不死鳥たちの航跡   作:雨守学

24 / 35
第24話

「寂しくなっちゃったわね……」

 

そう言って、暁は食堂を見渡した。

 

「残る駆逐艦は、私たちを含めて8隻……。司令官が来た頃と比べたら、島を出た艦娘の方が多くなっちゃったわね……」

 

「なのです……」

 

皆の声は、とても暗かった。

本当は分かっている。

皆も、島を出たいんだって……。

でも……。

 

「…………」

 

誰も、そんな事は口にすらしない。

きっと、私に気を遣っているんだと思う。

 

「鳳翔さん……元気かしら……?」

 

「…………」

 

このまま、気を遣わせるくらいなら……。

 

「響?」

 

「みんな……。話があるんだ……」

 

私は――。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「推定年齢……二十歳!?」

 

驚く俺に、鳳翔はどこか、恥ずかしそうにしていた。

 

「私も驚きました。まさか、そんなに若いだなんて」

 

鳳翔たちの人化から数日。

皆の推定年齢が判明した。

 

「推定年齢二十歳って事は……」

 

あの鹿島よりも若いって事か……。

 

「お前の推定年齢については、かなり揉めたのだと、聞いてはいたが……」

 

「それにしては若すぎますよね」

 

確かに、肌質などは若くは見えるが……。

性格も、時々ではあるが、幼い様子もあった。

しかしそれは、あくまでも時々であって、普段の鳳翔は、もっと……。

 

「提督とは、少しだけ、歳が離れてしまいましたね」

 

少しだけ……なのか?

鳳翔はじっと、俺の目を見つめた。

 

「鳳翔?」

 

「提督、私、二十歳ですって」

 

「ん? あぁ……」

 

「二十歳ですよ? 私、二十歳です」

 

「いや……なんだよ? 二十歳だからなんだってんだよ?」

 

「ふふ、私、聞いちゃったんです。二十歳って、男の人にとって、より魅力的に感じる年齢なんだって」

 

何処情報だ……そりゃ……。

 

「人によるだろ……。誰に吹き込まれたのかは知らんが、全てがそうとは限らんぞ」

 

「提督はどうなんです?」

 

「俺は別に、いくつであろうとも……」

 

「年上の方が好みですか?」

 

「だから、そういう訳では……」

 

「へぇ……」

 

鳳翔は何故か、とても悪い顔を見せた。

 

「私、体は二十歳ですけれど、心は提督よりも大人だと自負しています」

 

「……なにが言いたいんだ?」

 

「艶のある果実の中身が、しっかりと熟されていたら……どう思います?」

 

細い目で俺を見る鳳翔。

そういうことか……。

 

「俺にはまだ、青すぎるように見えるが?」

 

「なら、中身を確認してみます?」

 

肩を露出させる鳳翔。

 

「……はぁ。分かったよ……。参ったから……その誘惑をやめろ……」

 

「ふふふ、はぁい」

 

とても嬉しそうにする鳳翔。

確かに、この笑顔は二十歳だな……。

 

「今日から寮に行くんだろ?」

 

「はい。潮さん達は、まだみたいですけれど……」

 

七駆の連中は、潮のメンタルケアの関係上、寮への進出はまだ先になるとのことだ。

潮以外の連中には必要のない事ではあるのだが、本人たちの強い希望で、一緒に隔離されているようだ。

 

「俺もこの後、寮へ行く予定があるんだ。良かったら、一緒に行くか?」

 

「よろしいのですか?」

 

「あぁ。許可は貰っている。そうだよな? 山風」

 

そう言ってやると、山風は、まるで悪事を暴かれた子供が如く、申し訳なさそうに部屋へと入って来た。

 

「なんで分かったの……? あたしが外にいるって……」

 

「一向に迎えに来ないものだから、聞き耳でも立てているのやも知らんと思ってな。しかし、まさか、本当に聞き耳を立てていたとはな」

 

「だって……気になるんだもん……。鳳翔さん、ずっと雨宮君の話しかしないし……。なんだか、ただならぬ関係のような感じがして……」

 

「ただならぬ関係ってなんだよ?」

 

「こういう関係の事ではないですか?」

 

そう言うと、鳳翔は、俺に寄り添って見せた。

 

「おい」

 

「いいじゃありませんか。いつものように……ね?」

 

山風はムッとした表情を見せると、俺を睨み付けた。

どうしてこう、俺ばかり睨まれるんだ……。

 

「うふふ、冗談ですよ。でも、今ので分かりました。山風さんは、提督の事が好きなのですね」

 

山風はそれに、何も言わなかった。

だが、鳳翔は何かを確信したようであった。

 

「ただならぬ関係なのは、どうやらそちらのようですね」

 

「痛っ!?」

 

鳳翔は俺の腕を抓ると、唇を尖らせて、ベッドを降りた。

 

「準備いたします。着替えもしなければいけませんので、少々お待ちください」

 

「あ、あぁ……分かった……」

 

「手伝います」

 

「えぇ、ありがとうございます」

 

二人が俺を見る。

 

「あら、提督。私が着替えているところ……見たいのですか?」

 

「雨宮君!」

 

「あ、わ、悪い……。今、出ていくよ……」

 

慌てて部屋を出る。

やれ……。

島を出て、センチになっているものだと思っていたが……どうやら杞憂だったようだな……。

 

「しかし……」

 

『艶のある果実の中身が、しっかりと熟されていたら……どう思います?』

 

「果実だけに……甘い誘惑、だな……。ははっ……」

 

余裕がある訳ではない。

ただただ、笑うしかなかったのだ。

 

 

 

寮を出る頃には、もうすっかり陽が落ちていた。

 

「じゃあ、また来るよ」

 

「えぇ、皆さんにもよろしくお伝えください」

 

「最上も、一人で大変だろうが、皆の事、よろしくな」

 

「大丈夫。鳳翔さんも来たことだしね。任せてよ」

 

皐月たちは、まだ隔離棟を出ていないようであった。

どうやら、発情期の動物のように暴れているらしい。

見舞いにも行けないし、今はただ、無事に帰ってくることを祈るしかないよな……。

 

 

 

船を待っていると、天音上官がやって来た。

 

「雨宮、ここにいたのか」

 

「天音上官」

 

「今、隔離棟から帰ってきたところだ。七駆の皆は、元気にやっているよ」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

天音上官は、隔離棟の管理責任者でもある。

七駆を隔離棟で保護しようと提案したのも、天音上官であった。

 

「皐月たちはどうですか?」

 

「望月君は安定しているが、皐月君と卯月君は、まだ不安定だ……。特に、皐月君の暴れっぷりは凄まじくてな……。怪我をしないよう、手足を拘束している状態だ」

 

手足を拘束……。

そこまで深刻な状況なのか……。

 

「案ずるな。直に落ち着くさ。それよりも、島の方はどうだ? 鳳翔君がいなくなって、何か動きはあったか?」

 

「皆、忙しそうにしていますよ。鳳翔が居なくなって、悲しむというよりも、自分たちがしっかりしなければいけないと、積極的に働いています」

 

「しっかりしているな。しかし、あまり自立性を持たせぬことだ。鳳翔君がいなくなった今、跡を追おうとする者も増えるはずだ。鉄は熱いうちに叩くに限る」

 

「心得ております」

 

「うむ。さて、私はこれにて……」

 

「慎二、待たせたな!」

 

船から声をかける鈴木。

天音上官の目が、一気に厳しいものとなった。

 

「げっ……天音上官……」

 

「鈴木ぃ……」

 

天音上官、未だに鈴木の事を……。

上官を宥めようと、間に入ろうとした時であった。

 

「ふんっ……」

 

上官はそっぽを向くと、そのまま本部の方へと去って行った。

 

「あ、あぶねー……。今日は機嫌のいい日だったか……」

 

「鈴木、お前、未だに嫌われているんだな」

 

「そうらしい……。ったく、最近は大人しくしているってのによ……」

 

鈴木は未だに、なぜ天音上官に嫌われているのか分かっていないようであった。

説明してもいいが、天音上官に睨まれている方が、姿勢を正すいいきっかけになるだろうしな……。

鈴木にとっては、いい薬だ。

 

 

 

船はゆっくりと、島を目指した。

 

「鳳翔ってのは、いい女だよな。この前、話す機会があってさ。推定年齢の割には大人びていて、大和撫子って感じがしたぜ。お前の事を話してやったら、嬉しそうにしていたよ」

 

「そうか。しかし、お前にとっては、少しばかり若すぎるんじゃないのか?」

 

「あの手の女は、年齢を重ねれば重ねるほど、いい女になっていくもんだ。投資よ、投資。ああいう女と結婚したいもんだぜ」

 

「フッ、香取さんはどうすんだよ?」

 

そう言ってやると、鈴木の表情が曇った。

 

「どうした?」

 

「いや……。俺、香取に嫌われているんじゃないのかって思ってな……」

 

「嫌われている?」

 

「あぁ……。気持ちを伝えただろ? その日から、会う機会が少なくなってな……。本部にも、俺がいない時間帯を選んで来ているようなんだ……」

 

「避けられている……ってことか?」

 

「多分な……」

 

香取さんが鈴木を……。

確かに、最近は、一緒に居るところを見るどころか、姿さえ見ていない。

 

「嫌われている……というよりも、気を遣われているんじゃないのか? 告白、はぐらかされたんだろ? 香取さん的にも、自分よりもいい人を見つけて欲しい……って気持ちがあるんじゃないのか?」

 

「だとしても、だ……。避けられていることには変わりはねぇ……。告白をマジに受け取っていたとしても、実質、無いと言われているようなもんだ……」

 

肩を落とす鈴木。

本当に無いのであれば、香取さんはハッキリと断るはずだ。

それが出来ないという事は、俺と同じように――。

 

「でも、諦めるつもりはない……そうだろ?」

 

「どうかな……。今回ばかりは、流石に落ち込んでいるぜ……。朧と潮の告白を受けて、俺も色々考えたのよ。ここまでアプローチしても駄目であるのなら、引き際ってのも考えないといけないのかなってさ……」

 

「珍しく弱気だな」

 

「将来の事も考えているからな……。遊びではなく、真剣なんだ……」

 

