不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第23話

寝不足の私に、貴方は「まるで遠足前夜の子供のようだ」なんて、笑いながら揶揄った。

でも、そんな事を許してしまうほど、今の私は――。

 

「どうした? 俺の顔に、何かついているか?」

 

「……いえ」

 

揺れるバス。

時折触れる肩。

緊張している私と比べて、貴方は余裕の表情で――それがとても嫌で――悲しくて――。

なのに――。

 

「楽しみだな」

 

そのたった一言で、私の感情は180°変わってしまって――。

ムカついて――自分にも腹が立って――。

八つ当たりしてやろうだとか、色々と考えているのに――。

 

「今日はやけに大人しいんだな」

 

いつもは鈍感なくせに。

 

「大丈夫だ。今日はあくまでもチュートリアルみたいなもんだし、失敗してもいいんだからな」

 

……そういうところは、鈍感なままなのね。

 

「私はデートだと思っているから」

 

少しでも優位に立とうと、そう言った。

動揺だとか、困った顔を見せてくれるものだと思っていたのだけれど――。

 

「なら、今日だけは恋人だな」

 

そう笑う貴方に、私はもう何も言えなくなってしまった。

ムカつく――けど、心地いい。

本当、私は、あんたの事が――。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「あ! 今、提督さんの顔が映りましたよ!」

 

「本当だわ! あ、ここもそうじゃない?」

 

「ここもです!」

 

「ここは……片目だけか……」

 

潮の件から一か月。

公開された『社会適応試験』の訓練映像を食い入るようにみているのは、陸奥、青葉、武蔵、鹿島の四人であった。

 

「あ……もう終わっちゃいましたね……」

 

「もう一度、再生しましょう?」

 

「もしかしたら、ガラスに映る司令官がいるかもしれませんよ」

 

「よし、次はガラスに注目してみてみるぞ」

 

再び再生する四人。

どうやら、数少ない俺が映る場面を探しているようで、見つけたらスクショし、印刷、というのを繰り返していた。

 

「結局、あれほどの決意をしたのに、顔が映っているのは、ほんの一瞬だったな」

 

「しかもブレブレだし! マジウケるんですけど!」

 

「こら鈴谷! そんなに笑ってはいけませんわ」

 

「でも、見てよ、これ!」

 

そう言うと、鈴谷は、一枚の写真を熊野に見せた。

映像を拡大したもののようで、ガビガビになった俺の顔が写っていた。

 

「ぶっ……!」

 

笑いをこらえる熊野。

 

「お、耐えるねぇ……。じゃあ……これはどう?」

 

ガビガビ過ぎて、ドット絵のようになっている俺の写真に、熊野はとうとう噴き出してしまった。

 

「ったく……。俺の顔をなんだと思ってんだよ……」

 

「ふふ、別にいいじゃない。ほら、これなんかよく写っているわ」

 

「よく写ってたら駄目だろ……」

 

「でも……ふふ、本当に楽しかったわ。あんたとのデート」

 

「あの後、すっげー怒られたんだからな……。訓練である自覚を持てって……」

 

結局、訓練では、大井があまりにもはしゃぎすぎて、困っている老人を無視したり、公共の場なのに大声で話すなど、社会性に欠ける行動を多くとってしまっていた。

 

「映像は上手く編集してくれているようだが……。これが生放送だったら、大問題になっていたかもしれないぞ……」

 

「まあ、生放送は無理よねぇ。あんな事とかあったし」

 

そう言うと、大井は映像に夢中な四人に目を向けた。

特に何があったわけでも無いのだがな……。

 

「大井さん、その写真、あたしにも見せてくれませんか?」

 

「えぇ、いいわよ」

 

写真を受け取ると、天津風は島風の元へと駆け寄って行った。

 

「島風、これなんかよく写っているわよ」

 

「べ、別に……見たくないし……」

 

「そう? すっごくかっこよく写っているのになー」

 

天津風がそう煽ると、気になるのか、島風はチラチラと写真を見ていた。

 

「そんなに気になるのなら、見たらいいじゃない。はい」

 

「ん……」

 

写真を受け取ると、島風は赤子のように大人しくなった。

 

「かっこよく写っているか?」

 

そう訊いてやると、島風は写真を放って、どこかへ行ってしまった。

 

「うふふ、照れているのよ、あの子」

 

嬉しそうな顔をしながらそう言うと、天津風は島風の跡を追っていった。

 

「最近、島風の態度が素っ気ないんだよな……」

 

「天津風の言う通り、照れているだけよ。心が成長している証拠だわ」

 

心の成長……か……。

 

「そういや、皐月たちも、その心の成長とやらのせいで、隔離されているんだってな」

 

皐月、卯月、望月の三人は、現在『隔離棟』と呼ばれる場所にいるらしい。

あの手の駆逐艦は、人化してある程度すると『Oedipus phase』という段階に入るようだ。

詳しくは分からないのだが、心理的な発達の事のようで、人間でいうところの3、4歳がその段階にあたるらしい。

 

「性的関心を持つようになるだとかなんだとか言っていたが、どうして隔離される必要があるのだろうか」

 

「あの子たちくらいの推定年齢では、そのナントカカントカって段階に、拒絶反応があるようなのよ。自傷行為を働いたり、人を傷つけたり――とにかく、不安定な精神状態になるから、隔離する必要があるんだって。北上さんと秋雲、山風は、その三人のケアの為、しばらくは戻って来ないそうよ」

 

だから、いつもの三人もいなかったのか……。

 

「代わり……と言うか、新しく『指導艦』が来るようね。誰になるのかは、まだ分からないけれど……」

 

新しい『指導艦』か……。

潮たちが人化したら、それこそ必要になるし、ちょうどいいタイミングなのかもな。

 

「――でも、この映像よりも、こっちの司令官の方がいいですよぉ」

 

「あ、青葉さん! その映像は!?」

 

「んふふ~。青葉の秘蔵コレクションですよぉ~。今なら、TMD一回分でお譲りします!」

 

……早く来てもらわないとな。

その指導艦に……。

 

 

 

寮を後にし、本部の休憩スペースでコーヒーを飲んでいると、何やらドタドタと足音が聞こえて来た。

何事だと思っていると、休憩スペースに複数人の女性が入って来た。

その女性たちと目が合う。

 

「本当にいた……」

 

「え?」

 

「司令官……。司令官……!」

 

突然、泣き出す女性たち。

 

「な……!?」

 

「私たち……大井さんの映像を見て……。そしたら……司令官がいてぇ……」

 

「大井の映像を見て……?」

 

あぁ……訓練の映像の事を言っているのか……。

 

「……って、ん?『司令官』……?」

 

よく見てみると、どうやら彼女たちは、元艦娘のようであった。

元艦娘……『司令官』……。

 

「――そういうことか」

 

この人たちは、映像で俺を見つけ、それが親父だと思ってここに来たわけだ……。

しかし、あんな映像でよく俺を見つけたな……。

注視しないと、普通は気が付かないレベルだぞ……。

 

「……すみません。皆さん、勘違いしているようだから言っておきますが――」

「――勘違いじゃないよ」

 

そう言って、前へ出て来たのは――。

 

「最上……」

 

「久しぶり、先生」

 

最上が微笑むと、あの風鈴の音が、また聞こえてくるようであった。

 

 

 

それからは、元艦娘達に揉みくちゃにされ――何故かサインを求められたり――とにかく、初対面であるのにもかかわらず、まるで旧友か有名人にでも会ったかのような対応をされた。

 

「ごめんね、先生。皆が急に本部へ押しかけて来てさ……」

 

「いや……。しかし、お前も来ていたのだな」

 

「うん。実は、指導艦を頼まれちゃってね」

 

「指導艦を? しかしお前、小説家なんだろう?」

 

「そうなんだけどさ……。まあ、執筆はここに居ても出来るっちゃできるし……。今はほら、執筆を終えたばかりで、充電期間中だから、引き受けてもいいかなって……」

 

「では……」

 

「うん。まずはお試し期間って事で、家から通う形にはなるのだけれど……受けることにした。先生にも、こうして会えることだし」

 

ということは、大井の言っていた新しい指導艦ってのは、最上の事であったか。

 

「そうか。しかし、なんだってこんなにも押しかけて来たんだ? 親父の件とは違うのか?」

 

「一応『先生』の……君のお父さんに導かれて島を出た艦娘達なんだけど……。君の事を『先生』だと思って、ここに来たわけじゃないんだ。そうだよね?」

 

皆が頷く。

 

「どういうことだ?」

 

「うーん……。なんて言うのかな……。ほら、この前、言ったじゃない? 先生とは、初めて会った気がしないって……。そういうのが、皆にもあるって言うかさ……」

 

なんだかふわっとした答えだ。

 

「君の事を夢に見たって娘もいれば、君をずっと探していたっていう娘もいる。皆、初めは『先生』の事だって思っていたみたいだけれど、やっぱり違うんだよね。『先生』じゃなくて、君なんだよ」

 

ますます分からない。

しかし、似たような事をどこかで言われた気が――。

 

『夢じゃないんですね……』

 

『貴方は……ここにいる……。どこにでも居て、誰にでも優しくて――でも、それはただの夢であって――貴方が本物だって分かるまで、時間がかかったけれど――夢じゃないんだって分かったから――』

 

雪風か……。

 

「先生だって、ボクに言ってくれたじゃないか。初めて会った気がしないってさ」

 

最上がそう言うと、皆が一斉に、自分はどうなんだと詰め寄って来て、再びもみくちゃにされた。

 

 

 

結局、解放されたのは、船が出発するギリギリの時間であった。

 

「別に、見送ってくれなくても良かったんだぜ」

 

「そんなこと言って、本当は嬉しいくせに」

 

そう言うと、最上は嬉しそうに笑った。

 

「さっきの人たちと一緒に帰らなくてよかったのか?」

 

「うん。今日は寮に一泊するつもりなんだ。顔合わせも兼ねて、慣れておこうと思ってね」

 

最上が来たら、皆はどんな顔をするのだろうな。

 

「しかし、ボクだけじゃなかったのかぁ……。先生を『知っている』艦娘は……」

 

「何か不満でもあるのか?」

 

「不満というか……。ボクだけだと思っていたし……。ボクだけが、先生の特別だって……思っていたからさ……」

 

拗ねているかのような、悲しんでいるかのような――最上は『いつもの顔』を見せていた。

 

「そんなに特別でありたいのか?」

 

「ありたいよ。むしろ『今度こそ』先生の恋人になりたいって、思っているくらいだし……」

 

「『弟子』では満足できないか?」

 

