不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第21話

新作の執筆を終え、ようやく暇が出来たボクは、先生のお墓に来ていた。

 

「よう。やっぱり最上か」

 

「重さん! 久しぶりだね」

 

「家から背中が見えたんでな。墓参りか?」

 

「うん。先生の。ここ最近、来られていなかったからさ……」

 

「売れっ子作家は大変だな」

 

「そんなんじゃないさ。ボクの筆が遅いだけで……」

 

「デジタル化の時代で、未だに手書きだもんな。そら遅くもなるってもんだ」

 

そう言うと、重さんはニカっと笑った。

 

「そう言えば、ビックリしたよ。ここ半年で、十二隻も人化したって?」

 

「あぁ、凄腕の『提督』が現れてな」

 

凄腕の『提督』かぁ……。

確かに、先生でも、最初の人化には一年以上かかったしなぁ……。

 

「どんな人なんだろう?」

 

「まだ、本部には行ってねぇのか?」

 

「これから顔を出す予定」

 

「そうか。なら、皆によろしく言っておいてくれねぇか?」

 

「え? 重さん、もしかして引退したの?」

 

「あぁ。今は、鈴木が俺の跡を継いでいる」

 

「うげぇ……。鈴木って、あの鈴木? ボク、あんまり好きじゃないんだよね……」

 

「まあ、そう言ってやんな。あいつも改心したみたいだぜ? 今はいい奴だ。それにお前、いつまでも男を選り好みしてっと、婚期を逃すぜ?」

 

「別にいいさ。ボクの恋は、先生が最初で最後だから」

 

「そうかよ。ま、好きにしな」

 

そう言うと、重さんは家の方へと去って行った。

 

「フフ、先生はこういう時さ「俺なんかよりもいい人がいる」って、言うんだよね。でもね、先生。結局さ、先生よりもいい人なんて、見つからなかったよ。ボクの一番は、ずーっと先生だよ」

 

墓石に置いた花が、風に揺れる。

 

「フフ、嬉しいくせに、素直じゃないんだ」

 

 

 

本部に着くと、熱烈な歓迎を受けた。

皆、ボクの小説のファンらしくて、サインを求められたり、黄色い声援を受けた。

 

「相変わらず、女性に人気があるね。君は」

 

「女らしくないって言われているような気がして、少しショックですけどね」

 

以前は、坂本上官って人が案内してくれたはずだったけれど……。

もうだいぶ来ていなかったからなぁ……。

 

「後で、寮に行ったらいい。きっと、皆も喜ぶはずだ」

 

「はい」

 

そんな会話をしながら、施設内を歩いている時だった。

山風と秋雲が、遠くの部屋から出てくるのが見えた。

 

「あれ? 山風と秋雲?」

 

「あぁ、彼女たちは『指導艦』として、寮に住んでいるんだ。なんせ、十二名もいるからね。他にも、北上が――」

 

瞬間、ナントカ上官の声が、聞こえなくなった。

二人の後ろ――山風と秋雲の後ろに――。

 

「……――っ!」

 

気が付くと、叫んでいた。

そして、走っていた。

その人の元へ。

その人の胸の中へと――。

 

「最上……」

 

胸の中で泣きじゃくるボクを、その人は何も言わず、ただ優しく抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「んんっ……」

 

目を覚ますと、目の前に秋雲の顔があった。

 

「うお!?」

 

「あ、起きちゃった。もうちょっとだったのに……」

 

「何がもうちょっとなんだ!? っていうか……ここは……?」

 

そこは、いつかの病室であった。

 

「……あぁ、そうか。倒れたのか……俺……」

 

窓の外。

遠くに、島が見えていた。

 

「昨日、急に運ばれて来たんだよ? 覚えてない?」

 

「ちょっと待て……昨日!? 昨日って……俺、一日寝ていたって事か!?」

 

「そう言うこと~。今、山さんは別の業務をしているから、代わりに秋雲さんが様子を見に来たってわ・け」

 

「そうなのか……。っていうか、お前である必要あるか?」

 

「みんな忙しいからねぇ……。秋雲さんは暇で暇で……。んなもんで、来たって訳。雨宮君も、秋雲さんが来て、嬉しいっしょ~?」

 

「…………」

 

「ちょっと、黙らないでもらっていいっスか?」

 

そんな事を秋雲と話していると、山風が部屋に入って来た。

 

「あ!」

 

「山風」

 

「雨宮君……! 良かったぁ……。大丈夫? どこか痛いとか、ない?」

 

「あぁ、大丈夫だ。腹が減っているくらいで」

 

山風は安心した表情を見せると、細い目で秋雲を見た。

 

「どうして秋雲がここにいるの……?」

 

「え?」

 

「別にいいじゃん(いいじゃん)。秋雲さんも~、雨宮君の事が心配だったんだもんっ! ぷぅ!」

 

「ぷぅ……じゃないよ! 雨宮君、変な事されてない?」

 

「あぁ、多分な……。っていうか秋雲、お前、無断でここに来たのか……」

 

「無断って訳じゃないよ。ちゃーんと、受付に言ってあるし~オ〇ナミンC~」

 

「……あたしがいない時を狙って?」

 

そう言われ、秋雲はしらばっくれるように口笛を吹いていた。

 

「全く……。ごめんね? 雨宮君」

 

「別にいいよ。まあ、こんな奴ではあるけれど……心配して来てくれたわけだしな」

 

「そうそう! それにぃ……秋雲さんは、雨宮君に元気になって欲しくてさぁ……」

 

そう言うと、秋雲はおもむろに上着を捲し上げ、下着を露出させた。

 

「な……!?」

 

「んへへ……どう……?」

 

秋雲は、粘度のある笑顔を見せながら、強調するように、胸を寄せた。

 

「あ、秋雲!? ななな、なにしてるの!?」

 

「なにって……。男の子が元気になることと言えば、これっしょ……?」

 

秋雲と目が合う。

俺は思わず、視線を逸らしてしまった。

 

「あ、反応が童貞っぽい~……なんて……。あはは……あ、あのさ……秋雲さんもさ……実は……結構勇気出してやってるからさ……。その……なんならちゃんと……見てくんないかな……?」

 

「い、いや……。勇気を出しているから見られるってもんでも……」

 

山風は我に返ったのか、すぐに秋雲の上着を下げさせた。

 

「な、何やってるの! 秋雲のバカ!」

 

「だ、だってさぁ……。元気になるって言ったら、こういう事じゃん……?」

 

「そういう元気はいらないの! もう……!」

 

二人とも、顔を真っ赤にさせていた。

そんなに恥ずかしがるのなら、やらなければ良かったのに……。

 

「あ、雨宮君……元気……出た……? なんて……」

 

「いや……うぅん……」

 

「雨宮君! 悩むことじゃないでしょ!? 秋雲のなんて……」

 

「で、でも……秋雲さんの、結構大きいしさぁ……。男の子なら、反応しちゃうよね~……」

 

「そ、そうなの……?」

 

二人が、俺をじっと見つめる。

なんて返せばいいのだと、悩んでいる時であった。

 

「ちょっと! 騒がしいですよ!? 静かにしなさい!」

 

怖そうな看護婦がやってきて、俺たちを一喝した。

 

「山風さん? 貴女はここの看護婦なんですから、自覚ある行動をしなければいけませんよ?」

 

「は、はい……。ごめんなさい……」

 

「まったく……。貴方も! そんなに元気なら、さっさと退院しなさい! 分かったわね!?」

 

ピシャリとドアが閉まると、病室は一気に静かになった。

 

「こ、怖いな……。あの看護婦……」

 

「あ、あたしの上司なの……。看護主任……」

 

「そうなのか……。なんか……ごめんな……。騒いじゃって……」

 

「う、うぅん……! 雨宮君は悪くないよ……! 悪いのは、あたしと……」

 

「ア、ハイ……アキグモサンデス……」

 

秋雲は小さくなると、しゅんとしてしまった。

全く……。

 

「まあ……なんだ……。元気づけようとしてくれたんだろ? ありがとな、秋雲」

 

「雨宮君……」

 

「雨宮君? 秋雲を甘やかしちゃ駄目だよ……?」

 

「まあ、そうかもしれないけどさ。こうしてわざわざ来てくれたんだ。一応な」

 

秋雲はほっとした表情を見せた後、何やら再び粘度のある笑顔を見せた。

嫌な予感がする……。

 

「あ、そうだ。雨宮君が起きたら、先生に伝えなきゃいけないんだった」

 

「そうなのか」

 

「うん。ちょっと呼んでくるね? 秋雲? 雨宮君に変な事しないでね?」

 

「大丈夫大丈夫~。秋雲、おとなしくしてま~す」

 

さっきの落ち込みはどこへやら……。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「おう」

 

山風が出て行くと、秋雲は何やらベッドの上に乗って来た。

 

「おい……」

 

「大丈夫大丈夫。なんにもしないって。ちょっと耳を貸してほしいだけ~」

 

「……嫌だ」

 

「そんなこと言わずに~。ちょっと内緒話があるんだってばよ~」

 

こいつは……。

まあ、耳を貸すくらいならいいか……。

 

「分かったよ……。なんだよ? 内緒話って……」

 

秋雲は耳元へ近づくと、囁くように言った。

 

「秋雲さんの胸……エロかったっしょ……? 後でオカズにしてもいいよ……?」

 

俺は思わず仰け反ってしまった。

秋雲は例の如く、あの笑顔を見せていた。

 

「……お前な」

 

「いやぁ、真面目な話さ……。雨宮君って、いつ抜いてるの……?」

 

「はぁ?」

 

「ほら……あの島でさ……。みんないる訳じゃん? プライベートな時間って……あるのかなって……」

 

「そりゃ……あるだろうよ……」

 

「じゃあ、その時に……? オカズは何使ってるの……?」

 

「んなもん……しない……。そんな暇も無いくらい、忙しいんだぜ……」

 

「でも、溜まりはするんだ? どれくらいの頻度で抜くとかある?」

 

「……お前、なにが言いたいんだ?」

 

「いや、だからさぁ……。その……秋雲さんが力になれないかなって……言っているんだけど……。雨宮君はどうか知らないけどさぁ……そういうのは発散させないといけないって言うか……自分の知らない内にストレスになると言うか……その内、島の艦娘とそういう関係になってしまうんじゃないかなって……。もしそうなったら、色々まずいんじゃない?」

