不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第29話

――そこは、人里離れた有料老人ホームであった。

一番ランクの高い――号室に、その人はいた。

 

「――そのお金を元手に、起業して――この通り、十分すぎる余生を過ごせているのです」

 

彼女の手には、被災した際に出来たであろう傷が、未だに残っていた。

 

「そんな貴女が、どうして私に連絡を?」

 

「彼について、取材している人がいると聞きましてね……。どうしても伝えたいことがあって、連絡させていただいたのです」

 

彼女は、テレビに映っていた彼を指しながら、そう言った。

 

「彼と認識があるのですか?」

 

「いいえ……。私ではなく……昔、私の村に居た女の子――佐伯お姉ちゃんが、彼の事を……」

 

「佐伯って……まさか、佐伯ゆうみですか……!?」

 

彼女が頷く。

驚いた。

佐伯ゆうみの名が出たことにでもあるが、何故、彼女が――歴史から抹消された『艤装部隊』の一員である彼女が――彼の事を……と。

生きる時代が違うのにもかかわらず……。

 

「誰も信じてはくれなかったのだけれど……私は確かに見たのです……。初めて深海棲艦による攻撃が確認されたあの日――爆撃の直後だというのに――確かに被弾したはずなのに――傷一つなく佇むお姉ちゃんの姿を……」

 

 

 

『お姉……ちゃん……』

 

『ウメちゃん……!? 大丈夫……!?』

 

『大丈夫……』

 

『あぁ……可愛いお手手が……舐め回したいくらい可愛いお手手に怪我が……。ってか、舐めていい!?』

 

『……お姉ちゃんは平気なの?』

 

私の手に頬ずりするお姉ちゃんは、その質問に、一瞬、動きを止めました。

 

『……うん。どうやらそうみたい……。私は……ヘイキ……だったみたい……』

 

そう言うと、佐伯お姉ちゃんは、まるで何かに呼ばれたかのように、遠くの空に目を向けました。

 

『お姉ちゃん……?』

 

『――そっか……。そう……なのね……。私は、人類を――あの人を守る為に――……』

 

お姉ちゃんは私に目を向けると、じっと見つめた後、言いました。

 

『これから、永い戦いが始まるみたい……』

 

『永い……戦い……?』

 

『でも、安心して。この戦いを終わらせる人が必ず現れるから……。私はその時まで、戦い続けなければいけないみたい……。守り続けなければいけないみたい……』

 

『どういう……こと……?』

 

『ウメちゃん……お願いがあるの……。いつか……この戦いを終わらせる男が貴女の前に現れる……。その人に、伝えて欲しいの……。【貴方を想う人がいた】のだと……。【貴方の為に、今の世界は存在している】のだと……。【貴方がその人でなくとも、貴方の中にその人はいる】。どうか……貴方を想う【彼女】の為に……生き延びてください……と……』

 

 

 

「それからお姉ちゃんは、海軍に連れ去られてしまいました……。目撃者である私は、口止め料として……」

 

彼女が――松永ウメさんが咳き込む。

 

「……佐伯さんの言う『貴方』というのが、彼であると?」

 

「そうだと思います……。彼の姿をテレビで見た時――その戦う姿を目にした時、何故か、佐伯お姉ちゃんを思い出しました……。お姉ちゃんの言葉を一言一句――ずっと、忘れていたのにもかかわらず――」

 

私は驚かなかった。

彼について語る人達は、決まって不思議な体験をしているからであった。

むしろ、信用するに足る体験談であるとも言える。

 

「佐伯お姉ちゃんは……彼の事を予言していました……。そしてきっと、その通りに……」

 

突如、ウメさんの呼吸が荒くなった。

 

「ウメさん!? 大丈夫ですか!? だ、誰か!」

 

席を立とうとする私を、ウメさんは止めた。

 

「柊木さん……どうやら私もまた……佐伯お姉ちゃんと同じだったみたい……」

 

「ウメさん……! だ、誰か来てください! 早く!」

 

「柊木さん……どうか……彼にお姉ちゃんの言葉を伝えてあげてください……」

 

そう言う彼女の力は、とてつもなく強くて――。

 

「ウメさん……!? どうされました!?」

 

ようやく施設の人がやってきて、彼女に駆け寄る。

だが――。

 

「佐伯お姉ちゃん……私……伝えたよ……。だからもう……私も……そっちに……」

 

「ウメさん……!」

 

「また……一緒に……遊び……」

 

そう言い残し、ウメさんは息を引き取った。

電源が入りっぱなしのテレビからは、戦況を伝えるニュースが聴こえていた。

 

『柊木紫 著『戦争を終わらせた男』より』

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

手帳は、すぐに海軍へ回収されてしまい、拾った経緯を訊かれたり、謎の検査などで、半日拘束された。

 

「ったく……。こんなことになるのであれば、本部に報告するんじゃなかったぜ……」

 

「そう腐るな、雨宮」

 

振り返ると、天音上官が缶コーヒーを持って立っていた。

 

「天音上官」

 

「検査、ご苦労だったな。あれでも控えさせた方なのだが……最近の若い連中は融通が利かないし、君も恐れられているからね……。慎重にもなるのだ」

 

そう言うと、上官は俺に缶コーヒーを渡した。

 

「ありがとうございます。私が恐れられている……というのは?」

 

「山城の件で叱責されし時、言い放ったそうではないか。「そうする用意もある」とかなんとか」

 

何が面白いのか、天音上官はニヤリと笑った。

 

「その程度で恐れるとは。冗談の通じない連中です」

 

「冗談に聞こえなかったのでは? それほどまでに、君はミステリアスな存在なのだ。尤も、最近は、動画に出ている所為か、暴かれつつあるようだがね」

 

「どちらもいい評判ではないですがね……」

 

「そうでもないさ。後で紹介させてもらうが、君を尊敬している者もいるのだ。それも、私と同じ女だぞ」

 

私と同じ、と言うのは必要なのだろうか……。

そもそも、男だろうが女だろうが、どっちでも構わん……。

 

「臆病者ほど、知識や情報を欲する。実態の分からないものを、人は恐れる」

 

「私は実態の分からない存在という事ですか」

 

「臆病者の集まりだと言いたいだけさ。そう卑屈になるな」

 

どうやら上官は、ガス抜きに来てくれたようであった。

 

「……上官も大変ですね」

 

「分かっているのなら、もう少し気を遣ってほしいものだがね」

 

「すみません」

 

そう言って頭を下げると、上官はニッと笑顔を見せてくれた。

 

 

 

しばらく雑談してから、俺は本題に入った。

 

「それで? あの手帳は一体何なんですか? 何故、霞たちの写真が? 本部は、何か知っていそうな様子でしたが……」

 

霞と一緒に写っていた【俺】については、あえて口にしなかった。

言ったところで信じてもらえないだろうし――。

しかし、あれは確かに――何故、そう思ったのかは分からないが――。

 

「それは、彼女の口から説明してもらった方が良さそうだ。柊木君」

 

上官が呼ぶと、部屋の扉が開き、小柄な女性がこちらを覗き込んできた。

 

「柊木君……。いい加減入ってきたまえよ……」

 

「で、でも……」

 

柊木……。

 

「柊木って……柊木紫ですか?」

 

「知っているのか。いや、そう言えば、君たちは同期だったね」

 

「えぇ。同期の中でもトップクラスの成績でしたから。有名ですよ」

 

柊木は、部屋にも入って来ず、恥ずかしそうに俯くだけであった。

大人しい性格で、友達も少なく――孤高の天才という異名を持つ彼女の功績は、嫌でも耳に入るくらいであった。

 

「そう言えば、山城の件で叱責されている時、同じ会議室にいたよな?」

 

そう訊いてやると、柊木は小さく「気づいていたの……?」と返した。

 

「彼女が、さっき話した、君を尊敬している者だよ。柊木君、いい加減こっちに来たまえ」

 

柊木は恐る恐る、部屋へと入って来た。

俺を尊敬している……か……。

柊木の功績に比べたら、俺を尊敬する要素なんぞなさそうなものだが……。

 

「柊木君の活躍は、君も耳にしていると思う。彼女は今、艦娘や深海棲艦を研究する部門に居てね。まあつまり、私の部下にあたるのだ」

 

「艦娘や深海棲艦を?」

 

「そうだ。特に『ヘイズ』や『時代錯誤遺物』について研究している」

 

「時代錯誤遺物……オーパーツ……ですか……」

 

「君が拾った手帳もその一つだ。手帳の解析も、彼女が担当している。柊木君、説明を頼む」

 

「え……あ……は、はい……」

 

柊木は俺をチラリと見た後、すぐに俯き、早口で説明を始めた。

 

「えと……あ、雨宮君が拾った手帳は、時代錯誤遺物と呼ばれていて、戦後から現在まで、50点以上見つかっている、異世界、或いは、並行世界から来たのではないかと考えられる、謎の漂流物です。漂流物は、手紙や日記などの紙媒体、金属片など様々で――全て、日本語にそっくりな文字が見受けられ――ヘイズに汚染されていて――全く劣化しないという性質があります」

 

そう言うと、柊木はポケットから、一枚の写真を取り出した。

 

「これは、戦後すぐに発見された写真です……。つまり、70年ほど前に発見されたものです……。見ての通り、当時の技術では撮影・現像が不可能な、鮮明なカラー写真です……」

 

写真には、大和島にそっくりな島が写っていた。

 

「複製されたものではありません……。鮮明なカラー写真なのもそうですが、一切劣化していません……。とっても不思議な写真ですよね」

 

写真を見る柊木の目は、どこか輝いているように見えた。

 

「……それが本当なら、確かに時代錯誤遺物のようだな。これが、異世界や並行世界から来たと?」

 

そう訊いてやると、柊木はようやく顔を上げ、俺をじっと見つめた。

 

「異世界や並行世界……。そんな話を……雨宮君は信じられる……?」

 

その目は、どこか不安そうであった。

その不安を証明するように、天音上官が言った。

 

「実は、異世界や並行世界から来たとする説は、柊木君が提唱したものなのだ。しかし、中々受け入れられないどころか、異端な説とされてね……」

 

その説にどんなことを言われたのか、天音上官は詳しく説明をしなかった。

しかし、柊木の表情を見るに、おそらくは――。

 

「……柊木が言うのだから、俺は信じますよ」

 

「え……」

 

正直、異世界だとか、並行世界だとか、そんなもんは信じてこなかったし、未だに信じ切れない。

だが、妙にしっくりくると言うか――柊木ほどの人間が言うのだから、おそらくは……。

それに――。

 

「俺にも、異端とされるであろう話があるんだ」

 

俺は、今まで体験した全てを柊木に話してやった。

夢の事、霞の事、最上や風鈴の音の事――手帳に貼ってあった写真の男が、俺であると感じた事――それら全てを――。

 

「――もし、夢の世界が、霞の言う『誰かの記憶』であるのなら、俺が追体験した『誰かの記憶』は、異世界や並行世界のものなのかもしれない」

 

「だとすると……あの手帳は、その『誰かの記憶』の世界から来たものなのかも……」

 

確かに、写真に写る人物も、夢の世界の人物と一致しているし、あの変な日本語も、夢で見たものにそっくりであった……。

 

「なるほどな……。なるほど……」

 

すると、霞の言っていたことってのは――。

――いや、再び深海棲艦が現れるってのは、まだ信じられないが……。

永い沈黙が続く。

 

「いずれにせよ、あの手帳は、柊木君の説を後押しするものになろうと思う。無論、公表は出来ないだろうし、するべきものでもなかろうかとは思う。口外は控えて欲しい」

 

したところで、誰も信じてはくれないだろうな……。

なるほど……。

柊木はずっと、こんな思いを……。

 

「……それよりも、雨宮君に話したいことがあるの」

 

柊木は天音上官に目を向けた。

天音上官は小さく頷くと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

どこか緊張した面持ちの柊木は、もじもじと手を揉んでいた。

 

「なんだ、人払いまでして。愛の告白でもしてくれるのか?」

 

そう訊いてやると、柊木は顔を真っ赤にして、慌てだした。

 

「そ、そそそそんな事しないよぉ……!」

 

「なんだ、してくれないのか?」

 

「し……して……欲しいの……?」

 

「そうだと言ったら?」

 

微笑む俺の表情に、柊木は肩の力を抜いた。

 

「……いじわるしないでよ」

 

「でも、話しやすくなっただろう?」

 

「……もう」

 

ようやく笑顔を見せる柊木。

だがすぐに、表情を険しくさせた。

 

「上官には都合の悪い話か……?」

 

