不死鳥たちの航跡   作:雨守学

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第8話

話は昨日に遡る。

 

「海軍に協力を仰ぐ」

 

それを聞いた夕張は、眉をひそめた。

 

「まあ聞けって。実は、大井の暴行の件は、海軍に報告しているんだ。問題ではあったのだが、初犯であったし、怪我も大したこと無かったから、見逃して貰ったんだよ。それを利用しようと思っている」

 

「利用するって……?」

 

「シナリオはこうだ。大井の暴行の件は、実は俺が海軍には報告しておらず、怪我は転んだか何かだと報告していたことにする。それを不審に思った海軍が、艦娘による暴行があったのだと疑い、島に乗り込んでくる。真相を暴いて、危害を加えた艦娘を処分してやるのだと宣言する。一番怪しい艦娘は、大井だとも言うわけだ。お前はそれを島の皆へ広めて、大井の耳にも入るようにする。大井がどう思うか、どう言うかは分からんが、少なくとも皆は大騒ぎするだろう。大井を守ろうとな」

 

「……なるほどね。それで大井さんも、大事になったと焦るって訳……」

 

「そう言う事だ。大井を守るために、無実を証明しなければならない。それには、俺との仲は良好なのだと、海軍にアピールしなけりゃならない」

 

「つまり、大井さんは貴方との交流を避けられなくなる……ね……」

 

夕張は大きくため息をついた。

 

「そんなにうまくいくとは思えないけれど……。第一、海軍が協力してくれるとは限らないし、大井さんだって、流石に怪しむと思うわ……」

 

「海軍の方は何とか手を回すことにする。こう見えても、人望は厚い方なんだ。大井が怪しむことも、想定してある」

 

「どうするって言うのよ……?」

 

「無実を証明する方法を誰かに提言してもらうんだ。大淀とか、提言してくれそうだし、大井も信用するんじゃないか?」

 

「そうかもしれないけれど……。大淀さんが協力してくれるとは、とても……」

 

「だから、作戦は伝えない。あくまでも、大淀自身から出た発想でないといけない。その方が自然だし、嘘ではないからな」

 

「……随分信用があるのね。大淀さんに……」

 

「あいつは優秀だからな。必ず提言してくれるはずだ」

 

「ふぅん……。そ……」

 

そんな事ですったもんだ話し合い、最後は「それで、罪滅ぼしになるのなら……」と夕張は協力してくれることになった。

 

「でも、約束して……。少しでも怪我をするようなことになるのなら……すぐに手を引いて……」

 

「あぁ、分かった。約束するよ」

 

こうして俺たちは、作戦を決行し、大淀はしっかりと提言をしてくれた。

事は順調に進んでいる。

だが、ここからが大変だ。

如何に大井の心に近づくことが出来るか……。

海軍や夕張の力ではなく、俺自身の実力が問われることになるのだ。

これを乗り越えることが出来たのなら、俺は大きな進歩を遂げることが出来る。

そんな気がする。

それほどに、大きな相手だ。

そうだ。

本当の戦いは、これからなんだ。

 

……まるで漫画の打ち切りみたいな締めだ。

 

 

 

 

 

 

『不死鳥たちの航跡』

 

 

 

 

 

 

「どうだ、大井の様子は?」

 

「あれから一度も部屋を出てきません……。置いておいた昼食も、手を付けていないようで……」

 

「そうか」

 

大淀の提言を聞いた大井は、絶望した表情のまま、部屋に閉じこもってしまっていた。

 

「とりあえず、今は様子を見よう。あいつなりに、色々考えているんだろうし」

 

「そうですね……。引き続き、様子を窺うようにします」

 

「あぁ、頼んだぜ、鳳翔」

 

鳳翔が部屋を出て行くと、夕張は窓枠に腰掛け、遠くに浮かぶ海軍の船に目を向けた。

 

「どうするのよ。このまま大井さんが出てこなかったら、本当に連れていかれちゃうんじゃないの?」

 

「そうなるかもな」

 

「そうなるかもなって……貴方……」

 

「だが、大井は必ず出てくる。どういう訳か、疑われていると知った時の大井の表情は、想像以上に絶望の色を見せていた。あいつにとって島を出るって事は、それほどに恐ろしい事なのだろう」

 

北上さんに話を聞いた時は、ただ単に、佐久間肇の事が嫌いで、反抗するつもりで島に残っているのだと思っていた。

だが、あの表情は――。

 

「まあ、それ以上に俺の事が嫌いだって気持ちがあるのなら、出てこないかもしれないけどな。島を出た方がマシってさ」

 

夕張はそれに、なんの反応も見せなかった。

優しさからなのか、それとも――。

 

 

 

結局、夕食の時間になっても、大井が現れることはなかった。

 

「あれ、今日はこれだけか」

 

食堂には、いつものメンバーしかいなかった。

 

「皆さん、不安になっているようで……。今日は部屋で食べるのだそうです……」

 

一人でいる方が不安になりそうなもんだがな。

しかし……そうだよな……。

不安にもなるよな……。

いつまでやるのか分からんが、海軍はマジでこちらを見張っているようだし……。

この作戦は、少しやり過ぎたか……?

 

「「司令官」」

 

重なった声は、響と敷波のものであった。

二隻とも、夕食を持ってきていた。

 

「なんだい敷波? 私が先に司令官に話しかけたんだ。後にしてくれないか?」

 

「ア、アタシの方が先だったし!」

 

「お前ら、また喧嘩してんのか……。それで、何の用だよ?」

 

「「一緒に食べよう」」

 

そう声が合うと、お互いに睨みだした。

本当は仲がいいんじゃなかろうか。

 

「司令官は私と食べるのが好きなんだ。そうだよね、司令官?」

 

「え……そうなの……?」

 

不安そうにこっちを見つめる敷波。

強情な割に、そこは信じてしまうのだな。

 

「そんな事、言った覚えはないぜ」

 

「じゃあ……私と食べるの……嫌なのかい……?」

 

今度は響が不安そうに――本当、仲のいいやつらだ。

 

「そうも言ってないだろ。とにかく、喧嘩はよせ。あっちの席が広く空いているから、三人で並んで食べようじゃないか」

 

そう言ってやると、二隻は納得のいっていない表情で、席を移動し始めた。

 

「そういう訳だ。悪いな、鳳翔。ちょっと行ってくる」

 

「え、えぇ……。行ってらっしゃいませ……」

 

それから俺は、ギャイギャイと喧嘩をする二隻に挟まれながら、夕食を摂った。

いつもよりも静かになるはずの食堂は、いつも以上に騒がしく感じられた。

 

「お前ら、なんやかんや言って、仲いいよな」

 

「「良くない!」」

 

 

 

消灯時間を迎え、家へと向かっていると、大淀に呼び止められた。

 

「大淀、どうした? 何か用事か?」

 

「いえ……その……少しだけ、お時間をいただけないかと思いまして……。お話ししたいことがあるんです」

 

「話? あぁ、構わんぜ。執務室に戻るか?」

 

「いえ、消灯時間ですし……海辺に出ませんか? 夜風にあたりながらでも……」

 

大淀がそんな提案をしてくるなんて、珍しいこともあったもんだ。

 

「分かった。その前に、上着を持ってきていいか? 今宵は冷える」

 

「では、先に海辺でお待ちしておりますね」

 

「あぁ」

 

大淀は微笑んで見せると、海辺の方へと歩いていった。

 

 

 

大きな流木に、大淀は座っていた。

 

「悪い。遅くなった。寒かっただろう?」

 

「いえ、寒さには慣れていますので」

 

そう言うと、大淀は座るスペースを空けてくれた。

 

「どうぞ」

 

「おう」

 

俺が座っても、流木はビクともしなかった。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

「その前に……雨宮さんから、私に話しておくことがあるんじゃないですか?」

 

「俺がお前に?」

 

「えぇ」

 

大淀は、水平線に目を向けながら、そう言った。

 

「別に、俺からは特にないけどな」

 

「本当にそうですか?」

 

綺麗なエメラルドグリーンの瞳が、俺を見つめる。

全てを見通すかのような、透き通った瞳。

 

「何が言いたいんだ?」

 

大淀はわざとらしく、大きくため息をついて見せた。

 

「いいんですよ……隠さなくて……。そりゃ、私を利用したことは……ちょっとムッとしますけど……。それも、大井さんの為という事でしょうから……」

 

そう言って、大淀は撤退してゆく海軍の船を指した。

あぁ、そういう事か。

本当、鋭い奴だぜ。

 