 

まあ、そうかもしれないが……。

 

「心配には及ばん。そんな事は一度だってないし、ストレスも感じていない」

 

「ふぅん……。でも、秋雲さんは知っているよ? 陸奥さんの裸を見た時……胸を見た時、しっかりと反応してたって……」

 

「な……!?」

 

「いやね? この前、雨宮君の話題があがってさ。陸奥さん達がいるのに、雨宮君、欲情しないのかなって。そしたら陸奥さん、秋雲にだけこっそり教えてくれたんだ~」

 

悪戯な笑顔を見せる秋雲。

その額には、じんわりと汗がにじんでいた。

 

「雨宮君、本当は我慢してるんじゃないの? あの島でさ、たくさん、誘惑されたんじゃない? その度に、体が熱くなるのを感じたんじゃない?」

 

俺は何も言えなかった。

陸奥の体に反応していたことを言われ、恥ずかしくなっていたのだ。

 

「別に恥ずかしい事じゃないよ……? 秋雲さんもさ……自分でえっちな本を描いている時さ……発散させちゃうもん……。自家発電って奴……?」

 

「自家発電って……」

 

「秋雲さんがシているところ……見てみたい……?」

 

そう言うと、秋雲は顔を近づけ、俺の目をじっと見つめた。

 

「お、おい……」

 

「さっきさぁ……雨宮君が寝てる時ね……? 秋雲さん、実は――……」

 

秋雲は、俺の耳元で、その行為についてカミングアウトした。

 

「お、お前……!」

 

「大丈夫……。雨宮君には何もしていないから……。あ、本当はして欲しかった……?」

 

思わず息を呑む。

 

「あー……ヤバいなぁ……。なんか……これ……すっごくドキドキしちゃうかも……。ふへへ……こんなこと言っても、雨宮君は引かないんだね……。優しいなぁ……。ねぇ……秋雲さんの猥談、もっと聞いてくれない……? なんなら、聞きながら、シてもいいよ……?」

 

秋雲の手が、脇腹から、徐々に下の方へと下がって行く。

まるで、蛇に睨まれた蛙のように、俺は動くことが出来なかった。

今まで出会ったどんな奴よりも、性に貪欲というか――。

本当に処女であるのかどうかすら、もはや怪しいと言うか――。

 

「ただいま」

 

山風が帰ってきて、ようやく秋雲は離れた。

 

「雨宮君、診察室で、先生が待ってるよ。秋雲に変な事されなかった?」

 

「あ、あぁ……大丈夫だ……」

 

「本当……? なんか秋雲……顔真っ赤だし、汗ばんでるけど……」

 

「え? そそそ、そうかなぁ? あー……なんか、この部屋暑くてさ~。ね~?」

 

山風は目を細めた後、小さくため息をついた。

 

「まあ、何もなかったのならいいけど……。秋雲も、そろそろ帰りなよ……」

 

「ほほ~い」

 

そう言うと、秋雲は部屋を出ていった。

部屋を出る直前まで、秋雲は俺から視線を外さなかった。

 

「さ、あたしたちも行こう?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

部屋を出て、診察室へと歩こうとした時であった。

 

「あれ?」

 

という秋雲の声を聞いた、その瞬間――。

 

「先生……!」

 

二人の間をすり抜け、俺の胸に飛び込んできたのは――。

 

「最上……」

 

自分で言って、驚いた。

最上……?

この人が?

 

「先生……! 先生……! うぅぅ……うわぁぁぁぁぁん……!」

 

泣きじゃくる最上。

皆が困惑した表情をする中で、俺だけは、違う感情に支配されていた。

 

「最上……」

 

俺は何故か、最上を抱きしめていた。

どうしてか、愛おしく思えてしまったのだ。

永い間、会えていなかったかのような――。

ようやく会えたかのような――。

 

 

 

最上はしばらく泣いていたが、あの鬼看護婦が飛んできて、再び俺たちを意気消沈させた。

 

「ごめんなさい……」

 

冷静になったのか、最上は俺に頭を下げた。

 

「人違いでした……。その……ボクの大切な人に似ていて……それで……」

 

再びぽろぽろと涙を流す最上。

 

「雨宮君、よく最上さんだって気が付いたね。秋雲さん、新手のストーカーか何かかと思ったよ」

 

「いや……」

 

俺にもよく分からない。

最上という存在自体は知っていた。

だが、完全に初見であったし、写真なども見たことはない。

なのに、何故か最上であるとすぐに分かった。

そして、何故か呼び捨てにしてしまっていた。

まるで、昔からの、親しき仲のように――。

 

「そっか……。最上さん、佐久間さんの事が好きだったから……。雨宮君は似ているもんね……」

 

山風は、俺の正体を知っているはずだが、それをあえて口にはしなかった。

気を遣ってくれている……という事か……。

 

「いいよ、山風。説明してくれて……」

 

「でも……」

 

「いずれ知ることだ」

 

その時、遠くの診察室から、先生が顔を出した。

何事か、とでもいうように。

 

「おっと。急がないと。悪い、山風。後のことは頼んでもいいか?」

 

「う、うん。雨宮君こそ、一人で大丈夫?」

 

「あぁ。また後でな」

 

「うん」

 

去り際、最上と目が合った。

その瞳は、潤み、輝いていて――なんとも美しい人だなと――いや、むしろ、可愛らしい人だと思ってしまった。

 

 

 

診察室に着くと、先生は、鍵をかけるよう、俺に伝えた。

 

「悪いね。外部に漏れたらマズい話なんだ」

 

「はぁ……」

 

もしかして、ガンが見つかったとか言うんじゃないだろうな……。

 

「体調はどうかね?」

 

「問題ありません。腹が減っているくらいで……」

 

「昨日から何も食べていないからね」

 

「自分でも驚きましたよ。まさか、丸一日寝ていただなんて」

 

「それだけ体力を消耗していた、という訳だ。まあ、無理もない」

 

そう言うと、先生は、何やら棒グラフが載っている紙を俺に見せた。

 

「なんですか? このグラフは……」

 

「君の『ヘイズ』感染量をグラフ化したものだ」

 

「俺の感染量……?」

 

何故、こんなものを……。

 

「こっちの赤いグラフが、君の感染量を示している。月ごとだ。そして、隣の青いグラフが、艦娘の平均的な感染量を示している」

 

赤いグラフは、最初こそ艦娘の平均を大きく下回っていたが、月を重ねるごとに、じわじわと上昇していた。

 

「寮に進出した辺りで、大きく上昇しているのが分かるだろう? それでも、艦娘の平均には到底届くものではなかった」

 

しかし、最後のグラフは――。

 

「艦娘の平均より……6倍以上も……」

 

先生は、深刻そうな表情を見せていた。

 

「え……これって……マズイ事なんですか……?」

 

「マズい……と言うよりもねぇ……」

 

先生はじっと、俺の目を見つめた。

 

「『ヘイズ』については、どこまで?」

 

「艦娘を艦娘たらしめるもので……あ! 放射性物質のようなものではないかと……」

 

先生の目の色が変わった。

 

「放射性物質のようなもの……というのは、誰から聞いた……?」

 

「…………」

 

俺は、島であったことを全て、先生に話した。

 

「信じられないかもしれませんが、夢を共有できたんです。その中で、放射性物質のようなものではないかと言われて……」

 

「なるほど……。確かに、佐久間という男が出向していた当時は、そうなのではないかという説があがっていた。佐久間も、その事を誰かから聞いていたのだろうな……」

 

「先生……結局のところ『ヘイズ』とは何なのですか?」

 

「まだ、分かっていないことが多い『何か』だ。分かっていることといえば……おっと、これは口外しないように頼むよ?」

 

「はい」

 

先生は、もう一度、扉に鍵がかかっていることを確認した後、説明してくれた。

 

 

 

『ヘイズ』とは、正式には『haze』と書くもので『かすみ』だとか『もや』のような意味がある。

艦娘にしか視認できない――正確には、ヘイズに感染した者にしか視認できない、細菌のようなもので、飛沫や濃厚接触などで、人にも感染すると言われている。

 

ヘイズは、ニューロン……つまり、神経細胞へ感染することが分かっているが、神経細胞へ到達するルートや過程、その理由については謎に包まれている。

レム睡眠時にのみ、神経細胞に感染したヘイズは、発火させるだけのインパルスを発する。

その影響で、君が見たような夢を見るのではないかと言われている。

そして、ヘイズ最大の特徴は……ヘイズによる発火が、近くにいる別の感染者に影響するということだ。

 

昔、艦娘二隻を同じ空間で眠らせ、脳波を測る実験を行ったことがある。

二隻がレム睡眠に入ると、脳波に不思議なことが起きた。

なんと、二隻の脳波が、互いに似たような波形を描いたのだ。

正確には、一隻の描いていた脳波に、もう一隻の脳波が近づいていったのだ。

こんなことは、普通ありえない。

そして、起きた二隻は言った。

『同じ夢を見ていた』と。

 

この事から、一つの説が生まれた。

それは、先ほど言った、ヘイズによる発火が、近くの感染者に影響する、ということだ。

どういった原理なのかは分からない。

神経細胞へ感染するルートが謎なように、影響させるための方法も謎なのだ。

君が聞いた、放射性物質のようなものではないか? というのは、ヘイズによる発火の際に、何か放射線のようなものを飛ばし、他に影響を与えているのではないか、という仮説から来ているのだと思う。

 

実験の二隻には大きな違いがあった。

それは、ヘイズの感染量だ。

一隻は感染量が平均より上回り、もう一隻は平均並みだった。

そして、脳波を合わせに行った方は、平均並みの方だった。

言い方を変えると、平均並みの感染量だった艦娘は、感染量の多い艦娘から、影響を受けていたことになる。

あくまでも仮説ではあるから、はっきりとしたことは言えないが、ヘイズの感染量が多ければ多いほど、他への影響は大きくなるという事だ。

 

 

 

「大丈夫かね?」

 

頭を抱えだした俺に、先生は心配する素振りを見せた。

 

「すみません……。話が全然分からなくて……。なんだか頭が痛く……」

 

そもそも、発火ってなんだよ?

