新作の執筆を終え、ようやく暇が出来たボクは、先生のお墓に来ていた。
「よう。やっぱり最上か」
「重さん! 久しぶりだね」
「家から背中が見えたんでな。墓参りか?」
「うん。先生の。ここ最近、来られていなかったからさ……」
「売れっ子作家は大変だな」
「そんなんじゃないさ。ボクの筆が遅いだけで……」
「デジタル化の時代で、未だに手書きだもんな。そら遅くもなるってもんだ」
そう言うと、重さんはニカっと笑った。
「そう言えば、ビックリしたよ。ここ半年で、十二隻も人化したって?」
「あぁ、凄腕の『提督』が現れてな」
凄腕の『提督』かぁ……。
確かに、先生でも、最初の人化には一年以上かかったしなぁ……。
「どんな人なんだろう?」
「まだ、本部には行ってねぇのか?」
「これから顔を出す予定」
「そうか。なら、皆によろしく言っておいてくれねぇか?」
「え? 重さん、もしかして引退したの?」
「あぁ。今は、鈴木が俺の跡を継いでいる」
「うげぇ……。鈴木って、あの鈴木? ボク、あんまり好きじゃないんだよね……」
「まあ、そう言ってやんな。あいつも改心したみたいだぜ? 今はいい奴だ。それにお前、いつまでも男を選り好みしてっと、婚期を逃すぜ?」
「別にいいさ。ボクの恋は、先生が最初で最後だから」
「そうかよ。ま、好きにしな」
そう言うと、重さんは家の方へと去って行った。
「フフ、先生はこういう時さ「俺なんかよりもいい人がいる」って、言うんだよね。でもね、先生。結局さ、先生よりもいい人なんて、見つからなかったよ。ボクの一番は、ずーっと先生だよ」
墓石に置いた花が、風に揺れる。
「フフ、嬉しいくせに、素直じゃないんだ」
本部に着くと、熱烈な歓迎を受けた。
皆、ボクの小説のファンらしくて、サインを求められたり、黄色い声援を受けた。
「相変わらず、女性に人気があるね。君は」
「女らしくないって言われているような気がして、少しショックですけどね」
以前は、坂本上官って人が案内してくれたはずだったけれど……。
もうだいぶ来ていなかったからなぁ……。
「後で、寮に行ったらいい。きっと、皆も喜ぶはずだ」
「はい」
そんな会話をしながら、施設内を歩いている時だった。
山風と秋雲が、遠くの部屋から出てくるのが見えた。
「あれ? 山風と秋雲?」
「あぁ、彼女たちは『指導艦』として、寮に住んでいるんだ。なんせ、十二名もいるからね。他にも、北上が――」
瞬間、ナントカ上官の声が、聞こえなくなった。
二人の後ろ――山風と秋雲の後ろに――。
「……――っ!」
気が付くと、叫んでいた。
そして、走っていた。
その人の元へ。
その人の胸の中へと――。
「最上……」
胸の中で泣きじゃくるボクを、その人は何も言わず、ただ優しく抱きしめてくれた。
『不死鳥たちの航跡』
「んんっ……」
目を覚ますと、目の前に秋雲の顔があった。
「うお!?」
「あ、起きちゃった。もうちょっとだったのに……」
「何がもうちょっとなんだ!? っていうか……ここは……?」
そこは、いつかの病室であった。
「……あぁ、そうか。倒れたのか……俺……」
窓の外。
遠くに、島が見えていた。
「昨日、急に運ばれて来たんだよ? 覚えてない?」
「ちょっと待て……昨日!? 昨日って……俺、一日寝ていたって事か!?」
「そう言うこと~。今、山さんは別の業務をしているから、代わりに秋雲さんが様子を見に来たってわ・け」
「そうなのか……。っていうか、お前である必要あるか?」
「みんな忙しいからねぇ……。秋雲さんは暇で暇で……。んなもんで、来たって訳。雨宮君も、秋雲さんが来て、嬉しいっしょ~?」
「…………」
「ちょっと、黙らないでもらっていいっスか?」
そんな事を秋雲と話していると、山風が部屋に入って来た。
「あ!」
「山風」
「雨宮君……! 良かったぁ……。大丈夫? どこか痛いとか、ない?」
「あぁ、大丈夫だ。腹が減っているくらいで」
山風は安心した表情を見せると、細い目で秋雲を見た。
「どうして秋雲がここにいるの……?」
「え?」
「別にいいじゃん(いいじゃん)。秋雲さんも~、雨宮君の事が心配だったんだもんっ! ぷぅ!」
「ぷぅ……じゃないよ! 雨宮君、変な事されてない?」
「あぁ、多分な……。っていうか秋雲、お前、無断でここに来たのか……」
「無断って訳じゃないよ。ちゃーんと、受付に言ってあるし~オ〇ナミンC~」
「……あたしがいない時を狙って?」
そう言われ、秋雲はしらばっくれるように口笛を吹いていた。
「全く……。ごめんね? 雨宮君」
「別にいいよ。まあ、こんな奴ではあるけれど……心配して来てくれたわけだしな」
「そうそう! それにぃ……秋雲さんは、雨宮君に元気になって欲しくてさぁ……」
そう言うと、秋雲はおもむろに上着を捲し上げ、下着を露出させた。
「な……!?」
「んへへ……どう……?」
秋雲は、粘度のある笑顔を見せながら、強調するように、胸を寄せた。
「あ、秋雲!? ななな、なにしてるの!?」
「なにって……。男の子が元気になることと言えば、これっしょ……?」
秋雲と目が合う。
俺は思わず、視線を逸らしてしまった。
「あ、反応が童貞っぽい~……なんて……。あはは……あ、あのさ……秋雲さんもさ……実は……結構勇気出してやってるからさ……。その……なんならちゃんと……見てくんないかな……?」
「い、いや……。勇気を出しているから見られるってもんでも……」
山風は我に返ったのか、すぐに秋雲の上着を下げさせた。
「な、何やってるの! 秋雲のバカ!」
「だ、だってさぁ……。元気になるって言ったら、こういう事じゃん……?」
「そういう元気はいらないの! もう……!」
二人とも、顔を真っ赤にさせていた。
そんなに恥ずかしがるのなら、やらなければ良かったのに……。
「あ、雨宮君……元気……出た……? なんて……」
「いや……うぅん……」
「雨宮君! 悩むことじゃないでしょ!? 秋雲のなんて……」
「で、でも……秋雲さんの、結構大きいしさぁ……。男の子なら、反応しちゃうよね~……」
「そ、そうなの……?」
二人が、俺をじっと見つめる。
なんて返せばいいのだと、悩んでいる時であった。
「ちょっと! 騒がしいですよ!? 静かにしなさい!」
怖そうな看護婦がやってきて、俺たちを一喝した。
「山風さん? 貴女はここの看護婦なんですから、自覚ある行動をしなければいけませんよ?」
「は、はい……。ごめんなさい……」
「まったく……。貴方も! そんなに元気なら、さっさと退院しなさい! 分かったわね!?」
ピシャリとドアが閉まると、病室は一気に静かになった。
「こ、怖いな……。あの看護婦……」
「あ、あたしの上司なの……。看護主任……」
「そうなのか……。なんか……ごめんな……。騒いじゃって……」
「う、うぅん……! 雨宮君は悪くないよ……! 悪いのは、あたしと……」
「ア、ハイ……アキグモサンデス……」
秋雲は小さくなると、しゅんとしてしまった。
全く……。
「まあ……なんだ……。元気づけようとしてくれたんだろ? ありがとな、秋雲」
「雨宮君……」
「雨宮君? 秋雲を甘やかしちゃ駄目だよ……?」
「まあ、そうかもしれないけどさ。こうしてわざわざ来てくれたんだ。一応な」
秋雲はほっとした表情を見せた後、何やら再び粘度のある笑顔を見せた。
嫌な予感がする……。
「あ、そうだ。雨宮君が起きたら、先生に伝えなきゃいけないんだった」
「そうなのか」
「うん。ちょっと呼んでくるね? 秋雲? 雨宮君に変な事しないでね?」
「大丈夫大丈夫~。秋雲、おとなしくしてま~す」
さっきの落ち込みはどこへやら……。
「じゃあ、行ってくるね」
「おう」
山風が出て行くと、秋雲は何やらベッドの上に乗って来た。
「おい……」
「大丈夫大丈夫。なんにもしないって。ちょっと耳を貸してほしいだけ~」
「……嫌だ」
「そんなこと言わずに~。ちょっと内緒話があるんだってばよ~」
こいつは……。
まあ、耳を貸すくらいならいいか……。
「分かったよ……。なんだよ? 内緒話って……」
秋雲は耳元へ近づくと、囁くように言った。
「秋雲さんの胸……エロかったっしょ……? 後でオカズにしてもいいよ……?」
俺は思わず仰け反ってしまった。
秋雲は例の如く、あの笑顔を見せていた。
「……お前な」
「いやぁ、真面目な話さ……。雨宮君って、いつ抜いてるの……?」
「はぁ?」
「ほら……あの島でさ……。みんないる訳じゃん? プライベートな時間って……あるのかなって……」
「そりゃ……あるだろうよ……」
「じゃあ、その時に……? オカズは何使ってるの……?」
「んなもん……しない……。そんな暇も無いくらい、忙しいんだぜ……」
「でも、溜まりはするんだ? どれくらいの頻度で抜くとかある?」
「……お前、なにが言いたいんだ?」
「いや、だからさぁ……。その……秋雲さんが力になれないかなって……言っているんだけど……。雨宮君はどうか知らないけどさぁ……そういうのは発散させないといけないって言うか……自分の知らない内にストレスになると言うか……その内、島の艦娘とそういう関係になってしまうんじゃないかなって……。もしそうなったら、色々まずいんじゃない?」
まあ、そうかもしれないが……。
「心配には及ばん。そんな事は一度だってないし、ストレスも感じていない」