「事情が違うじゃないか。『鈴谷』も熊野に夢中だし」

 

「『今回は引かないのか』」

 

「『うん。逃げる理由はないからね』」

 

最上はそう言うと、ハッとした表情を見せた。

そしてそれは、俺も同じであった。

 

「先生……今……」

 

「……あぁ」

 

途中――ほんの一瞬ではあったが――自分が自分でないような感覚に襲われた。

無意識というか――別の誰かに体を乗っ取られたかのような――。

 

「なんだ……? 今の……」

 

「分からない……。でも……」

 

その時、海からの風が、俺たちの体を叩いた――ように感じた。

それでも、あの風鈴の音だけは、はっきりと――確かに聞こえていた。

 

「おーい! 慎二!」

 

鈴木の呼ぶ声で、俺たちは我に返った。

 

「ぼうっとしていると、マジで置いて行くぞ!」

 

「あ、あぁ! 悪い! 最上、悪いがここで――……」

 

それは、一瞬の出来事であった。

まるで、時が止まったかのように、辺りは静かになって――。

 

「――……」

 

最上は唇を離すと、何も言わず、走り去ってしまった。

 

「最上……」

 

「オイオイオイオイオイオイオイオイ……!」

 

透かさず、鈴木が飛んできた。

 

「お前……! マジかよ……!? いや……! なん……えぇ……!?」

 

困惑する鈴木。

だが、それ以上に、俺は――。

 

 

 

島に着くと、第七駆逐隊が待ち受けていた。

 

「鈴木さん」

 

語尾にハートマークがついていそうなほど、甘い声を出しているのは、朧であった。

 

「よう。元気だったか?」

 

撫でられると、朧は嬉しそうな顔を見せていた。

しっぽでも生えていたら、ブンブンだろうな……。

 

「相変わらず、おぼろんは鈴木っちに夢中だにゃ~。どこがいいのか、漣にはさっぱりンゴねぇ……」

 

「俺の魅力が分かるには、お前はチト若すぎるんだよ。その点、朧は大人だよな」

 

「はい! 朧は、大人です」

 

もはや鈴木の言う事を全肯定だ……。

 

「しかし、毎回毎回、ご苦労なこったぜ」

 

そう言うと、鈴木は、険しい表情を見せている潮に目を向けた。

 

「嫌なら来なければいいじゃねぇか」

 

「潮は……ただ、朧ちゃんが心配なだけで……」

 

とか言いつつも、朧はあんな様子だし、心配する必要はないのだがな。

潮は潮で、鈴木になにか、思うところがあるのかもしれない。

ここ数日、こうして来ているわけだし。

曙も、そんな潮の様子に気が付いているのか、フォローすらしなくなっていた。

 

「ま、最初に会った時よりかは、言葉や表情も柔らかくなっているようだし、何よりも怯えなくなったよな。いい傾向だ」

 

鈴木が笑顔を見せると、潮はそっぽを向いてしまった。

確かに、怯えなくなったし、やたらと突っかかったりしなくなった。

嫌そうな顔も、どこか――。

 

「さて、俺はそろそろ行くぜ。またな」

 

「あ……」

 

寂しそうに手を伸ばす朧。

そんな事にも気が付かず、鈴木は本土へと帰ってしまった。

 

「さ、あたしたちも帰るわよ」

 

皆がぞろぞろと歩き出す。

だが、朧だけは、鈴木の船を、じっと見つめていた。

 

 

 

寮に戻り、執務室で書類仕事をしていると、朧が部屋を訪ねて来た。

 

「提督、今、大丈夫ですか……?」

 

「朧。ちょっとだけ待ってくれないか? これだけ終わらせたい」

 

「あ、はい。じゃあ……えと……。朧、コーヒーでも淹れましょうか?」

 

「淹れられるのか?」

 

「はい。お砂糖、二つですよね?」

 

「よく知っているな。じゃあ、頼むよ」

 

「分かりました」

 

朧がコーヒーを淹れている間に、書類仕事は終わった。

 

「お待たせいたしました」

 

「おう、ありがとう。こっちも、ちょうど終わったところだよ」

 

朧の淹れたコーヒーは、少しだけ薄かった。

 

「して、どうした? 珍しいじゃないか。こうして一人で来るだなんて」

 

「はい……。あの……相談……というか……。悩み……というか……」

 

顔を赤くする朧。

なるほど。

 

「鈴木の事か?」

 

「え!?」

 

「顔に書いてあるぞ」

 

朧は自分の顔に触ると、近くにあった鏡で、自分の顔を確認していた。

 

「フッ、そういう意味じゃない。なんとなく、そう言っている表情に見えたって事だよ」

 

「そ、そういう事でしたか……。てっきり、本当に浮き出ちゃっているのかなって……」

 

朧って、たまに天然なところがあるよな。

 

「では、相談というのは、鈴木の事が好きになったとか、そういうことか?」

 

「えっと……はい……。提督、凄いです。エスパーですか?」

 

「はは、エスパーではないよ。ただ、エスパーでなくとも、みんな分かっているよ。お前が鈴木に惚れていることくらいは」

 

朧は赤くなった顔を隠すように、コーヒーに口をつけた。

 

「鈴木の事が好き……かぁ……」

 

「あの……朧みたいな子供が……大人の鈴木さんに恋をするって……変でしょうか……?」

 

「別に変ではないよ。お前くらいの年頃には、よくある話さ」

 

「そうなんですか……」

 

「今まで、恋をしたことは?」

 

「ありません……。だから……困惑しているというか……。本当に恋なのかどうかも……まだ分からないというか……」

 

初心だな。

しかし、最初に好きになった男が鈴木か……。

らしいと言えばらしいというか、朧のように初心な子供にとって、イケイケのお兄さん的な鈴木は、やはりかっこよく映るのだろうな。

 

「鈴木さんにとって、朧はただの子供なんだろうなって……。それが……とても苦しいというか……。悲しいというか……」

 

悲しい表情の朧に、こっちまで心が痛くなってくる。

おそらく、朧の恋が叶うことはないだろう。

鈴木はきっと、まだ香取さんを諦めきれていないから――。

それを知っているからこそ――。

 

「朧……」

 

「分かってはいるんです……。でも……好きなんです……。鈴木さんのこと……。ずっと一緒に居たいって……思っちゃうんです……」

 

船を見つめる朧の背中は、確かに――。

 

「提督……」

 

「ん……」

 

「朧……島を出たいです……」

 

「え?」

 

「七駆の皆と離れることになっても……朧は……鈴木さんと一緒に居たいです……。それくらい……朧は……朧は……うぅぅ……」

 

朧はぽろぽろと涙を流してしまった。

 

「お、おいおい……」

 

「でも……皆には言えなくて……。一緒に居たいけれど……うぅぅ……朧の我が儘だけで……付いてきて欲しいだなんて……。潮ちゃんの事も心配だし……う……うぅぅ……」

 

それで『相談』なのか……。

泣いてしまっているところを見るに、今までずっと、一人で悩んでいたのだろう。

朧のようなタイプは、誰にも言えず、一人で抱え込みそうだもんな……。

潮の件もあって、簡単に弱音を吐くことが出来ないと、思っていたのだろうな……。

 

「そうか……。ごめんな……。気づいてやれなくて……。ずっと、一人で抱え込んでしまって……辛かったな……」

 

「提督……」

 

「遠慮することはない。お前の本音を、俺に聴かせてくれ。全部受け止めてやるからさ」

 

「提督ぅ……。う……うぅぅぅ……!」

 

朧は泣きながら、俺にたくさん話をしてくれた。

鈴木を好きになった事。

島を出たいと思った事。

潮に悪いと思った事。

皆と離れたくない事――。

 

「そうか……」

 

「提督……。朧は……どうすれば……いいのでしょうか……?」

 

「お前はどうしたいんだ? 仮に、島を出るとして、皆が付いてこなかったら? それでも、本当に島を出るか?」

 

朧は答えなかった。

 

「……まあ、その心配はしなくてもいいさ。その点は、俺が何とかするよ」

 

「提督……。はい……」

 

問題は……。

 

「……朧。一つだけ、お前に言っておかなければいけないことがあるんだ」

 

「なんですか……?」

 

「重要なことだ……。ショックを受けるかもしれないが……聞いてくれるか……?」

 

朧は頷いた後、俺の言葉を待った。

 

「よし……。では――……」

 

俺は、鈴木の全てを、朧に伝えた。

生まれ。

境遇。

女性との交際経歴。

香取さんへの想い。

それら全てを――。

 

「――それが、お前が好きになった鈴木という男だ」

 

「…………」

 

「……島を出る決意をする前に、お前には鈴木という男を知っておいて欲しかったんだ。それでも尚、島を出る決意があるというのなら、俺は協力する……」

 

朧は考えるように、深く目を瞑った。

ショックを受けているだとか、そういう表情ではない。

どこか、分かっていたはずの事実を、現実として受け止めているかのような――そんな表情であった。

 

「……それでも」

 

「…………」

 

「それでも……朧は……島を出たいです……。例え、叶わない恋だとしても……この恋は……大事にしたいんです……」

 

「朧……」

 

「いつか、皆で島を出ることになると思います……。でも……きっと……その時には、もう、鈴木さんは……」

 

言葉を切る朧。

やはり、受け止めきれないよな……。

 

「朧には、必要なんです……。この恋も……失恋も……。ここを逃したら、きっと、もう、無いと思うんです……。だから……」

 

堪えていた涙が、再びあふれ出す。

だが、それを強く拭うと、朧は優しく微笑んで見せた。

 

「朧は、島を出ます」

 

「……そうか」

 

朧の決意に、俺はそれ以上、何も言うことが出来なかった。

朧もそれを分かっていたのか、冗談交じりに、こう言った。

 

「もし、朧が失恋したら、提督が朧と恋人になってくれませんか?」

 

「……フッ、それは、ちょっと都合が良すぎるのではないか?」

 

「でも、朧はきっと、美人になりますよ。それに、朧、提督の事も好きです。だから、大丈夫ですよ?」

 

真顔でそう言う朧。

冗談……だよな……?