「うん……。雨宮君にとっても……或いは……」

 

俺にとっても……か……。

それでも、俺に伝えたいというのは……。

 

「言ってくれ」

 

柊木は小さく頷くと、どこか言いにくそうに説明を始めた。

 

「雨宮君は……『高速修復材』って知っている……?」

 

「あぁ……。確か、艦娘の治癒時間を早めるとかなんとか……」

 

「厳密には、唯一、艦娘を治療できる薬のようなものなの……。深海棲艦からドロップするもので、製造方法は解明されていない……というよりも、戦後において、製造方法を研究するのはタブーとされてきたし、研究したところで、材料の元になるであろう深海棲艦は、もういない……」

 

何故タブー視されているのかは、訊くまでもない。

 

「その高速修復材の製造方法が……雨宮君の持ってきた手帳には……記載があったの……。それも、深海棲艦を材料としない方法が……」

 

「え……?」

 

「手帳に、日本語そっくりな文字が書いてあったでしょ……? 実は、あの文字はもう解読されているの……。日本語にそっくりどころか、日本語そのものなの……。少しだけ形が違うだけで、文法も日本語と同じなの……」

 

日本語そのもの……。

いや、そんなことよりも……。

 

「本当に、高速修復材の製造方法が……?」

 

「……ちゃんと検証してみないと分からないけど、現在の技術でも製造可能だと思う。材料も、そこまで難しいものは無くて……量産も可能……だと思う……」

 

「……そう言える根拠は?」

 

柊木は黙り込んでしまった。

 

「……もしかして、研究したことがあるのか? 製造方法について……」

 

柊木はやはり反応を見せなかった。

 

「なるほど……」

 

おそらく、天音上官も、研究の事は知っていたのだろう。

だからこそ、部屋を出て行ったのだ。

 

「この事を本部は知っているのか……?」

 

「ううん……。まだ、報告していない……」

 

「どうするつもりだ……?」

 

そう訊いてやると、柊木はじっと、俺の目を見つめた。

 

「雨宮君は……どうしたい……?」

 

「え……?」

 

「必要……? 高速修復材……」

 

「……何故、俺の意見が必要なんだ?」

 

「どうしても必要なの……」

 

その理由を問うているのだがな……。

しかし……高速修復材……か……。

もし、そんなものがあったのなら、きっと、島の艦娘達は――。

それどころか、島を出た元艦娘達だって――。

そんな事、本部や国が認める訳がない……。

でも……。

 

『提督……私は、やっぱりこの島を出たいです……。『生きたい』のです……』

 

もし、高速修復材があったら、きっと、明石は――。

しかし……。

 

「必要……なんでしょ……?」

 

「…………」

 

「でも、言えないよね……。分かっている……。だからこそ、私に言って欲しい……。必要だって……」

 

「それを聞いて、どうするつもりなんだ……?」

 

「製造に着手する……。成功したら、公表する……。もちろん、非公式でね……。存在が明るみに出れば、海軍も、高速修復材を艦娘に使用せざるを得なくなるはず……」

 

その目には、並々ならぬ決意が見てとれた。

 

「そんな事をすれば、お前は……。どうしてそこまでする……?」

 

その問いに、柊木は黙り込んでしまった。

 

「柊木……」

 

柊木は何やら顔を赤くすると、何かを決意したかのように拳を握り、かすれた声で言った。

 

「雨宮君の……助けになりたいだけなの……」

 

「え?」

 

「……雨宮君は覚えてないかもしれないけど、昔――私と雨宮君は【児童養護施設】で会っているの……」

 

「施設で……?」

 

「私……施設出身なの……。雨宮君のいた施設とは、違う施設だったけど……。改装とかで、一時的に、雨宮君と同じ施設に預けられたことがあって……その時に……」

 

確かに、別の施設から、何名か来ていたことがあったな……。

 

「その時の私は、今以上に内気で……友達もいなくて……。自分の世界に閉じこもるように、一人でずっと、小説を書いていた……」

 

小説……。

 

 

 

『慎二、こいつ、小説なんか書いているぜ!』

 

『小説? へぇ、どんなの書いているんだ?』

 

『え……えと……SF……です……』

 

『SFか。俺もSFが好きなんだ。読ませてもらってもいいか?』

 

『うぇ……俺はパスだぜ……。小説なんて陰気くせぇよ……』

 

『そんなことないよ。いいかな?』

 

『う、うん……』

 

 

 

「――……」

 

思い出した。

数日間ではあったが、小説を書く女の子がいて――皆の輪に入れず、いつも寂しそうにしていたから、話しかけて――。

 

「え……もしかして、あの時の女の子って……」

 

「え……」

 

「あれだよな? SFを書いていて、タイトルは確か……『トウケイ都物語』だよな……?」

 

そう訊いてやると、柊木は――。

 

「お、おい……」

 

「覚えてて……くれたんだ……。うぅぅ……」

 

涙を流す柊木。

なんの涙か分からず困惑していると、柊木は零すように語り始めた。

 

「私……ずっと……あの時の事が忘れられなくて……。初めて声をかけてもらえて……小説も褒めてくれて……。数日間だけだったけど……雨宮君は毎日……独りぼっちの私に話しかけてくれて……。それが嬉しくて……私……うぅぅ……」

 

そんなに泣くほどの事であったのか……。

いや、それほどまでに、柊木は……。

 

「そうだったのか……。あの時の女の子は、お前だったのか……。そういや、名前も聞いていなかったな……」

 

そのことに気が付いた頃には、もう柊木は居なかったしな……。

 

「同期として雨宮君を見かけた時……とっても嬉しかった……。声をかけようかと思ったけど……私の事なんて覚えていないだろうと――勇気が出なくて……。すぐに別の部署に配属されて――でも、ずっと忘れられなくて――ここで活躍すれば、雨宮君に気が付いてもらえるかなって――だから――それで――……」

 

どうやら、俺が思っている以上に、柊木に与えた影響は大きかったようで――だがそれは、少し異常にも思える程であって――。

 

「そ、そうだったのか……」

 

まるで、365日――今日に至るまで、俺の事を想い続けていたのだとでも言うかのような言動に、少しだけ引いてしまっていた。

だがそれが、柊木が天才と称される所以なのだろうと、妙に納得してしまっている自分もいた。

夢中になれる事には、異常だと言われるまでに没入してゆく性格なのだろうな。

そういえば、小説を書いている時だって――。

 

「――だから、恩返しがしたくて……。雨宮君が望むなら……私は……海軍を辞めてもいいって思っている……。辞めさせられてもいいって……思っているよ……」

 

「柊木……」

 

「それに……私は……やっぱり小説が書きたいの……。皆を楽しませられる小説が書きたいの……。雨宮君が小説を褒めてくれた時の事が……忘れられないから……」

 

本当に小説を書きたいのか、はたまた俺の背中を押してくれているのか……。

いずれにせよ、柊木の決意は固いようであった。

 

「雨宮君……言って……。私の背中を……押して……」

 

柊木は顔を上げると、俺の目をじっと見つめた。

吸い込まれそうなほど純粋な瞳には、不純な気持ちが隠れていた。

 

「……いいんだな?」

 

「うん……」

 

俺が口を開こうとした、その時であった。

 

「言うな、雨宮」

 

そう言ったのは、いつの間にか部屋へ入って来ていた、天音上官であった。

 

「上官……」

 

「君がそれを言ってしまえば、君自身の立場も危うくなるのだぞ……。あの島に居られなくなるぞ……」

 

それに反論したのは、柊木であった。

 

「雨宮君は命令する訳ではありません……。私の背中を押してくれただけです……。実行するのは、私の独断です……」

 

「同じことだ……。それに、雨宮が、君だけに責任を負わせる人間だと思うか……? きっと、君に下るであろう処分に対し、雨宮は抗議するか、はたまた、柊木君に命令したのは自分なのだと言いかねない……」

 

それに対して、柊木は反論しなかった。

天音上官の言う通りであった。

俺は、そうするつもりであった。

そうでなければ、柊木の背中を押すことは、俺には出来なかった。

 

「……それでも、高速修復材は必要だ。だからこそ……」

 

天音上官は、ため息をつくと、優しい表情で言った。

 

「柊木君、君に、高速修復材の製造を命令する」

 

「え……?」

 

「上官……!?」

 

「無論、この事は秘密裏に進めること。責任者は私だ。いいね?」

 

上官は俺に目を向けると、やはり優しい表情を見せた。

 

「上官……」

 

「そんな顔をするな。私も、隔離棟で艦娘と接してゆく内に、色々と思うところがあったのだ。それに、先ほどの話――再び深海棲艦が攻めてくるというのが本当であるのなら、高速修復材の製造は必須となるだろう。早めに手を打った方がいいはずだ」

 

「……自分の立場を危めようとも、ですか?」

 

「私も柊木君と同じで、別の夢があるのだ。その夢に邁進するさ」

 

別の夢……。

 

「それは……一体何です……?」

 

即答できなければ、おそらく上官は――。

しかし、上官は顔を赤くすると、小さく言った。

 

「……お嫁さん」

 

その答えに、俺も柊木も、思わず笑ってしまった。

 

「わ、笑え笑え! どうせ……私には無理だと思っているのだろう……!?」

 

「い、いえいえ……。そうじゃなくて……。なんというか……可愛らしい夢だなと思いまして」

 

「あ、天音上官なら……きっと、素敵なお嫁さんになれると思います……!」

 

俺たちの言葉に、半信半疑な視線を向ける天音上官。

 

「俺が言うのもなんですが、天音上官はまだお若いのですから、朧に見せたような乙女さを見せれば、男もイチコロですよ」

 

「そ、そうです! 私たちとそんなに歳が離れていない訳ですし……。男勝りな性格さえなければ……きっと……」

 

「や、やはり……今のままだといけないのだろうか……?」

 

そう問う弱弱しい姿に、再び笑みが零れる。

 

「それですよ。天音上官」

 

「う、うん! 可愛いです!」

 

「え? え?」

 

困惑する上官に、俺は深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます……上官……。それと、柊木も……」

 

「雨宮……」

 

「雨宮君……」

 

「俺も、艦娘の人化に、より一層邁進します。また、上官のお相手を探す際には、何なりとお使いください」

 

「……あぁ、頼んだぞ! 雨宮!」

 

「柊木も、俺に出来る事であれば、なんでもする。遠慮なく言ってくれよな」

 

「う、うん……。だったら……雨宮君……」

 

「ん?」

 

「小説……雨宮君の事を……書かせてほしい……。だから……雨宮君の事……これからも……たくさん教えてくれると……嬉しい……です……」

 

そう言うと、柊木は恥ずかしそうに俯いてしまった。

内気な彼女にとって、それは精一杯の勇気が必要であったのだろう。

 

「……あぁ、俺で良ければ! かっこよく書いてくれよな」

 

「う、うん! えへ……」

 

微笑む柊木に、天音上官は何やらニヤニヤと笑みを浮かべながら、小突いていた。

 

 

 

「それじゃあ雨宮君、またね」

 

手を振りながら去る柊木を見送ると、天音上官は俺を小突いた。

 

「な、なんです?」

 

「いや? 相変わらずモテるな、雨宮」

 

「……それだけ、柊木の交遊関係が乏しい証拠です。艦娘と同じですよ、彼女は……」

 

「だから、少し残念そうな表情なのか?」

 

俺は思わず、顔に触れてしまった。

 

「柊木君に言える事……それは、君にも言える事なんじゃないのか? 雨宮」

 

「え?」

 

「交友関係が乏しいのは、君も同じだろう。卑屈になるのは結構だが、柊木君が君を想う気持ちは本物だと、何故素直に受け入れることが出来ないのだ?」

 

上官の厳しい瞳が、俺を責める。

 

「……いや、すまない。そんなことは、君自身がとっくに気が付いていることなのだろう……。それでも……そう思ってしまうのだろう……」

 

上官は、俺の答えを待たなかった。

無論、俺もまた、反論は無かった。

 

「……上官」

 

「なんだ?」

 

「気持ちを伝えてはいけない相手に……気持ちをぶつけられてしまったら……上官はどのように応えますか……?」

 

上官は、俺の表情を見て、小さくため息をついて見せた。

 

「そういうことか……」

 

「…………」

 

「……今は、自分に出来ることを精一杯することだ。その先に、きっと答えはあるはずだ」

 

天音上官は、俺の肩をポンと叩いた。

 