神経細胞?

脳波?

訳が分からん。

 

「そうか……。すまない……。つい、熱が入ってしまった……」

 

先生は一呼吸置くと、肩に入っていた力を抜いて、ゆっくりと話し始めた。

 

「まあ、つまり、感染量が多いと、他の感染者に影響を与えてしまう可能性があるという事だ。君の夢に出て来た曙と霞の感染量は平均の6倍……つまり、君と同じだ」

 

「……そうなると、どちらの脳波に影響が?」

 

「うぅむ……。それは分からない……。これはあくまでも私の考えだが……どちらにも影響するのではないかと思っている」

 

「どちらにも……ですか……」

 

「つまり、同じ脳波に合わせようと……シンクロしようとするのではないかという事だ。それがどんな意味を持つのかは不明だが……君の言う事が確かなら、夢のようで夢ではない『何か』を体験できるのだろうね」

 

なるほど……。

あの体験は、霞・曙と感染量が同じだったから……か……。

 

「君が倒れた理由も、そこにあるではないかと、私は考えている。曙と霞、二隻の脳波に合わせようとして、脳に大きな負担をかけてしまった、という訳だ」

 

仮にそうだとしても、近くに霞はいなかった。

影響は、そんなに広い範囲に及ぶものなのか……?

 

『……そういうこと。だから、押し入れに……』

 

――なるほど。

そういう事か……。

理由は不明だが、霞は、俺の部屋に来ていたという訳か。

 

「私が伝えたかったのは、今後も同じような事が起こるだろうから、意識して行動しなさい、という事だ。今言ったことは仮説にすぎないが、実際にそれらしい影響が出てきているし、人体にも悪影響だと分かった。十分に注意しなければならないだろう」

 

「はい。分かりました」

 

「難しい話をして悪かったね。とにかく、今は休みなさい。後で、栄養がつくものを山風に運ばせるから」

 

「ありがとうございます。あの……どれくらいの期間、休めばいいのでしょうか……?」

 

「出来れば、早く戻りたいと?」

 

「えぇ」

 

先生は、大きくため息をついた。

 

「休むことも大事なのだがね……」

 

「すみません……」

 

「……まあ、明日には戻れるだろう。体調も良さそうだしね」

 

「そうですか」

 

以前のように、十日間などと言われなくてよかった。

 

「本当は、もっと休んで欲しいのだがね……。まあ、明日には戻れるよう、君の上官に報告しておくよ」

 

「すみません……。ありがとうございます……」

 

「あ、それとだね……」

 

先生は、再び深刻そうな顔を見せた。

 

「な、なんです?」

 

「今回、君のヘイズが、艦娘平均の6倍までにも膨れ上がった原因についてなのだが……」

 

「は、はぁ……」

 

「君……霞・曙・雪風……この中の艦娘と濃厚接触をしたのかね……?」

 

「へ?」

 

「いや……今挙げた艦娘は、あの島の中でも特に感染量の高い艦娘なのだが……。先月の感染量から急に上昇したことを考えると、その艦娘達と濃厚接触した可能性があると思ってね……。それも、空気感染や飛沫感染ではなく、もっとこう……濃密な接触というか……。その……相手は駆逐艦だし……あまりいい趣味ではないと思ってね……」

 

「感染量が多い……。雪風もそうなのですか?」

 

「……雪風としたのかね?」

 

俺は、先生の誤解を解く意味も含め、雪風にされたことを正直に話した。

 

「なるほど……」

 

「雪風は不思議な奴です。何かこう……大人の雰囲気があると言うか……」

 

「……だから手を出したと?」

 

「いや、だからそれは誤解ですって……!」

 

「ふふ、冗談だよ。しかし、そうか……。そうなると、雪風も、ヘイズによる『何か』について、知っていそうだね」

 

『しれえは、佐久間さんと違って、皆さんと接触する機会が少ないので、こういう手段しかとれませんでした』

 

『皆が、あんたと同じ夢を見ていた。それは『ヘイズ』によるものなの。この夢のように、はっきりとしたモノでなかったのは、あんたの『ヘイズ』が弱いと言うか、少ないと言うか……。とにかく、感染量が少なかった……とでも言っておくわ。だから、雪風は、あんたに……』

 

『曙さんの件です。必ずしれえと交流するよう、説得します』

 

『本当……信じられない……。どうして雪風は、そんな事を簡単にできちゃうのかしら……。そもそも、どうして雪風が、あたしとあいつがここで会っていたことを知って……』

 

雪風は全てを知っていたという訳か。

曙の言動から、雪風はおそらく、曙に「雨宮にヘイズを感染させたから、佐久間の時と同じように、夢の中で交流が出来る」とでも伝えたのだろう。

しかし、どうして雪風は、曙と親父が交流していたことを知っていたのだろうか……?

 

「ちなみに、雪風の感染量は、艦娘平均の約13倍だ」

 

「13倍!? それって、大丈夫なんですか?」

 

「特に問題はないだろうと言われている。人化すると、ヘイズは消滅するし、人間に感染しても、人から人に感染することはないから、問題はない。君が普通にしているのが、その証拠だ」

 

「し、しかし……俺は感染していますが……」

 

「それも問題ない。ヘイズの寿命は、人間に感染したものに限り、約一年ほどだ。再感染しない限り、ヘイズは完全に消滅する。尤も、仮にヘイズが不完全な状態であったのなら……」

 

そこまで言って、先生は閉口した。

 

「先生?」

 

「……いや。まあ、今では関係のない話だ。忘れてくれ」

 

「はぁ……」

 

「とにかく、話はここまでにしておこう。くれぐれも、駆逐艦相手に変な気は起こさないように。昔、それで問題になったこともあるからね」

 

潮の件であると、すぐに分かった。

やはり、問題になっているはずだよな……。

 

「最後に、何か質問はあるかね? と言っても、頭の中はいっぱいいっぱいだろうがね」

 

質問か……。

正直、何を訊いても、今の俺には何も――。

 

『今挙げた艦娘は、あの島の中でも特に感染量の高い艦娘なのだが……』

 

『つまり、感染量が多いと、他の感染者に影響を与えてしまう可能性があるという事だ』

 

「……一つだけいいですか?」

 

「なんだね?」

 

「もし仮に、感染量の少ない艦娘が居たとして、そいつが他に与える影響力は少ないと考えていいですか?」

 

「おそらくそうだろうね。逆に言えば、他から受ける影響力も少ない可能性があるね」

 

「……あの島で、感染量の少ない艦娘はいますか?」

 

「いるよ。極端に少ないのが一隻だけね。それは――」

 

 

 

しばらくすると、山風が飯を運んできた。

最上と共に。

 

「雨宮君、ご飯持ってきたよ」

 

大量の握り飯と、大量のおかずであった。

 

「凄い量だな……」

 

「寮の皆で作ったの。病院食があるって言ったのだけれど、こっちの方が、雨宮君にいいんじゃないかって」

 

確かに、おかずは俺の好物ばかりであったし、握り飯も好きだ。

 

「握り飯が大きかったり小さかったりするのは、そういう事か」

 

誰がどれを握ったのか、容易に想像できるほどに、大きさ・形に個性が出ていた。

 

「あと、最上さんも手伝ってくれたんだよ」

 

「え?」

 

最上は頷くと、様子を窺うように俺を見つめた。

 

「そうであったか。ありがとう、最上」

 

俺は何故か、敬語で話すことが出来なかった。

敬語では不自然だと思ってしまったのだ。

最上がそれをどう受け取ったのかは分からないが、恥ずかしそうに微笑みを見せるだけであった。

 

 

 

「ごちそうさま」

 

昨日から何も食べていなかったとはいえ、流石に腹がはち切れそうになっていた。

 

「凄いね雨宮君。全部食べちゃうなんて」

 

「残す訳にはいかないからな。皆には「美味しかった。ありがとう」と伝えておいてくれないか?」

 

「うん、分かった」

 

「最上も、ありがとな」

 

小さく頷く最上。

飯を食っている間も、最上が口を開くことはなかった。

俺と山風が話しているのを――いや、勘違いかも知れないが、俺だけをじっと見つめていたように見えた。

 

「さて、じゃあ片付けちゃうね。またあとで来るから。最上さん、雨宮君の話し相手になってあげて」

 

そう言うと、山風はウインクをして、部屋を出ていった。

気を遣わせたか。

 

「気を遣わせちゃったかな……」

 

最上も同じように捉えたようで、そう呟いた。

永い沈黙が続く。

 

「……不思議だよ」

 

「え?」

 

「何故かは分からんが、初めて会った気がしない。昔から、友達だったかのような……」

 

最上は驚いた表情を見せた後、小さく言った。

 

「ボクもだよ……。先生の息子さんだって聞いて……だからかなって思っていたのだけれど……」

 

最上の目には、涙が浮かんでいた。

 

「そうじゃない何か……というのかな……。もっと昔に……会ったことがあるというか……。ずっと……探していた人に会えたって言うか……」

 

頬を伝う涙を、最上は拭くことをしなかった。

親父を慕っていたようではあるが、俺を見るその目に、親父の姿はなかった。

そう思えるのも、どこか――。

 

「そう思ってしまうのも、きっと、まだボクが先生を……君のお父さんを忘れられないからなのかもしれないね……」

 

「……そうかもな」

 

お互いに分かっていた。

そういう事にしないといけない、と。

それが何故なのかは分からない。

分からないのにもかかわらず、それに従ったのだ。

 

「……山城さんは元気?」

 

「え?」

 

「さっき聞いたんだ。山城さんが部屋を出たって……。山城さん、先生の事が好きだったみたいだから……。君の事を見て……部屋を出る気になったんじゃないかなって……」

 

「……どうかな。あいつが部屋を出たのも、夕張が無理やり連れだしたからなんだ……。後に引けなくなったんじゃないのかな」

 

「でも、今も部屋を出ているんでしょ? きっと、何か思うところがあったんだよ。あの人、結構強情だし、引きこもるって意志を曲げるほどの何かがあったんだよ。きっと」

 

確かに、山城は何かを企んでいるように思う。

夕張を俺に押し付けようと――かと思えば、夕張を見捨てようとしたり……。

あいつは、一体何がしたいのだろうか……。

 

