不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第20話

駆け付けた時には、もう遅かった。

裸の潮。

裸の男。

男の体液――。

 

 

 

潮の体に傷はなかった。

未遂に終わったようだった。

けれど――。

 

「曙ちゃん……私……私……」

 

潮は、人間を恐れるようになった。

何人もの人間が、潮の心を癒そうとはしてくれたけど、全て逆効果だった。

そう、あいつですら――。

 

『お前は優しいんだな』

 

『……そんなんじゃないし』

 

『俺の事は気にするな。いつもの通り、クソ人間と呼んでくれ』

 

『でも……』

 

『俺も、それが潮の為になると思っている……。潮の心は、お前にしか癒せない……。こんな事を言うのは、情けないかもしれないけれど……。潮の事、頼んだぞ』

 

そう言うあいつの表情は、どこか寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

この島に、多くの艦娘が居た頃の話です。

とある男性が、この島に出向してきました。

子供が大好きで、とても人のいい方でした。

特に、潮さんは、その人に恋心を抱くほど、夢中になっていたようでした。

 

 

 

その頃の潮さんは、まだ、男性に対する恐怖心だとか、人間に対する恐怖心は抱いておりませんでした。

ただ、自分が、他の駆逐艦たちと比べて発育が良く『そういう目』で見られてしまうことには、気が付いているようでした。

 

 

 

そんな潮さんを、出向してきた男は――仮に、Aと呼びましょうか――Aは、まるで自分の娘のように溺愛しました。

Aが向ける潮さんへの目は、とても温かいものに見えました。

潮さんも、それに気が付いていたようで『このままでは、自分は恋愛の対象にならないかもしれない』なんて、可愛らしい悩みなんかも持っていたくらいです。

だから、あんな事が起こるなんて、誰も予想していなかったのです。

 

 

 

夜中の事でした。

悲鳴が、潮さんの部屋から聞こえてきました。

何事かと駆けつけてみると――。

 

 

 

夜這いだったそうです。

幸い、潮さんに怪我はなく、未遂に終わったようでした。

しかし、潮さんが負った心の傷は、とても深いものとなりました。

大好きだった人に裏切られ、穢されそうになったのです。

無理もありません。

 

 

 

そこから潮さんは、人間を――男性を信じられなくなりました。

出向してくる人間を恐れ、部屋から出られなくなることもありました。

酷い時には、船の警笛が聞こえただけで、吐き気を催すことも……。

 

 

 

 

 

 

「そういう事だったのか……」

 

「あれからだいぶ経っています。潮さんも、落ち着いていたのですが……」

 

原因はおそらく、夢によるフラッシュバックだろう。

もし、俺が見たあの夢を、潮も見ていたのだとしたら……。

 

「佐久間さんですら、潮さんの心を開くことは出来ませんでした……。今の潮さんがあるのは、曙さんの支えたがあったからなんです」

 

親父ですら……か。

 

「……もし、第七駆逐隊を人化せる気があるのなら、この問題を避けては通れませんよ。佐久間さんも、そのことが分かっていて、曙さんと――」

「――曙との交流を図ろうとし、そして失敗した。違うか?」

 

大淀は驚いた表情を見せた。

 

「まあ、そうせざるを得ないだろうな。潮との直接的な交流は逆効果になりかねないし、間接的にするにしても、曙の存在は欠かせないだろうからな」

 

「……流石、親子ですね」

 

「誰でもそう考える。しかし、親父は本当に曙との交流に失敗したのか? 上手くいっていたが、しくじったとか?」

 

「いえ……。何度も曙さんに話しかけてはいたようですが……。曙さんは悪態をつくばかりで……。最終的に、潮さんの事は曙さんに任せると、佐久間さんは言っていました……」

 

諦めた訳か。

親父らしくもない。

いや、あまり知りはしないのだが――それでも、今まで聞いてきた『佐久間肇』の出す結論としては、あまりにも――。

 

「大淀、お前から見て、佐久間肇と曙の交流に、何か違和感はなかったか?」

 

「違和感……ですか……?」

 

「あぁ。佐久間肇が、簡単に引き下がるとは思えん。お前もそう思っているのではないか?」

 

大淀は少し考えた後、どこか寂しそうな表情を見せた。

 

「大淀?」

 

「……私も、佐久間さんが簡単に引き下がるとは思いませんでした。何か、考えがあるのだろうと……。しかし……佐久間さんがそれを話すことはありませんでしたし、普段も、あの人は、私には何も言わずに……」

 

大淀はとうとう、俯いてしまった。

 

「……悪い。嫌な事を思い出させてしまったな……」

 

大淀は首を横に振った。

 

「いいんです……。それも、佐久間さんの作戦だったのだと思いますし、実際、それで成功していたこともありますから……」

 

俺は、夕張の顔を思い出していた。

大淀の表情は、夕張がよく見せていたものとそっくりであった。

つまり、俺は――。

 

「ごめんなさい……。お役に立てなくて……」

 

「いや……。そうか……。親父にも、そういうところがあったんだな」

 

大淀は小さく頷くと、目を伏せてしまった。

 

「……なるほど。よく分かったよ。どうして親父が、曙との交流に失敗したのか」

 

「え……?」

 

「作戦に、お前がいなかったからだ。きっと、お前の協力があったら、結果は大きく変わっていただろうよ」

 

大淀は寂しそうに微笑むと、気を遣うように言った。

 

「ありがとうございます。きっと、そうですね」

 

「あぁ、そうさ。だからさ、大淀」

 

「……?」

 

「今度は一緒にやってみないか? 親父が成せなかったこと、お前となら出来るはずだ」

 

流石にクサかったのか、大淀は噴き出していた。

 

「慰めてくれているのは、伝わっていますよ」

 

「心外だな。俺は本気で言っているんだぜ」

 

「えぇ、分かっています。本気で慰めてくれていると――」

「――大淀」

 

言葉を切り、大淀に向き合った。

 

「俺は、親父の様にはならないし、親父の様にはしない。今までお前を騙してしまったことはたくさんあるし、ペテン師だと言われる始末だけれど……俺は、親父の様には死なないし、お前を傷つけない。約束する」

 

「提督……?」

 

「慰めなんかじゃない。俺は、本気で言っているんだ。信じてくれ」

 

永い沈黙が続く。

大淀の綺麗な瞳の中で、俺の姿は揺れているように見えた。

 

「……そうやって、親子そろって、私を騙そうとするんですね」

 

「……血は争えんらしい」

 

大淀は微笑み、近づくと、そっと、頭を俺の胸に預けた。

 

「嫌じゃないんですか……?」

 

「え?」

 

「私が……いつまで経っても……佐久間さん佐久間さんって言っていること……。貴方に佐久間さんを重ねて――貴方が佐久間さんを演じて、私を慰めなければいけないこと……」

 

こういう時『そんなことはない』と、答えるのが普通だろう。

だけど――。

 

「……正直、嫌だと思っている。いい加減、親父の事は忘れて欲しいし、よく知らない親父を演じるのもキツイ……」

 

大淀の前で、嘘はつけなかった。

それは、大淀の事をよく知っているからであり――大淀との信頼には、それが必要だと――しかしそれは、却って親父を演じるようで――騙しているようで――。

だからこそ、俺は――。

 

「大淀」

 

「はい……」

 

「俺じゃ、駄目なのか……?」

 

「え……?」

 

「俺じゃ……親父を越えられないか……? お前を満足させるような男にはなれないか……?」

 

大淀は顔を上げると、動揺した表情で俺を見た。

そして、俺の表情に、より一層の動揺を見せていた。

 

「な……何を言っているのですか……?」

 

確かに、俺は何を言っているのだか……。

けど、つまり、こういう事だよな……?

