不死鳥たちの航跡   作:雨守学

31 / 35
第31話

――その戦果から、フェニックス・フリートだとか、不死鳥艦隊だとか、色々と言われていたけれど、当の本人たちは、そうは呼ばなかった。

 

【ピュア・フリート】

 

そう呼んでいた。

「我々は、ピュア・フリートだ!」ってな感じでね。

提督は童貞だったし、【艦娘化】した娘たちも――そう、かく言う秋雲もそうだった。

呼び名を決めたのも、この秋雲なんだよね。

「面白いから、そう呼ぼう」って……。

――でもね、本当は違う理由だったんだ。

本当の理由は【提督の童貞を守るため】だったんだ……。

――アハハ……よく知っているね……。

確かに、秋雲は、いつも提督の童貞を奪おうとしていたのだけれど、彼が戦うって聞いてね――……。

提督というのは【童貞で悪所通いをしない高潔な人物が選ばれた】って、昔から言われていて――だから、守らなきゃって……。

――うん、秋雲が提督の童貞を狙っていたからって言うのは、まあ、間違ってはいないんだけれど……。

なんというのかな……。

もし、提督が童貞じゃなかったら、あの戦いは勝てていなかったと言うか……。

提督が童貞だったから、皆もついてきていたと言うか……。

そんな感じがするんだよね……。

そうじゃなかったら、きっと【この世界は無かった】と思うし、そうじゃなかったとしても【艦娘が生まれることは無かった】と思う……。

――……。

なんてね……。

ごめんね、意味不明な話をしちゃって。

――あ、そうそう!

提督の童貞を守る為に、チームを作ったことがあってさぁ!

その名も【童貞・ガーディアンズ】って言って――。

 

『漫画『旦那よ、秋雲(ワタシ)の同人誌で抜くな』――実写ドラマ化記念インタビュー』より

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「それはまた、おかしな作戦名ですね」

 

そう言うと、香取さんはくすくすと笑って見せた。

 

「どうやら、支給品の中にライトノベル? が入っていたらしく、そのタイトルに影響されたのだとか……」

 

秋雲曰く、最近の小説は、長ったらしいヘンテコなタイトルをつけるのが流行っているらしい。

尤も、雪風のつけた作戦名には、流行りとは違う、なにか古臭いものを感じるが……。

 

「そうですか。あの霞ちゃんを惚れさせる……ですか」

 

「香取さんから見ても、やはり難しいと思いますか」

 

「えぇ……誰にでも心を開いてくれる子ではありませんでしたから……。尤も、私は何故か怖がられていましたので、そのせいでそう見えるのかもしれませんが……」

 

香取さんが怖がられていた……か……。

どこに怖がる要素があるのだろうか……。

 

「でも、雨宮さんになら、きっと出来るのではないかと思います。元艦娘達に人気な、雨宮さんになら」

 

どこか揶揄うようにして、俺へ視線を向ける香取さんに、思わず赤面してしまった。

 

「ご存知でしたか……」

 

「あれだけの騒ぎでしたから、流石に分かりますよ。娘の芽衣も、雨宮さんをカッコいいと言っていましたよ」

 

芽衣ちゃんも、か……。

 

「そう言えば、芽衣ちゃんは?」

 

「鈴木さんと遊んでいます。ほら、あそこ」

 

窓の外を見ると、中庭で遊ぶ二人が見えた。

 

「芽衣ちゃんは、鈴木に夢中のようですね」

 

「えぇ、まあ……」

 

そう言うと、香取さんは空になったコップを口につけ、それに気が付いたのか、そっと机の上に置いた。

永い沈黙が続く。

 

「……お優しいのですね」

 

「え?」

 

「鈴木さんとの事……聞いていないはず、ありませんよね……。それなのに、その事を一切お話ししないなんて……」

 

俺が何も言わないでいると、それを答えだと受け取ったのか、香取さんは小さく笑って見せた。

 

「……俺は部外者ですから」

 

「それでも、何か思うところがある……のでは?」

 

香取さんの目を見て、霞がどうして怖がったのか、少しだけ分かる気がした。

 

「……鈴木は言っていました。ハッキリと嫌いだと言ってくれた方が楽だと……」

 

「…………」

 

「でも、そんな簡単に言えるものじゃないですよね。俺も、似たような状況があって――やはり何も言えなくて――でも、皆はそんな俺を好きでいてくれて――だから俺も、皆を好きになる気持ちを抑えなくなって――……」

 

話している間、香取さんはじっと、自分の手を見つめていた。

 

「――だから、分かるんです……。口出ししないのも、自分に跳ね返ってくることを恐れて……というのが本音なのかもしれません」

 

そう笑って見せたが、香取さんは顔を上げることはしなかった。

 

「……香取さん」

 

「はい……」

 

「貴女は……どうなんですか……? 鈴木のこと……好きなんですか……?」

 

永い沈黙。

だが――いや、だからこそ――。

 

「そこも含めて……あいつは好きなんですよ……。まあ、分かっているとは思いますが……」

 

俺は席を立ち、振り返ることもせず、休憩所を後にした。

彼女は何も言わなかったが――いや、言えなかったのだろう。

それでも……。

 

「皆も……俺と同じ気持ちであったのだろうな……」

 

だからこそ、俺はずっと、目を背けて来たのかもしれないな……。

 

 

 

島へ戻る途中、鈴木は何故か、一言も話しかけてこなかった。

何かを感じ取ったのか、それとも――。

 

 

 

島に戻ると、霞が出迎えてくれた。

 

「……お帰り」

 

「ただいま」

 

当然のように不機嫌そうな霞。

だが、こうして来てくれているという事は……。

 

「……隠れていないで、出て来いよ」

 

そう言ってやると、木陰から明石が出て来た。

……カメラを構えながら。

 

「どうして分かったんです!?」

 

「霞が素直に出迎えに来るわけないだろ……。もういいぞ、霞……。悪かったな……」

 

霞は何も言わず、そのまま寮へと戻って行ってしまった。

 

「なんで帰しちゃうんですか!?」

 

「……あのなぁ、お前、雪風たちの話を聴いていなかったのか? あくまでも自然体の方がいいと言っていただろ?」

 

「言っていましたっけ? そんなこと」

 

ああ、いや……そういや言ってはいなかったか……。

 

「……とにかく、作戦に対して「勝手にしろ」と霞は言ってくれたが、だからと言って、勝手し過ぎだ、お前は……」

 

そう。

あの日、霞は作戦に対して「勝手にすれば?」と、呆れた口調で受け入れていた。

いや、まあ、受け入れたというのは違うかもしれないが、とにかく、否定しなかったのだ。

雪風の作戦名が、あまりにもしょうもないものであったからなのか、作戦通りにはいかないという自信の表れか……。

 

「だって、提督ったら、あれから何もしないじゃないですか! 皆も心配しているんですよ!?」

 

「皆って誰だよ?」

 

「……大淀とか、夕張とか」

 

「……雪風と大和、山城は?」

 

明石は閉口してしまった。

 

「……あいつらは心配していなかったんだろ? むしろ、順調であるとかなんとか、言っていたんじゃないのか?」

 

図星なのか、明石はビデオカメラの画面をパカパカさせていた。

 

「明石……」

 

「だって……」

 

明石は俯くと、しゅんとしてしまっていた。

 

「……気持ちは嬉しいが、今は放っておいてくれ。尤も、お前のお節介も、あいつらの作戦の内なのやもしれんが……」

 

だとすると、俺が明石にこう言っているのも……。

あの二隻が何を考えているのかは分からんが、今は俺の思うままに行動するべきだろうな……。

直情径行ってやつだ。

 

 

 

夕食は当然のように、霞の隣に置かれていた。

 

「よう」

 

挨拶しても、返事はない。

あれから毎日、こうして隣で飯を食っているが、会話はほぼ無い。

あったとしたとしても、しょうゆを取ってくれだの――その程度であった。

 

『だって、提督ったら、あれから何もしないじゃないですか!』

 

自然体でいい、とは言え、まあ確かに、何もしていなすぎる気もする。

こうして隣に座っていることだって、自然なことではないし、仮に霞のポジションが鳳翔だったりしたら、俺は話しかけているだろうしな……。

 

「…………」

 

仕方ない……。

 

「今日は、何をしていたんだ?」

 

そう訊いてやると、霞は食事の手を止めた。

そして、少し考えた後、ため息と一緒に返事をした。

 

「……何していたって、なにが?」

 

明石達の目があるから、仕方なく乗ってやる、という感じか……。

 

「俺がいない間、何をして過ごしていたんだって訊いているんだよ」

 

「そうは訊いていなかったでしょ……」

 

「そう訊いたつもりだ。大体わかるだろ」

 

「……小説を読んでた。この前の支給品にあったでしょ……」

 

「あぁ、あれか。確か、最上の本もあったよな」

 

「それよ……」

 

「そうか。面白かったか?」

 

「別に……。あまり褒められたものではない感じだわ……。あれだったら、むしろ……」

 

「むしろ?」

 

「……何でもない。それよりも、そろそろ黙った方がいいんじゃないかしら?」

 

そう言うと、霞は皆に目を向けた。

全員が、こちらをじっと見つめていた。

……飯も食わずに。

 

「おい……」

 

注意してやると、下手くそなごまかし方を見せた後、食事を再開していた。

 

「あんたと私が会話しているのは、不自然ってことでしょ……。自然に振る舞いたいのなら、余計なことはしない方がいいと思うわ……」

 

霞は食事を済ませると、そそくさと食堂を後にした。

 

「会話は不自然……か……」

 

ふと、大和と雪風に目を向ける。

二隻とも、どこか満足そうな表情を見せていた。

これも想定内ってことかよ……。

だとしたら、あいつらの作戦ってのは、その名に似合わず、かなり高度なものなのかもしれないな……。

或いは、ただただ俺の失敗を笑っているだけなのか……。

 

 

 

夕食後、執務室で仕事をしていると、大淀がコーヒーを手に訪ねてきた。

 

「お疲れ様です」

 

「おう。どうした?」

 

「そろそろ報告書をまとめる時期かと思いまして……。どうやら当たりのようですね」

 

机の上に広がっている書類を手に取ると、コーヒーを俺に渡した。

 

「ありがとう。察しがいいんだな」

 

「えぇ、提督とは違って。手伝っても?」

 

「あぁ、頼めるか?」

 

「お安い御用です」

 

「悪いな。助かるよ」

 

「いえ、これくらいしかできませんから」

 

そう言うと、大淀は書類をまとめ始めた。

これくらいしか……ねぇ……。

 

「お前が自分を下げると、嫌味にしか聞こえないんだよな」

 

「そんなつもりはありませんが……」

 

「いや、嫌味に感じる奴もいるはずだろ。お前以上に出来る奴なんぞ、他に居ないだろうからな」

 

「買いかぶり過ぎですよ。現に、霞さんの件、大淀は何も出来ていませんから……」

 

「何もではないだろ。戦う決意をさせたじゃないか。アレが無かったら、きっと今の状況はない」

 

「それでも、今は戦う事をやめたじゃないですか。大和さんと雪風さんの言う通り、霞さんを惚れさせる方向の方が、提督には合っていると思います。戦う決意をさせて――不安を煽っただけで、却って迷惑になっちゃったなって」

 

そう言う大淀の表情は、どこか――。

 

「……今の状況だって、お前の行動が無かったら、無いはずだ」

 

「そうでしょうか? あのお二人なら、きっと、もっといい方法を思いついていたかもしれません」

 

「何故、そう思う?」

 

「そんな気がするんです。提督は鈍感だから、そんな気も感じられないのかもしれませんが」

 

顔も上げず、淡々と書類に向き合う大淀。

だが……。

 

「……そうだな。だからこそ、はっきり言ってくれないと分からないんだぜ。お前が抱えている、その不安についてもな」

 

そう言ってやると、大淀は少し驚いた表情で顔を上げ、そして――。

 

「……どうした? 話してみろ……。何をそんなに不安がっているんだ……」

 

と、言いつつも、本当は分かっている。

鳳翔や雪風と同じように、大淀も、自分の存在価値を――。

 

「……ごめんな」

 

「え……?」

 

「お前には、色々と任せてしまっていて――それが当たり前に感じていて――ちゃんと、感謝したことなかったよな……。そりゃ、不安にさせてしまうよなって……」

 

「そ、そんなことは……」

 

「でも、不安になってんだろ? 大和の考えが理解できず――それでも上手く行っていて――自分が蚊帳の外にいるように感じて――違うか?」

 

大淀は俯くと、顔を隠すように、俺の胸に頭を預けた。

 

「……なんでそういう事だけは、察しがいいんですか」

 

「さあな。俺にも分からん」

 

そっと背中を撫でてやると、大淀は完全に体を預け、少しずつ不安を零し始めた。

 

「貴方の役に立ちたくて――あの中だったら、大淀が一番、貴方を理解していると思っていて――なのに、大和さんが――大淀の作戦よりも、大和さんの方が――大和さんに――大和さんが――……」

 

何度も何度も口にしたのは、大和の名であった。

大淀の気持ちを知っているからこそ、その意味が分かっていた。

 

「つまり、大和に嫉妬したんだな」

 

「……そんな簡単にまとめないでください」

 

「そういうもんだろ。俺からしたら、グチグチと理由を並べ過ぎだ」

 

しかし、そうか……。

こいつも大和を……。

明石や夕張、雪風なんかも同じことを……。

 

「そこまで脅威に感じるか。大和の存在は……」

 

頷く大淀。

 

「提督だって……そう感じているはずです……」

 

「まあ、そうだな……」

 

あえて気を遣わなかった。

それが却って、大淀を安心させると分かっていたからだ。

……本当、察しが良くなったよな、俺も。

 

「大和さんは……提督が好きなんです……。それだけでも不安になるのに、今は――……」

 

大淀の拳が、小さく震えていた。

 

「大淀……」

 

この不安を解消する言葉を、俺は知っている。

だが、それは――……。

だからこそ、今は……。

 

「大淀」

 

顔を上げる大淀に、俺は――。

大淀は、少し驚いた後、目を瞑り、それを受け入れた。

 

「どう……して……?」

 

顔を真っ赤にさせ、少し潤んだ目を見せる大淀。

その『期待』に、俺は応えることが出来ない。

 

「大和には『許していない』と、伝えたかっただけだ」

 

期待の裏切りと、それに対する安堵の表情。

矛盾しているはずのそれを、大淀は見せていた。

いや……『見せてくれていた』。

 

「……他の方にもしているくせに」

 

「俺からすることは、少ないよ。それも、大抵はせがまれてすることばかりで……」

 

いや……していることは否定した方が良かったか……?