「山城さん、ああ見えてもお話し好きだからさ、たくさん話しかけてあげて欲しいんだ。態度には現れないから、好感度が上がったのか分からないのかもしれないけれど……。それでも、山城さんが本当に嫌だって言う時は、本気で抵抗するはずだから、そうでもない限りは、喜んでいると思っていいよ」

 

喜んでいる……か……。

とてもそうには見えないが……。

確か、最上は山城と同じ艦隊だったから、何か分かるのだろうな。

 

「……分かった。信じて話しかけてみることにするよ。アドバイスありがとう。参考になった」

 

そう言ってやると、最上はようやく笑顔を見せてくれた。

とびっきりの笑顔であった。

 

 

 

それからは、時間の許す限り、最上と話した。

最初こそは、お互いにギクシャクした感じであったが、段々と、友達のように話すことが出来た。

 

「――それでね?」

 

「雨宮君」

 

山風がやってきて、面会時間の終了を告げた。

 

「もう終わりかぁ……。せっかく仲良くなれたのに、あっという間だったなぁ……」

 

最上は、本当に残念そうに、俯いて見せた。

 

「なに、また来ればいいさ。週一でこっちに戻るから、忙しくなければ、またその時にでも」

 

「……うん」

 

最上は立ち上がると、もう一度俺の目をじっと見つめた。

 

「最上……?」

 

「……そっか。やっぱり……そうだったんだ……。あの人じゃ……なかったんだ……」

 

「え?」

 

「……あのさ、雨宮君」

 

「ん?」

 

「君の事……先生って……呼んでもいいかな……?」

 

「俺の事を……?」

 

「うん……。迷惑じゃなければ……なんだけど……」

 

その瞬間であった――。

 

「え?」

 

俺は思わず、窓に目を向けた。

閉じているはずの窓から、風を感じ、そして――。

それは、最上も同じだったようで、俺と同じ方向を見つめていた。

 

「雨宮君? 最上さん?」

 

「今の音は……」

 

「……先生」

 

「ん?」

 

声に振り返って見た最上の表情は、どこか柔らかく、優しさに包まれていた。

 

「先生」

 

あの音が――俺と最上にしか聞こえないであろう風鈴の音が、反響するように、何度も何度も、鳴っていた。

 

「……綺麗な音するんだな。確かに、涼しくなりそうだよ」

 

最上はそれに、返事をしなかった。

それが、正しい台詞であった。

 

 

 

最上が去った後、山風はベッドに座り、細い目で俺を見つめた。

 

「どうした?」

 

「雨宮君……さっきのなに? なんか……最上さんと仲良くなって……二人にしか分からないような事をしていたようだけれど……」

 

「あぁ……。なんなんだろうな……。俺にも、よく分かっていないんだ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「あいつといると、何だか懐かしい気持ちになると言うか……。不思議な感じになるんだ。自分が自分じゃなくなると言うか、本来のモノになっていくと言うか……」

 

「ふぅん……」

 

山風は、つまらなそうな表情を見せた。

――というよりも、どこか……。

 

「なんか、怒っていないか? いや……拗ねているような……」

 

「へぇ……。雨宮君って、鈍感だと思っていたのだけれど、気が付くときは気が付くんだね……」

 

どうやらそうらしい……。

二つの意味で……。

 

「雨宮君って、すーぐ女の人と仲良くなって、なんかいい雰囲気になるよね~……」

 

「別にいい雰囲気って訳ではないが……。それに、別に女の人だから仲良くなったという訳ではない。何故かは知らんが、仲良くなれるのは艦娘か元艦娘くらいで、その他の女性は、俺なんか見向きもしない」

 

「そうなの?」

 

「あぁ。ロボットみたいで不気味だとか言われていたらしい。別に普通なのだがな」

 

「ロボット……。まあでも、時々だけれど、本当に人間の心があるのかなって、思う事はあったけど……」

 

本当にそう思ったことがあるらしく、山風は悪気も無くそう言った。

正直、そんなに自然な感じで言われるとショックだ……。

 

「でも、それ以上に……そんな事も霞むくらい、雨宮君は優しくて、素敵な人だから、それに気が付いていない内は、そう思っちゃうのも無理ないのかもね」

 

「山風……」

 

「……あたしも、なりたかったな」

 

「え?」

 

「雨宮君が、雨宮君らしくなくなっちゃうほどの何かを、感じさせる女に……」

 

その言葉に、俺は思わずドキッとしてしまった。

だから、山風は拗ねて……。

 

「……そういう意味でなら、俺はもう、らしくなくなっているよ」

 

「え?」

 

「前に……山風が言ってくれただろう? 俺の事が好きだってさ……」

 

思い出したのか、山風は赤面し、そっぽを向いてしまった。

 

「あれから、俺は俺でなくなっているんだ。色々とドキッとしてしまう事も多くなったし……。誰かを怒らせてしまう事も多くなった。鈍感だと言われ、鈍感でなかった時は笑われた」

 

「それは……あたしが……雨宮君に初恋を教えちゃったから……って、こと……?」

 

「……多分な」

 

ロボットが恋を覚えると、きっと、俺のようになるのだろうと思った。

人の心というものは、どうも複雑すぎて――されど単純で――。

 

「……ねぇ、雨宮君」

 

「ん……?」

 

「これから先……きっと……雨宮君が変わるような出来事だとか……変わるきっかけをくれる誰かに出会ったりだとか……たくさんあるだろうけれど……。恋心に関係することだけは……あたし……」

 

山風は振り返ると、俺の手を取り、自分の胸に押し当てた。

 

「山――」

「――いいからね……?」

 

山風は顔を真っ赤にさせながら、もう一度言った。

 

「あたしは……いいから……ね……?」

 

心臓が跳ね上がる。

秋雲のソレとは――いや、似てはいるのだが、それ以上に――。

 

「わ、分かった! 分かったよ! あの……分かったから……」

 

山風は俺の手を離すと、姿勢を正す俺を確認してから、ベッドをおりた。

 

「雨宮君……」

 

「な、なんだ……?」

 

「秋雲の誘惑に……負けないでね……。負けそうになった時は……」

 

再び心臓が跳ね上がる。

真っ白な蛍光灯が、山風の白い肌を照らしていた。

 

「山……風……」

 

「――……っ!」

 

流石に恥ずかしくなったのか、山風は服を着なおすと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

下着を着けていなかったところを見るに、山風は最初から――。

 

「くっ……」

 

山風は言った。

 

『あたしもなりたかったな……。雨宮君が、雨宮君らしくなくなっちゃうほどの何かを、感じさせる女に……』

 

「だとしたら……これは……」

 

俺らしくない俺は、その熱をいつまでも保っていた。

だから、俺は――。

 

 

 

翌朝。

朝食を済ませた後、俺はすぐに島へと戻る準備をした。

 

「もう行っちゃうんだ」

 

「あぁ。島の連中に心配をかけたくないからな」

 

「でも、あまり眠れていないようだし……。やっぱりまだ……」

 

「いや……まあ……眠れていないのは確かだが、別にそれは体調とは関係ないから……」

 

昨日は、自己嫌悪で中々眠ることが出来なかった。

 

「仕事熱心なのはいいけれど、実際倒れているんだし……無理は駄目だからね?」

 

「あぁ、分かっているよ。心配かけたな、山風。ありがとう。あと……ごめんな……」

 

「え? ううん、大丈夫だよ」

 

山風の笑顔が、今日に限ってはまぶしすぎて、俺は直視することが出来なかった。

 

 

 

島に着くと、皆が俺を出迎えてくれた。

 

「もう大丈夫なんですか?」

 

「あぁ。心配かけたな」

 

寮へと向かう道中、俺が倒れてからの事を聞かされた。

 

「――それから、提督が倒れたって聞いて……でも、どうやって運ぼうかって話になって……」

 

以前倒れた時は、武蔵が何とかしてくれたらしい。

 

「そしたら、大和さんが……」

 

「大和?」

 

そういえば、意識を失う直前、大和の姿を見たような……。

 

「大和さんが提督を運んでくれたんです」

 

「びっくりしたわ。そんな事、絶対しないと思っていたから」

 

大和……。

 

 

 

寮に戻り、皆に謝罪をした後、食堂で皿洗いをしていた大和の元へと向かった。

 

「よう」

 

大和は何も言わず、俺を一瞥した後、再び皿洗いを始めた。

 

「手伝おうか?」

 

「……結構です」

 

その声は、とても冷たかった。

やはり、まだ交流には早かったかな……。

 

「……俺が倒れた時、運んでくれたそうだな。ありがとう、大和」

 

「別に……鳳翔さんに頼まれただけですから……」

 

「それでも、引き受けてくれたんだろ? 感謝している」

 

大和は何も言わなかった。

交流終了か……。

まあ、こんなもんだろう……。

大和だって、これ以上……。

 

『そう提督が思いたいだけです。そして、その考えこそが、大和さんを遠ざけているのだと、何故気が付けないのです?』

 

「…………」

 

俺は、大和の隣に立って、洗い終えたであろう皿を拭き始めた。

 

「…………」

 

大和は一瞬、嫌そうな表情を見せたが、ただ黙々と皿を洗い続けた。

そして、俺もまた、大和が洗い終えた皿を、ただ黙々と拭き続けた。

 

「…………」

 

なるほどな……。

大淀の言っていた通りであった。

俺はてっきり、大和が嫌がって、どこかへ行ってしまうものだと思っていた。

でもそれは、俺の勝手な思い込みであり、その思い込みこそが、大和を遠ざける要因となっていたのだ。

 

「ノート……返信が遅くなって悪いな……」

 

俺は、大和にしか聞こえないような小さな声で、そう言った。

 

「未だに……その漂流物についても確認できていないんだ……。それを確認しなければ、返信も出来ないと思ってな……」

 

大和は何も言わなかった。

最悪のケースが頭に浮かぶが、俺はそれを払いのけ、話を続けた。

 

「そう言えば……鳳翔がさ、お前の事、大和ちゃんって呼ぶだろ? あれ、なんでなんだ?」

 

大和は答えない。

答えにくい質問だったのか、それとも――。

 

「……分かった。変なことを訊いて悪かったよ」

 

永い沈黙が続く。

それでも、俺はこの結果に満足していた。

大和の心に、ほんの一歩、近づけた気がしたから――。

勇気を出して踏み込んだ甲斐があったと――。

――だからこそ、俺は驚愕したのだ。

 

「吹雪さんが……そう呼んだんです……」

 

「え……」

 

「私の事……大和ちゃんって……。吹雪さんの冗談だったのですが、それを鳳翔さんが、私と仲良くなるきっかけになると思ったそうで……」

 

「……それ以来、大和ちゃんと?」

 

大和は小さく頷いた。

 

「そうだったのか……」

 

再び、沈黙が続く。

何か言葉をかけようにも、俺はかなり動揺していた。

大和が、俺とまともに会話をしてくれている……。

何故急に?