「そこまで想っているのなら、簡単に諦めるなよ」

 

「てめぇにだけは言われたくねぇ台詞だ。けど、まあ、そうだな……。もう少しだけ考えてみる……。はぁ……はっきりと嫌いだって言われた方が、諦めもつくもんだがな……」

 

俺はそれに、返事をすることが出来なかった。

ハッキリと……か……。

 

 

 

島に着くと、敷波が俺を出迎えてくれた。

 

「おかえり、司令官」

 

「おう。今日はお前なのか」

 

最近は、本土から帰ってくるたびに、誰かしら迎えに来てくれていた。

 

「うん。本当は暁ちゃんの番なんだけど……ちょっと……」

 

「ん?」

 

 

 

食堂へ入ると、すぐにその異変に気が付いた。

 

「あ、提督……」

 

「大淀、こりゃ一体……」

 

第六駆逐隊が、響とそれ以外で、離れて座っていた。

 

「喧嘩した……と聞いているが……」

 

「えぇ……。どうやら響ちゃんが、自分だけが島に残るから、皆は島を出ていいと言ったようで……」

 

「その発言が原因で、こうなったと?」

 

「暁ちゃん達は反対したようですが、響ちゃんは頑なだったようで……」

 

ヒートアップした結果……という訳か……。

 

「状況はそんな感じです。いかがいたしましょうか?」

 

「とりあえず、様子を見よう。あくまでも、当人たちの問題だ。変に介入してもいけないしな。明日以降も同じ状況が続くようであれば、動くことにする」

 

「分かりました」

 

喧嘩……か……。

おそらく響は、暁たちが島を出たがっていることを察して、気を遣って言ったのだろうな……。

確かに、鳳翔が出て行ってからの六駆は、少し様子がおかしかったしな……。

響が気を遣ったって事は、やはり暁たちは……。

そして、響は……。

 

 

 

消灯時間近くになると、大和が執務室を訪ねて来た。

 

「大和」

 

「ノートを……」

 

そう言うと、大和はノートを手渡した。

あれからほぼ毎日、大和との文通は続いている。

以前の暗号のような文通ではなく、心の通った文通だ。

 

「わざわざ悪いな」

 

「いえ……」

 

いつもなら、ここで立ち去る大和であるが、今日は違った。

 

「どうした?」

 

「……第六駆逐隊の件、どうなさるおつもりなんですか?」

 

「どう……って……。とりあえず、様子を見ることにしたが……。何か、あるのか?」

 

「いえ……」

 

黙り込む大和。

六駆の事を気に掛けるとは、珍しい。

 

「鳳翔さんは……どうですか……? 元気にしていますか……?」

 

「あぁ。元気だったよ。今日から、皆と一緒に寮で暮らすことになった」

 

「そうですか……」

 

再び黙り込む大和。

一向に立ち去ろうとしないところを見るに、何か言いたいことでもあるという事だろうか……?

 

「……そろそろ消灯時間だ。家へ戻る前に、少しだけ散歩をしていこうと思うのだが、お前もどうだ?」

 

試すように言ってやると、大和は少しだけ躊躇った後「準備をしてきます」とだけ言い残し、部屋を去って行った。

 

「……マジで来るのか」

 

 

 

門の前で待ち合わせ、俺たちはゆっくりと海辺の方へと歩き出した。

 

「今日は冷えるな。昨日は暖かかったのに」

 

「そうですね……」

 

大和は終始、俯いていた。

何か話したいことがあるのは確実だろうが、中々切り出せない……と、いったところか……。

 

「もうすぐ桜が咲くな。そうしたら、皆で花見でもしようと思っているんだ。どうだろう?」

 

「いいと思います……。毎年、やっていることですし……。皆さんも、楽しみにしていると思いますよ……」

 

「なら良かった。本部に申請して、色々調達してこよう」

 

会話終了。

気を遣って話題を振ったのだが、却って話しにくくなってしまったのだろうか?

少し、黙ってみるか……。

 

「…………」

 

「…………」

 

波の音が徐々に大きくなってゆくだけで、会話を切り出そうとする仕草さえ、大和には無かった。

もしかして、特に理由はなかったのか?

無理やり連れだしてしまった……ということか?

 

「大――」

「あの――」

 

言葉が重なる。

 

「な、なんだ?」

 

「い、いえ……。あの……そちらから……どうぞ……」

 

「いや……俺は別に……。なんというか……つまらない話題だから……」

 

「わ、私も似たようなものですから……」

 

沈黙が続く。

俺たちはお互いの表情を確認すると、思わず笑ってしまった。

 

「フッ、考えることは一緒であったようだな」

 

「そのようですね」

 

どうやら『コリ』が取れたようで、大和は肩の力を抜いた。

 

「して、どうした? 何か、話があったように思えたのだが?」

 

「いえ……。何か話がある……という訳ではなくて、少しだけ……お話しができる時間があったら……と思いまして……」

 

「お話しができる時間?」

 

「えぇ……」

 

大和は大きな流木に座ると、隣に来るよう促した。

 

「なんでもいいんです……。大和と……お話ししてくれませんか……?」

 

俺を見つめるその瞳は、月の光に照らされているせいか、まるで宝石のように煌めいていた。

 

 

 

海は少しだけ荒れていた。

 

「嬉しい反面、どうしてなんだろうと思っているよ。理由を訊くのは、無粋なことだろうか?」

 

「どうでしょう……? でも……訊いてみたらいいじゃないですか……?」

 

大和から何故か、大淀みを感じる。

 

「……どうして俺と話す気になってくれたんだ?」

 

「さあ……何故でしょう……?」

 

「おい……」

 

大和は小さく笑うと、海を望んだ。

 

「文通でも良かったのです……。でも……いつまでもそれだけでは駄目というか……。文通以外が素っ気なくなると言うか……」

 

確かに、あれ以来、大和と文通以外で話すことは少なくなった。

尤も、その距離感が普通であったから、特に何も思わなかったのだが……。

 

「それに、貴方の文章は……何と言うか、凄く下手だから……」

 

「……そりゃ悪かったな」

 

「いえ……。悪いわけではなくて……。その……あまり、貴方らしくないと言うか……。他人行儀な感じがして、意味が無いと言うか……」

 

何か言葉を隠すように、大和の口調は、しどろもどろであった。

 

「俺の事を、ちゃんと知りたいと思ってくれた……という訳か?」

 

「……本当、無粋な人ですね」

 

そう言う大和の表情は、どこか嬉しそうであった。

無論、俺も同じで――。

 

「そうか……」

 

「えぇ……」

 

永い沈黙が続く。

それでも、何故かそれが心地よくて――それは、大和も同じようで――。

言葉のない交流が、これほどまでに心の通ったものだとは、思ってもみなかった。

 

「……昔」

 

「…………」

 

「戦時中の話です……。私は、艦隊決戦の切り札として、ある島に隔離されていました……。誰もいない場所で、ずっと、一人で過ごしていたのです……」

 

大和は思い出すようにして目を瞑ると、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 

 

 

あの頃の私は、今と同じように、人間を恨んでいました。

――というよりも、怖かったのです。

艦隊決戦の切り札とは言え、出撃も無く、ただただ大食いのお荷物でしたから――人間たちからは、色々と酷い事を言われていました……。

 

『的にでもなって、沈んでくれた方がマシだ』

 

いっそのこと、そうしてくれた方が楽だと、思ったこともあるくらいです。

だから、島に隔離された時は、気持ちが楽でした。

このまま、誰にも迷惑をかけず、誰にも気にかけられず『活動停止』になったら……と……。

 

 

 

そんなある日の事でした。

あの人達がやって来たのは……。

 

「見てみて吹雪ちゃん! これ、ヤシの木ってやつじゃないの!?」

 

人間の女と――。

 

「も、もう! 佐伯さん! あまりはしゃがないでください!」

 

もう一人の少女――それが、吹雪さんでした。

自分以外の艦娘を見たのは、それが初めてでした。

 

「あ! 佐伯さん! あれ! あの方が大和さんでは!?」

 

「あ、本当! おーい! 大和ちゃーん!」

 

 

 

 

 

 

「吹雪さんと初めて接触したのは、その島での事であったのか」

 

「ご存じなかったのですか?」

 

「初めて接触した艦娘が、吹雪さんであったというのは知っていたが……。しかし、凄い出会いであったな。その佐伯って人は知らないが、中々に図々しい感じだな」

 

「貴方も似たようなものでしたよ。島に来て、大淀さん達に睨まれながらも、寮に向かって大声で挨拶をしたではありませんか」

 

確かに、そうであった……。

島に来たばかりの俺は、少し――いや、大分調子づいていたからな……。

 

「……人間が嫌いな私にとってもそうでしたが、あんなに図々しい人間を見たことがありませんでしたから、とても警戒しました」

 

大和はハッとすると、訂正するように「佐伯さんの事です」と付け加えた。

 

「――ですから、最初の内は、話すどころか、顔を合わせようともしませんでした」

 

 

 

 

 

 

それでも、佐伯さん達はとてもしつこくて――。

 

「ねぇねぇ大和ちゃん! ほら! ヤシの葉でスカート作ってみたよ~」

 

「佐伯さん! 下着がチラチラ見えていますから! って言うか、なんで脱いじゃったんですか!?」

 

「脱がないとスカートにならないじゃない?」

 

「もう……! ごめんなさい大和さん……。お見苦しいものを……」

 

「私の下着姿が見苦しいと申すか!? 吹雪ちゃんだってぇ……ほら! ズロースじゃない! 駄目よ! 可愛い女の子がそんなんじゃ……。時代は、おパンチーよ、おパンチー」

 

「そ、そうなんですか? おパンチー……」

 

変な人たちでした。

大和がいくら無視しようとも、いつもいつも明るくて、いつもいつも同じテンションで――。

 

「大和ちゃんは何穿いているのかなぁ? オヂチャンに見せてごらん……うへへ……」

 

「佐伯さん!」

 

本当……おかしな人たちでした……。

 

 

 

そんな事が続いたある日の事でした。

いつもお道化ていた二人――尤も、吹雪さんだけは真面目にやっていましたが――その二人が、真面目な表情で、私に話しかけて来たのです。

 

