不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第33話

【提督の素質】が何だったのか、こうして180年生きた今も、よく分かっておりません。

ただ、一つだけ言えることは、私が――雪風が、その素質を開花させるための【key】であったということです。

幾度も見た夢は、きっと、本当にただの夢だったのだと思います。

彼に――しれえに接触し、そのカギを開ける為の夢なんだと――。

その事を、しれえも分かっていたはずです。

それでも、しれえは、今を――今の雪風との思い出を、大事にしてくれました。

【key】でしかない雪風に、生きる意味をくれました。

――長生きの秘訣でしたか?

そうですね……。

吹雪さんの言葉を借りるのなら、それは【愛】でしょうね。

彼を見守り続けたい。

彼の役に立ちたい。

こうして老いた【今】も、そう思い続けているのです。

――……。

分かっていますよ。

アナタは、彼を探しているのですよね?

同時に、【彼女】の事も――。

――……。

これは、ボケた老人の戯言だと思ってくだされば結構です。

しれえは、【ヘイズに感染】していました。

戦後、艦娘達は【ノベル】によって、人化していきました。

人化した艦娘は、人間と変わらず、ヘイズ感染量も減少していきました。

しかし、しれえは――しれえには――。

そして、雪風もまた、こうしている今も、ヘイズ感染量は、平均の三倍もあるのです。

人化して、百年以上生きたとは思えないほど、若く見えるはずです。

……もう、お分かりでしょう?

そういう事なんです……。

――……。

えぇ、【彼女】も同じです。

彼女が――柊木紫が表舞台から姿を消したのは、しれえが表舞台に出てこなくなった時期と同じです。

しれえが最後に表舞台へ立ったのは――えぇ、その時期です。

しかし……アナタも聞いたことがあるのではないですか?

『戦後70周年記念番組-あの頃の鈴蘭寮-』という番組に出てきた、しれえの孫とされる男が、しれえ本人なんじゃないかという噂……。

――……。

フフ……どうでしょうね。

こればかりは、『あくまでも噂』という事にしておきます。

そういうのが好きでしょう?

アナタの雑誌は……。

――えぇ、柊木紫については、雪風にもよく分かりません。

知られているかどうかは分かりませんが、柊木紫は、【高速修復材】の製造方法を【時代錯誤遺物】から解読した人なんです。

そうと【されている】人なんです。

海軍から、その製造方法が載っているという手帳を見せてもらったことがあります。

雪風は、多少ではありますが、そこに何が書いてあるのか、分かるんです。

夢で見たことがある文字でしたから……。

しかし、【載っていなかった】のです。

高速修復材という言葉どころか――書いてあるのは、予定らしきものだけだった。

では、何故彼女は、高速修復材を?

何故、彼女は『戦争を終わらせた男』の受賞インタビュー以降、表舞台から姿を消したのか……。

そんな彼女のことで、分かっていることが二つあります。

それは、彼女もまた、しれえと同じタイプのヘイズ感染者であること。

そして、彼女の出生が不明で――最初に発見された場所が、海辺であったこと……です……。

――……。

そうだ。

窓際の花瓶に挿してある花があるでしょう?

それ、しれえが持って来てくれたものです。

そして、その花瓶を持って来てくれたのが――。

フフ……。

信じるも信じないも……というやつですね。

アナタの雑誌がよく使う言い回しです。

――詳しいはずですよ。

だって……雪風は、熱烈な愛読者の一人なんですよ?

そうじゃなかったら――それに、アナタの雑誌を真に受ける人なんて、【海軍か国家くらいしかいない】でしょうからね。

 

『月刊『オルカティズ・ムー』三月号-最後の証言者-(※初版のみに掲載された記事)より』

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

部屋に入ると、皆が一斉に俺を見た。

 

「「提督!」」

「司令官」

「しれえ!」

 

駆け寄るのは明石と雪風で、大淀と霞は、どこかクールに、ゆっくりと近づいてきた。

 

「今日から鈴蘭寮だろ? 一緒に行こうと思ってな」

 

「提督、会いたかったですよ……! どうして会いに来てくれなかったんですか……!?」

 

「会いたくても会えなかったんだ……。なんか、俺のヘイズ感染量が、かなり上昇しているらしくてさ……。人化したばかりの状態では、会わせられないと言われていたんだ……」

 

「ヘイズが?」

 

反応したのは、霞であった。

 

「あぁ。雪風ほどじゃないにしろ、異常な上昇を見せているらしい」

 

「……それって大丈夫なの?」

 

「健康上の問題は無いし、一時的だろうとは言われているから、安心しろ」

 

そう言ってやると、霞は小さく「別に心配なんかしてないし……」と零した。

島を出る直前は素直になった印象があったが、何故かツンツンしているな……。

 

「そうでしたか……。私……てっきり……もう会えないんじゃないかって……」

 

そう言うと、明石は涙を零した。

 

「お、おいおい……。そんな訳ないだろう……」

 

「だってぇ……」

 

慰めてやっていると、大淀が小さくため息をついて見せた。

 

「明石、ずっとこんな調子だったんですよ……? 島に戻りたいとまで言い出したんですから……」

 

「そうだったのか……。ごめんな、明石……」

 

「うぅぅ……」

 

「……明石だけじゃなく、大淀にも謝ってください。寂しかったのは……明石だけじゃないんですから……」

 

大淀は顔を赤くすると、細い目で俺をチラリと見ていた。

 

「フッ……お前らどうした? やけに素直じゃないか」

 

「せっかく人化したんです。落としにかかっているんですよ。提督、こういうの好きでしょう?」

 

こういうの、というのは、どういう事だろうか。

 

「それと……明石、そろそろウソ泣きやめて……。いつまで提督を独占しているのよ?」

 

「えへへ、バレた?」

 

明石はペロリと舌を出すと、俺の頬に軽くキスをした。

 

「あ、明石!」

 

「大淀もしたらいいじゃない。提督、大淀の奴、落としにかかっているとか言っていますけど、さっきのは本心なんですよ? 夜中とか、皆が寝静まった頃、提督の名前を呼びながら――」

「――なななな、なんでそれを!?」

 

「俺の名を呼びながら、何だって?」

 

「提督の名前を呼びながら、自――モガッ!?」

「――明石っ!」

 

大淀は明石の口を押えると、顔を真っ赤にさせながら、何度も「違いますから!」と叫んだ。

そんな光景に、霞は白い目を向けていた。

 

「仲いいな、お前ら」

 

「良くありません!」

 

ふと、雪風が、俺をじっと見つめていることに気が付いた。

 

「どうした?」

 

「いえ! 何て言うか……何か、忘れている気がしまして……」

 

忘れている気がする……って……。

 

「何なんでしょう……。よく分からないのですが……。こう、大切にしていたものがあったような……。しれえに関係することだとは思うのですが……」

 

「――……」

 

雪風……お前、まさか……。

 

「うーん……なんか、しれえがキスしてくれたら、思い出すかもしれないような……。とっても濃厚で、深~いキスをしてくれたら、もしかしたら……」

 

そう言う雪風の表情は、どこか……。

ああ、そういう事か……。

 

「なんて……。ふふ、冗談ですよ、しれえ。そんな悲しそうな顔をしないでください。全部、覚えています。貴方への恋心も、貴方から貰った『思い出』も、全部……ね?」

 

クスクスと笑う雪風。

何と言うか、大人っぽいというよりも、少し、小悪魔的な感じになったか?

まあ、年相応な感じはするが……。

 

「……思い出したのなら、キスはいらんよな」

 

「えぇ。しれえには、もっと凄い事を教えて貰う予定なので」

 

「す、凄いこと……」

 

大淀のつぶやきに、明石がニヤリと笑う。

 

「大淀~、スケベなこと考えているでしょ~? 顔に出ているわよ~?」

 

「え!? ウソ!?」

 

自分の顔を確認する大淀。

……こういうキャラだったか?

 

「最低……」

 

何故か、俺を睨み付ける霞。

 

「いや、なんで俺を?」

 

「フンッ……」

 

なんで霞はツンツンしてんだ……。

 

 

 

寮について早々、四人は囲まれていた。

 

「まさか、霞まで連れてくるなんてねー。やるじゃん、雨宮君。このこのー」

 

「ボクは時間の問題だと思ったけどね。霞ちゃん、先生のこと好きそうだったし」

 

「どうかね……」

 

その霞は、朝潮との再会を喜んでいる様子で、先ほどのツンツンした表情とは違い、安心しきった笑顔を見せていた。

 

「それにしても、あの四人、人化してから性格が変わったかのようだったぜ。大淀はムッツリスケベになっているし、明石と雪風は小悪魔みたいな感じだし、霞は素直になったかと思えば、最初の頃のようにツンツンし出すし……」

 

「そう? 秋雲さん的には、雨宮君の言った通りのイメージだけど」

 

「そうなのか?」

 

「大淀さんとか、結構ムッツリスケベなところがあってさぁ……。昔、秋雲が描いたスケベな同人誌を没収した時も、こっそり読んでいたようだし」

 

「スケベな同人誌って……何してんだよお前……」

 

しかし、そうか……。

だとしたら、今まで島の中で見せていたのは、本当の姿ではなく、こっちが本当ってことなのだろうか……。

 

「そう言えば、山さんも読んでいたよね。秋雲のスケベ同人誌」

 

「よ、読んでない! あれは……その……ちょっと見えちゃっただけで……」

 

「でも、釘付けだったじゃん。そう言えば、あの時描いた竿役、何処となく雨宮君に似ていたような……?」

 

山風は、俺をチラリと見た。

 

「おやおや、山風ー。今、雨宮君に重ねちゃった感じー?」

 

「き、北上さん! そ、そんな事……」

 

「こりゃ、確かめる必要があるねぇ……。と、言うわけで。雨宮君、脱ごうかー?」

 

「いや……脱がねえよ……」

 

「冗談だよー。でも、いつかは見せてね? なんなら、一緒に見せあいっこしちゃう? まあ、それだけじゃ済まなそうだけれど……にひひ」

 

「アホか……」

 

秋雲は何故か、ニヤリと笑っていた。

自分は見せたことがあるけどね、とでも言いたげな……。

 

「その時は、ボクも呼んでよ、先生。山風も参加するでしょ?」

 

「えぅ……」

 

山風は一瞬躊躇った後、小さく頷いた。

 

「やっぱりスケベじゃん、山風ー」

 

「こんな素直に引っかかるんだ、山風」

 

「山さ~ん」

 

三人に揶揄われた山風は、頬を膨らませ、怒っていた。

この四人も、仲良くなったよな。

 

 

 

船を待っている間、俺は本部の病室を訪ねた。

 

「よう」

 

「あ……提督さん」

 

「雨宮さん」

 

起き上がろうとする鹿島を止め、近くの椅子に座った。

 

「雨宮さんも来たことですし、私はこれで。良かったわね、鹿島。大好きな雨宮さんが来てくれて」

 

「か、香取姉!」

 

「ウフフ」

 

香取さんはニマニマ笑いながら、部屋を出て行った。

 

「もう……香取姉ったら……」

 

「フッ……。それよりも、大丈夫か? 寮に行ったらいないから――ここにいると聞いて、ビックリしたよ」

 

「すみません……。その……ちょっとだけ、生理が重くて……」

 

「そうだったか……」

 

生理の重い奴が数名いるとは聞いていたが、鹿島もそうであったか……。

 

「毎回じゃないんですけど……。あ、今はそんなにでも無いですよ? むしろ、提督さんが来てくれたから、和らいだと言うか……」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。何か、出来ることはあるか?」

 

「いえ、大丈夫です。こうして来てくれただけで……えへ」

 

「鹿島……」

 

俺はそっと、鹿島の手を取ってやった。

 

「提督さんの手、温かいです」

 

鹿島の手は、少しだけ冷たかった。

 

「どれ、温めてやろう」

 

手をさすってやると、鹿島は優しく微笑んでくれた。

 

「代われるものなら、代わってやりたいが……」

 

「そう思ってくれるだけで、鹿島は幸せですよ」

 

「……やっぱり、辛いか?」

 

「そうですね……。今まで経験したことがない痛みと言いますか……。男の人は、生理にならないんですよね?」

 

「あぁ……。だから、こういう時、どうしてやったらいいのか……」

 

鹿島は俺の手を、自分のお腹の上に置いた。

 

「なら、鹿島で練習しましょう? 生理痛は、人にもよるとは思いますが、私は、こうしてお腹をさすって、温めていただけると嬉しいです」

 

「そ、そうなのか……。こんな感じか?」

 

さすってやると、鹿島は少しだけ、くすぐったそうにしていた。

 

「んっ、ごめんなさい。その、もう少しだけ、下の方をお願いします」

 

「分かった。こうか?」

 

「そんな感じです」

 

しばらく撫でてやっていると、ふと、夕張にも同じことをしてやったことを思い出した。

そういやあいつにも、生理と似た症状があったな。

艦娘に生理は無いはずだが……。

 

「あ、て、提督さん! そこは……あっ!」

 

「え!?」

 

思わず手を退ける。

考えごとをしていたせいか、何やらマズい部分を触ってしまったらしい。

 

「す、すまない! 痛かったか?」

 

「い、痛くは無いですが……。そ、その……」

 

顔を赤くする鹿島。

 

「すまん、ボーっとしていた……。触ってはいけない場所があったか?」

 

「え、えーっと……そ、そんな感じです……」

 

「どこだ?」

 

「え?」

 

「どこを触ってはいけなかったのか、教えて欲しい」

 

そう訊く俺に、鹿島は何やら動揺を見せた。

 

「そ、それは……その……えと……い、言えません……」

 

「言えない?」

 

「その……あの……恥ずかしいところ……と言いますか……」

 

恥ずかしいところ……?

