不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第6話

青葉の新聞が復活したこと、陸奥がハニートラップをやめたこと、俺が【艦娘寮】に進出(?)したこと――どれか一つだけ取っても、本部では大騒ぎになるニュースのはずだった。

それが一気に押し寄せてくるものだから、海軍本部は混乱状態にあった。

 

「皆、なんだかバタバタしているね~」

 

二階にあるカフェからは、人の動きがよく見えた。

 

「けど、いいの? 騒ぎの発端となった張本人が、こんなところでコーヒーなんか飲んじゃってて」

 

そう言うと、北上さんはニヤリと笑った。

 

「いいんですよ。こんなことで右往左往するなんてのは、普段から何もしていない証拠だ。怠慢ですよ、怠慢」

 

「それだけ君が期待されていない証拠では?」

 

「……痛いところ突きますね」

 

北上さんは嬉しそうに笑うと、コーヒーを飲み干した。

 

「しかし、君は凄いね。まさか【艦娘寮】へ迎えられるとは」

 

「俺も正直驚いています。なんでも、軽巡以上の艦娘の過半数が賛成しただとかで……」

 

「あの島で何かを決める時、軽巡以上で多数決をとるのが決まりだからねぇ」

 

あの島での軽巡以上は13隻。

残りの17隻は全て駆逐艦だ。

 

「……大井っちは、やっぱり反対だったのかな?」

 

「……そのようですね」

 

北上さんから聞いていた通り、大井は未だに――。

 

「君は提督に――佐久間肇に似ているから、尚更ね……」

 

俺はそれに何も言えなかった。

 

「でも、そんな君だからこそ、大井っちの事をお願いしたいんだ。きっと大井っちも、本当は――」

 

北上さんは、それ以上何かを言う事はしなかった。

ただ、遠くの島を見つめ、空のコップを口に運ぶだけであった。

悲しそうな顔を隠すようにして――。

 

 

 

北上さんと別れ、出港までの時間を潰していると、何やら中庭の方で子供の声が聞こえて来た。

 

「香取さんの娘か?」

 

そう思い覗いてみると、やはり香取さんの娘さんが遊んでいた。

俺の同期である――あの鈴木と一緒に。

 

「はい、どうぞ。めしあがれ!」

 

「ありがとう。これは、ハンバーグかな?」

 

「うん! ハンバーグはね、おててでね、こうやって、ぺったんぺったんってするの」

 

「へぇ、そうなんだ。ママと作ったことあるのか?」

 

「うん! ママはね、とっても上手につくるの」

 

「ママのご飯、好きか?」

 

「うん! 大好き!」

 

「そっか」

 

鈴木が見せるその笑顔は、あのゲスなものとは違い、なんとも優しいものであった。

 

「芽衣~」

 

「あ、ママだ! ママ~!」

 

娘さんは――芽衣ちゃんは、香取の元へと走っていった。

 

「遅くなってごめんね? 寂しくなかった?」

 

「ううん。大丈夫。遊んでもらってたから」

 

そう言うと、芽衣ちゃんは鈴木を指した。

鈴木はどこか恥ずかしそうに、頭を掻いていた。

 

「鈴木さん。ありがとうございます。すみません……いつも芽衣の面倒を見ていただきまして……」

 

「いや」

 

「ほら、芽衣、お礼言って。ありがとうございますって」

 

「ありがとう、ござい、ます!」

 

「どういたしまして。じゃあ、俺は……」

 

「あ、鈴木さん! お待ちになって」

 

「なんだ?」

 

「良かったら、これからお食事でもいかがでしょう? 芽衣の面倒を見ていただいたお礼に、奢らせてください」

 

鈴木は芽衣ちゃんを一瞥すると、どこか寂しそうな表情を見せた。

 

「いや……まだ仕事が残っているんだ。じゃあな……」

 

「あ……」

 

足早に去る鈴木。

そして、曲がり角で、俺と鉢合わせた。

 

「慎二……」

 

「……おう」

 

鈴木は深く目を瞑ると、そのまま足早に去って行った。

まるで、逃げるかのようにして――。

 

「あら、そこにいるのは雨宮さんでは?」

 

「香取さん」

 

「帰ってらしたのですね。鹿島の件、聞きました。本当に良かったです……。ありがとうございます……」

 

「い、いえ……」

 

「これからも、鹿島の事をよろしくお願いいたします」

 

「よろしくお願いいたします!」

 

香取さんと同じように、芽衣ちゃんも頭を下げた。

その背中の向こうにある掲示板には、【児童養護施設】での催し物の予定表が貼ってあった。

 

『お前、新入りか? よし、ついてこい! 俺が【施設】を案内してやるよ!』

 

『俺ら二人なら、きっと立派な海軍になれる。そうだろ? 慎二!』

 

『俺には、小さい妹が居たんだ』

 

――ああ、そうか……。

鈴木、お前は、この二人に――。

まるであの頃を思い出させるかのようにして、1200を知らせるチャイムが、遠くの【施設】で鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「なんか凄いことになっているわね」

 

庭からは、海軍の船が何隻も集まっているのが見えた。

 

「俺が寮に進出する瞬間を見に来たらしい。島には入れないから、ああして遠くから眺めているようだ」

 

「それでそんな格好をしているのね」

 

そう言うと、夕張は、俺の制服についたバッヂの傾きを直した。

 

「本部がそうしろとうるさくてな。遠くから写真でも撮るつもりなんだろ。ったく……暑くて敵わんぜ……こんな格好……」

 

「中々様になっているじゃない。ちょっとカッコイイなって、思ったりして。なんて、ふふっ」

 

何やら機嫌のいい夕張。

陸奥が来た時もそうだったが、最近の夕張は、なんだか機嫌がいいように思える。

 

「他の皆は?」

 

「寮にいるわ。これだけ海軍が集まってきたものだから、萎縮しちゃったみたい」

 

「そうか。お前は良かったのか? 出てきてしまって」

 

「まあ、別に見られたところで死ぬわけじゃないし。それに、心細いかなと思って。提督一人だと」

 

「いらん心配だ。それよりも、早く戻った方がいい。これから寮へ行くのに俺と居ると、お前も一緒に撮られてしまうぜ」

 

「提督は嫌? 私と撮られるの」

 

「そう言う訳じゃないが……」

 

「じゃあ、いいじゃない」

 

何がいいのやら。

 

「さて、じゃあ行くか。早めに終わらせて、あいつらを帰らせよう」

 

「うん」

 

夕張は犬のように俺の周りを一周すると、そのまま隣について、共に歩き始めた。

 

 

 

寮に近づくにつれ、海の方が騒がしくなって行く。

 

「ね、こうして二人で歩いていると、なんか変な噂をたてられたりしないかしら?」

 

「心配なら離れて歩け。別について来て欲しいだなんて言ってないぜ」

 

「別に心配しているわけじゃないわよ。ただ、どう思うかなって話」

 

「さあな。変な艦娘に懐かれてんなって思うだけじゃないのか」

 

「変な艦娘ってなによ……」

 

そんな事で夕張のダル絡みに付き合ってやっていると、寮の方から大淀が出て来た。

 

「雨宮さん」

 

「おう、おはよう」

 

大淀は俺の格好を見ると、小さく笑った。

 

「馬子にも衣装ですね」

 

「その通りだ。早く脱がせてくれ」

 

「分かりました。では、こちらへ」

 

大淀に案内され、門の前へと向かうと、いつものメンバーが中で待ってくれていた。

 

「提督さん!」

 

「提督!」

 

「司令官!」

 

俺を囲むように、皆が集まる。

 

「おう、待たせたな」

 

しかし、なんというか、まさかこんな日が来るとはな。

島に来る前は、こういう事にもなるだろうと想像はしていた。

だが、実際に島に足を踏み入れて、思った以上に人と艦娘の関係は悪化していて――。

とにかく、今では――今でも信じられないくらいだ。

 

「雨宮さん、入る前にこちらへ」

 

「なんだ?」

 

「サービスですよ。海軍への」

 

そう言うと、大淀は俺を隣に立たせ、握手をした。

そして、海の――海軍諸君へ視線を送った。

 

「なるほど。気を遣わせたな」

 

「早く帰っていただく為ですよ。とっとと終わらせたい。そうでしょう?」

 

「あぁ、そうだな」

 

しばらくそうしたのち、俺たちは門をくぐり、海軍から見えない位置まで寮の敷地へと入り込んだ。

 

「悪かったな、大淀」

 

「いえ」

 

ふと、夕張の方を見ると、何やら機嫌の悪そうにこちらを見ていた。

 

「お、いつものお前に戻ったな」

 

「別に、私はいつでも私よ」

 

「そうかよ」

 

何がトリガーなのか、さっぱり分からん。

 

「提督、早く来てください! 提督のお部屋に家具を作ったんですよ!」

 

「ほう、マジか。というよりも、俺の部屋があるのか」

 

「以前、佐久間さんが使っていた部屋です。『執務室』と呼ばれています」

 

執務室、か……。

 

「さ、行きましょう。まずは皆さんに挨拶です」

 

「あぁ」

 

寮に近づくにつれ、俺は何故か緊張していた。

それは、新しく始まる生活に対して――これから接してゆく艦娘に対して――不安などではなく、どこか、目指してきたところに辿り着いたかのような――武者震いにも似た、緊張であった。

