相変わらずのアンチがあります。ご注意下さい。
さて、今回の『グリムロックは宇宙最強』は、グリムロックこと灘亮牙と南雲ハジメがオルクス大迷宮で奈落に落ちた所まで話を戻すとしよう。
「離して!
亮牙を追って奈落へと飛び降りたハジメの後を追おうと、香織は雫と光輝に羽交い締めにされながらも、その細い体からは想像もつかないほど尋常ではない力で引き剥がそうとした。
このままでは体の方が壊れてしまうが、だからといって離せばそのまま崖を飛び降りてしまうくらい、今の香織は普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。
「香織っ、ダメよ! 香織!」
「香織!君まで死ぬ気か!灘と南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ体が壊れてしまう!」
雫は香織の気持ちが痛い程分かるからこそ彼女の名前を言うぐらいだったが、光輝は香織だけを気遣った言葉を叫び、余計に彼女を錯乱させた。
「無理って何⁉︎
誰がどう考えても二人は助からないが、その現実を受け止められる心の余裕は今の香織にはなく、反発して更に無理を重ねるだけだった。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりだった。
誰一人として、香織が
見かねたメルドが歩み寄って香織の首筋に手刀を落とし、気絶させた事でようやく騒ぎは収まった。光輝が筋違いな怒りをメルドにぶつけようとした矢先、雫が遮るように機先を制してメルドに頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます」
「礼など、止めてくれ。もう一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。彼女を頼む…」
「言われるまでもなく」
離れていくメルドを見つめながら、口を挟めず憮然とした表情の光輝から香織を受け取った雫は告げた。
「私達が止められないから団長が止めてくれたのよ、分かるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった。…ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで」
「…そうだな、早く出よう。…皆!今は、生き残ることだけ考えるんだ!撤退するぞ!」
はみ出し者とは言え、目の前でクラスメイトが二人も死んだのだ。クラスメイト達の精神にも多大なダメージが刻まれ、誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方を呆然と眺め、中にはもう嫌と言って座り込んでしまう者もいた。
そんな中、光輝は必死に声を張り上げ、メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞した事で、クラスメイト達はようやく動き出し、全員が階段への脱出を果たした。
一行が暗闇で先の見えない程ずっと上方へと続く階段を登り続けると、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。その壁に隠れていた扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。
顔に生気が戻りつつあったクラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らした。中には泣き出したりへたり込む生徒もおり、迷惑カルテット達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうになっていた。しかしまだ迷宮の中故に油断は出来ず、完全に緊張の糸が切れてしまう前に脱出せんと、メルドは心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。
「お前達、座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えもメルドの無言の睨みで封殺され、そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた事で、生徒達は今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行くと、一様に生き残ったことを喜び合っていた。
だが、未だ目を覚まさない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵里、鈴、園部優香などは暗い表情だ。
こうした陰惨な状況の中、唯一檜山だけは、目障りな奴らを同時に始末出来た事に内心ほくそ笑んでいた。墜落していく亮牙の怒りの咆哮を聞いた時は一瞬恐怖を感じたものの、最早何も出来まいと高を括っていた。
しかし檜山の所業はとあるクラスメイトによって目撃されていた。その者もまたとある歪んだ執着を持っており、自らの欲望を果たすべく、その晩に檜山を脅迫した。この件を暴露されたくなかったら自分に協力しろ、そうすれば白崎香織をお前にくれてやると。
檜山には断る選択肢などなかった。こうしてこの愚者は破滅への道を歩み始めた。
翌朝、勇者一行は高速馬車に乗って王国へと戻った。とても迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、戦争への協力を拒む嫌われ者達だったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。何よりこんな所で折れてしまい、致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だという判断もあった。
帰還を果たし二人の死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが亮牙とハジメだと知ると暗君エリヒドや老害イシュタルですら安堵の吐息を漏らしたのだ。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならない、迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。
だがこの老害共ですらまだ分別のある方で、中には悪し様に二人を罵る者までいたのだ。もちろん公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが、死人に鞭打つように、やれ死んだのが無能共でよかっただの、神の使徒でありながら役立たずな連中など死んで当然だのと好き放題に貶し、雫は激昂し何度も手が出そうになった。
