不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第28話

『そうか……』

 

その声色に、私は思わず振り返ってしまった。

司令官の表情は――。

 

『あれは、俺ではないようだ』

 

『え……?』

 

『確かに、俺と似ている。だが、奴を見るお前の目は、俺に向けるものとは違って、もっと輝いているようだぜ』

 

『……だからと言って、アレがあんたじゃない証拠にはならないでしょう?』

 

『いや、俺じゃない。分かるんだ。何故かは分からないけどな』

 

いつもの笑顔に、私は呆れる事しかできなかった。

 

『お前が心配しているのは、この事だったか……』

 

『……えぇ。夢とは言え、私には分かるの……。これと同じことが、いずれ起きるって……。だから――』

 

【「神様……。もし、生まれ変われるのなら……その時は――……」】

 

【霞】が、海の上で祈りを捧げる。

 

『こんな夢の為だけに、生きると言うのか?』

 

『私は艦娘よ。戦う事が、本来の生き方。守ることが、私の存在価値よ……』

 

そう言う私に、司令官は悲しい顔を見せた。

 

『あんたを守る……。こんな未来は……【二度と】起こさせない……』

 

『霞……』

 

『その為に、私は――』

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「お、大井……!? それに……青葉に最上まで……!?」

 

驚きの声を上げたのは、俺だけではなかった。

 

「えーーーーーーー!?」

「どうして……!?」

「最上……!?」

 

皆、驚愕の表情のまま、三人へ駆け寄って行く。

 

「みんな、久しぶりね」

 

山城や霞、雪風までもが、驚きの表情を見せていた。

 

「こりゃ……一体、どういうことだ……?」

 

「説明はあと。とりあえず、荷物を置いて来なさいな」

 

 

 

大和ホテルは、部屋の配置や間取りに至るまで、艦娘寮と同じであった。

 

「食堂もまんまだな……」

 

小物などは南国風だから、違いは感じられるが……。

 

「集まったわね。ようこそ、大和ホテルへ!」

 

『大和』ホテルであるのに、大井が挨拶するのか。

 

「さて、まずは皆が疑問に思っているであろう、私たちが此処にいる理由を説明するわね」

 

食堂が暗くなり、目の前の何もない壁に、何やら画像が映し出された。

そして、そこには、クソダサいフォントで『コラボ企画!』と書かれていた。

 

「じゃあ、説明するわね」

 

大井は、文字が回転したり、七色に光る文字などを駆使しながら、説明を進めた。

 

 

 

「――という訳で、これから四日間、このコラボの為に、私たちがやって来たというわけ!」

 

大井の説明を要約すると、艦娘側のチャンネルが開設されるにあたり、大井側のチャンネルとのコラボを実施することになった、という事らしい。

 

「コラボと言っても、動画が公開されるのは、そっちのチャンネルにのみらしいわ」

 

「なるほど……。お前たちが此処にいる理由はよく分かった。だが、それが許可された経緯と、最上が同行している理由はなんだ?」

 

「それについては、撮影外で話すわ。まずは、再会を喜び合う画を撮りましょう?」

 

 

 

結局、日付が変わる直前まで、撮影は続いた。

 

「ふぅ……」

 

シャワーを浴びた後、食堂へ向かうと、皆が酒盛りをしていた。

 

「あ、ようやく来たわね」

 

「駆逐艦たちは眠ったのか?」

 

「えぇ、先ほど。寝かしつける必要もなく、ぐっすりと眠っていますよ」

 

席に着くと、最上が酒を注いでくれた。

 

「ありがとう。さて、そろそろ聞かせてもらおうか。お前たちが此処に至る本当の経緯を」

 

「その前に、乾杯しようよ。ボク、こうして先生と飲みたかったんだ」

 

「……分かったよ」

 

乾杯すると、最上は経緯を説明してくれた。

それによると、コラボという名目で来たが、本当の目的は、現艦娘と人化した元艦娘が接触した場合、艦娘にどのような影響があるのか、という実験の為に来た、とのことであった。

 

「あの島でそれをやることは難しいようなんだ。今回、たまたま大和島に行くとのことだったから、この実験も一緒に実施されたって訳さ」

 

なるほどな……。

確かに、今後、こいつら(艦娘)を島から出すのに、人化した元艦娘との接触も必要となるかもしれないしな……。

案外、本部の連中も、色々と考えてくれているという事なのだろうか……。

それにしたって、俺に何の説明も無いとはな……。

 

「大井さんも青葉も、接触するのに適任だったし、接触する理由としても、世間に説明がつくからさ。本当、ちょうど良かったんだと思うよ」

 

「お前はどうして?」

 

「あはは。一応、ボクも小説家として、そこそこ有名なんだよ? それに、ボクは人化して長いから、大井さん達とは別のデータが取れるって事で、選ばれたんだ」

 

「そういうことか……」

 

それだったら、山風でも問題なかったと思うがな……。

有名ではあるし、大井達のケア役という意味でも――。

 

「……山風の方が良かった?」

 

俺の心を読んだかのように、最上は悲しそうな表情で、そう訊いた。

 

「……そんな事ないさ。お前で良かったよ、最上。山城も、どこか嬉しそうにしているしな」

 

山城は、そんなことは無いとでも言いたげに、そっぽを向いてしまった。

あんな態度をとってはいるが、真っ先に最上へ話しかけにいったのは、山城であった。

 

「そっか……。ボクも、先生とこうして過ごせるのは嬉しいよ。一緒に生活できるなんて……『あの時』みたいだし……。また、ボクの水着姿が見られるよ? それに……」

 

最上が顔を赤くする。

それと当時に、何処からか、波の音が聴こえて来て――。

 

「また……寝たふり……して欲しいな……。そうしたら……ね?」

 

微笑む最上。

風が無いはずなのに、最上の髪が揺れて――。

 

「え……」

 

何故かは分からないが、一瞬、最上の水着姿が――。

 

「……えっち」

 

そう言う最上の表情は――。

 

「ちょっとぉ! 何見つめ合っているんですかぁ!?」

 

間に割って入ってきたのは、大淀であった。

 

「提督ぅ! 最上さんばかりじゃなくて、大淀にも構ってくれなきゃ嫌ですぅ!」

 

どうやら酔っ払っている様子で、いつか見せた『大淀ちゃん』が出ているようであった。

 

「あはは……。大淀さん、相変わらずだね……」

 

「大淀……。お前……」

 

「むぅ……。なんですかなんですか……。ちょっとくらい、いいでしょう……? 大淀だって『最上さんみたいに酔っ払ってみたかった』んですからぁ……」

 

「え? ボクみたいに?」

 

「そうれすよぉ……。私らって……『先生に呆れられるような存在になりたかった』んれすぅ……」

 

「え……」

 

「そういう……親しい関係にぃ……大淀も……」

 

そう言うと、大淀は床に倒れ込んでしまった。

 

「お、おいおい……」

 

すかさず、明石がとんできた。

 

「もう……大淀ったら……。ごめんなさい二人とも……。さ、行くわよ、大淀ちゃん」

 

「んむぅ……」

 

明石に抱えられ、大淀は食堂を出て行ってしまった。

 

「ったく……。悪いな、最上」

 

「…………」

 

「最上?」

 

「え? あ、あぁ……うん……。大淀さん、相当ストレスが溜まっていたようだね……」

 

「そのようだな。ま、今日くらいは許してやろう……」

 

「うん……。ねぇ……先生……」

 

「ん?」

 

「……ううん。何でもない。ボク、山城さんのところに行ってくるね」

 

「あぁ、たくさん構ってやってくれ」

 

最上と山城は、一言二言話すと、そのまま一緒に食堂を出て行った。

山城に配慮しての事だろうな。

大淀の姿を見て、ドン引きしていたようだし……。

 

「し、司令官~……。青葉も、酔っ払っちゃったぁ……」

 

「……お前は推定年齢的に飲めないし、飲んでもいないだろうが」

 

 

 

結局、残ったのは飲めない(飲みたくない)組となった為、お開きとなった。

 

「ったく……。なんだかくたびれたぜ……」

 

しかし、まあ、皆が楽しそうで良かった。

山城も喜んでいるようだし、敷波や朝潮なんかも、まるで有名人にでも会ったかのように目を輝かせていたしな。

 

「ん……っと……。しかし、夜は涼しいんだな……」

 

外へ出てみると、視界の端から端まで、無数の星で埋め尽くされた。

 

「おぉ……すげぇ……」

 

ふと、海辺に誰か立っていることに気が付いた。

そいつが誰なのかは、すぐに分かった。

 

「大和」

 

大和は振り返ると、小さく会釈して、再び星空に目を向けた。

 

「これが、お前の言っていた星空か。確かに綺麗だ」

 

「えぇ。あの頃と全く変わっていません。もう70年以上経っているはずなのに……」

 

「地球の70年なんて、宇宙からしたらほんの一瞬に過ぎない。何も変わらないはずだ」

 

「変わったのは、大和の方……ですか……」

 

そう言うと、大和は目を瞑り、風を感じていた。

 

「やはり、思い出すか? 佐伯って人を……」

 

「えぇ、まあ……。でも、以前来たほどではないかな……」

 

そう言うと、大和は俺に視線を送った。

その意味が分かってしまって、俺は思わず目を逸らしてしまった。

 

「どうも酔っているようだな……」

 

「大和は飲んでいませんよ」

 

それはつまり、酔っているのは――飲まれているのは……。

 

「……あまり長居するなよ」

 

そう言って立ち去ろうとする俺の手を、大和は掴んだ。

 

「大和?」

 

「もう少しだけ、一緒に居てくれませんか……?」

 

「え?」

 

「そうしたら、きっと――……」

 

波の音が、大和の言葉をかき消した。

だが、俺にはハッキリと、その言葉が聞こえていた。

 

「……それで酔っていないってんだから、驚きだぜ」

 

「飲んでないと言っただけで、酔っていないとは言っていませんよ」

 

「ハッ……はしゃいでるぜ……」

 

「そういう場所なんです、ここは。山城さんが言っていませんでした?」

 

「……言っていたな」

 

「そうでなくても……」

 

大和と目が合う。

星空以上に、大和の瞳は――。

 

「……綺麗だよな。星空……」

 

「ふふ。えぇ、そうですね」

 

それから俺たちは、何を話すわけでも無く、ただずっと、星空を眺めていた。

時折、隣にいる事を確認し合いながら――。

 

 

 

翌朝。

朝食を済ませると、皆が一斉に浮輪などを俺に渡した。

……空気が入っていない状態で。

 

「膨らませておけと……?」

 

「私たちは色々と準備に時間がかかるのです。提督はどうせ、海パンを穿くだけでしょう?」

 

「その時間で済ませておけと……。まあ、構わないが……。そもそも、俺は水着なんぞには……」

 

皆の視線が、俺に向けられる。

それも無言で。

 

「それ、怖いからやめろ!」

 

 

 

結局、圧力に負け、水着に着替えさせられた。

 

「ったく……」

 

「あ、司令官!」

 

青葉のカメラが、俺に向けられる。

 