「ふぅん……。でも、秋雲さんは知っているよ? 陸奥さんの裸を見た時……胸を見た時、しっかりと反応してたって……」
「な……!?」
「いやね? この前、雨宮君の話題があがってさ。陸奥さん達がいるのに、雨宮君、欲情しないのかなって。そしたら陸奥さん、秋雲にだけこっそり教えてくれたんだ~」
悪戯な笑顔を見せる秋雲。
その額には、じんわりと汗がにじんでいた。
「雨宮君、本当は我慢してるんじゃないの? あの島でさ、たくさん、誘惑されたんじゃない? その度に、体が熱くなるのを感じたんじゃない?」
俺は何も言えなかった。
陸奥の体に反応していたことを言われ、恥ずかしくなっていたのだ。
「別に恥ずかしい事じゃないよ……? 秋雲さんもさ……自分でえっちな本を描いている時さ……発散させちゃうもん……。自家発電って奴……?」
「自家発電って……」
「秋雲さんがシているところ……見てみたい……?」
そう言うと、秋雲は顔を近づけ、俺の目をじっと見つめた。
「お、おい……」
「さっきさぁ……雨宮君が寝てる時ね……? 秋雲さん、実は――……」
秋雲は、俺の耳元で、その行為についてカミングアウトした。
「お、お前……!」
「大丈夫……。雨宮君には何もしていないから……。あ、本当はして欲しかった……?」
思わず息を呑む。
「あー……ヤバいなぁ……。なんか……これ……すっごくドキドキしちゃうかも……。ふへへ……こんなこと言っても、雨宮君は引かないんだね……。優しいなぁ……。ねぇ……秋雲さんの猥談、もっと聞いてくれない……? なんなら、聞きながら、シてもいいよ……?」
秋雲の手が、脇腹から、徐々に下の方へと下がって行く。
まるで、蛇に睨まれた蛙のように、俺は動くことが出来なかった。
今まで出会ったどんな奴よりも、性に貪欲というか――。
本当に処女であるのかどうかすら、もはや怪しいと言うか――。
「ただいま」
山風が帰ってきて、ようやく秋雲は離れた。
「雨宮君、診察室で、先生が待ってるよ。秋雲に変な事されなかった?」
「あ、あぁ……大丈夫だ……」
「本当……? なんか秋雲……顔真っ赤だし、汗ばんでるけど……」
「え? そそそ、そうかなぁ? あー……なんか、この部屋暑くてさ~。ね~?」
山風は目を細めた後、小さくため息をついた。
「まあ、何もなかったのならいいけど……。秋雲も、そろそろ帰りなよ……」
「ほほ~い」
そう言うと、秋雲は部屋を出ていった。
部屋を出る直前まで、秋雲は俺から視線を外さなかった。
「さ、あたしたちも行こう?」
「あ、あぁ……」
部屋を出て、診察室へと歩こうとした時であった。
「あれ?」
という秋雲の声を聞いた、その瞬間――。
「先生……!」
二人の間をすり抜け、俺の胸に飛び込んできたのは――。
「最上……」
自分で言って、驚いた。
最上……?
この人が?
「先生……! 先生……! うぅぅ……うわぁぁぁぁぁん……!」
泣きじゃくる最上。
皆が困惑した表情をする中で、俺だけは、違う感情に支配されていた。
「最上……」
俺は何故か、最上を抱きしめていた。
どうしてか、愛おしく思えてしまったのだ。
永い間、会えていなかったかのような――。
ようやく会えたかのような――。
最上はしばらく泣いていたが、あの鬼看護婦が飛んできて、再び俺たちを意気消沈させた。
「ごめんなさい……」
冷静になったのか、最上は俺に頭を下げた。
「人違いでした……。その……ボクの大切な人に似ていて……それで……」
再びぽろぽろと涙を流す最上。
「雨宮君、よく最上さんだって気が付いたね。秋雲さん、新手のストーカーか何かかと思ったよ」
「いや……」
俺にもよく分からない。
最上という存在自体は知っていた。
だが、完全に初見であったし、写真なども見たことはない。
なのに、何故か最上であるとすぐに分かった。
そして、何故か呼び捨てにしてしまっていた。
まるで、昔からの、親しき仲のように――。
「そっか……。最上さん、佐久間さんの事が好きだったから……。雨宮君は似ているもんね……」
山風は、俺の正体を知っているはずだが、それをあえて口にはしなかった。
気を遣ってくれている……という事か……。
「いいよ、山風。説明してくれて……」
「でも……」
「いずれ知ることだ」
その時、遠くの診察室から、先生が顔を出した。
何事か、とでもいうように。
「おっと。急がないと。悪い、山風。後のことは頼んでもいいか?」
「う、うん。雨宮君こそ、一人で大丈夫?」
「あぁ。また後でな」
「うん」
去り際、最上と目が合った。
その瞳は、潤み、輝いていて――なんとも美しい人だなと――いや、むしろ、可愛らしい人だと思ってしまった。
診察室に着くと、先生は、鍵をかけるよう、俺に伝えた。
「悪いね。外部に漏れたらマズい話なんだ」
「はぁ……」
もしかして、ガンが見つかったとか言うんじゃないだろうな……。
「体調はどうかね?」
「問題ありません。腹が減っているくらいで……」
「昨日から何も食べていないからね」
「自分でも驚きましたよ。まさか、丸一日寝ていただなんて」
「それだけ体力を消耗していた、という訳だ。まあ、無理もない」
そう言うと、先生は、何やら棒グラフが載っている紙を俺に見せた。
「なんですか? このグラフは……」
「君の『ヘイズ』感染量をグラフ化したものだ」
「俺の感染量……?」
何故、こんなものを……。
「こっちの赤いグラフが、君の感染量を示している。月ごとだ。そして、隣の青いグラフが、艦娘の平均的な感染量を示している」
赤いグラフは、最初こそ艦娘の平均を大きく下回っていたが、月を重ねるごとに、じわじわと上昇していた。
「寮に進出した辺りで、大きく上昇しているのが分かるだろう? それでも、艦娘の平均には到底届くものではなかった」
しかし、最後のグラフは――。
「艦娘の平均より……6倍以上も……」
先生は、深刻そうな表情を見せていた。
「え……これって……マズイ事なんですか……?」
「マズい……と言うよりもねぇ……」
先生はじっと、俺の目を見つめた。
「『ヘイズ』については、どこまで?」
「艦娘を艦娘たらしめるもので……あ! 放射性物質のようなものではないかと……」
先生の目の色が変わった。
「放射性物質のようなもの……というのは、誰から聞いた……?」
「…………」
俺は、島であったことを全て、先生に話した。
「信じられないかもしれませんが、夢を共有できたんです。その中で、放射性物質のようなものではないかと言われて……」
「なるほど……。確かに、佐久間という男が出向していた当時は、そうなのではないかという説があがっていた。佐久間も、その事を誰かから聞いていたのだろうな……」
「先生……結局のところ『ヘイズ』とは何なのですか?」
「まだ、分かっていないことが多い『何か』だ。分かっていることといえば……おっと、これは口外しないように頼むよ?」
「はい」
先生は、もう一度、扉に鍵がかかっていることを確認した後、説明してくれた。
『ヘイズ』とは、正式には『haze』と書くもので『かすみ』だとか『もや』のような意味がある。
艦娘にしか視認できない――正確には、ヘイズに感染した者にしか視認できない、細菌のようなもので、飛沫や濃厚接触などで、人にも感染すると言われている。
ヘイズは、ニューロン……つまり、神経細胞へ感染することが分かっているが、神経細胞へ到達するルートや過程、その理由については謎に包まれている。
レム睡眠時にのみ、神経細胞に感染したヘイズは、発火させるだけのインパルスを発する。
その影響で、君が見たような夢を見るのではないかと言われている。
そして、ヘイズ最大の特徴は……ヘイズによる発火が、近くにいる別の感染者に影響するということだ。
昔、艦娘二隻を同じ空間で眠らせ、脳波を測る実験を行ったことがある。
二隻がレム睡眠に入ると、脳波に不思議なことが起きた。
なんと、二隻の脳波が、互いに似たような波形を描いたのだ。
正確には、一隻の描いていた脳波に、もう一隻の脳波が近づいていったのだ。
こんなことは、普通ありえない。
そして、起きた二隻は言った。
『同じ夢を見ていた』と。
この事から、一つの説が生まれた。
それは、先ほど言った、ヘイズによる発火が、近くの感染者に影響する、ということだ。
どういった原理なのかは分からない。
神経細胞へ感染するルートが謎なように、影響させるための方法も謎なのだ。
君が聞いた、放射性物質のようなものではないか? というのは、ヘイズによる発火の際に、何か放射線のようなものを飛ばし、他に影響を与えているのではないか、という仮説から来ているのだと思う。
実験の二隻には大きな違いがあった。
それは、ヘイズの感染量だ。
一隻は感染量が平均より上回り、もう一隻は平均並みだった。
そして、脳波を合わせに行った方は、平均並みの方だった。
言い方を変えると、平均並みの感染量だった艦娘は、感染量の多い艦娘から、影響を受けていたことになる。
あくまでも仮説ではあるから、はっきりとしたことは言えないが、ヘイズの感染量が多ければ多いほど、他への影響は大きくなるという事だ。
「大丈夫かね?」
頭を抱えだした俺に、先生は心配する素振りを見せた。
「すみません……。話が全然分からなくて……。なんだか頭が痛く……」
そもそも、発火ってなんだよ?