「なるほど……。お前はこう言いたいわけだ。海軍の一件、それに俺がかかわっていると」

 

「違うんですか?」

 

全てを知っている。

そんな瞳であった。

 

「根拠はあるのか?」

 

「夕張さんですよ。海軍が上陸してきた時、私はともかく、どうして夕張さんにまで対応にあたらせたのか……。あの時は気が動転していて、そんな事に気が回りませんでしたが……明らかに変ですよね……?」

 

「人数は多い方がいいと思ってな。たまたま居た夕張にも同行をお願いしたまでだ」

 

「……それだけではありません。海軍の話を聞いて、夕張さんが皆に知らせると言った事も変ですし、それを止めなかった貴方も変です。普通、混乱を避けるために、とりあえず内密にする事が正解です。わざわざ言いふらす事は、得策ではないんです……」

 

俺の言葉を待たず、大淀は続けた。

 

「そして、寮でのことです……。大井さんの疑いを晴らす方法……。貴方は分かっていたはずですよね……? しかし、貴方は言わなかった……。そして何故か、夕張さんが私に意見を求めた……。夕張さんも分かっていたはずです。大井さんに貴方との交流を迫った、夕張さんなら……。しかし、貴方も夕張さんも、提言しなかった――いえ、出来なかった。貴方はもちろんの事、夕張さんも、グルであることを疑われる可能性があったからです。だから、私に言わせた……」

 

大淀はまるで、犯人を追い詰める探偵の様に、俺に詰め寄った。

 

「昨日、夕張さんと大井さんが喧嘩をした後、貴方は夕張さんと二人っきりになる時間がありましたね。その時、この作戦の事を話されたのではないかと思います。そして、協力を求めた。違いますか?」

 

俺はしらばっくれる様に、遠くを望んだ。

 

「大井さんが暴行を働いたのは事実です。おそらく貴方は、その事を問題にしないよう、海軍を説得したのでしょう。そして、それを利用できるとも考えた。海軍が大井さんを疑っていると知れば、それを晴らそうとするのは必然であるし、私でなくとも、誰かが私と同じような提言をするのも必然でした。大井さんがそれを拒否しようが、交流を選ぼうが、貴方にとってはプラスにしかならない。そういうことですよね?」

 

全てを言い終えたというようにして、大淀は肩の力を抜いた。

 

「名推理だな。島を出て、探偵でもやったらどうなんだ?」

 

「はぐらかさないでください……」

 

大淀は答えを待つように、俺をじっと見つめた。

確信はしているが、どうしても俺に言わせたいようであった。

 

「……悪かった。その通りだ。お前を利用した……」

 

俺が謝ると、大淀は拗ねる様に頬杖をついて、そっぽを向いてしまった。

 

「別に……利用したことを怒っているのではありません……。どうして私には相談してくれなかったのか……そこに怒っているんです……」

 

「お前が協力してくれるとは思ってもみなかったからだ。それに、大井との交流を提言してくれるのは、お前だけだと思っていたし、お前が提言してくれれば、大井や皆も、信用すると思ったからだ」

 

大淀は、どういう反応をすればいいのか、困惑しているようであった。

信用されているが故に――というのが、こそばゆいのだろう。

 

「俺からは以上だ。バラすなりなんなり、後はお前の好きにしろ。俺は甘んじて受け入れる」

 

「……私がそんな事をするとでも?」

 

「どうかな。俺はまだ、お前が分からないでいるからな」

 

それには、色々な意味が含まれていた。

大淀もその事を分かっているのか、何も言わなかった。

 

「それで、お前が話したかったことってのはなんだ?」

 

そう聞いてやると、大淀は困った表情を見せた。

 

「どうした?」

 

「いえ……その……ちょっと、タイミングが悪いというか……」

 

「タイミング?」

 

「えぇ……」

 

何やら恥ずかしそうに手を揉む大淀。

 

「それは……なんて言うか……綺麗な夜景でも見れる場所で、とか、そういう感じのやつか?」

 

意味が分かったのか、大淀は慌てて訂正した。

 

「ち、違います! 別に、告白とかそういうのじゃ……」

 

「冗談だよ」

 

そう笑う俺に、大淀は少しムッとした表情を見せた。

 

「日を改めてもいいんだぜ」

 

「いえ……大したことではないですし……」

 

「なら、さっさと言ったらどうなんだ」

 

こう、ウジウジしている大淀も珍しい。

 

「その……ですね……。お話というのは……別に、話題は何でもいいんです……」

 

「なんでもいいって……。ただ話がしたかった、ってことか?」

 

「えぇ……まあ……」

 

これまた珍しい。

 

「それはつまり……どういう目的があって言っているんだ……?」

 

「ですから……先ほど、雨宮さんが言ったじゃないですか……。私の事、良く知らないでいるって……」

 

それを聞いて、ハッとした。

本当、珍しいこと続きだ。

 

「……そういうことか。そんな事で気を遣ってくれるなんて、思ってもみなかった」

 

「だから、タイミングが悪いと言ったのです……。雨宮さんの中の私って、何だかイメージ悪くないですか……?」

 

「まあ、最初に色々あったからな。でも、そういうイメージがあるからこそ、お前のその気遣いが、とても嬉しいと思っている俺がいるんだ」

 

そう返すこともまた、俺の意外な一面だったのだろう。

大淀はむず痒そうにメガネをかけなおした。

 

「お前の事を教えてくれるのか? それとも、俺の事を知りたいのか?」

 

それとも、或いは――。

 

「どっちもですよ……。私もまた、『貴方』を多くは知らないのですから……」

 

「……そうか。しかし、なんだってそんなこと」

 

「……なんででしょうね」

 

潮風が、大淀の髪を揺らす。

髪を梳く間に見えるその表情は、おそらく本人ですら、どういった感情によるものなのか、分からないのであろう。

 

「でも……知らなきゃいけない……知っておいてもらわなきゃいけない……そう思ったのです……。『記録』だけでいいと思っていましたが、それだけでは足りない……。そう、思ったのです……」

 

「大淀……」

 

「実際、私も貴方も、お互いの事、よく知らないじゃないですか。私は貴方にとって、堅物で、チクり屋で――こういう交流を持ちかけるのも、何か裏があるんじゃないかって――そう思われているわけですし」

 

大淀は「知っているのよ」とでも言うように、得意げにして見せた。

 

「なんだよ。良く知ってるじゃないか。俺の事」

 

「よく見てますから」

 

とは言ってくれているが、おそらく、俺の考えは、佐久間肇と被るのだろうな。

だからこそ、大淀は――。

 

「雨宮さん」

 

「なんだ?」

 

「今、こう思ったんじゃないですか? 私が貴方をよく知っているのは、佐久間さんと重ねるからだって」

 

思わずギョッとした。

こいつ、本当に……。

 

「……エスパーか、お前」

 

「違いますよ。あ、エスパーなのもそうですけど、佐久間さんと重ねていることも、です」

 

そう言うと、大淀は遠くを見つめた。

 

「確かに、重なるところはあります。けど、重ねれば重ねるほど、やっぱりちょっと、違うなって思うんです」

 

敷波にも似たようなことを言われたが、まさか、大淀にもそう言われる日が来るとは。

 

「それでも、貴方は佐久間さんに寄せて来て――その度に、違うところが見つかって――段々と、貴方という人が、分かって来たんです。まだ完全ではありませんけれど」

 

佐久間肇と比較するが故に、か。

それは、喜んでいいものなのだろうか……。

 

「私は、貴方が佐久間さんだったらって、無意識に思っていたのかもしれません。それを否定するような発見も、佐久間さんの意外性なら或いは……って、思っていたこともあるくらいですし……。でも、今は違う。貴方は貴方で、佐久間さんは佐久間さん。貴方が佐久間さんの息子だろうと、やっぱり佐久間さんとは違うんです」

 

俺に気を遣っての事か、はたまた、俺なんかとは違って、佐久間肇は偉大だと説いているのか……。

 

「ほら、また」

 

「え?」

 

「また佐久間さんと……って、考えていたのではないですか?」

 

「……どうして分かるんだ?」

 

「顔ですよ。前にも言った通り、辛そうな顔をするんですよ。だから、すぐに分かります」

 

俺は思わず、顔を触った。

 

「……貴方は、私が佐久間さんを忘れられないと――影にとりつかれているのだと思っているようですけれど、本当にとりつかれているのは、貴方の方なんじゃないですか?」

 

そう言われ、ハッとした。

 