 

「親父ではなく……俺を好きになれないのか……?」

 

大淀は――。

 

「え……あ……」

 

今までにないほどに動揺し、今までにないほどに顔を赤くしていた。

 

「俺の事は、嫌いか……?」

 

大淀は、首を横に振った。

 

「じゃあ、好きか?」

 

大淀は答えなかった。

ただ目を伏せ、額に汗をにじませていた。

外にはまだ、雪が積もっているというのに――。

 

「大淀」

 

「は……はい……」

 

「悪いが、俺は親父にはなれない。だからこそ、俺は俺として――雨宮慎二として、お前に接したいと思っているし、お前に想われたいと思っている。親父の事なんか忘れてほしい。俺がお前の心を埋めてやるから――」

 

大淀は頭突きをするように、再び俺の胸に頭を預けた。

 

「大淀……?」

 

「……なんですか、それ」

 

「え?」

 

「なんですか……。そんな……貴方に惚れろって事ですか……? 貴方を……恋い慕えと……? そんなの……馬鹿馬鹿しいです……。馬鹿です……」

 

「……そうかもな。でも、そういう事なんじゃないのか……?」

 

「全然違いますよ……。なにが……お前に想われたい……ですか……。私の心を埋める……? まるで……私が失恋して……寂しいと言っているような……。馬鹿にしないで下さいよ……」

 

大淀は、表情も見せず、ただただ文句を言った。

 

「実際、そうなんじゃないのか……?」

 

「違いますよ……」

 

「だったら、俺に佐久間肇の影を見るのは何故だ……?」

 

「それは……仕方がないじゃないですか……! 貴方があの人に似ているのがいけなくて……」

 

反論が反論になっていない。

まるで、頑なに非を認めない子供の様な――大淀らしくない――可愛らしくもある反論であった。

 

「そもそも……貴方を好きになったとして……その恋が実ることなんてあるのですか……?」

 

「どうかな……」

 

「ほら……それが貴方の本音なんですよ……。私を利用しようと――機嫌を取ろうとして――佐久間さんも同じでしたよ――貴方を好きになったところで、貴方が振り向く訳じゃない……」

 

「振り向いて『欲しかった』のか?」

 

俺の言葉に――その真意に、大淀は気が付いているようであった。

 

「お前が佐久間肇を忘れられないのは、未だに恋心を引きずっているからだ。それを認めなければ、進めないと思うぜ……」

 

大淀は何も言わなかった。

 

「佐久間肇は死んだ……。そして……お前の恋は実らなかったんだよ……。失恋したんだ……」

 

大淀は――俺から離れると、その表情も見せず、部屋を出て行ってしまった。

 

「…………」

 

俺は、床に落ちた涙を、ただ見つめる事しかできなかった。

 

 

 

執務室を出ると、なにやら外の方から声が聞こえて来た。

 

「随分と騒がしいな」

 

「この雪です。皆さん、はしゃいでいるのですよ」

 

声をかけて来たのは、鳳翔であった。

 

「なるほど……」

 

窓の外を覗いてみると、皆が雪合戦をしたり、雪だるまを作って遊んでいた。

 

「あれだけ遊ばれたら、雪かきもいらないかもしれないな」

 

「そうだとしても、泊地までの雪かきはしていただかないと」

 

「なら、あいつらに言っておこうかな。泊地の方まで遊んで来いと。そっちの方が、雪質がいいと」

 

「どこだって、雪質は一緒ですよ。諦めて雪かきしてください」

 

「ちぇ……」

 

遊んでいる駆逐艦の中に、第七駆逐隊の姿はなかった。

 

「潮ちゃんの事……心配ですか……?」

 

「あぁ……。けど、話しかけるのは逆効果だしな……。今はそっとしておこうと思う」

 

「そうですか……」

 

「あまり酷いようなら、しばらく寮に来ることは控えようとも思っている」

 

「もしそうなったら、家までお食事をお持ちいたしますよ。何だったら、そちらでお作りいたします」

 

「あぁ、そうしてくれると助かるよ」

 

鳳翔は嬉しそうに微笑むと、いそいそと食堂へと戻っていった。

 

「さて……」

 

そっとしておくとは言ったが、やはり何か対策をとらないといけないよな。

大淀に協力を仰ごうにも、そっちはそっちでそっとしておかなければいけないだろうしな……。

 

「やはり、キーとなるのは曙か……」

 

親父は如何にして、曙との交流を図ったのだろうか。

潮を守りたいという気持ちは一緒だっただろうし、そこを押したのだろうが――しかし、それで駄目だというのなら――。

 

「しれえ」

 

声に振り返ると、雪風が何やら優しい表情を見せていた。

 

「雪風。どうした? 皆と遊びに行かないのか?」

 

「はい! 遊びに行こうと思ったのですが、ソリがどうしてもとれなくて……。しれえ、一緒に来てくれませんか?」

 

ソリがとれないってどういうことだ?

雪風について行くと、裏の倉庫に辿り着いた。

 

「あそこです」

 

指さす先――高い位置に、ソリが置かれていた。

なるほど、ソリがとれないってのは、高い位置にあるからとれないって事か。

相変わらず説明が少ないと言うか……。

 

「これだな? よっと……」

 

「しれえ」

 

「ん、なんだ?」

 

「さっき、何を悩んでいたのですか?」

 

「え?」

 

「窓の外をぼうっと見つめていましたよね。何か、悩んでいるんじゃないかなって」

 

ソリを下ろし、雪風に目を向ける。

その目は――。

 

「潮さんの事……なんじゃないですか?」

 

扉の前に立つ雪風の顔には、影がかかっていた。

 

「……どうしてそう思う?」

 

「顔に書いてあります」

 

俺は思わず、自分の顔を触ってしまった。

 

「ふふ、そうなんですね」

 

「……ほら、ソリだ」

 

ソリを受け取った雪風は、お礼を言う訳でもなく、会話を続けた。

 

「佐久間さんは、曙さんによく話しかけていました。でも、曙さんは『クズ人間が話しかけるな』なんて、暴言を吐いていました――」

 

まるで、俺の心を読んだかのように、雪風は淡々と話をしている。

かなり不気味な事のはずなのに、それが当然の事だと思って、話を聴いている自分がいた。

 

「――というのが、皆さんの知っている、佐久間さんと曙さんの関係です。でも、本当は、佐久間さんと曙さん、ちゃんと交流が出来ていたんですよ」

 

「え?」

 

「佐久間さんの『潮さんを守りたい』という気持ちは、ちゃんと曙さんに伝わっていたんです。だから曙さんも、佐久間さんに協力して、二人で潮さんの問題を解決しようとしたんです」

 

「ちょっと待て……。なんだ、その話……? 聞いたことないぞ……」

 

「そのはずです。あれは、二人だけの秘密でしたから。曙さんが佐久間さんに協力していると知ったら、潮さんはどう思うでしょう?」

 

クイズを出すように、雪風は俺の反応を待った。

そして、答えが出たことを察したのか、言葉を続けた。

 

「そうです。二人は、表では敵対しているように見せて、裏では協力することにしたんです」

 

「……どうしてお前がその事を?」

 

「……何度か、二人で会っているところを見たんです。二人は、バレていないと思っていたようですけれど……」

 

二人で会っていた……か……。

仮に本当だとしても、大淀はその事に気が付けなかったのはおかしい……。

雪風が嘘をついている……?

いや……。

 

「もしかして、その話をするために、俺をここに?」

 

雪風は優しく微笑むと、俺に近づき、手を取った。

 

「雪風?」

 

「夢じゃないんですね……」

 

「え?」

 

「貴方は……ここにいる……。どこにでも居て、誰にでも優しくて――でも、それはただの夢であって――貴方が本物だって分かるまで、時間がかかったけれど――夢じゃないんだって分かったから――」

 

俺に語り掛けている――というよりも、まるで独り言のようにつぶやいている。

内容はよく分からんが、雪風の表情から、何やらただならぬ事情を感じる。

 

「しれえ」

 

「な、なんだ?」

 

「雪風は、最後まで、この物語を――いえ……貴方の物語を……見届けたいと思っているんです……。そして、そこに、雪風も一緒に居たいと、思っているんです……」

 

「そ、そうか……」

 

よく分からんのに、テキトーに返事をしてしまった。

雪風は目を瞑り、祈るように俺の手を握ると、優しく微笑んで見せた。

 

「雪風に任せてください」

 

「え?」

 

「曙さんの件です。必ずしれえと交流するよう、説得します」

 

「説得って……一体どうやって――」

「――でも、雪風に出来ることは、そこまでです。その後の事は、しれえの腕次第です」

 

そう言うと、雪風は俺の手を離した。

 

「しれえ、ちょっとしゃがんでください」

 

「え? こ、こうか?」

 

「ちょっとだけ、我慢です」

 

そう言うと、雪風は顔を近づけた。

 

「お、おい……」

 

「動かないで……」

 

雪風は――。

俺は、動くことが出来ず――。

 

「――……」

 

一筋の糸を光らせながら、雪風は舌を離した。

 

「ゆ、雪風……? 今のは――」

「――これで大丈夫です」

 

大丈夫?

何が、大丈夫なんだ?

