不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第27話

画面に映る男の顔を見て、私は大変驚きました。

――フフッ、すみません。

いえ、この話をすると、あの動画を思い出しまして。

精悍な顔つきの彼が――ああ、これを言うと、皆、そんな顔をするんです。

一体、どこが精悍なのだ……とでも言いたげな――あの人に仕えていたから、惚れていたから、そう思えるのだろうって……。

確かに、惚れていました。

でも、艦娘であれば、誰でもそう思えてしまうものなのです。

こればかりは、仕方がない事なのです。

彼は提督だから。

艦娘は、提督が大好きだから。

人類の為だ、なんて言って戦っていたのだけれども、本当は、彼の為だった。

彼が、人類の為に戦ってほしいと言ったから――。

 

――どうでしょうね。

 

彼はそんな事、絶対に言わないけれど、きっと――少なくとも、私は、彼の望みを叶えていたでしょうね。

 

――フフッ。

 

えぇ、提督に感謝しなきゃいけませんね。

あなたが此処に在るのも――この世界の平和も――全ては――。

 

『戦後70周年記念番組-あの頃の鈴蘭寮-より』

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

『このまぬけな顔の男こそ、島へ出向している『提督』よ。今後もこのチャンネルに顔を出すことになるだろうから、よーく覚えておきなさいよ。それじゃあ、今回はここまで。次回の動画でまた会いましょう。チャンネル登録と高評価を忘れるんじゃないわよ!』

 

軽快なBGMと共に、チャンネル登録と高評価を促す画面が映り、動画は終わった。

 

「……これを公開したのか?」

 

問い掛ける俺に、大井と青葉は得意げな顔を見せた。

 

「いや~編集大変でしたよぉ~。けど、司令官の顔出し一発目の動画だったんで、気合を入れて寝ずに仕上げたんです!」

 

「いや、まあ、大変だってのは分かるが……」

 

再び動画を再生する。

ドッキリを仕掛けられた俺の間抜けな顔と共に、デカデカと字幕で『雨宮慎二』と本名が晒されていた。

 

「……確かに協力するとは言ったが、まさか、こんな形になろうとはな。もっとこう……アドバイザー的なものかと……」

 

「反響、凄い事になっているわよ。世間はこの話題で持ちきりだし、雨宮慎二なる人間が何者なのかを考察するサイトまで現れたわ」

 

大井が見せてくれた考察するサイトとやらは、俺については何も知らないらしく「~かもしれませんね!」といった形で締めくくられていた。

 

「海軍本部にも、司令官についての問い合わせが殺到しているみたいです。その中には、司令官に会いたいって言う、元艦娘達の声もあるみたいですよ。流石は司令官、艦娘にだけはモテますねぇ」

 

普通、こんな間抜け面を見て、会いたいと思うものだろうか……。

艦娘の感性はよく分からん……。

 

「それで? この動画の反響を見せるために、わざわざ俺の部屋に来たって訳か? というか、昨日は急なことだったから訊けなかったが、どうしてここに来れた? 寮からだいぶ離れているはずだし、誰かに連れてきてもらったという感じでもなさそうだが……」

 

「あら、知らなかったの?『高等学校卒業程度認定試験』を合格した艦娘は、海軍本部敷地内での行動に制限が無くなるのよ」

 

「『高等学校卒業程度認定試験』の合格って……。お前ら、合格したのか!?」

 

「あら、知らなかったの? てっきりもう知っているものだと」

 

いや、まあ、大井は模擬試験で合格点を出していたから――それにしたって、海軍はどうしてそんな重要な事を俺に伝えてくれなかったんだ……。

……まあ、それはいい。

一番驚いたのは……。

 

「青葉……お前……いつの間に……」

 

「……まあ、青葉は、島にいる頃にも勉強はしていましたから。海軍へ島の状況を報告する関係上、どうしても知識は必要でしたし……。試しに模擬試験を受けてみたら、合格点を出してしまって……」

 

「マジかよ……。いや、それにしたって、このスピードは……」

 

「青葉は凝り性なのよ。本試験を受けるって決まってから、それはもう凄い集中力で勉強を始めてね? 食事も忘れるくらいだったんだから」

 

確かに、編集も寝ずにやったのだと言っていたしな……。

 

「凝り性だというのもありますけど……。頑張った一番の理由は……」

 

青葉はじっと、俺の目を見つめた。

 

「この試験に受かったら……司令官の世界に……ちょっとだけでも近づけるのかなって……。そう思ったら……なんだか頑張れちゃったんですよね……とか言ってみたり……。えへ……」

 

赤面する青葉に、俺は思わずドキッとしてしまった。

透かさず、大井が俺に蹴りをいれた。

 

「いってぇ!? なにすんだよ!?」

 

「何鼻の下伸ばしてんのよ!? そんな事よりも、まずは私たちを褒めたらどうなのよ!?」

 

「え? あ、あぁ……。本当、よく頑張ったな。おめでとう」

 

「フンッ……相変わらず鈍感な男ね……」

 

そう言うと、大井はフイとそっぽを向いてしまった。

しまった……。

そうだよな……。

デレデレしている場合じゃなかった。

本当、俺という男は……。

 

「司令官、大井さんをもっと褒めてあげてください」

 

「え?」

 

「大井さん、すっごく頑張ったんです。模擬試験で一度合格点を出したとはいえ、その後はあまり成績が芳しくなくて……。『社会適応試験』の訓練や、周りからの期待に耐えられず、体調を崩すことも……」

 

本当にそうだったのか、大井は俯いてしまった。

 

「それでも、自分が先陣を切っていくんだって……司令官の為に頑張るんだって……。今回の動画だって、どうしたら司令官が世間に受け入れられるかって、一生懸命考えていたんです」

 

「……そうなのか?」

 

大井は答えなかった。

だが、無言であることが、全ての答えであった。

 

「本当は、そういうところを褒めて欲しいんですよね? 司令官に認めて欲しいんですよね? でも、大井さんはそういう事、隠しちゃう人だから……」

 

「……別に、そんなこと」

 

「ほら、そうやって」

 

青葉の言葉に、大井は少し苛立っているようであった。

 

「そうか……。褒めて欲しいかどうかは分からないが……その気持ちは素直に嬉しいよ。よく頑張ってくれたな、大井。それと……悪かった……。そんな大きなものを背負わせているだなんて、思ってもみなかったよ……」

 

「……あんたが謝る必要なんてないわよ。私が勝手に背負っただけだし……」

 

「そうだとしても、それに気が付けなかったのは俺の落ち度だ。すまない……」

 

謝る俺に、大井は悲しそうな表情を見せた。

そんな事をさせるつもりじゃなかった、とでもいうように――。

 

「――っていう表情をしてますよ、大井さん」

 

青葉の言葉に、大井は蹴りをくらわせていた。

……案外、仲がいいのだろうか?

 

 

 

結局、大井から逃げるようにして、青葉は部屋を出て行ってしまった。

 

「ったく……」

 

だが、それが青葉の気遣いだと分かっているのか、深追いすることはせず、大人しく椅子に座っていた。

 

「気を遣うのが上手いよな、あいつ」

 

「そうね……。私とは、大違いだわ……」

 

大井は深くため息をつくと、退屈そうに頬杖をついて、窓の外を見つめた。

 

「……周りからの期待だとか、そういうのを気にする質だったか?」

 

そう訊いてやると、大井は再びため息をついた。

 

「気にしないわよ……。まあ、先に島を出たことだし、先陣を切ってやるか……ってな程度だったわよ……」

 

「だった、とは?」

 

「……青葉よ。あの子、試しに模擬試験を受けて、簡単に合格点を出しちゃうんだもの……。それも、私よりも高い点数で……」

 

「それでムキになって?」

 

「別に、そっちの方向で負ける分にはどうでも良かったし、私の代わりに先陣を切ってくれるのなら、こんなに楽なことは無いと思ったわ……。でもね……」

 

大井はじっと、俺の目を見つめた。

 

「そうなったらきっと……私はあんたの隣に居られなくなると思ったから……」

 

「俺の隣に……?」

 

「先に島を出た艦娘として、色々と特権を受けてきた……。訓練にあんたを同行させたこともそうだし、今回のPR活動も、本当だったらあんたと二人でやるつもりだった……。でも……青葉が合格点を出して、海軍の考え方も変わってきて――私は扱いにくい存在だからと、青葉を推す声も大きくなっていって――」

 

それから大井は、たくさんの『不安』を口にした。

退屈そうな表情は、徐々に崩れてゆき――そして――今まで溜め込んでいたものが、一気にあふれ出たかのようであった。

 

「……ごめんなさい。あーあ、ばっかみたい……。本当、あほらしいわよね」

 

顔を隠すように、大井は窓の外に目を向けた。

 

「……なるほどな。だから、あんなにイラついていたのか。青葉があんなに頑張る理由が、自分と同じだったから――そうなのだとしたら、自分は勝てないと――追い越されてしまうと、不安になった訳か」

 

「……なんでそういうところだけは鈍感じゃないのよ? ったく……ウザイったら……」

 

確かに、何故か変なところだけ冴えてしまうな。

 

「そんなに想ってくれていたんだな」

 

「言ったでしょ……? 私が勝手に背負っただけだって……。あんたの隣に居たいのだという、私の我が儘なのよ……」

 

だから、謝る俺に悲しい顔を見せたのか。

 

「青葉は、私のそういう気持ちに気が付いているようだし、それをあんたに悟られないよう――されど、慰めさせるように、こうして二人っきりにしたんだと思うわ。そうやって気を遣われることも、私にとっては――」

 

それでも、青葉に悪気はないはずだ。

それを分かっているからこそ、大井は――。

 

「……ごめんなさい。こんな雰囲気で、PRなんて出来ないわよね。でも、もう大丈夫だから。私も試験を受かったことだし、青葉に負けるつもりも無いから。あーあ、気持ちをぶちまけたら、なんだか楽になったわ。聴いてくれてありがとう。私は先に寮に戻っているから、あんたも支度を済ませたら、寮に来て。じゃあ」

 

大井はそそくさと、部屋を出て行ってしまった。

こういう時、なんて声をかけてやればよかったんだろうな……。

大井が一番望んでいる言葉は、おそらく――。

けど、少なくとも、今は――だからといって――。

 

『でもさ……そう出来ないもんね……。そっか……。だから雨宮君は、好きっていう気持ちを隠さなくなったんだね……。納得いった……』

 

秋雲の言葉が、俺の胸を締め付ける。

同時に、鳳翔や大和の言葉――皆の顔も――。

 

『きっと、秋雲を抱けば、異性に対しての気持ちも抑えられるんじゃないかなって……。雨宮君が気が付いたであろうことも、解決できるんじゃないかなって……』

 

「やはり、そういう事なのだろうかな……」

 

