不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第7話

最初は、なんてことないただの男だと思っていた。

あたしは基本的に、人が出向してきても拒むことはしないから、いつも通り振る舞っていたけれど、大井っちは違った。

 

「全く……何なのよあいつ……。いきなり北上さんに馴れ馴れしくして……」

 

「まぁまぁ、あたしは別に構わないよ」

 

「北上さんは甘すぎます! ああいう輩に優しくするから、勘違いしてセクハラまがいな事をしてくるんです!」

 

「でも、駆逐艦にも人気みたいだし、あたし的には助かってるけどねー。駆逐艦が寄って来なくなるから」

 

「北上さん!」

 

「冗談冗談。まあ、悪いやつなら、またその内にいなくなるっしょ。時間は無限にあるし、ゆっくり待ちましょうや」

 

「そうですけど……。まぁ……北上さんがそれでいいのなら……」

 

大井っちが人を拒むのは、いつもの事だった。

その理由を大井っちは『北上さんと私との時間を奪おうとしてくるから』っていつも言っていたけれど、それが本心なのかは、実のところ分からない。

あたし自身、別にどっちでも良かったし、大井っちも多くを語ろうとはしなかった。

――思えば、大井っちと本音でぶつかった事なんて、一度も無かったように思う。

だから、どうして大井っちがあの島に留まるのか、明確な理由は未だに分からないでいる。

 

 

 

佐久間肇は――『提督』は、今までの人と違って、良くも悪くも面白い人だった。

あの山城さんを部屋から引っ張り出したのもそうだけれど、娶りなんかにも全く興味が無くて――『男』を見せる事が一度も無かった。

それでも、彼に惚れてしまう艦娘は多くて――駆逐艦から戦艦まで、彼に夢中だった。

 

「相変わらずモテますなぁ」

 

「他の男を知らんだけだろう。こういった閉鎖的な空間では、俺のような男でも、魅力的に映るもんだ」

 

「そうやって肩透かしばかりして、いつか刺されても知らないよー?」

 

「その時は守ってくれよ。ほら、饅頭やるからさ」

 

「あたし、そんな安い女じゃないんだけどなー」

 

「ったく……。分かったよ。ほら、俺の分もやるから」

 

「へへへ、まいどー。じゃあ、スーパー北上さまが、今日一日護衛しますねー」

 

「一日だけかよ」

 

提督はあたしに対して、友達のように接してくれた。

あたしもその方が気楽でいいと思っていたし――多分、提督はそれを察してくれていたんだと思う。

そんな関係を大井っちは良く思っていなくて、何かとつけてあたしと提督の邪魔をしていた。

 

「大井っちも強情だねぇ。どうしてそんなに提督を嫌うのさ?」

 

「私から北上さんを奪うからです!」

 

「そんなことないよー。大井っちと居る時間の方が長いし」

 

「その分の時間も私と居て欲しいんです!」

 

「我が儘だなぁ。大井っちは」

 

そんな事もありながら、あたしたちは島での生活を謳歌していた。

島を出る艦娘もいたりして、色々大変な事も多かったけれど、大井っちや提督が居れば、あたしはそれで満足だった。

そう、あの嵐が来るまでは――。

 

 

 

提督が亡くなったことによって、あたし達は今後の事を考えざるを得なくなった。

以前の様に、出向してくる人間を待って、また新しい生活を始める――なんてことは、あたし達にはもうできないことだった。

それほどに、佐久間肇という存在は大きかったし、今後、同じような人が現れるなんて、絶対にありえないと思った。

 

「阿武隈が島を出る決心を固めたみたいです……。何でも、あの男の遺志を継ぎたいのだとか……」

 

「あいつ、提督の事が好きだったしねー」

 

「……北上さんは、今後、どうされるのですか?」

 

「んーそうだねぇ……。大井っちに任せるよ。大井っちが居るのなら、あたしはどこでもいいかなって」

 

「北上さん……」

 

「ってことで、あとはよろしくー」

 

「あ、北上さん!」

 

佐久間肇が亡くなったことは、確かにショックではあった。

けれど、なんだか悲しくなくて――まだ提督がどこかで生きていて、ひょっこり現れるように思えて――。

 

「どうしちゃったんだろう。あたし」

 

 

 

提督の居ない日々が続く。

何か足りないって感じはいつまでも付きまとうけれど、やっぱり、皆と同じように悲しむことは出来なかった。

 

「お邪魔しまーす」

 

執務室には、やはりまだ、提督の私物が置かれていた。

 

「んー……」

 

こうして畳に伏せていると、今にもあの扉から、提督が顔を出してきそうな気がする。

そんなことは、決してないのに――。

 

「みんな悲しんでいるよ。本当、モテモテだねぇ」

 

『お前は悲しんでくれないのか?』

 

「悲しんで欲しい?」

 

『いや、そうやってニヤニヤしている方が、お前らしい』

 

「やっぱり?」

 

そんな会話も、想像に容易い。

提督はもういないけれど、提督の心は、ずっとここにある。

そんな気がした。

 

 

 

ある日、執務室が蛻の殻になった。

香取さん曰く、新しい『提督』の為に、部屋を空けるのだとか。

提督の遺品は全て、海軍に回収されたらしい。

 

「なーんにも無くなっちゃったねぇ」

 

畳に寝転がって、いつものように独り言をつぶやく。

けれども、想像の中の提督は、何も言わずにいるようであった。

 

「どしたー? もしかして、新しい『提督』が来ると聞いて、ムッとしてる? 自分に惚れていた艦娘が、新しい『提督』を好きになっちゃうかもって、不安だったりー?」

 

どんなに茶化して見せようが、提督は応えてくれない。

 

「あれ、もしかして図星だった? あはは、提督って、案外かわいいところあるんだねー」

 

提督は応えてくれない。

 

「まあ、ほら、提督はもう死んじゃってる訳じゃん? だから、仕方ないよ。そうだ。幽霊だったら、女湯覗けるじゃん。陸奥さんとか、すっごいんだー。きっと提督も、死んでよかったーって、思うはずだよー」

 

提督の声は聞こえない。

 

「だからさ、もっと明るくいこうよ。いつまでも黙ってないでさ」

 

提督の声が聞こえない。

 

「ねぇ、提督」

 

提督はもういない。

 

「ねぇ……ねぇってば……」

 

提督はもういない。

 

「返事してよ……。ねぇって……」

 

提督は――。

 

「提督……」

 

あの日――提督がいなくなったあの日に流す筈だった涙が、一気にあふれ出す。

嗚呼、そうか。

悲しくなかったわけじゃないんだ。

平気だったわけじゃないんだ。

ただ、認めていなかっただけなんだ。

提督が居なくなったことを――もう二度と、会えないことを――。

 

 

 

失って、初めて気が付くことはたくさんある。

提督の言葉、提督の気持ち、提督の表情――。

普段から何気なく受け止めていたそれら全ては、あたしにとってとても大切なものだったんだって。

そして、あたしが抱いていた、提督に対する気持ちもまた――。

だからこそ、あたしは――。

 

 

 

「北上さん」

 

あたしは大井っちを『あの場所』へと呼び出した。

 

「どうしたんです? こんな場所に呼び出して」

 

「ごめんね。どうしても、大井っちと二人っきりで話がしたくてさ……」

 

あたしの真剣な態度に、大井っちは何かを察したようで、表情を固めた。

 

「ほら、前にさ、今後の事について、話したじゃん? 大井っちがどうするか、まだ聞いて無かったからさ……」

 

「……どうして今更、そんな事を?」

 

「うん……。なんていうかさ、任せっきりなのも悪いと思って、あたしなりに色々考えてみたんだよね。けど、大井っちがどうなのか、まだ聞いて無かったから……」

 

「北上さんなりに……ですか……」

 

「あたしは、大井っちと一緒なら、どんなことでも乗り切れるって、本気で思ってる。もっと言えば、大井っちとじゃなきゃ、駄目だと思ってる。だからこそ、大井っちの気持ちを知っておきたいんだ。きっとそれは、大井っちも同じなんじゃないかな……?」

 

大井っちは何も言わなかったけれど、それが答えだって、あたしは知っていた。

 