「大和ちゃん」

 

私はいつものように、無視をしていました。

 

「大和ちゃんは手ごわいねぇ。普通の艦娘だったら、怒ったり、笑ったり――何かしらのリアクションがあるものだけれど……。感情を表に出せないほど、人間たちが……ううん……私たちが、貴女に酷い事を言って来たのね……。私、ここまでだとは思ってもみなかったよ……。ごめんね……」

 

しおらしくする彼女に、心が痛くなりました。

この人が私を傷つけた訳じゃないのに……って……。

でも、所詮、この人も同じ人間なのだと、自分に言い聞かせました。

 

「でも、それでも私たちは、貴女の事が知りたいの。話すことが嫌だというのなら、まずは文通から始めない?」

 

そう言って、彼女は、ノートを一冊、私に渡しました。

 

「って、これじゃあ交換日記か……」

 

不安そうな表情で笑う彼女。

吹雪さんも、どこか――。

 

「……お返事、待ってるね。じゃあ」

 

 

 

 

 

 

大和はじっと、俺を見つめた。

俺も、同じように。

お互い、なにが言いたいのか、分かっていた。

分かっていたからこそ、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

それから数日間、二人は私に話しかけるのをやめました。

顔を合わせても、お辞儀をするくらいで――私から返事があるまで、そうする気だったのでしょうね……。

絶対に返事なんか書かない。

そう思っていた。

そう思っていたのに――。

 

「…………」

 

ノートを開いてみたのです。

そこには、佐伯さんから私に宛てたであろうメッセージが――たった一行だけ、書かれていました。

 

『島の南西にテッポウユリが咲いていた』

 

意味が分かりませんでした。

もっと、こう、私との交流を促すような文章が書かれているものだと思っていましたから。

これじゃあ、本当に日記です。

 

「島の南西に……テッポウユリ……」

 

島の南西へは、海辺の岩場を越えて行かなければなりません。

私でさえ、危険だと判断し、その先へは行ったことが無かったのに。

本当、変な人たち。

 

「……なんなのよ」

 

 

 

それから、ずっとその事ばかりを考えるようになりました。

どういう意図があるのかだとか――色々と。

放っておくことも出来たはずなのだけれど――今思えば、それも佐伯さんの作戦だったのかもしれません。

 

「島の南西……か……」

 

これは別に、あの人たちに乗せられたから行くわけじゃない。

ただ、テッポウユリが気になるだけだから。

そう自分に言い聞かせ、私はその場所へと向かう事にしました。

 

 

 

岩場を越えて行くと――。

 

「こんな場所、あったのね……」

 

草原のような光景が広がっていました。

そこに何輪か、テッポウユリと思わしき花が咲いていて――。

 

「ぐすっ……」

 

その近くで、吹雪さんが泣いていました。

 

「あ……」

 

吹雪さんは私に気が付くと、隠すように涙を拭いて、私に笑顔を見せました。

 

「大和さん! どうしてここに?」

 

私が答えないでいると、吹雪さんは事情を察したようで――。

 

「……なるほど。佐伯さん……ですか……」

 

否定しようにも、言葉が出なかった。

それは、その通りだったというのもあるけれど、吹雪さんの涙の意味が分からなくて、動揺していたのもありました。

 

「あの人、私がここで泣いていることも知っていたんですね……。本当、凄い人だなぁ……」

 

「……どういう意味ですか?」

 

やっとの事で出た言葉。

それが、私と吹雪さんが初めて取ったコミュニケーションでした。

 

「あの人が書いたノートに、ここの事が書いてあったのではないですか?」

 

「……えぇ」

 

「やっぱり……。実は、この場所……佐伯さんには言っていないんです……」

 

「え?」

 

「ここは、私が落ち込んだ時とか、一人になりたい時とか――そういう時に、来る場所なんです。こんな所、わざわざ来ようと思わなければ、来られないはずの場所ですから……」

 

吹雪さんは座り込むと、悲しそうな表情で海を望みました。

 

「私は……戦う為に生まれてきました……。けれど、戦場では足手まといになってしまっていて――戦う事を許されず、こうしてここに連れてこられたのです……」

 

のちに知った事ですが、吹雪さんが連れてこられた理由は、そういう事ではなかったようでした。

でも、吹雪さんはそれを本気で信じていて――。

 

「私は人の為に戦いたいのに――私が生まれて来た意味って何なんだろうって……。きっと、佐伯さんも、私の気持ちを知っていたんだと思います……。でも、あの人は人間だから、その気持ちが分からなくて――それでも、理解してあげたいと思っていて――だから、同じ艦娘である貴女を、ここに送ったのだと思います……」

 

正直、そこまで考えるような人だとは思えませんでした。

吹雪さんの考えすぎなんじゃないかって。

 

「……本当、駄目ですよね。私は、佐伯さんと共に、大和さんの心のケアに来たのに……。私が気を遣われちゃうだなんて……。私……なんで生まれてきちゃったんだろう……」

 

吹雪さんは再び、ぽろぽろと涙を流していました。

私は、その涙に――。

 

「……そんなに重要なことでしょうか?」

 

「え……?」

 

「人のために戦う事……。それが、そんなに重要なことでしょうか……? 大和には……分かりません……。人間だって、別に、何か目的があって生まれてきた訳じゃないはずです……。艦娘だって同じはずでしょう……?」

 

「でも……私は兵器ですから……。戦う為に生まれて来たはずですから……」

 

「もしそうだとしたら、戦場に出せないという時点で、貴女は解体されているはずです……! でも、貴女はここにいる……。あの佐伯という人間だって、貴女が必要だと思ったから、私をここに寄越したのではないのですか!?」

 

吹雪さんにぶつけた言葉は、全て、自分が欲しかった言葉だったのだと思います。

それに気が付いたのは、もっと後の事でしたが……。

 

「ただの兵器に、心なんてないはずです……。でも、私たちには心がある……。人間と同じように……。だから……貴女は……」

 

不思議に思いました。

私の目からも、ぽろぽろと涙があふれていたのですから。

胸が締め付けられるような――何かが込みあげてくるような――初めての感覚でした。

 

「大和さん……」

 

吹雪さんは立ち上がると、私をそっと抱きしめました。

 

「大和さんも……そうだったのですね……。今……やっと分かりました……」

 

「別に……っ……私は……」

 

「ありがとうございます、大和さん……。私、初めて、生まれてきて良かったって思いました……。大和さんも……同じだと嬉しいです……」

 

その言葉に、私は――。

あんなに泣いたのは、後にも先にも、あの時だけでした。

 

 

 

それからは、吹雪さんの提案で、文通をするようになりました。

最初は恥ずかしくて、同情でやってあげているんだって気持ちでいたのですが――。

 

『それから、島の外では――。きっと、大和さんも気に入ると思いますよ! いつか、一緒に見に行きましょうね!』

 

吹雪さんの文章には、心があって――あんなにも小さいのに、しっかりしていて――いつしか、吹雪さんとの文通に夢中になっていました。

それだけではなく――。

 

「あ、大和さん!」

 

「吹雪さん……」

 

「よかったぁ。ここに居たら会えるかなって。えへへ。良かったら、お話ししませんか?」

 

顔を合わせて話すことも、出来るようになりました。

そうしてゆく内に、私は、吹雪さんを尊敬するようになって行きました。

戦場での経験も、生まれた年も――何もかもが、私よりも先輩であるのにもかかわらず、とても謙虚で――私なんか、子供のようで――小さいのに、とても大きな存在なんだって――そう思ったのです。

 

「私も戦艦だったら、もっと活躍できたのかなぁ……」

 

「そんなこと……。吹雪さんは、今のままでも立派です! 人間たちが、吹雪さんの実力を見誤っているだけです!」

 

「あはは……。ありがとうございます。でも、現実はこうですから。私なんかよりも、大和さんに活躍して欲しいです!」

 

「わ……私……! 吹雪さんが一緒じゃないと、出撃しません!」

 

「えぇ!? そ、それは駄目ですよ!」

 

完全に、吹雪さんに依存していました。

初めて心を開くことが出来る人でしたから――。

 

 

 

 

 

 

大和は寂しそうに、遠く、海を見つめていた。

何を考えているのか――いや、何を想っているのかは、分かっていた。

そして、俺も同じように、海を望んだ。

想う姿は違えど、確かにそこに、彼女はいた。

 

 

 

 

 

 

……そんな日々を謳歌していた、ある日の事です。

 

「そんな……」

 

「今度の作戦に、旗艦として起用されました。なんでも、変則的な艦隊になるようで……。まさか、駆逐艦が――それも、私なんかが旗艦になれるだなんて」

 

それはつまり、別れを意味することになります。

そんなのは嫌だと言いたかった。

けれど、彼女の夢を壊す事なんて、私には出来なかった。

 

「……おめでとうございます! 吹雪さん!」

 

「大和さん……。ありがとうございます! えへへ」

 

眩しかった。

私に見せる、いつもの笑顔よりも――。

 

「私はいなくなりますけど、この島には、まだ、佐伯さんがいます」

 

「…………」

 

「……大和さん。佐伯さんに、会ってはくれませんか? もし、大和さんがその気になってくれたのなら、私は、気兼ねなくここを去ることが出来ると思うのです。どうか、私の最後の我が儘を……きいてはくれませんか……?」

 

「…………」

 

「大和さん……」

 

「……分かりました」

 

吹雪さんが島を出るまででいい。

そう思い、了承しました。

 

 

 

「佐伯さん」

 

「お、来たねぇ」

 

ここ最近は顔を合わせていなかったせいか、佐伯さんは少し痩せて見えました。

 

「私が居ては意味がありません。あとはお二人で」

 

そう言って、吹雪さんは部屋を出て行ってしまいました。

 

「まるでお見合いの仲人みたい」

 

場を和ませようと言ってくれたのでしょうが、私はただ、睨むことしかできませんでした。

 

「……随分、吹雪ちゃんに入れ込んでいるようだね」

 

「これも、貴女の作戦だったという訳ですか……?」

 

「そうだと分かっていながら、付き合ってくれたんだ。優しい所があるんだねぇ、大和ちゃん」

 