「私は、仕事での君しか知らない。無論、私も、仕事の顔しか見せたことがない。お互い、仕事の顔では無くなった時、本当の顔が見えてくるのだろうと思う。それは、自分自身が認識している顔についても、同じことが言えるのだろう」

 

「……なればこそ、仕事をやめた上官は、乙女な顔になり得ると?」

 

「そうかもしれないな。それを確かめるには、やはり今の仕事に邁進することが必要なのだろうと思う。君だって、見たいだろう? 私の本当の可愛い顔が」

 

上官が笑う。

なるほど……。

そういう事か……。

 

「ありがとうございます、上官。俺は、今の上官のお顔も好きですよ」

 

「私は、君の誘惑には負けないぞ」

 

「本音ですよ。それを理解されないとは、上官もまた、経験に乏しい一人なのですね。なれば、あまり偉そうなことを言わんでください」

 

俺の言葉に、上官は怒るわけでも無く、どこか嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 

「気張れよ、雨宮」

 

「……はい!」

 

去って行く上官が見えなくなるまで、俺は敬礼をやめることはしなかった。

 

 

 

鈴蘭寮に寄ってみると、隔離棟にいた連中や、敷波・朝潮のコンビも、俺を出迎えてくれた。

 

「「「司令官ー!」」」

「「「提督!」」」

 

久々に会う第七駆逐隊や第六駆逐隊は、どこか大人びているように見えた。

 

「久しぶりだな、お前たち……。よく頑張ったな……」

 

潮・漣・朧は、久しぶりの再会に、涙を見せていた。

 

「提督……」

 

「曙……」

 

曙は俯くと、そっと寄り添い、涙を流した。

 

「よく頑張ったな……。皆を守ってくれて、ありがとな……」

 

「うん……」

 

曙を抱きしめてやると、響が思いっきり俺の頭を叩いた。

 

「いってぇ!? な、なんだよ?」

 

「司令官、私も抱きしめて欲しい」

 

「え?」

 

「言っていたじゃないか。『次会えた時、全部叶えてやるからさ』って。やって欲しい事、たくさんあるんだ」

 

「ひ、響だけズルい! あ、暁も……その……なでなで……してほしかったり……」

 

「じゃあ、朧は、提督の事、なでなでしてあげます」

 

「朧ズルい! 司令官? 雷に甘えてもいいのよ?」

 

ギャイギャイ騒ぐ駆逐艦。

その様子を、朝潮は大きなカメラで撮影していた。

 

「……こんな所まで撮るのか?」

 

「色恋沙汰が、一番、人間の感情が出やすいんです! そういった感情のぶつかり合いこそ、数字になるのです!」

 

興奮する朝潮を見て、まるで子供の成長を実感する親のように、青葉が何度も頷いていた。

 

「さあ、敷波さんも参加してください! 敷波さんのじめっとした感情も、コアな層に人気があるんです!」

 

「じ、じめっとした感情って何さ!? し、司令官! アタシの感情……じめっとしていないよね!?」

 

「…………」

 

「な、なんで目を逸らすのさ!? 司令官!?」

 

 

 

しばらく揉みくちゃにされた後、ようやく解放された俺は、大人組に労われていた。

 

「すまんな」

 

「いえ」

 

鳳翔から出されたお茶を飲み干し、皆の方へと視線を向ける。

 

「本当、賑やかになったな……」

 

これ以上の人数に囲まれたことはあれど、警戒されていたせいか、ここまで賑やかだったことは無かったしな。

 

「残り7隻……か……」

 

「次は一体、誰を惚れさせるんだろうね~」

 

ニヤニヤ笑う北上。

 

「別に、惚れたから島を出るとは……」

 

「そお? そんなことないよねぇ~?」

 

そう言うと、北上は舐め回すように大人組を見た。

何名かは目を逸らし、何名かは怖い顔を見せていた。

――何故か俺に対して……。

 

「しっかし、雨宮君も凄いよね~。まだ童貞なんっしょ?」

 

「まあな……」

 

「誰が最初に雨宮君の童貞を奪うんだろうねぇ……。そして、誰が最初に雨宮君に処女を奪われちゃうんだろうねぇ~?」

 

再び舐め回すように大人組を見る北上。

秋雲だけは、不気味にほくそ笑んでいた。

 

「……そんなことより、雨宮君、体調はどう? あまり顔色が良くないように見えるけど……」

 

「あぁ、大丈夫だ。駆逐艦に揉みくちゃにされて、疲れているだけだと思う」

 

「無理しないでね? 何かあったら、あたしに言ってね?」

 

「あぁ、ありがとう、山風」

 

そこに、再び北上がニヤつきながら割り込む。

 

「おやおや~? 第一号は山風かなぁ~?」

 

「き、北上さん!」

 

「にひひ~」

 

北上の奴、なんか秋雲化していないか……?

 

 

 

島に戻ったのは、消灯時間後であった。

が、何故か寮の明かりは灯ったままであった。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい」

 

出迎えてくれたのは、明石であった。

 

「もう消灯時間だろ。なんで明かりがついているんだ?」

 

「えへへ、いいから来てください」

 

明石に連れられ、食堂へ向かうと、何故か全員が集まっていた。

 

「……何事だよ?」

 

「まあまあまあ……」

 

席に座らされ、何故か目隠しをされる。

 

「お、おい……」

 

「大丈夫です! 変なことはしませんから!」

 

一体、なんだってんだよ……。

 

「いいですか? 今からいくつか布を渡すので、ニオイを嗅いでください」

 

「はぁ?」

 

「いいから! はい!」

 

段々と強引になって行く明石。

仕方ねぇ……。

従うか……。

 

「まずはこれです。どうです?」

 

「どうって……。洗剤の匂いがする……」

 

「なるほど……。では、次はこれです」

 

「……なあ、何なんだよこれ?」

 

「いいから! 次っ!」

 

それからも、何枚か布を嗅がせられる。

なんか怖くなってきた……。

 

「はい、以上です! 今嗅いでもらった布の中で、どれが一番いいニオイだと感じましたか?」

 

「どれが一番……? いや……どれも似たようなニオイではあったのだが……」

 

「その中でも、こう……あったでしょう!?」

 

その中でも……か……。

 

「そうだな……。三番目のやつは……どことなく違ったような……」

 

「……いいニオイって事ですか?」

 

「まあ……そうだな……」

 

「ファイナルアンサー?」

 

「……ファイナルアンサー」

 

目隠しが取られる。

どうやら嗅がされていたのは、Tシャツのようであった。

 

「おい、何だってTシャツなんぞ……」

 

皆の視線は、俺に向かれていなかった。

その視線の先には、何故か赤面する大和が立っていた。

 

「大和さんかぁ~……」

 

「ふぅん……」

 

何が起こっているのか分からない俺に、雪風が大きな声で説明してくれた。

 

「このTシャツは、皆さんが今日一日着ていたものです!」

 

「はぁ!? なんちゅーもんを嗅がせてくれてんだ!?」

 

「ニオイの相性ってあるじゃないですか! しれえと相性がいいのは誰だろうって話になったんです!」

 

ニオイの相性……。

 

「しれえと相性がいいのは、大和さんのようです!」

 

そう言われ、小さくなる大和。

そういう事か……。

 

「……こんなくだらない事の為に、起きていたのか?」

 

「だって、気になっちゃって……。そうですよね?」

 

明石が皆に問う。

山城と霞は呆れた表情を見せ、大淀は少し困った顔を見せていた。

夕張は……言うまでも無いだろう……。

 

「くだらねぇ……。そもそも、お前らは体臭なんぞあまりしないはずだろ……。誤差だろ、誤差……」

 

「やけに否定したがるじゃない……」

 

目を合わせず、まるで独り言のように零すのは、夕張であった。

 

「大和さんが相手だと、都合が悪いのかしら……? それとも、意識しているのが恥ずかしいとか……?」

 

こいつ……。

 

「いいから寝ろ! 大淀! お前も何やってんだ!? 注意しろよ!」

 

「……別に、私はお世話係じゃありませんから。私にだけあたらないでください……」

 

ムッとする大淀。

確かに、その通りだな……。

 

「す、すまない……。と、とにかく! 解散だ! さっさと寝ろバカヤロー!」

 

そう言われ、皆はぞろぞろと食堂を後にしていった。

――ただ一隻を除いて。

 

「……大和?」

 

「え……?」

 

「どうした? もう明かりを消すぞ……」

 

「あ……はい……。すみません……」

 

歩き出す大和。

すれ違う時、大和は一瞬、動きを止めた。

 

「どうした?」

 

「……いえ」

 

そして、そのままそそくさと、部屋へと戻っていった。

 

「……ったく」

 

 

 

消灯を確認し、家へ帰ろうと、玄関を出た時であった――。

 

「……そこで何している?」

 

門に寄り掛かる明石は、どこか寂しそうな表情を俺に向けていた。

 

 

 

言う事を聞く感じでもなさそうだったので、仕方なく海辺を歩くことにした。

 

「さっきの事で、落ち込んでいるのか?」

 

そう訊いてやると、明石は小さくなってしまった。

 

「……アホかお前は。そもそも、何に影響されたのかは知らんが、ニオイごときで相性が決まる訳ないだろ……」

 

「そうかもしれませんけど……」

 

「……つーか、お前だろ? あんなくだらない事を言いだしたの……」

 

「……なんで分かるんです?」

 

「皆の呆れ顔を見たらな……。それに、お前の考えそうなことだとも思った……。確かなモノを欲しがる性格だからな、お前は……」

 

そう言われ、明石はムッとした表情を見せていた。

反論があるというよりも、当たっているからムッとしているのだろうな……。

 

「俺はあんなの信じていない。だから、お前も信じるな」

 

「でも……提督があんなに必死に否定したの、初めて見ました……。それだけ、結果に対して、何か思うところがあったんじゃないですか……? 本心を悟られまいと、あそこまで必死になったのでは……?」

 

「……俺が大和を好きであると?」

 

明石は何も言わなかった。

 

「結果が大和で無かったとしても、同じ反応だったよ。俺はただ、消灯時間なのにもかかわらず、馬鹿をやっている連中を叱っただけだ。それが、否定しようと必死に見えたのは、お前がそう納得したかったから、だろ?」

 

そう言って、俺は明石を見た。

責めている、とでも言いたげに、わざとらしく瞳を向けたのは、明石が言っていることを完全に否定できない自分が居たからなのだろうと思う。

動揺を隠そうと――ほんのわずかに生まれた疚しい気持ちから、目を背けたかったからなのだろうと思う。

 

「……そうかもしれませんね」

 

そう言うと、明石は流木に座り込み、膝を抱え、そこに顔を埋めた。

 

「明石……」

 

「相手が大和さんじゃなかったら……きっと……こんな気持ちにはならなかったと思います……」

 

「え……?」

 

「それほどまでに……大和さんは……。それに、きっと、大和さんも提督を――そうなったら、私は――……」

 

夕張も似たような事で悩んでいた。

それに対し、あいつは、島に残る最後の艦娘になればいいのだと、不安を押しのけた。

当然、明石も――明石こそ、そうして不安を押しのければいいはずだ。

それをしないのは、おそらく――。

 

「……俺は、艦娘に恋はしない」

 

「…………」

 

「それでも……不安にさせてしまうよな……。それが覆ることもたくさんあったし……その度に不安になったよな……」

 

明石は何も言わなかった。

 

「…………」

 

俺は、悩んでいた。

ここで、高速修復材の事を言えば、きっと明石は――。

だが、まだ製造できると決まった訳ではないし、希望的観測で話すのは、却って悪い気もする。

…………。

希望的観測……か……。

 

『卑屈になるのは結構だが、柊木君が君を想う気持ちは本物だと、何故素直に受け入れることが出来ないのだ?』

 

『柊木が言うのだから、俺は信じますよ』

 

『今は、自分に出来ることを精一杯することだ。その先に、きっと答えはあるはずだ』

 

「今出来ることを精一杯……か……」

 

今、俺に出来る事――。

 

「……明石」

 

「はい……」

 

「話がある……。お前にとって、重要なことだ……」

 

俺に今できる事――それは、柊木たちを信じることだ。

 

 

 

翌朝。

目が覚めると、縁側に明石が座っていた。

 

「明石……」

 

「おはようございます、提督」

 

その笑顔に、俺は不安を覚えた。

昨日、俺は明石に全てを話した。

高速修復材が出来るかもしれない事――そうなれば、明石が島を出ることが出来ると……。

それを聞いた明石は、喜んだり不安になったりするわけでも無く、ただただ、呆然としていた。

そして、何も言わず、寮へと帰って行ってしまったのだった。

 