 

 

 

「こちらでお履き物を脱いでください」

 

「おう」

 

寮の広い玄関で靴を脱いでいると、寮の艦娘たちが遠巻きに、俺を見つめているのに気が付いた。

 

「よう。今日からこっちでも世話になる雨宮慎二だ。よろしくな」

 

声をかけてやると、皆一斉に部屋へと逃げて行ってしまった。

 

「驚かすつもりはなかったんだがな」

 

「最初はそんなものですよ。寮の中を案内します」

 

「あぁ、頼む」

 

それから大淀に連れられ、寮の中を見学させてもらった。

木造建築の古い建物で、各艦娘一隻一隻に部屋が設けられているらしい。

 

「昔は共同部屋だったのですが、今は『三十隻』しか居ませんから、一隻に一部屋ずつ割り当てられています」

 

一階には食堂があり、朝昼晩の飯時には、皆ここに集まってくるらしい。

 

「こちらは大浴場。そして、こちらが洗濯場です。向こうの廊下から外に出ると、道場があります」

 

「道場?」

 

「えぇ。尤も、今は武蔵さんくらいしか使っていませんが」

 

道場なんて、一体何のために……。

 

「そして、こちらが執務室です。どうぞお入りください」

 

「あぁ」

 

各部屋とは違い、装飾された扉であった。

こんな扉なのだから、応接室のような部屋が待ち構えているのだろうと、扉を開けてみると――。

 

「意外と質素だな」

 

少しだけ広い、普通の和室であった。

 

「あの家が出来るまでは、皆さんここに住んでいましたから。これくらい質素な方が却っていいのだとか」

 

そう言えばそうであった。

見ると、確かに、トイレや風呂が備え付けられている。

 

「一応、毎日掃除はしてありますので、ご安心を。こちらのちゃぶ台と本棚は、明石が雨宮さんの為につくったものです」

 

「これがそうか」

 

造形も然ることながら、肌触りや面取りに至るまで、丁寧で思いやりのある造りであった。

 

「後で明石に感謝しなければな」

 

ふと、本棚に一冊だけ本が置かれているのに気が付いた。

それは――。

 

「中々乙な事をしてくれるじゃないか。『記録』を置くなんて」

 

「せっかくの本棚ですから。何もないのは寂しいと思っただけです」

 

そう言う大淀の顔は、少しだけ赤くなっていた。

自分でもクサイ事をしたと、自覚があるのだろう。

 

「お前でも、そんな顔をすることがあるのだな」

 

「私をなんだと思っているのですか?」

 

「逆に、どう思ってほしいと?」

 

それに、大淀は答えなかった。

 

「お前がどんな奴なのか、それはお前が俺を見てくれた時、初めてわかることなのだろうと思う。何者の影も気にならない、真っすぐな瞳でな」

 

大淀は視線を外すと、小さく「そうですね」と言った。

 

「ま、とにかくだ……。大淀」

 

俺が手を差し伸べると、大淀はキョトンとした顔を見せた。

 

「これからよろしく……の握手だ。誰かへのサービスなどではなく、本当の意味でのな」

 

大淀は、差し出された手をじっと見つめていた。

 

「どうした?」

 

「……いえ。ただ、思い出してしまって……」

 

「思い出す?」

 

「あの人も……佐久間さんも……同じことを……」

 

そういや、鳳翔がそんな事を言っていたな。

『二人が固い握手をしていた光景は、今でも時々思い出されるくらい、印象に残っています』と。

 

「大淀……」

 

俯く大淀。

俺はその手を取り、握手をした。

 

「雨宮さん……」

 

「言ったはずだ。佐久間肇の記憶を塗り替えてやると。これもその一環だ」

 

大淀は少し躊躇いがちに、俺の手を握り返した。

 

「改めて、よろしくな。大淀」

 

「――はい」

 

その目は、俺を見ていなかった。

だがいつかは――。

 

 

 

「では、また夕食時にでも」

 

「あぁ」

 

大淀が出て行き、執務室には俺一人となった。

 

「これからは、一日の大半をここ(寮)で過ごすことになるのか」

 

大淀曰く、これからは、寝泊まりを家で、それ以外は寮で過ごして欲しいとのことであった。

やっとの事で掴んだ『人化』への第一歩に、俺は少しばかり高揚していた。

 

「しかし……」

 

寮に入った時の、俺を見つめる艦娘たちの目……。

今までは、艦娘の方から俺に接触してきて、何とか交流することが出来て来たが……。

皐月や卯月、第六駆逐隊と仲良くするのだって、鹿島の力なくしては成し得なかったことだ。

今度からは、自らの力で、艦娘たちの心に語り掛けて行かなければならないが……。

 

「果たして俺に、出来るだろうか……」

 

そんな不安を抱えながら、窓の外をぼうっと眺めていると、外の方からこちらを覗き込むようにして、明石が顔を出した。

 

「明石?」

 

窓を開けると、明石は靴を脱いで、部屋へとあがりこんで来た。

 

「おいおい……」

 

「すみません……。普通にお伺いしようと思ったのですが、皆さん、執務室の前でピリピリしていまして……。中々お部屋に近づけなくて……」

 

「あぁ、そういうことか……。しかし、そんな事までしてここに来たって事は、何か重要な用事か?」

 

「あ~……えーっと……その……ですね……」

 

明石はチラリと、ちゃぶ台と本棚を見た。

 

「あぁ、そうだ。ちゃぶ台と本棚、ありがとうな。とても丁寧に作られていて、お前の思いやりを感じたよ」

 

「あ、ありがとうございます! その……どうでしょう……。お気に召しましたか……?」

 

「あぁ、もちろんだ。大切に使わせてもらうよ」

 

そう言ってやると、明石は嬉しかったのか、満面の笑みを見せた。

 

「もしかして、俺の感想を聞くために、ここに来たのか?」

 

「その……。はい……。提督が、どう思ってくれているのかなって……。それで……モヤモヤして……居てもたっても居られなくなって……」

 

「フッ、まあ、気持ちは分からんでもないが」

 

「でも……良かったです……。今回は、設計からデザイン、作製まで、全部一人でやったんです……。いつもは、夕張の設計通りに作るだけだから……自分が考えたものを提督が喜んでくれるか、不安だったんです……」

 

「何故、全部自分一人で?」

 

そう聞いてやると、明石は顔を真っ赤にして、俺を見つめた。

 

「……分かりませんか?」

 

ふと、あの日、明石に好きだと言われた夜の事を思い出す。

――あぁ、そういうことか。

しかしなんだって、俺は気が付いてしまったのだろうか。

少し前なら、きっとそんな事、思い出しすらしなかっただろうに。

俺が答えられないでいると、明石はそれを答えだと受け取ったのか、小さく笑って見せた。

 

「伝わって……良かったです……。えへへ……」

 

どう反応していいのか分からず――明石もまた同じようで、俺たちはしばらく、何も話すことが出来なかった。

 

 

 

結局、気まずくなったのか、明石はそそくさと窓から外へ出て行ってしまった。

 

「ふぅ……」

 

いつの間にか力が入っていた肩を落とす。

 

「ここ最近、どうも調子が狂っていかんな……」

 

明石に鹿島、陸奥の時もそうだったが、どうも最近、俺は――。

 

「ん……」

 

ふと、窓の外から、誰かがこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 

「明石? 忘れ物か?」

 

近づいてみると、明石ではなく――そいつは驚いたのか、一目散に逃げて行ってしまった。

姿は良く見えなかったが、どうやら駆逐艦のようであった。

 

「皐月と卯月、第六駆逐隊にしては、少し大きかったような……」

 

 

 

夕食の時間になると、大淀が迎えに来てくれた。

 

「皆さん集まっていますよ」

 

「なんだか緊張してきたぜ……」

 

「雨宮さんみたいな人でも、緊張するんですね」

 

「俺をなんだと思っているんだ?」

 

食堂に入ると、皆話すのをやめて、一斉に俺を見た。

シンとした食堂に、俺と大淀の足音だけが響く。

 

「皆さん、夕食の前に、紹介させてください。本日より寮に出入りすることになった、雨宮さんです。雨宮さん、お願いします」

 

「雨宮慎二だ。まずは、俺を受け入れることを決めた艦娘たちに、心より感謝したい。ありがとう」

 

頭をさげると、どこかで小さく、「受け入れたつもりはない」という声が聞こえた。

 

「一応、はっきりとさせておくが、俺はお前たちを『人化』させるためにここに来た。だが、お前たちにもお前たちなりの事情があると思う。俺はそれを解決し、お前たちを島から出すつもりだ」

 

数隻の艦娘が、苦い顔を見せた。

 

「朝昼晩、寝る時以外は、ここに居るつもりだ。交流するなら、いつでも来てくれ。無論、俺からも交流を持ちかけるつもりだ。長々と話してしまったが、改めて、よろしくな」

 

皆の反応はない。

いつもの艦娘たちが、拍手をしてくれるのみであった。

 

「ありがとうございます。では、夕食にしましょう」

 

 

 

飯はいつも、鳳翔と数名の艦娘が日替わりで担当し、各自で飯を運んでゆくスタイルのようであった。

 