 

「…………」

 

赤面する鹿島。

恥ずかしいところ。

お腹の下の方をさすって――。

 

「あ……」

 

そういう事か……。

俺が察したのに気が付いたのか、鹿島は恥ずかしそうに俯いてしまった。

 

「いや……言わなくていい……。本当にごめん……」

 

「い、いえ……わざとではないようですから……」

 

気まずい時間が流れる。

 

「ほ、他に……して欲しい事はあるか?」

 

「あ、い、いえ……大丈夫です……」

 

「そうか……」

 

永い沈黙。

 

「じゃ、じゃあ……俺はそろそろ……」

 

「あ、はい……」

 

「お大事に、鹿島。困ったことがあれば、なんでも言ってくれ……。じゃあ……」

 

立ち上がる俺の袖を、鹿島はそっと掴んだ。

 

「鹿島?」

 

「その……今は生理中だから駄目ですけど……それ以外だったら……鹿島は……」

 

鹿島はそっと手をはなすと、布団の中に隠れてしまった。

 

「……また来るぜ」

 

そう言って、俺は部屋を後にした。

 

「それ以外だったら……か……」

 

それはつまり――。

 

 

 

船の準備はまだ済んでいないようで、俺は悶々とした気持ちのまま、カフェを訪れた。

 

「あら、雨宮さん」

 

「香取さん。こちらにいらしたのですね」

 

「えぇ。鹿島とはもう?」

 

「え、えぇ……まあ……」

 

「そうですか。あの子、喜んでいたでしょう? 私といる時も、雨宮さんの話ばかりしていたんですよ」

 

「だから気を遣って、二人っきりにしてくれたんですね」

 

「ウフフ」

 

それからしばらく、香取さんと世間話をしながら、コーヒーを飲んだ。

 

「今日、芽衣ちゃんは?」

 

「鈴木さんと一緒に居ます。仕事中だから、邪魔してはいけないと言ったのですが……どうしても聞かなくて……。鈴木さんも、預かってくれると言ってくれて……。鹿島のところへ行ってあげて欲しいと……」

 

そこまで言うと、香取さんは空になったカップを手に取り、すぐに置いた。

 

「気を遣われてしまいましたね」

 

そう言ってやると、香取さんは驚いた表情で俺を見た後、肩の力を抜くように、笑みを零した。

 

「そういう奴ですからね。鈴木って男は……」

 

「えぇ……よく知っています……。とっても優しい人で……私には……」

 

私には……か……。

 

「……雨宮さん」

 

「はい」

 

「貴方だったら……あの人の気持ちに対して……どう答えていましたか……?」

 

それは、質問というよりも、まるで――。

 

「その答えを聞いて、香取さんは決断できるんですか?」

 

香取さんは俯き、じっと、空になったカップを見つめていた。

 

「いや……貴女は決断出来ない。それでも、貴女が俺に答えを求めるのは、俺に決断を下してほしいからではないのですか?」

 

香取さんは答えない。

こういう事、望月の時にもあったな。

尤も、あいつは、そうして欲しいと、ちゃんと言えていたが……。

 

「……分かりました。貴女の代わりに、決断を下してあげます」

 

香取さんは、答えを待つように、じっとしていた。

 

「もう二度と、鈴木には会わないでください」

 

予想外の答えだったのか、香取さんは顔を上げ、俺を見つめた。

 

「芽衣ちゃんも同じです。鹿島には会いたいでしょうから、ここに来ること自体は構いません。でも、鈴木には会わないでください」

 

明らかに動揺を見せる香取さんとは違い、俺は冷静であった。

 

「鈴木には、俺から伝えておきます。海軍にも、そのように配慮するよう伝えます」

 

ここまで言っても、やはり香取さんは、何も言わなかった。

 

「……その沈黙が、貴女の答えであり、貴女の決断です」

 

俺は席を立ち、香取さんの顔を確認せず、言った。

 

「俺は部外者です……。だからこそ、貴女には言えなかった本音が一つだけあります……。鈴木は……あんな奴だけど、俺の親友で、相棒で、恩人なんです……。そんな奴が傷つくのは、もう見たくないんです……。これ以上、あいつを傷つけないでください……」

 

俺はそのまま、カフェを後にした。

誰も、俺に言ってくれなかった言葉。

何故、誰も言ってくれなかったのか、ようやく分かった気がした。

 

「クソ……」

 

コーヒーとは違う苦みが、口いっぱいに広がっていた。

 

 

 

しばらくウロついていたが、一向に出港準備完了の連絡がないので、様子を見に行くと――。

 

「ヤダヤダヤダ!」

 

「め、芽衣……」

 

泣きわめく芽衣ちゃんと、オロオロする香取さん。

そして、芽衣ちゃんに掴まれているのは、鈴木であった。

 

「芽衣……鈴木さんを困らせては駄目よ……」

 

「ヤダ! 二度と会えないなんてヤダー!」

 

「芽衣ちゃん……」

 

どうやら香取さんは、俺の決断に従うことを決めたらしい。

そして、それを鈴木と芽衣ちゃんに伝えた……という事なのだろう。

 

「あ、慎二……」

 

鈴木は俺を見つけると、困ったように笑って見せた。

 

「……どうした?」

 

「あぁ……ちょっとな……」

 

激怒しないところを見るに、香取さんは、俺とやり取りしたことを隠しているようであった。

 

「端的に言うと、フラれちまった……。二度と会えないってさ……。それを聞いた芽衣ちゃんが……って話だ」

 

無理につくった鈴木の笑顔に、心が痛む。

けど……。

 

「協力しよう」

 

芽衣ちゃんを抱き上げる。

最初こそは抵抗していた芽衣ちゃんだったが、俺の顔を見るとスンと泣き止み、問いかけた。

 

「提督さん……?」

 

「え?」

 

「……芽衣は、雨宮さんの事を動画で知っているんです。雨宮さんのこと、カッコいいと……」

 

「な、なるほど……」

 

だから、「提督」と……。

芽衣ちゃんは俺をじっと見つめると、ニコッと笑って見せた。

 

「子供にもモテるのな、慎二」

 

「いや、まあ、どうなんだろうな……」

 

芽衣ちゃんを香取さんに返そうとすると、今度は俺に引っ付いて、離れようとしなかった。

 

「参ったな……」

 

「ちょうどいいや。慎二、芽衣ちゃんと香取を出口まで送ってやってくれ。その間に、船を準備するからよ」

 

「あ、あぁ……分かった……」

 

香取さんに目を向ける。

彼女は――。

 

「じゃあ、元気でな、香取……」

 

「……はい。鈴木さんも……」

 

「……おう」

 

芽衣ちゃんに覚られないよう、あやしながら離れて行く。

だが、香取さんは――。

 

「香取さん?」

 

「あ……ごめんなさい……。今、行きますから……」

 

そう言っても、彼女の足は止まったままであった。

 

「香取さん……貴女は……」

 

香取さんの様子に――気を遣ったのであろう鈴木は、一歩下がると、そのまま背を向け、船の方へと歩き出した。

その背中を、真っ赤に染まった夕日が照らす。

 

「あ……」

 

声を漏らす香取さん。

その手が、空を掴む。

 

「このままでいいんですか……?」

 

その問いかけに、香取さんは――。

 

「……芽衣ちゃんは預かります。だから、伝えてきたらどうですか……? 貴女の本音……貴女の気持ちを……」

 

「雨……宮さん……」

 

「まだ、全部をぶつけた訳じゃないんでしょう? 二度と会わない決断が出来たのなら、最後くらい、本音で話し合ったらどうですか? 俺よりも、あいつに相談する方が、きっといい答えが出てくるはずです。あいつ以上に、貴女を理解している人は、きっといませんから」

 

そう言って、俺は芽衣ちゃんを連れ、その場を離れた。

 

 

 

しばらくすると、出港を知らせる汽笛が鳴り、船へと向かった。

すると――。

 

「やあ」

 

「坂本上官!?」

 

「芽衣ちゃんはどうしたのかね?」

 

「え、えぇ……。芽衣ちゃんは……泣き疲れたのか、眠ってしまって……。本部へ預けてきました」

 

「そうか」

 

「して、どうして上官が船に? 鈴木はどうしたのですか?」

 

「ん? あぁ……その話は、船の中でしようか」

 

 

 

出港し、しばらくすると、上官は船を停めた。

 

「上官、船、動かせたんですね」

 

「重さんの体調が悪い時は、私が佐久間へ物資を届けていたくらいだ」

 

よくよく考えれば、海軍の中でも、島への出向について知っている人は少なかったもんな。

重さんに何かあった時の為に、免許を取得していたのであろう。

 

「さて、鈴木のことだがね……。何やら香取と言い合いをしていたようで……」

 

「言い合い?」

 

「喧嘩のような声を聞いた者から連絡を受けてね。野次馬が出来ていたから、とりあえず、二人を多目的室へ案内したんだ。そこで、事情を聞いたよ。何があったのか、君は知っているね」

 

そう言うと、上官は船の冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、俺に渡した。

 

「話し合いをするよう言いましたが、野次馬が出来るほどの言い合いに発展するとは……」

 

「そこは、二人の間でしか分からない何かがあったのだろう。本音でぶつかっている……私には、そう見えたよ」

 

本音でぶつかる……か。

 

「彼らがどうなったのかは分からん。とにかく、言い合いをする場を提供してやったが、あまりにも長引きそうに思えてね。こうして私が来たと言うわけだ」

 

「そうでしたか……。すみません」

 

「いや」

 

上官はコーヒーを飲むと、本土の方へ目を向けた。

 

「鈴木とは……とある風俗街で出会ってね……」

 

思い出すかのように、上官は目を瞑った。

 

「その頃の私は、少し荒れていてね……。恥ずかしい話なのだが、風俗にハマっていたのだ」

 

上官が風俗に……?

硬派な人だと思っていたのだが……。

 

「風俗街を歩いている時、路地裏の方から、怒号が聴こえて来た。何事かと向かうと、ボコボコにされている少年がいた。それが、鈴木だった」

 

上官との出会いについては、幾度となく鈴木から聞かされている。

だが、ボコボコにされていたとまでは……。

 

「声をかけると、暴行していた連中は逃げていった。ボロボロになった鈴木を、何故か放っておけなくてね。家に連れて帰って、看病してやったんだ。訊くと、家が無いのだと言う。体を売ったり、残飯を漁って生きてきたのだと言うのだ。なんとも哀れな子供だった。しかし、その瞳には、どこか強い意志を感じてね。海軍の児童養護施設を紹介してやったんだ。無論、最初は、施設側から入居を拒否されたのだが、鈴木は私に恩を感じてくれていたらしく、私の顔に泥を塗りたくないのだと、誠実な態度を崩さなかった。その態度が認められ、施設へ入ることが許されたのだ」

 

「鈴木はそういう奴ですからね。受けた恩は、絶対に返す奴でした」

 

「それから、鈴木とは何度か会うようになって――私が艦娘の人化に注力している事を知ると「自分がその夢を継ぐ」と言い出した。「海軍に入る」のだとね……」

 

鈴木は、島を目指す理由について「エロい艦娘が多いから」と言っていたが……。

 

『単なる嫉妬だったんだ……。坂本さんに認められたくて頑張って来たのに、よりによって、同じ施設出身のお前がどうしてって……』

 

あの言葉には、もっと深い理由があったのか……。

 

「佐久間が亡くなった時、次は鈴木に託そうと思っていた。だが、君が現れた。鈴木と同期で入った君は、鈴木と同じくらい努力し、島への切符を勝ち取った。鈴木と君のどちらか……最終的に判断するのは、私だった……。そして、私は……」

 

上官はコーヒーを飲み干すと、項垂れるように肩を落とした。

 

「今でも、その判断は間違っていなかったと思っている。それでも、鈴木には悪い事をした……。「任せたぞ」と、言ってしまった事もあったから……。それでも、鈴木は私を許してくれた……。「上官が動けなくなったら、自分が慎二を支えます」とまで……言ってくれたのだ……」

 

鈴木……。

 

「鈴木は、香取の事が好きなんだろう? 応援してやりたいが、余計なことはしない方がいいと思ってね……。あの二人が、今後、どのような道を進むのかは分からないが……鈴木には、幸せになって欲しいと思っているのだ……。雨宮……君は、鈴木が唯一、私以上に心を許した男だ。鈴木に何かあった時には、傍で支えてやって欲しい……。その為なら、私は協力を惜しまない……。だから……」

 

「えぇ、分かっていますよ。私も、あいつには助けられていますから」

 

コーヒーを飲み干す。

初めて鈴木と飲んだ缶コーヒーも、この銘柄であったな。

 

「きっと鈴木は、上官のこと、本当の父親だと思っていますよ。私は、あいつの親友や、相棒なんかになれても、父親のような存在にはなれません。父親のように慕われている上官にしか出来ないことも、きっと、あると思いますよ。だから――」

 

上官は、空になった缶に口をつけると、顔を隠すように、操舵室へと入っていった。

 

「いい父親を持ったな……鈴木……」

 

 

 

島へ着くと、大和が迎えに来てくれた。

 

「お帰りなさい、提督」

 

「おう、ただいま」

 

お土産と、高速修復材を渡してやる。

 

「ありがとうございます」

 

「二人は何をしている?」

 

「山城さんは、部屋に居ます。支給品の中にあった旅行雑誌に、神社やお寺の特集があったようで、それを何度も読んでいます」

 

神社やお寺、か……。

そういや、クリスマスプレゼントも、神社のお守りだったな。

懐かしい感じがするだとかなんだとか言っていたような……。

 

「夕張さんは、相変わらずです。ゲームしています」

 

「そうか」

 

大和と二人で、寮へと向かう。

 

「皆さんはどうでしたか?」

 

「元気そうだったよ。人化して、肩の荷が下りたのか、普段とは違う表情を見せてくれてさ――」

 

本土の事を話してやると、大和はとても嬉しそうにしていた。

 

「そんなに面白い話をしたつもりは無かったのだがな」

 

「この島には、もう私たちしか残っていませんから。そういったお土産話も、大和にとっては、一つの娯楽になりつつあるのです」

 

「そんなに退屈しているのなら、島を出たらどうなんだ」

 

大和は、困った表情で笑うのみであった。

 

 

 

