不死鳥たちの航跡   作:雨守学

25 / 35
第25話

扶桑姉さまの幸せが私の幸せだって、ずっと思っていた。

だから、姉さまが提督と島を出るのだと聞いた時、あんなにもショックを受けるだなんて――嫌悪感を抱くだなんて、思ってもみなかった。

 

「山城……。お願い……。部屋から出て来てちょうだい……。このまま……こんな形で、貴女と別れたくないの……。せめて最後に……顔を見せてちょうだい……?」

 

姉さまの呼びかけに、私は最後まで応えることが出来なかった。

姉さまの幸せは、私の幸せ。

でも、姉さまはそうじゃなかった。

私がいなくても、幸せそうで――むしろ、私が足を引っ張っているんだって……。

 

「山城さん、お食事、ここに置いておきますね」

 

いるだけで、迷惑をかけてしまう。

姉さまも、本当は私の事を疎ましく思っていたのかもしれない。

私に関わる人達は、どこか、気を遣っているように見えた。

気にも留めてこなかったことで――だからこそ、私は疎ましく思われていて――。

存在しているだけで、人を不幸にしてしまう。

自分だけが不幸であれば良かったのに……。

 

 

 

永い事、塞ぎ込んでいた。

その間、様々な人間が、私を説得しに来た。

それでも、私は――。

 

 

 

「あれ? 開かないな」

 

また、人間が来た。

今度は、どれくらいで諦めるだろう。

 

「鍵がかかっているんです。内側からしか、開けられません」

 

「なら、ぶっ壊すか」

 

ぶっ壊す?

瞬間、大淀さんの制止する声と共に、大きな音を立てて、扉が開いた。

 

「お、なんだ。簡単に開くじゃないか」

 

男の声。

その声の主は、ずかずかと部屋に入ってきてカーテンを開けると、光に包まれながら、私を見て言った。

 

「お前が山城か。佐久間肇だ。よろしく!」

 

眩しい笑顔。

本当、嫌になるくらいに。

それでも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけれど、安心している自分がいた。

これほどまでに明るい人なら、きっと、私の不幸も――って……。

けれど――。

 

「山城さん……提督が……提督がぁ……」

 

私のせいだ。

私が『あんな約束』をしなければ。

 

「提督……」

 

もう二度と、光には近づかない。

そう誓い、私は暗闇へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「司令官……!」

 

隔離棟から出て来た皐月は、俺を見つけるなり、胸へと飛び込んできた。

 

「おっと……! お帰り、皐月。寂しかったか?」

 

「うん……うん……! ボク……ずっと司令官に会いたくて……でも……でもぉ……」

 

そう言うと、皐月はわんわん泣いてしまった。

 

「よしよし……。怖かったな……。頑張ったな……。もう大丈夫だ……。一緒に、皆のところに帰ろうな……」

 

「うぅぅ……。うん……」

 

 

 

皐月が泣き止むのを待ってから、寮へと向かった。

 

「しかし、なんだか大人っぽくなったな、お前」

 

「そう?」

 

「あぁ、背も伸びたようだし……。顔つきも、何だか……」

 

そんなに永い事会っていなかったわけではないはずなのだがな。

 

「ボク的には、これといって変わった感じはしないんだけれど……。あ、でも、もっちーと卯月は、結構変わってたよ」

 

「そうなのか?」

 

「司令官、まだ会っていないの?」

 

「あぁ、さっき帰って来たばかりだからな。望月と卯月は、昨日、隔離棟を出たんだろ?」

 

「うん。あれ? って事は、司令官、真っ先にボクに会いに来てくれたのかい?」

 

「そうだ」

 

「へぇ……。ふぅん……。そうなんだ……。そんなにボクに会いたかったんだ? かわいいね?」

 

そう言うと、皐月は、どこか揶揄うような、珍しい表情を見せた。

 

「会いたがっていたのはお前の方だろ。さっき、自分で言っていたじゃないか」

 

「そ、それは……。その……勢いで言っちゃったっていうか……。安心しちゃったって言うかさ……」

 

これまた珍しい表情。

照れているような――今まで、皐月がしてこなかった表情だ。

 

「なんか、雰囲気変わったよな。本当。大人っぽくなったと言うか、子供っぽくなくなったと言うかさ」

 

「そう言う司令官も……なんか……」

 

「なんか……なんだ?」

 

俺をじっと見つめる皐月。

 

「皐月?」

 

「……何でもない」

 

今度はムッとした表情を見せる皐月。

こう、表情がコロコロ変わるところとか、敷波を思わせるな。

身長や顔つきも、どこか雰囲気が似ているし、こいつも成長しているってことなのかな。

子供の成長は早いと聞いたことがあるが、本当だったんだな。

 

 

 

寮に着くと、皐月は皆の元へと駆け寄って行った。

労いの言葉をかけられ、嬉しそうに笑う皐月。

ああしていると、まだまだ子供なんだって、思ってしまうな。

 

「司令官」

 

声をかけて来たのは、望月であった。

 

「よう。お疲れ。大変だったんだって?」

 

「まあ、あたしはそんなでも無かったけどな」

 

笑顔を見せる望月は、皐月と同じく、どこか大人びて見えた。

 

「寂しかったぜ、司令官」

 

「フッ、なんだよ? やけに素直じゃねーか」

 

「意地張ってても仕方ねーしな。甘えられる内に甘えとかねーと、多分、後悔するかもなってさ……」

 

なんと言うか、達観しているな。

これも、成長している証拠だということなのだろうか。

だとしても――。

 

「おーい、卯月。隠れていないで、こっち来いよー」

 

望月が呼ぶと、卯月は物陰からチラリと顔をのぞかせた。

 

「卯月」

 

いつもの元気な感じとは違い、どこか大人しい様子を見せる卯月。

 

「どうした? 具合でも悪いのか?」

 

そう言って近づくと、卯月はどこかへ逃げて行ってしまった。

 

「あ、おい! なんなんだ?」

 

「卯月の奴、帰って来てからずっと、あんな感じなんだよなー。あんたの写真を見て、ぼーっとしたりさ」

 

俺の写真を見て……か……。

俺はチラッと、島風に視線を向けた。

島風もまた、俺を見ていたようで、視線が合うと、卯月と同じように逃げて行ってしまった。

 

「どうやら、卯月も島風も、あんたに恋をしているようだな」

 

「俺に? バカな。なにもきっかけなんてなかっただろ。隔離される前だって、そんな素振りは……」

 

「島風はわからねーけどさ、あたしたちは隔離棟で、心が成長したらしいじゃん? その影響で、卯月に恋心が生まれたんじゃねーの?」

 

恋心が生まれる……か……。

性的関心を持つようになるとは聞いていたが……。

異性を意識し始めるようになった……という事だろうか……。

 

「親しい異性はあんたしかいないし、ああなるのは仕方ねーよな。実際、あたしもその一人な訳だし」

 

望月はしれっと、そう言った。

 

「大胆な告白だな」

 

「まあ、あたしは何となく、隔離される前から、恋心ってやつを知っていたからな……。余計な駆け引きとかめんどくせーし、気持ちを知ってもらってくれていた方が、色々と楽なわけよ」

 

「色々と楽、とは?」

 

「まあ、例えばさ」

 

望月は俺に抱き着くと、頭を撫でるよう促した。

 

「こうする理由とか、してもらう理由とか、一々考えたり、考えさせなくて済むだろ?」

 

「フッ、なるほどな。お前らしい考え方だ」

 

「だろ? まあ、恥ずかしいっちゃ恥ずかしいんだけどさ……。あんたは笑わずに居てくれるし、甘えさせてくれるからさ……」

 

要望通り撫でてやると、望月は微笑んで見せた。

こう、どこか、大人の女性が見せるような、余裕のある微笑みであった。

 

「あ~まみやくぅ~ん。秋雲さんにもぉ……よしよししてぇ~ん」

 

そう言うと、秋雲は、体をくねくねさせながら、俺にすり寄って来た。

 

「秋雲。お疲れ。お前の方も大変だったそうだな」

 

「そうなんだよ~……。隔離棟ってさ……女性しかいないし、しかも秋雲さんとは違うタイプの処女ばっかでさ……。秋雲さんの崇高なる趣味を『汚らしい』って、全否定してくるんだよぉ……」