「提督、どうぞ」

 

「悪いな、鳳翔。教えてくれれば、自分で取って来たんだぜ」

 

「いえ、提督は『提督』ですから、黙って御飯を待っていてください。給仕は今後、私が担当させていただきます」

 

そう言うと、鳳翔は何やら嬉しそうに笑って見せた。

 

「すみません。嬉しくて。またこうして、給仕を出来ることが」

 

「給仕が好きなのか? 変な奴だな」

 

「えぇ、案外変なんです、私。意外でしたか?」

 

本当に舞い上がっているのか、鳳翔はいつまでもくすくすと笑っていた。

世話焼きってのは、同情だとかじゃなくて、本当に好きでやっていたことなんだな。

 

「提督、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

「明石」

 

「許可なんていらないわ。好きなところに座るのが、ここのルールでしょ?」

 

そう言うと、夕張は俺の正面にドカッと座った。

 

「そうかもしれないけれど……。提督……」

 

「あぁ、構わんぜ。人数は多い方がいい」

 

「ありがとうございます!」

 

机は、四人で使うとちょうどいいくらいの大きさであった。

 

「しかし、無駄に広いな、この食堂は」

 

「今でこそ、ここまで艦娘が少なくなってしまいましたが、昔は別の棟が必要なほど、艦娘が溢れていましたから。その名残です」

 

「なるほど。現在は『三十隻』だったよな」

 

「えぇ」

 

それを三十隻『も』と言うのか、それとも、三十隻『しか』と言うのか――。

 

「そう言えば、提督、この寮にいる艦娘の名前、全部覚えたの?」

 

「あぁ、もちろんだ。実際に顔を見ていない奴もいるから、どいつが誰だってのは、自信が無いけど」

 

「では、私が説明します!」

 

そう言うと、明石は俺の後ろを指して、一隻一隻を紹介してくれた。

 

 

 

まず、奥の方に固まって座っているのが、第七駆逐隊です。

『漣』ちゃん、『朧』ちゃん、『潮』ちゃん、『曙』ちゃんです。

 

その隣の席に座っている四人が、『鈴谷』さんに『熊野』さん、『大和』さんに『大井』さん。

 

その最後の列の席に、『島風』ちゃん、『天津風』ちゃん、正面に『雪風』ちゃんと『敷波』ちゃんです。

 

少し離れて、『卯月』ちゃん、『皐月』ちゃんと一緒に座っているのが、『望月』ちゃんです。

望月ちゃんは、提督の家に遊びに来ませんでしたが、あの三人組は寮にいる時はいつも一緒です。

 

『鹿島』さんと『武蔵』さんの正面に座っているのが、『朝潮』ちゃんと『霞』ちゃんです。

 

後は、まあご存知でしょうけれど、鹿島さんの後ろの席にいるのが、第六駆逐隊の『響』ちゃん、『電』ちゃん、『暁』ちゃん、『雷』ちゃん。

『陸奥』さん、『青葉』さん、『明石』に『夕張』に『鳳翔』さん、『大淀』です。

 

 

 

一通り説明を終えると、明石はやり切ったというように、息を吐いた。

 

「ありがとう明石。おかげで、誰が誰だかわかったよ」

 

明石は嬉しそうに笑うと、満足した顔で、飯に手を付け始めた。

 

「なるほどな……」

 

再び艦娘たちに目を向ける。

三十隻か……。

多いような、少ないような――。

 

「――ん?」

 

「提督? どうかしました?」

 

「いや……ちょっと待て、1,2,3――あぁ、やっぱりだ。一隻少ない。ここには、二十九隻しかいないようだが」

 

それを聞いて、皆、苦い顔をした。

 

「実は、『山城』さんが居ないんです……」

 

「山城……あぁ、確か、戦艦の……」

 

「えぇ……その山城さんです……」

 

そこまで言って、鳳翔は急に、閉口してしまった。

代わりに、明石が口を開いた。

 

「山城さん、佐久間さんが亡くなってから今日まで、ずっと部屋に引きこもっているんです」

 

「佐久間肇が死んでから?」

 

「えぇ……。実は、佐久間さんが来る前から、山城さんは引きこもりがちだったんです。姉妹艦である扶桑さんが島を出て行ってから、ずっと……」

 

「それを引っ張り出したのが、佐久間肇だったのよ。もう凄かったわよ。山城さんの事を無理やり部屋から引っ張り出してね?」

 

夕張の語る山城と佐久間肇のエピソードによると、あまり仲が良くなかったらしい。

一方的に佐久間肇が絡んでゆき、山城が嫌がる――と言った感じだったようだ。

 

「――まあでも、なんやかんや言って、山城さんは佐久間肇の事を好きだったんだと思うわ。そうじゃなかったら、山城さんはきっと、部屋から出る事すらしなかったはずだから」

 

鳳翔が、俺をチラリと見た。

それにどんな意味があるのか分からないが、おそらくは――。

 

 

 

飯を食い終わり、帰らんとする艦娘たちに声をかけようとすると、逃げられてしまった。

 

「仕方がないですよ。きっと、徐々に慣れて行きます」

 

「そうかね……」

 

鳳翔に慰められながら、俺は執務室へと戻った。

 

 

 

それから定期的に部屋から出てみたものの、いつもの艦娘達以外、部屋から出る様子はなく、消灯時間を迎えることになった。

 

「艦娘寮では、部屋以外の電気は、2100に消灯されます」

 

「そうか……。なら、消灯時間までが、俺がここに居る時間って事にしようかな」

 

「それが宜しいかと思います」

 

「鳳翔、今日は色々と世話してもらって、悪かったな」

 

「いえ、好きでやっている事ですので」

 

「そうか。困ったことがあったら、何でも言ってくれ。ただ世話になりっぱなしってのは、どうもいけない。恩返しがしたいんだ」

 

そう言ってやると、鳳翔は少し考えた後、遠慮がちに言った。

 

「では……その……この後、少しだけ夜風にあたりにいきませんか……?」

 

「夜風に? あぁ、構わんよ」

 

「ありがとうございます。では、着替えてまいりますので、少々お待ちください」

 

「分かった」

 

鳳翔がいそいそと出て行った後、替わるようにして、大淀がやって来た。

 

「お疲れ様です。そろそろ帰られる頃ではないかと思いまして」

 

「察しがいいな」

 

「消灯時間ですし、成果も無いようでしたので」

 

俺は参ったというように、頭を掻いて見せた。

 

「初日はこんなものです。歴代の方も、そうでした」

 

「まあ、気長にやろうとは思っているさ」

 

「それが宜しいかと。明日の朝食は0700です。それまでにお越しください」

 

「あぁ、分かった。おっと、そうだ。これ、今日の」

 

『記録』を渡してやると、大淀は小さく笑って見せた。

 

「ありがとうございます。明日の朝にでも、またお渡ししますね」

 

「あぁ、待っているよ」

 

大淀は『記録』を大事に抱えると、一礼してから部屋を出て行った。

嬉しそうな大淀を見れて、嬉しい反面――だが、今はそれでいいと思った。

 

 

 

鳳翔を待っていると、今度は武蔵がやって来た。

 

「鳳翔より伝言だ。門の外で待つとのことだ」

 

「そうか。しかし、わざわざお前に伝えなくとも、ここに来てくれていいものだがな」

 

「鳳翔は執務室に行こうとしていたよ。だが、私が提督に用事があるのだと伝えたら、「では、先に外で待っている」と」

 

「そうだったか。して、お前の用事とは?」

 

「あぁ、実は、頼みごとがあるのだ」

 

そう言うと、武蔵は恥ずかしそうに鼻筋をさすった。

 

「頼み事? 珍しいな」

 

「明日の朝……そうだな……5時くらいに、少しばかり時間をいただけないだろうか?」

 

「朝の5時? 随分早いんだな」

 

「駄目か……?」

 

「いや、構わんが、一体何をしようってんだ?」

 

「実は、毎朝道場で、鍛練に努めているのだが、どうも一人だと、強くなった実感が湧かなくてな」

 

「俺に相手をしろと? 馬鹿言っちゃいけないぜ。お前の相手を務めるほど、俺は強くない」

 

「この武蔵を投げ飛ばしておいてか?」

 

「ありゃ、油断につけこんだだけのラッキーパンチだ」

 

「それでも、私が宙に浮いたのは事実だろう」

 

「そうかもしれんが」

 

「まあ、無理にとは言わない。嫌なら嫌と言ってくれ。そっちの方が、諦めがつく」

 

そう言う武蔵は、どこか寂しそうであった。

 

「嫌とは言っていない。ただ、俺に対する評価が過大だと思っただけだ」

 

「では……」

 

「明日の5時だな。分かった。寝坊すんなよ、武蔵」

 

そう言って拳を突いてやると、武蔵も突き返し、ニヤッと笑って見せた。

 

「貴様こそ」

 

「フッ……。さて、そろそろ鳳翔のところに行ってやらんとな。明日の朝、よろしくな」

 

そう言って去ろうとする俺の手を武蔵は引き留めた。

 

「どうした?」

 

「いや……その……なんだ……。――いや、やはり何でもない。引き留めて悪かった」

 

「そうか? じゃあ、行くぜ?」

 

