今回、原作ヒロインの一人である香織へのアンチが結構あります。アンチ・ヘイトタグは登録してありますが、香織ファンの方々には不快になるかもしれませんので、ご注意ください。
七大迷宮の一つ「オルクス大迷宮」は、全百階層からなると言われている大迷宮であり、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にもかかわらず、冒険者や傭兵・新兵の訓練に非常に人気があるのは、階層により魔物の強さを測りやすい事に加え、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。
魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核である。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的らしい。また魔石はその他にも、日常生活用の魔法具などの原動力としても使われ、軍事関係・日常生活の両方において必要な大変需要の高い品なのである。
ちなみに良質な魔石を持つ魔物ほど、一種類しか使えないが詠唱・魔法陣なしに放てる固有魔法が強力になる。詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法だが、彼らが油断ならない最大の理由でもある。
亮牙達とメルド団長率いる騎士団員複数名は、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者達のための宿場町「ホルアド」に到着すると、新兵訓練によく利用する王国直営の宿屋に泊まった。亮牙とハジメは同室となった。
明日から早速、迷宮に挑戦だ。今回は行っても二十階層までらしく、それくらいなら、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできるとメルドから直々に教えられた。
ハジメと亮牙は、明日の予習として借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んだ後、明日に備えて体を休めておこうと眠る準備をした。しかし、そんな彼らのもとに招かれざる客がやってきた。
十分深夜にあたる時間だというのに扉をノックする音が響き、香織の声が聞こえた。亮牙は舌打ちし無視しとけと言ったものの、ハジメは無視することもできず扉を開けた。そこで立っていた香織は、純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけと、他人から見たら痴女かと突っ込まれても仕方ない恰好だった。
「…なんでやねん」
「えっ?」
ある意味、衝撃的な光景に思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。慌てて気を取り直したハジメは、なるべく彼女を見ないように用件を聞く。親友を偏見の眼で見ることもありあまり好きになれない彼女だったが、今の姿は立派な思春期男子であるハジメには刺激が強すぎた。
一方の亮牙は香織を嫌っていたので、痴女と勘違いされてもおかしくない格好で来た彼女を汚物でも見るような目で見ていた。
「あ、いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」
「ううん。その、少し南雲君と話したくて…。やっぱり迷惑だったかな?」
「ああ全くだ。俺達は眠いんだ。さっさと自分の部屋に帰れ」
「だからやめなよ亮牙!でもまあ夜も遅いから、少しの時間だけならいいよ。話したいことって明日のことかな?」
亮牙は鬱陶しいと言わんばかりに追い返そうとするも、流石のハジメも何か様子がおかしいと感じたためにこのまま追い返すことはできず、取り敢えず彼女を招き入れた。
暫くすると香織は思いつめた様な表情になり、興奮したのか身を乗り出してこう言った。
「明日の迷宮だけど、南雲君だけは町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得するから!お願い!」
あまりにも突然な言葉にハジメも困惑する。一方の亮牙は香織を睨みつける。
「なんだ、お前達の方から俺達を巻き込んだくせに、今更ハジメなんざ足手纏いだから来るなってのか?何様のつもりだよ」
「違うの!南雲君が足手纏いとかそういうことじゃないの!」
香織は慌てて弁明すると、手を胸に当てて深呼吸し落ち着きを取り戻すと、静かに話し出した。
「あのね、なんだか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど、夢を見て…。南雲君と灘君が居たんだけど、急に灘君が大きな怪物になって、南雲君に逃げてって叫んでも全然気がついてくれなくて、最後にはその灘君だった怪物に食べられて、消えてしまうの…」
「くだらねぇ、たかが夢だろ。そんな馬鹿げたこと真に受けて、俺達の迷惑考えずにこんな深夜に来たってのか?そんな理由で他の連中がハイ分かったと認めてくれると思ってんのかよ?巫山戯るのも大概にしろよ」
唇を噛みしめ泣きそうな表情の香織だったが、亮牙は容赦なく吐き捨てる。幾ら不吉だからと言っても所詮は夢、許可されようとされないだろうと、ハジメにとってはまたクラスの連中から謂れのない誹謗中傷を受ける原因となるだけだ。そんなことも理解していないとは、最早女神というより疫病神だ。
怒る亮牙をまあまあと宥めながらも、ハジメは香織を安心させるようになるべく優しい声音を心掛けて話しかけた。