「撮んな撮んな……。俺なんかよりも、あいつらを撮ってやれよ……」

 

そう言っても、青葉は舐め回すように、俺を撮り続けた。

 

「あ、提督! えへへ、見てください! どうです? 明石の水着姿!」

 

「おう。よく似合っているよ」

 

「本当ですか? えへへ、提督も、凄くカッコいいですよ」

 

「ありがとう」

 

海パン姿のどこがカッコいいのやら……。

 

「し、司令官……。アタシは……どうかな……?」

 

「ああ、似合っているよ」

 

「私は?」

 

「お前も、似合っているよ」

 

「雪風はどうですか?」

 

「似合っているよ」

 

そう答えてやっていると、ブーイングが起こった。

 

「なんだよ?」

 

「あんた……似合っているしか言わないじゃない……」

 

「いや……だって、似合っているじゃないか……」

 

「それだけ? って言っているのよ!」

 

「それだけって……。他になんて言えばいいんだよ……」

 

そんな事を話していると、大和が山城を引きずるようにして連れて来た。

 

「お待たせいたしました」

 

二隻の姿を見た瞬間、皆は言葉を失っていた。

 

「み、皆さん? どうしました?」

 

「い、いえ……その……」

 

皆の視線が、大和と山城の胸に集中する。

 

「……海、行きましょうか」

 

「う、うん……」

 

トボトボと海へと向かう皆に、大和は首をかしげていた。

 

「何かあったのです?」

 

「いや……」

 

まあ、自信を無くすよな……。

胸の大きさ云々を無しにしても、大和の水着姿は――。

 

「提督?」

 

前かがみで俺を覗き込む大和。

思わず目を逸らしてしまう。

 

「や、山城を連れて来てくれたのか……。悪いな……」

 

「いえ。山城さん、水着を着たのはいいものの、頑なに動こうとしませんでしたから、大和が仕方なく……」

 

大和ほどの『馬力』が無ければ、山城を連れ出すのは難しそうだしな……。

 

「そうか。しかし、着るまでには至ったんだな?」

 

そう訊いてやると、山城は目を逸らし、膝を抱えて小さくなってしまった。

 

「案外、提督に見せたかったのかもしれませんよ?」

 

「まさか……」

 

そんな事を話していると、夕張と最上がやって来た。

 

「海、行かないの?」

 

「あぁ、俺はここでいいよ。もう十分撮っただろうしな」

 

「そんなこと言わないで、一緒に遊ぼうよ、先生。楽しまなきゃ損だよ」

 

「いいよ、別に……。それよりも、山城を連れて行ってやってくれ」

 

そう言ってやると、山城は全力で首を横に振った。

 

「ふぅん……。じゃあ、ボクも先生と一緒に居ようかな!」

 

最上が座ると、何故か夕張も座り込んだ。

 

「いや、遊びに行けよ。ほら、青葉がカメラを向けているぞ。行って来いよ」

 

「先生が一緒に行ってくれるのなら、行ってもいいよ?」

 

「なんでだよ……」

 

ふと、夕張が、まるで独り言のように、言葉を零した。

 

「大和さんは……どうして海に行かないのかしら……?」

 

「え?」

 

「最上と同じ理由……だったり……?」

 

海を見つめながら問う夕張。

どうして大和を見ないのであろうか……。

 

「そういう訳ではありませんけど……。ただ、カメラに映るのが恥ずかしくて……」

 

「ふぅん……」

 

何やら膝を抱え、退屈そうにする夕張。

 

「はぁ……」

 

ため息をついたのは、山城であった。

 

「どうした?」

 

「いえ……。なんというか……貴方って本当……」

 

「本当……なんだよ?」

 

「……何でもないわ。海……行こうかしら……」

 

「え?」

 

「貴方が行くなら……行ってあげなくもないけど……」

 

そう言って、目を逸らす山城。

 

「ですって、提督。行ってきたらどうです?」

 

「……急にどうした?」

 

山城は答えない。

 

「先生」

 

最上は立ち上がると、俺に手を差し伸べた。

 

「せっかく山城さんが海に行こうって言っているんだからさ、行こうよ」

 

「そうよ……。行ったら……?」

 

これまた退屈そうに言う夕張。

海にいる連中も、俺たちに視線を向けている。

 

「……分かったよ。ほら、行くぞ、山城」

 

手を差し伸べてやると、山城は恐る恐る手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「熱中症にお気をつけて。喉が渇きましたら、ラムネを用意しておりますので」

 

「あぁ。ありがとう、大和」

 

「行こ、山城さん」

 

最上は山城を引きずるようにして、海へと向かっていった。

 

「お前は行かないのか?」

 

そう言ってやると、夕張は首を横に振った。

 

「そうか」

 

「司令官ー! こっちでーす!」

 

「早く来なさいったら!」

 

「おう」

 

夕張と大和を残し、俺は海へと向かった。

 

 

 

結局、海で遊んでいる間、大和と夕張は、何やら二人で話をしているだけで、海に入ることは無かった。

なんで着替えたんだよ、あいつら……。

 

「提督、この中で一番、提督の視線を奪ったのは、誰の水着姿ですか?」

 

「山城だな。目を離した隙に溺れちまうんじゃないかと心配になってな」

 

「そういうのじゃなくて!」

 

 

 

日が暮れて来たのもあり、皆はホテルへと戻っていった。

残された俺は、皆が着替え終わるまで、浮輪の空気を抜いたり、後片付けをする羽目になってしまった。

 

「ったく……。ん……?」

 

ふと、パラソルに目を向けると、そこには――。

 

「おう、帰らないのか?」

 

そう問う俺に、悲しみを少しだけ含んだような笑顔を見せるだけであった。

 

「……ラムネ、まだ残っているか?」

 

「えぇ。どうぞ」

 

「ありがとう」

 

大和の隣に座り、同じように海を見つめる。

雲一つない夕焼け空は、少しだけ寂しさを思わせた。

 

「何を見ている?」

 

「え?」

 

「何もない空と、何もない海。そこに、何を見ているんだろうって」

 

大和は答えることなく、ただラムネの瓶を手のひらで転がすだけであった。

 

「夕張と、何か話していたな。何を話したんだ?」

 

「……別に。ただ、世間話をしただけです」

 

「世間話か……。そうか……」

 

その内容を訊いているんだがな……。

どうも会話が続かないな……。

 

「提督は、どうしたんです? 大和なんかに構って。皆さんのところに行かなくていいのですか?」

 

「いいんだよ。どうせ、着替えるのに時間がかかるだろうし。それに、遊びもせず、帰ることもせず、ただじっと海を見ている奴が心配でもあるしな」

 

そう言ってやると、大和は小さく笑って「すみません」と謝った。

 

「水着に着替えたのに、結局海には入らなかったのだな」

 

「カメラが回っていましたから」

 

「今は回っていないぜ」

 

そう言って立ち上がり、ビーチボールを手に取った。

 

「来いよ」

 

「……遠慮しておきます」

 

「何故だ? 俺が相手じゃ、不満か?」

 

「そういう訳ではありませんけど……」

 

「ほら」

 

ビーチボールを投げてやると、大和はそれをキャッチした。

 

「ナイスキャッチ」

 

大和は、ビーチボールをじっと見つめた後、俺に視線を向けた。

 

「どうした?」

 

「……いえ。仕方がないですね。付き合ってあげます」

 

そう言ってボールを投げ返すと、大和はゆっくりと立ち上がり、海の方へと歩きだした。

 

 

 

空では、夜の帳が下りつつあった。

 

「行くぞ。そら!」

 

「えい!」

 

「上手いな。よっ!」

 

「はい!」

 

バレーのように、ラリーを続ける。

こんなの、わざわざ海でやらなくても良いはずなのだが、こう、何かに集中していないと、間が持たない気がして――それは、大和も同じようで――。

 

「えい……あ!」

 

「おわっ!?」

 

ボールが風に煽られ、遠くへ飛んで行ってしまった。

 

「すみません」

 

「いや、大丈夫だ」

 

ボールを拾おうと近づくが、何故かどんどん流され、遠ざかって行く。

 

「くそ……待ちやがれってんだ……」

 

やっとの事で拾い上げ、大和の方へと向く。

俺を見つめるその目は、どこか――。

 

「大和……?」

 

「え……?」

 

「どうした? そんな顔して……。つまらなかったか?」

 

大和は確かめるように、自分の顔に手をあてた。

 

「……どうした、本当に」

 

大和は答えない。

 

「……分かった。無理に誘って悪かったな」

 

「え……?」

 

「しばらく一人にしてやる。皆には俺から言っておく」

 

俺はビーチボールの空気を抜きながら、陸へと上がった。

 

「消灯時間前には戻ってこい。じゃあな」

 

そう言って去ろうとした時であった。

 

「……提督」

 

振り返ると、大和はやはり、どこか思い悩むような表情を見せていた。

 

「話す気になったか?」

 

首を横に振る大和。

違うのかよ……。

 

「一つだけ……お伺いしてもよろしいでしょうか……?」

 

「あぁ、なんだ?」

 

「……大和の水着姿、どうですか?」

 

その質問に、俺は動揺してしまった。

何故、今、そんな事を……。

そもそも、どうして俺の評価なんぞ……。

 

「…………」

 

似合っている……ってのは駄目なんだよな……。

いや、逆に、皆への評価と合わせた方がいいのか……?

言葉を選ばんとする俺を催促するよう、大和はパレオの結び目を緩めた。

 

「お、おい……」

 

風に運ばれてゆくパレオ。

強調するように、手を後ろにする大和の顔は、ほんのりと赤くなっていた。

風に揺れる艶やかな長い髪。

俺を見つめる美しい瞳。

 

「――……」

 

思わず、見惚れてしまった。

思えば、大和の水着姿をはっきりと見られていなかった。

 

「提督……?」

 

「……綺麗だ」

 

「え……」

 

思わず零れた言葉に、自分でも驚く。

 

「あ、あぁいや……! その……」

 

焦る俺とは違い、大和は――。

 

「……ありがとう……ございます……」

 

目を逸らし、さらに顔を赤くする大和。

その姿に、俺は――。

 

「提督ー! どこですー?」

 

遠くで、俺を呼ぶ声。

 

「明石?」

 

その声の方を向き、大和に背を向けた時であった。

 

「――っ!」

 

驚きのあまり、呼吸が止まる。

背中に伝わる感触は、間違いなく――。

 

「や……大……和……?」

 

彼女の心臓の音が、徐々に伝わってくる。

肌は濡れているはずなのに、その体温はとても熱くて――。

背中に触れるその手は、小さく震えていて――。

 

「はっ……はっ……」

 

俺の心臓の鼓動も、徐々に大きくなって行く。

呼吸が浅くなり、大和の体温と同じくらい、全身が熱くなって――。

 

「……ごめんなさい」

 

かすれた声でそう言うと、大和は走り去ってしまった。

 

「はっ……はっ……」

 

俺は、ただ突っ立っていることしかできなかった。

心臓の鼓動も、体温も――大和が去って行ったのにもかかわらず、そのままで――。

 

「な……んだったんだ……?」

 

