不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第19話

ノートに書かれていた通り、サザンカは咲いていた。

 

「あ……」

 

近くに、大きな足跡。

その隣には、小さな足跡も――。

 

『サザンカもまた、立派に咲いていたよ』

 

あの人が、私の真意に気が付いたかどうかは分からない。

けれど――。

 

『――貴女はここに居たんだって。言葉はなくても、いつだって、こうやってお互いを感じていた。そうでしょう?』

 

もし、貴方もそうなのだとしたら、私は――。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

鈴谷たちが島を出て、一か月が経った。

 

「はい、提督さん! 一日早いですけれど……バレンタインデーのチョコです!」

 

「おう。ありがとう、鹿島」

 

俺と鹿島は、本部敷地内にある公園に来ていた。

 

「その……バレンタインのチョコって……もう誰かに貰ってたり……」

 

「いや、鹿島が初めてだよ」

 

「ほ、本当ですか!? えへへ。良かったぁ。実は、一番に渡せるようにと、『TMD』を今日に指定したんです!」

 

『TMD』とは、『提督(T)を独占(M)できる日(D)』というものらしく、本土へ戻ってきた俺と二人っきりになりたいという奴らが、喧嘩にならないよう、スケジュールで独占できる日を管理する仕組みだ。

無論、俺はそんなものが出来ているとは知らず、半ば強制的に二人っきりの時間を過ごすことになっていた。

 

「本当は、もっと早くに二人っきりになりたかったのですが……今日、この日、一番にチョコレートを渡したくて……。ずっと我慢していたんです……」

 

確かに、TMDが始まってから、まだ一度も鹿島と過ごしたことはない。

二人っきりになりたいと、あんなに言っていたのにもかかわらず、だ。

 

「なるほど、そういう事だったのか」

 

「ですから、今日はいっぱい、提督さんに構ってもらいますから、覚悟してくださいね? うふふ」

 

「あぁ、任せておけ」

 

そう言ってやると、鹿島は嬉しそうに、俺の手を握った。

 

 

 

敷地内には、元艦娘とその関係者以外立ち入り禁止のエリアが設けられていた。

 

「本当に、誰もいなくなってしまいましたね」

 

社会へ出ていない元艦娘との接触は、特別許可がない限り禁止されている。

だが、遠目に見ることは禁止されていなかったこともあり、ここ最近はずっと、野次馬が集まっていた。

皆は何も言わなかったが、見られていることにストレスを感じているようであったし、誰かは特定できていないが、陸奥に告白した奴もいるらしい……。

 

「まあ、こうなって当然だ。お前たちも、外出しやすくなっただろ?」

 

「えぇ、まあ……。ですが、こうも静かだと、何だかちょっとだけ……寂しい感じもしますね」

 

「島は賑やかだったからな。まあ、こっちもすぐに、賑やかにしてやるよ」

 

「ふふ、次は誰が来る予定なんです?」

 

「そうだな……。まだはっきりとはしていないが、駆逐艦の誰か、だろうな。噂によると、島の外に興味を持ち始めている奴がいるらしい」

 

「なるほど……。しかし、そうなると大変ですね。敷波ちゃんや雪風ちゃんはいいとしても、第六駆逐隊、第七駆逐隊は、島を出るにしても、全員で、という形でしょうから……」

 

鹿島はその先を言わなかったが、どうしてそれが大変な事なのかは、分かっていた。

第六駆逐隊には響がいる。

俺の正体を明かしてから、響とは交流が出来ていない。

あいつも俺を避けているようだし、簡単にはいかないだろう。

そして、敷波と雪風を除いた、残る駆逐艦……。

第七駆逐隊と、朝潮・霞コンビだ。

漣、朧、朝潮は、俺に心を開いてくれているようだが、第七駆逐隊の曙・潮、霞に関しては、響と同じように、俺を避けている様子であった。

曙と潮が島を出る気が無ければ、第七駆逐隊は島に残ってしまう。

朝潮もまた、霞が一緒でなければ、島を出ないだろう。

 

「まあ、大変だろうが、何とかするさ。今はそれよりも、お前との時間を楽しむことにするよ」

 

そう言って笑顔を見せてやると、鹿島は目を細くした。

 

「そんなクサイ台詞、どこで覚えたんですか?」

 

「え?」

 

「島に居た時の提督さんは、そんな台詞、言いませんでした……」

 

「い、嫌だったか?」

 

「いえ……。なんというか……こなれてきたというか……。皆さんと二人っきりでデートするうちに、そんなことを覚えちゃったんだなぁって……」

 

唇を尖らせる鹿島。

なるほど、そういう事か。

しかし……。

 

「えーっと……どういう事だ?」

 

わざととぼけて見せたが、鹿島は分かっているのか、深くため息をついた。

 

「こんなことなら、もっと早くに、二人っきりになった方が良かったのかもしれませんね……」

 

「す、すまん……?」

 

困惑する俺に、鹿島は悪戯な笑顔を見せた。

 

「ふふ、冗談ですよ。でも、誰にでも見せるような笑顔で、適当にあしらうのは止してください」

 

「あ、あぁ……努力するよ」

 

「努力したら駄目なんです! もっとこう、自然な笑顔で!」

 

「自然な笑顔……」

 

「ほら、山風さんには見せていたじゃないですか。自然な笑顔」

 

山風に見せていた笑顔……。

どんな笑顔だ……?

思い出そうとしていると、鹿島が足を止めた。

 

「ん、どうした?」

 

「いえ……。その……前から訊こうと思っていたのですが……。山風さんって……本当はまだ、提督さんの事が好きなのかなって……。そして……提督さんはその気持ちに気が付いていて、提督さんもまた……山風さんの事が……好きなのかなって……」

 

そう言うと、鹿島は俯いてしまった。

テンションの落差に寒気を感じながら、俺は真剣な表情で鹿島に向き合った。

 

「山風さんと過ごすうちに、どうして提督さんが山風さんを好きになったのか、なんとなく分かってきたのです。今の山風さんは、私の知っている頃とは、まるで別人のようで――とってもいい人ですし、美人で可愛くて――。何よりも、提督さんの事を凄く慕っていて――提督さんもまた、山風さんを信頼しているようで――山風さんにしか見せない表情もあって――それは、山風さんも同じで――……」

 

語れば語るほどに、声のトーンが下がって行く。

それと同じように、頭の位置も――。

 

「……正直に言いますと、私は、山風さんの事を甘くみていました。いくら提督さんが好きになったとは言え、山風さんには負けないだろうって……。鹿島が人化すれば、きっと、提督さんは……って……」

 

「鹿島……」

 

「……ダメですよね。こんな事を思っちゃうなんて……。私は、そんな疚しい気持ちで島を出た訳じゃないのに……。でも……」

 

鹿島は顔を上げると、顔を真っ赤にさせながら、言った。

 

「やっぱり……好きなんです……。貴方の事が……」

 

この時、俺がどんな顔をしていたのかは分からない。

だが、鹿島は――。

 

「――それですよ」

 

「え?」

 

「鹿島にしか見せない表情。その顔が、欲しかったのです」

 

鹿島は辺りを確認すると、近づき、そっと口づけをした。

 

「……俺にその顔をさせる為に?」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

鹿島は舌をペロッと出して見せると、俺の腕を抱きしめた。

 

「お前は……」

 

「うふふ、ごめんなさい。でも、言ったことは嘘じゃないですからね?」

 

「それは……『どっちのこと』だ……?」

 

「どっちだったらいいですか?」

 

俺が答えられないでいると、鹿島は嬉しそうに笑った。

 

「良かった。誰とデートしても、結局、提督さんは提督さんのままでしたね」

 

「それも――……いや、訊かないでおこう……。その方が、お前好みなのだろうしな」

 

俺なりの抵抗であったが、その抵抗もまた、鹿島好みであったらしく、より一層笑顔にしてしまったのであった。

 

 

 

夕方。

鹿島と共に寮へ向かう道中、島風と天津風に会った。

 

「提督!」

 

「おう。何してんだ? こんな所で」

 

「島風の走りのタイムを計っていたのよ」

 

「なるほど。して、どうだったんだ?」

 

そう訊いてやると、島風はしょんぼりとした表情を見せた。

 

「人間の足……とっても遅いの……。見てて……」

 

そう言うと、島風は走り出した。

島で見たものとは違い、それはとても平凡な速度であった。

 

「はぁ……はぁ……。ね……? 遅いし、すぐ疲れるし……。おまたから血が出るし……。すぐ太るし……。人の体って、とっても不便……」

 

「そうか……」

 

俯く俺の気持ちを察してか、天津風が口を開いた。

 