だが、大淀は、小さく笑ってくれた。

 

「それだけ、大淀が弱い存在ということかもしれませんね……」

 

「あぁ、いや……そういう事では……」

 

狼狽える俺に、大淀はもう一度キスをした。

 

「弱くてもいい……。ですよね……?」

 

「……よく分かっているな」

 

「なんでも知っていますよ……。分からないのは、自分の事だけです……」

 

自分の事だけ……か……。

 

「提督……」

 

「ん?」

 

「私……島を出ます……」

 

「え……」

 

「大淀には……もうやれることはありません……。大淀のやってきたことは、きっと、大和さんが――いえ、大和さんの方が……」

 

大淀は首を横に振ると、俺の目をじっと見つめた。

 

「いえ……もうやめましょう……。グチグチと理由を並べるのは……。大淀は……私は……貴方が好きだから島を出ます……。貴方に――本気で恋をするために――同じ一人の『人間』として、貴方に向き合う為に……」

 

「大淀……」

 

「提督……」

 

近付く大淀に、俺は思わず顔を逸らしてしまった。

だが、その意味を理解しているのか、大淀はそっと、頬にキスをしてくれた。

 

「次は……ペテン師のキスではなく、本気のキスをしてもらいますから……」

 

「……お手柔らかに頼むぜ」

 

「ふふ、嫌です」

 

そう言って甘える大淀に、俺は背中をさすってやることすら出来なかった。

だがそれは、憐憫の情ではなく、男としての――秋雲の心配なんぞ吹き飛ぶくらい――童貞としての俺が、一人の女を意識してしまったからであったのは、きっと、大淀にも伝わっていたことだろうと思う。

 

「安心しましたよ、色んな意味で」

 

本当……嫌味な奴だぜ……。

だが、そんなお前が、俺は――。

 

 

 

島を出るのは、雪風と霞、二隻と同じタイミングで、ということになった。

 

「皆さんには、まだ言いません。混乱をきたす恐れがありますので……」

 

「そうか……」

 

雪風と霞が島を出たら……か……。

俯く俺に、大淀はそっと寄り添い、手を重ねた。

 

「貴方なら出来ます……。信じて……いますから……」

 

「大淀……」

 

「それと……」

 

大淀は、とある写真を俺に見せた。

それは、例の秋雲の写真であった。

 

「な……!?」

 

「抽斗の中にありました。何故、これがあるのかは、なんとなく察しがつきます。ですので……」

 

大淀がスカートをめくる。

だが、そこには――。

 

「お、おい……」

 

「……この写真は没収します。だから……ね……?」

 

大淀は顔を真っ赤にさせると、そそくさと執務室を出て行ってしまった。

残された俺は――。

 

「あぁ……クソ……」

 

鳳翔もそうだったが、どうして島を出る決意をした奴は、こうも……。

 

 

 

翌朝。

何故か雪風が、俺を起こしに来てくれた。

 

「おはようございます! しれえ!」

 

「……おはよう」

 

見たところ、雪風以外いない。

にもかかわらず、この声量は一体……。

 

「どうした……? こんな朝早くから……」

 

「いえ、少し散歩でもと思いまして!」

 

「散歩?」

 

「はい!」

 

なにか話したいことがある……という事だろうか……。

 

「……分かった。ちょっと待ってろ」

 

「はい!」

 

ニコニコと笑う雪風。

なんか、不気味だな……。

 

 

 

先を行く雪風は、どこか楽しげであった。

 

「朝から元気だな……お前は……」

 

「しれえの元気が無いだけです!」

 

いや、それにしたって……。

 

「……で? どうした? なにか、話したいことがあったんじゃないのか?」

 

そう訊いてやると、雪風は不思議そうな顔で俺を見つめた。

 

「別にありません! ただ、しれえと散歩したかっただけです!」

 

「俺と散歩したかっただけ……?」

 

「はい!」

 

「……んな訳あるか。お前、なんか変だぞ。何かあるんだろ。いいから言ってみろよ」

 

そう言ってやると、雪風は少し寂しそうに笑って見せた。

 

「やっぱり、変ですよね……」

 

「え?」

 

「雪風も、おかしいと思っているんです。今朝から、何か変なんです……。無性に、しれえと散歩したくなって――いつものように、二人っきりでいる時のように振る舞おうと思ってはいるのですけれど、どういう訳か、子供の雪風になってしまって……」

 

子供の雪風に……。

 

「……フッ、何をはしゃいでいるんだ。そんなに俺と居たかったってことか?」

 

揶揄うように言ってやったが、雪風は表情を崩さなかった。

 

「それだけだったらいいんです……。でも、もしかしたら……」

 

「もしかしたら?」

 

「……いえ。それよりも、しれえ、肩車してください!」

 

「肩車?」

 

「響ちゃんにはやっていたじゃないですか! 雪風もやって欲しいです!」

 

まるで、子供のお願いだとでも言うように、目を輝かせる雪風。

もしかして、そういうテイで振る舞い、がっつり甘えようって魂胆か……?

 

「…………」

 

でも、まあ……。

 

「……いいぜ。ほら」

 

しゃがんでやると、雪風は背中に抱きついた。

 

「おっと……。おい、ちゃんと乗れよ」

 

「えへへ、すみません」

 

こいつも、ずっと我慢してきたんだろうしな。

全てを理解してくれる存在を見つけ――肩の荷が軽くなったのもあるのだろうが――。

 

「よっと……。結構重いな」

 

「成長期ですから」

 

成長期、ね……。

 

「なら、肩車なんてせがむんじゃねぇよ」

 

「えへへ、すみません」

 

と、言いつつも、おりることはしないんだな。

ま、幼児退行の一種だと思って、付き合ってやるか。

こいつには、色々と世話になっているしな……。

 

 

 

結局、朝食の時間まで、俺は雪風を肩車するはめになった。

 

「ほら、着いたぞ。おりろ」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

雪風はひょいとおりると、そそくさと食堂へと走って行ってしまった。

 

「ったく……」

 

肩車している間、雪風はずっと子供のテンションで居続けた。

走ってくれだの何だのと言われ――とにかく、響を相手するよりも疲れた。

 

 

 

ぐったりしながら食堂に入ると――。

 

「霞さん! 雪風と一緒に食べましょう!」

 

雪風が食事を持って、霞の隣に座っていた。

 

「あ、提督。おはようございます」

 

「おう、おはよう明石。朝から欲張りさんだな」

 

明石は何故か、二人分の朝食を手に持っていた。

 

「ち、違いますよ! これは、提督の分です! いつものように、霞ちゃんの隣へ置こうと思ったのですが……」

 

雪風に目を向ける明石。

なるほど……。

 

「……いいよ。昨日の件で、二人で食事をするのは却って不自然だと分かった。食事くらい、好きにさせてやりたいしな」

 

そう言って、明石から朝食を受け取る。

しかし、雪風の奴、また何か企んでいるな……。

霞もそう感じているのか、俺をチラッと見ていた。

 

 

 

結局、雪風と霞の会話は、雪風が一方的に話しかける形で終わった。

話の内容も、俺に関することではなく、ただの日常会話に留まっていた。

 

「何だったんだ、あいつは……」

 

「さあ? 大和さんに訊いてみたらいいじゃないですか」

 

書類を整理しながら、大淀は嫌味たっぷりにそう言った。

 

「……大和にはもう訊いた。あいつも分からないようであった」

 

「へぇ、そうですか」

 

まるで興味が無いとでも言うような――いや、却って気にしたくないという素振りにも見える。

 

「……ったく。ここまで分からないことが続くと、モヤモヤすると言うか、ストレスになると言うか……」

 

「提督が皆さんにやってきたことと同じですね」

 

これまた嫌味のように……。

 

「はぁ……」

 

考えるのをやめ、書類に向き合う。

すると、不安になったのか、大淀がこちらをじっと見つめだした。

 

「……別に、お前の嫌味に苛立った訳じゃないさ」

 

「……なんで分かるんです?」

 

「顔に書いてある」

 

大淀は自分の顔に手をあてると、小さくため息をついて見せた。

 

「……雪風さんの行動については、よく分かりませんけど……一つだけ分かることがありましたよ」

 

「ほう?」

 

「霞さんです。雪風さんとの会話中――尤も、霞さんは話していませんが――提督の方をチラチラ見ていたんです」

 

「俺の方を?」

 

確かに、一度だけ視線が合ったようではあるが……。

 

「明石との会話で気が付いていなかったのかもしれませんが、少なくとも十数回は見ていたかと……」

 

「よく見ていたな。霞の視線なんて」

 

「感じたんです。見られているなって。私は提督の前に座っていたので……」

 

確かにそうであった。

 

「何故、霞が俺を?」

 

「分かりません。しかし、何か思い出しませんか?」

 

「思い出す? 何を?」

 

「似たような事、以前もありましたよね?」

 

そう言うと、大淀はゲーム機に目を向けた。

なるほど……。

 

「望月の時か」

 

大淀が頷く。

確かに、そうだった。

あの時も――望月を攻略せんと、逆に関わりを断った時に――。

 

「あの時も、望月さんは何度も気にするように、提督を見ていました」

 

「霞も同じだと?」

 

「理由は分かりませんが、気になっていることは確かかと……」

 

もしそうだとしたら――いや、霞にそれが通用するのだろうか……。

 

「試してみる価値はあるかと思いますよ」

 

俺の心を読んだかのように、大淀はそう言った。

 

「なるほど……。それは、大和も気が付いていなかったことだ」

 

少し嫌味っぽい返しかと思ったが、大淀は嬉しそうに笑って見せた。

 

「……協力してくれるか?」

 

「大和さんに内緒にしてくれるのであれば」

 

「バレるかもしれないが?」

 

「その方が都合がいいです」

 

どう都合がいいのか、大淀は説明しなかった。

が、その表情は、今まで見たどの顔よりも『強い女』の顔をしていた。

 

 

 

その日の昼食は、大淀に言われ、海辺で摂ることになった。

 

「今頃、霞さんは気になっているでしょうね」

 

「……気になっているかどうかはいいとして、俺とお前が二人っきりになる必要はあったのか?『仕事を手伝ってくれたお礼』という理由で連れ出すには、いささか強引だったように思えるぞ」

 

「いいんですよ。その強引さが、却って怪しいのですから」

 

俺が、分からないといった表情を見せていると、大淀は小さく笑った。

 

「雪風さんと大和さんは、霞さんを惚れさせるように動いていますよね?」

 

「そうらしいな……」

 

「大淀たちもそれを承知しているはずだと、霞さんは考えているはずです。その大淀が、こうして提督と二人っきりになっているんです。本来なら、霞さんと二人っきりにさせるはずの大淀が、どうして……と」

 

そんな事、気になるか?