俺は振り返り、海を望んだ。

当然だが、そこに大和はいない。

それでも――。

 

「あ、提督。ここに居たんですね。結構探し――」

 

気が付くと、俺は海へ飛び込んでいた。

が、結構浅瀬だったようで……。

 

「うげぇ……!?」

 

「ちょ……! なにしているんですか!?」

 

「明石……。ははは……。本当、何してんだろうな……俺は……」

 

「えぇ……?」

 

 

 

その日の夕食時、大和が食堂に現れることは無かった。

 

「食欲がないとのことでした。体調に問題は無いようでしたが、今日はもう寝ると……」

 

「そうか……」

 

やはり、先ほどの事があって、顔を合わせにくいという事だろうか……。

 

「提督の方はどうです? あんなにはしゃいで……凄い勢いでお腹打ってましたけど……」

 

「あぁ、問題ないよ。ちょっと痛むが……」

 

「本当、ばっかみたい。はしゃぐならはしゃぐで、カメラの前でやりなさいよ」

 

「そうですよぉ。せっかく青葉が、ずっと司令官を撮っていたのに……」

 

朝潮も同じように思っているのか、何度も頷いていた。

 

「お前ら、少しは俺を心配したらどうなんだよ……?」

 

 

 

消灯時間になる頃には、皆、床に就いていた。

 

「あんだけ遊んでいたらな」

 

ふと、食堂の方が明るくなっていることに気付く。

 

「誰か起きてんのか? それとも、明かりの消し忘れ?」

 

そんな事を呟きながら、食堂へ入ろうとした時であった。

 

「じゃあ、霞ちゃんも先生を……?」

 

最上の声。

 

「えぇ……。でもまさか、あんたも同じだったなんてね……」

 

相手は霞か……。

珍しい組み合わせだな……。

っていうか、俺の事を話しているのか……?

 

「…………」

 

俺は、食堂へは入らず、二人の会話を盗み聞きすることにした。

 

「あんた、あいつの事、何処まで知っているの……? あいつの夢は見る訳……?」

 

「夢……は、見たことがないかもしれないけど……。時々、先生と一緒に居ると、不思議な感覚に襲われることがあるんだ……。初めて会った時もそうだったけれど……。初対面な気がしなかったと言うか……。ずっと探していた人に出会ったと言うか……」

 

「それは、佐久間肇に感じていたことと同じ……だったりする……?」

 

「あ……そうそう!『佐久間さん』に感じていたことは、本当は、先生……雨宮君に向けるべきものだったんだって感じがしたんだ!」

 

「……やっぱりそうなのね」

 

「霞ちゃんも同じ?」

 

「えぇ……」

 

話の内容はよく分からないが、親父の事と『夢』の事を言っているのは分かる。

霞は、親父を『夢』の世界に導いたのは自分だと曙に言っていたようだから、それに関連したことなのだろうか……?

 

「霞ちゃんは、先生に何を感じるの?」

 

「私は……あいつの夢を見るの……」

 

「夢?」

 

「どこか、私の知らない世界の夢よ……。知らないはずなのに、私の中にはっきりと存在する世界……。その世界では、私とあいつは家族で、あんたはあいつの弟子で……」

 

「ボクが先生の弟子……。霞ちゃんが家族……。それ、ボクも見たことがあるかも! 島にいた頃……まだ、佐久間さんが島にいた頃に……。そうか……。あの『先生』は、雨宮君だ……! あ……大淀さんや青葉なんかもいなかった!?」

 

「……居た。鈴谷もいたし、あきつ丸も……」

 

「そうそう! っていうか、鈴谷は先生の奥さんになって……! 子供まで出来て……! そして……!」

 

瞬間、二人の会話が止んだ。

 

「……?」

 

恐る恐る、食堂を覗く。

最上は何やらフリーズしていて――霞の表情は分からないが、最上の言葉を待っているようであった。

 

「そして……」

 

最上が俯く。

 

「再び深海棲艦が現れて、あいつは艦娘を率いる提督になって――そして……死んだ……」

 

最上の深刻そうな顔たるや……。

夢の話ですよね?

 

「所詮は夢だって分かっている……」

 

俺は思わず、ドキッとしてしまった。

 

「でも……分かるの……。いずれ、同じようなことがこの世界でも起きるって……。そして……艦娘を率いて戦うのは……」

 

「先生……」

 

霞が頷く。

 

『もう、あんたを戦わせない……。決して……死なせないから……』

 

なるほど……。

あの時、霞が言っていたのはこの事か……。

 

「…………」

 

いや……マジか……。

じゃあ、なんだ?

霞は、そんな夢で見た事を本気で信じているのか……?

それで、俺を守ろうという事か?

いや、それよりも……。

 

『私は絶対に人化しない……。それが……あんたを守ることになるから……』

 

夢を信じているのは……まあいいとして……。

霞が人化しないことが、何故、俺を守ることに繋がる……?

……もしかして、艦娘であり続ければ、深海棲艦が来ても戦えると?

結果として、俺を守れると……?

いや、それにしたって――。

 

「何しているのよ?」

 

体が強張る。

振り返ると、夕張が怪訝そうな表情で俺を見ていた。

 

「夕張か……。びっくりさせるなよ……」

 

「別に、驚かせるつもりはなかったわよ……。それよりも、こんなところでなにして……」

 

その時、食堂から、最上と霞が出てきた。

しまった……。

 

「先生……」

 

「お、おう……。消灯時間を過ぎても食堂が明るかったから、誰かいるのかと思ってな……」

 

訊かれてもいないのにペラペラと……。

別に、会話を聴いていたのだと、素直に言えば良かったのに……。

 

「……珍しい組み合わせだな」

 

「あぁ……うん……。ちょっと……ね……」

 

最上が霞に視線を送る。

霞はため息をつくと「ちょっと島の外の事を訊いていただけ……」と答えた。

それに同意するよう、何度も頷く最上。

 

「そ、そうか……」

 

「ごめんね、消灯時間を過ぎているのに……。もう部屋に戻るよ。じゃあ、おやすみなさい!」

 

そそくさと去る最上。

霞は俺をじっと見つめた後、何も言わずに、部屋へと戻って行ってしまった。

霞の奴、俺が盗み聞きしていたことを知っていたかのような目をしていたな……。

いや、そう見えてしまうのは、きっと……。

 

「……で? お前は何しているんだ?」

 

「別に……。ちょっと喉が渇いたから、何か冷たいものでもと思って……」

 

「そうか。冷蔵庫にラムネがあったぞ。こんな夜中に飲むものではないのだろうが……って、艦娘は虫歯にならないんだったな。羨ましいぜ」

 

「一応、飲んだ後は歯を磨くわ。炭酸は歯を溶かすって、聞いたことがあるから……」

 

「磨き過ぎも良くないと聞くぜ。口をゆすぐ程度でいいんじゃないのか?」

 

知らんけど。

 

「とにかく、飲んだら部屋に戻れよ。明かりの消し忘れに注意な。じゃあ」

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

「一つ……訊いてもいい……?」

 

「なんだ?」

 

「私たちが海から上がった後……提督はまだ、海に残っていたんだって……?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「なんで、残っていたの……?」

 

「え?」

 

夕張は目を逸らしながら、そう問うた。

その表情は、大和に理由を問うた時と、同じものであった。

 

「普通に、片付けの為だが……」

 

「それだけ……?」

 

「それだけって……。まあ、お前たちが着替え終わるのを待っていたってのもあるが……」

 

「本当にそれだけ……?」

 

夕張の目が、俺を見つめる。

その目は、何処か――。

 

「なにが言いたいんだ?」

 

「……大和さんの帰りが遅かったから、二人で何かしてたのかなって……」

 

そう言われ、何故かドキッとしている自分がいた。

 

「あぁ……。大和が物思いにふけていたようだから、少し話をしたよ」

 

「何を話したの……?」

 

「別に、ただの世間話だ」

 

「どんなことを話したの……?」

 

しつこいな……。

 

「どうでもいい話だよ……。もう忘れたくらいだ……」

 

「嘘……。だとしたら、大和さんが食堂へ来なかったのは何故……? 体調も問題ないって聞くし……。貴方と顔を合わせられないほどの何かを話したんじゃないの……?」

 

顔を合わせられないほどの……か……。

 

「俺との会話でそうなったのかは分からんが、仮にお前の言う通りだったとして、それを聞こうってのはどうなんだよ?」

 

「認めるのね……。そういう話をしたって……」

 

「そんな事は言っていないだろ……。お前、なんなんだよ……? なにをそんなに疑っているんだよ……?」

 

呆れた口調で言ってやると、夕張は少し躊躇った後、観念したかのように言葉を零した。

 

「皆が海で遊んでいた時……私と大和さん……二人で話していたでしょ……?」

 

「…………」

 

「私……どうかしていたのもあるのだけれど……大和さんに訊いちゃったの……。提督の事、好きなんですかって……。だって……大和さんは貴方と文通しているって聞いているし……。ビーチでも、提督と一緒に居ようとしていたから……もしかしてって……」

 

「なんちゅうことを訊いてくれているんだよ……」

 

「ごめんなさい……。でも……もしそうだったら……って……」

 

夕張は不安そうに俯いた。

 

「……で? なんて返って来たんだ?」

 

「『分かりません』よ……」

 

分かりません……。

 

「普通……否定してもいいじゃない……。好きじゃないとか……嫌いだとか……。そうでなくても、なんとも思っていないだとか……。なのに……大和さんは……」

 

なるほどな……。

 

「それで、不安になった訳か……」

 

「質問をした後の大和さんは、どこか思い詰めた顔をしていた……。皆が帰っても、一人だけ、海を見つめていた……。あれは、自分の気持ちに向き合っていたんだと思う……。自分は、提督をどう思っているのだろうって……。そして、貴方と話して、その気持ちに気が付いて――。食欲がないだなんて言っていたけど、それは嘘で――」

 

色々と考えたのだろう。

夕張は、あらゆる『不安』を口にした。

いつもであれば、夕張の妄言であると――聞き流し、どう慰めてやろうかと考えたものだが――。

 

『……ごめんなさい』

 

大和……まさかお前……。

 

「――だから、教えて欲しいの……。二人で……何を話したのか……」

 

夕張が俺を見つめる。

その瞳に、俺は――。

 

「……ただの世間話だよ」

 

そう言うしかなかった。

実際、その程度の話だったようにも思うし、大和の気持ちが分からない以上、下手な憶測を伝えるのは良くないだろうと思ったからだ。

…………。

…………。

…………。

……嘘だ。

ありのままを伝えることが出来たはずだ。

その上で、なんてことない話だったのだと、何も感じることは無かったのだと、嘘の一つでも付けばよかった。

それを突き通す自信はあったし、それが夕張を慰める事にもつながるはずだ。

だが……。

 

「……よく分かったわ」

 

夕張は深呼吸をすると、どこか安心したかのような表情を見せた。

 

「下手な嘘よりも……貴方の気持ちがよく分かったわ……。ありがとう……」

 