初めて会った頃とは違って、どこか怖さを感じました。

――そう、貴方と同じです。

二人っきりになって、遠慮がなくなって――けどもそれは、お互いを信用している証拠でもあって――尤も、その時は気が付きませんでしたが……。

 

「吹雪ちゃんが島を出るまで……そう思っているのでしょうけれども、吹雪ちゃんが島を出た後も、ここの事は彼女の耳に届くようにしているから、本気で心配させたくないと思っているのなら、私を無視し続けることは出来ないよ」

 

「吹雪さんを利用するのですか……」

 

「それが人間だよ。貴女の嫌いな人間。そして、あの子が守ろうとしている存在よ」

 

私は思わず、彼女の胸倉を掴んでしまった。

少しは動揺を見せるものだと思っていたのだけれど、彼女は違った。

 

「殺すの……?」

 

「…………」

 

「やってみろよスカタン……。私は、てめぇみたいな戦場にも出た事のねぇクソガキに殺されるほど、ヤワじゃねぇぞ……」

 

瞬間、私の体は、宙を舞っていました。

そして、気が付くと、天井が見えていて――。

 

「どうしました!? なにか、凄い音がしましたが!?」

 

駆け付けて来た吹雪さんに、佐伯さんはいつもの笑顔を見せていました。

 

「あはは、なんか、大和ちゃんが躓いちゃってさぁ……」

 

「そうでしたか……。大丈夫ですか?」

 

「……えぇ」

 

「もう! 佐伯さん! だから部屋を片付けてくださいと、何度も言ったじゃありませんか!」

 

「ごめーん!」

 

 

 

 

 

 

そこまで言うと、大和は小さく笑って見せた。

 

「どうした?」

 

「いえ。本当、貴方と同じところがあるなと思いまして。人間で艦娘を投げ飛ばしたのは、貴方と佐伯さんくらいでしょうね」

 

微笑む大和の表情に、俺は何故か、恥ずかしくなってしまった。

 

「し、しかし……なんというか、裏表の激しい人だったのだな……。その佐伯さんってのは……」

 

「男社会の時代に、海軍にいた訳ですからね。元々、荒くれた人だったそうです。しかし、今でいうところのロリコンでもあって、吹雪さんには甘々になっていたそうです」

 

「なんというか……設定モリモリだな……」

 

性格にギャップがあるという点では、天音上官に似ているやもしれんな。

 

「結局、吹雪さんに心配かけるのはいけないと思い、交流することにしたのです。吹雪さんと同じように、文通から……。それでも、彼女の書いてくる文章は、いつも不可解なもので――」

 

 

 

 

 

 

『ヤシの木の下に、漂流物があった』

 

『裏山のてっぺんに、大きな石があった』

 

『家の軒先に、鳥の巣があった』

 

見た物をただ書き出しただけの文章ばかりでした。

文通になっていません。

尤も、私の返信も、似たようなものでしたが……。

 

「一体、何の意味があるのかしら……」

 

とにかく、吹雪さんが出て行ってしまって、特にやることもありませんでしたし、私は書かれていた場所へと向かう事にしました。

何か意味がある。

吹雪さんの時のように――。

けれど――。

 

「…………」

 

数日経っても、これといって佐伯さんからアクションはありませんでした。

書かれた場所には、書かれていた物しかなくて――どうしてこんな物を、どうしてこんな景色を書いたのだろうと、考えるようになりました。

 

 

 

やがて、書くこともなくなってゆき――それは、彼女も同じだったようで、何かないかと島を散策している途中、佐伯さんと鉢合わせました。

 

「大和ちゃん。奇遇だね。やっぱり、もうここしかないよねぇ。私たちが来たことない場所って」

 

彼女が何を言いたいのか、私には分かっていました。

それと同時に、彼女の思惑も理解できた。

 

「これが貴女の狙いだったわけですね……」

 

「うん。そうだよ。でも、大和ちゃんが律儀に付き合ってくれたから、成り立ったってのもあるけれどもね」

 

彼女は知っていたのです。

いずれ、題材も尽き、この場所を訪れることになろうと。

 

「文通にあった場所を訪れる度に、思ったものだよ。貴女はここに居たんだって。言葉はなくても、いつだって、こうやってお互いを感じていた。そうでしょう?」

 

私は答えませんでした。

その通りだったから――。

 

「人間嫌いな貴女が、私が何を考えているのかを真剣に考えていた。先入観を捨て、何か意味があるんじゃないかと――貴女を吹雪ちゃんに会わせた時のように――どちらかというと、ポジティブな意味に捉えていたんじゃないのかな?」

 

「そんな事はありません……。私はただ、吹雪さんの為を想って……」

 

流石に否定しました。

でも、それも想定済みだったようで――。

 

「うん、それでいいの。貴女は人間が嫌いなんじゃない。貴女以外の全てが怖かっただけ。最初に吹雪ちゃんを警戒したのも、その為でしょう?」

 

人間が嫌いだという訳じゃない。

それを聞いて、私はハッとしました。

 

「貴女には知って欲しかった……。全ての人間がそうなんじゃないんだって……。皆、貴女と同じように、怖いんだって……。それでも、お互いが寄り添おうと――理解しようとすれば、きっと、分かり合えるんだって、私は信じている。貴女はその第一歩を踏み込んだの。とても勇気がいる事だったと思う……」

 

「だから……そんなつもりは……」

 

「でも、吹雪ちゃんの為に行動したことは事実でしょ? 普通、人間が嫌いだというのなら、人間に協力したいのだという吹雪ちゃんに、あそこまで執着することはなかったはず。貴女は人間が嫌いなんじゃなくて、ただ、寂しいだけだった。そうでしょう?」

 

寂しかっただけ……。

 

「分かったような口をきかないで……!」

 

「事実を受け入れることも大事だよ、大和ちゃん。艦娘だったから――人間ではなかったから、吹雪ちゃんに心を開けた訳じゃない。誰でも良かったのよ。自分を受け入れてくれる人であれば、誰でも……」

 

「違う……!」

 

否定すれば否定するほどに、それを裏付ける為の理由が頭に浮かぶ。

けれど、それを受け入れることは、吹雪さんを傷つけることになって――それを否定することは、佐伯さんの発言を受け入れることになって――。

 

「この島では、貴女を傷つけるような人間はいないはずなのに、貴女はそうして苦しんでいる。気が付いているんでしょ? 貴女を傷つけているのは、貴女自身だということに」

 

「違います……! 貴女がここにいるだけで、不快なんです……! 貴女の存在が、私を苦しめているのです……!」

 

「だったら、どうにかしてみせろ……! 私を殺すなりなんなりして……! それも出来ない癖に、甘ったれたこと言ってんじゃねぇぞ……!」

 

そう言うと、佐伯さんは私の胸倉を掴みました。

とても小柄な女性なのに、その力は途轍もなくて――。

また投げ飛ばされる。

そう思った瞬間でした。

 

「ぐふっ……!」

 

佐伯さんの口から、何かが噴き出しました。

赤……というよりも、黒に近くて――それが、私が初めて目にした、血というものでした。

 

「な……!?」

 

「うぐっ……ぶしゅるる……」

 

血は止まりませんでした。

口からも、鼻からも流れていて――まるで水のような粘度でした。

 

「……こんなにも……早く……来るだなんて。やっぱり……――が無いと……」

 

そう言うと、佐伯さんは懐から注射器を出し、自分の腕に打ちました。

すると、不思議なことに、血はすぐに止まりました。

 

「ふぅ……。ごめんね……。驚かせちゃって……」

 

「病気……なのですか……?」

 

「まあ……そんなところかな……」

 

同情を誘う為の嘘だと疑いました。

けれど、あれだけ視線を合わせて話していた彼女が、俯きながら言うものですから――。

 

「実は、あまり永くは生きられないんだよね……」

 

「……同情を誘うつもりですか?」

 

「そうじゃないよ。ただ……私がここで貴女との交流を成功させられなければ、きっと、誰も貴女の心を開くことは出来ないのかもしれないと思って……」

 

「これが最後のチャンス……とでも……? 自惚れですね……」

 

「そう思っていないと、ここには居られないよ。そうでないと、私の事を信じてはくれないよ」

 

永い永い沈黙。

この時、彼女が何を思っていたのか、私には分かりませんでした。

ただ、そうしている時間も、彼女にとっては、とても貴重なものだったはずです。

それでも――。

 

「こんな何もない島でもさ、私たちはこうして二人でいる訳じゃない? ちょっとくらい、私に付き合ってくれてもいいじゃない。退屈はしないはずでしょう?」

 

さっきの重苦しい空気はどこへやら。

あまりにも軽々しい提案に、思わず――。

 

「やっと笑ってくれたね」

 

そう言う彼女の表情は、あまりにも儚く見えました。

今にも消えてしまいそうな、蝋燭の炎のような――。

 

 

 

それからは、徐々に会話をするようになりました。

――いえ、ただの同情です。

彼女の儚い表情を見ていると、邪険には出来なくて――。

 

「吹雪ちゃん、結構活躍しているみたいだよ。ほら、写真も送られてきた」

 

「吹雪さん……」

 

「大和ちゃんの事も書いてあったよ。ほら」

 

手紙には、私と佐伯さんの仲を心配しているという事が書かれていました。

 

「未だに二人の仲は微妙な感じだけれど、とりあえず、心配ないって返すね。何か、他に伝えたいことはある? 代わりに書くけど」

 

心配ない……と言っても、吹雪さんは信用しないと思いました。

きっと、佐伯さんが気を遣って書いたのだと、思ってしまうはずです。

だから――。

 

「写真……」

 

「え?」

 

「写真……送りませんか……? 私たち二人の……。きっと、二人並んでいる写真を見れば、吹雪さんも心配せずに済むのではないかと……」

 

「……いい考えだと思うけれど、大和ちゃんはいいの?」

 

「えぇ……。吹雪さんを安心させるため……ですから……」

 

今思えば、もうこの時には、佐伯さんの事を受け入れられていたのだと思います。

吹雪さんの為……だなんて、理由をつけてしまったけれど――だからと言って、別に一緒に写真を撮りたかったわけじゃないけれど――自分は敵意を持っていないと、佐伯さんに伝えたかったのかもしれません。