「……正直に言うとさ、あたしは、この島を出たいと思ってる。外に行けば、阿武隈や姉さんたちもいるし、大井っちが嫌がってる『提督』にお世話になることもないじゃん……? ずっと、のんびり暮らしていけばいいなんて思っていたけれど、そろそろあたしたちも、『生きる』ことを選択しても、いいんじゃないかなって……」

 

静かな海の向こうで、誰かが笑っているような声が聞こえた気がした。

きっと、それは――。

 

「大井っちは、どう思って――」

 

そう言って大井っちを見ると――。

あたしは、その表情を――けれど、それが自分自身に向けられたことは、今まで一度も無かった。

向けられるはずがないと、思っていた。

 

「大井――」

「――あの男の所為ですか?」

 

初めて大井っちから向けられる『敵意』に、あたしは足が竦みそうになった。

けれど、耐えることが出来たのは、向けられた『敵意』が、あたし自身ではなく、その影にいる提督に向けられているのだと、分かったからだ。

 

「……大井っちは、どうしてそこまで提督を嫌うのさ?」

 

「否定はしないんですね……。あの男に影響されたのだという事は……」

 

「うん……否定しないよ……。でも、提督が言ったから島を出るんじゃない。提督は、島を出ることを強要しなかった。むしろ、島に残ることも一つの『生き方』だって、いつも言っていた……」

 

「だったら……」

 

「それでも、あたしは『生きたい』。限りある命の中で、精一杯もがいてみたい。提督がそうしたように、あたしも――!」

 

大井っちは、深く目を瞑ると、しばらく黙り込んでしまった。

そして、何かを決心したかのように目を開くと、あたしの瞳を真っすぐ見つめ、力強く言った。

 

「私は島に残ります」

 

「大井っち……!」

 

「残ってくれとは言いません……。本当に色々考えた結果なんだと思いますから……」

 

「……どうして? どうしてそこまでして、提督を否定しようとするのさ……?」

 

大井っちは答えない。

 

「提督の事が嫌いなのは分かるけど……大井っちは本当にそれでいいと思ってるの……? あたし達、何をするにも一緒だったじゃん……! 提督が嫌いだって事だけで、離れ離れになるのは嫌だよ……!」

 

「……離れ離れになるのが嫌なら、島に残ればいいじゃないですか」

 

「それは……」

 

「私は……島を出るくらいなら、北上さんとお別れする道を選びます……。北上さんだって、私が島を出なくても、一人で生きていくつもりなんじゃないですか……?」

 

今度はあたしが答えなかった。

――いや、答えられなかった。

正直、大井っちはあたしとは離れられないはずだって思っていたし、そこまでして提督を否定するとは――。

 

「いつか、あたしたちは必ず、この島を出なきゃいけない時が来る……。その時、大井っちは後悔しないって、はっきり言えるの……? 大井っちがこの島を出る時、あたしはもう、この世にいないかもしれないんだよ……? それでもいいの……?」

 

大井っちの鋭い目が、『あたしを』睨み付けた。

 

「自惚れないでください……。確かに私は、北上さんが好きだった……。でもそれは、あの男なんかに毒される前の北上さんの事なんです。今の貴女は、私の知る北上さんじゃない……。私の好きだった北上さんは、もう死んだんです……」

 

「そんな……」

 

「どこへでも好きなところへ行ったらいいです……。私は、この島に残ります……」

 

立ち尽くすあたしに構うことなく、大井っちは冷たい風を切りながら、すれ違っていった。

 

「大井っち! あたし、待ってるから! 必ず来てくれるって、信じてるからね!」

 

あたしは、島を出る直前まで、大井っちを説得した。

けれど、やっぱり決意は固いようで――最後は、さよならを言う事も出来ないまま、別れることになった。

 

「大井っち……」

 

あたしはやっぱり信じられない。

提督が嫌いだってだけで、否定したいってだけで、あそこまで強情になるなんて――。

けれど、それを確かめる術は、あたしにはもう無い。

だから、あたしはただひたすら待っているんだ。

大井っちが、本当の事を話してくれる日を――『生きる』事を選択してくれる、その日を――ずっと――。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

医務室を出ると、山風と北上さんが駆け寄って来た。

 

「どうだった……?」

 

「ただの片頭痛だったよ。難しいことは分からんが、ストレスを抱えた後にホッとしたりすると、収縮した血管が拡張して、起こるらしいんだ」

 

「それって、大丈夫なの……?」

 

「一応な。どっちかって言うと、健康面を心配されたよ。もっと飯を食えってさ」

 

山風は安心したのか、ぽろぽろと涙を流した。

 

「良かったぁ……うぅぅ……」

 

「心配かけたな」

 

山風を慰めていると、北上さんは俺の腕を掴んで、巻かれている包帯をじっと見つめた。

 

「大井っちにやられたんだね……」

 

「えぇ……。でも、俺が悪いんです。こうなって当然です」

 

北上さんは悔やむように俯くと、黙り込んでしまった。

 

「北上さん……」

 

「ごめんね……。あたしが……お願いしたばっかりに……」

 

「それは違います。遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんです。北上さんに頼まれなくても、俺は大井に絡みに行っていました。そしてきっと、同じようにぶっ飛ばされてますよ」

 

「でも……」

 

「やめろと言われても、俺はやりますよ。何度ぶっ飛ばされようと、俺は必ず、大井を島から出して見せます。そうじゃなくても、必ず大井の本心を暴いてやりますよ」

 

「雨宮君……」

 

「だから、俺を信じて待っていてください」

 

そう言って笑って見せると、北上さんは驚いた表情をした後、優しい目を俺に向けた。

 

「うん……。分かった。待ってるよ。だから、無理はしないでね?」

 

「えぇ」

 

「大井っちを……よろしくね……」

 

そして北上さんは、小さく――だが、はっきりと聞こえる様に言った。

 

「提督――」

 

 

 

心配する重さんの反対を押し切り、俺はすぐに島へと戻った。

 

「ったく……。いいか? 無理だけはすんなよ?」

 

「悪かったよ、重さん」

 

「悪いと思ってんなら、素直に俺の言う事を聞いておけってんだ」

 

重さんを見送り、寮へと向かおうとすると、門の方から明石と夕張が飛び出してきた。

 

「提督……!」

 

「明石、夕張」

 

「もう戻って来たの!? 大丈夫なの!?」

 

「あぁ、問題ない。ちょっとした頭痛だ」

 

「あんなに苦しんでて、ちょっとした頭痛な訳ないじゃないですか……!」

 

頭痛が起きた時、敷波が呼んできてくれた艦娘は、何故か明石であった。

明石なら治せるとでも思ったのか、それとも――。

 

「まあ、詳しくは後で話す。とにかく、大丈夫なんだ。今はとりあえず、皆が不安がっているだろうから、早々に寮へ向かいたい」

 

「……分かりました。とりあえず、荷物は預かりますね。怪我をしているんですから、無理しないでください……」

 

「あぁ、すまんな」

 

ふと、夕張に目を向ける。

心配しているような、怒っているような――色々な感情が混ざり合った表情をしながら、俺を支えてくれた。

 

 

 

寮に入ると、案の定、いつものメンバーが集まって来た。

 

「心配かけたな」

 

とりあえず事情を説明してやると、分かってんだか分かってないんだか――とにかく大丈夫だと伝えてやっても、皆は何かと不安がって、何をするにも大げさに介抱しようと努めていた。

 

「提督さん、その……おトイレに行くときは、仰ってくださいね……。鹿島がサポートいたしますから……」

 

「んなもん要るか……」

 

 

 

過剰な介抱も却って体に障ると大淀が言ってくれたおかげで、俺はようやく解放された。

 

「ありがとう。お陰で助かった」

 

「いえ」

 

「しかし、なんだってあんなに大げさなんだ」

 

「皆さん、よく分かっていないんですよ。自分たちは丈夫だけれど、人間はどうなんだろうって。親になりたての大人が、子供のちょっとした怪我などで大騒ぎするなんて話、よくあるじゃないですか。それと同じなんですよ」

 

「俺は子供ってか」

 

「まあ、年齢で言えば、おばあちゃんと孫……いえ、それ以上かもしれませんからね」

 

そう言うと、大淀は小さく笑って見せた。

 

「でも、雨宮さんも悪いんですよ。そんなに大げさに、包帯やら絆創膏をしているものですから。皆さんが心配するのも当然です」

 