それに対して、日頃から二人を忌み嫌っていた光輝が掌を返して真っ先に激しく抗議したことで、エリヒドや教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、二人を罵った連中は処分を受けたらしい。そして無能で非協力的な奴らにも優しい勇者様として光輝の株が上がるだけかと思われたが、そうはならなかった。
「今回の件で勇者達の戦力は大幅に落ちたと私は考えています」
メルドの言葉に誰もが怪訝そうな顔をした。戦争に協力するのを拒み、訓練にも参加しなかった亮牙とハジメを失っただけで、戦力が大幅に落ちるという理由が判らなかったからだ。
「まずハジメですが、彼は自分達の世界の武器の製作に成功し、戦闘では錬成士とは思えない程の活躍を見せました。そして亮牙ですが、既に他の者達と一線を超えた強さを誇っており、既に他の者達よりも戦士としての心構えが出来ておりました。正直、私や光輝ですら彼には敵わないでしょう。アーティファクトも魔法もなしに、ベヒモス相手に互角以上の強さを見せ致命傷を負わせたのですから。彼ら二人を上手く説得して味方につけておけば、最強の戦力となった筈です。…もし私が万が一にと追撃を命じてさえいなければ、あんな事にはならなかったと、今でも悔やみきれません…」
その事実に信じられないと言った顔をする者が多かったが、メルド以外の騎士達や雫、そして光輝も(心底憎々しげな顔をしていたが)賛同したことに信じるしかなく、掌返しで惜しい人達を亡くしただの、なぜ余計な真似をしたのだとメルドを責め立てる始末で、雫はこんな連中のために命を賭ける選択をした自分達の浅慮さを後悔するしかなかった。
一方、王国や教会はハジメの作った銃についての情報を得ようと、彼の指導をした錬成士達から話を聞いたり、設計図などを探し回った。
しかしハジメはこんな時に備えて設計図などはとっくの昔に処分していた。それに錬成士達も新たな技を習得するのには貪欲であったが、技術者としての良識を持っていたことから、ハジメの武器が新たな争いの火種となりかねない事を彼自身から言われたこともあり、知らぬ存ぜぬを貫き通した。
こうしたハジメの根回しににより、異世界の武器を得るという王国や教会の魂胆は水の泡となった。
生徒達にも落ち着きが戻ってきた頃、案の定檜山にはあの窮地を招いたとして厳しい批難が待っていた。檜山は当然予想していたので、ただひたすら光輝の目の前での土下座して謝罪する事に徹した。案の定、性善説を盲信する光輝はあっさり許しクラスメイトを執り成した事で、檜山に対する批難は収まった。
メルドは亮牙が誤爆されたあの一件が事故ではないと見抜き、白黒はっきりさせるために生徒達に事情聴取をしようと考えていた。有耶無耶にすれば後で問題になるし、メルド自身も自分達の世界の問題に最初から反対していた亮牙とハジメを巻き込んだ挙句、あんな目に遭わせてしまった事に激しい罪悪感を抱いていたからだ。しかしイシュタルとエリヒドから、元々はメルドが余計な追撃を命じたのが原因だと責められ、生徒達への詮索を禁止されてしまい、それは叶わなかった。
クラスメイト達も図ったようにあの誤爆の話をしなかった。もしかしたら自分の魔法だったのかもしれないと言う恐怖故に、死人に口無しと言わんばかりに、亮牙が勝手にドジった挙句ハジメを巻き込んだ自業自得という扱いで、意思の疎通を図ることもなく一致していた。どうせ二人ともクラスのはみ出し者達だったのだから、寧ろ死んでくれて清々したとでも言わんばかりに…。
あの事件から5日ほど経った。雫は香織の部屋で、あの日から一度も目を覚ましていない彼女の手を握っていた。医者の診断では体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについており、時が経てば自然と目を覚ますとの事だった。
雫は香織の身にこれ以上不幸が降りかからない事を祈りながら、亮牙とハジメの件を誰よりも後悔していた。二人は最初から戦争に反対していたというのに、自分達が考えなしに巻き込んだ事が原因で、あんな目に遭わせてしまった。今でも墜落していく亮牙の怒りの声が脳裏に焼き付き、彼女は罪悪感に苛まれていた。もし地球に帰ることが出来ても、二人の保護者にどう謝れば良いのだろう…。
また雫は、薄々檜山が土下座したのも幼馴染である光輝を利用するためという魂胆に気付いていた。あの誤爆の犯人はもしかしたら此奴ではないかと疑ったものの証拠などなく、更に光輝があっさり許した事でクラスメイト達も檜山を許してしまい、二人の死を清々したと言わんばかりに自業自得という形で片付けられしまった。幾らスクールカーストトップの雫と言えど、クラスの大半がそう結論づけてしまったために、口出しする事が出来なかった。
「ごめんなさい…。本当にごめんなさい…」
そう嘆くように謝罪の言葉を口にする雫。それは未だに目を覚さない親友へ向けたものか、地球でも散々迷惑をかけた挙句に異世界で死なせてしまった二人のクラスメイトに向けたものか、定かではない。
その時、不意に握り締めた香織の手が動き、雫が必死に呼びかけると、閉じられた彼女の目蓋がふるふると震え始め、その手がギュッと雫の手を握り返し、香織はゆっくりと目を覚ました。
「香織!」
「…雫ちゃん?」
雫はベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろした。しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していた香織だったが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。
「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう?違和感はない?」
「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど、寝てたからだろうし…」
「…そうね、もう五日も眠っていたのだもの。怠くもなるわ…」
「五日? そんなに、どうして、私、確か迷宮に行って、それで…。あ、南雲君は…?」
「ッ、それは…」
徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとするも、香織が記憶を取り戻す方が早かった。
雫は苦しげな表情でどう伝えるべきか悩み、その様子で香織は自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟るが、そんな現実を容易に受け入れられるほど強くなかった。彼女は現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとするが、雫はその腕を掴んで離さず、悲痛な表情を浮かべながらそれでも決然と香織を見つめた。
「…香織。分かっているでしょう?…ここに彼はいないわ。香織の覚えている通りよ。南雲君も灘君も死んだのよ!」
「…やめて、やめてよ、やめてったら!