大井にはっきりとした言葉を伝えられないのは、俺の中に迷いがあるからなのだろう。

夢の中の親父も『恋に翻弄されているばかりではないか』とか言っていたしな……。

 

「性欲……。性欲なのかなぁ……」

 

いっそのこと、本当に――……。

 

 

 

寮に向かおうと準備をしていると、鈴木が部屋を訪ねてきた。

 

「よう。しばらく本土に残るんだってな。いい部屋じゃねぇか」

 

「あぁ、まあな。ただ、大変なことになってな……」

 

「知っているよ。動画、見たぜ。すげぇ反響だよ。香取も動画を見たようだぜ」

 

「香取さんも? っていうか、お前、香取さんと仲直り(?)したのか?」

 

そう訊いてやると、鈴木は少しだけ困った表情を見せた。

 

「なんだよ?」

 

「いや……実はよ……。娘の芽衣ちゃんがさ、どうしても俺に会いたいって言うらしくてさ……」

 

それを聞いて、全てを察した。

 

「……香取さん自身は、会う気はなかったと?」

 

「直接そう言われた訳じゃないが……。まあ、仕方なくって所だろうな……」

 

仕方なく……か……。

 

「でも、会って話すことは出来るんだし、とりあえずは良かったじゃないか」

 

「まあな……」

 

永い沈黙が続く。

どう慰めてやろうかと考えていると、鈴木が話題を変えてくれた。

 

「……そんなことより、いいものを持って来たぜ」

 

「いいもの?」

 

「ほら、性欲がどうとか言ってたろ? しばらく一人になる時間も多くなるだろうから、これを機に解消させた方がいいんじゃないかってさ」

 

そう言うと、鈴木は、エロ本や変な形の筒(?)をたくさん俺に渡した。

 

「てめぇの好みが分からなかったから、色々と揃えてみたぜ。熟女ものとか、巨乳ものとか――」

 

俺は、鈴木に冷たい視線を送った。

 

「なんだよその目は? 好みのジャンルじゃなかったか?」

 

「いや、そうじゃなくて……。解消ってお前……そういうことかよ……?」

 

「ったりめぇだろ。溜まっているもんださねぇと、あいつらとヤリかねないしな。性欲に負けたくないのなら、一発抜いて、冷静になってから会いに行くことをお勧めするぜ」

 

「一発抜いてからって……」

 

俺は、ストライプの入った変な筒を手に取った。

 

「これは何なんだ?」

 

「知らねぇのか? これは、ほら、ここを開けて、この穴にこう……な?」

 

鈴木の手の動きで、全てを察した。

 

「最低だな……」

 

「まあまあ、一度使ってみろよ。とにかく、性欲で悩んでいるというのなら、自分で解消すればいい。そうすりゃ、去勢しなくて済むし、しゅきしゅき症候群も治まるってもんさ」

 

「しゅきしゅき症候群……」

 

「寮へ行くにはまだ時間があるんだろ? 鈴木弥太郎はクールに去るから、ちゃんと済ませてから出て行けよな」

 

そう言うと、鈴木はクールに去って行った。

 

「ったく……」

 

しかし、そうか……。

自分で性欲を解消すれば……。

確かに、以前、山風で――。

 

「うぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

山風への罪悪感に身悶えしながらも、俺は今一度、ソレの有効性について考えた。

確かに、性欲さえなければ、しっかりとした気持ちであいつらの前に立てるかもしれないし、大井にもはっきりとした言葉をかけられたかもしれない。

 

「…………」

 

 

 

寮に向かうと――。

 

「あら、噂をすれば」

 

青葉のカメラが俺に向けられる。

 

「……またドッキリか?」

 

「違うわよ。ほら、皆の紹介動画を撮っているのよ」

 

「紹介動画?」

 

「人化した艦娘の紹介動画よ。私と青葉だけだと華が無いし」

 

「再生数もきっと伸びるはずですよぉ!」

 

そう言うと、青葉は舐め回すように陸奥を撮影し始めた。

 

「紹介動画って……。許可は取っているのか?」

 

「本部にも本人にも取っているわよ。むしろ、動画に出たいって、ね?」

 

本当にそのようで、何とか映ろうと、皆、カメラの前を忙しなく動いていた。

 

「提督、しばらくこちらにいるそうですね」

 

「鳳翔。あぁ、撮影の手伝いをすることになってな。しかし、まさか、出演することになろうとはな……」

 

「ふふ、でも、却って良かったです。世間では、提督の存在は謎に包まれていて、変な憶測まで飛び交っているようですから、少しでもその誤解が解けたらいいなって、思っていたんです。こんなにも素敵な人なのにって」

 

「鳳翔……」

 

「それに……青葉さん!」

 

青葉のカメラが俺たちに向けられる。

すると、鳳翔は、俺の腕に抱きついて見せた。

 

「お、おい!」

 

「いいではありませんか。私たちの仲、皆に知ってもらいましょう?」

 

透かさず、鹿島達がとんできた。

 

「鳳翔さん!」

 

「うふふ、私たち、こういう仲です! なんちゃって!」

 

はしゃぐ鳳翔。

こいつ、こういうキャラだっけか。

 

「もう! て、提督さん! 鹿島とも映ってください!」

 

「青葉! いつまで撮影しているのよ!? こんなの使える訳ないじゃない!」

 

ギャーギャー騒がしくなる現場。

本当、賑やかになったよな、ここも。

 

「あんたも! 鼻の下伸ばしてないで、さっさと離れなさいったら!」

 

 

 

結局、俺が居たら撮影の邪魔になるのだとかなんだとか言われ、寮を追い出されてしまった。

 

「ったく……」

 

ベンチに座り、缶コーヒーを飲む。

 

「こんな事している場合じゃないはずなんだろうけどな……」

 

しかしまあ、たまにはこういうのも悪くない。

思えば、最近はずっと、何かと戦っていたからな……。

まだまだやらなきゃいけない事はあるが、こうして人化した連中と一緒に過ごしていると、ここまでやって来れたんだなって、何だか安心してしまう。

 

「一発抜いたからってのもあるのかもしれないがな……」

 

所謂――。

 

「賢者タイムってやつ?」

 

その声に、心臓が止まりそうになるくらい驚いた。

声の方へ向いてみると――。

 

「あ、秋雲……」

 

「ども、秋雲さんで~す」

 

秋雲は隣に座ると、ニヤニヤしながら俺の目をじっと見つめた。

 

「言ってくれたら、秋雲さんが抜いてあげたのに~」

 

「い、いや……。そ、それよりも、どうした? 撮影、参加しなくていいのか?」

 

「あ~いいのいいの! 秋雲さんだと、絵にならないからさ。そんなことより、雨宮君、一発抜いたんだ? 自分で? それとも、誰かに?」

 

俺が答えないでいると、秋雲は粘度のある笑顔を見せた。

 

「雨宮君は偉いね。そうだよね。さっきみたいに、鳳翔さんなんかに抱きつかれたら、自分を制御できなくなるかもしれないもんね? なら、一発抜いて、賢者モードになったほうがいいもんね?」

 

秋雲は全て分かっているようであった。

 

「……別にいいんだよ? 秋雲を使ってくれても。誰にも言わないし、何も付き合ってくれだとか、結婚してくれだとか言っている訳じゃないし。ヤることだけやって、ただ気持ちよくなればいいだけ」

 

まるで誘惑するかのように、秋雲は耳元で囁いた。

本当に経験が無いのか疑うレベルの誘惑だ。

 

「……もっと自分を大切にした方がいいぞ、秋雲」

 

「あや、本当に賢者モードなんだ。少しは焦ってくれるものと思っていたのだけれど」

 

確かに、いつもより冷静に対処できているように思う。

誘惑されていることよりも、抜いたことがバレた恥ずかしさの方が勝っているというのもあるが……。

 

「なるほどねぇ……。それが、雨宮君の出した結論か~。まあ、出したのは結論だけじゃなさそうだけど~?」

 

「下品な奴だな……。だが、まあ、どうやら俺は、本当に性欲で動いていたようだ。色々と迷惑かけてしまったよ。皆にも、お前にもな……」

 

「秋雲さんの事は気にしなくっていいよ。むしろ? 秋雲さん的には? 素直に抱いてくれた方が良かったんだけど?」

 

「……そうかい」

 

ため息をつく俺に、秋雲は何やら微笑んで見せた。

 

「なんだよ?」

 

「いや? 何て言うかさ、皆が雨宮君に夢中になるの、なんだか分かるなぁって。真面目というか、素直というかさ……。私達艦娘にとって、人間って存在は、完璧で、厳格で――そういう人たちとばかり接してきたというのもあるけれど――雨宮君は、そういうタイプとは違って、私たちに近い存在というか……なんというか……」

 

どう表現したらいいのか、秋雲は悩んでいるようであった。

 

「……とにかく、艦娘を惹き付けるような要素を持った人だなって。守ってあげたくなると言うか、雨宮君の為に、色々したくなるというかさ……」

 

守ってあげたくなる……か……。

 

「単純に、頼りない男って事だろうな……。危なっかしいとも言われるし、赤ん坊を見守るようなもんだろ」

 

「まあ、そういう感じもあるのだろうけれど……。なんというか……そう! 提督! 提督みたいな存在!」

 

「提督?」

 

「秋雲さん達は、人類の為ってのもあるけれど、思えば、提督の為に戦っていた感じがあるんだよね。提督の事は尊敬していたし、守りたいとも思ったし、何かしてあげたいとも思ってた。そうだよ。雨宮君は提督って感じだわ~。すっきりしたわ~」

 

ケラケラ笑う秋雲。

提督、か……。

戦時中の『提督』についてはよく知らないが、俺みたいなのが指揮を執っていたら、萎えそうなもんだがな……。

 

「『提督』も、艦娘を導く存在として【童貞で悪所通いをしない高潔な人物が選ばれた】って言われているし、まさに雨宮君そのものじゃん!」

 

「童貞で悪所通いをしないってのは合っているが、高潔ではないと思うがな……」

 

「まあ、実際の提督も、高潔って感じではなかったしね。そっかぁ。提督かぁ。だったら尚更、童貞は捨てられないよねぇ」

 

「別に、そういう意味で童貞なわけではないのだが……」

 

「じゃあ、どんな意味? 相手がいないって訳じゃないよね? 秋雲さんがいる訳だし」

 

「うーん……。そう言われるとな……。ただ……そういう関係になってしまっては、きっと、俺はあの島には行けなくなる気がするし、そうでなくても、結局は何故か踏みとどまってしまうんだよな……」

 

「高潔だねぇ」

 

「高潔な人間は、きっと自慰なんてしないだろうよ」

 

「確かに」

 

秋雲は再びケラケラと笑った。

 

「そっかぁ。残念。秋雲は、本気で雨宮君とヤるつもりだったんだけどなぁ」

 

