少しクラスメイトアンチなところもあるのでご注意下さい。
広大な平原のど真ん中に、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけの簡素な街道が、北へ向けて真っ直ぐに伸びていた。この世界の馬車にはサスペンションなどあるわけないので、この道を通れば乗員の尻を痛める事間違い無しだ。
そんな凸凹の道を苦もせず有り得ない速度で爆走するのは、ご存知亮牙一行だ。ハジメの運転で、ビークルモードのアイアンフィストが時速80kmのスピードで疾走している。ライセン大峡谷の谷底のように魔力を阻害するものがないので、本来のスペックが十全に発揮されていた。
座席順は運転席にハジメ、助手席にユエ、後部座席にスラッグ、荷台にシアと亮牙という形だ。当初亮牙は体格のでかい自分とスラッグが後部座席に乗ったらシアが窮屈だろうと、自分が荷台に出ようとしたが、当の彼女は恋人の隣が良かったので一緒に荷台に乗る事になった。
天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、ユエの魔法で風圧も調整されているので絶好のドライブ日和だ。風にさらわれてウサミミをパタパタとなびかせながら、シアは亮牙とともにポカポカの日差しと心地よい風を全身に感じて、実に気持ちよさそうに目を細めていた。
「はぅ~、気持ちいいですぅ~」
「だな。ハジメには悪いが、こういうのも悪くないな」
実に間延びした緩々の声音のシアは、あまりの心地よさに半分夢の住人になっており、亮牙の右肩にもたれ掛かりながらうとうとしていた。そんな寝言まじりの恋人の頭を、亮牙は優しく撫でていた。
現在、亮牙達はウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。
しかし、いつになく他人のためなのに積極的な亮牙に、ユエが疑問顔で質問した。
「…亮牙、やけに積極的。どうして?」
「別に貴族のバカ息子がくたばっていようがどうでもいいんだが、生きて連れ帰りゃあ感じる恩もでけえからな。これから先、カルトどもと殺し合いになるのは避けられねえが、ある程度中立の立場の連中を増やしとけば、面倒も減るだろ」
「…なるほど」
実際、イルワという盾がどの程度機能するかはわからないし、どちらかといえば役に立たない可能性の方が大きいが保険は多い方がいい。ましてほんの少しの労力で獲得できるなら、その労力は惜しむべきではないだろう。
「それにな、聞いた話じゃこれから行くのは湖畔の町だから水源が豊からしくて、近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」
「…稲作?」
「このトータスじゃ麦の方が主食かもしれんが、ハジメの故郷での主食の米があるのさ」
「ああ、米かぁ。確かにこっち来てから一度も食べてないなぁ…。日本で食べてたのと同じものか分からないけど、早く行って食べたいね」
「…俺スラッグ、イネなんて硬くて食いづらくないか?」
「あのさスラッグ、僕牛じゃないんだよ。食べるのは草の部分じゃなくて実の部分だからね」
「…ん、私も食べたい。亮牙、町の名前は?」
オルクス大迷宮でサバイバルしながら攻略していた時、魚系の魔物を食べる度に寿司が食べたくなったのを懐かしく思いながら、ハジメは久々に食べられる米料理に遠い目をして思いを馳せていた。
スラッグは恐竜だった頃さまざまな植物を食べており、中には初期のイネ科の植物も口にした事があった。だがイネ科の植物はプラントオパールが含まれていることから硬く、食いづらいイメージがあった。故にあんなのを主食にするなんて変わってるなとツッコんでいたが、草を食うわけじゃないんだからとハジメも苦笑していた。
恋人の姿に微笑ましそうな眼差しを向けていたユエは、そう言えば町の名前を聞いてなかったなと亮牙に尋ねた。
「おっと、言い忘れてたな。湖畔の町『ウル』だ」
一方、目的地のウルでは、見た目はロリっ娘、中身は25歳のレディ(笑)がトボトボと歩いていた。そう、亮牙達と共にこのトータスに召喚された社会科教師、畑山愛子だ。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
学生時代の体験から教師とは、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人、即ち『味方』となるべき存在だと考えていた彼女にとって、現状は不満の極みだった。いきなり異世界召喚などというファンタスティックで非常識な事態に巻き込まれ呆然としている間に、スクールカーストのトップ四人に話を代わりにまとめられてしまい、気がつけば大切な生徒達が戦争の準備なんてし始めていたのだ。はみ出し者扱いされていた生徒二人と共に何度説得しても、既に決まってしまった流れは容易く彼女達の意見を押し流し、幼稚な生徒達の歩を止めることは叶わなかった。