 

「そういう意味での『大変』なのかよ……」

 

崇高なる趣味なるものが何なのか、俺はあえて訊かないことにした。

どうせ、碌でもないものなのだろう……。

つーか、秋雲とは違うタイプの処女ってなんだよ……。

 

「まあ、そんな事はどうでもよくてさぁ……。その……秋雲さんも、雨宮君の事が好きだしぃ……もっちーみたいに、よしよしされても……いいよね……?」

 

俺の事が好き……。

 

「それは、異性として、俺が好きだという事か?」

 

「へ……?」

 

「likeなのか、LOVEなのか。どっちだ?」

 

「え? え?」

 

何故か困惑する秋雲。

 

「おーおー。秋雲の奴、冗談を真に受けられて、困惑してやんの」

 

望月が茶化す。

 

「なんだ、冗談なのか?」

 

「え……あ……じょ、冗談……かも……だけど……」

 

「だけど?」

 

「……雨宮君はさ、秋雲さんが、冗談じゃなく好き――LOVEだって言ったら……どうするの……?」

 

どうする……。

 

「っていうか……雨宮君的にはさ……秋雲さんとか……どうなのよ……? 異性として……見られる……?」

 

「好きかどうか……ってことか?」

 

秋雲が頷く。

いつものふざけた(と言うと失礼だが……)表情とは違い、どこかしおらしい表情に、女性らしさ――可愛らしさを感じた。

本当、大人しくしていれば、美人なのだがな。

しかし……そうか……。

秋雲が好きかどうか……か……。

 

「おいおい司令官……真剣に考えるまでも無いだろ。別に、こいつに気を遣わなくてもいいよ」

 

「そ、そうそう! 別に、秋雲さんは慣れているし! って、誰が万年モテない女やねん!」

 

「ほら、こいつもこう言っているし……って、司令官?」

 

思えば、俺って、異性のどういうところを好きになったのだろう。

駆逐艦に恋心を抱かないのは当たり前だとして、島の連中や、ここの連中や――こいつらの何処に魅かれたのだろうか。

容姿?

性格?

俺を好きでいてくれるところ?

艦娘?

 

「…………」

 

「あ、雨宮君? そんなに真剣に考えてくれなくても……」

 

まあ、割と直感というか、恋心ってのは、理解するよりも先に、生まれるようだしな……。

そういう意味では、俺は秋雲に――いや、陸奥の時のように迫られた時、結構ドキドキしていたか……。

仮に、秋雲が裸で俺に迫ってきたら、きっと俺は――。

 

「お、おーい……。雨宮君?」

 

「……好き、なのかもな」

 

「へ?」

 

「俺は、好きだよ。お前の事。異性として」

 

「え……」

 

いつものうるさい(これもまた失礼な話だが……)声とは違い、小さく声を漏らす秋雲。

 

「お、おいおい……。マジかよ……。正気か……?」

 

「正気だ」

 

「気を遣っているとかではなく?」

 

「あぁ。秋雲に対してドキドキしたこともあるし、異性として意識している証拠だ。秋雲も、俺の事は好きか?」

 

「え……あ……」

 

「俺の事、好きでいてほしいんだ」

 

秋雲は、何も言わず、ただ茫然としていた。

 

「て、提督さん……」

 

「鹿島」

 

「秋雲さんの事……好きなんですか……?」

 

「あぁ。異性として意識している。お前もそうだ」

 

「へ?」

 

鹿島に説明している間、皆も何事かと集まって来た。

 

「――だから、俺は皆が好きだし、その気持ちに嘘をつくのをやめたんだ」

 

説明し終えると、島の連中と同じように、皆、呆れた表情を見せた。

 

「貴方って、そういうところあるわよね……」

 

「まあまあ、陸奥さん。ちょっとアレなところもありますけれど、これも司令官の魅力ですから……」

 

「相変わらずだな、貴様は……」

 

大井には無言で蹴られるし、鈴谷と熊野には嘲笑された。

 

「ふふ、先生らしいや」

 

「最上……」

 

「ボクには分かっているよ。先生は、色々悩んだ結果、そういう選択をしたんだよね。皆の為を思って、気を遣って――自分を傷つけて来たのだけれど、どっちの自分も大事にすることが、皆の為にもなるって、気が付いたんだよね」

 

最上が微笑む。

何と言うか、別に大丈夫だったのだが、救われた気持ちになるのは何故だろう。

 

「――だからさ、ボクにしなよ。ボクと婚約しようよ。ボクも、先生の事が好きだからさ。皆と違って、先生の事、理解できるし。誰を好きになっても、ボクと婚約してさえいれば、呆れられても問題ないでしょ?」

 

婚約……か……。

確かに、結婚をしていなければ、今の仕事は続けられるしな。

って、そういうことではないだろ……。

 

「聞き捨てなりませんね」

 

そう言ったのは、鳳翔であった。

 

「提督の事を理解しているという意味であれば、私が一番かと思います。初めて好意的に接したのは私ですし、提督のそういうところを理解し、好きになり、島を出たのですから。そうですよね? 提督」

 

確かにそうだ。

鳳翔は俺のそういうところを受け入れ、許してくれたしな。

 

「ま、待ってください! それなら、鹿島だって、鳳翔さんと同じ理由で島を出ましたし……。鳳翔さんよりも、それは早かった訳で……」

 

対抗するように、鹿島はそう言った。

そうだよな。

鹿島も、そうだったよな……。

 

「でも……雨宮君をそんな風にしたのは……私ですけど……」

 

小さい声で対抗する山風。

四者の間に、不穏な空気が流れる。

 

「まぁまぁ、四人とも、それくらいにしたらー?」

 

「北上……」

 

「なーんかギスギスして怖いよねー。ってことでさ、間を取って、あたしにしたらー? お姉さんが、色々教えちゃうよー?」

 

北上のこの発言に、今度は大井が参戦し――結局、連鎖的に、言い争いが始まってしまった。

 

「あーあ……。めんどくせーことになっちまったなぁ、司令官」

 

そう言う望月は、俺の膝の上に座り、言い争いを傍観していた。

勝者と敗者を決めるつもりはないが、ここでの勝者は、確実に望月だろうな。

 

 

 

散々言い争った後、何故か俺が悪いという事で意見がまとまったようであった。

 

「じゃあ、島に帰るけど……」

 

そう言っても、誰も俺を見送ってくれる奴はいなかった。

まあ、別に、見送って欲しいとも思ってはいないのだがな……。

 

 

 

寮を出てしばらくした時であった。

 

「あ、雨宮君……!」

 

声をかけて来たのは、秋雲であった。

 

「秋雲。どうした?」

 

「えっと……その……待っていたんだよね……。ずっと……外で……」

 

「待っていたって……。俺をか?」

 

「うん……。なんか、言い争いが始まっちゃったから……話しかけにくくてさぁ……。こういうタイミングじゃないと……話せないかなぁ……って……」

 

そういや、言い争いが始まってから、秋雲を見なかったが……そういう事であったのか……。

 

「そうか。そりゃ、悪かったな。して、どうした?」

 

「あ……うん……。あの……さ……。さっきの事……なんだけどさ……」

 

「さっきの事?」

 

「ほ、ほら……。秋雲さんのこと……好きとかなんとか言ってたやつ……。あれさ……本気……だったり……したりする……?」

 

「あぁ、本気だよ。お前の方は、冗談だったのか?」

 

「冗……談……なのかは……分からないけど……」

 

何やら歯切れの悪い秋雲。

 

「あ、秋雲さんはさ……その……男の人に、そういう事……言われたことなくて……さ……。冗談とか……そういうのはあるんだけど……。だから……本当に本当……なのかなって……」

 

恋愛に対して、あまりいい経験が無いという事だろうか。

まあ、確かに、ああいう迫られ方をしたら、誰でも引いてしまうのかもしれないが……。

 

「本当に本当だ。お前の事が好きだし、好きでいてほしいとも思っている」

 

「――っ!」

 

「ただ、お前も聞いていた通り、それはあいつらにも言える事であって――……って!?」

 

ギョッとしたのは、秋雲が泣いていたからであった。

 

「ど、どうした!?」

 

「え……あ……ご、ごめん……ね……。なんか……その……驚いたと言うか……」

 