夕食の時間になり、食堂へと向かう。

 

「大淀たちが出て行って、しばらく経つが、やっぱり慣れねぇな」

 

そう言って、食堂を見渡す。

節電の為、蛍光灯はいくつか外されており、奥の方は、ほぼ真っ暗であった。

 

「お前らも、ずっとこのままでいいのかよ? こんな寂しい食事に、薄暗い寮……。ただでさえ、気の合わなそうなメンバーが残ってしまってよ……。気まずくないのかよ?」

 

そう問い掛けても、誰一人反応しなかった。

大和は困ったように微笑むだけで、山城はいつも通りのスルー。

夕張は、あれからずっと、無視を決め込んでいる。

尤も、夕張については、未だに機嫌が悪いというよりも、無視をやめるタイミングを逃してしまったような感じではあるが。

 

「全く……暗いったらねぇぜ……。あーあ、本土に戻りたくなってきたな……。もういっそのこと、ここに来るのをやめようかねぇ」

 

そう言ってやっても、やはり誰も反応しない。

どうせ、嘘なんでしょ、とでも言いたげな……。

 

「……はぁ。気が滅入るぜ……」

 

飯を持って立ち上がると、流石の三隻も反応を見せた。

 

「提督?」

 

「悪いが、執務室で食うことにするぜ……。飯がまずくなるし、仕事が残っているんだ」

 

「でしたら、大和もお手伝いします」

 

「いや、いいよ。大した量じゃないし、お前らはお前らで、今後の事でもしっかり話し合ってくれ。どうしたら食事が楽しくなるか、とかな」

 

嫌味たっぷりに、俺は食堂を後にした。

 

 

 

食事を摂りながら、仕事をしていると――。

 

「失礼します」

 

大和が緑茶を持って、執務室へと入って来た。

 

「話し合いは済んだのか?」

 

「まあ、そんなところです……」

 

「……済んでいないのだな。俺のことはお構いなく。三人仲良く、ゲームでもやったらどうだ?」

 

大和はお茶を差し出すと、心配そうに俺の顔を見た。

 

「なんだ?」

 

「いえ……。ただ……気が立っているように見えましたので……。お疲れなのか、それとも……」

 

気が立っている、か……。

 

「……そうかもしれないな」

 

緑茶を飲むと、肩の力が一気に抜けた。

 

「悪い……。お前の言う通り、気が立っていたようだ……」

 

「大和たちの所為……ですよね……」

 

「……どうかな」

 

俺はあえて、言葉を濁した。

大和はその意味に気が付いているのか、何も言わず、じっとしていた。

 

「暗い食堂を見ていたら、本土でのあいつらの顔が浮かんできてさ……。よく分からんが、攻撃的になってしまった……」

 

「……島に残る選択をした大和が言う事ではありませんが、お気持ちは分かります。大和で良ければ、いくらでも不満をぶつけてください。どんなことにでも耐えられる強靭な肉体で、受け止めてみせますよ」

 

微笑む大和。

どうやら気を遣われたらしい。

 

「……スマン。お前らが島を出ないのは、お前らの自由あって、俺の力不足であるのにな……。なんか、焦っているのかもな……」

 

「提督……」

 

こういう時、いつも、俺に共感してくれる奴が近くに居て――ああ、そうか。

いつもは、大淀が共感してくれて――もう、俺が成さんとすることに協力してくれる奴は、ここには居ないのか……。

こうして優しく接してくれる大和も、結局は――。

 

「……緑茶、ありがとう。そろそろ部屋に戻れ。仕事、見せられないようなものもあるからさ」

 

「あ……はい……。何かありましたら、大和を頼ってくださいね」

 

「あぁ……」

 

「では……」

 

大和が去った後、ふと、大淀と交わしていた『記録』に目が行った。

 

「…………」

 

手に取り、パラパラとめくる。

大淀の適切なアドバイスと、温かいコメントに、何だか寂しさを覚えてしまった。

 

「俺が思っていた以上に、大淀の存在は、デカかったんだな……」

 

気が立っていたのは、大淀がいなかったら。

誰一人として、味方がいなかったから。

 

「そんなの、島に来た頃と、何も変わらないはずなのだがな……」

 

俺はいつの間にか、こんなにも――いや、それほどまでに、俺は――。

 

 

 

消灯時間となり、玄関へ向かうと、例のソファーに夕張が座っていた。

 

「…………」

 

膝を抱え、視線は下を向いていた。

俺はあえて、それを無視し、靴を履き始めた。

 

「……ねぇ」

 

ようやく発した声は、少し枯れていた。

 

「そろそろ……仲直りしてよ……。分かっているんでしょ……。指輪のこと……謝ってよ……」

 

謝罪を求める側とは思えないほど、弱弱しく言う夕張。

仲直り……か……。

 

「喧嘩しているつもりはない。指輪の件も謝らない。あれは必要なものだった」

 

結局、誰から指輪を贈られたのかということについては、皆に話していない。

だが、指輪をしなくなったことで、何かを察しているようではあった。

 

「俺からお前に歩み寄ることはしない。そろそろ、その変な癖をなおしたらどうなんだよ」

 

「変な癖じゃない……。前にも話したでしょ……。イライラしちゃう日があるって……」

 

「あぁ。だから、俺の事を無視していたんだろ?」

 

「そうよ……」

 

「で、俺に謝れと? いちいち、お前の機嫌に合わせろと?」

 

そう言ってやると、夕張はぽろぽろと涙を流した。

 

「なんでそんなに辛く当たるのよ……。分かっているんでしょ……? 慰めてよ……」

 

声を漏らして泣く夕張。

不安定で、面倒くさくて――俺の気が立っているのもあるが――そんな状況で、夕張を慰めることが出来るほど、俺は大人ではなかったらしい。

 

「……もういいか?」

 

ため息交じりに言ってやると、夕張は部屋へと戻って行ってしまった。

 

「はぁ……」

 

夕張に対しての――そして、大人になりきれていない自分への失望が、ため息として表れていた。

 

 

 

翌朝。

寮へ向かおうと準備していると――。

 

「うお!?」

 

いつの間にか、山城が家に入り込んでいた。

 

「ビックリした……。声くらいかけてくれよ……」

 

「お邪魔します……って言ったわ……」

 

「いや……聞こえなかったよ……」

 

山城は座り込むと、俺をじっと見つめた。

 

「こんな朝早くから、何用か?」

 

「いえ……。その……昨日、何だか苛立っているようだったから……」

 

「苛立っているようだったから……なんだ?」

 

山城は顔を赤くすると、そっと手を広げた。

 

「あ?」

 

「ハグは……ストレスの緩和につながるって……雑誌に書いてあったから……。その……どうぞ……」

 

どうぞって……。

 

「ストレスの緩和の為に、ハグしてくれるってことか……? それが、苛立ちを抑えることに繋がると……?」

 

頷く山城。

 

「い、いや……別に、そんな……。……大丈夫だ。苛立っていたのは事実だが、そこまでしてもらうってのは……」

 

膝枕してもらったことを思い出し、何故か赤面してしまう。

 

「私とするのは……嫌……?」

 

山城は、どこか悲しそうな目を見せていた。

見たことない表情ではなかったが、その目は、いつもと違い、しっかりとこちらに向けられていた。

 

「嫌……ではないが……」

 

それを聞いた山城は、そっと近付き、俺を抱きしめた。

 

「ん……」

 

仄かに香る、シャンプーのニオイ。

風呂に入ってから、ここへ来たのか……。

 

「……どうかしら?」

 

「どう……って言われてもな……」

 

何故かは知らないが、俺はドキドキしてしまっていた。

耳元で囁かれる、山城の声。

聴きなれているはずなのに、こう、囁かれると……。

 

「…………」

 

山城は、俺の胸に手を当てると、安心したかのように微笑んだ。

 

「良かった……。ドキドキ……してくれているわね……」

 

その笑顔が、とても可愛らしくて――。

 

「も、もういいよ……。ありがとう……」

 

そう言って離れると、山城は名残惜しそうに、手を下げた。

 

「そ、そろそろ寮に向かわないとな……」

 

立ち上がろうとする俺の手を、山城は掴んだ。

 

「山城……?」

 

「私は……」

 

俺を見つめるその瞳は――。

 

「私は……貴方の味方だから……。貴方にとっては……そうじゃないって思うかもしれないけれど……。それでも……貴方の為になるのなら……なんでも……してあげたいって……思っているわ……」

 

そこまで言うと、山城は俯いてしまった。

髪の合間からのぞく耳は、真っ赤に染まっていた。

 

「急にどうした……? 何故そんなことを?」

 

「……深い意味は無いわ。ただ……貴方には感謝しているから……。受けた恩は返す主義だって……言ったはずよ……」

 

そういや、そんな事を言っていたな……。

 

「お前なりの感謝の示し方って訳か」

 

頷く山城。

 

「別に気にしなくてもいい。それに、感謝されるような事ではないはずだ。俺は俺の都合で、お前との交流を果たしただけだ。お前が何に対して感謝しているのかは知らないが、そんな事は――」

「――それでも!」

 

顔を上げた山城は、今にも泣きだしそうなほど、目が潤んでいた。

 

「山城……?」

 

「……私では、駄目なの?」

 

「え……?」

 

「私では……貴方の力になれない……? 私では……貴方を癒せない……? 私では……大淀さんのようには……」

 

大淀のように……?

 

「ずっと考えていたの……。どうして……指輪の事を気にしちゃったのか……。どうして……貴方が帰ってこないことに不安を覚えてしまったのか……」

 

『どうしてこんなことを思ってしまうのか……分からない……。分からないけど……』

 

そういや、そんな事言っていたな……。

 

『山城さんが『そういう好意』を持っているのだとしたら、どう応えるのですか……?』

 

「…………」

 

もしかして……本当に……。

 

「私は……私はきっと――」

「――俺に恋をした、のか?」

 

山城は驚いた表情を見せた後、真剣な表情をする俺の顔を見て、顔を背けてしまった。

 

「……そうなんだな」

 

ゆっくりと頷く山城。

 

「親父に抱いたものと同じか?」

 

「……いいえ。貴方は、あの人とは違うわ……」

 

「…………」

 

「あの人は、とても強かった……。私を照らしてくれる光だった……。でも、私には明るすぎて――どこか、遠くへ行ってしまうかのような――」

 

山城はゆっくりと顔を向けると、じっと俺を見つめた。

 

「貴方は……違う……。強く振る舞っているけれど、弱い部分もたくさんあって――私を照らしてくれる光というよりも、その先の道へと導いてくれる光のようで――一緒に居てくれる人じゃなくて、一緒に進もうと言ってくれる人で――でも、遠くへ行ってしまうように感じる事だけは、あの人と同じで――……」

 

「…………」

 

「貴方の父親と同じように、貴方を失いたくないと思った……。でも、それだけだったら、ただ見守るだけで良かったはずなのに……。私は……貴方の温もりを……欲してしまった……。貴方に感謝されたいと思った……。貴方に見て欲しいって思った……。構って欲しい――傍に居て欲しい――ただ受け身でいる事が、出来なかった……」

 

「山城……」

 

山城はそっと近づくと、目を瞑り、口づけをした。

 

「……どうして、受け入れてしまうのよ」

 

「そういう男だって、知っているはずだろうに……」

 

それでも構わないと思ったのか、山城はもう一度、キスをした。

 

「提督……」

 

小さく震える体をそっと抱きしめてやると、山城は安心したかのように、その身を預けていた。

 

「好き……。貴方が好き……。この気持ちに応えてくれとは言わない……。ただ……ずっと……」

 

それが叶わないことも承知の上で、山城は気持ちを伝えてくれた。

そう理解できたのは、きっと――。

 

 

 

食堂へ入ると、大和と夕張は、ギョッとした表情で俺たちを見た。

 

「や、山城さん……?」

 

二隻が驚くのも無理はない。

あれからずっと、山城は、俺の腕を抱きしめ、離れずにいたのだ。

 

「て、提督……一体なにが……」

 

「……まあ、色々あってな」

 

「色々……ですか……」

 

二隻の視線に動じることなく、山城はじっと、俺を見つめていた。

 

 

 

食事中も、山城は俺から離れなかった。

 

「山城、そろそろ離れてくれないか……? 飯、食いにくいよ……」

 

首を横に振る山城。

夢の中で親父に求めていたことを考えると、ずっと、こうしたかったのだろうな……。

ようやく素直になれたものだから、タガが外れてしまったのだろう。

だとしても、これはな……。

今までの素っ気ない態度からすると、落差があり過ぎるというか……。

 

「……山城さん、提督が困っていますから、そろそろ」

 

山城は離れない。

大和が困っていると、夕張が口を開いた。

 

「山城さん、提督の事が好きだったのね……」

 

どんな意図があっての質問かは分からないが、山城は小さく「えぇ……」と返事をした。

 

「そう……。最初は、私の恋を応援してくれたようでしたけど……。今は違うの……?」

 

山城は答えない。

確かに、山城は最初、夕張と俺との仲を取り持つような事をしていたが……。

しかし、あれは、俺を島から出すためのもので――。

永い沈黙が続く。

 

「……山城さんは」

 

大和は目を伏せながら、山城に問うた。

 

「山城さんは……このままずっと、提督と島に残り続けるのですか……? ずっと、こうしていると……?」

 

山城は――。

 

「もし……提督が一緒に島を出てくれるというのなら……」

 

山城が、俺を見る。

そして――二隻は、驚いた様子で、その光景を見ていた。

 

「や、山城……」

 

「貴方が一緒に来てくれるというのなら、私は島を出てもいいと思っているわ……」

 

見せつけるように、山城は二隻に目を向けた。

大和も夕張も、何も言えず、ただ俯くだけであった。

 

 

 

結局、食事もままならず、逃げ帰るように食堂を後にした。

その間も、山城は引っ付いたままであったが、執務室に入るや否や、俺から離れ、部屋に鍵をかけた。

 

「おい……」

 

山城は黙るよう口に手を当て、小声で言った。

 

「会話を聴かれているかもしれないから、小声で話して……」

 

「お、おう……?」

 

一呼吸置いた後、山城は話し始めた。

 

「さっきはごめんなさい……。でも、あの二人には、ああした方がいいと思ったのよ……」

 

「……どういうことだ?」

 

「言ったでしょう……。私は、貴方の味方だって……。あの二人を島から出す為に、協力するわ……」

 

あの二隻を島から出す為に……?

