さあハウリア鍛錬の始まりです。彼らはどう成長していくのでしょうか?
「よし、これから十日間、お前達を鍛え上げる。文句は受け付けん」
フェアベルゲンを去った亮牙達は一先ず大樹の近くに、ハジメがこっそり盗んできたフェアドレン水晶を使って結界を張っただけの簡素な拠点を作った。一息つくとそう宣言した亮牙に、切り株などに腰掛けていたハウリア達はポカンとした表情を浮かべて困惑し、代表してシアが尋ねた。
「え、えっと、亮牙さん。戦闘訓練というのは…?」
「そのままの意味だ。大樹へ行けるようになるまで十日間やる事もないし、お前達ハウリアを最低限自分の身は守れるレベルにまで鍛え上げてやる。ハジメやユエも構わないか?」
「僕はOKだよ」
「ん、私も構わない」
「な、何故、そのようなことを…?」
あまりに唐突に宣言した亮牙達三人の据わった目と全身から迸る威圧感にハウリア達は皆震え上がり、シアが当然の如く疑問を投げかけた。
「おいシア、まさかあれでめでたしめでたし、とは思ってないよな?上の連中には釘を指しといたが、ハイピストの言ったように下の連中は必ず暴走する輩が出てくる。それにハイピストはお前達への手出しは自己責任と定めたが、裏を返せばお前達を殺しても褒めないが罪にも問わない、って事だ」
「うっ…た、確かにそうですよね…」
「悪いが俺達は旅の真っ最中で、今更中断するつもりはない。守ってやれるのは、大樹への案内が終わるまでだ。以降はお前達だけで何とかしていくしかない」
亮牙にそう言われ、ハウリア達は皆一様に難しい表情となっていた。漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやり、考えないようにしていたみたいだ。
「今のお前達は弱い。これからも悪意や害意に絶えず晒され続けるだろう。故郷を追われた以上、逃げも隠れも出来ないぞ…。とは言え俺達も黙って見殺しにするつもりはない。だから鍛え上げてやる。それとも、自分達は弱いんだから仕方ないと、潔く滅びを受け入れるつもりか?」
誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす中、やがて、ポツリと誰かが零した。
「そんなものいいわけがない」
その言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始めた。シアは既に決然とした表情だ。
「そうだ、それでいい。そのためには強くならなきゃならん。これから待ち受けるありとあらゆる理不尽から、自分や大切な家族を守れるようにな」
「…ですが亮牙殿、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も、翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません…。とても、そのように強くなれるとは…」
カムの言うように、兎人族は弱いという常識が亮牙の言葉に否定的な気持ちを生んでしまう。自分達は弱く、戦うことなどできない。どんなに足掻いても強くなど成れるものか、と。
だが、亮牙はその不安を一蹴する。
「自分達を卑下するな。そんな事はない」
「え?」
「お前達兎人族の持つ隠密技能に索敵能力、全て他の亜人どもに勝る立派な武器だ。だからこそ避難場所があったとはいえ、今までこの樹海の中で生き残ってきたんじゃないか。今後は更にそれを伸ばしていけば、少なくとも魔物相手には充分戦える筈だ」
「わ、私達も戦えるのですか…?」
「ああ。俺を前にただ怯えるだけだった、あのイモムシにも劣るゴミ屑どもの種族よりはな…。それでどうする?今までみたく弱さを理由に仲間を犠牲にしていくか、それとも仲間を守るために足掻くか?決めるのはあくまでお前達だ」
亮牙がそう言い終わると、真っ先に声を上げたのはシアだった。
「亮牙さん、私やります!戦い方を教えてください!もう、弱いままは嫌です!」
それを聞いて、亮牙は改めてシアに感心した。元々の兎人族の本質を考えるとそう言うのは避ける傾向にあるはずだが、彼女はその本質に逆らってでも強くなると決めたのだ。