「でも、推定年齢近くの人間と比べたら、島風の走りはトップクラスなのよ。決して遅い訳じゃないわ」

 

「そうかもしれないけれど……」

 

「それに、生……貴女が言ったことは全部、体が成長している証拠よ。そうなれば、もっと足が速くなるし、この人ももっと、貴女の事が好きになるんじゃないかしら?」

 

そう言うと、天津風は俺を見た。

島風はそれに、何やら焦りの表情を見せていた。

 

「あ、天津風……!」

 

「あら、貴女にも羞恥心があったのね」

 

「何の話だ?」

 

「あのね、島風ったらね?」

 

「わー! わー! わー! ダメダメダメ! 言っちゃ駄目ー!」

 

「ふふ、分かったわよ」

 

「おいおい、なんだ? 気になるじゃないか」

 

「ダメ! 内緒の話! もう! 行くよ、天津風!」

 

「あ、ちょっとぉ!」

 

島風は天津風の手を引いて、寮へと戻っていった。

 

「もうすっかり仲がいいんだな、あいつら」

 

「えぇ。天津風さんも、毎日楽しそうです。これも全部、提督さんが導いた結果なんですよ?」

 

それは、称賛というよりも、どこか慰めのように聞こえた。

 

「……あぁ。あいつらが喜んでくれているのなら、良かったよ……」

 

鹿島は俺の手を握ると、そっと寄り添った。

 

「私も幸せです。ですから……」

 

「あぁ……悪かった。せっかくのデートなのに、こんな顔、してちゃいけないよな」

 

「そうですよ! いい男が台無しですよ?」

 

鹿島は俺の顔を指で突くと、ニコッと笑った。

いい男、か……。

 

「さて……。名残惜しいですが、私たちも帰りますか」

 

「ん、鹿島」

 

「はい?」

 

「ここからは、少しだけ、ゆっくり歩かないか?」

 

その理由は言わなかった。

言わずとも、伝わると知っていたからだ。

 

「流石は、いい男ですね」

 

「相手がいい女でなければ、こんなクサイ台詞、言わないさ」

 

そう言ってやると、鹿島は顔を赤くして、唇を尖らせた。

 

「さっきの仕返しですか……?」

 

「お前の好みに付き合ったんだ。俺の好みにも付き合ってほしいと思ってな」

 

鹿島は少し悔しそうな顔を見せると――いや……。

 

「なんだ、その表情? 初めて見るぞ」

 

その表情について、鹿島が何かを言う事はなかった。

 

 

 

寮に入り、出迎えてくれたのは――。

 

「あれ?」

 

「おっすー、雨宮君」

 

「北上? と、秋雲か……」

 

「あ、あれ? なんか今、秋雲さん、ガッカリされてなかった?」

 

北上と秋雲は、いつもの外行きの格好ではなく、部屋着のような、ラフな格好であった。

 

「どうしたんだ? こんな時間までいるなんて、珍しい」

 

そう言ってやると、北上と秋雲は、互いに顔を見合わせ、笑っていた。

 

「んー、そうねぇ……。どうしてだと思う?」

 

「え?」

 

「正解したら、秋雲さんがいいものあげちゃう~」

 

「いいものって……。まさか……」

 

秋雲が粘度のある笑顔を見せると、山風が頭を叩いていた。

 

「ちょ、まだ何も言ってないじゃないっすか!?」

 

「どうせ、碌なものじゃないんでしょ……。ごめんね、雨宮君。実は、北上さんと秋雲は、今日から『指導艦』として、この寮に住むことになったの」

 

「『指導艦』?」

 

「うん。この前、決まったことでね? これから、島を出る艦娘が増えることを見越して、常に社会的常識を指導できる者が必要だってことになったの」

 

「それで選ばれたのが、普段から出入りしていた、あたしと」

 

「秋雲さんって訳。あと、山さんもね」

 

「そうであったのか……」

 

全く知らなかった。

どうして海軍は、こういった大事なことを教えてくれないんだ……。

 

「これでいつでも会えるね、雨宮君」

 

「あぁ、そうだな」

 

「秋雲さんもだよ、雨宮君。手入らず同士、密室、7日間。何も起きないはずがなく……。秋雲さんの部屋は、いつでも鍵を開けておくからさぁ……ね……?」

 

「秋雲っ!」

 

「ヒェ~w」

 

「もう……」

 

呆れる山風。

だが、秋雲と一緒に住めることが嬉しいのか、複雑な表情を見せていた。

 

「少しは騒がしくなりそうじゃないか、鹿島」

 

「えぇ、本当に」

 

鹿島は本当に嬉しそうな表情を見せていたが、秋雲の放った一言で、一変した。

 

「と、いう訳で! 晴れて秋雲さんも、『TMD』に参加できることになりましたー! イエーイ! デートっ……! デートっ……! デートっ……! 圧倒的デートっ……!」

 

盛り上がる秋雲に対し、皆の表情はどこか――いや、そう見えるのは、俺が自惚れているだけなのかもしれない。

 

「……秋雲さんは『指導艦』ですから、その権利はないものかと」

 

「『指導艦』だからこそあるんでしょうがァ~~~! 艦娘と多く関わる雨宮君の意見は、わっしら『指導艦』(三大将)には貴重だからねェ~~~……」

 

「だからと言って、意見を聞くのに、わざわざ『TMD』を使わなくても……」

 

「お~~~……鹿島さん。秋雲さんに雨宮君が取られるの、コワイねェ~~~……」

 

「別にそういうことでは……」

 

「"光" の速度で男を奪われたことはあるかい」

 

何やら独特の言い回しで煽る秋雲。

あれも、何かのネタなんだろうな……。

鹿島には伝わっていないようだが……。

山風は分かるのか、呆れた表情を見せていた。

 

「はーい、はいはい! そこまでだよ二人とも。これから一緒に生活していくんだから、喧嘩はよしなってー」

 

北上にそう言われ、鹿島は唇を尖らせながら、引き下がった。

秋雲は何故か、勝ち誇った表情を見せていた。

 

「悪いな、北上」

 

「いいっていいってー。それよりもさー、この二人よりも、あたしにしときなよ。色々サービスするし、NGもないしさー。あ、なんなら、大井っちも一緒に交ぜてヤッちゃうとかどうよ?」

 

「「北上さん!」」

 

叫んだのは、山風と鹿島であった。

 

「冗談だってばー。ま、そういうのは後にやるとして……。雨宮君、今日は夕飯、こっちで食べるんでしょ? 皆、バレンタインのチョコの代わりに、カレーつくっているよ。早く食堂へ行ってあげなよ」

 

「そうであったか。なら、早く行ってやんないとな」

 

「そうそう。ほら、皆も。早くしないと、雨宮君の席の隣、奪われちゃうかもよー?」

 

北上がそう言うと、皆はそそくさと食堂へと向かっていった。

 

「流石は指導艦だな」

 

「まーね。こう見えてもあたし、学校の先生だったからさ。あの手の相手は慣れたもんよ」

 

「そうだったのか。じゃあ、先生を辞めて、ここに?」

 

「うん。大井っちが島を出たら、こうするって決めていたんだ。だって、考えてもみてよ。あの大井っちだよ? 普通の人じゃ、絶対、手に負えないでしょ? あたしが傍に居ないと、何をするか分かったもんじゃないよ」

 

まあ、確かにそうかもしれないが……。

案外、辛辣な事を言うのだな……。

 

「それに、思ったんだ。大井っちが島を出ることがあったら、それはきっと、『提督』みたいな人の仕業だろうって。あたしはもう一度、そういう人に会ってみたかったんだ。一緒に、仕事をしてみたかったんだ……」

 

北上はじっと、俺の顔を見つめていた。

 

「あたしはさ……雨宮君と出会えて、本当に良かったって、思っているよ。大井っちにも再会できたし、皆も、とっても幸せそうだしさ……。本当に感謝している……」

 

「フッ……なんだよ、急に」

 

「んー……。なんだろうね? なんか、急に感謝したくなったっていうかさ……。こういうのは、あたしらしくないって、分かってはいるんだけれど……。雨宮君には、あたしの気持ち、知っておいて欲しいんだよね……」

 

そう言うと、北上は顔を赤くした。

 

「まー……なんてーの? そんな感じ! あーあ、なんか、お腹空いちゃったよー。雨宮君、早く食堂へ行こう?」

 

「……あぁ」

 

北上は、俺に親父を見ているのだろう。

親父とは出来なかった事。

親父としたかった事。

口には出さなかったが――或いは、本人にも自覚が無かったのかは分からないが――。

 

「…………」

 