 

「ちょっと待て……。話が見えてこない……。色々訊きたいことはあるが……つまり、さっきのアレは、二隻を島から出す為の作戦か何かだったと……?」

 

頷く山城。

 

「……何故、そんなことを?」

 

「だから、私は貴方の味方で……」

 

「いや、そういう事ではなく……」

 

状況を整理するように、俺は深呼吸をした。

 

「……お前が俺の味方をしてくれる理由は、その……俺のことが好きだから、ってことか……?」

 

「そう言っているわ……」

 

そう言っていたか……?

 

「で、その為に、あの二隻を島から出してやろうと? そして、有効な手は、俺との仲をアピールすることだと?」

 

「そうよ」

 

そうよって……。

 

「あの二人は、私の性格をよく分かっている……。私が『提督が一緒に島を出てくれるというのなら……』と言ったら、必ずそうするって、分かっているのよ……。そして、そうしなければ、提督は私を島から出すことは出来ないだろうということも……」

 

最後の言葉に、俺はムッとしてしまった。

 

「気を悪くさせたのならごめんなさい……。でも、実際そのはずよ……。私の見立てが間違っていなければ、あの二人は、貴方と二人っきりになるまで、島を出ないはず……」

 

「俺と二人っきりに……?」

 

「そうじゃなかったら、島に残る理由は無いはずよ……」

 

確かに、夕張はそれを狙っているのだと言ってはいたが、大和も同じなのか……?

 

「おそらく、夕張も大和さんも、お互いに、どちらかが島を出るまで粘るはず……。いつまで続くのか分からない膠着状態の中で、私が貴方に惚れたのだと知ったら――貴方も、そうするしかないと結論付けてしまったら――」

 

「――そう思わせることで、あいつらも何かせざるを得なくなるって訳か」

 

頷く山城。

なるほど……。

 

「そんな事を考えていたんだな……」

 

「同じような事をしてきた人を、ずっと見てきたから……」

 

『上を行く同類をずっと見てきましたから』

 

大淀の言葉が思い起こされる。

山城も、大淀と同じように――。

だとしたら――。

 

「なるほどな……。なら、次に俺がすべきことは、お前とのイチャイチャを続ける、だな?」

 

山城は恥ずかしそうに頷き、俯いてしまった。

 

「……一つ訊きたいのだが、あの二隻が島を出ることになったら、お前は残るのか?」

 

「あの二隻が出ることになったら、貴方も島を出るはず……。そうなったら、私も出るわ……」

 

「俺の事が好きだから協力するってのは分かるが、そうすることで、お前には何のメリットがあるんだ?」

 

「質問は一つだけじゃなかったのかしら……? でも、そうね……。もうメリットデメリットの話じゃないって、分かっているはずじゃなくて……?」

 

山城の目の中に、島を出た連中の背中が映っているように感じた。

 

「きっと、貴方は私を選ばない……。それでも、貴方の為になりたいって思ってしまう……。きっと、これが恋なのよ……。受け入れる事しかしてこなかったけれど……本気で誰かの為に何かしたいって思ったのは、これが初めてなの……」

 

そこに、野望のようなものは無い、とでも言いたいのだろう……。

しかし、俺は、やはり、未だに、その気持ちだけは――……。

 

「貴方に気を遣うのであれば……いつでもイチャイチャできるっていうのは……私にとってのメリットかもしれないわね……」

 

顔を逸らしながら、つぶやく山城。

それは気遣いか、それとも――。

いや……それを指摘することも、また――。

 

「そうか……。なら、徹底的に見せつけて行こうぜ、山城」

 

顔を逸らしながら、頷く山城。

だが、鏡に反射するその表情は――。

 

 

 

それから、隙あらば、山城と過ごした。

露骨に見せつけ過ぎるのは良くないとのことだったので、食事以外の時間は、執務室に鍵をかけ、二人で過ごした。

 

「誰も見ていないのに、密着する必要はあるのか?」

 

「言ったでしょう……。これが私のメリットだって……」

 

「俺に気を遣っての理由ではなかったのか?」

 

山城は何も言わず、拗ねるように、体重をかけ寄り掛かった。

拗ね方が大淀そっくりだな。

 

「……今、別の誰かの事を考えていたでしょう?」

 

勘が鋭いところも同じか……。

 

 

 

消灯時間後、山城の見送りを受け、家へと帰ってくると――。

 

「……消灯時間は過ぎているぜ」

 

大和は微笑むと、風に靡く髪を手で梳いて見せた。

 

 

 

「これ飲んだら帰れよ」

 

そう言って緑茶を渡してやると、大和は飲むこともせず、湯呑を置いてしまった。

 

「……で、何の用だ?」

 

「山城さんの件です。もしかしたら、お困りなんじゃないかと思いまして」

 

「困る? 何にだ?」

 

「提督が一緒に島を出なければ、山城さんも島を出ない状況に……ですよ。提督は、全ての艦娘が人化しない限り、島を出ることは無いはずです。私たちを人化させようにも、山城さんがああいった状況ですから……。きっと、提督が一緒に来てくれるまで、山城さんは粘るはずです」

 

なるほど……。

山城が言うように、大和は山城の性格をよく分かっているらしい。

 

「……そうかもな。だが、今はあいつの好きにやらせようと思っている。俺に好意があるようだし、徐々に説得できたらと、今は交流を続けているところだ」

 

「大和に出来ることはありませんか? 山城さんとは、提督よりも付き合いが長いですから、きっと、お力になれるかと……」

 

普段だったら、頼るところではあるのだが……。

 

「大丈夫だ。俺は俺なりに、色々と考えているんだ。それに、山城は横槍を嫌う奴だ。今は、正面から、あいつの気持ちに向き合おうと思っている」

 

「それはそうかもしれませんが……。せめて、何か、直接的でなくとも、秘密裏に協力できることが……」

 

「あいつは、そういうのにも気付いてしまうタイプだ。そうでなくても、俺は嘘が下手だからな……。お前だって、よく分かっているはずだろう」

 

そう言って、大和の目を見る。

嘘を突き通そうとする時、俺は相手の目を見る癖がある。

それに気が付き――見抜かれてしまうと思ったのだが、大和は目を逸らし、俯くだけであった。

 

「……話は以上か? それ、飲まないのなら、片付けるぜ」

 

湯呑を取ると、大和はその手を掴んだ。

 

「なんだ、飲むのか?」

 

首を横に振る大和。

ゆっくりと上げられたその表情は、どこか悲しげであった。

 

「どうして……協力させてくれないのですか……?」

 

「え?」

 

「大和が……貴方の敵だからですか……? それとも……」

 

掴む手が、小さく震えていた。

いつのも俺だったら、動揺と同情に心を動かされてしまうだろう。

だが――。

 

『大した女優ですね。この大淀と等しく』

 

「……理由は伝えたはずだ。それ以上でも、それ以下でもないよ」

 

大和の手を振り払い、湯呑を片付ける。

大和は何も言わず――立ち上がることすらしなかった。

 

「……今日は色々あって疲れているんだ。そのせいもあって、より一層気が立っている……。お前を傷つけてしまうかもしれないし、そろそろ休ませてくれないか……?」

 

「別に大和は――」

「――俺が嫌なんだ。このやり取りにも、少し苛立っている……。頼むから、放っておいてくれ……。助けが必要な時は、俺から声をかける……」

 

そう言ってやると、大和は小さく「ごめんなさい」と謝った後、寮へと帰っていった。

 

「はぁ……」

 

『私は……貴方の味方だから……』

 

山城は、そう言ってくれたが……。

 

「こういう時……やはり俺には……」

 

『貴方が悪役でも、私は貴方の味方ですから』

 

山城のそれと同じはずなのに――。

恋愛云々を抜きにしても、あいつはずっと、俺の味方で居てくれて――。

俺を独占したり、憐憫の情を催すような表情も無くて――。

 

「大淀……」

 

俺は、大淀に会いたくなっていた。

 

 

 

それから一週間、山城との時間を過ごしたが、大和も夕張も、特に動きを見せることは無かった。

夕張は相変わらずだし、大和は却って気を遣っているようであった。

 

 

 

本土へ戻る日、俺を迎えに来たのは、坂本上官であった。

 

「上官? 鈴木はどうしたんです?」

 

「その話は、船の中でしようか」

 

 

 

船はゆっくりと本土を目指していた。

 

「それで? 鈴木はどうしたんです?」

 

「鈴木は……しばらく謹慎になってしまってね……」

 

「謹慎……? 何をしでかしたんです?」

 

そう訊くと、上官は苦笑いを見せた。

 

「ほら……香取との件……多目的室で話し合いをさせたと言っただろう?」

 

「はぁ……しばらく口論していたとかなんとか……」

 

「それがだね……。何がどうしてそうなったのかは分からんのだが……その……二人は……多目的室で……なんというか……男女の営みを始めたらしくてね……」

 

男女の営みって……。

 

「え……何故……?」

 

「だから、分からんよ……。雨降って地固まるというか……。まあ、お互いに色々ぶつけあって、こう……高まってしまったのだろうとは思うが……」

 

「それで、その営みが見つかり……と?」

 

「あぁ……。まあ、すぐに謹慎は解かれるとは思うが……。全く……馬鹿な男だよ……」

 

そう呆れる上官は、何故か笑っていた。

おそら上官は、自分の過去と――。

 

「そうですか……。あのバカ……。いくら上官を尊敬しているからと言え、そんなところまで真似するとは……」

 

俺がニヤリと笑うと、上官は顔を真っ赤にさせ、拳骨をくらわせた。

 

 

 

本部に戻ると、上官は、やはりケーキを用意してくれていた。

 

「そうか……。それは、中々手ごわいな」

 

報告を受けた上官は、険しい表情で遠くの島を見つめた。

 

「正直、かなりストレスを感じています……。山城との時間を確保し続けることに、意味はあるのだろうか……。大和にしても、あんな態度をとってしまったからか、遠慮しているようですし……夕張は相変わらずですし……。このままでは、ただただ山城が、俺を独占するだけで――いや、あいつにとっては、そっちの方が目的なのやも……。だとしたら、今の状況をどうにかしないと……。だけど……うぅむ……」

 

「ふむ……」

 

ケーキを一口。

口の中に広がる甘さと、上官が淹れてくれたほろ苦いコーヒーに、思わず本音が零れる。

 

「こんな時……大淀が傍に居てくれたらと……思ってしまいます……」

 

「大淀が?」

 

「はい……。あいつは――……」

 

一度零れた言葉は、洪水のように溢れ出していった。

それを上官がどう見たのかは分からない。

だが、どこか、憐れむような――或いは、同情するかのような――そんな目に見えたのは、きっと――。

 

「――なんて、こんな事、大淀には言えません。言ってしまったら、きっと……」

 

俯く俺に、上官は言った。

 

「なら、大淀と共に島へ戻ったらいい」

 

「え?」

 

「大淀を島へ派遣させよう。きっと、君の役に立つだろう」

 

上官の冗談に、思わず苦笑いしてしまう。

 

「冗談ではないよ。大淀さえ同意してくれたら、彼女を島へ派遣する手続きをしよう」

 

冗談ではない……?

 

「そ、そんなこと、出来るわけが……」

 

「出来るのさ。覚えていないかね。大和島へ出向した、大井達の事を……。そして、その目的を……」

 

確か……。

 

「現艦娘と人化した元艦娘が接触した場合、艦娘にどのような影響があるのか……でしたね……」

 

「そうだ。結果として、朝潮と敷波が島を出た。結果は出ている。それに、あの頃と違い、今は私が指揮を執っているのだよ? 出来ないはずが無かろう」

 

そう言うと、上官はニッと笑って見せた。

 

「上官……。しかし……大淀が来てくれたら嬉しくはあるのですが……それがいい結果を齎すかどうかは……」

 

「齎すさ。君が大淀を求める気持ちがあるのなら、ね」

 

俺に、大淀を求める気持ちが……?