何がきっかけで?

鳳翔関連の話だったから?

気まぐれ?

実は俺に話しかけていないとか?

いや、それはないだろうが……。

 

「…………」

 

もう、いっぱいいっぱいであった。

だが、それ以上に俺を支配していたのは、感動であった。

ただ大和がまともに会話をしてくれただけで、こうも嬉しくなるとは、思いもしなかった。

思わず泣いてしまいそうな――鳥肌が止まらなくて――。

 

「あとはお願いします……」

 

その声に、我に返る。

皿洗いの方は、終わってしまったようだ。

 

「あ、あぁ……。あ、大和!」

 

去ろうとする大和に、俺は思わず声をかけてしまった。

大和は足を止め、俺を見ることはしていないが、言葉を待ってくれているようであった。

 

「……ありがとう。ほんの少しだが、お前の事を知れた気がするよ」

 

「…………」

 

大和は何も言わず、その場を後にした。

 

「はは……」

 

腰が抜け、思わずしゃがみ込む。

 

「やったぜ……。ははは……。よくやった……」

 

涙が零れる。

だがそれは、悲しいとか、安心したからだとか、そういうものではなかった。

 

「大和ちゃん、お皿洗い頼んじゃってごめんなさ……て、提督!?」

 

「鳳翔……」

 

「どどど、どうされたのですか!? また、どこか痛むのですか!?」

 

「違う違う。ちょっと、立ち眩みしただけだ」

 

「でも、泣いていますし……」

 

「ただの寝不足だ。俺は元気だよ。元気すぎるくらいだ」

 

涙を流しているのにもかかわらずご機嫌な俺の様子に、鳳翔はどこか、気の毒なものを見るような目を俺に見せていた。

 

 

 

大和との交流に成功し(?)このまま流れに乗ろうと、俺は玄関へと急いでいた。

 

「漂流物、まだ在ってくれよ……!」

 

そんな事を言いながら靴を履いていると、背後に気配を感じ、振り返ると――。

 

「曙……?」

 

曙が俺をじっと見つめていた。

 

「……どうした? 何か用事か?」

 

「別に……」

 

何もない……という感じではないが……。

 

「そうか……」

 

靴を履き、外に出ると、少し離れてではあるが、曙もついてきていた。

俺が足を止めると、曙も足を止めた。

 

「…………」

 

なるほど……そういう事か……。

 

 

 

大和が見たという漂流物は、寮からかなり離れた場所にあった。

 

「ここならもう、誰にも見つからんだろうよ」

 

そう言ってやると、曙は姿を現し、俺に近づいてきた。

 

「潮はどうした?」

 

「漣たちに相手させてる……。あたしは……鳳翔さんの手伝いをすることになってる……」

 

「徹底しているな」

 

「そりゃそうよ……。あんたと話しているだなんて、絶対に誰にも見せられないわ……」

 

「そんなリスクを承知で、俺に話しかけて来たって訳か。用件はなんだ? この前みたいに、手紙でも入れてくれれば良かったじゃないか。そうしたら、また、夢の中ででも……」

 

そう言ってやると、曙は泣きそうな表情を見せた。

 

「曙……?」

 

「ごめんなさい……」

 

「え?」

 

「あんたが倒れた理由……。それは、あたしが夢に呼んだせいなの……。どうしても直接謝りたくて……」

 

なるほど……。

だからこうして来たわけか……。

夢だと、また負担をかけてしまうから――それでも、謝りたいから――。

 

「優しいんだな」

 

首を横に振る曙。

 

「本当は……こうなるんじゃないかって……分かっていたの……。前にも……似たような事があったし……。でも……あたし……」

 

「……お前のせいじゃないよ。それに、そんなリスクがあったと知っていても、俺はきっと、お前と夢の中で会う事を望んだはずだ」

 

「でも……」

 

「俺は感謝しているんだぜ、曙。だから、そんな顔するな」

 

曙は俯いてしまった。

本当はこんなにも優しいやつなのに、あんな罵声を人間に浴びせなければいけないだなんてな……。

 

「……少し、話さないか?」

 

「え……?」

 

「ほら、ちょうどいい感じの流木が転がっているし、どうかな?」

 

流木に座り、曙を見た。

曙は少し迷った後、距離をおいて座ってくれた。

 

「本土に戻って、ヘイズの事を色々訊いてきたんだ」

 

「ヘイズの事……?」

 

「あぁ――」

 

俺は、先生から聞いたことを全て、曙に話してやった。

 

「――つまり、俺が倒れたのも、それが原因なんじゃないかと言われた。だから、お前のせいではないよ」

 

「それでも……」

 

曙は考え込むように目を瞑った。

そして、何かを決意したかのように顔を上げ、俺を見た。

 

「実はね……あんたが倒れた後、霞と話をしたの……」

 

「霞と?」

 

「えぇ……。あの日、やっぱり霞は、あんたの部屋にいたみたい……。そして、傍で眠った……」

 

「どうしてそんな事を……?」

 

「理由は分からない……。でも、問い詰めたの……。夢の事、知っていたんじゃないのって……。そしたら――」

 

 

 

『あんた、知っていたんじゃないの……? あの夢の事……』

 

『さあ……? それよりも、どうしてあいつが、あんたと『対等』な夢を見られているのよ? あいつはまだ、ここに来て日が浅いのに……』

 

『対等……? それって、ヘイズに感染しているかどうかの事を言ってる……?』

 

『……あぁ、そうなのね。あんた、あいつとキスでもしたわけ? いや……でもおかしいわ……。だって、そうだったとしても、そんな急には……』

 

霞は、雪風があんたにしたことを知らなかったみたいだった。

 

『霞……あんた、どこまで知っているのよ……?』

 

『さあね……。少なくとも、あんたよりは知っている……とでも言っておくわ……』

 

『あたしより……?』

 

『えぇ……。あたしは全部知っている……。あんたが『司令官』と夢で会っていたことも……全部ね……』

 

『……っ!』

 

『一つだけ教えてあげる……。『司令官』をあの世界に導いたのは、あたしなの……』

 

『それって……どういう……』

 

 

 

「霞はそれ以上を話さなかった……。でも、言っていることが確かなら、霞はあたし以上に夢の秘密を知っていることになるわ……。それも、あたしよりも前に……」

 

「……話の中で出て来た『司令官』ってのは」

 

「えぇ……。あんたの親父のことよ……」

 

霞と親父は、曙との交流以前から、この夢の事を知っていたという訳か……。

それも、霞から教えられて……。

 

「確かに、あたしとの交流以前から、何か知っている感じだった……。でもそれが、霞からだったなんて……」

 

「霞と親父との仲は……?」

 

「……普通だったわ。あんたの親父が霞に絡んで、霞が嫌々……という体で接する感じ。多分だけれど、霞はあいつの事を好きだったのだと思うわ……」

 

仮にそれが本当だったのなら、確かに、霞は親父の事を……。

夢で会うくらいだしな。

すると、霞が俺の部屋に来たのは――。

 

「まあ、霞の事はもういいの……。あたしたちが何をしているのか、ある程度察したようだし、あんたがああなった以上、わざわざ夢に入ってくることはしないと思うから」

 

曙は海に目を向けると、黙り込んでしまった。

霞の事、謝罪の事――それらを話し終えても、まだ何かあるように感じた。

だからこそ、俺は何も言わず、曙の言葉を待った。

 

「……あれからずっと考えていたわ」

 

「何を?」

 

「夢の中で言っていた、作戦のこと……。それが本当に、潮の為になるのかなって……」

 

「……して、結論は?」

 

曙は少し躊躇った後、小さく言った。

 

「試してみる価値はあると思う……」

 

「乗るって事か? 俺の作戦に」

 

「そう言ってるの……。漣や朧には、もう話してある……」

 

「……流石だな」

 

「あんたも、ちゃんと話しておきなさいよ……。そうじゃないと、作戦の意味がないんだから……」

 

「あぁ、分かってる。ありがとう、曙。作戦に乗ってくれて」

 

「試してみるだけよ……。ダメだったら、すぐに中止するから……」

 

「分かった。じゃあ、夕食時にでも」

 

「えぇ……。問題は、大和さんね……。もし、潮が大和さんを頼ったら……」

 

「その時はその時さ。また考えることにする。まあ、それも必要ないかもしれないけどな」

 

そう言って、俺は漂流物を拾った。

 

「これか……」

 

「なに? それ……」

 

「実は、大和と文通――といっても、ほぼ交換日記みたいなもんだが――をしていてな」

 

「大和さんと!? どうして!?」

 

「まあ、色々あってな……。その中に、漂流物があると書かれていたんだ。多分、これの事だと思う」

 

手帳のようなものであった。

濡れているのにもかかわらず、文字は滲んでいなかった。

 

「確かに、外国のものっぽいな……。日本語のようにもみえるが……何語だ……?」

 

「だからあんた、出かけようとしていたのね……。というか、大和さんと交流していたのね……」

 

「あぁ。まだ信用されているのかいないのか不明だが……多分、大和は理解してくれると思う。俺たちが何をやっているのかを」

 

鈴谷と熊野の時もそうだった。

あのゴタゴタの中で、大和は返事をしなかった。

あれはおそらく、忙しい俺に配慮しての事だったのだ。

……多分。

 

「とにかく、そういう事だ。しかし、どうして俺の作戦に? ああ……いや……訊くのは野暮だったか……?」

 

「……まあ、色々と理由はあるけど。一つは、あんたの為よ……」

 

「俺の為?」

 

「えぇ……。作戦に乗らなかったら、また夢で交流する必要が出てくるし……。そうなったら、いつまた倒れるか分かったもんじゃないから……」

 