 

「ごめんなさい。しれえは、佐久間さんと違って、皆さんと接触する機会が少ないので、こういう手段しか取れませんでした」

 

「手段……? 雪風、お前、さっきから何を言って……」

 

「雪風ー、ソリあったの?」

 

暁の声に、雪風の表情は、一気に子供のものへと変わった。

 

「あら? 司令官?」

 

「暁……」

 

「ソリ、ありました! 高い所にあったので、しれえにとってもらったんです!」

 

そうだよね、とでもいうように、雪風は満面の笑みを見せた。

 

「あ、あぁ……」

 

「そうだったの。あ、じゃあ、暁のもとってもらえる?」

 

「おう」

 

ソリをとってやっている間に、雪風は倉庫を出ていってしまった。

 

「ありがとう、司令官!」

 

「あぁ」

 

去って行く暁の背中を見送った後も、俺はその場所を動くことが出来なかった。

 

「雪風……」

 

お前は、一体――。

 

 

 

その日の夕食時、第七駆逐隊は、全員揃って食堂へとやってきた。

皆、潮を気遣い、俺から離れた席に座っていた。

 

「鳳翔。潮の奴、もう大丈夫なのか?」

 

「大丈夫……ではないのでしょうけれど……」

 

てっきり、今日は来ないものだと思っていたが……。

ふと、雪風と目が合う。

雪風は優しく微笑むと、すぐに視線を外した。

 

「まだ不安は残りますが、食堂に来たという事は、とりあえずは大丈夫なのでしょう」

 

とりあえず、か……。

まあ、そこまで重症だという訳ではないと分かっただけ、まだ良かった。

 

「これで、提督の家にお食事を作りに行く建前がなくなってしまいました」

 

「別に、建前なんぞなくとも、作りに来ればよかろう」

 

「それでは駄目なんです。あまりにも露骨過ぎては、ドキドキも薄れてしまうというものです。建前の裏にある本音がどんなものなのか、それを想像させることこそ、女の魅力だと思いませんか?」

 

「どうかな……。俺は、はっきり言ってくれた方がいいよ」

 

「でしょうね。提督って鈍感ですから」

 

そう言うと、鳳翔は何故か拗ねた態度を見せた。

建前の裏にある本音を想像させる……か……。

 

『しれえ』

 

少し違うかもしれないが、俺の頭には、雪風の顔が浮かんでいた。

要するに、隠し事のある女には魅力がある、という事なのだろう。

だとしたら、確かに雪風は――。

 

 

 

消灯時間が近づくと、大淀が執務室へとやって来た。

 

「よう。もう大丈夫なのか?」

 

「大丈夫、とは?」

 

とぼけるように、大淀はそう言った。

 

「……まあいい。何か用か?」

 

「いえ。皆さんが食堂に布団を持ち寄っているようなので、提督はいかがされるのだろうかと思いまして」

 

俺は、窓の外を見た。

駆逐艦たちが作った雪だるまが数体と、ぐちゃぐちゃになった地面が広がっていた。

 

「昨日よりもマシになったし、今日は流石に帰ろうと思う。潮の事もあるしな」

 

「そうですか。皆さん、残念がると思いますよ」

 

「どうかな。それに、実は昨日、少し寝つきが悪かったんだ。寝坊したのも、それが原因だ」

 

「それはまたどうして?」

 

「寒かったのと、なんだか緊張して眠れなかったんだ」

 

「あら、案外そういうところがあるんですね。私はてっきり……」

 

「てっきり、なんだ?」

 

「いえ、別に」

 

小馬鹿にするように、大淀は笑った。

そういえば、すっかり忘れていたが、昨日、霞が布団に入って来たんだった。

ありゃ一体、どういう事であったのだろうか。

 

「さて、そろそろ消灯時間ですね。外は危険ですから、お送りしますよ」

 

「フッ、別にいいよ。送るなんて」

 

「いえ。外の様子も気になりますし、確認のついでですから」

 

「外の様子なんて、昼間に見れただろうに」

 

「忘れちゃったんです。どこかの誰かさんのせいで」

 

細い目で俺を見る大淀。

反論しようかと思ったが、なんだか面倒な事になりそうなので、やめた。

 

「……分かった。帰宅の準備をするから、少し待っていてくれ」

 

「分かりました」

 

そう言うと、大淀は部屋を出ていった。

今朝の事もあって、避けられるだろうと思っていたが、流石は大淀だな。

公私混同はしない主義か。

 

 

 

準備を済ませ、部屋を出ると――。

 

「提督、聞きましたよ。今日はこっちで寝ないんですね」

 

いつものメンバーが、待ち受けていた。

 

「せっかく布団を敷いたのに……。これじゃあ、夢の続き、見られないじゃないですか」

 

「明石、お前、夢の続きが見たかったのか?」

 

「そりゃ……」

 

俺の言いたいことが分かったのか、明石は黙り込んでしまった。

皆は不思議そうに明石を見ていた。

 

「別に、一緒に寝たから夢を見られるって訳じゃないだろうに」

 

「でも、一緒に寝る時にしか見られないのよ?」

 

そう言ったのは、暁であった。

 

「一緒に寝ないと夢に出てこないの。そうよね?」

 

同意したのは、雷と電であった。

 

「どうしてそう言い切れるんだ?」

 

「前にも、同じことがあったの。第六駆逐隊全員で、司令官と……あ、司令官じゃない『司令官』ね? その『司令官』と一緒に寝た時も、みんな同じ夢を見たの」

 

一緒に寝ると……か。

確かに、明石の夢を見た時も、一緒に寝ていたしな。

艦娘には夢を見せる力でもあんのか?

なんて。

 

「まあ、偶然だろうな。皆が皆、そう思い込んでいるだけなのかもしれないし。とにかく、今日は帰るよ。家の方も心配だしな」

 

皆の残念がる声を背に、俺は玄関へと向かった。

 

 

 

門を出た辺りで、大淀は待っていた。

 

「待たせたな」

 

「いえ。では、行きましょうか」

 

そう言うと、大淀は海辺の方へと歩き出した。

 

「おい」

 

「外の様子を見ると言ったじゃないですか。付き合ってくださいよ」

 

「……俺まで行く必要があるのか?」

 

「こんな夜中に――しかも、足場も悪い中、女性を独りにするのですか?『俺に惚れろ』と言うのなら、少しはレディーに対して配慮しては?」

 

こいつ……。

 

「なにがレディーだ……。それに、俺は『惚れろ』なんて、一言も言ってねぇぞ」

 

「言ったようなものでしょう? いいですから、来てくださいよ……。話したいことが……あるんです……」

 

「え?」

 

「……相変わらず察しの悪い方ですね」

 

そう言うと、大淀はつかつかと歩き出した。

 

「あ、おい!」

 

 

 

泊地までの雪は、そこまで酷くはなかった。

 

「待てよ大淀。そんなに速く歩いたら、転んでしまうぞ」

 

「大丈夫です……。この程度の雪だったら……」

 

その時であった。

 

「きゃっ!?」

 

少し坂になっているところで、大淀は尻餅をついてしまった。

 

「言わんこっちゃない……」

 

手を差し伸べてやると、大淀は不貞腐れた表情で、その手を取り、立ち上がった。

 

「ありがとうございます……」

 

「ったく……。何をそんなに急いでいるんだ……」

 

「別に、急いでいるわけでは……」

 

「じゃあ、なんだってんだ?」

 

そう訊いてやっても、大淀は答えなかった。

 

「……まあいい。ほら、行くぞ」

 

再び手を差し伸べてやる。

 

「な、なんですか……? その手は……」

 

「また転ばれでもしたらかなわんからな」

 

「べ、別に……もう大丈夫ですから……」

 

そう言った矢先、大淀は足を滑らせた。

何とか耐えたようではあるが……。

 

「……ほら」

 

大淀は何を言う訳でもなく、不服そうに手を取った。

 

 

 

泊地の様子を確認した後、雪が少しだけ残っている海辺を歩くことにした。

 

「もう大丈夫ですから……」

 

そう言うと、大淀は手を離した。

 

「そうかい」

 

月の出ていない夜であった。

それでも、雲が本土の明かりを反射しているせいで、空は明るかった。

 

「して、話とは?」

 

そう言ってやると、大淀は足を止めた。

 

「話があるんだろう? あまり遠くへ連れていかれてはかなわんし、この辺りで話してくれ」

 

大淀はゆっくりとこちらを向くと、何やら落ち着かない様子を見せていた。

 

「大淀? 大丈夫か?」

 

心配するように声をかけてやると、大淀は急に怒り出した。

 

「からかっているんですか!?」

 

「え?」

 

「そういう経験がない女だと思って……。貴方はいいですよ! 艦娘にモテますし、嫌でもそういう経験が出来ますものね!?」

 

「な、なに怒ってんだ? 急にどうした?」

 

「そんなに面白いですか!? 私の動揺する姿が!」

 

唖然とする俺とは対照的に、勝手にヒートアップする大淀。

マジで何を怒っているのか、俺には分からずにいた。

 

「別に、手を繋いだから動揺しているだとか、変に意識しちゃっているだとか……そういうのは普通の反応だと思います……! 貴方がおかしいんですよ! 大体、貴方は鈍感過ぎるんです……! なのに、相手を勘違いさせるような発言ばかりして……。それでいて、貴方はなーんにも意識していなくて……」