そもそもシアは家族のために単身ライセン大峡谷を駆け抜け、更には(早とちりだが)自分の純潔すら犠牲にしようとした程の胆力の持ち主だ。そこに好感が持てたからこそ、彼女達を助けようと思ったのだ。
(この娘はやはり強いな。鍛えればきっと化けるぞ)
そんなシアの様子をハウリア族は唖然と見ていたが、次第にその表情を決然としたものに変え、老若男女問わず立ち上がっていった。
「亮牙殿、宜しく頼みます」
「ああ。ハジメ、ユエ、悪いがお前らの力も借りるぞ」
「了解!」
「ん、任せて」
「頼むぞ。…まず最初に言っておくが、あくまでもお前達自身の意志で強くならなきゃならん。俺達はその手伝いをするだけだ。猶予が十日だけしかない以上かなり厳しく鍛えるから、死ぬ気でついてこいよ…」
こうしてハウリア族の鍛錬が始まった。亮牙は一番素質のあるシアの鍛錬をユエとハジメに任せると、他の者達には周辺を彷徨いている魔物達と戦わせる事にした。この魔物達は拠点を襲う可能性があるし、その肉は後で亮牙が食べる予定だ。つまり自然界のごくありふれた殺しであり、訓練には丁度良いと考えての事だった。だが…。
「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」
ある男はハジメ特製の小太刀を突き刺して仕留めた魔物に、まるで互いに譲れぬ信念の果てに親友を殺したかのように縋りついた。
「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!それでも私はやるしかないのぉ!」
またある女は愛した人をその手で殺めたかのように、魔物の首を裂いた小太刀を両手で握りながらわなわな震えていた。
「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか…。当然の結果だな…」
自身が致命傷を追わせた魔物の最後の力を振り絞った体当たりを受け、吹き飛ばされ倒れたカムが自嘲気味に呟くと、周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情で叫んだ。
「族長!そんなこと言わないで下さい!罪深いのは皆一緒です!」
「そうです!いつか裁かれるとき来るとしても、それは今じゃない!立って下さい!族長!」
「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」
「お、お前達…。そうだな、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」
「「「族長!」」」
正直、ハウリア達は戦闘技術以前の問題だった。魔物を一匹殺すたびに、各々が罪悪感に駆られてしまい、一族総出で三文芝居を即興かつアドリブで展開している始末だ。
別に殺しを楽しませるつもりはないし、何よりこのトータスでは地球より命の価値が軽いので、普通にこなせるだろうと亮牙は思っていた。だが実際はこの有り様だ。
『ひっ!!?』
「…お前等、俺を虚仮にしてんのか?そんな三文芝居見せられたって何一つ面白くねえんだよ…」
流石に我慢出来なくなった亮牙は、手に握っていたドラゴントゥースメイスを地面に振り下ろし、怒りを露わにした。
そんな彼を見てビクッと体を震わせながらも、ハウリア達は「そうは言っても…」だの「だっていくら魔物でも可哀想で…」と愚痴る始末であった。
亮牙は呆れたように溜息を吐くと、やり方を変える事にした。手荒だが時間がない以上、ハウリア達に覚悟を決めさせるにはこれしかない。
「少し休憩だ。そんなに芝居が好きなら昔話をしてやる。俺の若い頃の話だ…」
「亮牙殿の、若い頃ですか…?」
「ああ、シアには話したが、まだ俺が金属の身体に変わる前の話だ。その頃の俺には妻と、二人の子どもがいた…」
「おお、亮牙殿にも御家族が居られたのですな…」
「まあなカム。野生で暮らしていたから平穏とは言えないが、妻と協力して仕留めた獲物を食べ、満腹になれば子ども達が戯れついてきて、充分幸せだったよ…」
懐かしむように話す亮牙に、ハウリア達は皆おお、と感嘆の声を漏らした。自分達とは住む世界が違うと感じていた亮牙が、自分達と同じような過去があったという思いもよらぬ共通点に、彼らは皆嬉しくなった。