ならば、せめて傍で生徒達を守る!と決意したにもかかわらず、保有する能力の希少さ・有用さから戦闘とは無縁である農地改善及び開拓を言い渡される始末。それでも共に反対してくれた生徒達の助言を受け、自分なりに帰還のための情報を少しでも集めようと、聖教教会の神殿騎士やハイリヒ王国の近衛騎士達に護衛されながら各地の農村や未開拓地を回り、ようやく一段落済んで王宮に戻れば、待っていたのはその生徒二人の訃報だった。
この悲劇に愛子は深く傷つき自分を責めたが、教師としての頭をガツンと殴りつけ、ある意味目を覚ますきっかけとなった。「死」という圧倒的な恐怖を身近に感じ立ち上がれなくなった生徒達に戦闘の続行を望む教会・王国関係者に対して、もう二度と流されるもんか!と真正面から立ち向かった。自分の立場や能力を盾に、私の生徒に近寄るなと、これ以上追い詰めるなと声高に叫んだ。
結果として何とか勝利をもぎ取る事に成功し、戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなったのだが、上層部は愛子という人材を王国や教会につなぎ止めるため、更に心変わりさせて再び生徒全員を戦場に送るために、ハニートラップ作戦として全員が凄まじいイケメンの専属騎士達を彼女の護衛にした。だがそのハニートラップ要員である神殿騎士専属護衛隊隊長デビッド、副隊長チェイス、近衛騎士のクリスとジェイドの四人全員が愛子に惚れ込み、ミイラ取りがミイラになるという結果となっただけだった。
一方生徒達の大半は、亮牙とハジメの死を目にしたことで戦いの果ての死というものを強く実感させられてしまい、まともに戦闘などできなくなった。あれ程スーパーヒーロー気取りで息巻いていた癖に、死の恐怖を味わった途端、我が身可愛さに逃げたのだ。愛子のおかげで教会からの復帰を促す圧力はなくなったが、大半の者が王宮に引き篭もる居残り組と化し、オルクス大迷宮で実戦訓練をしているのは迷惑カルテットこと勇者パーティーと小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。
しかしその事で調子に乗った小悪党組の横柄な態度が目に余るものになっており、一部の居残り組には何か自分の名誉を取り戻す名目で戦争から逃げる口実が欲しくなった。そんな時に愛子へのハニトラ要員の騎士達の存在に気がつき、オルクスでハジメが助けた女子生徒・園部優香を中心として「愛ちゃんをどこの馬の骨とも知れない奴に渡せるか!」というなんとも上から目線な考えで、彼女の護衛を買って出たのだ。
そうして勝手に結成された「愛ちゃん護衛隊」、リーダーは優花で、他のメンバーは菅原妙子・宮崎奈々・相川昇・仁村明人・玉井淳史・清水幸利、計七人だ。
そしてちょうどハイリヒ王国にヘルシャー帝国の使者が来訪して二ヶ月後、愛子達農地改善・開拓組一行は新たな農地の改善のために湖畔の町ウルへと訪れていた。
旅の疲れを癒しつつ、ウル近郊の農地の調査と改善案といった農地改革に取り掛かり始め、最近巷で囁かれている『豊穣の女神』という二つ名がウルの町にも広がり始めた頃、再び、愛子の精神を圧迫する事件が起きた。護衛隊として同行した生徒の一人、清水幸利が失踪したのである。
それから既に二週間以上経ち、愛子達は八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りだった。
当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が『闇術師』という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、その辺のゴロツキにそうそうやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。
元々清水は大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなく、クラスメイトとも特別親しい友人はいなかったために、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に他の生徒達や護衛隊の騎士達は、清水の安否などどうでも良くなり、寧ろそれを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。
ちなみに、王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成しあと二、三日で応援に来るようだ。清水も魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、ハジメと亮牙の時のように上層部は楽観視していなかった。
「はぁ、今日も手掛かりはなしですか…。清水君、一体どこに行ってしまったんですか…」
「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ?悪い方にばかり考えないでください」
元気のない愛子に、デビッドと優花がそう声を掛けた。周りの騎士達と生徒達からも口々に気遣うような言葉をかけられ、彼女は一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。