「私は……『貴方が』思っているようなことは、思っていませんよ……」

 

そういう大淀は、どこか寂しそうであった。

 

「……そうかもしれないな。すまない……。俺が……俺こそが、佐久間肇の影にとりつかれているようだ……」

 

俺は大淀の目をじっと見つめた。

 

「ずっと、お前は俺を見てくれていないと思っていた……。けれど、本当に見ていないのは、俺の方だったんだな……。今になって、気が付いたぜ……」

 

そうか……。

そうだったのか……。

項垂れる俺の手に、大淀はそっと、自分の手を重ねてくれた。

 

「大淀……」

 

「私も、今になって、やっと分かりました……。どうして私が、貴方を知らなきゃいけないのか……知っておいてもらわなきゃいけないのか……。その理由を……」

 

大淀は、言葉をいったん呑み込んだ。

そして、意を決したかのように顔をあげると、少し顔を赤らめながら、言った。

 

「私は……貴方を『知らなきゃいけない』のではなく、『知りたい』と思っているのです……。貴方に『知っておいてもらわなきゃいけない』のではなく、『知っておいてもらいたい』と思っているのです」

 

大淀は「佐久間さんを忘れるために必要な事だったから、そう思ったのかもしれませんけど……」と、自分を落とした。

 

「今も佐久間さんを忘れられないのは事実ですし、時々貴方の影に、佐久間さんを見ているのも事実です……。でも、貴方がこの島に来た理由を話そうとしてくれた時、思ったのです。貴方もまた、私と同じ辛い思いをしているのだって……。だから、貴方が私に向き合おうとしたその行動の辛さも、また同じなんだって、分かったのです」

 

「だからお前は、こうしてくれているのか……?」

 

「何度も言っている通り、貴方が向き合おうとするのなら、私もそうしたいのです……。今までは、恩を返す為だって思ってきました。でも、今は、単純に貴方に向き合いたいと思っています。佐久間さんの息子ではない、雨宮慎二という一人の人間に対して……」

 

嘘偽りのない瞳であった。

だがそれは、同情による一時のものにも見えて――。

 

「…………」

 

だが、今は――。

 

「そうか……。ありがとう、大淀。お前がそう言ってくれるなんて、本当、嬉しいよ」

 

そう言う俺の顔を見て、大淀は驚いた表情を見せた。

 

「どうした?」

 

「いえ……なんて言うか、雨宮さんって、そんな顔するんだなって」

 

「どんな顔だ?」

 

大淀は少し考えるふりをした後、悪戯な表情を見せて「内緒です」と言った。

 

「フッ……なんでだよ」

 

大淀の気遣いで、俺は肩の力を抜くことが出来た。

 

「雨宮さん、貴方の事をたくさん教えてください。そして、私の事もたくさん知ってください」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

それから俺たちは、時間も忘れ、お互いの事を話し合った。

そこに、佐久間肇の話題は、一切出てこなかった。

大淀という艦娘と、雨宮慎二という人間。

一隻と一人。

まるで、世界には、その二つしかないように思われた。

それほどに、俺たちはお互いを理解することが出来たのだと思う。

全てではないにしろ、今の俺たちには、十分すぎる理解であった。

 

 

 

これ以上は踏み込み過ぎる話題になると、解散を提案した。

 

「すみません。こんな時間まで……」

 

「いや、とても有意義であった。お前の事を知れて、本当に良かった」

 

「私も、知れてよかったです。本当に」

 

海辺を歩く大淀の足取りは、どこかゆっくりとしていた。

俺の足取りも、また――。

 

「雨宮さん」

 

「なんだ?」

 

「大井さんの件、私にも協力させてください」

 

「え?」

 

「私の提案なら、大井さんも聞いてくれるって分かりましたので、雨宮さんの代弁者になりますよ」

 

「しかしお前……」

 

「私だって、このままではいけないと思っているんです。それに、きっと大井さんも同じことを考えて、雨宮さんに助けを求めてくると思います。雨宮さんだって、そう考えているのでは?」

 

確かに、大井がこのまま部屋にこもり続けるとは思っていない。

 

「大井さんはとても鋭い方ですし、雨宮さんと夕張さんだけでは、いつかきっとボロが出ます」

 

「お前なら上手くやれると?」

 

「えぇ」

 

自信に満ちた表情であった。

 

「……本当にいいのか? 一時の感情に流されるってのは……」

 

「そんな事ではないですよ。ただ……」

 

大淀はじっと俺を見つめた。

その表情は、とても可愛らしいというか――俺は思わず、ドキッとしてしまった。

 

「貴方なら、きっと――私はそれに、賭けてみたくなったのです。元々私は、そういう人たちをサポートするために、ここに居るのですから」

 

ハッキリとした理由は分からないままだが、とにかく今は、大淀の決意に身を委ねる方がいいのかもしれない。

そう思った。

 

「……分かった。お言葉に甘えさせてもらおう。頼んだぜ、大淀」

 

「はい!」

 

差し出されたその手を俺は力強く握り返した。

華奢で、少し冷たい手ではあったが、壊れることはなく――頼りになる手であった。

 

 

 

翌朝。

雨の音で目が覚める。

いつも来る駆逐艦二隻は、今日は来ないようであった。

 

「来なけりゃ来ないで、寂しいもんだな」

 

そんな事を一人呟き、身支度していると、大淀がやって来た。

 

「おはようございます」

 

「おう、おはよう。昨日は……」

 

昨日の事を言いかけると、大淀は何やら、睨みをきかせた。

黙っていろ、とでも言うように。

 

「朝食前にすみません。実は、お話があるという方が居まして」

 

そう言うと、大淀はそいつを呼んだ。

 

「大井さん」

 

「え?」

 

大井は俯きながら、門の方からゆっくりと歩いてきた。

 

「大井……」

 

「私は外した方が宜しいでしょうか?」

 

大井は首を横に振ると、不安そうに大淀を見つめた。

 

「……分かりました」

 

大淀は大井を縁側に座らせると、俺に目配せした。

俺も同じように座る。

 

「いや……びっくりしたぜ。一体、なんだって……」

 

「私も驚いています。今朝早く、大井さんからお話をいただきまして……。雨宮さんに話があるから、繋いでくれと……」

 

言葉とは裏腹に――驚く俺と違い、大淀の表情は冷静そのものであった。

予定調和だ、とでも言うように。

 

「話……ってのは?」

 

大井は膝の上で拳をつくると、考え込むかのように目を瞑った。

俺と大淀は、何も言わず、ただ大井の言葉を待っていた。

雨が次第に強くなって行く。

 

「ごめんなさい……」

 

開口一番に出た言葉は、謝罪であった。

 

「怪我……させたでしょ……。少し、やり過ぎたというか……」

 

少し、か……。

 

「いや……あれは俺が悪かったんだ。和を乱して悪かったな」

 

謝るためにここに来たという訳ではないのか、大井は、まるで俺の話を聞いていないようであった。

大淀もその事が分かっているのか、大井の新しい言葉を待っている。

 

「色々酷いことをして言うのもなんだけれど……助けて欲しいの……」

 

やはりそう来たか。

 

「助けて欲しいってのは、どういうことだ?」

 

「海軍よ……。私の事、疑っているって……」

 

予想通り、大井は話に乗って来た。

しかし、まさかこんなに早く決断するとは……。

やはり、大井は――。

 

「疑いを晴らしたいって事か」

 

大井は頷くと、顔をしかめた。

こんなことをあんたに頼むなんて、本当は嫌なんだ……とでも言うように。

 

「大淀さんの提案を呑もうと思っているの……。あんたと交流している姿を見せれば、海軍も私への疑いを晴らしてくれる……。そうですよね……?」

 

「確信はありませんが、今出来ることと言えば、それしかないかと……」

 

大淀がそう言うと、何だか本当にそれしかないように思えてくる。

まあ実際、そうなのだろうが……。

 

「雨宮さん、いかがでしょうか……?」

 

無論、その通りにするつもりだ。

するつもりなのだが……。

 

「…………」

 

先ほどから大井は、俺が二つ返事をしてくるものだと思って話しているようだ。

助けて欲しいとは言っているが、お願いをしているというよりも、それしかないから仕方なく……といった態度だ。

大淀をここに残したのだって、大淀が俺に泣きついてくることを知っているから――自分の代わりに発言してくれると確信しているからだろう。

その姑息さというか、追い詰められているのは自分なのに、まるで他人事のような――そんな偉そうな態度が――。

 

「気に入らないな」

 

「え……?」

 

