不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第26話

会議室に居る誰もが、彼を責め立てた。

国家への反逆だとか、人類の敵だとか――それはもう、言われ放題だった。

私は気の毒に思ったが、彼を庇う立場にはなかったし――何よりも、上官の怒号に委縮していた。

彼も同じなのだろうと、恐る恐る表情を確認すると――私は、あの時の彼の表情を、一生忘れないであろう――。

それを裏付けるように――或いは、そんな思い出に添えるような――そんな言葉を、彼は、さも当たり前のように口にした。

 

「『そうする』用意もある」――と。

 

静寂。

全員が、彼の言葉の意味を理解していた。

そして、それが可能であることも――。

それが、本気であろうことも――。

 

――思えば、この時だったのかもしれない。

 

私が、海軍を去ろうと決意したのは――。

 

――この時だったのかもしれない。

 

私が、彼を――彼の功績を、世に伝えて行くことになるであろうと、予感したのは――。

 

『柊木紫 著『戦争を終わらせた男』より』

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

島に戻ると、夕張が出迎えてくれた。

 

「夕張」

 

「大丈夫だった……?」

 

「何がだ?」

 

「何がって……。山城さんを『修理』したこと……責められたんじゃないかって……」

 

「まあ、責められはしたが……黙らせてきたよ。それよりも、山城はどうだ? まだ、目覚めないか?」

 

「えぇ……。もうそろそろ起きてもいいはずなんだけど……。響ちゃんが付きっきりで様子をみているわ……」

 

響……。

 

「それより……明石のところに行ってあげて……。あの子……自分の判断で山城さんを修理しちゃったこと――貴方が庇ってくれたことに、責任を感じちゃっているようだから……」

 

「そうか……。明石は部屋に?」

 

「うん……。山城さんの修理に体力を使ったみたいで、部屋で寝込んでいるわ……」

 

大きな『修理』には、体力を使うらしい。

山城の『傷』は大きくなかったが、人間で言うところの『失血』に近い状態であったため、修理には相当な体力を使ったようであった。

 

「明石の部屋に行ってくる。お前は、引き続き、山城と響の事を頼む」

 

「うん、分かった」

 

 

 

部屋の扉をノックしても、中から返事はなかった。

 

「……入るぞ」

 

明石は案の定、布団をかぶり、顔を隠していた。

 

「よう。体調はどうだ?」

 

返事はない。

俺は傍に座り、布団の上から明石を撫でてやった。

 

「いらん心配をさせたようで、悪かった……」

 

そう言ってやると、明石は布団から顔を出した。

目の辺りが真っ赤になっているところを見るに、泣いていたのであろう。

 

「私が……修理しなければ……」

 

明石が涙を流す。

本人も分かっているのだろう。

修理しなければ、山城は『機能停止』となり、強制的に人化されることを……。

海軍はそれを望んでいるはずで、それに反した行動をしてしまった自分を――それを庇った俺に、何らかの処罰があるという事を――。

 

「誰でもそうするさ。俺だって同じことをしたはずだ」

 

あの日、山城は大怪我を負った。

第一発見者である響は、俺を呼び、俺の判断で明石に無理やり修理をさせた――というのが、海軍への報告だった。

だが、現実は違う。

あの日、山城は自殺を図った。

原因は不明だが、響曰く『自分のせい』だとか。

第一発見者である響は、明石を呼び、その明石は――咄嗟の事もあったのだろう――俺の判断を待たず、山城を修理したのだ。

山城の自殺未遂――明石の独断修理――そんな事を海軍には報告できず、俺は――。

 

「明石」

 

明石の手を取る。

温かく、華奢な手であった。

 

「山城を助けてくれて、ありがとう」

 

明石は布団からとび起きると、俺の胸の中で泣き始めた。

不安や罪悪感――それら全てが、涙となって溢れ出ているようであった。

 

 

 

明石はしばらく泣いていたが、落ち着いたのか、はたまた泣き疲れたのか、急に大人しくなった。

 

「落ち着いたか?」

 

頷く明石。

だが、離れようとはせず、深く身を預けた。

 

「……山城を修理しなければ、島を出る大きな一歩になっただろうに」

 

明石は答えない。

だが、思ったことではあったのだろう。

どこか、悔いるような表情を見せていた。

だがそれは、山城を修理した後悔ではなく、そう思ってしまった事に対する表情であった。

 

「相変わらずお人よしだな……」

 

「……そんなんじゃないです」

 

明石は顔を上げると、俺をじっと見つめた。

 

「不純なんです……。提督なら……きっと……山城さんを修理するよう……言うと思ったから……。何も言わずに修理したら……きっと……喜んでくれると思ったから……」

 

再び泣き出しそうになる明石。

なるほど……そういう事か……。

 

「だから……こんなことになるって……提督が責任を問われることになるだなんて……想像出来なかった……。私は……私の利益しか考えられていなかったんです……。貴方を危険にさらしてしまったんです……」

 

とうとう泣き出す明石。

不純――だが、それはあまりにも純粋すぎるようで――。

とても明石らしいと思ってしまうのは、悪い事だろうか?

 

「その選択に、誤りはないよ。現に、俺はお前に感謝しているんだ。だから、もう泣くな」

 

涙を拭ってやると、明石は目を逸らしながら、小さく言った。

 

「お人好しなのは提督の方です……。もっと……叱ってくれてもいいんですよ……?」

 

「叱って欲しいのか?」

 

明石は答えない。

だが、何故だろう。

明石の言いたいことが、手に取るように分かるのは。

 

「皆とは違う態度をとって欲しいという訳か」

 

そう言ってやると、明石は焦りだした。

図星ってことか。

 

「不純だな」

 

「ち、違うんです……! 別に……そう言う訳じゃ……」

 

「だとしたら、どういう訳なんだ?」

 

揶揄うように言ってやると、明石はようやく、いつもの態度を取り戻した。

 

「……提督は、誰にでも優しいですよね」

 

言葉とは裏腹に、表情はどこか、怒っているように見えた。

 

「別に、誰にでもって訳じゃないさ。普通に叱ることもあるし、厳しい態度で臨むこともある」

 

「じゃあ……私にも……そうしてくださいよ……。優しいだけだと……不安になっちゃいます……」

 

不安になる……か。

 

「自分がどうでもいい存在なんじゃないかと――他人行儀な感じだと、言いたいのか?」

 

明石は驚いた表情を見せた。

 

「なんでもお見通しなんですね……」

 

「長いからな」

 

そう言ってやると、明石は俺をじっと見つめた後、そっとキスをした。

 

「……抵抗した方が良かったか?」

 

「……長い付き合いでしょう?」

 

察しろ、とでも言うように、明石は赤くなった顔を隠すよう、そっと寄り添って見せた。

 

 

 

山城の部屋に向かうと、ちょうど体を拭いている最中だったらしく、夕張に追い出されてしまった。

 

「ノックくらいしなさいよ!」

 

そう言って、夕張は部屋の扉を思いっきり閉めた。

少しして、申し訳なさそうな表情の響が、部屋から出て来た。

 

「響……」

 

「……私の部屋に来て。ここじゃあ……人目につくから……」

 

 

 

部屋に着くと、響は俺に頭を下げた。

 

「やめろ……。お前のせいじゃないさ……」

 

首を横に振る響。

 

「私のせいだよ……。私が……司令官は死後の世界に居るだなんて、言っちゃったから……」

 

曰く、俺の言ったことをそのまま山城に伝えたようで――。

 

「――きっと、山城さんは司令官に会おうとして――死んだら会えるんだって思って――だから……」

 

悔いるように、響は拳をぎゅっと握った。

 

「そう思わせた俺が悪いんだ……。お前はよくやってくれていたよ……」

 

再び首を横に振る響。

こいつは賢い所があるから、どんなことを言ったとしても、慰めにはならないだろうし、自分は悪くないのだと納得はしないだろうな……。

 

「……分かった。お前も悪いし、俺も悪い。今は、それで手を打とうじゃないか」

 

響はどう返していいのか分からないのか、反応を見せなかった。

 

「それよりも、今後の事だ。山城が目覚めたとして、再び同じことを起こされてはかなわん。何か、手を考えなくてはな……」

 

「……今度は目を離さないよう、ずっと一緒に居るよ」

 

そういう話ではない。

だが――。

 

「……貴方は、否定しないんだね」

 

俺の考えを読んだかのように、響はそう言った。

 

「司令官が死後の世界で幸せにしているってことを否定すれば……山城さんだって、きっと……」

 

「……そうしたところで、現状は変わらないだろう。あいつだって分かっていたはずだ。仮に『機能停止』になったとしても、死ぬことが出来るわけではないのだと……。それでもあいつは、ああいった手段を取った。言い聞かせたところで、まともな判断が出来る状況ではないのだろうと思う」

 

尤も、それは俺の憶測でしかない。

だが、それでも――。

 

「私の為……なんでしょ……?」

 

やはり……。

 

「私が……そう信じているから……否定しないでいてくれるんでしょ……? 私が……それを希望にしているから……貴方は……」

 

響だって、本当は分かっているはずだ。

だからこそ、山城に話したのだ。

そういう事であるのだと、自分に言い聞かせるために……。

 

「……死後の事なんて、誰にも分からないことだ。だからこそ、何を思うのかは自由だし、それを否定できないだけだ……」

 

「でも――」

「――なら、何を根拠に否定できるというのだ?」

 

少しキツイ言い方であった。

それでも、こうでもしなければ、響は納得しないままであろう。

 

「お前に、山城を納得させられるか……? 俺が否定したところで、あいつは納得できると思うか?」

 

響は俯くと、黙り込んでしまった。

 

「……とは言え、いい考えがある訳ではない。俺も色々考えてはみるが、何か、いい案があれば協力して欲しい……」

 

そう言って、反応を待たず、部屋を出ようとした時であった。

 

「……一ついいかい?」

 

振り返ると、響が俺を見つめていた。

 

「なんだ?」

 

「貴方は……どうして私を責めないんだい……? それどころか……どうして私を想ってくれるんだい……?」

 

「……責める必要なんてないし、別に、お前を想っているわけではないさ」

 

「……嘘だよ。貴方は……私の知っている貴方は――。それに、私には分かっているから……。そうやって突き放すのは、私を納得させるためだって……。そういう……優しさだって……」

 

「俺の事を知った気でいるのなら――」

「――分かっているから」

 

響の目は、いつだったか、似たような事を言った夕張のものと同じであった。

 

「……その答えを聞いたとして、お前は俺を許せるのか?」

 

首を横に振る響。

許せないのかよ。

 

「でも……許したいと思っている自分がいるんだ……」

 

意外な答えであった。

 

「俺が、親父に似ているからか……? 親父の息子だからか?」

 

「……分からない。でも……」

 

響は再び、俺を見つめた。

力強く――或いは、何かを堪えているかのような――そんな目であった。

 

「私の想っていた司令官は……もういないから……」

 

「お前……」

 

それは、つまり――。

 

「しれえ! しれえ、居ませんか!?」

 

廊下の方で、雪風が俺を呼んでいた。

 

「雪風? なんだってんだよ……」

 

部屋を出ようとした時、響が俺の袖を掴んだ。

 

「響……?」

 

「いつか……貴方の本心を聞かせて欲しい……。そうしたら、きっと、私も……」

 

響はゆっくりと手を下げると、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 

「響……」

 

そうしたら、きっと……か。

 

 

 

部屋を出て、雪風を呼び止めた。

 

「おい、一体なんだってんだ?」

 

「あ、しれえ!」

 

相変わらず声がでけぇ……。

いや、声量も然ることながら、こう、キンキンする声が……。

 

「それで? どうした?」

 

「ちょっと、お話ししたいことがあるんです。二人だけになれる場所に行きませんか?」

 

明るい声とは裏腹に、雪風の表情は――。

それが意味しているのは――。

 

「……分かった。外に行こうか」

 

 

 

俺と雪風は、いつだったか敷波に案内された、入り江のような場所へと向かった。

 

「ここまで来れば、大人のお前になれるだろう?」

 

少し皮肉っぽく言ったつもりであったが、雪風は何故か嬉しそうに頷き、岩場に座って見せた。

 

「気が付いていたんですね。流石はしれえです」

 

微笑む雪風。

しかし、毎回驚いてしまうな。

見た目は変わっていないはずなのに、どうしてこうも印象が変わってしまうのか。

 

「お前には、色々と訊きたいことがあるのだが、先にそちらの用件から聞こうか」

 

雪風は目を瞑ると、風をなぞるように、髪を手で梳いた。

 

「山城さんの事です。雪風も協力します」

 

雪風は、力強く、頼もしそうな目で、俺を見つめた。

 

「……具体的に、どう協力すると?」

 

「山城さんの夢の中に、しれえを送ります」

 