「お前の為なんだぜ。こうでもしなけりゃ、傷口が隠れないんだよ。また血を見て倒れられても困るからな」

 

そう言ってやると、大淀は不意に俺の頬に貼られていた絆創膏をはがした。

 

「お、おい……」

 

「これくらいなら平気です。あの時は、流血していたからで……」

 

『血』ではなく、『流血』か……。

すると、佐久間肇が死んだ状況ってのは――。

 

「ん……」

 

大淀の細い手が、俺の頬にある傷を撫でた。

 

「大淀?」

 

「いつ見ても不思議です……。『修理』もしていないのに、傷がふさがっているなんて……」

 

そういや、艦娘はそうだったな。

しばらく観察に付き合ってやっていると、我に返ったのか、大淀は顔を赤くして、手を引いた。

 

「ご、ごめんなさい……。つい……」

 

「いや、構わんぜ」

 

永い沈黙が続く。

 

「雨宮さんは……」

 

「ん?」

 

「雨宮さんは……怖くないんですか……? そうやって傷ついて……いつか死んでしまうんじゃないかって……」

 

「まあ、これくらいじゃ死なんしな」

 

「でも、もしかしたらってこともあるじゃないですか……」

 

大淀は不安そうに俯くと、何かを思い出すかのようにして、目を瞑った。

 

「なんだ、心配してくれてんのか?」

 

大淀は答えなかった。

その意味が――その優しさが、俺には痛いほど伝わっていた。

 

「――お前が俺に、佐久間肇の影を見ているのは知っているんだ。そう気を遣って貰わんでいい。むしろ、正直に話したらどうなんだ」

 

大淀は顔をあげると、小さく笑った。

 

「そうやって、私の事を見通すところも、あの人にそっくり……」

 

そして、俺の手をとると、小さく言った。

 

「この手には、あの人と同じ血が通っている……。だから――」

 

その先を大淀は言わなかった。

それが答えだった。

 

「お前の気持ちは分かる。それを尊重したいって気持ちも、一応、俺にはあるんだ」

 

「でしたら……」

 

「だが、命をかけなければ、伝わらないこともある。俺は命を粗末にしているんじゃない。『生きる』って事は、ただ命を繋ぐことではないんだ。『生きる』ってのは、命を張ってでも、自分にとって大事なものを見つけ、守り抜くことなんだ」

 

「命を張ってでも……守り抜くこと……」

 

「それがどんなことでも構わない。家族や恋人、友人――自分のプライドでもいい。とにかく、自分にとって、命よりも大事なものを見つけ、守る。それが、『生きる』ってことなんだ。俺はそれを言葉だけの理解じゃなくて、実感してほしいんだ」

 

「だから、貴方は……」

 

「俺は不器用だから、伝わっているか分からないし、こういうやり方しか出来ん。お前を不安にさせてしまうかもしれないけれど、これが俺なんだ」

 

再びの沈黙。

大淀は手を離すと、俺の目をじっと見つめた。

 

「だとしたら……貴方の『生きる』とは、なんですか……?」

 

「え?」

 

「並大抵の決意ではないはずです……この島に来ようなんて……。ましてや、『娶り』等ではなく、艦娘全員を島から出すなんて、一体、何年かかるか……」

 

大淀の目が、追及の色を見せ始めた。

 

「貴方はこの島で『生きる』ことを決めた……。どうしてですか……? 貴方の本当の目的は何です……?」

 

「目的などない。俺はただ――」

「――知りたいんです!」

 

大淀の目が、はっきりと――そう、『俺』を見ていた。

 

「佐久間さんではない……貴方を知りたいんです……」

 

「大淀……」

 

「貴方は私に向き合ってくれました……。佐久間さんの事を誰よりも強く想っている、この私に……。以前も言った通り、貴方がそうするのなら、私も前に進もうと思っているんです……。でも……貴方はいつだって、寄り添ってはくれるけれど、自分の事を隠したまま……。私から寄り添っていこうにも、逃げて行ってしまう……」

 

潤むその瞳に、俺は心を打たれた。

 

「雨宮さん……」

 

永い、永い、静寂が続く。

時計の秒針が、煩いほどに――。

 

「――お前がそこまで寄り添おうとしてくれてるなんて、思ってもみなかった」

 

「私も驚いています……。けど、それほどに、貴方は――」

 

「――分かった。話そう。俺が何故、この島に来たのかを……」

 

大淀の目が、『俺』を見つめる。

その目は、きっと――。

 

「俺は――」

 

コンコン――。

その音に、俺も大淀も、心臓が飛び出るほどに驚いた。

 

「提督さん、鹿島です」

 

「お、おう。どうぞ」

 

思わず通してしまった。

 

「失礼しま……す……」

 

鹿島は部屋に入るなり、ただならぬ空気を感じ取ったのか、固まった。

 

「えと……お取込み中……でしたか……?」

 

俺が返事をするより先に、大淀が動いた。

 

「では、そう言う事で、よろしくお願いいたしますね」

 

大淀は目配せをすると、鹿島に挨拶し、部屋を出て行った。

 

「えと……大丈夫ですか?」

 

「え? あ、あぁ……。どうした? 何か用事か?」

 

「はい。実は、どうしても提督さんにご挨拶したいという子が居まして」

 

「ご挨拶?」

 

「敷波ちゃん」

 

鹿島の呼びかけに、敷波は恐る恐る部屋に入って来た。

 

「敷波」

 

恥ずかしいのか、スカートの裾をぎゅっと握ったまま、俯いている。

 

「どうした? 挨拶なんて」

 

敷波はやはり黙ったまま、俯いている。

鹿島に目配せをするが、返ってくるのは困った表情だけであった。

 

「……そういや、助かったよ。お前が明石に伝えてくれなかったら、俺は今頃駄目だったかもしれん。ありがとな」

 

そう言って、笑って見せる。

大抵の奴は、謙遜するなりなんなりで返してくるはず――とにかく、相手が何かを話し出すきっかけをつくったつもりであった。

――が、敷波の反応は、俺の思ったものとは違った。

 

「ご……」

 

「ご?」

 

「ご……さい……」

 

「え?」

 

「ごめんなっ……さいっ……。アタ……アタシの……せいでっ……う……うぅぅぅ……! うぁぁぁぁん……!」

 

今まで何度か、艦娘が涙するのを見て来たが、敷波の涙は、まるで子供の大泣きで――いや、子供ではあるのだろうけれど、しかしこれは……。

 

「お、おいおい……」

 

「敷波ちゃん!?」

 

俺も鹿島も、なぜ敷波が泣き出したのか分からず――とにかく、必死で宥めようと試みるが、敷波はいつまでいつまでも泣き続けた。

 

 

 

結局、宥めることはかなわず、疲れたのか、敷波は自然と泣き止んだ。

 

「敷波ちゃん……大丈夫……?」

 

敷波は小さく頷くと、ごしごしと目を擦った。

 

「あまり擦ると、赤くなるぜ。ほら」

 

ハンカチを渡してやると、小さく「ありがとう」と言って、再び俯いてしまった。

 

「……お前が何を謝っているのか、なんとなく見当はついたぜ。畑での事だろう?」

 

敷波は小さく頷くのみで、やはり顔をあげることはしなかった。

 

「お前の所為じゃない。俺が悪いんだ」

 

今度は首を横に振る敷波。

口で言えばいいものを忙しい奴だ。

 

「追い回していたのは事実だ。俺を見ていたから、交流するチャンスだと思ってな。結果として、あんな事になってしまった。だから、お前のせいではないよ」

 

敷波は、やはり首を横に振る。

何と言うか、案外強情な奴だな。

 

「……分かったよ。そこまで自分を責めたいのなら、勝手にしろ。だけど、それはお前の心の中に留めておけ。俺に謝るな。この件はもう終わったんだ」

 

「でも……」

 

「さ、この話題は終わりだ。鹿島、こいつの顔を洗ってやれ。涙でぐしゃぐしゃだ。俺はちょっと、家に戻る。急に出て行ったもんだから、色々やり残していることがあるんだった」

 

「え……? は、はい! しかし、お一人で大丈夫ですか?」

 

「心配ない。ちょっとしたことだから。じゃあ、頼んだぜ。敷波、またな」

 

俯く敷波の頭を撫でてやってから、俺は家へと向かった。

 

 

 