あの霞だぞ……。

 

「霞さんで無かったとしても、雪風さんと大和さんは、何かあるのだろうと考えるはずです。この大淀が、今の状況で、提督と二人っきりになるはずがないと……。自分たちの知らないところで、提督が何かを企んでいるのだと……」

 

なるほど……。

 

「あの二隻の心を乱すことで、作戦にも何らかの揺らぎが生じる。それを霞が見逃すわけがない……。嫌でも気になってしまう……という事か……」

 

「流石は提督です。今の霞さんは、提督ではなく、雪風さんと大和さんを警戒しています。そこに第三勢力を置くことで、提督を意識させようというのが、この作戦の目的です」

 

第三勢力……か……。

確かに、現状の構図は、霞と、雪風・大和チームとの戦いであって、俺はその戦いに巻き込まれている存在と言ってもいい状態だ。

そんな中で、どちら側も承知していない勢力が現れたと知ったら、いくらあの三隻でも、何かしらの疑いを持つはずだ。

それが大淀なら、尚更だろう。

 

「だから、大和たちには内緒だったのだな。まさか、そこまで考えているとは」

 

「まあ、ただ提督と二人っきりになりたかったのと、大和さんに一杯食わせたかったのが本音です」

 

サラっと答える大淀。

そんな大淀に、思わず笑ってしまった。

 

「とんだペテン師だ。お前がそんな事まで考えるとはな」

 

「上を行く同類をずっと見てきましたから。少し前の貴方なら、きっと同じことを思いついたでしょう」

 

そう言うと、大淀はニッと笑い、悪い顔を見せた。

 

「フッ……どうかな……。そこまで酷い発想は、中々思い浮かばないと思うぜ」

 

「そうでしょうか? だったら、この作戦における、次に提督がとるべき最適な行動を言ってみてください」

 

「……雪風と大和の作戦を無視し、お前とだけ交流する。わざとらしいくらいに……」

 

「フフッ」

 

ほらね、とでも言いたげに、大淀は白い歯を見せた。

なるほど……。

『上を行く同類をずっと見てきました』ってのは、本当のようだな。

それも、こんなに染まっちまうくらい、近くで――ずっと――。

 

 

 

昼食を済ませ、食堂に戻ると、案の定、皆の視線が俺たちに向けられていた。

 

「お帰りなさい、提督」

 

「おう。ただいま、明石。つーか、お前ら、まだ昼食摂ってんのかよ?」

 

「え、えぇ……まあ……」

 

明石が皆に目を向ける。

どうやら、俺たちが戻ってくるのを待っていたようであった。

その中で、雪風と大和は、大淀をじっと見つめていた。

大淀の言う通り、何かを企んでいるのだと、疑っているようだな。

で、あれば、ここで俺がやるべきことは――。

 

「ったく、さっさと食っちまえよな。大淀、片付けが済んだら、執務室に来てくれ。残りの仕事を片付けたい」

 

「承知いたしました」

 

「それと……」

 

「あ、はい。ご用意しておきます」

 

「……おいおい、まだ何も言っていないぞ」

 

「分かりますよ。あれですよね?」

 

「あぁ、多分それだ」

 

驚いたぜ……。

流石は大淀だ。

俺が何をしようとしているのかを察し、とっさに乗ってくれるとは……。

 

「…………」

 

皆に目を向ける。

案の定、俺と大淀の会話に、何かしら思うところがあったようで、それが顔に出ていた。

 

 

 

「大した女優だな」

 

そう言ってやると、大淀はわざとらしく髪をかき上げて見せた。

 

「提督も提督ですよ。さっきの会話……私との仲を見せつけるためにしたのでしょう?」

 

「あそこまでになるとは思ってもみなかったがな。お前の察しが良すぎたせいで、まるで熟年夫婦の会話のようになってしまった。俺としては「それと……」に続く言葉は……」

 

「これ、ですよね?」

 

大淀は、コーヒーを手渡した。

 

「……マジで分かっていたのか」

 

「私でなくても、分かりますよ。提督の行動は把握済みです」

 

得意げにする大淀。

そのドヤ顔には、色んな意味が含まれているのだろうな。

特に――。

 

「大和さん、すっごく大淀を見ていましたね……。フフ……ウフフ……」

 

「……嬉しそうで何よりだ」

 

 

 

結局その日は、ほとんどの時間を大淀と過ごした。

 

「では、こちらで失礼しますね」

 

「おう」

 

そう言うと、大淀は寮へと戻っていった。

 

「……流石に見送りはやり過ぎだよな?」

 

そう問い掛けてやると、大和は門の陰から姿を現した。

 

「気づいていましたか」

 

「流石にな……。大淀も気が付いているようだったぜ」

 

大和は小さく笑うと、黙り込んでしまった。

 

「……そう言うお前も、気が付いているんだろ? 大淀が何をしようとしているのか……。だからこそ、ここにいるんじゃないのか?」

 

「どうでしょうね」

 

それは、大和なりの抵抗であった。

 

「……探ろうとするのは結構だが、お前らの邪魔をするつもりはない」

 

「大淀さんが大和を強く意識しているのにもかかわらず……ですか……?」

 

あそこまで露骨にやられたら、大和も流石に気付くか……。

 

「それも作戦の内という事らしい。無論、私情が無いとは言わないがな。そう言うお前こそ、少し意識し過ぎだ」

 

「……なるほど。こうなることも、想定の内と言うわけですか……」

 

「どうだろうな」

 

そう返してやると、大和はムッとした表情を見せた。

仕返しだ、バカ。

 

「雪風は何と言っている?」

 

「……特に何も」

 

「何もってことは無いだろ。あいつの事だから、対抗策か何かを考えているはずだ。霞と接触していただろ? 何が狙いだ?」

 

大和は首を横に振るだけであった。

どうやら、本当に何も――少なくとも、大和には何も知らされていないようであった。

 

「最近の雪風さんは、作戦を忘れているかのように振る舞っています……。あれだけ霞さんとくっつけようといきこんでいたのにもかかわらず――作戦会議も、現状を見守ろうとの一点張りで……」

 

作戦を忘れているかのように……か……。

つーか、作戦会議なんてやっていたのか……。

 

「さらに、ここに来て大淀さんとは……。それも、あそこまで大和を意識して……。なによりも……」

 

大和の目が、俺を見つめる。

 

「なによりも……貴方が大淀さん側につくなんて……」

 

「いけないか?」

 

「いえ……。ただ……貴方は大和達に協力してくれているものだとばかり……」

 

「協力はしているさ。お前たちに言われた「いつもの提督でいてくれたらいい」というのには、協力しているだろ?」

 

「霞さんを惚れさせる、というのは?」

 

「大淀もその方向で動いている。やり方が違うだけで、目的は一緒だ」

 

「……大和達と対立する意味は?」

 

「対立していない。さっきも言ったが、そう感じているのはお前だけだ。大淀のそれは、あくまでも私情だ」

 

と、言ってはみたが、大和にそういう意識を持たせることも、作戦の内だ。

霞を意識させるために、大和にも対立意識を持ってもらう必要があった訳だしな。

 

「話はそれだけか?」

 

そう言って去ろうとした時、大和は言った。

 

「大和は、貴方の敵ですか……?」

 

「え?」

 

振り返ると、大和は――その表情は――。

 

「……あくまでも、方法が違うというだけだ。だから、そんな顔をするな……」

 

再び去ろうとする俺の手を、大和は掴んだ。

 

「大和……?」

 

「だったら……だったら大和は……貴方の味方がいいです……」

 

大和の手が、小さく震えていた。

なるほど……。

どうやら大淀の『作戦』は、想像以上に――そして、コイツも――だとしたら、俺は――。

 

「……俺はお前の敵ではない。霞を人化させる目的が一致しているのなら、味方だ」

 

大和の手を離し、俺はその場を立ち去った。

振り返ることは出来なかったが、おそらく大和は――。

 

 

 

翌朝になると、大淀が俺を迎えに来た。

 

「おはようございます。見てましたよ」

 

「おはよう。なんだ? 藪から棒に……」

 

「昨日の事ですよ。大和さんの泣き落としに負けなかったじゃないですか」

 

「泣き落としって……。つーか、やっぱり大和に気が付いていたんだな……」

 

「えぇ、まあ。提督は振り向かなかったので分からなかったと思いますが、あの後、大和さんは残念そうに帰って行きました」

 

残念そうに……か……。

すると、本当に泣き落としだったと言うわけか……。

だとしたら……。

 

「大した女優ですね。この大淀と等しく」

 

そう言うと、大淀は俺の頬を抓った。

どうやら、演技に気が付かなかった俺を責めているらしい。

 

「それにしても、大和さんがあそこまでするとは……。大淀の毒が効いたにしても、らしくないやり方をとってきましたね」

 

確かに、泣き落としなんて、一体どこで覚えたんだか……。

そもそも、どうしてそんな事を……。

大淀と等しく、対抗意識だけでやった……訳ではあるまいが……。

 

「雪風の入れ知恵なのかもしれないな。あいつなら考えかねん」

 

そんな事を話しながら、俺たちは寮へと向かった。

そして、食堂に入った瞬間、その答えを知ることとなった。

 

「……なるほど」

 

大和の背中――そして、その向かいに座るのは――俺を睨んでいたのは、夕張と明石であった。

 

 

 

食事は、恐ろしいほど静かに行われた。

いつも騒いでいる雪風も――何故か霞と一緒の席にいる――場の空気を察してか、静かであった。

 

「ここまでハッキリと分かれるもんかね……」

 

そう言って、俺は食堂を見渡した。

大和、夕張、明石の三隻は、食堂の端っこで。

霞と雪風は、俺と大淀の隣で。

山城は一人、我関せずの表情で飯を食っていた。

 

「まさか、大和があの二隻を味方につけるとはな……」

 

すると、入れ知恵したのは、夕張だろうな……。

俺がああいうのに弱いと知っていて……。

 

「雪風さんは、あちら側ではないのですか?」

 

大淀がそう訊くと、雪風はキョトンとした後、笑顔で言った。

 

「雪風は、しれえの味方です! しれえが大淀さんの味方をするのなら、こっちにつきます!」

 

コイツは本当、何を考えているのやら……。

つーか、なんだよその、何も考えていなそうなアホ面は……。

 

「お前が始めた作戦だろうが……。俺に味方するってことは、作戦を放棄するってことか?」

 

「いえ、作戦は継続します! 要は、やり方というか、そこにどんな私情があるのか、という問題ですから」

 

「お前はお前で、私情があると?」

 

「雪風は一貫しています。しれえは、自然体であるべきだと。大淀さんと組んだのも、しれえらしいと思います」

 

なるほど……。

 

「やり方の問題……私情の問題……。つまり、大和は私情で動いていると?」

 

雪風は答えなかったが、それですべてを察した。

つまり、大和もまた、大淀を強く意識している、ということなのだろう。

俺が『自然体で』大淀と組んだことに対し、大和はそれを良しとしなかった。

そして、同じく良しとしないであろう夕張と明石を、あのように――。

 

「どうやら、大淀の毒がよく効いているご様子で」

 

大淀は、わざと大和に聴こえるよう、そう言った。

 

「対抗しようとする気持ちは結構ですが、目的を見失っては元も子もありません。大淀にも私情はありますが、作戦との両立が出来ています」

 

その言葉に、大和が反応する。

 

「大和はそれが出来ていないと?」

 

「そうは言っていませんよ。しかし、何か思うところがあったようですね」

 

場の空気が、一気に険悪になる。

 

「おい、その辺にしておけ……」

 

そう言ってやると、大淀は勝ち誇った表情で、食事を再開した。

 

「ったく……」

 

いくら対立意識を持ってもらうとはいえ、あまりにも私情が入り過ぎているような……。

こんなんじゃ、霞も意識するどころか――。

そう思い、霞に目を向けると、何やら考え込むようにして、じっと、空になったお椀を見つめていた。

 

 

 

昼食の時も、大淀と大和の言い合いは止まなかった。

 

「大淀さんは、ただ提督を独占したいだけなんです。作戦の事なんて、考えてもいないのです」

 

ぶっこんできたのは、なんと大和の方であった。

大淀に直接言う――訳ではなく、夕張と明石に説明するかのように――されど、大淀へ聴こえるように、そう言った。

そして、案の定、大淀はそれに反応した。

 

「先に独占しようとしたのは、大和さんの方です。それでいて、なんの成果も出ていませんでした。提督もストレスに感じていたようですし――何よりも、提督は大淀を選んだのです。ですよね?」

 

「ん? あ、あぁ……まあ……」

 

フフン、と鼻を鳴らす大淀。

調子付いているな……。

大和の味方したろかな……。

 

「成果が出ていないのは、大淀さんも同じですよね? また乗り換えられないよう、頑張ることですね」

 

やたらと煽る大和。

泣き落としといい、なんだか、らしくないぞ……。

 

「これも作戦の内、ですよ」

 

「どうだか……」

 

シンとする食堂。

仕方ない……。

 

「お前ら――」

「――確かに、どちらも成果を出せていませんね!」

 

ぶっこんできたのは、雪風であった。

 

「大和さんは何も成せていませんし、大淀さんも、作戦とは言え、やり過ぎてしれえが呆れています!」

 

大淀が俺を睨む。

いや、まあ、ちょっとは呆れてはいるが……。

……つーか。

 

「余計なことを言うな雪風! お前らも、いい加減やり過ぎだ。そういうのは、食事以外のところでやってくれ」

 

「そういう貴方が、一番の原因じゃない? 大和さんを煽るように、大淀さんについたりして……」

 

「そ、そうですよ!」

 

「夕張、明石……。お前らまで……」

 

それから、ギャイギャイと言い合いが始まった。

止めようとしても、雪風が余計なことを言って――その繰り返しであった。

 

「お前ら、いい加減に……!」

 

その時であった。

霞が机を叩き、立ち上がった。

 

「か、霞……?」

 

そして、何やら怒りと悲しみが混ざったかのような目を見せると、そのまま食堂を出て行ってしまった。

 

「お、おい……!」

 

皆が、苦い顔を見せる。

やっちまった……とでもいうような……。

 

「……はぁ」

 

俺のため息に、大淀が申し訳なさそうな顔を見せる。

 

「……作戦の為とはいえ、やり過ぎたな」

 

それが俺のフォローだと分かっていたのか、大淀は何も言わず、小さくなってしまった。

 

「それと……悪かったな、山城」

 

山城は、気まずくなってしまったのか、食事に手を付けていなかった。

人が怒っている所とかを見るの、苦手なタイプなんだろうな……。

 

「……お前らは食事を続けてろ。俺は、霞を追う。ここに俺がいては、喧嘩になるだろうしな」

 

そう言って、俺は食堂を後にした。

 

 

 

霞は部屋にはおらず、外の堤防に座っていた。

 

「よう。探したぜ」

 