 

大淀自身も、何を怒っているのか、よく分かっていないように見えた。

だからこそ、俺は冷静になることが出来た。

 

「ちょっと! 聞いているんですか!? 私のこと、馬鹿にして――」

「――あぁ。ちゃんと聴いているよ。馬鹿になんてする訳なかろう。お前の話は、いつだって真剣だ。だから、俺も真剣に向き合っている。今も同じだ」

 

「――っ!」

 

大淀は、何やら悔しそうな表情を見せた後、俺の顔を見て、徐々に冷静さを取り戻していった。

 

「……落ち着いたか?」

 

俯き、小さく頷く大淀。

 

「ごめんなさい……。私ったら……何をこんなに……」

 

永い沈黙が続く。

潮風が、大淀の熱くなった心を、冷ましてくれているようであった。

 

「私……」

 

俯いたまま、大淀は口を開いた。

 

「貴方に言われて……改めて……佐久間さんの事を考えたんです……。私は、佐久間さんの事が好きでした……。それは、仕事仲間としてであり、一個人としてであり、異性として……でした」

 

過去を想うように、大淀は目を瞑った。

 

「あの人なら、必ず、全ての艦娘を人化させてくれると信じていた……。そして、私の未来に――私と共に、未来を歩んでくれる人だって、信じていました……」

 

その未来は、親父の死によって――。

だが、仮に親父が死ななかったとしても、その未来は、きっと――。

大淀もその事が分かっているのか、悲しそうな表情を見せていた。

 

「あの人に妻がいた事……そして、子供までいたことは、確かにショックでした……。でも、逆に安心したんです……」

 

「安心……?」

 

「もし……私が……あの人に気持ちを伝えていたら――……」

 

大淀は、その先を言わなかった。

だが、俺には分かっていた。

分かっていたからこそ、あえて口に出した。

 

「フラれるのが怖かった訳か……。そして、その恐怖は、今日まで続いていたという訳だな……」

 

「私があの人を諦めきれなかったのは、それが理由です……。そして、貴方に『失恋したんだ』と言われた時、私は、現実を突きつけられた気持ちになって――ずっと、逃げて来たのに――だから――」

 

あの時の涙は、そういう事であったのか……。

 

「本当……笑っちゃいますよね……。現実は分かっているはずなのに、私は未だに、気持ちを伝えていたら……なんて、都合のいいように思い込んでいて……。馬鹿みたいに意地張っちゃって……」

 

俺はそれに、何も声をかけてやることが出来なかった。

慰めも、からかいも、今の大淀には、きっと――。

 

「でも、貴方も大概ですよ……。佐久間さんを忘れるために、俺を好きになれ、なんて……」

 

そんな事は――いや、言ったようなものなのだろうか……。

 

「でも、一番の大馬鹿は……」

 

大淀は目を開けると、俺をじっと見つめた。

 

「そんな言葉に騙されてもいいかも……なんて、考えてしまった……私なのかもしれません……」

 

潤む瞳、赤くなった耳――そのどれもが、月のないこの夜の中で、キラキラと輝いて見えていた。

 

「大淀……」

 

「貴方が……佐久間さんと同じように、既婚者であればよかったのに……。貴方が……誰かのモノであればよかったのに……。誰のモノでも無くて……誰のモノにでもなれて……誰からも求められているから……」

 

大淀が近づいてくる。

 

「揶揄ってくるし……マウント取ってくるし……ペテン師だし……。女たらしで……鈍感で……」

 

「…………」

 

「なのに優しくて……温かくて……あの人の息子だとは思えないほど、私に向き合ってくれて……」

 

大淀は足を止めると、俺の胸に頭を預けた。

 

「どうしてそんな人なんですか……。どうして……思わず好きになっちゃうような――あの人を忘れてもいいかもって――そんな存在なんですか……。どうして……」

 

「大淀……」

 

「失恋が怖いのに……。どうして私は……」

 

大淀は顔を上げると、再び俺の目をじっと見つめた。

 

「これ以上は……ダメです……。ダメ……なのに……」

 

言葉とは裏腹に、大淀は――。

そして、俺は、無意識の内に、その気持ちに応えてしまっていた。

 

「――……」

 

永く――それでいて、拙いものであった。

緊張しているのか、体が小さく震えていて、目は瞑られていた。

波の音よりも、彼女の心臓の音が、とても煩くて――。

 

「…………」

 

大淀はゆっくりと頭を下げると、そのまま、そっと、恐る恐るではあるが、俺を抱きしめた。

何か声をかけてやろうかと思ったが、真っ赤に染まった大淀の耳を見て、そのままなにも言わずにいることにした。

 

 

 

どれだけの時間が経っただろう。

落ち着いたのか、大淀は俺から離れると、そっぽを向いてしまった。

大丈夫か? なんて声をかけようものなら、さっきのように怒られてしまうだろう。

先ほど、どうして大淀が怒っていたのか、今なら分かるような気がする。

 

「抵抗してくださいよ……」

 

やっとの事で、大淀はそう言った。

 

「なんで受け入れちゃうんですか……。そういうところですよ……」

 

「そういうところを、好きになってくれたのか?」

 

大淀は何も言わなかった。

 

「親父は……佐久間肇は、そういう事、しなかったか?」

 

「……分かっているんでしょう?」

 

「……そうか」

 

それでも――か……。

 

「大淀」

 

「……なんですか?」

 

「ありがとう。俺を見てくれて……」

 

大淀はしゃがみ込むと、いじけるように言った。

 

「ほらまた……。そういうこと……」

 

それから俺たちは、熱くなった気持ちを冷ますように、静かな海を眺めていた。

 

 

 

しばらくして、気持ちが少し落ち着いたのもあって、俺たちは寮へと向かっていた。

 

「…………」

 

あれから大淀は、一言も話すことはせず、ただ手を引かれていた。

 

「また転ぶなよ」

 

そう言ってやっても、ただ頷くだけで、顔を上げることもしない。

 

「……大丈夫だ。明日になったら、いつものお前に戻っているんだろう? お前はそういうやつだ」

 

大淀は首を横に振った。

 

「自信が無いってか?」

 

「そりゃそうですよ……」

 

かすれた声であった。

 

「初めてなんです……。こんな……」

 

「笑ってやろうか?」

 

「今笑われても……怒る気になれません……。手も握られているし……」

 

慣れていない感情に、支配されているようであった。

佐久間肇の事が好きだとは言っていたが、もしかして、それ以上に――。

 

「……着いたぞ」

 

門の前で、手を離してやる。

大淀の手が、ゆっくりと下がってゆく。

 

「じゃあ……ここで……」

 

「はい……」

 

「また明日な。じゃあ……」

 

そう言って、去ろうとした時であった。

 

「……提督」

 

「ん、なんだ?」

 

大淀は意を決したように顔を上げると、胸に手をあてながら、言った。

 

「――きです……。貴方の事が……好きです……」

 

そう言われ、まだはっきりとその言葉を言われていなかったことに気が付く。

 

「それだけです……。では……」

 

大淀は小走りで、寮へと戻っていった。

 

「…………」

 

俺は何故か、さっきよりも――キスをした時よりもドキドキして、しばらくそこから、動くことが出来なかった。

 

 

 

気持ちを落ち着かせ、家へと向かっている途中、あることに気が付いた。

 

「足跡?」

 

家へと続く、一本の小さな足跡。

昼間、誰かが家に来ていたという事であろうか。

 

 

 

足跡は、庭へと続いていた。

しかし、庭で遊んだような形跡はなく、遊具もまた、雪をかぶっていた。

 

「何しに来たんだ?」

 

家に入ると、強烈な眠気が俺を襲った。

思えば、昨日もあまりよく眠れていなかったし、色々と考えることもあって、大変な一日であった。

 

「風呂は……もう明日でいいか……」

 

布団を敷き、すぐ床に就いた。

 

「ふわぁ……」

 

本当、色々と考えさせられる一日であったな……。

潮の件もそうだし、雪風の件もそうだし、大淀の事も――。

 

「…………」

 

大淀……。

明日から、どんな顔をして会えばいいのだろうか……。

 

『貴方の事が……好きです……』

 

あの告白を聞いて初めて、大淀の本当の気持ちに向き合えたように思う。

あの大淀が――そう思えば思うほどに、俺は何故か、ドキドキしていた。

もしかして、俺は――。

 

 

 

 

 

 

誰かが俺を呼んでいる。

目を開けると、そこは――。

 

『ここは……』

 

わざとらしいくらいの洋風な部屋。

木造の机、椅子――壁には、顔のない軍人らしき写真が飾られていて――。

 