作戦に乗らなくても、俺と交流する気はあったという訳か。

まあ、それを口に出してしまったら、それこそ野暮なのだろう。

 

「そうか」

 

だからこそ、俺はそれ以上何も言わなかった。

曙はそういう気遣いを知ってか、不貞腐れるように膝を抱えた。

 

 

 

「そろそろ戻らないと不審がられる」と、曙は帰っていった。

俺は一緒に帰るのはマズいと思い、しばらくその場に残ることにした。

 

「うーん……やはり分からんな……」

 

漂流物の手帳。

やはり、何が書かれているのか分からない。

他のページも似たような言語で書かれていて、一体どこの物やら……。

 

「損傷も少ないし、近くの国から来たのだろうとは思うが……」

 

近隣国の言語には疎いが、こんな文字ではないのは確かだ。

 

「ん?」

 

気が付かなかったが、最後辺りのページが引っ付いている。

そっと剥してみると――。

 

「これは……」

 

そこには、日本地図が載っていた。

だが、それよりも俺を驚かせたのは、曙が描いて見せたヘンテコなマークが、日本地図の横に描かれていたことであった。

 

 

 

時間を見計らい、俺は寮へと戻った。

手帳の事は気になるが、今はとりあえず、大和への返信を考えなければいけない。

 

「とはいえ、何を書けばいいのか……」

 

そんな事を考えていると、大淀が部屋へとやって来た。

 

「お疲れ様です。体調はいかがですか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。何か用事か?」

 

「えぇ。先ほど、曙さんとお出かけされていたので、何か進展があったのだろうと思いまして」

 

曙……どうやら見られていたようだぞ……。

大淀であったから良かったものの……。

いや……大淀だからこそ、見破られてしまったのかもしれないが……。

しかしまあ、ちょうどいいタイミングだ。

 

「グッドタイミングだ。実は、頼みたいことがあってな」

 

俺は、作戦の事を大淀に話した。

 

「なるほど。では、私が皆さんに作戦の事を話せばいいのですね?」

 

「あぁ、そうだ。話が早くて助かるよ。あ、そうだ……。夕張には、言わないでくれ。俺から直接伝えたいんだ」

 

そう言うと、大淀は何やら目を細めた。

 

「それは……何故ですか?」

 

「え? あぁ……まあ……。実は、あいつに「頼る」って約束したのだが……。先に、お前に頼ってしまったからさ……」

 

「夕張さんに申し訳ない気持ちがあると?」

 

「お前を先に頼ったのは事実だから……。そうしてしまったという事を直接謝りたいと思ってな……」

 

「……そういう気遣い、出来たんですね」

 

「え?」

 

大淀は俺の目を、じっと見つめていた。

 

「大淀……?」

 

「……やっぱり、ご自分で伝えてください。皆さんに……」

 

「え? 何か、不都合でもあったか?」

 

「まあ……そんなところです……」

 

「それはなんだ?」

 

大淀は唇を尖らせると、小さく言った。

 

「どうして夕張さんにはそういう気遣いが出来るのに、私の気持ちには気が付かないんですか……」

 

「へ?」

 

「……もういいです」

 

大淀は不機嫌そうな表情を見せ、部屋を出て行ってしまった。

 

「な、なんだったんだ……?」

 

よく分からんが、どうやら、俺の『鈍感』のせいで、やらかしてしまったらしい。

 

 

 

結局、皆には俺から直接伝えることとなった。

 

「――という事なんだ。協力してくれると助かる」

 

「なるほどね。分かったわ」

 

「それと……謝りたいことがあってな……」

 

「私を頼らなかったこと……でしょ?」

 

夕張は微笑んで見せた。

 

「別にいいわよ。私だって、何も全てを頼られるとは思っていないし、何事もケースバイケースよ」

 

「夕張……」

 

「でも、嬉しい……。私の事、そうやって気遣ってくれるなんて……」

 

本当にそう思ってくれているようで、夕張は満面の笑みを見せてくれた。

 

「でも、そっかぁ。そうやって想ってくれるのなら、もっと困らせてやろうかしら?」

 

それは、夕張なりの気遣いであった。

だからこそ、俺はただ、困ったように微笑んで見せたのだった。

 

 

 

皆に作戦を伝え終え、俺は再びノートに向き合っていた。

 

『作戦は承知いたしました。しかし、大和さんが何と言うか……』

 

『大和さんは知っているの?』

 

『大和さん――』

 

皆、やはり大和の事を気にかけていた。

大丈夫だとは思うが、確かに、大和が作戦に賛同してくれるとは限らない。

作戦の内容を伝えてもいいが……。

 

「皿洗いでの交流が、作戦を理解して貰う為の策略だった……なんて、思われでもしたら……」

 

大和はきっと、裏切られたと思うだろう。

そして、二度と――。

 

「…………」

 

こんな懸念を抱いている時点で、俺は……。

 

『庭に、ウメの花が咲いておりました』

 

『サザンカもまた、立派に咲いていたよ』

 

アキレスと亀――。

追いかけ、追い抜き、追い抜かれ――。

いつまで経っても、俺たちは――。

 

『あとはお願いします……』

 

――いや、そうじゃない。

 

『吹雪さんが……そう呼んだんです……』

 

「…………」

 

――そうだ。

俺たちは、確かにあの時――。

 

「隣にいた……か……」

 

俺はもう一度、ノートに目を向けた。

そして――。

 

 

 

「よう」

 

食堂に入って来た大和は、少し驚いた表情を見せた後、すぐにいつもの表情へと戻していた。

 

「いつも一番乗りなんだってな。鳳翔から聞いたよ」

 

大和は何も言わず、ただ俺の言葉を待っていた。

 

「……漂流物、確認したんだ。だから……」

 

俺は、ノートを大和に渡してやった。

 

「確認して欲しい。今」

 

「今……?」

 

思わず声に出してしまったようで、大和はより険しい表情を見せた。

 

「そう。今だ」

 

大和は怪訝そうな表情を見せた後、ノートを捲った。

 

「それが、俺の答えだ。お前ならきっと、真意に気が付いてくれると思う」

 

大和は何も言わなかった。

まるで、開かれたページの言葉を――白紙のページに書かれた言葉を――読んでいるかのようであった。

 

「お前には見えているはずだ。俺の言葉……俺の気持ち……そして――」

 

大和は顔を上げ、俺を見た。

 

「――お前自身の気持ちが」

 

大和はもう一度、白紙のページに目を向けた。

そして、何も言わず、ノートを持って食堂を出て行ってしまった。

 

「大和……」

 

これが正解だったのかは分からない。

それでも、俺の真意は伝わったはずだ。

もし、これで駄目だったら、もう――。

 

 

 

時間になると、皆が食堂へとやって来た。

遅れて来た大和に対し、鳳翔は何か言葉をかけていたが、大和は微笑みを返すだけであった。

 

「さて……」

 

俺は自分の食事を持って、席に着いた。

 

「え……」

 

声を上げたのは、潮であった。

 

「よう」

 

俺が座ったのは、第七駆逐隊のいる席であった。

 

「ご主人様、今日はこっちなのかにゃ?」

 

「あぁ、座ってからでなんだが、ご一緒しても?」

 

「もっちろん! 漣があーんしてあげりゅ!」

 

「朧も、あーん、したい……です」

 

盛り上がる二隻とは対照的に、曙と潮は――。

 

「あ、曙ちゃん……」

 

怯えた表情で、曙に縋る潮。

だが――。

 

「曙ちゃん……?」

 

曙は何も言わず、ただ俺をじっと見つめていた。

 

「曙ちゃん……あ、曙ちゃん……!」

 

「潮……」

 

「曙ちゃん……。どうして……何も言わないの……?」

 

「言うって……何をよ……?」

 

「え……」

 

「なんだ? 俺に、何か言う事でもあるのか?」

 

そう訊いてやると、曙は小さくため息をついた。

 

「あたしは別に何もないわ……。潮、あんたはあるの? 何か言いたいことが……」

 

「な、何言ってるの曙ちゃん……! だって……だってぇ……!」

 

「だって……なに?」

 

「だ、だって……。どうして何も言ってくれないの……? わ、私……!」

 

潮は、漣と朧に目を向けた。

だが――。

 

「皆……どうして……」

 

潮は席を立つと、真っ先に大和の方へと走り出した。

そして、その陰に隠れてしまった。

案の定、と言った感じだ。

 

「大和さん……」

 

皆、息を呑んで大和の動向を窺っていた。

 

「大和さん……助けて……」

 

震える潮。

大和は潮の頭を撫でた後、俺をキッと睨み付けた。

 

「大和……」

 

ダメであったか……。

大和が席を立ち、俺の元へと向かった来た。

 

「大和ちゃん!」

 

鳳翔が立ち上がる。

大和は俺の前に立つと、胸倉を掴み、睨み付けた。

 

「大和ちゃん! やめて……!」

 

「鳳翔……! いい……。座っていてくれ……」

 

「でも……」

 

「これは俺と大和の問題だ……。そうだろう……?」

 

大和は何も言わなかった。

 

「鳳翔さん……」

 

「大淀さん……」

 

「ここは提督の言う通りに……」

 

「……分かりました」

 

大淀に諭され、鳳翔は座った。

食堂に、静寂が訪れた。

 

「大和……」

 

「…………」

 

「……お前は、何に怒っているんだ?」

 

大和は何も言わない。

だが、その理由を、俺は知っていた。

 

「……分かっているさ。だが、信じて欲しい……。お前を利用したわけではないと……」

 

「…………」

 

「俺はただ、お前の隣に立ちたかっただけだ……。お前の見て来た景色、お前の感じた気持ち――お前だって、そうだったはずだ……。だからこそ、俺はあの『言葉』を返した……。お前だって、気づいていたはずだ……」

 

大和は何も言わなかった。

だが、その瞳には、どこか迷いが見られた。

 

「この件は関係ない……。こう思われたくなかったから、俺はお前に何も伝えなかった……。だが……お前を見誤っていた……。そこまで鋭いとは思わなかった……。その点だけは謝る……。悪かった……」

 

大和はより一層、俺を睨み付けた。

胸倉を掴むその拳は、小さく震えていた。

 