しばらく家でぼうっとしていると、案の定、敷波がやって来た。

 

「よう。やはり来たか」

 

そう言ってやると、敷波は驚いた顔を見せた。

 

「アタシが来ること……分かってたの……?」

 

「まあな。強情な奴に見えたから、きっと諦めも悪いのだと思ってな。それに、こうして二人っきりにならないと、話してくれないんじゃないかと思って」

 

「え……?」

 

「いや、多分、恥ずかしがり屋なんじゃないかと思ってな。違ったか?」

 

「ち、違うし……! 別に……恥ずかしがり屋とか……そんなんじゃ……」

 

何と言うか、分かりやすい奴だなと思った。

それでいて、夕張のような面倒くささというか――そういった何かを感じた。

まあ要するに、俺の専門分野ってやつだ。

 

「まあ座れよ。今度はちゃんと、言葉で聞かせてくれ。首を振るだけじゃなくてさ」

 

敷波は少しムッとした顔を見せたまま、縁側に座った。

 

 

 

チョコレートを渡してやると、敷波は素直にそれを受け取り、頬張って見せた。

 

「好きなのか? チョコレート」

 

敷波は顔を赤くして、小さく頷いた。

その仕草に、俺はふと、可愛げのあるやつだなと思ってしまった。

皐月や卯月、響――そのどれとも違う可愛らしさがあるというか……。

 

「な、なに……? アタシの顔に、何かついてる……?」

 

「ん、いや……。美味そうに食うもんだなと思ってな」

 

「そ、そう……」

 

再び顔を赤くする敷波。

何て言うか、思春期の小娘って感じだ。

思えば、こういったタイプの駆逐艦と接するのは、初めてかもしれない。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「アタシ……やっぱり……どうしても謝りたくて……」

 

「んー……。さっき言った通り、俺が悪いんだがな。どうしても自分のせいにしたいのか?」

 

「……アタシが悪いの。アタシ、本当は……その……し、司令……官……が気になってて……」

 

司令官と呼んでくれるのだな。

 

「俺が?」

 

「うん……。だけど、恥ずかしくて……。畑の時も、司令官が話しかけようとしてくれてたことは知っていたし、嬉しいと思ったけど……」

 

手を揉む敷波。

なるほど、そう言う事か……。

 

「つまりお前は、恥ずかしがらずに俺と接していれば、大井にあんなことをさせずに済んだのにって、思っているのか」

 

敷波は頷くと、悔やむように俯いた。

 

「なんだ、そんな事か」

 

「そんなことって……!」

 

「遅かれ早かれ、俺と大井はああなっていたんだ。それがたまたま、お前を絡めてしまっただけだ。俺の方こそ、そんな思いをさせてしまって、悪かったな」

 

「司令官……」

 

「この話はこれでおしまいだ。それが嫌なら、チョコレート、返してもらうぜ」

 

そう言って、既に半分以上無くなっている板チョコを指してやった。

 

「そ、そんなつもりで貰ってない!」

 

「でも、食ったのは事実だぜ。この島では、そういった甘いもんは貴重なんだろ? そんなものを俺がタダでやるとでも?」

 

敷波は再び顔を赤くさせた。

だがそれは、先ほどとは違い、しっかりと怒りを含んでいた。

その顔を見て、俺は――。

 

「可愛い奴だな、お前」

 

「なっ……! か、かわいくない! うぅ……もう……! いじわる……ばか……」

 

そして、再び――。

本当、表情をコロコロと変えて、忙しい奴だ。

 

 

 

寮に戻るまでの間、敷波は頻りに、まるで猫のように、ベシベシと俺を叩き続けた。

 

「お帰りなさい。あら? いつの間に仲良くなったのですか?」

 

「鹿島。あぁ、そうなんだよ」

 

ふと敷波を見ると、攻撃をやめ、まるで自分の事じゃないとでも言うように、そっぽを向いて寮へと帰っていった。

 

「俺だけだったかな。そう思っていたのは」

 

「ウフフ。私には分かりますよ。敷波ちゃん、ああいう子なんです。素直じゃないというか」

 

「なるほど。可愛いやつじゃないか。なんていうか、構ってやりたくなるような」

 

そう言って、敷波の背中を見送っていると、鹿島は下から覗き込むように、俺を見つめた。

 

「なんだよ?」

 

「提督さんのそんな顔、初めて見ました。提督さんってもしかして、ロリコンなんですか……?」

 

「んなわけあるか。可愛いって言っても、猫に抱くような「可愛い」だ」

 

「じゃあ、異性に対しては、どんな「可愛い」を抱くのですか?」

 

鹿島は興味津々だとでも言うように、俺に迫った。

 

「……さぁな」

 

「あ、逃げた! 待ってください! 提督さん!」

 

 

 

執務室に戻ると、夕張と明石、響がくつろいでいた。

 

「司令官……! 何処に行っていたんだい……!? 心配したよ……!」

 

怪我の事なんて忘れているかのようにして、響は俺に飛びついた。

 

「ぐえ……オイオイ、大げさだな。ただ用事があって、家に行っていただけだ」

 

「提督! そう言った用事は、私たちにお任せください! 傷口が開いたら、どうするんですか!?」

 

「そんなデカい傷はないよ」

 

「それでも、心配しちゃうんだから、少しは大人しくしててよ……」

 

『皆さん、よく分かっていないんですよ。自分たちは丈夫だけれど、人間はどうなんだろうって』

大淀の言葉が、思いだされる。

まあ、そうだよな。

心配しちゃうよな。

 

「あぁ、そうだな。悪かったよ」

 

大人しく座って見せると、三隻は安心したのか、同じように座った。

響はいつものように膝の上に座るが、どこか得意げな顔を見せていた。

動かない様に見張っている、とでも言いたいのかな。

 

「そういや、大井はどうした? 本土から戻ってから、一度も見かけていないが」

 

「提督が戻ってから、ずっと部屋にいるみたいです。やっぱり、流石の大井さんでも、罪悪感があるんじゃないですか?」

 

「どうかな。まあ、飯時になったら会えるだろう」

 

「会ってどうするつもりなのよ……?」

 

夕張の厳しい目が、俺を見つめていた。

 

「少し話をするだけだ。怖いことはしないよ」

 

「話すだけって言っても……! ねぇ……もうやめてよ……。あんなことがあったのに、どうしてよ……」

 

「大丈夫だ。お前の想像していることにはならないよ。ちゃんと秘策もあるんだ」

 

そう言っても、夕張は納得していないのか、険しい表情を見せていた。

 

「そう言って、結局怪我して帰って来たのはどこの誰よ……! 貴方はいつもそうじゃない……。一人で頑張って……怪我して……。少しは……心配する人の気持ちになったらどうなのよ……」

 

夕張は涙ぐむと、それを隠すかのようにして、部屋を出て行ってしまった。

 

「あ、おい夕張! ……行ってしまった」

 

「提督……」

 

「……やっちまった。心配してくれているのは、分かっているんだが……」

 

「夕張も、頭では分かっているんだと思います……。提督は大丈夫だって……。でも、本気でそれを信じることが出来るほど、夕張は――私だって、貴方を理解してないんです……」

 

「理解……か……」

 

「必死で理解しようにも、貴方はいつも遠くに居て……私たちを寄せ付けず、一人で戦い続ける……。それがもどかしくて――想えば想うほど、苦しくなって――……」

 

明石は言葉を切ると、仕切りなおすように、一呼吸置いた。

 

「夕張もきっと、同じ気持ちなんだと思います……。ですから、そう急がないでください……。私たちに、貴方を理解する時間をください……」

 

「明石……」

 

明石のお願いに、俺は自分の軽率な行動を悔いた。

 

「……悪かった。お前たちの気持ちを無下にしていた……。しばらくは、本当に大人しくしているよ。夕張にも、あとで謝っておく……」

 

「提督……」

 

「……駄目だな、俺は。思えば、ずっと心配してくれていたのにな……。俺を信じてついてきてくれたのに、それを裏切ることばかりしてきた……」

 

明石は何も言わず、俯くだけであった。

 

「司令官」

 

響は唐突に、俺の頬にキスをした。

 

「響……?」

 

「笑顔になるおまじないだよ。難しいことは分からないけれど、司令官には笑っていてほしいんだ。きっと、皆もそう思ってる」

 