北上はきっと、本気で親父の事を――。

 

 

 

カレーは、大変美味であった。

 

「おっと、もうこんな時間か……。そろそろ帰らなければ……」

 

皆が一斉に、残念がる声を上げてくれた。

 

「もう行ってしまうのか……? 提督よ……」

 

「あぁ、悪いな、武蔵。本当はもっと話したかったのだが……」

 

寂しそうに俯く武蔵。

島で見せていた威厳は、もはや消えていて、まるで寂しがる犬のようであった。

 

「そんな顔をするな。またすぐに会えるさ。次のTMDは、お前が相手なんだろ?」

 

「そうだが……。あと一週間もあるぞ……」

 

そう言う武蔵に、俺は思わず笑ってしまった。

 

「すまん。あまりにも可愛い事を言うもんだと思ってな。本当、丸くなったな、武蔵」

 

「……貴方の前でだけさ」

 

「そういうのは、次の、二人っきりで会った時に見せてくれ。ほら、皆も不思議そうにお前を見ているぞ」

 

そう言ってやると、武蔵は顔を真っ赤にさせ、恥ずかしそうに皆に言い訳を始めていた。

 

「提督」

 

「鈴谷、熊野」

 

「相変わらずの人気っぷりだね。鈴谷たちも話しかけようと思ったんだけれど、中々近づけなかったんだよね」

 

「そうであったか。悪かったな」

 

「ううん。あのね、今度、鈴谷たちもTMDに参加することになったんだ」

 

「え!?」

 

「ご心配なく。鈴谷とわたくし、提督の三人で、という事になりますわ」

 

……だよな。

ったく……ビビったぜ……。

 

「なるほど……。しかし、どうしてTMDに?」

 

そう訊くと、二人は顔を見合わせ、ニコッと笑って見せた。

 

「わたくしたちも、貴方という人をもっと良く知りたいと思いましたの」

 

「俺を?」

 

「そっ! 思えば、鈴谷もまだ、提督の全てを知った訳じゃないしさ。島で過ごした時間も、作戦の内だったじゃん? だから、もっとしっかり、知りたいなって!」

 

どうしてそう思ったのかを知りたかったのだが、二人はその理由について、深く語ることはなかった。

いや、案外、誰かの事を知りたいという気持ちに、深い意味なんてないのかもしれないな。

 

「そうか……。俺も、同じ気持ちだ。もっとお前らの事を知りたい。もっと、仲良くなれたらって、思っていたんだ」

 

そう言ってやると、鈴谷と熊野は、嬉しそうな表情を見せてくれた。

 

「おっと……そろそろ……。じゃあ、みんな! また一週間後に! カレー、ありがとうな! とても美味しかった!」

 

別れを惜しむ声に後ろ髪を引かれつつ、俺は鈴木の待つ船へと向かった。

 

 

 

鈴木はやはり、缶コーヒーを俺に渡してきて、途中で船を停めた。

 

「それ、カレーか?」

 

「ん、あぁ。あいつらが作ってくれてな。食いきれないからと、持たされたんだ」

 

「なるほど。それにしても、お前って本当、艦娘に好かれるよな。聞いたぜ?『TMD』ってお前……」

 

「あぁ。『独占』と『日』が英語なんだから、『提督』も『A』にすれば良かったのにな」

 

「んなことは、どうでもいい……。俺が言いたいのはよ、このままいくと、お前、あいつらに依存されちまうんじゃねーのって事だ」

 

「依存?」

 

「あぁ……。艦娘ってのは、基本的に、ガードが堅いんだよ。元艦娘に独身が多いのは、それが原因だと言われているくらいにな」

 

「結婚している艦娘も、多いっちゃ多いだろ」

 

「その大半は、島に出向してきた奴と結婚した例だったり、海軍関係者と結婚した例だろ? 島を出て、社会に出て、一般人と結婚したって例は、極めて稀だ」

 

確かに、あまり聞いたことはない。

 

「それが、どうかしたのか?」

 

「いや、だからよ……。そんなガードの堅い奴らが、こぞってお前に夢中になっているだろう? このまま社会に出ても、お前の元を離れることが出来るのかなってさ……」

 

そう言われ、すぐに否定できない自分がいた。

 

「ガードの堅い艦娘だが、一度でも誰かに心を開くと、そいつにとことん依存するって話だ。大丈夫だとは思うが、少しは意識して接した方がいいぜ。そうじゃないと、お前も、坂本さんのように……」

 

『私はもう駄目だった……。何もかも失って……立ち直ることが出来なかったのだ……』

 

上官……。

 

「そういや、聞いたか? 坂本さん、謹慎が解けたって」

 

「え? そうなのか?」

 

「あぁ……。だが……もう本部には戻れないらしくてな……。異動先はまだ分からないが、まあ、地方に飛ばされるのは確定だろう……」

 

「そんな……」

 

「……坂本さんは、お前に夢を託したんだ。坂本さんの気持ちを無下にしてやるなよ……」

 

「……あぁ、分かっているさ」

 

俺は、本土に目を向けた。

 

『お前も、坂本さんのように……』

 

「依存……か……」

 

本当に依存しているのは、あいつらか、それとも――。

 

 

 

島に着くと、明石が出迎えてくれた。

 

「お待ちしておりました」

 

「おう。遅くなって、悪かったな」

 

「いえ! 準備は出来ていますよ。ささ、早く!」

 

そう言うと、明石は俺の手を引いた。

歩みを進める度に、明石の長い髪が、まるで犬のしっぽの様に、元気に揺れていた。

 

 

 

家に着き、居間へと向かうと――。

 

「おぉ!」

 

クリスマスの時の様に、部屋が飾られていた。

 

「凄いな」

 

「えへへ。クリスマスで使ったものがほとんどですが……ほら、これなんかは、ちゃんと、この日の為に作ったものですよ」

 

「おぉ、本当だ。大変だったのではないか?」

 

「いえ! ずっと楽しみにしていましたので! 大変だったことと言えば、皆にバレないよう、家に近づけさせなかったことくらいです」

 

「そうか。しかし、これだけの装飾をしておきながら、皆にはバレなかったってのは……」

 

「今日は大事な日なので、家には近づかないで欲しいと、皆さんにお願いしておいたのです。当然、理由は訊かれましたが、頭を下げて、何とか理解してもらいました」

 

「頭まで下げたのか……。なんか、ごめんな……」

 

「い、いえ! 提督は悪くないです! だって、本当だったら、もっと大勢で祝った方が、楽しかったのだろうと思うんです……。でも……私は……提督と二人っきりが良かったから……。だから……謝らないでください。悪いのは、そんな我が儘を通した、私なんですから……」

 

そう言うと、明石は反応を待つように、俺を上目遣いで見つめた。

 

「フッ、今日の主役は、俺なんだぜ?」

 

「……分かっていますよ。でも、少しはカッコいい事、言ってくれてもいいんじゃないですか?」

 

「そういうのは、もっと酔ってから言わせてほしい」

 

「まるで、最初から台詞を用意しているみたいな言い方じゃないですか……」

 

「素面じゃ言えない言葉もあるってことだ。お前に言いたいこと、伝えたいことがたくさんあるんだ。もっと時間をかけて、伝えたいんだ」

 

そう言ってやると、明石は少し悔しそうな表情を見せた後、ほんのりと顔を赤くした。

 

「さて、然るべき言葉を、まだ貰っていないが?」

 

明石はそっぽを向くと、「言いません」と言った。

 

「酔ってから言うつもりか?」

 

「……だって、こんな雰囲気で言いたくないですもん」

 

「でも、お前にしか言えない言葉だし、お前からしか聞けない言葉だ。いい雰囲気で言おうが、簡単に言ってしまおうが、その言葉の価値は変わらんぞ」

 

「そうかもしれませんけれど……」

 

「今、聞きたいんだ。酔っていない状態でさ」

 

「…………」

 

「明石」

 

明石はこちらに顔を向けると、細くなった目で俺を見つめた。

 

「本当に言って欲しいのですか……? 私の機嫌を取ろうとしているだけとか……」

 

「別にそういう訳じゃないのだが……。面倒くさい奴だな……」

 

「そうですよ……。私は、面倒くさい女です……」

 

再びそっぽを向いてしまう明石。

正直、夕張よりも面倒くさいと思った。

 

「……分かったよ。こんな雰囲気じゃ、駄目だよな。なら、仕切りなおそう」

 

「え……?」

 

「今日はもう帰れ。明日にしよう。皆には俺から事情を説明しておく。だから、バレることはない」

 

「え……その……」

 