サラっと言ってはいるが、冷静に考えると意味が分からんよな。

夢の中に入る……。

曙が俺にしたことと同じことをする……という意味なのだろうが……。

 

「……艦娘の夢、というか、ヘイズによる脳への影響については、色々と聞いてはいる。お前の異常な感染量も、お前が何かを知っていることもな……」

 

「…………」

 

「だからこそ、答えはこうだ。『余計なことはするな』」

 

少しキツイ言い方をしたつもりであったが、雪風は平静を保っていた。

 

「なら、具体的にどうするつもりなのか、訊いてもいいですか?」

 

その質問に、俺は思わず閉口してしまった。

 

「……しれえの考えていることは分かります。雪風の正体が分からないまま、協力を受け入れることは出来ない……と言いたいのですよね?」

 

図星であるし、その先の――いや、或いはもっと手前にある『苛立ち』や『プライド』の事を言っているのだと分かる。

何故そう理解できたのかは分からない。

それでも、それを確信させるだけの圧というか――そういうものが、今の雪風にはあった。

 

「……隠すつもりは無かったんです。いつかは、雪風の正体について、詳しくお話ししようと思っていました。でも、あまり雪風が関わるのも良くないって思っていましたし、何よりも……」

 

「何よりも?」

 

雪風の頬が、ほんのりと赤くなって行き――子供のソレであるはずなのに、俺は思わずドキッとしてしまった。

 

「……恥ずかしいのです。だって、雪風は、貴方を――……」

 

春の風が、雪風の言葉をかき消した。

その事を分かっているのか、訊き返そうとする俺の言葉にかぶせるよう、雪風は話し始めた。

 

「今から30年ほど前の事です。雪風はある日を境に、夢を見るようになったのです……」

 

 

 

 

 

 

その夢は、とっても鮮明で――まるで、誰かの記憶を追体験しているかのような――そんな夢でした。

そして、その夢には必ず、顔の見えない男の人が登場するんです。

雪風は、その男の人の活躍を傍で見ていて――友達、恋人、夫婦なんかにもなったことがあって――とにかく、その男の人を中心とした夢を多く見てきました。

 

 

 

そんな夢が続いた、ある日の事です。

雪風は、日常に違和感を覚えるようになったのです。

最初は、些細なことでした。

いつも遊んでいる玩具や、皆との遊びに、物足りなさを感じるようになったのです。

何をやっても退屈というか、面白くないというか。

それでも、皆は楽しそうに遊んでいるし、雪風の感性に合わないだけなのかもしれないと思っていました。

けど――。

 

「あれ? 雪風、お菓子いらないの? 早くしないと、無くなっちゃうよ?」

 

「え、えぇ……大丈夫です。雪風は、あまりものを貰います……」

 

「そう? いつもなら、真っ先に選ぶのに。変なの」

 

あれだけ好きだった支給品のお菓子にも、何故だか心がときめかなくなっていました。

それどころか、お菓子に群がる姿が恥ずかしく思えてきて、雪風は徐々に、駆逐艦たちと距離を置くようになりました。

 

 

 

夢は徐々に、リアリティーを帯びていきました。

味覚、嗅覚――触覚に至るまで、全てを夢の中で感じることが出来ました。

その頃には、雪風も、なんとなく心の変化に気が付いていて――でも、そんなことはないはずだと、自分に言い聞かせていました。

――決定的だったのは、雪風に訪れた『反抗期』でした。

いつもは素直に従えていた小言に、苛立ちを覚えるようになったのです。

そして、それを他者にぶつけるようになりました。

抑えきれない苛立ち、周りの動揺――雪風の心に、何か不思議な事が起こっているのだと、ようやく理解したのです。

このままでは、皆との関係は悪化するだけだと思った雪風は、子供を演じるようになりました。

 

 

 

やがて、反抗期が終わった頃、一人の男がこの島に来ました。

――そうです。

貴方の父親である、佐久間さんです。

初めて彼を見た時、とても驚きました。

今まで見て来た夢の中の男は、彼であると理解できたからです。

何故だかは、雪風にも分かりません。

ただ、夢の内容を思い出す度に、夢の男の顔は佐久間さんの顔になったし、新しく見る夢にも、佐久間さんが出てくるようになりました。

 

 

 

佐久間さんが島に来て数年が経った頃、雪風は、あることに気が付きました。

それは、佐久間さんと数隻の艦娘が、同じ夢を見ているという事です。

そして、雪風は、その世界に干渉でき、かつ、思いのままに夢の世界を創りかえることが出来るという事です。

夢の共有については昔から知られていましたが、佐久間さんが来てからは顕著な現象として認識されるようになって、海軍も本格的に調べるようになりました。

その過程で、ヘイズが関係しているとの仮説が生まれ、雪風たちの感染量も調べられました。

結局、ヘイズが関係しているのかどうかは不明とされましたが、佐久間さんの感染量が増えた時期と、雪風が夢に干渉できることが分かった時期が重なったのを知って、ヘイズの影響であると、雪風は確信しました。

それを裏付けるように、霞さんと曙さんの感染量が佐久間さんと同じだと判明し、その二隻は、雪風と同じように――尤も、佐久間さんと夢を見ている間だけだったようですが――夢の中で味覚などを感じることが出来て、自由に夢を創造できるようになっていました。

 

 

 

しれえが曙さんから聞いた通り、佐久間さんを夢の世界に導いたのは、霞さんが初めてでした。

正確には、霞さんが佐久間さんの感染量を上げた……というのが正しいです。

霞さんは、佐久間さんの事が好きだったようで――それでも、あの性格ですから、現実では素直になれなかったようで――佐久間さんが眠ったのを見計らって、同じ寝床に就き、甘えていたようです。

その過程で、霞さんは……。

 

 

 

 

 

 

そこまで言うと、雪風は黙り込んでしまった。

 

「霞は……なんだ?」

 

「……いえ。とにかく、接触が多かった霞さんのヘイズが、佐久間さんの感染量を上げ、やがて同じ感染量になったようです」

 

接触が多かった……か……。

雪風が俺にしたことを考えると、つまりそれは――。

 

「……話が逸れましたね。でも、しれえが知りたかったことの一つだと思います。ここからは……雪風の……いえ、しれえの話です」

 

 

 

 

 

 

佐久間さんが島に来て、十年目になろうという時でした。

佐久間さんも人間ですから、年齢に比例するように、表情にも貫禄が出てくるようになっていました。

それはもう、出会った頃とは比べ物にならないくらいでした。

けど、不思議なことに、夢の中に出てくる佐久間さんの顔だけは、成長しなかったんです。

それどころか、現実の佐久間さんを知れば知るほどに、夢の中の男とは違う気がしてきて――それは、佐久間さんが年齢を重ねるほどに増してくるようで――徐々に、夢の男の顔も、曖昧になって行きました。

 

 

 

佐久間さんが亡くなっても、夢は続いて行きました。

けれど、とある日を境に、雪風は、男の夢を見ることが出来なくなったのです。

その日というのが、しれえがこの島に来た日でした。

 

 

 

 

 

 

雪風は、ゆっくりと視線を上げると、俺の目をじっと見つめた。

 

「しれえを初めて見た時、佐久間さんと出会った時以上の衝撃を受けました。それだけではありません。今までの夢が全てフラッシュバックしてきて――その男の顔は、しれえそのままで――夢の中での『貴方』への想いだとか、貴方との思い出など、それら全てが流れ込んで来て――気が付けば、貴方を好きになっていました……」

 

雪風の雰囲気が、一気に変わる。

いや――。

 

「お前……」

 

俺は……夢でも見ているのだろうか……?

雪風の姿は、いつだったか山城の夢で見た大人の雪風そのものだった。

 

「佐久間さんには無かった事です……。貴方が夢の男の人と同一人物ではないことは分かっています……。それでも……雪風は思ってしまうのです……。今……この瞬間の貴方は……雪風と共にある貴方なのだと……。言うなれば、夢で見た物語の一つが、今、この瞬間なのだと……」

 

「雪風……」

 

「夢で見たことのように……雪風は……貴方と関わって行きたいのです……。貴方という物語の最後を……雪風は見届けたいのです……」

 

『貴方は……ここにいる……。どこにでも居て、誰にでも優しくて――でも、それはただの夢であって――貴方が本物だって分かるまで、時間がかかったけれど――夢じゃないんだって分かったから――』

 

『雪風は、最後まで、この物語を――いえ……貴方の物語を……見届けたいと思っているんです……。そして、そこに、雪風も一緒に居たいと、思っているんです……』

 

いつだったか雪風に言われたことを思い出していた。

あれは、そういう意味であったのか……。

 

「……本当は、話すつもりはなかったんです。理解してくれないだろうし、これは貴方の物語だから……。雪風が……関わっていいものではないと思ったから……。でも……『雪風』がそれを許してくれなかった……。いつも見ている夢と違って、雪風は、ただの傍観者じゃなかったから……」

 

雪風は近づくと、恐る恐る、俺を抱きしめた。

 

「夢の中では、何度も恋をしました……。でも……『雪風』にとっては、これが初恋なのです……。貴方に迷惑が掛からないようにと、間接的に――時には、敵として――貴方に協力してきました……。お節介だったかもしれない……。迷惑だったかもしれない……。邪魔を……してしまったかもしれない……。でも……」

 

いつの間にか、雪風は、子供の姿に戻っていた。

 

「でも……それでも……しれえに雪風を認めて欲しくて……雪風を知って欲しくて……」

 

だからこそ、雪風は――。

 

「こんな雪風ですけど……どうか……貴方に協力させてください……。この物語の一人として……雪風を……貴方の傍においてください……」

 

俺は、どうして雪風が子供の姿に戻ったのかを理解した。

だからこそ、しゃがみ込み、そっと、雪風を抱きしめてやった。

 

「しれえ……?」

 

「そんな寂しい事を言うな」

 

「え……?」

 

「これは、俺だけの物語じゃない。お前の物語でもある。そうだろ?」

 

雪風が、俺の目を見つめる。

今まで見たどんな子供よりも、純粋な目をしていた。

 

「お前の力を借りたい。お前だけにしかないその力を、俺に貸してくれ」

 

俺が言っている意味を理解したのか、雪風は一筋の涙を見せると、いつものような、やかましい声とやかましい笑顔で、俺に言ってくれた。

 

「……はい! もちろんです!」

 

その瞬間――。

 

 

 

 

 

 

「んん……?」

 

目を覚ますと、何故か執務室に居た。

 

「あれ……? 雪風……?」

 

部屋には誰もいない。

 

「失礼します。あ、ようやく起きましたね」

 

部屋に入って来た大淀は、呆れた口調でそう言った。

 

「何度も起こしたんですよ? なのに、全然起きなくて……」

 

窓の外を見てみると、もう夜になっていた。

 

「……俺は、どれくらい眠っていた?」

 

「私が気が付いたのは――」

 

大淀の言った時間は、ちょうど、雪風に呼ばれた時間と一致していた。

すると、さっきのあれは夢だったわけか……。

確かに、雪風が大人に見えたりしていたもんな……。

 

「そうか……」

 

「そろそろお夕飯の時間ですよ。だいぶお疲れのようですし、こちらにお持ちしましょうか?」

 

「いや……。食堂に行くよ。夕張から山城の話を聞かなきゃいけないし、明石の事も心配だからな」

 

「分かりました。では、失礼します」

 

「あぁ……」

 

夢……か……。

俺は、雪風が最後に見せてくれた笑顔を思い出していた。

 

 

 

食堂へ行く途中、雪風と鉢合わせた。

 

「しれえ」

 

「雪風……」

 

雪風は微笑むと、小さく言った。

 

「いい夢、見られましたか?」

 

それが、何を意味しているのか、俺には分かっていた。

 

「……消灯時間になったら、山城さんの部屋に来てください」

 

それだけ言って、雪風は食堂の方へと去って行った。

 

「……まさか、まだ夢の中だとか、ないよな?」

 

 

 

消灯時間を少し過ぎた頃、山城の部屋を訪ねた。

 

「しれえ」

 

部屋は常夜灯のみで、暗かった。

 

「すみません……。明るいと、皆にバレてしまいますので……」

 

まあ、確かに……。

こんな時間に山城の部屋に俺がいるってのは、流石にマズいよな……。

 

「……お前、俺に夢を見せたのか?」

 

「二人っきりになれる場所、と言ったではありませんか」

 

「いや……まあ、確かに言ったが……。一体、どうやって俺を眠らせたんだ? だって、確か俺は、響の部屋に居て、お前に呼ばれて……」

 

いや、そんなことは、もうどうでもいい。

 

「まだ夢の中にいる……だなんて言わないよな?」

 

「大丈夫です。ここは現実です。もし、ここが夢の世界だったら、別にここまで部屋を暗くする必要はないはずです」

 