「お前の言葉は、何一つ本物だとは思えない」

 

「は……?」

 

「あ、雨宮さん……?」

 

「協力は出来ない。お前が本気で現状を変えたいと思わなければな」

 

大井以上に驚いていたのは、大淀であった。

幸いにも、大井には見られていないようであった。

 

「話はそれだけか?」

 

大井はしばらく唖然としていたが、我に返ったのか、怒りの表情を浮かべた。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ! 何が、本気じゃない、よ!? 私は本気よ! そうじゃなかったら、あんたの所なんか……!」

 

「俺のところになんて来ないってか。それも気に入らんな。嫌々来ているという感じだ」

 

大淀も我に返ったのか、少し怒り気味で俺に迫った。

 

「雨宮さん……気に入らないからって、そんなこと……」

 

「それはお互い様だろ。俺はまだ、大井が何故、俺を目の敵にしているのか分からないんだぜ。俺からしたら、それは、気に入らないからと言われているのと一緒だ。違うか?」

 

大淀は、理解できないという表情を見せ、黙り込んでしまった。

 

「最初こそ、お前の為にと思っていたが、気が変わった。お前がその態度を貫くというのなら、俺もそうすることにする」

 

大井は俺の胸倉を掴んだ。

 

「大井さん……!」

 

割って入ろうとする大淀を俺は止めた。

 

「いいのか大井? 見てみろよ」

 

俺の指す方に、海軍の船が浮かんでいた。

 

「今度はしっかりと報告する。もう庇えないぜ」

 

大井は物凄い剣幕で俺を睨み付けると、そのまま突き飛ばした。

 

「いてて……」

 

「もういいわよ……。あんたに頼ろうとした私が馬鹿だったわ……」

 

「俺に頼ろうとしたのは正解だ。だが、お前の言う通り、お前が馬鹿だっただけだ」

 

大井は再び手を出そうとしたが、途中で止めた。

そして、何も言わず、傘もささずに出て行ってしまった。

 

「大井さん……!」

 

「放っておけ」

 

大井が完全に見えなくなったのを確認すると、大淀は俺を睨み付けた。

 

「何を考えているのですか……! せっかく大井さんが来てくれたというのに……!」

 

「それが間違っているんだ。来てくれたんじゃない。来なきゃいけなかったんだ」

 

「はい……?」

 

「あいつは知っていたんだ。あいつとの交流が、俺にとってプラスになることを。だから、あんな態度であったのだ。俺が断るはずがない。そんな安直な考えで、ここに来たんだ」

 

「そうだとしても、それが気に入らないからって……」

 

「気に入らなかったのは事実だ。だが、それ以外にも理由はある。そもそも、この作戦の本当の目的は、大井との交流ではない。大井が大井自身に向き合う事にあるんだ」

 

「大井さんが大井さん自身に……?」

 

「そうだ。あいつは、島を出ることに異様な拒絶を示している。その問題に向き合えなければ、作戦の意味がない。昨日、考えに考え抜いた結果が、今のような態度であったのなら、あいつは結局、その問題から逃げたという事になるんだ」

 

空が明るくなって行く。

どうやら通り雨のようであった。

 

「それに、仮に薄っぺらい交流をしたとしても、上官に見抜かれるだろう。交流の様子ではなく、俺の様子からそれを見抜く。そういう人なんだ」

 

「しかし、貴方から持ち掛けた作戦なんですよね……? だったら、貴方が止める事だって……」

 

「いや、もう俺の手を離れている。確かに俺が持ち掛けた。だが、上官は、俺が交流を成功させなければ、本気で大井を島から出すつもりだ」

 

「冗談ですよね……?」

 

俺は何も言わず、大淀の目を見つめた。

 

「……本当なのですか?」

 

「上官がこの島に来た時、耳打ちでそう言われた。もしそれが無かったら、俺は大井に今のようなことは言わなかった」

 

大淀はふと、海を見た。

雨はまだ降っているが、海軍の船は光の中にあった。

 

「……貴方の考えは分かりました。しかし、これからどうするというのですか……? あんなことを言っては、大井さんは……」

 

「いや、大井はまた俺に接触してくるはずだ。あいつは、何が何でも島を出たくないと考えているようだからな。きっと、今度は、態度を改めてくるはずだ。そうでなければ、また断る」

 

大淀は複雑そうな表情を見せた。

 

「まあ、そう言う事だ。協力してもらおうってのに、失望させて悪かった。そろそろ朝食の時間だろ。戻った方がいいんじゃないのか? 俺も身支度が済んだら、向かうよ」

 

そう言って、洗面所へ向かおうと立ち上がる。

 

「雨宮さん」

 

「なんだ?」

 

「私は、別に失望などしていません。ただ、悲しいと思っています……」

 

「悲しい……?」

 

「私を遠ざけようとしたじゃないですか……。失望なんてしていませんし、協力をしないなんて、私は言っていませんよ……」

 

大淀は、本当に悲しいと言うように、俯いて見せた。

 

「……そうだったな。悪かったよ。自分でも分かっているんだ。勝手やっているって。だからこそ、迷惑をかけまいと、避けてしまうんだ……」

 

「気持ちは分かります……。でも……」

 

「あぁ、分かっている。俺が少し、お前の優しさに慣れていないだけだ。傷つけて悪かった……。お前を頼りにしているよ。大淀」

 

「雨宮さん……」

 

「……少し待っていてくれないか。これからの事について、話したいことがあるんだ。寮に向かう途中にでも……どうかな……」

 

大淀は顔をあげると、少し恥ずかしそうに「もちろんです」と答えた。

俺もなんだか照れくさくなってしまって、そそくさと洗面所へと向かった。

 

 

 

食堂へ向かうと、大井は何事も無かったかのように座っていた。

俺を一瞥すると、すぐに視線を逸らした。

 

「提督、おはようございます」

 

「おはよう、鳳翔。お前らも」

 

向かいの席には、響と敷波が座っていた。

相変わらず、お互いに睨み合っている。

 

「提督、大淀さんと大井さんがそちらへ向かいましたよね? 何をお話しされたのですか?」

 

「あぁ……昨日、大淀が提言した件について、協力してくれと言われたんだ」

 

「そうでしたか! 良かったです……。では、これで全て解決ですね」

 

「いや、断ったんだ」

 

「「「え!?」」」

 

驚いた声が3つ。

鳳翔と敷波、そして響……ではなく、夕張であった。

 

「ちょっとちょっと! どういう事よ!?」

 

朝食の載ったおぼんを持って、夕張は俺に迫った。

 

「夕張、朝から騒がしいぞ」

 

「だって貴方……!」

 

俺は視線で大井を指した。

夕張はその意味が分かったのか、閉口した。

 

「皆さん揃いましたね!」

 

助け舟を出す様に、大淀はいつも以上に大声で、皆の視線を集めた。

 

「……訳は後で話す。今は大人しく座ってろ」

 

夕張は納得していない表情を浮かべながら、自分の席へと戻って行った。

 

 

 

朝食を済ませ、執務室へ向かうと、大淀と夕張が俺を待っていた。

 

「大淀、夕張」

 

「……大淀さんから全部聞いたわ」

 

大淀に視線を向ける。

 

「すみません。内緒にしていた方が良かったですか?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだが……」

 

今度は夕張に視線を向ける。

案の定、不機嫌になっていた。

 

「断った件、言い分は分かるけれど……どうするのよ……?」

 

「とりあえず、大井がどう出るのか、様子を見ることにする。おそらく、あいつはもう一度、接触して来るだろう」

 

「そうだとして、あの大井さんが低姿勢で来るとは思えないのだけれど……」

 

「その時はその時だ」

 

「その時って……」

 

空気を変える様に、大淀が割って入る。

 

「私も夕張さんと同意見です。その上で、大井さんのとる行動ですが、おそらくは――」

 

それから俺たちは、ああでもないこうでもないと、意見を言い合ったが、結論はやはり、大井の様子を見ることで落ち着いた。

まあ、そこはいいんだ。

問題は……。

 

「では、私はこれで」

 

大淀が去って行くと、夕張はむすっとした表情で俺を睨み付けた。

 

「なんだよ?」

 

「……どうして大淀さんが知ってるのよ。この作戦……」

 

「仕方ないだろ。バレちまったもんは……。そもそも、バレた原因は、お前にあるんだぜ? お前の演技があまりにもヘタクソだったから……」

 

「だとしても、しらばっくれたら良かったじゃない。わざわざバラすなんて……」

 