神経細胞?
脳波?
訳が分からん。
「そうか……。すまない……。つい、熱が入ってしまった……」
先生は一呼吸置くと、肩に入っていた力を抜いて、ゆっくりと話し始めた。
「まあ、つまり、感染量が多いと、他の感染者に影響を与えてしまう可能性があるという事だ。君の夢に出て来た曙と霞の感染量は平均の6倍……つまり、君と同じだ」
「……そうなると、どちらの脳波に影響が?」
「うぅむ……。それは分からない……。これはあくまでも私の考えだが……どちらにも影響するのではないかと思っている」
「どちらにも……ですか……」
「つまり、同じ脳波に合わせようと……シンクロしようとするのではないかという事だ。それがどんな意味を持つのかは不明だが……君の言う事が確かなら、夢のようで夢ではない『何か』を体験できるのだろうね」
なるほど……。
あの体験は、霞・曙と感染量が同じだったから……か……。
「君が倒れた理由も、そこにあるではないかと、私は考えている。曙と霞、二隻の脳波に合わせようとして、脳に大きな負担をかけてしまった、という訳だ」
仮にそうだとしても、近くに霞はいなかった。
影響は、そんなに広い範囲に及ぶものなのか……?
『……そういうこと。だから、押し入れに……』
――なるほど。
そういう事か……。
理由は不明だが、霞は、俺の部屋に来ていたという訳か。
「私が伝えたかったのは、今後も同じような事が起こるだろうから、意識して行動しなさい、という事だ。今言ったことは仮説にすぎないが、実際にそれらしい影響が出てきているし、人体にも悪影響だと分かった。十分に注意しなければならないだろう」
「はい。分かりました」
「難しい話をして悪かったね。とにかく、今は休みなさい。後で、栄養がつくものを山風に運ばせるから」
「ありがとうございます。あの……どれくらいの期間、休めばいいのでしょうか……?」
「出来れば、早く戻りたいと?」
「えぇ」
先生は、大きくため息をついた。
「休むことも大事なのだがね……」
「すみません……」
「……まあ、明日には戻れるだろう。体調も良さそうだしね」
「そうですか」
以前のように、十日間などと言われなくてよかった。
「本当は、もっと休んで欲しいのだがね……。まあ、明日には戻れるよう、君の上官に報告しておくよ」
「すみません……。ありがとうございます……」
「あ、それとだね……」
先生は、再び深刻そうな顔を見せた。
「な、なんです?」
「今回、君のヘイズが、艦娘平均の6倍までにも膨れ上がった原因についてなのだが……」
「は、はぁ……」
「君……霞・曙・雪風……この中の艦娘と濃厚接触をしたのかね……?」
「へ?」
「いや……今挙げた艦娘は、あの島の中でも特に感染量の高い艦娘なのだが……。先月の感染量から急に上昇したことを考えると、その艦娘達と濃厚接触した可能性があると思ってね……。それも、空気感染や飛沫感染ではなく、もっとこう……濃密な接触というか……。その……相手は駆逐艦だし……あまりいい趣味ではないと思ってね……」
「感染量が多い……。雪風もそうなのですか?」
「……雪風としたのかね?」
俺は、先生の誤解を解く意味も含め、雪風にされたことを正直に話した。
「なるほど……」
「雪風は不思議な奴です。何かこう……大人の雰囲気があると言うか……」
「……だから手を出したと?」
「いや、だからそれは誤解ですって……!」
「ふふ、冗談だよ。しかし、そうか……。そうなると、雪風も、ヘイズによる『何か』について、知っていそうだね」
『しれえは、佐久間さんと違って、皆さんと接触する機会が少ないので、こういう手段しかとれませんでした』
『皆が、あんたと同じ夢を見ていた。それは『ヘイズ』によるものなの。この夢のように、はっきりとしたモノでなかったのは、あんたの『ヘイズ』が弱いと言うか、少ないと言うか……。とにかく、感染量が少なかった……とでも言っておくわ。だから、雪風は、あんたに……』
『曙さんの件です。必ずしれえと交流するよう、説得します』
『本当……信じられない……。どうして雪風は、そんな事を簡単にできちゃうのかしら……。そもそも、どうして雪風が、あたしとあいつがここで会っていたことを知って……』
雪風は全てを知っていたという訳か。
曙の言動から、雪風はおそらく、曙に「雨宮にヘイズを感染させたから、佐久間の時と同じように、夢の中で交流が出来る」とでも伝えたのだろう。
しかし、どうして雪風は、曙と親父が交流していたことを知っていたのだろうか……?
「ちなみに、雪風の感染量は、艦娘平均の約13倍だ」
「13倍!? それって、大丈夫なんですか?」
「特に問題はないだろうと言われている。人化すると、ヘイズは消滅するし、人間に感染しても、人から人に感染することはないから、問題はない。君が普通にしているのが、その証拠だ」
「し、しかし……俺は感染していますが……」
「それも問題ない。ヘイズの寿命は、人間に感染したものに限り、約一年ほどだ。再感染しない限り、ヘイズは完全に消滅する。尤も、仮にヘイズが不完全な状態であったのなら……」
そこまで言って、先生は閉口した。
「先生?」
「……いや。まあ、今では関係のない話だ。忘れてくれ」
「はぁ……」
「とにかく、話はここまでにしておこう。くれぐれも、駆逐艦相手に変な気は起こさないように。昔、それで問題になったこともあるからね」
潮の件であると、すぐに分かった。
やはり、問題になっているはずだよな……。
「最後に、何か質問はあるかね? と言っても、頭の中はいっぱいいっぱいだろうがね」
質問か……。
正直、何を訊いても、今の俺には何も――。
『今挙げた艦娘は、あの島の中でも特に感染量の高い艦娘なのだが……』
『つまり、感染量が多いと、他の感染者に影響を与えてしまう可能性があるという事だ』
「……一つだけいいですか?」
「なんだね?」
「もし仮に、感染量の少ない艦娘が居たとして、そいつが他に与える影響力は少ないと考えていいですか?」
「おそらくそうだろうね。逆に言えば、他から受ける影響力も少ない可能性があるね」
「……あの島で、感染量の少ない艦娘はいますか?」
「いるよ。極端に少ないのが一隻だけね。それは――」
しばらくすると、山風が飯を運んできた。
最上と共に。
「雨宮君、ご飯持ってきたよ」
大量の握り飯と、大量のおかずであった。
「凄い量だな……」
「寮の皆で作ったの。病院食があるって言ったのだけれど、こっちの方が、雨宮君にいいんじゃないかって」
確かに、おかずは俺の好物ばかりであったし、握り飯も好きだ。
「握り飯が大きかったり小さかったりするのは、そういう事か」
誰がどれを握ったのか、容易に想像できるほどに、大きさ・形に個性が出ていた。
「あと、最上さんも手伝ってくれたんだよ」
「え?」
最上は頷くと、様子を窺うように俺を見つめた。
「そうであったか。ありがとう、最上」
俺は何故か、敬語で話すことが出来なかった。
敬語では不自然だと思ってしまったのだ。
最上がそれをどう受け取ったのかは分からないが、恥ずかしそうに微笑みを見せるだけであった。
「ごちそうさま」
昨日から何も食べていなかったとはいえ、流石に腹がはち切れそうになっていた。
「凄いね雨宮君。全部食べちゃうなんて」
「残す訳にはいかないからな。皆には「美味しかった。ありがとう」と伝えておいてくれないか?」
「うん、分かった」
「最上も、ありがとな」
小さく頷く最上。
飯を食っている間も、最上が口を開くことはなかった。
俺と山風が話しているのを――いや、勘違いかも知れないが、俺だけをじっと見つめていたように見えた。
「さて、じゃあ片付けちゃうね。またあとで来るから。最上さん、雨宮君の話し相手になってあげて」
そう言うと、山風はウインクをして、部屋を出ていった。
気を遣わせたか。
「気を遣わせちゃったかな……」
最上も同じように捉えたようで、そう呟いた。
永い沈黙が続く。
「……不思議だよ」
「え?」
「何故かは分からんが、初めて会った気がしない。昔から、友達だったかのような……」
最上は驚いた表情を見せた後、小さく言った。
「ボクもだよ……。先生の息子さんだって聞いて……だからかなって思っていたのだけれど……」
最上の目には、涙が浮かんでいた。
「そうじゃない何か……というのかな……。もっと昔に……会ったことがあるというか……。ずっと……探していた人に会えたって言うか……」
頬を伝う涙を、最上は拭くことをしなかった。
親父を慕っていたようではあるが、俺を見るその目に、親父の姿はなかった。
そう思えるのも、どこか――。
「そう思ってしまうのも、きっと、まだボクが先生を……君のお父さんを忘れられないからなのかもしれないね……」
「……そうかもな」
お互いに分かっていた。
そういう事にしないといけない、と。
それが何故なのかは分からない。
分からないのにもかかわらず、それに従ったのだ。
「……山城さんは元気?」
「え?」
「さっき聞いたんだ。山城さんが部屋を出たって……。山城さん、先生の事が好きだったみたいだから……。君の事を見て……部屋を出る気になったんじゃないかなって……」
「……どうかな。あいつが部屋を出たのも、夕張が無理やり連れだしたからなんだ……。後に引けなくなったんじゃないのかな」
「でも、今も部屋を出ているんでしょ? きっと、何か思うところがあったんだよ。あの人、結構強情だし、引きこもるって意志を曲げるほどの何かがあったんだよ。きっと」
確かに、山城は何かを企んでいるように思う。
夕張を俺に押し付けようと――かと思えば、夕張を見捨てようとしたり……。
あいつは、一体何がしたいのだろうか……。
「山城さん、ああ見えてもお話し好きだからさ、たくさん話しかけてあげて欲しいんだ。態度には現れないから、好感度が上がったのか分からないのかもしれないけれど……。それでも、山城さんが本当に嫌だって言う時は、本気で抵抗するはずだから、そうでもない限りは、喜んでいると思っていいよ」