俺は、本土で貰ったカレーをしまう為、冷蔵庫を開けた。

そこには、明石が作って来たであろう肴と、酒瓶が入っていた。

ラップに包まれたチョコレートもあり――そこには、然るべき言葉と共に、明石の気持ちが添えられていた。

 

「…………」

 

「提督……その……私……」

 

「……悪い。少し、意地悪を言った」

 

「え……?」

 

「こういうのさ、慣れていないんだ。だから、ちょっと、いつもの雰囲気にしようと、茶化してしまった。悪かったよ」

 

「え……い、いや……その……。私の方こそ……」

 

俺は冷蔵庫を閉め、明石に向き合った。

 

「提督……」

 

「こんな雰囲気で悪いが、やっぱり今日、言って欲しい。この日をずっと待っていたのは、お前だけじゃないんだ……。だからさ……」

 

そう言ってやると、明石は俯き、俺の胸に頭を預けた。

 

「明石……」

 

「……本当ですか?」

 

「え?」

 

「この日を待っていたこと……。本当ですか……?」

 

先ほどの面倒くさいモードとは違い、明石の声は――。

 

「あぁ、本当だよ。少しは信じて欲しいもんだがな」

 

明石は顔を上げると、困った顔で言った。

 

「だって、ペテン師じゃないですか。提督ったら」

 

「フッ、確かに。無理もないか……」

 

「そうですよ……」

 

明石は俺の背中へと腕をまわすと、そっと抱きしめた。

 

「提督……」

 

「ん」

 

「お誕生日……おめでとうございます……」

 

「……あぁ、ありがとう、明石」

 

明石はしばらく抱きしめていたが、やがて離れると、嬉しそうな、恥ずかしそうな笑顔を見せた。

 

「えへへ……やっと言えました」

 

「俺も、やっと聞けたよ」

 

『もっと早くお祝い出来たらよかったのにって……。提督の誕生日、もっと早くにできないんですか……?』

 

そんなに経っていないのにもかかわらず、明石の目は、長年の夢が叶ったとでもいうようにして、輝いていた。

 

 

 

『今日の主役』と書かれたタスキをかけられ、二人っきりの誕生日会は始まった。

 

「本当は、ケーキでお祝いできれば良かったのですが……チョコレートでご勘弁を……」

 

「いや、十分だ。バレンタインデー前日でもあるし、ちょうどいい」

 

明石は隣に座ると、体を密着させた。

 

「おいおい、飲み食いしづらいよ」

 

「大丈夫ですよ! 私が食べさせてあげますから! ほら、あーん」

 

「そういう問題ではないのだが……」

 

「それに、ほら! 自分で言っているじゃないですか!『今日の主役』って。こんなに主張されたら、こうなるのも当然ですよ!」

 

「これはお前が……」

 

「ほーら! いいから! あーん!」

 

明石の奴、妙にテンション高いな……。

まだ酒が入っているわけでも無いのに……。

 

「ん……」

 

「どうです? 美味しいですか?」

 

「あぁ、美味いよ。だが、自分で食わせてくれ」

 

「ダメです! ほら、お酒も飲ませてあげます」

 

「いや! いいいい! それは流石に自分でやる! 絶対零すやつだから!」

 

そう言うと、明石は自分で酒を飲み始めた。

諦めてくれたのかと、ホッとしていると――。

 

「んんっ!?」

 

明石は口づけをすると、俺の口に酒を流し込んだ。

 

「んぐっ!? お、お前な……!?」

 

流石にやり過ぎだと――説教してやろうと、明石の顔を見ると――。

 

「……お前」

 

明石は顔を隠すように、俯き、頭を俺に預けた。

 

「……そんなに恥ずかしがるのなら、最初からやるな」

 

「すみません……。この勢いなら……いけると思って……」

 

だから、やたらと食わせたがったのか……。

 

「嫌……でしたか……?」

 

「そ……ういう訳ではないが……。その……ちょっと驚いただけだ……」

 

「じゃあ……もう一回してもいいですか……?」

 

「何故そうなる……」

 

永い沈黙。

 

「……分かったよ」

 

「え……!?」

 

思わず顔を上げる明石。

その表情は、驚きと期待の色を見せていた。

 

「ただ……これっきりにしてくれ……。お前とはもっと……こう……ちゃんとしておきたいというか……。今日だって、そういうつもりではなかったはずだろ……」

 

俺の言葉が耳に入っているのか入っていないのか、明石は唖然としていた。

 

「明石?」

 

「あ……は、はい! 分かりました! これっきりにします! ……今日は」

 

最後、なんか不吉だったが……。

 

「あの……せっかくしていただけるという事なので……。一つ、お願いがあるんですけれど……」

 

「お願いって……。今日の主役は俺だろう……?」

 

そう言ってやると、明石は俺のタスキを奪い、自分にかけた。

 

「お前な……」

 

「だ、だって……! 提督が許可してくれるなんてこと……もう無いかもしれないと……思っ……て……」

 

もう無いかもしれない。

自分で言っておきながら、ショックを受けているようであった。

本当、こいつは……。

 

「な、なんで笑っているんです!?」

 

「いや……。なんか、ずーっと、分かりやすいなって思ってな」

 

「なんですか……それ……」

 

「して、お願いとは?」

 

明石はもじもじと手を揉んだ後、小さい声で言った。

 

「提督から……してくれませんか……?」

 

「え?」

 

「提督からして欲しいです……。キス……」

 

俺から……。

嫌だという訳ではないが……。

まだ願いをきくとは言っていないと、逃げでもいいが……。

 

「…………」

 

そんな目で見られてしまってはな……。

 

「するのに理由が欲しいですか……?」

 

俺は、心を読まれた気がして、ドキッとしてしまった。

 

「だったら……おまじないだという事でいかがでしょう……?」

 

「おまじない?」

 

「ほら、響ちゃんが言っていたじゃないですか……。元気が出るおまじない……」

 

『笑顔になるおまじないだよ』

 

そう言えば、そんなことあったな……。

 

「おまじないだと言うのなら……しやすくなりませんか……?」

 

「まあ、確かに……。だが確か、あれは頬にするものだが、それでいいのか?」

 

少し揶揄うように言ってやったつもりだったが、明石は――。

 

「むしろ……キス……唇以外にすること、考えていなかったのですか……?」

 

思わぬカウンターに、俺は赤面してしまった。

 

「あ……すみません! その……気を悪くしたというのなら……!」

 

「いや……ちょっと恥ずかしくなっただけだ……。しかし、そうだな……。考えてなかったよ……。その手があったな……」

 

「ん……」

 

明石は、タスキを俺に見せつけた。

 

「……分かったよ」

 

俺は明石に向き合った。

大きく、綺麗な瞳が、俺を見つめていた。

 

「じゃあ……するぞ……」

 

「は、はい……!」

 

明石は、キュッと目を瞑った。

そんな、これからくる痛みに備えるような……。

しかし、こっちの方が、まだ――。

俺は明石の肩を抱き、そっと口づけをした。

明石はゆっくり目を開けると、俺を見つめ、もう一度目を瞑った。

 

「――……」

 

そっと唇を離す。

すると、明石はもう一度、俺に口づけをした。

だがそれは、おまじないよりも深くて――。

 

「……おい」

 

「……ごめんなさい。つい……」

 

謝りながら、明石は、俺を強く抱きしめた。

心臓の音が、伝わってくるほどに。

 

「ごめんなさい……。私……ドキドキしちゃって……」

 

小さく震える体。

心臓の音から分かるように、相当緊張していたらしい。

 

「そうか……」

 

俺も――だが、優しく、明石を抱き返した。

どうしてそうしたのかは、自分でもよく分かっていない。

ただ、その理由づけになるであろうタスキの文字を見た時、俺もまた、明石を強く抱きしめることが出来た。

 

 

 

それから俺たちは、ロマンスな空気を変えるべく、ひたすら酒を飲み続けた。

 

「はぁ……酔っちゃいましたよ……。お酒にも、提督にも……」

 

「何をうまいことを……。俺の誕生日なんだから、お前が俺を酔わせないといけないんじゃないのか?」

 

「そうですけれど……。提督ったら、ちっとも照れたりしないし……。キスしてくれたのに、その先も無いし……」

 

「その先って、お前な……」

 

「私も島を出ることが出来たら……もっと提督に色々してもらえたりするのかな……」

 

「俺が島の外で変なことしているみたいな言い方やめろ」

 

「……しているんですか? えっちなこと……。鹿島さんとか……陸奥さんと……」

 

「してねーよ……」

 

「はぁ……。私も早く……島から出たいなぁ……」

 

そう言うと、明石はぽろぽろと涙を流し始めた。

泣き上戸が出て来たな……。

こうなると、本当に面倒くさいんだよな……。

 