「亮牙のいう通り夢は夢だよ。今回はメルド団長率いるベテランの騎士団員がついているし、未だにステータス不明な亮牙だってクラスの誰よりも強いんだ。そりゃ僕は実際に弱いから不安になるのも分かるけど、それでも心配なら、守ってくれないかな?」
ハジメは男として恥ずかしいのは分かっていたが、香織を安心させるにはそう言うしかなかった。治癒系魔法に天性の才を示す「治癒士」の転職を持つ君なら、自分が仮に大怪我したとしても助けてくれるはずだと。
人が不安を感じる最大の原因は未知であると何かで聞いたことがあったハジメは、未知に不安を感じているであろう彼女を、気休めかもしれないが自分には対処する術があるのだと自信を持たせたかった。
しばらくハジメを見つめていた香織だが、微笑と共に沈黙を破った。
「変わらないね、南雲君は。私と会ったのは高校に入ってからだと思ってるよね?でもね、私は中学二年の時から知ってたよ。私が一方的に知ってるだけだけどね。私が最初に見た南雲君は土下座してたから、私のことが見えていたわけないしね」
土下座という単語に、ハジメは思い出した。中二の時のあの一件だ。最後は亮牙が解決してくれたけど、彼が自分のした事の方が立派だと褒めてくれたあの事件だ。どうやらあの時見て見ぬ振りをしていた一人が彼女だったようだ。
ふと親友の顔を見る。どうやら彼もあの一件を思い出したようだ。だがその目は、彼女を軽蔑するような目で睨み付けている。
「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝君かよくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし、灘君も暴力で解決するようなところがあるし…。でも、弱くても立ち向かえる人や他人のために頭を下げられる人はそんなにいないと思う。…実際、あの時の私は怖くて、自分は雫ちゃん達みたいに強くないからって言い訳して、誰か助けてあげてって思うばかりで何もしなかった。だから、私の中で一番強い人は南雲君なんだ。高校に入って南雲君を見つけたときは嬉しかった。だからかな、不安になったのかも。迷宮でも南雲君が何か無茶するんじゃないかって。不良に立ち向かった時みたいに…。でも、うん、私が南雲君を守るよ!」
そう香織が決意の言葉を口にした時だった。
「何が守るだ。寝言は寝て言え疫病神が」
亮牙のその一言に、香織とハジメは思わず彼の方を見る。香織はムッとした表情で亮牙を睨みながら問いかける。
「何かな?何で灘君にそんな風に言われなきゃならないの?」
「お前こそ何様のつもりだ。あの時ハジメの姿を見てたんだろう?なら何でこんな他所の戦争にハジメまで巻き込んだんだよ。ハジメは確かに立派な人間だが、本質的に暴力を嫌う優しい人間なんだぞ。なのに幼馴染がやるからとか単純な理由で、暴力渦巻く戦争に俺達を巻き込みやがって。その事に罪悪感はないのか?」
「っでも、光輝君だって言ってたじゃん!この世界の困っている人達のためには、力のある私達が手を貸さないと!」
「そもそもハジメを守るだと?ハジメが何でクラスの連中から蔑まれているか、お前本当に分かっているのか?その事すら自覚してもいない癖に守るだなんて、本当に何様のつもりだよ」
「そう言う灘君こそ、乱暴な事ばかりして南雲君に迷惑かけてるじゃない!南雲君はあなたの巻き添えでそんな状況に陥ってるんじゃないの⁉︎」
次第にヒートアップする両者。香織は表向きは認めてないが、亮牙の事を嫌っていた。
地球ではハジメと仲良くなりたいと、同じクラスになってから強引に話しかけてきた彼女だが、その度にクラスメイト達が嫉妬心からハジメに辛く当たってきたため、亮牙は親友の負担を減らそうとなるべく彼女が近づかないようにしていた。それを無自覚に疎ましく感じていた彼女は、幼馴染の光輝が亮牙の悪評を流した際、この主張に賛同した。中学二年のあの事件で、自分が我が身可愛さに見て見ぬ振りをしていた事を棚に上げ、暴力で解決するような亮牙はハジメの側に居るべき人間ではないと。
この世界に来てからも、参戦を拒む亮牙にハジメが賛同している事で、周囲がハジメに辛く当たるんだと考え、人気のある自分が執拗に構うのが実際の原因だとは一切気付いていなかった。
両者一歩も譲らない中、流石にまずいと感じたハジメが仲裁に入った。
「亮牙落ち着いて、もう真夜中なんだし。ごめん白崎さん。亮牙とは兄弟同然に育ったから、僕を心配してくれているだけなんだ。でも、白崎さんが僕をどれだけ心配してくれているかは十分分かったよ。ありがとう」
ハジメからこう言ってもらった事で気を良くした香織は怒りを沈め、亮牙に向かい得意げな顔をしながら、二人の部屋を後にした。
「全く、ハジメも甘すぎる。奴のせいで迷惑してるのは事実なんだから、はっきり言えばいいだろうが」
「う〜ん、あの悪意が一切ない表情見ると、中々言いづらくてね。でも、亮牙の事を誤解してるのは残念かな」
「まあ俺自身は怖がられたりするのは慣れてるから、別に気にせんさ。兎に角、今日はもう休むか。明日に響くと困るしな」
そう言うと、彼ら二人も眠りについた。
だが二人は気づかなかった。亮牙とハジメの部屋に出入りした香織の姿をとある人物が酷く歪んだ表情で見つめていたことに。彼女の考えなしの好意の押し付けが、明日になって地球にいた時とは比べ物にならないレベルの災いのきっかけとなってしまうことに。
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