敵意はないから、そんな悲しい顔で――消えてしまいそうな表情で、私を見ないでって……。

 

「……そっか。じゃあ、撮ろう? 今度、写真屋を連れてくるからさ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

そこまで言って、大和は黙り込んでしまった。

 

「そうか……」

 

俺は、遠く、海を望んだ。

俺も大和も、分かっていた。

だからこそ、言ってやったのだ。

 

「そんな表情で、俺を見ていた訳か……」

 

消えてしまいそうな表情とまでは言わない。

ただ、大和の表情は――。

そして、それを裏付ける場面は、幾度もあったのだと――それを皮切りに、大和との交流が進展していたのだと、理解してしまった。

 

「亡くなったのか……佐伯さんって人は……」

 

大和が頷く。

二人の仲が、どこまで進展したのかは分からない。

だが、俺が文通を提案した時の反応を見るに、大和は――。

 

「結局、私は人を信用することは出来ませんでした……。佐伯さんの為だって思い、頑張って来たけれど……。戦争に参加して……この島に来て……やっぱり、人間は信用できないと思いました……」

 

信用できない要素を例に挙げれば、キリがないだろう。

基本的に、艦娘は人間に従順であるとは言われているが、それ故に、人間がどんなに酷いことを艦娘に強いていたのかは、想像に難くない。

流石の艦娘も、そこまでの事をされては、大和のように考えることもあるだろう。

艦娘はただの兵器ではない。

心を持った存在なのだから。

ただ……。

 

「一つだけ、訊いてもいいか……?」

 

「……はい」

 

「佐伯さんの言う通り、お前、寂しかったのか……?」

 

大和は口を開き、再び閉じた。

 

「……否定はしないんだな。いや……出来ないんだな……」

 

「…………」

 

「確かに、人間は酷い奴らばかりだ。俺ですら、自分が人間であることを恥ずかしいと思うこともある。でも、お前、本当にそれだけで、人間をここまで嫌いになれるものか?」

 

俺の言いたいことを、大和は理解しているようであった。

 

「本当は、佐伯さんのような人間がいなくて、ただ絶望していたのではないのか……? 寂しくて、辛くて――人間を恨むことで、その寂しさを紛らわせていたのではないのか……?」

 

「そんな……ことは……」

 

「だったら……俺との交流にはどんな意味があると言うんだ……? 俺が、ただただ可哀想に見えたからか? それとも――」

 

大和は答えなかった。

 

「同情……誰かの代わり……。俺は、いつもそんなのばっかだな……」

 

「…………」

 

「……話す時間を作ってくれたのは嬉しかったよ。お前の事も、色々聞けたしな……」

 

俺は立ち上がり、大和に目を向けた。

大和は座ったまま、俺の目をじっと見つめていた。

 

「でも……お前が知りたかったのは――お前が見ていたのは、どうやら俺ではなかったようだな……」

 

こんなことを言う必要はなかったはずだ。

それでも、思わず言ってしまった。

大和が人を嫌う理由と同じように、俺もまた、寂しさを覚えてしまったのだ。

クソ……。

なんだか急に恥ずかしくなってきた……。

大和が俺を見ていないと分かって、拗ねている感じに――いや、確かにその通りなのやもしれんが……。

 

「そろそろ戻るか……」

 

あまりの恥ずかしさに、その場を去ろうとした時であった。

 

「貴方は……佐伯さんではありません……」

 

振り返ると、大和は俺を、じっと見つめていた。

 

「確かに……佐伯さんに似ているところはあるし……私が佐伯さんを求めていたこと――貴方にそれを求めていたことも確かです……。でも……貴方は佐伯さんとは違います……」

 

それは、いい意味でなのか、悪い意味でなのか。

どちらか分からず、俺はただ、大和の言葉を待つことにした。

 

「思えば、佐伯さんは、私に真っすぐ向き合ってくれたことはありませんでした……。あの人は、吹雪さんを利用して――結果的に、私の孤独を埋める存在になっただけで――あの人しかいなかっただけで――」

 

大和は、佐伯さんを否定するような事ばかり話し始めた。

 

「――そんな、酷い人でした。そう……思えるようになりました……」

 

そう言って、再び俺を見つめる大和。

俺の言葉を待っているようであったが、何を言ってやったらいいのか、俺には分からなかった。

 

「……伝わらないものですね。貴方の苦労が……貴方の苦しみが、ようやく分かったような気がします……」

 

大和は深呼吸すると、緊張した面持ちで、言った。

 

「佐伯さんを酷い人だと思えるようになったのは……貴方がそれ以上の存在だったから……って、事です……」

 

「え……?」

 

顔を真っ赤にする大和。

 

「貴方は……いつだって、真っすぐ大和に向き合ってくれた……。誰も利用せず……大和を利用してもいいのだと言っても、そうはしなかった……」

 

「…………」

 

「佐伯さん以外の人間を認めれば、佐伯さんを否定することになるって――だから、私は人間を嫌ってきました……。同時に、佐伯さんのような人間を求めてきました……。その矛盾に、私は苦しんでいて――でも、鳳翔さんが居たから、考えないように出来ていて――」

 

だが、鳳翔は――。

だからこそ、大和は――。

 

「貴方に佐伯さんを重ねるか、佐伯さんを否定し、人を愛するか……。私は前者を取ろうと思いました。でも、比較すれば比較するほど――あの人を想えば想うほど、貴方はそれ以上に――佐伯さんの存在を否定するように――」

 

大和の表情が和らぐ。

優しさに包まれた表情は、他の誰でもなく、俺に向けられていた。

 

「貴方は佐伯さんになれない……。けれど……それでもいいと思えたのです……。佐伯さんを否定することも、佐伯さんを求めることも――そんな事はしなくても……それでいいって……」

 

俺は、何も言うことが出来なかった。

大和の気持ちは、単純に嬉しい。

だが、どうしてそう思えたのか、理解できなかったから――。

その理由を、欲してしまったから――。

 

「……こんな虫がいい話、すぐには信じてくれないでしょうね」

 

図星。

 

「そう思わせてしまうのは、大和が貴方を遠ざけて来たからで、傷つけて来たからで――。貴方への同情も、貴方の影も――それらを無しにしてでも、貴方に近づきたいと思った時には、もう……」

 

大和は悔いるように、俯いてしまった。

 

「今度は、大和が色々と試す番です……。貴方がそうしてくれたように……私も……貴方に近づきたいのです……」

 

「大和……」

 

「いつか……大和の気持ちが本物だって――貴方が大和に抱いてくれた気持ちと同じだって――そう信じてくれる日を……大和は……」

 

そう言うと、大和は俺を置いて、寮へと帰って行ってしまった。

それを止めなかったのは――追いかけなかったのは――。

 

「…………」

 

 

 

翌朝。

食堂へ向かうと、やはり第六駆逐隊は離れて座っていた。

 

「昨日も話し合っていたようですが、結局、響ちゃんの結論は変わらないようでした……」

 

「……しかたない。気が引けるが……ちょっかいを出してくる」

 

そう言って立ち上がった時であった。

 

「響ちゃん」

 

響に声をかけたのは――。

 

「大和……」

 

大和は俺をチラリと見ると、そのまま響と会話を始めた。

あいつ……。

 

「大和さん、響ちゃんに何を……?」

 

「さあな……。とにかく、俺は暁たちに事情を訊いてくることにするよ」

 

大和の奴……まさか……。

 

 

 

朝食後、響と食堂を出ていこうとしていた大和を、俺は呼び止めた。

 

「響ちゃん、また後でね」

 

「うん」

 

響が去って行くと、大和はじっと、俺を見つめた。

 

「お前……」

 

俺が何を言いたいのか、大和は分かっているようであった。

 

「いけませんか?」

 

その瞳は、いつか見た、夕張と同じ目をしていた。

だからこそ、俺は少しだけ、嫌な気分になっていた。

 

「いけないことはない……。だが……」

 

「だが……?」

 

どう言ってやればいいのか分からず、俺は黙り込んでしまった。

 

「……響ちゃんの件、私に任せてはくれませんか?」

 

「え?」

 

「提督は暁ちゃん達の方をお願いします」

 

「けど、お前――」

「――勘違いしないでください」

 

言葉を切るように、大和はそう言った。

 

「貴方では響ちゃんを説得できない。そう思っただけです」

 

「……だからお前が出て来た、という訳か? どうしてお前なんだ……?」

 

「この島で、貴方の言う事をきかない軽巡以上の艦娘は、もはや私と山城さんだけです。響ちゃんが心を開いてくれるとすれば、そういう艦娘でしょう? 山城さんが協力するとは思えませんし、私が適任かと……」

 

「確かにそうかもしれない……。だが、どうしてその役を引き受けた……?」

 

大和は退屈そうな表情を見せると、大きくため息をついた。

 

「それが分からない貴方ではないはずです。大和は、認めましたよ。貴方という存在を――貴方の想いを……」

 

瞳が、俺を責め立てていた。

 

「……不思議ですね」

 

「え?」

 

「こうして、逆の立場で接してみると、貴方という人がよく分かるような気がします。そして、私が貴方に、どういう事をしてきたのか……貴方がどう思って来たのか……。それが、痛いほど伝わって……」

 

大和は目を瞑ると、何かを決意したかのように、再び目を開け、俺を見つめた。

 

「とにかく、そういう事です。私は、好きなようにやらせていただきます。いいですね?」

 

それは、確認というよりも、むしろ、決定事項を伝えるような、そんな言い方であった。

 

「……あぁ、分かったよ。好きにやってみろ」

 

「ありがとうございます」

 

そう言うと、大和は会釈して、響の跡を追っていった。

 

「複雑ですね」

 

キッチンの方から顔を出したのは、大淀であった。

 

「盗み聞きとは、趣味が悪いな」

 

「食器を片付けていたら、二人が勝手に話し始めただけです。出ていくにも、そういう雰囲気ではなかったので」

 

確かに、出ていくには、少し空気が重かったかもな。

 