その言葉に、安心することは無かった。

だがそれは、不安が残ったからではない。

夕張がそう納得するのだと――俺の気持ちを理解してくれるのだと、分かっていたからであった。

当然の結果だからであった。

 

「大和さんかぁ……」

 

夕張は壁に寄り掛かると、目を瞑った。

 

「しんどい相手か?」

 

そう訊いたのは、答え合わせの為であった。

だが、夕張も分かっているのであろう。

驚いたり、不安そうにしないあたり、こいつも――。

 

「……うん。貴方がそこまで言葉を濁すのは……そういう事だと思うから……。今まで以上に……不安になるわ……」

 

「その割には、いつもより余裕そうに見えるがな」

 

「だってそれは……」

 

夕張はじっと、俺を見つめた。

 

「……単純な奴だな」

 

「誰でもそうなると思うわ……。皆が、貴方と同じ夢を見たのだとはしゃいでいた気持ちが、今になって分かったのだもの……。分かってしまった事を……貴方に知ってもらえたのだもの……」

 

俺は思わず笑ってしまった。

夕張も、小さく笑った。

 

「もう寝ろ、馬鹿」

 

「うん」

 

去ろうとする俺を、夕張は呼び止めた。

 

「なんだよ?」

 

「あ……ううん……。その……おやすみなさい……って……」

 

「あぁ、おやすみ、夕張」

 

「おやすみ、提督」

 

俺の姿が見えなくなるまで、夕張はその場から動くことをしなかった。

 

 

 

部屋へと戻ると、一気に疲れが出て来て、そのまま布団へと倒れ込んだ。

 

「疲れるほど遊んだ訳ではないのだがな……」

 

精神的に……って感じだろうな。

気がかりなことがあまりにも多すぎて――。

特に……。

 

『普通……否定してもいいじゃない……。好きじゃないとか……嫌いだとか……。そうでなくても、なんとも思っていないだとか……。なのに……大和さんは……』

 

『……ごめんなさい』

 

大和……。

もし、お前が本当に俺の事を――そうだったとして、どうして俺は、こんなにも動揺しているのだろうか……。

心がざわつくのだろうか……。

 

「…………」

 

……いや、分かっている。

分かっているからこそ、俺は――。

 

「……明日の深夜には、この島を出るんだよな」

 

大和は明日、顔を見せてくれるのだろうか……。

仮に顔を見せてくれたとして、俺はどのように振る舞えば――あいつは、どんな表情を見せてくれるのだろうか――。

 

「ふわぁ……。なんか、急に眠気が……」

 

なんか……すげぇ眠い……。

というか、この感じ……どこかで……。

 

「……!」

 

俺は、飛び上がり、必死に起きようとした。

しかし――。

 

「くそ……!」

 

瞼が重くなって行く。

 

「……おい! 雪風……! いるんだろ……!?」

 

そう問い掛けた時、押し入れの襖が開き、雪風が顔を出した。

 

「やっぱりお前か……! 山城の時と一緒だ……! 今度は何をするつもりだ……!?」

 

半ばパニックになっている俺とは対照的に、雪風は冷静であった。

 

「大人しく寝てください。ほら、霞さんはぐっすりですよ」

 

雪風の後ろ――押し入れの中で、霞は眠っていた。

 

「お前……!」

 

「勘違いしないでください。雪風は、霞さんに頼まれただけです」

 

「霞に……?」

 

全身の力が抜けて行き、俺はとうとう床に倒れ込んでしまった。

 

「大人しく寝ていないからですよ……」

 

「そう言うのは……事前に……言え……ってんだよ……」

 

雪風は少し考えた後、手を広げながら「サプラーイズ」と言った。

流行ってんのか? それ……。

 

「なにが……サプライズ……だ……よ……」

 

意識が途切れる刹那――。

 

「先生……!」

 

最上の心配そうな顔が見えたのを最後に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

『ここは……』

 

気が付くと、どこかの家の縁側に座っていた。

そこから見える庭には彼岸花が咲いていて、花の傍には、日本語にそっくりな文字が書かれている墓標のようなものが刺さっていた。

そして――。

 

『……!』

 

風鈴の音。

最上と居る時に聴こえた、あの――。

 

『やっと来たのね』

 

振り返ると、柱に寄り掛かった霞が、退屈そうな表情で俺を見つめていた。

 

『状況は理解できているのかしら?』

 

そう言われ、ハッとする。

そうだ。

俺は、またしても雪風に……。

 

『……ある程度はな。ここはどこで、お前の目的が何なのかは全く分からないがな……』

 

『そ。それは上出来だわ』

 

霞は庭に出ると、花壇に水を撒き始めた。

 

『海で遊んでいる時、雪風から聞いたの。ヘイズのこと。曙や山城さんとの交流――それを可能にしたのは、雪風の力なんですって?』

 

海で遊んでいる時って……。

何がきっかけでそんな話を……。

 

『……あぁ、そうだ』

 

『雪風の感染量が多い事は知っていたのだけれど、まさか、その感染量をコントロール出来るだなんてね……』

 

『感染量をコントロール?』

 

『だって、そうじゃない。感染量が同じでなければ、同じ夢をみることは出来ないはず。雪風は……その……キス……をすることによって、感染量を上げているのでしょう? 雪風の感染量から考えて、あんたの感染量を曙や山城さんに合わせる事なんて、そんなに簡単に出来ないはずよ。そもそも、感染量がどれくらいだなんて、分からないはずじゃない。それなのに、どうして雪風は……』

 

霞は、考えるだけ無駄だと思ったのか、そこで言葉を切った。

 

『……理由は分からないが、とにかく、雪風に頼み込んで、俺をここに連れてきたと?』

 

『えぇ、そうよ』

 

なるほど……。

しかし、雪風の奴……。

こうなると分かっていて、霞にヘイズの事を話したな……。

霞に頼まれただけだと……?

ペテン師め……。

 

『ここにあんたを連れて来た理由だけど……。さっきの――食堂での会話、聴いていたんでしょ?』

 

やはりバレていたか……。

 

『あぁ……』

 

『話の中で出てきた夢っていうのが、ここの事なのよ……。尤も、ここまではっきりとした夢は初めてだから、少し驚いているのだけれど……』

 

驚いている……か……。

割と冷静に見えるがな……。

 

『あれか? なんか、最上が俺の弟子で、鈴谷が妻で……えーっと……なんだっけ?』

 

『……見ていれば分かるわ』

 

霞がそう言った瞬間であった。

 

「先生~?」

 

最上の声。

声に振り返った時、俺の体から、もう一人の俺が飛び出した。

 

『な……!?』

 

驚き、霞の方を見ると、霞もまた、二人になっていた。

 

「最上」

 

「遊びに来たよ、先生」

 

「遊びにって……。小説はどうした?」

 

「たまには息抜きしないと、やってられなくってさ。霞ちゃん、先生の新刊、もう買った?」

 

「えぇ、発売日にね。もう三回読んだわ」

 

唖然とする俺に、霞――夢の産物ではない方――が、冷静に説明してくれた。

 

『これは夢の産物ではないわ。私の中にある、誰かの記憶……とでも言うべきかしら?』

 

『誰かの記憶……?』

 

霞は、もう一人の霞の頭をひっぱたこうとした。

が、その手は体をすり抜けていった。

 

『干渉できないのよ。シンクロした夢の産物であれば、普通、干渉できるはずでしょう?』

 

そういえば、以前、似たような事が――。

 

『あ……』

 

明石だ。

明石と同じ夢を見た時、似たような事があった。

確かあの時も、俺の体から、もう一人の俺が出て来て……。

 

『私は、あんたの父親がこの島に来る以前から……具体的には、三十年くらい前から、この夢を見るようになったの……。夢の内容は、いつも同じで――尤も、ここまではっきりとしたものではなかったのだけれど――男の顔だけは、いつも曖昧だった……』

 

三十年くらい前……か……。

確か、雪風の心に変化が出始めたのも、それくらいの時期だったような……。

偶然か……?

 

『しばらくして、あんたの父親がこの島に来て、夢の男の顔も、あんたの父親そっくりに変わって――でも、段々と違和感を覚えるようになって――』

 

――いや、偶然ではないかもしれない。

雪風も、同じような事を言っていた。

夢の男の顔が、親父のようで――だが、結局は違うように思えて来て――。

 

『――やがて、親父が死んで、俺が来て……その男の顔は……』

 

俺は、もう一人の俺に目を向けた。

 

『俺と同じ顔になった……。それどころか、今まで見て来た男は、俺であったのだと確信した……。違うか……?』

 

霞は驚いた表情を見せていた。

 

『どうして……』

 

『似たような事を言われたことがあるんだ』

 

しかし……そうか……。

雪風と同じ……か……。

だとしたら、ますます信じるべきかどうか、悩むところだな……。

正直、雪風の話も、まだ完全に信じられてはいないと言うか、やはりただの夢に過ぎないと言うか――そう思ってしまっているところがあるしな……。

だが……。

 

『……なるほどな。それで? 夢ではこの後、俺は死ぬようだが?』

 

『……えぇ』

 

突如、風景が変わった。

どうやら、船に乗っているらしい。

 

「しかし、俺が提督とはな……」

 

「信じられませんか?」

 

白い制服に身を包んだ俺に話しかけているのは、大淀であった。

 

「あぁ……。だが、これが俺の運命だったのだろうと、受け入れるしかないよな……」

 

「売れない小説家よりも、よっぽど立派ですよ」

 

「フッ、慰めになっていないよ。だが、まあ、そうだよな……。【向こうの俺がそうだった】ようであるし、俺は元々、こっちの畑に就くべき存在だったのかもな……。そして、同じように――……」

 

大淀が悲しそうな表情を見せる。

だが――。

 

「そうならないように、私が此処にいるんでしょ……」

 

霞――少し大人な姿をした霞は、独り言のように、そう呟いた。

 

「フッ……そうだったな……。だが、人間と艦娘では勝手が違う。新たに誕生した艦娘とは違い、お前はもう人間なんだ。無理はするなよ」

 

「……うん」

 

再び場面が変わる。

先ほどまで乗っていた船は沈み、辺りには、深海棲艦のものと思われる死骸も浮かんでいて――。

それを傍で見ている霞は、泣いていた。

そして、祈りを捧げるように手を合わせると――。

 

「神様……。もし、生まれ変われるのなら……その時は――……」

 

海面から、どこか見覚えのある手帳のようなものが、浮かび上がって来た。

それを見つめていると、風景が徐々に遠くになって行き、やがて、辺りは真っ暗になった。

それでも、俺と霞の姿だけは、はっきりと見えている。

 

『……死んだのか? 夢の中の俺は……』

 

霞が頷く。

……なるほど。

 

『これと同じことが再び起きると?』

 

『えぇ……』

 

『どうしてそう言い切れる?』

 

霞は少し考えた後、小さく「分からない」と答えた。

 

『分からないってお前……』

 

『でも……そうなるってことだけは分かるの……。そして、それには、私が艦娘であり続ける必要があるって……』

 

『……夢と同じように、自分も戦えるからって事か?』

 

『いえ……。理由は分からないけれど、人化しても、艦娘と同じように戦うことが出来るみたい……。夢でも、霞が人化しているって言っていたでしょう?』

 

そういえば、そんなことを言っていたな……。

 

『私が人化しないのは……そもそも、この戦いを起こさせない為なの……』

 

『戦いを起こさせない為……?』

 

『深海棲艦……。どうしてそんなものが、存在するのか……。そして、どうして、それを唯一倒すことの出来る存在――艦娘が存在するのか……。あんたは考えたことがある……?』

 

『そりゃ、無いことは無いが……。戦後70年以上経っている今も、それは謎とされている訳で……』

 

『この夢――さっき見た夢の世界では、一応、その結論が出ているの……』

 

『……一応、話半分に聞いておこうか?』

 

霞は小さくため息をつくと、遠くに目を向けた。

その視線の先に、小さな光があって――それが近づいてくるにつれ、辺りは再び、最初に見た家の風景へと変わった。

 

「――艦娘が人間化して、この国に兵器は無くなりました。最近、世界情勢が悪化しているのは、そのせいかと思われます」

 

大淀が、俺――夢の中の俺と、少し大人びた霞に話しかけている。

 

「艦娘がいなくなったことで、均衡が崩れつつあるという訳か……」

 

「深海棲艦がいなくなったことで、世界中で結ばれていた協定や同盟は破棄され……復興の為の資源が不足していることから、全世界で資源確保による争いが目立ち始めてきました。このままでは、人類同士の戦争が起きるのやもしれません……」

 

「……それが、新たなる艦娘が現れたことと関係していると?」

 

新たなる艦娘が現れた……?