 

「とにかく、まずは大淀の同意が必要だろう。彼女を呼び出すから、君はここで待っていてくれたまえ」

 

そう言うと、上官は部屋を出て行った。

 

 

 

数十分後。

戻って来た上官は、大淀を連れていた。

 

「大淀……」

 

「提督」

 

大淀は傍に寄ると、そっと俺を抱きしめた。

 

「お、おいおい……」

 

「坂本さんから全て聞きました……。嬉しいです……。人化してもなお、貴方のお力になれるなんて……」

 

坂本上官が咳をすると、大淀は我に返ったのか、恥ずかしそうに俺から離れた。

 

「その反応が大淀の答えだ。君が大淀を想っているのと同じくらい、大淀も君の事を想っているようだね」

 

そう言われ、二人して照れてしまった。

 

「さて、諸々の手続きはこちらでやっておく。早速だが、島に戻ろうか」

 

「え、もうですか? 今日は皆にも挨拶する予定だったのですが……」

 

「それは止めておいた方がいいだろう。君が大淀を求めていると聞いて、鈴蘭寮は大荒れだったからね」

 

大淀が困ったように微笑む。

なるほど……。

 

「……分かりました」

 

「では、行こうか」

 

 

 

船で移動している間、俺は大淀に問うた。

 

「急な話だったのに、よく引き受けてくれたな……」

 

「求められている、だなんて言われたら、引き受けない訳にはいかないですよ。とっても嬉しいです……。本当に……」

 

「大淀……」

 

「……坂本さんから、状況は聞いています。どうやら山城さんは、大淀と同じような事をしようとしているようですね」

 

「あぁ、そうだ。このままでは、埒が明かない……」

 

「大淀は、何をしたらいいですか? どうして大淀なんですか?」

 

「それは……」

 

どうして……か……。

 

「……悪い。正直、何も考えていないんだ……。お前が来てくれるとは、思っていなくて……」

 

「でも、大淀を求めてくれたんですよね? その理由は……?」

 

その理由は……。

 

「……よく分からないんだ。ただ、こういう状況になって……いつも隣で励ましてくれたのは、大淀だったな……って、思ってな……。こういう時、大淀が居てくれたら……って……」

 

それを聞いた大淀は――。

 

「……なんですか、それ」

 

「大淀?」

 

「なんですか……それ……。そんなの……まるで……」

 

顔を真っ赤にする大淀。

その顔を見た坂本上官が、揶揄うように言う。

 

「お互いに想い合う仲……か。まるで夫婦のソレじゃないか」

 

その言葉に、俺も赤面してしまう。

 

「フフ、お似合いな夫婦だね」

 

島へ戻るその時まで、俺も大淀も、一言も話せずにいた。

 

 

 

上官の船を見送り、寮へと向かう。

 

「まさか、もう一度戻ってくることになろうとは……」

 

「感慨深いか?」

 

「えぇ……。けど、今は嬉しい気持ちの方が勝っています。貴方と同じ立場で、ここに来れたから……」

 

「大淀……」

 

「……さっき、ちょっと考えたんです。この島で、大淀に出来ることは何かって……。どうして坂本さんが、簡単に、大淀の出向を認めたのかって……」

 

大淀がここに来た理由と、上官の許可に、繋がりがあるというのか。

 

「山城さんは、大淀と同じような事をしようとしている訳ですよね?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「だったら、その立場を大淀が奪ってしまえばいいんですよ。山城さんは、提督を独占することで、夕張さんや大和さんを刺激しようと考えている訳ですから、今度は大淀と一緒に島を出て行ってしまうんじゃないかと思わせればいいんです。皆さん焦るでしょうから、一石二鳥ならぬ、一石三鳥ですよ」

 

なるほど……。

だから上官は、あんなことを……。

 

「坂本さんはきっと、そうしろと言っているんだと思います。つまり、夫婦のように振る舞ったらいいという事です。今までは、大淀は艦娘でしたが、今は提督と同じ人間です。その焦りっぷりは、今までの比ではないものかと」

 

そう言うと、大淀はニッと笑って見せた。

その顔に、思わず笑ってしまう。

 

「提督?」

 

「いや、やはり、お前が来てくれて良かったなって思ってさ。ありがとう、大淀。本当、頼りになるよ。作戦的な意味においても、精神的な意味においてもさ……」

 

「提督……」

 

「……さて、そうと決まれば、早速見せつけてやりますか」

 

「えぇ!」

 

お互いの決意を確認し、俺たちは寮へと入っていった。

 

 

 

三隻は食堂で昼食を摂っていた。

そして、俺が大淀を連れているのに気が付くと、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「皆さん、お久しぶりです」

 

「「「お、大淀さん!?」」」

 

流石の山城も、思わず立ち上がっていた。

 

「て、提督……これは一体……」

 

「あぁ、実は――」

 

俺は三隻に、嘘の説明をしてやった。

 

「――つまり、大淀さんが島に来たのは、大和島での大井さん達のように、海軍による実験の為……という事ですか……」

 

「あぁ、そうだ」

 

「しかし……どうして大淀さんなんですか……?」

 

そう問う大和は――いや、他の二隻も、どこか不安そうな表情を見せていた。

さて、どう返したものかな……。

 

「提督が指定してくださったんですよね」

 

「「え……」」

 

声を漏らしたのは、大和と山城であった。

 

「あ、いや、勘違いしないでくださいね!? 決して、疚しい意味ではなく……その……大淀であれば、仕事のお手伝いも出来ますし……って、ことですよね……?」

 

そう言うと、大淀は恥ずかしそうに俯いて見せた。

なるほど……。

 

「まあ……そう……だな……。うん……」

 

気まずそうにする俺に、三隻の表情が険しくなる。

 

「まあ、そういうこった……。積もる話もあるだろう。俺は、しばらく執務室にいるから、外の話でもしてやってくれないか? 終わったら、執務室に来てくれ。仕事を頼みたい」

 

「分かりました。では、後程」

 

「あぁ」

 

食堂を出ると、再会を喜ぶ声が聞こえてきた。

だが、三隻の声は、どこか――。

 

 

 

しばらくすると、大淀がコーヒーを持ってやって来た。

 

「うふ……うふふふふ……」

 

ニヤニヤしながらコーヒーを渡す大淀。

 

「……何をニヤニヤしているんだ?」

 

「えー? いやいや……だって……ねぇ……? うふふふふふ……」

 

無視してコーヒーを啜ると、大淀は勝手に語りだした。

 

「皆さん、とっても複雑そうな表情をしていましたよ。人化してから、提督と何があったのか……それを自慢げに話してあげたんです。もちろん、提督が大淀を選んでくれたことも、です」

 

そう言うと、大淀は俺の反応を待った。

 

「つまり、お前がニヤニヤしているのは、あいつらに自慢して、得意げになっているからってことか」

 

「えぇ、そうです。察しがいいじゃないですか~。珍しく~」

 

うぜぇ……。

 

「先ほどの提督の演技も、相当に効いているようでしたよ」

 

「名女優のアドリブについていくので精いっぱいだったよ」

 

「選んでくれたのは事実じゃないですか」

 

「まあな」

 

大淀は寄り添うと、俺の手を自分の頬にあてた。

 

「一番困惑していたのは、山城さんでした。提督を独占できなくなると、彼女の考えていた作戦は継続できなくなりますし、提督が大淀を選んだという事実は、提督の唯一の味方であろうとした山城さんにとって、大きな打撃となったはずでしょう」

 

「山城は接触してくると思うか?」

 

「えぇ。おそらく、大和さんも同じかと」

 

「大和も?」

 

「大淀が島に戻って来たのは、提督の作戦ではないかと、問い詰めてくるはずです。おそらく、大淀が居ない時を狙ってくるものかと……」

 

なるほど……。

確かに、山城は分からんが、大和ならそうしてくるだろう。

或いは、夕張も……。

 

「ですから、提督はずっと、大淀と居なければなりません」

 

「ずっとって……。風呂やトイレもか?」

 

「大淀はそれでも構いませんが、そもそも、そんな時を狙ってくる方々でも無いはずでしょうから、そこまでは……」

 

「なら、家に帰った時とかか……」

 

「えぇ。ですから、大淀も、提督と同じように、家で寝泊まりさせていただきます」

 

「はぁ!? いやいや、それなら、俺が寮で寝泊まりすればいいだけだろう!?」

 

「それでは駄目です。それでは、夢の中での交流が出来てしまうではないですか。それに、大淀が家で寝泊まりすることになれば、皆さん、色々と考えそうなものじゃないですか」

 

そうかもしれないが……。

 

「別に疚しい事をしようと言うわけでも無いのですから。尤も、大淀は構いませんけどね。提督に選ばれた訳ですし、疚しい事をしても不思議では無いかと」

 

何故かドヤ顔をする大淀。

どうやら気を遣われたらしい。

 

「……それもそうだな。分かったよ」

 

「では、早速皆さんに伝えてきますね。うふふ、これはもう同棲しているようなものですから、驚くでしょうね~」

 

大淀は空になったコップを持って、部屋を出て行った。

 

「同棲……か……」

 

ふと、大淀との同棲を想像する。

 

「…………」

 

なんつーか……。

 

「悪くないかもな……」

 

 

 

その日の夕食。

 

「提督、これ、好きでしたよね? 良かったらどうぞ」

 

「あぁ、ありがとう大淀。んじゃ、これやるよ」

 

「ちょっと! これ、提督が嫌いなものじゃないですか! しっかり食べないと駄目ですよ!」

 

「でも、これ好きだろ、お前」

 

「好きですけど……。ちゃんと食べてください。なんなら、食べさせてあげますから」

 

と、露骨にイチャコラしていたのだが、少しやり過ぎたようで、夕張が食事の途中で席を立ってしまった。

 

「もういいのか?」

 

「えぇ……」

 

そして、そのまま部屋へと帰って行ってしまった。

 

「私ももういいわ……」

 

同じように、席を立つ山城。

大和だけは、気まずそうに食事を続けていた。

 

「少し騒ぎ過ぎたかな……」

 

「ですね……。大和さんも迷惑でしたよね。すみません……」

 

「い、いえ……」

 

流石大淀だ。

あたかも、悪気はなく、本当に俺との会話に夢中だったのだとでも言いたげな……。

 

「……大淀さんが人化されてから、より仲良くなったようですね」

 

それは、俺に対して向けられた言葉であったが、大和の視線は、俺には向けられていなかった。

 

「まあ……そうだな……。大淀が艦娘だった頃は、やっぱり、仕事での付き合いって感じであったし、人化させたい俺にとっては、艦娘の大淀ってのは……」

 

俺が言葉に詰まっていると、大淀がフォローしてくれた。

 

「分かりますよ。味方とは言え、人と艦娘ですからね。そう思われても仕方ないですよ」

 

そこまで言って、大淀はハッとした演技を見せた。

 

「あ、別に、大和さんに言った訳ではないですからね?」

 

悪意がないのは大和に伝わっているようだが、事情を知っている身からすると、あまりにも悪意に満ちた発言に聴こえる……。

 

「……大丈夫です。分かっていますから」

 

弱弱しく微笑む大和。

俺が同情しないようにと、見えないところで蹴りをいれる大淀。

 

「……提督、大淀さんは、提督の事が好きで島を出た訳ですから、大切にしてあげないと駄目ですよ? 大和たちの事が心配なのかも知れませんが、人化した大淀さんの時間は有限なんですから、幸せに出来る時に幸せにしてあげないと」

 

その発言に、再び大淀の蹴りが炸裂する。

 

「……ごちそうさまでした。大淀さんのお布団、玄関のソファーに置いておきましたので、それをお持ちください。干したばかりのものですから、ふわふわですよ」

 

「すみません。ありがとうございます」

 

「では、少し早いですが……おやすみなさい」

 

「あぁ、お休み」

 

大和が去って行くのを見送ると、大淀が細い目で俺を見た。

 

「な、なんだよ……」

 

「同情しそうになっていたでしょう……?」

 

「いや、別に……」

 

「……どうして大和さんは、提督に、大淀を幸せにするよう言ったのだと思いますか?」

 

「さあ?」

 

「提督がああいうのに弱いと知っているからですよ……。追ってくる者から遠ざかり、去って行く者を追うのは、提督の悪い癖です。大和さんは、あえて引く姿勢を見せて、提督の気を引いたと言うわけです……」

 

なるほど……。

 

「露骨に引っかかっちゃって……」

 

ムスッとする大淀。

だが、すぐに表情を戻すと、ゆっくりと食事を再開した。

 

「とは言え、相当に効いている証拠ですよ。普通だったら、大淀が家で寝泊まりすることに対して、提督に何か問おうとするはずですが、それをしなかった。それだけ、その話題を恐れていると言うわけです」

 

「そういや、どうやって説得したんだよ?」

 

「人化したばかりの艦娘は、ヘイズの影響を受けやすいから、と説明しました。もちろん、提督は寮に寝泊まりした方がいいのではないかというの声もありましたが、「何故そうする必要が?」と言ったら、皆さん黙り込んでしまいましたよ」

 

「いや、その理由だと、大和島で大井達と寝泊まりしたことに矛盾が生じないか?」

 

「だからこそ、「人化したばかりの艦娘」としたんですよ。大井さんは、人化してだいぶ経っていましたからね」

 

なるほど……。

よく考えているな……。

 

「さて……。消灯時間まで、皆さんに見せつけてもいいですが、今日はもう部屋から出てこなそうですし、早々に家へ行きませんか? その方が、却って怪しい感じになりますし、大淀も、家で提督と、見せつけない本当のイチャイチャがしたいですし……」

 

そう言う大淀は、見せつけている時とは違い、少し恥ずかしそうにしていた。

 

「頑張ったんですから、ご褒美下さいよ……」

 

「フッ……分かったよ」

 

俺たちは早々に、寮を後にした。

三隻の視線を、背中に感じながら――。

 

 

 

それから消灯時間まで、大淀とゲームをしたりして過ごした。

 

「もう一戦行くか?」

 

「いえ、そろそろ消灯時間ですし、今日は早めに寝ようかと」

 

「そうか。もしかして、疲れていたのか? だとしたら……」

 

「そうじゃありません。早めに消灯しようという話です。その方が、イヤラシイ想像をさせられるというものですから」

 

「イヤラシイ想像って……」

 

「おそらく、三隻の誰かは、私たちが何をしているのか、様子を見に来ているものと思います。施錠し、覗けないようにはしてありますが、光が漏れているのは分かるはずです。いつもは、消灯時間後も、家に明かりがあるのは、皆さん分かっているはずですから、それが不自然に消えていたら……どうです?」

 

大淀がニヤリと笑う。

なるほど……。

 

「流石はムッツリ。そこまでの考えは無かったよ」

 

「む、ムッツリ?」

 

 

 

消灯時間と同時に、明かりをオレンジ色のものにした。

 

「こっちの方が、ちょっと見えている分、想像を掻き立てるかと」

 

「そもそも、こんな光量では、外の連中には分からんだろうに」

 

「いいじゃないですか」

 

そう言うと、大淀は布団を近づけた。

 

「おいおい……」

 

布団に入ると、俺をじっと見つめた。

 

「なんだかドキドキしませんか?」

 

「フッ……なんだ? 修学旅行の学生かよ?」

 

「修学旅行?」

 

「……おやすみ」

 

そう言って背を向け、目を瞑る。

しばらくすると――。

 

「……おい」

 

大淀が布団に入ってきて、俺の背中に体を寄せていた。

 

「想像を掻き立たせるだけじゃなかったのか……?」

 

「だって……こんなチャンス……もう無いと思うから……」

 