「安心しろ。すぐに出してやる」

 

「本当ですか……?」

 

「あぁ。現に、もう12隻も出しているんだ。このままのペースで行けば、すぐだろうよ」

 

そう言ってやると、明石はそっと、俺に寄り添った。

 

「提督……早く私を……島から出してください……。私……貴方と同じ時間を生きたいんです……。貴方の事が……好きなんです……」

 

「明石……」

 

「私……私……」

 

明石が重くなって行く。

 

「お、おい……」

 

やがて、俺の肩で寝息をたてる明石。

もうちょっと面倒くさくなると思っていたが、まあ、ペースも速かったしな……。

同時に、時計が、日付が変わったことを知らせた。

 

「終わっちゃったな……」

 

もちろん、明石は返事をしなかった。

 

「……ありがとな、明石。最高の誕生日だったよ」

 

俺はゆっくりと立ち上がると、明石を寝かせ、毛布をかけてやった。

 

「さて……」

 

明石の近くに寝転がり、その寝顔を眺めた。

 

『提督……早く私を……島から出してください……』

 

すっかり忘れていたが、そうだよな……。

誰よりも島を出たいと思っているのは、お前だったよな……。

 

『貴方と同じ時間を生きたいんです……』

 

「俺と同じ時間を……か……」

 

明石が島を出るということは、全ての艦娘が人化したということであり、俺の第二の人生が始まることでもある。

もしそうなった時、俺は一体、どうなるのであろうか……。

そして、明石は――。

 

「…………」

 

とにかく今は、こいつの為にも、駆逐艦との交流を進めなければな……。

響の事もあるし、会話すらしたことがない駆逐艦もいて――大和の事もそうだし――まだまだやることが――……。

考えてゆく内に、それは夢の事のように感じて来て――つまり、俺はいつの間にか、瞼を閉じ、やがて眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

見慣れない銭湯の脱衣所。

しかし、どこか懐かしさも感じる。

 

『ここは……』

 

湯上りなのか、体はぽかぽかしている。

客は一人もいない。

 

『とにかく、出てみるか……』

 

いつの間にか持っていた木製のキーで靴を取り出し、外へと出てみる。

暗くてよく見えないが、どうやら住宅街に銭湯はあるようだった。

 

『あれ……?』

 

聞き覚えのある声。

振り返ると、そこには――。

 

『明石!?』

 

『て、提督!?』

 

明石の手には、入浴セットらしきものが。

なるほど……。

 

『こりゃ……夢か……』

 

そうだよな。

明石がこんなところにいるはずないし、俺はさっき、酒を飲んでいて――。

いつの間にか、寝てしまったという訳か。

 

『夢……。そっか……。さっきまで、お酒を飲んでいて……いつの間にか寝てしまっていたんですね……』

 

『あぁ、そうだよ。お前、泣き上戸になってさ。飲むペースが速かったから、面倒くさい事にはならずに済んだが……』

 

『そうだったのですね……。って言うか、もしかして私たち、同じ夢を見ているんじゃないですか?』

 

『いや……ありえないだろ……。お前は俺の夢の産物だ。まあ、お前からしたら、俺がそうなのだろうけれども……』

 

『でも……こんなにも会話が成立することって、あり得ます?』

 

『それは、お前が夢の産物であるからで……いや、やめておこう。所詮は夢だ。自分と会話しているようなもんだし……』

 

そう言っても、明石は信じていないような表情を見せていた。

 

『しかし、いくら夢だとは言え、こんなにもはっきりとした夢があるのだな。何だか、匂いまでしてくるし……』

 

『そうですね……。私、こんな風景、知らないはずですけれど、何だか懐かしいって、思えるんです。何度も見て来たというか……。この靴だって、どうやって下駄箱を開けるのか、分からないはずなのに、なんとなく分かってしまったというか……』

 

その時であった。

 

『あ、あれ!?』

 

俺と明石の体が、『俺たちから抜けて行く』。

――いや、抜けているのは、俺たちのようだ。

まるで、幽体離脱のような――。

 

『な、なんだこりゃ!?』

 

『て、提督! 見てください!』

 

明石の指す方向に、俺たちはいた。

――いや、厳密に言えば、魂の抜けたはずの体が、何やら親し気に話しながら、どこかへ向かってゆく。

 

『どういうことだ?』

 

『あ!』

 

二人は、外灯の前で止まると、そっと口づけをしていた。

 

『…………』

 

『…………』

 

お互い、自分たちの事ではないと思いつつも、何だか赤面してしまう。

 

『とりあえず、追ってみませんか……?』

 

『そうだな……』

 

二人は、何やらイチャイチャしながら、ゆっくりと歩みを進めている。

 

『ここは、島の外なんですかね? だとしたら、私が知っている外の世界と、あまり変わらないというか……』

 

『車が空を飛んでいるとか、そういうのを想像していたか?』

 

『まあ、そうですね……』

 

そんな事を話している内に、二人は何やら、工房のような建物へと入っていった。

 

『ここは……』

 

二階に、明かりが灯る。

その瞬間、俺は――俺たちは、ここがどこであるかを理解した。

 

『『アトリエ明石……』』

 

互いに顔を見合わせる。

どうしてその単語が出たのか、お互いに、よく分からないでいるようであった。

 

『私……知っています……! ここは……私たちの……!』

 

『あぁ……』

 

気が付くと、俺と明石は、手を握っていた。

そして、先ほどの二人のように寄り添うと、そのまま工房の中へと――。

 

 

 

 

 

 

強い光に目が覚める。

目の前には、明石の顔があった。

明石もまた、目が覚めたところのようで、キョトンとした顔を見せていた。

 

「……おはよう」

 

そう言ってやると、明石は呟いた。

 

「『アトリエ明石』……」

 

それを聞いて、俺は、夢を見ていたことを思い出した。

まさか……。

 

「もしかして……お前も夢を……? あの、銭湯から始まる夢……」

 

「え……!? ウソ……。もしかして……」

 

明石は、夢の内容を話し始めた。

全部、俺が見た夢と一致していた。

 

「マジかよ……。そんなこと、あんのか……?」

 

「ほ、本当ですね……。まさか……夢の中でも会えるなんて……」

 

夢の中で会ったかどうかは分からないが、同じような夢を見ていたのは確かなようだ。

 

「こんな偶然があるのだな」

 

「えぇ、本当に」

 

そう言うと、明石は目を瞑った。

 

「おい、二度寝か?」

 

「はい。提督も寝てくださいよ。もしかしたら、もう一度、夢を見るかもしれませんよ。そうしたら今度は、提督を好き放題して……」

 

「馬鹿……流石に起きる時間だ。片づけはやっておくから、さっさと寮に戻れ」

 

「はーい……」

 

明石はフラフラとした足取りで、寮へと戻っていった。

 

「はぁ……」

 

しかし、かなりリアルな夢だったな。

銭湯といい、町の感じといい……。

何よりも、あの工房……。

アレに感じた懐かしさは、一体……。

 

「ん……!?」

 

そういえば、あの後――工房に入った後、俺たちはあの二階で――あの部屋で――。

 

『せっかくお風呂入ったのに、結局こうなるんですね』

 

「そうだった……」

 

明石は覚えていないようであったが……。

そうだった……。

夢の中で、俺と明石は――。

 

 

 

寮の玄関で靴を脱いでいると、漣と朧がやって来た。

 

「ご主人様、おっはー!」

 

「おはようございます、提督」

 

「おう、おはよう」

 

漣は、俺にしゃがむようせがむと、頭を撫で始めた。

 

「ご主人様、フラれたからって、いつまでも落ち込んでちゃダメですぞ!」

 

「お前……いつまでそのノリを続ける気だ?」

 

鈴谷たちの一件から、駆逐艦たちの間では、鈴谷にフラれた俺を慰める、というのがブームになっていた。

 

「だってー、落ち込んでるご主人様、とってもカワユスなんだも~ん!」

 

「別に落ち込んでないし、可愛いか……?」

 

何故、こんなブームが起きたのか。

それについて、大淀が解説してくれている。

 

『あれは、母性ですよ。人間にもあるでしょう? おままごとや、お人形遊びをすること。あれは、母性が育ち始めている証拠だと言われています。駆逐艦にも同じことがあるようで、弱い者を慰めたくなっちゃうみたいです』

 

要するに、駆逐艦たちは、人間がするようなおままごとだとか、お人形遊びをしてこなかった代わりに、俺のようなカワイソーな大人を慰めることによって、母性を発揮させているらしい。

つまり俺は、こいつらに、赤ちゃんか何かに見られているという事だ。

 

