冒頭はジュラシックワールドのノベライズ版を意識して書きました。
彼には怒りがあった。
突如として他所の世界の神に攫われ、その地を支配する老害どもからこの世界のために戦えなどと命令された。
周囲の馬鹿なガキ共は煽てられて調子に乗り、彼や親友、先生の静止も聞かず、命を奪い合う事も理解せず、反対していた彼らまで戦争に巻き込んだ。
そのうちの一人、親友の番を気取るストーカー女は、上から目線で親友を守るなどとほざいた。心優しい親友を戦争という過酷な世界に巻き込んだ分際でだ。しかも親友が苦しんでいるのは彼のせいだとまで言ってきた。
かつての友人に似た野獣との戦いでは、どいつもこいつも初めて味わった死の恐怖に怯えて何の役にも立たなかった。当の野獣は時間はやや掛かったが普通に彼一人で倒せたが。
だが、彼は油断した。その一瞬の隙を突かれ、取るに足らないと見做していた害虫の一匹の卑劣な攻撃を許してしまった。
挙句、そのために、親友までもが巻き込まれてしまった。あのストーカー女の言ったとおり、自分が親友を危険な目に遭わせてしまった。そんな自分の不甲斐なさが許せなかった。
彼は遥か昔、思考とは無縁に生きてきた。これらの怒りは理屈よりも本能的な衝動であった。怒りは頂点に達していた。
激しい怒りを抱きながら、亮牙は共に目を覚ました。周りは薄暗いものの、緑光石の光のおかげで、自分が川辺に打ち上げられていた事が分かった。
腹立たしい気持ちとは対象的に、何故か体の調子が良い。まるで人間になる前の感覚だ。
「ッ、ハジメは⁉︎」
しかし直ぐに自分を助けようとして共に墜落した親友のことを思い出し、辺りを見回した。幸いにも、ハジメは亮牙の直ぐ隣で打ち上げられていた。
彼ら二人は墜落しながらも、途中の崖の岩肌から流れる無数の滝に何度も吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最後は岩肌からせり出ていた横穴から流された事で、奇跡的に助かったのだ。
また、亮牙は流されながらも、共に落ちたハジメの手を掴み離れないようにしていた事で、二人ともはぐれずに済んだのだが、当の本人達はそんな事など知る由もなかった。
「ハジメ、しっかりしろ!大丈夫か⁉︎」
「…う、うぅ…り、亮牙?」
亮牙に揺り起こされ、ハジメは意識を取り戻した。幸いにも命に別状はないようだ。
「体は大丈夫か?何処か痛むか?」
「…う、うん。少し痛むけど、動けないって程じゃないよ。よく思い出せないけど、とにかく助かったんだね」
「ああ、どうやらな…」
そう呟く亮牙。ハジメは暫くすると、クシャミをして震え出した。どうやら冷えた地下水に浸かりすぎたようだ。早く体を温めないと、低体温症の危険もあった。亮牙はハジメを連れて川から離れた。
ハジメはガクガクと震えながら服を脱いでパンツ一丁になると、服を絞って水を落とした。亮牙もそうしていたが、何故か彼は震えてはいなかった。
ハジメは暖を取るために錬成で火種の魔法を起こそうとした時だ。
「待てハジメ。火なら俺が起こす」
「え?で、でも、亮牙は魔法が使―」
ハジメの言葉はそこで途切れた。何故なら魔法が使えない筈の親友が、口から強烈な炎を吐き散らしたのだ。彼が魔法で起こそうとした炎とは比べ物にならない大火だった。
「え、えええええぇぇぇぇぇ⁉︎」
あんぐりと口を開けたハジメの絶叫が周囲に響いた。
ハジメが落ち着きを取り戻し絶叫が収まると、二人は炎で暖をとりつつ、傍に服も並べて乾かした。炎が強い分、徐々にハジメの体も暖まってきた。ふとハジメが亮牙に問いかけた。
「り、亮牙。さっき口から火を吐いたのも気になったんだけど、その目どうしたの?」
ハジメの言った通り、亮牙の目はかつてと大きく変わっていた。彼の瞳はかつてはハジメ達と同じ色だったが、今では紅蓮の炎のように真っ赤に染まっていた。それは、かつてトランスフォーマーだった頃の彼の瞳と同じ色だった。