「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」
無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をし、騎士達は微笑ましげに眺めた。
そして彼らは宿泊先であるウルの町で一番の高級宿『水妖精の宿』へと入っていった。一階部分のレストランにはウルの町の名物である米料理が数多く揃えられており、内装は老舗という言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。
当初、愛子達は高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、「神の使徒」あるいは「豊穣の女神」とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に止めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。元々王宮の一室で過ごしていたこともあり、彼女達も次第に慣れ、今ではすっかりリラックス出来る場所になっていた。農地改善や清水の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る彼女達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみになっていた。
一番奥の専用となりつつあるVIP席に座りながら、生徒達は極めて地球の料理に近い米料理に毎晩テンション上がりっぱなしだ。だが、クラスメイト一人が行方不明となっているというのに、やれ天丼モドキが美味いだの、やれチャーハンモドキ一択などと盛り上がるとは、なんとも薄情な話である。そんな彼女達のもとへ、オーナーであるフォス・セルオがにこやかに話しかけてきた。
「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」
「あ、オーナーさん。いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」
「それはようございました」
そう嬉しそうに微笑んだフォスだったが、次の瞬間にはその表情を申し訳なさそうに曇らせた。何事かと、食事の手を止めて皆が注目する中、彼の口から香辛料を使った料理は今日限りと伝えられた。
それを聞き、カレーが大好物故にトータス版カレーのニルシッシルが食べられないのか、と優花がショックを受けていた。
「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして…。いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが…。ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「あの、不穏っていうのは具体的には…?」
「何でも魔物の群れを見たとか…。北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね…」
「食事中にする話ではありませんでしたね…。しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。ギルド全体でも最上級クラスの幹部職員であるフューレンの支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者として好奇心をそそられた騎士達の頭には、有名な「金」クラスの冒険者がリストアップされていた。
愛子達がデビッド達のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から、男三人と少女二人の声が聞こえ始めた。それに反応したのはフォスだ。
「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。『金』に、こんな若い者がいたか?」
デビッド達騎士は、脳内でリストアップした有名な『金』クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干困惑したように顔を見合わせた。そうこうしている内に、五人の男女は話ながら近づいてきた。
愛子達のいる席は三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる席だ。唯でさえ目立つ愛子達一行は、彼女が『豊穣の女神』と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めていた。そのカーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきた。
「だから大丈夫だってスラッグ。騙されたと思って食べてみなよ」
「ん、ハジメの言う通り。好き嫌いはメッ!」