「え?」

 

「あ、雨宮君は……っ……秋雲の事……そういう……目で……見ないって……思って……たから……」

 

秋雲は涙を拭うと、落ち着くように深呼吸をした。

 

「秋雲は……キラキラした恋愛とか……絶対に出来ないって……思ってた……。だから、汚い恋愛っていうか……セフレみたいな感じだったら……愛してくれるのかなって……」

 

だから、あんなことを俺に……。

 

「……笑ってくれていいよ? 雨宮君は……そんなつもりで言った訳じゃないだろうし、誰にでも言う事だって……分かっているからさ……。でも……冗談じゃないって分かるし――皆の言うような本気ではないだろうけれど――本気でそう思っているんだって、伝わっちゃっているっていうか……。あ、秋雲さんみたいな万年モテない女には、結構効いちゃったんだよね~……とか言っちゃって……あはは……」

 

「…………」

 

「そ、そんだけ! じゃあ……その……また……ね……」

 

去ろうとする秋雲の手を、俺は――。

 

「雨宮君……?」

 

「……いや。悪い……」

 

手を離すと、秋雲は何かを察したように、俺をじっと見つめていた。

 

「……よく踏みとどまってくれたね」

 

「……!」

 

「……雨宮君が秋雲の事、同情とかじゃなく、本気で想ってくれているんだって、今、理解できたよ。誰にでも言うとか言って、ごめんね……」

 

「いや……俺は……」

 

「雨宮君は、秋雲さんが思っているよりもずっと、ピュアだったんだねぇ……。そんな雨宮君に、秋雲は……気付かせちゃったかな……?」

 

そうだ。

俺は、気が付いてしまった。

そして、ようやく理解した。

島の連中や、鈴蘭寮の連中が、どうしてあんなに呆れた表情を見せていたのかを――。

そして『好意があるだけ』という感情は、誰かを傷つけてしまうのかもしれないということを――。

 

「雨宮君はどう思っているのか分からないけれど、秋雲は、嬉しかったよ? そりゃ、雨宮君が秋雲さんの恋人になってくれたら、もっと嬉しいけどさ?」

 

秋雲が笑う。

 

「でもさ……そう出来ないもんね……。そっか……。だから雨宮君は、好きっていう気持ちを隠さなくなったんだね……。納得いった……」

 

「秋雲……」

 

「ねぇ、雨宮君」

 

「なんだ……?」

 

「秋雲と、セックスしない?」

 

「……へ?」

 

秋雲の表情は、真剣そのものだった。

 

「好きって気持ちを隠すのは大変だし、でも、発散もしないといけないでしょ? 男の人の恋愛って、心情よりも、性欲にあるって、聞いたことがあるんだ。きっと、雨宮君は……その……所謂、溜まっているってやつなんだと思う……」

 

「な、なにを言って……」

 

「心当たり、ない?」

 

確かに、言われてみれば……。

異性を意識したきっかけだって――。

俺は、陸奥や山風の裸を思い出してしまい、赤面した。

 

「きっと、秋雲を抱けば、異性に対しての気持ちも抑えられるんじゃないかなって……。雨宮君が気が付いたであろうことも、解決できるんじゃないかなって……」

 

いつだったか、秋雲に言われた『win-win』という言葉が、頭に浮かんだ。

 

「……今すぐ返事してとは言わない。でも、考えておいて欲しい……」

 

「秋雲……」

 

「じゃあ……ね……」

 

そう言うと、秋雲は少し躊躇った後、小走りで寮へと戻っていった。

残された俺は、しばらくそこから動くことが出来なかった。

 

 

 

気が付くと、鈴木の船に乗り込んでいた。

どうやら考え事をしたまま、無意識に乗っていたらしい。

 

「おう、慎二。なんだ、先に乗っていたのか」

 

「鈴木……」

 

「どうした? そんなアホ面晒して」

 

「鏡でも見ていたのか?」

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

鈴木は俺に拳骨をくらわせると、缶コーヒーを手渡した。

 

「で? どうしたんだよ?」

 

「……いや、なんていうか、俺って最低な奴なのかもしれないなと思ってさ」

 

「やっと気が付いたか」

 

「……やっぱり、そういうところがあるのか?」

 

俺が真剣に訊くものだから、鈴木はキョトンとした顔を見せた。

 

「んだよ。真剣な話だったのかよ。冗談だよ、冗談。どうしてそう思ったのか、話してみろよ」

 

俺は、鈴木に事の経緯を話してやった。

 

「――という感じだ。秋雲に言われて、気が付いてしまったんだ。俺は、自分の気持ちばかり考えていたんじゃないかってさ……。それと、俺が恋だと思っていたのは……ただの性欲なんじゃないかって……」

 

それを聞いて、鈴木はコーヒーを噴き出した。

 

「……なんだよ?」

 

「いや、悪い悪い。なんだ、お前、あいつらに欲情してんのか!?」

 

「そういう事だろ……。秋雲の言うように、俺は性欲の発散に悩んでいて、それを解消するが如く、皆に好意を伝え、好意を伝えられ――気持ちよくなっているだけなんじゃないかって……」

 

「はぁ~……。そこに気が付くとは……お前も成長したなぁ……」

 

鈴木はしみじみと、そう言った。

 

「ただ、まあ、男ってそういうもんだしなぁ……。お前がピュアなだけで、世の男なんて、そういうもんよ」

 

「だとしたら、俺はどう振る舞うべきだったんだろうか……」

 

「そりゃ……難しいな……。なんせ、あいつらは、お前のそういうピュアなところに魅かれて、島を出たり、味方をしているわけだしな」

 

ピュアな俺……か……。

思えば、こうなってしまったのも、大和と交流する理由を求めた結果だしな……。

大和との交流は割とうまく行っているし、もう素直になる必要はないんだよな……。

 

「どうして急に性欲が湧き始めたのかは不明だが、秋雲の言う通り、解消しなければそのままだぜ? 秋雲にシてもらうか、上官に掛け合って、そのテの女性を呼ぶってのも出来るらしいぜ」

 

確かに、そんな話を聞いたことがある。

俺には関係ないものと思っていたが……。

 

「とにかく、誰彼構わず好意を伝えるのはNGだ。お前の目的を忘れるんじゃねぇよ。坂本上官や、吹雪さんの顔を思い出せ」

 

坂本上官……吹雪さん……。

 

「……そうだよな。クソ……」

 

大淀に言われた時も、気が付いたはずなのだがな……。

どうも、俺はまだまだ未熟らしい……。

 

「いっそのこと、去勢手術でも受けたらどうだ?」

 

鈴木が笑う。

 

「去勢手術か……。いいかもな。それで、性欲は無くなるのだろうか? だとしたら――」

「――いや、冗談だからな?」

 

 

 

島に着くと、大淀が出迎えてくれた。

 

「今日はお前か」

 

「えぇ。皆さん、提督を出迎えたくないのだとか。好き好き言われてうるさいから、と」

 

「いや、ただお前の番なだけだろう……」

 

「知っているのなら、確認なんて必要なかったのでは?」

 

俺が黙り込むと、大淀は嬉しそうに笑って見せた。

最近のこいつは、やたらと俺を言い負かそうとしてくるというか、何かと突っかかってくる。

 

「それで? 今日は言ってくれないんですか? 大淀に「好き」って」

 

「……もう言わないことにしたんだ」

 

「それはまたどうして?」

 

「皆が迷惑がっているというのもあるが……俺自身、色々思うところがあってな……。応えられないのに、一方的に好意を伝えることは、良くないって……」

 

大淀は、様子を窺うようにして「ふぅん……」と返事をした。

 

「なんだよ?」

 

「いえ、また成長したなと思いまして」

 

「成長した?」

 

「提督があまりにも変な感じだったので、皆さんと、そうなった原因を話していたんです。医学書を読んでみたり、心理学の本を読んでみたり……」

 

そんなアプローチの仕方、あるんだな……。

 

「私たちの結論はこうです。『提督は心の成長期を迎えている』」

 

「こ、心の成長期?」

 

「艦娘がそうなように、提督も、体の成長と心の成長が伴っていないのではないかと。思春期……かどうかは分かりませんが、そういう時期なんだろうという事で、皆さん、納得したんですよ」

 

思春期……。

しかし……あながち間違っていないように思えるのは何故だろうか?