 

「……とにかく、そうと決まれば、皆に伝えなければな。いつ伝える?」

 

「早い方がいいです……。皆の意見も……聴いておきたいですから……」

 

「分かった……」

 

「その時は……提督も一緒に居てくれると……嬉しい……です……」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

再び涙を拭うと、朧は満面の笑みを見せてくれた。

本当、色んな表情を見せるようになったな。

それもこれも、きっと――。

 

 

 

その日の夜。

第七駆逐隊を家に集め、朧の決意を伝えた。

鈴木への気持ちは分かっていたが、まさか島を出ると言い出すなんて、誰も、思ってもみなかったようであった。

 

「おぼろん……」

 

「一緒に来て欲しいけど……これは……朧の我が儘だから……」

 

「あたし達が付いていかなくても……島を出るって事……?」

 

朧が頷く。

困惑する漣と曙。

そんな中、潮だけは、どこか思いつめた表情を見せていた。

 

「潮、どうした?」

 

そう訊いてやると、潮はハッとして、我に返ったようであった。

 

「大丈夫か? 何か、思いつめた顔をしていたが……」

 

「い、いえ……。急なことだったので、驚いていたんです……」

 

そんな反応には見えなかったがな……。

まあ、色々と思うところがあるのだろう……。

 

「急なことで困惑しただろうと思う。だが、これが朧の決意だ。すぐに答えを出してくれとは言わないが……」

 

俺は朧に目を向けた。

だが、逆に視線を返されてしまった。

自分からは言えない……よな……。

 

「……朧はすぐにでも島を出たいと思っているそうだ。なるべく早めに、お前たちはどうするのか、決めて欲しい……」

 

俺がそう言い終えると、朧は、皆に頭を下げていた。

 

「みんな……ごめんね……。急にこんなこと言って……」

 

「おぼろん……」

 

「……別にいいのよ。逆に……安心したわ……。あんたにも、やりたいことがあったんだって……。ちゃんと、我が儘を言えるんだって……」

 

長年一緒に過ごしてきた曙でも、そう思うほどに、朧は大人しい奴だったのだろうな。

 

『朧には、必要なんです……。この恋も……失恋も……』

 

本当にやりたいことを見つけたんだな……朧……。

 

「……以上だ。各々、考えることはあるだろう……。今日はもう、このまま帰れ」

 

「うん……。漣、潮……行くわよ……」

 

二隻を連れて、曙は家を出ていった。

 

「ふぅ……」

 

「提督……ありがとうございました……」

 

「いや……。あれで良かったのか……?」

 

「はい……。おかげで、心のモヤモヤも消えました」

 

「……島を出る決意に、変わりはないか?」

 

「はい!」

 

力強い返事であった。

それと同時に――。

 

「朧……」

 

俺はそっと、朧を抱きしめてやった。

 

「もう泣いてもいいぞ……。よく我慢したな……」

 

そう言ってやると、朧は声を上げて泣き始めた。

島を出る決意以上に、やはり、長年連れ添った仲間に別れを告げる方が、朧にとっては辛い事であったのだろう。

それを悟らせないように――同情を誘わないように、朧はじっと、涙を堪えていたのだ。

 

「ありがとう、朧……。お前のおかげで、あいつらは迷わずに済んだ……。よく頑張ったな……。後は……俺に任せろ……」

 

「はい……」

 

 

 

翌朝になると、鳳翔が飯を持って、俺を訪ねて来た。

 

「今、寮に向かおうと思っていたのだが……」

 

私がこうして来た理由が分かるでしょう? とでも言いたげに、鳳翔は微笑むだけであった。

 

 

 

朝食を摂りながら、鳳翔は事情を説明してくれた。

 

「そうか……」

 

「驚きました。朧ちゃんが――それも、一人で島を出るだなんて言い出したのには」

 

どうやら朧は、朝一番に目を覚ますと、皆の部屋を訪ね、自分の意志を伝えたようであった。

変わった奴だとは思っていたが、まさか、一部屋一部屋訪ねるとはな……。

 

「恋をした、とのことでした。珍しいです。駆逐艦の子が、そんな理由で島を出るだなんて」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。特に、朧ちゃんくらいの子には」

 

そう言うと、鳳翔は箸を置き、庭の向こうに見える海に目を向けた。

 

「相手は大人なのに、失恋が怖くないのでしょうか……?」

 

「あいつは分かっているようだったぜ。恋の結末を。それでも、大切にしたいのだと言っていた。自分に必要なことなのだとな」

 

「失恋が……必要な事……ですか……」

 

春の風が、潮の匂いを運びながら、鳳翔の髪を揺らした。

遠くを見つめるその瞳は、どこか――。

 

「……覚えていますか?」

 

「え?」

 

「竹取物語……。いつだったか、お話ししましたよね……?」

 

『竹取物語を知っていますか?』

 

『最後、天の羽衣を着たかぐや姫は、なにも思い悩むことなく月へ帰ったそうです。翁を愛おしいと思う気持ちも、何もかも……』

 

『私も同じだったら、きっと――』

 

俺が皿を洗ってしまい、鳳翔が怒った時の……。

 

「あの話をしたのには、理由があるのです……。私……本当は、貴方への恋を諦めるつもりだったのです」

 

「え……?」

 

「貴方は、私を選ぶことはないのだろうなって……。だから、諦めようって……」

 

「そ――……」

 

言いかけた言葉を、俺はそっと、心の中に仕舞い込んだ。

慰めの言葉――でもそれは、鳳翔を傷つける言葉でもあったからだ。

 

「でも、無理なんです。分かっているのです。貴方を諦めきれないこと……。チャンスはあるって――選ばれるかもしれないって……思ってしまうのです……」

 

鳳翔はゆっくりと、視線を俺に向けた。

 

「だから……忘れたいと思いました……。この恋心を……」

 

だから、あんな話を……。

 

「この島に残り続ければ、いつか、貴方への気持ちは薄れるって、思っていました。いつか、貴方に恋人が出来て、諦めがつくって……。そう思って……私は、今日までこうしてきました……。でも……」

 

「…………」

 

「朧ちゃんの気持ちを知って……私は、ただ逃げていたんだって思いました……。選ばれないという事から――失恋から、逃げていただけなんです。気持ちが薄れてしまえば、傷つかなくて済むって……」

 

「鳳翔……」

 

「ずっと、受け身でした……。自分に魅力は無いって――そんなことないと、貴方に言わせて――……。でも……逃げてばかりでは、いけませんね……」

 

鳳翔はゆっくりと俺に近づくと、そっとキスをした。

 

「今まで、色々と理由をつけて、この島に居ました……。けれど……私も、本気になりたいのです……。本気で貴方を愛したいのです……。本気で貴方を……振り向かせてみたいのです……」

 

その瞳には、いつもの優しさはなかった。

ただただ、強い意志があって――強い女が、そこにはいた。

 

「島を出る……ということか……?」

 

そう訊く俺に、鳳翔はムッとした表情を見せた後、俺の事を押し倒した。

 

「私の本気よりも、そっちの方が重要ですか……?」

 

「ほ、鳳翔……?」

 

鳳翔はもう一度、キスをした。

だがそれは、先ほどとは違い――。

 

「――っ……」

 

伝う糸を、鳳翔は恥ずかしそうに、手で拭った。

 

「貴方にとっては……危機なんですよ……? 私……抑えているだけで……本気になれば――」

 

そう言って、馬乗りになると、妖しげな表情を俺に見せた。

 

「なんなら、今からでも――」

「――何してんのよ?」

 

その声に、鳳翔は声を上げて驚いていた。

 

「ゆ、夕張さん!?」

 

「……朝から精の出ることで」

 

そう言うと、夕張は俺に視線を向けた。

いっつも俺を疑うよな……。

 

「え……あ……。そ、その……! ごごご、ごめんなさい……!」

 

我に返ったのか、鳳翔は顔を真っ赤にさせると、そのまま家を飛び出して行ってしまった。

 

「……言っておくが」

「えぇ、分かっているわよ」

 

そう言うと、夕張は縁側に座った。

俺も同じように、隣に座る。

 

「全部、聴いていたわ」

 

「分かった上で出て来たのか」

 

「本当にやりかねない状況だったし。それとも、邪魔しちゃったかしら?」

 

「いや……」

 

夕張は、鳳翔の食器を手にすると、退屈そうに言った。

 

「鳳翔さんが口紅をするだなんてね。それも、こんな朝早くから」

 

思わず唇に触れる。

確かに、少しだけ、口紅がついていた。

 

「鳳翔さんも島を出るのね……」

 

「……そんなニュアンスだったな」

 

「鳳翔さんが島を出る……。他の娘たちが島を出るのとは、大きく意味が違ってくるわ……。駆逐艦にとって――いえ、私たちにとっても、日常生活に大きく影響してくるはずだわ……」

 

「それもまた、この島の運命なのだろうよ。いつか起こりえる事が、今日起きた、というだけだ」

 

俺も夕張も分かっていた。

そんな事を話したいのではないのだと。

そんな事を話すために、夕張が出て来たわけではないのだと――。

 

「別にいいんだぜ。不安になっても」

 

「え……?」

 

「そういう話なんじゃないのか? 鳳翔が口紅をして俺の家へと向かったのを、お前は知っていて、様子を窺って、話を聞いて――違うのか?」

 

夕張は俺をじっと見つめた後、退屈そうに言った。

 

「朧ちゃんがさ、貴方の事、エスパーだって言っていたわ」

 

「朧の言っていることは……まあ、勘違いというか、あいつが分かりやすいって言うか……」

 

「私も同じ……?」

 

「お前のは分かりにくいが、まあ、慣れたもんさ」

 

「なによそれ……。もうちょっと言い方があるでしょ……」

 

「お前の事をよく知っているから……とか、言って欲しかったのか?」

 

「……エスパー禁止」

 

「はは」

 

永い沈黙が続く。

 

「お前も、島を出たらどうだ? そうすれば、きっと――」

「――私は島を出ない」

 

力強い目が、俺を見つめていた。

 

「不安でも……焦っても……私は、絶対に島を出ない。貴方がその役割を全うするその時まではね……」

 

「俺の役割……?」

 

夕張は立ち上がると、微笑んで見せた。

 

「ありがと、提督。元気出たわ。そうよ。別に、落ち込む必要なんてなかったのよ。だって――」

 

「だって……なんだ?」

 

「……ううん。なんでもない。ごめんね、邪魔しちゃって。私、もう帰るわ。じゃあ」

 

夕張は笑顔を見せると、そのまま家を飛び出していった。

 

「なんなんだあいつは……」

 

不安になったり、元気になったり……。

そういや、似たような事が前にもあったような……。

 

「……とりあえず、食器、洗うか」

 

 

 

食器を洗い終わり、寮へ向かうかどうか悩んでいると、潮が家へとやって来た。

 

「お前だけか?」

 

「はい……。今、寮は大変なことになっています……。鳳翔さんも島を出るって……」

 

鳳翔……。

やはり、本気であったのか……。

 

「しばらく、寮にはいかない方がいいです……。大和さんが……その……」

 

潮はそれ以上を言わなかったが、状況は容易に想像がついていた。

 