「……どうした? こんな朝早くから」

 

「昨日の事、気にしているんじゃないかなって思いまして。話を聞いて、私がどう思っているのかって……」

 

俺は何も言わなかったが、明石は続けた。

 

「もし、高速修復材が出来たら……私は島を出ると思います。だから、素直に嬉しかったですよ。内心、凄く喜んでいたんです」

 

「……だったらもっと、喜んでほしかったぜ。何も言わずに帰るものだから……」

 

「だってそれは……色々と考えちゃって……」

 

「色々?」

 

明石はじっと俺を見つめると、顔を赤くして言った。

 

「艦娘に恋はしない……。提督は、そう言いましたよね……?」

 

「あぁ……」

 

「そのタイミングで……どうして人化の話をするのかなって……思っちゃって……」

 

なるほど……。

そういう事であったか……。

確かに、誤解を招くタイミングだったな……。

 

「提督にその気が無いって分かっています……」

 

心を読まれたようで、俺は思わずドキッとしてしまった。

 

「でも……」

 

明石はそっと、俺の手を取った。

 

「私は……提督の言う通り……確かなモノを欲しがる性格なんです……。だからこそ……教えて欲しいんです……」

 

明石の手が、小さく震える。

 

「提督は……私が人化したら……恋……してくれますか……?」

 

『明石が……もし明石が、最後の艦娘として『人化』して、提督と一緒に島を出ることになったら……提督はどうするの?』

 

『どうするってのは?』

 

『だから……明石は『人化』したら、きっと提督に告白すると思うから……どう応えるのかなって……』

 

以前、夕張に同じような事を問われた時、俺は答えから逃げた。

それは、明石の気持ちに良い答えを出せなかったからだ。

答えてしまっては、せっかく築いた明石との関係が、壊れてしまうと思ったからだ。

けど……。

 

「提督……」

 

俺は……明石の事が好きだ……。

好きになってしまった……。

だが、それと同じくらい、皆にも恋をしていて――皆はそれを、恋とは違うものなのだと言うのだが――やはり俺にとっては、それもまた恋であって――。

明石の求める恋と、俺の抱く恋は、おそらく違うものだろうと思う。

だとすれば――。

 

『提督は……私が人化したら……恋……してくれますか……?』

 

「…………」

 

いや、待て……。

どうして明石は、恋人にして欲しいと言わないのだ……?

どうして『恋』で止まるんだ……?

夕張の懸念していたことや、明石の抱く不安を考えれば、明石はここで『恋人にしてくれますか?』と問うべきであろう。

『自分だけ愛して欲しい』のだと――。

なのに、どうして――……。

俺は、明石に目を向けた。

 

「…………」

 

嗚呼、そうか……。

そう言わないのは――……。

 

「恋人にして欲しいと言わないのは……お前の優しさか……。そう言ってしまっては、俺が迷うのだと……知っているのだな……」

 

明石は何も言わなかった。

ただ、優しく微笑むだけであった。

 

「明石……」

 

「はい……」

 

「約束は……出来ない……」

 

明石は何かを堪えるように、下唇をキュッと噛み締めた。

 

「俺は……艦娘に恋はしない……と思っていた。してはいけないと……思っていた……」

 

「…………」

 

「だが……そうは出来ない自分がいた……。認めたくはなかった……。認めたこともあったが……それは気休めでしかなくて――そうあればいいのだと思っただけで――。結果として、お前たちを傷つけてしまって――求める恋と、求められる恋は違うのだと知って――だが、俺の求める恋もまた……」

 

考えがまとまらず、俺は頭を抱えた。

――本当は、たった一言で片付くのだ。

考えをまとめる必要も、悩む必要も、本当は――。

 

「提督」

 

明石はそっと、俺の頬に手をあてた。

 

「大丈夫……。私は……受け入れます……。だから……言ってください……」

 

明石がどんな言葉を想定しているのかは分からない。

だが、その表情は――。

だからこそ、俺は――。

 

「明石……」

 

俺は――。

 

「俺だって……」

 

「…………」

 

「俺だって……お前たちが好きだ……。艦娘だとか関係ない……。認めたくはないし……認めてはいけないと思っているのに……。お前たちの求める恋と同じで――俺だって本当は――でも――だからこそ――傷つけたくないのに――耐えるのだって――でも――でも――」

 

何かが決壊したかのように、本音と弱音が溢れ出す。

明石はそれを、どんな表情で聴いていたのかは分からない。

ただ――。

 

「だから……だから……」

 

全てを吐ききったところで、明石はそっと、俺にキスをした。

吐瀉物のような言葉が――口に残る苦い言葉たちが、明石によって浄化されてゆくのを感じる。

 

「――……」

 

明石は唇を離すと、俺を見つめ、もう一度キスをした。

 

「――明石……」

 

「提督……」

 

「…………」

 

「私が島を出たら……『認めて』くれますか……? 私に……『恋をしている』……のだと……」

 

それを約束したら、認めるのと同じなのだがな……。

だが――。

 

「あぁ……。認めるよ……。お前が人化したら、な……」

 

明石は涙を流すと、そっと俺を抱きしめた。

 

「明石……」

 

嗚呼……駄目だ……。

 

「提督……」

 

俺は……本心から認めてしまった……。

艦娘に恋をすることを――こいつらの求める恋と同じ恋心を抱いていることを――。

そして、その先にあるのは――。

 

 

 

朝食後、執務室でぼうっとしていると、大淀が部屋を訪ねてきた。

 

「考え事ですか?」

 

「え?」

 

「朝食の時、何やらぼうっとされていましたが……」

 

そう言うと、大淀はコーヒーを手渡した。

 

「ありがとう。まあ、色々とな……」

 

恋を認めたことは、以前にもあった。

だが、この島の艦娘が少なくなった今、どうしても意識してしまうのは、将来の事であった。

まだまだ課題は残っているはずなのだが、終わりが近づくにつれ、どこか安堵している自分がいたのだ。

自分を押し殺し、仕事に邁進してきた。

だが、艦娘が少なくなるにつれ、俺の中の欲が――いや……。

 

『仕事の顔では無くなった時、本当の顔が見えてくるのだろうと思う。それは、自分自身が認識している顔についても、同じことが言えるのだろう』

 

俺という男は――仕事の顔でない本当の俺は、欲に塗れた醜悪な顔をしているのだろう。

そうでなければ、きっと、俺は明石を――それが出来ないのは――。

 

「――督! 提督!」

 

「んぁ!?」

 

「もう……またぼうっとしている……。本当にどうしたのです……?」

 

「……いや。なんでもないよ。ちょっとだけ、今後の事を考えていただけだ」

 

嘘は言っていない。

思惑通り、大淀はしっかりと勘違いしてくれた。

 

「今後ですか……。そうですね……。やはり、山城さんと霞さんをどうするか……ですね……」

 

「……あぁ、そうなんだよな」

 

いかんな……。

今は、そっちを考えないと……。

山城は……どうにかするとして、問題は霞だ……。

拾った手帳の事は、まだ霞に伝えていない。

伝えてしまえば、霞の見た『夢』を認めることになるし、そうなれば、霞はますます――。

 

「ん……」

 

大淀の手が、俺の頬にあてがわれた。

 

「お一人で悩まないでください……。昨日、私が怒った事……気にされているのですか……? だから、私に何も相談してくれないのですか……?」

 

悲しそうな表情の大淀に、俺は何故か、ドキッとしてしまった。

 

「そ、そういう訳ではない……。ただ……その……うぅむ……」

 

大淀が、不安そうに俺を見つめる。

 

『貴方が私を必要としてくれたから――貴方を守りたいって――力になりたいって――だから……』

 

そうだったな……。

島に残る一番の理由がそうであるのなら、そんな表情にもさせてしまうよな……。

 

「しっ!」

 

俺が急に自分の頬を叩くものだから、大淀は少し引き気味に驚いていた。

 

「スマン、気合を入れたんだ」

 

「き、気合……?」

 

「大淀」

 

「は、はい……」

 

「相談があるんだ。今から言う事は、俺とお前だけの秘密にして欲しい」

 

それを聞いた大淀は、どこか寂しそうな表情を見せた。

 

「フッ、別に、お前に気を遣った訳じゃないぜ。本当に重要なことなんだ」

 

真剣な表情で言ってやると、大淀も仕事モードに入ることが出来たのか、姿勢を正し、俺の言葉を待った。

 

「よし。まず、何から話したらいいか――」

 

俺は、大淀に全ての事を話した。

霞が見たという夢の事や、大和島で夢を共有したこと――そもそも、夢を共有することが出来る事――拾った手帳の事、そこに大淀の写真もあった事――それら全てを――。

 

「山城さんとの交流を成功させた時、雪風さんから、夢を共有しているようだとは聞いていましたが……まさか、夢を共有させているのが雪風さんだったとは……」

 

「詳しくは分からんが、ヘイズの感染量が関係しているらしい。霞曰く、ヘイズの感染量をコントロールできるのではないか、とのことだ」

 

「もしそれが本当なら、凄い事ですよ……」

 

雪風の力にも興味があるようだが、本当に興味があるのは――。

 

「手帳の話……本当に、大淀の写真だったのですか……?」

 

「……あぁ、あれはお前だった。夢にもお前が出て来ていたし、柊木の言う通り、あの夢の世界は――手帳の持ち主がいる世界ってのは、異世界か並行世界で、実在するものなのかもしれない……らしい……」

 

「異世界か並行世界の……もう一人の大淀……という事ですか……」

 

「あぁ……」

 

「そして、顔の無い男は、提督だと……?」

 

「……かもしれない。確証はないが、確信はあった……」

 

こんな話、信じてもらえないだろう。

そう思い、大淀の表情を確認すると――。

 

「……何を笑っているんだ?」

 

「え?」

 

自分で気が付いていなかったのか、大淀は自分の顔に触れ、確認していた。

 

「あ……すみません……。その……嬉しくて……つい……」

 

「嬉しい……?」

 

「だって……異世界か並行世界かは知りませんが……そっちでも、大淀と提督は、出会っているのですよね?」

 

あぁ……なるほど……。

 

「こうしているのは、運命だとでも?」

 

大淀は答えなかったが、少し恥ずかしそうであった。

 

「俺とお前が出会う運命、というよりも、俺が艦娘と関わることになるってのが、運命な気がするがな」

 

「……どうして水を差すような事を言うのです?」

 

「ロマンス気分でいられては困るってことだ。それが出来ないのなら、今の話は忘れて欲しい」

 

そう言ってやると、大淀は唇を尖らせた後「すみません……」と、不貞腐れたように謝った。

 

「……とにかく、そういうこった。この事を霞に話すかどうか、悩んでいる。話してしまえば、霞は、俺が死ぬって事を完全に信じて、ますます人化から遠ざかることだろう。だが逆に、霞を人化させる為には、この話は必要なのかもしれないとも思っている……」

 

「提督は……霞さんの言っていることを信じていないのですか……? 再び深海棲艦が現れて、提督が亡くなるということを……」

 

「お前は信じるか?」

 

大淀は答えなかった。

信じたくはないが、ありえなくはない、と考えているのだろう。

 

「俺は信じていない……。異世界だか並行世界だかは知らんが……仮にそれらが本当であったとしても、同じ未来を辿るとは限らないしな……。そもそも、どうして俺が戦う事になるんだ……」

 

それを聞いて、大淀は何か言いたそうにしていた。

 

「なんだ?」

 

「いえ……。その……提督なら……戦う事を選ぶんじゃないのかなって……」

 

「え?」

 

「今は違うかもしれませんけど……本当に深海棲艦が現れたら、きっと、提督は戦う事を選ぶと思います。私も――皆も、提督とならと、戦う決意をするのではないかと……」

 

「……何を根拠に」

 

「……分かりません。でも……分かるんです……」

 

大淀はじっと、俺の目を見つめた。

 

「分かるんです……」

 

念を押すように、大淀はそう言った。

その瞳は、どこか――。

 

「……霞さんの件、私に任せてくれませんか?」

 

「え?」

 

「考えがあるんです。その為には、提督にも協力してもらわなければいけませんが……」

 

「……何をしようってんだ?」

 

「霞さんが心配していることを解決します。ですから……提督……」

 

「なんだ?」

 

「ここで、決断してください……。もし、霞さんの言う通り、本当に深海棲艦が現れたら――」

 

大淀の提案に、俺は――。

 

 

 

昼食の時間になり、皆が食堂へと集まる。

が、大淀と霞、雪風の三隻は、時間になっても現れることは無かった。

 