 

「でも、ここに来て、また成長したようですね。おめでとうございます」

 

拍手する大淀。

ほくそ笑んでいる表情が絶妙にムカつくぜ……。

 

 

 

大淀は早速、俺の成長を皆にも伝えたようで、帰るなり、速攻で弄られることとなった。

 

「お前らなぁ……」

 

「自業自得ってやつよ……。全く……」

 

「提督……。私……たちへの好意が無くなった……という訳ではないですよね……?」

 

不安そうにする明石。

こういう顔をさせちゃうから、駄目だって話だよな……。

そんな事で騒いでいると、大和がやってきて、小さくため息をついた。

 

「お前も揶揄いに来たのか?」

 

「呆れているんです……。本当、理解に苦しみます……。貴方のような人間、初めてです……」

 

「人間じゃないんじゃないのかしら?」

 

皆が笑う。

まあでも、否定はできないよな……。

ロボットみたいだと言われたことがあるし、案外、この島へ派遣するためにつくられたアンドロイドか何かなんじゃないのかとも思ってしまう。

 

「……そう言えば、山城はどうだ? まだ、引きこもってんのか?」

 

そう訊いてやると、皆は表情を曇らせた。

 

「響ちゃんが定期的に面倒を見ているようだけれど、まだ部屋にこもっているわ……。私も、訪ねてはみたのだけれど、言葉どころか、視線すら合わせてくれなくて……」

 

まあ、山城からしたら、夕張は俺に近しい存在だからな。

それに比べて、響の事は『まだ』俺に敵対している存在だと思い込んでいるだろうから、近づけているという感じか。

 

「何かできないかなって、思ってはいるのだけれど……」

 

夕張の気持ちは嬉しいが、今はあまり……。

 

「下手に関わっては、却って山城さんのストレスになるかと思います。響ちゃんには話をしているとのことですし、今はそっとしておくことが一番かと」

 

そう言ってくれたのは、大和であった。

これでいいんでしょ? とでもいうように、俺に視線を向けていた。

 

「大和の言う通りかもな。それよりも、お前たちは花見の準備があるだろ。そっちに集中しろよな」

 

「そっちの方は問題ないわ。明石の料理が上達しないこと以外はね」

 

恥ずかしそうにする明石。

本当、変なところで不器用だよな。

 

「あ、そうだったわ! 大淀さんと備蓄庫で待ち合わせしていたんだったわ! 明石、行きましょう!」

 

「そうだった! 急がないと!」

 

二隻は慌てて食堂を出ていった。

残された大和は、俺の前に座ると、再びため息をついた。

 

「ため息ばかりついていると、幸せが逃げて行ってしまうぞ」

 

「誰のせいだと思っているのですか……」

 

「止めようと思えばできるだろうに」

 

「……そんなことよりも、響ちゃんの件です。あれからどうなったのです? 協力は受けられているようですが……」

 

「ちょくちょく報告は受けているよ。消灯後、たまに家に来てくれるんだ」

 

そうなのだ。

結局、響は、俺の提案を受け入れてくれた。

尤も、受け入れざるを得ないといった具合なのだろうが……。

 

「では、交流は上手く行っていると?」

 

「どうかな……。報告は事務的な感じだしな。雑談をしようものなら、交流しようとしていることを勘付かれてしまうだろう」

 

「それではあまり……」

 

「まあ、今回は響との交流というよりも、山城をどうにかするというのが目的だしな。山城にコンタクトをとれるのは響だけだというのなら、それを利用しないテは無いだろ」

 

「時間がかかりそうですね……」

 

「そういうもんだろ。今までが早すぎたんだ。ゆっくりやらせてもらうさ」

 

そう言ってやると、大和は再びため息をついて見せた。

 

「まだ何か呆れることが?」

 

「いえ……。ただ、貴方も自分の心配をした方が宜しいのではと思いまして」

 

「俺の心配?」

 

「私たちへの不安定な態度の事ですよ」

 

大和はフイとそっぽを向くと、そのまま食堂を後にした。

 

「なんか、怒っていたか?」

 

 

 

その日の夜。

家で報告書をまとめていると、響がやって来た。

 

「よう」

 

響は座ることもせず、淡々と、いつものように報告を始めた。

 

「山城さんは相変わらず、何も語らない。私の話題に返事はするけれど、本当にただ返事をするだけ。食事の量は、特に変わりない」

 

「そうか。話題ってのは、どんな?」

 

「天気の話とか、花見の話とか――何でもない、ただの日常会話さ」

 

「なるほど」

 

「そっちはどうなんだい? 暁たち、何か変わりは?」

 

「少し、変化があったよ。ゲームに飽きたようでな、本やビデオなどを与えてやったら、何かに感化されたようで、島を出ることでお前の為になることがあるかもしれないと話していたよ」

 

本当の事であった。

最近の暁は、どこか、響を一緒に連れ出そうという気概が見られない。

このまま島を出てしまいそうな勢いだ。

 

「そう……。それはいい傾向だ。それを焚きつける方向で動いてくれると……」

 

「あぁ、そのつもりだ。特に暁なんかは、お前の為になることであれば何でもしそうな勢いだし、そこを突くつもりだ」

 

「私の方も、それとなく貴方の現状を伝えているつもりだから、安心して欲しい。それとも、一切伝えない方がいいかな?」

 

「やり方はお前に任せるよ」

 

「了解。私からは以上だ」

 

「俺も、もう報告することはないよ」

 

「じゃあ、また」

 

「あぁ」

 

響は何の躊躇もなく、スタスタと帰って行ってしまった。

今日は割と話した方だ。

当初は睨まれながら報告を受けていたし、まあ、それが無くなっただけでも、大分進展しているようには感じる。

 

「まあ、これ以上はないだろうがな……」

 

山城を部屋から出すには、響の協力が必要だ。

そして、逆もまた然りだ。

山城が島を出ることになるとすれば、その時、おそらく響は――。

 

 

 

 

 

 

寮に戻ると、トイレに行っていたであろう暁と鉢合わせた。

 

「響……」

 

暁は少し考えた後、優しい表情で言った。

 

「もう消灯時間なんだから、部屋に居ないと駄目よ。じゃあね」

 

そして、そのまま部屋へと戻って行ってしまった。

 

『島を出ることでお前の為になることがあるかもしれないと話していたよ』

 

『あの人』がさっき言っていたことは、本当なのだろう。

暁は最近、私を説得するようなことを言わなくなった。

嘘の報告をされているものだと思っていたのだけれど――どうやら本当に暁たちを島から出そうとしてくれているらしい。

けど……。

 

『山城を島から出したい。協力して欲しい』

 

どうして、あの人は……、

山城さんがああなった以上、私に協力を求める選択をするのは分かる。

けど、本当にそれだけなのだろうか。

あまりにも浅はかというか――あの人らしくないというか――そもそも、私に、山城さんをどうこうする力は――。

私に交流を求めてくる様子も無いし、私たちをバラバラにさせる選択をとる人では――。

 

「…………」

 

分からない……。

でも、そういう分からないところが、司令官にそっくりで――。

 

『不死鳥もやがて死ぬ。そして生まれ変わる。お前たちも同じだ』

 

司令官……貴方は違うのかい……?

貴方は……生まれ変わって、私に会いに来てくれないのかい……?