「それを伝えに来てくれただけ……という訳ではなさそうだな……」

 

思いつめた表情の潮。

朧が島を出るのだと聞いた時の表情と、同じであった。

 

「……何か飲むか?」

 

潮は頷くと、縁側に座り、静かに海を望んでいた。

今日は何かと、深刻そうな顔をした来客が多いな。

 

 

 

ココアとチョコレートを渡してやると、潮の表情が少しだけやわらいだ。

 

「美味しいか?」

 

「はい。とても甘いです」

 

大人に見られたいだなんて言ってはいたが、こうしていると子供だよな。

 

「して、どうした? 朧が島を出ることに、何か思うところでもあるのか?」

 

潮はカップを手のひらで回しながら、もじもじとするだけであった。

何か別の相談がある、という事だろうか。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「提督は……その……どう思いますか……? 朧ちゃんが……恋したって……」

 

「どう……というのは?」

 

「叶うと思いますか……? 朧ちゃんの恋……。お似合いだと思いますか……? あの二人……」

 

「……正直言うと、叶う確率は少ないと思う。朧もその事をよく分かっていたようだった。でも、可能性は感じるよ。鈴木も朧を気に入っているようだし、もしかしたら、もしかするかもな」

 

そう言ってやると、潮は何やら悲しそうな表情を見せていた。

 

「心配しなくても大丈夫だ。朧は覚悟しているようだったし、俺も応援するつもりだ。フラれたら、俺に「恋人になれ」と言ってきたやつだ。切り替えは早いんじゃないかな」

 

そう言っても、潮の表情は――。

 

「潮……?」

 

「……提督」

 

「うん?」

 

「もし……もしもですけど……。例えば……その……あ、曙ちゃんが……鈴木さんを好きになったとしたら……どうなりますか?」

 

「へ? 曙が? いや、それは無いと思うが……」

 

「もしもの話です……。もしそうなったら……」

 

曙が鈴木を……。

 

「……その想定は難しいが、鈴木はおそらく、曙か朧かと聞かれたら、朧を選ぶだろうとは思う。曙も、その事が分かっていながら、奮闘するんじゃないのかな」

 

「漣ちゃんだったらどうですか……?」

 

「漣か……。漣だったら……割といい線行きそうな気はするな。あいつはどこか……友達って感じがするし、そこから発展するってのも……あるかもしれないな……」

 

って、俺は何を言っているんだろうか……。

 

「じゃあ……潮は……どうですか……?」

 

「潮は……って、それはお前が一番よく分かっているんじゃないのか?」

 

「聴きたいんです……。提督の意見を……」

 

俺の意見……。

 

「そうだな……。あまり気を悪くしないで欲しいのだが……鈴木はお前のような大人しい子を好きになったことはない。もっと、こう……精神的に大人の女性を好きになるだろうとは思う」

 

香取さんもそうであったし、七駆の中で朧を選んだのも、それが理由だろう。

 

「そう……ですよね……」

 

「フッ、なんだ落ち込んで。もしかして、お前も鈴木の事が好きなのか?」

 

もう、そんなことありませんよぉ――なんて感じに返ってくるものだと思っていたのだが――。

 

「潮……?」

 

潮の顔は、真っ赤であった。

そして目には、涙が溜まっていた。

 

「え……まさか……」

 

俺のESPが告げている。

潮の鈴木への態度の変化。

朧の決意を聞いた時の潮の思いつめた顔。

鈴木との相性を問う意図。

それら全ての意味を――。

 

「……そういう事か」

 

全く気が付かなかったし、全く予想がつかなかった。

まさか、潮が鈴木を好きになっていたとは……。

 

「どこを……好きになったんだ……?」

 

潮は顔を上げると、否定しようと口をパクパクさせた。

しかし、俺の真剣な表情を見て、観念したかのように俯いてしまった。

 

「それを話しに来たのだろう? 違うのか?」

 

潮は空になったカップに口をつけると、消え入りそうな声で言った。

 

「よく分かりません……」

 

「よく分からない……?」

 

頷く潮。

長い髪が顔を隠すが、耳だけは正直に感情を見せていた。

 

「嫌な人だって思っていました……。潮に酷い事を言ってくるし……。でも……時々優しくて……いじわるなことも……結局は、潮の事を想ってやってたことだって気が付いて……」

 

鈴木の優しさに、潮は気がついていたのか……。

 

「これが恋だって……分からなかった……。今でも……よく分かっていなくて……。でも……朧ちゃんの決意を聞いた時……胸がチクチクする感じがして……寂しくなって……」

 

潮は胸に手をあてると、小さくなった。

 

「こんなこと……今までなかった……。初めて恋を知った時だって……こんなには苦しくなかった……」

 

「潮……」

 

「潮も……鈴木さんが好きです……。でも……潮は……朧ちゃんみたいに決意できない……。フラれるのが怖い……」

 

フラれるのが怖い……か……。

 

「提督……潮は……どうしたらいいでしょうか……?」

 

「お前は、どうしたいんだ? 朧についていきたいのか?」

 

「ついていきたいのですが……潮は……」

 

もはや、男が怖いだとか、そういう問題は頭の中から消えているのか……。

いや……それほどまでに、鈴木の事を――。

だが、それでは困る。

 

「仮に、鈴木がお前の想いに応えてくれるとして、その愛が永遠に続くという保証はないんだぜ。もしそうなった時、お前は生きて行けるのか……? 男が苦手だという問題は、どうなる?」

 

潮は黙ってしまった。

 

「……おそらく、漣と曙は、朧についていくつもりだろうと思う。お前も、それが分かっているから、悩んでいるのではないのか?」

 

図星なのか、潮は何も言わず、拳を握っていた。

 

「全てを取ることは出来ない。島を出れば、お前の苦手な男はいるし、鈴木にはフラれるかもしれない……。島に残れば、安全ではあるが、皆と離れることになる……。お前が悩む理由は分かるが、選択肢はその二つしかない。俺に三つ目の選択肢を求めてここに来たのだろうが、そういう事では力になれないぜ」

 

そんな事は百も承知だろう。

藁にも縋る気持ちなのは分かっている。

それでも……。

 

「選択するのはお前だ。俺ではないんだぜ」

 

今の俺に出来るのは、その背中を押してやることだけだ――というのは、嘘だ。

本当はある。

三つ目の選択肢とまではいかないが、潮――或いは朧にとっても、迷いを払拭できるような方法が――。

だが、それは、俺に――いや、この国にとっては――。

 

「…………」

 

だが……俺は……。

 

「潮……」

 

「はい……」

 

「一つだけ、方法がある。お前の迷いを払拭する方法が……」

 

俺は――。

 

 

 

潮の説得には、時間がかかった。

本人も、やはり怖がっていたし、勇気が出ないのだと言っていた。

それでも、島を出てからでは遅いのだと説得を続けると、ようやく決意してくれた。

 

「――確かに、そうかもしれません。もしそれで、朧ちゃんの気持ちが変わったら……」

 

「朧も、島に残るかもしれないな……。あいつが、それでも燃えるようなタイプであったのなら、話は変わってくるかもしれないが……」

 

「私自身も……そこで分かるかもしれません……。島を出るか、残るべきか……」

 

「……そうだな」

 

俺は思わず、本土の方に目を向けた。

 

「でも……そんな提案……して良かったのですか……? だって……」

 

「いいんだ……。俺は、お前たちがしっかりと自分の意志で島を出る決意をして欲しいんだ……。今の朧も、お前も……そして……鳳翔も……迷っている……。決意を固めたと言っても、それは迷いの中にある決意だ。闇の中を行くような決意だ。本当に目指すべき場所は、そこではないのかもしれないのに……」

 

本土の連中は怒るだろうな。

それでも、俺は――。

 

「七駆の連中と……鳳翔を呼んできてくれ……。俺は、鈴木を呼ぶ……」

 

「……分かりました」

 

 

 

泊地で鈴木の船を待っていると、何故か寮の全員がやって来た。

 

「どういうことだ……!?」

 

「ごめんなさい……提督……。鳳翔さんを呼んだら、皆もついてきてしまって……」

 

鳳翔を呼んだら……?

よく見ると、駆逐艦たちの目が真っ赤になっていた。

大和も、同じように――。

 

「……なるほど」

 

どうやら、鳳翔が島を出るという話は、まだ片付いていないようであった。

 

「また何か企んでいるようですね……」

 

そう言って前へ出て来たのは、大淀であった。

 

「どうして……私に話してくださらないのですか……? 鳳翔さんの事も……この状況の事も……」

 

怒りと悲しみの表情であった。

そりゃ怒るよな。

怒涛の展開に、追いつけないという感情もあるだろう。

だが、おそらくは、鳳翔の決意に対して、大淀は――。

 

「大淀さん」

 

「夕張さん……?」

 

「今は……ただ見守っておきましょう……。きっとそれが、鳳翔さんに対する敬意でもあるんだと思います」

 

そう言われ――あまり納得していない様子ではあったが――大淀は引き下がった。

夕張もまた、ムッとした表情を俺に向けていた。

今まで散々振り回されてきた夕張だからこそ、大淀の行動の意味が分かったのだろう。

止めたのも、おそらくはそういった理由からなのだろうな。

 

「提督、これは一体……」

 

「朧、鳳翔。急に呼び出して悪かったな。もうちょっと待ってくれ」

 

「あ」

 

潮の声に、皆が顔を上げる。

鈴木の船が、こちらへと近づいてきていた。

 

「す、鈴木さん!? どうして……」

 

船はゆっくりと泊地に停まり、中から何も知らない鈴木が、間抜けな表情で降りて来た。

 

「よう。なんだよ? 緊急の呼び出しってのは?」

 

「あぁ、悪いな。ちょっと、お前に用事があってな」

 

「用事?」

 

鈴木は、怪訝な表情を艦娘達に向けていた。

 

「まさか、全員島を出るだなんて言わないよな?」

 

「そうだったら、お前だけ呼び出すことはしないさ」

 

潮と俺以外、鈴木と同じ表情をしていた。

 

「用事があるのは、こいつだ。潮」

 

潮は、恐る恐る鈴木の前へと出ていった。

 

「おう、潮。なんだ? 告白でもしてくれんのかよ?」

 

そう言われ、一瞬、潮は俯いてしまった。

だが、すぐに顔を上げると、震える声で返事をした。

 

「はい……!」

 

「なんてな……って、え?」

 

「え……」

 

声を漏らしたのは、朧であった。

 

「お、おいおい……こりゃなんの冗談で――」

「――冗談ではありません!」

 

潮は深呼吸すると、真っすぐに鈴木を見た。

 