そういえば、さっきもそんな事……。

 

「えぇ……。以前もお話しした通り『戦いの記憶』の世界では、人間同士の争いがありました。そして、この世界は、艦娘が現れた事によって起きた、バタフライエフェクトによる『戦いの記憶』の別世界線ではないか、という事です。もし、その説が正しければ、この世界は【人間同士の戦いが起きようとした時、艦娘が現れる世界】だとも言えるのではないのでしょうか?」

 

俺の表情と、夢の俺の表情がリンクする。

いや、こんな顔にもなるって……。

その表情を読み取ったのか、大淀が続ける。

 

「私だって信じられません……。しかし、実際に艦娘がドロップされたのです。海軍は、再び深海棲艦が襲ってくる可能性が高いと踏んで、海での偵察を強化しています」

 

「最近報道されていた、この国が戦争の準備をしているとかいうのは、それが理由って訳ね……」

 

大淀が頷く。

 

「……で? どうしてそれをこいつに伝えたのよ?」

 

「……先生に、折り入ってお願いがあるのです」

 

「俺に?」

 

「もし、深海棲艦が現れることになった場合……先生に艦娘を率いて欲しいのです……」

 

「『「はぁ!?」』」

 

三人の声が響く。

尤も、大淀には二人の声しか聞こえていないのであろうが……。

 

「どうしてそうなるんだ!?」

 

「先生ほど、艦娘に愛されている人間はいませんし、海軍も、先生に注目しているんです」

 

「んなこと言ったってな……。俺はしがない小説家だし……。もっと適任というか、前回の戦争で艦娘を率いていた連中の方が……」

 

「そ、そうよ! 意味が分からないったら!」

 

「……詳しい理由は、今はお話しできません。しかし、これは運命なんです……! 貴方でなければいけないのです……! 雨野勉の――いえ【提督の素質】を継承しているであろう貴方でなければ……!」

 

「提督の……」

 

「素質……?」

 

再び辺りが暗くなる。

霞はじっと、俺を見つめていた。

 

『……話の内容は、ほとんど理解できなかったが……つまり、お前が人化しない理由ってのは、艦娘がいなくなることで人間同士の争いが起きそうになり、それが原因で艦娘と深海棲艦が生まれて――何故か俺が提督に抜擢され、死ぬ……ってのを防ぐためってか?』

 

頷く霞。

 

『……確かに、この夢の通りになる可能性はある。ああ、いや……俺が提督として艦娘を率いるかどうかの可能性は低いだろうが……。それにしたって、人間同士の争いが起きる時、再び艦娘と深海棲艦が現れるってのは……』

 

『私たちの世界でも、深海棲艦が現れる直前の世界情勢は、人間同士の大戦争に発展するのではないかと言われていたようだわ』

 

確かに、そんな話を聞いたことはあるが……。

 

『それに、夢の話でも出たけれど、今世界中で結ばれている協定や同盟は、艦娘が存在してこそのものばかりじゃない。艦娘は兵器よ……。戦争の道具に使う事も出来るし、深海棲艦に唯一対抗できる存在……。そんなものが存在している状態で、大規模な戦争を仕掛けることが出来ると思う?』

 

『だからと言って、艦娘がいなくなったから戦争します……ってのもおかしいだろ。それに、さっきの夢では、資源確保の為の争いと言っていたが、資源が不足していることも無ければ、世界情勢もある程度安定している。協定や同盟が無くとも、大規模な戦争に発展するほどの火種なんぞは……』

 

俺も霞も、分かっていた。

こんなのは、ただの方便であるのだと。

信じる為の理由の一つでしかないという事を。

 

『どんな理由であれ――現実がどうであれ、お前はそれを信じているのだな……』

 

『そして、あんたは信じられない……。そうでしょう……?』

 

俺は何も言わなかった。

 

『でも、それでいいわ。私がどうして島に残るのか……。それを知ってもらえただけでも――体験してもらえただけで、満足だわ』

 

『霞……』

 

『……本音を言えば、信じて欲しかったけどね。でも……そうよね……。信じたところで、あんたは――』

 

霞の声が、だんだん遠くなる。

 

『……時間のようね』

 

霞の姿もまた、曖昧になって行く。

 

『……ねぇ、最後に訊かせて』

 

『なんだ?』

 

『さっきの夢……。あの男は……あんただったわよね……?』

 

俺……ではないはずだが……。

しかし……。

 

『……姿はまんま俺だった。それに……あの風鈴の音は……』

 

『……そう』

 

霞が小さく笑う。

 

『やっぱり、あんたは――』

 

霞が近づく。

そして、俺にしゃがむようせがむと――。

 

『――……。ばーか……』

 

赤くなった霞の顔が見えたのを最後に、俺は――。

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、目の前に最上の顔があった。

 

「おはよう、先生」

 

「……何してんだ?」

 

「添い寝だよ。いい夢、見られた?」

 

いい夢……。

俺は起き上がり、辺りを見渡した。

霞や雪風の姿はない。

 

「はぁ……クソ……」

 

頭が重い。

 

「先生、大丈夫?」

 

「あ……? あぁ……。大丈夫だ……。それよりもお前、どうしてここに……?」

 

「あぁ……うん……。先生と一緒に眠ったら、ボクも夢を見られるのかなって思ってさ……」

 

夢……。

そういや、眠る直前、雪風と一緒に最上も……。

 

「……お前も知っていたんだな。雪風の事……夢の事を……」

 

「……うん。霞ちゃんや雪風から……」

 

雪風……余計なことを……。

 

「夢……見られたんだ……?」

 

「あぁ……」

 

正直、ただの夢であって欲しかったが……。

 

「お前は見られなかったのか?」

 

「うん……。人化したら、見られなくなるのかも……」

 

人化したら見られなくなる……か……。

 

「霞ちゃんから色々聞いているよ……。ボクと先生が、師弟関係な世界の夢――記憶、と言うべきなのかな……? そういうのを一緒に見たって……」

 

「記憶……」

 

「ボクもね? そんな感じの夢を見たことがあるんだ……。はっきりとは覚えていないんだけど……。でも、霞ちゃんが言ってたよ……。夢の中に出てくる『先生』は、雨宮君だって……。ボクも……そう思っている……。あ、でも、雨宮君自身の事ではなくて、もう一人の雨宮君というか……」

 

どう説明したらいいのか、最上は悩んでいるようであった。

 

「……お前も信じているのか? あの夢の世界で起きる事が、この世界でも起きると……」

 

頷く最上。

マジかよ……。

 

「でも、ボクは霞ちゃんほど信じてはいないんだ……。先生が死んじゃったら嫌だなって思っているだけで……。不安から――心配からくることであって……」

 

最上から見ても、霞の心配は異常なのかもしれないな……。

いや、最上の心配も、俺からしたら――。

 

「俺は全く信じていない。確かに夢は鮮明であったし、艦娘がいなくなれば、世界の情勢に変化はあると思う。しかし、それがきっかけで深海棲艦が現れたり、俺が提督になるってのは、ちょっとというか、かなり無理がある。そもそも、なんだってそんなタイミングで深海棲艦が現れるんだ……」

 

いや、それもどうだっていい……。

 

「とにかく、霞の抱えている問題は分かった。分かっただけに、厄介だ……」

 

「そうかもね……。でも、こうも考えられないかな?」

 

「あ?」

 

「人化へのヒントが得られたって……。問題さえ解決してしまえば、霞ちゃんは人化するって……」

 

まあ、そうなのかもしれないが……。

 

「解決できる気がせん……。夢での出来事はありえないことなのだと、証明する手立てがないからな……。悪魔の証明ってやつだ……」

 

「それでも、霞ちゃんは先生に夢を見せた……。信じて欲しいって、ただ知って欲しいって気持ちもあったのだろうけれど……。ボクには、先生に問題を解決してほしいから、夢を見せたようにも思えたよ」

 

とてもじゃないが、そんな感じには見えなかったがな……。

 

「しかしお前、そんな事言っていいのか? 霞の味方じゃなかったのか?」

 

最上は少し考えた後、どこか呆れたような表情で、答えた。

 

「霞ちゃんの言う事――夢での出来事が起きるかもしれないって……そういう不安はあるよ……。そうなって欲しくないし、霞ちゃんを信じて、協力したいって気持ちも無くはない……。でもね――自分でも呆れちゃうんだけどさ――先生はそんな事にはならないと、思っちゃう自分もいるんだよね」

 

「そう思いたいだけなのかもしれないけど」と、最上は付け加えた。

 

「どっちに転ぶかは分からないけれど……ボクは先生を信じてみたかったんだ。だから、雪風を止めなかったし、先生に味方するような事を言っているのかも……」

 

自分でもよく分かっていないって感じか……。

 

「けど、それ以上に……」

 

最上が俺をじっと見つめる。

 

「先生……」

 

その時、あの風鈴の音が聴こえて来て――。

 

「……もう少し、眠るとするかな」

 

そう言って寝転がり、目を瞑る。

最上は躊躇っていたようだが、やがてゆっくりと顔を近づけ――だが、唇が触れそうになる直前で、動きを止めた。

そして離れると、俺の演技に応えるよう、声を小さくして言った。

 

「ボクは『あの最上』とは違う。だから、キスはしない。あの時みたいに、先生を諦めたくはないから……」

 

そう言うと、最上は部屋を出て行ってしまった。

 

「あの時みたいに……か……」

 

どうやら俺もまた、あの夢に――。

 

 

 

食堂へ向かうと、皆は既に集まっていた。

一瞬、霞と目が合うが、すぐに逸らされてしまった。

 