どうして……どうして運命は、司令官にそっくりなあの人を……私の元に寄越したんだ……。

 

「司令官……」

 

 

 

翌朝。

いつものように、山城さんに朝食を持ってゆく。

 

「山城さん」

 

山城さんはいつも、暗くした部屋の隅で、小さく座っている。

早起きなのか、それとも眠っていないのか――とにかく、いつ訪れても、同じ場所に、同じ格好で座っている。

 

「おはよう。朝食だよ」

 

「えぇ……ありがとう……」

 

モソモソと朝食を摂り始める山城さん。

私も、同じように。

食事中の会話は、基本的に無い。

食後に、業務連絡を兼ねた会話をするくらいだった。

――今日も、そのはずだった。

 

「貴女は……」

 

思わず、食事する手を止めた。

顔を上げると、山城さんと目が合った。

 

「貴女は……本気で信じていたの……?」

 

「え……?」

 

「あの人が……『提督』の生まれ変わりだって……」

 

山城さんから話しかけてくるとは思ってもみなかったというのもあるけれど、まさか『司令官』の話題を出して来るだなんて――。

 

「……ごめんなさい。変な事を訊いたわね……」

 

視線が外れる。

私は何故か、慌てて返事をしてしまった。

 

「し、信じていた……けど……」

 

再び、山城さんと目が合う。

 

「……そう。私も……同じよ……」

 

「え……?」

 

「私も……信じていたわ……。もしかしたら、あの人は……提督は、私を救いに来てくれたのかもしれないって……」

 

「救う……?」

 

「でも……すぐにそうじゃないって分かった……。でも……それでも私は……」

 

そこまで言うと、山城さんは俯いてしまった。

薄々勘付いてはいたのだけれど、やっぱり、山城さんも司令官の事を……。

 

「……山城さんと司令官は、仲良かったよね。司令官、よく言っていたよ。山城が、山城が~って……。正直、嫉妬していたんだ」

 

「……私も同じよ。提督は、私と話す時、必ず貴女との話題を出すの。「響が中々離れてくれなくて……」って、毎回、話の始まりに言うの」

 

そう話す山城さんは、どこか嬉しそうだった。

……なるほど。

そういう事か……。

だから、あの人は私を……。

だったら……。

 

「……実は、ずっと、山城さんと、司令官について話したかったんだ」

 

「え……?」

 

「山城さんも、同じだったんじゃないの? だから、私を受け入れてくれたし、こうして話題を振って来た……。違う?」

 

山城さんは答えない。

でも、視線を外したところを見るに、おそらくは――。

 

「気分を悪くさせてしまったのならごめんなさい。でも、山城さんなら、きっと、私の気持ちを理解してくれるんじゃないかなって思ったから……」

 

悪い事をしているようで、気が引ける。

でも、その気持ちは嘘ではないし、司令官の話が出来るというのなら――。

 

「貴女が謝る必要はないわ……。貴女の……言う通りだから……」

 

「…………」

 

「最近……提督の夢を見るの……。あの頃と同じ笑顔を私に向けて来て――でも……目が覚めると、提督は居なくて――。忘れていたはずの喪失感が、私を襲って来て――寂しくて――思い出ばかりを振り返ってしまって――」

 

司令官との仲を否定し続けていた山城さんが、こんなにも司令官を想っていただなんて……。

 

「あの人は……私の光だった……。私の不幸をもかき消すような……。その光を……私は……奪ってしまった……」

 

「光を……奪う……?」

 

しばらく黙り込んだ後、山城さんは話題を逸らすように、私を揶揄った。

 

「それにしても貴女、提督と居る時と違って、案外大人なところがあるのね……」

 

「え?」

 

「それとも、あんなに甘々になるのは、提督の前だけなのかしら?」

 

私は思わず赤面してしまった。

確かに、司令官の前での私は、もっと――。

山城さんは箸を置くと、膝を抱え、小さくなってしまった。

これ以上は話したくない、という合図だった。

 

「……また、お昼に来るね」

 

そう言って、食器を持って部屋を出ようとした時だった。

 

「提督の事……」

 

「え?」

 

「提督の事……後で……また聞かせてちょうだい……。嫌じゃ……なければだけど……」

 

そのお願いに、何故か、嬉しくなっている自分がいた。

 

「……うん! もちろんだよ。じゃあ、後で」

 

「えぇ……」

 

微笑む山城さん。

だけれど、どこか不安にさせるような、そんな表情だった。

 

 

 

それからも、昼食後や、夕食後――消灯時間ギリギリまで、私たちは、司令官との思い出を話した。

たった十年ほどの付き合いだったはずなのに、いつまでも話題が尽きることはなかった。

 

「凄いな、山城さんは……。私よりも付き合いが短かったはずなのに、私よりも濃密な時間を、司令官と過ごしていたんだね」

 

「どうかしらね……。私が勝手に濃密だと思っているだけで、あなた達にとっては、なんでもない些細なことの連続だったのかもしれないわ……」

 

私たちにとってはそうかもしれないけれど、山城さんはずっと引きこもっていたから、なんでもないようなことだとしても、非日常になり得る。

そうでなくとも、司令官との時間は、濃密で、濃厚で――失うことが怖くなってしまうほどに――大事にし過ぎて、触れられなくなるような――そんなものだったはずだ。

 

「……そろそろ消灯時間ね」

 

「本当だ。あっという間だったね」

 

「そうね……」

 

微笑む山城さん。

少し、疲れが見えていた。

 

「今日はぐっすり眠れそうかい?」

 

「えぇ……そうね……。夢の中であれば、提督にも会えるし……」

 

そう言うと、山城さんは恥ずかしそうに、一枚の写真を枕の下から取り出した。

 

「司令官の写真?」

 

「枕の下に挟むと、その人の夢が見られるって……誰かが言っていたの……。絶対ではないのだけれど……おまじないというか……そんな感じ……」

 

恥ずかしいはずの秘密。

誰にも言えないはずの秘密。

そのはずなのに、私に教えてくれたという事は――。

 

「もう一枚あるから……貴女にも貸してあげるわ……」

 

「いいの?」

 

「えぇ……」

 

受け取った写真には、勇ましいポーズをとる司令官が写っていた。

 

「ヘンテコな写真だね」

 

「ヘンテコな提督が出てくるかもしれないわね」

 

小さく笑う山城さん。

完全に心を許してくれている。

それなのに、どうして私は、この笑顔に不安を覚えてしまうのだろうか。

 

「それじゃあ、お休み」

 

「うん、お休みなさい」

 

部屋を出て、もう一度写真を見る。

見れば見るほど、ヘンテコな写真。

そして、見れば見るほど――嫌になってしまうほど、あの人にそっくりで――。

 

「…………」

 

 

 

その日の夜も、私はあの人の家へと向かった。

 

「よう。来たか」

 

待っていた、とでも言うように、笑顔を見せる男。

山城さんと話し過ぎたせいか、司令官が重なって見えてしまう。

本当に親子なんだって、嫌でも思ってしまう。

 

「……今日の報告の前に、貴方に言いたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「山城さんと話していて、気が付いたんだ……。貴方が何を企んでいるのかをね……」

 

「俺が企んでいること?」

 

とぼけるように、首をかしげる男。

動作一つ一つに、司令官の面影が見え隠れする。

 

「山城さんがああなってしまったのは、司令官が関係していると考えた貴方は、司令官と距離の近かった私を山城さんの元へ送ることで、手掛かりをつかもうとした……。そして、それは私にも同じことが言えて――あわよくば、一石二鳥のように、私をも攻略しようと考えた……。違うかい……?」

 

男が笑う。

それがどういう意味なのかは分からない。

分かる必要もない。

 

「なるほど。山城と、親父の話をしたんだな?」

 

驚きはしなかった。

 

「半分あっているが、半分間違っている。俺は、お前を攻略しようとは考えていない」

 

「山城さんの手掛かりを引き出す為だというのは、合っているんだね……」

 

「お前の大好きな司令官を利用されて、怒りを覚えるか?」

 

そう言われ、気が付く。

そうか……。

普通は、そう怒るところなんだ、と……。

けれど――。

 

「……まあいい。報告は、山城が親父の事を話し始めた、ということだけか?」

 

「……そうだよ。詳しい話は……」

 

「しなくていいよ。お前も、話せない、と言うつもりだったのではないのか?」

 

何もかもを見透かしているかのような目だった。

この人は、一体、どこまで先の未来を見ているのだろうか……。

 

「俺からも報告することがある。お前にとっては朗報になるかもな」

 

「朗報?」

 

「暁が、島を出る決意を固めた。今朝、俺に相談して来た」

 

……なるほど。

暁の考えそうなことだ……。

この男が言っていることは事実だろう。

けど、暁の本心は違う。

暁は、本気で島を出ようとは考えていないはずだ。

 

「電と雷が、それに反対している。だが、暁は、一人になろうとも島を出る決意があるようだ」

 

そんな勇気もないくせに。

おそらく暁は、私を動揺させるために、そんな嘘をついているのだろう。

すると、最近になって説得をやめたのは、この嘘の為だったわけだ……。

そんなことまで、暁は――いや、違う。

暁が、そこまで考えられるはずがない。

考えるとすれば……。

 

「どうした?」

 

「……いや」

 

「……もし、暁一人で島を出るというのなら、俺はそれを止めるつもりはないぜ」

 

「うん、それでいいよ。尤も、暁が本当に一人で島を出ることが出来るのかは、疑問だけれどね」

 

そう言って、私は男を見つめた。

少しは動揺を見せるものだと思っていたのだけれど、男は――。

 

「そうか。分かった。報告は以上だ。お前から、他に何かあるか?」

 

「……ないよ」

 

「じゃあ、また、何かあったら」

 

「うん……」

 

動揺を誘うつもりが、却って私が動揺してしまっている。

けれど、その動揺の正体が分からない。

私は、何に動揺している?