まあ、そりゃそうか……。

 

「それで? やるのか? 山城の夢に入るってのを……」

 

「はい」

 

「……そもそも、夢の中に入ったからといって、解決できるとは限らんぞ。所詮は夢だしな……」

 

「でも、このままでは、山城さんは目を覚ましませんよ?」

 

「え?」

 

「今、山城さんは夢を見ています。正確には、ヘイズによって精神を支配されています」

 

「……どういうことだ?」

 

「説明するには、まず、ヘイズについて話さなければなりません。ヘイズは、記憶に影響を与えるものだと言われていますが、艦娘の超回復にも一役買っているんです。明石さんの修理も、艦娘の体内に存在するヘイズを活発化させ、超回復を促す力なんです」

 

ヘイズを活発化させる力……。

 

「ヘイズの活発化というものは、なにも超回復を促すだけではありません。記憶への影響も活発化させます。明石さんの修理を……あれだけの修理を受けた山城さんの影響力は、とても大きいものでしょう」

 

「それが、夢を見る要因になっていると?」

 

「そうです。あくまでも推測ですが、山城さんはヘイズの影響で夢を見ていて――雪風たちが見たような、感覚のある夢です――それを脳が現実の『覚醒状態』と認識し、起きられないのではないかと思われます」

 

『もうそろそろ起きてもいいはずなんだけど……』

 

確かに、夕張もそう言っていたしな。

しかし、信じられんな……。

推測でしかないとのことだし……。

 

「よし、試しに起こしてみよう」

 

俺は、山城に起きるよう呼びかけたり、体をゆすったり――申し訳ないと思ったのだが――軽くビンタしてみた。

だが、一切反応を示さなかった。

 

「マジか……」

 

「眼球は動いているようなので、やはり夢を見ているようですね」

 

「……こりゃ、どうしようも無いんじゃないのか?」

 

「だからこそ、夢に入るんです。夢に入るという事は、外部からヘイズに影響を与える行為と言えます」

 

「なるほど……。ヘイズに影響を与えれば、活動を抑えられるかもしれないと?」

 

「そうです」

 

「だったら、お前が行けよ。俺よりも、お前の方が感染量は多いんだ。影響力はお前の方が強いはずだ」

 

「確かに、雪風が行けば、山城さんを起こすことは出来ます。ですが、それは、ただ起こすだけで、山城さんの抱える問題を解決することにはつながりません。しれえには、山城さんの夢に入ってもらい、何故自殺を図ったのか、その真相究明と問題解決をして欲しいのです。おそらく、山城さんの夢は、山城さんにとって都合のいい世界となっているはずです。目覚めた時、その都合のいい世界が無いと知った山城さんは、どう思うでしょう?」

 

質問するように言ってはいるが、雪風は答えを求めず、続けた。

 

「山城さんの夢は、山城さんの問題に関係しているものと思われます。或いは、問題そのものを否定する世界なのかもしれません。そんな世界を否定し、問題を解決できる人は、しれえを措いて適任者はないでしょう」

 

他にもいそうなもんだがな……。

だが……。

 

「……分かったよ。適任者かどうかは分からんが、やれることはやってみよう」

 

そう言ってやると、雪風は嬉しそうな表情を見せた。

 

「ありがとうございます。では、準備しますので、しゃがんでくれませんか?」

 

準備……。

 

「……まさか、またキスするのか?」

 

「えぇ、そうですよ? しれえの感染量では、山城さんのヘイズにのまれてしまいますから」

 

それが何か? とでも言いたげに、雪風はキョトンとした顔を見せた。

初恋がどうとか言っていたくせに、こういうところは鈍感というか、キスごときでは動揺しないってか?

 

「……まあいい。ほら、さっさとしてくれ……」

 

しゃがみ込むと、雪風は躊躇なく、唇を重ねた。

 

「――……」

 

それにしても、永くないか?

以前された時とは違って――それほどまでに、山城のヘイズは強力だという事か?

 

「は……ぁ……」

 

やっとの事で唇を離した雪風は、常夜灯の暗さでよく分からなかったが、どこか、少しだけ――。

 

「……まさかとは思うが、こんなに永くする必要は無かったんじゃないのか?」

 

そう言った瞬間だった。

 

「あ……? な……んだ……?」

 

急激な眠気が俺を襲う。

体の力が抜けて行き、やがて、俺は床に伏せてしまった。

 

「シンクロが始まったようです」

 

「シン……クロ……?」

 

視界が暗くなって行く。

 

「しれえ、これだけは忘れないでください。どんな夢が待ち受けていたとしても、決して動揺してはいけません。そうでなくては、夢にのみこまれてしまいますから」

 

「…………」

 

雪風の声が、段々と遠くなって行く。

 

「……しれえ」

 

「雪……風……」

 

「――……」

 

雪風が何か言ったのを最後に、俺の意識は、まさに夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

『ここは……』

 

気が付くと、寮の前に居た。

 

『夢の中……でいいんだよな?』

 

辺りは静かで、誰かがいる気配はない。

遠くの海や空は、何故か静止画のようで――まるで時間が止まったかのような世界であった。

 

『なんか……気持ちわりぃ夢だな……』

 

これが、山城が見ている夢……か……。

しかし、せっかく夢を見ているのだから、島ではなく、もっと楽しい場所に居りゃいいのにな……。

 

『……とりあえず、寮に入ってみるか』

 

山城がいる……はずだよな?

しかし……会えたとして、どう説明したらいいのだろうか?

そもそも、夢を見ているという自覚があるのだろうか?

そんな事を考えている内に、寮の玄関へとたどり着く。

いつものように、自分の下駄箱へ靴をしまおうとすると、そこにはすでに誰かの靴が置かれていた。

 

『これは……』

 

大きな、男性用の靴。

サイズは俺の物と同じであるが、これは確か……。

 

『思い出した……。こりゃ、海軍から支給されていた旧式の靴だ……』

 

以前、海軍の資料館を訪れた時、鈴木がやたらとカッコいいだなんだと騒いでいたのを思い出す。

しかし、何故この靴がこんなところに……。

 

「山城、行くぞ」

 

どこかの部屋の扉が開き、男の声が聞こえて来た。

二つの足音。

それが、段々とこちらに近づいてくる。

そして――その二人……いや、正確には、一人と一隻を目にした時、俺は――。

 

「ん?」

 

『親父……?』

 

佐久間肇。

俺の知っている顔よりも、少しだけ老けた親父が、驚愕の表情を見せる山城と一緒に、俺の目の前に立っていた。

 

 

 

永い永い沈黙が続く。

最初に沈黙を破ったのは、山城であった。

 

『どうして貴方が……』

 

対する俺は、山城には目もくれず、親父の事を見つめていた。

 

「お前、誰だ? ここは、決められた人間しか立ち入られない場所だぜ」

 

親父の言葉に、ふと我に返る。

『どんな夢が待ち受けていたとしても、決して動揺してはいけません。そうでなくては、夢にのみこまれてしまいますから』

そういう事か……。

 

『てめぇこそ、もう死んだはずだろ? そうだよな? 山城』

 

雪風の言葉を思い出す。

『山城さんの夢は、山城さんの問題に関係しているものと思われます。或いは、問題そのものを否定する世界なのかもしれません』

つまり、山城の抱える問題ってのは、親父の死に関係するものであり、ここはそれを否定する世界――つまり、親父が生きている世界って訳だ。

親父が生きていること。

俺は、それを否定すればいいってことだな。

 

「なるほどな……。俺は死んでるってことか……。つまり、ここは死後の世界って訳だな?」

 

親父がそう言うと、山城はハッとした後、何度も頷いた。

……なるほど。

そう来たか……。

 

『なら、俺も死んだって訳か?』

 

山城に問いかけると、何故か親父は、庇うように前に立ちはだかり、言った。

 

「そうかもしれないし、或いは仮死状態になっているのかもな」

 

山城はおそらく、頭では理解しているんだろうな。

だが、どうしても、親父の存在を否定されたくないらしい……。

 

『……まあいい。理解してくれるかは分からないが、とにかく、俺の話を聞いてくれ』

 

俺は、山城に全てを話した。

ヘイズの事も、夢の事も、俺がここに来た方法、目的についても――。

 

「なるほどな……」

 

山城ではなく、何故か代わりに返事をする親父。

 

「ここは山城の夢の世界で、俺もその一部……つまり、夢の産物って訳か……」

 

否定するように、山城は首を横に振った。

まあ、否定したいよな……。

 

『感覚がある夢だなんて……聞いたことが無いわ……。見たことも……ない訳だし……』

 

「だ、そうだが?」

 

それについては説明したはずなんだがな……。

でもまあ、普通は信じられないか……。

 

『死後の世界で感覚があるという話も聞かないがな』

 

「夢に感覚がない事は、実際に夢を見ることが出来ているのだから、証明できる。だが、死後の世界はどうだ? 誰も体験したことが無いはずだ。話を聞かないのも当然だろう?」

 

俺はそれに、閉口してしまった。

夢の産物とは言え、理屈を通すのが上手いな……。

山城の中の親父ってのは、こういう奴なのだろうか……?

 

「……まあいい。ここがどんな世界で、俺が存在しているのかどうかはどうでもいい。つまり山城は、俺とここにいることを選んだって事だろう?」

 

『あ?』

 

「お前よりも俺を選んだ。ただそれだけの事だろう?」

 

『何を言って……』

 

親父は山城の頬に手をあてがうと、優しくキスをして見せた。

 

『な!?』

 

「そうだよな? 山城?」

 

山城は少し驚いた表情を見せた後、乙女の顔を見せ、小さく頷いた。

 

「ま、そういうことだ。山城は、お前がいる世界よりも、俺がいる世界を選んだって事だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

それを聞いて、厄介なことになったと思った。

この世界は、山城が理想とする世界だ。

雪風は、山城の脳が、この夢に対して『覚醒状態』であると錯覚していると言ってはいたが、少なくとも、山城もこの世界に対して、何か違和感を覚えているのは間違いないだろう。

死後の世界と現実の世界――山城は、そのように世界を分けている。

そして、親父の言う『選択』。

山城は、自ら『選択』し、どちらかの世界に残ることが出来ると思っている。

つまり、これは、親父の否定だとか、そういう問題ではない。

親父の話を信じれば、山城が、どちらの世界を選択するか――親父と俺、どっちを選ぶか――それが、この世界を攻略する鍵のようだ。

 

『じゃあ、なんだ……? 山城が、俺に惚れればいいってことか?』

 

「そうなるかもな。まあ、もう手遅れのようだがな」

 

そう言うと、親父はもう一度、山城にキスをした。

山城は、もう、親父しか見えていないようであった。

 

『……くだらねぇ。おい、山城。親父は既婚者だぞ……。お前を愛するようなこともしなかったはずだし、大分『解釈違い』だろ……』

 

まさか、秋雲の言葉を借りることになろうとはな……。

 

『……今は私を選んでくれた。ただそれだけでしょう……?』

 

「あぁ、そうだ。嫉妬は醜いぞ、少年」

 

『誰が少年だ……』

 

理想……か……。

山城は、親父に愛されたかった……ってことか……。

山城が自殺しようとした理由――山城が抱えている問題が、何なのかは分からない。

だが、確実に親父に関わることだし、選択が鍵だというのであれば――。

 

「そういう事だ。じゃあ、俺たちはこれで」

 

親父は山城をお姫様抱っこすると、そのまま寮を出て行ってしまった。

 

『…………』

 

どういう訳かは分からない。

ただ、一つだけ言えることがある。

 

『俺も、その鍵の一部になることが出来るかもしれない……か……』

 

山城は俺を否定しなかった。

俺を追い出す事も出来たはずなのに――。

それだけではなく、選択の一つとして、俺を受け入れた。

もしかして、山城は――。

 

 

 

とりあえず、俺は親父たちを追う事にした。

 

「ははっ」

 

『フフッ……』

 

山城は、終始楽しそうであった。

見たことも無い笑顔を、親父に向けている。

 

『好きではない、とかなんとか言っていたのだがな……』

 

親父と山城が、普段、どんな風に接していたのかは分からないが、山城的には、恋人のように振る舞ってほしかったのだろう。

親父はそれをしなかった。

故に『理想』として、こうしているのだ。

 

「ん? おい、何見てんだよ?」

 

親父が俺に気が付いた。

 

「羨ましいのか? ん?」

 

余裕の表情。

山城も、どこか――。

 

『まさか。気持ちの悪い光景だと思ってな』

 

山城の眉が、ピクリと動いた。

それに連動するかのように、親父の表情が険しくなる。

 

「嫉妬かよ……? 見苦しいぜ……」

 

『嫉妬して欲しいのか? 山城?』

 