「しれえ、おはようございます。いい夢見られましたか?」

 

平然と挨拶する雪風。

 

「てめぇ……」

 

「おや、どうやら寝起きで機嫌が悪いみたいですね」

 

そう言って、雪風はほくそ笑みながら、俺から離れていった。

 

「ったく……」

 

今度は最上と目があう。

が、小さく微笑みを返すのみであった。

 

「提督」

 

夕張に呼ばれ、振り返ると――。

 

「大和……」

 

夕張と大和が、二人並んで座っていた。

正面には、俺のと思わしき朝食が置かれている。

 

「おはよう、提督」

 

「……おう、おはよう」

 

大和に目を向ける。

 

「……おはようございます、提督」

 

目を合わせることなく、挨拶する大和。

そんな大和に、夕張は優しい目を向けていた。

こいつ……。

 

「皆さん集まりましたね」

 

大淀の声に、顔を上げる大和。

一瞬、目が合うが、すぐに逸らされてしまった。

 

「今日は最終日です。深夜には出発となりますので、清掃や荷物整理を忘れずにお願いいたします」

 

最終日か……。

あっという間だったな……。

つーか、島にいるよりも、船での移動時間や、上陸までの手続き・検査にばかり時間を取られていたような……。

 

「では、いただきます!」

 

 

 

朝食を摂っている間、夕張はやたらと大和に話を振っていた。

 

「――もし大和さんさえよかったら、後で海に行きませんか? 撮影も、昨日である程度終わったみたいなので、撮られることもないですよ」

 

「そう……ですね……。えぇ、行きましょう」

 

「提督も来るわよね?」

 

「「え?」」

 

声を漏らしたのは、俺と大和であった。

 

「い、いや……俺は……」

 

大和に目を向ける。

どんな表情かは分からないが、様子を窺うように、俺をじっと見つめていた。

 

「……お前ら二人で遊んで来いよ。俺は、色々とやらなきゃいけないことが――」

「――来て……下さらないのですか……?」

 

言葉を重ねる大和。

その言葉に、俺は――。

 

「駄目です!」

 

そう言ったのは、朝潮であった。

 

「司令官には、編集を見ていただかないと! 素材撮りもあるんです!」

 

「そ、素材撮り?」

 

「編集で使う写真とか、音声とか、そういうやつよ。本土でやってもいいけど、編集をやってみたいんですって」

 

何度も頷く朝潮。

敷波も同じなのか、じっと、大和と同じような視線を俺に送っている。

 

「そ、そうなのか……。分かったよ」

 

俺は、恐る恐る、夕張と大和に視線を向けた。

大和は寂しそうに微笑み、夕張はムッとした表情を見せていた。

 

 

 

朝食を済ませた後、俺は夕張を呼び止めた。

 

「なによ?」

 

「お前、どういうつもりだよ……?」

 

俺の質問に、夕張は小さくため息をついて見せた。

 

「……私なりに色々考えたのよ。貴方と大和さん……とってもお似合いだと思う……。だからこそ、不安になるし、近づけさせたくないって思った……」

 

「だったら……」

 

「でも、大和さんが島を出る決意を持つきっかけとして、貴方を想う気持ちは利用できると思ったし、そうする為には、貴方が大和さんに向き合う必要もあった……。貴方だって、大和さんの恋心を利用できると、一度は考えたんじゃないのかしら……?」

 

俺はあえて返事をしなかった。

――いや、出来なかった。

 

「でも、そんな酷い事、貴方には出来ないわ……。いえ……そうでなくても、貴方はきっと、大和さんから逃げてしまうはず……。それほどまでに、貴方は――……」

 

「……だから、背中を押してくれたと? しかし、なんだってそんな事を……。お前にとっては、不利なことじゃ……」

 

「そうかもしれないわね……」

 

「そうかもしれないわねって……」

 

「でも、仮に貴方が大和さんの気持ちに向き合ったとしても……島に残る艦娘を見捨てることはしないはず……」

 

「!」

 

「私は……貴方が言ってくれたことを……ずっと信じている……。信じているからこそ、私は……」

 

夕張は俯くと、何かを堪えるよう、こぶしを強く握った。

 

「……お前が信じている俺の言葉が何なのかは分からないが、無理はするな」

 

「無理はするわ……。それほどまでに、貴方の言葉は……」

 

俺の……言葉……。

 

「一体……俺はどんな呪いを、お前にかけてしまったんだ……?」

 

夕張はゆっくりと顔を上げると、俺の目をじっと見つめながら、言った。

 

「覚えてない……? 貴方が武蔵さんに勝って……明石には、私が必要なくなって……」

 

『ほら、明石ももう一人で大丈夫そうだし、いつまでも一緒に居るのは違うかなって……』

 

「……あぁ、覚えているよ。お前がお前自身の為にどうしたいのか、悩んでいた時だな……」

 

「それを見つけるまでに、皆が島を出て行ってしまうかもって言った私に……提督はなんて答えてくれた……?」

 

俺の答え……か……。

確か……。

 

『……見つかる前に、皆島を出て行ってしまうかもしれないわね。提督、そんな勢いを持っているし……』

 

『フッ、かもな。でもまあ、その時はその時だ。例えこの島の艦娘がお前だけになっても、見つかるまでずっと一緒に探してやるから、安心しろ』

 

俺はハッとした。

それに気が付いたのか、夕張が小さく頷く。

 

「……そういうことか」

 

「その言葉に……偽りはないはず……。それは、今も変わらない……。そうでしょう……?」

 

その通りだ……。

しかし……それにしたって……。

 

「私は……最後の艦娘として、貴方と共にこの島に残る……。だからこそ……よ……」

 

記憶の中にある、夕張に対する疑念や疑問――点々としていたものが、一本の線で繋がり、やがて俺の心に突き刺さった。

そうか……。

いつだったか、不安がっていた夕張が、急に立ち直った時――。

あの時――あの時も――あの時だって――。

いつだってこいつは――不安になって、それが揺らいだ時もあっただろうが――こうして、今日まで――。

大和を俺に近づけようとしたのも――。

 

「……ずっと、信じてきたと言うのか?」

 

夕張が頷く。

俺は、よく分からない感情に支配されていた。

恐れだとか、憐憫の情だとか――そういったものではない。

だが、それらに限りなく近い感情……。

 

「司令官、マイクテストするから、早く来てよ」

 

敷波の呼びかけに、我に返る。

 

「お、おう……。今行くよ……」

 

俺は再び、夕張に目を向けた。

夕張の表情は、どこか穏やかであった。

 

「やっと、貴方の心を動かせたわ……」

 

そう言うと、夕張は小さく笑い、そのまま食堂を後にした。

残された俺は、敷波に尻をひっぱたかれるまで、その場を動くことが出来なかった。

 

 

 

素材撮りは、膨大の量であり、同じくらい膨大なリテイクに見舞われたが、色々なことがあって混乱している俺にとっては、却って有意義なものであった。

 

「うーん……。この演出に、さっきのような素材が欲しいのですが……」

 

「それなら、ネットに落ちていたものが使えそうね。確か、ライセンスフリーだし、使えたはずよ」

 

「ライセンスフリー?」

 

「えっとね?」

 

朝潮は、演出に強いこだわりがあるようで、それを実現出来る編集や、素材や演出の手本などが落ちているインターネットに、興味津々のようであった。

一方の敷波も――。

 

「ねぇねぇ青葉。この作業ってさ、もっと効率よくできないかな? 何度も何度もやることだし……」

 

「そうですねぇ……。じゃあ、一連の動作をショートカットキーに登録して、自動化させましょうか」

 

「え!? そんな事出来るの!?」

 

「えぇ! それだけではなく、こういう拡張ガジェットもあってですねぇ……」

 

敷波は敷波で、編集が楽しくて仕方が無いようであった。

 

「本当、こんなことが出来ちゃうなんて、凄いなぁ……。ねぇ、司令官。アタシたちも、パソコンとか、編集ソフトとかって……」

 

まるでおねだりするかのように、敷波は上目遣いで俺を見つめた。

朝潮も、同じように……。

 

「それは難しいわね……」

 

俺の代わりに答えたのは、大井であった。

 

「この編集ソフトは、ネットに繋がっていないと使えないの。あの島にはネット環境が無いし、仮に環境を整えたとしても、艦娘である貴女たちにネットへのアクセス許可が出るとは思えないわ」

 

確かに、言われてみれば……。

 

「そっか……」

 

「どういう編集をして欲しいか伝えてくれたら、私たちが何とかするわ。だから、しっかり素材だけは撮っておきなさいな」

 

「はい……」

 

「うん……」

 

二隻のガッカリする表情とは裏腹に、大井と青葉の表情は、どこか――。

 

 

 

結局、編集が終わり、動画が完成したのは、夜中の事であった。

その動画を、夕食を食べながら、皆で見ることになった。

 

「わぁ……! 凄い……!」

 

「あはははは!」

 

反応は上々のようで、皆、食事を摂る手が止まっていた。

 

「良く出来ているよ。演出も凄いし、編集も凝っている。まるで人気番組を見ているみたいだ」

 

そう言ってやると、朝潮も敷波も、少し照れくさそうにしていた。

本人たちも出来に満足しているようで、上映会が終わった後も、二隻して何度も何度も動画をリピート再生していた。

 

 

 

片付けを済ませ、施設の無人化を済ませた頃、船が静かに俺たちを迎えに来た。

 

「大井達とは、ここでお別れのようだ」

 

そう言ってやると、皆、別れを惜しむかのように、三人を囲っていた。

 

「山城さん、元気でね」

 

「えぇ……。貴女もね……。最上……」

 

山城は珍しく、どこか寂しそうな表情を見せていた。

 

「司令官」

 

青葉と大井は、皆から少し離れた場所で、俺に話しかけた。

 

「おう。二人とも、色々とありがとうな」

 

「いいのよ。それよりも……」

 

大井は朝潮と敷波に視線を向けると、小さく言った。

 

「あの二人に、発破をかけておいたから。しっかりやりなさいよ」

 

「え?」

 

「編集の件ですよ。ネットが無くても使える編集ソフトは、一応あるんです。でもまあ、今回使っている編集ソフトや素材は、ネットがないと使えないから、嘘ではないんですけどね」

 

なるほど……。

 

「色々と考えてくれていたんだな」

 

「でも、島を出るだとか、私たちについていきたいだとか、そこまでには至らなかったわ」

 

「あとは司令官次第、ですね」

 

そう言うと、大井と青葉は、俺の胸に軽く拳を突いた。

 

「大井……青葉……。ありがとう……」

 

何故だか、泣きそうになっている自分がいた。

色々あって、一人で戦っている気になっていたものだから、安心しちゃったんだろうな……。

 

「先生」

 

「最上……」

 

「ボクも……何か力になれないか、色々考えてみるよ。だから……その……」

 

不安そうな表情を見せる最上。

最上が何を考えているのか、俺には分かっていた。

 

「……お前にも、色々と助けてもらったな。これからも、力になってくれ」

 