『やっとお目覚めね……』

 

声に振り向くと、そこには――。

 

『曙?』

 

曙は、セーラー服のような制服を着ていた。

ありゃ確か、戦時中の――。

あぁ、そうか……。

これは……。

 

『夢か……』

 

『そう、夢よ。でも、いつもあんたが見ている夢とは、少し違うわ』

 

少し違う、か……。

確かに、何故かは分からないが、いつもよりも意識がはっきりしているというか、あまりにもリアルというか――。

まあ、そう思い込んでいる夢、なのだろうけれどもな。

 

『案外冷静じゃない。もっと取り乱すものだと思っていたけれど……』

 

『まあ、そうだな。夢だって分かっているからかな』

 

『なるほど……。まだ状況が分かっていないって訳ね……』

 

『よく分かっているさ。これは夢。そもそも、お前がそんなに話しかけてくるわけないし、すぐに夢だって気が付けたよ』

 

『いいえ、分かっていないわ……。これは夢であって夢じゃないの……。まあ、いきなり分かれって言う方が、無理あるけれど……』

 

流石は夢だな。

何を言っているのか、さっぱりだ。

 

『しかし、なんだここは? まるで、戦時中の海軍本部じゃないか』

 

窓の外には、資料でしか見た事がないような工廠などが見てとれた。

 

『ここは昔の海軍本部なのよ。あんたは提督で、あたしは秘書艦……。イメージを変えたいのだけれど……あんたの親父が、このイメージがやりやすいって言うから……』

 

曙の言葉を、右から左へと受け流す。

というよりも、何を言っているのかよく分からないので、俺は窓の外に意識を向けていた。

 

『ちょっと、聞いているの?』

 

『ん、あぁ……。聞いているよ。俺は提督で、お前は秘書艦なんだろ? 一気に出世したなぁ』

 

曙は、わざとらしいため息をつくと、近くにあった椅子に座った。

 

『まあいいわ……。話半分で聞いて……。今、あんたが見ている夢は、夢であって夢じゃない。『ヘイズ』によって生み出された、記憶なの』

 

『『ヘイズ』って、確か、艦娘を艦娘たらしめる細菌か?』

 

『えぇ……。厳密には、細菌とは違うのだけれど……。あんたの親父は、放射性物質のようなものなんじゃないかって言っていたわ』

 

放射性物質。

まさか、俺の夢で、そんな単語が出てくるとは。

 

『『ヘイズ』感染者は、同じく『ヘイズ』に感染した者の近くで眠ると、必ずと言っていいほど、同じ夢を見るの。『ヘイズ』は、記憶に影響を及ぼす信号のようなものを出すことは分かっているけれど、どうして同じ夢をみるのかは分かっていないわ』

 

どれもこれも、聞いたことのない話であった。

夢だとはいえ、中々面白い話をするじゃないか。

俺は、曙へと視線を移し、話を聞くことにした。

 

『あんたの親父は『ヘイズ』が放射線のようなものを出して、信号のやり取りをしているのではないかと言っていたわ。まあ、確かめる術はないし、そもそもそこは重要じゃないわ』

 

『ヘイズ』が放射線物質で、放射線を出している、か……。

面白いな。

今度、本部の連中に話してみようかな。

酒の席で。

 

『あんたは既に『ヘイズ』に感染していたようだけれど、ここまでハッキリした夢は見られていなかった。そうでしょう?』

 

俺が答えないでいると、曙は呆れた表情を見せた。

 

『昨日、寮で眠った時、あんたは夢を見た。皆の夢よ。あたしの夢にも、あんたは出て来ていた。でも、あんたはあんたじゃなくて、記憶の一部だったようだけれど……』

 

あの夢か……。

あれは、最悪な夢であった。

 

『皆が、あんたと同じ夢を見ていた。それは『ヘイズ』によるものなの。この夢のように、はっきりとしたモノでなかったのは、あんたの『ヘイズ』が弱いと言うか、少ないと言うか……。とにかく、感染量が少なかった……とでも言っておくわ。だから、雪風は、あんたに……』

 

そう言うと、曙は顔を赤くした。

 

『本当……信じられない……。どうして雪風は、そんな事を簡単にできちゃうのかしら……。そもそも、どうして雪風が、あたしとあいつがここで会っていたことを知って……』

 

自分を落ち着かせるように、曙は深呼吸した。

 

『……とにかく、そういう事よ。これは、夢であって夢じゃないの。それだけは分かって欲しい』

 

『あぁ、分かったよ。それで? 他に面白そうな話は無いのか?』

 

『……あんた、分かっていないでしょ。本当に、あいつの息子なの……?』

 

『そうらしい』

 

『はぁ……。まあ……そうよね……。いきなりは信じられないわよね……。分かったわ。じゃあ、こうしましょう』

 

そう言うと、曙は机の上にあったメモ用紙に、変なマークを描き始めた。

 

『このマークをよく覚えておいて。明日の朝、庭に同じマークを雪で描いておくわ。それなら、同じ夢を見た証拠になるでしょう?』

 

『確かにそうだな』

 

にしても、へんてこなマークだ。

 

『なに? ニヤニヤして……』

 

『いや、悪い』

 

『……いい? この事は、誰にも言ったらダメよ。特に、潮にはね……』

 

『言わないよ。そもそも、話しかけられないだろう』

 

『……それもそうね。でも、念のため、よ……』

 

その時であった。

目の前にあった机が、ぱっと消えてしまった。

 

『もうなの……? まあ、最初はこんなものよね……』

 

同じように、色々と消えて行く。

 

『いい? 必ず庭を見るのよ。絶対よ?』

 

そう言うと、とうとう曙まで消えてしまった。

やがて、辺りは真っ暗になって、俺は――。

 

 

 

 

 

 

「んん……」

 

強い光に目を覚ます。

 

「朝か……。ふわぁ……。凄い夢だったな……」

 

いつもとは違い、何故か、夢の事ははっきりと覚えていた。

 

「なんか……頭が重いような……。とりあえず……シャワー浴びるか……」

 

 

 

すっきりしたところで、寮へと向かおうと、家を出た時であった。

 

「あれ?」

 

昨日みた足跡が、一つ増えていた。

同じように、庭へと続いている。

 

「…………」

 

そういえば、昨日見かけた足跡……ありゃ、おかしいよな。

 

「どうして……一本しかなかったんだ……?」

 

庭へと続く足跡は、確かに一本しかなかった。

寮の方から、庭へと向かう足跡。

それしかなかった。

そうだ。

『それしかなかった』のだ。

 

「じゃあ……あの時……」

 

バックトラックでない限り、足跡が一本だったという事は、家にまだ、誰かいたという事だ。

そして、このもう一本の足跡――庭から寮へと向かう足跡は、俺が眠っている間に、その誰かが家を出ていったという事だ。

 

「……いや」

 

もしかしたら、もう一本の足跡を、俺が見落としていただけなのかもしれない。

暗かったし、大淀の事を考えていたのもあったし――。

 

『いい? 必ず庭を見るのよ。絶対よ?』

 

俺は、庭の方へと向かった。

途中、何度かその場をウロウロしたかのように、足跡が乱れていた。

そして、庭を見てみると……。

 

「……嘘だろ」

 

そこには、夢で見たものと同じマークが、でかでかと雪に描かれていた。

 

 

 

寮へと向かい、靴を下駄箱に仕舞おうとすると、手紙が置かれているのに気が付いた。

曙からのものであった。

 

『今日は執務室に泊まって。

 押し入れの一段目に布団を敷いて、頭が庭に向くよう眠って。

 この手紙の内容は、誰にも言わないこと。-曙-』

 

手紙の最後には、庭に描かれていたマーク――夢で見せてもらったマークが描かれていた。

 

「ふぅ……」

 

深呼吸して、心を落ち着かせた。

昨日見た夢……。

どうやら、曙の言っていた通り、夢であって夢ではないらしい。

 

「なるほど……なるほどな……」

 

言葉にしてはみたが、正直、理解が追い付かない。

夢の中で、曙はなんて言っていた?