山城は、ほんのわずかに――本当に、気が付くことが難しいほどに――動揺を見せた。

やはり、そうなんだな……。

 

『……お前、俺に惚れて欲しいと思っているのか? だから、俺を追い出そうとしないんじゃないのか?』

 

山城は――。

 

「おい……」

 

瞬間、親父が俺を投げ飛ばした。

 

『ぐぁっ!?』

 

いてぇ……。

夢であるのに、いてぇ……。

地面が砂浜であったから、そこまでダメージはないが……。

 

『そういや……痛覚もあったな……』

 

起き上がろうとする俺の胸倉を、親父は掴んだ。

 

「自惚れが過ぎるぜ……。どうして山城が、てめぇに惚れて欲しいと……?」

 

親父の力は凄まじく、武蔵を思わせるほどであった。

 

『だったら……どうして俺を否定しない……? どうして俺も、選択肢に含まれているんだ……?』

 

「…………」

 

『山城……お前は親父の姿を借りて、俺に訴えているだけなんだろ……? こいつは、親父の姿をしているが、本当はお前自身なんだ……。親父という『個』ではない……。親父は、お前を愛さない……。それは、お前が一番よく分かっているはずだろう……?』

 

山城は答えない。

だが、親父の力は増してゆく。

 

『……へっ! 本当の事を言われて、怒ったか……? そうさ……。親父が生涯愛したのは、俺の母さん――雨宮真奈美ただ一人だけだ……! お前と親父がどんな関係だったのかは、詳しくは知らねぇ……。けどな……少なくとも、親父は最後の最期まで、母さんを愛していた……。母さんを想っていた……。想うが故に……島を出なかったんだ……』

 

ふと、親父に目を向ける。

その表情は――。

 

『親父……?』

 

親父は俺を放すと、山城の肩を抱き、寮へと去って行ってしまった。

 

『…………』

 

あの表情が、山城によってもたらされたものなのかは分からない。

それでも――。

 

『……嫌な表情だったな』

 

親父の苦悩が、今になってようやく実感できた気がするのは、俺が夢にのまれそうになっているからなのか、それとも――。

 

 

 

山城たちを追いかけようとした時であった。

 

「提督」

 

声に振り返ると、そこには――。

 

『大和……?』

 

何故か水着の大和。

これは……。

 

『……なるほど』

 

以前、山城が言っていたことを思い出す。

どうして俺に誰かを娶らせたがるのかと訊いた時だ。

『貴方にはそれが一番効く方法だと思ったからよ……。心当たりがあるはずよ……』

つまり、こいつは……。

 

『親父と同じ、夢の産物ってわけか……』

 

おそらく、俺を近づけさせないためのものだろう。

 

「提督。提督は、こういうの、好きじゃありませんか……?」

 

胸を寄せる大和。

分かってねぇな……。

 

『大和はそんな事しない。俺が……』

 

一瞬、言葉に詰まる。

だが、まあ、夢だし、素直になってもいいよな。

 

『……俺が好きな大和は、そんな下品なことはせず、もっとこう……おしとやかで、鳳翔に見せるような――そんな態度の大和なんだよ』

 

何を言っているんだ俺は……。

でも、そうなんだよな……。

俺は、大和にもっと、鳳翔と同じように接して欲しいと言うか……。

 

「なら、私はどう?」

 

大和は居なくなり、そこには陸奥が立っていた。

――裸で。

 

『……それは、ちょっと、効くかもな』

 

体が熱くなるのを感じる。

熱もまた、感覚の一種って訳なのだろうか……。

 

「お姉さんと、いいことシましょう?」

 

陸奥が近づく。

どう否定しようかと考えていると――。

 

「陸奥さん!」

 

聞き覚えのある声。

振り返って見ると、そこには――。

 

『青葉……』

 

青葉は陸奥にカメラを向けると、シャッターを切った。

 

「きゃっ!?」

 

「スクープです! 司令官!」

 

青葉が嬉しそうに俺を見る。

 

「ちょっと、青葉!」

 

「あはははは!」

 

陸奥が青葉を追いかける。

そして、そのまま、二人の姿は消えてしまった。

 

『どういうことだ……?』

 

「提督さん」

 

次に現れたのは、鹿島であった。

 

「鹿島とデート、してくれませんかぁ?」

 

やたらとぶりっこな鹿島であった。

これも、山城の夢の産物だとしたら、山城の中の鹿島って、一体……。

 

「鹿島さんとのデート……して欲しくないです……」

 

そう言って俺の袖を引いたのは、明石であった。

 

「明石さん、邪魔しないでください! デートを邪魔するのは、ルール違反ですよ!?」

 

「で、でも! 私だって……提督の事が好きなんです! 最後に島に残るのは私ですし……そうなったら、きっと、私の事を……」

 

明石が俺を見つめる。

 

『明石……』

 

鹿島と明石が消える。

一体、何が起こっているんだ?

山城が起こしていることは確かなのだろうが、どうしてそれを邪魔するような……。

『霞さんと曙さんの感染量が佐久間さんと同じだと判明し、その二隻は、雪風と同じように――尤も、佐久間さんと夢を見ている間だけだったようですが――夢の中で味覚などを感じることが出来て、自由に夢を創造できるようになっていました』

 

『……もしかして』

 

仮に、山城が自由に夢を創造出来ているのだとして、大和や陸奥、鹿島を創造したのだとしたら――。

 

『青葉と明石は……俺が……?』

 

思えば、明石のあの台詞は、俺しか知らないはずだよな……。

 

『シンクロしているわけだし、感染量は同じって事だよな。だとしたら、俺にも同じことが……?』

 

俺は、深く目を瞑り、集中してみた。

これであっているのかは分からないが、とにかく、イメージしてみた。

すると、徐々に、波の音が聞こえて来て――目を開けて見ると――。

 

『はは……』

 

温かい風と共に、桜の花びらが舞う。

空には、うっすらとした雲が流れており、その中をトンビか何かが飛んでいた。

 

「あはははは」

 

俺の横を、暁が走り抜けて行く。

皐月や卯月も居て――というよりも……。

 

『みんな……』

 

山城以外の全員――島を出たはずの連中も――山風や北上、秋雲に最上まで居て――。

 

「提督」

 

大淀が俺に語り掛ける。

 

「山城さんを連れて来てくれませんか? お花見、もう始まっちゃいますよ?」

 

皆が俺を見つめる。

その顔は、とても幸せそうで――。

 

『……あぁ、分かった。ちょっと待ってろ』

 

嗚呼、そうか……。

これが、これこそが、俺の――。

 

 

 

寮の玄関で靴を脱いでいると、再び親父と山城が出て来た。

 

「しつこいな、お前」

 

『それは、お前が一番よく分かっているだろう? 山城』

 

俺は、もう親父を見ることはしなかった。

見たくなかった訳ではない。

これは、俺と山城との会話なんだ。

親父は関係ないのだ。

 

『皆が待っているぜ?』

 

『え……?』

 

キョトンとする山城。

その時、どこかの部屋で、時を知らせる音が鳴った。

 

『どうして……』

 

やはり、時間が進んでいない事に気が付いていたんだな。

 

『死後の世界は、時が止まっているものだと?』

 

親父が慌てた様子で、寮を飛び出し、空を見上げた。

 

「馬鹿な……」

 

流れる雲と、舞う桜の花びら。

その向こうに見える、皆の笑顔。

 

『山城』

 

俺は真っすぐ、山城を見つめた。

 

『皆が待っている。行こうぜ、山城』

 

そう言って差し出した俺の手を、山城は――。

 

「山城」

 

親父が山城に駆け寄る。

 

「天気が悪くなってきた。部屋に戻ろう……」

 

『あ?』

 

その時――。

 

『うぉっ!?』

 

雷鳴。

俺は驚き、外を見た。

 

『馬鹿な……』

 

豪雨と強風、それに加えて轟く雷鳴。

あんなにも天気が良かったのに――皆の姿も、そこには無かった。

 

『山城……お前……』

 

山城は、あの時と――俺と山城にしか分からなかったであろう雷鳴が轟いたあの時と――同じ表情を見せていた。

 

「行こう……。山城……」

 

親父は山城を連れ、部屋へと戻っていった。

俺は、もう一度、空を見上げた。

そう言えば、そうだった……。

山城は何故か、雷を恐れていたな――。

『行かないで……『提督』……』

 

『…………』

 

あれは、一体どういう……。

 

 

 

何度か天候を変えてみようと、先ほどと同じように目を瞑ってみたが――。

 

『駄目か……』

 

雨は激しさを増すばかりであった。

そればかりか、風も強くなっていって――。

 

『ん……?』

 

そんな天気の中で、誰かがこちらへと歩いてくる。

大きな傘をさしているせいか、誰であるのかは分からない。

小さい子供のようではあるが……。

そいつは俺の前に立つと、傘を少し上げ、顔を見せた。

 

『響……?』

 

少し悲しそうな表情の響が、俺をじっと見つめていた。

 

 

 

雨が激しくなって行く。

時々、雷鳴も――。

 

『お――』

『――私は夢の産物ではないよ』

 

俺の考えを読んだかのように、響は言葉を重ねた。

 

『雪風に頼まれたんだ……。貴方を助けてあげて欲しいって……。山城さんの夢の中に、入って欲しいって……』

 

雪風に頼まれた……か……。

どうやら、本当に夢の産物ではないらしい。

しかし、どうして雪風は響を……。

 

『最初は、信じられなかったよ……。でも、少しでも助けになればと思って……。こうなったのも……私の所為だし……』

 

『いや……それは……』

 

――いや、そんなことはどうでもいい……。

 

『聞いたのか……。この世界の事……。ヘイズの事を……』

 

響が頷く。

 

『ここに来るまで、信じられなかった……。でも、こうして感覚もあるし、何よりも……』

 

視線が、山城の部屋へと向けられる。

 

『……見ていたのか』

 

『うん……』

 

だとしたら、先ほどの悲しい表情は……。

 

『やっぱり、司令官に関係することなんだね……。この天気も、きっと……』

 

『天気?』

 

響は、山城と親父の関係について、話してくれた。

 

『天災を恐れている……か……』

 

『こういう天気の日は、必ず、司令官は山城さんの傍にいたんだ……。きっと、さっきも、司令官がみんなのところに行ってしまうと思って、こういう天気にしたんじゃないかな……』

 

山城が雷を恐れていたのは、それが理由か……。

 

『……山城さんは、貴方を完全に否定しなかった。本当は、山城さんも気が付いているのだと思う……。貴方が……司令官の代わりになってくれるんじゃないかって……』

 

どうしてそう思ったのか、響は言わなかった。

だからこそ、俺もあえて訊かなかった。

 

『山城さんにとって、司令官は光だって言っていた……。自分の不幸をかき消してくれる光だって……。そして、その光を奪ってしまったのは、自分だとも言っていた……』

 

『…………』

 

『もし……貴方もその光になれるんだって、山城さんが考えていたのなら……。貴方を避け続けた理由――島を追い出そうとした理由は――きっと――』

 

 

 

俺は、響と共に、山城のいる部屋の扉を叩いた。

 

『山城』

 

中から返事はない。

 

『……入るぞ』

 

そう言って部屋に入ろうとしたが、鍵がかかっているようであった。

 

『壊して入るか……?』

 

瞬間、扉は金属製の物へと変化した。

 

『マジかよ……。こんなことも出来んのか……。って言うか、俺の声が聞こえているんじゃねぇか……』

 

どうしたものかと思っていると、響が俺の袖をちょいちょいと引いた。

 

『響? どうかし……』

 

振り返ると、何故か魔女のような格好をした響が立っていた。

 

『な、なんだその格好は……?』

 

『魔法だよ。こういうのは、魔法で開くんだ』

 

何処から取り出したのか、響は、魔法の杖のようなものを扉へと向けると、呪文を唱え始めた。

 

『チチンプイプイアブラカタブラテクマクマヤコンテクマクマヤコンピリカピリララポポリナペペルト』

 

杖の先が光り出す。

よく分からんが、何故かワクワクしている自分がいる。

 

『開け、ゴマ!』

 

瞬間、杖の先から光が照射されて――。

 

『おお! って……』

 

響は、照射された光――レーザーでシリンダー部分を切り取ると、扉を開け、得意げな表情を俺に見せた。

 

『……これは、魔法と呼べるのか?』

 

『杖から出たんだ。魔法に決まっている』

 

こいつの中の魔法って何なんだよ……。

まあいい……。

 

『行くか……』

 

 

 

部屋はとても暗く、それでいてジメジメとしていた。

 

『夢の中でくらい、もっといい部屋にしておけよ……』

 

スイッチをONにしても、明かりは灯らなかった。

そう言えば、初めて山城の部屋に入った時も――。

 

『チチンプイプイアブラカタブラテクマクマヤコンテクマクマヤコンピリカピリララポポリナペペルト』

 

響の杖が光る。

なるほど、杖の光で照らしてくれるって訳か。

っていうか、いちいち呪文(?)を言わないといけないのか……。

やがて、杖の光は、山城の顔をぼんやりと照らし出した。

 

『……よう。響が来てくれたぜ』

 

親父の姿はない。

 

『山城さん……』

 

山城は響をチラリと見ると、すぐに膝を抱え、小さくなってしまった。

 

『親父はどうした?』

 

山城はゆっくりと、首を横に振った。

 

『……分からないわ』

 

『あ?』

 

『いなく……なってしまったの……』

 

いなくなった……?