「……大和さんが貴方に近づこうとしているのは分かりました。しかし、貴方がそれを避けようとしていることに納得できません。どうして立場が逆転しているのですか……?」

 

「どうして……か……」

 

その理由が、分かっているようで分からない。

大和が歩み寄ってくれていることは喜ぶべきことだ。

だが、俺は――。

 

「大和さんは、どうやら本気で貴方に協力しているようですよ。あの人の言う通り、提督はその事に気が付いているはずです」

 

「……そうかもな」

 

「それを信じられないのは、鳳翔さんのせいなんじゃないですか……?」

 

「え?」

 

「鳳翔さんは、貴方が告白に対する答えを出せなくても、それを許し、前に進めるよう救っていました……。鳳翔さん自身、貴方の答えが分かっていたのにもかかわらず……です……。貴方はその気持ちが理解できなかったはずです……。大和さんにも、その理解できないものがあるから、貴方は素直に喜べないのではないのですか……?」

 

そう言われ、俺はハッとした。

そうか……。

大和の瞳に夕張を感じたのも、それが理由だったのか……。

 

「しっかりしてください……! 貴方は、何のためにこの島に来たのですか……!? 自己犠牲や、理解できない想いなんかに流されないから、貴方はここまでやって来れたはずです……! 貴方がしっかりしなければ、艦娘もまた、道に迷ってしまうものです……! 貴方の背負っているものは、そんな安い人間ドラマに左右されていいものではないはずでしょう!?」

 

大淀の言葉に、俺はようやく、眠りから覚めた気持ちになった。

そうだ。

俺は、何をやっているのだ……。

俺は俺の為にここに来たわけじゃない。

人類の為――艦娘の為――想いを託してくれた人たちの為に、ここにいたはずだ。

なのにもかかわらず、こんな、個人的な感情に足を止めて……俺は……。

俺は、自分の頬を思いっきり叩いた。

 

「そうだよな……。クソ……お前の言う通りだよ……。俺は……何を迷って……」

 

頬の痛みが、より目を覚まさせてくれた。

 

「目は覚めましたか?」

 

「あぁ……。すまん……大淀……。そして、ありがとう……」

 

大淀は微笑むと、赤くなった俺の頬を、優しく撫でた。

 

「鳳翔さんや大和さんも同じ気持ちだったはずです。少しは、あの二人の気持ちを信じてあげられそうですか?」

 

鳳翔や大和も同じ……か……。

なるほど……そうか……。

 

「損得ではないよな……。そういうつもりで、ここまで来れた訳じゃないもんな……」

 

「そうです。そんな貴方に、皆さんは魅かれ――好きになり――島を出たり、貴方に協力してきたのです」

 

大淀は近づくと、そっと、俺に口づけをした。

 

「私も、その一人なんですよ……?」

 

「大淀……」

 

「……ほら! 目が覚めたのなら、早く行動してください! 早くしないと、もう一回キスしちゃいますよ?」

 

「フッ……分かったよ。けど、いいのか? もう一回しなくて」

 

「どうせしないのでしょう? それが貴方だって、分かっていますよ。提督」

 

そう笑う大淀に、俺の心は完全に晴れやかな気持ちになった。

 

「ありがとう、大淀。でも――」

 

俺は、大淀に近づくと――。

 

「……なるほど。そう言えば、ペテン師でしたね……貴方は……」

 

それでも大淀は、少し恥ずかしそうに微笑んでくれていた。

 

 

 

お昼になると、大和と響は、二人して食堂へとやって来た。

何がきっかけなのかは不明であるが、二隻は意気投合したようで、仲良さそうに手を繋いでいた。

 

「大和」

 

声をかけると、響は大和の後ろに隠れてしまった。

大和が俺を睨み付ける。

……なるほど、響とは『そういった仲』になった訳だ。

 

「話したいことがある。少し、いいか?」

 

「……貴方と話すことなんてありません」

 

「なら、勝手に話すが、それでも構わないか?」

 

その言葉に、大和は表情を曇らせた。

俺の言っている意味が、大和にはよく分かっているはずであった。

 

「山城さん!?」

 

誰かの驚く声。

振り返って見ると、そこには、山城が突っ立っていた。

 

「うぉ!?」

 

「山城さん……」

 

山城は響の手を掴むと、そのまま連れて行ってしまった。

 

「お、おい! 山城!」

 

「……話があるのでしょう? この子の事は私に任せて、早く行ってきたら……?」

 

響が不安そうな表情で、山城を見つめていた。

 

「……大丈夫よ」

 

そう言うと、山城は、響に優しく微笑んで見せた。

その表情に、誰もが驚いていた。

無論、俺もその一人であった。

 

「早く行ったら……?」

 

「え? あ、あぁ……。大和、行こうか」

 

大和は困惑しながらも、俺の後をついてきてくれた。

しかし山城の奴……まさか、今度は俺と大和をくっつけようと企んでいるんじゃなかろうな……。

 

 

 

執務室に入ると、大和はわざとらしいほどの真顔で、言った。

 

「何か?」

 

とぼけるような――だが、そうしている理由もよく分かっていないのか、言葉には感情が込められていないように感じた。

 

「俺を敵として見ることで、響に近づいたわけか」

 

「えぇ、それが一番手っ取り早いと思いまして」

 

まるで、あの頃の夕張と話しているようであった。

悪気も無く、開き直りのような、そんな喋り口。

 

「確かに、お前に任せるとは言った。だが、そのやり方は気に食わない」

 

大和の眉が、一瞬だけ、ピクリと動いた。

 

「おそらくお前は、潮にとった戦法をとるつもりなのだろう。一旦は味方となり、俺を追い出そうと共闘する。そして、時期を見て見放す。孤立した響は、戦いをやめることが出来ず、俺との交流を図らざるを得なくなる……違うか?」

 

大和は答えず、ただ俺の言葉を待っているようであった。

 

「潮と響は違う。響は戦わない。俺を追い出そうともしない。あいつは、徹底的に俺を避けるだけだ」

 

「……大和のやり方は間違っていると?」

 

「あぁ」

 

永い沈黙が続く。

大和は相変わらず、俺の言葉を待っていた。

ここで、俺に方法を問わないのは、やはり――。

だとしたら、俺は言わなければならない。

近付かなければならないだろう。

 

「……お前だけに任せては、響は離れて行くばかりだ。だから――」

「――俺も協力する。もしくは、協力させろ……ですか?」

 

大和の表情は、とても優しいものであった。

なるほど……。

 

「……気を遣わせたか」

 

肩を落とす俺に、大和は近づき、そっと背中をさすってくれた。

 

「強がっちゃって……」

 

「……そんなんじゃないさ。俺は、ただ……」

 

「えぇ……分かっていますよ……。分かっていますから、いいんですよ。そんなに強がらなくても」

 

これでは結局、鳳翔の時と同じだ……。

クソ……。

どうして俺は、この島に来た頃のように振る舞うことが出来ないんだ……。

大淀に言われ、目が覚めたと思っていた。

だが、こうして優しい表情を向けられると――強がっているのだと理解されると、俺は――。

 

『……私には、最初から迷いなんてありません。でも、貴方は違ったようですね』

 

『貴方がしっかりしなければ、艦娘もまた、道に迷ってしまうものです……!』

 

俺は、迷っている。

だが、何に迷っている?

鳳翔や大和の気持ちが理解できず……だからなんだ?

何故、理解できないことを悩む?

仕事を度外視してまでも、理解したいことはなんだ?

何故、理解したい?

 

『揺れている……という訳ですか……。仕事としての自分と、貴方という個人との間で……』

 

揺れている……?

何に対してだ?

 

『……好きなんですか? 鳳翔さんの事……』

 

『あぁ、好きだ。でも、それは、皆にも言えることで――つまり、鳳翔の求めるソレとは違う……』

 

『意味が分かりません……。だったら、尚更……』

 

『それでも俺は、好きになってしまいそうなんだよ。そういう意味でもな……』

 

「……なるほど。そういうことか……」

 

俺は、大和に目を向けた。

そうだ。

そういうことだ。

 

『気持ちは分かるぜ。今はお前を好きでいてくれても、相手が何も知らない艦娘と来れば、いずれ何処かに行ってしまうのではないかと、不安になるよな』

 

『お前、変わったよ。昔はさ、何かに取り憑かれたかのように島を目指していたのに、今はなんて言うか……人間らしくなった』

 

『あたしは、雨宮君の逃げ道にはならない……』

 

理解できなかったわけじゃない。

『理解してあげたかった』のだ。

『応えたかった』のだ。

俺は――。

 

「提督?」

 

俺は、好きだったんだ。

鳳翔も、大和も――皆を愛していたんだ。

恋をしていたんだ。

鳳翔のソレと、違いはなかったのだ。

 

「仕事の俺と、男の俺……か……」

 

大淀の言う通り、仕事を取るべきだろう。

だけれど、何故だろうか。

大和には――。

 

「大和」

 

「……はい」

 

「俺に、協力して欲しい」

 

大和は一瞬、ぽかんとした表情を見せた。

 

「……何かいい考えがある、という事でしょうか? それとも――」

「――俺がお前と、二人でやりたいと思っただけだ」

 

表情を険しくする大和。

疑うよな。

同じ状況だったら、俺もきっと、同じ表情をするよ。

だが――。

 

「……こんな虫がいい話、すぐには信じてくれないだろうな」

 

そう言って、俺は微笑んで見せた。

大和は少し驚いた表情を見せた後、真剣な表情で俺に向き合ってくれた。

 

「もうやめるよ。疑う事は。お前の気持ちを、素直に受け止めるよ」

 

「一体、どういう風の吹き回しなんです?」

 

「仕事の自分と、男の自分……。それは両立しないと思っていたし、両立してはいけないと思っていた。だが、お前も知っての通り、俺はその狭間で揺れていた。この島に来た頃は、仕事しか見ていなかった。だけれど、ここで過ごすうちに――分かるだろ?」

 

大和は何も言わず、ただ言葉を待っていた。

 

「仕事を取らなければいけない。分かってはいるんだ。そう決意したし、大淀にも説教されて、こうしてお前を呼びだした。けれど……気づいてしまったんだ。結局俺は、仕事以上に、好きになってしまったんだ。お前たちの事を……。異性として、見てしまうのだ」