そう言ってやると、最上は目に涙を溜めて、元気よく「うん!」と返事をした。

 

 

 

最上たちに別れを告げ、船へと乗り込む。

月明りに照らされた島は、不気味なほど静かで、別れを惜しむ艦娘達も、どこか静かであった。

そんな中――。

 

「寂しいか?」

 

大和は少し驚いた後、小さく頷いた。

 

「きっと、これが最後になるだろうなと思いまして……」

 

どうしてそう思ったのか、俺は訊くことが出来なかった。

 

「いつも……これが最後かもって思いながら、島を後にしていました……。でも……結局は戻ってきちゃって……。だけど、思うんです……。今回ばかりは、本当の本当に、そうなるだろうなって……」

 

大和はもう一度、島に目を向けた。

船はゆっくりと、島から離れて行く。

 

「なに、また来られるさ。人化しようともな」

 

揶揄うように言ったつもりであったが、大和は首を横に振った。

 

「いえ、もういいんです。あそこには、ちょっとした思い出しかありませんから」

 

「ちょっとした思い出って……。佐伯さんが聞いたら泣くぞ?」

 

「そうかもしれませんね。でも、それ以上の思い出が、ここにはありますから……」

 

そう言うと、大和は俺をじっと見つめた。

その表情に、思わずドキッとしてしまう。

 

「……なんて。大和にこんなこと言わせたんですから、ちゃんと応えてくださいね。提督」

 

白い歯を見せ、ニコッと笑う彼女に、俺は――。

 

 

 

船での長旅を終え、島に戻ると――。

 

「なんじゃこりゃ!?」

 

なんと、寮までの道が、アスファルトで舗装されていた。

それだけではなく――。

 

「提督! 丘の上を見て!」

 

丘の上……。

視線を向け、ようやく気付く。

 

「風力発電機が無くなっている……」

 

 

 

寮へと向かうと、内装だけではなく、あらゆるものが新品、もしくは原型も残らないほどの補修が施されていた。

 

「なんか……別の島に来たみてぇだな……」

 

ここまでの改修は、ここ数十年でも無かったことだろう。

ここまで変わっちまうと、長年親しんできた艦娘達の反応は……。

 

「すっごく綺麗になってるー!」

 

「畳も張り替えられているし、布団とかも新しくなっているわ!」

 

「大浴場も変わっていますよ! 綺麗なタイル張りになっています!」

 

……思い出よりも、利便性か。

 

 

 

家の方は、特に大きく変わりはなかった。

 

『そうか。反応は上々か』

 

電話口の上官は、満足そうであった。

 

「えぇ。しかし、たった一週間でよくここまでやりましたね」

 

『人海戦術さ。君たちが島を出た後、すぐに取り掛かったんだ。作業員はおよそ50名。24時間、交替制で作業していたよ』

 

すげぇな……。

 

「しかし、どうしてこんなに大規模な工事を? 老朽化を是正するにしては、あまりにも……」

 

『あぁ、それは、君の活躍の賜物だろうね』

 

「私の?」

 

『このまま順調に進めば、すべての艦娘が人化するのも、そう遠くはないだろう。海軍としては、艦娘が去った後の寮を、将来的に資料館のようなものとして利用していこうと考えているんだ。そうなった時、老朽化の進んだ寮に艦娘を住まわせていたと知られてしまえば、どうなることか……』

 

そういうことか……。

 

『君としては、あまり面白くない話かもしれないがね』

 

「いえ……。艦娘達も喜んでいることですし、結果的に良かったかと……。不満があるとすれば、私に一言も報告が無かった事です」

 

俺がそう言うと、上官は少しの間を置いた後「サプラーイズ」と言った。

……それ、マジで流行ってんのか?

 

 

 

島に戻ってからの数日間は、いたって平和であった。

大和も夕張も、大和島での事なんてなかったかのように、いつも通り振る舞っている。

変化があるとすれば――。

 

「司令官!」

 

「朝潮。どうした?」

 

「どうしたもこうしたもありません! 動画を拝見しましたが……どういうことですか!?」

 

「どういうこと……ってのは?」

 

「編集です! 私が指示した編集になっていませんし、素材だって、あんなに撮ったのに使われていません!」

 

島から戻って来てから、何本か動画を撮影し、本部へ送った。

素材撮りや、編集の指示に至るまで、朝潮と敷波は、こと細かく本部へ伝えた。

が、何故か要望通りの動画が送られてくることは無かった。

 

「そうなのか?」

 

「そうなのかって……。あんなにたくさん素材撮りしたじゃないですか! 動画を見ていないのですか!?」

 

「見たけど、悪くないじゃないか」

 

「そうかもしれませんが……。もっと良くなるはずなんです! おかしいです……。大井さんと青葉さんだったら、あんな編集はしないはずです……。私の指示、本当に伝わっているのですか!?」

 

 

 

『大井たちの指示で、君たちには別に編集した動画を見せているんだ』

 

電話口の上官は、平然とそう言った。

 

「……やはりそうでしたか」

 

『ほう、気が付いていたのかね』

 

「えぇ。大井の考えそうなことです。わざと朝潮の要望を無視し、憤りを感じた朝潮は、自らが編集するべく、島を出る決意をする……というのが、彼女たちの考えるシナリオでしょう」

 

上官は大いに笑って見せた。

 

『いや、失礼……。大井たちも同じことを言っていたよ。君ならそうするだろうと……。全く……。大した信頼だよ』

 

「……しかし、いつまでも通用するとは思っていません。動画撮影だって、今はやる気に満ち溢れていますが、今後、編集のクオリティーが低い状態が続けば、呆れてやらなくなる可能性もあります」

 

『なるほど……』

 

「要望通りに編集した動画も、時々送ってください。無視し続けると、却って怪しまれますから」

 

『分かった。大井達にはそう説明しておく。では、また』

 

電話を切り、振り返ると、敷波が俺をじっと見つめていた。

 

「うぉ!?」

 

「……司令官」

 

「し、敷波……」

 

今の話、聞かれていたか……?

 

「はぁ……なるほどねぇ……」

 

「うっ……」

 

「ま、そんな事だろうとは思ってたけど……」

 

「え?」

 

「だって、おかしいじゃん。大井さんや青葉が、あんな編集する訳ないし……。それに、朝潮ちゃんの不満を、司令官があんな簡単に流す訳ないじゃん。もっと抗議していいはずでしょ?」

 

らしくないよ、と、敷波はため息をついて見せた。

 

「……随分と信頼してくれているんだな」

 

「そうじゃなかったら、こうして司令官の前に現れませんよーだ」

 

そう言うと、敷波はそっぽを向いてしまった。

 

「そうか……。すまんな。お前には一言、言っておくべきだったな」

 

「…………」

 

「お前を信用していない訳じゃない。ただ……」

 

「……分かっているよ。それが、司令官の仕事だもん……。仕方ないよ……」

 

俺は、何も言えなかった。

 

「……司令官はさ、アタシに、島を出て行って欲しいって……思っている……?」

 

「……あぁ、思っている。その為に、色々やって来たからな……」

 

俺はあえて、本音でぶつかった。

そうすることを、敷波も望んでいたであろうから……。

 

「だがそれは、お前だけに言えることではない。それだけは分かって欲しい……」

 

それが慰めの言葉でないことは、敷波も分かっているはずだ。

だからこそ、微笑みを見せてくれていた。

 

「やっと、本音を言ってくれたね……」

 

「…………」

 

「アタシさ……前に言ったじゃん? 島を出るなら、司令官と一緒がいいって……」

 

「俺の事が好きだって、言ってくれた時だな。それと、キスした時だな」

 

「ふ、普通に、散歩した時、でいいじゃん! なんでわざわざ……」

 

「はは、悪い悪い」

 

「もう……」

 

敷波は頬を膨らますと――だが、すぐに、少し悲しそうな表情を見せた。

 

「あの時……司令官と一緒に島を出たいと言ったのは……司令官が心配だったからなんだ……」

 

「俺が……?」

 

「もし……司令官が……佐久間さんみたいになったら……」

 

『アタシはあの時、『司令官』と一緒に、島を出ることが出来なかったから……』

 

あれは、そういうことだったのか……。

 

「でも……司令官は司令官で……佐久間さんとは違うって分かったから……」

 

「お前も、俺をしぶとい人間だと?」

 

「みんな言っているよ。不死鳥みたいだって」

 

ゴキブリでないだけ良かったぜ。

いや、或いは気を遣われているのかもしれないが……。

 

「アタシ、島を出るよ。もちろん、朝潮ちゃんも連れてく」

 

「敷波……」

 

「そんな顔しないでよ。アタシを島から出したいんじゃなかったの?」

 

「……出したかったさ。仕事としてはな……」

 

そう言ってやると、敷波は俯いてしまった。

 

「ズルいよ……。なんでそんなこと言うのさ……」

 

「悪い……。でも……言いたくもなるさ……。なんせお前は、初めて俺を真っすぐ見てくれた艦娘だからな。親父と違うって言ってくれた時、俺は、本当に――」

 

似たような事を言ってくれた奴はいたが、はっきりと言ってくれたのは、敷波が初めてだった。

――だったよな?

 

「……そんな事言われたら、島を出たくなくなっちゃうじゃん」

 

その言葉が、何かの前置きであることは分かっていた。

だからこそ、俺は言葉を待った。

 

「アタシを島から出したいなら……それなりの理由が必要だと思う……」

 

「……どうすればいい?」

 

「……アタシに、恋させて? 司令官が……貴方が好きだから……同じ時間を生きたいと……アタシに思わせて……?」

 

「……いいのか?」

 

それが、なんの確認なのかは、敷波も分かっていたはずだ。

それでも敷波は、誓うように言った。

 

「それが例え叶わない恋だとしても――朧ちゃん達がそうだったように――アタシは……」

 

敷波が目を瞑る。

俺はそっと、その小さな唇にキスをした。

もう二度と、同じことが起きないことは、お互いに分かっていた。

だからこそ、永く――そして――。

 

「――……」

 

敷波は恥ずかしそうに、口から伸びた糸を拭った。

 

「大胆だな」

 

「……押し負けたけどね」

 

そう言って、俺たちは小さく笑った。

そうすることが本当の誓いであったことは、お互いに分かっていた。

 

 

 

その後、敷波は、島を出るよう、朝潮を説得してくれた。

朝潮自身も、今すぐ島を出て、編集に文句を言いたかったようで――。

 

「じゃあ……」

 

「でも……霞の事が心配で……」

 

やはり、そうなるか……。

敷波が俺を見る。

霞の問題を解決してやれたらいいのだが、望月の時と違い、何か解決策があるわけでも無いし、何よりも、あまり時間がない……。

上官に言った通り、時々、要望通りの動画を送ってもらったとしても、おそらく朝潮は……。

 

「私の事は気にしなくていいわよ……」

 

「霞……!」

 

どこで聴いていたのか、霞はひょこっと現れると、退屈そうに朝潮を見つめた。

 

「姉さん……私の事が心配で島に残っていたって言っているけど……本当は、自分が何をやりたいのか、分かっていなかっただけなんじゃない?」

 