「提督、朧も、よしよししたい……です」

 

「あ、あぁ……。どうぞ……」

 

「よしよし」

 

朧の表情は、慈愛に満ちていた。

 

「……そろそろいいか?」

 

「はい! 提督、どんなことがあっても、朧は提督の味方です」

 

「漣もですぞ!」

 

「あぁ、ありがとう」

 

二隻は、何やら満足気な顔を見せると、食堂へと向かっていった。

しかしまあ……なんというか……。

こんなこと、あまり思いたくはないのだが……。

 

「悪くないぜ……」

 

 

 

食堂へ向かう前に、執務室へと向かう。

すると……。

 

「お!」

 

ノートが置かれていた。

大和からの返信だ。

 

「三日ぶりか。今回は、案外早かったな」

 

実は、鈴谷たちの一件が解決してすぐに、大和から返信があった。

どうやら、ゴタゴタが落ち着くまで、返信を待ってくれていたようであった。

 

「『海辺で、外国からの物とみられる漂流物を見ました』か……。どの辺りの事を言っているのだろうか?」

 

返信の内容は、いつもこんな感じだ。

『○○を見ました』だとか、『○○に行ってみました』とかだ。

その度に、俺は、同じ場所を探し、足を運んだ。

大和も同じようで、俺の書いた場所へ、足を運んでいるようであった。

 

「埋まって来たな、ノート」

 

俺は、大和の真意に気が付いていた。

どうしてそんな回りくどい事をするのかは、まだ分かっていないけれど……。

それでも――。

 

『お前もここで、この景色を見ていたんだな』

 

返信にあった場所へ向かう度に、大和の存在が感じられた。

それはきっと、大和も同じなのだろう。

言葉を交わさずとも、顔を合わさずとも、俺たちは確かに、お互いの存在を感じていた。

 

 

 

朝食を済ませ、執務室へ戻ろうとすると――。

 

「雪が降っているわ!」

 

暁の声に、皆一斉に、窓の方へと駆けていった。

 

「雪か……。この時期でも、まだ降るんだな」

 

「積もらなければいいのですが……」

 

そう言ったのは、大淀であった。

 

「雪かきが大変なんです。物資の運搬にも影響がありますし……」

 

「なるほどな……。しかし、大丈夫だろう。このくらいの雪であれば」

 

「だといいのですが……」

 

そんな事を言いながら、呑気に雪を眺めていたが、少し目を離した隙に吹雪いてしまい、気が付いた時には、外は真っ白になっていた。

 

 

 

それからも、雪は止む気配を見せず、ようやく落ち着いたのは、夕食の後であった。

 

「ようやく弱まって来たか……」

 

「足が埋もれてしまうくらいには、積もっていますよ」

 

「マジか……。靴、びちゃびちゃになるな……。長靴とかおいていないか?」

 

「あるにはあるのですが……。提督の足は大きいですから……」

 

艦娘用のしかないって訳か……。

 

「仕方ない……。濡れて帰るぜ……」

 

そう言うと、大淀は何か言いたげに、もじもじとし始めた。

 

「どうした?」

 

「あ、いえ……。その……。宜しければ、寮に泊っていったらどうです?」

 

「え?」

 

「この積雪ですし……。元々、出向してきた方たちは、寮に住んでいましたので、その用意はあるのですけれど……」

 

様子を窺うように、俺を見つめる大淀。

そうか……。

 

「そう言えば、親父もそうだったな」

 

そう言ってやると、大淀は慌てた様子を見せた。

 

「そ、そのようなつもりは……!」

 

「いや、いいんだ。むしろ、大丈夫なのか? 他の連中が嫌がりそうなものだが……」

 

「それについては、問題ないかと」

 

大淀の指す方向に、目を輝かせる駆逐艦たちがいた。

 

「司令官、寮に泊まるの!?」

 

「ご主人様! 漣のお部屋でワンナイトしましょう!」

 

「ワンナイトってお前……」

 

「提督。朧も、ワンナイトしたい……です」

 

こいつら、ワンナイトの意味分かってんのか……?

 

「ほらね?」

 

大淀は何故か、得意げな表情を見せていた。

 

「司令官!」

 

「ご主人様!」

 

「提督」

 

駆逐艦たちがワーワー騒ぐ中、どさくさに紛れて――。

 

「……何してんだよ? 明石……」

 

「え、えへへ……」

 

 

 

結局、何故か皆と食堂で眠ることになった。

 

「どうしてこうなったんだ……」

 

「仕方ないですよ。皆さん、提督とワンナイトしたかったんですから」

 

「誤解を招く言い方をするな……」

 

「まあでも、提督の事が好きでなくとも、非日常的な事が好きな方々ですから。ほら、あそこ」

 

大淀の指す方向に、なんと、潮や曙、霞に大和に――というより、全員が参加していた。

 

「大和まで参加しているのか……」

 

「この際ですし、近くに布団を持って行ったらいかがです?」

 

「馬鹿言うな……」

 

しかし、どういう風の吹き回しだろうか。

少しは、俺を信用してくれたという事なのか……。

 

「ご主人様! 漣の隣、空いてますよ!」

 

「朧の隣も、空いてます」

 

漣と朧の間に、俺の布団が入るだけのスペースが用意されていた。

まあ、一番安全な場所というか、他はちょっとな……。

 

「邪魔っ!」

 

俺を押しのけたのは、曙であった。

曙は、漣と朧の間に布団を置くと、潮をそこに寝かせた。

 

「ちょっと、ぼのぼの~。ここは漣とご主人様のサンクチュアリになる場所ぞ」

 

「馬鹿なこと言わないで……! あたしたちが守らないと、誰が潮を守るのよ……!?」

 

そう言うと、曙は俺を睨み付けた。

 

「随分だな。まるで、俺が潮に何かしたみたいな言い方じゃないか」

 

「したようなものよ! 漣たちはどうか知らないけど……あたしはあんたを信用していないから……!」

 

初絡みなのにもかかわらず、随分な言い草だ。

過去に、人間に何かされたという事だろうか。

 

「お前も同じなのか? 潮」

 

潮はビクッと体を強張らせると、怯えるように小さくなった。

 

「潮に話しかけんな! クソ人間!」

 

「クソ人間って……。口が悪いな……お前……」

 

「いいからあっちいけ! 潮に近づくな!」

 

まるで、威嚇する犬のように吠える曙。

こんなにも嫌われると、この島に来たばかりの事を思い出すな。

 

「分かったよ。怖がらせて悪かったな、潮」

 

「だから話しかけんな!」

 

曙に押され、俺はサンクチュアリを追い出された。

 

「素敵な交流が出来たじゃないですか」

 

大淀は嬉しそうにそう言った。

 

「あぁ、おかげさまで。しかし、そんなに守りたいのなら、参加しなければよかったのにな」

 

「部屋に一人で居るよりも、安全だと判断したのでは? 男はオオカミだって言うじゃないですか。尤も、提督はオオカミと言うよりも、去勢された犬と言った方が正しいかもしれませんけど」

 

「……お望み通り、オオカミになってもいいんだぜ?」

 

「私、肉は少ないですよ?」

 

「かなり好みだ、と言ったら?」

 

大淀は一瞬、視線を逸らした。

 

「一緒に寝るか? 赤ずきんちゃん」

 

「お腹に石を詰めますよ?」

 

「普通に怖いよな、それ」

 

大淀は笑うと、「私は遠慮しておきます」と言って、俺の背後を指した。

 

「ししし、司令官! あ、あのね……その……」

 

「提督、隣いいですか?」

 

「私も、いいかしら?」

 

「提督、私も……」

 

敷波、明石、夕張……鳳翔まで……。

 

「隣は……流石にな……」

 

 

 

最終的に、俺を中心に、円で囲むように眠ることで落ち着いた。

……俺は落ち着けないが。

 

「では、消灯しますね」

 

皆の「おやすみなさい」という声と共に、明かりは消えた。

だが、皆の話し声が止むことはなく、当然、俺も皆から話しかけられることになった。

 

「提督。提督って、好きな人、いるんですか?」

 

まるで、修学旅行に来た気分だぜ……。

 

 

 

しばらくすると、どこからか寝息が聞こえて来て、配慮するように、皆黙り始めた。

そして、寝息の数が増えて行き、やがて静かになった。

 

「やっとか……」

 

正直、こんな状況で眠れる気がしない。

やたらと寒いし、何よりも落ち着かない。

 

「んぅ……そこは……んっ……」

 

鳳翔の寝言か。

やたら色っぽいな……。

いかんいかん……。

さっさと眠らなければ……。

しかし、そう思えば思うほどに、時間は過ぎて行く。

これは、逆に起きていた方が良いのでは? と思い始めた時であった。

 