「別に、もう俺でなくてもいいだろ。お前の魅力に気付いてくれる人はいるだろうし、俺よりもいい人はたくさんいる。それこそ、お前を抱きたいって奴だって……」

 

って、俺は何を言っているんだ……。

 

「それってさ、雨宮君がそう思ってくれているから、そういう可能性があるんだって言ってくれてる?」

 

「え?」

 

「だって、そうじゃなかったら、そんな無責任な事、雨宮君は言わないはずだよね。一発抜いているし、この前みたいに、言葉を呑み込まなくてはいけない状態ではないだろうし」

 

俺は思わず閉口してしまった。

そんな俺に、秋雲は――。

 

「――……。んへへ……嫌じゃなかった……?」

 

「い、嫌……ではないが……。お前……」

 

秋雲は顔を赤くしながら、小さく言った。

 

「雨宮君がそう思ってくれているのなら――秋雲にも『そういうチャンス』があるなら、ちょっとだけ、努力してみようかなって……。性欲とか……そういうのじゃなくて、本気で――山さんや皆のように――雨宮君をドキッとさせられたらって……」

 

「秋雲……」

 

「……なーんて! それに、あんまり雨宮君をムラムラさせちゃったら、秋雲さんではなくて、別の人とヤり始めちゃいそうだし。実際、右手に解消させた訳でしょ? あ、それとも左手派だった?」

 

いつもの調子で笑う秋雲に、俺もまた、微笑むことが出来た。

 

「フッ、俺は右手派だよ」

 

「秋雲さんも同じ~。んへへ~」

 

秋雲の笑顔に、俺は救われたような気持ちになった。

 

「ねぇねぇ、雨宮君。秋雲さんと握手しようよ」

 

「え? あぁ、まあ、構わないが。何故?」

 

秋雲は右手で握手をすると、粘度のある笑顔を見せた。

 

「んへへ……これってさぁ、実質セックスだよね?」

 

「……お前な」

 

 

 

それから数日間、撮影に協力したり、大井や青葉の訓練に参加したり――とにかく、今までしてやれなかったことを全部やった。

動画を見て駆け付けた元艦娘との交流などもあり、忙しくはあったものの、楽しく過ごすことが出来た。

 

「よう慎二。最近、顔色が良さそうじゃねぇか。あんなに忙しいのに。やっぱ、一発抜いたからか?」

 

「抜いたのが関係しているかどうかは分からんが、自分でも不思議なくらい楽しめているよ」

 

「本部でも評判になっているぜ。明るくなっただとか、人間味が出てきただとかさ」

 

「人間味って……」

 

「とにかく、男が上がったように見えるぜ。隔離棟でも、お前の話題をよく耳にするのだと、天音上官が言っていた」

 

「天音上官が? というか、まともに話せるようになったんだな、お前と」

 

「朧たちが誤解を解いてくれたらしい。何を誤解していたのかは知らねぇが……」

 

朧たちが……。

 

「七駆のみんなは、元気にやっているのかな?」

 

「あぁ、六駆の連中が来て、賑やかにやっているそうだ。六駆が隔離棟を出られるようになったら、試験的に、七駆も鈴蘭寮へ通うようになるらしい。そん時に会えるだろうよ」

 

試験的に、か。

 

『しれえは、潮さんが島を出てさえくれればそれでいいと考えています』

 

『潮さんはどう生きればいいと思いますか? 傷を癒せないと言うのなら、どう克服するというのですか? 痛みを知らないしれえが、何を教えてくれるというのですか?』

 

今度はちゃんと、サポートしてやらないとな……。

 

「っと、そうだ。お前に伝えないといけないことがあったんだった」

 

「なんだ?」

 

「『準備が出来次第、島に戻れ』とのお達しだ。どうやら、島の方が人手不足で、てんわやんわしているらしい。お前がいつ戻るのかと、何度も問い合わせがあったようだ」

 

「人手不足か……。まあ、もう9隻しかいないしな……」

 

「こっちでの活動も必要ではあるが、やはりまずは、あいつらを島から出さないとな」

 

「そうだな……」

 

ため息をつく俺に、鈴木は缶コーヒーを手渡した。

 

「お前はよく頑張っているよ。色々大変だろうけど、お前の功績は、マジで歴史の教科書に載るレベルなんだぜ」

 

「フッ、急にどうした? 気持ち悪い」

 

「んだよ。せっかく慰めてやったのによ」

 

コーヒーは、少し甘めのものであった。

 

「……少しは息抜きできたのかよ?」

 

「あぁ、おかげさまでな。すっきりしたよ。色々とな」

 

ニヤリと笑う俺の顔を見て、鈴木は少し、驚いた顔を見せた。

 

「なんだよ?」

 

「いや? なんつーか、変わったよなって。一皮むけたって言うか、いい男になった」

 

「そういう趣味はないぜ?」

 

「そりゃ残念だ」

 

鈴木が笑う。

それにつられて、俺も――。

――そうか。

俺も、何か変わったと思ってはいたが、良く笑うようになったんだ。

下品な冗談も言えるようになったし、鈴木が言うように、人間味が出てきたのかもしれないな。

 

 

 

島へ戻ることを皆に伝えると、残念がる声をあげつつも、送別会のようなものを開いてくれることになった。

 

「大げさだな」

 

「それほどまでに、提督との時間が、貴重で大切なものだったという事ですよ」

 

本部も協力もあり、幾分か豪華な送別会となった。

 

「司令官!」

 

「皐月。どうした?」

 

「あのね、ボクたちから渡したいものがあるんだ! ほら、卯月! 島風!」

 

皐月の視線の先に、恥ずかしそうに俯く二人がいた。

 

「ほら島風も! 早く行きなさいよ」

 

「わ、分かっている……」

 

天津風に背中を押され、前に出る島風。

本土へ帰って来てから、この二人とは会話できていなかった。

 

「どうした?」

 

「…………」

 

「…………」

 

卯月と島風は、黙り込んだまま、紙袋を手渡した。

 

「これは……?」

 

答えぬ二人を見かねたのか、望月が説明してくれた。

 

「あんたへのプレゼントらしいぜ~? この前、授業で作ったやつなんだと」

 

「そうなのか。開けてもいいか?」

 

頷く二人。

開けてみると、中にはプラ板のキーホルダーや、貝殻などで装飾された写真たてが入っていた。

 

「これ、いいのか? ありがとう。嬉しいよ」

 

そう言って笑ってやると、卯月の表情が、徐々に崩れていった。

 

「卯月?」

 

「……だぁ」

 

「え?」

 

「行っちゃ……やだぁ……。う……うぅぅぅ……」

 

とうとう泣き出す卯月。

 

「どどど、どうしたってんだよ!? 行っちゃヤダって……」

 

助けを求めるように、俺は望月に目を向けた。

 

「卯月の奴、ずっとあんたに話しかけようとしていたようだけど、余所余所しくしちまっただろ? 今更態度を変えることも出来ず、タイミングを失っちまったんだと。んで、プレゼントを用意して、きっかけをつくろうとしたってわけ」

 

やれやれ、とでも言いたげに、望月はため息をついて見せた。

 

「そうなのか?」

 

頷く卯月。

そうだったのか。

俺はてっきり……。

 

「そうか……。気がつけなくてごめんな、卯月……」

 

頭を撫でてやると、卯月は俺をぎゅっと抱きしめ、顔を埋めた。

 

「お前もそうなのか? 島風」

 

島風は目を逸らすと、不機嫌そうに「別に……」と言った。

 

「こんなこと言っているけれど、卯月と同じで、貴方に話しかけるタイミングを失っちゃったみたい。そうよね?」

 

「別に違うし!」

 

「じゃあ、このプレゼントはどうして?」

 

「そ、それは……。い、いらないから……あげただけだし……」

 

ほらね? とでも言いたげに、天津風は俺に困った顔を見せた。

 

「島風」

 

「……なに?」

 

「俺の事、そんなに嫌いか?」

 

「そ……んなことないけど……」

 

「俺は好きだぜ。お前の事。もっとお前の話を聴きたかったし、遊びたかったんだけどな」

 

こういう場合のしゅきしゅき症候群は、許されるよな?

 

「島風」

 

手を差し伸べてやると、島風は少し躊躇った後、卯月と同じように、そっと寄り添ってくれた。

 

「ごめんな、気付いてやれなくて」

 

そう言ってやると、島風もまた、ぽろぽろと涙を流した。

 

 

 

結局、船に乗り込む寸前まで、卯月と島風が離れることは無かった。

 

「またすぐ戻るよ。だから、そろそろ離れてくれ」

 

「やだ……。うーちゃんも……島に戻る……」

 

「お前はもう人間なんだから、そりゃ無理だろ。ほら、島風、お前も離れろ」

 

島風は何度も首を横に振り、より密着するように俺の体に顔を埋めた。

 

「参ったな……」

 

皆に目を向けるが、こればかりは仕方がないというような表情を返された。

さて、どうしたもんか……。

 

「仕方ねぇな」

 

そう言ったのは、鈴木であった。

 

「島風、卯月。慎二から離れないというのなら、俺がお前らに濃厚なキスしちまうぜ? それでもいいのか? ん?」

 

二人は眉をしかめたが、俺から離れることはしなかった。

 

「よーし、いいんだな? それじゃ、遠慮なく……。んもももも……」

 

わざとらしく唇をせり出しながら迫ると、二人ともサッと引いていった。

 

「なんだよ? 嫌なのか?」

 

「絶対嫌だぴょん!」

 

「鈴木の口、たばこ臭いんだもん!」

 

「臭くねーよ! なぁ?」

 

鈴木が俺にウィンクする。

なるほど……。

 

「いや、臭いな。うんこみたいな臭いがする」

 

「オイ!」

 

「あははははは! 鈴木、うんこ食べてるウンコマンじゃん!」

 

「えんがちょー!」

 

そう言うと、二人は鳳翔の方へと逃げていった。

 

「んにゃろぉ……。もういい、行くぞ慎二!」

 

「おう」

 

「ウンコマン帰れー!」

 

「うるせぇ!」

 

鈴木はそそくさと俺を船に乗せると、すぐにエンジンをかけ走らせた。

 

「悪いな、鈴木」

 

「おう。しかしてめぇ……うんこの臭いってのは酷くねぇか?」

 

俺が何も言わないでいると、鈴木は不安になったのか、ずっと自分の息のにおいを確認していた。

 

 

 

「なあ慎二、俺の口臭、マジでうんこの臭いすんのか……?」

 

「しないよ。だから、早く帰れ」

 

「本当だな!? 本当に大丈夫なんだな!?」

 

「本当だよ。ほら、行った行った」

 

鈴木は納得していない表情を見せながら、島を後にした。

 

「さて……」

 

「おかえり……」

 

「――っ!?」

 

声に驚き、振り返ってみると――。

 