「だからこそ、この件に関しては謝らない……。これは関係がない。信じてくれ……」

 

「……そんなの……誰が信じろと……?」

 

「…………」

 

「貴方はペテン師でしょう……? そうやって、皆を騙してきた……! 私にも、同じことをするつもり……!? それが、通用するとでも……!?」

 

「大和……」

 

「私は信じない……! 信じたくない……! さあ……言ってください……! 私を騙していたのだと……! 私を利用するために、あんな『戯言』を返したのだと……!」

 

怒り――というよりも、大和の表情は、どこか――。

 

「大和……」

 

「さあ……!」

 

「……俺は、言わない。そんな事、絶対に言わない……。お前が本当に言って欲しいのは、そんな言葉じゃないはずだからだ……」

 

「何を言って……!」

 

「そうやって自分を責めるのはやめろ……。もっと自分を大事にしろ……。俺は、お前を信じ、踏み込んだ……。分かるだろ……? 今度は、お前がそうする番だと……」

 

「……っ!」

 

「本当は信じたいと思っているはずだ……。何がお前を邪魔しているのかは分からない……。だが、俺があのノートに書き続けた『お前への想い』は、全部本物だ……。お前だってそうだったはずだ……。そうでなければ、俺は……」

 

俺の表情に、大和は――。

胸倉を掴んでいた拳が解かれると、鳳翔がホッとした表情を見せていた。

 

「大和……」

 

大和は目を瞑り、しばらく俯いていた。

そして、顔を上げると、潮の方へと戻り、席に座った。

 

「や、大和さん……?」

 

「……確かに私は……あの男の事を敵だと思っています。でも……貴女と組むつもりはありません……。戦うことも出来ない……貴女とは……」

 

「そ……そんな……!」

 

「貴女も立派な駆逐艦なら……自分で戦いなさい……」

 

大和は再び、俺に目を向けた。

だが、それは、先ほどの物とは違い――されど、完全に信用したという訳ではなく――。

 

「今回っきり……って事だな……」

 

今は、それでもいい。

だが、いつかは――。

 

「潮」

 

俺の呼びかけに、潮は恐怖の表情を浮かべた。

 

「俺の事を敵だと思っているのなら、しっかりと向き合って戦え……。少なくとも、他の連中はそうしてきた……。そこにいる大和も同じだ……」

 

そうさ……。

俺たちは、そうやって分かり合って来た。

そうでないと、分かり合えなかった。

 

「お前の境遇は知っている……。俺を恐れる理由も理解している……。だからこそ、俺は証明したいんだ。件の男のような人間ばかりではないのだと……」

 

潮はただただ、オロオロと助けを求めるだけであった。

だが――。

 

「俺からお前に手出しはしない……。お前を穢す者はいない……。だからこそ、皆はお前を守る必要がないんだ……」

 

「そんな……」

 

「だがいずれ、お前以外の艦娘が全て人化し、俺と二人っきりで向き合わなければいけない時が必ず来る。お前はそれまでに、戦う準備をしておけ」

 

「い……嫌……。そんなの……いやぁ……! 曙ちゃん……! いつもみたいに助けてよぉ……!」

 

潮が曙に駆け寄る。

 

「潮……」

 

「曙ちゃん……」

 

曙は、縋る潮を突き放した。

 

「曙ちゃ――」

「――もうウンザリだわ……」

 

「え……」

 

「あんたのお世話……。正直……嫌だったの……。あたしは……さっさとこの島から出たいのに……。朧や漣だって、それは同じなのよ……。気が付かなかった……?」

 

潮が二隻に目を向ける。

 

「そんなに嫌なら自分で戦いなさい……。あたしは……この二人と島を出る……」

 

皆が驚きの声を上げた。

無論、俺もまた……。

冗談か……?

いや、それにしては……。

 

「う、嘘……だよね……?」

 

「嘘じゃない……」

 

「だ、だって……! そんなの……この人間の思惑通りになっちゃうんだよ……!? 曙ちゃんだって、この人間の事……!」

 

「別に……嫌いじゃないわ……。この人の事……」

 

「え……」

 

曙は立ち上がると、俺の前に立った。

 

「曙……」

 

「この人は……本気であんたの事を救おうとしている……。今まで、何人もの人間がそうして来た……。でも……この人は……『提督』は、今までとは違う……。大事なものを守るためには、大事なものを差し出さなきゃいけないと教えてくれた……」

 

曙はもう一度、潮に向き合った。

 

「あたしの大事なもの……それは……あんたよ……潮……」

 

「……!」

 

「あたしは……あんたの未来の為に、あんたに対する愛情を提督に差し出すことにした……。今まで、ずっと大事にしてきたものをね……」

 

「曙ちゃん……」

 

「だから……あんたも腹をくくりなさい……! あんたを守ってくれる人は、もうその人間しかいないのよ……!」

 

曙の頬に、涙が伝う。

抑えこんでいた気持ちが、溢れてしまったようであった。

 

「――……!」

 

潮は食堂を飛び出して行ってしまった。

 

「潮ちゃん……!」

 

鳳翔がそれを追いかける。

 

「鳳翔」

 

俺の声に、鳳翔は足を止めた。

だが……。

 

「……ご心配なく。提督の邪魔になるようなことは致しませんから……」

 

そう言って、鳳翔は潮の跡を追った。

それでも尚……か……。

 

「曙……」

 

「…………」

 

「辛い決断をさせたな……」

 

曙は首を横に振った。

 

「あんたのお陰で……あたしも決心できたわ……。ありがと……提督……」

 

「曙……」

 

曙は恐る恐る俺に近づくと、胸の中で大声を出して泣いた。

辛い決断であったのだろう。

不安であったのだろう。

その不安の全てを、俺が受け止められるかは分からない。

だが、今は――。

 

「よく頑張ったな……曙……。後は……俺に任せろ……」

 

曙が泣き止むまで、俺はただただ抱きしめてやった。

それしか、今の俺には出来なかった。

 

 

 

曙が泣き止んだのは、消灯時間前であった。

 

「落ち着いたか?」

 

そう訊いてやると、曙は恥ずかしそうに頷いた。

 

「ぼのたん……」

 

「曙ちゃん……」

 

「漣……朧……。ごめん……。あんたたちまで巻き込んじゃって……」

 

「ううん……。曙ちゃん一人の問題じゃないよ。これからは、ちゃんと朧たちも頼って?」

 

「そうだよ、ぼのたん。赤信号、みんなで渡れば鎌倉幕府って言うぢゃん!」

 

「……ふふ、なによそれ。でも……そうよね……。うん……。ありがと……二人とも……」

 

二隻に笑顔を見せた後、曙は俺に視線を向けた。

 

「曙……」

 

「そんな顔しないでよ。潮の事、これからよろしくね」

 

「……あぁ。任せておけ」

 

「本当にありがと……提督……」

 

そう言って、恥ずかしそうに微笑む曙の表情は、今まで見て来たどの表情よりも、自然であった。

 

 

 

その後、消灯時間だったこともあり、俺は家へと帰ることにした。

 

「ふぅ……とりあえず、進展はしたかな……」

 

倒れ込むように布団に入ると、急に眠気が襲って来た。

 

「『潮を孤立させる作戦』は、一応成功したと思っていいかな……。これで、戦う気になってくれればいいが……。もしくは、敵などいないと気付いてくれればいいのだが……」

 

仮に、この交流が失敗したとしても、いつか人化した際に、この経験は必ず活きるはずだ。

今は許されているかもしれないが、島の外に出たら、潮のような艦娘は、きっと――。

 

 

 

翌日。

朝食時、潮が顔を出すことはなかった。

 

「昨日、潮ちゃんと少し会話をしました」

 

「して、なんと?」

 

「本人も、今の状況が良くないという事は、自覚しているようでした。提督の事も、悪い人ではないと思っているようでした……。しかし、やはり過去の事があって、信用するのは怖いと……」

 

「そうか……」

 

だからこそ、俺を悪役だと思い、戦ってほしいのだがな……。

中途半端なイメージのせいで、俺を完全に悪役として見られないという事だろうか……。

もしそうだとしたら、やはり曙に、俺を罵倒させていた方が――。

 

『ごめんなさい……』

 

――いや。

それでは、曙を救うことは出来ない。

 

『本当にありがと……提督……』

 

俺は、潮だけではなく、曙にも笑顔であって欲しいと思っている。

そうさ……。

作戦はいい方向に進んでいるはずだ。

きっと――。

そう思わなければ、俺は――。

 

 

 

結局、この日、潮が顔を見せることはなかった。

鳳翔や明石、それに何故か雪風も加わり、面倒を見てくれていたようではあるが……。

 

「潮の事が心配?」

 

「曙……。まあな……。だが、それ以上に……その……」

 

「罪悪感に苛まれているとか? あたしと潮の仲を引き離してしまったって……」

 

俺は、何も言えなかった。

 

「ばっかみたい。まだ始まったばかりでしょ? あんたがそんなんじゃ、任せたあたしも不安になってくるっての」

 

「あぁ……そうだな……。悪い……」

 

「……きっと大丈夫よ。潮だって、分かっているはずだわ。あたしの事は気にせず、いつものペテンを存分に発揮すればいいわ」

 

そう言うと、曙はニカっと笑って見せた。

 

「……それが、お前の本当の表情か」

 

「え? な、なによ……。何か変だった……?」

 

「いや……。何だか、元気が出る笑顔だなってさ。ありがとな、曙」

 

「は、はぁ!? な、なに恥ずかしい事言ってんの!?」

 

「はは、怒った顔も可愛いんだな。交流前に見せていたあれは、やはり無理していたんだな」

 

「可愛……。か、可愛いとか言うな……! あたしは怒っているんだけど!?」

 

「あぁ、分かってるよ。だから、怒っている顔が可愛いと言ったんだ」

 

「意味わかんない……! あんた……ドMなの!?」

 

「もしかしたら、そうなのかもしれないな」

 

「な……!? 最悪……! この変態! 変態クソ提督!」

 

「はは」

 

何故かは分からないが、曙に『クソ提督』と呼ばれている方が――怒られている方が、しっくりくる。

本当に俺がドMだからなのだろうか?