「あぁ」

 

武蔵に見送られながら、少し厚手の上着に身を包んで、鳳翔の元へと向かった。

 

 

 

合流した俺たちは、夜の海辺をゆっくりと散歩することにした。

 

「少し前まではあんなに暑かったのに、もうすっかり秋なんですね」

 

「夜に限っては、冬のような寒さだ。お前のその格好は、随分温かそうだな」

 

「支援していただいたものです。私達艦娘は、冬の海でも戦ってきましたから、厚着なんてしなくても平気なのですけれど、せっかく頂いたので」

 

そう言うと、鳳翔は質の良さそうなコートを揺らした。

 

「似合っているよ」

 

「ありがとうございます」

 

「それが着たくて、夜の散歩を?」

 

「それもあります。けど、本命は、提督とゆっくり、二人っきりでお話ししたいと思ったからなんです」

 

「俺と?」

 

「えぇ。寮や家ですと、誰かしら、提督の近くにいますから。それに、ここ最近は、こうしてお話しすることも少なかったじゃないですか」

 

思い返してみると、確かにそうだったように思える。

 

「最初に好意的に接したのは、私なんですよ? なのに提督ったら、他の娘にばかり構っているじゃないですか。ですから、今日くらいはいいかなって」

 

そう言うと、鳳翔は悪戯な笑顔を見せた。

普段は見せないようなその表情に、俺はドキッとした。

 

「それは悪かったな。なら、今日はお前の気が済むまで話そう」

 

「そのつもりです。ふふっ」

 

言葉の通り、鳳翔は色々な事を話し始めた。

今日は誰々がどうしただとか、外に言った艦娘の話だとか――とにかく、色々だ。

だが俺は、そんな話の内容以上に、まるで子供の様に話す鳳翔の姿に、目を奪われていた。

 

「――提督、聞いています?」

 

「あぁ、聞いているよ」

 

「本当ですか? なんだか、空返事だったように思います」

 

「いや、なに、楽しそうに話すもんだなと思ってな。そんな姿、初めて見たよ」

 

「私だって、普通の女なんです。こうして笑うことだってしますよ」

 

そう言うと、鳳翔は怒っているというように、頬を膨らませた。

そういや、以前もこうして怒られたっけか。

 

「そうだな。悪かった」

 

謝り、話を戻そうと様子を窺っていると、鳳翔は急に黙り込んでしまった。

 

「鳳翔?」

 

「……やっぱり私って、女として見られていないのでしょうか?」

 

「え?」

 

「今まで、たくさんの男性がこの島にやってきました。その誰もが、提督と同じように言うのです。「そんな子供のような振る舞いをするとは、意外に思った」と」

 

鳳翔は足を止めると、海を望んだ。

 

「鹿島さんのような可愛げのある仕草、陸奥さんのような艶美な仕草、どれも私が真似てみると、意外に思われるのです。母親のようだとか、保母さんのようだとか――とにかく、私が『女』として見られることは、ありませんでした……」

 

残念そうにする鳳翔。

それを意外だと思ってしまうのは、やはり俺も――。

 

「『女』として見られたいのか?」

 

「最初は――と言っても、大分昔の話ですが――皆のイメージ通り、私は『女』であることに執着はありませんでした。皆の面倒を見ることが、私の使命だと――今の私に出来ることなのだと、思っていましたから……」

 

冷たい風に靡く髪を手で梳くと、鳳翔は続けた。

 

「けれど、時々思ってしまうのです。女として愛され、島を出て行く艦娘たちを見ていて、私も――」

 

鳳翔は閉口すると、小さく笑った。

 

「……なんて。すみません。変な話をしましたね。ちょっと気になっただけです。ほら、いつか島を出た時に、参考にしたいなと」

 

「……そうか」

 

俺は同じように、海を望んだ。

 

「臆病だな、お前は」

 

「え?」

 

「自分がどんな奴なのか、どう見られているのか。自分がどうしたいのか、どう見られたいのか。それらを理解しているのにもかかわらず、変わろうとしない。自分の気持ちから逃げている」

 

鳳翔は何も言わなかった。

いや、或いは言えなかったのだろう。

 

「だが、気持ちは分かる。お前がどんなに変わろうとしても、『鳳翔』という器がそれを邪魔してしまう。『思われている自分』と『想われたい自分』は、それほどに大きく違うし、それを他人に指摘された時、まるで『想われたい自分』を否定された気持ちになる。しかし、指摘した奴から見たら、『鳳翔』という器は、それほどに完璧なものなんだ。崩したくないほどに」

 

「そんな……私は……そんなに完璧な存在では……」

 

「事実、そう思われている。俺もその一人だ」

 

鳳翔は俯くと、深く目を瞑った。

 

「島の外に行けば、ありのままのお前を『女』として見てくれるような奴は、大勢いるだろう。お前だって、それが分かっているだろうに。そうしないのは何故だ? 何故お前は、この島に残る?」

 

思えば、鳳翔が何故島に残るのか、聞いたことが無かったように思う。

だが、いつだったか、鳳翔はこう言っていた。

『それに私は……この島に残ることが、必ずしも幸せであるとは限らないと思うのです……』

それはつまり――。

鳳翔は、永い時間黙り込んでいたが、意を決したように顔をあげ、俺を見た。

 

「その……笑わないと……約束してくれますか……?」

 

「笑う? 笑えるような事なのか?」

 

鳳翔は小さく頷いた。

その顔は、今にも燃えだしそうなほど、赤く染まっていた。

 

「笑わないよ。言ってくれ」

 

「……分かりました。絶対ですよ?」

 

「あぁ」

 

念を押す鳳翔。

口は幾度となく、それを声に出そうとしているが、中々出ないでいるようだ。

 

「さ……最初は……その……皆さんの為……というより、皆さんが全員、島を出ることになるまで、面倒を見ようと思っていまして……」

 

身振り手振りで説明する鳳翔。

その焦りっぷりは半端ではなく、風に乱れた髪を梳く暇も無いようであった。

 

「けど……女として見られたいと思い始めた頃、異性と言うものを意識し始めて……。自分がどんな男性が好きなのか、考え始めたのです……。けれど、私は……この海で出会った男性しか知りませんし……理想の男性像もまた、この海にしかなくて……ですね……。その……うぅ……」

 

とうとう恥ずかしさが限界に来たのか、鳳翔は両手で顔を覆ってしまった。

 

「無理に言わんでもいいぜ」

 

「……いえ、言います!」

 

自分の顔を叩くと、鳳翔は真っすぐに俺に向いた。

そして、意を決したように、叫んだ。

 

「私は、私の理想の男性に出会えるその日まで、この島に残ろうと決心したんです!」

 

 

 

静かな海に、鳳翔の声が吸い込まれていった。

 

「理想の男性に……?」

 

「そうです! 私の理想の男性像……それを考えた時、提督の言うように、島の外に出て、ありのままの私を受け入れてくれる人を探すのもいいと思いました。けれど、島の皆を見捨てることは、私には出来ません……。ですから、考えたのです! この島の艦娘たちを全て、島の外へと導いてくれる――ひいては、私を島の外へと連れ出してくれる人を理想の男性像にしようと!」

 

言い切ってやったとでも言うように、胸元で拳をつくった。

 

「つまり、お前は、自分を島から出してくれるような男に出会う為に、島に残っていると……?」

 

「そうです!」

 

俺が唖然としていると、鳳翔は我に返ったのか、顔を真っ赤にして、俯いてしまった。

 

「すみません……。こんな……」

 

「い、いや、別に謝ることは……。何も恥ずかしいことはないじゃないか」

 

「うぅ……」

 

テンションの高低差に風邪をひきそうになりながらも、俺はふと、とある疑問にぶつかった。

 

「お前がそう思ったのは、いつ頃の話だ?」

 

「え……? そうですね……もうかなり昔の話ですから……」

 

「それは、佐久間肇が居た頃にも、そう思っていたのか?」

 

俺の質問の意図が分かったのか、鳳翔は急に焦りだした。

 

「ち、違いますよ!? 別に、佐久間さんにそういう気持ちを抱いたとか、そう言う事ではなくて……」

 

「そうなのか?」

 

「しょ、正直に言えば……最初は……そういう人になってくれるかもって……思いましたけれど……。でも、佐久間さんは既婚者の可能性がありましたし、そうでなくとも、大淀さんといい感じでしたし……」

 

そう言うと、鳳翔は黙り込んでしまった。

佐久間肇の死を思い出しているのか、表情は暗い。

 

「……悪い。ちょっと、気になっただけだ……」

 

「いえ……」

 

永い沈黙が続く。

波の音だけが、俺たちを包み込んでいた。

 

「しかし……そうか……。そういう理由で、この島に残るか」

 

「お恥ずかしい話です……」

 

「いや、いいじゃないか。島を出る為の目標があるのは。未来がある」

 

「そうでしょうか……」

 

「あぁ。しかし、そうなると、この島の艦娘たちを全て外に出さんとする俺は、お前の理想にかなってしまう事になるぜ?」

 

「そうですね」

 

「そうですね……って。もっと残念がれよ。待った結果が、俺みたいな奴だっただなんて――」

 

俺は思わず、言葉を切った。

細くなった横眼が、じっと、俺を見つめていたのだ。

 