「潮は……潮は……貴方の事が……好きです……」

 

曙が俺を見る。

だが、状況を理解したのか、ゆっくりと潮へ視線を戻した。

 

「貴方は……とても意地悪で――だけど、優しくもあって――」

 

潮は、鈴木を好きになった理由を話した。

最初こそ、半笑いで聞いていたが、徐々にその表情は真剣なものへと変わっていった。

 

「――気持ちを伝えるのが怖かった。でも……ここで伝えないと……迷ってしまうって教えられたから……。ちゃんと……進みたいから……。潮は……潮は……」

 

潮はとうとう、泣き出してしまった。

勇気も、決意も――潮は、まだ未熟であった。

にもかかわらず、こうして鈴木へ気持ちを伝えたのだ。

無理もないだろう……。

 

「……そうか」

 

鈴木が俺を見る。

その表情は――。

 

「……いいんだな?」

 

「……あぁ」

 

鈴木が口を開いた、その時であった。

 

「待って……!」

 

叫んだのは、朧であった。

 

「朧……」

 

「待って……ください……」

 

朧はフラフラ歩きながら、鈴木と潮の間に立った。

 

「潮ちゃん……」

 

「朧ちゃん……」

 

「……ずっと、鈴木さんの事が、好きだったの?」

 

潮が頷く。

 

「そう……なんだ……」

 

永い沈黙が続く。

曙と漣は、動揺を隠せず――だが、何も出来ずに、行方を見守っていた。

 

「潮は……朧ちゃんのように……決意を持てなかった……」

 

「決意……?」

 

「島を出て……鈴木さんに好きになってもらう決意……。叶わない恋だって分かっていても……諦めない決意……」

 

朧は思わず俯いてしまった。

やはり、固まっていたと思っていた決意には、脆い部分があったらしい。

 

「潮には……やっぱり分からない……。失恋が大事だってことも……失恋を恐れないことも……。だって……どっちも……まだ経験していないんだよ……? 恋だって、まだよく分かっていないのに……それで島を出るだなんて……潮には……分からないよ……」

 

だからこそ、今、それをするべきなのだと、俺は潮に教えたのであった。

鈴木に告白し――失恋はするかも知れないが、島の外でそれを経験するよりも、今、経験した方が良いのだと。

失恋を知ってからでも、島を出るかどうかの決断は、出来るのだと。

そして――。

 

「潮ちゃん……」

 

潮の告白に、朧は必ず反応する。

そしておそらくは――。

 

「……そうだよね。そうかもしれない……」

 

朧が鈴木に向き合う。

 

「鈴木さん……。朧も……貴方の事が好きです……。その……恋人……したいです……」

 

「朧……」

 

再び鈴木が俺を見る。

 

「……お前、何考えてんだ? 俺の返事一つで、最悪な方向に行く可能性だってあるんだぞ……」

 

鈴木は知らない。

朧が島を出る決意をしたことを……。

だが、この状況に察しがついたようで、俺を睨み付けていた。

 

「構わない……。それが、俺のやり方だ……」

 

「……どうなっても知らねぇぞ」

 

鈴木は二隻に向き合うと、はっきりと言った。

 

「正直に言う。俺は、お前たちに恋心を抱いたことはないし、今後も抱くことはない」

 

鈴木らしからぬ、冷たい言い方であった。

だが、それこそが、鈴木の優しさであった。

俺には無い、優しさであった。

 

「勘違いさせてしまったのなら謝る。だが、これが俺だ。これが、俺という男だ。お前らは、俺に幻想を抱き過ぎたんだ」

 

鈴木の目は、とても厳しかった。

まるで、親が子を叱るような――そんなんじゃ島の外ではやっていけないのだとでも、言っているような――。

 

「慎二」

 

「なんだ?」

 

「てめぇのやっていることは、海軍の意に反している……。てめぇのやり方だか何だかしらねぇが……失敗した時は……まず俺がてめぇをぶん殴る……。俺を利用したこともそうだが……こうなると分かっていてやらせた、てめぇのやり方に……俺は腹が立っているんだ……」

 

鈴木の言っていることは尤もだ。

だが……。

 

「お前はただの船頭だろうが。俺に意見してんじゃねぇよ……」

 

ここは引けない。

これが、俺の決意だ。

俺のやり方だ。

ブレてはいけない。

ブレては、艦娘達を迷わせてしまう。

 

「……そうかよ」

 

鈴木は船に戻ると、エンジンをかけた。

 

「てめぇの言う通りだ。俺はただの船頭。だが、その船頭をこんなくだらない余興の為に呼び出してんじゃねぇよ」

 

「その点は悪かった」

 

そう言ってやると、鈴木は一瞬だけ、口角を上げた。

そして、中指を立てると、そのまま島を離れていった。

 

「さて……」

 

俺は、朧に向き合った。

 

「どうする……? 島を出るかどうか……もう一度考えてみろ……」

 

朧は俯くと、そのまま寮の方へと帰って行ってしまった。

 

「朧!」

 

曙が跡を追う。

漣は、ただ茫然と、その後ろ姿を見ることしかできないようであった。

 

「提督……」

 

「潮……。お前も考えておけ……。これから、どうするのかをな……」

 

「……はい」

 

そして俺は、視線を鳳翔に移した。

 

「この結果を見て、お前自身も考えなければならないぞ……鳳翔……」

 

俺の言う意味が分かったのか、鳳翔は険しい表情のまま、俯いてしまった。

 

「……以上だ。わざわざ呼び出して悪かったな。漣、怖かっただろう。もう大丈夫だぜ」

 

図星だったのか、漣は俺に近づくと、泣きそうな表情で俺の袖を掴んだ。

そっと頭を撫でてやると、顔を隠すように、寄り添っていた。

 

「――提督」

 

鳳翔が、俺を呼び止めた。

そして、近づくと――。

 

「――……」

 

その光景に、皆、息を呑んでいた。

 

「……これが、私の答えです。私は……知っていますから……」

 

何を知っているのかを、鳳翔はあえて言わなかった。

それでも、俺には伝わっていた。

伝わっていたからこそ、辛かった。

 

「私は島を出ます……。それが、私の決意です……!」

 

俺ではなく、鳳翔は皆に、そう宣言した。

 

「鳳翔さん……」

 

絶望の表情を向けたのは、大和であった。

 

「大和ちゃん……」

 

「貴女まで……私の前からいなくなってしまうのですか……?」

 

鳳翔は俯いた後、すぐに顔を上げた。

 

「貴女に必要なのは、私ではありません」

 

そう言って、俺を見た。

 

「鳳翔……」

 

「……朧ちゃん達の決意を聞いてから、島を出ることにします。一緒の方が、あの子たちも心強いでしょうから」

 

鳳翔はそのまま、寮の方へと歩き出した。

 

「鳳翔さん……!」

 

皆がそれを追う。

残ったのは、大淀、夕張、明石――そして何故か、山城であった。

 

「随分、想われているのね……」

 

話し始めたのは、山城であった。

その意外性に、皆も驚いていた。

 

「そのまま付いていったら良かったじゃない……。鳳翔さんのような人に想われるだなんて……そうそうないわ……」

 

「……山城、お前、何を考えている? この前も似たような事を言っていたよな? そんなに俺を追い出したいのか?」

 

山城は一瞬だけ沈黙し、すぐに返事をした。

 

「えぇ……」

 

なるほど……。

 

「だから、夕張を押し付けようとしたり、鈴谷とくっつけようとしたわけか……?」

 

「そうよ……。貴方がいると、トラブルばかり起きて――それだけならまだしも、貴方はいつも……私たちを巻き込むから……」

 

目を逸らしながら話す山城。

本当の理由を隠しているように、俺には見えていた。

 

「それは悪かったな。でも、お前なら分かるはずだ。俺がお前を利用しようとすることを……。なのにもかかわらず、お前は――」

「――避ければ避けるほどに、貴方は近づいてくる。だから、あえて乗っていただけよ……。川の流れに逆らう方が、疲れるものでしょう……?」

 

そう言うと、山城は寮の方へと帰って行ってしまった。

あいつ……本当に何を考えているんだ……?

 

「鳳翔さんも失恋した……。そう解釈してもいいの?」

 

そう言ったのは、夕張であった。

野暮な奴だよ、お前は……。

 

「さあな……」

 

「さあなって……」

 

「それは、迷っていると解釈しても? 鳳翔さんが島を出たら、分からないと?」

 

大淀が、真剣な表情で言う。

お前はお前で、鋭い所を突いてくるよな。

 

「……これだけははっきり言っておく。俺は、お前たち全員を人化するまで、恋愛はしない」

 

「どうかしら……?」

 

山風を好きになったことを知っている夕張からしたら、疑いたくもなるよな。

 

「私は……その言葉を信じています……。だから……待ちます……。最後の一隻になるまで……」

 

「明石……」

 

最後の一隻……か……。

確かに、言われてみれば、最後は明石だよな。

艦娘の『修理』が出来るのは、明石しかいないし、明石もそのことが分かっているから、島に留まるのだと言っていたしな。

 

「……別に、最後じゃなくてもいいんじゃないかしら?」

 

「え?」

 

「この島の艦娘達が少なくなったら、島を出てもいいんじゃない? その方が、きっと、皆も島を出るようになると思うわ……。だって……」

 

「だって……なに? 夕張?」

 

「……ううん。何でもない……」

 

夕張ははぐらかしたが、言いたいことは分かっていた。

明石がいるから、安心して島に留まっている連中がいる……という事を言いたかったのだろう。

だが、それを言ってしまえば、きっと明石は――。

 

「……とにかく、そういう事だ。お前たちも寮に戻れ……。俺は家に居るから」

 

「……分かりました。二人とも、行きましょう」

 

大淀は不満そうな表情を見せつつ、二隻を連れ、寮へと戻っていった。

 

「恋愛はしない……か……」

 

唇に残る感触。

 

『……これが、私の答えです。私は……知っていますから……』

 

『どうかしら……?』

 

「クソ……」

 

夕張の疑いは、山風への気持ちを知っての事か、それとも――。

そう思ってしまうのも、きっと――。

 

 

 

夜になると、目を真っ赤にさせた朧が、夕食を持って俺を訪ねて来た。

 

「て……提督っ……ひっ……の……お夕飯を……ひっ……持って……きましたっ……」

 

どうやら、まだ完全に泣き止んでいないようだが……。

 

「そ、そうか……。まあ、上がれよ」

 

 

 

夕食は簡単な物であった。

どうやら、鳳翔はまだ詰められているようで、他の連中が用意してくれたらしい。

 

「んっ……んぐぅ……」

 