明石も同じなのか、小さく頷いて見せた。

 

「そうか……。そりゃ、気が付かなかったな……」

 

笑顔で言ったつもりであったが、響は足りないと判断したようで、明石を見た。

 

「明石さんも、司令官にキスしてほしい」

 

「え!? そ、それは流石に……えと……」

 

明石はチラリと、俺を見た。

 

「してくれないのか?」

 

「し、していいんですか!? むしろ!?」

 

「フッ、冗談だよ」

 

自然と笑顔がこぼれる。

それが響の狙いなのかは分からないが、とにかく、ここ数日の焦りなどは、一気に吹き飛んだ。

 

「ありがとう響。お陰で元気になったよ」

 

「司令官」

 

「明石も、ありがとな。次はキスしてくれよな」

 

「からかわないでください! もう……」

 

拗ねる明石に、響は、その頬にキスをしてやっていた。

たまにはこうして、気を張らずに過ごすことも大事なのかもしれない。

そう思った。

 

 

 

夕飯時になり、食堂へ行ってみると、やはり大井は出て来ていた。

横目で俺を見ると、すぐにそっぽを向いてしまったが……。

 

「提督……」

 

「分かってるよ」

 

俺も同じように視線を外し、鳳翔の隣に座った。

 

「いつも悪いな。用意してもらって」

 

「いえ、好きでやっていることですから。それに……」

 

鳳翔は周りを確認すると、俺にしか聞こえないほどの小さな声で言った。

 

「こうしていれば、必ず提督が隣に座ってくれるじゃないですか。役得です。ふふ」

 

この前の告白から、鳳翔の行動一つ一つに策略が練り込まれている気がしてならない。

それほどに、鳳翔は地道に積み上げてゆくタイプであるし、事実、俺も意識せざるを得なくなっている。

 

「今度から自分でやろうかな。配膳」

 

「そういう意地悪も、何だか女として扱われている気がして、割と好きですよ」

 

無敵か。

そんな事を話していると、食堂に夕張が入って来た。

目が合うが、夕張はすぐに視線を外し、配膳へと向かった。

先ほどの事を謝罪しなければ。

そう思い、席を立とうとした時であった。

 

「こんばんは、司令官」

 

話しかけて来たのは、青葉であった。

その後ろには、陸奥もいる。

 

「ん、おう。青葉、陸奥」

 

「お食事、ご一緒してもよろしいですか?」

 

「あぁ、構わんぜ。ちょうど、向かいの席が空いてる」

 

そう言ってやると、青葉は唐突に、俺の飯を向かいの席の方へと持っていった。

 

「オイオイ、何してんだよ?」

 

「まぁまぁまぁまぁ……ちょっと立ってください」

 

「?」

 

素直に席を立ってやると、青葉は透かさず席を奪い取った。

 

「あ、おい!」

 

「正面が空いているじゃないですか。そちら、どうぞ」

 

青葉が退く気配もないので、俺は仕方なく向かいの席に座った。

 

「ったく、なんだってんだ……」

 

「陸奥さんも座ってください。司令官の隣、空いてますよ」

 

「う、うん……」

 

陸奥が俺の隣に座る。

青葉は何やら、満足気に頷いて見せた。

……なるほど、そう言う事か。

すると、芋掘りの時も――。

 

「いやぁ、それにしても、司令官と陸奥さんって、こうして並ぶと絵になりますねぇ」

 

そう言って、青葉は指でファインダーをつくり、覗いて見せた。

陸奥はと言うと、何やら恥ずかしそうに手を揉んでいる。

しかし青葉の奴、なんて露骨な……。

この前の陸奥の反応から、もしかして……とは思っていたが、青葉の行動でそれがはっきりと証明されたな……。

――まさか、その露骨さは策略なのか?

陸奥が俺の事をどう思っているのかを意識させるための……。

 

「鳳翔さんもそう思いますよね?」

 

「え、えぇ……そうですね……。とってもお似合いですね……」

 

鳳翔は困惑した表情で同意すると、横目で俺を見つめた。

そこにどんな感情が乗っけられているのかは分からないが、おそらくは――。

 

「それでは皆さん、集まりましたね」

 

大淀の掛け声で我に返る。

そうだ。

夕張に謝らなければいけないのであった。

 

「それでは皆さん、いただきます」

 

皆の復唱の後、俺が席を立つよりも先に、夕張は大淀に何か言った後、飯を持ってどこかへ行ってしまった。

 

「…………」

 

 

 

夕食後、青葉に強制連行され、陸奥の魅力をこれでもかってほどに詰め込まれた。

 

「見てください、この写真! 陸奥さん、とっても綺麗じゃないですか!?」

 

「あ、あぁ……確かに綺麗だな」

 

「でしょう? 陸奥さん、良かったですね!」

 

「あ、青葉……あんまり見せないでよ……。恥ずかしい……」

 

「恥ずかしくなんかないですよ! とっても綺麗で、とっても可愛らしいです! そうですよね? 司令官!」

 

「あぁ、そうだな……」

 

何て言うか、お見合いに気合いの入ってる母親と、消極的な娘みたいだ。

青葉は善意でやっているんだろうけれど、陸奥はどっちかって言うと、まだ自分の気持ちに整理がついていないというか、追いついていないというか……。

 

「それでですね?」

 

 

 

話は消灯時間まで続き、結局その日は、夕張に謝ることが出来なかった。

 

「やっと解放されたぜ……」

 

執務室に戻ってみると、大淀が待っていた。

 

「お疲れ様です。大変でしたね」

 

俺がどうして拘束されていたのか、大淀は知っているようであった。

 

「お陰で、陸奥の魅力を余すところなく知れたよ」

 

「この際ですし、娶りを考えてはいかがでしょう? 陸奥さんなら、きっと二つ返事ですよ」

 

「考えておく」

 

倒れるように座ると、大淀も同じように座った。

 

「悪いが、『記録』は明日でもいいか? 書くことがたくさんあって、とてもこれからじゃ……」

 

「ゆっくりでいいですよ。何も、毎日するものでもないんですから」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。佐久間さんの時は、まだ艦娘もたくさんいる頃で、お互いに忙しかったので、『記録』をつけていたんです。今はそんなでもありませんから」

 

「なるほどな」

 

「……それよりも、雨宮さんの『生きる』の事ですけど」

 

一気に空気が変わる。

 

「……あぁ、そうだったな。じゃあ……改めて――」

「――もういいんです」

 

大淀は、俺を安心させるかのように、小さく笑ってみせた。

 

「もういいって……」

 

「先ほどは流れで聞いてしまいましたが、やっぱり、雨宮さんが話したいと思った時に、聞くことにします」

 

「そりゃ……またどうして……」

 

「だって……話そうとした時の雨宮さんの顔は……どこか、辛そうでしたから……」

 

自分ではそんなつもりはなかったのだが――無意識なのだろうな。

 

「そんなに辛そうだったか?」

 

「えぇ、今も、少しだけ」

 

思わず、確認するかのように、自分の顔を触った。

 

「それに、雨宮さんは先ほど、大井さんに話しかけませんでした。貴方ならきっと話しかけるだろうと思っていましたが、踏みとどまってくれた」

 

「まあ……色々あってな……」

 

「きっと、貴方にも迷いがあるのだろうと思います。『生きる』という事に込める、その意味に対して……。だから、今は聞かないでおきます」

 

「大淀……」

 

「でも……いつかは聞かせてくださいね……」

 

「……あぁ、分かった」

 

「約束ですよ……」

 

差し出された小指に、約束を紡いだ。

いつか、か……。

その約束が果たされる時、俺は佐久間肇に対して、一体どんな感情を持ち合わせているのだろうか。

どう向き合っているのだろうか――。

許すことが、出来るのだろうか――。

 

 

 

翌朝。

昨日の事であまり眠れず、朝早くに目が覚めてしまった。

 

「はぁ……」

 

今日も昨日と同じで、少しだけ暖かい朝であった。

 

「これくらいの天気が、一年中続けばいいのだが……」

 

そんな事を一人で呟きながら、縁側でぼうっとしていると、門の方から誰かがやって来た。

 

「あ、起きてる」

 

そう言ったのは、敷波であった。

 

「敷波。どうした? こんな朝っぱらから」

 