「や、山城……。びっくりした……。いつの間に後ろに……」

 

「別に、驚かせるつもりはなかったのだけれど……」

 

そういや、前にもこんなことがあったな……。

影が薄いと言うか――いや、他の連中の存在感が強いだけか……。

 

「迎えに来てくれたのか」

 

「えぇ……。皆が行ってやれって……。そういう決まりになっているからって……」

 

「別に、決まりでもなんでもないけどな。わざわざ悪いな」

 

「いえ……」

 

「んじゃ、行くか」

 

そう言って歩き出したが、山城は――。

 

「どうした? 行かないのか?」

 

山城は俺をちらっと見た後、何やら視線を逸らしてしまった。

先ほどの卯月や島風と似た態度に、俺は――いや、正直、信じられはしなかったのだが――。

 

「……少しだけ、散歩していくか?」

 

恐る恐る訊いてやると、山城は小さく頷いてくれた。

 

 

 

波の静かな海辺をゆっくりと歩く。

 

「俺がいない間、大変だったそうだな。何度も、戻るように連絡があったとか」

 

「そうでもなかったわ……。戻るように連絡したのは、夕張達がうるさかったからで……」

 

「夕張達が?」

 

「貴方が帰ってこないのかもしれないって、不安になっていたみたい……。それに感化されてか、皆も不安になったみたいで……」

 

それで、人手が足りないなどと……。

 

「ったく、人騒がせな連中だ……」

 

「無理ないわ……。貴方が電話の一つでも寄越したのなら、こうはならなかったはずよ……」

 

「忙しかったんだ。あとで見せるが、動画の撮影に付き合わされてな」

 

「それでも、数分くらいは話す時間があったはずよ」

 

そう言う山城の表情は――。

 

「……もしかして、怒っているのか?」

 

山城は不機嫌そうな表情を俺に見せた。

だがそれは、怒っているから、というよりも、怒っていることを指摘されたことに対する表情であった。

 

「別に怒っていないわ……。夕張達と違って、貴方が居ようが居まいがどうでも良かったし……」

 

「じゃあ、なんの表情だ?」

 

「私は元々こういう表情よ……」

 

「いや……。なんか、明らかに怒っていたと言うか、不機嫌だったと言うか……。声色も、どこか……」

 

「怒ってないわよ。何を怒る必要があるっていうのよ?」

 

「いや、それが分からないから訊いている訳で……」

 

山城はムッとした表情を見せた。

 

「あ、ほら」

 

「これは……! 貴方がしつこいからでしょう……!? 怒って無いって言っているのに、怒っている怒っているって……! そんなに怒って欲しいのなら、怒ってあげるわよ……!」

 

キッと睨む山城に、俺は思わず笑ってしまった。

 

「はぁ!? 何がおかしいのよ……!」

 

「いや、悪い。そんなに感情丸出しのお前を初めて見たから、何だか嬉しくなってな」

 

「嬉しいって……! はぁ……。なんなのよ……」

 

山城はフイとそっぽを向いてしまった。

 

「そうか。怒っていないか。俺はてっきり、お前も寂しがってくれたのかと」

 

「誰が……」

 

「だから、迎えてくれたのだと、すぐに寮へ帰りたがらなかったのかと思ったのだがな」

 

山城は何も答えず、より一層不機嫌そうな表情を見せた。

 

「そろそろ戻るか。機嫌も悪いようだしな」

 

そう言って寮へと歩き出すと、山城は俺の袖を掴んで、それを止めた。

 

「……もう少しだけ歩くか?」

 

山城はやはり答えず、寮を背に歩き出した。

時折、俺が隣にいるかどうかを確かめながら。

 

 

 

「見て! 皐月ちゃん、すっごく可愛くなってる!」

 

「本当だ! 身長も伸びたように見えない!? やっぱり人化すると変わるもんねぇ」

 

本土で撮った動画に、皆は夢中になっているようであった。

 

「お疲れ様です、提督」

 

「大淀。あぁ、本当に疲れたよ。そっちも大変だっただろう」

 

「いえ、まあ、色んな意味で大変ではありましたが……」

 

そう言うと、大淀はわざとらしくため息をついて見せた。

夕張達が騒いだことを言っているのだろうな……。

 

「動画、見ましたよ。皆さん、元気そうで安心しました。島を出た艦娘がどうなったのか、あまり見る機会がないので、何だか不思議な感じです」

 

「時の進み方が違うもんな。皐月や卯月なんかは、ちょっと大人びた感じに見えるだろう?」

 

「えぇ。けど、それよりも驚いたのは、山風さんや秋雲さんです。あんなに美人になるものなんですね」

 

「あぁ、そうだな」

 

大淀はじっと、俺の顔を見つめた。

 

「なんだよ?」

 

「いえ、動画の提督、美人に囲まれて、何だかまんざらでもなさそうだなって。私たちの前では、あまり見せない表情を見せているなって」

 

大淀は少し、ムッとしていた。

 

「まあ、俺も男だからな」

 

「私たちの前では男ではないと?」

 

「そうであってはいけないと思っている。なるべく、精悍な顔つきであらねばと心がけているつもりだ。無論、お前と居る時だって同じだよ」

 

それがどういう意味なのか、大淀は理解したようで、フイと顔を背けると、皆の方へと戻っていった。

 

「フッ……。さて……」

 

ふと、敷波が口を開け、ぼうっと動画を見ているのに気がついた。

その口に、チョコレートのかけらを放ってやる。

 

「うにゃあ!? ひ、ひれいはん!?」

 

「よう。そんなに面白かったか? その動画」

 

「んぐ……う、うん……。面白い……というか、凄いなぁって……。まるで、テレビみたいだなって……」

 

確かに、編集が凝っているせいか、バラエティー番組のようにも見える。

 

「青葉が編集しているんだぜ。凄いよな」

 

「うん。皆もキラキラして見える。有名人って感じ」

 

動画を見る敷波の目は、どこか煌めいているように見えた。

まるで、憧れの世界を目の当たりにしているかのような――。

 

「もしかして、お前も動画に出てみたかったりするのか?」

 

揶揄うつもりで言ってみたが、どうやら図星だったようで、明らかに動揺していた。

 

「べ、別にアタシは……! そ、それに……アタシなんかが出たところで……。地味だし……可愛くないし……」

 

なるほど……。

 

「自分が可愛かったら、出てみたいと?」

 

「そ……ういう訳じゃないけど……。別に……」

 

何と言うか、本当にベタな奴だよな。

自分は地味で可愛くないと思いつつも、煌びやかな世界に憧れを持つってのは――。

お姫様に憧れる普通の女の子って感じだ。

 

「お前が動画に出たら、きっと人気出るだろうよ。お前には、お前が気が付いていないであろう可愛さがあるからな」

 

「アタシが気が付かない可愛さ……? そ、そんなの……ないし……」

 

「ほら、気が付いていない」

 

敷波はムッとした表情を見せた後、恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまった。

しかし、そうだよな。

俺の他にも、きっと、敷波を可愛いと思える奴らはたくさんいるだろうな。

 

「…………」

 

もし、この島にいる連中を動画に出したら、世間はどんな反応を見せるだろうか。

 

『君には、艦娘の印象をよくするために、人化した者たちと共に、メディアやネットなどを通じて、情報発信をお願いしたい』

 

「と、とにかく! アタシは別に……興味ないから……!」

 

「…………」

 

 

 

その日の夜、本部より連絡が入った。

 

「――そうですか。分かりました。ありがとうございます。では……」

 

電話を切ると、敷波がやって来た。

 

「司令官、お夕飯の用意が出来ましたよ~っと」

 

「敷波。あぁ、今行くよ。っと、その前に……」

 

俺は、転がっていたビデオカメラを起動し、敷波に向けた。

 

「司令官?」

 

「敷波、自己紹介」

 

「え? 急になにさ?」

 

「いいから」

 

敷波は少し戸惑いながらも、自己紹介を始めた。

 

「えと……駆逐艦の敷波……です……。ねぇ……何なのさ、これ……?」

 

「夕飯、準備できたんだろ? みんなのところに案内してくれ」

 

「え? う、うん……いいけど……」

 

敷波を撮影しながら、食堂へと入る。

 

「ここが食堂か?」

 

「え……うん……」

 

「提督、何を撮影しているんです?」

 

明石が覗き込むように、カメラの前へ顔を出した。

 

「明石、自己紹介」

 

「え? あ、はーい! 明石でーす! えへへ、可愛く撮れてます?」

 

「撮れているよ。他には誰がいるんだ?」

 

そう訊く俺に、何かを察したようで、明石は右手でマイクを持つかのような動作を見せ、その手を大淀に向けた。

 

「こちらに居るのは大淀でーす。大淀、自己紹介自己紹介!」

 

「えぇ……? 何なの急に……」

 

「いいからいいから! ね?」

 

明石がウィンクして見せると、大淀も察したようで――。

 

「えと……軽巡の大淀です。主に、提督のサポートをしています」

 

「続いて~?」

 

夕張にカメラが向く。

 

「あぁ……そういうこと……。夕張よ。よろしくね」

 

それから、次々と自己紹介していく艦娘達。

霞と山城だけは、何も言ってはくれなかったが……。

 

「以上、9隻の艦娘が島にいまーす! では、次の動画でお会いしましょう!」

 

ノリノリでしめる明石。

その言葉に、動揺する敷波。

 

「し、司令官……。もしかして……その動画……」

 

「あぁ、本土に送る動画だ。お前たちの事、もっとみんなに知ってもらおうと思ってな」

 

「な、なにそれ!? 聞いて無い!」

 

「今言ったからな」

 

何やら焦っている敷波とは対照的に、他の皆は割と冷静であった。

 

「私たちも大井さん達のように?」

 

「あぁ。島を出た艦娘だけではなく、島に残る艦娘の事も知りたいという声が大きかったからな。動画に出たがっている艦娘がいるのだと伝えたら、試験的にやってみようと海軍から連絡があったんだ」

 

「動画に出たがっている艦娘?」

 

俺は、視線を敷波に移した。

 

「な……!? で、出たがってない!」

 

「そうなのか? あんなに目をキラキラさせていたじゃないか」

 

「させてない! 消して! そんな動画……皆に見せられないよ!」

 

「これは公開しないよ。ちょっとしたテストのつもりだ」

 

まあ、本部には見せるがな。

 

「動画に出たくない方もいると思いますので、次撮影するときは、許可を取ってからお願いしますね?」

 

「あぁ、分かったよ。敷波、お前はもう出たくないってことでいいか?」

 

そう訊いてやると、敷波は言葉を詰まらせていた。

 

 

 

動画を本部に送ってやると、すぐに返信があり、引き続き撮影し、送って欲しいとのことであった。

公開できるか見極める為、というよりも、貴重な資料としての意味合いが強いようではあるが……。

 

「失礼します。海軍の反応はいかがですか?」

 