 

『いなくなったって……。お前が生み出したんだろ?』

 

山城の視線が下がる。

それを見て、ハッとした。

 

『……自覚したんだな。ここが……夢の世界だということを……』

 

思えば、扉を鉄製に変えたのだって――。

 

『どういう心境の変化だ……?』

 

山城は答えない。

代弁するように、響が口を開いた。

 

『思い出してしまったんだよね……』

 

山城は膝を抱える力を強め、更に小さくなった。

 

『確かに司令官は、こういう天気の日には必ず、山城さんの傍に居てくれた……。だから、山城さんはこの天気に変えた……。でも……』

 

響は少し躊躇った後、悲しそうな表情で言った。

 

『でも……この天気は……あの日と同じ天気だ……。司令官が亡くなった……嵐の前兆……』

 

親父が亡くなった日の……。

 

『ここから天気が荒れて行くことになるんだよね……。山城さんは無意識に――やっぱり、あの日の嵐が頭の中にこびりついていたから――この天気にしてしまって、気が付いてしまったんだよね……。あの日……司令官は……貴女の傍には居なかったから……。貴女の元へと駆けつけようとした司令官は――……』

 

突然、窓ガラスが激しく揺れ出した。

光と共に、雷鳴が寮を揺らす。

どうやら、近くに雷が落ちたようだ。

 

『山城……』

 

山城は震えていた。

そうか……。

やはり――。

 

『親父が死んだのは、自分の所為だと思っているんだな……。お前の元へと駆けつけた所為で――その道中で――親父は亡くなったのだと……』

 

山城は答えない。

 

『俺も同じか……? だから、俺を突き放そうとしたのか……? 俺を……守ろうとしてくれたのか……?』

 

山城は答えない。

 

『俺は……お前の光になれるのか……? そう……思っているのか……? だからこそ、俺は選択肢に含まれているのか……?』

 

山城は答えない。

 

『お前は……俺を……』

 

山城は――。

 

「理想だけでいい……」

 

突然、親父が姿を現した。

 

『司令官……』

 

『提督……』

 

響と同じように、山城は驚いた表情を見せた。

 

「ここには、それがある。本当は分かっていたはずだ。自分が死んでしまえば、慎二を守れるはずだと。光を失うことはないはずだと。だが、お前は死を恐れていた。天候を恐れていたんじゃない。死が怖かったのだ。死んでしまえば、何もかもが無くなってしまう。光を感じることも無くなってしまう」

 

親父は山城の傍に寄ると、安心させるように肩を抱いた。

 

「ここには俺が居るのだと知って、お前は自分の死を受け入れた。そして、実際に俺は居た。それでいいじゃないか。それだけでいいじゃないか。お前が守ろうとした慎二も、こうして生きているんだ。だから、お前はずっと、ここに居ればいい。ここでは、恐れるものは何もないんだ」

 

山城は――自分の創り出した男の言葉に、何故か、安心する訳ではなく、どこか迷っているかのような――困惑している表情を見せていた。

 

「俺はここにいる。お前を守りに来た。あの日の続きを――夜明けを見ようじゃないか」

 

親父は響に目を移した。

 

「お前もだ、響」

 

『……!』

 

「お前が信じた通りだ。俺は、こうしてまた、お前の目の前に現れた。夢の産物なんかではない。不死鳥のように、復活したんだ」

 

響は、明らかに動揺していた。

夢の産物だと分かってはいても、やはり……。

 

『山城……お前……』

 

山城が首を横に振る。

自分が生み出したのではない、とでも言いたいのだろうか。

だとしたら、響か……?

いや、しかし……。

 

「慎二」

 

思わず親父を見る。

先ほどの、山城とイチャイチャしていた姿とは違い――どこか、逞しいと言うか――明らかに雰囲気の違う親父が、そこには立っていた。

 

「お前に山城は守れない。山城に守られていたお前にはな」

 

言い返せなかったのは、それが正論であったからだという事だけではない。

どこか、こう、上官に詰められた時のような――そんな気分に陥ったからであった。

 

『山城を……守る……』

 

「俺は、山城を守ると約束した。まあ、結果として、それが守られることは無かったようだが……。それでも、俺は守られるようなヤワな人間ではなかった。守り続けることが出来たはずだったし、それだけの力も、信頼も、俺にはあった。こいつを惚れさせるだけの力もな。だが、お前はどうだ? 守られ、信頼もされず、惚れられることも無く、恋に翻弄されているばかりではないか」

 

言い返せなかった。

だがそれは、気分などに影響された訳ではなく、本当の本当に正論であったから――。

 

「山城が夢から覚めたところで、お前に山城は守れない。いつまでも死に怯え続ける山城を、ただ見ていることしかできない。それは、響にも同じことが言える。そうだよな?」

 

響は返事をしなかったが、思うところはあったのか、ただ俯くだけであった。

 

「分かったか? これがお前の実力だ。響がこうして来たのも、雪風が協力したのも、全部全部、お前の力が足りなかったからだ。お前の覚悟が足りなかったからだ」

 

俺は……。

俺は、やはり、何も言い返せなかった。

そうだ……。

響も、雪風も――夢に出てきたあいつらだって――全部、俺が弱いから、こうして――……。

俺に力がないから。

覚悟が足りないから。

覚悟が……。

 

『覚悟……か……』

 

母さんが死んだ時、俺は何を覚悟して、ここまでやろうとした?

島への出向が決まった時――吹雪さんの死を知った時――。

明石の――坂本上官の――重さんの――山風の――大井の――……。

そして――。

 

「…………」

 

それら全てを背負った時、俺の覚悟は――。

 

『……山城』

 

山城は不安そうに、俺を見ていた。

 

『俺は……親父とは違う……』

 

「そう言っているだろう?」

 

『そうじゃない……。俺は、親父のように約束を破ることはしないし、簡単には死なない……』

 

嘲笑する親父。

それを無視して、今度は響に目を向けた。

 

『響……。お前には、随分甘ったれたことを言ってしまったな……。親父は生まれ変われないのではなく、生まれ変わろうとしないだけだとか……死後の世界で、幸せに暮らしているだとか……』

 

『…………』

 

『だがな……。本当は……そんな事は微塵も思っていない……。思っていたのなら、俺はお前と同じように、親父の影を追い求め続けていたはずだ……』

 

響は怒ることもせず、ただじっと、俺を見つめ、言葉を待ってくれていた。

 

『正直な気持ちを伝えられなかったのは――お前たちを慰めようとしたのは、俺が弱いからだ……。お前たちを傷つけたくないのだという――傷ついたお前たちを見たくないという――俺の弱さだ……。だから……』

 

 

 

 

 

 

男が目を瞑る。

瞬間、山城さんの部屋は消滅して――気が付くと、私たちは大嵐の中に居た。

 

「山城!」

 

司令官が、山城さんを抱き、しゃがみ込んだ。

案の定、山城さんは震えていた。

 

『山城』

 

男の声に、山城さんは恐る恐る、目を開いた。

雷鳴が轟き、海は荒れ、木片や木の葉が物凄い勢いで横切って行く。

 

『よく見ていろ』

 

男が、天に手を掲げた。

ふと、思い出す。

 

 

 

 

 

 

『やめて……!』

 

思わず叫んだのは、姉さまが言っていたことを思い出したからだった。

『雷は、高い所に落ちる性質があるの。だから、姿勢を低くしていれば、落ちてくる心配もないわ』

辺りを見渡す。

彼以外に、高いものはない。

艦娘寮も――風力発電機も――それどころか、島の形さえ――。

 

「山城! 姿勢を低くするんだ……!」

 

『でも……!』

 

「これは夢だ……! あいつは大丈夫だ……! それが分かっていて――自分は守られる存在ではないのだと証明するため――あいつはああしているんだ……!」

 

安心と呆れ――それを受け入れる前に、響は言った。

 

『夢でも……これは普通の夢じゃないよ……! 痛覚があるはずだ……! 雷が本物かどうかは分からないし、実際どうなるかも分からない……。でも……』

 

響と同じように、私も彼を見た。

その顔は――。

そして、次の瞬間――。

 

 

 

 

 

 

空が光った瞬間、轟音と共に、空気が揺れた。

 

『……っ!』

 

思わず息を呑んだ。

親父の言う通り、自分の強さ――守られなければならないという事への否定――その証明の為に、俺は山城の部屋を消滅させた。

だが、少しだけ意味合いが違う。

俺は――。

 

『山城』

 

山城は、怯えた表情で、俺に目を向けていた。

 

『目を逸らすなよ。俺は、俺の弱さを克服するために、あえてお前たちの前で死んで見せる。俺の死にざまを、お前たちに見せる。それが、俺の覚悟だ。俺の意志だ。お前たちを守るってことだ』

 

『どうして……!?』

 

叫んだのは、響であった。

 

『確かにこれは夢だよ……。でも、痛みはある……! 人間は、痛みのあまり、死を選ぶって聞いたことがあるんだ……。本当に死んでしまうかもしれない……! それに……もし貴方が本当に死んでしまったら、私たちは、司令官が死んだ時と同じ道を辿ることになるんだよ!? それじゃ、意味がないじゃないか……! 守れないじゃないか……! 貴方だって、それが分かっていない訳じゃないはずだ……! なのにどうして……!?』

 

『言っただろ。俺は親父とは違うって』

 

『え……?』

 

『俺は、死を恐れずに死ぬ。覚悟を持って死ぬ。天災も、死も――それらを恐れるよりも、お前たちが前へと進む決意を持ってくれることに望みをかける。こんな人間もいた。死の恐怖に打ち勝った人間がいた。だから、自分たちも……って……』

 

響も山城も、何も言えずにいた。

呆れているのか、それとも――。

 

『死んでも、生き返ることは無い。死後の世界も無い。だからこそ、今を必死に生きるんだ。俺は親父とは違う。死の恐怖からお前たちを守るのではない。死の恐怖に打ち勝って見せるんだ』

 

再び、手を掲げる。

 

『山城、響』

 

二隻が俺を見る。

いや――。

 

『二人……か……』

 

二人の表情は――。

 

『死を受け入れろ。それが、生きるってことだ』

 

瞬間、空が光って――。

目の前が、真っ白になって――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

目を覚ますと、そこには、雪風の顔があった。

 

「しれえ、おはようございます」

 

「雪風……ここは……」

 

見覚えのある天井であった。

 

「ここは執務室です。しれえ、やりましたね」

 

「え……?」

 

「山城さん、目を覚ましました。成功です」

 

成功……?

あぁ、そうか……。

結局、俺は死ねなかったって訳か。

 

「痛っ……!」

 

体を動かそうとしたが、全身に力が入らない。

それだけではなく、頭痛もする。

 

「大人しくしていてください。水分を摂りましょう。はい、お水です」

 

雪風は、吸いのみで水を飲ませてくれた。

 

「しれえが夢の中に入ってから、丸三日経っているんです。脱水症状もあったので、しばらくは大人しくしていてください」

 

「丸三日……!? 俺は、丸三日、夢を見ていたと言うのか!?」

 

「いえ……。正確には、夢を見ていたのはほんの一時間くらいです。山城さんと響ちゃんは、しれえが夢の中に入って一時間後に、目を覚ましましたが、しれえは、そこから丸三日間、夢も見ず、ずっと眠っていました」

 

一時間……。

あの夢での出来事が、たった一時間か……。

逆浦島太郎状態だな……。

 

「まあいい……。山城と響はどうしているんだ?」

 

そう言った時、ちょうど、扉がノックされ、誰かが部屋へと入って来た。

そして、目を覚ましている俺を見ると――。

 

「響ちゃん、山城さん、今、ちょうどしれえが――」

「――司令官……!」

 

響は俺に駆け寄ると、心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「司令官……」

 

「響……。お前、今、俺の事……」

 

「司令官……。う……うぅぅ……良かった……。司令官……司令官……」

 

ぽろぽろと涙を流す響。

何だ……?

どうして響が俺の事を……?

まさか、まだ夢の中なのか……?