「だがある日、あまりにも突然に、あまりにも理不尽に、その幸せは奪われた」
『──────!!?』
その一言にハウリア族は皆息を呑み、目を見張る。まさかそこまで同じとは思わなかったのだ。皆ざわめくが、「話を続けよう」と亮牙が言ったことで再び静まり返り、彼の自分語りに耳を傾けた。
「突如として他所からやってきた連中が俺の故郷を襲い、森を、草原を、そこに生きる全ての生き物を焼き払った」
「そ、そんな…」
「俺は攻撃を受けながらも何とか生き残ったが、身体は暖かい血の流れる肉体から冷たい金属の塊に変わっちまった。そして妻と子ども達は無残に殺され、冷たい金属の骸と化した…」
「亮牙殿…」
「そして俺はその犯人に拐われ、故郷から遠く離れた地へと送られた。長い年月を経て戻った頃には、故郷はすっかり様変わりして、同族は一頭残らず死に絶えていた…」
そう嘆く亮牙の瞳は、家族を殺された時の自分達と同じく、哀しみと怒りに満ちている事にハウリア達は気づいた。特にカムは同じ父親として、その気持ちが痛い程に理解できた。
「なあお前ら。フェアベルゲンの連中は、魔力を持って生まれたシアが全て悪いと言って、お前らから日常を奪い去った…。だがな、シアは何もしてないだろ?」
「…ええ。あの子は優しい、私の自慢の娘です…!」
「ああ、自分のせいで家族を危険に晒したと罪悪感に駆られ、必死にお前らを救うために奔走し、出会って一日も経ってない俺の過去を知って泣いてくれるような優しい娘だ…。それなのにフェアベルゲンの連中は、あの娘を悪と定め、守ろうとしたお前ら共々虐げて愉悦に浸りやがった…」
『…………』
「腹が立つよな?許せないよな?それでいい。その怒りは正当なものだ。お前らはあの娘が家族である事を誇っていいんだ。決して誰にも否定させるな!」
そう言われ、俯いていたハウリア達は皆顔を上げた。その瞳には、シアを否定し蔑んだ故郷の連中や、自分達を奴隷としようとした帝国兵への怒りの炎が宿っていた。だが、先程のウジウジしていたころよりは随分とマシなものになっていた。
彼ら全員を見渡して覚悟が決まった事を悟った亮牙は、宝物庫のポーチから、蹴り兎や二尾狼などといったオルクス大迷宮の魔物の肉から作った干し肉やソーセージなどを取り出し、同じく取り出した神結晶の小さな塊を握り締め、大量の神水を生み出して池を作った。
「今日の昼飯はそれだ。魔物の肉を加工して作ってある。ハジメは昔無能などと謂れのない誹謗中傷を受けたが、魔物を喰らった事で今や、中傷した屑どもなど敵わないレベルまで強くなった。まあ知っての通り、魔物の肉には毒があるから、副作用はあるがな…」
そう言われ、ハウリア達は皆ゴクリと、唾を飲んだ。
「無理に食えとは言わん。だがこれを食えば、故郷の連中に否定されたシアと同じ力を手に出来るぞ。どうする?種族の性分を貫いて滅ぶか、それを捨ててでも理不尽に立ち向かうか…。俺からの助言は一つ、その優しさで一体何が守れたんだ?」
『………………』
ハウリアは皆黙っていたが、やがてカムが覚悟を決めて干し肉に手を伸ばし、口に入れて噛み締める。他のハウリア達も、老若男女問わず干し肉やソーセージを手に取って食べ始めた。
そして彼らの身体に異変が起きた。激痛がするわけではないが、身体中が痺れるような感覚が彼らを襲い、身体が作り変えられていった。それを見て亮牙は神水を溜めて作った池を指差した。
「その水を飲め。痛みを和らげる天然の回復薬だ…。よく覚悟を決めてくれた」
これでもう精神面に心配はない。肉体も強化された以上、期限までに充分鍛えられるだろう。
そう思いながらも亮牙は、真っ先に動いたカムの父親としての姿に感服していた。やはり親というのは、我が子のためなら何だって出来るんだな、と。
訓練開始から十日目、シアは現在ユエから訓練を受けていた。花や虫を愛でろくに戦えていなかった一族と違い、彼女は樹海を天然の武器庫として活用し、容赦無しに大立ち回りしていた。
「でぇやぁああ‼︎」
「…緋槍」
シアは直系1mにも及ぶ大木を圧し折って投げ飛ばすが、ユエはそれを緋槍で迎え撃った。初級魔法では、今のシアなら膂力のみで跳ね返してしまうだろう。
「まだです!」
