見てください』
雪風の指す先に、寮があった。
俺たちは、少し高い場所から、その景色を見ているようであった。
『あ……!』
寮の窓から顔を出したのは――。
『親父……なのか……?』
『えぇ、そうです。しれえのお父さん、佐久間さんです』
写真で見たことのある親父とは、少し、老けているように見えた。
『山城! 今日は天気が良いぞ! ほら、見てみろ!』
『そうね……』
『最近は天気が悪かったからな。まあ、今日は大丈夫だろう』
『……天気予報を聴いていないの? 今夜から、嵐が来るかもしれないって……』
『そうなのか? そんな感じには見えないがな』
山城はどこか、不安そうな表情を見せていた。
『そんな顔すんな。確かに、お前の言う通り、天災はどうにもならんし、恐ろしいことなのかもしれん。けど、天災からお前を守ることは出来る。ここには俺がいるんだぜ。必ず守って見せる。だから、安心しろ』
佐久間の笑顔は、どこか安心できるものがあった。
『……提督はいつまで、私に関わるつもりなのよ?』
『いつまでって……。お前が自立できるまでだ』
『そんなの……いつになるか分からないじゃない……。提督にだって……人生があるでしょうに……』
『そりゃ、お互い様だろう。お前にも、お前の人生があるはずだ。明るい人生がな』
『それでも……』
山城は、その先を言わなかった。
だが、佐久間は――『俺』には、その意味が分かっていた。
『安心しろ。『それ』までは、お前を守り続けてやる。どんなことがあってもだ』
俺が小指を差し出すと、山城は恥ずかしそうに、自分の小指を絡めた。
『約束だ』
その瞬間、親父の体から、俺は抜けていった。
誰かの泣く声。
蹲り、小さくなっているのは――。
霞……?
声をかけようにも、声が出ない。
触ろうにも、体をすり抜けてしまう。
もどかしい。
『司令官……司令官……』
慰めてやりたい。
声をかけてやりたい。
霞……。
霞……!
『ごめんな……霞……』
涙が頬を伝う。
それは、俺の涙ではなかった。
だが、確かに、温かい涙であった。
俺の顔に、誰かが何度も影を落としている。
「んん……?」
目を開けて見ると、皆が俺を覗き込んでいた。
「んぉあ!? な、なんだぁ……?」
慌てて飛び起きると、皆がおかしそうに笑っていた。
「んぉあ! だって!」
味噌汁の匂い。
時計は、朝食までのカウントダウンを残り僅かとしていた。
どうやら俺は寝過ごし、皆に観察されていたようであった。
「しまった……」
「ねぇ聞いて司令官! 暁ね、司令官の夢を見たのよ!」
「私も見たわ! 司令官ったら、あんなに甘えて……」
皆も同じなのか、自分が見た夢を一斉に話し始めた。
よく覚えていないが、俺も似たようなものを見た気がする。
確か、この島の艦娘達は全員――いや……全員ではなかったな……。
一隻だけ、夢に出てこなかった。
その一隻に目を向ける。
そいつは、盛り上がる皆の後ろで、ただじっと、その背中を見つめていた。
夢の事は、朝食時にも話題に上っていた。
「私も見ました。夢の中で、私は提督のお嫁さんで、子供に響ちゃんがいて……」
「漣も見ましたよ! ご主人様ったら、あんな趣味があったのなら、言ってくれれば良かったのに」
「朧も見ました。内容は……言えません……けど……」
「あれあれ~? おぼろん、もしかして、えっちな夢をみちゃったのかにゃ~?」
「ち、違う……! 違いますからね? 提督……」
「あ、あぁ……分かっているよ」
朧の狼狽える顔、初めて見たな……。
しかし、そうか……。
明石の時もそうであったが、どうやら皆、俺と同じ夢を見ているようだ。
という事は、大和達も同じ夢を……?