「あー……うん……。その、さ……。司令官、怪我してるし……。何か、お手伝い出来ないかなって……思って……」

 

お手伝い。

こんな朝っぱらからか。

 

「気持ちはありがたいが、朝は特にやることはないんだ」

 

「え……そうなの……?」

 

「普通に朝食までの時間をこうしてぼうっと過ごすだけだ」

 

そこまで言って、『記録』を書いていないことに気が付いた。

 

「そうだ。そういや……」

 

「え! 何かあるの!? 何々!? アタシに任せて!」

 

目をきらめかせる敷波。

 

「あぁ、いや……大淀への報告書みたいなもんがあるんだが、それを書いていなかったと思ってな」

 

「あ……そう……」

 

今度はしゅんとする敷波。

何か手伝いたくて仕方がないという感じだ。

 

「そんなに手伝いがしたいなら、寮に戻って朝食の手伝いでもしたらどうだ? あっちも忙しいだろうに」

 

「あ、あっちは別に……人手が足りてるみたいだし……」

 

「じゃあ、寮の前の掃除でもしたらどうなんだ?」

 

「えと……こ、これから落ち葉の時期だし……まだ掃除してもしょうがないから……」

 

「じゃあ――」

 

それからも寮の方での手伝いを提案したが、何かといい訳をつけて断られた。

 

「お前、本当に手伝いがしたいのかよ?」

 

ついには黙り込んでしまう敷波。

どうやら、本当に手伝いがしたくて来たという訳ではなさそうだ。

 

「……本当は何をしに来たんだ?」

 

図星なのか、敷波の目が泳ぐ。

本当、分かりやすい奴だ。

 

「何か言いにくい事なのか?」

 

「ア、アタシは……本当に手伝いを……」

 

それでいて強情。

本当、分からんな……。

この年頃の女の子ってのは……。

――他の年頃の女の子が分かっているわけじゃないけれど。

 

「……分かった。俺は少し海辺を散歩してくるから、お前は話せるようになるまで、ここで考えをまとめておいてくれ」

 

「え……」

 

「じゃあ」

 

そう言って去ろうとすると、敷波はそれを止めた。

 

「ま、待って……! 言う! 正直に言うから!」

 

俺は再び縁側に座り、敷波の言葉を待った。

 

「あ……あのね……その……あぅぅ……」

 

何やら顔を赤くする敷波。

恥ずかしい事でも言うつもりなのか。

 

「やっぱり、まとまっていないようなら……」

 

「あ……ま、まとまってる……! まとまってるから、行かないでよ……!」

 

必死に止めようとするその姿は、俺のいたずら心をくすぐった。

 

「でもお前、早く言ってくれないと、朝食の時間になってしまうだろう。その間に、大淀への報告書を書かないといけないんだぜ」

 

「わ、分かってる……! ちょっとまって!」

 

こういうタイプの奴って、焦れば焦るほど、言いたいことをまとめられなくなってしまうんだよな。

本当、こいつは――。

……っと、遊んでる場合じゃなかった。

 

「分かったよ。いつまでも待ってやるから、落ち着いて話してみろ」

 

落ち着かせるように背中を撫でてやる。

敷波は恥ずかしそうに俯くと、深呼吸をして、震える唇で言った。

 

「ア、アタシ……!」

 

「うん」

 

「し、司令官っ……に……あ、会いに……来た……だけ……」

 

「俺に会いに来ただけ?」

 

頷く敷波。

俺に会いに来ただけ。

 

「……え? じゃあ、なんで手伝いをしに来たなんて言ったんだ?」

 

「そ、それは……その……」

 

「もしかして……俺に会いに来ただけって言うのが恥ずかしくて、照れ隠しで言ったのか?」

 

敷波は頷くことはせず、ただ顔を真っ赤にして俯いた。

 

「なるほど、だから寮の手伝いをあんなに拒んだのか」

 

「うぅ……」

 

「しかしなんだって、俺に会いに来たんだ? そんなに俺に会いたかったのか?」

 

敷波はしばらく黙り込んだ後、覚悟を決めたのか、ぼそぼそと語り始めた。

 

「最初は……どうせまたいなくなるし……全然気にしてなかった……。顔すらも見ようとは思わなかった……」

 

俺が島に来た時の事を話しているのか。

 

「でも……武蔵さんと決闘するって聞いて……気になって……見に行ったの……。そしたら……」

 

敷波が俺を見つめる。

だが、その瞳に、俺はいなかった。

 

「『司令官』にそっくりな人が、そこに居て……」

 

 

 

まるで、天国から地獄に落ちたかのような――俺の気持ちはどん底にあった。

 

「……『司令官』ってのは、佐久間肇の事だな」

 

敷波は驚いた表情を見せた後、小さく頷いた。

 

「……そうか。お前も、佐久間肇の事が好きだった奴なのか」

 

「す、好き……じゃないけど……」

 

「仲、良かったのか?」

 

その問いに、敷波は表情を曇らせた。

 

「違うのか?」

 

「『司令官』は、アタシと仲良くしてくれようとしてくれていた……。でも……アタシは……」

 

思い出すかのように目を瞑る敷波。

佐久間肇を思い出す艦娘たちは、皆、こうして目を瞑って思い出そうとする。

そしてその表情は、いつも――。

 

「本当は、『司令官』と仲良くしたかった……。でも、素直になれなくて……。人気者だったし……どうせアタシなんかって……。そうしている内に、『司令官』は……」

 

その先を敷波は言わなかった。

 

「なるほどな……。そんな中で、佐久間肇にそっくりな俺が来たものだから、過去を取り戻そうとして、俺に会いに来たって訳か」

 

正直、ちょっと傷ついている自分がいる。

響や大淀の時は大丈夫だったように思うが、なんだろう、敷波に言われると、心が抉られるというか……。

 

「ち、違う……!」

 

「え?」

 

「そんなんじゃない……。顔がそっくりとは言え、『司令官』はもういないし、過去はもう取り戻せないから……」

 

驚いた。

こんなこと言う艦娘は、初めてであった。

――いや、似たようなことは聞いたことがあるけれど、こうもきっぱりと言い切るってのは……。

 

「それに……確かに顔は似ているけれど、性格が全然違う……。『司令官』は意地悪なんて言わなかったし、もっと……落ち着いていたというか……」

 

これまた驚く。

「性格も似ている」と、散々言われてきたのに……。

 

「じゃあ……どうして俺に……?」

 

敷波は再び俯くと、今度は素直に語り始めた。

 

「武蔵さんとの決闘で……『司令官』そっくりだなって思った……。でも、すぐに全然違うって分かった……。武蔵さんを投げる司令官の顔は、とても怖くて……。あの武蔵さんですら、言葉だけで圧倒されていて……」

 

そんな怖い顔をしていたのか、俺は……。

 

「怖いと思った……。でも同時に、かっこいいって思った……。とっても強くて、いくら嫌われても、自分を曲げなくて……。いつの間にか、武蔵さんや鹿島さんも味方にしているし……ヒーローみたいだなって……」

 

ヒーローか……。

本当、意外な事ばかり言われるものだから、まだ床について夢でも見ているのかと錯覚してしまう。

 

「ずっと気になってた……。お話ししたいって……思ってた……。けど、やっぱり素直になれなくて……。でも、このままじゃいけないって……また後悔しちゃうだろうって……」

 

「……それで、精一杯考えた結果が、これって訳か」

 

恥ずかしそうに頷く敷波。

その姿に、俺は思わず笑ってしまった。

 

「わ、笑わないでよ……!」

 

「いや、すまん。お前の事を笑ったわけではないんだ。ただ……嬉しくてな。そんな純粋に俺を見てくれているなんて、思ってもみなかったからさ」

 

いつの間にか力の入っていた肩を落とす。

 

「そうか……。そういう理由で会いに来てくれていたのか。嬉しいよ。ありがとう、敷波」

 

「え……あ……う、うん……。どう……いたしまして……。えへへ……」

 

怒ったり泣いたり――色んな表情を見せる奴であったが、こうして笑っている時が、一番可愛らしい。

そう思った。

 

「そういう事なら、これからはたくさん話をしよう。遠慮はいらんぜ」

 

「本当……?」

 

「あぁ」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

それから敷波は、遠慮がちに話し始めた。

自分の事、島の事、俺の事――。

話し込むにつれ、徐々に笑顔を見せる様になり、時折からかいもいれたりしながら、夢中になって話した。

 