 

いたたまれなくなったのか、はたまた恥ずかしかったのか、大和は視線を逸らしてしまった。

 

「仕事としてでは、きっと、お前を一生理解することは出来ないと思った。だから俺は、俺の本心でお前に接しようと思う」

 

「……大和の事が好きだから――好きな人と一緒に手を取りたいから、協力して欲しいと?」

 

「あぁ、そうだ」

 

胸に突っかかっていたものが、無くなったような気分であった。

開き直りに近いものなはずなのだろうけれど――それでも、気分が良かった。

好きになってはいけないと、ずっと思っていた。

だがそれは、同時に、自分を好きになれていなかったことでもあったのだ。

俺は、恋をする俺自身を、好きになれていなかったのだ。

だからこそ、俺は――。

 

「……本当、呆れる人ですね」

 

大和は小さく笑うと、これまた小さくため息をついた。

 

「お前は違うのか? 大和」

 

「……全然違いますよ」

 

「じゃあ、なんだってんだ?」

 

大和はゆっくりと視線を俺に向けた。

永い沈黙が続く。

 

「……分かりました。もう、やめましょう。気を遣うのは……。そのかわり、貴方も、可哀そうな表情を見せないでくださいね?」

 

やはり、そう言う事であったか。

 

「あぁ」

 

「……なんてことはないですよ。ただ、貴方が可哀想だったから……。佐伯さんのように、儚い表情だったから……」

 

本当にそれだけだったのか、大和はそれ以上、理由を言わなかった。

 

「俺は佐伯さんじゃないぜ」

 

「だったら、やめてください……。あんな表情を見せるのは……。同情を誘わないでください……」

 

「あぁ、分かった。だがそれには、お前にも協力してもらわないといけない」

 

「……?」

 

「同情でもなんでもなく、俺の事が好きだから、協力するのだと認めて欲しい」

 

それには流石の大和も、顔を真っ赤にして怒り出した。

 

「そ、そんな事、認める訳ないでしょう!? そもそも、大和は同情しただけで、別に、好きになった訳では……!」

 

「では、協力しないか? 響から、手を引くか?」

 

大和は一瞬だけ、答えに詰まった。

 

「……そうさせていただきます。そう言う事であるのなら……」

 

俺は思わず、笑ってしまった。

 

「……なんですか?」

 

「いや、何と言うか、ようやくお前に向き合えたような気がしてな。やっと、本当の意味で、隣に立てたのかなって」

 

大和は答えず、ただ視線を逸らすのみであった。

 

「同情はいらない。同情するというのなら、響から手を引いて欲しい。そうでないのなら、そういう意味として受け取ることにする。それでいいな」

 

「……いいわけないでしょう?」

 

「お前の意見は関係ない。恋は盲目だって、鳳翔も言っていた。だから、自分勝手に、都合よく解釈させてもらう」

 

そう言って、俺は部屋を出た。

その足取りは、とても軽くて――。

 

「フフッ……」

 

晴れやかな気分、というのは、こういう事を言うのだろうな。

まるで、生まれ変わったかのような――。

 

 

 

食堂へ戻ると、皆は昼食を摂り始めていた。

 

「提督、お先に頂いております」

 

「おう」

 

辺りを見渡す。

だが、響と山城の姿が無い。

 

「あいつらは?」

 

「何故かは知りませんが、二人とも、食事を持ってどこかへ行ってしまいました。多分、山城さんの部屋ではないかと……」

 

山城の部屋?

どうしてわざわざ、そんなところで……。

 

「それよりも、大和さんとはどうなったのです?」

 

「あぁ、まあ、色々話したよ。きっと仲良くやっていけるさ」

 

そう言ってやると、大淀は何故か、目を細くした。

 

「なんだよ?」

 

「いえ……。なんだか変な言い方だなって……。それに、大和さんが帰ってこないことも気がかりです……。何があったのです?」

 

「別に、何もないよ。ただ、もっと仲良くなれるかもなって、話をしただけだ」

 

「それにしては、なんだか吹っ切れた表情をしていますね……。もしかして……大和さんに告白でもされました? もしくは、告白したとか……」

 

告白……か……。

 

「確かに、告白といえば告白かもしれんな。そういう意味では、お前にもしたよ。告白」

 

「え?」

 

「お前の事が好きだって、言わなかったか?」

 

そう言ってやると、大淀は急に立ち上がった。

驚いた表情を見せながら。

 

「おい」

 

「な、何を……! いや……確かにそんな事……言われたようなものですけれど……! でも、それはあくまでもlike的な意味というか……!」

 

「LOVE的な意味でも好きだ。俺はお前が好きだよ。異性としても。でも、仕事柄、恋人になってくれだとか、そういう事は言えないだけで……って……」

 

気が付くと、食堂の艦娘全員が、俺たちを囲っていた。

 

「し、司令官……。大淀さんの事が……好きなの……?」

 

「あぁ、好きだ。異性として」

 

全員が、唖然とした表情を見せていた。

 

「鳳翔の事も好きだし、鹿島も好きだ。明石、陸奥、大井――駆逐艦は流石に異性として見られないが――でも、皆大好きだ。異性としてな」

 

そう言ってやると、皆、呆れたようなため息をついて見せた。

 

「なんだぁ……。そういうこと……」

 

「それじゃあ、結局はlikeと変わらないじゃない……」

 

「呆れた……」

 

大淀も同じなのか、呆れた表情を見せていた。

 

「何を言うのかと思えば……」

 

「でも、本当の事だ。俺はもう、決めたんだ。自分を追い込むことはやめようって……。好きだという気持ちを抑え込むのではなくて、仕事の俺も、男としての俺も認めようって。もっと、素直になろうってさ」

 

そうさ。

鳳翔にも、言ってやれば良かったのだ。

お前の事は好きだけど、仕事だからごめんなって。

素直になれな過ぎて、変に勿体ぶってしまっていたが、正直な気持ちを伝えれば、ある程度気持ちに整理がつく。

傷つけたくなくて、答えを出せなかったわけじゃない。

自分が傷つきたくなくて、答えを出せなかっただけなんだ。

仕事を取ると言って、相手が自分の事を諦めてしまう事が、恐ろしかったのだ。

俺は、好きでい続けて欲しいのだ。

貪欲なのだ。

俺も好きで、相手も好きでいてほしい。

自分勝手な人間だったのだ。

 

「恋を否定しないって事?」

 

そう訊いたのは、夕張であった。

 

「あぁ」

 

「じゃあ……場合によっては、その好きな人と島を出る……って事……?」

 

「それはない。仕事は仕事だ。そっちも尊重する。要するに、好きだという気持ちを抑えないってことだ」

 

皆は再びため息をつくと、席へと戻って行ってしまった。

 

「まさかとは思いますが……大和さんにも同じことを……?」

 

「そうだ。仕事として接しても、あいつに近づけないと思った。お前の言う通り、安い人間ドラマではなく、リアルな人間ドラマで接するべきだったよ」

 

「……そういう意味じゃないのですけれども」

 

呆れる大淀。

それでも、俺の心は晴れやかなままであった。

 

 

 

昼食を済ませ、そのまま食堂で待っていると、案の定、山城が食器を片付けにやって来た。

 

「よう」

 

山城は嫌そうな表情を見せると、食器をシンクに置いて、洗い始めた。

 

「手伝うよ」

 

「……じゃあ、拭いて」

 

「あぁ」

 

邪魔者扱いされるものだと思っていたが……。

 

「部屋で食事を摂ったらしいじゃないか」

 

「えぇ……。あの子がそうしたいって……」

 

「響が?」

 

「徹底的に貴方を避けるつもりのようね……。「司令官を近づけないようにしてほしい」と、私に頼んで来たわ……」

 

俺を近づけないように……か……。

 

「大和さんにも同じお願いをしたみたいだわ……。尤も、大和さんにその気はなかったようだけれども……。それでも、あの子は賢いから、大和さんを利用しようと企んでいたみたいね……」

 

だから響は、素直に大和を受け入れたのか。

そして、大和もまた、俺に敵対するような態度で臨んだ訳か……。

それにしても――。

 

「……なに?」

 

「いや……。やけに協力的というか……。今の話もそうだけれど、どうして響を連れて行ってくれたのかとか、色々気になってな」

 

山城は少し考えた後、いつもの口調で言った。

 

「貴方と大和さんがお似合いだから、協力しただけよ……」

 

「俺と大和が結ばれれば、俺が島を出て行ってくれるから……か?」

 

山城は答えず、食器を洗うのみであった。

 

「追い出したければ、他にも方法はあるだろうに。どうしてそこまでして、誰かを娶らせようとする?」

 

「貴方にはそれが一番効く方法だと思ったからよ……。心当たりがあるはずよ……」

 

図星。

 

「……そんなに俺の事が嫌いか?」

 

「別に……。ただ……鬱陶しいだけ……。私は、静かに暮らしたいだけなのよ……」

 

「静かに暮らしたいだけの奴が、労力を費やしてまで、俺を追い出そうとするものかな」

 

山城は、あからさまに不快であるという表情を見せた。

 

「嫌いじゃないって事は、好きか? 俺の事」

 

「はぁ?」

 

「俺は、お前の事が好きだぜ。異性としても」

 

山城の手が止まる。

そして、何か不快な物を見るような目で、俺を見つめた。

 

「なに……それ……?」

 

「何って、何がだ?」

 

「皆にやったように……私も堕とそうって訳……?」

 

「そんなつもりで言った訳じゃない。ただ、知っておいて欲しいと思ったんだ。俺を好きになって欲しいと思ったのだ」

 

山城は、理解できないとでもいうように、表情を歪ませた。

 

「その人、本気で言っているみたいですよ……」

 

そう言ったのは――。

 

「大和」

 

大和は呆れた表情で食堂へと入ってくると、山城に向き合った。

 

「大和も同じことを言われました。最初は、山城さんと同じように、何か裏があるんじゃないかって疑いました……。でも、この人は本気で言っているようなんです。先ほども、大淀さんに同じことを言ったみたいで――本当、呆れた人ですよ……」

 

大淀の奴、大和にバラしたのか?