「何故私が貴方をサポートするのか……分かっていただけましたか……?」

 

その顔は、ほんのりと赤く染まっていた。

だが、それとは裏腹に――。

 

「……前言撤回だ。お前は臆病なんかじゃない。しっかりと見極めの出来る、いい『女』だ」

 

それから俺たちは、何も言わず、ただ夜の海を眺めていた。

心の中で燃え上がる情熱が、秋の星空へと溶け込むまで――。

 

 

 

俺がくしゃみをしたのをきっかけに、そろそろ解散するかという流れになった。

 

「すみません。こんな遅くまで……。お体、平気ですか?」

 

「あぁ、平気だ。寒いというよりも、どこかで俺の事を噂している奴がいるのかもしれん」

 

「ふふ、心当たりが?」

 

「あり過ぎるくらいだ」

 

そんな事で話している内に、寮と家の分かれ道に差し掛かった。

 

「じゃあ、この辺で。今日は世話になった。明日からもよろしくな」

 

「こちらこそ。お付き合いいただきまして、ありがとうございました。明日も給仕、させてくださいね」

 

「あぁ、頼んだよ。じゃあ、おやすみ」

 

挨拶を済ませ、家路に就こうと背を向けた。

 

「提督」

 

「ん? なんだ?」

 

「少し屈んでくれませんか?」

 

「ん、こうか?」

 

言われた通りにしてやると、鳳翔はそっと、俺の頬にキスをした。

 

「ふふ、先行投資です。もしくは、マーキング?」

 

悪戯に笑う鳳翔。

 

「さっきの慌てっぷりとは打って変わって、急に大胆になったな」

 

「本当の私を知っても、提督は私を『女』として認めてくれましたから。舞い上がっているんです」

 

『女』として認めた、か。

夕張に言った『艦娘に恋はしないと決めているんだ』という言葉を思い出す。

『恋』と『女』。

それは一体だ。

しかし、『艦娘』と『女』、『恋』と『艦娘』――俺はずっと、それらは別の言葉であると考えて来た。

だとすれば、これは――。

 

「それよりも、提督、何だかキス慣れしている感じですね……。少しくらい、照れてくれてもいいじゃないですか……」

 

「ん、あぁ……どうかな……」

 

ふと、鹿島にキスをされたことを思い出す。

あれに比べたら――なんて、言ったら悪いか。

 

「まあいいです。では、今度こそ……おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

機嫌よく帰って行く鳳翔。

我に返って、後悔しなければいいけどな……。

 

 

 

翌朝。

まだ誰も起きていないであろう時間の寮は、とても静かであった。

 

「ふわぁ……眠い……」

 

結局、昨日の夜はあまり眠ることが出来なかった。

初めて寮に進出した興奮も然ることながら、鳳翔にされた頬のキス――というよりも、告白に近い事を言われたのだと気が付き、ドギマギしてしまったのだった。

 

「いかんいかん……。気を引き締めなくてはな……」

 

気を引き締める様に顔を叩き、道場の扉を開けると、まだ薄暗い中に、道着に身を包んだ武蔵が正座していた。

 

「よう、待たせたか?」

 

「いや、私も先ほど来たところだ」

 

ふと、自分の足元を見てみると、道着が畳んで置かれていた。

 

「着替えろって?」

 

「あぁ、サイズはそれでいいと思うのだ」

 

「分かった。ちょっと待ってろ」

 

俺が着替えている間、武蔵はずっと目を瞑り、精神統一をしているようであった。

 

「着替え終わったぜ」

 

「そうか」

 

武蔵は立ち上がると、俺の前に立った。

 

「足、よく痺れないな」

 

「鍛えているからな」

 

どう鍛えたら痺れなくなるのやら。

 

「一応、準備運動は済ませてあるぜ。道着って事は、柔道か?」

 

「そうなるな。だが、やったことが無くてな。私の場合、術に習っているというよりも、実戦から学んだ鍛練を積んでいるのでな」

 

「そうだったか。まあ、それでいいと思うぜ。今回も、実戦的な方を取ろう。打撃等は無しで、投げと寝技のみで、適当にわちゃわちゃやればいいさ」

 

「わちゃわちゃ……」

 

「じゃあ……始めるか?」

 

「あぁ、よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

互いに礼をして、構えに入った。

武蔵の表情が真剣なものになり、俺は思わず息を呑んだ。

 

「あれから……貴様に投げられてから、どうすればよかったのかを考え続けていた……」

 

「不意打ちにどうすれば良いもクソもないだろうに」

 

「不意打ちではない……。先に仕掛けたのは私の方であった……。貴様を甘く見ていた私の不覚だ……」

 

「だから今度は油断しないと?」

 

「そうだ」

 

武蔵の目は、一切笑わず、俺をじっと見つめていた。

静寂が、道場を包む。

 

「俺からは仕掛けないぜ……」

 

「そうか……。では、こちらから行かせてもらう」

 

武蔵の手が伸びてくる。

瞬間、俺はその腕を取り、再び一本背負いを決――。

 

「え……?」

 

確かに腕は取った。

だが、全く動かない。

まるで、大木に技をかけているかのような――。

 

「同じ手は、この武蔵には通用しないと思え……」

 

瞬間――。

床が迫って来たと思ったら、次の瞬間には、仰向けに寝転がっていた。

どうやら受け身は取れたらしい。

 

「…………」

 

唖然とする俺に、武蔵は覗き込みながらも、ニヤリと笑って見せた。

 

「一本、だろう?」

 

「……あぁ、一本だ」

 

武蔵は俺を起こすと、得意げな顔を見せた。

 

「借りは返したぞ」

 

「おつりがくるくらいだ……。一体、どうやって投げた? 気が付いたら、仰向けだったんだぜ」

 

「簡単だ。こう、片手で……」

 

「片手!?」

 

「そうだ。こういうの、何投げというんだ?」

 

「片手……背負い投げ……?」

 

いや、背負われた感覚はない。

普通に、馬鹿力で叩きつけられたというような……。

 

「名は無いのか」

 

「技と呼べる代物ではないかもしれないな……。お前にしか出来んだろうよ」

 

「なら、「武蔵投げ」とでも名づけるか」

 

そう言うと、何がうれしいのか、武蔵はニッと笑って見せた。

 

「だが、この武蔵投げは、艦娘であるからこそ成し得る技だ。『人化』してしまえば、『馬力』が無くなる。やはり、術としての修行が必要か」

 

武蔵の言う『馬力』とは、艦娘に備わる『馬鹿げた力』の事だ。

艦娘によって個体差はあるものの、一番弱いとされる駆逐艦でも、『推定年齢』を超える力を発揮する。

武蔵の『馬力』は、おそらく、この国のどんな屈強な男よりも、遥かに強いものだといわれている。

 

「『人化』してしまえば……か……」

 

「私もいつか、この島の艦娘たちが強くなり、この武蔵に守られなくても『生きて』ゆける存在となったのなら、この島を出ようと思っているのだ」

 

「武蔵……」

 

「それにはまず、私自身が強くならねばならない。貴様の持っている『強さ』、私はそれを学びたいと思っている」

 

そう言うと、武蔵は構えた。

 

「簡単に投げられてしまうんだ。学ぶところなんて、無いと思うがな」

 

「腕節の話ではない。貴様の『強さ』は、目に見えないものだ」

 

「こうしてぶつかれば、見えてくると?」

 

「あぁ。なんせ、私は不器用でな。こうしないと、見えてこないのだ」

 

武蔵らしい答えだと思った。

 

「構えてくれ。まだまだ学ぶことはたくさんあるのだ。貴様を知りたい」

 

「あぁ、分かった」

 

俺が構えると、武蔵は今度は武蔵から仕掛けて来て――。

そんな事を俺たちは、一時間ほど続けた。

倒そうが倒れようが、武蔵はずっと、どこか、楽しそうに笑っていた。

 

 

 

武蔵との鍛練を終え、俺は執務室のシャワーで汗を流した。

 

「ふぅ……さっぱりしたぜ……」

 

風呂を出てみると、武蔵がくつろいでいた。

 

「お邪魔しているよ」

 

武蔵もシャワーを浴びたのか、髪がしっとりとしていた。

 

「もう済ませたのか。早いな」

 

「艦娘は老廃物が少ないからな。少し流すだけでも、綺麗になるのだ」

 

そう言えば、そんな事を聞いたことがある。

 

「そら、便利でいいな」

 

ふと、窓の外を見ると、駆逐艦たちがラジオ体操をしていた。

 

「そうか。まだそんな時間か」

 

時計の針は、0630を指していた。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう。時々でいいから、また相手をしてくれるとありがたいのだが……」

 

「あぁ、構わんぜ」

 

「そうか。嬉しいよ」

 

そう言うと、武蔵は先ほどとは違い、優しく微笑んで見せた。

 

「失礼します! 提督、おはようございま……す……」

 

部屋に入って来たのは、明石であった。

 

「おう、ノックくらいしたらどうなんだ」

 

「あ、すみません……。えと……」

 

明石はチラリと、武蔵を見た。

 

「っと、そろそろ戻るとするよ。今日は本当にありがとう。また食堂で」

 

「あぁ、またな」

 