飯を食いながら、ぽろぽろと涙を流す朧。

そのどちらも、あまりにも器用に熟すものだから、俺は思わず笑いそうになった。

 

「その涙は、失恋によるものか?」

 

そう訊いてやると、朧はとうとう、大声を出して泣き出してしまった。

 

「フッ……たくさん泣いておけ」

 

失恋が必要だと、朧は言っていた。

しかしそれは、潮の言う通り、経験していないからこそ、言えることだったのかもしれない。

朧には辛いことであっただろうと思うし、人化を進める上で、やるべきことではないとは思っていたが……。

 

「お前はよく頑張ったよ……朧……」

 

やってよかったと、今、思った。

朧の決断がどのようなものであれ、やはり、迷いのあるまま、島を出すのは正解ではなかった。

 

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

俺の服が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった頃、ようやく朧は泣き止んだ。

 

「ご、ごめんなさい……。洋服……ダメにしちゃって……」

 

「いや。すっきりしたか?」

 

朧は頷くと、スンと鼻を鳴らした。

 

「……どうだ? 失恋は……辛いか……?」

 

「……辛いです。分かってはいたはずなのに……。潮ちゃんの言っていた通りでした……」

 

「……そうか」

 

これで、朧が島を出る理由は無くなった。

だが、これでいい。

これでいいんだ。

 

「……提督」

 

「ん?」

 

「朧と恋人になってください……」

 

「は、はぁ!?」

 

「言ったはずです……。朧が失恋したら、恋人になって欲しいって……」

 

あれは本気で言っていたのか……。

 

「……いいとは言っていないのだがな」

 

「駄目とも言っていないです……」

 

こいつ……。

打たれ強いのか弱いのか、どっちなんだ……。

 

「えへへ……」

 

「あ?」

 

「冗談です。提督の事は好きですけど、朧には、勿体ない人だと思います」

 

「お前……」

 

朧は涙を拭くと、にっこり笑って見せた。

本当、何を考えているのか、全く読めない奴だ……。

 

「提督……朧、島を出ます」

 

「え?」

 

「鈴木さんにフラれて……とっても辛かったです……。でも、それが自信になったと言うか……」

 

「自信?」

 

「はい。朧、大人になりたいんです。大人になったら、きっと、朧は美人になると思うんです。鈴木さんも、そう言っていましたし」

 

自分で言うか……? 普通……。

しかし、まあ……。

 

「あぁ、そうだな。きっと、美人になると思うぜ」

 

「朧が美人になったら、もう一度、鈴木さんに告白しようと思います。付き合えるとは思いますが、もし朧がフラれて……提督にもお相手がいなかったら、お付き合いしてあげますね」

 

「……あぁ、ありがとう。助かるよ……」

 

悪意のない笑顔が、俺に向けられていた。

 

「しかしお前、どうしてそこまでして、恋をしたがるんだ?」

 

そう訊いてやると、朧は一冊の単行本を取り出した。

 

「なんだこれ? 少女漫画?」

 

読んでみると、それは、年上の男に恋をする、女の子が主人公の漫画であった。

 

「もしかして……これに影響を受けて?」

 

「はい」

 

なるほど……。

すると、こいつ……鈴木や俺が好きなんじゃなくて、恋に恋をしている感じなんじゃないのか……?

 

「この漫画のように、朧も、年上の男の人に、よしよししたいんです。いつもは頼りになる男の人も、朧の前では、赤ちゃんみたいになるんです」

 

「そ、そうなのか……」

 

そういえば、以前、朧に撫でられたことがあったな。

すると、あの時の表情は――。

 

「鈴木さんが甘える姿、見てみたいです。えへへ」

 

無邪気に笑う朧に、俺は身震いした。

なんというか……色んな素質を持っているよな……。

 

「……島を出る事、もう皆に言ったのか?」

 

「これから言うつもりです」

 

「そうか……」

 

すると、明日の朝も、寮に行くことは出来ないだろうな……。

 

「潮ちゃんも……来てくれるかな……」

 

「きっと来てくれるさ。あいつもどこか、吹っ切れた顔をしていたからな」

 

「でも、泣いていました……。フラれて……やっぱり辛かったのかもしれません……」

 

泣いていた……か……。

 

「仮に、あいつが島に残ることになっても、お前は島を出ろ。すぐに潮も出してやるから」

 

「提督……」

 

「お前には、早く大人になって欲しいんだ。美人になった姿、俺に見せてくれよな」

 

そう言って笑ってやると、朧もまた、微笑んでくれた。

 

「はい! 提督、しゃがんでください」

 

「ん?」

 

しゃがんでやると、朧は俺の事を、ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 

「よしよし、です。いつも頑張って、偉いです。提督」

 

「お、おう……?」

 

変な返事をしてしまったのは、動揺していたのもあるが、こう、なんというか……。

 

「も、もういいよ……」

 

そう言っても、朧は撫でるのをやめなかった。

本気で抵抗しない俺の態度に気が付いているのか、朧はあえて、力を入れていなかった。

表情は見えなかったが、おそらくは――。

 

 

 

翌朝。

朧が帰った後、俺は謎の安心感で、ぐっすり眠れてしまっていた。

 

「クソ……」

 

恥ずかしさに顔が赤らむ。

朧はこういう表情が好きだと言っていたが……。

 

「今まで出会ったどんな奴よりも、自覚がない分、質が悪いぜ……」

 

それに甘んじてしまった俺も俺だけどな……。

 

「提督」

 

声に顔を上げる。

すると、そこには、鳳翔と七駆が立っていた。

 

「おう、おはよう。どうした? こんな朝早くから……」

 

「朝早くって……もう1000ですよ?」

 

「え!?」

 

思わず時計を見る。

なるほど……どうやら相当……。

 

「お寝坊さんですね、提督」

 

朧がくすっと笑う。

俺は思わず顔を背けてしまった。

 

「し、して……どうしたんだ?」

 

皆は顔を見合わせると、笑顔で言った。

 

「私たち、島を出ます」

 

「え?」

 

「ね、みんな?」

 

皆が頷く。

潮も、同じように。

 

「潮……」

 

「私も……朧ちゃんと同じです。大人になりたいです……。大人になって、ちゃんと、潮を……子供じゃない潮を見て欲しいです……」

 

その目には、決意の色が宿っていた。

どうやら、吹っ切れたようだな……。

 

「そうか……。そうだな。きっと、素敵な大人になるだろうよ。鈴木が、フったことを後悔するくらいにな」

 

そう言ってやると、潮は笑顔を見せてくれた。

 

「曙、漣……お前たちもそれでいいんだな?」

 

「もっちろん! 漣も、外の世界で見たいものがたくさんあるんです! アニメとか、漫画とか……ちょっとえっちな薄い本とか……うへへ……」

 

「な、なるほどな……」

 

漣の笑顔に、どこか、秋雲を感じるのは何故だろうか……。

 

「提督……」

 

「曙」

 

「その……あ、ありがと……。あたし……ずっと……こんな日が来るって思っていた……。でも……まさか、あんたに導かれるとはね……」

 

「……親父には出来なかったこと、成し遂げられたか?」

 

曙は頷くと、俺の目をじっと見つめた。

 

「……辛い思いをさせたな。俺の方こそお礼を言わせてくれ。ありがとう、曙……。これまで、よく頑張ったな……」

 

頭を撫でてやると、曙の目から、ぽろぽろと涙があふれだした。

 

「や、やめて……! クソ提督……! こんなの……別に……普通だし……っ! 褒められるような……ことなんかじゃ……うぅぅ……」

 

言葉とは裏腹に、曙は全く抵抗しなかった。

潮も辛かっただろうが、一番辛かったのは、こいつなのだろうな。

泣きたくても、涙を見せる相手がいなかったのは、きっと……。

 

「提督」

 

「鳳翔……」

 

「そんな顔、しないでください。これが私の決意なのですから。笑顔で見送ってください」

 

「……そうだな。それに、覚悟もしておかなければいけないしな。お前に惚れてしまわないように、気を引き締めることにするよ」

 

「その意気です! 私も、全力を尽くしますから!」

 

「あぁ!」

 

こうして、鳳翔と七駆――五隻の人化が決まった。

 

 

 

その日の夕食は、鳳翔と七駆を除く全員が用意してくれた。

 

「最後なのだから、私も手伝いたかったのですが……」

 

「最後なのだから、だろ。お前がいなくても、自分たちで何とかなると、証明したいのさ。少しでも心残りの無いようにという、あいつらなりの気遣いなんだ。受け取っておけよ」

 

そう言ってやると、鳳翔は申し訳なさそうに俯いていた。

明日の朝、鳳翔たちは島を出ることになった。

急なことではあったが、皆は皆で、鳳翔が居なくなっても大丈夫なように、ひっそりと準備を進めていたようであった。

 

「明日の朝……本当に島を出るのですね……」

 

「緊張するか?」

 

「えぇ……。こんなにも早く、島を出ることになるなんて、思ってもみませんでしたから」

 

こんなにも早く……か……。

70年以上も居て『こんなにも早く』とは……。

 

「そう言えば……大和がいないようであるが……」

 

「大和ちゃんは……」

 

鳳翔は俯くと、黙り込んでしまった。

どうやら、大和は最後まで、反対していたようだな……。

 

「大和の事は俺に任せろ。お前は心置きなく、俺を誘惑すればいいさ」

 

「提督……。はい、そうさせていただきますね」

 

鳳翔はにっこりと笑うと、周りを確認した後、こっそり、着物をずらして――露出させた。

 

「な……!?」

 

「こういう事は想定していませんでしたか?」

 

小声でそう言うと、鳳翔は目を細め、俺の反応を見ていた。

 

「うふふ……。提督を誘惑する方法、何となく分かっちゃいました。こうすれば良かったのですね」

 

「お前な……」

 

「けど、そうですか。だから提督は、潮さんの誘惑に負けなかったのですね」

 

「それは、どういう意味だ……?」

 

俺は少し考えた後、その意味が分かり、訂正した。

 

「……いや、だとしたら、俺が陸奥に反応してしまったのはおかしいだろ」

 

「陸奥さんに反応したのですか?」

 

「あ……!」

 

墓穴を掘った。

鳳翔はくすくす笑うと、着物をなおした。

 

「でも、良かった。こんな体でも、まだチャンスはあるという事ですね」

 

「……どうかね」

 

それは、俺なりの抵抗であったが、鳳翔的には満足であったのか、満面の笑みを見せていた。

 

 

 

翌朝。

海軍の船は、陽が昇る前に着いていた。

 

「段々早くなってねぇか……?」

 

 