そう言うと、夕張は急にセンチメンタルになったのか、膝を抱え始めた。

 

「でたな」

 

「でたとか言わないでよ……」

 

こうなると、面倒くさいんだよな……。

 

「なんかさ、大淀さん……貴方の事を相当信頼している感じだったけれど……。昨日の夜、何を話したのよ……?」

 

「別に。大した話じゃない。お互いの事、よく知らないもんだから、話をしただけだ」

 

「大淀さんが貴方の事を? ふぅん……。今までそんな態度、とったことないのに……。どういう心境の変化かしら……?」

 

「さぁな」

 

俺はあえて、冷たく対応することを選んだ。

案の定、夕張は不安そうな表情で俺を見つめた。

 

「……面倒くさいって思ってるでしょ」

 

「あぁ、思ってる。何て言うか、彼女だったら、束縛してきそうなタイプだなって」

 

「彼女出来たことあるの……?」

 

「……ない」

 

「ないのに、そんな偉そうなこと言っちゃうんだ……」

 

俺はわざとらしく、大きなため息をついて見せた。

 

「……ごめんなさい。なんか、不安になっちゃうのよ……。今までこんなこと、なかったのに……」

 

「……まあ、気持ちは分かるぜ。お前、一人でなんでもこなそうと考えて来たような奴だろ。そういう奴は、自分だけではどうにもならなくなると、そうやってウジウジしだすんだ。特に、他人の心情による問題に突き当たった時、そうなるんだ」

 

「……よく知ってるじゃない」

 

「今適当に考えたんだ。案外当たるもんだな」

 

そう言って笑ってやると、夕張も膝を解いて、小さく笑った。

 

「元気出たか?」

 

夕張は答えることなく、ただ窓の外に目を移した。

 

「夕張?」

 

「なーんかさ……私って、いっつも貴方に慰められてて、嫌になっちゃった……」

 

「なんだそりゃ」

 

「貴方が遠くに感じられるって言うか、貴方に近づきたいとか、貴方の為にって思う事、全部誰かにとられちゃうっていうかさ、私の手を離れて行っちゃうって言うか……」

 

結露した窓に、夕張は指で落書きを始めた。

 

「前にもそんな話をしてなかったか?」

 

「そうだっけ?」

 

「あぁ、そん時は、なんか勝手に納得していたけれど」

 

「あぁ、そう言えばそうだったわね」

 

夕張が告白してきた時の事だ。

 

「あの時みたいに、勝手に元気になれよ」

 

「そうしたいのだけれど、貴方があんなことしたじゃない?」

 

そう言うと、夕張は再び膝を抱えた。

しかしそれは、先ほどとは違う意味が込められていた。

 

「あんなことってなんだよ?」

 

「とぼけないでよ。ほら、ここに、ちゅって」

 

そう言うと、夕張は自分の頬を撫でた。

少しニヤけた顔をしながら

……あぁ、そういうことか。

 

「その演技をあの時できていたら、大淀にもバレずに済んだのかもな」

 

俺は馬鹿馬鹿しくなって、立ち上がった。

夕張は、俺に『おまじない』をさせるため、ひと芝居うったようであった。

 

「演技じゃないわよ。本当に不安になったのよ。大淀さんと貴方、いい感じだって思っているし」

 

「あまり俺に体力を使わせないでくれ……。ただでさえ、病み上がりなんだからよ……」

 

「自分は大丈夫だって言っていたじゃない」

 

「それは怪我の具合の話だ。精神的には疲弊しているんだよ……」

 

「ふぅん。とてもそうは見えないけれど」

 

そう言うと、夕張はニヤニヤとし出した。

 

「……なんだよ? 気持ち悪いな……」

 

「いえ、なんていうか、やっと私のペースに持ってこれたなって。私の手に戻ってきた感じ?」

 

「なんだそりゃ……」

 

夕張は嬉しそうに笑って見せると、明石に呼ばれて執務室を出て行った。

本当、悲しそうにしたり嬉しそうにしたり、よく分からない奴だ……。

 

「ったく……フッ……」

 

だが、そうやって振り回されるのも――。

 

「いや、やっぱり疲れるわ……」

 

 

 

癒しを求める様に、俺は、外の水たまりで遊ぶ駆逐艦たちの様子を古びたベンチに座って見つめることにした。

 

「提督さん」

 

「鹿島」

 

「隣、宜しいですか?」

 

「あぁ、構わないぜ」

 

鹿島はニコッと笑って見せると、そっと俺の隣に座った。

 

「昨日、不安に駆られていた奴らとは思えんな」

 

「まだ不安なのでしょうけれど、立ち直りは早い方なんです。あの子たち。提督さんに慣れるのだって、早かったじゃないですか」

 

慣れるのが早い……か。

俺としては、永い方だったのだがな……。

 

「そう言えば、聞きましたよ。大井さんとの交流を断ったそうですね」

 

「あぁ……まあな……」

 

「理由は何となくわかります。私も同じような感じで、提督さんとぶつかりましたから」

 

そんな事で鹿島と話していると、急にベンチが沈んだ。

俺の隣に無理やり誰かが座ったようであった。

駆逐艦の誰かかと思って目を向けると――。

 

「……噂をすれば何とやら、だな」

 

大井は俺に視線を向けず、ただ駆逐艦たちの方を見つめていた。

 

「大井さん……」

 

「どうした? 態度を改めたのか?」

 

「別に……。私はただ、駆逐艦の様子を見に来ただけよ……。あんたが変な気を起こさない様にね……」

 

……なるほど。

そう来たか……。

 

「読めたぜ。本命は、俺と居るところを海軍にアピールするため、だろ?」

 

大井は答えなかったが、鹿島は純粋に驚いていた。

 

「そんな事をしても、意味はないぜ。やつらにはすぐバレる。それに……」

 

俺は鹿島の手を取った。

 

「て、提督さん!?」

 

「行こう鹿島。おーい、お前ら! 俺らもまぜてくれよ!」

 

駆逐艦たちは「いいよー」と返事をしてくれた。

 

「俺はお前を徹底的に避けるぜ。行くぞ、鹿島」

 

「は、はい!」

 

心配そうに見つめる鹿島と違って、俺は一切、大井に目を向けることはなかった。

 

 

 

お昼になり、駆逐艦たちは寮へと帰っていった。

 

「大井さん、いつの間にか寮に帰ったみたいですね……」

 

「そのようだな」

 

鹿島は急にムッとした表情を見せた。

 

「なんだ?」

 

「提督さん、さっきは言えませんでしたが、急に手を掴まないで下さい……。びっくりしちゃいました……」

 

「あぁ、悪い……。咄嗟の事で……。嫌だったか?」

 

「嫌……ではないですけれど……。私だって……女の子なんですよ? もっと丁寧に扱っていただかないと……」

 

「悪かったよ。すまない……」

 

「……提督さんには、女の子を丁寧に扱う練習が必要かもしれませんね」

 

そう言うと、鹿島は手を差し出した。

 

「今度は優しくしてください。寮まででいいので」

 

「あ、あぁ……分かった」

 

俺は鹿島の手を取った。

今度は優しく、誘導してゆく。

 

「そう、お上手ですよ。提督さん。うふふ」

 

何が嬉しいのか、鹿島は終始、笑顔でいた。

俺はなんだか照れくさくて、鹿島の顔をまともに見れずにいた。

 

 

 

昼過ぎになると、今度は執務室に大井はやって来た。

 

「おう、どうした? 流石の海軍も、執務室は見れていないぜ?」

 

「違うわよ……。その……分かったわよ……」

 

「分かった? 何がだ?」

 

「態度! その……私の態度が悪かったのを認めるわ……。ごめんなさい……」

 

「それで?」

 

「それでって……。だから……その……私にかかっている疑いを晴らすために……協力して……ください……」

 

そう言うと、大井は俯いてしまった。

 

「どうしてそこまでして、疑いを晴らしたい? いや……どうしてそこまでして、島を出ることを恐れているんだ?」

 

「……それは、あんたには関係ないでしょ。協力してくれるのかしてくれないのか……どっちなのよ……?」

 

「しない。お前がその理由を教えてくれるまではな」

 

そう言ってやると、大井の態度は一変した。

 

「はぁ!? ふざけんな! こっちが下手に出ているからって、調子に乗ってんじゃないわよ!」

 

「本性現したな。やっぱり態度を変えてないじゃないか」

 

「あんたがその態度なら、私だって変える気はないわよ!」

 

「なら、話はこれで終わりだな。帰れ」

 