「大淀が遅刻なんて珍しいですね。私、呼んできましょうか?」

 

「いや、いいよ。なんか来ていない組で話し合っていたようだし、放っておこう」

 

「放っておこう、って……」

 

明石以外の三隻は、また俺が何かを企んでいるのだと分かっているのか、何も言わず昼食を摂り始めた。

 

「まあいっか……。それにしても、ここのいる方だけ見ても、面白いメンバーが島に残りましたよね。まあ、それぞれが訳アリって感じですけど……」

 

訳アリ……か……。

その訳が何なのか、分かったような分からないような……。

 

「皆さんは、島を出るタイミングって、決めていたりするんです?」

 

その質問に、食堂の空気がピリつく。

おそらく、今までタブーとされてきた話題なのだろう。

その原因は、質問した本人にあるのだろうが、高速修復材の事を知った明石にとっては、もう――。

 

「って……言いたくない……ですよね……。ごめんなさい……」

 

流石に場の空気を察したのか、明石は小さくなってしまった。

仕方ない……。

 

「いいじゃないか。ここまでの人数になったんだ。これからは、お互いを信用し、協力していかなければならん。変な蟠りというか、隠し事無しでいこうじゃないか」

 

そう言って、明石を見る。

明石は察したのか「そ、そうですよ!」と言った。

 

「別に、言ってもいいけど……。その前に、明石の話を聞かせて欲しいわ……」

 

「え? 私?」

 

夕張は何故か、俺に目を向けた。

 

「私たちは今まで、明石に配慮して、そういう話題を避けてきた……。島を出たくても、出られない明石にね……。それは本人もよく分かっているはずだし、それ故に話題にしてこなかった。なのに、今になって何故、明石自らその話題を出してきたのかしら……?」

 

本当……変なところで鋭いよな……。

 

「そ、それは……提督の言う通り、隠し事を無くしたいと思っただけで……」

 

明石が困った表情で俺を見る。

隠し事は無し……か……。

ブーメランになっちまったな……。

けど、そうだよな……。

 

「明石」

 

「は、はい……」

 

「いいか? 話しても……」

 

それが何の確認なのか、明石も分かっていたのだろう。

少し考えた後、小さく頷いてくれた。

 

「この際だ。全てをお前たちに話そうと思う。だから、お前たちも、本音で俺にぶつかって欲しい」

 

そう言って、俺は皆に隠してきたことを全て話してやった。

高速修復材の事、夢の事、霞の不安――それら全てを――。

 

「――以上だ」

 

話し終えると、皆は黙り込んでしまった。

それぞれが何を考えているのかは、容易に想像がついた。

高速修復材の存在――そして、再び深海棲艦が現れる可能性と、それに伴う俺の死――。

 

「……どうして」

 

そう言ったのは、明石であった。

 

「どうして……提督が死ぬんですか……!? どうして、提督が戦いに!? なんでさっき、その話をしてくれなかったんですか!?」

 

「落ち着け明石。所詮は夢の話だ」

 

「で、でも! 手帳は見つかっているし、そこに高速修復材の製造方法が書かれているって……。写真だってあるんですよね!?」

 

「それはそうだが……」

 

「霞ちゃんが言うように、艦娘が人化して、深海棲艦が現れることになるのなら――提督が死んでしまうというのなら、私は人化なんてしません……!」

 

そう言うと、明石は拳を握りながら、俯いてしまった。

まさか、ここまで話を信じるとは……。

 

「山城さんだって……信じているんじゃないですか……? だからこそ、夢での出来事でも、あれほどまでに――提督の意識が戻らないのかもしれないと――心配していたんじゃないのですか……?」

 

そう訊かれ、山城は俯いてしまった。

夢の影響力を山城はよく知っている。

たとえ現実でないにしても、何かしらの大きな意味を持っているという事も……。

 

「貴方がそこまで言うのだから、明石の心配も仕方がないわ……。落ち着けと言うのなら、はっきりと夢を否定したらどうなのよ……」

 

夕張はムスッとした表情で――だが、どこか悲しそうな表情でそう言った。

永い沈黙が続く。

 

「それで?」

 

皆の顔が、声の主――大和に向く。

大和の表情は、いつもと変わらず、どこか穏やかそうに見えた。

 

「提督は、どのようにお考えなのですか? 人化を諦めることも、死ぬことも、提督の頭には無いのでしょう?」

 

そう言って、微笑む大和。

その表情に、俺は冷静さを取り戻すことが出来た。

どうやら、気を遣われたらしい。

 

「……あぁ。諦めたり、死ぬつもりもない。正直、深海棲艦が現れるだとか、俺が戦う事になるだとか、そういったものは信じていない」

 

「でも……あり得なくはないし……。そうなったら……どうするのよ……?」

 

そう訊いたのは、山城であった。

流石に心配になったのか、はたまた助け舟を出してくれたのか……。

 

「それを皆さんで考えませんか?」

 

そう言ったのは、いつの間にか食堂へ入って来ていた、大淀であった。

 

「大淀」

 

「……皆さんに話してしまったのですね」

 

何やら、怒っているのだとでも言うように、目を細める大淀。

 

「……まあいいです。逆に、都合がいいです。ですよね? 霞さん」

 

隠れていたのだとでも言うように、霞が姿を現した。

カッコいいな、その登場の仕方。

霞は俺の前に立つと、キッと睨んだ。

 

「大淀さんから全部聞いたわ……。どうして、私には話してくれなかったのよ……」

 

「話したじゃないか。大淀経由で」

 

「先に話してほしかった……!」

 

「どうしてだ?」

 

「どうしてって……。それは……」

 

何やらモゴモゴとする霞。

 

「と、とにかく! 大淀さんを巻き込むんじゃないわよ! 結果として、皆も巻き込むことになるじゃない!」

 

「お! という事は、大淀の案に賛成って事か?」

 

霞が言葉に詰まっていると、大和が挙手した。

 

「はい、大和さん」

 

「その案とは? 私たちで、何を考えるのです?」

 

大淀は、メガネをスチャリとかけなおすと、ドヤ顔で言った。

 

「皆さんが心配している『本当に深海棲艦が現れたら、提督はどうするべきなのか』という事を考えるんです」

 

あまりにも間抜けな案だと思ったのか、皆は黙り込んでしまった。

その静寂を切り裂いたのは、雪風の声であった。

 

「雪風は、しれえが戦えるように、皆さんで鍛えるのがいいと思います!」

 

「鍛える?」

 

「はい! しれえは戦略の事、なっっっっっんにも分かっていません! ただのペテン師です! ですから、上手に戦えるよう、実戦を経験した雪風たちが、提督としての立ち回りを指南するんです!」

 

俺が何も分かっていないのは事実だが、そんなに強調する必要あるか……?

 

「私もそれに賛成です。霞さんも、そうですよね?」

 

霞はモゴモゴしつつも、小さく頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待って! はい!」

 

挙手したのは、明石であった。

……ってか、挙手制なのか?

 

「はい、明石」

 

「えと……じゃあ……提督が戦うってことに、大淀も霞ちゃんも……雪風ちゃんも賛成って事!?」

 

「えぇ、そうね」

 

「そうねって……。鍛えるって言っても、提督が戦う必要ないじゃない……! 死んじゃうかもしれないのよ!? そんなの……」

 

明石は、山城たちに目を向けた。

 

「私は……反対です……。深海棲艦が現れたとしても、提督には関係のない事です……。皆さんもそうですよね!?」

 

大和も山城も、何も言わなかった。

いや、言えなかったのかもな……。

 

「でも、もし戦う事になってしまった時の事を考えたら、やっぱり鍛えた方がいいはずよ」

 

そう言う大淀に、明石は眉をひそめた。

 

「だったら……戦わなくていい方法を考えるべきだわ……。別に戦う必要は無いし、提督だって戦うつもりはないって言っているじゃない……」

 

「信じていないってだけで、戦わないとは言っていないわ」

 

らしくない、どこかイカレているかのような雰囲気で返す大淀。

明石は俺に視線を向けた。

そうなのか? とでも言いたげに。

 

「確かに、言っていないな」

 

「提督……!」

 

「落ち着け。俺は信じていないよ」

 

「……なら、言ってください。もし、深海棲艦が現れても、戦わないのだと……」

 

ここで「戦わない」と言ってもいいのだが……。

 

「戦うわ……」

 

そう言ったのは、霞であった。

 

「この男は……戦う……。たとえ、ここで約束したとしてもね……。深海棲艦が現れたら、戦うのは私たちになると思う……。そうなった時、この男が黙っていると思う……? 自分の安全だけを考えられると、本気で思っている……?」

 

「……思っていないわ。思っていないから、私は……!」

 

「……私も、明石さんと同じ気持ちよ。だからこそ、人化は絶対しないと誓った……。でも……大淀さんに言われて気が付いたの……。そうは言っても、いつか、私たちは強制的に人化される時が来るって……。それがいつかは分からないけど、そう遠くない未来であったのなら――実際、この寮の改装が行われたのだって、私たちが近いうちに人化することを想定されて――そうなった時、この男は、何の準備も無いまま――されど、戦う事を決意して――」

 

霞は、色んな不安を口にした。

大淀の脅しが相当効いているらしい。

――いや、それだけではないはずだ。

おそらくは――。

俺は、雪風に目を向けた。

いつもの間抜けな表情ではあるが、それが却って不気味に感じた。

 

「戦う事に賛成はしない……。けど、そうなってしまった場合の対策はするべきだと思った……」

 

なるほど……。

これが、大淀の考えたシナリオという訳か。

しかし、ここまで決意させるとは……。

 

「それでも……それでも、私は反対です! 確かに、霞ちゃんの言う通りかもしれませんが……却って提督の背中を押すことになるのではありませんか!? 戦う気にさせてしまうのでは!?」

 

「じゃあ……明石さんは、何も出来ないこの男を、戦場に放るつもり……?」

 

「だから、戦わせるつもりは……!」

 

「戦うのよ……! この男は、そういう男なのよ……!」

 

反論しようとする明石を止めたのは、山城であった。

 

「山城さん……」

 

「私も……提督は戦う人だと思います……。この男は……自分を犠牲にすることに躊躇がありません……。そうよね……?」

 

山城は雪風を見た。

 

「そうです! 死んでしまうかもしれないのに、夢の中で雷に打たれたのが、その証拠です!」

 

そうか……。

山城が一番、それを痛感しているはずだよな……。

 

「私も同じ意見です。提督は戦うような人だと思います。それに、ここで「戦わない」と約束したところで、守るような人だと思う?」

 

大淀がそう言うと、大和がフッと笑った。

 

「ペテン師、ですしね」

 

「えぇ」

 

和やかな雰囲気に、明石は眉をひそめ、夕張に目を向けた。

 

「夕張はいいの!? 提督にこんな事……」

 

「私は信じていないけど……別にいいんじゃない……? 何もしないよりはマシよ。それに、たとえ反対されても、提督は、霞ちゃんと交流する為に、大淀さんたちの話にのると思うわ。そうよね?」

 

夕張は、どこか不貞腐れた表情で、俺を見た。

これでいいんでしょ? とでも言いたげに。

 

「よく分かっているな」

 

「提督……!」

 

「まあ落ち着け。深海棲艦が現れるだとか、俺が戦う事になるだとか、そういうのはどうでもいい。今は、霞の不安を解消してやることが第一優先だ。俺を鍛えることで解消されるってんなら、付き合うぜ。所詮は遊びみたいなもんだろうし、暇つぶしにもなる」

 

その言葉に、霞はムッとした表情を見せていた。

俺の意図も気が付いたのか、大和ものっかるように言った。

 

「ゲームみたいで楽しそうですね。そういう感覚であれば、大和も協力しますよ」

 

その流れを見逃すまいと、大淀が続ける。

 

「遊び感覚では困ります! やるからには、実戦に近い形でやりますので、覚悟してください!」

 

「実戦に近い形……?」

 

「そうです。それには、雪風さんの力が必要です」

 

「雪風の力?」

 

「はい! リアルな戦場を夢の中で再現して、そこで戦ってもらうんです!」

 

だから雪風なのか……。

というか……。

 

「……当たり前のように言っているが、また夢の世界に入るってことか? つーか、リアルな戦場を再現するってなんだよ……?」

 

「皆さんの夢にアクセスして、その記憶から戦場を創造します! 深海棲艦の行動パターンも、大淀さんがしっかり記憶していますから、完璧です!」

 

「夢にアクセスし、記憶から創造……ね。ははは……」

 