背中越しに、大淀の鼓動が伝わる。

 

「提督だって……本当は期待していたんじゃないですか……?」

 

「するか……アホ……」

 

「私……いいですよ……。提督となら……。むしろ……シてみたいと言うか……」

 

大淀の手が、恐る恐る、前へと向かってゆく。

 

「大淀、これ以上は……」

 

「何を恐れているのですか……?」

 

「え?」

 

「大淀は……あの頃とは違い……人間になったんですよ……? それに私……今日は……その……大丈夫な日……ですし……」

 

言葉とは裏腹に、震える大淀。

俺は振り返り、大淀に向き合った。

 

「提督……」

 

「無理するな……。仮にするにしても……その……今日ではないだろ……」

 

「大丈夫じゃない日にシたいってことですか……?」

 

「そ、そういう事じゃなくて……! と、とにかく……悪いが……こういうのは……まだ……」

 

何故か、秋雲の言葉が頭に浮かぶ。

 

『どんなに誘惑されても……艦娘の人化を終わらせたとしても……絶対……童貞でいてね……』

 

あの時の秋雲の顔を思い出すと、幾分か冷静になれた。

 

「大淀はそういう対象にならないという事ですか……?」

 

「そうじゃない。なんと言うか、俺は、全てが終わるまで、こういう事は……」

 

「じゃあ、全てが終わったら、大淀とシてくれますか……?」

 

返答に困っていると、大淀は泣きそうな表情を見せた。

 

「わ、分かったよ……。その時が来たら……な……」

 

「本当ですか……? 約束ですよ……?」

 

「あ、あぁ……」

 

大淀はそっとキスをすると、満足そうな笑顔を見せた。

とりあえず、この場はしのげたか……。

 

「でも提督、もし我慢できなくなったら、大淀は協力しますからね……? 提督がスッキリするだけなら、セーフですから……」

 

「お前な……」

 

「なーんて、冗談です。せめて、大淀が眠るまで、抱きしめてはくれませんか? そうじゃなきゃ、悪戯しちゃいますよ……?」

 

卑猥な所作を見せる大淀。

どこで覚えたんだか……。

 

「……分かったよ」

 

「やったー!」

 

抱きしめてやると、大淀は身を寄せ、目を瞑った。

 

「……大淀」

 

「なんです?」

 

「色々と、ありがとな……。今は無理だが、いつか――」

 

大淀は小さく頷くと、やがて寝息をたて始めた。

 

「…………」

 

いつか、俺は――。

 

 

 

翌朝。

目が覚めると、大淀がシャツ一枚でうろついていた。

 

「……何してんだ?」

 

「コーヒーを淹れています」

 

「そうじゃなくて……その格好は何だって訊いているんだ」

 

「これですか? これ、彼シャツってやつですよ。一度やってみたかったんです。うふふ」

 

ふと、視線に気が付き、縁側へ目を向ける。

そこには、驚愕の表情を浮かべる夕張が立っていた。

 

「夕張……」

 

目が合うと、夕張は走り去って行ってしまった。

 

「あら、やっぱり様子を見に来ていましたね」

 

「……それが狙いか。その格好も、わざわざ外から見えるようにしていたのも……」

 

「えぇ。誰がどう見ても、何かあったと思うでしょうから。目撃したのが大和さんでないのが残念です」

 

未だにライバル意識があるのか、大淀は本当に残念そうにしていた。

 

「あ、それと……」

 

大淀は近づくと、俺の首元を吸うように、何度も口づけをした。

 

「これで決定的ですね」

 

鏡を見てみると、吸われた箇所が赤くなっていた。

 

「なるほど……」

 

「提督も、私にしてください」

 

「いや……お互いにある必要はないだろ……」

 

「私がして欲しいんです。してくれないと、昨日の約束、早まっちゃうかもしれませんよ?」

 

そう言うと、大淀はシャツのボタンを開けようとした。

 

「……分かったよ」

 

大淀の首下にキスをする。

 

「んっ……んんっ……」

 

「おい、変な声出すなよ」

 

「だ、だって……」

 

「……これでいいはずだ」

 

大淀は鏡を見ると、何やら顔を赤くして、俺を見た。

 

「なんだよ?」

 

「いえ、マーキングされちゃったなって……。する約束もしたし……。その為の刻印みたいで……なんだか……」

 

大淀の発言に、俺も思わず赤面してしまった。

 

 

 

少し遅れて、俺たちは食堂へと向かった。

 

「おはよう。遅れて悪かった」

 

「おはようございます」

 

挨拶を返す大和と違い、山城と夕張は深刻そうな表情で俯いていた。

 

 

 

朝食を摂っている間、大和はやたらと話しかけてきた。

 

「昨日は、消灯前に帰宅されていたようですが、お二人で何を?」

 

「まあ、色々やっていたよ。ゲームとか……」

 

「えぇ、色々、やりましたね」

 

何故か『色々』を強調する大淀。

 

「その色々には、もしかして、そういう意味も含まれていたりします?」

 

揶揄うように、ニヤニヤ笑う大和。

 

「そういう意味とは?」

 

「首元にキスマークが付くような事ですよ」

 

夕張と山城が顔を上げる。

俺と大淀は、わざとらしく首元を手で隠した。

 

「やっぱりそうなんですね。先ほど、夕張さんから聞いたんですよ。提督のシャツを一枚だけ羽織った大淀さんを見たって。彼シャツってやつですよね? つまり『ゆうべはおたのしみでしたね』ってやつですよね?」

 

嬉しそうに笑う大和。

その表情に、大淀はどこか不安そうな表情を見せていた。

 

「…………」

 

ふいに、山城が席を立った。

 

「山城?」

 

「もういいわ……」

 

「え、おい……」

 

ほとんど朝食に手を付けず、山城は食堂を後にした。

そんな山城には目もくれず、大和は続けた。

 

「お二人はそういう関係になったんですね。おめでとうございます」

 

「い、いや……それは……」

 

大淀が俺に蹴りをいれる。

何も言うな、とでも言いたげに。

 

「山城さんはショックを受けてしまったようですね……。夕張さんは、平気ですか?」

 

そう問われると、夕張は小さくため息をついて見せた。

 

「まあ……そうよね……。そうなるわよねって感じだわ……」

 

そして、俺を見ると、頭を下げた。

 

「提督、ごめんなさい……。私、我が儘だったわ……。大淀さんとそういう関係だったとは知らなくて……色々勘違いしていたと言うか……。これからはちゃんと話もするから、仲直りして欲しい……」

 

「あ、あぁ……。俺の方こそ、キツイ言い方をしてしまって……」

 

「ううん、いいの……。はぁ……ようやく仲直り出来て、気持ちに整理がついたわ。私も、色々考えないといけないわね」

 

そう言うと、夕張は微笑んで見せた。

大和も、同じように。

その様子に、大淀は――。

 

 

 

執務室に戻ると、大淀は深刻そうな表情で言った。

 

「やり過ぎたかもしれません……」

 

「え?」

 

「大和さんのあの態度……あれは、恋を諦めた感じでした……。私たちがそういう関係だと知って、敵わない思ってしまったのかもしれません……」

 

「大和の演技という可能性もあるだろう」

 

「仮にそうだったとしても、そっちもマズいです……。私たちの作戦が通用しないという事ですから……」

 

どっちにしても、最悪の結果という訳か……。

 

「夕張さんにも、同じことが言えます……。いえ、むしろ、夕張さんの方が深刻かもしれません……」

 

「山城はどうだ?」

 

「山城さんは……まだ分かりませんが、あの二人とは違って、しっかり効いているようには見えましたが……」

 

「なら、それでいい」

 

「え……?」

 

「今回は、山城の方を何とかしたいと思っていたから、これでいいんだ。結果として、大和と夕張が恋を諦めてしまったが、それはそれで別の道が開けるかもしれない。お前にとっても、ライバルが減るのは、いい事なんじゃないのか?」

 

それが慰めであると――いつもなら微笑んでくれる大淀であったが、今日は違った。

 

「ライバルが減るのは、いい事ですけど……。恋を諦めたお二人を人化させるのは……難しくなると思います……」

 

「恋以外では、俺にあの二人を人化出来ないと?」

 

「そ、そういう訳ではありませんが……」

 

「では、何が不安なんだ?」

 

大淀は俯いた後、小さく言った。

 

「このまま大和さんが残ることになれば……いずれ……提督は……きっと……大和さんに……」

 

最後まで言わずとも、何を言いたいのかは分かった。

 

「お前としては、早々に大和を人化したかったと言うわけか……」

 

だからこそ、こんなに深刻そうな顔をしていたのか。

俺としては、山城に変化があった時点で、作戦は成功だと思っていたのだがな。

 

「フッ……あんな約束をしても、まだ信用ならない訳か……」

 

「それだけ、大和さんを強敵だと思っているという事です……。出来ることなら、大和さんを提督に……提督を大和さんに近づけたくないんです……」

 

なるほど……。

 

「それが全てだったと言うわけか……。今回の作戦も、わざとらしい匂わせも……」

 

大淀は何も言わなかった。

 

「大和が諦めても、今度は俺が大和に惚れてしまうかもしれない。それを恐れるのは分かる。俺も、そうなってしまうのではないかと、思うことがある」

 

「…………」

 

「だからこそ、作戦は継続させた方がいいはずだ」

 

「え……?」

 

「知っての通り、俺は惚れやすい男だ。お前がこのままグイグイ来れば、俺はお前に惚れちまうかもしれんぜ。大和達が見えなくなるくらいにな」

 

そう笑って見せると、大淀も笑ってくれた。

 

「いいんですか? 本当に、本気で貴方を惚れさせてしまうかもしれませんよ?」

 

「フッ……せっかくなら、全力で来いよ」

 

大淀はくすくす笑った後、そっと頭を預け、小さく言った。

 

「……ありがとうございます」

 

それは、慰めに対するお礼であった。

そう理解できたのは、きっと――。

 

 

 

昼食時、山城の姿は無かった。

 

「相当ショックだったようですね……」

 

大和が心配そうに――いや、却ってわざとらしく見えるのは――。

 

「仕方ない。俺が様子を見てこようか」

 

「いえ、ここは大和が……。提督が行っては、却ってショックを助長させるかもしれませんし……」

 

「しかし……」

 

「いいですから! 提督には、もっと大事にしなければいけない人がいるはずです。ね?」

 

大和が大淀に視線を向ける。

大淀は――。

 

「では、行ってきますね」

 

大和が食堂を出ると、夕張が食事を始めた。

 

「とりあえず、大和さんに任せて、私たちもいただきましょうか」

 

「あ、あぁ……」

 

大和の奴……。

 

 

 

食事中は、恐ろしいほど静かであった。

夕張は淡々と食事を摂っているだけであるし、大淀は何やら緊張した面持ちであった。

 

「……大淀が来ても、結局はこういう食事になっちまうんだな」

 

夕張に対して語り掛けたのだが、反応は無い。

 

「おい、無視かよ?」

 

そう言ってやると、夕張はようやく顔を上げた。

キョトンとした顔をして……。

 

「あぁ、私? てっきり、大淀さんに話しかけたものかと……」

 

「いや、どう聞いても、お前に対してだろ……。大淀だって、そう思ったから返事しなかったわけだろ?」

 

「は、はい……」

 

「あら、そうだったの。いいわよ。別に話しかけてくれなくったって。気を遣う仲でもないじゃない」

 

「別に気を遣ったわけじゃねぇよ。ただの交流だ」

 

「だから、それがいらないって言ってんのよ。もう散々交流したし、提督には心を開いているわ。私の攻略は済んでいるはずよ」

 

俺がしゃべろうとすると、夕張は被せるように言った。

 

「最後の艦娘として、提督に選ばれようと思っていたのだけれど、その計画も破綻しちゃったから、私なりに色々考えているの。提督は仕事として、私に何かしなきゃいけないっていうのは分かるのだけれど、今はそっとしておいて欲しいの。失恋したわけだし。きっと、山城さんも同じことを思っていて、来ないんじゃないのかしら?」

 

夕張は「ごちそうさま」と言って、食堂を後にした。

大淀が、深刻そうな表情で俺を見る。

 

「夕張さんの言う通り、山城さんも同じであるのなら……今回の作戦は……」

 

俯く大淀に、俺は何も言ってあげることが出来なかった。

 

 

 

山城の様子を見に行こうと廊下へ出ると、大和と鉢合わせた。

 

「提督」

 

「今、山城の様子を見に行こうと思っていたんだ。ショックを助長する可能性があるとはいえ、このまま放っておくわけにはいかんからな」

 

「良い心がけだとは思いますが、ここは大和にお任せください。山城さん、想像以上にショックを受けているようですから……」

 

「そういう訳にはいかない。これは俺の仕事だ。お前らばかりに任せてはおけない」

 

「少しは信用してくれてもいいじゃないですか」

 

「人化しない艦娘に頼ってはいられないという事だ」

 

「だから大淀さんを呼んだのですか?」

 

「かもな」

 

大和は不気味なほど、平静を保っていた。

だが、それが却って、俺を冷静にさせた。

 

「しかし、大淀さんを呼んだのは、悪手でしたね」

 

「何故、そう思う?」

 

「説明が必要ですか?」

 

「あぁ、必要だから訊いている」

 

大和は初めて、小さく眉を動かした。

 

「……山城さんがこういう状況なんですよ? 何か、解決策があるのですか?」

 

「お前の言う解決とはなんだ?」

 

「この状況の、ですよ……。山城さん、このままでは、以前のように、引きこもってしまいますよ……」

 

顔には出ていないが、大和は苛立ちを覚えているようであった。

 

「この状況が問題だと、俺は考えていないよ。むしろ、こうなってくれて良かったと思っている」

 

「……どういうことですか?」

 

「説明が必要か?」

 

大和の表情が、険しくなる。

 

「貴方が何を考えているのか、私には分かりません……」

 

「いいや、分かるはずだ。もう一度言うが、これは俺の仕事だ。俺は、この島に、仕事をしに来ているんだ」

 