この男の策略に?

それとも――。

 

 

 

その日の夜、山城さんのおまじない(?)が効いたのか、司令官の夢を見た。

私は、司令官に肩車されていて――大淀さんに切ってもらったのだという司令官の短い髪を、平手でポンポンと叩いていた。

 

『怪しい雨雲が見えるな』

 

司令官は立ち止まると、遠くの雨雲を見つめた。

 

『ありゃ、雷雲になるな……。今日の夕方辺り、こっちに来そうだ……。また、山城のところに行ってやらないとな……』

 

『山城さんのところ? どうして?』

 

『あいつ、天災を恐れているんだ。台風とか、雷とか――人間も艦娘も、深海棲艦でさえ、天災には勝てなかったのだと、あいつは言っていた』

 

『私も雷は怖いって思っているけれど……。山城さんほどの艦娘が、そこまで天災を恐れるって、何かトラウマでもあったのかな?』

 

『さあな……。あいつは、神様だとか、運命だとか――そういう、俺たちにはどうしようもないものを恐れている節があるから、天災も、そのテのものであると認識しているのやもしれん』

 

『神様、運命……。どっちも、天災と同じように恐れるものだとは思えないけど……』

 

『そうかな……? 神様は絶対にいいやつだと言い切れるか? 運命に残酷なものはないと言い切れるか?』

 

そう問う司令官の声は、少しだけ怖かった。

 

『神様がどんなもんかは俺にも分からない。だが、山城が解釈している神様ってのは、俺たちにはどうしようもない存在で、運命と同じものなんだ。運命は、時として残酷だ。神様の選択も、また然りだ』

 

遠くの雲が光る。

遅れて、音も――。

 

『そろそろ戻るか』

 

寮へと引き返す司令官。

暗くなって行く視界。

そうだ、これは夢だった……!

夢から覚めてしまう……!

最後に、司令官の顔を――!

その顔を確認した瞬間、私は――。

 

 

 

窓を叩く雨音に、目が覚める。

 

「雨……」

 

久しく感じていなかった、憂鬱な気分。

そうだ……。

こういう雨の日は、一日中ずっと、司令官は、山城さんの傍にいるんだ。

忘れていた憂鬱。

忘れていた寂しさ。

 

「司令官……」

 

枕の下にあったはずの写真は、いつの間にか、部屋の隅で裏返っていた。

 

 

朝食を貰いに、食堂へと向かうと――。

 

「あ……」

 

――という声と共に、皆が一斉に、私を見る。

何事かと思っていると――。

 

「響」

 

私を呼んだのは、暁だった。

何故か、皆に囲まれている。

 

「相変わらずお寝坊さんね」

 

暁は私の前に立つと、いつもの優しい表情で、言った。

 

「暁ね、島を出ることになったの」

 

私はすぐに、あの男の姿を探した。

けど……。

 

「でね……? 一応、皆にも話しておこうと思って……。これから、話し合いをするところなんだけど……。もし……嫌じゃなければ……響にも参加して欲しくて……」

 

だからか……。

だから、あの男は――。

 

「本気で言っているのかい……?」

 

「うん、本気よ。電と雷は、反対しているようだけれど……。二人は、暁を止めるよう、司令官を説得しに行っちゃった……」

 

そう言えば、あの二人の姿も無い。

 

「……そう。私は反対しないよ。島を出るつもりもないから」

 

冷たく言ったつもりだったけど、暁の表情は、相変わらず優しかった。

 

「ひ、響ちゃんはそれでいいの!? だって……もう二度と、暁ちゃんに会えなくなるかもしれないんだよ!?」

 

敷波……。

相変わらず、あの男に騙されているね……。

それどころか、暁にさえ――。

 

「いいのよ、敷波。響がそういう選択をするというのなら、暁からは何も言うことはないわ」

 

「暁ちゃん……。で、でも……!」

 

「いいの。いつか、こういう日が来るかもしれないって、薄々感じてはいたの。でも、それが嫌で、色々理由をつけて一緒に居たけれど――ずっと、暁の我が儘に付き合ってくれていたのだもの。そろそろ、独り立ちしないといけないわよね」

 

どこか、寂しそうに笑う暁に、私は思わず顔を背けてしまった。

 

「山城さんのところに行くんでしょ? ごめんね、呼び止めちゃって」

 

「……いや」

 

「暁ちゃん……」

 

「皆もごめんなさい。話の続き、朝食を摂りながらでもしましょう?」

 

そう言って、暁は皆の方へと去って行った。

 

 

 

「どうかしたの……?」

 

山城さんが、心配そうに問い掛ける。

 

「え……?」

 

「何だか……悩んでいるように見えるのだけれど……」

 

「な、なんでもないよ。ちょっと、色々考えちゃって……。ほら、写真、枕の下に置いたら、司令官が夢に出て来て――」

 

『ずっと、暁の我が儘に付き合ってくれていたのだもの。そろそろ、独り立ちしないといけないわよね』

 

嘘じゃなかった。

暁のあの表情に、偽りはなかった。

あの男の策略じゃなく、暁は本当に――。

 

「そしたら司令官が、山城さんのところに行かなきゃって言ってて――」

 

――別に、いいじゃないか。

これは、私が望んだことで――雷と電が付いていかなかったのは誤算だったけれど――とにかく、これで解決したじゃないか。

いや、或いは、あの男の策略が、一歩先を行っていて――そうさ、安心できていないのは、まだ暁が島を出た訳じゃないからで――あの男の策略を警戒しているからで――。

 

「……こういう雨の日は、いつも、司令官は山城さんのところに行くから……それを思い出して……憂鬱になっちゃったのかも」

 

そうさ。

司令官の事を思い出して、少しだけ、胸が痛くなっているだけさ……。

なんてことはない。

暁が島を出てさえくれれば、きっと――。

 

 

 

その日の夜。

私は、あの男に呼び出された。

 

「よう」

 

いつもと違い、縁側に座る男。

隣に座れと言わんばかりに、座布団が置かれていた。

 

「交流する気はないよ」

 

「分かっている。別に、座りたくなければ座らなくてもいいさ。ただ、雨上がりの夜空があまりにも綺麗だったから、眺めながら報告でもと思ってな」

 

「随分ロマンチストなんだね」

 

嫌味のつもりだったのだけれど、男はフッと笑って見せた。

 

「……私から報告することは特にないよ。貴方にはあるのかな?」

 

「あぁ、ある。暁が島を出ることは、もう聞いただろ?」

 

「うん……」

 

「では、電と雷も、島を出る決意をしたことは?」

 

「え?」

 

「今朝、あの二隻が俺のところに来た。暁の決意を覆してくれとな」

 

それは知っている。

結局、説得できず、帰ってきたことも――。

 

「暁がどうして島を出るのか――如何にお前の事を想っているのか――それらを説明してやった。あいつらは、それでも納得できず、諦めて帰っていったよ」

 

知っているさ。

 

「知っているよ……。なのにどうして、島を出ると……?」

 

「さあな……。あいつらなりに、色々考えたんじゃないのか? 結局、夕食が済んだ頃、俺のところにやって来て、一緒に島を出るのだと聞かされたよ。明日にでも、皆に言うんじゃないか?」

 

嘘だ。

 

「……そんな話、信じられない。今まで反対してきたのに、急にどうして……。それに、仮にあの二人が島を出るとして、貴方がその理由を知らないのはおかしいじゃないか……」

 

「理由を問う必要が何処にある?」

 

男が私を見る。

恐ろしく見えてしまうのは、きっと――。

 