 

「…………」

 

山城がゆっくりと近づいてくる。

そして、俺の顔を確認すると、力が抜けたかのように座り込んでしまった。

 

「山城……?」

 

「良か……った……」

 

「え?」

 

「良かった……。無事で……良かった……。うぅぅ……」

 

「山城……」

 

突如、意識が朦朧としてきた。

 

「司令官……!?」

 

「なんか……意識が……」

 

視界が靄に包まれる。

嗚呼、やはり、これは夢なのか……?

それとも――。

 

「司令官……! 司令官!」

 

「しれえ!」

 

瞼が重い。

声が、響と雪風の声が、遠くに――。

 

「提督……!」

 

山城……お前、今……。

その声を最後に、俺の意識は――。

 

 

 

再び目が覚めた時、部屋は夕焼けに染まっていた。

 

「ん……」

 

体を起こす。

怠さは少し残るが、頭痛は消え、体もしっかりと動いていた。

 

「一体……どこからが夢で、何処からが現実なんだろうか……」

 

そんな事を思っていると――。

 

「あ……」

 

声の先に、響が立っていた。

 

「響……」

 

響はゆっくりと俺に近づくと、傍に座り、額に手をあてがった。

 

「うん、熱は下がったみたいだね」

 

「熱?」

 

「今朝、一度起きたことは覚えているかい? どうやら、熱と貧血を起こしていたみたいでね。気絶するように眠ってしまったんだよ?」

 

そうだったのか……。

 

「まさか、まだ夢だという訳ではないよな……?」

 

そう言ってやると、響は微笑んだ後、ポケットから魔法の杖のようなものを取り出した。

まさか……!

 

「チチンプイプイアブラカタブラテクマクマヤコンテクマクマヤコンピリカピリララポポリナペペルト」

 

しかし、杖の先は光らず、何も起きなかった。

 

「夢じゃないよ。これも、自分で作った、ただの玩具さ」

 

よく見ると、確かに、割りばしか何かでつくられた、粗末な杖であった。

 

「そうか……」

 

窓の外に目を向ける。

夕焼けの中を、大きな鳥が悠然と飛んでいた。

 

「……死ねなかった訳か」

 

思わずつぶやく。

響は一瞬だけ悲しそうな顔を見せた後、すぐに表情を戻した。

 

「おにぎり、作って来たんだ。お腹が空いていると思ってね」

 

形がバラバラなおにぎりであった。

 

「皆で作ったんだ。山城さんが握ったものもあるよ」

 

「山城も……?」

 

「うん。後で、呼んでくるよ」

 

「山城は何か言っていたか……? あれから、どうなったんだ……?」

 

響は塞ぐように、俺の口におにぎりをあてがった。

 

「それは、山城さんから直接聞いた方がいい。今は、食べて」

 

「……分かったよ」

 

飯を食っている間、響はじっと、俺の顔を見つめていた。

 

 

 

食い終わり、落ち着いた頃、俺は響に問うた。

 

「今朝……になるのか……。夢でなければ、お前は俺を、司令官と呼んだな……」

 

「うん……呼んだよ……」

 

「……何故だ?」

 

響は肩の力を抜くように、小さくため息をついた。

 

「どうしてだろうね……」

 

「どうしてだろうねって……」

 

「でも……そう呼びたいって思ったんだ……。『司令官』――貴方のお父さんは、もういないし、この島の習わしでもあるし――いや……」

 

青色の瞳が、俺を見つめていた。

 

「認めてしまったんだ……。貴方が司令官だって……。貴方のお父さんの代わりだとか、そう言う意味ではなくて……。なんて言えばいいのか、分からないけれど……。とにかく……そうだな……」

 

少し考えた後、響は言った。

 

「ずっと一緒に居たい人――守りたい人――そう言う、私にとって大切な人を、司令官って、私は呼んでいたように思う」

 

「それはつまり……俺も、そうであると……?」

 

「……そうかもね」

 

照れる響。

そんな顔も、出来るんだな。

 

「そうか……」

 

どうしてそう思ってくれたのかは分からない。

だが、それでいいと思った。

それ以上の理由は、要らないと思った。

 

「司令官」

 

思わず顔を上げる。

 

「ふふっ、自覚はあるんだね」

 

今度は俺が照れてしまった。

自惚れているようで――いや、そうであるのだと言ってくれたから、別に照れる必要はないはずなのだが……。

ふと、響は、俺の胸に頭を預けた。

 

「司令官……」

 

「響……」

 

「ごめんね……。本当は……分かっていたんだ……。『司令官』はもういないって……。貴方が……その穴を埋めてくれる――ううん――それ以上の存在になれるんだって……。分かっていたんだ……。でも……」

 

それ以上の事を、響は言わなかった。

だが、なにが言いたいのか、俺には分かっていた。

 

「……気にするな。でも……ありがとな……。親父の事を想ってくれて……。俺を……受け入れてくれて……。ありがとな……響……」

 

そっと、その背中を抱いてやると、響は、深く身を預けた。

この小さな背中に、大きな不安を背負っていたんだな……。

 

「司令官……」

 

「なんだ……?」

 

「私……生きるよ……。司令官と……貴方と……一緒の時間を生きるよ……。だから……」

 

響は大声で泣き出してしまった。

それは、親父との――佐久間肇との決別を意味していた。

 

「響……」

 

響の不安が消えるまで、俺は、いつまでもいつまでも、その小さな体を抱きしめてやった。

 

 

 

響を慰めてやっていると、山城が部屋を訪ねてきた。

 

「じゃ、じゃあ……私はこれで……」

 

響は恥ずかしそうに俺から離れると、空になった皿を持って、部屋を出て行った。

 

「別に、今更恥ずかしがらなくてもいいのに……」

 

そう言う山城の表情は、どこか穏やかそうに見えた。

 

「山城……」

 

山城は、響と同じように、俺の額に手をあてがった。

 

「もう大丈夫だ。心配かけたな」

 

「……そう」

 

山城は、俺の傍に座ると、窓の外に広がる薄明の空に目を向けていた。

永い沈黙が続く。

 

「……戻って来てくれたんだな」

 

山城はゆっくりと頷くと、愚痴を零すように言った。

 

「嫌でも目覚めてしまうわよ……。跡形もなく消えてしまったものだから……」

 

跡形もなく……か……。

 

「……結局、生きてしまったな。かっこよく散りたかったもんだが……」

 

「貴方らしいと言えば貴方らしいじゃない……」

 

それは、褒めているという訳ではなく、どこか、馬鹿にしているかのような言い方であった。

 

「でも……貴方の言った通りになったわね……」

 

「え?」

 

「『死の恐怖に打ち勝つ』って……。尤も、無謀だとか、ヤケクソみたいな感じではあったのだろうけれども……」

 

まあ、確かに、ヤケクソなところはあった。

親父に追い詰められ――。

 

「……ムキになっていたのかもしれないな」

 

「それもまた、貴方らしいわ」

 

先ほどとは違い――馬鹿にするような言い方ではなく――どこか、感心するかのような、そんな言い方であった。

 

「……あれから」

 

「…………」

 

「貴方が雷に打たれてから……『提督』も居なくなってしまって――世界には、私とあの子だけが残されてしまった……」

 

「親父も消えたのか……」

 

「えぇ……。響が、貴方の事を心配して、目覚めようとしたのだけれど、方法が分からなくて……」

 

確かに、目覚める方法を雪風から聞いていなかったな……。

 

「そうしたら、物陰から雪風が現れて……。起きるかどうか尋ねてきたわ……。起こすことが出来るのだと言ってね……」

 

なるほど……。

雪風も、俺と一緒に、最初から夢の中に居てくれていたのかもしれないな……。

 

「響はすぐに承諾したわ……。でも……私は……」

 

山城は目を瞑ると、考えるように俯いた。

 

「山城……」

 

「……私は、すぐに返事が出来なかった。そんな私に、雪風は言ったわ……」

 

『山城さんさえ望めば、この世界に佐久間さんを呼ぶことも出来ます』

 

「雪風が……?」

 

「えぇ……。あの子は、それだけの力が自分にあるのだと言っていたわ……。その証拠に、本当にあの子は『提督』を……」

 

雪風はどうして、そんな事を……。

いや……それよりも……。

 

「それでも……目覚めることを選んでくれたのか……。俺がいる世界を……選んでくれたのか……」

 

山城は膝を抱えると、頷き、顔を隠してしまった。

 

「どうして……って訊くのは、野暮なことだろうか……?」

 

「……野暮だって分かっているのなら、訊かないで欲しいものだけれど。そういうところじゃない……? 皆が貴方を笑うのは……」

 

どうやら、雪かきの時の事を言っているようであった。

 

「……そうだな。なら、言い方を変えようか」

 

「…………」

 

「聞かせてくれ。どうして、目覚めることを選んでくれたのか。お前の気持ちが知りたいんだ」

 

山城は俺をチラリと見ると、すぐに視線を逸らしてしまった。

 

「……そういうところよ」

 

「え?」

 

山城はしばらく黙り込んでいたが、やがて観念したのか、零すように語り始めた。

 

「『提督』を失うよりも――死を受け入れなければいけないという恐怖よりも――貴方を失うことが恐ろしかった……」

 

俺を……失う事……。

 

「目覚めることをすぐに受け入れる事ができなかったのは、『提督』への未練だとか、死への恐怖なんかではないわ……。貴方を失ってしまった喪失感や――仮に生きていたとしても、また不幸にしてしまうんじゃないかって――そんな理由だった……」

 

「山城……」

 

「でも……それでも……貴方は信じてくれたから……。私たちが前に進めるのだと――自分を死に追いやってまで――それに応えないと……いえ、応えたいって……思ったから……」

 

どうしてそう思ってくれたのかを、響と同じように、山城も説明してくれなかった。

 

「……俺に、光を見てくれたのか? 自分の不幸をかき消してくれる光だと……」

 

「……最初から、見ていたわ。だからこそ、私は貴方を避け続けた……。けれど……」

 

山城は、俺をじっと見つめた。

 

「……俺はしつこいからな」

 

頷く山城。

 

「本当にしつこい男だわ……。それでいてしぶとくて――あの子に言わせれば、貴方はまるで、不死鳥のようだわ……」

 

そう言う山城の表情は、どこか――。

 

「そんなカッコいいものではないよ。せいぜい、ゴキブリとか、そういうのだろ」

 

俺が笑うと、山城もまた、笑ってくれた。

 

「ようやく、お前の笑顔が見れたよ」

 

「……何度か見ていたはずでしょう?」

 

「俺だけに見せる笑顔を……だよ」

 

山城は顔を赤くすると、そっぽを向いてしまった。

その表情も、だなんて、いつか言える日が来るといいな……。

 

「山城」

 

「……なに?」

 

「ありがとな……」

 

何に対してとは言わなかったが、山城は分かっているようで――そっぽを向いたまま、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

それからも、皆が部屋を訪ねて来てくれた。

心配する者、怒る者、呆れる者――。

それぞれが違う反応を見せてはいたが、そのどれにも、優しさがにじんでいた。

 

「事情は全てお聞きしております。今は、ゆっくりお休みください。提督」

 

「あぁ、悪いな、大淀……」

 

再び眠気が襲ってくる。

三日も眠っていたはずなのにな。

しかし、何と言うか……。

 

「安心したな……」

 

山城が目覚めてくれたこともそうだが、響の件も、親父の事も――全てが解決したわけではないが、一歩だけ、ほんの一歩だけだが、進んだ気がする。

それに……。

 

『みんな……』

 

俺が望む未来。

それが、はっきりと見えた気がする。

それだけでも、俺は――。

 

 

 

翌朝。

食堂へ向かうと――。

 

「!」

 

山城と響が一緒に座っていた。

 

「行ってあげてください。待っているようですよ」

 

そう言うと、大淀は俺の背中を押した。

確かに、響と山城の席には、俺の食事も置かれている。

 

「あ、司令官」

 

響は俺を見つけると、手招きし、山城の隣を指さした。

山城は、背中越しではあるが、俺の存在に気が付いたのか、少しだけ小さくなっていた。

 

「おはよう、司令官」

 

「おう。用意してくれたのか。悪いな」

 

山城の隣に座る。

響はチラリと、山城に目を向けていた。

 

「…………」

 

山城は俯いたままであったが、やがて、観念したかのように顔を上げると、小さく言った。

 

「……おはようございます」

 

どこか嬉しそうな表情の響と目が合う。

 

「あぁ、おはよう、山城」

 

再び俯く山城。

その状況を察してか、大淀が朝の挨拶を始めた。

 

 

 

食事中、響は気を遣うように、俺と山城に話しかけ続けた。

 

「――だと思うんだ。山城さんはどう思う?」

 

「……そうね。私も、そう思うわ……」

 

「司令官は?」

 

「ん? あぁ、俺もそう思うぜ」

 

