亮牙とハジメが謎の部屋で見つけたのは少女だった。年齢は見た限り12、3歳程で、長い金髪にその隙間から見える紅い瞳。かなりやつれて見えるものの、十分に美しいと呼べる人物だった。
その少女は頭を巡らして二人を見ると、掠れた声で必死に助けを乞う。
「おね…がい。…助け…て…」
根が優しいハジメはその言葉に一瞬ハッとなるが、すぐに落ち着きを取り戻し、隣に立つ親友と顔を合わせる。
「り、亮牙…」
「ああ、ここは大迷宮の中でも、まだ誰も来た事ない地点だ。そんな所に子ども一人がこうして囚われの身になってるなんて、怪しすぎる…」
「うん、そうだよね…。でも話だけは聞いてみない?どうするかはそこから決めればいいし…」
「…だな。ただ少しでも怪しいと感じたら直ぐに撤退するか、最悪あいつを殺す。いいな?」
「分かった…」
そう話し合うと、ハジメは一歩前に出て少女と向き合い、話しかけた。亮牙はいつでも親友を守れるようにその隣で身構えていた。
「君は何者なんだ?何故ここに封印されているの?」
「…私は、先祖返りの吸血鬼。凄い力、持ってた。…だから、国の皆のために頑張った。…でも、ある日、叔父様や、家臣が、私は要らないって…。叔父様が、王だって…。それでも、良かった…。でも、私の力、危険だ、殺せないから、そう言って、封印、されたの…」
吸血鬼、と言う単語を亮牙とハジメは思い出した。地球ではアンデッドの一種ヴァンパイアの事を指すが、このトータスでは人族や魔人族などと同様知的生命体の一種族であると、図書館で学んだ。しかしその吸血鬼族は、約300年前に絶滅したとも聞いた。
聞こえてきた話をまとめつつも、今度は亮牙が問いかけた。
「その叔父達が恐れたというお前の力は何だ?包み隠さず教えろ」
「…怪我しても、すぐ治る。首、落とされてもその内治る…。もう、一つ、私、魔力、直接操れる…。陣も要らない…」
これには彼ら二人も驚いた。これが事実なら彼女は実質的に不死身な上に、詠唱や陣を描くなどといった常人が魔法を行使する準備段階が一切必要無く、魔法を行使するスピードにおいて右に出る物は居ないと言うことになる。
しかし亮牙はまだ彼女が事実を言っていると確信する事が出来なかった。ここから逃れるために吐いた嘘かもしれないし、逃した途端襲ってくる可能性も十分考えられた。
隣に立っているハジメも同じ考えなのだろうか顔を顰めていた。二人がどうしようかと思案を続けていたときだった。
「…お願い。助けて…」
悲しげに助けを求める少女の声が部屋に響いた。それを聞き、ハジメは何かを決意したように、真っ直ぐ親友の目を見て、語りかけた。
「亮牙。確かにこんな場所だし、この子の言ってる事が真実かは分からない…。だけど、僕はこの子を助けようと思う」
そう言いながらハジメは、少女を捕えている立方体に近づくと手を当てた。
「…本当にいいのか?こいつの言い分が全部真実だと言う確証はないんだぞ?」
「分かってる。でも彼女の目を見たら、何となくだけど嘘をついてるとは僕には思えない。少なくとも教会の狂信者達よりは信用できる気がするんだ。それに何より、こんな所で独りぼっちでいる彼女を、放っておけないんだ…」
そう言うハジメは少女の姿に、己自身を重ねていた。もし親友がいなかったら、自分は香織のせいでただ周囲から蔑まれるだけで孤独だったかもしれず、最悪檜山辺りから殺されていたかもしれないと、彼は常々思っていた。だからこそ、目の前で周囲に裏切られ孤独に苦しむ彼女を放っておけなかった。
少女の方も、そう語るハジメの背中を見上げていた。
暫く黙っていた亮牙だったが、やがてはぁ、と溜息を吐くと、参ったと言わんばかりに頭を掻いた。
「ったく、お前がそこまで言うなら分かったよ」
「っ、ありがとう!」
「でもどう助けるんだ?俺なら叩き割れるかもしれないが、多分こいつごとお陀仏になっちまうぞ」
「大丈夫、僕には錬成があるから!」
そう言うとハジメは錬成を始めた。魔物を食べてから変質した彼の濃い紅色の魔力が放電するように迸る。
しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。だが全く通じないわけではないらしく、少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていった。
「ぐっ、抵抗が強いな!けど、今の僕なら!」
ハジメは更に魔力を注ぎ込んだ。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始めた。既に周囲はハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。
ハジメは更に魔力を上乗せし、徐々に少女を封じる周りの石が震え出した。
「まだだぁ!」
ハジメは気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、亮牙も少女も目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。
ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだが、これだけやっても未だ立方体は変形せず、彼はもうヤケクソ気味に、彼自身が紅い輝きを放つようになりながらも、持てる全ての魔力を注ぎ込み意地の錬成を行った。
内心で自分のお人好し過ぎる性格に呆れつつもハジメは、僕が助けたいと思ったから助けるんだ、と開き直り手を止めなかった。
直後、少女の周りの立方体が融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていった。それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出した。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しく、そのまま体の全てが解き放たれると、どうやら立ち上がる力もないのか、そのまま地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。
ハジメもすっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われ、肩で息をしながら座り込むと、成り行きを見守っていた亮牙が近づいてきた。
「お疲れさんハジメ、大丈夫か?」
「ああ…何とかね…」
そう言った亮牙から神水を渡され、ハジメがそれを左手で受け取ると、彼の右手を少女が弱々しい力のない手で握りしめた。