「…今は何とも言えん。だが心配いらん。体は絶好調だ」
流石に今この場で自分の過去について話しても、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。親友を不安にさせまいと、亮牙はそう言ってはぐらかした。
「…ここどこなんだろうね?だいぶ落ちたんだと思うけど、帰れるかな…?」
「今は何とも言えん…。それよりハジメ、何故あんな真似をした?」
気持ちが落ち着いてきたのと同時に不安になってきたハジメがそう問いかけるが、亮牙は別の問いかけをしてきた。その声にはやや怒気が含まれていた。
「あの卑猥だか卑劣だか、兎に角そんな名前の奴が俺を突き落とした時の事だ。あの時どうしてわざわざ飛び降りたりしたんだ?下手をしたら、お前は死んでたかもしれないんだぞ!あの時の俺はどう見ても助けられる状況じゃなかった!なのに何故あんな無茶をしたんだ⁉︎」
亮牙にとってハジメは人間となってから初めて出来た親友であり、弟も同然の存在だった。そんな彼が、自分のせいで危うく死ぬかもしれない目に遭ってしまったのだ。動揺しない筈がない。
南雲家に引き取られた時に危惧していたように、そしてあのストーカー女の言ったとおり、自分が彼を危険な目に巻き込んでしまった。亮牙の心は罪悪感で満たされてしまった。
しかし、ハジメは声を荒げて反論した。
「…何故って、決まってるだろ!君は僕にとって大兄弟も同然の、大切な親友なんだぞ!君のおかげで僕も父さんも母さんもどれだけ助けられたと思ってる!そんな君を、見捨てられるわけないだろう!もし逆の立場だったら、君だって同じ行動をした筈だ!」
ハジメの目には涙が浮かんでいた。彼にとって亮牙の存在は大きかった。自分より何でもできる凄い奴だが、自分の事をしっかり評価してくれ、そして何度も助けられてきた。もし彼がいなかったら、自分の人生はもっと陰惨なものとなっていたかもしれない。
そんな大切な親友を見殺しにできるはずもなかった。気付いたら体が動いていた。
目の端に涙を溜めながらもグッと堪えているハジメの姿に、亮牙も冷静さを取り戻し、謝罪した。
「すまん、言い過ぎた。俺のせいでお前まで巻き込んでしまった事で、あのストーカー女に言われた事が胸に刺さってな…」
「いや、あれは白崎さんの言い掛かりだよ。それに、あの魔法はやっぱり檜山の仕業だったんだね?なら原因は彼女しか考えられないよ。亮牙が自分を責める必要はないよ。兎に角、今は地上に戻る事を考えよう。きっと大丈夫だから」
そう言ってハジメは目元を拭って溜まった涙を拭き取り、自分自身を責める親友を励ました。その言葉に、亮牙も気を取り直した。
「そうだな、必ず地上に戻るぞ」
二十分ほど暖を取って服を乾かした二人は、出口を探して出発した。自分達のいる階層が何処かはわからないが、迷宮の中である以上、どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。
鼻の効く亮牙が先頭に立って進んだ。本来後衛職であるハジメは、頼みの武器だったジャンゴも流されているうちに壊れてしまったため、何かあったらすぐに引き返せるようにと背後に着かせた。
彼らは奥へと続く巨大な通路を慎重に進んでいったが、そこは通路と言うよりも洞窟といった方が近かった。
二十階層の最後の部屋のように、岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっているが、大きさは比較にならなかった。複雑で障害物だらけだが通路の幅は優に20m、狭い所でも10mもあり、相当な広さがあった。歩きづらいが隠れる場所も豊富で、二人は万が一に備え物陰に隠れながら進んでいった。