イヤイヤと首を振りながら、どうにか雫の拘束から逃れようと暴れる香織を、雫は絶対離してなるものかとキツく抱き締め、凍える香織の心を温めようとした。
「離して、離してよぉ!
いつしか香織は叫びながら雫の胸に顔を埋め、縋り付くようにしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣いた。雫は少しでも彼女の傷ついた心が痛みを和らぐ事を願い、ただひたすらに抱き締め続けた。
それからかなり時間が経ち、スンスンと鼻を鳴らしながら腕の中で身じろぎする香織を、雫が心配そうに伺った。
香織は囁くような、今にも消え入りそうな声で、ハジメがここにいない事を尋ねた。雫は、誤魔化して甘い言葉を囁けば一時的な慰めにはなるが、結局後で取り返しがつかないくらいの傷となって返ってくる事を分かっていたために、敢えて辛い現実を突き付けた。
しかし、香織の次の言葉には流石の雫も戦慄した。
「…全部、灘君のせいだ…」
「え?」
「あの晩見た夢の通りになっちゃった…。灘君が南雲君を…」
「な、灘君が?」
「灘君さえ居なければ、南雲君もあんな事にはなかったのに…。灘君の方が疫病神だよ…。全部、全部、灘君のせいだ‼︎」
「か、香織…」
香織は俯いたままポツリポツリと呟いていたが、やがて怒気を孕んだ声で亮牙を糾弾し始めた。あの事件の一番の被害者は亮牙であり、ハジメは彼を助けるために飛び込んだというのに、まるで亮牙がハジメを道連れにしたような言い分だった。
雫は今まで見た事ない親友の姿に寒気を覚えた。地球にいた頃から香織と亮牙は仲が良くなかった事は理解していたが、此処まで嫌ってはいなかった筈だ。ふと雫は、二人が落ちた時やさっきの会話でも、香織の口から亮牙の名前が一切出ていなかった事を思い出した。
まさか、親友はあの事件は灘君が全て悪いと思っているのか…?
雫がそう考えている中、香織は真っ赤になった目を拭いながら顔を上げて彼女を見つめると、決然と宣言した。
「雫ちゃん、私は、
「香織…」
「私、もっと強くなるよ。それで、今度こそ南雲君を守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。…雫ちゃん、力を貸してください。」
「……」
雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。彼女の目には狂気や現実逃避の色は見えず、ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っていた。こうなった香織はテコでも動かず、雫どころか家族も手を焼く頑固者になるのだ。
普通に考えれば、香織の言っている可能性など0だと一蹴していい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。幼馴染である光輝や龍太郎も含めてほとんどの人間が香織の考えを正そうとするだろう。
だからこそ、雫は自分だけでも香織の味方になりたかった。
「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」
「雫ちゃん!」
雫に抱きつき何度も礼をいう香織に彼女は、「礼なんて不要よ、親友でしょ?」と、どこまでも男前な姿を見せる。現代のサムライガールの称号は伊達ではなかった。
しかし雫は気付いていた。香織が生存を信じているのはハジメのみで、亮牙の事は皆と同様に最早死んだものとして扱っている事を…。
しかしそれを口に出す事はできなかった。それを言えば香織のやる気に水をさす気がしたし、なりより彼女が何処か自分の知る親友とは違う人間になってしまった気がして、気付かないふりをした。もしその歪みを否定してしまうと、幼い頃から辛い時側にいてくれた親友が離れてしまう気がして、内心怖かったのだ…。
そんな雫の気持ちなど梅雨知らず、光輝と龍太郎が香織の様子を見に部屋に入ってきた。訓練着のまま来たようで、二人ともあちこち薄汚れていた。
あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。何せ、自分達が撤退を渋って碌な戦果も出せない中、戦争に反対し訓練にも参加しなかった亮牙がベヒモスを難なく返り討ちにしたのだ。メルドがそれを指摘した事で、二人とももう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っていたのだ。
そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねるも喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていった。そんな幼馴染達の姿に鈍感な香織はキョトンとしていたが、聡い雫はその原因に気がついた。
現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見えた。つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっていたのである。
雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。
「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者ども!」
だが、迷惑カルテットの四人は誰一人として気付いていなかった。
香織の部屋のキャンドルの炎の中から、まるで古代の王朝の仮面を彷彿とさせる禍々しい顔が、僅かに垣間見えていた事に。
その顔はこの四人のうち、特に香織を見ながら、都合の良い手駒を見つけたと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべていた。
此処からこの四人の歯車も大きく狂い出す事になるとは、誰も予想だにしなかった…。
今更ですが、香織ファンの皆様、申し訳ありません(汗)
原作でのベヒモスとの再戦は原作と同じになると思うので本作では省きます。
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