武蔵は何やら気を遣うようにして、部屋を出て行った。

 

「で、何か用事か? 明石」

 

「あ、えと……その……。あ、きょ、今日なのですが……提督、何か予定、ありますか……?」

 

「予定? いや……特には……。普通に、皆と交流を図ろうとは思っている」

 

「あ、なら良かったです! 実は今日、サツマイモ掘りをするのですが、提督もいかがですか?」

 

「サツマイモ掘り?」

 

「はい。この時期になると、駆逐艦たちを集めてやるのですが、そこに提督も参加されてはいかがでしょう? まだ交流していない駆逐艦も来ますよ」

 

サツマイモ掘りか……。

 

「俺がいたら、皆萎縮しないだろうか……」

 

弱気な俺に、明石はわざとらしく大きなため息をついて見せた。

 

「提督ぅ……そんなだから駄目なんですよ! もっと積極的にいかないと! この寮に来た意味が無いですよ!」

 

「あ、あぁ……そうだが……。……いや、そうだな。その通りだ。もっと積極的にいかないとな。分かった。参加するよ。機会を与えてくれて、ありがとう」

 

「それでこそ提督です!」

 

そうだよな。

せっかくここまで来たんだ。

積極的にいかないでどうする。

 

「よし、そうと決まれば、腹ごしらえだ。朝から運動して、腹もペコペコだ」

 

「う、運動……ですか……」

 

「あぁ、朝から武蔵とな」

 

「なるほど……。精が出ますね……」

 

「そうだな」

 

明石は何やらもじもじとし始めた。

 

「どうした?」

 

「い、いえ……。では……私はこれで……」

 

明石はそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 

「……トイレか?」

 

 

 

朝食の時間になると、大淀が訪ねて来てくれた。

 

「朝食の用意が出来ましたよ」

 

「そうか。もう腹がペコペコだ」

 

「あれだけ激しい運動をされていれば、お腹も空くかと」

 

「見ていたのか」

 

「朝は早い方なんです」

 

大淀は『記録』を俺に渡した。

 

「どれ……」

 

読もうとすると、大淀はそれを止めた。

 

「本人の前で読むのは、無粋ですよ」

 

「そんなに恥ずかしい事を書いたのか?」

 

「かもしれませんね」

 

そう言うと、大淀は小さく笑い、部屋を出て行った。

 

 

 

食堂には、もう既に皆が集まっていた。

やはり俺の入室に、皆黙り込んでしまっていた。

 

「あ……提督……お、おはようございます……。その……お食事、運んでおきました……」

 

そう言って、目を逸らす鳳翔。

昨日の事、やっぱり後悔しているんだな。

 

「あぁ、ありがとう、鳳翔」

 

こういうのは蒸し返さない方がいいのだろうと思い、俺はそれ以上何も言わなかった。

向かいの席には、武蔵と大淀が座っていた。

俺が着席したのを確認すると、大淀は立ち上がり、朝の挨拶を始めた。

 

「皆さん、おはようございます。本日はサツマイモ掘りがありますので、参加される方は、汚れてもいい恰好をして、1000に畑へ来るようにしてください。連絡は以上です。では、いただきます」

 

疎らな「いただきます」の声に合わせ、食器を叩く音が、食堂に響いた。

 

「司令官」

 

声の方を向くと、響が自分の食事を持って、立っていた。

 

「響。おはよう。どうした?」

 

「一緒に食事を摂ろうと思ってね」

 

「一緒に?」

 

響は俺の食事を退けると、自分のものを置き、俺の膝に座った。

 

「おいおい……」

 

「一緒に食べよう」

 

「一緒にって……これじゃあ食べにくいぜ……」

 

「食べさせてあげるよ。ほら、どうぞ」

 

そう言って、響は俺に飯を食わせた。

 

「んむ……」

 

「美味しいかい?」

 

「あ、あぁ……美味いよ」

 

「それは良かった」

 

響は続けて、俺に飯を食わせようと、一生懸命魚を崩し始めた。

困った顔で三隻に目をやると、三隻とも「仕方がない」というような目を見せた。

 

「響、気持ちは嬉しいが、自分も食ったらどうなんだ?」

 

「じゃあ、食べさせてくれない? あーん」

 

「……分かったよ」

 

ふと、誰かの視線に気が付いた。

それは三つあり、二つはすぐに分かった。

隣の島にいる、夕張と明石のものである。

明石は俺が視線を返すと、逸らすようにして、そっぽを向いた。

夕張は何やら、呆れた顔で俺を見ている。

もう一つは――。

 

「あ……」

 

――という声は聞こえなかったが、明らかにそう言っているような感じの焦り具合を見せていたのは、敷波であった。

 

「司令官?」

 

「ん、なんだ?」

 

「早く食べさせてよ。あーん」

 

「あ、あぁ……」

 

再び敷波に視線を向けたが、彼女が振り向くことはなかった。

 

 

 

「じゃあ、後でね、司令官。絶対、サツマイモ掘り、来てね」

 

「分かった分かった。だから、早く行っちまえ。暁たちが待ってるぞ」

 

「絶対だよ」

 

何度も念を押して、響は部屋へと戻っていった。

 

「好かれていますね。提督」

 

「あぁ……」

 

好かれることはいいことだが、響もまた、俺ではなく――。

 

「複雑だぜ……」

 

 

 

執務室に戻ると、夕張がくつろいでいた。

 

「おう。何か用事か?」

 

「まあ、そんなところ……」

 

夕張は何やら、ムッとした表情をしていた。

 

「それで? 俺は何をやっちゃったんだ?」

 

「何かやった自覚があるのね……」

 

「お前の顔に書いてあるからな」

 

夕張はわざとらしく、顔を触って見せた。

 

「それで?」

 

「明石が不安がっていたわ……。武蔵さんと何かあったんじゃないかって……」

 

「武蔵と?」

 

「なんでも? 提督と武蔵さんが、朝っぱらから何か部屋で『運動』をしていて? お風呂上がりでくつろぐ二人を目撃したとかなんとか」

 

運動という部分を夕張は露骨に強調していた。

 

「……武蔵さんとヤったの?」

 

そう問う夕張の表情は、どこか不安そうであった。

――あぁ、そう言う事か……。

 

「何か勘違いしているようだが、俺と武蔵は、別にセックスしていた訳じゃないぜ」

 

「じゃあ……何をしていたっていうのよ……。男と女が狭い部屋で二人っきり、汗を流すって……」

 

「道場で武蔵の鍛練に付き合ってやっただけだ。それで、汗をかいたから、風呂に入った。部屋を出たら、シャワーを浴び終わった武蔵が居た。そこに明石が来た。それだけだ」

 

「本当かしら……」

 

「嘘をついてどうする。何なら、俺じゃなく、武蔵に聞いて来いよ。雨宮とセックスしたんですか? ってよ」

 

夕張は俺の目をじっと見つめると、小さくため息をついた。

 

「まあ、そうよね……。武蔵さんがそんなことするわけないし、提督もそういう男だし……」

 

「どういう男だよ……」

 

そう言ってやると、夕張は安心したかのように微笑んだ。

 

「けど、明石を不安にさせる様なことはしないでよね。あの子、ああ見えても繊細なんだから」

 

「お前がそれを言うか」

 

「私はほら、立ち直りは早い方だから」

 

「だが、不機嫌になるのも早い。それも、原因は分からんから、その分たちが悪いんだ」

 

「それ、よく言われるものだから、流石に自分でも考えてみたのよ。どうして提督の事に対して、不機嫌になっちゃうのだろうって」

 

「して、答えは出たのか?」

 

「うん。私ね、提督の事が好きなのよ。恋しちゃってるのよ」

 

夕張があまりにも平然と言うものだから、俺は照れることも出来なかった。

 

「前に、言ってくれたじゃない? ほら、明石を支える理由がなくなった時――私が私自身の為に、何をしたいのか、悩んでいる時よ」

 

武蔵に勝ってすぐのあたりか。

 

「『例えこの島の艦娘がお前だけになっても、見つかるまでずっと一緒に探してやるから、安心しろ』って。多分、その頃から、貴方の事を好きになったんだと思う」

 

「それまで気が付かなかったのか」

 

「うん。恋なんて、したことないし。明石が貴方の事を好きって知った時だって、私の貴方に対する気持ちとは、違うと思ってたから」

 

「まあ、明石は純粋な気持ちだしな」

 

「まるで私の気持ちは不純みたいな言い方じゃない」

 

「そう言う訳じゃないが……」

 

「まあ、言いたいことは分かるわ。恋なんて、私のガラじゃないし、私が貴方に選ばれるなんてことは、この島じゃありえないし」

 

そう言うと、夕張は膝を抱えた。

 

「きっと、明石以外にも、貴方を好きになる人はたくさん出てくると思う。みーんな、私なんかよりも性格が良くて、スタイルも良くて……」

 

「なによりも、お前と違って面倒くさくない、だろ?」

 

「そう、それ」

 

夕張は弱弱しい笑顔を見せた。

 

「だから……不機嫌になっちゃうんだと思う……。貴方を好きになれば好きになるほど、周りの人たちが魅力的に見えて……」

 

夕張はそれ以上を言わなかった。

だが、何が言いたいのか、流石の俺にも分かっていた。

 