いや、もう笑うしかねぇよな……。

何だよその無茶苦茶な設定……。

原作設定を無視した二次創作小説かよ……。

 

「……なんか、完全にやる流れになっていますけど」

 

明石は目を細めると、じっと俺を見つめた。

 

「まあ、やるしかないだろうな。協力してくれるだろ? 明石」

 

「……そう訊くのは卑怯ですよ」

 

「フッ、決定だな。さ、この話はもう終わりだ。俺は部屋に戻る。昼食がまだな奴らは、早く済ませておけよ。冷めちまうぞ」

 

そう言って、俺は足早に部屋へと戻った。

 

 

 

しばらくして、執務室に大和がやって来た。

 

「またトンデモナイ事を考えましたね……。食堂では、皆さん、まだ色々と話し合っていますよ……」

 

そう言って、お茶を渡す大和。

まだ色々と話し合っている、か……。

やはり、先に食堂を出て正解だったな。

俺が居ては、気を遣い、踏み込んだ議論が出来ないだろうしな。

 

「ありがとう。別に、俺が考えたことではないよ。大淀の案だ」

 

「そうなんですか? 如何にも貴方が考えそうなことなのに」

 

「フッ、確かにな」

 

お茶に口をつけると、大和は近くの座布団に座った。

 

「……さっきは助かったよ」

 

「何の事ですか?」

 

「ゲームみたいだと言ってくれたことだよ。おかげで、ピリピリした場が和んだし、明石も納得してくれたようだ」

 

「別に、大和は、提督にのっかっただけですから」

 

「それに対してのお礼だよ」

 

そう言ってやると、大和は顔を隠すように、両手で湯呑を持ち、口をつけた。

 

「……そういや、皆の本心を聴きそびれてしまったな。俺からは、あれだけの話をしてやったというのに……」

 

「別にいいじゃないですか。それに、皆さんも、まだ色々と悩んでいるのだと思いますよ。提督に心を開いて、まだそんなに時間も経っていないわけですし……。すぐに島を出る方が特殊で、普通は私たちと同じように、悩むはずなんですよ?」

 

「私たちと同じように、ねぇ……」

 

俺は、あえて大和に目を向けなかった。

大和もそれが分かっているのか、何も言わず、手のひらで湯呑を転がすのみであった。

 

「ま、お前の言う通りだな。普通、すぐに、どうしたいだとか、分かるものでもないよな」

 

「えぇ……。皆さん、色々と悩むことがあるはずですよ」

 

「……色々と悩むこと、か。つまり、悩めるだけの何かは、もう掴んでいるという事か?」

 

大和は一瞬の躊躇いを見せた後、「そうかもしれませんね」と言った。

それが、大和自身に向けられた質問であることは、大和も分かっているはずだ。

だとしたら、大和は一体、何に悩んでいるというのだろうか……。

 

「……訓練の件、くれぐれもお気をつけください。夢とはいえ、特殊なもののようですから」

 

「あぁ」

 

「では、私はそろそろ失礼します……」

 

「――大和」

 

俺の呼びかけに、大和は振り向かず、ただ足を止めるだけであった。

 

「いつか、聞かせてくれよな……」

 

何をとは言わなかったが、大和は訊き返すことも無く、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 

「…………」

 

 

 

結局、俺が家へと戻る時間になっても、皆は話し合いを続けていた。

 

「まだまだ話し合いは続くみたいです。消灯時間ではあるのですが、今回は目を瞑ってくださいませんか?」

 

申し訳なさそうに頼む大和。

 

「あぁ、分かったよ。つーか、お前がそんな顔する必要はないだろ。むしろ被害者なのに」

 

「大和が煽ったところもありますから……。それに、一度は、こういう感じで、提督に接してみたかったのです」

 

「こういう感じとは?」

 

「業務というか、一緒にお仕事をしている……みたいな……。鳳翔さんとか、大淀さんとか――そういった方たちみたいに、信頼されているような――パートナー……みたいな……感じです……」

 

自分で言っていて恥ずかしくなったのか、大和は顔を赤くして、小さくなってしまった。

その姿に、俺もまた、赤面してしまった。

 

「まあ……パートナーかどうかは分からないが……信頼しているよ……。色々と……助かっているしな……」

 

永い沈黙が続く。

 

「……じゃあ、俺は家に帰るよ。あまり長くなるようであったら、中断するよう説得してくれるとありがたいのだが……」

 

「は、はい。分かりました」

 

「悪いな。じゃあ、おやすみ」

 

「……提督」

 

振り返ると、大和はじっと、俺の目を見つめていた。

 

「な、なんだ?」

 

「その……いつでも、大和を頼ってくださいね?」

 

「え?」

 

「これから、大淀さんも忙しくなるでしょうから……。大和は、そんなに忙しくないので……」

 

何やらもじもじと手を揉む大和。

何か、俺の言葉を待っている様子であるが……。

 

『パートナー……みたいな……感じです……』

 

――そういう事か。

 

「……あぁ、そのつもりだ。メンツを見ても、大淀以外では、お前くらいしか頼れそうもないしな」

 

それが俺の照れ隠しであることは、大和も分かっていたのだろう。

小さく笑うと「消去法じゃないですか」と、唇を尖らせて見せた

 

「フッ、冗談だよ。頼りにしているよ、大和」

 

「もう……ふふっ。えぇ、大和にお任せください」

 

大和の優しい笑顔に、俺も思わず微笑んでしまった。

……嗚呼、この感覚は――。

 

「……じゃあ、今度こそ。おやすみ、大和」

 

「はい。おやすみなさい、提督」

 

俺はゆっくりと、家へと歩き始めた。

途中、振り返ってみると、大和が見送りを続けていた。

そして、俺の視線に気づくと、小さく手を振って見せた。

 

「あぁ……クソ……」

 

俺はそのまま、早歩きで家へと戻った。

一度も振り返ることはせずに――。

もう一度振り返ってしまったら、きっと、俺は――。

 

 

 

翌朝。

目を覚ますと、目の前に大淀の顔があった。

 

「んぉぁっ!?」

 

「あ……」

 

大淀は、驚いたとでも言いたげに、自分の口に手をあてた。

 

「お、大淀……?」

 

「……おはようございます、提督」

 

「……おはよう」

 

時計を見ると、朝の六時であった。

 

「……こんな朝早くから、何してんだ?」

 

「え? あ、えと……朝食を持ってきたんです」

 

そう言って、風呂敷包みを見せる大淀。

 

「朝食? どうして?」

 

「昨日の話し合い、結構遅くまでやってしまって……。皆さん、まだ眠っているんです。起こしたら悪いかなって……」

 

「そうだったか……。お前は平気なのか?」

 

「私はコーヒーで目が覚めるタイプなんで」

 

確かに、目を覚ました時、ほんの少しだけ、コーヒーの香りがした。

というか……。

 

「提督?」

 

「……俺も、コーヒーで目が覚めるタイプなんだ。おかげで目が覚めたよ」

 

そう言ってやると、大淀は一瞬、何を言っているのか分からないというような表情を見せたが、すぐに理解できたのか、顔を真っ赤にして「すみません……」と謝った。

 

 

 

朝食は、おにぎりと昨日の残り物であった。

 

「それで? 昨日は何をあんなに話し合っていたんだ?」

 

「はい。提督をどのように訓練するか、について話し合っていました」

 

どのように訓練するか……か。

てっきり、まだ明石が反対していて――或いは反対に賛成する奴が出て来て――そういう話をしているものだと思っていたが……。

 

「まずは、提督に座学を受けてもらった方がいいという結論になりました。昨日の話し合いの大半は、その座学の内容や、テキストの作成についてでした」

 

大淀は、何冊かノートを手渡した。

そこには、様々な用語や、図解入りで戦術などが記載されていた。

 

「すげぇな……。一晩でこれを?」

 

「おかげで一睡もしていないんですよ?」

 

そう言って、コーヒーを啜る大淀。

なるほど……。

早起きしたのではなく、そもそも寝ていなかった訳か……。

 

「座学を担当するのは大淀です。朝食後から消灯時間まで、みっちり勉強してもらいますので、覚悟しておいてくださいね」

 

「座学か……。面倒だな……」

 

「どうせ暇でしょう?」

 

「俺にだって仕事はあるんだぜ?」

 

「書類仕事は大和さんが担当してくれるそうですので、ご安心を」

 

「……きっちりしてんな」

 

すると、昨日、大和が言っていたパートナーってのも、実はそういう意味だったのか?

 

「本来であれば、座学は一年以上受けて欲しいのですが……時間もありません。一か月で詰め込みます」

 

「一か月!? そんなかかるのか……!?」

 

「一年でも早すぎるくらいなんです。それに、最も重要な夢の中での実践(?)も控えています。だらだら座学をやっている訳にはいかないんですよ」

 

「そうなのだろうが……。そこまで真剣になる必要あるか? そもそも、これは霞との交流がメインの『作戦』であって……」

 

「真剣にやらなければ、霞さんも勘付きますよ。それに、本当に深海棲艦が現れてからでは、遅いんですよ……」

 

そう言うと、大淀は俯いてしまった。

 

「……話し合いの中で、お前も明石に感化されたって訳か」

 

大淀は何も言わなかった。

 

「……分かったよ。やるよ。やればいいんだろ?」

 

「仕方がなくやる……という訳ですか……。そういう態度では、いつまで経っても座学を終わらせられませんよ? テストだってしますし、そこで合格点を出せなければ……」

 

「大丈夫だよ。完ぺきなテキストもあることだしな」

 

そう言ってやっても、大淀は細い目を俺に向けるだけであった。

 

 

 

お昼過ぎになると、皆も起き始め、結局眠ってしまった大淀の代わりに、俺が勉強しているかの監視を始めた。

 

「提督! 何サボっているんですか!?」

 

「明石。サボっている訳じゃないよ。ちょっと休憩だ」

 

「休憩って……。テキストはどこまで読みましたか?」

 

「あー……3ページくらいか?」

 

「全然じゃないですか!」

 

「理解するまで次に進めない質なんだ。分かりやすいとはいえ、イメージが掴めんのだ」

 

「戦場に出たことがない分、難しいのかもしれませんね」

 

大和がそうフォローすると、明石はどこか不機嫌そうな表情を見せた。

 

「単純に、理解しようとしていないだけでしょ……。そんなに難しい事、書いていないはずよ?」

 

「そら、戦場に出たことがある奴にはそうなのだろうが……」

 

「夕張の言う通りよ……。もっと真剣になったらどうなのよ……」

 

山城まで責め始め、俺は助けを求めるように大和を見た。

が、少し困った表情で微笑むだけであった。

 

「霞さんは、しれえを責めないんですか?」

 

「オイ、わざわざ焚きつけんなよ」

 

霞は俺をチラリと見た後、退屈そうに答えた。

 

「別に……。やる気がなければ、ただ時間が過ぎるだけだし……。私にとっては、そっちの方が都合がいいわ」

 

何故都合がいいのか、霞は詳しく説明しなかった。

俺がその都合をよく理解しているからこそ、説明はしなかったし、良い『焚きつけ』になると考えたのだろう。

 

「……分かったよ。やるよ……」

 

そこから消灯時間になるまで、皆に睨まれながら、勉強に励んだ。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、俺は夢を見た。

 

『……オイ、いるんだろ?』

 

俺の呼びかけに、大人の姿をした雪風が姿を現した。

 

『てめぇ……』

 

『流石しれえですね。一瞬で状況を理解されるとは』

 

『どういうつもりだよ?』

 

そう問うた時、辺りの風景が、いつか曙との夢で見た執務室へと変わった。

 

『ここは……』

 

『――鎮守府の執務室です。しれえは基本的に、こちらでお仕事をされることになります』

 

窓の外で、何かが爆発するかのような音が聴こえる。

見てみると、遠くの海で、駆逐艦とみられる艦娘が訓練していた。

 

『……なるほど』

 

俺は雪風に目を向けた。

 

『座学はまだ済んでいないが……?』

 

『だからこそです。イメージが掴めないというのなら、体験してもらった方がいいかと思いまして』

 

『それで俺を夢に? そりゃありがたいね。睡眠中でも勉強できるなんて、最高だよ』

 

嫌味っぽく言ったつもりであったが、雪風は表情一つ変えなかった。

 

『今から体験してもらうシチュエーションは、戦時中の『司令官』の仕事を再現したものとなっています。雪風はいないものとしてくださいね。では、スタートです』

 

『スタートって……。俺はまだやるだなんて一言も……』

 

始まりの合図をするように、扉がノックされる。

仕方ねぇ……。

やらなかったらやらなかったで、皆にチクるだろうしな……。

 

『……どうぞ』

 

『しれえ、そこは、入れ、でお願いします。しれえは偉いんですから、威厳を見せつける意味でも、言葉は強い方がいいです』

 

こまけぇな……。

いないもの、なんじゃねーのかよ……。

 

『……入れ』

 

「失礼します」

 

入って来たのは、大淀であった。

雪風に目を向ける。

 

『夢の産物です。この世界には、しれえと雪風しかいません』

 

そりゃ安心だネ。

 

「偵察艦隊、帰還いたしました。こちらが成果となります」

 

『ご苦労』

 

大淀から書類を受け取る。

そこに書かれている内容は、何が何だかさっぱり理解できなかった。

 

「いかがでしょうか?」

 

『え?』

 

「えと……見解をいただきたいのですが……」

 

見解……。

 

『これはテキストに書いてありましたよ。ちゃんと読んでいないから、書類の内容が理解できないんです』

 

確かに、書いてあったような、なかったような……。

 

『……お前はどう思う?』

 

そう言って、大淀に書類を渡す。

 

『ペテン師らしい対応の仕方ですね』

 

うるせぇ。

 

「そうですね……。やはり、北緯――東経――その辺りでは、深海棲艦のイ級の活動が活発で――ですから――」

 

何を言っているのか全く分からん……。

まるで、外国の言葉を聞いているようだ……。

こんなん、座学で分かるようになるもんなのか?