そう言って空かさず上空に跳び上がったシアに二本目の大木を投擲され、ユエはバックステップで避けるものの、それも予測していたシアは
大木を跳び蹴りで粉砕し、大量の木片を撒き散らした。
しかしユエも負けじと「城炎」を発動し、襲いくる木片を瞬時に焼き尽くした。だが、それらは全て目眩しであった。
「もらいましたぁ!」
「ッ!」
そう叫ぶと、シアはハジメに作ってもらった木製の大槌を振り下ろした。かろうじて避けたユエだが、大槌はそのまま大地を揺らして石片が撒き散らされ、彼女は「風壁」でそれらを散らすと同時にその風に乗り、自身も間合いをおくと続けざまに「凍柩」を発動し、シアの首から下が氷付けにした。
「づ、冷たいぃ~!早く解いてくださいよぉ~、ユエさ~ん」
「…私の勝ち」
「お~い、そろそろ休憩しよう…って凄いなこりゃ…」
そう言いながら、武器の整備をしていたハジメが声をかけに来たが、彼女達二人が戦っていたところだけがまるで大災害が起きた様を見渡し驚愕していた。そして彼は、二人に視線を向けた。
「最終日もユエの勝ち、ではないみたいだね」
ハジメにそう言われ二人が「「えっ⁉︎」」となると、彼が自分の頬を人差し指で指した箇所をユエが触れると、そこには赤い血が一筋流れていた。
「ユエさんの頬っぺ!傷です傷!私の攻撃当たってますよ!あはは~、やりましたぁ!私の勝ちですぅ!」
シアは氷だるま状態で体が動かせない代わりに、長い耳をピコピコ動かして大喜びした。
(…やられた)
ユエは訓練を始めるにあたり、シアとある約束をしていた。それはどんな些細な傷でも良いので自身から一本取れば、シアの「ある事」に対して加勢する、というものだ。
だが彼女は、今まで戦った事もないシアが自分から一本取るなんて不可能だと当初は思っていた。事実、最初の数日は殆ど赤子の手を捻るような感覚で返り討ちにしていたので、これだけ圧倒的な力の差を見せればその内諦めるだろうと思っていた。
(ホントにたったの十日で……)
だが五日目、シアが自身の魔力のうち、主に身体強化に突出した魔力の扱いをモノにしてからは、状況が変わり始めた。ユエの中からドンドン余裕が失われて行き、七日目には普段と変わらぬいつも通りの表情の裏で内心、
『この残念ウサギは化け物かっ⁉︎ハジメェー!リョウガァー!森のウサギが倒れない!幾らぶっ飛ばしても止まってくれません!どうしたら良いですかぁっ⁉︎』
と普段のクールビューティーな彼女からは想像も出来ない程の大混乱状態に陥っていた。八日目にはそんな事を考える余裕すらなくなり、少しでも油断したら一本取られても可笑しくない状況となったので、ユエも訓練と言う考えを捨て去り全力で迎え撃っていた。
そして最終日を迎えた今日、遂にシアは彼女から一本取ったのであった。
「亮牙が食事が出来たから休憩しなよだってさ。二人とも行こう」
ハジメはそう言って踵を返すと、亮牙の待つ方へと戻っていった。
「ユエさん。私、勝ちました」
「…ん」
「約束しましたよね?」
「……ん」
「もし、十日以内に一度でも勝てたら…」
訓練最終日と言う事で、亮牙はハウリア族に最後の課題としてある大型の魔物の討伐に向かわせ、自身はハジメとユエ、シアの食事を準備していた。
「おう、お疲れさん」
ユエとシアを呼びに行ったハジメが戻ってから少し遅れて、彼女達二人も戻ってきた。
「亮牙さん亮牙さん!聞いて下さい!私、遂にユエさんに勝ちましたよ!大勝利ですよ!いや~、亮牙さんにもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを!負けたと知った時のユエさんたらもへぶっ⁉︎」
大喜びのあまり調子に乗り始めたシアにイラッときたのか、ユエは無言でビンタをかまして黙らせた。
「なるほど、で、どうだったんだ?」
「魔法自体の適正はハジメと同じレベル…。でも、身体強化に特化してる。正直、化物レベル」
ユエの言う通り、シアは亮牙のドラゴントゥースメイスを見て、ハジメにあの大槌を作ってもらったのだが、彼女はかなりの重量を誇るそれを軽々と振り回していた。