しかし、中々話が発展しない。

響が出す話題もそうだが、俺も山城も、どこか緊張していると言うか……。

気を遣っていると言うか……。

やがて、話題も尽きたのか、響は閉口してしまった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

お互いに、何か話した方がいいとは思っているはずだ。

だが……。

 

「山城さんって、しれえの事が好きなんですか?」

 

いきなりぶっこんできたのは、言わずもがな……。

 

「お、おい……」

 

「だって、山城さん、佐久間さんの事が好きだったんですよね? 夢で、あんな事やこんな事、していたじゃないですか」

 

あんな事やこんな事って……。

そんな、疚しい事をしていたかのような……。

 

「しれえの事を選んだって事は、しれえともそういうこと、したいんじゃないかなって」

 

山城に目を向けると、その表情は……。

 

「山城さん?」

 

「……別に、そう言う訳ではないけれど」

 

「じゃあ、どうして起きてくれたんですか?」

 

山城は少し考えた後、そっぽを向きながら言った。

 

「別に……。ただ……この男はすぐムキになって死のうとするし……。私が起きないと知ったら、また無茶な事しそうだし……。もし私の所為で死んでしまったら……後味が悪いし……」

 

それを聞いた響は、笑いながら「確かに」と言った。

 

「守ってあげないといけないって思ったんだよね。子供みたいに、すぐ無茶をするものだから」

 

山城は小さく頷くと、空になった湯呑に口をつけた。

 

「……そりゃ悪かったな」

 

危なっかしいか……。

まあ、しかし、山城の言う通りだ……。

もし、山城が起きなかったら、きっと俺は……。

 

「……貴方には」

 

「?」

 

「貴方には……私の不幸をかき消すような光になってもらわないといけないのだから……。もっと……しっかりしてもらわないといけないわ……」

 

「山城……」

 

「私も……前に進むから……。だから……その……」

 

山城の目が、俺に向けられる。

いつもの虚ろなものとは違い、どこか――。

 

「だから……これからも……よろしくお願いします……。……提督」

 

「――……」

 

俺は――……。

 

「……司令官、口にソースがついているよ」

 

「しっかりしてください、しれえ」

 

響と雪風は、俺のそれを隠すように、念入りに拭いてくれた。

その光景を見ている山城の口元が、ほんの少し、ほんの少しだけ、微笑んでいるように見えた。

 

 

 

朝食後、響は俺に、島を出る決意をしたのだと伝えた。

 

「響……」

 

「司令官が眠っていた三日間で、皆にはその事を話していたんだ。島を出る準備も済んでいるから、海軍への連絡を頼みたい」

 

皆も、その事を承知していたようで――敷波なんかは、どこか悲しそうな表情を見せていた。

 

「……分かった。けど、どうして……」

 

「……私も、前に進みたいって思ったから。もう、ここにいる必要も無いしね」

 

その言葉に、本当に響は、親父と決別できたのだと実感できた。

 

「それに、これ以上、暁たちに先を越されるわけにはいかないしね。このままでは、本当に暁がお姉ちゃんになっちゃうからね」

 

笑顔を見せる響。

それでもやはり不安なのか、拳はキュッと握られていた。

 

「……そうか。分かった。海軍には連絡しておく。おそらく、今日の夕方にでも迎えが来るだろうから、今一度、皆と話しておけ」

 

「うん。分かった」

 

そう言うと、響は皆と共に、食堂へと戻っていった。

 

「さて……どうなるかな……」

 

 

 

海軍に連絡を済ませ、家で手続き用の書類を整理していると、雪風がやって来た。

 

「しれえ」

 

「雪風。話し合いはどうした?」

 

「まだ続いています」

 

「いや、お前はどうしてここに?」

 

「響ちゃんから、皆に話す前に、島を出ることを聞いていましたから」

 

そう言うと、雪風はちょこんと座り、書類仕事に目を向けた。

 

「面白いものではないぜ」

 

「えぇ、知っています。何度か、夢で見たことがありますから」

 

夢で……か……。

 

「……そういや、まだお礼を言っていなかったな。色々と助かったよ。お前のおかげで、あいつらは前に進むことが出来た。ありがとう」

 

「いえ、お役に立てたのなら本望です。それよりも、どうするおつもりなんですか?」

 

「どうするつもり、とは?」

 

「響ちゃんの事です。真実を知ったら、島に留まる選択をしてしまうかもしれませんよ」

 

全て分かっている、とでも言うように、雪風はじっと、俺を見つめていた。

 

「……それも、夢で見たのか?」

 

「いえ、しれえが電ちゃんと雷ちゃんに説得されている時、こっそり話を聴いていたんです」

 

なるほど、聞かれていた訳か……。

 

「また、響ちゃんに嫌われちゃいますよ? せっかく雪風が、仲を取り持ってあげたのに……」

 

そう言うと、雪風は頬を膨らませた。

 

「嫌われてもいいさ。俺を嫌いになったとしても、響が島に残る理由はもうない」

 

「……暁ちゃん達が島に残るのだと言い出したら?」

 

「それでもいい。また、奮闘するだけさ」

 

雪風は、わざとらしくため息をついて見せた。

 

「本当……しれえは変な人です……」

 

「これは、夢に無かったか?」

 

雪風は頷くと、どこか嬉しそうに笑って見せた。

 

「お前こそ、変な奴だよ。何がうれしいんだ?」

 

「さあ、なんでしょうね? その意味が分かったら、きっと、山城さんの気持ちにも、気が付けるかもしれませんよ」

 

「なんだよそりゃ?」

 

そんな事を話していると、大淀と響がやって来た。

 

「おう、話は終わったようだな」

 

「海軍の方には?」

 

「連絡した。今日の夕方……夕食を済ませた後ぐらいに来るそうだ」

 

「分かりました。響ちゃんの方は準備が済んでいるようですので、私の方で、何かお手伝いできることがありましたら」

 

「いや、俺も方も、もう少しで終わるところだ」

 

そう言うと、響が前に出てきた。

 

「司令官、時間、あるの?」

 

「ん? あぁ、まあ」

 

「そうか。その……お願いがあるのだけれど……」

 

「お願い?」

 

「今日一日……私と過ごしてくれないかい?」

 

「お前と?」

 

「うん……。ダメかな……?」

 

大淀に目を向ける。

何か事情を知っている様子で、小さく頷いてくれた。

なるほど、だから、手伝う事があるのかと……。

 

「あとの事はお任せください。雪風さんも、手伝ってくれますか?」

 

「もちろんです!」

 

二隻の心遣いに、響は恐縮しているようであった。

 

「ありがとう、二人とも。そういう事なら、お言葉に甘えさせてもらおうぜ、響」

 

「……うん。大淀さん、雪風、ありがとう」

 

二隻に見送られ、俺たちは家を後にした。

 

 

 

外は、雲一つない快晴であった。

 

「良かったのか?」

 

「え?」

 

「今日一日、俺なんかと過ごすって」

 

「うん……。司令官とは、仲違いしてから、こうして一緒に過ごしたこと、無かったから……」

 

「報告の時は、一緒だったじゃないか」

 

「あれは、ただの報告だったから……」

 

そう言うと、響は俯いてしまった。

仲違いしていた頃を思い出して、申し訳なくなっているのだろうな。

 

「響」

 

「?」

 

「肩車、してやろうか」

 

「え?」

 

「仲違いする前は、よくせがんでいたじゃないか」

 

そう言ってやると、響は少し恥ずかしそうにした後「いいの……?」と、小さく言った。

 

「嫌ならいいんだぜ?」

 

「い、嫌じゃないよ! じゃあ……その……お願い……します……」

 

何故敬語なんだ。

しゃがんでやると、響は、恐る恐る、俺の肩に乗った。

 

「よっと……。さて、どこに行きたい?」

 

「え?」

 

「何かしたいとか、あるんじゃないのか?」

 

そう言ってやると、響は少し考えた後、小さく言った。

 

「……特にないよ。ただ、一緒に過ごせればいいなって……思っただけだから……」

 

何故、そう思ったのかは、やはり言わなかった。

だが――。

 

「そうか。じゃあ、適当に歩くぜ」

 

「うん……」

 

一緒に過ごせればいい……か……。

 

 

 

俺たちは何をするわけでも無く、ただ海辺を歩きながら、色々と話をした。

 

「雪風に聞いたんだ。島を出たら、もうあの夢は見れなくなるかもしれないって」

 

「そうなのか。だとしたら、もっと好き放題やっておけばよかったな」

 

「ふふ、そうだね。味覚があるから、お菓子の家とか食べてみたかったな」

 

こうして話していると、やはり子供なんだなと実感する。

それでも、出会ったばかりの頃とは違い、少しだけ、大人になった感じはするが――。

 

「そういや、初めて海辺を歩いた頃は、もっとこう、甘えん坊だったよな。お前」

 

「あれは……何と言うか……。貴方の事を『司令官』だと思っていたからで……」

 

「親父には、ああして甘えていたと?」

 

響は答えなかったが、頭を掴む手に力が入っていた。

 

「別に、同じように甘えてもいいんだぜ。そうしたいから、こうした時間を設けたんじゃないのか?」

 

「そ、そんなことは……。私はただ……仲直りしたかっただけというか……。それに……司令官だって……嫌でしょ……。『司令官』の代わりだなんて……」

 

なるほど、気を遣われていた訳か。

 

「俺が嫌じゃなかったら、甘えたかったって事か?」

 

響は答えなかった。

俺は足を止めると、響を降ろし、じっと目を見つめた。

 

「司令官……?」

 

「俺は、親父のようにはなれないか……?」

 

そう言う俺の表情を見て、響は――。

 

「……なれないよ」

 

「…………」

 

「『司令官』は『司令官』だし、貴方は貴方だ……。同じようには……なれない……」

 

「……そうか」

 

「だから……」

 

響はそっと、俺を抱きしめた。

 

「貴方は貴方でいいんだ……。『司令官』とは違う、貴方だからいいんだ……」

 

「響……」

 

「『司令官』のように甘えられないのは……貴方に……甘えん坊だって……思われたくないだけだから……」

 

そう言う響の耳は、真っ赤に染まっていた。

そうか……。

 

「別に、恥ずかしい事ではないよ。まだまだ子供なんだから、甘えておけばいいだろうに」

 

「でも……」

 

「そういうのは、島を出て、もっと大人になってから見せてくれればいいさ。今は、自分に正直であって欲しい。甘えん坊だなんて、思わないからさ」

 

そう言ってやると、響は少し考えた後、消え入りそうな声で言った。

 

「……だっこして欲しい」

 

「よし来た」

 

そのまま抱き上げてやると、響は俺の胸に、そっと、頭を預けた。

 

「撫でてやろうか?」

 

頷く響。

長い髪を梳くように撫でてやると、響はより小さくなった。

 

「……司令官」

 

「ん?」

 

「ありがとう……。本当は……ずっと……こうして欲しかった……」

 

「……そうか」

 

俺はそれ以上、何も言わなかった。

それだけで、十分だった。

 

 

 

夕食を済ませた頃に、海軍はやって来た。

 

「それでは皆さん、行きましょう」

 

皆がぞろぞろと寮を出て行く。

 

「しれえ」

 

「雪風」

 

「雪風は、知りませんからね……」

 

そう言うと、雪風は頬を膨らませながら、皆の方へと駆けて行った。

そうだった……。

すっかり忘れていたが、この後――。

 

「一緒に過ごすんじゃなかった……かもな……」

 

 

 

泊地には、天音上官を筆頭に、海兵連中が集まっていた。

いつもの挨拶を済ませ、響を前に立たせる。

 

「響ちゃん、またね!」

 

「響ちゃん!」

 

皆が声をかける中、天音上官は、俺に気まずそうな表情を見せた。

 

「雨宮……本当にいいのか……?」

 

「……はい。お願いします……」

 

上官は頷くと、海兵連中に声をかけた。

そして、船から降りてくる三つの影――。

 

「え……」

 

声を零したのは、響であった。

答え合わせをするように、敷波が叫んだ。

 

「暁ちゃん!? 雷ちゃんに電ちゃんも!?」

 

それと同時に、皆が驚愕する声。

雪風だけは、白い目で俺を見ていた。

 

「響……」

 

暁が響に駆け寄る。

 

「あ、暁……どうして……」

 

暁は困った表情で、俺を見た。

仕方ない……。

覚悟を決めるか……。

 

「悪い、響……。暁たちは……その……人化していないんだ……」

 

「え……!?」

 

「確かに、島を出るとは言った……。けどそれは……その……検査の為だったんだ……」

 

「検査……?」

 

「暁は確かに、島を出る決意をした。だが、知っての通り、電と雷が反対してな――」

 

 

 

 

 

 

「第六駆逐隊がバラバラになるだなんて嫌よ!」

 

「なのです!」

 