喜んでいる……か……。
とてもそうには見えないが……。
確か、最上は山城と同じ艦隊だったから、何か分かるのだろうな。
「……分かった。信じて話しかけてみることにするよ。アドバイスありがとう。参考になった」
そう言ってやると、最上はようやく笑顔を見せてくれた。
とびっきりの笑顔であった。
それからは、時間の許す限り、最上と話した。
最初こそは、お互いにギクシャクした感じであったが、段々と、友達のように話すことが出来た。
「――それでね?」
「雨宮君」
山風がやってきて、面会時間の終了を告げた。
「もう終わりかぁ……。せっかく仲良くなれたのに、あっという間だったなぁ……」
最上は、本当に残念そうに、俯いて見せた。
「なに、また来ればいいさ。週一でこっちに戻るから、忙しくなければ、またその時にでも」
「……うん」
最上は立ち上がると、もう一度俺の目をじっと見つめた。
「最上……?」
「……そっか。やっぱり……そうだったんだ……。あの人じゃ……なかったんだ……」
「え?」
「……あのさ、雨宮君」
「ん?」
「君の事……先生って……呼んでもいいかな……?」
「俺の事を……?」
「うん……。迷惑じゃなければ……なんだけど……」
その瞬間であった――。
「え?」
俺は思わず、窓に目を向けた。
閉じているはずの窓から、風を感じ、そして――。
それは、最上も同じだったようで、俺と同じ方向を見つめていた。
「雨宮君? 最上さん?」
「今の音は……」
「……先生」
「ん?」
声に振り返って見た最上の表情は、どこか柔らかく、優しさに包まれていた。
「先生」
あの音が――俺と最上にしか聞こえないであろう風鈴の音が、反響するように、何度も何度も、鳴っていた。
「……綺麗な音するんだな。確かに、涼しくなりそうだよ」
最上はそれに、返事をしなかった。
それが、正しい台詞であった。
最上が去った後、山風はベッドに座り、細い目で俺を見つめた。
「どうした?」
「雨宮君……さっきのなに? なんか……最上さんと仲良くなって……二人にしか分からないような事をしていたようだけれど……」
「あぁ……。なんなんだろうな……。俺にも、よく分かっていないんだ。ただ……」
「ただ?」
「あいつといると、何だか懐かしい気持ちになると言うか……。不思議な感じになるんだ。自分が自分じゃなくなると言うか、本来のモノになっていくと言うか……」
「ふぅん……」
山風は、つまらなそうな表情を見せた。
――というよりも、どこか……。
「なんか、怒っていないか? いや……拗ねているような……」
「へぇ……。雨宮君って、鈍感だと思っていたのだけれど、気が付くときは気が付くんだね……」
どうやらそうらしい……。
二つの意味で……。
「雨宮君って、すーぐ女の人と仲良くなって、なんかいい雰囲気になるよね~……」
「別にいい雰囲気って訳ではないが……。それに、別に女の人だから仲良くなったという訳ではない。何故かは知らんが、仲良くなれるのは艦娘か元艦娘くらいで、その他の女性は、俺なんか見向きもしない」
「そうなの?」
「あぁ。ロボットみたいで不気味だとか言われていたらしい。別に普通なのだがな」
「ロボット……。まあでも、時々だけれど、本当に人間の心があるのかなって、思う事はあったけど……」
本当にそう思ったことがあるらしく、山風は悪気も無くそう言った。
正直、そんなに自然な感じで言われるとショックだ……。
「でも、それ以上に……そんな事も霞むくらい、雨宮君は優しくて、素敵な人だから、それに気が付いていない内は、そう思っちゃうのも無理ないのかもね」
「山風……」
「……あたしも、なりたかったな」
「え?」
「雨宮君が、雨宮君らしくなくなっちゃうほどの何かを、感じさせる女に……」
その言葉に、俺は思わずドキッとしてしまった。
だから、山風は拗ねて……。
「……そういう意味でなら、俺はもう、らしくなくなっているよ」
「え?」
「前に……山風が言ってくれただろう? 俺の事が好きだってさ……」
思い出したのか、山風は赤面し、そっぽを向いてしまった。
「あれから、俺は俺でなくなっているんだ。色々とドキッとしてしまう事も多くなったし……。誰かを怒らせてしまう事も多くなった。鈍感だと言われ、鈍感でなかった時は笑われた」
「それは……あたしが……雨宮君に初恋を教えちゃったから……って、こと……?」
「……多分な」
ロボットが恋を覚えると、きっと、俺のようになるのだろうと思った。
人の心というものは、どうも複雑すぎて――されど単純で――。
「……ねぇ、雨宮君」
「ん……?」
「これから先……きっと……雨宮君が変わるような出来事だとか……変わるきっかけをくれる誰かに出会ったりだとか……たくさんあるだろうけれど……。恋心に関係することだけは……あたし……」
山風は振り返ると、俺の手を取り、自分の胸に押し当てた。
「山――」
「――いいからね……?」
山風は顔を真っ赤にさせながら、もう一度言った。
「あたしは……いいから……ね……?」
心臓が跳ね上がる。
秋雲のソレとは――いや、似てはいるのだが、それ以上に――。
「わ、分かった! 分かったよ! あの……分かったから……」
山風は俺の手を離すと、姿勢を正す俺を確認してから、ベッドをおりた。
「雨宮君……」
「な、なんだ……?」
「秋雲の誘惑に……負けないでね……。負けそうになった時は……」
再び心臓が跳ね上がる。
真っ白な蛍光灯が、山風の白い肌を照らしていた。
「山……風……」
「――……っ!」
流石に恥ずかしくなったのか、山風は服を着なおすと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
下着を着けていなかったところを見るに、山風は最初から――。
「くっ……」
山風は言った。
『あたしもなりたかったな……。雨宮君が、雨宮君らしくなくなっちゃうほどの何かを、感じさせる女に……』
「だとしたら……これは……」
俺らしくない俺は、その熱をいつまでも保っていた。
だから、俺は――。
翌朝。
朝食を済ませた後、俺はすぐに島へと戻る準備をした。
「もう行っちゃうんだ」
「あぁ。島の連中に心配をかけたくないからな」
「でも、あまり眠れていないようだし……。やっぱりまだ……」
「いや……まあ……眠れていないのは確かだが、別にそれは体調とは関係ないから……」
昨日は、自己嫌悪で中々眠ることが出来なかった。
「仕事熱心なのはいいけれど、実際倒れているんだし……無理は駄目だからね?」
「あぁ、分かっているよ。心配かけたな、山風。ありがとう。あと……ごめんな……」
「え? ううん、大丈夫だよ」
山風の笑顔が、今日に限ってはまぶしすぎて、俺は直視することが出来なかった。
島に着くと、皆が俺を出迎えてくれた。
「もう大丈夫なんですか?」
「あぁ。心配かけたな」
寮へと向かう道中、俺が倒れてからの事を聞かされた。
「――それから、提督が倒れたって聞いて……でも、どうやって運ぼうかって話になって……」
以前倒れた時は、武蔵が何とかしてくれたらしい。
「そしたら、大和さんが……」
「大和?」
そういえば、意識を失う直前、大和の姿を見たような……。
「大和さんが提督を運んでくれたんです」
「びっくりしたわ。そんな事、絶対しないと思っていたから」
大和……。
寮に戻り、皆に謝罪をした後、食堂で皿洗いをしていた大和の元へと向かった。
「よう」
大和は何も言わず、俺を一瞥した後、再び皿洗いを始めた。
「手伝おうか?」
「……結構です」
その声は、とても冷たかった。
やはり、まだ交流には早かったかな……。
「……俺が倒れた時、運んでくれたそうだな。ありがとう、大和」
「別に……鳳翔さんに頼まれただけですから……」
「それでも、引き受けてくれたんだろ? 感謝している」
大和は何も言わなかった。
交流終了か……。
まあ、こんなもんだろう……。
大和だって、これ以上……。
『そう提督が思いたいだけです。そして、その考えこそが、大和さんを遠ざけているのだと、何故気が付けないのです?』
「…………」
俺は、大和の隣に立って、洗い終えたであろう皿を拭き始めた。
「…………」
大和は一瞬、嫌そうな表情を見せたが、ただ黙々と皿を洗い続けた。
そして、俺もまた、大和が洗い終えた皿を、ただ黙々と拭き続けた。
「…………」
なるほどな……。
大淀の言っていた通りであった。
俺はてっきり、大和が嫌がって、どこかへ行ってしまうものだと思っていた。
でもそれは、俺の勝手な思い込みであり、その思い込みこそが、大和を遠ざける要因となっていたのだ。
「ノート……返信が遅くなって悪いな……」
俺は、大和にしか聞こえないような小さな声で、そう言った。
「未だに……その漂流物についても確認できていないんだ……。それを確認しなければ、返信も出来ないと思ってな……」
大和は何も言わなかった。
最悪のケースが頭に浮かぶが、俺はそれを払いのけ、話を続けた。
「そう言えば……鳳翔がさ、お前の事、大和ちゃんって呼ぶだろ? あれ、なんでなんだ?」
大和は答えない。
答えにくい質問だったのか、それとも――。
「……分かった。変なことを訊いて悪かったよ」
永い沈黙が続く。
それでも、俺はこの結果に満足していた。
大和の心に、ほんの一歩、近づけた気がしたから――。
勇気を出して踏み込んだ甲斐があったと――。
――だからこそ、俺は驚愕したのだ。
「吹雪さんが……そう呼んだんです……」
「え……」
「私の事……大和ちゃんって……。吹雪さんの冗談だったのですが、それを鳳翔さんが、私と仲良くなるきっかけになると思ったそうで……」
「……それ以来、大和ちゃんと?」
大和は小さく頷いた。
「そうだったのか……」
再び、沈黙が続く。
何か言葉をかけようにも、俺はかなり動揺していた。
大和が、俺とまともに会話をしてくれている……。
何故急に?