声をかけてやると、俺をチラッと見た後、すぐに海へと視線を戻してしまった。

 

「隣、座るぞ。よっと」

 

「……何の用よ?」

 

「飯、途中だったろ。ほら、こんなのしかないけど」

 

バナナを渡してやると、霞はサッと受け取り、それを食い始めた。

 

「……悪かったな。居心地悪くさせてしまって……」

 

「別に……。あんたが謝ることじゃないでしょ……」

 

「まあ、そうかもしれないが……。夕張達の言う通り、俺が原因でもあるからな……」

 

「相変わらず、罪な男ね……。あの大和さんですら、ああなっちゃうんだから」

 

確かに。

しかし、どうして大和は、あんなに大淀を煽ったんだ……。

雪風の野郎も、余計なことを……。

 

「……ごめんなさい」

 

「え?」

 

「こんな事になったのは、私が原因よ……。確かに、雪風の作戦に、勝手にしたら、とは言ったけれど……。ああやって、喧嘩させるつもりなんてなかった……」

 

そう言うと、霞は膝を抱え、小さくなってしまった。

驚いた。

てっきり、「巻き込まれて迷惑している」とでも言われるのかと思ったが……。

 

「……別に、お前の所為じゃないだろ」

 

「でも……もっと別の方法があったと思う……。私とあんたが、適切な距離感で交流するとか……。雪風たちを警戒して、あんたを避けていたから……」

 

こいつ……。

 

「じゃあ、なんだ? 俺と交流すること自体、別に嫌じゃなかったってことか?」

 

「そうじゃなかったら、こうして話していないわよ……」

 

なるほど、そりゃそうだ。

 

「私が恐れているのは、島を出てもいいかもって、思ってしまうかもしれないってことだけ……。そこに力を注いでいる雪風たちを警戒していただけで……」

 

「こうして話すこと自体は、恐れる事ではないと?」

 

「あんた単体では、それだけの力は無いでしょ……。じゃなかったら、私はここにいないはずよ……」

 

……なるほど、そりゃそうだ。

 

「それだけ、雪風や大和は恐ろしいか」

 

「えぇ……。あの二人の吹っ切れた顔をみたらね……。それに、あの二人は……」

 

霞は閉口すると、小さくため息をついてみせた。

 

「あの二人は?」

 

「……なんでもない。とにかく、和を乱して悪かったわ……。これからは、あんたと交流する時間を設けるわ……」

 

「え?」

 

「だから、みんなに言って欲しいの……。交流は上手く行っているから、喧嘩しないで欲しいって……。干渉するのをやめてって……」

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

「言ったでしょ? あんた単体の方がマシなのよ……。雪風と大和さん――大淀さんを相手にするよりも、あんた一人の方が楽だわ……。あんただって、呆れていたじゃない……」

 

まあ、そうだが……。

 

「……俺が言いたいのは、あいつらの為に、自己犠牲をとるのかってことだ。お前だって嫌だろ。無理に交流するのは……」

 

「別に、嫌じゃないって言ったじゃない」

 

「だが、良しともしていないはずだ。出来る事であれば避けたい、のではないのか?」

 

そう言ってやると、霞は俺をキッと睨んでみせた。

 

「そうして欲しいのなら、そうするけど?」

 

俺が何も言えないでいると、霞はフンッと鼻を鳴らして、立ち去ってしまった。

どうやら、都合のいい提案に疑念を抱く癖が出てしまったようだ。

これまで幾度となく出てきたこの癖は、必ずと言っていいほど、誰かを怒らせたり、悲しませたりしてしまっていた。

 

「……なるほど。確かにこんなんじゃ、俺一人では無理だと思われちまうはずだよな……」

 

残されたバナナの皮には、蟻が集っていた。

綺麗な列をつくるその姿を、俺はじっと、見つめる事しかできなかった。

 

 

 

寮へ戻り、皆に事情を説明した。

霞は気を遣っているのか、説明に立ち会う事はしなかった。

 

「――という事だ。あいつに気を遣わせてしまった……。こんな事になったのは、俺の所為だ。悪かった……。だから、もう喧嘩はしないでくれ……」

 

そう言ってやると、皆、反省しているのか、黙り込んでしまった。

 

「……とはいえ、霞には言えなかったが、これはチャンスだと思っている。せっかくの機会だ。何か、いいアドバイスなどがあったら、ご教授いただけると助かるよ。鈍感故、分かりやすく頼むぜ」

 

その言葉に、皆はようやく笑顔を見せてくれた。

 

「…………」

 

 

 

夜。

大淀の見送りを受け、家へと戻ると、大和と雪風が、俺を待っていた。

 

「よう。急に呼び出して悪かったな」

 

「いえ。このメモを見た時は、正直、驚きましたが」

 

「ラブレターかと思いました!」

 

俺は、こっそり、二隻へメモを渡していた。

『消灯後、誰にも気付かれないよう、家に来てほしい』と。

 

「メモには『誰にも』と書いてありましたが、これ、主に大淀さんの事ですよね?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「大和さんは分かりますが、どうして雪風も?」

 

そうとぼける雪風の額を、軽く突いてやった。

 

「お前ら、こうなることが分かっていて、大淀を煽ったな?」

 

二隻は答えない。

 

「……おかしいと思ったんだ。大淀をあそこまで煽るなんて、大和らしくないと。雪風にしてもそうだ。二隻の対立を煽るなんて。最初の方は、気まずそうに黙っていた癖に」

 

雪風はニコッと笑うと、大和に視線を向けた。

 

「雪風は、別に、こうなると思っていませんでした。ただ、大和さんがやたらと大淀さんを煽るので、何かあるなと思い、乗ってみただけです」

 

乗ってみただけって……。

 

「そうなのか?」

 

問い詰めるように、大和の目を見つめる。

すると、観念したのか、小さくため息をついてみせた。

 

「……食堂で、初めて大和と大淀さんの対立が表面化した時、霞さんは、どこか思い悩むような表情を見せていました。そこで思ったのです。もしかしたら、この対立に、何かしらの罪悪感を抱いているのではないか、と」

 

「それを確かめるべく、昼食の時に、あれだけ大淀を煽ったと?」

 

大和は小さく頷き、申し訳なさそうに俯いていた。

大淀に対して、あれだけの煽りをしたことに、大和自身も罪悪感を抱いているようであった。

 

「……なるほど。そこまで考えていたとはな……。つーか、そこまでするとはな……」

 

「もし、霞さんが罪悪感を抱いているのであれば、きっと、それをやめさせようと、交流するのではないかと……。以前、潮さんの件で、霞さんが提督を庇っていたのを思い出しまして……。そういうことが出来る優しい子なら、きっと――と……」

 

そういえば、そんなこともあったな……。

 

「そうか……。俺はてっきり、本気で大淀を煽っているものだと……」

 

大和は何故か、恥ずかしそうに手を揉んでいた。

 

「大和さんは本気でしたよ?」

 

「え?」

 

「だって、作戦を思いついたのは、朝食の時だったわけですよね? 朝食の時、もう既に、大和さんと大淀さんは対立していたはずです。雪風も、その為に大和さんから離れていたわけですから」

 

俺は大和を見た。

その表情は――。

 

「……雪風は、大和さんと大淀さんの対立に、いい気持ちはしませんでした。だからこそ、大和さんから離れたのです。しれえが、そんなお二人に呆れ、雪風を頼るようにならないか、とも思ったくらいです。でも、今回ばかりは、大和さんの味方をしたいです。しれえも知っての通り、大和さんは、らしくない行動をとりました。でも、そうなってしまうくらい、しれえのことを……」

 

そう言うと、雪風は俺を抓った後、寮へと戻って行ってしまった。

永い静寂が、俺たちを包み込む。

 

「大和……」

 

大和は意を決したかのように顔を上げると、悲しそうな表情で俺に言った。

 

「……どうしてですか」

 

「え?」

 

「どうして……大淀さんなんですか……。どうして……大和から離れてしまうのですか……」

 

「大和……?」

 

「どうして……」

 

大和は、泣いていた。

これがもし、泣き落としであったのなら、なるほど、大した女優ではあるが……。

しかし……。

 

「大和が……過去に……貴方に酷い事をしてきたからですか……? 大淀さんの方が……可愛らしいからですか……?」

 

「い、いや……」

 

「大淀さんに嫉妬する大和が醜いからですか……? 大和が嫌いだからですか……? 仰ってください……。嫌なところはなおします……。だから……だから……」

 

止めどなく溢れる涙を、大和は拭う事をしなかった。

美しい瞳が、俺を見つめている。

 

「……そんなに嫌か。俺が大淀につくことが……」

 

頷く大和。

 

「そんなに、大淀が嫌いか……?」

 

今度は否定する大和。

 

「じゃあ……何故……」

 

大粒の涙が、縁側を叩く。

大和はかすれた声で、言った。

 

「……きだからです」

 

「え……?」

 

「貴方の事が……好きだからです……」

 

世界が再び、静寂に包まれる。

大和の泣き声も――音という音が、全て消えた――ような気がした。

 

「……え」

 

大和が俯く。

長い髪がその表情を隠していたが、少しだけ見えた耳は、真っ赤に染まっていた。

 

「大――」

「――ごめんなさい」

 

大和は立ち上がると、そのまま走って家を出て行ってしまった。

 

「大和……」

 

夕張に言われ、その気持ちには気が付いていた。

だが、本人の口から言われると――。

 

「――……」

 

俺はしばらく、大和が座っていた場所を、見つめる事しかできなかった。

そこに大和はいないはずなのに――それでも、彼女の声だけは、ずっと――そんな気がするのは、きっと――。

 

 

 

翌日。

朝食は、執務室に置かれていた。

どうやら、霞との交流は、二人っきりでの食事、という形で行われるらしい。

 

「交流の機会を設ける意味合いもあるけれど、あんたがいると、食事もままならないから、隔離する意味もあるようだわ」

 

隔離……か。

そんな、病人みたいな扱いを……。

どっちかって言うと、俺は正常な方なんだがな……。

 

「ま、恋の病をまき散らしているんだから、無理もないわ」

 

「恋は病気じゃねぇだろ……。お前は感染しないのか?」

 

「艦娘は病気にならないのよ」

 

「だったら、あいつらも同じだろ。つまり、恋は病気じゃない。証明終了」

 

「傲慢すぎてウザいったら……」

 

 

 

食事中、霞はやたらと話しかけてきた。

 

「あんた、お蕎麦屋さんのカツ丼とか好き?」

 

「ん? あぁ、好きだよ。ダシが利いてて美味いんだよなぁ」

 

「鴨蕎麦は?」

 

「それも好きだ。つーか、なんだよその質問……。ピンポイントで好きなもの当てやがって……」

 

「夢で見たのよ。やっぱり、あの男はあんたのようね」

 

そう言って、味噌汁を啜る霞。

 

「俺の好みが、夢の男と一致していると?」

 

「えぇ」

 

「……何故、今そのことを?」

 

「確かめたかっただけよ。そうする機会も無かったし、交流の為の話題も無かったし」

 

なるほど……。

 

「真面目に交流してくれているわけか。そりゃありがたいネ」

 

茶化すように言ってやったが、霞は鼻で笑うだけであった。

 

「……そういや、最上の小説は読み終わったのか?」

 

「えぇ」

 

「なら、俺に貸してくれないか? まだ読んでいないんだ」

 

「別に構わないけれど、褒められたものじゃないわよ?」

 

「言うてプロだろ? 読めなくはないはずだ」

 

そう言ってやると、霞は何か考えるように、腕を組んで見せた。

 

「霞?」

 

「……最上の本、貸してあげてもいいけれど、条件があるわ」

 

「条件?」

 

「短編でもいいから、あんたも小説を書いて見せて」

 

「はぁ? 俺が? 何故?」

 

「夢の男も小説家だったし、好みが一緒のあんたになら、書けるんじゃないかしら?」

 

「……俺にロープレしろと? そんなに俺を夢の男にさせたいのかよ?」

 

霞は首を横に振ると、退屈そうに言った。

 

「言ったでしょ? 確かめたいだけよ……。それとも『霞からの交流の提案』をみすみす逃す?」

 

こいつ……。

 

「ちなみに、最上に小説のイロハを教えたのは、あんたの親父よ。少しでも血を引いているというのなら、出来るはずでしょ?」

 

「……親子だから出来るって訳じゃねーぞ」

 

霞はため息をつくと、空になった食器をまとめ始めた。

 

「せっかく焚きつけてあげているのに……。悪い癖、出ているわよ」

 

そして、そのまま執務室を出て行ってしまった。

何が目的なのは分からない。

が……。

 

「……それを疑うことが、悪い癖ってわけか」

 

 

 

食器を持って食堂へ向かうと、大和と大淀が待っていた。

 

「大和さんと話し合いまして……」

 

何を話し合ったのかは言わなかったが、仲直りしたようであった。

 

「ご迷惑をおかけしました……」

 

「いや……。結果として、こうして霞と交流が出来たからな。結果オーライだ」

 

俯く大淀とは違い、大和はどこか安心したかのような表情を見せていた。

 

「それで、色々と話し合ったのですが、大和と大淀さんの二人で、提督のサポートをさせていただけないかと思いまして……。いかがでしょうか……?」

 

「なるほど。最強の二人が組むって訳か。喧嘩しないってんなら、是非お願いしたい」

 

そう言ってやると、二隻は嬉しそうな表情を見せてくれた。

 