確か『ヘイズ』が原因で夢を――そして、それは、近くで眠っていると影響してくるもので――つまり、昨日の夜、曙は――すると、あの足跡は――。

 

「……腹、減ったな」

 

腹の音と共に、思考が停止する。

ダメだ。

考えても、理解できるようなものではない。

『ヘイズ』についても、よく分かっていないことが多いし、そもそも、今、こうしているのも、もしかしたら――。

 

「よし! 見なかったことにしよう」

 

手紙をポケットに仕舞い、俺は食堂へと向かった。

 

 

 

食堂には、既に皆が集まっていた。

一瞬だけ曙と目が合ったが、すぐにそっぽを向かれてしまった。

だが、そっぽを向く合間に見えた表情は、どこか不安そうであった。

 

「おはようございます、提督」

 

「おはよう。いつも悪いな、鳳翔」

 

「いえ、好きでやっていることですから」

 

とにかく、今はいつものように振る舞うのが正解だろう。

手紙の事も、夢の事も、今は忘れて、この美味そうな朝食に集中だ。

席に着くと、大淀がいつものように立ち上がった。

 

「皆さん、おはようございます。昨日の雪がまだ積もっておりますので、外へ出る際には、転ばないように気を付けてくださいね」

 

いつもの大淀であった。

昨日は自信なさげであったが、やはり大丈夫であったか。

 

「それから、もし時間のある方がいらっしゃったら、泊地までの雪かきを手伝ってくれませんか?」

 

皆が面倒くさそうな声を上げる。

仕方ない……。

 

「いいよ。それは俺が一人でやるよ。大したことはなさそうだったし」

 

「え……し、しかし……一人では……」

 

「大丈夫だ。体も鈍っていたし、運動にちょうどいい」

 

そう言ってやると、皆は「任せた!」とでもいうように、俺に視線を送った。

 

「じ、じゃあ……私も……手伝います……!」

 

「え? いや、大丈夫だ。お前にはお前の仕事があるだろうし……」

 

「い、いえ! 手伝わせてください! それとも……私では……力になれませんか……?」

 

大淀の様子に、皆――俺も、唖然としていた。

 

「い、いや……。そういう訳ではないが……」

 

「で、では……」

 

「私も手伝う」

 

手を挙げたのは、夕張であった。

 

「わ、私も!」

 

続いて明石。

 

「あ、あたしも! あたしも手伝う!」

 

敷波。

 

「雪風も手伝います!」

 

「お、朧も!」

 

「漣も手伝いますぞ!」

 

次々に手が挙がって行く。

こいつら……ノリで手を挙げていないか……?

というか、やる気があるのなら、最初から挙げておけよな……。

 

「わ、分かりました……。では……希望者は、1000に、門の前に集合してください……」

 

大淀と目が合う。

「良かったな」と、目でサインを送ってみたが、分からなかったのか、大淀の表情は特に変わらなかった。

 

 

 

雪かきに集まったのは、潮、曙、大和、鳳翔……を除いた艦娘達であった。

驚いたことに、霞や山城まで参加している。

 

『参加したいのですが、お昼の準備がありますので……』

 

お昼の準備が無ければ、鳳翔も参加していたようだ。

そんな鳳翔の手伝いに、大和が名乗りを上げていた。

 

「こんなに参加するのなら、俺なんかいらなかったんじゃ……」

 

「提督が参加したから、みんなも参加したんです」

 

「まさか。お前がそうなだけだろう? 明石」

 

「本当に私だけでしょうかねぇ?」

 

明石は細い目を向けると、お尻で俺を小突き、皆の方へと行ってしまった。

 

「なんなんだ……」

 

「貴方が何なのよ」

 

声に振り向くと、夕張が寒そうな格好で立っていた。

 

「お前、寒くないのか?」

 

「力仕事をするのよ? すぐに熱くなるわ……。それよりも、どうして皆が集まったのか、本当に分かっていないの?」

 

「俺が参加したから?」

 

「それもそうだけれど……大淀さんの様子よ……。貴方と何かあったのは明らかだわ……。昨日、二人で何していたのよ……?」

 

「何って……普通に泊地の様子を見て、会話しただけだ」

 

「本当にそれだけ?」

 

夕張の目は、何か知っているかのような、疑いの色を見せていた。

 

「まあ、別にいいけど……。その事を、皆も分かっているのよ。それで焦りを見せたんじゃない? 貴方が大淀さんに取られちゃうって……」

 

「俺が取られるって……」

 

「全員が全員、そうではないようだけれど……。貴方の父親の時と同じよ。あの時も、大淀さんの様子に、皆、何か焦りを感じていたようだったわ」

 

親父の時と同じ……か……。

つまり、こいつらは――。

 

「ちなみに、私も同じ理由だから……。っていうか、私が最初に……手を挙げたんだから……」

 

「フッ……なんだそれ? なにが言いたいんだ?」

 

そう言ってやると、夕張は軽く頭突きをして、そそくさと皆の方へと走っていった。

 

「フッ……」

 

仮に、全員が全員、そういう理由で手を挙げるというのなら、やはりお前が一番に挙げるだろうとは思っていたよ。

本人には絶対言えないがな。

言ってしまったら、きっとお前は――。

 

 

 

雪かきは、一時間もしない内に終わってしまった。

 

「俺、ほとんど何もしていないのだが……」

 

雪かきの間、皆が話しかけてくるものだから、俺はほとんど何も出来ずにいた。

 

「これだけの人手を集めたのですから、それだけで大きな貢献ですよ」

 

別に、声をかけたわけではないのだがな。

駆逐艦たちは、ノリで来たようであるし……。

 

「司令官! 任務完了です!」

 

「朝潮。お疲れ様。一番頑張っていたな。疲れただろう?」

 

「み、見ていてくださったのですか?」

 

「あぁ」

 

皆がしゃべっている中で、朝潮だけは真面目に雪かきをしていたから、俺は申し訳ない気持ちで背中を見ていた。

 

「そ、そうでしたか……。えへへ……」

 

照れる朝潮の後ろで、霞がムスッとした表情で、海を見つめていた。

 

「霞も、ありがとな」

 

霞は一瞬だけ俺を見て、すぐにそっぽを向いてしまった。

 

「司令官」

 

朝潮は、俺にしゃがむよう言った。

そして、耳元へ近づくと、小さい声で教えてくれた。

 

「実は、霞が言い出したんですよ。雪かきに参加しようって」

 

「え?」

 

「でも、私が言ったことにして欲しいって。ああ見えて、司令官の事、いつも心配しているんです。内緒ですけど」

 

霞が俺の心配を?

そんな素振り、一度だってなかったように思うが……。

そもそも、会話したことが……。

 

「……先、帰るから」

 

そう言うと、霞は寮へと帰って行ってしまった。

 

「あ、霞! 司令官、お先に失礼します!」

 

「お、おう……。ありがとな、朝潮」

 

「いえ! お役に立てて光栄です! では!」

 

敬礼し、朝潮は去って行った。

 

「提督」

 

大淀の声に振り返ると、皆が何やら集まっていた。

 

「おう。皆、お疲れ様。協力してくれてありがとな。どうした? そんなに集まって……」

 

そう言ってやると、皆が一斉に笑い出した。

 

「いえ、提督から労いの言葉を貰おうって話していたのですが」

 

「案外簡単に言っちゃうのだもの」

 

皆が再び笑い出す

何がおかしいのか、俺にはさっぱり分からなかった。

 

「さて、皆さん、帰りましょう。汚れた方は、そのままお風呂に行ってくださいね」

 

駆逐艦たちが元気に返事をすると、皆、ぞろぞろと寮へと歩き出した。

その最後尾にいた山城と、目が合う。

 

「よう。お前も参加していたんだな。お疲れ様」

 

山城は返事をすることなく、ただ怠そうに頷いた。

 

「……なあ、山城。訊きたいのだが、どうして俺は笑われたんだ?」

 

山城はゆっくりと俺の目を見ると、これまた怠そうに答えた。

 

「貴方が鈍感な所為でしょ……」

 

「俺が鈍感な所為?」

 

「……あの子たち、貴方の事、雪かきに協力した自分たちに対してお礼を言わない人……だと思っているみたい……。それなのに、貴方がお礼を言ったから、おかしいと思ったんじゃない……?」

 

「……そんな酷い人間に見えているのか? 俺って……」

 

「酷い、というよりも……そういう気遣いが出来ない人だと思われているみたい……」

 

それで『鈍感』なのか……。

鈍感な奴だから、お礼なんて言えないだろ? と、俺を揶揄ってやろうと思っていたら……といったところだろうか……?

 

「私にはよく分からなかったのだけれど……今、貴方と会話していて、なんとなく分かるような気がしたわ……」

 

「え? 俺、何か出来ていなかったか?」

 

「……そういうところよ」

 

山城はため息をつくと、そのまま寮の方へと戻っていった。

 

「そういうところって……」

 

一体、どういうところが駄目だったんだ……?