 

 

朝食の時間が近づいているのに気づき、俺たちは話しながら寮へ向かう事にした。

 

「それで、綾波は島を出たんだ。綾波、元気にしてるかな……」

 

「お前は一緒に行かなかったのか」

 

「行こうと思ったけれど……まだ、ちょっと勇気がなくってさ……」

 

きっかけがあれば、島を出る決意が持てるって感じだ。

皆と違い、複雑な心を持っているわけではなさそうだし。

 

「あ! 提督!」

 

寮から飛び出してきたのは、明石であった。

 

「あれ、敷波ちゃんと一緒だったんですか?」

 

ふと、敷波に目をやると、何やら恥ずかしそうに俺から距離を取っていた。

 

「あぁ、まあな。それより、どうしたんだ? 朝っぱらから慌てて……」

 

「あ、そうだった! 大変なんです! 夕張と大井さんが!」

 

 

 

寮へ駆けつけると、皆が輪になって集まっていた。

その中心にいたのは、夕張と大井であった。

 

「提督は、佐久間さんとは違います……! 大井さんも話してみれば、きっと――!」

 

「どうしてそこまであの男の肩を持つのよ……! まさか、あの男に惚れたって訳!?」

 

「違っ……! 論点をずらさないでください!」

 

「おい! 何やってんだお前ら!」

 

二隻の間に割って入る。

 

「提督……」

 

「……ッチ」

 

大井は舌打ちをすると、そのまま部屋へ戻っていってしまった。

 

「大井!」

 

追いかけようとする俺の手を夕張は止めた。

 

「夕張……」

 

「…………」

 

「……何があったのか、説明してくれるな?」

 

夕張はしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくりと頷いて見せた。

 

 

 

先に夕張を執務室に避難させ、俺と大淀で何とか場を治めた。

 

「悪いな。手間を取らせた」

 

「いえ、それよりも、早く行ってあげてください」

 

「あぁ、ありがとう」

 

執務室に入ると、夕張は部屋の隅で膝を抱えていた。

 

「……何か飲むか?」

 

膝に顔を埋めたまま、首を横に振る夕張。

 

「そうか……」

 

壁を背にして座り、夕張の言葉を待った。

 

「……ごめんなさい」

 

「何がだ?」

 

「さっきの事……。あと……昨日の事も……ごめんなさい……」

 

「……まあ、さっきの事はあれとして、昨日の事は、俺が悪いんだ。お前は心配してくれていたのに……無下にして悪かった……。ごめんな……」

 

夕張は顔をあげると、俺をじっと見つめた。

 

「明石に言われたよ。お前が心配してしまうのも無理は無いって。それだけ、まだ俺という存在を理解できていないんだって……」

 

明石の言った通りなのか、夕張は目を伏せた。

 

「だからしばらくは、お前たちに俺という存在を理解してもらうよう努力しようと思っている。大井との交流は、それからでも遅くない」

 

本当、昨日の俺は、何をそんなに焦っていたのだろうか。

 

「……昨日の事は、そう言う事だ。次はお前の番だぜ。一体どうしたってんだよ? 大井と何があったんだ?」

 

夕張は再び、顔を埋めてしまった。

 

「夕張」

 

「……貴方に協力しようと思って」

 

「協力?」

 

「この前、言ったじゃない……。私も協力するって……」

 

夕張が告白してきた時のことか……。

 

「だから……貴方の代わりに、私が大井さんを説得しようと思って……。貴方に……怪我をさせたくなかったから……」

 

「なるほどな……」

 

「余計なお世話なのは分かってる……。でも……私は……」

 

そう言って、夕張は黙り込んでしまった。

 

「そうか……。俺の為に……」

 

「けど、喧嘩になっちゃった……。大井さん、貴方の事を何も知らないのに、佐久間肇と同じだって……」

 

佐久間肇と……か……。

 

「それから、色々と貴方の事を悪く言われて……つい、カッとなって……」

 

「喧嘩になったって訳か……」

 

頷く夕張。

 

「本当にごめんなさい……。私のせいで……大井さん、ますます機嫌が悪くなっちゃった……」

 

「いや……悪いのは俺の方だ。俺がもうちょっと、お前たちの気持ちに寄り添っていれば、こんなことにはなっていなかっただろう」

 

「そんなことない……。私が勝手に、余計な事をしちゃっただけ……。貴方の為にって……私なら出来るって……勘違いしちゃっただけ……」

 

「だが――」

 

どちらも譲らないまま、時間だけが過ぎて行く。

このままじゃ埒が明かない。

 

「――俺もお前も、自分を許せない。なら、それでいいじゃないか。この話は、これでおしまいにしよう。これ以上は不毛だ」

 

そう言っても、夕張はあまり納得していないようであった。

 

「どうしても納得できないか……?」

 

小さく頷く夕張。

 

「……分かった。じゃあ、こういうのはどうだ? お前が納得できるように、何か罪滅ぼしをするってのは」

 

「罪滅ぼし……?」

 

「そうだ。実は、大井との交流に、秘策を思いついたんだ。それに、お前も加担してもらう。どうだ?」

 

「交流って……」

 

「まあ聞け。お前たちの心配に配慮した秘策だ」

 

俺はその秘策を夕張に説明してやった。

 

「――という事だ。これなら、大井も素直に言う事を聞いてくれると思うんだ。どうだろう?」

 

「……確かに、上手くいくかもしれないけれど、嘘だってバレないかしら?」

 

「もし嘘だと分かっても、俺に攻撃したら、それこそ本当になるんだ。あいつもその事を分からない訳じゃないだろう」

 

夕張は少し考えた後、膝を解いて、俺を見た。

 

「やってくれるか?」

 

「……うん。それで、罪滅ぼしになるのなら……」

 

「よし、決定だ」

 

「でも、約束して……。少しでも怪我をするようなことになるのなら……すぐに手を引いて……」

 

「あぁ、分かった。約束するよ」

 

俺が小指を差し出すと、夕張はそれに約束を紡いだ。

 

「この話はこれで終わりだ。明日から忙しくなる。お前もいつものように、明るく振る舞っておけよ。作戦にはそれが必要だ」

 

「うん……」

 

返事とは裏腹に、夕張の表情は暗かった。

ふと、響の言葉が思い起こされる。

 

「夕張」

 

「なに……?」

 

俺は夕張の頬に、軽くキスをした。

 

「へ……?」

 

「響が言っていた。元気が出るおまじないだそうだ。元気、出たか?」

 

夕張は唖然とした表情で、俺を見つめた。

暗い表情は、もうない。

 

「さて、朝飯だ。行こうぜ、夕張」

 

「え……あ……ちょ、ちょっと!」

 

おまじないが効いたのか、今日一日の夕張は、暗い表情を見せる事をしなかった。

 

 

 

「――あぁ、そうか。悪いな、協力してもらって」

 

『いいんですよ! 慎二さんにはお世話になりましたし、上官も二つ返事でした!』

 

あの上官が二つ返事か。

珍しいこともあるもんだ。

それだけ俺が信頼されているという事だろうか。

 

「そうか。じゃあ、明日の朝」

 

『はい! 派手なやつで行きますんで、ビビらないで下さいよ?』

 

「楽しみにしてるよ。それじゃあ」

 

電話を切ると、夕張が縁側の方から駆け寄って来た。

 

「どうだった……?」

 

「明日には来てくれるそうだ。上官も連れてくるってよ」

 

「なんだか大事になっちゃいそうね……」

 

「大事の方が、大井も信じるだろうよ」

 

大井がどんなリアクションをするのか、想像もできないぜ。

そんなことで夢想にふけていると、夕張が何やらもじもじとしだした。

 

「どうした? トイレならあっちだぜ」

 

「違う! その……今朝のキスって、どういう意味なのかなって……」

 

「元気が出るおまじないだ。それ以上の意味はない」

 

「……ああいうのは、簡単にしちゃ駄目だと思う」

 

「あぁ、分かってる。もう二度としない。悪かったな」

 

「そうじゃなくて……。はぁ……もういいわよ……。どうしてこんな人を好きになっちゃったのかしら、私……」

 

拗ねる様にそっぽを向く夕張。

 

「でも、元気は出たんだろ?」

 