「雪風はいれてやらなかったのか」

 

「提案はしたのですが、断られちゃいまして……」

 

「協力はする、との事でしたが……」

 

なるほど……。

二人に気を遣ったというよりも、漁夫の利的なものを狙っているのかもしれないな……。

或いは、別の目的があるのか……。

 

「……まあいい。早速だが、ちと相談に乗って欲しいのだが、いいか?」

 

俺は、霞から持ち掛けられた交流について話してやった。

 

「――と言うわけで、小説を書くことになった。親父は最上に小説を教えてやっていたらしいが……。親父は小説なんか書けたのか?」

 

「小説が書けた……と言うわけではなく、おすすめの小説を与えたり、最上さんが書いた小説に感想を言っていた……という感じです。大淀にも、時々見せてくれました」

 

「なるほど……。大和はどうだ?」

 

「……佐久間さんの事はよく分かりませんが、最上さんは、霞さんにも感想を求めていたことは知っています。結構辛辣な事を言っていたようでした」

 

霞に感想を求めていた……か……。

それほどまでに、霞の意見は的を射ていたという事だろうな。

 

「すると、下手なものを見せてしまえば、マズい事になるかもな……」

 

「提督は小説を書いたこと、無いのですか? それに近い経験も?」

 

そう訊かれ、一瞬、答えに詰まってしまった。

それは、柊木とのことがあったからであった。

たった一度だけではあるが「雨宮君も書いてみて……?」と言われ、書いたことがあったような……。

 

「……無いな。小説を全く読んだことがないわけではないが……」

 

「上手に書いて欲しいと言った訳ではないようですし、ありのまま書いたら宜しいのでは? 霞さんは、それを求めているのかもしれませんし」

 

同意しているのか、はたまた「ありのまま」に反応しているのか、大和は何度も頷いていた。

 

「それが提督の魅力ですしね。大淀さん」

 

「ふふ、そうですね」

 

二隻が何を話し合って仲良くなったのか、今、分かった気がした。

 

 

 

結局、執務室にこもり、小説を書くことにした。

 

「ありのまま……か……」

 

ふと、昔、柊木に言われたことを思い出す。

 

『ありのまま書けばいいんだよ』

 

あの時、俺はどういう作品を書いたっけかな……。

柊木がどんなリアクションをしたのかも、もう覚えていない。

ただ、柊木の作品に影響されたことは覚えている。

あいつの作品は、どこか大人っぽくて――話の内容はよく分からなかったが、難しい事を書いているのは分かっていた。

だから俺も、難しいものを書いたような……。

 

「ああ、そうか……」

 

それを書いた後か。

『ありのまま』と言われたのは。

だとすると、やはり、俺の書いたものは駄作だったわけか……。

 

「ありのまま……」

 

今の――ありのままの俺は――。

 

 

 

夕食時、霞に小説を渡した。

 

「もう書いたの?」

 

「あぁ。昼食も忘れて書いていた。とは言え、短編とも言えぬほど、短い作品だがな」

 

小説を受け取った霞は、夕食も忘れ、小説を読み始めた。

 

「おい、今読むなよ。恥ずかしいだろ……」

 

「恥ずかしいものでも書いてきたの?」

 

「いや……つーか、まずは飯を食えよ」

 

そう言っても、霞は読むことを止めなかった。

永い沈黙が続く。

 

「……先食っているぞ」

 

 

 

俺が食い終わった頃、霞も同じく読み終わったようであった。

 

「やっと読み終わったか。そんなに長い作品じゃなかったはずだろ。何をそこまでじっくり読んでいたんだ?」

 

「うるさいわよ。読み方なんて、人それぞれでしょ」

 

霞は小説を置こうとして、何かに気が付いたのか、もう一度目を通し始めた。

 

「おい、夕食――」

「――ここ」

 

霞は俺に密着するよう近づくと、小説のとある一文を指した。

 

「ここの表現、これって、何か意味があるの?」

 

「え?」

 

「ね、教えて? あと、ここもなんだけど……」

 

「あ、あぁ……それは――」

 

霞は、小説の表現、意図――それらに興味があったようで、なんでも訊いてきた。

その食いつきっぷりは異常で、俺の言葉を一言一句聞き漏らさんと、息がかかるほど顔を近づけていた。

 

「――という意図があって……。つーか、ちけぇよ……」

 

「あ、ごめんなさい……。それでそれで?」

 

「……いや、以上だ。もう説明するようなところはない……」

 

「そっ」

 

そう言うと、霞はあっさり離れ、夕食に手を付け始めた。

 

「……そんなに面白かったのか? この小説……」

 

「まあ、そこそこ面白かったわ。でも、それ以上に……」

 

「それ以上に?」

 

「……ねえ、また書いてよ。今回の話、あんたが海軍に入るまでの過去を、ファンタジーで暈した作品でしょ?」

 

「……そうだが」

 

「やっぱり。あんた、ファンタジー向いていないわよ。暈すにしても、世界観はちゃんと現実に沿ったものにしたら、もっと面白いものが出来るはずだわ。やってみて」

 

霞はニコッと笑うと、夕食をガツガツ食い始めた。

時折、何かに気が付いたようで、小説に目を通していた。

 

 

 

霞とのことを大和と大淀に報告すると、大変驚いていた。

 

「凄い反応ですよ、それは」

 

「小説を書くという事が、正解だったんですね」

 

「正解……かどうかは、まだ分からんがな……」

 

霞の悩みから始まり、戦争の訓練、恋愛――。

結果として、霞の心を開いたのは――あんな笑顔を見せてくれるようになったのは、それらと一切関係ない、小説だった……と……。

こんなアホみたいな話、まるで――。

 

「…………」

 

 

 

翌朝。

執務室に向かうと、何故か、霞ではなく、雪風が食事を持って来ていた。

 

「……何してんだよ?」

 

「霞さんに招待されたんです!」

 

「霞に? 馬鹿な……」

 

「本当よ」

 

霞は、俺の書いた小説と、食事を持って、部屋へと入って来た。

 

「……何故、雪風を?」

 

「それがね? 雪風ってば、結構読解力があるのよ。皆にあんたの小説を見せたんだけど、細かい表現とか、あんたの意図とか、全部言い当てたのは、雪風だけだったのよ」

 

「しれえが考えそうなことを言ったまでです!」

 

俺が考えそうなことを、ねぇ……。

どうせ、霞の夢を覗いたかなんかしたんだろ……。

つーか、皆に見せたのかよ……。

 

「……だから雪風を呼んだと?」

 

「そうよ。まだまだ語りたいところがあるから、雪風を呼んだの。あんたが無意識に表現しているところまで、雪風は考察しているようなのよ」

 

「考察って……。そんな立派な作品じゃなかっただろ……。お前だって、そこそこって言っていたし……」

 

「うっさいわね……。物語自体は……って話なのよ。解釈は人それぞれだから、立派でなくとも考察はするわ。そうよね?」

 

「はい!」

 

雪風は俺を見ると、ニコッと笑って見せた。

こいつ……。

 

 

 

食事中、霞と雪風は、俺の作品を話題に盛り上がっていた。

 

「――しれえはそういうところがありますから、表現は控えめなんだと思います。それが却って、読者の想像を掻き立てるといいますか――」

 

「そうそう! そうなのよ! 控えめっていうか、ダイナミックさに欠けるのよね。島に来たばかりの、あの訳分かんない感じと違って、繊細というか、なんというか……」

 

「しれえは優しすぎるんですよ。ね、しれえ!」

 

ね……って言われてもな……。

 

「けど、雪風。あんた、本当によく分かっているわ。どこで培ったってのよ?」

 

「先ほども言いましたが、しれえが考えそうなことを言ったまでです。雪風はしれえが大好きです。だからですかね?」

 

雪風がニコッと笑うと、霞は退屈そうに「ふぅん」と返事をするだけであった。

 

「けど、雪風以上に、しれえのことが好きな人はたくさんいます。きっと、その方たちの方が、しれえの作品をよく理解できるのかもしれません」

 

「どうかしら? 見せてみたけど、微妙な反応だったじゃない」

 

「それはそうだと思いますよ。雪風たちは、この作品に、しれえらしさを見ましたが、それはあくまでも、雪風たち駆逐艦に見せる「しれえらしさ」であって、大人組に見せる「提督」としての彼とは、違うからだと思います。ジャンルもファンタジーでしたし、もっと大人な作品をしれえが書いたのなら、雪風も理解できないものになるかもしれません」

 

それをどう感じたのかは分からないが、霞は俺をチラリと見ると、退屈そうにため息をついて見せた。

 

「そういう意味では、雪風はもっと、しれえの事が知りたいです。大人組に見せるような――恋してしまうようなしれえが見たいです!」

 

…………。

 

 

 

朝食を済ませ、一人になった雪風を呼び止めた。

 

「話しかけてくると思いました」

 

「……なら、俺が何を考えているのかも分かるだろ?」

 

雪風はニコッと笑うだけであった。

それで理解できる俺も大概だが……。

 

「漁夫の利……って訳か……」

 

「ですが、大淀さんと大和さんよりかはマシかと思います。雪風にも私情はありますが、あのお二人ほどガツガツしていませんし、しれえにとって有益な行動となっているはずです」

 

有益な行動……ね……。

 

「あんな理由で、霞が俺を知ろうと――恋をするほど夢中になるとは思えんがな……」

 

「それはしれえ次第かと」

 

「あ?」

 

「霞さんが理解できないほど、大人な作品を書いたらいいんですよ。大人組にしか理解できない――いや、出来てしまう作品を」

 

そう言っていたはずだ、とでも言いたげに、雪風は真顔であった。

 

「……そんな才能はない」

 

「えぇ、そうでしょうね」

 

「…………」

 

「ですが、それは大人組も同じです。なればこそ、響くのです。大人組だけに」

 

「意味が分からんのだが……。どういうことだ?」

 

「ありのまま、ですよ、しれえ。ありのまま、しれえの気持ちを書いたらいいんです。対象は大人組に、です」

 

ここまで言えばわかるはずだ、とでも言いたげに、雪風は去って行った。

 

「大人組に向けての気持ち……か……」

 

ありのまま……。

 

 

 

夕食前、俺は霞に、新しい小説を渡してやった。

 

「……枚数が少ないわね。途中? だとしたら……」

 

「いや、まあ、なんというか……。それで完結していると言うか……」

 

「ふぅん……」

 

霞は原稿用紙に目を通すと、小さく言った。

 

「詩……みたいな感じね……。随分と難しい言い回しというか、曖昧過ぎると言うか……」

 

「考察、好きなんだろ? どういう意味なのか、考えてみろよ」

 

そう言ってやると、霞は俺をキッと睨みつけた。

そして、そのまま用紙を持って、自室へと戻って行ってしまった。

 

 

 

夕食の時間になっても、霞は現れなかった。

仕方がないので、食堂へと向かう。

 

「あ、提督。今日はこちらなんですね」

 

「あぁ、明石。霞が自室から出てこないんだ。俺の食事を用意してくれるか?」

 

「もちろんです!」

 

明石が嬉々として食事を用意している間、俺は食堂を見渡した。

何故か、雪風がいない。

 

「雪風さんなら、霞さんのところですよ。食事を持っていったようです」

 

「……そうか」

 

相変わらず、何を考えているのやら……。

 

「提督、今日はずっと、自室に居ましたね。お仕事が溜まっているようなら、大淀を頼ってください」

 

「あぁ、ありがとう。仕事っつーか、霞の為に小説を書いてやっていたんだ」

 

「そうでしたか。どこかへお電話されていたようでしたので、てっきり仕事かと」

 

そんな会話をしていると、食堂へ霞と雪風がやって来た。

 

「ちょっと!」

 

霞は真っ先に俺の方へと駆け寄ると、先ほどの小説を俺に見せた。

 

「なによこれ!? 意味が分からないったら!」

 

「意味が分からない……とは? 具体的に、どこが分からないんだ?」

 

「全部! なんか……何かに例えた話なんだろうけれど……私たちの知らない表現方法というか……筆者にしか分からない表現ばかりじゃないのよ! そうよね!?」

 

霞が雪風を見る。

雪風は何度も頷くと、霞と同じように俺を睨んでいた。

 

「ほら! 雪風でも分からないなんて……ぼかし過ぎなのよ! こんなの……小説でもなんでもないわ! 書き直して!」

 

「書き直せって言われてもな……」

 

霞から渡された小説を、大淀が手に取る。

 

「そんなに難しい作品なんですか?」

 

「おい……」

 

と、言っては見たものの、ナイスだ大淀。

それを待っていた。

後は、内容を理解してくれるかどうか……だが……。

 

「うーん……。確かに、難解といいますか……」

 

「そんなに?」

 

明石、夕張が覗き込む。

だが、やはり理解できなかったようで、眉をひそめていた。

やはり、こいつらには……。

 

 

 

数時間前、俺は柊木に電話をかけていた。

 

『――それで、私に電話を?』

 

「あぁ、そうだ。出来るだけ、難しい表現が欲しくてな……。子供が分からないような……大人にしか分からないものというか……そういうのが書きたいんだ」

 

雪風に「ありのまま」と言われはしたが、やはり俺には、難しい事であった。

そこで俺は、柊木にアドバイスを貰おうと、電話をかけたのであった

 

『とっても嬉しいのだけれど、私でよかったの? 最上さんとかの方が……』

 