「大淀。引き続き動画を送って欲しいとのことだ。もっと艦娘や島の様子を映してほしいらしい」

 

「なるほど。海軍としても、貴重な資料となるでしょうからね。むしろ、そっちの方がメインなのかも」

 

「やはりそう思うか……。俺としては、世間にいい印象を持って貰う為ってのがメインなのだがな……」

 

海軍の都合で撮影するのは、気が進まないな……。

しかし……。

 

「……いずれにせよ、公開を決めるのは海軍でしょうから、まずはそちらにいい顔をしませんと。だから、撮影は続けましょう? ね?」

 

そう言うと、大淀は優しく微笑んでくれた。

 

「……気を遣わせたか」

 

「ふふ、本当、手のかかる人」

 

そう言うと、大淀はそっと近づき、座る俺に寄り添った。

 

「どうした?」

 

「提督がいなかった数日間、本当に大変だったんです。たまには労ってほしいなって」

 

大淀らしくない、ベッタベタな甘え方であった。

 

「フッ、珍しいじゃないか。そんなになるほど大変だったのか?」

 

「大変でしたよ……。本土で鼻の下を伸ばしていた誰かさんとは違って……」

 

「そんな嫌味が言えるのは、まだまだ余裕だったって証拠だ」

 

大淀はそれに抗議するよう、より一層体重をかけ、俺に寄りかかった。

 

「重いよ」

 

「レディーに向かって重いだなんて、失礼な人……」

 

大淀はとうとう、俺の体から滑り落ち、そのまま畳の上に寝ころんでしまった。

 

「寝跡が出来るぞ」

 

「いいですよ……。別に……」

 

いじけている、とでも言うように、大淀は退屈そうに畳の目をなぞり始めた。

 

「……本当にどうした?」

 

そう訊いてやると、大淀はズリズリと、寝転がりながら体を移動させ、俺の太ももを枕にした。

 

「大淀」

 

「……別に。私だって、たまには甘えたい時があるだけです。提督は最近、ずっと、山城さん達に構ってばかりじゃないですか……。大淀はこんなにも頑張っているのに……」

 

大淀は仰向けになると、虚ろな目で俺の顔を見上げた。

 

「だから、自分も困らせてやろうと? さすれば、構ってもらえると?」

 

「……そうかもしれませんね」

 

俺の鼻の下を指でなぞると、大淀はどこか悲しそうな表情を見せた。

 

「やっぱり私には……そういう顔をするんですね……」

 

「え?」

 

「秋雲さんや山風さんには……あんな顔を見せていたのに……。私が艦娘だからですか……? それとも……私に魅力が無いからですか……?」

 

俺を見つめるその目は、少しだけ潤んでいた。

 

「……何をセンチになってんだ」

 

「……私にも分かりません。でも……あの動画を見てから――大淀には見せない、貴方の嬉しそうな表情を見ていたら……」

 

大淀は顔を隠すように、体を横に向けてしまった。

艦娘は時折、些細なことでセンチメンタルになるよな。

夕張や鳳翔もそうであったし。

いや、俺がそうさせてしまっているのかもしれないが……。

 

「さっきも言ったが、俺は、お前たちの前では精悍な顔つきであらねばと心がけている。それは、お前たちが艦娘であるからだ。そして、俺が人間であり、男であるからだ」

 

「……もし、大淀が人間であったら?」

 

「鼻の下がデロデロになっているかもしれないな」

 

そう言ってやると、大淀は小さく笑ってくれた。

 

「いつか……見てみたいです……。その為には、もうちょっと頑張らないと……ですね……」

 

そう言う大淀は、どこか――。

そうか……。

 

「……あぁ、そうだな。でも、頑張るのは俺だけでいい」

 

「え……?」

 

「大淀」

 

「は、はい……」

 

「お前は、先に島を出ろ」

 

その言葉に、大淀は一瞬、キョトンとした表情を見せたが、すぐに体を起こし、何やら焦り始めた

 

「ど……どうしてそんな事を言うんですか……? 私……そんなつもりで言った訳ではありません……! 気を悪くさせたのなら謝りますから……!」

 

どうやら、俺が呆れて言ったものだと思い込んでいるようだ。

 

「あぁ、違う違う。そういう意味ではないよ。ただ、島を出てみたいんじゃないかと思って言ってみただけだ」

 

「そ、そうでしたか……。てっきり、大淀は……」

 

そう言うと、大淀は俯いてしまった。

 

「俺がそんな事、思うわけないだろ。何度お前に助けられてきたと思っているんだ。お前がいなかったら、俺は今頃、武蔵に殺されていただろうよ」

 

「……フフ、そうかもしれませんね」

 

「……でも、いつまでもおんぶに抱っこってのは、やっぱりいけないと思っている。もし、お前が本当に島を出たいと思っているのなら、正直に言ってくれ……」

 

「いえ……大淀は……」

 

大淀は口を噤むと、少し考えた後、俺の目をじっと見つめた。

 

「……提督は、どう思いますか?」

 

「え?」

 

「大淀に……島を出て欲しいですか……?」

 

「……どうして俺の気持ちが関係してくるんだ? 今は、お前の気持ちを訊いているんだぜ……」

 

「だから訊いているんです……」

 

それがどういう意味なのか、俺も大淀もよく分かっていた。

 

「最初は……というよりも、佐久間さんが亡くなってから、私はずっと、この島に縛られてきました……。佐久間さんが忘れられなくて――あの人の影を、この島に見ていて――島を出ることは、佐久間さんを忘れる事なんだって……」

 

「…………」

 

「でも……貴方に出会って、恋をして――。貴方が私を必要としてくれたから――貴方を守りたいって――力になりたいって――だから……」

 

「……だから、島に残っている。だから……俺の気持ちが関係している……」

 

頷く大淀。

その瞳の中にいる俺は――。

 

「……質問を変えます」

 

「…………」

 

「貴方は……大淀をどう見ていますか……? ただの艦娘ですか……? それとも……」

 

俺にとっては、そっちの方が答えにくい質問であった。

だが、そうであるが故に、俺の答えは――。

大淀もまた、それを理解しているようであった。

 

「提督……」

 

大淀は近づくと、そっと、俺にキスをした。

 

「大淀……」

 

「今なら……鳳翔さんの気持ちがよく分かります……。提督ってば……本当、押しに弱いんですね……」

 

俺は思わず赤面してしまった。

俺って男は、結局は何をどうしようとも……。

 

「でも……島を出るかどうかは、もう少しだけ考えさせてください……。私は鳳翔さんと違って、慎重なんです……。やることだって、まだまだたくさんありますし……。貴方だって、まだ私が必要なはずですから……」

 

それを否定できない自分が、本当に……。

そんな俺に、大淀はもう一度、キスをした。

 

「……元気は出たか?」

 

それは、俺のささやかな抵抗であった。

だが――。

 

「えぇ、安心しました」

 

大淀は俺の鼻の下を指でなぞると、小さく笑って見せた。

どうやら大淀の方が、一枚上手なようであった。

 

 

 

消灯時間になり、俺は家へと戻った。

 

「…………」

 

無意識に、唇に触れてしまう。

 

「性欲ではなかったのかな……」

 

結局、大淀に対して、はっきりと答えを出すことが出来なかった。

こうなったのも、性欲が原因なのだと思っていたが、別に今は――。

だが、少し安心もした。

つまりは――。

 

「誰かを抱くだとか、そういう問題ではない……ということだよな……」

 

俺はただ、何かの所為にしたかっただけなのかもしれない。

自分の問題であるのに、何か、別の要因があるのだと――どうしようもない事なのだと、思いたかっただけで――。

 

『ただ、まあ、男ってそういうもんだしなぁ……。お前がピュアなだけで、世の男なんて、そういうもんよ』

『だとしたら、俺はどう振る舞うべきだったんだろうか……』

『そりゃ……難しいな……。なんせ、あいつらは、お前のそういうピュアなところに魅かれて、島を出たり、味方をしているわけだしな』

 

「…………」

 

ピュアな俺に……か……。

もしかしたら、余計なことをしない方が――ナチュラルでいる方が、むしろ、あいつらの為になるのだろうか……。

いや、それは思考の停止というか――だが、失敗続きなのも事実で――むしろ、失敗とは一体――。

 

「……とにかく頑張るしかない、か」

 

思考停止でもいい。

そうさ。

俺には、それしかない。

上手くやろうだとか、親父のようにだとか――それらをこなせるほど、器用な人間ではないはずだ。

それが分かっているのなら、それでいいはずだ。

慣れないことはするもんじゃない。

 

「…………」

 

俺は、念のためにと持って来ていたジョークグッズをゴミ箱に放って、そのまま床に就いた。

 

 

 

翌朝。

目を覚ますと、明石の顔が目の前にあった。

 

「んわぁ!?」

 

俺の驚く声に、笑いが起こる。

 

「あ、起きちゃいました。残念、チャレンジ失敗ですね~」

 

夕張がカメラを構えている。

なるほど……。

 

「……俺なんかよりも、お前たちの方が絵になると思うぜ」

 

「そんなことありませんよ! きっと、提督のことを詳しく知りたい人だっているはずです!」

 

皆が頷く。

明石と夕張以外に、見学なのか、敷波と朝潮も一緒に居た。

 

「……夕張、カメラ」

 

夕張は素直にカメラを渡すと、一歩下がった。

素直に渡してやるから、自分は撮るな、と。

 

「はい……このように起こされることもあります……。元気でーす……。可愛いでーす……」

 

明石がアイドルピースをして見せる。

その後ろで控えめにピースしているのは、朝潮であった。

 

「お、朝潮、意外にノリノリだな」

 

「そ、そんな事はありませんが……。その……こういう事なのかなって……」

 

なるほど。

真面目な朝潮の事だから、真剣に動画制作へ協力しているつもりなんだろうな。

 

「概ね合っているよ。な? 敷波」

 

「うぇ!? ア、アタシに訊かれてもぉ……」

 

オロオロする敷波。

これはこれで正解のリアクションな気がする。

 

「はーい! という事で、今回はここで終わりー! 次回はもっと凄いドッキリを提督に仕掛けようと思いまーす!」

 

「おい」

 

「それでは、次の動画でお会いしましょう! さよならー!」

 

明石は録画を止めるまで、笑顔で手を振っていた。

なんか、凄い慣れてるよな……。

 

「いい絵、撮れました?」

 

「あぁ。それにしても、プロ顔負けだな。大井といい勝負……どころか、それ以上なんじゃないか?」

 

「そうですか? えへへ。提督が可愛いって言ってくれるからかな~なんて!」

 

明石の奴、テンション高いな。

撮影の為にテンションを上げたのか、元々こういう奴なのか……。

 

「今回の企画は、朝潮ちゃん考案なんです! ね!」

 

「そうなのか?」

 