大和が俺を睨む。

だが、その瞳の中には、怒りよりも、困惑の色があった。

 

「お前が何を考えているのか、俺には分かるよ。野暮なことだと思ったから、あえて口にしなかったが……。お前は疑っているんだろう? 俺と大淀の関係を……。そして、そのわざとらしい関係性は、山城がやろうとしていたことと同じ――作戦であると、考えているんだろう?」

 

「…………」

 

「そして、困惑している。何故、そうと分かるような事を――『仕事をしに来ている』などと強調し、気付かせるような事を言うのだろうと……。違うか?」

 

大和は何も言わない。

 

「この作戦のターゲットは、山城だ。尤も、大淀はそうじゃなかった……というだけの話だ……」

 

それを聞いた大和は――。

永い沈黙が続く。

 

「……通してくれるか?」

 

大和を横目に、山城の部屋へ向かおうとした時――。

 

「……だったら」

 

大和は振り向くと――その表情は、悲しげであった。

 

「だったら……そのまま、大淀さんの思惑通りにすれば良かったじゃないですか……。どうして……。大淀さんは、大和に作戦を伝えることを良しとしないはずです……。なのに……」

 

「……確かに、最初は、山城だけではなく、お前たちもどうにかできればと思っていた。だから、大淀のすることに従った。だが、知っての通り、悪い方向へと働いた。大淀も、悪手に働いてしまったと、気が付いていたよ。お前と夕張が、本当に恋を諦めて――或いは、作戦に気が付いてしまったのかも知れないと。いずれにせよ、最悪の結果になってしまったとな」

 

「だから、大和に話してくれたと……? 作戦を隠す意味がないと……?」

 

「作戦を知ったらどういう反応をするのか、そのサンプルが欲しかったのもある。現に、夕張には何も話していない」

 

色々と御託を並べてはいるが、正直、大和に話すつもりは無かった。

それでも、話す理由を見つけようとしている自分が居た。

何故だかは分からない。

ただ、同情だとか、恋情からではないのは確かであって――だからこそ、分からないのだった。

 

「このまま山城に作戦を隠すべきか、それとも、打ち明けるべきか……。作戦を打ち明けられたお前は、どう考える?」

 

その問いに、大和は――。

 

「人化しない艦娘に頼ってはいられないのでは……?」

 

「さっきのお前だったらそうだろうな。作戦だと疑っているとはいえ、必死に動揺を隠そうと――そんな俺たちに一泡吹かせてやろうと、あえて仲を茶化したり、山城を遠ざけようとしたお前であったのなら、頼ることはしなかった」

 

大和は小さくため息をついて見せると、震える声で言った。

 

「大和が必死であったことを、大淀さんに伝えたら良かったじゃないですか……。そうしたら、きっと、私も……」

 

「そうなれば、大淀はどんどんエスカレートしていく。山城の時と同じ轍を踏むことになる」

 

「貴方が優しいだけの可能性は……?」

 

「つけ上がるなよ。お前を不安にさせる要素は、まだまだあるんだぜ。それも、もっと強力なやつがな」

 

それが事実だと分かっているのか、大和がそれ以上、追及することは無かった。

 

「……山城さんには、事実を伝えた方がよいと思います。あの人がショックを受けたのは、本気で貴方の事が好きだからです。貴方を自分のものに出来ると、本気で考えていたからです。その可能性が死んで――でも、それが嘘であって、かつ、大淀さんに内緒で、作戦の全容をバラしてくれたと知ったら、きっと――」

 

そこまで言うと、大和は部屋へと帰って行ってしまった。

 

「きっと――か……」

 

何とは言わなかったが、おそらくは――そしてそれは、彼女も――。

 

 

 

部屋に入ると、案の定、真っ暗であった。

 

「……明かり、点けるぞ」

 

部屋が明るくなる。

山城は、膝を抱え、そこに顔を埋めていた。

 

「…………」

 

隣に座り、反応を待つ。

少しして、山城が口を開いた。

 

「何しに来たのよ……」

 

声は枯れていて、顔は下げられたままであった。

 

「逆に問うが、何をしている? 何故、引きこもっているんだ?」

 

山城は答えない。

 

「……分かっているよ。大淀のことだろ? 俺と大淀が、恋仲であると、『思い込んでいる』んだろ?」

 

山城が、ゆっくりと顔を上げる。

 

「思い込んでいる……?」

 

「俺と大淀は、そういう関係じゃないよ。そういう関係であると、皆に思わせる作戦だったんだ」

 

俺は、山城に全てを説明してやった。

説明している間、山城は、大和と等しく、困惑した表情を見せていた。

 

「――という事だ」

 

「……何故」

「――何故、作戦の内容を自分にって?」

 

山城は小さく頷いた。

 

「その方が、お前は喜ぶだろうという作戦だ」

 

俺がニヤリと笑うと、山城は小さくため息をついて見せた。

 

「冗談ではないぜ。お前に作戦をバラすことは、大淀に言っていない。良しとしないだろうしな。それでも、こうして――この意味、分かるだろ?」

 

山城をチラリと見る。

その表情は――。

 

「フッ……ほら、喜んだだろ?」

 

「喜んでいないわ……。呆れているだけ……」

 

「そうかよ」

 

永い沈黙が続く。

 

「……それで、今度は何をすればいいのよ?」

 

「え?」

 

「ここに来たのは、そういう事でしょう……? 大淀さんの作戦に、貴方は何かしら思うところがあったのではなくて……? そして、それを改善させるために、私に協力を求めてきた……。違う?」

 

山城は続けた。

 

「貴方が私ではなく、大淀さんを頼ったのは、私の作戦を良しとしなかったから……。でも、その大淀さんの作戦は、私がしたものと同じ作戦――いえ、それ以上のものだったわ……。同じ轍を踏みたくないと、貴方は考えるはず……」

 

「作戦は、大淀の暴走であると?」

 

「えぇ……。私も……同じ立場だったら……きっとそうするから……」

 

同じ立場だったら……か……。

人化した連中を呼ぶのに、大淀で無かったとしても、同じ結果が見られたかもしれないな……。

だとしたら――確かに――。

 

「貴方が大淀さんと関係を持つことは……確かに嫌だったし、ショックも受けたわ……。でも……一番ショックだったのは……貴方が私の作戦を良しとせず、他の誰かを頼ったということよ……」

 

「…………」

 

「でも……そうよね……。貴方って……そういう人よね……。誰かの大きすぎる感情に、ただただ身を任せる人ではないわよね……。むしろ、大きすぎる感情には、却って――……」

 

山城は、俺をじっと見つめた。

 

「私も大淀さんも……貴方を独占することしか考えていなかった……。きっと、大和さんや夕張も同じように考えて――。でも、きっと、それだけでは、貴方にいいようにされてしまうと言うか、貴方に近づくことすらできない……」

 

「…………」

 

「ねぇ……教えて……。私は……どうすればいいの……? 貴方の提案する作戦に、ただただ嬉しがって乗ればいい……? それとも……このまま……貴方が折れるのを待った方がいい……?」

 

それは、問いというよりも、どこか、俺を困らせたいというような――仕返しするかのような言い方であった。

 

「……それはお前が決めろ。そもそも、俺は、お前に何かを求める為、ここに来たわけではない」

 

「だったら……何をしに来たって言うのよ……?」

 

「言ったろ。お前を喜ばせに来ただけだよ」

 

「一つも嬉しい事なんてないわ……」

 

「少なくとも、俺と大淀がそういう関係ではないと知れただろ」

 

「だったら最初から、大淀さんとの関係を匂わせないで欲しかった……」

 

「焚きつければ、何かしら行動を起こすと思っていたんだよ。だが、お前は逃げた。それは望んじゃいない」

 

「分かっていたでしょ……。こうなるって……」

 

「俺を独占しようと作戦を決行したお前を見ていなければ、そうだったかもな」

 

山城は苛立っているのか、大きなため息をついて見せた。

 

「そうやって苛立たせて……それで私が喜ぶとでも思っているの……? というよりも、喜ばせてどうするつもりなのよ……」

 

「分からん。塞ぎ込まれるよりは、喜んでいてほしいと思っているだけだ。苛立たせているのは――尤も、そういうつもりは無いのだが――下手におだてるよりも、対等な関係な感じがして、いいかなと思っている……のかもな」

 

「かもなって何よ……」

 

「俺は俺が分からんのだ。お前らはよく知っているようだがな。そういう事、何度もあっただろう。逆に教えてくれよ。俺は何がしたいんだ?」

 

「他者のことだけでなく、自分のことすら分からないのね……」

 

「そういう男に、惚れたんだろ?」

 

「……自惚れだわ」

 

「自惚れても仕方が無いくらい――そう思えるくらいには、お前の気持ちは理解しているつもりだ」

 

「鈍感なくせに……」

 

「変なところは鋭いって、よく言われるぜ」

 

山城は、もう一度ため息をついて見せた。

だが、先ほどとは違い、どこか――。

 

「私にどうして欲しいのよ……」

 

「島を出て欲しい」

 

「島を出るメリットは……?」

 

「それはお前が見つけるんだ。そもそも、もうメリットデメリットの話ではないって、言っていなかったか?」

 

「言ったけれど……。それを見つけるのも、貴方の仕事ではなくて……?」

 

「俺がメリットを提示して、それを以って島を出た奴がいるか?」

 

「…………」

 

「メリットがあれば、島を出ると?」

 

「そうかもしれないわね……」

 

「お前にとってのメリットは、なんだ?」

 

山城は、ゆっくりと顔を上げると、俺をじっと見つめた。

 

「私と……恋仲になってほしい……」

 

「ああ、構わないよ」

 

山城は驚いた後、すぐ冷静になった。

 

「冗談でしょ……」

 

「本気だよ」

 

「絶対嘘よ……」

 

「嘘じゃない」

 

「いえ、絶対――」

「――嘘であって欲しいんだろ?」

 

そう言われ、キョトンとする山城。

 

「お前が好きな男は、そんな簡単にお前を受け入れる奴じゃない。そう思っているから、否定したいんだろ?」

 

山城は我に返ると、ムッとした表情を見せた。

 

「やっぱり冗談なんじゃない……」

 

「でも、図星だろ?」

 

山城は何も言わず、そっぽを向いてしまった。

 

「俺は、お前が好きな俺で居たいと思っているよ」

 

「なら、なんでそんな冗談を……」

 

「こういうのも好きだと思ってな」

 

「好きじゃないわよ……」

 

そう言いつつも、そっぽを向くその態度は――。

 

「山城」

 

「なに……?」

 

「島を出ろよ。そして、その理由に、大淀なんぞ関係ないと――あいつの鼻を明かしてやろうぜ」

 

そう笑う俺に、山城は――。

 

「お、おいおい……」

 

山城はおもむろに、下着を脱ぎ始めた。

 

「な、何してんだ……!?」

 

焦る俺を見て、山城は微笑んで見せた。

 

「な、なに笑ってんだよ……?」

 

「いえ、大淀さんと、本当に何もなかったんだと思って……」

 

俺は思わず、赤面してしまった。

 

「……いい作戦があるの」

 

「え?」

 

「大淀さん……いえ、大和さんや夕張にも、効くかもしれない作戦よ」

 

そう言い、微笑む山城。

 

「お前……どうして……」

 

「貴方の作戦勝ちよ」

 

「え?」

 

「喜んじゃったのよ……。詳しくは……訊かないで……。私を連れ出したいのなら……ね……」

 

赤面する山城。

そして、そっと近づくと、俺にキスをした。

 

「ただ……一つだけ……メリットを頂戴……」

 

「……何が欲しい?」

 

「――……」

 

山城は耳打ちすると、俺の反応を待った。

 

「本気で言っているのか……?」

 

「えぇ、本気よ……。何なら、今からでも……」

 

そう言うと、山城は、俺の体に触れ、その手を徐々に――。

 

「わ、分かったよ……! 分かったから……。その……全てが終わったら……な……」

 

「約束よ……?」

 

「あ、あぁ……」

 

山城は離れると、作戦の説明を始めた。

全く……。

大淀同様、どうしてこいつらは……。

 

 

 

夕食の時間となり、食堂へ向かうと、案の定、皆は驚愕の表情で俺たちを見た。

 

「て、提督……その……それは……どう……されたのですか……?」

 

俺の腕に引っ付く山城。

乱れた服装に、何故か汗だくの二人。

 

「まあ、色々あってな……」

 

「い、色々って……」

 

何かを察したのか、大淀は、安堵したかのような――ただ、どこか不安そうな表情も浮かべていた。

 

 

 

食事中、山城は、ずっと俺の太ももをさすっていた。

 

「お、おい山城……食事中は……」

 

「いいじゃない……。まだ……足りなくて……」

 

ふと、山城が箸を落とした。

 

「あら……」

 

それを拾おうと四つん這いになった時、皆は口の中の物を噴き出し、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ちょちょちょちょちょちょ……!」

 

思わず駆け寄り、ソレを隠したのは、夕張であった。

 

「や、山城さん!? どどど、どうして下着を穿いていないのよ!?」

 

「え……あっ……!」

 

恥ずかしそうに座り込む山城。

大和が――大淀も、ゆっくりと、俺を見ていた。

 

「な、なんだよ……」

 

「え……そういう……ことですか……?」

 

「な、何がだよ……」

 

動揺する演技――をするはずが、山城のソレを見るのは想定外だったため、本気で動揺してしまっている。

だが、それが却ってリアルな反応に見えたようで――。

 

「ほ、本当にしたんですか!? 私との約束の前に!?」

 

「「「約束……?」」」

 

思わず口を滑らせてしまったのだろう。

大淀は、マズいといった表情を見せていた。

無論、俺もである。

 

「提督……? どういうこと……? 大淀さんとも……約束……したの……?」

 

「大淀さんとも……って……。え、山城さんも、同じ約束を……?」

 

大淀と山城が、俺を見る。

 

「い、いや……それは……」

 

「約束って……その……あの……そういう……ことですか……?」

 