「……?」

 

誰かが起き上がったのか、遠くで影が動いた。

起こさない様にそろそろと歩いてくる。

――こちらの方に。

トイレに起きて来た……というには、方向が違う。

俺は寝たふりをし、細い目でそいつの行方を追った。

そいつは俺の前で止まると、しゃがみ込み、俺の顔をじっと見つめていた。

暗くてよく見えないが、小さな影であるところを見るに、駆逐艦の誰かであるようだが……。

 

「ねぇ……起きてる……?」

 

俺にしか聞こえないような小さな声で、語り掛ける。

この声……。

俺はあえて、返事をしなかった。

 

「寝ているわね……」

 

そう言うと、そいつは、俺の布団の中に入って来た。

思わず体が反応する。

そいつは動きを止めると、俺の反応を確認し、何もないと知ると、再び布団へ入って来た。

そして、俺の腕に寄り添うと、まるで胎児のように丸まっていた。

俺は恐る恐る目を開けた。

そいつは――霞は、眠るように目を瞑っていた。

どうして霞が、俺の布団の中に……。

しかし……これは……。

布団が徐々に温かくなって行く。

霞の体温が高いせいだろうか。

あぁ、なんだか……。

瞼が重くなって行き、気が付くと俺は、眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

『司令官は泳がないのかい?』

 

『荷物があるからな。それに、お前らが楽しんでいるのを見ているだけで、満足だ』

 

『本当は泳げないだけなんですよね、提督』

 

『いや、俺は泳げるけど……。ん? あれ……。ここは……。鳳翔? 響?』

 

『あら……? ここは……海……? どうして私たち、海に……』

 

『司令官……』

 

「響……」

 

『……っ!』

 

『あ、待て! 響!』

 

 

 

 

 

 

『綺麗だな』

 

『ずーっと一人でこの景色を見てました』

 

『流石に飽きるか?』

 

『えぇ。でも、提督がここに来てから、ちょっとだけこの星空が好きに……え……?』

 

『大和……?』

 

『どうして……貴方が……』

 

 

 

 

 

 

『新築なのに、なんだか古臭い家に仕上がったな』

 

『趣があっていいじゃないですか。それに、落ち着けそうでいい感じ。あの子たちもいませんし。私のような口うるさい艦娘もいませんよ』

 

『フッ、逆に落ち着けなさそうだ。それじゃあ、早速、家に行ってみるとするぜ』

 

『あ……ま、待って……!』

 

『え?』

 

『あ……れ……? 提……督……?』

 

『大淀……。ん? この家……なんだか随分綺麗に……』

 

『だ、駄目です! 近付いては……!』

 

『え?』

 

『行かないで……!『提督』!』

 

 

 

 

 

 

『え?』

 

『え……? 提督……わ……ひゃあ!?』

 

『あ、明石! お前……どうして裸なんだよ!?』

 

『て、提督だって裸じゃないですか!? っていうか、そそそ、その大きくなっているのってぇ……!』

 

『うぉ!? い、いやいやいや! これは……! っていうか、これってもしかして……』

 

『あ……これ……。昨日の夢の続き……ですか……?』

 

『夢の続き……って、お前まさか、夢の事、そのことまで覚えていたのか?』

 

『お……ぼえていますけど……。い、言えるわけないじゃないですか!』

 

 

 

 

 

 

『ひっ……! 嫌……! 触らないでぇ……!』

 

『潮に近づくな! クソ人間!』

 

『違っ! 俺は……! 手が勝手に……!』

 

 

 

 

 

 

『……司令官はさ、他の人とデートするとき、どんなところに行くの?』

 

『お前はどこに行きたいんだ?』

 

『……質問に答えてよ』

 

『今のが質問の答えだよ』

 

『じゃあ……遊園地行きたい……』

 

『了解』

 

 

 

 

 

 

『大人になるには、コーヒーを飲まなければいけないの?』

 

『まあ、そんなところだな。大人になってみるか?』

 

『うん……。じゃあ……うぇぇ……苦いよぉ……』

 

『おいおい大丈夫か……って、暁?』

 

『し、司令官? あれ? ここって……』

 

 

 

 

 

 

『電?』

 

『はわわわわ!? し、司令官さん……』

 

『どうした? 何か悩み事か……って、あれ? そんな指輪、していたか?』

 

『え? これは、司令官さんがケッコンカッコカリしてくれて……あれ?』

 

『ケッコンカッコカリって……確か、戦時中に……ん?』

 

 

 

 

 

 

『雷ママ……』

 

『えへへ、もーっと頼ってもいいのよ? なんたって……あれ? 司令官?』

 

『うぉ!? な、何やってんだ俺は!?』

 

 

 

 

 

 

『とってもかわいいぞ、漣! こっち向いてくれー!』

 

『やーん! 漣のメイド姿に、萌え萌えキュン! しちゃいましたか?』

 

『え? いや……そんな趣味は……あれ?』

 

『あれ? ご主人様……うぇぇ!? 漣、メイドさんになっている!? まさか、漣に催眠をかけて……無理やり!?』

 

『催眠……?』

 

 

 

 

 

 

『提督は、朧の事、そういう目で見たりしないんですか?』

 

『そ、そういう目というのは……?』

 

『こういう事……です』

 

『なっ!? 朧、そういうのは……って、何やってんだ朧! 早くスカートを戻せ!』

 

『え……あれ……? 提督……? あ……え……! お、朧……どうしてスカート……ご、ごめんなさい提督……!』

 

 

 

 

 

 

『司令官! 任務完了です!』

 

『おう、ご苦労であった』

 

『それで……その……いつものように……なでなで……して欲しい……のですが……』

 

『フッ、朝潮は甘えん坊だな。どれ、こっちに……って、どこだここ?』

 

『えぁ……し、司令官……?』

 

『朝潮……。えーっと……なでなで……して欲しいのか?』

 

『ぁ……ち、違います! これは……その……』

 

 

 

 

 

 

『ん……』

 

これは……。

また、何かの夢か……。

しかし、滅茶苦茶な夢だな。

ご丁寧に、島の奴らの夢を見せるなんて……。

 

『これは、誰の夢だ?』

 

『これは、山城さんの夢ですよ』

 

声をかけて来たのは――。

 

『誰だ……?』

 

『雪風です。島で見る姿とは、だいぶ違って見えるかもしれませんけど』

 

確かに、言われてみれば雪風のようではあるが……。

 

『大人っぽいと言うか……成長した感じだな』

 

『実際、成長しているんです。あの頃から、ずっと……』

 

『あの頃?』

 

『見てください』

 

雪風の指す先に、寮があった。

俺たちは、少し高い場所から、その景色を見ているようであった。

 

『あ……!』

 

寮の窓から顔を出したのは――。

 

『親父……なのか……?』

 

『えぇ、そうです。しれえのお父さん、佐久間さんです』

 

写真で見たことのある親父とは、少し、老けているように見えた。

 

『山城! 今日は天気が良いぞ! ほら、見てみろ!』

 

『そうね……』

 

『最近は天気が悪かったからな。まあ、今日は大丈夫だろう』

 

『……天気予報を聴いていないの? 今夜から、嵐が来るかもしれないって……』

 

『そうなのか? そんな感じには見えないがな』

 

山城はどこか、不安そうな表情を見せていた。

 

『そんな顔すんな。確かに、お前の言う通り、天災はどうにもならんし、恐ろしいことなのかもしれん。けど、天災からお前を守ることは出来る。ここには俺がいるんだぜ。必ず守って見せる。だから、安心しろ』

 

佐久間の笑顔は、どこか安心できるものがあった。

 

『……提督はいつまで、私に関わるつもりなのよ?』

 

『いつまでって……。お前が自立できるまでだ』

 

『そんなの……いつになるか分からないじゃない……。提督にだって……人生があるでしょうに……』

 

『そりゃ、お互い様だろう。お前にも、お前の人生があるはずだ。明るい人生がな』

 

『それでも……』

 

山城は、その先を言わなかった。

だが、佐久間は――『俺』には、その意味が分かっていた。

 

『安心しろ。『それ』までは、お前を守り続けてやる。どんなことがあってもだ』

 

俺が小指を差し出すと、山城は恥ずかしそうに、自分の小指を絡めた。

 

『約束だ』

 

その瞬間、親父の体から、俺は抜けていった。

 

 

 

 

 

 

誰かの泣く声。

蹲り、小さくなっているのは――。

霞……?