「最上の表現では、きっと霞に見抜かれてしまうだろうと思うんだ。それに、俺が昔読んだ柊木の小説は、俺が求めている表現に近い感じがするんだ」

 

子供ながらに、理解するのは難しい内容だったようにも思えた……とは、流石に言えなかった。

 

『そ、そっか……。えへへ……。私でよかったら、なんでもするよ。それで、内容はどんな感じでいくの?』

 

「そうだな……。こう……大人な感じ……としか考えていなくて……」

 

『大人な感じ……』

 

電話口の柊木は、少し考えるように唸った後、小さく言った。

 

『じゃ、じゃあ……その……官能小説とか……どうかな……?』

 

「官能小説……?」

 

『う、うん……。ストーリーが無くてもいいから……雨宮君が感じた……官能的なものを書く……みたいな……』

 

官能的……。

 

『で、でも! 直接的な表現は良くないから……暈す必要があって……。例えば、花とか、蜜とか――そういう表現を使う事があってね……?』

 

 

 

官能的になったかどうかは分からないが、柊木に教わった表現を使い、俺はショートショートのようなものを仕上げた。

皆はよく分かっていないようだが、おそらく――。

 

「大和も読んでいいですか?」

 

「……あぁ」

 

読み進める度に、大和の顔が赤くなって行く。

やはり、大和には分かる表現だったか。

――いや、表現が分からなくとも、内容は分かるはずだ。

何故ならば――。

 

「大和さん?」

 

大和は小説を置くと、俺をじっと見つめた。

 

「どうだった?」

 

俺が訊いてやると、大和は閉口し、俯いてしまった。

 

「や、大和さん? 一体どうして……」

 

大和は、大淀に近付くよう手招きすると、耳打ちで何かを伝えていた。

そして、大和と同じように顔を真っ赤にさせると、俺を睨み付けた。

 

「ててて、提督! な、なんてことを書いているのですか!?」

 

「なにって……。夜に咲く花を美しく感じたという作品だ。何を怒っている?」

 

「い、いや……それだけにしては……。だって、ここ! この表現って……! 花の意味を考えると……!」

 

「考えると、なんだ?」

 

大和と同じように、閉口する大淀。

それ以外の全員が、ぽかんとした表情を見せていた。

 

「ど、どういうこと……? どんな意味があったって言うのよ……?」

 

霞の問いに、答えることが出来ない二隻。

そらそうだろうよ。

そういう意味であるかどうかを、俺は明確にしていないし、何よりも、子供(ガキ)に教えるには――。

 

「どう捉えるかは自由だ。ファンタジーは向いていないようだが、お前の好きな考察しがいのある作品になっただろ? 現に、大和は何かに気が付いたようだしな」

 

そう言って、俺は席につき、夕食に手を付けた。

霞はムッとした表情のまま、小説を手に、食堂を後にした。

それを雪風が追う。

 

「……で? どういう意味だったのよ?」

 

ムッとする夕張と明石。

 

「……さぁな」

 

悶々としているのは、大和も大淀も同じようであった。

山城は、相変わらず我関せずといった感じだ。

 

 

 

食事を済ませ、執務室へと向かうと、大和と大淀、山城――を除いた連中が集まっていた。

 

「何の集まりだ?」

 

「あんたが書いた小説を考察する集まりよ」

 

「……そうかい。で、どうしてここに? よもや、俺に訊こうというわけでもあるまいに」

 

「あんたには訊かないわ」

 

「じゃあ、なんだって……」

 

「教えない!」

 

霞は、フンッと鼻を鳴らすと、皆と小説を囲み、ああでもないこうでもないと、考察を始めた。

つまり、嫌がらせというわけですか……。

 

「――だと思うんだけど、どうかしらねっ!?」

 

皆が、俺を見る。

なるほど……。

 

「俺の反応が欲しいのなら、やめておけ。それに、反応で分かってしまっては、面白くないだろうに……」

 

「別に、反応を見ているわけじゃないし……」

 

「じゃあ、俺は居ない方がいいな。消灯時間も近いし、今日は早めに家に帰らせてもらおう。新しい小説も執筆したいしな」

 

新しい小説の執筆。

それを聞いて、明らかに霞の目の色が変わっていた。

 

「ただ、その考察とやらが終わるまで、新しい小説は見せられないから、ゆっくりと書かせてもらう事にするぜ。じゃあ、お休み」

 

俺は反応を見ることなく、執務室を出た。

 

「フッ……」

 

思わず手の平を見る。

何の、とは言わないが、確かな手ごたえを感じていた。

 

 

 

家に帰ると――。

 

「……よう」

 

明かりも点けず、縁側に座る大和は、月明りも無いのに、何故かハッキリと、その姿を見せていた。

 

 

 

蚊取り線香をつけてやると、大和は物珍しそうに、それを見ていた。

 

「面白いものでも無かろう」

 

「いえ、懐かしいと思いまして。十数年は見ていませんでしたから」

 

懐かしい、か……。

こいつらの生きてきた時間を考えれば、十数年なんて、ちっぽけなもののようにも思えるがな。

 

「して、どうした?」

 

と、訊きはしたが、まあ、おそらく――。

 

「……小説のことか?」

 

大和が小さく頷く。

視線を落とし、手を揉んでいた。

 

「あんな……」

 

「…………」

 

「あんなこと……思ってらしたのですね……。大和に対して……」

 

俺はとぼけるようにして、空を仰いだ。

星の綺麗な夜であった。

 

「あの小説は……あの日――大和と提督が、大和島で――二人で海にいた時の事を……書いているんですよね……?」

 

「どうかな。特に意味のない作品だったのやも知れんぜ」

 

とぼける俺に、大和はムッとした表情を見せた。

 

「あくまでとぼけるのですね……。大和が『そういう解釈』をする艦娘だと……?」

 

「そういう解釈とは、どんな解釈だ?」

 

そう訊いてやると、大和は顔を真っ赤にさせ、俯いてしまった。

 

「……どうしてあんなえっちな感じで書くのですか。大和だけが、あの日の事だと気が付いたからいいものの……」

 

「大淀に自ら教えていたのにもかかわらず、か?」

 

「大淀さんには、表現がえっちなんだと伝えただけで、あの日のことだとは……」

 

問い詰めるかのように、大和が俺をじっと見つめる。

その瞳があまりにも可愛らしくて――。

 

「……ああ、そうだ。あの日の事を書いた……。霞には分からない表現をするために、官能的に書いたんだ。その……少し大げさにな……」

 

書いている時も、こうして答えを言う直前までも、別に平気であったはずなのに、大和を目の前に真実を言った瞬間、急にあの作品が恥ずかしく思えてしまった。

 

「どうして……あの日の事を……? 霞さんが分からないようにするのなら、あの日のことでなくても……」

 

「……分からん」

 

「分からないことは無いはずです……。意図して……選んだはずです……」

 

大和の目が、俺を責め立てる。

だがそれは、セクハラだと訴えているというよりも、どこか、真相を知りたいというような――覚悟を決めるかのような――そんな瞳であった。

 

「提督……」

 

俺が黙っていると、大和は――。

 

「お、おい……」

 

俺の手を掴むと、その手を、自分の胸に押し付けた。

 

「同じです……」

 

「え……?」

 

「私も……ドキドキしていたんです……。小説に書かれていた通り――貴方の背中に寄り添ったあの日、貴方が感じたのと同じように――今も――」

 

心臓の鼓動――熱――全てが、手に伝わってくる。

速く――熱く――そして――。

 

「――っ……」

 

大和と目が合う。

赤く――少し発汗が見られる。

その熱が、視線に乗り、俺にも伝染した。

 

『恋の病』

 

そんな言葉が、ふと頭に浮かぶ。

 

「…………」

 

大和が、ゆっくりと近付く。

お互いの息遣いは荒く――だが、その影に、静かな感情が芽生える。

それを知ってか知らずか、大和は――唇が触れる直前で、ゆっくりと頭を下げ、俺の胸に体を預けた。

そして、小さく言った。

 

「この経験も……小説にしたらいいと思います……」

 

息が整うのと同時に、静かな感情が広がって行く。

不思議だ。

こうして触れている時の方が、冷静でいられるだなんて。

 

「……あぁ、いい小説が書けそうだ。ありがとう……大和……」

 

そう言ってやると、大和はそっと離れ、顔も見せず、家を出て行った。

 

「…………」

 

離れれば離れるほど、強く意識するようになる。

 

「本当……不思議だな……」

 

きっと、これが――これこそが本当の――。

 

 

 

それからも、小説を書き続けた。

霞には見せないように――というテイでいたが、あえて見つかってしまうような場所に、小説を隠していた。

案の定、霞に見つかり、皆へと共有された。

 

「隠しても無駄だから」

 

嬉々として、俺に小説を見せつける霞。

だが、読み進めるにつれ、苦い表情を見せていた。

 

「あんた……また訳の分からない小説を……」

 

霞と等しく、皆が怪訝そうな表情を見せる。

だが――。

 

「こ、これって……!」

 

明石が顔を真っ赤にさせる。

 

「て、提督! こここ、これって……その……あにょ……」

 

「え、なに……? 何か分かったの……?」

 

霞の問いに、黙り込む明石。

なるほど。

どんなに暈しても、自身の体験であれば、内容に気付くことが出来る、というわけか……。

 

「て、提督……! ちょっと……!」

 

明石は近づくと、耳打ちで話し始めた。

 

「どうしてあんなこと書くんですか……! アレって……あの夢の事ですよね……!?」

 

「さあ、どうかな……」

 

「うぅ……あの夢の事をこんな形で……。えっちすぎです……。提督のばか……」

 

そんなことを言いつつも、明石は何度も何度も、小説に目を通していた。

 

 

 

そんな調子で、思い出だったり、本人しか分からないような文言をいれたりして、皆との事を小説にして書き続けた。

その度に、霞の苛立ちは募って行き――だが、周りが理解している事に対して、何やら焦りのような感情も見せていた。

 

「霞ちゃん、夕食も食べずに、貴方の小説を読んでいるみたいよ。いい加減、解説してあげたらどうなのよ?」

 

「それを霞が望んでいれば、そうしてやってもいいがな。気になるようなら、お前から解説してやったらいいんだ。この前の作品なんかいいじゃないか。自分のことを書いているだなんだと騒いでいた、あの作品をよ」

 

そう言ってやると、夕張はムッとした表情を見せた後、俺の尻を蹴り上げた。

夕張に対しての小説は、別に官能的ではなかったのだが、本人的には恥ずかしいものだったのだろうな。

 

 

 

そんなある日のことであった。

 

「あれ、今日は一人なのか」

 

執務室に戻ると、いつも居るはずの「あんたが書いた小説を考察する集まり」は無く、霞一人だけであった。

 

「最近、集まりが悪いとは思っていたが、とうとう一人になっちまったってわけかい」

 

「……うるさいわね。別に、一人でも考察は出来るし……」

 

「なら、ここでする必要もなかろうに」

 

そう言ってやっても、霞は無視するようにして、小説やら辞書やらを広げ始めた。

集まりが悪いのは、おそらく、俺がやろうとしていることを、皆が理解してくれたからだろうな。

或いは、自分の事が書かれた小説に満足したか……。

 

「ま、勝手にしろ……」

 

そう言って、俺は書類仕事に取り掛かった。

霞は、しばらく小説とにらめっこしていたが、急に立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。

 

「流石に飽きたか……」

 

と、思っていたのだが、何やらトレーを持って戻って来た。

そして、俺の傍に座ると、トレーに載っていたカップを差し出した。

 

「え?」

 

「コーヒーよ……。いつもなら、休憩している時間でしょ……」

 

時計を見る。

確かに、そんな時間であった。

 

「そうか。悪い、ありがとう。しかし、どういう風の吹き回しだ? こんな事、したことないだろうに」

 

「こうでもしなければ、ずっと仕事していたでしょ……。今日は誰も来ないし、仕方なくよ……」

 

仕方なく、か……。

別に、放っておいてくれても、死にゃしないんだがな。

 

「仕事、まだかかるの?」

 

「ん、まあ、あと少しってところだ。別に、今日仕上げなきゃいけないもんでもないが、やることも無いしな」

 

「ふぅん……」

 

霞は、コーヒーに口をつけると、じっと、俺の目を見つめた。

 

「どうした?」

 

「……別に。最近、どうなのよ?」

 

「最近どう、とは?」

 

「その……調子とか……色々よ……」

 

霞らしからぬ、曖昧な質問だ。

 

「調子か……。まあ、普通だよ」

 

「そう……。姉さんは元気にしている……?」

 

「朝潮? あぁ、相変わらずだよ。最近、青葉と仲良さそうにしている」

 

「そう……。皆はどうしている?」

 

霞は、あまり興味が無さそうに、質問を続けた。

一応、答えてやってはいるが……。

 

「あと……あと……」

 

話題が尽きたのか、黙り込む霞。

 

「霞」

 

「…………」

 

「……どうした? なんか、今日、変だぞ、お前……」

 

霞は小さくため息をつくと、退屈そうに小説を手にした。

 

「やってみただけよ……」

 

「え?」

 

「あんたを理解しようと……してみただけ……。考察……行き詰ったから……」

 

なるほど……。

 

「考察する会の集まりも悪いしな。して、何か分かったか?」

 

霞は首を横に振るだけであった。

 

「そうか。そら残念だな」

 

そう言ってやると、霞は悲しそうな表情を見せた。

 