何がきっかけで?
鳳翔関連の話だったから?
気まぐれ?
実は俺に話しかけていないとか?
いや、それはないだろうが……。
「…………」
もう、いっぱいいっぱいであった。
だが、それ以上に俺を支配していたのは、感動であった。
ただ大和がまともに会話をしてくれただけで、こうも嬉しくなるとは、思いもしなかった。
思わず泣いてしまいそうな――鳥肌が止まらなくて――。
「あとはお願いします……」
その声に、我に返る。
皿洗いの方は、終わってしまったようだ。
「あ、あぁ……。あ、大和!」
去ろうとする大和に、俺は思わず声をかけてしまった。
大和は足を止め、俺を見ることはしていないが、言葉を待ってくれているようであった。
「……ありがとう。ほんの少しだが、お前の事を知れた気がするよ」
「…………」
大和は何も言わず、その場を後にした。
「はは……」
腰が抜け、思わずしゃがみ込む。
「やったぜ……。ははは……。よくやった……」
涙が零れる。
だがそれは、悲しいとか、安心したからだとか、そういうものではなかった。
「大和ちゃん、お皿洗い頼んじゃってごめんなさ……て、提督!?」
「鳳翔……」
「どどど、どうされたのですか!? また、どこか痛むのですか!?」
「違う違う。ちょっと、立ち眩みしただけだ」
「でも、泣いていますし……」
「ただの寝不足だ。俺は元気だよ。元気すぎるくらいだ」
涙を流しているのにもかかわらずご機嫌な俺の様子に、鳳翔はどこか、気の毒なものを見るような目を俺に見せていた。
大和との交流に成功し(?)このまま流れに乗ろうと、俺は玄関へと急いでいた。
「漂流物、まだ在ってくれよ……!」
そんな事を言いながら靴を履いていると、背後に気配を感じ、振り返ると――。
「曙……?」
曙が俺をじっと見つめていた。
「……どうした? 何か用事か?」
「別に……」
何もない……という感じではないが……。
「そうか……」
靴を履き、外に出ると、少し離れてではあるが、曙もついてきていた。
俺が足を止めると、曙も足を止めた。
「…………」
なるほど……そういう事か……。
大和が見たという漂流物は、寮からかなり離れた場所にあった。
「ここならもう、誰にも見つからんだろうよ」
そう言ってやると、曙は姿を現し、俺に近づいてきた。
「潮はどうした?」
「漣たちに相手させてる……。あたしは……鳳翔さんの手伝いをすることになってる……」
「徹底しているな」
「そりゃそうよ……。あんたと話しているだなんて、絶対に誰にも見せられないわ……」
「そんなリスクを承知で、俺に話しかけて来たって訳か。用件はなんだ? この前みたいに、手紙でも入れてくれれば良かったじゃないか。そうしたら、また、夢の中ででも……」
そう言ってやると、曙は泣きそうな表情を見せた。
「曙……?」
「ごめんなさい……」
「え?」
「あんたが倒れた理由……。それは、あたしが夢に呼んだせいなの……。どうしても直接謝りたくて……」
なるほど……。
だからこうして来たわけか……。
夢だと、また負担をかけてしまうから――それでも、謝りたいから――。
「優しいんだな」
首を横に振る曙。
「本当は……こうなるんじゃないかって……分かっていたの……。前にも……似たような事があったし……。でも……あたし……」
「……お前のせいじゃないよ。それに、そんなリスクがあったと知っていても、俺はきっと、お前と夢の中で会う事を望んだはずだ」
「でも……」
「俺は感謝しているんだぜ、曙。だから、そんな顔するな」
曙は俯いてしまった。
本当はこんなにも優しいやつなのに、あんな罵声を人間に浴びせなければいけないだなんてな……。
「……少し、話さないか?」
「え……?」
「ほら、ちょうどいい感じの流木が転がっているし、どうかな?」
流木に座り、曙を見た。
曙は少し迷った後、距離をおいて座ってくれた。
「本土に戻って、ヘイズの事を色々訊いてきたんだ」
「ヘイズの事……?」
「あぁ――」
俺は、先生から聞いたことを全て、曙に話してやった。
「――つまり、俺が倒れたのも、それが原因なんじゃないかと言われた。だから、お前のせいではないよ」
「それでも……」
曙は考え込むように目を瞑った。
そして、何かを決意したかのように顔を上げ、俺を見た。
「実はね……あんたが倒れた後、霞と話をしたの……」
「霞と?」
「えぇ……。あの日、やっぱり霞は、あんたの部屋にいたみたい……。そして、傍で眠った……」
「どうしてそんな事を……?」
「理由は分からない……。でも、問い詰めたの……。夢の事、知っていたんじゃないのって……。そしたら――」
『あんた、知っていたんじゃないの……? あの夢の事……』
『さあ……? それよりも、どうしてあいつが、あんたと『対等』な夢を見られているのよ? あいつはまだ、ここに来て日が浅いのに……』
『対等……? それって、ヘイズに感染しているかどうかの事を言ってる……?』
『……あぁ、そうなのね。あんた、あいつとキスでもしたわけ? いや……でもおかしいわ……。だって、そうだったとしても、そんな急には……』
霞は、雪風があんたにしたことを知らなかったみたいだった。
『霞……あんた、どこまで知っているのよ……?』
『さあね……。少なくとも、あんたよりは知っている……とでも言っておくわ……』
『あたしより……?』
『えぇ……。あたしは全部知っている……。あんたが『司令官』と夢で会っていたことも……全部ね……』
『……っ!』
『一つだけ教えてあげる……。『司令官』をあの世界に導いたのは、あたしなの……』
『それって……どういう……』
「霞はそれ以上を話さなかった……。でも、言っていることが確かなら、霞はあたし以上に夢の秘密を知っていることになるわ……。それも、あたしよりも前に……」
「……話の中で出て来た『司令官』ってのは」
「えぇ……。あんたの親父のことよ……」
霞と親父は、曙との交流以前から、この夢の事を知っていたという訳か……。
それも、霞から教えられて……。
「確かに、あたしとの交流以前から、何か知っている感じだった……。でもそれが、霞からだったなんて……」
「霞と親父との仲は……?」
「……普通だったわ。あんたの親父が霞に絡んで、霞が嫌々……という体で接する感じ。多分だけれど、霞はあいつの事を好きだったのだと思うわ……」
仮にそれが本当だったのなら、確かに、霞は親父の事を……。
夢で会うくらいだしな。
すると、霞が俺の部屋に来たのは――。
「まあ、霞の事はもういいの……。あたしたちが何をしているのか、ある程度察したようだし、あんたがああなった以上、わざわざ夢に入ってくることはしないと思うから」
曙は海に目を向けると、黙り込んでしまった。
霞の事、謝罪の事――それらを話し終えても、まだ何かあるように感じた。
だからこそ、俺は何も言わず、曙の言葉を待った。
「……あれからずっと考えていたわ」
「何を?」
「夢の中で言っていた、作戦のこと……。それが本当に、潮の為になるのかなって……」
「……して、結論は?」
曙は少し躊躇った後、小さく言った。
「試してみる価値はあると思う……」
「乗るって事か? 俺の作戦に」
「そう言ってるの……。漣や朧には、もう話してある……」
「……流石だな」
「あんたも、ちゃんと話しておきなさいよ……。そうじゃないと、作戦の意味がないんだから……」
「あぁ、分かってる。ありがとう、曙。作戦に乗ってくれて」
「試してみるだけよ……。ダメだったら、すぐに中止するから……」
「分かった。じゃあ、夕食時にでも」
「えぇ……。問題は、大和さんね……。もし、潮が大和さんを頼ったら……」
「その時はその時さ。また考えることにする。まあ、それも必要ないかもしれないけどな」
そう言って、俺は漂流物を拾った。
「これか……」
「なに? それ……」
「実は、大和と文通――といっても、ほぼ交換日記みたいなもんだが――をしていてな」
「大和さんと!? どうして!?」
「まあ、色々あってな……。その中に、漂流物があると書かれていたんだ。多分、これの事だと思う」
手帳のようなものであった。
濡れているのにもかかわらず、文字は滲んでいなかった。
「確かに、外国のものっぽいな……。日本語のようにもみえるが……何語だ……?」
「だからあんた、出かけようとしていたのね……。というか、大和さんと交流していたのね……」
「あぁ。まだ信用されているのかいないのか不明だが……多分、大和は理解してくれると思う。俺たちが何をやっているのかを」
鈴谷と熊野の時もそうだった。
あのゴタゴタの中で、大和は返事をしなかった。
あれはおそらく、忙しい俺に配慮しての事だったのだ。
……多分。
「とにかく、そういう事だ。しかし、どうして俺の作戦に? ああ……いや……訊くのは野暮だったか……?」
「……まあ、色々と理由はあるけど。一つは、あんたの為よ……」
「俺の為?」
「えぇ……。作戦に乗らなかったら、また夢で交流する必要が出てくるし……。そうなったら、いつまた倒れるか分かったもんじゃないから……」
作戦に乗らなくても、俺と交流する気はあったという訳か。
まあ、それを口に出してしまったら、それこそ野暮なのだろう。
「そうか」
だからこそ、俺はそれ以上何も言わなかった。