「……貴方らしくないよ。全部、おかしい……。暁が島を出ると言い出したのも、電と雷の心変わりも……。一体、貴方は何をしようとしているんだい……!?」

 

熱くなる私とは対照的に、男の表情は、冷め切っていた。

 

「何をそんなに疑っている? お前の望み通り、あの三隻は島を出ると言っているんだぜ?」

 

「私を動揺させるための――」

「――お前はそんな事で動揺する質なのか?」

 

男の目――声――全てが恐ろしく感じた。

いつだったか、司令官が――さんを問い詰めた時と、同じ表情だった。

 

「こんなことで動揺するな……。あいつらは本気なんだよ……。そんなんじゃ、今後、お前一人でやっていけねぇぞ……」

 

「……っ」

 

「現状、山城を島から出すのに、お前は必要不可欠だ。そういう意味で言えば、今、お前に島を出られちゃ困るのは、俺なんだぜ。だからこそ、あの三隻がどうして島を出るのか、お前には知られたくない。その意味……分かるだろ……?」

 

私は、何も言い返せなかった。

怖かったからじゃない。

納得してしまったからだ。

 

「……動揺する気持ちは分かる。もし、それに耐えられないというのなら……俺に出来ることがあれば、なんでもする。親父の真似事でも、なんでもな……」

 

「……いや。大丈夫……。大丈夫だよ……」

 

「……本当か?」

 

「うん……」

 

永い沈黙が続く。

男は、しばらく私の様子を窺った後、安心したように夜の海を望んだ。

 

「三隻が島を出たから、もう協力はしない……ってのはナシだぜ。こう見えても、俺は――お前の言った通り、らしくないやり方を選んだ。苦渋の決断だったんだぜ」

 

夜空を仰ぐ男の表情は、どこか――。

そう見えるのも、きっと――。

 

「報告は以上だ。寒いのに、悪かったな」

 

そう言うと、男は黙り込んでしまった。

私が去るのを待っているようであった。

 

「……一つだけ、訊いてもいいかい?」

 

「ん?」

 

「貴方は司令官を……自分の父親の事を……どう思っているんだい……?」

 

曖昧な質問だった。

する必要のない、質問だった。

けど――。

 

「……最初は、恨みの対象だったよ。どうして母さんを捨てたんだ……って……。でも、今は尊敬している。けどそれは、父親としてではなく、一人の人間としてだ。親父の親父らしいところなんて――それどころか、思い出だって、思い出す方が大変で――だからさ……」

 

男が――司令官の息子が、私を見た。

暁が見せた、どこか寂しそうな笑顔を向けて――。

 

「お前が羨ましいよ」

 

 

 

家を出た後、私はしばらく、静かな夜の海を見つめていた。

これは同情なんかではない。

そう言い聞かせても、頬をなぞる風は、冷たいままだった。

 

 

 

翌朝。

食堂を訪れると――。

 

「響」

 

「響ちゃん」

 

皆が、電と雷を囲んでいた。

男の言っていたことは、本当だった。

 

 

 

その日の夜中に、三隻を迎えに来る船はやって来た。

いつもの仰々しい感じとは違って、夜逃げのように、ひっそりとしていた。

 

「響ちゃん……! 響ちゃん……!」

 

敷波が、部屋の扉を叩く。

 

「響ちゃん! いるんでしょ!? 暁ちゃん達、行っちゃうよ!?」

 

私が黙り込んでいると、山城さんが言った。

 

「行かなくていいの……?」

 

「うん。いいんだ。暁たちも、お別れを言いには来ないし、私の事は諦めたんだと思うから」

 

本当に島を出るつもりであるのなら、それでもいい。

でも、私はまだ疑っていた。

昨日は、あの男にそれらしいことを言われて納得してしまったけれど、冷静に考えると、やっぱりおかしいじゃないか。

電と雷が、急に意見を変えるなんてありえないし、たった一日二日で島を出る決意を固められる訳がない。

お花見だって、あの三人が一番楽しみにしていたのに、それをしないで――そもそも、いつもは早朝に迎えに来ていた船が、今日に限ってどうして夜中に――それも、あんなに小さな船で、夜逃げのようにして――。

 

「……別れの言葉くらいは、言っておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

「別に、大丈夫だよ」

 

「どの会話が最後になるか……分からないわよ……」

 

そう言う山城さんは、どこか悲しそうな表情を見せていた。

 

「……司令官との別れの時も、同じだった……という訳かい?」

 

山城さんは――。

 

「提督との最後の会話は……たった一言だったわ……」

 

「……なんて言ったんだい?」

 

「『また明日』……よ……」

 

また明日……。

 

「今思えば……あの日の夜から、私の世界に夜明けは無かったのかもしれないわね……。だから、私の世界は、ずっと――今も――」

 

そう言うと、山城さんは膝を抱えてしまった。

 

「…………」

 

いつの間にか、敷波は居なくなったようで、辺りは一気に静まり返った。

私はそっと、カーテンを開けて、海を望んだ。

そこには、小さな船が一隻だけ浮かんでいて――月明りに照らされた航跡が、キラキラと光っていた。

 

 

 

翌朝。

食堂へ向かうと、皆が一斉に私に目を向けた。

 

「響ちゃん……」

 

いつもの席に、暁も、電も、雷も居ない。

本当に島を出た――はずがない。

きっと、あの男の家にでも匿われているのだろう。

 

「おはよう」

 

男が食堂へ入ってきて、皆に挨拶をする。

男は私の表情を確認すると、席に着いた。

やはりそうだ。

私が動揺していないか、確認したんだ。

暁たちは島を出ていない。

島を出たのだと思い込ませ、私を動揺させるつもりだったんだ。

 

「皆さん、揃いました……よね……? あの三人が島を出て、なんだか一気に少なくなった感じがしますね……」

 

皆が俯く。

そんな事、わざわざ言わなくても――もしかして、大淀さんも、この男の共犯で――或いは、私以外全員が――。

 

「本日は、明日開催のお花見の準備と、島を出た三人の部屋の掃除があります。掃除を担当するのは――」

 

部屋の掃除……か……。

本当に出ていった、ということをアピールしたいんだね。

回りくどすぎて、逆にキナ臭くなっているよ……。

これ以上は付き合っていられないと思い、私は食事を持って、山城さんの部屋へと向かった。

 

 

 

その日の夜、家へと帰ろうとしていた男を、私は呼び止めた。

 

「これから報告に行こうと思っていたんだ」

 

「そうか。別に、わざわざ家に来なくてもいいんだぜ。暁たちも島を出たことだし、山城が部屋から出ることも無いしな」

 

当然、そうやって牽制するよね。

家には暁たちがいるんだから。

 

「他の人たちに知られたくない。言っていないんでしょ? 他の人には」

 

逃げ道を塞ぐように、そう言った。

どんな答えが返ってくるものかと期待していたのだけれど、男は「そうか。じゃあ、行くか」と言って、歩き始めた。

もしかして、家で匿っている訳じゃない……?

 

 

 

家は真っ暗だった。

誰かがいた形跡も無いし、実際、誰もいなかった。

 

「分かっているとは思うが、俺から報告することはないぜ」

 

「うん。私の方は――」

 

いつものように、適当に報告をする。

男の視線に注目したけれど、動揺したり、何かを隠しているような動きはなかった。

 

「――以上だよ」

 

「つまり、いつも通りって事だな」

 

男はため息をつくと、私に言った。

 

「今後、特に何もなければ、こうして報告する必要はない。俺の方から報告することも無いしな」

 

報告は必要ない……か……。

やはりおかしい。

私との交流の機会は、この報告しかない。

それを、わざわざ放棄するなんて……。

どこかに匿っているであろう暁たちの場所を悟られないため……?

 

「お前もその方がいいだろうと思う。出来ることであるのなら、俺と居たくはないだろうしな」

 

「……そうだね」

 

「なら、後はお前に任せるよ。山城の事、頼んだぜ……」

 

そう言うと、男は「風呂に入る」と言って、居間を後にした。

隙を見せるという事は、やっぱり、暁たちはこの家に居ない……?

念のため、庭に出て、倉庫や遊具などを探してみたけれど、やはり人がいた形跡はなかった。

家ではないとすると、島のどこかだろうか……?