「あんたが分からない……」

 

「え?」

 

「あんたが何を考えているのか……全く分からない……。戦う決意をしたと思ったら、やめちゃうし……。大和さん達の味方をしたと思ったら、対立するし……。私との交流を大事にするかと思ったら……わざとこんなの書いてくるし……」

 

霞は俯くと――俺の言葉を待っているようであった。

 

「それでも、俺の事を理解してくれている奴はいる。まるで、その小説のようだな」

 

「……そうね」

 

霞は小説を置くと、俺の目をじっと見つめた。

 

「あんたを理解することが、小説を理解することなのか……。小説を理解することが、あんたを理解することなのか……」

 

そう呟く霞に、俺は揶揄うように訊いてやった。

 

「なんだよ? 小説ではなく、俺を理解したいってことか?」

 

怒られたり、飽きられたりするものかと思ったが、霞は――。

 

「霞……?」

 

「……部屋に戻るわ」

 

「え? お、おう……」

 

霞は振り返ることも無く、部屋を出て行ってしまった。

残された小説や辞書には目もくれず……。

 

「…………」

 

 

 

しばらくすると、雪風がやって来た。

 

「おう、どうした? 霞の考察に付き合ってやらないのか?」

 

「えぇ、もういいんです。必要なくなりましたから」

 

「あ?」

 

雪風は、散乱している小説を一冊手にすると、小さく笑って見せた。

 

「霞さん、とうとう小説を手放しましたか」

 

そして、反応を見るよう、俺に目を向けた。

 

「どういうことだ?」

 

「……相変わらず、鈍感ですね」

 

無視して視線を外そうとすると、雪風は膝の上に座って来た。

 

「おい……」

 

「ですから、考察ばかりしてきた霞さんが、どうして小説を置いて行っちゃったのかって話です」

 

「……知るか。考察が行き詰ったのだと言っていたから、飽きたんじゃないのか?」

 

雪風はため息をつくと、脱力するように俺に体を預けた。

 

「霞さんが難儀するはずです……。霞さんが、さっき言っていたじゃないですか……。『あんたを理解することが、小説を理解することなのか……。小説を理解することが、あんたを理解することなのか……』と。あれは、後者なんですよ……」

 

呆れた表情で、俺を見上げる雪風。

 

「……どうしてお前が、さっきの会話を知っているんだ?」

 

「そんな事はどうでもいいんです!」

 

どうでもよくねぇわ……。

 

「……後者だから、小説を置いていったと? 俺を理解して小説を解くのではなく、俺を理解するために小説を解こうとしていた、と?」

 

雪風が頷く。

 

「霞さんが、それを意識してやっていたのかは分かりません。でも、きっと気が付いたんですよ。後者だって」

 

俺は、散乱している小説を見た。

言いたいことは分かるが――。

 

「――理由としては薄い、と?」

 

俺の心を読んだかのように、雪風はそう言った。

 

「果たして、そうでしょうか? そもそも、霞さんは、しれえに何を求めていたんでしょう? 夢の中の男のようになって欲しかった? 佐久間さんのようになって欲しかった? もしそうであるのなら、その二人の共通点とは?」

 

何かを確信しているのか、雪風の問いには、答えがあるように思えた。

 

「何故、しれえに死んで欲しくないのか。何故、会話もしたことがないしれえの布団に潜り込んだのか。何故、小説を書かせたのか。何故、小説を理解したかったのか。何故、小説の理解としれえの理解に相関を持たせたのか」

 

考える暇も無いくらい、多くの疑問を呈す雪風。

だが、それら全てを考える必要はないのだと、言っているのは分かる。

 

「……最近の霞さんは、とっても楽しそうでした。考察する会に居る時――いえ、それ以前から、霞さんは――」

 

雪風は体勢を変えると、俺の目をじっと見つめた。

 

「貴方との交流を始めた頃から、霞さんは――……」

 

雪風の言葉に、俺は――だが、もしそうなのだとしたら――。

 

 

 

その日の夜。

部屋に戻ろうとする霞を呼び止めた。

 

「何か用……?」

 

「あぁ。小説やら辞書やら、忘れていっただろ。取りに来いよ」

 

「……あれは元々、あんたの所にあったやつでしょ。戻したようなものよ」

 

「いいから、取りに来いよ」

 

そう言って、俺は霞に背を向け、歩き出した。

無視されるかもしれないと思ったが、霞はため息をつき、俺の後ろを歩き始めた。

 

 

 

執務室に着くと、霞は怪訝そうな表情を見せた。

 

「なに? 布団なんか敷いて……。今日は泊まるの?」

 

「あぁ」

 

小説と辞書を渡してやる。

 

「じゃあ、私は……」

 

「霞」

 

俺は布団に座ると、枕をポンポンと叩いた。

 

「一緒に寝ないか?」

 

 

 

数秒間の沈黙。

霞は硬直し、目を見開いていた。

 

「は……はぁぁぁぁぁあ!? あ、あんた……! 何を言って……!?」

 

「小説と辞書を自室に置いてくるついでに、枕を持ってこい。いいな?」

 

「いいな……じゃないわよ! あんた、自分が何を言っているのか分かってんの!? っていうか、なんであんたと一緒に寝なくちゃならないのよ!?」

 

「これも一種の交流だ。ほら、以前、俺の布団に入ってきたことがあったろ? 一緒に寝たいのかと思ってさ」

 

「そ、そそそそそ、そんなことしたことありませんけどぉぉぉ!? ね、寝惚けていたんじゃないのかしら!?」

 

「雪風も見ていたようだが……」

 

「か、勘違いに決まっているでしょ!? ばっかじゃないの!?」

 

動揺する霞と違い、冷静な俺。

それが却って、霞の焦りを助長しているようであった。

 

「と、とにかく! 一緒になんて寝ないから!」

 

「そうか……。小説のこと、話せればと思っていたのだが……」

 

「え……? って、いやいやいや……! そんな事で了承する訳ないじゃない! なに釣ろうとしてんのよ!?」

 

「釣ろうとはしていないさ。ただ、建前は必要だと思ってな」

 

「た、建前!?」

 

「『小説の内容を教える代わりに、一緒に寝て欲しいと言われた』『脅された』という建前だよ」

 

そう言ってやると、霞は理解したのか、徐々に冷静さを取り戻していった。

 

「気を遣ってやってんだよ。分かるだろ?」

 

霞に視線を送る。

 

「……なによ? 私が、あんたと一緒に寝たがっているって言いたいわけ……?」

 

「そうは言っていない。そうは言わない。だが、捉え方は人それぞれだ。その小説と同じようにな」

 

霞はムッとした表情を見せると、俺を睨んで見せた。

 

「……さて、そろそろ消灯時間だな。電気は夕方にしておいてやるから、勝手に入ってこい」

 

そう言ってやると、霞は何も言わず、部屋を出て行った。

 

「……待っているぜ、霞」

 

 

 

消灯時間を迎え、早一時間が経過した。

 

「…………」

 

少し……というか、だいぶ煽ったからな……。

仮に、雪風の言う通りだったとしても、プライドが邪魔して来られない……なんてことも……。

或いは、雪風の推測が間違っているか……。

そんな事を考えていると――。

 

「!」

 

畳が、かすかにきしむ。

入室の気配なんて、一切なかったが……。

 

「……待っていたぜ」

 

恥ずかしそうに枕を抱きしめる霞の頬は――オレンジの光のせいかもしれないが――ほんのりと赤く染まっているように見えた。

 

 

 

霞は何も言わず、少し距離をとって、布団に入った。

 

「遅かったな」

 

だんまりを決め込む霞。

体を丸め、反対方向を向いてしまっている。

 

「フッ……あの時みたいに、胸の中で眠ってくれてもいいんだぜ」

 

そう言ってやると、霞は無言で後ろ蹴りくらわせた。

 

「いってぇ!?」

 

「フンッ……」

 

「蹴ることねぇだろうに……いてて……」

 

しばらく痛がっていると、流石に心配になったのか、霞は体をこちらに向けた。

 

「ちょ、ちょっと……大丈――」

「――なんてな」

 

霞は怒りの表情を見せると、起き上がり、枕で俺の顔を叩き始めた。

 

「ちょ……! ごめんごめん……!」

 

「信っっっじられない! もう帰る!」

 

去ろうとする霞の手を取る。

 

「放しなさいよ!」

 

「わ、悪かったって……! その……お前の緊張をほぐしてやろうと思って……!」

 

「緊張なんかしていない! 余計なお世話よ!」

 

「と、とにかく……! 悪かった……! もう揶揄わないから……!」

 

「嫌よ……! どうせまた……!」

 

「頼む、霞……! お前のことが知りたいだけなんだ……!」

 

そう言ってやると、霞は抵抗する力を弱めた。

 

「な、なによ……私のことが知りたいって……」

 

「お前も同じなんだろ……? これは、そういう場だ……。分かるだろ……?」

 

ゆっくりと手を放してやる。

霞も落ち着きを取り戻したのか――だが、ムッとした表情のまま、布団に戻り、そっぽを向いてしまった。

永い沈黙が続く。

 

「……それで?」

 

「え?」

 

「小説……どういう内容だったのよ……。教えてくれるんでしょ……」

 

そっぽは向いたままであるが、これが『そういう場』であることを受け入れてくれたようであった。

 

「……あぁ、全部説明してやるよ」

 

それから俺は、小説の内容を全て、霞に説明してやった。

表現の意味や――その内容の基になったエピソードまで――。

霞は、そっぽを向いたままではあったが――時折質問したりしながら、話を聴いてくれていた。

 

「――という内容だったんだ。皆がお前に説明しなかった理由が、分かるだろ?」

 

霞が小さく頷く。

赤くなった耳が、全てを物語っていた。

 

「どうして、俺がそんな事を書いたのか、分かるか……?」

 

霞は、体を小さく縮めると、これまた小さく頷いた。

 

「そうすることで……私があんたを知ろうとするだろうと……考えたんでしょ……。結果として……そうなった……」

 

「……あぁ」

 

だがそれは、間違っているようにも思えて――それは霞も同じなのか、布団をぎゅっと抱きしめていた。

やはり、雪風の言っていた通り――霞は――。

 

「小説の内容を知って、俺を理解することは出来たか……?」

 

その問いに、霞は――。

 

「分からない……」

 

こちらに体を向ける。

その表情は、どこか寂しげであった。

 

「やっぱり……分からない……。あんたが何を考えているのか……。あんたが……何者なのか……。そして……」

 

「…………」

 

「そして……私が……あんたをどうしたいのか……」

 

「俺を……どうしたいのか……?」

 

頷く霞。

 

「初めてあんたを見た時……あんたの親父の影を見た……。そして、あんたの親父には……夢の男の影を見た……。私にとってのあんたは……佐久間肇であり……夢の男だった……」

 

「……だから、俺に小説を? 俺に戦いを?」

 

「……それが分からないの」

 

体を起こす霞。

俺も、同じように。

 

「あんたに死んでほしくないと思った……。あんたに小説を書いて欲しいと思った……。あんたは佐久間肇の代わりだから――あんたは夢の男だから――そう、思っていた……。でも……」

 

「俺は……その二人とは違う……。そう、気が付いたんだな……」

 

頷くことはせず、俯く霞。

 

「……違うと分かっていたのに、それでも、俺に何かを求めた。ロープレではなく、違うはずの二人に求めていた何かを、探ろうとしたんじゃないのか……?」

 

霞は何も言わない。

 

「意識していなくても、そういう行動をとってしまっていたんじゃないのか……? そして、それに気が付いてしまったんじゃないのか……?」

 

霞は何も言わない。

いや……。

 

「分からない……か……?」

 

頷く霞。

そして、零すように、弱音を吐いた。

 

「自分でも……何がしたいのか分からなくなっているの……。どうしたいのか……何を求めているのか……。探ろうとしているのか……そうじゃないのか……。そんなことだから……」

 

悔やむような表情は、おそらく――。

 

「そんなことだから、大和と大淀の仲を裂くことになってしまった……。そう思っているんだな……。そう……悔やんでいるんだな……?」

 

霞は驚いた表情を見せると、再び俯いてしまった。

 

「……霞」

 

「…………」

 

「……一つだけ、本当の事を教えて欲しい」

 

「本当のこと……?」

 

「あぁ……。お前は否定したいだろうし、揶揄っているのだと思うかもしれない。だが、俺は真剣だ。真剣な問いだ……」

 

霞は顔をあげると、俺の言葉を待った。

 

「お前……」

 

「…………」

 

「あの時どうして、俺の布団の中に入った……?」

 

 

 

耳鳴りが煩いほどの静寂が続く。

俺の問いを聞いた霞は、目を見開き、今にも怒り出しそうにワナワナと体を震わせている。

だが――。

 

「霞」

 

俺の呼びかけに、霞は体に入った力を徐々に抜いていった。

そして、恥ずかしそうに目を瞑ると、黙り込んでしまった。

 

「…………」

 

永い永い静寂が続く。

霞はゆっくりと目を開けると、かすれた声で、小さく言った。

 

「分からない……」

 

「…………」

 

「分からない……けど……」

 

霞の目が、俺を見つめる。

潤んだその瞳は、どこか――。

 

「そう……したいって……思っちゃってた……。そう出来るって……思ったら……その……」

 

真っ赤になる顔を、霞は隠さなかった。

 

「……それが、答えなんじゃないのか?」

 