どうにか暁の決意を変えられないかと言われたが、暁は暁で、頑なでな。

俺としても、暁が島を出ることになれば、お前の気持ちも変わるものだと思って、電と雷を説得したのだが……。

 

「すまん……。分かってくれ……」

 

「……嫌よ。私たちは、諦めないから!」

 

「なのです!」

 

結局、説得はかなわなかった。

どうしたものかと悩んでいた時、天音上官から連絡が入ったんだ。

 

「『検査艦の協力要請』……ですか?」

 

『あぁ。長らく艦娘の検査は実施されていなかったのだが、関係が良好な今、再開されることになった』

 

検査艦とは、読んで字のごとく、検査対象の艦娘の事だ。

どのような検査が実施されるのかは分からないが、おそらく、親父の時代にあったのだという、ヘイズの感染量等を調べるものなのだろう。

 

『検査は私の管轄下で行われる。あくまでも協力要請であるから、強制ではないのだが……』

 

電話口の天音上官の表情が、手に取るように分かった。

 

「ご心労お察しします」

 

『……すまない、雨宮』

 

「いえ……。検査はどこで行われるのです?」

 

『それは言えない……。ただ、島の外で行われる……とだけ……』

 

「島を出ることになるのですか?」

 

『あぁ……。島を出るという事に抵抗がある艦娘も多かろうと思う……。やはり、難しいだろうか……?』

 

島を出ることに抵抗の無い艦娘……。

それを考えた時、俺は――。

 

 

 

 

 

 

「そういうことか……」

 

話を切ったのは、響であった。

 

「検査艦の事を隠し、あたかも人化するために島を出たかのようにして見せた……ってことだね……。私に島を出る決意を持たせるために……」

 

「……流石だな。電と雷に説明したら、すぐに検査艦になることを了承してくれたよ。『響の気持ちが変わるなら……』って……」

 

「……変わらなかったら、どうするつもりだったんだい? 暁が島を出ることに変わりはないはずだ。なのに、どうして……」

 

響は、電と雷に目を向けた。

だが、答えたのは暁であった。

 

「その時は、暁も島に残るつもりだったわ」

 

「え?」

 

「そうじゃなかったら、きっと、電も雷も、納得してくれなかっただろうから……。それでも、暁は信じていたわ……。響ならきっと、決意してくれるって……。そうでなくても、司令官がなんとかしてくれるって……」

 

電と雷も同じなのか、何度も頷いていた。

 

「響、騙してしまって――」

 

いや……。

 

「……まんまと策略に嵌ったな、響。だが、人化するだなんて、俺は一言も言っていなかったんだぜ」

 

俺は、あえて響を煽った。

選択するのは、あくまでも響だ。

怒りが勝るか、それとも――。

 

「……そうか。私は……貴方に騙されていたって訳か……。利用されていたって訳か……」

 

「…………」

 

永い永い静寂。

暁は――天音上官でさえ――不安な表情を浮かべていた。

 

「司令官……」

 

「……なんだ?」

 

「ちょっと……しゃがんではくれないか……?」

 

「……うん?」

 

しゃがみ、響に視線を合わせる。

次の瞬間――。

 

「ぶっ……!?」

 

響は拳を振りかざすと、思いっきり俺の顔面を殴った。

 

「あ、雨宮!?」

 

「ぐっ……!?」

 

体勢を崩し、そのまま倒れ込んでしまった。

駆逐艦とはいえ、なんつう力だ……。

 

「司令官……! 大丈夫……!? ひ、響! なにしているのよ!?」

 

響がゆっくりと俺に近づいてくる。

暁は俺を庇うように、響の前に立ちふさがった。

 

「暁……っ……大丈夫だ。響の好きにさせてやってくれ……」

 

「でも……!」

 

俺は起き上がり、再び響の前にしゃがみ込んだ。

 

「響……」

 

「…………」

 

「……好きなだけ殴ったらいいさ」

 

そう言って、俺は歯を食いしばり、目を瞑った。

だが、響は、殴った俺の頬に、優しく手をあてがうだけであった。

 

「響……?」

 

「……流石だね、司令官。私に、手を出させるだなんて」

 

「え……?」

 

「貴方にしてやられたのは、とっても腹が立つし、何か仕返しをしたいって――島に残って困らせてやろうって――そう思ったのだけれど……」

 

響は小さくため息をつくと、降参だと言うように、手を上げて見せた。

 

「そうは出来なかったよ。それでも島を出たいって――生きてみたいって、思ってしまった」

 

「響……」

 

「でも、腹の虫はおさまらなかったから、これでお相子にさせてもらったよ」

 

「……許してくれるのか?」

 

「そうしてほしくないのなら、もう一発叩き込むけど?」

 

俺が何度も首を横に振ると、響は嬉しそうに笑って見せた。

 

「響……」

 

「暁……」

 

「本当に……いいの……?」

 

「……うん。心配かけて……ごめんなさい……。それと……」

 

「…………」

 

「信じてくれて……ありがとう……。本当は私も……皆と一緒が良かった……。待っていてくれて……ありがとう……」

 

響がぽろぽろと涙を流すと、暁たちも――ずっと、我慢していたのだろう――大声で泣き出してしまった。

 

「響……」

 

思わずもらい泣きしそうになっていると、どこからか奇妙な音が聞こえてきた。

 

「うぐぅ……ぐぎゅぅぅぅぅ……」

 

振り向いてみると、天音上官が泣いていた。

 

「よ、よがっだなぁぁぁぁ……! うぐぎゅぅぅぅぅぅ……!」

 

その泣きっぷりに、俺はドン引きしてしまい、涙も引っ込んでしまった。

それは第六駆逐隊も同じだったようで、皆して天音上官を慰めにかかることになってしまった。

 

 

 

結局、天音上官が泣き止むことは無く、船は島を離れることになった。

 

「悪かったな、皆……」

 

「ううん。おかげで、皆とゆっくり話すことが出来たわ。お別れもちゃんと言えたし。それよりも、司令官……。まだ、ちゃんとお礼を言っていなかったわね……。ありがとう……。響を連れてきてくれて……」

 

暁が頭を下げると、電と雷も同じように、頭を下げた。

 

「俺の方こそ、礼を言わせてくれ。検査とは言え、島を出るのに、相当な勇気が必要だったと思う。お前らのおかげで、響は決意出来たんだ……。山城も救えた……。ありがとう……」

 

今度は、俺と響が頭を下げた。

 

「ふふ、じゃあ、お相子って事ね」

 

「あぁ、そうだな。お相子ってやつだ」

 

そう言ってやると、皆は笑顔を見せてくれた。

四人の笑っている姿に、俺は思わず――。

 

「……悪い。ちょっとだけ、風にあたってくるぜ」

 

その理由が分かっているのか、四人は何も言わず、俺を見送ってくれた。

 

 

 

本土に着くと、いつものように山風が出迎えてくれて、いつものように驚愕の声が響いた。

 

「四人はウチ(隔離棟)で預かることになった。『Oedipus phase』に移行する可能性も否定できないし、七駆のケアにも一役買ってくれるだろうという判断からだ」

 

「皐月たちと同じように……ですか……」

 

「あそこまで酷いものになるかどうかは分からないがな……。人化もこの後すぐに行われる。しばらくは会えないから、今の内に挨拶しておけ」

 

「分かりました」

 

皆に、しばらく会えないのだと説明してやると、覚悟はしていたようで、俺と一言二言交わしてから、バスへと乗り込んでいった。

――響以外は。

 

「響……」

 

「しばらく会えないって……どれくらいなんだい……?」

 

「……さあな。だが、またすぐに会えるさ」

 

「……せっかく、仲直りできたのに。これから……もっともっと……仲良くなれたらって――お話ししたいことも――まだ、知らないことも――……」

 

響はたくさん、俺とやりたいことを挙げた。

それが時間稼ぎであることは分かっていた。

それでも――。

 

「それから……それから……」

 

それ以上思いつかなかったのか、響は黙り込むと、俯いてしまった。

 

「響」

 

俺はしゃがみ込み、響の手を取った。

 

「司令官……」

 

「それ以上思いつかないのなら、じっくり考えて来い。次会えた時、全部叶えてやるからさ」

 

そう言ってやると、響は顔を隠すように俺の胸の中へと飛び込み、ぎゅっと抱きしめた。

 

「響……」

 

そっと抱きしめてやると、響は小さい声で言った。

 

「約束だよ……?」

 

「あぁ……」

 

俺はそっと、響の頬にキスをしてやった。

 

「お前が教えてくれたおまじないだ。元気出たか?」

 

響は微笑むと、俺の唇にキスを返した。

おまじないの返しにしては――。

その証拠に、響の耳は――。

 

「……唇にするのが本当なんだ」

 

目を逸らす響。

 

「フッ……そういう事にしておいてやるよ」

 

響はゆっくりと俺から離れると、そのままバスへと駆けて行った。

 

「やれ……」

 

「雨宮……」

 

天音上官は、俺に白い目を向けていた。

 

「艦娘にモテるのは知ってはいたが……その……子供にまで手を出すのは……」

 

「…………」

 

 

 

響たちを見送った後、俺はお偉いさんたちに呼ばれ、再び表彰された。

 

「残り9隻か……。いやはや、一年も経たずに21隻もの艦娘を人化させるとは……。大変すばらしい功績ではあるのだが、想定外の事で、本部のみならず、国の方も対応に追われているようだ」

 

「はぁ……そうですか……」

 

「そうですかって、君……。まあ、確かに、君には関係のない事なのかもしれないがね……」

 

「実際、関係がない事ですから」

 

「……まあ、その件はどうでもいい。問題なのは、人化の速度も然ることながら、世論への対応だ。人化の速度が増すに連れ、我々への批判も増してくる。選挙が近い事から、艦娘の問題を利用してくる政治家も多くなってくるだろう。そうなった時、国民が艦娘をどう思っているのかによって、流れは大きく変わってくる。もし、批判の声が多くなれば、当然、政治家連中も批判の声を高めるだろう。そうなれば……」

 

どうなるかは、想像に難くなかった。

 

「そこで、君には、艦娘の印象をよくするために、人化した者たちと共に、メディアやネットなどを通じて、情報発信をお願いしたい」

 

「情報発信……ですか……。そういったものは、広報の仕事では?」

 

「私もそう思ったのだがね……。大井を中心に情報発信を行おうと思っているのだが、北上曰く、君でないと大井を制御できないと……」

 

まあ、確かにそうかもしれないな……。

大井の奴、何をしでかすか分からないしな……。

 

「本土での活動が主になるから、島での活動は少なくなる。だが、人化の速度を抑える目的もあるから、了承して欲しい」

 

正直、山城の事もあるから、島での活動を中心として行きたいのだが……。

 

「艦娘の今後の事も考えると、今動くしかないのだ。頼む、雨宮……。何とか力を貸してほしい……。このとおりだ……」

 

艦娘の未来の為……か……。

そうだよな。

それも、俺の仕事だよな……。

 

「……頭を上げてください。分かりました。私に出来る事であれば」

 

「ありがとう……。詳しい事は、追って連絡する。部屋を用意してあるから、今日はそこで休め。島へは私が連絡しておくよ」

 

 

 

用意された部屋に着くと、緊張の糸が切れたかのように、体から力が抜けていった。

 

「はぁ……。なんか……くたびれたな……」

 

思えばここ数日、色々あったからな……。

ずっと気を張っていたと言うか、気を遣っていたと言うか……。

 

「ようやく、ここまで来たか……」

 

山城が心を開いてくれた時、なにかこう、ようやく報われたような気がした。

目標にしてきたことが達せられたと言うか――山を乗り越えたと言うか――。

 

「残り9隻か……」

 

交流度合いを考えると、後は霞だけなんだよな。

実質、残り1隻とも言えるやもしれんな……。

 

「まだまだやることはある……。けど……流石に、よくやっているのだと自分をほめてもいいよな……?」

 

謎の達成感が湧いてくる。

それと同時に、眠気も――。

 

「ふわぁ……。なんか、ぐっすり眠れそうだぜ……」

 

心が軽い。

思えば、いつも、不安や焦燥感を抱きながら眠っていたように思う。

それが無くなった今――いや、完全には無くなっていないはずなのだが――でも、忘れてもいいと思えて――……。

 

「…………」

 

瞼が重くなって行く。

このまま寝てしまおう。

そう思った瞬間だった――。

 

「……っ!?」

 

突如、起床ラッパが鳴り、俺は思わず飛び起きてしまった。

 

「んえっ……!?」

 

なにがなんだか分からないでいる俺の前に現れたのは……。

 

「てってれー! ドッキリ大成功!」

 

カメラを構える青葉。

そして『ドッキリ』と書かれた看板を掲げていたのは、大井であった。

 

 

 

 

 

 

残り――9隻

 

 

 

――続く

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