シッシと追い払うジェスチャーをしてやると、大井は凄い剣幕で部屋を出て行った。

入れ替わるように、大淀と夕張が訪ねて来た。

 

「聞いてたわよ……。貴方……一体どうしたいって言うのよ? まさか、ただ大井さんをからかっているだけじゃないでしょうね……?」

 

「そんなことはしていない。あいつに言った通り、理由を話してくれない限り、協力はしない」

 

「雨宮さんもそうですけれど、大井さんも中々ですね。これは、どっちかが折れるまで終わらないのでは?」

 

「かもしれんな」

 

「かもしれないって……。はぁ……じゃあ、もう私たちに出来る事ってないじゃない……」

 

「夕張さんの言う通りかもしれません。私たちに出来るのは、大井さんか雨宮さん、どちらかが折れた後の事でしょうね」

 

大淀がそう言うと、夕張は大きくため息をついた。

 

「さっさと折れたらいいじゃないのよ……。提督も強情よね……」

 

「そういう人なんですよ。そこが強みなのでしょうけれど」

 

大淀の言葉に、夕張はムスッとしていた。

 

「とにかく、ここからは気力の勝負だろう。時間が進めば進むほど、あいつも焦ってくるはずだ。こっちが焦る必要はないだろう」

 

とは言え、上官側が何を仕掛けてくるか分からない以上、こっちとしては焦りたい気持ちもあるのだがな。

 

 

 

それから数日間、俺と大井の攻防は続いた。

大井は駆逐艦を使って、俺との交流を図ったが、敷波のリークにより、それは阻止された。

また、周りの奴らに情で訴えかけたらしく、それに引っかかった明石や武蔵、響以外の第六駆逐隊などが俺の説得を始めていた。

 

「可哀想だとか、そういう問題じゃないんだ……。悪いが、ここは俺に協力してくれないか? これも大井の為なんだ……」

 

大井の情に流されるような奴らだ。

俺の情にも簡単に流され、大井の計画はまたも破綻した。

 

「いい加減に話したらどうだ? こうしている間にも、刻一刻と時は過ぎて行くんだぜ」

 

そう気まぐれに説得してみたが、大井は諦めなかった。

今度は、大和や鈴谷などの反対勢力を味方につけたようで、俺を非難する垂れ幕をつくり、海軍へ向けてそれを掲げようとし始めた。

が……。

 

「そんな事をしては、大井さんが雨宮さんと敵対しているのだと主張するようなものです」

 

との、大淀の冷静なアドバイスもあり、これも断念。

なすすべがなくなって行く大井は、日に日に絶望の表情を浮かべるようになっていった。

 

 

 

そんなある日。

上官が俺を呼び出した。

 

「期限を設ける……?」

 

「そうだ。いつまでもこのままではいけないと思ってね。監視をするのにも金がかかるし、世間も、ここ最近の我々の行動を怪しんでいる」

 

「……期限はいつまでですか?」

 

「二日間、明日と明後日の二日間だ。それ以上はない」

 

「二日間……!? そんな……。まだ十日ほどしか経っていないし、二日間ってのは……あまりにも……」

 

上官の鋭い瞳が、俺を突き刺した。

 

「『まだ』十日……? 十日間も海軍を動かして、まだとはどういうことかね……? 君はいつから、そんなに偉くなったんだ……?」

 

俺は思わず、息を呑んだ。

 

「成果をあげられなかったのは君の責任だろう? それを時間のせいにするのかね……? しかも君は、時間を与えなかった我々を責めようというのか……?」

 

「い、いえ……そんなことは……」

 

「そんなことはなんだね? いいかね……? 私は、君に期待して、上層部をごまかして、今回の作戦を決行したんだ。それが失敗に終わるならまだしも、我々のせいにしようとは……」

 

俺は何も言えず、ただ俯いていた。

 

「とにかく二日間だ。二日間で大井と交流ができなければ、彼女は強制的に島を出ることになる。彼女の暴行は、君の体が証明してくれているから、庇うことは出来ないよ」

 

そう言い終えると、上官は窓の外に見える島を見つめた。

 

「しかし、良かったじゃないか。大井が島を出れば、君の功績は大きなものとなるだろう。出世、間違いなしだ」

 

それからどうしたのか、よく覚えていない。

気が付くと俺は、島が良く見える堤防の上で、潮風にさらされながら、ただぼうっと座っていたのであった。

 

 

 

一刻も早く島に戻りたかったが、船の調子が悪いようで、俺は本部のカフェで待たされることとなった。

 

「お、雨宮君じゃん。珍しいね。こんな時間に」

 

「北上さん……。いや、船の調子が悪いようで、戻れないんです……」

 

「そうなんだー。んじゃ、船が直るまで付き合うよ。あたし、今日から三日間、『検査』でここにいることになってさー、暇なんだよねー」

 

『検査』、か。

島を出た艦娘は、定期的に『検査』に呼ばれる。

やっていることは人間の健康診断と変わらないが、意味合いとしては、データを取っていると言った方が正しいだろう。

 

「ほい、コーヒー。あたしの奢りー」

 

「あ、どうも……」

 

北上さんは自分のコーヒーを啜ると、俺の隣にドカッと座った。

 

「で? どったのよ?」

 

「え?」

 

「なんか、元気無さそうじゃん。こんなあたしで良かったら、相談に乗るよ?」

 

解決しないかもしれないけど、と北上さんは付け加えた。

話したいのは山々だったが、今回の作戦は、北上さんどころか、一部の海軍にしか知られていないことであった。

 

「いや……なんでもないです。なんて言うか、ちょっと疲れているだけですよ」

 

そう言う俺に、北上さんは小さくため息をついて見せた。

 

「嘘は感心しないなー」

 

「え?」

 

「まー、なんてーの? 隠さなきゃいけないことがあるって事なんだろうけどさ、何でもないってことはないっしょ」

 

見透かしているかのような瞳。

大淀のものとは違い、じわじわと距離を詰められているような――あまり心地の良い視線ではなかった。

 

「……大井っちのこと?」

 

俺は何も言わなかった。

だが、それが答えだと北上さんも分かっているのか、それ以上問い詰めることはしなかった。

 

「……あたしと大井っちはさ、昔から仲が良かったわけじゃないんだよね。どっちかって言うと、ライバル……みたいな?」

 

北上さんは思い出すかのように、目を瞑った。

 

「あたしと大井っちに実力の差はなかったんだけど、海軍の評価は別でさ。あたしの方が上だって言われていたんだー。大井っちはそれが許せなかったみたいで、よく勝負を挑まれたっけ」

 

聞いたこともない話であった。

 

「勝つのはいつもあたしだった。大井っちは、悔しくていつも泣いていた。『自分がここにいるのは、戦う為だ』『誰にも負けてはいけない』ってさ……。そんなある日、近海で深海棲艦が攻めてくることがあって、あたしと大井っちは、一緒に出撃することになったんだ」

 

「もしかして……大嵐だったという……」

 

「そう、それ。戦ってる途中、すっごい嵐が来てさ――」

 

北上さんが話してくれたその戦いは、歴史の本で読んだことがある。

だが、本に書かれていたこととは違って、幾分かマイルドな内容に聞こえるのは、北上さんが話すからだろうか。

 

「――お互いに酷い格好で帰還して、安心したのもあってか、笑い合うことが出来てさ、それからよく話すようになったんだ。後から聞いたことなんだけど、大井っちはずっと、あたしに勝ちたいと思う反面、憧れを抱いていたみたいでさ、慕ってくれるようになったんだよね」

 

大井は北上さんに対して、かなりご執心だったと聞くが、それが理由だったのか。

 

「二人で色んな困難を乗り越えて来た。空母と雷巡が二杯ずつ、戦艦が一杯、しかも、旗艦は駆逐艦って、無茶苦茶な編成の時もあってさ――」

 

北上さんは、本当に嬉しそうに、大井とのエピソードを語った。

 

「――まー、なんてーの? そうやってさ、最初はぶつかっていたあたし達だったけど、最終的には仲良くなれたからさ、きっと、雨宮君も同じようになれるよって話」

 

どうやら、北上さんなりに励ましてくれたようであった。

 

「北上さん……」

 

「大井っちも、なんやかんや言って、雨宮君の事が気になってると思うよ。あたしと大井っちは、似たようなところがあるからさ」

 

そう言うと、北上さんは俺をじっと見つめた。

 

「北上さん?」

 