「え……?」

 

「霞……」

 

「な……なに……?」

 

「お前、寂しかったんだろ……?」

 

何か言おうとする霞を、そっと抱きしめてやった。

 

「な――」

「――否定するな……」

 

今度は、少し強く抱きしめる。

 

「否定するな……。自分の気持ちを……」

 

『霞さんは、しれえに何を求めていたんでしょう? 夢の中の男のようになって欲しかった? 佐久間さんのようになって欲しかった? もしそうであるのなら、その二人の共通点とは?』

 

「お前が俺に求めていたものは……たった一つだ……。親父や夢の男――そして――」

 

『最近の霞さんは、とっても楽しそうでした。考察する会に居る時――いえ、それ以前から、霞さんは――』

 

「――皆も、それをお前に与えてやっていた……。お前も、それを求めていた……」

 

そうだ。

雪風の言う通りだ。

朝潮をあっさり見送ったのだって、きっと――。

 

「お前が求めていたもの……。それは……」

 

――きっと、求めていたものが、満たされていたからだろう。

 

「そ……れは……?」

 

霞の求めているそれは――。

 

「愛情だよ……」

 

 

 

俺の言葉に、霞は固まっていた。

 

「愛……情……?」

 

ようやく発した言葉には、驚愕と、呆れに似た感情が込められていた。

 

「そうだ。愛情だ」

 

唖然とする霞。

だが、徐々に理解してきたのか、顔を真っ赤にさせ、否定の言葉を投げかけようとしていた。

 

「おっと……」

 

その口を、手で塞いでやる。

 

「んーーーーーー!!!!!!」

 

「否定はさせないぜ。お前だって、本当は分かっているはずだろ」

 

首を横に振る霞。

 

「だったら、親父に求めていたものはなんだ? どうして親父に甘えていた? 夢の男に執着したのは何故だ? 何故、あの時、俺の布団に入った? 何故、俺を知ろうとした? 何故――」

 

霞は抵抗するだけで、答えない。

あぁ、いや……。

 

「あぁ、そうか。口を塞いでいるから、答えられないのか」

 

手を離してやると、霞は畳みかけるように、否定の言葉を発した。

 

「愛情なんかじゃない! 違う! そんな簡単なものじゃないし、ほかの連中と一緒にしないで! ――~っ! ――っ!」

 

愛情の否定はあれど、俺の問いには、一切答えていなかった。

 

「だから――!」

「――霞」

 

俺は真剣な表情で、視線を合わせた。

その瞳に気圧されたのか、思わず黙り込む霞。

 

「……悪い癖、出ているぜ」

 

通常であれば、嫌味になるはずの言葉であった。

だが、今の霞にとっては――。

 

「…………」

 

霞は俯くと、考えるように目を瞑った。

静かな時間が流れる。

 

「……俺に死んでほしくない訳じゃない。無くなって欲しくないのは、お前を愛してくれる誰かだ……」

 

霞は答えない。

 

「朝潮を見送れたのは、俺が居たからだ。皆が居たからだ。お前を愛してくれる人たちが、居たからだ……」

 

霞は答えない。

 

「俺とのかかわりを断たなかったのも――小説を書かせたりしたのも――つながりを――愛情を感じたからだ……。そういう存在だと……認めたからだ……」

 

霞は答えない。

 

「霞……」

 

霞は答えない。

 

「……霞」

 

霞は――。

 

「おいで、霞」

 

霞はゆっくりと視線を上げると、少し悲しそうな表情で、俺を見た。

そして、ゆっくり近づくと――今にも触れそうな位置で、止まった。

 

「フッ……」

 

その小さな体を、抱きしめてやる。

 

「霞……」

 

表情は見えない。

だが――。

 

「!」

 

小さな手が、ゆっくりと、俺の背中へと伸びて行く。

そして――。

 

「……お前の気持ちを理解できなかった。ごめんな……。辛かったな……」

 

安い言葉。

安い謝罪。

安い共感――。

それでも――。

 

「霞……」

 

それが第一歩であることを、霞は理解したはずだ。

そうでなければ、この手は――この涙は――。

 

 

 

しばらくして、ふと気付く。

 

「霞?」

 

霞は、眠っていた。

 

「……フッ」

 

抱きしめたまま、布団に入る。

 

「安心したのかな」

 

穏やかな寝顔ではあるが、目元は赤くなり、スンスンとしゃっくりのような呼吸を見せている。

 

「まるで赤子のようだな……」

 

けど、そうだよな……。

生まれてからずっと、戦場で戦ってきて――親からの愛情なんて知らずに――そんな中で、甘えられる存在を――そういう存在だと認める事も――霞にとっては――。

 

「霞……。俺は、お前にとって、そういう存在になれたのか……? そういう存在であって……いいのか……?」

 

霞の寝顔に、俺の瞼も重くなって行く。

 

「霞……」

 

 

 

 

 

 

誰かの泣く声。

蹲り、小さくなっているのは――。

霞……?

声をかけようにも、声が出ない。

触ろうにも、体をすり抜けてしまう。

もどかしい。

 

『司令官……司令官……』

 

慰めてやりたい。

声をかけてやりたい。

霞……。

霞……!

 

『霞!』

 

ようやく出た声に、霞は驚いた表情で、顔を上げた。

 

『霞!』

 

『司令官……』

 

掴もうと、必死に手を伸ばす。

だが、霞との距離が、徐々に遠くなって行く。

 

『霞……!』

 

『司令官……司令官……!』

 

霞は立ち上がると、俺に駆け寄り、手を伸ばした。

 

『霞!』

 

『司令官!』

 

その手に触れることが出来た、次の瞬間――。

 

 

 

 

 

 

強い光に、目を覚ます。

 

「ん……あれ……?」

 

寝惚け眼を擦り、辺りを見渡す。

あぁ、そうだ。

昨日は執務室で――。

 

「……おはよう」

 

声の方に振り向くと、退屈そうに頬杖をついた霞が、こちらを見ていた。

 

「霞……」

 

「……そのまま眠っちゃったみたいね」

 

ほんのりと顔を赤くし、視線を逸らす霞。

 

「……そのようだな」

 

永い沈黙が続く。

 

「……認めるわよ」

 

「え……?」

 

「だから……認める……。私が……その……愛情に……飢えていたというか……あんたに……そういうのを求めていた……ってことをよ……」

 

そう言うと、そっぽを向いてしまった。

だが、俺の言葉を待っているようで――。

 

「……そうか。じゃあ、今度からは、コソコソせず、堂々と甘えられるな」

 

それは、俺なりの皮肉であった。

だが、それもまた、愛情の一種であって――霞も、その事を分かっているのか、小さく鼻を鳴らすだけであった。

とにかく、これで霞も――。

 

「でも……」

 

「?」

 

「でも……あんたには悪いけど……やっぱり私には……島を出る決意は出来ない……」

 

「え……」

 

「あんたを認めた……。あんたの言う通り、私が失いたくなかったのは、あんた――ううん、皆から与えられる愛情だった……。だからこそ――それを認めたからこそ、尚更あんたを失いたくない……。あんたを戦争に駆り出したくはない……」

 

霞はこちらを見ると――その表情は――。

 

「……分からんな。愛情を欲していることを認めたのなら――それが、皆から与えられているのだと自覚したのなら、俺に固執する必要はないはずだ。俺は、お前が求める愛情を与えてくれる存在を守りたいんだ。その為に戦うんだ。それに協力して欲しい……」

 

霞は首を横に振ると、小さく言った。

 

「あんたでないといけないのよ……」

 

「え?」

 

「あんたに固執するのは……あんたがいいからよ……。あんたにいて欲しいからよ……。ただ愛情を欲している訳じゃない……。最初はそうだったかもしれないけど……分かるでしょ……?」

 

俺を見つめるその目に、覚えがあった。

 

「もしかして、お前……」

 

「……そうよ」

 

涙ぐんだ瞳、ほんのりと赤くなった頬――。

 

「恋……かは分からないけど……。私は……あんたのことが……」

 

それでも、まだ認める訳にはいかないと思っているのか、霞はそのまま、部屋を出て行ってしまった。

 

「……なるほど」

 

【ドキッ! 推しと夢の中でイチャイチャしていたら、現実に推しのそっくりさんが現れて、私を奪おうと戦争を始めた件について~The War of Love~】

 

このふざけた作戦は、確かに成功に終わった。

だが、結局は――。

 

「振り出しに戻っちまった……って訳か……」

 

 

 

朝食前、本部から連絡があり、俺は急遽、本土に戻ることとなった。

 

「また来ているのか……。ヒナとアン達……」

 

「らしいぜ。つーか、今度はもっと人数がいるらしくてな……」

 

「事態を収拾させるために毎回呼び出しをくらっては、身が持たん……」

 

霞の事もあるし、なるべく島に集中したいのだがな……。

 

 

 

本部について早々、騒ぎの中心へと放られ、自己紹介やらゲームやらに付き合わされた。

 

「アン、ヒナ……人が集まってくれるのは嬉しいが、もうちょっと節度をだな……」

 

「きゃー! 嬉しいって! 提督さん、もっと褒めて褒めて~!」

 

「わ、私も……! 褒めて欲しい……です……!」

 

駄目だこりゃ……。

 

 

 

結局、解放されたのは、陽が落ちる頃であった。

 

「疲れた……」

 

無人のカフェで船を待っていると、柊木がコーヒーを持ってやって来た。

 

「雨宮君、お疲れさま」

 

「柊木……ありがとう……」

 

「大変だったみたいだね……」

 

「あぁ……。アンとヒナが……いや、皆もハイになっていたからなのか、暴走してな……。危うく裸にさせられそうになったよ……」

 

「は、裸……!? いいい、一体、ナニをしようとしていたの……!?」

 

「……思い出したくもない」

 

顔を赤くし、俺の体を見る柊木。

 

「……何を想像しているんだ?」

 

「え!? ななな、なにも想像だなんて……! ただ……あの……その……」

 

「フッ……冗談だよ。まあ、大変だが……あいつらも頑張ってくれているしな……。俺の知らないところで、鈴蘭寮の連中とチャンネル用の動画撮影をしているんだって?」

 

「う、うん……。公開はまだだけど、元艦娘や、その娘の話は貴重だから、動画も伸びるんじゃないかって……」

 

そう言うと、柊木はその動画を見せてくれた。

アンとヒナも出ているが、かなりしっかりと受け答え出来ている。

 

「あいつら……俺の前だとあんなんなのに……」

 

こう見ると、ヒナは皆をよくまとめているし、アンはアンで、ヒナをしっかりとサポートしている。

確かに、動画ウケしそうなキャラしているぜ。

 

「あいつらはあいつらで、色々と思うところがあって、艦娘のイメージアップに貢献してくれているのかもしれないな……」

 

「単純に、雨宮君に見て欲しいだけなんじゃないかな……。あ、ほら」

 

動画の中で「提督さ~ん! 愛しているよ~!」と叫ぶヒナ。

 

「……ここはカットしておいてくれ」

 

「その予定だよ」

 

動画を見終わると、柊木は何やら神妙な面持ちで、俺を見た。

 

「柊木?」

 

「……私も、貢献しなきゃね」

 

そう言うと、柊木は、紙袋を俺に渡した。

 

「これは?」

 

「今は開けないで……! 島に戻ったら……開けてみて……」

 

「え……あ、あぁ……」

 

その時、準備を済ませたのだという汽笛が、遠くから聴こえてきた。

 

「おっと……そろそろ行かないと……。コーヒー、ありがとな。あと、小説の件も、助かったよ」

 

「うん……」

 

「じゃあ……」

 

「雨宮君」

 

「ん?」

 

「……頑張ってね。体に……気を付けてね……?」

 

「フッ、お前の方こそ、気をつけろよ。研究の為なら、寝る間も惜しむって、有名だぜ」

 

柊木は苦笑いをすると、小さく「うん」と返事をした。

 

「じゃあ、またな」

 

「うん、またね。雨宮君」

 

それが、海軍としての彼女との、最後の会話になった。

 

 

 

島に戻り、早速紙袋を開けてみると、そこには一通の手紙と、薬品のようなものが入っていた。

それを見た瞬間――。

 

「まさか……」

 

手紙には、薬品の使い方が書かれていて――最後の方の文章は、何度も何度も消した跡があって――そんな、長々と書かれていたはずの文章は、結局、短い言葉で締めくくられていた。

 

『一人の女として、貴方の事が好きでした。ありがとう。さようなら』

 

「柊木……」

 

全てを悟った俺は、しばらくその場から動くことが出来なかった。

 

 

 

寮に戻り、俺は全員を食堂に集めた。

真剣な――それも、目を腫らした俺の顔を見て、皆はギョッとしながらも、何も言わず、言葉を待ってくれていた。

 

「集まってもらって悪いな……。本題へ入る前に、とある女性について話したいと思う……」

 

この日の事は、小説やドラマ、映画なんかにもなって――だが、どれもこれも、現実のリアクションとは違い、華やかで、感動的で――この永遠とも思える静寂を表現出来た作品は、一つとしてなかった。

 

「――そんな……そんな、俺の大切な人が、俺に……いや、お前たちに残してくれたものが、これだ……」

 

それを見た瞬間の明石の顔もまた、どんな創作物でも再現することはかなわないだろう。

これまでも、これからも――。

 

「高速修復材だ……」

 

 

 

 

 

 

残り――7隻

 

 

 

――続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。