「慰めるつもりはないが、俺は誰にだって恋はしないぜ。この島の艦娘たちが、全て島を出るまではな」

 

「分かってるわ……。分かってるけど……」

 

「……繊細なのは、やっぱりお前の方だったようだな」

 

「一番不安がっていたのも、私の方よ……」

 

思えば、いつだって夕張は、何かしら危険があることに反対してきた。

明石ですらも応援するような場面でも、夕張だけは――。

 

「…………」

 

しかし、どうしたら慰められるもんか……。

そんなことで考えていると、夕張は唐突に「あ」と顔をあげた。

 

「そっか……。その手があったわ……」

 

夕張は立ち上がると、満面の笑みを見せた。

 

「夕張?」

 

「ね、提督。私も協力するわ!」

 

「え? 協力するって……何にだ?」

 

「艦娘を島の外に出す事によ! 私が協力した方が、効率いいでしょ?」

 

「まあ……そうかもな……。しかし、なんだって急にそんな事を?」

 

「ふふ、秘密よ。まあ、そのうち分かるわ。あーあ、そうよね。そうすればよかったのよ!」

 

夕張は何やら妙案を思いつき、自分を慰めることに成功したらしい。

その妙案が何なのか分からんが、何やら嫌な予感がしてならない。

 

「そうと決まれば、早速作戦をたてなきゃ! 忙しくなるわ。じゃあ、お邪魔しましたー!」

 

まるで嵐のように、夕張は去って行った。

落ち込んだり立ち直ったり、本当、忙しい奴だ。

 

「フッ……」

 

面倒くさい奴ではあるが、その面倒くささが、またあいつらしくて――。

 

「俺は割と――」

 

 

 

1000前になると、青葉と陸奥が部屋にやって来た。

 

「おう、どうした?」

 

「司令官、陸奥さんと一緒に、サツマイモ掘りに行ってくれませんか?」

 

「一緒に?」

 

陸奥は俺をチラリとみると、視線を外し、青葉の後ろに隠れてしまった。

 

「はい! 一緒にです!」

 

「別に構わんぜ。俺も今から出るところだったし」

 

「ですって。良かったですね、陸奥さん」

 

青葉は陸奥の背中を押すと、俺の前に立たせた。

 

「では、あとはよろしくお願いしますね! ではでは!」

 

呼び止める暇も無く、青葉はそそくさと去って行った。

 

「何だったんだ……」

 

 

 

寮を出て、陸奥と共に畑へと向かう。

 

「最近、青葉とはどうだ? ちゃんと上手くやれているのか?」

 

「え、えぇ……。とても……」

 

「そうか」

 

会話終了。

ハニートラップを仕掛けて来た時とは違い、今日の陸奥はしおらしかった。

――いや、あれから――トラウマを克服しようと決心したあの日から、陸奥はこんな感じで、しおらしくなってしまったのだ。

 

「そういや……」

 

陸奥と目が合う。

しかし、すぐに逸らされてしまった。

 

「……最近、すぐに目を逸らされてしまうな。やはり、トラウマがそうさせているのか……?」

 

「そ、そういう訳じゃ……ないけど……」

 

「別に無理をして克服しなくてもいいんだぜ。ゆっくり時間をかけて、徐々に慣れて行けばいいんだ」

 

「無理しているわけじゃ……」

 

「じゃあ、何故目を逸らすんだ? あまり話しかけてこなくもなってしまったじゃないか」

 

そう言ってやると、陸奥は足を止め、俯いてしまった。

 

「陸奥?」

 

顔を覗き込んでやると、その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「無理しているわけじゃないの……。ただ……その……あの……」

 

まるで胸が痛いとでも言うように、陸奥は胸に手をあてた。

 

「お、おい……大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃない……」

 

「大丈夫じゃないって……。どこか痛むのか!? 明石を呼ぼうか!?」

 

「そうじゃない……! そうじゃないの……」

 

「じゃあ、なんだって……」

 

陸奥は、今にも枯れそうな声で、言った。

 

「ド……キ……ちゃうの……」

 

「え?」

 

「ドキドキしちゃうの……。貴方といると……。胸が……締め付けられるようで……。顔も熱くなるし……目を見られないの……」

 

それって……。

 

「うぅ……やっぱり無理……。二人っきりなんて……。ごめんなさい……」

 

「あ、おい!」

 

陸奥は逃げるようにして、寮の方へと戻って行ってしまった。

 

「ドキドキしちゃうって……。胸が締め付けられるようでって……」

 

明石、夕張、鳳翔……。

そいつらに告白されたものだから、流石の俺でも、もう分かってしまう。

陸奥は、トラウマを克服するどころか、俺に――。

 

「マジかよ……」

 

 

 

陸奥を追っても良かったのだが、響に発見され、俺は畑へと連れ出された。

 

「司令官、もう始まってるよ」

 

「おう、そうか」

 

着いてみると、確かに、もう既に、皆が芋を掘っていた。

 

「私たちも始めよう」

 

「あぁ、そうだな」

 

と、言いつつも、俺は芋を掘る動作をしながら、誰が来ているのか観察した。

やはり駆逐艦が多く、引率に来ているのか、大淀と鹿島、明石も来ているようであった。

そして、驚いたことに――。

 

「大井さん、ここも掘っていいのー?」

 

「えぇ、問題ないわ。こっちからあっちの方までは大丈夫だけれど、線を越えた先は別のものを植えているから、気をつけなさいな」

 

「はーい」

 

大井は、駆逐艦の引率というよりも、監視するかのようにして、うろうろと周りを見ていた。

 

「大井さんが畑を管理しているんです」

 

いつの間にか近づいてきたのか、明石は背中越しにそう言った。

 

「なるほど、それで来ているのか」

 

「大井さん、ずっと提督の事を睨んでいますよ。何かしちゃったんじゃないですか?」

 

「……どうかな」

 

何故睨んでいるのか、その理由を北上さんから聞いている。

だが、北上さんの考えるその理由が、必ずしもあっているとは限らない。

大井には大井なりの考えがあって、人を憎んでいる可能性もあるのだ。

 

「それと、もう一人。見てください」

 

明石は目でそいつを指した。

 

「敷波ちゃんです。提督が寮に来てから、ずーっと見ています。多分、気になっているんですよ。提督の事が」

 

「一度も話したことはないのだがな」

 

「一目惚れじゃないですか? あれくらいの女の子って、年上に恋をしがちっていうじゃないですか」

 

「そんな通説、聞いたこともないが……」

 

だが確かに、敷波はずっとこちらを見ているし、昨日の執務室で窓の外から見つめていたのも、おそらくは敷波であろう。

 

「話しかけてみたらいかがです?」

 

「そうだな」

 

明石に先導されながら、芋を掘るふりをして、敷波に近づいてゆく。

敷波は近づいてきていることに気が付いたのか、そそくさと離れて行く。

 

「逃げちゃいますね……」

 

「端に追いやってみたらどうだろう?」

 

「そんな、動物を捕まえるみたいな……」

 

そんな事で敷波との追いかけっこをしていると、突然、俺の脇腹に激痛が走った。

 

「ぐぇっ!?」

 

「提督!?」

 

その痛みに、俺は思わず倒れ込んだ。

大きな影が、俺を見下ろしていた。

 

「お前……今、俺の脇腹を蹴ったな……!」

 

俺を見下ろしているのは、大井であった。

軽蔑するかのような瞳が、俺をじっと見つめている。

 

「あんた……さっきから敷波に付きまとって……一体何をしようっていうのよ……?」

 

「何をしようって……別に俺は――ブッ……!?」

 

今度は、大井の蹴りが、俺の顔面にクリーンヒットする。

 

「提督! 大井さん! 何を!?」

 

「駆逐艦が怖がっているでしょ……。変な行動を起こすようなら……私が容赦しないわ……」

 

なるほど……。

吹雪さんのノートに『多少、気性が荒く――』なんて書いてあったが、こりゃ相当だぜ……。

 

「いてて……」

 

「提督……」

 

立ち上がる俺を明石はそっと支えてくれた。

 

「て、提督……血が……」

 

「やべ……! 明石、大淀を!」

 

「もうやっています!」

 

そう叫んだのは、鹿島であった。

鹿島は大淀の目を背けさせると、そのまま寮の方へと向かわせた。

 

「何も見ていなければいいが……」

 

「提督、それよりに、早く止血を……!」

 

「ちょっと鼻血が出ただけだ。問題ない」

 

俺は大井の前に立った。

 

「悪いな。確かに、敷波に付きまとっていたのは事実だ。ずっと視線を送られていたから、気になってな」

 

「だからって、付きまとう必要はないでしょ……? それに、明らかに避けているのが分かっていながら、あんたは付きまとった……」

 

大井は俺の胸倉を掴むと、脅すように言った。

 

「謝んなさいよ……。そして、誓いなさい……。もう二度と、駆逐艦に近づかないと……」

 

「あぁ、謝るよ。敷波、悪かったな……。付きまとってしまって……。この通りだ……」

 

それに、敷波は目を逸らして俯いてしまった。

 

「だが、駆逐艦に近づくなってのは、誓うことは出来ない。それを誓ってしまったら、俺は仕事が出来なくなってしまうのでな」

 