「……どうかしら?」

 

そう言うと、夕張は、まるで元気がないとでも言うようにして、露骨に俯いて見せた。

 

「もう二度としないって言ったろ。それに、そんなブラフをかける奴が、元気じゃないはずがない」

 

「……いじわる」

 

夕張は短く舌を出すと、いつもの不機嫌を取り戻す様に、退屈そうな表情を見せた。

 

 

 

翌日。

敷波と響が、俺を起こしにやって来た。

 

「よう。今日は二人なんだな」

 

「響ちゃんが付いて来ちゃって……」

 

「違うよ。『敷波が』付いてきたんだ。私は敷波が司令官と仲良くする前から、起こしに来ていたんだ。そうだよね、司令官」

 

「まあ、そうだな」

 

響は敷波に、得意げな顔を見せた。

 

「別に……どっちが先とか、関係ないし……」

 

「重要だよ。ね、司令官」

 

「お前ら、朝っぱらから喧嘩するなよ」

 

「してないし! もう……なんだよ……ふんっ……」

 

と、敷波がそっぽを向いた視線の先に、何やら巨大な船がこちらへ向かっているのが見えた。

 

「え……な、なにあれ!? こっちに向かってきてない!?」

 

「本当だな」

 

「本当だなって……。わわ、本当に向かってきてる……」

 

本当、面白いリアクションを取るな。

大井もこれくらい驚いてくれればいいのだが……。

それにしても、本当に派手なので来たな……。

 

「雨宮さん!」

 

大淀が慌てた様子で、家を訪ねて来た。

 

「大きな船がこちらへ向かってきています! 何か聞いていますか!?」

 

「いや……なにも……」

 

「先ほどから、上陸する旨のサインを送ってきています!」

 

「マジか……!」

 

なんて、驚いてみたりする。

 

「司令官……」

 

「よし、向かってみよう」

 

 

 

大きな船が泊地に停まり、上官と付き添いの後輩四名ほどを連れて、島に上陸してきた。

艦娘たちも、何事かと、門の方に集まっている。

 

「ちょっとちょっと、何事!?」

 

夕張が飛び出してくる。

 

「いや、それが……」

 

上官たちは、堤防と島の境界付近で止まった。

 

「司令官……」

 

「敷波と響は、寮に戻ってろ。俺と大淀、ついでに夕張で対応する」

 

何故に夕張も?

そんな疑問を呈する余裕も無いのか、大淀はただ頷くだけであった。

当然、夕張も快諾する。

 

「よし、行くぞ」

 

 

 

近づいて行くと、上官はいつも以上に厳しい表情を見せた。

 

「上官、これは一体なんの騒ぎです?」

 

「それは君が一番よく分かっているのではないのかね?」

 

一見、本当に言われているような気がするほどに、威圧的な瞳が俺を見つめる。

 

「心当たりがありませんね……」

 

そこに、後輩が割って入ってくる。

 

「とぼけないでくださいよ先輩……。その怪我の事ですよ! 転んだだけだと言っていましたが、医大卒の俺の目はごまかせませんよ!」

 

医大卒、か。

船と同じ、デカい嘘を持ってきたもんだ。

後ろの同僚が笑いをこらえてるぜ。

 

「その傷は、意図的につけられたものだ! この島の艦娘にやられたに違いない!」

 

言うまでもないかもしれないが、これは全て演技だ。

俺が後輩や上官に頼んでおいた、大井との交流をもたらすきっかけになる演技。

 

「雨宮さん……」

 

大淀は、相手の言っていることに察しがついたのか、不安そうに俺を見つめた。

再び上官が前に出る。

 

「そういう事だ。君が何故否定しているのかは分からないが、我々はこの島の艦娘が、君に危害を加えたとみている。無論、その為の調査も行うつもりだ」

 

「なんだって!?」

 

っと、今のリアクションは露骨過ぎたか。

夕張が笑いをこらえている。

 

「手始めに、人に敵対している艦娘を洗う事にする。一番怪しいのは……そうだな……。大井とか……」

 

大淀が明らかに動揺を見せる。

 

「今日からしばらくは、海上より島を監視させてもらう。もし、危害を加えた艦娘が居るとするのなら、その艦娘には、すぐにでも島を出てもらう事になる。いいね……?」

 

「ちょっと待ってください……」

 

口を出したのは、大淀であった。

 

「そんな事をされては、艦娘たちが寮から出てこれなくなってしまいます……。そうなれば、監視もなにも無いのでは……?」

 

なるほど、いいところを突いてくる。

だが――。

 

「構わんよ。いつまでも寮に篭っていられるのならね。我々は確証を得られるまで、海上で監視を続けるつもりだ」

 

その意味が分かったのか、大淀は苦い顔を見せた。

 

「つまり……監視をやめさせるには、証明しろという事ですか……? 雨宮さんに危害を加えた艦娘はいないと……」

 

「そういう事になるな」

 

こういう時の上官の目は、演技とは言え、やはり迫力があった。

秘策を知っている夕張ですら、息を呑んでいた。

 

「大井さんは疑われてるわけだから……それを証明するって事は……! 大変、皆に知らせなきゃ!」

 

そう言って、夕張は寮の方へと走り出した。

 

「夕張さん! 待ってください! 皆さんにはまだ……!」

 

「放っておけ大淀」

 

「しかし……!」

 

「どうせバレることだ。大井が疑われている以上、大井自身が疑いを晴らさなきゃいけない。遅かれ早かれ、皆知ることになるんだ」

 

「そうかもしれませんが……」

 

納得していない大淀を横目に、俺は上官の前に立った。

 

「分かりました。証明すればいいのですね」

 

「物分かりが良くて助かる。我々は必ず、証拠をつかんで見せる」

 

「望むところです」

 

上官に目配せをする。

すると、上官は俺の耳元で、俺にしか聞こえない様に呟いた。

 

「勘違いするな。もしも交流が上手くいかなければ、その時は本気で大井を島から出すつもりだ……。分かっているね……?」

 

背筋が凍るような――冷や汗が一気にあふれ出した。

 

「では……」

 

去って行く上官に、俺はただ茫然と立つ尽くすことしかできなかった。

ふと、夕張の言葉を思い出す。

『なんだか大事になっちゃいそうね……』

 

「なっちまったよ……。本当に……」

 

何故上官が二つ返事だったのか、ようやくその意味が分かった。

 

 

 

寮に戻ると、作戦通り、夕張が皆に言いふらしていた。

無論、大井もその中に居た。

 

「大井さんが疑われているんです! 大井さんと提督に何かあったって分かったら……大井さんは……」

 

夕張の演技が光る。

が、今となっては、それに感心するどころか、本当にその通りなんだと、大声で叫びたくなる。

 

「大井さん……」

 

駆逐艦たちが心配そうに、大井を見つめる。

大井もどこか、動揺しているような――というよりも、絶望の表情を浮かべていた。

絶望の表情……か。

俺の想像していたリアクションは、もっとこう、悔やむようなものだと思っていたが……。

 

「雨宮さん……どうしましょう……」

 

「上官はやると決めたらとことんやる人間だ。マジで大井の疑いを晴らさなければ、一生をかけてでも、監視を続ける事になるだろうな……」

 

皆がざわつく。

寮を出られないってのは、流石に苦痛なのだろう。

退屈なこの島では、特に――。

 

「とにかく、大井の疑いを晴らさなきゃいけない……」

 

「でも、どうやって晴らすっていうのよ……。提督が「やっていない」って説明しても、無駄なんでしょ……?」

 

「あぁ、そうだな……」

 

「そんなの……どうすれば……」

 

夕張はチラリと大淀を見た。

 

「大淀さん……何かいい手はないですか……?」

 

どうだ、大淀……。

お前なら、必ず提案してくれるはずだ。

俺が――俺と夕張が考える、最善の手を……。

 

「一応……あると言えばあります……」

 

そう言うと、大淀は大井を見た。

大井も、それが何なのか、気になって仕方がないという感じだ。

 

「それは――」

 

大淀の提案に、皆、絶望の表情を見せた。

無論、大井も同じであった。

そんな中、俺と夕張だけが、心の奥底で、小さくほくそ笑んでいた。

 

「大井さんと雨宮さんが、敵対していない姿を見せる事――仲が良い事をアピールすることです……」

 

――続く

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