暫く歩いた後、後ろにいるハジメに疲れが見え始めたので、亮牙は休もうとしたが、ふと何かの匂いを感じ取ると、顔を顰めてハジメにこう告げた。
「ハジメ、何かが来る。かなりの数だ。雰囲気からして恐らくあの角竜擬きより強いぞ」
「え⁉︎ど、どうする?」
「万が一の事もある。お前は錬成で穴を掘って隠れろ。なるべく深く掘り進んでおけ。外は俺が食い止めておくから安心しろ」
「そ、それじゃ亮牙が危ないじゃないか!一緒に隠れ―」
「いいから早く隠れろ!俺なら大丈夫だ。試したい事もあるからな」
そう言われたハジメは親友の身を案じながらも、言われたとおり錬成で穴を掘って隠れた。
暫くすると、2種類の魔物が現れた。
1種類目はウサギに似た外見だが、その大きさは中型犬くらい、異常に発達した後脚、そして何より心臓のように脈打つ赤黒い線が血管のように幾本も体を走っていた。とても可愛らしいとは言えない外見だ。
2種類目は狼そっくりだが、猫又のような二股の尾を生やしていた魔物で、群れなのか5頭程いた。
兎はまるで助走をつけるかのように飛び跳ねると、地面を蹴り砕き亮牙に接近、彼に強力な蹴りを喰らわせようとした。だが、それは叶わなかった。
亮牙は兎の後脚を難なく捕まえると、そのまま近くの岩壁思い切り投げ飛ばした。凄まじい勢いで壁に叩きつけられた兎はグシャァと潰れ、周囲に血や内臓を撒き散らした。
続いて狼が動いた。この魔物は地球の狼と同様、群れで亮牙に襲い掛かった。更に彼らの固有魔法なのか、体に電撃を纏っていた。
だが亮牙は怯まない。彼は1頭を捕まえたが、その電撃を喰らってもまるで何とも感じないように平然としており、その1頭を棍棒代わりに振り回して他の4頭に襲い掛かった。狼達はたちまち仲間の肉体で撲殺され、棍棒がわりにされた一頭はボロボロの肉片と化した。
一方的に暴れながらも、亮牙は己の変化を悟っていた。やはり力が戻っている。さっきは炎も吐くことが出来た。怒りが引金となったのだろうか?まあ、それについては今は後回しだ。
こいつらは俺を捕食しに来たみたいだが、身の程知らずだったな。所詮お前らは獲物、捕食者は俺だ。
返り血を浴び、その匂いで感情が昂っていた亮牙は、まだ攻撃を仕掛けてこない兎達を睨み付ける。先程までの獲物を狩ろうとする捕食者の姿から一転、兎達は恐怖で震え上がっていた。
口程にもないと亮牙が感じた時だ。突如兎達が切り裂かれ肉の塊と化した。何事だと亮牙が目を見開くと、犯人が現れた。白い体毛の熊の魔物で、大きさはグリズリーや北極熊よりも大きく、前脚には30cmもの鋭い鉤爪を生やしていた。
熊は兎の肉を少し齧ったと思ったら、今度は亮牙に狙いを定めた。前脚を振るうと、爪から斬撃を飛ばし亮牙に斬りかかった。熊は勝利を確信したのか、亮牙達を突き落とした檜山のような薄ら笑いに似た表情を浮かべていた。
だが直ぐに熊の顔は驚愕に変わった。亮牙は上半身の服が破けただけで、体は一切無傷だったのだ。
亮牙は熊を睨みつける。さっきの熊の表情に、あの卑劣野郎の事を思い出し、ハジメとの再会で和らいでいた怒りが再燃したのだ。
「この俺に挑むか?上等だ!その選択を後悔させてやる!」
そう叫ぶと亮牙の肉体に変化が起きた。まるで身体から展開するように、無数の金属が彼の全身を覆い始めたのだ。
やがて全身を覆った金属は騎士の甲冑のような意趣となったが、その大きさは優に身長20mを超え、人間が身に纏うものとは桁外れの大きさだ。更に両肩はティラノサウルスの上顎を模した肩当てが装備され、兜のような頭部は額に一本の角が生え、厳しい顔には紅蓮の炎のような二つの目が輝いていた。
かつてトランスフォーマー達から「伝説の騎士」と謳われたダイナボットの指揮官、グリムロックの復活である!彼は熊に向かって大きく咆哮した。
「ゴガアアアアァァァァ!」
その姿と咆哮に、熊は恐怖で凍り付き、逃げることも出来なかった。