 

 

 

家に帰り、寝床に就く。

 

「はぁ……」

 

もし、潮がこのまま部屋を出ず、鳳翔たちに甘える続けるのなら……。

 

「俺からは絡みに行かないと言ってしまったからな……」

 

あくまでも、俺は受け身の立場だ。

潮からのアプローチを待たなければいけない。

そうでないと、潮は一生、変わることが出来ないだろう。

俺には、過去の傷を治す力はない。

最悪の場合、傷口に塩を塗るだけになってしまうかもしれない。

それでも――。

 

「潮……」

 

曙がそうだったように、いつか、潮の笑顔を見る日がきっとくる。

あいつは、どんな笑顔を俺に見せてくれるのだろうか。

そんな事を思いながら、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

その夜、俺は夢を見た。

何故か、夢であると分かる夢。

曙と見た夢とは違い『ちゃんとした夢』であった。

 

『お兄さん』

 

聞き覚えのない声。

振り返って見ると、これまた知らない女の子。

 

『君は?』

 

『君はって……。隣に住んでいる――だよ。お兄さん、忘れちゃったの?』

 

――ちゃん……。

あぁ、そうだ。

隣に住んでいる小学生の女の子で、いつも遊びに来る……。

 

『あぁ、そうだった。ごめんごめん。なんか、頭がぼうっとしちゃって』

 

『もう……大丈夫? 最近暑いもんね。私もね、ほら、今日は薄着なの』

 

少女は薄着のカーディガンを脱ぐと、これまた薄着のタンクトップ姿になった。

 

『外が暑くて、汗かいちゃった』

 

汗……というよりも、まるで土砂降りの雨に降られたのではないかというほどに、服はびっしょり濡れていた。

 

『私、おっぱいが大きいから……透けちゃってるかも……』

 

そう言いながらも、少女は強調するように、腕を後ろへと持っていった。

 

『大丈夫か? 今、タオルを持ってくる』

 

『ねぇ、お兄さん……』

 

『ん、なんだ?』

 

『私、お風呂入りたいな……。お兄さんも一緒に……入ってくれませんか……?』

 

『風呂?』

 

少女はおもむろに、服を脱ぎ始めた。

 

『私の体……優しく洗ってほしいな……』

 

少女が近づいてくる。

そんな少女に、俺は――。

 

『ちょっと待て。今、鳳翔を呼んでくる』

 

『え……?』

 

『おーい! 鳳翔! 悪いのだが、――ちゃんを風呂に入れてやってくれ!』

 

『お兄さん……?』

 

『あれ? いないのか? ちょっと待ってろ。誰かいないか探してくるから』

 

『ま、待って! 私、お兄さんがいいの……。お兄さんになら、私……何をされても……』

 

『いや……こういうのはちゃんとした奴にやってもらった方がいいだろう……。おーい! 誰かいないのか!?』

 

部屋を出ると、そこは長い廊下であった。

 

『おーい……って、ここはどこだ?』

 

振り返ると、出たはずの部屋は無くなっていた。

 

『あれ? おっかしいな……。っていうか、俺はここで何をしていたんだっけか……』

 

頭がぼんやりとしている。

瞬間、俺は再び謎の部屋へと飛ばされた。

 

『お兄さん……』

 

少女が、ベッドの上に裸で寝ている。

 

『お兄さん……来て……』

 

言われるがまま、ベッドへと向かう。

やたらと可愛げのあるベッドには、たくさんのシールが貼ってあった。

 

『お兄さん……』

 

『服はどうした?』

 

『え?』

 

『服だ。風呂上がりなんだろ? 髪も乾いていないし……。ほら、こっち来い。乾かしてやるから』

 

以前、夕張の髪を乾かしてやったことを思い出す。

それと、確か響の髪も――いや、響のはないはずだろう……。

いや、しかし……どうだったかな……。

 

『どうして!?』

 

少女が叫ぶ。

 

『どうして襲わないの……!?』

 

『え? 襲う……?』

 

『裸の女がいたら、襲うのが男でしょ!? なのにどうして……!』

 

少女は、怯えているように見えた。

 

『ほら、襲ってよ……! 結局貴方も、そういう人間なんでしょ……!?』

 

そう言う少女に、俺は何故か、配慮のない言葉を投げかけてしまった。

 

『襲うって……。お前、まだ子供だろう……。俺はもっと、大人の女が好みで……』

 

ハッとした。

俺は、一体何を言って……。

 

『へぇ、そうなんだぁ』

 

声に振り返る。

そこには、裸の陸奥が立っていた。

 

『じゃあ、お姉さんがぁ……いい事たくさんしてあげる……』

 

そう言うと、陸奥は――。

 

 

 

 

 

 

強い光に目が覚める。

 

「んっ……あぁ……。なんか……凄い夢を見た気がするぜ……」

 

起き上がろうと、手をついた時であった。

 

「ひゃ……!?」

 

「うぉ!?」

 

柔らかい何かを触ってしまい、思わず手を引いた。

寝惚け眼を擦り、それを見てみると……。

 

「う、潮……?」

 

潮は、青ざめた顔を見せると、逃げるようにして家を出ていった。

 

「あ、おい!」

 

何故、潮がここに……。

まさか、これも夢か……?

 

「おはようございます!」

 

その声に、俺は思わず耳を塞いでしまった。

 

「ゆ、雪風……!?」

 

「はい! 雪風です!」

 

朝っぱら耳にするような声量ではないな……。

 

「って、どうしてお前がここに?」

 

「はい! 潮さんを追って来たんです!」

 

「潮を?」

 

「何故かしれえのお家に向かっていたんで、どうしたんだろうって」

 

潮が俺の家に……。

しかし、どうして……。

そして、なぜ俺の隣で横になって……。

 

「潮はどうして俺の隣で?」

 

「さあ? 分かりません!」

 

雪風は、何故か子供っぽい態度を変えなかった。

丁度いい……。

 

「……雪風。お前に訊きたいことがあったんだ……」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「お前……曙に何を吹き込んだ? そもそも、お前はどこまで知っている? あの夢について……」

 

雪風は、とぼけた表情を見せた。

 

「とぼけるな。お前が何か知っているのは確かだ。お前、何者だ? どうして夢の事を知っている? どうしてとぼけた態度を見せているんだ?」

 

雪風は、一瞬ではあったが、真剣な表情を見せた。

そして、すぐに子供っぽい笑顔を見せると、俺の後ろに視線を移した。

 

「夕張さん!」

 

「え?」

 

振り返って見ると、夕張が俺をじっと見ていた。

 

「夕張?」

 

「今……潮ちゃんが泣きながら出ていったようだけれど……。貴方、まさか……」

 

「え? あ……い、いやいやいや! 俺は別に何もしていないぞ……!」

 

夕張は雪風を見た。

 

「はい! しれえは何もしていません! あれは事故です!」

 

「事故? 事故って、何よ?」

 

夕張が疑いの目を俺に向けた。

 

「い、いや……」

 

 

 

寮に向かいながら、俺は夕張に状況を説明してやった。

 

「ふぅん……。潮ちゃんがね……。でも、どうして提督の家に? あんなに嫌っていたのに……」

 

「そこが分からんのだ」

 

「……ねぇ、本当に何もしていないのよね? 雪風ちゃんに言わせてるとかないわよね?」

 

「お前……。俺を信じられないってのかよ?」

 

「信じられないって言うか……。信じてはいるのだけれど……。ほら、貴方って、よく分からないところがあると言うか……。例えば……好みの女性とか……」

 

「だからといって、俺がロリコンか何かだと?」

 

「大丈夫です! しれえは、大人の女の人が好きなんですよね? 陸奥さんとか!」

 

「……そうなの?」

 

「いや、別にそう言う訳ではないが……。テキトーなこと言ってんじゃねぇぞ、雪風」

 

「しれえが気が付いていないだけで、本当はそう思っているはずです! 異性として意識したのは、大人の女の人だけです!」

 

何を根拠に言っているのやら……。

しかし、夕張は信じたようで、明らかに不機嫌そうな表情を見せていた。

 

 

 

寮に着き、食堂へと向かう。

 

「おい雪風! お前のせいで夕張が面倒くさいモードに入っただろ!」

 

「面倒くさいモードって何よ!?」

 

そんなやり取りをしながら食堂へ入ると――。

 

「て、提督……」

 

皆の視線が、俺に集まっていた。

 

「おう、おはよう。どうした? 皆して俺を見て……」

 

そこに、大和がやってきて、俺を睨み付けた。

 

「大和……?」

 

「最低ですね……。子供に手を出すだなんて……」

 

「あ?」

 

ふと、大和の後ろで、潮がこちらを見ているのに気が付いた。

 

「潮さんから聞きました……。貴方が、潮さんの胸を揉んだと……」

 

俺はもう一度、潮を見た。

なるほど……。

 

「そう言う事かよ……」

 

俺は思わずニヤけてしまった。

それが、お前の答えなんだな……。

潮……。

 

「何とか言ったらどうなんです!?」

 

大和が俺に詰め寄る。

だが、いつものように胸倉を掴むことはしなかった。

 

「…………」

 

大和の目は、その意味をしっかりと俺に伝えていた。

だからこそ、俺はそれに応えるように、大和を睨み付けた。

 

「誤解だ。目が覚めると、何故か潮が俺の隣で寝ていた。そして、起き上がる際に胸を『揉ませた』んだ。これは、ハニートラップだ」

 

「そんな言い訳が通用するとでも……?」

 

「何とでも言え。こっちには目撃者がいるんだぜ。そうだろ? 雪風?」

 

そう言っても、雪風は何も言わなかった。

 

「雪風……?」

 

「貴方……やっぱり……」

 

そう言ったのは、夕張であった。

 

「雪風……お前……」

 

雪風は何も言わないまま、夕張の後ろに隠れてしまった。

 

「何か弁明は……?」

 

皆の視線が、一気に疑いのそれに変わっていた。

 

「……なるほど。案外、お前も『こっち側』だったんだな……。潮……」

 

これが、どこまでが仕組まれたものなのかは分からない。

突発的なものなのか、それとも――。

いずれにせよ、確かなことがひとつあった。

それは、大和の背中で怯えているはずの潮が、俺のおかれた状況を見て、ほくそ笑んでいることであった。

 

 

 

 

 

 

残り――18隻

 

 

 

――続く

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