曙はそういう気遣いを知ってか、不貞腐れるように膝を抱えた。
「そろそろ戻らないと不審がられる」と、曙は帰っていった。
俺は一緒に帰るのはマズいと思い、しばらくその場に残ることにした。
「うーん……やはり分からんな……」
漂流物の手帳。
やはり、何が書かれているのか分からない。
他のページも似たような言語で書かれていて、一体どこの物やら……。
「損傷も少ないし、近くの国から来たのだろうとは思うが……」
近隣国の言語には疎いが、こんな文字ではないのは確かだ。
「ん?」
気が付かなかったが、最後辺りのページが引っ付いている。
そっと剥してみると――。
「これは……」
そこには、日本地図が載っていた。
だが、それよりも俺を驚かせたのは、曙が描いて見せたヘンテコなマークが、日本地図の横に描かれていたことであった。
時間を見計らい、俺は寮へと戻った。
手帳の事は気になるが、今はとりあえず、大和への返信を考えなければいけない。
「とはいえ、何を書けばいいのか……」
そんな事を考えていると、大淀が部屋へとやって来た。
「お疲れ様です。体調はいかがですか?」
「あぁ、大丈夫だ。何か用事か?」
「えぇ。先ほど、曙さんとお出かけされていたので、何か進展があったのだろうと思いまして」
曙……どうやら見られていたようだぞ……。
大淀であったから良かったものの……。
いや……大淀だからこそ、見破られてしまったのかもしれないが……。
しかしまあ、ちょうどいいタイミングだ。
「グッドタイミングだ。実は、頼みたいことがあってな」
俺は、作戦の事を大淀に話した。
「なるほど。では、私が皆さんに作戦の事を話せばいいのですね?」
「あぁ、そうだ。話が早くて助かるよ。あ、そうだ……。夕張には、言わないでくれ。俺から直接伝えたいんだ」
そう言うと、大淀は何やら目を細めた。
「それは……何故ですか?」
「え? あぁ……まあ……。実は、あいつに「頼る」って約束したのだが……。先に、お前に頼ってしまったからさ……」
「夕張さんに申し訳ない気持ちがあると?」
「お前を先に頼ったのは事実だから……。そうしてしまったという事を直接謝りたいと思ってな……」
「……そういう気遣い、出来たんですね」
「え?」
大淀は俺の目を、じっと見つめていた。
「大淀……?」
「……やっぱり、ご自分で伝えてください。皆さんに……」
「え? 何か、不都合でもあったか?」
「まあ……そんなところです……」
「それはなんだ?」
大淀は唇を尖らせると、小さく言った。
「どうして夕張さんにはそういう気遣いが出来るのに、私の気持ちには気が付かないんですか……」
「へ?」
「……もういいです」
大淀は不機嫌そうな表情を見せ、部屋を出て行ってしまった。
「な、なんだったんだ……?」
よく分からんが、どうやら、俺の『鈍感』のせいで、やらかしてしまったらしい。
結局、皆には俺から直接伝えることとなった。
「――という事なんだ。協力してくれると助かる」
「なるほどね。分かったわ」
「それと……謝りたいことがあってな……」
「私を頼らなかったこと……でしょ?」
夕張は微笑んで見せた。
「別にいいわよ。私だって、何も全てを頼られるとは思っていないし、何事もケースバイケースよ」
「夕張……」
「でも、嬉しい……。私の事、そうやって気遣ってくれるなんて……」
本当にそう思ってくれているようで、夕張は満面の笑みを見せてくれた。
「でも、そっかぁ。そうやって想ってくれるのなら、もっと困らせてやろうかしら?」
それは、夕張なりの気遣いであった。
だからこそ、俺はただ、困ったように微笑んで見せたのだった。
皆に作戦を伝え終え、俺は再びノートに向き合っていた。
『作戦は承知いたしました。しかし、大和さんが何と言うか……』
『大和さんは知っているの?』
『大和さん――』
皆、やはり大和の事を気にかけていた。
大丈夫だとは思うが、確かに、大和が作戦に賛同してくれるとは限らない。
作戦の内容を伝えてもいいが……。
「皿洗いでの交流が、作戦を理解して貰う為の策略だった……なんて、思われでもしたら……」
大和はきっと、裏切られたと思うだろう。
そして、二度と――。
「…………」
こんな懸念を抱いている時点で、俺は……。
『庭に、ウメの花が咲いておりました』
『サザンカもまた、立派に咲いていたよ』
アキレスと亀――。
追いかけ、追い抜き、追い抜かれ――。
いつまで経っても、俺たちは――。
『あとはお願いします……』
――いや、そうじゃない。
『吹雪さんが……そう呼んだんです……』
「…………」
――そうだ。
俺たちは、確かにあの時――。
「隣にいた……か……」
俺はもう一度、ノートに目を向けた。
そして――。
「よう」
食堂に入って来た大和は、少し驚いた表情を見せた後、すぐにいつもの表情へと戻していた。
「いつも一番乗りなんだってな。鳳翔から聞いたよ」
大和は何も言わず、ただ俺の言葉を待っていた。
「……漂流物、確認したんだ。だから……」
俺は、ノートを大和に渡してやった。
「確認して欲しい。今」
「今……?」
思わず声に出してしまったようで、大和はより険しい表情を見せた。
「そう。今だ」
大和は怪訝そうな表情を見せた後、ノートを捲った。
「それが、俺の答えだ。お前ならきっと、真意に気が付いてくれると思う」
大和は何も言わなかった。
まるで、開かれたページの言葉を――白紙のページに書かれた言葉を――読んでいるかのようであった。
「お前には見えているはずだ。俺の言葉……俺の気持ち……そして――」
大和は顔を上げ、俺を見た。
「――お前自身の気持ちが」
大和はもう一度、白紙のページに目を向けた。
そして、何も言わず、ノートを持って食堂を出て行ってしまった。
「大和……」
これが正解だったのかは分からない。
それでも、俺の真意は伝わったはずだ。
もし、これで駄目だったら、もう――。
時間になると、皆が食堂へとやって来た。
遅れて来た大和に対し、鳳翔は何か言葉をかけていたが、大和は微笑みを返すだけであった。
「さて……」
俺は自分の食事を持って、席に着いた。
「え……」
声を上げたのは、潮であった。
「よう」
俺が座ったのは、第七駆逐隊のいる席であった。
「ご主人様、今日はこっちなのかにゃ?」
「あぁ、座ってからでなんだが、ご一緒しても?」
「もっちろん! 漣があーんしてあげりゅ!」
「朧も、あーん、したい……です」
盛り上がる二隻とは対照的に、曙と潮は――。
「あ、曙ちゃん……」
怯えた表情で、曙に縋る潮。
だが――。
「曙ちゃん……?」
曙は何も言わず、ただ俺をじっと見つめていた。
「曙ちゃん……あ、曙ちゃん……!」
「潮……」
「曙ちゃん……。どうして……何も言わないの……?」
「言うって……何をよ……?」
「え……」
「なんだ? 俺に、何か言う事でもあるのか?」
そう訊いてやると、曙は小さくため息をついた。
「あたしは別に何もないわ……。潮、あんたはあるの? 何か言いたいことが……」
「な、何言ってるの曙ちゃん……! だって……だってぇ……!」
「だって……なに?」
「だ、だって……。どうして何も言ってくれないの……? わ、私……!」
潮は、漣と朧に目を向けた。
だが――。
「皆……どうして……」
潮は席を立つと、真っ先に大和の方へと走り出した。
そして、その陰に隠れてしまった。
案の定、と言った感じだ。
「大和さん……」
皆、息を呑んで大和の動向を窺っていた。
「大和さん……助けて……」
震える潮。
大和は潮の頭を撫でた後、俺をキッと睨み付けた。
「大和……」
ダメであったか……。
大和が席を立ち、俺の元へと向かった来た。
「大和ちゃん!」
鳳翔が立ち上がる。
大和は俺の前に立つと、胸倉を掴み、睨み付けた。
「大和ちゃん! やめて……!」
「鳳翔……! いい……。座っていてくれ……」
「でも……」
「これは俺と大和の問題だ……。そうだろう……?」
大和は何も言わなかった。
「鳳翔さん……」
「大淀さん……」
「ここは提督の言う通りに……」
「……分かりました」
大淀に諭され、鳳翔は座った。
食堂に、静寂が訪れた。
「大和……」
「…………」
「……お前は、何に怒っているんだ?」
大和は何も言わない。
だが、その理由を、俺は知っていた。
「……分かっているさ。だが、信じて欲しい……。お前を利用したわけではないと……」
「…………」
「俺はただ、お前の隣に立ちたかっただけだ……。お前の見て来た景色、お前の感じた気持ち――お前だって、そうだったはずだ……。だからこそ、俺はあの『言葉』を返した……。お前だって、気づいていたはずだ……」
大和は何も言わなかった。
だが、その瞳には、どこか迷いが見られた。
「この件は関係ない……。こう思われたくなかったから、俺はお前に何も伝えなかった……。だが……お前を見誤っていた……。そこまで鋭いとは思わなかった……。その点だけは謝る……。悪かった……」
大和はより一層、俺を睨み付けた。
胸倉を掴むその拳は、小さく震えていた。
「だからこそ、この件に関しては謝らない……。これは関係がない。信じてくれ……」
「……そんなの……誰が信じろと……?」
「…………」