「え……?」

 

「戦争が終わって、やりたいことも無く、やれることも無くなって――他の艦娘達はみんな、やりたいこと、やるべきことを見つけていったのに、姉さんだけは、何がしたいのかよく分かっていなくて……」

 

「…………」

 

「私が心配だなんて……そんなのは、この島に残る為の言い訳であり、何も見つけられない自分を隠す為の言い訳でしかない……。違う……?」

 

反論しようとした敷波を、俺は止めた。

朝潮は、完全に否定できないようで、ただ俯くだけであった。

 

「……それでも、私が心配をかけているのは事実だし、そういう言い訳が通るだけのことを、私が姉さんにしてきたことは自覚しているわ。ごめんなさい……」

 

「霞……」

 

「でも、もう大丈夫。私は、司令官と上手くやっているし、心配する役は、司令官に任せてもいいはずよ」

 

霞は、俺に笑顔を見せてくれた。

だがそれは、朝潮を島から出す為の笑顔であることは、分かっていた。

分かってはいたが、俺は――。

 

「……あぁ、そうだな」

 

そう言うしか、なかった。

 

「姉さんは気が付いていないようだけど、動画を撮り始めてから、私と一緒に居る時間は短くなっていたわ。心配しているのなら、そうはならないはず……そうでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

「それくらい、夢中になれることを見つけたってこと……。私は、今の姉さんの方が好きなの……。もっと、自分の為に生きて欲しい……」

 

「霞……」

 

「だから……」

 

霞が涙する。

この涙は偽りではないようであった。

 

「だから、行って……。姉さんが本当にやりたいことで……この人を……司令官を助けてあげて……」

 

忠犬朝潮。

そう呼ばれる朝潮にとって、誰かの為になることを実行せよという霞の言葉は、霞が思う以上に刺さった事だろうと思う。

それを証明するかのように、朝潮の目からは、大粒の涙が溢れ出していた。

 

「姉さん……」

 

「霞……」

 

抱き合う二隻。

だが、お互いの心にある晴れやかなる気持ちには、どこか温度差があるように感じた。

いや……そう思うのは、きっと――。

 

 

 

結局、朝潮が島を出る決意をするのには、数日かかった。

というのも……。

 

「いいですか? 司令官。この時の霞の表情は、機嫌が悪い時とは違ってですね?」

 

朝潮は、霞の全てを俺に伝えるべく、ここ数日、写真等を用いながら、霞についてレクチャーしていた。

 

「ね、姉さん……もうその辺でいいでしょ……?」

 

「駄目よ! 司令官に霞を任せる以上、完璧になってもらわないといけないわ! そうでなければ、安心して島を出られません!」

 

なーにが「霞を心配する気持ちは、ただの言い訳でしかない」だよ……。

すげぇ心配してんじゃねーかよ……。

 

「では司令官! この時の霞の気持ちを答えてください!」

 

「……呆れて物も言えない表情。今、霞がしている表情だ……」

 

「正解です!」

 

嬉しそうにする朝潮に、霞は「逆に怖いと思っている時の顔」を見せていた。

そして、俺が霞の表情を全て把握した頃、ようやく朝潮は島を出ることを決意してくれたのだった。

 

 

 

例の如く、早朝に船が到着し、俺たちは寝惚け眼を擦りながら、泊地へと向かった。

 

「姉さん、これ」

 

霞は、朝潮に弁当を渡した。

 

「朝食よ。船の中で食べて」

 

「霞……。ありがとう。料理、出来るようになったのね」

 

「教えて貰ったのよ……。司令官に……」

 

「その俺も、大和に教わったのだがな」

 

そう言って、俺は敷波に弁当を渡してやった。

 

「司令官……ありがとう……。大切に食べるね……」

 

「フッ、何も今生の別れじゃないんだ。人化したら、また作ってやるよ」

 

「司令官……。うん! 約束だよ!」

 

やがて、泊地に着くと、いつもの如く、天音上官が歩み寄って来た。

上官……すっかり定着したな……。

いつもの挨拶を済ませると、二隻はもう一度、俺に向き合った。

 

「「司令官……」」

 

「……悪いな、同行できなくて。だが、向こうで大井と青葉が待っているらしいから、安心してくれ」

 

「はい!」

 

元気よく返事をする朝潮と違って、敷波は――。

 

「敷波」

 

「な、なに?」

 

俺は、敷波にしか聞こえないよう、耳元である言葉をささやいた。

 

「な……!? なんてこと言うのさ……!?」

 

「お前が言ったのだろう? 恋させてほしいと」

 

「だ、だからって……! うぅぅ……。こんなの……モヤモヤしちゃうじゃん……。早く……人化したくなっちゃうじゃん……」

 

そういうと、敷波は顔を真っ赤にさせ、自分の唇をそっとなぞっていた。

その光景を白い目で見ていたのは、天音上官であった。

 

「雨宮……お前……」

 

「……さぁ! 早く行かないと、別れ惜しくなってしまうぞ。そら、乗った乗った!」

 

半ば強引に、敷波と朝潮を船に乗せる。

船が動き出そうとした、その時であった。

 

「明石さん!」

 

朝潮が叫ぶ。

 

「撮影! よろしくお願いします! 教えたような素材撮りとか、ナレーションとか、それから――」

 

「わ、分かった分かった! 分かったから! 危ないから、早く船の中に!」

 

そういえば、明石も明石で、朝潮に色々とレクチャーを受けていたな……。

あれはこういう事であったのか……。

 

「司令官ー!」

 

敷波が手を振る。

 

「また会おうな! 敷波!」

 

「うん! 大好きだよー! 司令官ー!」

 

今度は顔を赤くさせず、とびきりの笑顔で言う敷波。

さっきの一言は余計だったか。

 

「提督、さっき、敷波さんに何を言ったのですか?」

 

「ん? さぁな」

 

「きっと、えっちなことです! 敷波ちゃん、とってもえっちな顔してました!」

 

雪風の言葉に、皆、少し引き気味な表情を見せていた。

 

「雪風……てめぇ……ぶっ飛ばすぞ……」

 

と、怒ってはみたものの、案外えっちだったのかもしれないと、少しだけ反省した。

 

 

 

二隻が人化したのは、その翌日の事であった。

 

「朝潮も、無事に人化そうだ」

 

「そう……。っていうか……」

 

霞は、カメラを向けている明石を睨み付けた。

 

「あ、霞ちゃんが怒ってまーす」

 

「別に怒っていないけど……。私なんか撮ったって面白くないわ……」

 

「えー? でも、朝潮ちゃんから、霞ちゃんをたくさん撮ってって言われているの。だから、協力して!」

 

「……まあ、そういうことなら」

 

霞はしぶしぶ、明石の撮影に付き合ってやっていた。

 

「残り7隻ですか」

 

大淀はアイスコーヒーを手渡すと、隣に座った。

 

「ありがとう。まあ実質、残り5隻とも言えるかもしれないな」

 

「残り5隻……ですか? 大和さん、霞さん、雪風さん、山城さん……後はどなたです?」

 

「夕張だよ」

 

「夕張さん? どうしてです? それこそ、先に挙げた4隻が島を出たら、みんなと一緒に島を出て行くのでは?」

 

『私は……最後の艦娘として、貴方と共にこの島に残る……。だからこそ……よ……』

 

「……どうだろうな」

 

含みのある言い方であったが、大淀は深く追求することはしなかった。

 

「いずれにせよ、霞さんと山城さんは大変そうですね」

 

「そうだな……」

 

そして……。

 

「お前もな、大淀」

 

俺は、あえて大淀の顔を確認しなかった。

大淀はただ小さく「えぇ」と答えるのみであった。

 

 

 

家へ戻り、報告書をまとめながら、今後の事を考えていた。

大淀の言う通り、霞や山城を攻略することは、困難を極めるだろう。

特に霞は、夢の世界を否定しなければいけないし、そうでなくても、別ベクトルからの攻略が思いつかない。

朝潮に付いていかせる手も、通用しなかったしな……。

 

「うーん……」

 

ふと、一冊の手帳が目に入った。

 

「ん? なんだっけこりゃ……?」

 

それは、いつだったか海辺で拾った、漂流物の手帳であった。

 

「あぁ、あれか……」

 

何と無しに、手帳を眺める。

 

「……なんかこれ、どっかで見たような」

 

ペラペラとページをめくってみる。

相変わらず、何が書いてあるのか分からない。

日本語にそっくりな文字であるようだが……。

 

「……日本語にそっくりな文字」

 

その時、何処からか、あの風鈴の音が聴こえてきた。

俺は真っ先に最上を思ったが、それと同時に――。

 

「――……」

 

大和島で見た夢の世界――。

確か、あの時――墓標のようなものに書かれていた文字も――。

 

「あの文字にそっくりだ……」

 

それだけじゃない。

 

「この手帳……確か……」

 

船が沈み、海上で祈る霞の傍で、海面に浮かんできた――。

 

「……あの手帳だ。これは、あの……!」

 

驚きと同時に、俺は深くため息をついた。

 

「……んなわけあるかーい」

 

そう言って、手帳を放る。

おそらく、あの夢に出てきた文字や手帳は、俺の記憶を基に創られた、夢の産物なのだろう。

 

「だとしたら、やはりあの夢は、ただの夢か……?」

 

霞の言う通り、誰かの夢であるというのなら、俺の記憶を基にした手帳や文字が出てくるのはおかしいもんな。

霞も『夢の内容は、いつも同じで――尤も、ここまではっきりとしたものではなかったのだけれど――』と言っていたし、俺が夢に入ったことで、より一層夢がリアルになったというだけなのだろう。

 

「……けど、最上も同じような夢を見ていたんだよな」

 

いや……ただの勘違いだろう。

もしくは、夢を見ていたのだと錯覚したか……。

そもそも、夢の内容なんぞ、覚えている方がおかしいんだ。

覚えていたとしても、それは曖昧だろうし、霞の話を聞いて、影響を受けてしまっただけなのだろう。

 

「…………」

 

でも……。

 

「あの風鈴の音だけは……」

 

あれもおそらく、夢の産物であるはずなのだろうが、俺は何故か、それを信じられることが出来ずにいた。

 

「…………」

 

手帳を拾い上げ、再び手帳を観察する。

 

「ん……?」

 

ふと、手帳のカバー裏に、写真――プリクラくらい小さな写真が数枚、貼られていることに気が付いた。

カバーを取り、写真を見てみると――。

 

「え……」

 

そこには、霞や最上――大淀や鈴谷などが写っていた。

そして、その中の一枚――たった一枚だけ、霞とのツーショットで映っていたのは――。

 

「なんだ……こりゃ……」

 

そこには、顔の無い男が写っていた。

霞の顔ははっきりと映っているのに、男の顔だけは――。

だが、分かる……。

この男が、誰なのか……。

何故かは分からない。

でも、分かってしまう。

 

「これは……俺だ……」

 

風鈴の音が、まるでエコーがかかったかのように、いつまでもいつまでも、俺の耳に残り続けていた。

 

 

 

 

 

 

残り――7隻

 

 

 

――続く

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