直接相手をしたユエ曰くシアの力は素のハジメの能力の六割程で、ステータスプレートが無い以上詳しく測定できないものの、今後の鍛錬次第で更に伸びるとの事だ。正直彼女は現時点ではオスカーの住居到着直後のハジメに迫るものがあるらしく、奴隷狩りやフェアベルゲンの追っ手、そして周辺の魔物くらい襲ってきても、今なら簡単に返り討ちに出来るだろう。
「成る程、それなら自分だけでなく家族も充分守れるだろうな。これで俺達も安心して旅立てる」
亮牙はそう素直な賞賛を贈るが、当のシアは普段なら元気よく喜びそうなのにどこか恥ずかしそうに少し、視線を下に向けていた。
亮牙がどうしたのかと疑問に感じていると、やがて彼女は決意したように顔を上げて、彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「あの、亮牙さん!私を貴方達の旅に連れて行ってください!お願いします!」
それはハルツィナ樹海へ訪れる前に言われたのと同じく、旅に同行したい、とのことだった。だが、亮牙の答えも最初と同じだった。
「前も言っただろ?お前を想ってくれる仲間達がいるんだから、態々それを捨ててまで無理に俺達に付き合わなくていいって…」
「いえ、違うんです!それに私は元々、今回の件が落ち着いたら一族を離れるつもりで居ました」
だが今回のシアは黙り込む事無く亮牙の言葉を遮った。
それを聞いて彼は驚きを隠せなかったが、同時に少し考えれば納得もできた。自分自身を危険に晒しても仲間達のために行動できる心優しい彼女が、自分の所為でこれ以上仲間が辛い思いをするのを許せる筈も無いだろう…。
「…それはカム達にも話したのか?」
「はい、修行が始まる前から。自分達に迷惑をかけるからと言う理由ならダメだけど、自分の意志で付いていきたいなら良いと。でも、あの時の私は亮牙さん達の言うとおり実力不足でした…。ですので、皆さんから修行の件が切り出されなくても、私自身、戦闘の訓練をお願いしようと思ってたんです」
「確かにお前は充分強くなったし、俺達は似た者同士な気もするが、別に借りだなんて思わなくても…」
「ち、違います。それだけじゃなくて、その…」
そこでシアは言葉を詰まらせ、さっきよりも顔を赤くし俯いた。しかしやがて自分の両頬をパンっと叩いて気合を入れると、顔を上げた勢いのまま叫ぶように告げた。
「私がっ!亮牙さんの傍に居たいからですぅ!しゅきなのでぇ!」
((噛んだ…))
「……………………………はい⁉︎」
予想だにしなかったシアの一言に、亮牙はしばしの沈黙の後、素っ頓狂な声を挙げて驚いた。当の彼女は想いを打ち明けた事、そんな大事な告白で噛んでしまった事が恥ずかしくてあたふたしていた。
「シ、シア…告白する相手、ハジメと間違えてないか?」
「いえ、間違えてません!私は亮牙さんが好きなんです!」
「亮牙、僕に惚れるわけないでしょ。今までのこと考えりゃあ、100%君に惚れるって」
シアはどこかお転婆なところがあるから、自分をハジメと間違えて告白したんじゃないかと思い聞き直す亮牙だが、彼女は間違えていないとはっきり宣言した。
対するハジメは、親友の鈍感さに少し呆れながらツッコみを入れた。
「ハジメさんの言うとおりです。最初に出会った時は驚きましたけど、優しく話しかけて私の言った事を信じてくれて、とっても嬉しくて安心したんです。…忌み子として生まれて16年間、周りと違う事や迷惑を掛けてしまうのに寂しさや辛さを感じて、いつバレて追い出されてしまうんだろうか不安で…。そしてフェアベルゲンを出た後も頼れるものが何も無い状況の中、貴方が手を差し伸べてくれたんです」
そう告白するシアは、亮牙を今は亡き母・モナと重ねていた。病弱だったためにシアが10歳の時に亡くなってしまったが、彼女が自分の持つ力に悩んでいた時はいつも、「人とは違う事が出来て羨ましい」と励ましてくれた、とても優しい女性であった。
「それからも亜人であるはずの私と対等に接してくれて、長老達から処刑を言い渡された時も、フェアベルゲンと敵対してでも私達との契約を選んでくれましたし、何より私が受けた仕打ちに心の底から怒ってくれた姿に、貴方は本当に私達を対等に見てくれている、とても優しい人だって確信したんです」