瞬間、大井は俺の鳩尾(みぞおち)に拳を叩きこんだ。

 

「――っ!」

 

声にならない叫びをあげながら、俺は再び倒れ込んだ。

 

「提督! 大井さん!」

 

「誓いなさいよ……」

 

「か……はっ……い、嫌……だね……」

 

俺の脇腹を蹴り上げる大井。

 

「誓え……」

 

「出来……ない……相談だぜ……」

 

再び――。

 

「大井さん、もうやめてください!」

 

「この男が悪いのよ……。この男が全て……。私たちはただ、平和に暮らしたかっただけなのに……。それなのに……!」

 

大井は何度も、俺を蹴り上げた。

 

「この男が……! この男が! この男が!」

 

その足を止めてくれたのは、武蔵であった。

 

「武……蔵……」

 

「鹿島から聞いてきたのだ……。大井……貴様……自分が何をしているのか、分かっているのか……?」

 

「武蔵さん……。元はと言えば、この男が悪いんですよ……? 嫌がる敷波に、付きまとったりして……」

 

「だとしても、ここまでする必要はないはずだ。これは貴様の私怨からくるものだ……違うか……?」

 

大井は何やら退屈そうな表情を見せ、足を降ろしてくれた。

 

「そうやって、人の味方をするのですね……。結局、貴女も北上さんと変わらない……」

 

「北上は、私達よりもはるかに強い心を持っていただけだ……。死を恐れる、臆病な貴様とは違う……」

 

「貴女だって私と同じでしょう……? 駆逐艦を守るだなんて言って、本当に守られているのは貴女自身……。私よりも質が悪いわ……」

 

「――全く以てその通りだ。だが、私はこの男に会って、変わったのだ。そして、『生きる』目的を見つけたのだ……」

 

両者、一歩も譲らず、睨み合いが続いた。

駆逐艦たちは皆で固まり、怯えていた。

 

「待ってくれ……」

 

激痛に耐えながらも、俺は明石の肩を借りて立ち上がった。

 

「元はと言えば、俺が悪いんだ……。駆逐艦を怯えさせてしまった……」

 

「提督よ……」

 

「悪かったな、皆。場を乱してしまって……。引き続き、芋ほりを続けてくれ……。俺は去るからさ」

 

「もう二度と来ないで……」

 

「大井……!」

 

「武蔵、いいんだ。それよりも、鹿島と大淀が居ないんだ。皆の事を頼んだぜ」

 

「提督……」

 

「明石、悪いが、家まで連れて行ってくれないか?」

 

「は、はい! しっかり……」

 

去る途中、敷波と目が合った。

 

「悪かったな……。怖がらせてしまって……」

 

敷波がどんな表情を見せたのか確認することなく、俺は明石に連れられて、家へと戻った。

 

 

 

「これでよし……」

 

「ありがとう、明石」

 

いつだったかの鳳翔と同じように、少し大げさに応急処置をしてくれた。

 

「いえ……これくらいの事しかできませんが……。それよりも、早く本土に戻ってください……。精密な検査が必要です……」

 

「大げさだ。これくらいじゃ、人間は死なん」

 

「でも……!」

 

明石は今にも泣きだしそうな顔を見せていた。

 

「本当に大丈夫だ。だから、そんな顔するな」

 

「提督ぅ……うぅぅ……心配しましたぁ……」

 

明石はとうとう泣き出してしまった。

 

「大丈夫だって。元はと言えば、俺が悪いんだし……自業自得だ」

 

「でも、提案したのは私です……。うぅぅ……」

 

泣く明石を慰めてやっていると、今度は夕張と鹿島、鳳翔がとんできた。

 

「何やってんのよ……。もう……」

 

「悪い。しくじってしまった」

 

「全く……心配させないでよね……。うぅぅ……」

 

夕張もまた、明石の様に泣き出した。

本当、似た者同士だよな、お前たちは。

 

「鹿島、大淀の様子はどうだ?」

 

「血を見ていないので、大丈夫です。提督さんの事を心配していましたが、今はお会いしない方がいいと……」

 

「そうだな。ところどころ切ってしまっているし、しばらくは会わない方がいいかもな」

 

「それじゃあ、しばらく寮には……」

 

「あぁ、行けないだろうな」

 

誰よりも残念がっていたのは、鳳翔であった。

 

「悪いな、鳳翔。せっかく給仕をお願いしていたのに」

 

「いえ、静養の方が大事ですから……」

 

「俺も、大淀に会えないだけで、元気ではあるからさ。また顔出してくれよな」

 

「そうですね。お食事など、お持ちいたします」

 

「あぁ、頼んだぜ」

 

そう言ってやると、鳳翔は微笑んでくれた。

 

「皆も、悪かったな。せっかく寮に受け入れてくれたのに……」

 

「いえ……そんなことよりも、お体を大事にしてください……」

 

「そうよ……。いつも無茶ばかりして……」

 

「まあ、今回のは無茶ではないのだが……。それでも、いつだって心配かけっぱなしだったしな……。今回ばかりは、少し大人しくさせてもらうとするよ」

 

そう言って、俺はその場に寝転がった。

 

「心配かけた。俺は少し、眠るとするよ……。朝っぱらから、武蔵の相手をしたんでな……。眠気が来ちまった……」

 

赤面したのは、明石であった。

夕張から、真相を聞いているのだろうな。

 

「お布団をお持ちするので、ちゃんとそちらで寝てください」

 

「あぁ、ありがとう」

 

「もっと体を大事にしてよね……」

 

「あぁ、悪かったよ。夕張」

 

鳳翔が布団を用意してくれている間、皆は俺を労わる言葉をかけてくれた。

思えば、この島に来た時は、こんなに温かい言葉をかけられるなんて、思ってもみなかった。

それが、今では――。

安心した気持ちを持った時、ふと、視界に閃光の靄――太陽を見た後の残光のようなものが、現れ始めた。

強い光を見た訳ではないのだが……。

 

「提督さん? いかがされました?」

 

「いや……疲れているのか……。何だか視界が悪いんだ……」

 

「でしたら、早めにお休みされた方が宜しいかと……」

 

鳳翔が敷いてくれた布団に入ると、何だか一気に眠気が襲ってきた。

 

「悪いな……」

 

「いえ、しっかりお休みください……」

 

「まだまだやることはたくさんあるんだから、しっかり休んでよね……」

 

「あぁ……」

 

皆が心配そうに見つめる中、俺の瞼はゆっくりと閉じ、そのまま眠りについた。

 

 

 

2,3,5,7,11――

1,2,6,24,120――

1,2,4,5,10,11,20,22,44,55,110――

1,2,4,71,142――

 

頭の中で数字が暴れている。

いつまでもいつまでも――。

何処までも何処までも――。

 

3.1415926535897932――

2.7182818284590452――

 

 

 

「はっ……!」

 

悪夢に目が覚める。

 

「夢か……」

 

眠る間に視界を支配していたあの残光は、いつの間にか晴れていた。

時計を見ると、眠ってからそんなに時間は経っていなかった。

 

「うっ……!?」

 

目に汗が入り込んだ。

 

「……汗?」

 

額を拭うと、大量の汗をかいていることに気が付いた。

 

「なんだ……こりゃ……」

 

季節は秋。

少し肌寒い気温のはずであるのにもかかわらず、この汗の量は……。

 

「あ……」

 

縁側の方から、誰かが声を漏らした。

起き上がり、見てみると――。

 

「敷波……?」

 

その瞬間であった。

 

「痛っ……!」

 

突如、激しい頭痛に襲われた。

何度も何度も脳髄を叩かれるような、そんな痛みだ。

 

「う……ぐぅぅ……!」

 

あまりの痛みに、思わず床に伏せる。

 

「し、司令官!? どうしたの!? 大丈夫!?」

 

駆け寄る敷波。

『司令官』と呼んでくれたことに喜ぶ暇なんてないくらい、徐々に痛みが増してゆく。

 

「頭が……痛い……! 割れるようだ……う……」

 

吐き気を催し、俺はたまらずその場で嘔吐した。

 

「た、大変……! アタシ、誰か呼んでくる……! 待っててね……!」

 

去って行く敷波。

 

「はぁ……はぁ……」

 

立ち上がり、何とか本部との連絡を取ろうと歩みを進めると、今度は眩暈がしてきて、俺の視界は、モヤモヤとした霧に包まれ始めた。

 

「くそっ……なんだ……これは……」

 

靄が完全に視界を支配したのを最後に、俺はその場に倒れ込んだ。

薄れゆく意識の中で、俺は『死』を感じていた。

走馬灯は見えない。

ただ、ゆっくりと近づいてくる『死』に、身を委ねるだけである。

 

「嗚呼……そうか……」

 

『あの時』、どうしてあんなにも穏やかな顔をしていたのか、今になって分かった。

後悔だとか、絶望だとか、そう言ったものは、ここにはないのだ。

ただ在るが故に、在る幸福。

それしか、ここにはないのだ。

 

「母さん……」

 

貴女も、そうして死んでいったのだろうか。

そうであったのなら、俺は――。

 

遠くで誰かが、俺を呼んでいる。

それが誰だが分からないまま、俺は意識を失った。

 

――続く

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