朝潮は恥ずかしそうに頷いた。

 

「朝潮ちゃん、大井さんの動画を見て研究したようです。どうやったら艦娘の印象をよくできるのか、とか、どうやったら提督の魅力を引き出せるのか、とか!」

 

研究、か。

何故研究しようと思ったのかは分からないが、『研究』としているところが、真面目な朝潮らしくて面白い。

 

「研究か。研究した結果、ドッキリだと?」

 

「司令官の魅力は、『司令官』であるのに、少し抜けているところだと思いました。真面目で精悍な顔つきだけど、可愛げがあると言いますか……。ギャップがあって、親しみやすいと言いますか……」

 

皆も同じように思っているのか、何度も頷いていた。

秋雲にも同じことを言われたし、やはり俺は自然体でいる方がいいのだろうか……。

 

「だから、俺の間抜けな姿を?」

 

「ま、間抜けとまでは言いませんが……。その……可愛い姿を見せられたらって……」

 

つまり、俺の慌てふためく姿は、朝潮にとって可愛げがあると……。

朝潮……俺の事をそんな目で……。

 

「でも、朝潮ちゃんが言っていることは的を射ているわ。提督、このままプロデュースしてもらったら?」

 

状況を楽しんでいるのか、ニヤニヤ笑う夕張。

だが、朝潮本人は真面目に捉えたようで――。

 

「ぜ、是非やらせてください!」

 

目を輝かせる朝潮。

鼻息も、少し荒い。

 

「い、いや……俺よりも、皆のプロデュースをだな……」

 

「司令官がいいのです! 以前より、司令官をプロデュースしたいと思っていたのです!」

 

「い、以前から?」

 

「はい! だ、駄目でしょうか……?」

 

皆の視線が、俺に向けられる。

……分かっているよ。

 

「……別に駄目ではないよ」

 

「で、では!」

 

「あぁ、よろしく頼むよ、朝潮」

 

そう言ってやると、朝潮は満面の笑みを見せた。

 

「はい! 朝潮、精一杯頑張ります! えへへ!」

 

 

 

早速企画を練るのだと、朝潮は、何故か敷波も連れて家を飛び出していった。

 

「ったく……。夕張……」

 

「ごめーん。まさか、こんなことになるなんて」

 

「まあ、朝潮が楽しそうで良かったが……。しかしなんだって、朝潮はあんなにノリノリなんだ……」

 

そう訊いてやると、夕張と明石は、目を点にしていた。

 

「なんだよ?」

 

「提督、まさかそこまで鈍感だとは……」

 

「え?」

 

「本当に気が付いていないのね……。朝潮ちゃんがあそこまで乗り気なのは、提督に気があるからよ」

 

「俺に? 冗談だろ? そんなに多く絡んだことも無いし、そんな素振りだって……」

 

「いや……。貴方が気が付いていないだけで、結構好意を見せる場面があったわよ……。それこそ、貴方以外の全員、朝潮ちゃんの気持ちに気が付いていたくらいなんだから……」

 

「もしかしたら、朝潮ちゃん自身も気が付いていないのかもしれませんけどね」

 

まさか、朝潮が……。

いや、まあ、俺が鈍感なのは認めるが……。

しかし……今まで俺に好意を持ってくれた艦娘は、なんとなくそんな素振りが見られたが……。

 

「まあ、好意があるかどうかは別にしても、朝潮ちゃんと交流するきっかけが出来た訳だし、いいんじゃない?」

 

「そうですよ。それに、朝潮ちゃんと関わっていれば、霞ちゃんと交流するきっかけにもなるでしょうから、これを機に、駆逐艦全員を人化へ導いては? 私も協力しますから!」

 

駆逐艦を全員……か……。

残る駆逐艦は4隻……。

雪風は分からんが、もし朝潮が島を出る決意を持てば、きっと霞も――。

敷波だって、或いは――。

 

「……そうだな。やってみるか。協力頼んだぜ、明石」

 

「はい!」

 

元気よく返事をする明石の横で、夕張は唇を尖らせていた。

 

「……私の協力は不要ってわけ?」

 

「もちろん、お前にも協力してもらう。というよりも、こうなった原因はお前にある。責任を取って協力しろ。いいな?」

 

夕張はムッとした表情で――だが、一理あると思ったのか、不機嫌そうに頷いていた。

 

 

 

朝食を摂るために食堂へ向かうと、早速、朝潮がカメラを向けて来た。

隣には敷波もいる。

 

「よう。早速撮ってんのか」

 

「はい! まずは、司令官が皆さんと食事を摂っている姿を撮ろうと……あ! 今のはギャグじゃありませんよ!?」

 

まずは、か……。

どうやら、何かの企画が既に始まっているらしい。

辺りを見渡すと、端っこに座っているグループと、早く来いとでも言いたげに視線を向けているグループがあった。

なるほど、端っこに座っている連中は、カメラに映りたくない組って訳か……。

 

「えと……し、司令官……」

 

「敷波」

 

「きょ、今日は……その……えと……」

 

透かさず、朝潮がカメラを止める。

 

「敷波さん! 緊張し過ぎです!」

 

「だ、だってぇ……」

 

どうやら、朝潮の演出に、敷波も参加しているらしい。

 

「今回は、司令官の一日に密着するという企画なんです! 敷波さんがインタビュアーなんですから、こんなところで緊張されては困ります!」

 

俺の密着企画か……。

誰がそんなもんを喜ぶのだろうか……。

しかし、インタビュアーは敷波か。

 

「そもそも、敷波さんがどうしてもインタビュアーをやりたいのだと――」

「――ワーワーワー!」

 

朝潮の声をかき消すように、敷波が騒ぐ。

……なるほど。

 

「なんだよ、ちゃんと声出るじゃないか。今日は一日よろしくな、二人とも。俺の魅力をしっかり引き出してくれよ?」

 

「はい!」

 

元気よく挨拶する朝潮とは違い、敷波はどこか、ムッとした表情を見せていた。

俺が背中を押してくれたのだと察して、ムッとしているのだろうな。

恥ずかしさもあるのだろうが、こういう気の遣われ方は、自分の惨めさを突き付けられているようで――そんな表情にもなるよな。

 

 

 

敷波も落ち着いたようで、撮影は再開された。

 

「こ、今回は、司令官の一日に密着しようと思います! ア、アタシは敷波。こっちが、司令官」

 

「司令官です。提督とも呼ばれています」

 

「今日は……その、よろしくお願いします!」

 

「おう。敬語じゃなくてもいいよ。いつものように、フランクに話しかけてくれ」

 

「う、うん……。了解……」

 

敷波の奴、まだ少し緊張しているな。

けど、インタビュアーに立候補したって言うし、徐々に慣れていくだろう。

そういう覚悟は出来ているだろうし。

 

「早速だけど、今は何を?」

 

「朝食を摂っている。食事は基本的に、寮の皆で食べることになっているんだ」

 

カメラが皆に向けられる。

明石、大淀、雪風の三隻が、カメラに映ってもいい組であった。

 

「今日はこの三人と一緒の席だ。本当はもっといるんだが、カメラを恥ずかしがってしまってな」

 

そういう訳ではない、とでも言いたげに、映りたくない組が俺を睨む。

 

「今日の朝食は、乾パンに自家製のオレンジジャム、支給品のヨーグルトだ。いつもは白飯と味噌汁、卵焼きといった和食が多いのだが、あいにく米を切らしていてな」

 

「提督が手配を怠ったせいですよね?」

 

大淀はわざとらしく、ムッとした表情を見せた。

動画用の表情、といったところか。

案外分かっているじゃないか。

 

「悪かったよ……。とまあ、こんな感じで、いつも大淀に怒られながら食事を摂っているよ」

 

「そ、そんな、いつも怒っているわけでは……」

 

「大淀はいっつも怒ってるよね~。その点! 私、明石は、提督の事が大好きで、いつも甘々でーす! ね? 提督! えへへ」

 

大淀は再び――いや、先ほどとは違い、ごく自然なムッとした表情を見せた。

朝潮はノリノリでその表情を撮ってはいるが、まあ、明石の発言を含めてカットだろうよ……。

 

「敷波さんも、しれえの事が大好きですよね!」

 

敷波が何も出来ずにいたのを見かねて話題を振ってくれたのだろうが、雪風よ、それはキラーパスってやつだぜ……。

 

「う、うん……。まあ……嫌いじゃない……かな……」

 

その反応は予測していなかったのか、皆、驚きの表情を見せていた。

――俺も含めて。

 

「な、なにさ……」

 

「いや……」

 

先ほどの――朝潮の声をかき消したのは、好意を持っていることを悟られたくないという意味ではなかったのか。

単純に、映りたがっていると思われたくなくて――。

 

『アタシ……司令官が大好きだよ……』

 

そういや、以前、そんな事を言われたな……。

島を出る時は、俺と一緒がいい……とも……。

 

「……フッ、そうか。そりゃ嬉しいな。俺も大好きだぜ、敷波」

 

「な……! も、もう! 絶対からかってんじゃん! ニヤニヤしてるし!」

 

俺と一緒に……か……。

 

 

 

それからも、敷波と朝潮は、本当に一日密着すると決めたようで、消灯時間ギリギリまで、俺の撮影を続けていた。

 

「以上、司令官の一日でした! 司令官、今日一日、密着されてどうだった?」

 

敷波は、もうすっかり慣れているようであった。

 

「そうだな……。カットされているようだから言っておくけど、まさかトイレや風呂まで密着されるなんてな……」

 

「そ、そんなことしてないじゃん!」

 

「フッ……。でもまあ、お前たちが楽しそうにしている姿を見られて良かったよ」

 

俺はカメラを受け取り、朝潮を映した。

 

「今日の企画発案者兼カメラマンの朝潮だ。朝潮、最後に挨拶しておけよ」

 

「あ、はい! えーっと……もっともっと、司令官や皆さんの魅力を伝えられるように努めます! なので! チャンネル登録と高評価をよろしくお願いします!」

 

チャンネル登録と高評価のあるプラットフォームに公開されるかどうかは不明だが、まあ、言ってみたかったんだろうな。

 

「……よし、終わりだな。お疲れさま」

 

「ありがとうございます! 最後に映していただけるだなんて……」

 

「艦娘の魅力を伝える動画だ。お前が映るのは当然だろ」

 

そう言ってやると、朝潮は少し恥ずかしそうにしていた。

 

「敷波も、お疲れ。最後の方はノリノリだったじゃないか。やっぱり、こういうのがやりたかったんだろ?」

 

「べ、別にノリノリなんかじゃ……」

 

やりたかったということは否定しないんだな。

 

「動画は本部に送っておくよ。もしかしたら、大井たちの動画と同じように、編集して公開されるかもな」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「まだ分からないから、そんなキラキラした目で見ないでくれ」

 