それを悟ってからは、ダイヘドアを追い払ってくれた事、自分の事情を聞いて契約を結んでくれた事、帝国兵と戦い攫われた家族を助けてくれた事、樹海への道中で自分の事を気遣ってくれた事、長老達を言い負かして自分を守ってくれた勇姿、亮牙がしてくれた全てが一気にシアの心を射止めた。
「ですからこれは、無理をしてるわけでも借りを返すつもりでもなく、正真正銘、私自身の気持ちですっ!貴方のそばに寄り添わせてください!」
シアにそう言われた亮牙は、6600万年以上生きてきた人生の中で一番困惑していた。
恐竜だった頃は妻と子もいたが、トランスフォーマーになってからは性欲などなくなったし、人間になってからも異性に関心を持つことなどなかった。親しい人間の女性と言えばテッサとイザベラ、亮子に菫ぐらいなものだが、前者二人は友人として、後者二人は育ての親としての親愛であったし、何より自分自身あまり人間に好かれるタイプじゃなかった。
確かにシアの仲間想いな性格などには好印象を抱いていたし、こうして告白されて嫌な気分はしない。だが、何より最大の問題があった。
「えっと、シア…。そう言ってくれて嬉しいんだが、俺の本当の姿は覚えてるよな…?それを見てどう思う?」
「勿論覚えてますよ。凄く…大きいです…」
「違う!俺は金属生命体だ!お前のように暖かい血の流れた肉体とは違って、硬くて冷たい金属の塊なんだ。確かに元々の俺は普通の肉体だったが、その時ですら俺は本能のまま生きる獣だったんだぞ…。そんな俺がお前に相応しいとは思えない。この十日間その為に頑張ってくれたのにすまないが、気持ちを受け入れる事は出来ん…」
「……」
そう、亮牙とシアには、ハジメとユエ以上に種族の壁があった。今の彼は人間の姿であるものの、本来の姿は金属生命体トランスフォーマーであり、更にその前はティラノサウルスであったのだ。
元々が有機生命体であった事からシアに対して忌避感などは一切感じていないが、流石にそんな自分が彼女に相応しい男とは思えなかった。
申し訳なさそうな表情の亮牙にそう告げられ、シアは表情を少し曇らせたが、突然としてフフフと怪しげに笑い出した。
「うぅ~、やっぱりこうなりましたか…。ええ、分かってましたよ。亮牙さんは優しいですから、一筋縄ではいかないと思ってました。だからこそ、命懸けで外堀を埋めておいたのです!ささっ、ユエ先生!お願いします!」
「え、ユエ?どういう事だ?」
「…亮牙、連れて行こう」
「おい⁉︎」
「僕も構わないよ。それに女にここまで言わせておいて、種族が違うからって断ったら、男が廃るんじゃない?」
「ハジメ、お前もか…」
してやったり、という表情でユエの名前を呼ぶシアに目を瞬かせた亮牙だが、呼ばれた当の本人が意外にも彼女を援護してきたことに、更に驚く事になった。
そう、シアがユエと約束したのは、自分から一本取れるほどの実力を示すことが出来れば、同行を願い出た際に援護してもらう事だった。ユエもこの十日間のシアの頑張りを誰よりも近くで見ており、そしてその上で自分が課した障碍を打ち破ったからこそ、彼女の亮牙に対する想いが本物なのだと悟り、援護を引き受けたのだ。
ハジメも最初は驚いていたものの、今まで自分を支えてくれた親友に少しでも寄り添う人が増え、人並みの幸せを感じて欲しいという気持ちもあったので、シアの旅の同行に賛成の意を示した。
仲間達にもそう言われ、流石の亮牙もシアを諦めさせるのは不可能だと悟った。それに、彼女にここまで言わせた以上、もう自分には幾つかの最終確認をするしかなかった。
「…なあシア、悪いが気持ちには応えてやれない可能性の方が高いぞ?」
「そう言ってくれるって事は可能性はゼロじゃない、未来はまだ決まってないって事ですよね?」
「辛く危険な旅になるぞ?それに俺はお前とは違う、正真正銘の怪物だ…」
「亮牙さんが怪物なら、私だって化け物ですよ。もう足手纏いじゃありませんし、どんな苦難だって乗り越えて見せます」
「……どうやら、俺の負けみたいだな。分かったよシア、お前の命は預かる。その代わり、俺の命も預けるぞ」
「はい!お任せください!」
亮牙はそう言って苦笑すると、シアの頭を優しく撫でてあげた。
一方のシアも、彼らと会ってから今までで一番明るい笑顔を浮かべると、嬉しそうな返事をしたのであった。
感想、評価お待ちしてます。