「う〜む。俺スラッグ、ハジメがそこまで言うなら試してみよう」
「もうっ、亮牙さんもスラッグさんも子どもっぽいんですから〜。あれ?亮牙さん、さっきから顰めっ面してどうしたんですか?」
「ん?ああ、さっきから嗅ぎ慣れた匂いがするんだが、香辛料の匂いが強くてよく分からねえんだ…」
その会話の内容に、そして少女達の声が呼ぶ二人の名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねた。それは傍らの優花や他の生徒達も同じだった。脳裏に浮かび上がるのはおよそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、「異世界での死」というものを強く認識させ、消したい記憶の根幹となっている、良くも悪くも目立っていたあのコンビだ。
金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが、誰一人として反応しなかった。騎士達が、一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。
「…灘君に、南雲君?」
無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻すと、愛子は椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。
シャァァァ!と、存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、五人組の男女はギョッとして思わず立ち止まった。
愛子は相手を確認する余裕もなく、守ってやれなかった大切な教え子の名前を叫んだ。
「灘君!南雲君!」
「あぁ?…………おいおい嘘だろ」
「え?先生…?」
彼女の目の前にいたのは、間違いなく死亡したと思われた灘亮牙と南雲ハジメの二人であった。亮牙の方は紅蓮の炎の如く真っ赤な瞳に、ハジメは逞しい体つきに顔の右反面に火傷のような古傷があるが、それ以外は地球にいた頃と変わりなかった。二人とも、両目を大きく見開き驚愕を露わにしていた。
「灘君、南雲君、二人なんですね…?生きて、本当に生きて…」
死んだと思っていた教え子達との奇跡のような再会に、愛子は感動して涙腺が緩んだ。今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。それでも必死に言葉を紡ごうとする愛子だったが、瞬間、亮牙とハジメはくるりと背を向けて顔を突き合わせ、まるで無視されたかのような動きに愛子は思わず「へっ?」と声を漏らした。
「…しまったな。匂いが分かりづらかったとは言え、こんな所で鉢合わせちまうとは…」
「人違いで済ませるのは無理だね。僕先生って言っちゃったし…。町中でのすれ違いならまだしもこうやって同じ宿を取っちゃあ逃げられないよ…」
「はあ、今日は厄日なのか…?」
ひそひそとどうするか話し合う二人だったが、正気に戻った愛子が慌てて亮牙の腕をつかみ、声をかけた。
「ち、ちょっと待ってください二人とも!どうして無視してるんですか⁉︎ちゃんと先生のほうを向いて話してください!それに二人ともその目や傷、何があったんですか…?こんなところで何をしているんですか?何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?二人とも答えなさい!先生は誤魔化されませんよ!」
レストランに愛子の怒声が響き渡った。幾人かいた客達も噂の「豊穣の女神」が男に掴みかかって怒鳴っている姿に、「すわっ、女神に男が⁉︎」と愉快な勘違いと共に好奇心に目を輝かせていた。
生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。生徒達は亮牙とハジメの姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべていた。だが、どうすればいいのか分からず、ただ呆然と愛子と亮牙、ハジメを見つめるに止どまっていた。
そこへ、ユエやシアのように呆気に取られていたスラッグが、愛子を指差して亮牙に問いかけた。
「俺スラッグ、何だこのガキは?グリムロック、お前の娘か?」
「ええ⁉︎この子が亮牙さんのお子さんなんですか⁉︎」
「んなっ⁉︎何ですか貴方は⁉︎いきなり人を子供扱いするとは何事ですか⁉︎」
「んなわけねえだろ二人とも…。それにこう見えて此奴は25歳の合法ロリだ」
「何だ、ババアじゃねえか」
「だ、誰がババアですか!!?それに灘君!先生をそんな卑猥な呼び方するのは止めなさい!!!」
「ああもうスラッグ、話をややこしくしないでよ!それに先生も大人の女性なら落ち着いてください!」
「ん、皆、ハジメを困らせないで…」
またしてもスラッグがデリカシーのない事を言い出し、それにカチンときた愛子はうがー!と吠えた。なお、一般的な恐竜は10歳前後で性成熟し、20〜30歳程で寿命を迎えたとされているため、25歳の愛子は恐竜を基準とすれば充分高齢なのだ。