期待に胸躍る様子の朝潮。

敷波も、どこか――。

 

「……二人とも」

 

「はい」

 

「ん?」

 

「楽しかったか?」

 

その問いに、二隻はためらうことなく、満面の笑みを見せ頷いた。

 

「…………」

 

 

 

翌日の夕方ごろ、本部より連絡があった。

動画は、本部や元艦娘たちの間で好評だったらしく、一般公開を前向きに検討する、とのことであった

 

「『――引き続き、広報用として動画を送って欲しい』とのことだ」

 

それを聞いた朝潮は、飛び跳ねて喜びをあらわにした。

 

「『広報用』としていることから、資料としての意味合いではないことが分かりますね」

 

「大淀。そうなんだよ。どうやら、これならいけると思わせたらしい」

 

俺も、朝潮と同じように、飛び跳ねたい気持ちであった。

喜び、というよりも、見たかコノヤロウ、といった感じではあるが。

 

「朝潮の企画も好評だが、敷波が可愛いという声も多かったようだぞ」

 

「うぇ!? アタシが!?」

 

「あぁ。という訳だから、今後もパーソナリティーとしてよろしくな、敷波」

 

敷波は複雑そうな表情を見せていた。

喜びと困惑――羞恥心――全てが混ざっているかのような表情であった。

 

「司令官の事はどうでしたか?」

 

「俺?」

 

「はい。司令官が可愛いとか……そういった声は……」

 

「んなもんないよ。むしろ、俺は邪魔だとさ」

 

まあ、元艦娘には好評だったらしいが、本部としては、もっと艦娘にスポットライトを向けて欲しいだろうからな。

 

「そうですか……。だったら尚更、司令官を主役にした方が良いと思うのですが……」

 

「気持ちは嬉しいが、皆が求めているのは俺じゃない。それよりも、映りたくないって奴らが映りたくなるようなコンテンツを考えて欲しい」

 

「……分かりました」

 

朝潮は、納得していないといった表情を見せていた。

珍しい表情だ。

 

「需要と供給ってのは、中々釣り合わないもんだ。お前のやりたいことが、皆の望むものとは限らない。ただやりたいだけならそれでもいいが、もっとみんなに見てもらいたいって思っているんだろ?」

 

「そうですけど……」

 

「だったら尚更、俺なんか撮るな。そうでなくとも、俺はお前の動画に希望を見ているんだ。人間と艦娘の間にある隔たりを無くしてくれる、希望だってさ。だから、頼む。どうか、俺の力になって欲しい」

 

そう言って頭を下げると、朝潮は驚き、顔を上げるよう促した。

 

「わ、分かりましたから! どうか顔を上げてください! 司令官!」

 

「そうか……。ありがとう、朝潮。頼んだぞ」

 

「は、はい! で、では、早速企画を練ってきますので……し、失礼します!」

 

朝潮が去ると、大淀と敷波が、俺に白い目を向けた。

 

「なんだよ?」

 

「司令官……ああすれば朝潮ちゃんが諦めてくれるって分かっていて、わざと頭を下げたでしょ……?」

 

「朝潮ちゃんの善意につけこむとは、流石ですね、提督」

 

大淀はわざとらしく拍手を送った。

 

「何とでも言え。俺は艦娘の為なら、悪役にでもなんでもなってやると決めたんだ。格好つけず、ありのまま――ナチュラルな俺であろうと決めたんだ。その方が嬉しいと思っている奴もいるようだしな」

 

敷波はキョトンとしていたが、大淀はどこか、微笑んでいるようにも見えた。

俺としては、皮肉を言ったつもりであったのだが、逆効果であったか……。

いや、こういう必死さもまた、需要があるってやつで――俺のナチュラルな部分なのかもしれないな……。

 

 

 

翌朝。

食堂に向かってみると……。

 

「あ、おはよう司令官」

 

「……おはよう」

 

カメラが俺に向けられている。

どういうことか説明を求める前に、朝潮が口を開いた。

 

「すみません司令官。カメラに映りたくない組に参加をお願いしたら、司令官と一緒になら映ってもいいとのことでしたので」

 

すみません、と謝りつつも、朝潮はどこか、してやったり、という表情を見せていた。

なるほど……。

朝潮が思いついた、というよりも、入れ知恵した奴がいるな……。

おそらくは――。

俺の視線に気が付いたのか、大淀は首を横に振った。

違うのか。

だとしたら一体――。

 

「そういう事みたいだよ、司令官。今日もよろしくね」

 

「……分かったよ」

 

 

 

それから、なんと、全員と動画を撮った。

映りたくない組にいた夕張と大和は、まあ、しぶしぶ映ってくれるだろうというのは予測できたが、山城と霞――特に霞が撮らせてくれるとは、思ってもみなかった。

 

「――じゃあ、霞ちゃん。霞ちゃんは、司令官の事、どう思っているの?」

 

「別に……どうとも思っていないわ……。ただ、手がかかると言うか、今までの司令官と比較しても、ダントツで情けないと言うか……出来損ないというか……」

 

どうとも思っているじゃねーか……。

 

「でもまあ……実力は認めているわ……。これだけの艦娘を人化した訳だし……。無理やりだとか、脅しただとか、そういったことはせず、ちゃんと艦娘の気持ちに寄り添って――尊重して、人化に導いているわけだし……」

 

「霞……」

 

「……これだけヨイショすれば十分かしら? 全く……変なことに付き合わせるんじゃないわよ……」

 

それは、俺に対して言ったようで、霞は俺を睨むと、そのまま部屋へと戻って行ってしまった。

なるほど……。

 

「ありゃりゃ……怒らせちゃったね、司令官」

 

「……俺の所為なのか?」

 

 

 

その日の夕食後。

皆がワイワイ撮影しているのを横目に、食堂を出て行く艦娘が一隻。

 

「……悪い、ちょっと外すぜ」

 

 

 

部屋へ戻ろうと扉に手をかけるそいつに、俺は声をかけた。

 

「霞」

 

霞は手を止めると、ゆっくり――不機嫌そうな表情を見せながら、俺に目を向けた。

 

「なによ……?」

 

「話がある。ここではなんだし、外に行かないか?」

 

「はぁ? 普通に嫌……。言いたいことがあるなら、今ここで言ったら?」

 

「なら、言わせてもらう。お前だな。朝潮に入れ知恵したのは」

 

「入れ知恵? 何の事よ?」

 

「分かっているだろ?」

 

食堂の方が騒がしくなって行く。

 

「このまま話を続けてもいいか?」

 

「…………」

 

 

 

夜の帳が下りゆく空に、霞は退屈そうな表情を向けていた。

 

「いっつもそんな顔しているよな」

 

俺の言葉を否定するように、霞はキッと睨んで見せた。

 

「あぁ、そんな顔もするんだったな。そういや、もっと別の表情があったような……?」

 

俺の言葉に、呆れるようなため息が漏れる。

 

「流石に付き合わないわよ……」

 

「フッ、そりゃ残念だ」

 

霞は再びため息を漏らすと、その余力で言葉を繋いだ。

 

「……で? なによ? 姉さんに入れ知恵したのは、確かに私だけど?」

 

朝潮の事、姉さんって呼んでるのか。

 

「やはりそうだったか」

 

「何よ? 確信があった訳じゃないの?」

 

「そうなんじゃないかっていう、勘があっただけだよ。試しに訊いてみたら、勘が当たったって所だ」

 

「勘な訳ないでしょ? あんた、誰よりも鈍感じゃない。そんな奴の勘が当たる訳ないわ」

 

そんなのはいいから、ちゃんとした理由を言え、と目が訴えかけてきているのが分かる。

いくら鈍感な俺でも、それくらいは分かるぜ。

 

「簡単なことさ。朝潮があんなことを思いつく訳ないし、可能性の高い大淀は、入れ知恵したことを否定していた。残る連中から考えても、あんな悪知恵が働くのは、雪風か夕張、あとは明石くらいだろう。夕張はわざわざ映りに行くようなことは言わないだろうし、明石だったら、俺を独占する方に頭を使うだろうしな」

 

「なら、雪風じゃない」

 

「そう思っていたんだがな。お前が撮影に協力しているのを見て、考えが変わったんだ」

 

「…………」

 

「大方、朝潮の相談を受けてアドバイスをしたものの、そこに自分が含まれていることに気が付いてしまい――だが、引くに引けなくなった……と言ったところじゃないか?」

 

霞はフンッと鼻を鳴らすと、風に靡く髪を手で梳くった。

 

「あんたじゃないんだから……。アドバイスをした時点で、協力は覚悟の上よ」

 

「それでも尚、アドバイスしたのか」

 

「それが最善だと思ったし、姉さんもお手上げだったようだしね……。私がしなくても、大淀さんがアドバイスしたはずよ。それも、もっと陰湿なやり方をね……」

 

それに巻き込まれるくらいなら……と言ったところか。

 

「知りたいのはそれだけ? なら、もう戻ってもいいかしら?」

 

「いや、もっと知りたいことはある。答えてくれるのかは分からんがな」

 

「なら、訊いたらどうなのよ? 答えるかどうかは分からないけど」

 

そう言うと、霞は俺の言葉を待った。

聴いてはくれるんだな。

 

「じゃあ――」

「――言っとくけど、一個だけだからね」

 

一個だけなら答えてくれるのか。

 

「一個だけ……か……。そうだな……」

 

「さっさとしてよね。私だって暇じゃないんだから」

 

一個だけ……。

 

「……じゃあ、一個だけ。以前、雪が降った時――俺が寮に泊まることになって、皆で食堂に布団を持ち寄った時があったよな? あの時――皆が寝静まった後、お前、俺の布団に入って来ただろ?」

 

「……ふぇ?」

 

「あれ、なんだったんだ?」

 

もっと訊くべきことはあったはずだ。

ヘイズの事とか、夢の事とか、親父との関係とか――。

にもかかわらず、俺はどうしてこんな質問をしたのだろうか……。

 

「そ……そそそ、そんな事してませんけどぉ!? 何言ってんのよ!?」

 

「いや、確かに入って来ていたぞ。俺に寝ているかどうか確認もしていたし、寝惚けていた訳ではなさそうだったが……」

 

「し、してない! 寝惚けていたのはあんたの方じゃないの!?」

 

確かに、あの後、すぐに眠ってしまったしな……。

しかし、それまでは意識もはっきりしていたし、むしろ、眠れなかったくらいで……。

 

「と、とにかく! そんなことしてないったら! 変な勘違いしてんじゃないわよ! このクズ!」

 

「ク、クズってお前……。そ、そうか……。俺の勘違いか……。すまん……。変な事訊いて……」

 

項垂れる俺を見て、霞は怒るわけでも無く、何やらショックを受けたような表情を見せ、そっぽを向いてしまった。

 

「……そ、それだけ? じゃあ……帰るから……」

 