 

「――以上が大淀の見解です。いかがでしょう?」

 

『あ、あぁ……俺も同じように考えていたよ。そこまでの分析が済んでいるのなら、次はどうするべきか、分かっているな?』

 

「えぇ。お任せいただければ、その通りに」

 

『よし。この件はお前に一任する。必要なことがあれば、随時言ってくれ』

 

「ありがとうございます! では、失礼いたします!」

 

『うむ』

 

大淀が部屋を出て行くと、雪風は呆れた表情を俺に見せた。

 

『なんだよ? その顔は……。上手く切り抜けただろ?』

 

『全然ですよ……。ほら、見てください……』

 

雪風は、目の前にモニターのようなものを出現させた。

そこに、大淀と明石が映し出される。

 

「大淀、どうだった?」

 

「いつものペテンが発動したわ。本当、しょうがないんだから……」

 

「相変わらずねぇ……」

 

「まあ、そのおかげで、こっちは好きにやらせてもらっている訳だし、下手な指揮を執られるよりも、客寄せパンダになっててくれていた方がマシよ」

 

「本当、人気だけはあるからね~。提督の下で戦いたいって艦娘が、跡を絶たないって話じゃない」

 

「おめでたいわよね。配属されても、実際の指揮を執っているのは提督ではないから、実態が分からないのよね。まあ、そっちの方が幸せかもね」

 

「言えてるわ」

 

遠ざかる二隻の笑い声と共に、モニターが消える。

 

『完全にナメられてますね、しれえ』

 

夢であると分かっていても、何故かダメージを受けている自分がいる。

それはおそらく、こういう未来があってもおかしくないと、不安になっている自分がいるからなのだろう……。

 

『まあ、実際のお二人だったら、あんなことは言わないでしょう。しかし、そう思われても仕方がないと、しれえも分かっていますよね?』

 

俺はそれに、返事をすることが出来なかった。

 

『さて、ここからは、大淀さんに一任したしれえの判断が正しかったのかを見てみましょう』

 

そう言うと、辺りの風景は、どこかの海上へと変化した。

 

『先ほど、大淀さんが話していた地点のようですね』

 

俺と雪風は、どうやら宙に浮いているようであった。

 

『見てください』

 

雪風の指す方向。

そこに、艤装した艦娘達がいた。

 

『鳳翔さん、鹿島さん、大井さん、卯月ちゃん、皐月ちゃん、霞さんの艦隊ですね。絶対にありえない編成ですが、まあ、夢ですので』

 

あり得ない編成なのか……。

ありそうなもんだがな……。

ふと、遠くから小さな飛行機が飛んでくるのが見えた。

それが鳳翔の持つ甲板(?)に着陸(?)した。

 

「――の方向、距離として――にイ級を数隻確認。こちらに気が付いている様子はありません」

 

「敵の位置は、今回の作戦海域外ですね。もう少し様子を見て、侵入するようであれば、迎撃しましょう」

 

そう言う鹿島の言葉に、皆が頷く。

大井と霞を除いて……。

 

「様子を見る必要なんていないわ。すぐに攻撃を仕掛けるべきよ」

 

「お、大井さん……。しかし、勝手な行動は……」

 

「あいつは言ったそうじゃない。大淀さんに一任するって。その大淀さんも、臨機応変に対処していいと言っていたし、ここは先制攻撃するべきよ」

 

皆が困惑する中、霞が言った。

 

「私も大井さんに賛成よ……。相手はイ級だし、私たちだけで対処できるはず……」

 

「けど……」

 

「少しでも、あいつの脅威となる存在を消しておきたいのよ……。それは皆も同じはず……。違う……?」

 

駆逐艦連中が俯く。

 

『不穏な流れですね。大淀さんの指揮を無視しそうですよ』

 

雪風の目が、俺を見つめる。

……分かっている。

俺が指揮を執っていれば、こうはならないとでも言いたいのだろう?

 

「確かに……イ級だったらボクたちでも……」

 

「司令官の安全を考えるのなら、ここで倒すべきかもしれないぴょん……」

 

「みんなまで……。ほ、鳳翔さん……」

 

助けを求めるように鳳翔を向く鹿島。

しかし――。

 

「……鳳翔さん?」

 

「確かに……イ級程度だったら……」

 

「決まりね。鳳翔さん、後援をお願いします。皆、行くわよ!」

 

「はい!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

陣形が崩れ、各々が速力を上げて海を走る。

それを追う鹿島。

無線のようなもので、誰かと連絡を取っている。

鳳翔が矢を射ると、それが小さな戦闘機へと変化し、大井達の頭上を通過してゆく。

 

『これが……艦娘の戦闘……』

 

海の上を滑るように走り、戦闘機を射る。

そんな、アホみたいな光景が――夢であるとはいえ――俺の目の前で繰り広げられている。

文献を読んで、鼻で笑った光景が――今、目の前で――。

 

『しれえ、見てください』

 

雪風の言葉で、我に返る。

遠く、何かが爆発したのが見え、それを知らせる音が、少し遅れて聴こえてきた。

 

『あれが、深海棲艦です』

 

煙から飛び出す、黒い何か。

水しぶきをあげ――時折煙をあげながら、こちらに近づいてくる。

 

『なんだ……あれは……』

 

言葉で表現するには難しい何かが、こちらに向かってきている。

人工物?

いや、それにしては動きが――。

それと――。

 

「ウォォォォォォォ……」

 

鳴き声――いや、雄叫び……?

クジラだとか、大型の動物でも、あそこまで大きな声では鳴かない。

あれが、深海棲艦……。

 

「上空に敵機確認! イ級だけじゃなかったの!?」

 

上空――謎の飛行物体が、ものすごい速度でこちらへ飛んでくる。

それを迎撃する駆逐艦と、小さな戦闘機。

だが――。

 

「うっ……!」

 

「皐月!」

 

敵の爆撃に、再び陣形が乱れる。

それに構うことなく飛び出したのは、霞であった。

 

「霞ちゃん! 単独行動は……!」

 

「大丈夫よ……!」

 

敵の一隻に、狙いを定める霞。

 

「あいつには……指一本触れさせないんだから……!」

 

砲撃と魚雷の発射によって、数隻の敵艦が沈んでゆく。

 

「次っ!」

 

霞に続くように、皐月や卯月も――。

 

『…………』

 

俺はその光景に、ただただ何も言えずに、立ちすくむことしかできなかった。

 

『これが戦争です。しれえ』

 

辺りに漂う火薬のニオイ。

敵艦隊の断末魔。

 

『――っ!』

 

突如、俺の目の前に現れる深海棲艦。

 

「グォォォォォォォ!」

 

一気に血の気が引き、体が震え出す。

声が出ない。

それどころか、呼吸が出来ない。

怖い……。

怖くて叫びたいのに、何も出来ない……!

 

「くらえ……!」

 

皐月の砲撃で、沈む深海棲艦。

 

「次っ! 二時の方向、来るよ!」

 

『間一髪でしたね、しれえ。と言っても、攻撃される心配なんて無いのですが』

 

『……どうして』

 

やっとの事で声を絞り出し、俺は雪風を見た。

 

『どうしてあいつらは……平気なんだよ……?』

 

体の震えは、まだ続いている。

 

『どうしてあんなのと戦えるんだ……。俺は……』

 

雪風は、俺をそっと抱きしめると、背中をさすってくれた。

 

『だからこそですよ……』

 

『え……?』

 

『あんなに怖いものを、しれえに近づけさせない為に、彼女たちは戦うのです』

 

『……怖くないのか?』

 

『怖いはずです。でも、それ以上に――』

 

突如、悲鳴があがる。

 

「皐月……!」

 

流血する皐月。

腕が一本、無くなっていた。

 

「だ、大丈夫だよ……! まだ、一本残っているから……!」

 

遠くの方で、何かがキラリと光る。

瞬間――。

 

「あ……」

 

『皐月……!』

 

叫んだ時には、もう遅かった。

皐月の体が、爆風によって、遠くへ飛ばされてゆく。

そして、海に叩きつけられ、数回跳ねたのち、すべるようにして止まった。

 

『皐月……!』

 

近付き、顔を見た時、俺は――。

 

「あ……あれ……なんだろう……。海が……暗いよ……? なにも見えない……どうして……」

 

『……っ』

 

まただ。

声が出ない。

震え、発汗――。

そして――。

 

『う……うっ……』

 

嗚咽。

悲しみというよりも、絶望。

いや、それ以上の――。

 

「司令官……」

 

『……!』

 

「ボク……司令官に……まだ……」

 

『皐……月……』

 

「司令官……大好……き……」

 

突如、皐月の体が沈みだした。

 

『皐月……? 皐月……!』

 

声が届かないことは分かっている。

触れられないことも――それでも――。

 

「タ級を確認! どうやら罠だったようね……!」

 

大井が冷静に対処している。

皐月が沈んだことを忘れているかのように、皆も戦闘に集中している。

 

『…………』

 

どうしてそんなに冷静でいられるんだ……。

 

『皐月が沈んだのに、どうして……!』

 

『それが戦場というものです。沈んだ者は、【同じように】は戻ってきません。人間の死と似ています』

 

雪風もまた、冷静であった。

先ほど慰めてくれた彼女は、もういなかった。

 

「これ以上は危険です! 撤退しましょう!」

 

「そんなこと言ったって、この数じゃ……!」

 

「うーちゃんが囮になるぴょん!」

 

「卯月……!?」

 

「全滅するよりはマシぴょん。この中で、居なくなってもそこまで影響がないのは、うーちゃんだぴょん……。だから、早く行って欲しいぴょん!」

 

「でも……!」

 

「それに、皐月を一人にするわけにはいかないぴょん。せめて、最後まで一緒に居てあげたいんだぴょん」

 

無理して笑う卯月。

それを分かっているのか、皆の表情は――。

 

「……分かったわ。卯月……あんたの事は、必ずあいつに伝えるから……。最後まで、勇敢だったって……」

 

「うん……! 司令官によろしくぴょん!」

 

皆が撤退してゆく。

卯月は大きく旋回すると、砲撃しながら、敵をけん制し始めた。

 

「うーちゃんは不沈艦ぴょん! 鬼さんこちら~手の鳴る方へ~」

 

そう言って、敵に背を向けた瞬間であった――。

 

『卯月……!』

 

砲撃が、卯月の足に命中し――。

 

「痛っ……」

 

今にも泣き出しそうな卯月。

だが――。

 

「う……うぅぅぅ……!」

 

残った片足で、海を走る卯月。

 

『やめろ……』

 

俺は、雪風に目を向けた。

 

『頼む……! もうやめてくれ……! これは夢なんだろ!? こんな酷いものを見せなくてもいいじゃないか……!』

 

雪風は、ゆっくりと俺を見た。

その瞳は――。

 

『目を逸らすのですか……?』

 

『え……?』

 

『そうやって、逃げるんですね……。しれえが逃げたところで、戦いは避けられませんよ……。この光景が変わることは無いんです……』

 

瞬間、俺たちの目の前を、何かが通り抜けていった。

そしてそれは、皐月と同じように跳ねると――。

 

『あ……あぁぁ……』

 