そう思い、大和に目を向けた時、ふと、潮と目が合った。
潮は体を強張らせ、顔を青くした。
そう言えば、潮が出てきた夢では――。
「う……うぉぇ……」
突如、潮が嘔吐してしまった。
「潮!?」
透かさず、曙が処置にあたる。
「お、おいおい……」
皆と共に、近づこうとすると――。
「来んな! クソ人間!」
叫んだのは、言わずもがな。
「あんたのせいだ……! あんたのせいで、潮は……!」
曙の気迫に、俺は思わず後退りしてしまった。
「あ……明石……潮の面倒を見てやってくれ……」
「は、はい! 潮ちゃん……口、ゆすぎに行きましょう……?」
去り際、曙は俺を睨み付けた。
しかし、その表情は、どこか複雑そうなものを見せていた。
「提督……潮さんとなにかあったのですか……?」
「いや……何もない……。ただ、食事中に目が合っただけで……」
「目が合っただけ……」
そう呟いたのは、漣だった。
「漣……もしかして、潮って……」
「うん……。やっぱりまだ、駄目だったみたいだにゃ……」
何やら事情を知っていそうな二隻。
だが、とりあえずは……。
「掃除しなければな……」
食後、漣たちは潮の元へと去ってしまった。
「事情を聞こうと思っていたのだがな……」
仕方がない。
大淀辺りにでも聞こうと、周りに目を向けると――。
「…………」
一隻だけ、まだぼんやりと食事している奴に目が行った。
皆、もう食べ終わって席を離れているのに、そいつだけは――。
「声、かけてあげて……」
そう呟いたのは、山城であった。
「あの子だけ……貴方の夢を見なかったようなの……。貴方はどうなの……?」
やはりそうか……。
「俺も見なかった……。残念ながらな……。すると、お前も俺の夢を……?」
山城は何も言わなかった。
「……夕張を突き放すようなことを言ったり、鈴谷と俺をくっつけようとしたり、お前は一体、何がしたいんだ?」
山城は俯くと、どこか寂しそうな表情を見せた。
「山城……?」
「……別に。気まぐれよ……」
そう言うと、山城は食堂を後にした。
気まぐれ……か……。
「さて……」
俺は、俺の夢を見れなかった奴の、前の席に座った。
「よう」
「あ……ごめんなさい……。すぐ、食べちゃうから……」
「別に、いいよ、ゆっくりで……」
「うん……。ごめん……」
夕張はゆっくりと飯を口に運ぶと、すぐに箸を置いてしまった。
「……そんなに落ち込むことか?」
「……何がよ?」
「俺の夢、見れなかったことだ」
「貴方だって、見なかったんでしょ? 私の夢……」
「正確には、お前の夢だけ見なかった。不思議な事にな」
夕張は退屈そうに、茶碗に残った麦飯を見つめていた。
「たかだか夢だろうに」
「されど夢、よ……」
俺が口を開こうとすると、夕張は重ねるように言った。
「面倒くさいでしょ? 分かっているわ。だから、何も言わなかったのに……」
「そんなに露骨に落ち込まれちゃ、放っておけねーだろ」
「いいわよ。放っておいて……。そうやって心配かけてしまう方が、私にとっては辛い事だから……」
鈴谷の一件から、夕張はあまり、俺に絡まなくなった。
パートナーとして、なんて言ってはいたものの、やはり、自分が絡まない方が、俺が苦労しないと、分かっていてのことなのだろう。
「夢、どんなの見たの……?」
「色々見たよ。よく覚えていないのもあるけど、思い出したくないものもあるし、思い出したらいけないものもあった」
「それって、誰かとセックスする夢とか?」
俺は、何も言わなかった。
「良かったわね。夢精しなくて」
「夢精なんて、したことないけどな。都市伝説だと思っているくらいだ」
「そうなの?」
「あぁ。他の男は知らんが、俺はしたことがない」
「溜まり過ぎて、勝手に出てきそうなものだけれど……」
「確かに……って、朝から汚い話題だぜ……」
「本当」
そう言うと、夕張は笑顔を見せてくれた。
「あーあ……。私も見たかったな……。貴方の夢……」
「夢の中まで来られたら、寝覚めが悪そうだ」
「何よそれ……。夢の中だったら、なんでもしてあげられるんだから。貴方の望みは何よ? 次、夢に出たらしてあげるわよ?」
「そうだな……。さっさと飯を食ってもらう事かな。でないと、俺が鳳翔に怒られる」
「欲のない男ね……。だから夢精もしないのかしら……」
「どういう意味だよ?」
「空っぽって事よ」
夕張は箸で、俺の下腹部を指した。
「……下品な女だ。さっさと飯を食っちまえってんだ」
俺が席を立つと、夕張はどこか嬉しそうに食事を始めた。
「フッ……ったく……」
執務室で待機していると、大淀と明石、漣と朧もやって来た。
「明石、潮の様子はどうだ?」
「今は落ち着いています。しかし……」
明石は、大淀を見た。
何か、言いにくいことがあるといった様子だ。
「……どうやら潮さんは、提督を怖がっているようでして」
「俺を怖がっている……か……」
確かに、目が合った時、潮は――。
それに、もし、あいつも、俺と同じ夢を見ていたというのなら――。
「ご主人様……」
「漣。お前、何か知っているな?」
そう訊くと、漣は黙り込んでしまった。
「私が説明します……」
そう言ったのは、大淀であった。
「お二人とも、ありがとうございました。後は、私が……。明石……」
明石は、二隻を連れて、部屋を出ていった。
「何か……あったんだな……。過去に……」
「……この事は、潮ちゃんの為にも忘れるつもりでした。でも、こうなってしまった以上、提督にはお話ししなければいけません……」
覚悟をもって聞け、という訳か。
「聞かせてくれ……。何が……あったのかを……」
大淀は思い出すかのように目を瞑ると、静かに語り始めた。
「潮さんは過去に、この島に来た男の人に、襲われたことがあるのです……」
残り――18隻
――続く