 

泊地には、既に皆が集まっていた。

 

「おはよう」

 

「おはようございます、提督」

 

だが、大和の姿はない。

 

「あいつ……」

 

「いいのです、提督……。大和ちゃんは最後まで、私の人化に反対していましたから……。それが彼女の意志だというのなら、貫かせたいのです」

 

鳳翔の言いたいことは分かる。

だが……。

 

「それでは駄目だ。お前の人化には、しっかりと向き合ってもらわなければならない」

 

「て、提督!?」

 

俺はそのまま、寮の方へと向かった。

皆は困惑したまま、俺の背中を見送っていた。

 

 

 

寮に入ると、すぐに大和が出迎えてくれた。

 

「何をしに来たのですか……?」

 

「分かっているから、出迎えてくれたのではないのか?」

 

「えぇ……。分かっているからこそ、ここに居るのです……。無駄なやり取りは嫌いですから……」

 

なるほど。

俺が説得しに来ることは想定済みってことか。

そして、それに対して、大和は意志を貫くつもりらしい。

 

「人化に反対する意思を示すために、見送らないと?」

 

「えぇ……」

 

「そうした態度をとったところで、鳳翔は行っちまうんだぜ。ならせめて、認めてやれよ」

 

大和は何も言わなかった。

本人も分かっているはずだ。

本気で反対するのであれば、力ずくででも、鳳翔の人化を阻止すればよいのだと。

しかし――。

 

「気持ちは分かる。力ずくで止めたところで、鳳翔の意志は変わらない。変えることは出来ない。しかし、だからと言って、このまま「はいそうですか」と、見送るわけにはいかないよな」

 

図星だったのか、大和の表情は険しくなった。

 

「けど、その結果が、こういうやり方ってのは、どうなんだ? 俺には、意味がある行動とは思えないがな」

 

「……ここで見送っては、鳳翔さんの人化を認めたことになります。私は……そうしたくはないのです……」

 

頑固な奴だ……。

しかし……。

 

「そうか。なら、俺もここに留まることにしよう」

 

「はい……?」

 

「……俺は確かに、仕事として、鳳翔の人化には賛成だ。だが……個人的には、まだここに居て欲しいと思っているんだ……」

 

「それは……どうして……?」

 

想定外の事に、大和は思わずそう訊いた。

 

「あいつの決意に、俺がはっきりと応えられないからだ」

 

俺の言っている意味が分かったのか、大和は再び険しい表情を見せた。

 

「俺は……やはり、鈴木の様には言えない。はっきりと鳳翔をフることが出来ない」

 

「……好きなんですか? 鳳翔さんの事……」

 

「あぁ、好きだ。でも、それは、皆にも言えることで――つまり、鳳翔の求めるソレとは違う……」

 

「意味が分かりません……。だったら、尚更……」

 

「それでも俺は、好きになってしまいそうなんだよ。そういう意味でもな……」

 

「揺れている……という訳ですか……。仕事としての自分と、貴方という個人との間で……」

 

俺は精一杯の笑顔を、大和に見せた。

 

「お前と同じだよ。だから、お前がそうするのなら、俺もそうしようと思う。それしか、出来ないよな。俺たちは、揺れている。迷っている。この島ってのは、そういう象徴だもんな……。染まっちまうよな……」

 

遠くの方で、ゆらゆらと揺れる人影。

その光景を、大和も見つめていた。

 

「でもな、大和……。これに、鳳翔を想う気持があったらどうだろうか?」

 

「え?」

 

「俺たちの我が儘じゃなくてさ、俺とお前が想う鳳翔の為に出来る事って、一体何なんだろうな」

 

大和は考えるように、目を瞑った。

 

「あいつも揺れている。俺たちと同じようにな……。あいつを想うのであれば、何一つ心残りなく、行かせてやりたいとは思わないか?」

 

「……私は、行かせたくないと言っているのですよ」

 

「だったら尚更だ。揺れているあいつに、言ってやれよ。最後の最後まで、自分は反対しているのだと。残ってくれるやもしれんぜ」

 

大和は黙り込んでしまった。

そらそうだよな。

怖いよな。

それでも、あいつが行ってしまうって事が……。

 

「もし、お前が勇気を出せるというのなら、俺も、鳳翔を本気でフろうと思う」

 

「……!」

 

「俺がフった後に、お前が主張すればいい。お前も、その方が言いやすいだろう」

 

大和が何を考えているのかは、手に取るように分かっていた。

俺にとってのメリットデメリットを考えているのだろう。

俺が何を考えているのか。

俺が何を企んでいるのかを――。

 

「俺は、それでも鳳翔は、意志を貫くものだと考えている。お前の主張も、通らないだろう」

 

「……だとしたら、何故そんな事を?」

 

「お前の為だ」

 

「私の……?」

 

「鳳翔がそうするように、お前も認めなければならないんだよ。失恋と同じように、鳳翔がお前を置いて、島を出て行ってしまうという事実をな」

 

「……だから! 私はそんなこと……!」

 

「そんな勇気もないくせに、鳳翔を呼び留められると思ってんのかよ!?」

 

俺の声に、大和は体を強張らせた。

 

「向き合え、大和……。お前がお前自身に向き合う事こそ、お前にここまで尽くしてきた鳳翔への、最大の恩返しになるんだ……。このまま何もせず、恩を仇で返すのかよ!? 見せてみろよ! お前の勇気を……! お前の全力を、鳳翔にぶつけてやれよ!」

 

大和は目を瞑ると、一生懸命考えているようであった。

色んな思考が、大和の中で揺れている。

朧がそうだったように、潮がそうだったように、鳳翔がそうであろうとするように――その震えを止めるのは、誰でもない、自分自身なのだ。

 

「俺も勇気を出す……。力になってくれ……大和……。俺の為に……お前の為に……そして、鳳翔の為に……」

 

大和は俯き、黙り込んでしまった。

これ以上は、こいつをただ追いつめるだけになってしまうかもしれない。

 

「……先に行っているからな」

 

そう言って、俺は大和を置いて、寮を出ていった。

 

 

 

泊地に戻ると、皆が一斉に俺へ視線を向けた。

同時に、船から海軍連中が降りて来た。

 

「雨宮」

 

太い声で俺を呼んだのは、天音上官であった。

その後ろには、女性の海兵たちが……。

 

「天音上官。約束通り、女性のみで来てくださったのですね」

 

「潮君の件は聞いている。尤も、ここのいる連中は、男よりも男らしい者ばかりだがね」

 

確かに、天音上官を含め、その目は鷹の如く鋭く見えた。

 

「雨宮慎二。君の活躍に、敬意を表す。敬礼ッッッ!」

 

海軍連中が、一斉に敬礼する。

艦娘達も、思わず敬礼していた。

流石は天音上官……。

この気迫は、武蔵といい勝負かも知れないな。

 

「鳳翔」

 

「はい!」

 

「曙」

 

「はい」

 

「潮」

 

「はい!」

 

「朧」

 

「は、はい!」

 

「漣」

 

「あいあいさー!」

 

「以上、五隻です」

 

「うむ。では、五隻を船に」

 

天音上官が、そう言った時であった。

 

「あ!」

 

誰かが叫ぶ。

その声に振り返って見ると、そこには……。

 

「大和ちゃん……」

 

大和は息を切らしながら、そこに立っていた。

そして、息を整えると、じっと、俺に視線を送った。

……そうか。

 

「鳳翔」

 

「は、はい……」

 

「島を出る前に……お前に伝えなければいけないことがある……」

 

ただならぬ雰囲気を察したのか、鳳翔は真剣な表情で、俺の言葉を待った。

 

「お前は知っていると言った……。だが……俺はまだ、はっきりと伝えたことはない……。そうだろ?」

 

他の連中は、何のことだか分かっていないようであったが、鳳翔には、それが分かっているようで、俯いてしまった。

 

「鳳翔……俺は……お前の気持ちには応えられない……。この仕事と、お前への気持ちを天秤にかけても、俺は、仕事を取る……。それが、俺の決意だ……。お前が島を出ようとも……俺は……」

 

思わず閉口する。

駄目だ……。

ハッキリと言わなければ……。

 

「俺は――……」

 

皆が息を呑む。

鳳翔は唇を離すと、微笑んで見せた。

 

「言ったはずです。これが、私の決意だと」

 

「鳳翔……」

 

「……私には、最初から迷いなんてありません。でも、貴方は違ったようですね」

 

そう言われ、ハッとした。

そうか……。

俺は、勘違いしていた。

迷っていたのは、揺れていたのは、鳳翔ではない。

俺なのだ。

俺だけなのだ。

揺れていたのは、俺だけであったのだ。

 

「迷いは、消えましたか?」

 

「……あぁ。すまない……鳳翔……」

 

鳳翔は俺を抱きしめると、小さく言った。

 

「お慕いしております……。提督……」

 

俺は、何も言えなかった。

だが、それで良かったのだ。

俺は、俺で良かったのだ。

迷い、揺れる俺を、鳳翔は――。

 

「鳳翔さん……」

 

「大和ちゃん……」

 

大和は鳳翔の前に立つと、俯いてしまった。

 

「…………」

 

だが、ゆっくりと顔を上げると、精一杯の笑顔を、鳳翔に見せた。

 

「今まで……ありがとうございました……。武蔵に……よろしくお伝えください……」

 

「大和ちゃん……」

 

「大和……」

 

「大和は……大丈夫です……。これからは……提督と……上手くやっていきますから……」

 

今にも泣き出しそうな大和。

鳳翔もまた、涙を堪えていた。

 

「鳳翔」

 

「提……督……」

 

「後の事は、俺に任せろ。泣くのは、次に会った時まで取っておけ」

 

鳳翔は涙を拭うと、精一杯の笑顔を、大和に見せた。

 

「えぇ……! ありがとう、大和ちゃん」

 

そう言うと、鳳翔は大和に背を向けた。

これ以上は、野暮だよな。

 

「天音上官、行きましょう」

 

「へ? あ、あぁ……。そ、それじゃあ……」

 

五隻が船に乗り込む。

皆の――別れの言葉を背に受けながら。

 

「出港だ!」

 

船が汽笛を鳴らす。

エンジンが唸りを上げる。

 

「鳳翔さーん!」

 

「みんなー!」

 

「さようならー!」

 

船が離れるにつれ、大和の表情が崩れて行く。

 

「大和……ちゃん……」

 

だが、最後まで、大和が泣くことはなかった。

それが、あいつなりの答えであり、決意であった。

 

 

 

島を離れてしばらく、鳳翔が大号泣をしたため、俺はたまらず部屋を出てしまった。

 