いや、それが分からないから――うぅむ……。

 

 

 

結局、何も分からないまま、一日を終えてしまった。

思えば、最近の俺は、よく分からないものに振り回されっぱなしな気がする。

霞の事もそうだし、今日の事もそうだし――。

 

「ん……」

 

大和から受け取ったノートを手に取る。

そういえば、まだ返事をしていなかったな……。

というか『海辺で、外国からの物とみられる漂流物を見ました』というのが、どんなものなのか、まだ確認できていないんだよな……。

 

「まだ、残っているかな……。漂流物……」

 

大和の事にしても、交流が進んでいるのかどうなのか、よく分からないしな……。

大和の真意に気が付いてはいるものの、アキレスと亀のように、いつまで経っても隣に立てる気がしない。

手を伸ばせば触れられる距離にいるはずなのに、俺は――。

 

「失礼します」

 

大淀がやってきて、俺は消灯時間が過ぎていることに気が付いた。

 

「そろそろお戻りになられるかと思いまして」

 

「ん、あぁ……。今日は……その……執務室に泊まろうと思ってな」

 

「え……? ど、どうして……ですか……?」

 

「どうして……」

 

『この手紙の内容は、誰にも言わないこと』

 

まあ、急に「泊まる」なんて言ったら、そらそうなるわな……。

言い訳を考えるのをすっかり忘れていた……。

 

「えーっとだな……」

 

何か考えなければ……。

昨日は、潮の事もあるからと、家に帰ったばかりであるから、その発言を覆すような理由が必要だよな……。

 

「……分かりました」

 

「え?」

 

「何か……理由があるんですよね……? 私に言えない、理由が……」

 

そう言うと、大淀は微笑んで見せた。

だがそれは、どこか――。

 

『いいんです……。それも、佐久間さんの作戦だったのだと思いますし、実際、それで成功していたこともありますから……』

 

「…………」

 

「提督……?」

 

「大淀……」

 

「は、はい……」

 

「これから話す事……誰にも言わないって……約束できるか……?」

 

大淀はキョトンとした表情を見せた後、俺の真意に気が付いたのか、ぽろぽろと涙を流した。

 

「大淀……」

 

「……ごめんなさい。私……嬉しいのです……。でも……気を遣わせちゃったと思って……」

 

そういう涙だったのか……。

 

『……そういうところよ』

 

なるほど……。

確かに俺は『鈍感』なのかもしれないな。

しかし……これは……あれだな……。

自分が笑われるのはいいとしても、泣かせてしまうのは――。

――いや、それに今気が付くのは、今まで泣かせてしまった奴らに失礼か。

 

「ごめんな、大淀……。お前に頼るって決めたのに……。親父の様にはさせないと言ったのに……」

 

首を横に振る大淀。

 

「いいんです……。私を見てくれただけで……」

 

大淀は近づくと、俺をそっと抱きしめた。

 

「お、大淀……?」

 

「今日……」

 

「今日?」

 

「本当は……貴方と二人っきりで居たかったんです……。雪かき……。だ……す……好きな……貴方と……」

 

心臓が跳ね上がる。

なんだ……この……。

 

「もうちょっとだけ……こうさせてください……」

 

「あ、あぁ……」

 

そう言ってやると、大淀は、まるで眠る赤子のように、俺に体重を預けた。

白い肌。

細い体。

艶やかな髪――。

そのどれもが大人びて見えていたはずなのに、今日に限っては――この瞬間に限っては、なんとも子供らしいと言うか――。

 

「…………」

 

思わず抱きしめ返してしまった。

愛おしく思ってしまったのだ。

これが何の感情であるのかは分からない。

俺は、鈍感であるから――。

そういう事にしてしまう、男であるから――。

 

 

 

しばらくして、俺は大淀に全てを説明した。

夢の事、霞の事、雪風の事まで――。

 

「そうだったのですね……」

 

「信じられない話だとは思うが、実のところ、俺もまだ信じられていないんだ」

 

「そうでしょうね……。しかし……そうですか……。雪風さんが……」

 

引っかかるのはそっちか……。

 

「実は、雪風さんに関しては、私もおかしいと思っていたのです。過去に一時的ではあるのですが、急に性格が変わったと言うか……。反抗期のような態度を示すようになったのです」

 

「反抗期?」

 

「すぐに治まったのですが……。仮に反抗期だったとしても、おかしいのです。駆逐艦には、心の成長がありません。反抗期なんてものは、急に現れるものではありませんし、性格が変わるのは、そもそも……」

 

「……実は、元々そういう性格だった……という事はないか?」

 

「もしそうだとしたら、私たちは70年以上、雪風さんに騙されていたことになります……」

 

いずれにせよ、雪風には何か秘密がありそうだ……。

仮に大淀の言う通り、70年以上、皆を偽っているとしても、その理由が分からん。

 

「……まあ、そういう事だ。とにかく、今日は曙の言う通りにしようと思っている。何が起こるかは分からんが、今はあいつを信じてやることこそ、俺に出来る最善の行動だと思っている」

 

大淀も同じなのか、頷いてくれた。

 

「分かりました。では、私は、提督がこの寮に泊まる理由を考えて、皆さんを説得してきます」

 

「そうしてくれると助かる……。中々思いつかなくてな……」

 

「任せてください!」

 

大淀は微笑んで見せると、頭を下げた。

 

「ありがとうございます……。私を……頼ってくれて……」

 

「いや……。今まで悪かったな……。頼りにしているぞ……大淀……」

 

「提督……」

 

大淀は顔を両手で覆うと、俯いてしまった。

 

「大淀?」

 

「すみません……。その……嬉しくて……。ニヤけてしまって……。こんなだらしない顔……見せられない……」

 

そんな大淀に、俺は思わず照れてしまった。

同時に、なんて愛らしい事を言うのだと――。

 

「……まあ、なんだ。その……そろそろ、戻った方がいいんじゃないか……?」

 

「……そうですね。このままでは……」

 

このままでは……?

 

「……いえ。では、おやすみなさい。提督」

 

「あ、あぁ……。おやすみ、大淀」

 

大淀は微笑むと、小走りで部屋を後にした。

 

「ふう……」

 

脱力するように、俺は部屋に寝ころんだ。

 

「何を緊張しているんだ……。俺は……」

 

大淀……。

あいつが、いつもとは違う表情を見せる度に、俺は……こう……むず痒い気持ちになるというか……。

 

『パートナー……として……。私を……頼ってみない……?』

 

「あ……」

 

思わず飛び起きる。

だが、すぐに冷静になり、俺は再び寝ころんだ。

 

「いや……別に関係ないだろう……」

 

一瞬――ほんの一瞬ではあるが、夕張の怒る顔が――悲しむ顔が脳裏に浮かんだ。

頼ると言ったのにもかかわらず、夕張よりも先に、大淀を頼ってしまったから――。

だが、それは、ケースバイケースというか――今回は大淀に頼るのが吉だと思った訳で――いや、それにしたって――だが、そんな事を考えては、大淀に失礼というか――。

 

「……なるほど」

 

『鈍感』だ、俺は……。

 

 

 

しばらく悩んでいたが、考えるだけ無駄だと思い、自分の行いを悔いながら、俺は押し入れに寝床をこしらえた。

 

「ガキの頃を思い出すぜ」

 

鈴木が好きだったな。

押し入れで寝るの。

いつも上を選びたがって――。

 

「しかし……なんというか……」

 

ここで眠るのか……。

ノミとかダニがいそうで――よくこんなところで眠ったもんだよな……。

 

「……仕方ない」

 

覚悟を決め、俺は寝床に就いた。

すると、急に頭がふわふわとし始めた。

 

「疲れてたのかな……」

 

熱を出した時のような――瞼が重くなって――夢を見ているような――。

 

 

 

 

 

 

気が付くと俺は、昨日夢で見たものと同じ部屋に来ていた。

 

『来たわね……』

 

声の主は、言わずもがな。

 

『曙……』

 

『どう? これで信じてくれたかしら? あたしたちは今も、夢を共有しているって……』

 

俺が答えないでいると、曙はため息をついた。

 

『でも、ここにいるって事は、あたしを信用してくれたって事よね……。まあ、及第点だわ……』

 

曙は、マグカップを俺に渡した。

 

『コーヒーよ。飲んでみて』

 

『あ、あぁ……』

 

コーヒーには香りがあった。

飲んでみると、仄かな苦みがあって――。

 

『美味しい?』

 

『あぁ……美味い……』

 

『不思議でしょ? 味覚、嗅覚、あと……』

 

曙は、俺の腕を抓った。

 

『痛っ!?』

 

『痛覚もあるのよ。これが、夢であって夢でないという事よ』

 

その理屈はよく分からないが、なるほど、こりゃ確かに不思議だ。

 

『……分かったよ。じゃあ、つまり、お前は俺の夢の産物ではなくて、ちゃんと存在している、という事だな?』

 

『えぇ、そうよ。現実のあたしは、執務室の隣の部屋で寝ているわ』

 

執務室の隣は、確かに曙の部屋であった。

 