「貴方はペテン師でしょう……? そうやって、皆を騙してきた……! 私にも、同じことをするつもり……!? それが、通用するとでも……!?」
「大和……」
「私は信じない……! 信じたくない……! さあ……言ってください……! 私を騙していたのだと……! 私を利用するために、あんな『戯言』を返したのだと……!」
怒り――というよりも、大和の表情は、どこか――。
「大和……」
「さあ……!」
「……俺は、言わない。そんな事、絶対に言わない……。お前が本当に言って欲しいのは、そんな言葉じゃないはずだからだ……」
「何を言って……!」
「そうやって自分を責めるのはやめろ……。もっと自分を大事にしろ……。俺は、お前を信じ、踏み込んだ……。分かるだろ……? 今度は、お前がそうする番だと……」
「……っ!」
「本当は信じたいと思っているはずだ……。何がお前を邪魔しているのかは分からない……。だが、俺があのノートに書き続けた『お前への想い』は、全部本物だ……。お前だってそうだったはずだ……。そうでなければ、俺は……」
俺の表情に、大和は――。
胸倉を掴んでいた拳が解かれると、鳳翔がホッとした表情を見せていた。
「大和……」
大和は目を瞑り、しばらく俯いていた。
そして、顔を上げると、潮の方へと戻り、席に座った。
「や、大和さん……?」
「……確かに私は……あの男の事を敵だと思っています。でも……貴女と組むつもりはありません……。戦うことも出来ない……貴女とは……」
「そ……そんな……!」
「貴女も立派な駆逐艦なら……自分で戦いなさい……」
大和は再び、俺に目を向けた。
だが、それは、先ほどの物とは違い――されど、完全に信用したという訳ではなく――。
「今回っきり……って事だな……」
今は、それでもいい。
だが、いつかは――。
「潮」
俺の呼びかけに、潮は恐怖の表情を浮かべた。
「俺の事を敵だと思っているのなら、しっかりと向き合って戦え……。少なくとも、他の連中はそうしてきた……。そこにいる大和も同じだ……」
そうさ……。
俺たちは、そうやって分かり合って来た。
そうでないと、分かり合えなかった。
「お前の境遇は知っている……。俺を恐れる理由も理解している……。だからこそ、俺は証明したいんだ。件の男のような人間ばかりではないのだと……」
潮はただただ、オロオロと助けを求めるだけであった。
だが――。
「俺からお前に手出しはしない……。お前を穢す者はいない……。だからこそ、皆はお前を守る必要がないんだ……」
「そんな……」
「だがいずれ、お前以外の艦娘が全て人化し、俺と二人っきりで向き合わなければいけない時が必ず来る。お前はそれまでに、戦う準備をしておけ」
「い……嫌……。そんなの……いやぁ……! 曙ちゃん……! いつもみたいに助けてよぉ……!」
潮が曙に駆け寄る。
「潮……」
「曙ちゃん……」
曙は、縋る潮を突き放した。
「曙ちゃ――」
「――もうウンザリだわ……」
「え……」
「あんたのお世話……。正直……嫌だったの……。あたしは……さっさとこの島から出たいのに……。朧や漣だって、それは同じなのよ……。気が付かなかった……?」
潮が二隻に目を向ける。
「そんなに嫌なら自分で戦いなさい……。あたしは……この二人と島を出る……」
皆が驚きの声を上げた。
無論、俺もまた……。
冗談か……?
いや、それにしては……。
「う、嘘……だよね……?」
「嘘じゃない……」
「だ、だって……! そんなの……この人間の思惑通りになっちゃうんだよ……!? 曙ちゃんだって、この人間の事……!」
「別に……嫌いじゃないわ……。この人の事……」
「え……」
曙は立ち上がると、俺の前に立った。
「曙……」
「この人は……本気であんたの事を救おうとしている……。今まで、何人もの人間がそうして来た……。でも……この人は……『提督』は、今までとは違う……。大事なものを守るためには、大事なものを差し出さなきゃいけないと教えてくれた……」
曙はもう一度、潮に向き合った。
「あたしの大事なもの……それは……あんたよ……潮……」
「……!」
「あたしは……あんたの未来の為に、あんたに対する愛情を提督に差し出すことにした……。今まで、ずっと大事にしてきたものをね……」
「曙ちゃん……」
「だから……あんたも腹をくくりなさい……! あんたを守ってくれる人は、もうその人間しかいないのよ……!」
曙の頬に、涙が伝う。
抑えこんでいた気持ちが、溢れてしまったようであった。
「――……!」
潮は食堂を飛び出して行ってしまった。
「潮ちゃん……!」
鳳翔がそれを追いかける。
「鳳翔」
俺の声に、鳳翔は足を止めた。
だが……。
「……ご心配なく。提督の邪魔になるようなことは致しませんから……」
そう言って、鳳翔は潮の跡を追った。
それでも尚……か……。
「曙……」
「…………」
「辛い決断をさせたな……」
曙は首を横に振った。
「あんたのお陰で……あたしも決心できたわ……。ありがと……提督……」
「曙……」
曙は恐る恐る俺に近づくと、胸の中で大声を出して泣いた。
辛い決断であったのだろう。
不安であったのだろう。
その不安の全てを、俺が受け止められるかは分からない。
だが、今は――。
「よく頑張ったな……曙……。後は……俺に任せろ……」
曙が泣き止むまで、俺はただただ抱きしめてやった。
それしか、今の俺には出来なかった。
曙が泣き止んだのは、消灯時間前であった。
「落ち着いたか?」
そう訊いてやると、曙は恥ずかしそうに頷いた。
「ぼのたん……」
「曙ちゃん……」
「漣……朧……。ごめん……。あんたたちまで巻き込んじゃって……」
「ううん……。曙ちゃん一人の問題じゃないよ。これからは、ちゃんと朧たちも頼って?」
「そうだよ、ぼのたん。赤信号、みんなで渡れば鎌倉幕府って言うぢゃん!」
「……ふふ、なによそれ。でも……そうよね……。うん……。ありがと……二人とも……」
二隻に笑顔を見せた後、曙は俺に視線を向けた。
「曙……」
「そんな顔しないでよ。潮の事、これからよろしくね」
「……あぁ。任せておけ」
「本当にありがと……提督……」
そう言って、恥ずかしそうに微笑む曙の表情は、今まで見て来たどの表情よりも、自然であった。
その後、消灯時間だったこともあり、俺は家へと帰ることにした。
「ふぅ……とりあえず、進展はしたかな……」
倒れ込むように布団に入ると、急に眠気が襲って来た。
「『潮を孤立させる作戦』は、一応成功したと思っていいかな……。これで、戦う気になってくれればいいが……。もしくは、敵などいないと気付いてくれればいいのだが……」
仮に、この交流が失敗したとしても、いつか人化した際に、この経験は必ず活きるはずだ。
今は許されているかもしれないが、島の外に出たら、潮のような艦娘は、きっと――。
翌日。
朝食時、潮が顔を出すことはなかった。
「昨日、潮ちゃんと少し会話をしました」
「して、なんと?」
「本人も、今の状況が良くないという事は、自覚しているようでした。提督の事も、悪い人ではないと思っているようでした……。しかし、やはり過去の事があって、信用するのは怖いと……」
「そうか……」
だからこそ、俺を悪役だと思い、戦ってほしいのだがな……。
中途半端なイメージのせいで、俺を完全に悪役として見られないという事だろうか……。
もしそうだとしたら、やはり曙に、俺を罵倒させていた方が――。
『ごめんなさい……』
――いや。
それでは、曙を救うことは出来ない。
『本当にありがと……提督……』
俺は、潮だけではなく、曙にも笑顔であって欲しいと思っている。
そうさ……。
作戦はいい方向に進んでいるはずだ。
きっと――。
そう思わなければ、俺は――。
結局、この日、潮が顔を見せることはなかった。
鳳翔や明石、それに何故か雪風も加わり、面倒を見てくれていたようではあるが……。
「潮の事が心配?」
「曙……。まあな……。だが、それ以上に……その……」
「罪悪感に苛まれているとか? あたしと潮の仲を引き離してしまったって……」
俺は、何も言えなかった。
「ばっかみたい。まだ始まったばかりでしょ? あんたがそんなんじゃ、任せたあたしも不安になってくるっての」
「あぁ……そうだな……。悪い……」
「……きっと大丈夫よ。潮だって、分かっているはずだわ。あたしの事は気にせず、いつものペテンを存分に発揮すればいいわ」
そう言うと、曙はニカっと笑って見せた。
「……それが、お前の本当の表情か」
「え? な、なによ……。何か変だった……?」
「いや……。何だか、元気が出る笑顔だなってさ。ありがとな、曙」
「は、はぁ!? な、なに恥ずかしい事言ってんの!?」
「はは、怒った顔も可愛いんだな。交流前に見せていたあれは、やはり無理していたんだな」
「可愛……。か、可愛いとか言うな……! あたしは怒っているんだけど!?」
「あぁ、分かってるよ。だから、怒っている顔が可愛いと言ったんだ」
「意味わかんない……! あんた……ドMなの!?」
「もしかしたら、そうなのかもしれないな」
「な……!? 最悪……! この変態! 変態クソ提督!」
「はは」
何故かは分からないが、曙に『クソ提督』と呼ばれている方が――怒られている方が、しっくりくる。
本当に俺がドMだからなのだろうか?