無理もない。楽な獲物と思って襲ったら、まさか自分の10倍近い、この洞窟の天井に届く大きさの巨人に変身するとは、夢にも思わなかっただろう。
熊が動けないでいると、グリムロックは右手をモーニングスターへと変形させた。その大きさは、まるで解体作業用のクレーンに取り付ける鉄球レベルだった。
そして彼はそのまま拳を熊目掛けて振り下ろした。恐怖で動けなかった熊は、まるでスリッパで叩かれたゴキブリのように殴り潰された。
「グルオオオオオオォォォ!」
戦いとも言えない一方的な蹂躙が終わると、グリムロックの勝利の雄叫びが洞窟中に響き渡った。
一方ハジメは錬成で穴を掘り進めながら、己を恥じていた。親友が外で戦っているというのに、自分は武器を失ったとはいえ、戦うこともできず逃げるしかできない事が悔しかった。
ふと穴を掘り進んでいるうちに、口元に水滴が垂れた。最初は気にならなかったが、急に身体の痛みが僅かに和らいだ。気になって痛んでいた箇所を見ると、墜落した時の切り傷や青痣が治っていた。どうやら自分の傷はこの水のおかげで治ったようだ。
「ただの地下水じゃないのか?もっと探してみよう…」
ハジメは両手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行い、そのままどんどん練成して奥に進んでいった。普通なら魔力が尽きる筈だが、この水は魔力回復の効果もあるようで、それで回復しながら進んでいった。
流れる水の量が増えてきて、さらに奥へと掘り進むと、ついにハジメは水源にたどり着いた。
「これは…⁉︎」
そこにあったのはバスケットボール大の青白く発光する鉱石だった。
周りの石壁に同化するように埋まったその鉱石は、下方へ向けて水滴を滴らせており、アクアマリンの青を更に濃くして発光させたような輝きは神秘的で美しかった。
ハジメは一瞬、亮牙の事も忘れて見蕩れていたが、すぐに親友の事を思い出すと鉱石の周りの石壁を練成で取り除き、最後は両手で持って石壁から引き剥がした。
ハジメは手の中の鉱石をしげしげと眺めた後、そのまま直接口をつけて水をすすると、やはりこれが回復の原因だったようで、残っていた身体の痛みや倦怠感も治まっていった。これならもし亮牙が怪我をしていても助けられる。ハジメの目に希望が宿った。
なお、まだハジメは知らない事だが、実はこの石「神結晶」と呼ばれる伝説の鉱物だったのだ。
神結晶は、大地に流れる魔力が千年もの歳月をかけて偶然できた魔力溜りに蓄積、その魔力そのものが結晶化したものだ。確認されている限りでは30〜40cm位の大きさで、結晶化して更に数百年もの時間をかけて蓄積した魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。
その液体は「神水」と呼ばれ、飲んだ者はどんな怪我や病気も完治するという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないとされ、不死の霊薬とも言われている。
ふと聞いたこともないような雄叫びが響いてきた。それを聞いてハッとしたハジメは嫌な予感がし、外套で神結晶を包んで神水を漏らさないようにすると、急いで亮牙の元に戻った。
錬成で掘り進めた穴を戻り外に出ると、彼は言葉を失った。
辺りには無残な状態となった無数の魔物の死骸が転がっており、その中心には、この通路の天井に届く程の巨体を誇る、金属の巨人が立っていた。しかも彼は、その巨人の赤い瞳には見覚えがあった。
「り、亮牙…なの?」
原作ハジメがあまりにも不憫で見るに耐えなかったため、本作では主人公によって守られ、左腕を失いませんでした。
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