赤面する大和。

何が何だか分からないといったように、困惑する夕張。

 

「提督……? これは、どういうことですか?」

 

笑顔で近づく大淀。

だが、明らかに怒っている。

 

「山城さんとも約束したって、そういう事ですよね? というか、何故、山城さんに協力を? 私との作戦はどうなったのです?」

 

完全にキレている大淀。

大和は、ホッとしたような、呆れたような表情を見せている。

夕張は、なんとなく察したのか、ムッとした表情を見せていた。

 

「べ、別に、お前とだけ約束すると言ったつもりはないぜ……。それに、言っただろ……。『全てが終わったら』って……。それがいつとは言っていないし、終わりが来ないこともあるかもしれんぜ?」

 

「そんな道理が通るとでも? なんなら、今、ここで、貴方の全てを奪ってもいいんですよ?」

 

そう言うと、大淀は皆に視線を送った。

最初に察したのは、大和であった。

 

「……そうですね。大和も、誑かされた一人ですし、協力しますよ」

 

「お、おいおい……」

 

「夕張さんも、協力してくれますよね?」

 

「……えぇ。艦娘と人間にどれだけの力の差があるのか、その身をもって教えてあげるわ……」

 

笑顔で近づく三人に、俺は――。

 

「ふ……ふふ……うふふふふふ……」

 

誰かの笑い声。

皆が、思わず振り返る。

 

「ふ……くっ……くく……あはははははははは!」

 

笑っているのは、山城であった。

 

「や、山城さんが……」

 

「笑っている……」

 

山城は、涙を流し、大笑いしていた。

今まで聞いたどの声よりも、大きな声で。

 

「あー……あははははは! そうよね。そうだったわ。貴方、言っていたものね。『全てが終わったら』って。それがいつだか、全く分からなかったのに、私……ふふ……あんなに喜んじゃって……しかも……くく……こんな……ノーパンで……皆に……見……見せ……くっ……あははははははははははは!」

 

山城はとうとう、転げるように笑い始めた。

時折、ソレが見えてしまい、皆は慌てて隠そうと努めていた。

その行動もまた、山城にとってはツボだったようで――。

 

「あーっはっはっはっはっはー!」

 

「なんか……フッ……」

 

「なんですかね、これ……」

 

「プッ……」

 

山城につられて、俺たちも笑ってしまった。

 

 

 

ようやく落ち着きを取り戻した頃、山城は我に返ったのか、部屋へ帰ってしまった……かと思ったら、すぐに食堂へと戻って来た。

 

「あ、戻って来た」

 

その顔は、真っ赤に染まっていた。

 

「山城、もしかして、わざわざパンツを穿きに戻ったのか?」

 

俺の発言に、他の連中が顔を背け、笑いをこらえていた。

 

「う、うるさいわね……! 穿いて……きたわよ……」

 

「やっぱり穿きに戻っていたんだな」

 

耐え切れなくなったのか、夕張が噴き出した。

 

「ちょ、ちょ……夕張さん……ぐっ……笑ったら……失礼ですよ……」

 

「そういう大和さんだって……わ、笑いそうじゃない……」

 

「あなた達……!」

 

怒る山城の顔が、より一層、奴らのツボを刺激していた。

 

「山城」

 

「なによ……!」

 

「笑った顔、可愛かったぜ」

 

そう笑って見せると、山城はフイとそっぽを向いてしまった。

 

「いってぇ!?」

 

足に激痛が走る。

 

「お、大淀……! お前……!」

 

「フンッ……当然でしょう……?」

 

再び、足に激痛。

今度は、大和からであった。

 

「これで許してあげます」

 

俺は、夕張を見た。

 

「お、お前も……か……?」

 

思わず歯を食いしばる。

夕張はニコッと笑った。

 

「夕張……」

 

油断した、その瞬間――。

 

「――……っ!」

 

声にならない激痛。

こいつ、足じゃなく、急所を……!

 

「あら、変なところに当たっちゃったみたいね。大丈夫? 約束を果たせそう?」

 

下品な女め……。

 

「山城さんはいいんですか?」

 

「え?」

 

三人が、山城を見る。

山城は――。

 

「提督……」

 

「や、山城……」

 

目を瞑り、歯を食いしばる。

ついでに、急所も――。

だが――。

 

「……!」

 

山城は、そっと、俺を抱きしめた。

 

「山城……?」

 

「負けたわ……」

 

「え?」

 

「私の負けよ……。あんなに大笑いして……。約束のことについては、許せないけれど……。それももういいわ。どうでも良くなったというか……もっと……大切なものに気が付いたというか……」

 

山城は笑顔を見せると、そっと、キスをした。

 

「山城……」

 

「提督、好き……。貴方が大好き……。もっと、私を笑顔にして……? もっと、私を喜ばせて……? もっともっと、私の好きな貴方で居て……?」

 

何かを期待するかのように、俺を見つめる山城。

それに応えるよう、俺はキスを返した。

 

「提督……」

 

山城は抱き着くと、小さく言った。

 

「私を……連れて行って……。貴方の傍で……貴方と同じ時間を……」

 

そこまで言うと、山城は――。

 

「……あぁ、分かったよ。ありがとう、山城……」

 

抱きしめ返してやると、山城は身を預けるように、目を瞑った。

残された三人は、空気を読むかのように、クールに去って行った。

 

 

 

結局その日は、冷静になってもらう為、島を出るかどうかは保留とした。

 

「さて、そろそろ家に帰るかな」

 

「そうですね」

 

ルンルンの大淀を大和達が回収していった。

 

「ったく……」

 

 

 

翌日。

目を覚ますと、山城がこちらを覗き込んでいた。

 

「うぉ……!?」

 

「おはよう……提督……」

 

「おはよう……。びっくりした……」

 

昨日のテンションはどこへやら。

山城はいつもと同じ表情で、座っていた。

 

「どうした。こんな朝早くから……」

 

「島を出るって……伝えに来たわ……」

 

結構あっさりと言うんだな……。

しかし……。

 

「いいんだな……?」

 

「えぇ……。不安はあるけれど……」

 

山城が微笑む。

 

「貴方が居てくれるから……大丈夫でしょ……?」

 

「山城……」

 

山城は抱き着くと、撫でるよう求めた。

お望み通り撫でてやると、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 

「ねぇ、提督」

 

「なんだ?」

 

「貴方、私の大事なところ……見たわよね……?」

 

「え……?」

 

「見たからには……もう……ね……? 責任……とってね……? 約束……守ってね……?」

 

笑顔で圧をかける山城。

 

「ぜ、善処……するよ……」

 

そう目を逸らす俺に、何故か山城は満足そうであった。

 

 

 

その日の昼に、海軍はやって来た。

もはや、競技か何かと勘違いしているのではないかというほどの速さである。

 

「大淀さんも帰ってしまうのですか?」

 

「えぇ。元々、山城さんを人化させるために来たわけですから」

 

「そうですか……」

 

寂しそうにする大和。

大淀はニヤリと笑うと、俺の腕にしがみついた。

 

「お、おい……」

 

「大和さんも、来たらいいじゃないですか。まだまだ教えられないような事、提督に出来ますよ? ね、提督?」

 

俺の手を、自分のお腹に持ってくる大淀。

そして、小さく言った。

 

「鹿島さんにしたこと、鈴蘭寮で噂になっていますよ? 大淀にも、やってくださいね?」

 

俺は思わず赤面してしまった。

 

「山城さんも、やってもらいましょうね? 提督が赤面するようなこと」

 

山城は何度も頷くと、これまた俺の腕をとり、残る二隻に目を向けた。

 

「いつの間にか、あっち側になっちゃいましたね。夕張さん」

 

「そうですね」

 

そんな事を話していると、船から坂本上官が降りてきた。

 

「おや、相変わらずモテるね、雨宮」

 

「羨ましいですか、上官」

 

「君くらいの歳であったのなら、そうも思えただろうね」

 

上官たちは敬礼し、いつものように功労を称えた。

 

「山城」

 

「はい」

 

上官は頷くと、残る二隻に目を向けた。

 

「いつまでも雨宮をこの島に縛り付ける訳にはいかないよ。彼には、これから社会へ進出してゆくであろう人化した彼女達の為に、尽力してもらう必要があるからね」

 

二隻は、目を逸らしていた。

そうなる可能性も、彼女達には予想できているのであろう。

それでも……。

 

「さて、行こうか」

 

船へ乗り込むと、夕張が叫んだ。

 

「山城さん……!」

 

「夕張……」

 

「……ごめんね。色々と……」

 

「……いいのよ。むしろ……ありがとう……。あの時、貴女が引っ張り出してくれなかったら、私は……」

 

「山城さん……」

 

「……待っているわ。ずっと、待っているわ……!」

 

それに、夕張が返事をすることは無かった。

 

「皆さん、お元気で!」

 

「大和さんも……!」

 

船が動き出す。

 

「あぁ……」

 

山城が、涙を流す。

二隻との別れを惜しんでいるのかと思ったが、その視線は――。

 

「親父は、あそこには居ないぜ」

 

「提……督……」

 

「それに……親父の事は……もういいだろ……。今は……俺が……いる……だろ……」

 

言っている途中で、恥ずかしくなり、赤面する。

そんな俺に、大淀は蹴りをいれた。

 

「いってぇ!?」

 

「ふん……」

 

痛がる俺を見て、山城は笑っていた。

 

「お前……」

 

「ふふ、ごめんなさい。でも、そうね……。貴方がいれば、それでいいわ」

 

「……そういうこった」

 

ムッとする俺に、山城は嬉しそうな笑顔を見せた。

 

 

 

本土に着き、いつもの山風へのリアクションを見ていると……。

 

「姉さま!?」

 

山城が叫ぶ。

その視線の先には、見知らぬ女性の姿があった。

 

「姉さま……扶桑姉さま……!」

 

「山城……」

 

山城は涙やら鼻水やらを垂れ流しながら、その女性へと向かっていった。

 

「扶桑姉さまって……」

 

「山城の姉妹艦である、扶桑だよ」

 

そう言うと、上官はニコッと笑って見せた。

 

「あの人が……」

 

「山城が島を出る際は、連絡を欲しいと言われていてね。いつでもすぐに会えるようにと、本部の近くに住んでいたんだよ」

 

「そうだったのですか……」

 

山城は、扶桑さんの胸で大泣きしていた。

 

「いつ島を出るのか分からないのに、待ち続けたんですね……」

 

「信じていたんだよ。いつか、自分の生きている内に、島を出てくれると。その夢を叶えてくれる人が現れるのをね」

 

上官は、俺の手を握ると、目に涙を溜め、言った。

 

「ありがとう、雨宮……」

 

「上官……」

 

上官の涙で、扶桑さんがどれだけ待ち望んでいたのかを察した。

 

「雨宮さん、ですね」

 

扶桑さんが、山城を抱きしめながら、近づいてきた。

 

「本当に……ありがとうございます……。私……こんな日を……こんな幸せを……ずっと……うぅぅ……」

 

扶桑さんの涙に、俺も思わず泣いてしまった。

そうか……。

そうだよな……。

人化を望んでいるのは、何も人類だけじゃないよな……。

きっと、今も、待っている人たちがいるはずだよな……。

或いは、もう――。

 

「山城、良かったな……。ずっと、待っていてくれたんだぞ……。生きている内に会えて……本当に良かったな……」

 

「提督……うぅぅ……はいぃぃぃ……」

 

 

 

山城と別れ、大淀と共に鈴蘭寮へと向かう。

 

「山城さん、今日中には人化するそうです」

 

「らしいな。もしかしたら、もう済んでいるかもしれんぜ。段々早くなっているらしいからな。つーか、ノベルってどんなことするんだ?」

 

「うーん……。私たちにもよく分からないんです。眠らされたと思ったら、いつの間にか終わっていて……」

 

「なんじゃそりゃ……」

 

「あ、でも、誰かが語り掛けているような――変な夢を見るんです。それは皆も同じだったようです」

 

ノベルについては、詳しく教えられていない。

人化する為の技術であるとのことだが……。

 

「そんなことよりも、今の内に覚悟しておいた方がいいですよ」

 

「覚悟? 何のだよ?」

 

「ですから、大淀を島へ呼んだことで――」

 

瞬間、俺の腹部に激痛が走った。

 

「うぐっ!?」

 

何かが俺に激突したようで、そのまま後ろへと倒れてしまった。

 

「な、なんだぁ!?」

 

ふと、下を見てみると……。

 

「島風!?」

 

「提督ぅ~……」

 

何やら涙目で、こちらを見ている。

 

「なんで島風も連れて行ってくれなかったの!? なんでなんでなんでーーーーーーーーー!?」

 

「お、おいおい……何を言って……」

 

島風が叫ぶ後ろで、鈴蘭寮の連中が、こちらを見ていた。

不気味な笑顔を見せながら……。

 

「では、私はこれにて……」

 

そそくさと逃げる大淀。

それに目もくれず、全員が笑顔で迫ってくる。

 

「な、なんだってんだよ……」

 

「提督さん?」

 

いつの間にか、背後に鹿島が居た。

 

「どうして大淀さんだけを連れて行ったんですか? 大淀さんと、何かあったんですか? 首元のキスマークらしきものは、一体何ですか?」

 

「え?」

 

思わず首元を触る。

まだ消えてねぇのかよ……。

 

「キスマークであることは否定しないんですね?」

 

「い、いやぁ……その……」

 

「それもそうだけど、あんた、鹿島の大事なところ、触ったんですって?」

 

大井が拳を鳴らしながら、迫ってくる。

同じように、武蔵も……。

 

「覚悟、できているんでしょうね……?」

 

「ちょ……ちょっと待ってくれ……! 色々と誤解が……」

 

「後で聞くわ。尤も、しゃべることが出来ればだけどね」

 

 

 

その後の記憶は無い。

目が覚めた時には、山城は人化した後だった。

キスマークは一週間ほどで消えたが、生傷だけは残り続けていた。

 

 

 

 

 

 

残り――2隻

 

 

 

――続く

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