立ち去ろうとする霞を、俺は呼び止めた。

 

「……なに?」

 

「あぁ、いや……。その……ありがとな。少しだけだけど、お前の事、知れた気がするよ。ずっと、避けられているものだと思っていたからさ……。こうして来てくれたこと、嬉しかったよ」

 

「……別に。あんたの為じゃないし……。私はただ……」

 

霞は目を瞑ると、何かを考え――そして、決意を固めたかのように目を開けると、俺に向き合った。

 

「私はただ……姉さんを人化させたいだけ……」

 

「……へ?」

 

「その為だったら、あんたと交流するし、撮影にだって協力するわ……」

 

そう言う霞の表情は、どこか寂しげであった。

 

「……どうして朝潮を人化させたいと?」

 

「……姉さんがこの島に残るのは、私がいるからなの。他の姉妹艦が島を出た時、姉さんも一緒に行くはずだった……。けど、私が残るって言ったから……。姉さんは、私みたいなのを放っておけないから……」

 

「罪悪感がある、という訳か。自分が、朝潮の足枷になっているのだと……」

 

頷く霞。

 

「……だったら、お前も島を出ればいい――という訳にはいかない理由があるんだな? そして、その理由は言えない、と……」

 

「変なところだけ鋭いわね……。分かっているのなら話は早いわ……。姉さんは今、撮影に夢中になっている。あれだけ夢中になることなんて、今までなかったわ……。だから――」

「――それを材料に、島を出るきっかけを作って欲しい、という訳だな。これはチャンスなんだと、言いたいわけだな?」

 

霞は大きなため息をつくと、呆れた表情を俺に見せた。

 

「あんた……普段からもっと、それだけの鋭さを見せなさいよ……。なんで肝心なところだけ鈍感なのよ……」

 

確かにな……。

 

「……なるほどな。だから、こうして来てくれたわけか……。朝潮を人化する為のきっかけになるのなら、なんだってするってわけか……」

 

霞は何故か、返事をするわけでも無く、ただそっぽを向くだけであった。

 

「お前に頼まれなくても、朝潮を人化させるつもりだ。だが同時に、俺はお前にも一緒に島を出て欲しいと思っている」

 

「……私は出ないわ」

 

「だが、朝潮を人化させたい。それには、俺と関わる必要がある。俺は俺で、お前を人化させるきっかけをつくるため、交流を持ちたいと思っている」

 

「利害が一致している……とでも言いたいわけ?」

 

「そうだ」

 

「おめでたいわね……。私は他の連中と違って、簡単にいかないわよ……。ただあんたを利用するだけ……」

 

「あぁ、分かっているよ。簡単ではないことはな。だからこそ、今もこの島にいる。そうだろ?」

 

「それでもなお……ってわけね……」

 

そう言うと、霞は背を向け、寮の方へと歩き始めた。

 

「もう行くのか? もっと話してけよ」

 

「言ったでしょ……? 一個だけって……」

 

「その割には、結構話していたように思うが? 一個どころでは無かったぜ?」

 

その指摘に――顔は見えなかったが、耳が赤くなっているところを見るに――。

 

「……あんたに一つだけ言っておくことがあるわ」

 

「なんだ?」

 

おそらく、何か嫌味の一つ――捨て台詞が来るものだと思い、俺はそれを余裕の表情で待った。

しかし――。

 

「私は絶対に人化しない……。それが……あんたを守ることになるから……。もう、あんたを戦わせない……。決して……死なせないから……」

 

「え……?」

 

立ち去ろうとする霞。

 

「ちょ、ちょっと待て! どういうことだ……?」

 

「言ったでしょ……? 一個だけしか答えないって……。これは仕返しよ……。せいぜいモヤモヤすることね……」

 

フンッと鼻を鳴らすと、霞は寮へと戻って行ってしまった。

 

「俺を守るって……。どういうことだよ……?」

 

何の意味もない事を意味ありげに言ったのだとしたら、大したもんだが……とにかく……。

 

「してやられたな……」

 

あまり煽るんじゃなかったぜ……。

 

 

 

それから数日間は、徹底的に朝潮の撮影に付き合わされた。

企画も、細々としたものから、明石にセットを造らせるなど、大掛かりなものまで出始めた。

 

「司令官、これ、今日の台本ね。大まかな流れだけ書いてあって、基本的には司令官のアドリブに任せる感じだから」

 

ついに台本まで……。

 

「フッ……」

 

台本を見て唖然としている俺を、霞は鼻で笑い、去って行った。

あれから霞とは話せていない。

撮影が忙しいというのもあるが、俺をモヤモヤさせる為に、わざと避けているようであった。

 

「まあ……これも交流の一種ってやつなのかもな……」

 

少なくとも、気を悪くさせるよりはマシだろう……。

 

 

 

そんなこんなで過ごしていると、本部より連絡が入った。

 

「『艦娘居住区の一時移転』ですか……?」

 

『そうだ。過去にも何度か行われたことでね。詳しい場所は言えないが、もう一つ、艦娘の居住区に指定された島があるんだ。そこへ一週間程度、艦娘を移動させることになった。まあ、艦娘にとっては、一種の旅行のようなもんだ』

 

「なるほど……。しかし、どうしてそんなことを?」

 

『君たちが送ってくれた動画を見ていて、寮や家の老朽化に気が付いてしまってね。これを機に、点検・補修を実施することになった』

 

なるほど……。

確かに、ボロいもんな……。

 

『急な事で申し訳ないが、出発は二日後の深夜になるから、艦娘達に準備するよう伝えて欲しい』

 

「本当に急ですね……。準備が間に合うかどうか……」

 

『もう9隻しかいないことだし、艦娘にとっては初めての事でも無いから、何とかなるだろうとは思う』

 

相変わらず適当というか、勝手というか……。

 

『それと、いい知らせがある。君たちのこれまでの動画が、一般に公開されることが決まった』

 

「本当ですか!?」

 

『あぁ。大井達のチャンネルとは別に、専用のチャンネルを設けることになった。編集は本部で行う事になるから、検閲は厳しくなるとは思うが、そこは了承して欲しい』

 

「大丈夫です。本人たちもそのことを意識して、企業名を言わないようにしたり、色々考えているみたいですから」

 

『そのようだね。いつも楽しく見させてもらっているよ。私は君のファンになったくらいだ。今度、握手してくれないか?』

 

その冗談に、俺は愛想笑いを返す事しかできなかった。

 

 

 

電話の後、俺はすぐに二つの事を皆に報告した。

 

「『大和島』に行けるのね!」

「チャンネル開設だって!」

「やったー!」

 

皆、内容は違えど、喜んでくれているようであった。

 

「で?『大和島』ってなんだ?」

 

「知らないの? 昔、大和さんが隠されていた島の事よ」

 

俺は思わず大和に目を向けた。

 

「いい所ですよ。星が綺麗な常夏の島です」

 

『詳しい場所は言えないが――』

 

なるほどな……。

 

「はぁ……」

 

「どうした山城? わざとらしくため息なんてついて」

 

「いえ……。ただでさえ引きこもりを脱却したばかりなのに、島を出ることになるだなんてと思って……」

 

「なんだ、嫌なのか? いい所らしいじゃないか」

 

「いい所な訳ないわ……。あんな暑くてギラギラした場所……。皆のテンションも変になって、私はいっつも太陽の下に引っ張り出されて……」

 

何かトラウマがあるようで、山城はガクリと頭を下げた。

 

「そうならないように俺が守ってやるから、安心しろ」

 

そう言っても、山城は顔を上げることをしなかった。

期待していない、って事だろうな。

 

「提督、水着を用意しておいてくださいね」

 

「水着? 構わないが、去年のがあるんじゃないのか?」

 

「私たちのではなくて! 提督の水着ですよ!」

 

「なんで俺のなんか……。遊びに行くんじゃないんだ。俺のは必要ない……」

 

そう言ってやると、何隻かが、俺に視線を向けた。

 

「な、なんだよ?」

 

誰も、何も言わない。

無言の圧力。

 

「……水着を用意しろと?」

 

やはり何も言わない。

いや、なんなんだよ……。

こえーよ……。

 

「向こうでも撮影するんでしょ……? だったら、必要なんじゃないかしら……?」

 

そう言ったのは、霞であった。

だがそれは、俺に向けて言っている、というよりも、まるで独り言のようであった。

 

「そ、そうですよ! きっと、海で遊ぶ姿も撮るはずですから、提督も水着でないとおかしいですよ!」

 

「いや……だったら尚更、俺はいらないだろ……。男の水着なんぞ、邪魔にしかならんぞ……。花畑にうんこを置くようなもんだ……」

 

「いいじゃない。いい肥料になりそう」

 

「いやいや……」

 

「司令官……」

 

朝潮の目が、俺を見つめていた。

皆のギラギラした視線とは違い、悲しそうな目をしている。

やめてくれ朝潮……。

その目は俺に効く……。

ふと振り返ると、山城が虚ろな目で俺を見ていた。

ほらね、とでも言いたげに……。

 

「しれえ……」

 

雪風は俺の背中に手を添えると、手遅れだとでも言いたげに、首を横に振った。

憎たらしい笑みを浮かべながら……。

 

「…………」

 

 

 

五日後。

島を出発して三日、俺たちはようやく『大和島』に上陸した。

 

「あっちぃ……。なんだよこの暑さは……」

 

ついこの前まで花見をしていたはずだが……。

本当、ここは一体どこなんだよ……。

 

「あそこに見える建物が、私たちが泊まる場所です。行きましょう」

 

大和の案内で、島を歩く。

そういや、以前大和が話してくれた過去に出てきたのが、この島なんだよな。

ここに、吹雪さんもいたって事なんだよな……。

 

「あ、ヤシの木……」

 

『ねぇねぇ大和ちゃん! ほら! ヤシの葉でスカート作ってみたよ~』

 

「フッ……」

 

こりゃ、とんだ聖地巡礼だぜ。

 

 

 

『大和ホテル』と名前の付けられた建物は、とてもじゃないが、ホテルと呼べるような代物ではなかった。

 

「寮と変わんねぇじゃねーか……」

 

「内装は違うわ。ほら、何処となく南国感ない?」

 

確かに、わざとらしいくらいには……。

 

「しかしあちぃな……。流石にエアコンくらいあるよな?」

 

「ないよ、先生」

 

どこからか、最上の声がする。

 

「やべぇ……暑すぎて幻聴が……」

 

「幻聴じゃないやい」

 

次の瞬間、何かが破裂したかのような音と共に、後頭部に激痛が走る。

 

「いってぇ!?」

 

「これで目が覚めたかしら?」

 

この声は……。

振り向くと、そこには――。

 

「お、大井!?」

 

苦笑いをする最上、カメラを構えている青葉、そして、巨大なハリセンを持った大井が、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

残り――9隻

 

 

 

――続く

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