『……して、俺に何の用だ?』

 

そう言ってやると、曙は頭を下げた。

 

『曙……?』

 

『ごめんなさい……。あんたのこと……クソ人間だなんて言って……』

 

曙は顔を上げると、申し訳なさそうな表情を見せていた。

 

『雪風から聞いているかと思うけれど……あたしは……潮の為に、人間と敵対している体で居なければいけないの……』

 

それは知っていたが……。

まさか、申し訳ない気持ちがあったとは……。

 

『あんたが優しい人間だって知っているし、潮の問題を解決しようとしていることも知っているの……。でも、あたしは……』

 

『……いや、いいよ。俺も、お前の事情は分かっている。俺の事は気にするな。いつもの通り、クソ人間と呼んでくれ』

 

そう言ってやると、曙は驚いた表情を見せた後、安心したように微笑んだ。

 

『……あいつと同じこと言っている』

 

『あいつ?』

 

『あんたの親父……。あいつも、そう言ってくれた……。本当に親子なのね……』

 

そう言う曙の瞳は――。

 

『……いくつか訊きたいことがある』

 

『なに?』

 

『佐久間肇は……俺の親父は、お前との交流に失敗していた訳ではないのか?』

 

『失敗どころか……あんたの親父はよくやってくれたわ。潮も、悪い人じゃないって事は分かっていたようね』

 

何故か、安心している俺がいた。

それと同時に――。

 

『親父でも、潮の心を開くことは出来なかったんだな……』

 

『……えぇ。色々やってはみたけれど、結局、潮が心を開くことはなかった……。あんたの親父は、自分がかかわるとダメだって結論を出したみたいで、最終的にあたしに任せることになった……。陰ながら支えるって、言ってくれた……。でも……』

 

親父は、もう……。

 

『だからこそ、あんたに頼みたいの……。あいつの息子である、あんたに……』

 

『自分のしていることを理解し、潮に近づくな……という事か?』

 

『……言い方は悪いけど、そういう事。この事を伝えないと、あんたは何をするか分かったものじゃないから……』

 

やはり、ちょっとおかしい奴だと思われているのか……。

 

『確かに、潮に近づかないということには賛成だ。陸奥の時とは違い、慎重にならなければいけないだろう。だが、このまま何もせず、ただ見ていろと言うのか?』

 

『徐々に慣らしていくしか方法はないわ。もっと時間が経てば、きっと、潮だって……』

 

時間が経てば……か……。

しかし、時間が経った今でも、潮は……。

 

『……もう一つ訊きたい。お前はずっと、潮を守って来たんだな? 親父がいた頃も、ずっと、クソ人間が近づくなと、守って来たんだな?』

 

『え、えぇ……そうだけど……』

 

やはりそうか……。

 

『……俺に考えがある』

 

『考え?』

 

『あぁ。上手くいくかは分からん。だが、このままでは駄目だ』

 

俺は、曙に考えを伝えた。

案の定、曙は反対した。

 

『そんなこと出来るわけないじゃない!』

 

『親父の時には、出なかった作戦か?』

 

『当たり前じゃない! もしそうなったら、誰があの子を守ってやれるってのよ!?』

 

『守るって、何からだ?』

 

『そりゃあんた……!』

 

曙は、何かに気が付いたようであった。

 

『この島には、俺しか男がいないんだぜ……。何から守るってんだ?』

 

追い打ちをかけるように言ってやると、曙は黙り込んでしまった。

 

『この作戦で、潮がお前を信用してくれなくなるかもしれない……。だが、お前だって、いつまでもこのままでいいとは思っていないはずだ』

 

曙は悩んでいるようであった。

まあ、そうだよな。

 

『今すぐ結論を出せとは言わない。お前が俺の作戦に乗れないというのなら、それでもいい。ただ……俺は親父のような選択肢は取らないぜ』

 

『……あんた、本当にあいつの息子なの?』

 

『そうらしい』

 

曙は目を瞑ると、ソファーにドカッと座った。

 

『……確かに、あいつはそんな作戦、考えもしなかった。どっちかって言うと、あたしが如何に人間に対して強く、潮の味方であるかをアピールするような作戦ばかりだった……。あんたの言うような、あたしへの信用を失くすような作戦じゃなかった……』

 

曙は頭を抱えていた。

その理由が、俺には分かっていた。

 

『過保護だったのかもしれないと、悔いているのか?』

 

曙は顔を上げると、驚いた表情で俺を見た。

 

『まだそうと決まった訳じゃない。仮にそうだったとしても、お前のせいではないよ』

 

『……あんた、エスパー?』

 

『だったら良かったのだがな』

 

曙は、悲しそうな表情を見せていた。

 

『あたしがやってきたことは――潮の為にって、やってきたことは……もしかしたら……間違いだったのかもって……』

 

『……それは、俺の作戦に希望を持ってくれたと解釈しても?』

 

曙は答えなかった。

 

『……まあいい。いずれにせよだ。俺はまだお前をよく知っていないし、それはお前も同じだろう。作戦を決行するかどうかは別にしても、まずは交流だ』

 

そう言って、俺は手を差し出した。

 

『……なに?』

 

『なにって……握手だよ。これからよろしくってな』

 

『……嫌よ。そんなの……恥ずかしい……』

 

『親父とはしなかったか?』

 

頷く曙。

 

『なら、尚更した方がいい』

 

そう言って、俺は曙の手を取り、握手した。

 

『ちょ……!』

 

『これからよろしくな、曙』

 

曙は、どこか複雑そうな表情を見せていた。

振り払わないところを見るに、別に嫌だったわけではないらしい。

 

『……こ――』

 

曙が口を開いた、その時であった。

 

『え……』

 

執務室の扉が開き、誰かが入室してきたのだ。

そいつは――。

 

『か、霞……!?』

 

驚いた声を上げたのは、曙であった。

霞も、驚いた表情を見せている。

 

『どうして霞がここに……』

 

霞に驚く曙。

だが、霞は――。

 

『司令官……』

 

霞は、俺をじっと見つめていた。

そして、おもむろに自分の肌を抓ると、これまた驚愕の表情を見せ、曙に目を向けた。

 

『……そういうこと。だから、押し入れに……』

 

霞はもう一度俺に顔を向けると、何やら遠い目を見せた。

 

『本当に、あんたは――』

 

突如、霞の姿が消えた。

 

『な……!?』

 

俺は思わず、曙を見た。

曙は――。

 

『……どうやら、私だけじゃないみたいね』

 

マグカップが消える。

同時に、机も――。

 

『時間ね……』

 

曙は、俺をじっと見つめた。

 

『曙……?』

 

消えゆく世界。

それはまるで、俺と曙を二人っきりにさせようとしているようで――。

 

『――……』

 

曙が何かを呟いた。

だが、何を言ったのかは、もう聞こえなかった。

それでも、消えゆく刹那に見えた表情は、何よりも優しさに包まれていて、俺は何故か、懐かしさを感じて――それで――。

 

 

 

 

 

 

「うぅん……」

 

目を覚ますと、すっかり朝になっていた。

 

「……なるほど。これが……」

 

体を起こした時、突然、眩暈に襲われた。

 

「うぅ……なんだ……こりゃ……」

 

段々と、気分が悪くなって行く。

押し入れから出て、ふらつきながら洗面台へと向かうと、すぐに嘔吐してしまった。

 

「うぅぅ……気持ちわりぃ……」

 

二日酔いに似ている感覚。

軽く頭痛もしている。

 

「クソ……なんだってんだ……」

 

俺はとうとう、その場に座り込んでしまった。

 

「失礼します。提督? 何度もノックしたんですよ? そろそろ起き……」

 

部屋へ入って来たのは、大淀であった。

大淀は俺の姿を確認すると、血の気が引いた表情で、駆け寄って来た。

 

「提督!? ど、どうされたのです!? 大丈夫ですか!?」

 

「……すまん、大淀。悪いが……本部へ連絡してくれないか……? 眩暈がして……頭痛も……少しある……」

 

「わ、分かりました! 連絡しますから、提督はそのままに……! だ、誰か!」

 

部屋を出て行く大淀。

眩暈が酷くなって、俺は倒れ込んでしまった。

二日酔いだとか、そういう次元では、もはやなかった。

世界がひっくり返っているかのような――回転しているような――。

 

「て、提督……! 大丈夫ですか!?」

 

「しっかりしなさいよ……! ねぇ……!」

 

明石と夕張が、俺を心配している。

だが、その声もだんだん遠くなって行き――暗くなって――。

気を失う直前、明石と夕張が俺から離れた。

そして、目の前に現れたのは――。

 

「大……和……」

 

大和の顔を見たのを最後に、俺の意識は途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

残り――18隻

 

――続く

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