美しいピンクの髪は、黒に近い赤に染まっていた。

 

「みんな……逃げられたかな……。うーちゃんは……これでお別れぴょん……。司令官……泣かないで……ね……」

 

沈みゆく体に手を伸ばす。

だが、掴めるわけも無くて……。

 

『卯月……。う……うわああああああああああああああ……!』

 

深海棲艦が撤退してゆく。

俺はただ、泣き叫ぶことしかできなくて――そんな俺を、雪風はただ、何も言わずに見つめるだけであった。

 

 

 

 

 

 

強い光に目が覚める。

 

「……!」

 

起き上がると、ものすごく汗をかいていて、汗と混じった涙が、頬を伝っていた。

 

「夢……か……」

 

安堵する以上に、俺は――。

 

「夢で良かったですね」

 

そう言ったのは、雪風であった。

 

「雪風……」

 

「いつものように、怒りますか?」

 

俺の心情を理解しているのか、あえてそう問う雪風。

 

「…………」

 

「どうやら、夢に呑まれたようですね。霞さんと同じように」

 

なるほど……。

 

「それが……お前の本当の狙いって訳か……」

 

「どうやら、効き過ぎたようですけどね」

 

「……あぁ」

 

俺は目を瞑り、夢を思い出していた。

 

「なあ……雪風……」

 

「はい」

 

「俺に……あの『夢』のような惨劇を防ぐことが出来るって……思うか……?」

 

「えぇ、しれえなら、必ず出来ると信じています。皆さんも同じでしょうし、その為に色々と考えましたから」

 

「……そうか。そうだよな……」

 

項垂れる俺の背中を、雪風は夢と同じように、そっと撫でてくれた。

 

「今日はお休みください。色々と気持ちの整理があるでしょうから。皆さんには雪風から伝えておきます」

 

「あぁ……頼む……」

 

そう言うと、雪風はその場を後にした。

 

「はぁ……」

 

所詮は夢だ。

そう割り切ってもいい。

だが――。

 

『夢に呑まれたようですね。霞さんと同じように』

 

霞は、ずっとこんな思いを……。

 

『私は絶対に人化しない……。それが……あんたを守ることになるから……。もう、あんたを戦わせない……。決して……死なせないから……』

 

霞の覚悟が、身に染みて分かった。

 

「皐月……卯月……」

 

涙が頬を伝う。

それが乾いた時、俺は――。

 

 

 

それから数日間、俺は必死に勉強した。

 

「提督……勉強熱心になったのは結構ですが、あまり寝ていないのでは……? 顔色があまり……」

 

「寝ているよ。人間は四時間寝ればいいらしいんだ。だから、四時間は寝るようにしているよ」

 

「四時間って……。もっとちゃんと寝てください……。真面目に勉強して欲しいとは言いましたが……ここまでしろとは……」

 

「それよりも大淀、この場合の編成なのだが、やはり、島を出た奴らやここにいる艦娘では、戦力が足りないよな?」

 

「え? あぁ……そうですね……。せめて、空母が二隻は欲しいですね」

 

「空母か……」

 

鳳翔がいるが、軽空母では駄目だろう……。

正規空母レベルでなければ……。

しかし……。

 

「はぁ……この場合どうすれば……」

 

「提督……少し、休憩されてはどうでしょう?」

 

「……そうだな」

 

体を伸ばそうと、立ち上がった時であった。

 

「あれ……なんか……」

 

目の前の景色が、靄に包まれ――。

 

 

 

気付くと、俺は寝かせられていた。

 

「あれ……?」

 

「あ、起きたわね……。ほら、体起こせる? 水、飲みなさい」

 

霞は、呆れたというような表情で、吸いのみで水を飲ませてくれた。

 

「すまん……。もしかして、倒れたのか……? 俺……」

 

「えぇ、凄い音を立ててね……。ついに死んだかと思ったって、大淀さんが……」

 

ついに、か……。

 

「……雪風から聞いたわ。夢、見せられたんだって……?」

 

「……あぁ」

 

「だから、ここ数日頑張ってたのね……。たかが夢の一つで倒れるまで頑張るなんて、本当、ばっかみたい……」

 

「……それはお前も同じだろ」

 

「私は倒れた事ないわ。それに、たった一回の夢で影響を受けた誰かさんと違って、私は何千回と同じ夢を見せられてきたのだもの。誰かさんとは全然違うわ。誰かさんとは」

 

「……そうかよ」

 

俺は倒れるように、再び寝ころんだ。

 

「悪かったよ……」

 

「え……?」

 

「正直、たかだか夢の話だと、なめていた……。勉強だって、お前との交流がメインだって、真剣に取り組まなかった……」

 

霞は何も言わず、ただ俯くだけであった。

 

「怖かった……。夢とは言え、大切な者たちが沈んでゆく光景に、俺は……」

 

思い出し、泣きそうになるのをぐっとこらえる。

 

「正直、こんな勉強をしたところで、あの悲劇を変えられるとは、とても思えない……。それでも、こうしていないと、不安に押し潰されそうになる……」

 

そう言って、俺は霞を見た。

 

「お前も同じように思っているから、訓練の話にのってくれたんじゃないのか?」

 

霞は何も言わなかった。

 

「夢を見せられて……こんな訓練なんてと思った。俺が思うんだ。お前なら、最初から気が付いていたはずだろ。それでも、すんなり話を受けたのは、どうしてだ?」

 

霞は小さくため息をつくと、退屈そうに言った。

 

「やらないよりはマシというのもあるけど、なによりも、大淀さんが本気で、何とかなると思っているようだったからよ……」

 

大淀がどう霞を説得したのかは分からない。

だが、俺に作戦の提案をした大淀の目は、確かに、どこか――。

 

「すると、大淀はお前の不安を解消するために動いてはいたが、本当に不安を解消させられていたのは、大淀だったという訳か……」

 

「他の皆も同じよ……。全く……わざわざ皆に話しちゃうなんて……。何も知らなければ、幸せだったのに……」

 

『先に話してほしかった……!』

 

あの時怒ったのは、それが理由だったか……。

 

「優しいんだな……」

 

「そんなんじゃないわ……。ただ……どうしようもない事だし、無駄に不安にさせるだけだと思ったから……」

 

それを優しいのだと言っているのだがな……。

 

「そうか……。だとしたら、この作戦は失敗だな……」

 

「ただの失敗じゃないわ……。私と同じように不安になった皆の為に、無駄に勉強し続けなきゃいけないわ……」

 

「あぁ……そうか……。クソ……」

 

大きくため息をつく俺に、霞は優しい表情で言った。

 

「私の事は、もう放っておいていいわよ。あんたがいい人だって分かっているし、だからこそ、守りたいって思っているの……。私が人化しなければ、戦争は起こらない。あんたは命あるその時まで、私の人化を阻止する方に、力を使ってほしい……」

 

そして、霞は執務室を出て行ってしまった。

残された俺は、しばらく動くことが出来ず、ただ天井を見つめる事しかできなかった。

 

 

 

倒れた事はすぐに本部へ連絡されたようで、俺は検査の為に呼び戻されることになった。

 

「しかし、お前、倒れること多くねぇか? いくら運ぼうとも給料は変わらないんだから、もっとしっかりしてくれよな、マジで」

 

「スマン……」

 

 

 

本部での検査も済み、その日は本土で過ごすことになった。

 

「雨宮君、気分はどう?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。ちょっとした貧血だったようだし」

 

「あまり眠れていないんじゃない? 駄目だよ? しっかり休まなきゃ……。前に会った時よりも、顔色が悪くなっているよ……?」

 

そう言うと、山風は俺の頬に、そっと手を置いた。

 

「し、失礼します。雨宮君、体調は……」

 

皿ごとラップされた握り飯を手に持って、部屋へと入って来たのは、柊木であった。

 

「柊木」

 

「あ……えと……山風さん……?」

 

「あ……柊木さん……?」

 

リアクションが似ている二人。

顔見知りなのか。

 

「えっと……えっと……おにぎり……持ってきたんだけど……。お取り込み中……だった……?」

 

「いや、ちょっと診てもらっていただけだよ」

 

「…………」

 

山風は視線に気が付いたのか、サッと手を引いた。

 

「握り飯を持って来てくれたのか」

 

「あ……うん……。倒れたって聞いて……。何も食べていないとも聞いていたから、作って来たんだ……。雨宮君、おにぎり好きだったよね?」

 

「ん? あぁ、まあ、好きだけど」

 

おにぎり好き、だなんて話、したことあったか?

別に、特別好きって訳でもないが……。

 

「よかった。昼食の時は、いつもおにぎり食べてたもんね」

 

昼食の時は、いつもおにぎり……。

確かに、島へと出向する前は、楽だからと、いつも昼食におにぎりを食べていたが……。

 

「雨宮君、柊木さんと知り合いなの?」

 

「同期だよ。尤も、最近まで接点は無かったんだが……。まあ、色々あってな」

 

「へぇ……。色々……」

 

「そういう二人は? 知り合いって感じのようだが……」

 

「あ、うん……。柊木さんとは、色々とお話しする機会があって……ね?」

 

「う、うん……。山風さんは、人化してくる艦娘を担当しているから、研究や検査の時、色々とお話しすることが多くて……」

 

なるほど。

確かに、柊木は天音上官の部下だし、かかわることも多いはずか。

 

「なるほど。そうだったのか」

 

「うん。それにしても……柊木さん、いつも引っ込み思案なのに、雨宮君には積極的なんだね。おにぎりなんか作っちゃって」

 

そう言う山風の目は、どこか――。

 

「う、うん……。雨宮君の為に、色々頑張ろうって決めたから……。それに、もっと雨宮君の事を知らないといけないし……ね?」

 

柊木は、小説の事を言わなかった。

 

「ふぅん……。愛されているね、雨宮君?」

 

山風は、ムッとした顔を俺に見せた。

 

「ま、まあ……愛されていると言うか、それが柊木の仕事だからな……」

 

「仕事……。じゃあ、このおにぎりも仕事なんだ?」

 

そう言うと、山風は柊木に笑顔を見せた。

 

「柊木さん、雨宮君のケアはあたしの仕事だから、次からは大丈夫だよ」

 

笑ってはいるが、どこか怖さを感じるのは何故だ。

 

「わ、私は……個人的にお見舞いに来ているのであって、仕事じゃ……」

 

「個人的な面談は控えるように言われているよね? 仕事以外で雨宮君に会う時は、予め、あたしに話してほしいな」

 

「そ、それを言ったら……山風さん、今日は非番だよね……? 個人的に雨宮君に会っていることになるけど……」

 

「あたしは雨宮君の担当だから、非番でも、何かあったら駆け付けるよ」

 

「担当って……。そんなの聞いて無いけど……」

 

なにやら静かな戦いが繰り広げられている。

どう収めようかと悩んでいると――。

 

「ん?」

 

何やら、廊下の方が騒がしくなってゆく。

ドタドタと走る音と、それを咎めるいくつかの声。

やがて、足音が止むのと同時に、部屋のドアが開かれた。

 

「「あ……」」

 

中学生くらいの、二人の少女。

 

「ほ、本当にいた……」

 

「本物だぁ……」

 

視線は、俺に向けられている。

本物……?

 

「こらぁ! 二人とも! はしゃがない! 私の鉄拳が炸裂するわよ!」

 

「貴女の大声も大概よ。もう少し声を抑えなさい」

 

遅れて入って来た二人は――子供とそっくりで、おそらく母親なのだろう――俺を確認すると、驚いた表情を見せた。

この二人、どこかで……。

 

「加賀さんに瑞鶴さん!?」

 

加賀に瑞鶴……って……。

 

「正規空母の……加賀と瑞鶴か……!?」

 

「え? う、うん……そうだよ」

 

正規空母……。

 

『そうですね……。せめて、空母が二隻は欲しいですね』

 

二人は俺に近づくと、零すように言った。

 

「「提督(さん)……?」」

 

それを聞いた瞬間、俺は何故か、二人の手をとり、叫んでいた。

 

「加賀、瑞鶴!」

 

「「は、はい……!」」

 

二人は嫌がる顔はせず、俺の言葉を待ってくれていた。

 

「俺と一緒に……戦ってくれ……!」

 

 

 

 

 

 

驚愕の表情を浮かべる二人の顔は、実はよく覚えていない。

覚えているのは、二人の後ろ――のちに『加賀』『瑞鶴』を継ぐことになる娘たちの、決意に満ちた表情であった。

 

 

 

 

 

 

残り――7隻

 

 

 

――続く

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