「雨宮」

 

「天音上官」

 

「すごい泣き声だな。外まで聞こえて来たぞ」

 

「すみません……。私も、あそこまで泣かれるとは思っても……」

 

相当我慢したのだろうな。

俺への気持ちに迷いは無かっただろうが、大和への気持ちには、まだ未練があったようだ。

 

「そ、それよりも……。雨宮……。君に……訊きたいことがあったのだ……」

 

「はい」

 

「その……鳳翔君との……ちゅ……キ……せ、接吻は……どういう……あの……」

 

「鳳翔との接吻? 何か、まずかったですか?」

 

「い、いや……そう言う訳ではないのだが……。接吻というのは……何と言うか……然るべき関係でないとしないものであろう……? 君と鳳翔君は……そういう関係ではないようだが……」

 

「恋人という事でしょうか?」

 

「う、うん……」

 

「別に、恋人であるからキスをするという訳ではないと思うのですが……」

 

もしそうであるのなら、俺は浮気しまくりの男になってしまうが――いや、或いは既に、そういう目で見られているのやもしれないな……。

 

「そ、そうなのか……? 私……その……そういうの……分からなくてぇ……。君は……その……艦娘にモテるって聞いたのだが……。そういうのって……どんな感じなのか……教えて欲しい……」

 

「そういうのとは?」

 

「だ、だから……。ちゅ、ちゅう……とかもそうだけど……男女がそういう雰囲気になるのは……どういう時なのか……とか……」

 

顔を赤くする上官。

いつもの勇ましさから一変、恋する乙女のような表情をしていた。

 

「もしかして……意中の相手でもいるという事ですか……?」

 

「そそそ、そういうわけじゃないんだけどぉぉぉ……。なんというか……ね? ほら、私って……勇ましいイメージがあるでしょ……? でも、本当は少女漫画とか好きで――そういう話をしたいのだけれど、私は上官だし……イメージがあるしで……そういう話……出来ないから……」

 

なるほど……。

確かに、天音上官と言えば、男を泣かせてしまうほど、厳しい女性上官として知られている。

しかし、本当は恋に恋する乙女、という訳か……。

 

「私なら、その話が出来ると?」

 

「雨宮は……うちの部下たちからも評判がよくないから……私がこういう感じなんだとバラされても、誰も信じないだろうなって……」

 

かなり失礼な言い方だな……。

しかし、この感じ……どこかで……。

 

「あ!」

 

「え? な、なに?」

 

「それなら、私よりも適任がいますよ」

 

「へ?」

 

 

 

「あ、雨宮……一体どこに……?」

 

「まあまあ」

 

俺は、とある部屋の扉を叩いた。

 

「はーい」

 

中から出て来たのは、朧であった。

 

「朧」

 

「提督? どうしたんですか?」

 

「急に悪いな。実は、天音上官と話をして欲しいんだ」

 

「な!? 雨宮!?」

 

「この人と……ですか……?」

 

「あぁ。天音上官は、お前の恋の話を聞きたいそうだ。鈴木に恋をした話をしてやってくれないか?」

 

朧も上官も、困惑した表情を見せていた。

 

「頼む、朧」

 

「は、はい……。構いませんけど……。じゃあ……その……どうぞ……」

 

「上官」

 

「うぅ……。雨宮……後で知らんからな……」

 

文句を言いながらも、上官は朧の部屋へと入っていった。

趣味は合いそうだし、まあ大丈夫だろう。

……正直、乙女の顔の天音上官をずっと見ているのは、キツイものがあったしな。

 

 

 

鳳翔も泣き止み、船が本土に着く頃、俺は再び朧の部屋を訪ねた。

 

「もうそろそろ着きますよ」

 

「えー!? もう!?」

 

子供の様に言ったのは、上官であった。

 

「天音ちゃん、続きは朧が人化したらしよう? ね?」

 

「……うん。朧ちゃん……」

 

上官……すっかり仲良くなったようだな……。

というか、やはり、朧の母性が、上官のそういう部分を引き出したのだろうな……。

 

「……外に出ましょう」

 

 

 

船はやはり、屋根付きの工廠に停まっていた。

 

「五隻はあのバスに乗り込むように!」

 

先ほどとは打って変わり、上官はキリっとした表情を見せていた。

 

「あ!」

 

鳳翔が指をさす。

そこに居たのは、山風であった。

 

「もしかして……山風さん!?」

 

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

このリアクションにも、慣れたもんだ。

それでもやはり、こう、笑顔になってしまうのは何故だろう。

 

 

 

五隻を見送ると、天音上官は、俺に近づいてきた。

 

「ご苦労だったな」

 

「いえ」

 

「本部が君を呼んでいる。表彰したいのだそうだ。来てくれるか?」

 

また表彰か。

正直、かさばるだけなんだよな……。

そんな事を思っていると、上官は辺りを見渡し、俺にしか聞こえない声で言った。

 

「雨宮……ありがとう……。朧ちゃんを紹介してくれて……。私……あんなに楽しい時間を過ごしたの……初めてだった……」

 

「そ、そうですか……。それは……良かったです……」

 

「朧ちゃんが人化したら……また……話しに行ってもいいかな……?」

 

「えぇ、朧も喜ぶと思いますよ。何とか時間は作ります」

 

「あ、ありがとう。えへへ……じゃあ、行こうか……」

 

その時、ちょうど、船の準備をしていた鈴木と目が合った。

 

「おう、慎二! てめぇ、後で面貸せや! 一発殴らせろ!」

 

本気で怒っている、という訳ではなく、どこか冗談めいた言い方であった。

 

「あぁ、分かっ――」

「――貴様……鈴木だな……?」

 

上官が、鈴木を睨み付ける。

 

「あ、天音上官!?」

 

「貴様だけは……絶対に許さん……! 貴様は朧ちゃんを……朧ちゃんを……!」

 

「ななな、なんすか!? 俺、なんかしちゃいました?」

 

「あ、天音上官! 本部! 本部が呼んでいますから!」

 

「くっ……! 絶対に許さんぞ……! 鈴木ぃ!」

 

俺は何とか上官を宥めながら、本部へと向かった。

本当、色んな意味で怖いぜ……。

この上官は……。

 

 

 

それから色々と用事を済ませ、島に戻ることが出来たのは、消灯時間を過ぎた頃であった。

 

「なあ……俺……どうして天音上官に恨まれてんだ……? 俺……何もしてねぇのに……」

 

「まあ……素行が悪いせいなんじゃないか……?」

 

朧の事で怒っている……なんて、流石に言えなかった。

鈴木は、俺を殴ることも忘れ、ただただ、天音上官に怯えているようであった。

 

「昔、泣かされたことがあんだよなぁ……。慎二ぃ……お前からなんとか言っといてくれよ……」

 

「あ、あぁ……分かったよ……。お前も、普段から気を付けておけよ。色々とな……」

 

涙目で島を離れる鈴木を、俺は敬礼をして見送った。

 

 

 

家へと向かおうと歩いていると、寮の方から人影が……。

 

「大和……?」

 

大和は会釈をすると、付いて来いとでもいうように、海辺の方へと歩き出した。

 

 

 

月の綺麗な夜であった。

波は静かで、風は穏やかに吹いている。

 

「して、どうした?」

 

大和は立ち止まると、海を望んだ。

 

「鳳翔さん……無事に辿り着きましたか……?」

 

「……あぁ。本土に着くまで、大声で泣いていたよ」

 

大和も同じなのか、目の辺りが真っ赤であった。

 

「……どうしてあの時、鳳翔を止めなかった?」

 

大和は俯くと、少し考えるようなそぶりを見せ、俺の方へと視線を向けた。

 

「それが……私の決意だったから……」

 

大和の……決意……。

 

「本当は、駆け付けたその時まで、鳳翔さんを止めるつもりでした……。でも、鳳翔さんの真の決意を聞いて、目が覚めました……。あの人は、最後の最後まで、貴方の事を想っていた……。貴方がフる態度を見せても……迷っている貴方を救う事に力を注いでいた……。自分の事ではなく、貴方の為に決意したんだって……心の底から理解できたから……」

 

「お前も、鳳翔の為に……と?」

 

大和は何も言わなかった。

 

「……そうか」

 

永い沈黙が続く。

大和は俺の前に立つと、じっと、目を見つめた。

 

「大和……」

 

「貴方をここに呼んだのも……大和の決意を知って貰う為です……」

 

「お前の決意を……?」

 

「えぇ……。私は……貴方と真剣に向き合う事を決めました……。今までは……ずっと……逃げるような事ばかりしてきたし……鳳翔さんに言われるがまま、行動していました……。でも……」

 

月明りが、俺たちを照らす。

綺麗な瞳の中に、はっきりと、俺が映っていた。

 

「これが……大和が出来る……鳳翔さんへの恩返しだから……。大和にしかできない……恩返しだから……」

 

大和は、いつか渡したカッターナイフを取り出すと、それを海へと投げ捨てた。

 

「提督……」

 

そして、万年筆を取り出すと、言った。

 

「もう一度……私と文通してくれませんか……?」

 

「大和……」

 

俺がゆっくりと手を伸ばすと、大和はそれを取り、万年筆を渡した。

 

「……いいのか? いくら鳳翔の為とは言え、辛くないか……?」

 

そう言ってやると、大和はそっぽを向き、小さく言った。

 

「建前だって……分からないんですか……?」

 

「え?」

 

再び永い沈黙が続く。

まさか……。

いや……しかし……。

 

「今は……これが精いっぱいなんです……。これでも……頑張った方なんですから……」

 

大和がチラリと俺を見る。

俺は、ただただ、呆然とすることしかできなかった。

 

「……何か言ってくださいよ」

 

「い、いや……。その……急なことに困惑していると言うか……」

 

俺は深呼吸をしてから、大和に向き合った。

 

「その……嬉しいよ……。ただただ、嬉しいよ……」

 

「……ふふ、なんですか、それ」

 

「フッ……なんなんだろうな」

 

大和は初めて、俺に向けた笑顔を見せてくれた。

それが、なんとも可愛らしく見えて、俺は――。

 

「……これから、よろしくお願いいたします。提督」

 

「……あぁ、よろしくな。大和」

 

差し出した手を、大和は躊躇なく握ってくれた。

今まで踏み出したどの一歩よりも、大きな一歩に感じた。

俺は生涯、この日の事を忘れることはないだろう。

それを裏付ける表情が、俺の目の前にはあった。

そして、俺の表情もまた、きっと――。

 

 

 

鳳翔たちの人化が済んだのは、その数日後の事であった。

 

 

 

残り――13隻

 

 

 

――続く

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