「……ん、なんでもない。そういえば雨宮君さ、あたしに対して敬語じゃん? いい加減、タメ口で話してよー。山風にだってそうしてるじゃん」

 

「タメ口ですか……。そんな、恐れ多いですよ……」

 

「いいじゃん。大井っちにもタメ口なんでしょ? だったらさー」

 

北上さんは詰め寄ると、逃がさないと言うようにして、俺の肩に腕を伸ばした。

 

「……分かりました。じゃあ……タメ口で……話す……」

 

「ん、いいねー。あたしの事も、これから呼び捨てね?」

 

「はぁ……分かりました……」

 

「分かった、でしょ?」

 

「……あぁ、分かったよ。北上……」

 

「ん、よろしい。二ヒヒ」

 

それから北上さん……北上は、何が嬉しいのか、満面の笑みで俺との会話を楽しんでいた。

きっと北上は、俺を佐久間肇に重ねているのだろう。

複雑な気分ではあるけれど、北上が満足なら、それでいいかな。

 

「なんか、もう友達って感じじゃん? あたしたち!」

 

「あぁ、そうだな」

 

友達にもなれたしな。

 

 

 

結局、島に帰れたのは、夜になってからであった。

迎えてくれたのは、なんと、大井であった。

 

「お帰りなさい、提督」

 

つくったような笑顔に、俺も重さんも苦笑いしてしまった。

 

「重さんは海軍の人間じゃないんだから、アピールしたところで無駄だぜ。海軍も、今日はもう港に戻っている」

 

そう言ってやると、大井はいつもの調子を取り戻した。

 

「あっそ……。迎えに来て損したわ……」

 

「そうかもしれないな」

 

重さんを見送る間、何故か大井は待っていてくれた。

 

「さて……」

 

「……ねぇ」

 

「ん、なんだ?」

 

「あんた……いつまで意地を張っていくつもりなのよ……。私の為とか言って……結局、邪魔ばかりしてきて……」

 

「こっちの台詞だ。お前がちゃんと話してくれたら、俺は協力すると言っているのに……」

 

「それは、昨日話したじゃない!」

 

そう。

実は昨日、大井は俺に、この島に残る理由を話してくれていた。

 

「『駆逐艦の為』。そんな嘘が、俺に通用するとでも思ったか?」

 

「本当の事よ! 現に私は、駆逐艦の面倒を見ているし……!」

 

「駆逐艦の面倒なら、鹿島でも出来るし、別にお前でなければいけない必要はない。それに、お前はそうやって、他者を盾にする癖がある」

 

図星なのか、大井は何も言わず、ただ俺を睨み付けるだけであった。

 

「大井、そろそろ話してくれてもいいんじゃないのか? 島を出たくないのだろう?」

 

大井は黙り込んだまま、俯いてしまった。

 

「……実は、もう時間がないんだ。先ほど、上官に言われたんだ。明日と明後日の二日間で進展が無ければ、お前を島から追い出すってな」

 

「え……? 嘘でしょう……? だって、いくら私に疑いがかかっているからって、証拠もないのにそんな事が許されるわけ……!」

 

「嘘じゃない。それに、証拠はあるんだ……。もう時間がないから、正直に話すぜ」

 

それから俺は、大淀と夕張が絡んでいることは伏せ、それ以外の事の全てを大井に暴露した。

話を聞いている大井の表情は、徐々に怒りに満ちていった。

 

「じゃあ……何……? これは全て、あんたの仕業だっていう訳……?」

 

「あぁ……その通りだ……。俺が全て海軍に指示したことだ。だが、話した通り、今は俺の手を離れている。上官にしてやられた」

 

瞬間、大井は俺の胸倉を掴み、そのまま張り倒した。

 

「ふざけんな……! 何が私の為よ……!」

 

「……悪いとは思っていない。こうでもしなければ、お前は俺に向き合おうともしなかっただろう。それに、きっかけをつくったのはお前だ。お前が俺に暴行を加えなければ、この作戦はなかった」

 

怒り狂う大井と違って、俺は冷静であった。

 

「北上から色々聞いたよ。お前と何があったのか……」

 

「……!」

 

「佐久間肇……。お前は、そいつを恨んでいるそうだな。お前が好きだった北上を変えた、その男を……」

 

大井の反応が、明らかに変わった。

 

「どうして俺が、お前にこの島に残る理由をしつこく聞くのか……。それは、お前が本当に、佐久間肇を恨んでいるだけで――佐久間肇に反抗する為だけに、この島に残っているわけではないからだと踏んでいるからだ」

 

大井は深く目を瞑ると、振り上げていた拳を下げ、冷静に口を開いた。

 

「……そう。北上さんから全てを聞いたのね……。その通りよ……。私は、佐久間肇を恨んでいる……。奴に反抗するために、この島に残っているのよ……。それ以上でもそれ以下でもない……」

 

だが、その冷静さが却って、大井の嘘を暴いているようであった。

 

「だとするならば、なぜ今まで、それを隠していた……? 自分の危機に直面してなお、隠し通していたのは何故だ……?」

 

「……あんたに反抗するためよ。余計な事は話したくなかったし、あんたさえ折れれば……そう思っていただけ……」

 

大井は目を逸らした。

嘘をついている奴の行動であった。

 

「俺は、お前が抱えている問題を解決したいと思っている。お前はこの先も、そうやって嘘をつき続けるのか……?」

 

大井は黙ったまま、こぶしを握り締めた。

 

「大井……このまま成すすべなく、島を出るのは嫌だろう……? だったら……」

 

「……あんたなんかに分かるわけがない。分かってたまるか……」

 

「分かってみせる。だから、俺を信じてくれ……」

 

それを聞いて、大井の目の色が変わった。

 

「私は信じない……。もう二度と……信用しないって決めたのよ……」

 

「え……?」

 

「結局……あんたもあいつと同じよ……。また……私の事を……」

 

大井は立ち上がると、そのまま寮へと戻って行ってしまった。

 

「大井……!」

 

追いかけようとする俺の手を誰かが止めた。

 

「大淀……」

 

大淀は首を横に振ると、俺の手を離した。

 

「……聞いていたのか」

 

「えぇ……。大井さんが船を待っているところから……」

 

全部か……。

 

「どう思った……? やはりあいつには、何か事情があるようであったが……」

 

「『もう二度と信用しない』『あいつと同じ』……というのは、おそらく、佐久間さんの事ではないかと思います……」

 

「しかしあいつは、佐久間肇を恨んでいるのだろう? 一度だって、信用したことがあるとでも言うのか?」

 

「それは分かりません……。しかし、話の内容からして、大井さんと佐久間さんの間に、何かあったのは間違いないかと思われます……。それも、北上さんですら知らない、何かが……」

 

やはりそうか……。

しかし、期限が迫っていると知って尚、話せないことというのは……。

 

「今は待ちましょう……。時間はありませんが……今の大井さんに何を言っても、おそらくは……」

 

「……あぁ、そうだな」

 

その日、大井が部屋を出てくることはなかった。

 

 

 

翌日。

期限が迫っていることは、大淀によって皆に知らされた。

 

「皆さんの持っている情報をかき集めるためにも、知らせた方が宜しいかと……」

 

大井と佐久間肇。

その関連性を紐解こうと皆に協力を仰いだが、結局、大井が一方的に佐久間肇を嫌っていたという事以外、情報が出てくることはなかった。

 

「大井さん、昨日の夜からずっと、部屋から出てきていません……。食事もとっていないようですし……」

 

「…………」

 

俺も何度か呼びかけてみたものの、返事はなかった。

結局この日も、大井が姿を見せることはなかった。

 

 

 

翌日。

明日には上官がやってくる。

しかし、大井はやはり部屋から出てこない。

 

「どうするのよ……。明日でしょ……?」

 

「そう言われてもな……」

 

「もしかして大井さん……腹をくくっているんじゃないですか……? 島を出てもいいって……」

 

明石がそう言うと、皆も同じ考えなのか、黙り込んでしまった。

 

「そうならそうというはずだし、あいつの事だから、どうせならと俺をボコボコにしてくるだろうよ」

 

そうだ。

大井はまだ、考えているはずだ。

そしてきっと――。

 

 

 

日付が変わったことを時計が知らせる。

俺は執務室で、大井が訪ねてくるのを待っていた。

 

「失礼します」

 

「大淀」

 

「いかがですか……? 大井さん、いらっしゃいましたか……?」

 

「いや……まだだ……」

 

大井が訪ね易いように、皆には部屋から出ないでいてもらっている。

 

「上官が来るのは、朝方の六時だと聞く。まだ時間はある」

 