声をかけようにも、声が出ない。

触ろうにも、体をすり抜けてしまう。

もどかしい。

 

『司令官……司令官……』

 

慰めてやりたい。

声をかけてやりたい。

霞……。

霞……!

 

『ごめんな……霞……』

 

涙が頬を伝う。

それは、俺の涙ではなかった。

だが、確かに、温かい涙であった。

 

 

 

 

 

 

俺の顔に、誰かが何度も影を落としている。

 

「んん……?」

 

目を開けて見ると、皆が俺を覗き込んでいた。

 

「んぉあ!? な、なんだぁ……?」

 

慌てて飛び起きると、皆がおかしそうに笑っていた。

 

「んぉあ! だって!」

 

味噌汁の匂い。

時計は、朝食までのカウントダウンを残り僅かとしていた。

どうやら俺は寝過ごし、皆に観察されていたようであった。

 

「しまった……」

 

「ねぇ聞いて司令官! 暁ね、司令官の夢を見たのよ!」

 

「私も見たわ! 司令官ったら、あんなに甘えて……」

 

皆も同じなのか、自分が見た夢を一斉に話し始めた。

よく覚えていないが、俺も似たようなものを見た気がする。

確か、この島の艦娘達は全員――いや……全員ではなかったな……。

一隻だけ、夢に出てこなかった。

その一隻に目を向ける。

そいつは、盛り上がる皆の後ろで、ただじっと、その背中を見つめていた。

 

 

 

夢の事は、朝食時にも話題に上っていた。

 

「私も見ました。夢の中で、私は提督のお嫁さんで、子供に響ちゃんがいて……」

 

「漣も見ましたよ! ご主人様ったら、あんな趣味があったのなら、言ってくれれば良かったのに」

 

「朧も見ました。内容は……言えません……けど……」

 

「あれあれ~? おぼろん、もしかして、えっちな夢をみちゃったのかにゃ~?」

 

「ち、違う……! 違いますからね? 提督……」

 

「あ、あぁ……分かっているよ」

 

朧の狼狽える顔、初めて見たな……。

しかし、そうか……。

明石の時もそうであったが、どうやら皆、俺と同じ夢を見ているようだ。

という事は、大和達も同じ夢を……?

そう思い、大和に目を向けた時、ふと、潮と目が合った。

潮は体を強張らせ、顔を青くした。

そう言えば、潮が出てきた夢では――。

 

「う……うぉぇ……」

 

突如、潮が嘔吐してしまった。

 

「潮!?」

 

透かさず、曙が処置にあたる。

 

「お、おいおい……」

 

皆と共に、近づこうとすると――。

 

「来んな! クソ人間!」

 

叫んだのは、言わずもがな。

 

「あんたのせいだ……! あんたのせいで、潮は……!」

 

曙の気迫に、俺は思わず後退りしてしまった。

 

「あ……明石……潮の面倒を見てやってくれ……」

 

「は、はい! 潮ちゃん……口、ゆすぎに行きましょう……?」

 

去り際、曙は俺を睨み付けた。

しかし、その表情は、どこか複雑そうなものを見せていた。

 

「提督……潮さんとなにかあったのですか……?」

 

「いや……何もない……。ただ、食事中に目が合っただけで……」

 

「目が合っただけ……」

 

そう呟いたのは、漣だった。

 

「漣……もしかして、潮って……」

 

「うん……。やっぱりまだ、駄目だったみたいだにゃ……」

 

何やら事情を知っていそうな二隻。

だが、とりあえずは……。

 

「掃除しなければな……」

 

 

 

食後、漣たちは潮の元へと去ってしまった。

 

「事情を聞こうと思っていたのだがな……」

 

仕方がない。

大淀辺りにでも聞こうと、周りに目を向けると――。

 

「…………」

 

一隻だけ、まだぼんやりと食事している奴に目が行った。

皆、もう食べ終わって席を離れているのに、そいつだけは――。

 

「声、かけてあげて……」

 

そう呟いたのは、山城であった。

 

「あの子だけ……貴方の夢を見なかったようなの……。貴方はどうなの……?」

 

やはりそうか……。

 

「俺も見なかった……。残念ながらな……。すると、お前も俺の夢を……?」

 

山城は何も言わなかった。

 

「……夕張を突き放すようなことを言ったり、鈴谷と俺をくっつけようとしたり、お前は一体、何がしたいんだ?」

 

山城は俯くと、どこか寂しそうな表情を見せた。

 

「山城……?」

 

「……別に。気まぐれよ……」

 

そう言うと、山城は食堂を後にした。

気まぐれ……か……。

 

「さて……」

 

俺は、俺の夢を見れなかった奴の、前の席に座った。

 

「よう」

 

「あ……ごめんなさい……。すぐ、食べちゃうから……」

 

「別に、いいよ、ゆっくりで……」

 

「うん……。ごめん……」

 

夕張はゆっくりと飯を口に運ぶと、すぐに箸を置いてしまった。

 

「……そんなに落ち込むことか?」

 

「……何がよ?」

 

「俺の夢、見れなかったことだ」

 

「貴方だって、見なかったんでしょ? 私の夢……」

 

「正確には、お前の夢だけ見なかった。不思議な事にな」

 

夕張は退屈そうに、茶碗に残った麦飯を見つめていた。

 

「たかだか夢だろうに」

 

「されど夢、よ……」

 

俺が口を開こうとすると、夕張は重ねるように言った。

 

「面倒くさいでしょ? 分かっているわ。だから、何も言わなかったのに……」

 

「そんなに露骨に落ち込まれちゃ、放っておけねーだろ」

 

「いいわよ。放っておいて……。そうやって心配かけてしまう方が、私にとっては辛い事だから……」

 

鈴谷の一件から、夕張はあまり、俺に絡まなくなった。

パートナーとして、なんて言ってはいたものの、やはり、自分が絡まない方が、俺が苦労しないと、分かっていてのことなのだろう。

 

「夢、どんなの見たの……?」

 

「色々見たよ。よく覚えていないのもあるけど、思い出したくないものもあるし、思い出したらいけないものもあった」

 

「それって、誰かとセックスする夢とか?」

 

俺は、何も言わなかった。

 

「良かったわね。夢精しなくて」

 

「夢精なんて、したことないけどな。都市伝説だと思っているくらいだ」

 

「そうなの?」

 

「あぁ。他の男は知らんが、俺はしたことがない」

 

「溜まり過ぎて、勝手に出てきそうなものだけれど……」

 

「確かに……って、朝から汚い話題だぜ……」

 

「本当」

 

そう言うと、夕張は笑顔を見せてくれた。

 

「あーあ……。私も見たかったな……。貴方の夢……」

 

「夢の中まで来られたら、寝覚めが悪そうだ」

 

「何よそれ……。夢の中だったら、なんでもしてあげられるんだから。貴方の望みは何よ? 次、夢に出たらしてあげるわよ?」

 

「そうだな……。さっさと飯を食ってもらう事かな。でないと、俺が鳳翔に怒られる」

 

「欲のない男ね……。だから夢精もしないのかしら……」

 

「どういう意味だよ?」

 

「空っぽって事よ」

 

夕張は箸で、俺の下腹部を指した。

 

「……下品な女だ。さっさと飯を食っちまえってんだ」

 

俺が席を立つと、夕張はどこか嬉しそうに食事を始めた。

 

「フッ……ったく……」

 

 

 

執務室で待機していると、大淀と明石、漣と朧もやって来た。

 

「明石、潮の様子はどうだ?」

 

「今は落ち着いています。しかし……」

 

明石は、大淀を見た。

何か、言いにくいことがあるといった様子だ。

 

「……どうやら潮さんは、提督を怖がっているようでして」

 

「俺を怖がっている……か……」

 

確かに、目が合った時、潮は――。

それに、もし、あいつも、俺と同じ夢を見ていたというのなら――。

 

「ご主人様……」

 

「漣。お前、何か知っているな?」

 

そう訊くと、漣は黙り込んでしまった。

 

「私が説明します……」

 

そう言ったのは、大淀であった。

 

「お二人とも、ありがとうございました。後は、私が……。明石……」

 

明石は、二隻を連れて、部屋を出ていった。

 

「何か……あったんだな……。過去に……」

 

「……この事は、潮ちゃんの為にも忘れるつもりでした。でも、こうなってしまった以上、提督にはお話ししなければいけません……」

 

覚悟をもって聞け、という訳か。

 

「聞かせてくれ……。何が……あったのかを……」

 

大淀は思い出すかのように目を瞑ると、静かに語り始めた。

 

「潮さんは過去に、この島に来た男の人に、襲われたことがあるのです……」

 

 

 

 

 

 

残り――18隻

 

――続く

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