大和が俺に目を向ける。

 

「でも……不思議と悪い気はしません……。貴女も同じだったのではないですか? 山城さん……」

 

思わず山城に目を向ける。

だが、その表情は、相変わらず不機嫌そうで――。

 

「大和はこの人に、昔の知人を重ねていました。似ているところもたくさんありましたし、その人の代わりになるんじゃないかって……。でも、知れば知るほど、全然違うって実感して――。それでも大和は、この人の方がいいって……この人がいいって、思えるようになったのです」

 

「大和……」

 

「……勘違いしないでください。今は、ちょっとだけ……そうは思えなくなっていますから……」

 

だよな……。

 

「似たような事……思っているんじゃないですか……? 山城さんも……」

 

山城は答えない。

ただ、明らかに大和から視線を逸らしていた。

 

「貴女は……この人に、佐久間さんの影を見ているのではありませんか……?」

 

親父の影……。

 

「好きだったんじゃないですか……? 佐久間さんの事……」

 

山城は――。

 

「……別に。好きだったわけじゃないわ……」

 

「影を見ていたことは、否定しないんですね……」

 

山城は答えない。

まさか、本当に?

 

「山城……お前……」

 

その時であった。

 

「うぉ!?」

 

閃光と、空気を裂くような轟音。

どうやら、季節外れの雷が、近くに落ちたらしい。

 

「雲一つない空だったはずだが……。いつの間に?」

 

二隻に視線を戻す。

大和はポカンとした表情を見せており、山城は――。

 

「お、おい……山城……。お前、大丈夫か……? 顔が真っ青だぞ……?」

 

発汗と震え。

かつて、大淀が血を見た時に見せたような反応が、山城に表れていた。

 

「急にどうした……? まさか、今の雷か……?」

 

山城は答えない。

いや、俺の声が聞こえていないようであった。

 

「よく分からんが……ちょっと待ってろ。今、明石か大淀を――」

「――待って!」

 

俺の腕を掴んだのは、山城であった。

 

「や、山城……?」

 

「行かないで……。行っちゃ……駄目……」

 

その手は、震えていた。

そして、俺を見つめると――いや、その目の中に、俺は居なかった。

 

「行かないで……『提督』……」

 

先ほどの雷に打たれたような衝撃だった。

それほどまでに、山城の表情は――。

 

「や、大和! 明石を呼んできてくれ!」

 

「え……あ、は、はい!」

 

その後、駆け付けてくれた明石により、山城は部屋へと戻されていった。

 

 

 

「一体、何があったのです?」

 

大淀は、山城の食器を片付けながら、俺に問うた。

 

「分からん……。雷が鳴ったと思ったら、急に山城の様子がおかしくなったんだ。そうだよな?」

 

大和に同意を求める。

だが――。

 

「雷なんて、鳴っていませんでしたよ……」

 

「え?」

 

「私も、雷なんて知りません。騒ぎの直前まで備蓄庫に居ましたが、雷なんて……」

 

「そんなはずはない。あんなにも大きな音を立てて鳴っていたんだ。光だって、そりゃ凄かったんだ。他の連中に訊いてみてくれよ」

 

そう言ってやると、大淀は陰で様子を窺っていた駆逐艦たちに、落雷があったか確認した。

しかし、雷どころか、外は静か過ぎるくらいだったと、皆は答えた。

 

「今日は、雲一つない空だよ」

 

寮を出て、空を見てみる。

確かに、雲一つなく、風も吹いてはいなかった。

 

「馬鹿な……」

 

「……何があったのかは分かりませんが、提督もお疲れなのでは? 様子がおかしいのは、貴方も同じだったわけですし……」

 

昼食での事を言っているのか、大淀の言い方は、どこか嫌味っぽかった。

 

「……そうだな。そうかもしれんな……」

 

「山城さんの事は、とりあえず明石に任せてください。提督は、その茹で上がった頭を冷やして来てくださいね」

 

大淀はニコッと笑うと、ドスドスと足音を立てながら、食堂を後にした。

 

「怒ってんな……大淀の奴……」

 

「当然です……。全く……貴方って人は……」

 

大和は呆れた表情を見せた後、小さく笑って見せた。

 

「大淀さんの言う通り、少しお休みされてはいかがでしょう? 響ちゃんの件もありますし、ゆっくりと作戦を考えては?」

 

そうだ。

響の方も何とかしなければいけないのであった。

 

「……響ちゃんですが、どうやら大和の思惑に気が付いていたようです」

 

「お前の思惑?」

 

「えぇ……。大和は、響ちゃんに近づくため「鳳翔さんの為に交流してきたが、やはりあの男を追い出したい」「協力して欲しい」と、お願いをしたのです。そうしたら――」

 

『協力はするけれど、私に司令官を近づけないようにして欲しい』

 

「――そう言ったのです。山城さんにも、同じことを言っていたようですね」

 

「そのようだな……」

 

「そう考えると、おかしいのです。昼食前、山城さんは、大和と貴方を二人っきりにするよう、響ちゃんを連れて行きました。それはつまり、山城さんが、貴方に協力したことになるのです。それは、誰が見ても明白だったはずです……」

 

大和が何を言いたいのか、俺には分かった。

 

「……そんな奴に、普通、協力を仰がないと?」

 

大和が頷く。

 

「響ちゃんは分かっていたんじゃないでしょうか? 大和が、貴方の為に動いていることを……。そして、それを利用しようとした……。山城さんは分かりませんが、少なくとも、大和を利用すれば、貴方は響ちゃんに近づくことは出来ません。大和は、そういう交流を響ちゃんに求めてしまった訳ですし、大和経由で響ちゃんの情報を得られるというのなら、貴方はそれに頼らざるを得なくなる……。その一本だけでしか、勝負が出来なくなる……」

 

「まさか……。響がそこまで考えてるとは……とても……」

 

「実際、貴方は大和に頼らざるを得なかった。大和は、逆に利用されてしまったのです……。貴方の……足枷となってしまったのです……」

 

大和が俯く。

己の行動を悔いるように。

 

「……そうか。響は、そこまで……」

 

「…………」

 

「しかし、これは大きな収穫かもしれないな」

 

「え……?」

 

「そこまでの策士であるというのなら、俺の専門分野だ。作戦も、見えて来たよ」

 

そう言ってやると、大和は少しだけ寂しそうに笑った。

 

「慰めてくださるのですね……」

 

「分かるか?」

 

今度は呆れるように、笑ってくれた。

 

「フッ、まあ、作戦が見えて来たのは本当だ。響を攻略しつつ、一歩先に進むことの出来る……かもしれない作戦だ」

 

俺は大和に、作戦の内容を説明してやった。

 

「そんな事、響ちゃんが同意するとは思えませんが……」

 

「どうかな。あいつは、誰よりも姉妹想いな奴だ。暁たちの為となれば、乗ってくれるやもしれんぜ」

 

「そうかもしれませんが……」

 

「まあ、駄目だったら駄目だったらで、また考えるさ。それよりも、もしこの作戦が成功したら……」

 

「……?」

 

「俺の事を、好きになってくれるか?」

 

大和は、呆れるような、怒っているような表情を見せながら、食堂を出ていった。

 

「フッ……」

 

 

 

夕食の時間になると、響はようやく部屋から出て来た。

 

「よう」

 

声をかけても、視線を合わせることもしなかった。

 

「暁たちを島から出してやるよ」

 

響の足が止まる。

 

「それが望みなんだろ?」

 

響は答えない。

ただ、すぐに去らないところを見るに――。

 

「大和や山城から聞いたよ。お前、中々の策士だな」

 

「…………」

 

「けど、俺を近づけさせない為だけに、大和や山城を利用したわけじゃない。そうだろ?」

 

そうだ。

大和も山城も、気が付いていなかったようであるが、もし、響がかなりの策士であるとするのなら――。

俺が、同じ立場であったのなら――。

 

「お前、俺に暁たちを説得させるよう仕向けただろ? 俺を近づけないことを条件に、あえてあの二隻に情報を流し、俺の行動を制限させた。確かに、その制限下では、俺がお前に近づく手段はない。成り行きを見守るしかない……。こうなると、俺が取るべき行動は、とにかく、暁たちを説得し、島から出す事しかなくなる……。艦娘の人化の為でもあるが、実際に暁たちが島を出たら、お前もその気になるんじゃないか……と、俺が考えると、お前は考えた……。違うか?」

 

響はゆっくりと、視線を俺に向けた。

 

「そこまで考えるような奴なら、今の状況は分かっているはずだ。暁たちを島から出すには、俺の直接的な協力が必要だと……。大和も山城も、利用できないと……」

 

響一人では、暁たちをどうにかできないはずだ。

それが分かっていたからこそ、こいつは――。

響は、少し考える素振りを見せた後、疑いの目を向けながら、俺に問うた。

 

「……私は、仲違いしてでも、暁たちを島から出したいと思っているし、貴方の思い描いている計画――協力関係からの交流――その通りにはならないし、させないつもりだよ……。貴方だって、分かっているはず。思い描いている計画が、上手く行くわけがないのだと……。なのに、どうして協力するんだい……?」

 

『貴方』……か……。

 

「勘違いするな。お前との交流が目的ではない」

 

今は、な……。

 

「ただ、俺にも成し得たいことがあって、それにはお前の協力が必要なだけだ」

 

「成し得たいこと……?」

 

「あぁ」

 

それが何なのか、本当に分かっていないのか、響は、どこか期待するような瞳で、俺を見つめていた。

このまま、そんな目で俺を見つめていてくれると、嬉しいのだがな。

なんて。

 

「暁たちを島から出してやる。その代わり……」

 

どんな条件が飛び出すのか。

響は、何かに備えるように、唇をキュッと噛み締めた。

 

「そう構えるな。なんてことはないさ」

 

緊張する響に、俺は少し真剣な口調で、言ってやった。

 

「山城を島から出したい。協力して欲しい」

 

予想外と驚愕。

その二つに、響の唇は、パッという音を立てながら、大きく開かれていた。

 

 

 

 

 

 

残り――13隻

 

 

 

――続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。