それに気づいたハジメは横目に彼女を見ると、彼女も真っ直ぐに見つめてきた。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。そして、震える声で小さく、しかしはっきりと少女は告げた。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
「俺は何もしてないよ、感謝ならハジメだけにしとけ」
ハジメと少女の繋がった手はギュッと握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくとも彼ら二人が学んだ知識では吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだと記憶している。
話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。
しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られたらしく、よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれないが、逆に狂うことすら許されなかったということになり、酷い拷問だっただろう。
と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。
「…あなた達の名前、なに?」
少女が囁くような声でハジメに尋ねた。そういえば名乗っていなかったと苦笑いを深めながらハジメと亮牙は答えた。
「僕は南雲ハジメ、ハジメでいいよ」
「亮牙、灘亮牙だ」
「ところで君の名前は?」
女の子は「ハジメと、リョウガ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、ハジメに問われた名前を答えようとして、思い直したように彼にお願いをした。
「…名前、付けて」
「は?どう言う意味だ?」
「えっと、まさか忘れたとか?」
一瞬亮牙はキョトンとしたが、ハジメは長い間幽閉されていたのならあり得ると考え聞いてみたが、少女は首を振った。
「もう、前の名前はいらない…。あなた達の付けた名前がいい」
「そうか…。だが、名前を変えても過去が消える訳じゃないぞ。それでもいいのか?」
「…うん」
「だとさ。ハジメ、何かいい案があるか?俺がつけるとしたら絶対変な名前になるぞ」
その返答を聞いた亮牙は、この少女は新しい自分へと変わるための一歩として新しい名前が欲しいのだと悟った。とは言え自分にそんなセンスはないから、こういったのは親友に任せた方がいいだろう。
少女は期待するような目でハジメを見た。ハジメは参ったなと言わんばかりに頬を掻くと、少し考える素振りを見せて、仕方ないというように彼女の新しい名前を告げた。
「僕もネーミングセンスが良い方じゃないけど、『ユエ』なんてどうかな?僕らの故郷で月を表すんだよ。最初この部屋に入ったとき、君のその金髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えだからなんだけど、どうかな?」
「成る程、結構いいじゃねえか」
「ユエ? ユエ、ユエ…」
思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、少女は瞬きすると、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。
「…んっ。今日からユエ。ありがとう」
「どういたしまして、取り敢えず…」
「?」
少女・ユエは礼を言うと握っていた手を解き、ハジメが着ていた外套を脱ぎ出すのを不思議そうに見た。
「これ着なよ。いつまでも素っ裸じゃ、ねぇ…」
「……」
そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに全裸で大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になるとハジメの外套をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。
「エッチ」
「……」
何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通すハジメ。ユエはいそいそと外套を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。
亮牙はそんな光景を愉快そうに眺めていたが、ふと殺気を感じ取った。真上からも匂いがする。
しまった、ついこっちに気を取られて油断していた!
「二人とも、上から何か来るぞ!」
彼はそう叫ぶと咄嗟に、ハジメとユエをその逞しい両腕で抱えると、強靭な脚力で一瞬のうちにその場から飛び退いた。それと同時に天井から匂いの正体が、三人が直前までいた場所に地響きを立てながら落ちてきた。
その正体は蠍に似た魔物だったが、体長五メートル、四本の長い腕に巨大な鋏を持ち、先端に鋭い毒針を備えた尾が二又に分かれて生えていた。
その姿を確認した亮牙はおかしいと感じていた。確かにこの部屋に入った時は、こんな奴の匂いはなかった筈だ。ということは、少なくともこの変なのはユエの封印を解いた後に出てきたということだ。
更に後ろからも殺気を感じ取った。振り返ると、外に突っ立っていた二体のサイクロプスのような石像が、ハジメがユエを解放した時の魔力を感じ取ったのか元の肉体に戻って、扉の向こうから覗いていた。
どうやら此奴らはユエを逃がさないための番人のようだ。彼女が解放された時の最後の切り札として、その時を待っていたのだ。
亮牙はハジメを見た。彼はさっき渡した神水を飲んで回復し、戦闘準備万全のようだ。親友は大丈夫だと確認した亮牙は、ハジメに運命を委ねたかのように彼を見ていたユエの口に、新しく取り出した神水を突っ込んだ。異物を口に突っ込まれた彼女は涙目になったものの、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。
それを確認した亮牙は、親友に指示を出した。
「ハジメ、あのゴキブリの出来損ないは俺が仕留める!お前はあの不細工なずんぐりむっくり野郎共をぶちのめせ!」
「OK!任しといて!てか彼奴蠍でしょ!」
背中合わせになっていた二人はそう言うと、それぞれの獲物に狙いを定め動き出した。
スタジオシリーズのスクラッパー購入しました。これでデバステーター完成まで、残るはオーバーロードのみになりました。
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