 

 

 

翌日の早朝。

私は寮を出て、心当たりのある場所をひたすら探した。

夏に海水浴をする入り江。

岩場を越えた反対側。

畑。

備蓄庫。

風力発電のある島の頂上。

他にも、昔、皆で秘密基地をつくった場所や――。

寮に戻って、空き部屋――道場、鶏小屋、倉庫、焼却炉、天井裏、床下収納、執務室――全て、確認した。

でも、やっぱり――。

 

「…………」

 

私は何故か、焦りを感じていた。

本当に、暁たちは島を出たのだろうか……?

いや、でも――。

――違うよ。

どうして、暁たちが島を出たことを否定しようとしているんだ……?

本当に島を出たというのなら、それでいいはずだ……。

なのに、どうして――。

 

「……違う」

 

暁たちがいなくなって、ショックを受けている訳じゃない。

これは……違う……。

これは……ただ……。

ただ……。

 

「違うのに……どうして……」

 

食堂が騒がしくなって行く。

私は『ソレ』を隠すように、顔を洗ってから、食堂へと向かった。

 

 

 

お昼になると、寮は静かになった。

 

「今日は天気がいいから、お花見日和だね」

 

そう言って、私は部屋の窓を開けて、春の風を部屋に招き入れた。

 

「お花見……行かなくていいの……?」

 

「山城さんは行かないんでしょ? だったら、私もここにいるよ。ここでも、お花見は出来るしね」

 

昼食は、お花見用のお弁当から、おこぼれを貰った。

日本酒も、少しだけ。

 

「……平気なの?」

 

「え?」

 

「六駆の子たち……全員島を出てしまって……」

 

「……うん。平気だよ」

 

お猪口に注いだ日本酒に、春の風が桜の花びらを添えてくれた。

 

「……本音を言うと、少し――ううん……結構、寂しいと言うか……辛いと言うか……。本当に出て行っちゃったんだなって……」

 

「…………」

 

「でも……本当にそうなんだって確信したら――泣いてスッキリしたら――簡単に受け入れられたんだ……」

 

もう戻らない。

そう確信できた時、未練は消え失せる。

昔、大切に育てていた兎が病気になって、死んでしまうんじゃないかと、皆、不安になった。

でも、いざ死んでしまったら――受け入れられないほどの絶望があるものだと思っていたのだけれど――二日も経ったら、誰もその兎の話をしなくなっていたし、新しく来たハムスターに夢中になっていた。

 

「不思議だよね……。ずーっと一緒に居たのに、別れは突然やってきて――それでも、案外受け入れられちゃうんだなって……」

 

死――別れ――。

兎も、暁たちも――それらを簡単に受け入れられるのなら、私は……私たちは、どうして司令官を――。

……いや。

そうじゃない。

そうか……。

私は――。

 

「……山城さん」

 

「なにかしら……?」

 

「司令官は……もう戻って来ないの……?」

 

山城さんは答えない。

答えられないのか、それとも、気を遣っているのか。

いずれにせよ、きっと、山城さんは――。

それでも、山城さんは――。

 

「私は……」

 

私は……違う……。

山城さんとは、違う……。

気が付いてしまった。

暁たちがいなくなって――兎を思い出して――そして、司令官が居なくなったあとの事を、思い出して――。

 

「山城さんは……司令官の事、忘れたことはある……?」

 

「……いいえ。ずっと、毎日、想っているわ……」

 

……やっぱりね。

そうさ……。

私は、山城さんとは違って、司令官がいなくなった後でも、ちゃんと笑えていた。

クリスマスも、お正月も、お花見も――全部全部、楽しめていた。

司令官がいなくても――司令官を忘れても――悔やむことなく、健全に、前向きに、生活できていた。

泣いて、すっきりして、司令官の事を言わなくなって、想わなくなって――あの男がやってきて、ようやく私は、思い出して――。

そうか……。

私は、もう、司令官の事を――。

 

「う……うぅぅぅぅ……」

 

司令官……。

私は……やっと……貴方の死を受け入れられたようだ……。

死んだ者は生き返らない。

不死鳥は生まれ変わっても、それは新しい命でしかない。

私の知る司令官は、もういない。

同じように生まれ変わることはない。

そうさ……。

 

【沈んでしまった艦娘が、そうだったじゃないか――】

 

だからきっと、司令官も――。

泣き続ける私の背中を、山城さんは困惑しながら撫でてくれた。

その手は恐ろしいほど冷たくて、生気を感じなかった。

 

 

 

大きな桜の木の下で、男は微笑みながら、騒ぐ皆の様子を見つめていた。

 

「ん……?」

 

酔っているのか、少し赤くなった顔を、私に向ける。

 

「よう、どうした?」

 

そう問い掛ける男の顔は、とても優しくて――司令官の顔にそっくりなはずなのに、全く別人のようにも感じて――。

 

「貴方に、訊きたいことがあるんだ」

 

男は少しだけ驚いた表情を見せた後、何も言わず、私の言葉を待ってくれていた。

 

「司令官は――貴方の父親は、もう、戻って来ないの……?」

 

男は空を見上げると――本当に嫌になるほど、空は澄み渡っていて――男の目も、また――。

 

「そうかもしれないな」

 

らしくない、曖昧な回答。

酔っているからなのか、それとも――。

 

「もし、生まれ変わることが出来たとしても、親父はきっと、ここには戻って来ないんじゃないかな」

 

「……どうしてそう思うの?」

 

「親父は、俺の母さんを――自分の妻を、心から愛していた。死後の世界があるのかは知らんが、生まれ変わって来ないところを見るに、きっと、あの世で二人、楽しく暮らしているんじゃないのかなってさ。あまりにも幸せなもんだから、こっちに戻れないんじゃないのかな」

 

男が笑う。

 

「お前らの事は心配だろうけれど、俺がいるしな。心配事は息子に任せて、自分は妻との幸せな時間を謳歌しているんだよ。全く、勝手な親だよな」

 

潮風が、桜の花びらを攫ってゆく。

その合間に見える男の顔は――。

 

「だから、親父の事なんて気にするな」

 

嗚呼、そうか……。

この男は――この人は、そうやって――。

私も、いつか、そう思えるかな……。

 

「――思えるさ」

 

それは、風の空耳だったのかもしれない。

けど、それは確かに――彼の優しい表情が、そう言っているようだったから――そう、受け入れることが出来たから――。

 

 

 

その日の夜、私は、山城さんに全てを告白した。

別に、男を信用したからではない。

ただ、知っておいて欲しかった。

司令官が生まれ変わらないのは、幸せに暮らしているからだって……。

共有したかった。

山城さんが受け入れてくれたら、きっと、私も前に進めるって――男がそう受け入れたように――私も、信じられるはずだって――。

 

「――ごめんなさい。嫌な気分になったよね……。私が……あの男と繋がっていただなんて……。でも……山城さんにも知っておいて欲しかったから……。そう、信じて欲しかったから……」

 

山城さんは――。

 

「……そうね。きっと、そうだわ。提督は、きっと、死後の世界で、幸せに暮らしているはずだわ。貴女の言う通りだわ」

 

山城さんが笑う。

その表情は、とても幸せそうだった。

 

「山城さん……」

 

「ありがとう、響。そうよね。きっと、そうよね」

 

「うん……! そうだよ! あの男だって――司令官の息子だって、そう言っているし、きっとそうさ」

 

その時、消灯時間を知らせる時計が鳴った。

 

「あ……もう……こんな時間……」

 

「本当ね」

 

「……あの。山城さん……私の事……あの男と繋がっていたこと……怒っていない……?」

 

「えぇ、怒っていないわ。むしろ、感謝しているくらい」

 

「本当……?」

 

「えぇ。とっても大切なことに気が付けたわ。ありがとう、響」

 

「山城さん……」

 

嗚呼、私はなんて馬鹿な女なんだろう。

 

「そろそろ、部屋に戻ったら?」

 

どうして、気が付くことが出来なかったのだろう。

 

「うん……。山城さん、許してくれてありがとう……」

 

山城さんの笑顔に隠された、その意味に――。

 

「それじゃあ、山城さん――」

 

どうして――。

 

「――また明日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

司令官が亡くなっていたあの場所で、血まみれになった山城さんが発見された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り――13隻

 

 

 

――続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。