家に帰り、寝床に就く。
「はぁ……」
もし、潮がこのまま部屋を出ず、鳳翔たちに甘える続けるのなら……。
「俺からは絡みに行かないと言ってしまったからな……」
あくまでも、俺は受け身の立場だ。
潮からのアプローチを待たなければいけない。
そうでないと、潮は一生、変わることが出来ないだろう。
俺には、過去の傷を治す力はない。
最悪の場合、傷口に塩を塗るだけになってしまうかもしれない。
それでも――。
「潮……」
曙がそうだったように、いつか、潮の笑顔を見る日がきっとくる。
あいつは、どんな笑顔を俺に見せてくれるのだろうか。
そんな事を思いながら、俺は眠りについた。
その夜、俺は夢を見た。
何故か、夢であると分かる夢。
曙と見た夢とは違い『ちゃんとした夢』であった。
『お兄さん』
聞き覚えのない声。
振り返って見ると、これまた知らない女の子。
『君は?』
『君はって……。隣に住んでいる――だよ。お兄さん、忘れちゃったの?』
――ちゃん……。
あぁ、そうだ。
隣に住んでいる小学生の女の子で、いつも遊びに来る……。
『あぁ、そうだった。ごめんごめん。なんか、頭がぼうっとしちゃって』
『もう……大丈夫? 最近暑いもんね。私もね、ほら、今日は薄着なの』
少女は薄着のカーディガンを脱ぐと、これまた薄着のタンクトップ姿になった。
『外が暑くて、汗かいちゃった』
汗……というよりも、まるで土砂降りの雨に降られたのではないかというほどに、服はびっしょり濡れていた。
『私、おっぱいが大きいから……透けちゃってるかも……』
そう言いながらも、少女は強調するように、腕を後ろへと持っていった。
『大丈夫か? 今、タオルを持ってくる』
『ねぇ、お兄さん……』
『ん、なんだ?』
『私、お風呂入りたいな……。お兄さんも一緒に……入ってくれませんか……?』
『風呂?』
少女はおもむろに、服を脱ぎ始めた。
『私の体……優しく洗ってほしいな……』
少女が近づいてくる。
そんな少女に、俺は――。
『ちょっと待て。今、鳳翔を呼んでくる』
『え……?』
『おーい! 鳳翔! 悪いのだが、――ちゃんを風呂に入れてやってくれ!』
『お兄さん……?』
『あれ? いないのか? ちょっと待ってろ。誰かいないか探してくるから』
『ま、待って! 私、お兄さんがいいの……。お兄さんになら、私……何をされても……』
『いや……こういうのはちゃんとした奴にやってもらった方がいいだろう……。おーい! 誰かいないのか!?』
部屋を出ると、そこは長い廊下であった。
『おーい……って、ここはどこだ?』
振り返ると、出たはずの部屋は無くなっていた。
『あれ? おっかしいな……。っていうか、俺はここで何をしていたんだっけか……』
頭がぼんやりとしている。
瞬間、俺は再び謎の部屋へと飛ばされた。
『お兄さん……』
少女が、ベッドの上に裸で寝ている。
『お兄さん……来て……』
言われるがまま、ベッドへと向かう。
やたらと可愛げのあるベッドには、たくさんのシールが貼ってあった。
『お兄さん……』
『服はどうした?』
『え?』
『服だ。風呂上がりなんだろ? 髪も乾いていないし……。ほら、こっち来い。乾かしてやるから』
以前、夕張の髪を乾かしてやったことを思い出す。
それと、確か響の髪も――いや、響のはないはずだろう……。
いや、しかし……どうだったかな……。
『どうして!?』
少女が叫ぶ。
『どうして襲わないの……!?』
『え? 襲う……?』
『裸の女がいたら、襲うのが男でしょ!? なのにどうして……!』
少女は、怯えているように見えた。
『ほら、襲ってよ……! 結局貴方も、そういう人間なんでしょ……!?』
そう言う少女に、俺は何故か、配慮のない言葉を投げかけてしまった。
『襲うって……。お前、まだ子供だろう……。俺はもっと、大人の女が好みで……』
ハッとした。
俺は、一体何を言って……。
『へぇ、そうなんだぁ』
声に振り返る。
そこには、裸の陸奥が立っていた。
『じゃあ、お姉さんがぁ……いい事たくさんしてあげる……』
そう言うと、陸奥は――。
強い光に目が覚める。
「んっ……あぁ……。なんか……凄い夢を見た気がするぜ……」
起き上がろうと、手をついた時であった。
「ひゃ……!?」
「うぉ!?」
柔らかい何かを触ってしまい、思わず手を引いた。
寝惚け眼を擦り、それを見てみると……。
「う、潮……?」
潮は、青ざめた顔を見せると、逃げるようにして家を出ていった。
「あ、おい!」
何故、潮がここに……。
まさか、これも夢か……?
「おはようございます!」
その声に、俺は思わず耳を塞いでしまった。
「ゆ、雪風……!?」
「はい! 雪風です!」
朝っぱら耳にするような声量ではないな……。
「って、どうしてお前がここに?」
「はい! 潮さんを追って来たんです!」
「潮を?」
「何故かしれえのお家に向かっていたんで、どうしたんだろうって」
潮が俺の家に……。
しかし、どうして……。
そして、なぜ俺の隣で横になって……。
「潮はどうして俺の隣で?」
「さあ? 分かりません!」
雪風は、何故か子供っぽい態度を変えなかった。
丁度いい……。
「……雪風。お前に訊きたいことがあったんだ……」
「はい、なんでしょう?」
「お前……曙に何を吹き込んだ? そもそも、お前はどこまで知っている? あの夢について……」
雪風は、とぼけた表情を見せた。
「とぼけるな。お前が何か知っているのは確かだ。お前、何者だ? どうして夢の事を知っている? どうしてとぼけた態度を見せているんだ?」
雪風は、一瞬ではあったが、真剣な表情を見せた。
そして、すぐに子供っぽい笑顔を見せると、俺の後ろに視線を移した。
「夕張さん!」
「え?」
振り返って見ると、夕張が俺をじっと見ていた。
「夕張?」
「今……潮ちゃんが泣きながら出ていったようだけれど……。貴方、まさか……」
「え? あ……い、いやいやいや! 俺は別に何もしていないぞ……!」
夕張は雪風を見た。
「はい! しれえは何もしていません! あれは事故です!」
「事故? 事故って、何よ?」
夕張が疑いの目を俺に向けた。
「い、いや……」
寮に向かいながら、俺は夕張に状況を説明してやった。
「ふぅん……。潮ちゃんがね……。でも、どうして提督の家に? あんなに嫌っていたのに……」
「そこが分からんのだ」
「……ねぇ、本当に何もしていないのよね? 雪風ちゃんに言わせてるとかないわよね?」
「お前……。俺を信じられないってのかよ?」
「信じられないって言うか……。信じてはいるのだけれど……。ほら、貴方って、よく分からないところがあると言うか……。例えば……好みの女性とか……」
「だからといって、俺がロリコンか何かだと?」
「大丈夫です! しれえは、大人の女の人が好きなんですよね? 陸奥さんとか!」
「……そうなの?」
「いや、別にそう言う訳ではないが……。テキトーなこと言ってんじゃねぇぞ、雪風」
「しれえが気が付いていないだけで、本当はそう思っているはずです! 異性として意識したのは、大人の女の人だけです!」
何を根拠に言っているのやら……。
しかし、夕張は信じたようで、明らかに不機嫌そうな表情を見せていた。
寮に着き、食堂へと向かう。
「おい雪風! お前のせいで夕張が面倒くさいモードに入っただろ!」
「面倒くさいモードって何よ!?」
そんなやり取りをしながら食堂へ入ると――。
「て、提督……」
皆の視線が、俺に集まっていた。
「おう、おはよう。どうした? 皆して俺を見て……」
そこに、大和がやってきて、俺を睨み付けた。
「大和……?」
「最低ですね……。子供に手を出すだなんて……」
「あ?」
ふと、大和の後ろで、潮がこちらを見ているのに気が付いた。
「潮さんから聞きました……。貴方が、潮さんの胸を揉んだと……」
俺はもう一度、潮を見た。
なるほど……。
「そう言う事かよ……」
俺は思わずニヤけてしまった。
それが、お前の答えなんだな……。
潮……。
「何とか言ったらどうなんです!?」
大和が俺に詰め寄る。
だが、いつものように胸倉を掴むことはしなかった。
「…………」
大和の目は、その意味をしっかりと俺に伝えていた。
だからこそ、俺はそれに応えるように、大和を睨み付けた。
「誤解だ。目が覚めると、何故か潮が俺の隣で寝ていた。そして、起き上がる際に胸を『揉ませた』んだ。これは、ハニートラップだ」
「そんな言い訳が通用するとでも……?」
「何とでも言え。こっちには目撃者がいるんだぜ。そうだろ? 雪風?」
そう言っても、雪風は何も言わなかった。
「雪風……?」
「貴方……やっぱり……」
そう言ったのは、夕張であった。
「雪風……お前……」
雪風は何も言わないまま、夕張の後ろに隠れてしまった。
「何か弁明は……?」
皆の視線が、一気に疑いのそれに変わっていた。
「……なるほど。案外、お前も『こっち側』だったんだな……。潮……」
これが、どこまでが仕組まれたものなのかは分からない。
突発的なものなのか、それとも――。
いずれにせよ、確かなことがひとつあった。
それは、大和の背中で怯えているはずの潮が、俺のおかれた状況を見て、ほくそ笑んでいることであった。
残り――18隻
――続く