見かねたハジメとユエが溜息を吐きつつ仲裁に入り、ようやく落ち着いた愛子は自分が暴走しかかっていたことを自覚し、顔を赤くしながら亮牙から手を放した。
「すいません、取り乱しました。改めて、灘君に南雲君ですよね?」
「ああ。久しぶりだな」
「やっぱり、やっぱり二人なんですね…。生きていたんですね…」
「ええ、何とかですが」
「よかった。本当によかったです」
それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥すると、亮牙は近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席に着き、他の四人も席に着いた。
突然の行動にキョトンとする愛子達など知らんとばかりに、亮牙は生徒達の後ろに佇んで事の成り行きを見守っているフォスを手招きした。
「さてと、腹も減ったし飯にしようぜ。俺はこの店で一番オススメの肉料理にするか」
「僕はこのニルシッシルかな。想像した通りならカレーみたいな料理らしいから楽しみにしてたんだ」
「なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」
「俺スラッグ、この海老チャーハンとかいうやつにしようかな」
「う〜ん、なら私もそれにします。店員さぁ~ん、注文お願いしまぁ~す」
最初は愛子達をチラチラ見ながらおずおずしていたシアも、恋人達が特に気にした様子もなくそれぞれ注文を始めたため、まあいいかと意識を切り替えると困った笑みで寄って来たフォスに注文を始めた。
だが当然、そこで待ったがかかった。亮牙達があまりにも自然にテーブルにつき何事もなかったように注文を始めたので再び呆然としていた愛子が息を吹き返し、ツカツカと五人のテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。
「灘君、南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの三人はどちら様ですか?」
「腹減ってるんだ、後にしてくれ。こいつらは…」
「俺スラッグ、グリムロックの古い仲間」
「…ユエ。ハジメの女」
「シアです。亮牙さんの女ですぅ!」
「お、女⁉︎」
愛子は上手く情報処理が出来ず、若干どもりながら「えっ?えっ?」と亮牙とハジメ、二人の美少女を交互に見た。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせており、特に男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ていた。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながらだが。
「俺スラッグ、さっきから此奴ら、俺を無視してないか?」
「スラッグ、気にしちゃダメ。貴方も充分素敵。ハジメには負けるけど…」
「むっ、ユエさん。亮牙さんだって負けてませんよ?いつも私に優しくキスしてくれますもん!」
キスという単語にようやく情報処理が追いついた愛子は、顔を真っ赤にして亮牙とハジメを睨んだ。その顔は、非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるという決意に満ちていた。そして「先生の怒り」という特大の雷が『水妖精の宿』に落ちた。
「灘君!南雲君!ふ、不純異性交遊なんて!直ぐに帰ってこなかったのは、そちらの女性達と遊び歩いていたからなんですか⁉︎もしそうなら許しません!ええ、先生は絶対許しませんよ!お説教です!二人ともそこに直りなさい‼︎」
「五月蝿いぞ、彼氏いない歴25年。生徒に先越されたからって八つ当たりすんなよ」
「だ、誰が彼氏いない歴25年ですか⁉︎余計なお世話です‼︎」
「話をややこしくしないでよ亮牙。はぁ、今日は厄日だ…」
苛立った亮牙の悪口に更に激怒してきゃんきゃんと吠える愛子、面倒な事になりハジメは深〜い溜息を吐きながらそう呟いた。
〜用語集〜
・恐竜とイネ科植物
従来、恐竜時代には草と総称されるイネ科植物は存在しないとされてきた。しかし近年、インドの白亜紀後期の地層から見つかった竜脚類の糞化石にプラントオパールが含まれていたこと、中国の白亜紀前期の地層から見つかった鳥脚類の歯列にイネ科植物表皮の微細化石が確認されたことから、白亜紀には既にイネ科は誕生しており、植物食恐竜も食べていたらしい。
・恐竜の年齢
昔は100年以上生きると言われた恐竜であるが、近年の研究では意外と短命で、ティラノサウルスやアロサウルスといった大型肉食恐竜は30歳前後が平均寿命だった可能性が示唆されているらしい。
・海老チャーハン
ご存知、ビーストウォーズの千葉トロンの迷言から。
・彼氏いない歴25年
初期のクレヨンしんちゃんで松坂先生によく使われてたネタ。ちなみに松坂先生は愛ちゃんの一つ下の24歳で、悲劇的な別れをしたが彼氏がいた。
・今日は厄日だ
シュワちゃん主演のアクション映画『コマンドー』のヒロイン、シンディの迷言から。
感想、評価お待ちしております。