「しかし……」

 

大淀が焦るのも分かる。

あと六時間弱で、大井が来なければ――訪ねて来たとしても、大井が話さなければ――。

 

「雨宮さん……ここは折れませんか……? 大井さんとの交流を演じて、少しでも時間稼ぎが出来れば……」

 

「それでは意味がないし、そうでなくてもすぐにバレるだろう。そうなった時、俺もこの島に居られるかどうか……」

 

そうだ。

もしバレたとして、それを隠蔽するようなことがあったら、俺ですらも……。

 

「……こんな時」

 

俺も弱っていたのだろう。

思わず、口にしてしまった。

 

「こんな時……佐久間肇だったら……どうしたのだろうな……」

 

その言葉に、大淀は大層驚いていた。

 

「驚きました……。貴方の口から、そんな言葉が出てくるなんて……」

 

「……俺も驚いているよ。だが、お前の言葉を信じる限り、大井は何かしら、佐久間肇に心を開いた瞬間があるという事だろう? それが、どんなことだったのだろうと思ってな……」

 

大淀は、どんな言葉をかけていいのか、分からないという様子であった。

 

「佐久間肇と同じ血を引いていることが、本当に嫌だった……。そっくりだと言われるのも……。だが、こうなってみると、同じ血を持っていて、どうして大井の心を開くことが出来ないのだと、悔やんでしまう自分がいる……」

 

「雨宮さん……」

 

「父親としてのあいつが嫌いだった……。軍人としても……。だが、この島に来てみて――こうして同じ立場になって、痛感することもある……。嫌だと思っていても、それは事実なんだ……」

 

項垂れる俺の手に、大淀はそっと、自分の手を重ねた。

 

「それでも、貴方は貴方のやり方を貫くことです……。佐久間さんがどうするのかなんて、そんな事を考えても、あの人はもういません……。確かめようがないのです……」

 

「大淀……」

 

「貴方は精一杯やりました……。佐久間さんですら、こんな短期間では、大井さんとまともに会話が出来ていませんでした……。誇るべきです……」

 

俺は首を横に振った。

 

「誇れるわけがない……。俺はまだ、何も成し得ちゃいないんだ……」

 

「……自分に厳しすぎます」

 

「努力ってのは、報われなきゃ努力とは呼べない……。それ以外は、ただの足掻きだ……」

 

大淀は俯くと、今にも泣きだしそうな顔を見せた。

慰められないことを悔やんでいるのだろう。

 

「そんな顔をするな。俺はまだ、諦めちゃいないんだ。最後まで足掻いて見せるさ」

 

「ごめんなさい……。私……何も出来なくて……」

 

「いや……お前は俺の心の支えになっている。幾分か、気分が楽になった」

 

「雨宮さん……」

 

「部屋に戻ってろ。大井が来れなくなってしまう」

 

「……分かりました」

 

部屋を出る直前、大淀は立ち止まった。

 

「どうした……?」

 

「……雨宮さん」

 

「なんだ?」

 

「私は……貴方が間違った行動をしたとは……思っていません……。自分を責めるのは勝手ですが……そう思っている私が居る事を……忘れないでください……。私は……誰でもない『貴方の』味方です……」

 

そう言って、大淀は出て行った。

 

「……ありがとう」

 

 

 

夜明けが迫っている。

大井はやはり、執務室に来ることはなかった。

 

「……大井、起きているか?」

 

俺は大井の部屋の前に立って、扉越しに語り掛けた。

 

「そろそろ夜明けだ……。このままだと、お前は……」

 

返事はない。

起きているのかどうかすら、分からない。

 

「……悪かった。こんなことになるなんて――いや、こうなる前に、お前との交流が出来るものだと、俺は思っていたんだ……」

 

扉に寄り掛かるようにして、俺は座り込んだ。

 

「考えが甘かった……。もっとお前に迫れるものだと思っていた。時間も、たっぷりあるものだと思っていた。強情になって、お前が俺にすがって来て、全てを話してくれるものだと思っていた……」

 

反応はない。

 

「けれど……お前が背負う苦しみの方が、大きかった……。俺に抱え込めるだけの力が無かった……。分かったような口を利くようで悪いが……お前はずっと、そうやって苦しんできたんだな……。俺はそれを甘く見ていた……。お前を見れていなかった……」

 

反応はない。

 

「綺麗ごとだと言われてもいい……。偽善者だと――ペテン師だと言われてもいい。ただ一つだけ……信じて欲しいことがあるんだ……」

 

反応はない。

 

「俺は……お前を追い出したいからこうしたわけじゃない……。心の底から……お前に向き合ってほしかったんだ……。お前自身に……」

 

反応はない。

 

「俺を信じなくとも、お前はお前自身の事を信じて欲しい……。自分が本当はどうしたいのか……何を苦しんでいるのか……それに向き合って欲しいんだ……」

 

反応はない。

食堂の方が明るくなって行く。

夜明けだ。

 

「……それだけだ。じゃあな……。外で待ってるぜ……」

 

それだけ言って、俺は寮を飛び出した。

 

 

 

上官は六時きっかりにやって来た。

島の艦娘たちは、少し離れて、その様子を窺っていた。

 

「上官……」

 

「期限は過ぎた。見たところ、君は成し遂げられなかったようだな……。残念だよ……」

 

そう言って、上官は大きくため息をついた。

 

「約束通り、大井を引き渡してもらう。準備は済んでいるのだろうね……?」

 

「その事なのですが……。上官にご提案があります……」

 

「提案……? この期に及んで、一体何を提案すると?」

 

海軍連中がざわつく。

何も聞かされていない艦娘たちも、同じように。

 

「今回の一件、全ては私から提案したもので、大井を交流に誘い込むための自作自演であることは、言うまでもありません」

 

これには、艦娘たちが驚きの声をあげた。

一部の海軍連中は、苦い表情を見せた。

 

「……続けたまえ」

 

「無論、この事が知られれば、世間どころか、全世界から非難されることでしょう。この作戦の指揮を執っている貴方の身に何が起こるのか……想像に難くないはずです……」

 

後輩が飛び出してきて、俺の胸倉を掴んだ。

 

「慎二さん……! あんた……自分が何を言っているのか分かっているのか……!?」

 

「あぁ、分かっているさ……。手を離せよ……」

 

上官に諭され、後輩は下がっていった。

 

「なるほど……脅迫か……。考えたな……雨宮……。それで? 提案とは何かね……?」

 

「この事を黙っていてほしければ、大井の件は取り消してほしい……」

 

海軍連中の怒号が飛ぶ。

艦娘たちは息を呑んで、動向を見守っていた。

 

「ただ、十日間も海軍を動かしたのだ……。貴方たちの立場もある……。ここからが提案だ……。大井の件を取り消してくれるというのなら、今回の一件全ての責任を俺が被ります……」

 

ざわつく連中。

たまらず、大淀が飛び出してきた。

 

「雨宮さん、貴方なにを言って……!」

 

「昨日……いや、さっき考えたことだ。大井が自分に向き合うには、もうこれしかない……」

 

「だからと言って……!」

 

「大井には悪い事をした……。その償いも込めて、決めた事なんだ……。悪いな、大淀……」

 

何か言いたげな大淀を無視し、上官に向き合う。

 

「無論、今回の一件でかかった費用のすべては、私が返済いたします」

 

「とても君が払えるような金額ではなのだがね」

 

「一生をかけて返済します……。それまで……どんなことでもやります……。どんな責任も、どんな罪も、私は甘んじて受け入れる……。その覚悟です……」

 

「雨宮さん……!」

 

「……分かった。そこまで言うのなら仕方がない。その提案を受けよう」

 

「上官……」

 

「連れていけ」

 

後輩たちは、俺の腕をつかむと、そのまま船の方へと歩いていった。

 

「提督!」

「司令官!」

 

皆の声に、俺は振り向くことが出来なかった。

 

「雨宮さん……!」

 

悪いな、皆……。

結局、俺も佐久間肇と同じだったようだ。

お前たちを裏切る結果となってしまったようだ。

 

『決して貴方を捨てたわけじゃないの。あの人にしか救えない『命』があったの。だから、お父さんを恨んでは駄目よ、慎二』

『分かってるよ、母さん』

 

「…………」

 

ごめん、母さん……。

結局、俺も――。

 

「待ちなさいよ……!」

 

その声に、俺は思わず振り向いた。

泣きじゃくる皆の顔の向こうに、大井は息を切らして立っていた。

 

――続く

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