一応、前日談を描いたアメコミでは登場しているキャラですが、生憎作者は詳しくは知らないため、G1などをベースに独自のキャラクターとしました。
北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ、資源豊富なウルの町は現在、つい昨夜までは存在しなかった外壁に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。
この外壁はハジメが魔力駆動二輪で町の外周を走行し、整地ではなく外壁を錬成しながら即行で作成したのである。もっとも壁の高さは、ハジメの錬成範囲が半径4m位で限界なのでそれほど高くなく、大型の魔物なら容易によじ登れるだろう。とは言え、壁に取り付かせるつもりなど一才ないので、これは万一の保険程度の気持ちで作成したので問題はなかった。
町の住人達には既に、数万単位の魔物の大群が迫っており、移動速度を考えると夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうという事実が伝えられている。当然住人はパニックになり、町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられる筈もないので仕方なかった。
だが愛子が、そんな彼等に心を取り戻させた。高台から声を張り上げる『豊穣の女神』の、恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。戦場で敵を殺し尽くせば世界が救われるなどと曰う光輝達より、勇者に相応しい活躍だった。
冷静さを取り戻した人々は、故郷を捨てられず町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組の二つに分かれた。
居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。
避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、『豊穣の女神』一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも自分達の町は自分達で守る、出来ることをする、という気概に満ちていた。
すっかり人が少なくなり、それでもいつも以上の活気があるような気がする町を背後に、亮牙達は即席の城壁に腰掛けて、どこを見るわけでもなくその眼差しを遠くに向けていた。そこへ愛子と生徒達、ティオ、ウィルがやって来た。接近に気がついているだろうに、振り返ろうとしない亮牙達に愛子が声をかけた。
「灘君、南雲君、準備はどうですか?何か、必要なものはありますか?」
「そうだな、そこの寄生虫六匹にバターかジャムでもたっぷり塗りたくれ。魔物を足止めする撒き餌にするから」
「じ、冗談ですよね…⁉︎」
「嘘だ。そんな不味そうな連中じゃ、魔物共も食い付かねえだろうよ」
さらっと物騒な冗談を言う亮牙に、愛子が苦笑いとなるが、優香達は絶対本気だったと思い震え上がった。だが、愛子が聞きたかった話は別にあった。
「実は、黒ローブの男のことですが…」
どうやらそれが本題のようだ。彼女の言葉に苦悩がにじみ出ている。
「…当ててやる。本当に泥水か確かめたいから、生け捕りにしろってか?」
「…だから清水君です。本当に彼の仕業なのか、どうしても確かめなければなりません。無茶な事を言ってばかりなのは百も承知ですが…」
「…先生、その要求ばかりは聞けません。犯人が例え清水でなかったとしても、其奴は五人殺した挙句、今まさに大虐殺を行おうとしてるんです。流石にそれは、烏滸がましいにも程があります…」
「すみません。それは理解してるんですが…」
愛子は仮に清水の仕業だったとしても、動機を聞く必要があると考えていたが、ハジメにそう一蹴されてしまい、彼らに色々と押し付けてしまった罪悪感から無理強いすることが出来ず、つくづく自分は無力だなぁと内心溜息をついた。
彼女の話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出て亮牙に声をかけた。
「ふむ、よいかな。妾もご主……ゴホンッ!お主に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」
「あ?……………………………………誰だお前?」
「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったのか?はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな…」
当の彼は忙しかったこともあり、ティオが誰だったかすっかり忘れていた。それに興奮する彼女の言う「こういうの」とは果たして何を指すのか、一同は深く考えないことにした。
亮牙は改めてティオを見た。黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を、花魁の如く大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な爆乳、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女。彼は一瞬訝しそうな目を、特にその爆乳に向けながら、鼻をくんくんと鳴らして匂いを嗅ぎ、漸くああ、と思い出した。
「思い出した。たしかデカ・パイオツだったな…」
「ティオ・クラルスじゃ‼︎…あ、明らかに胸と匂いしか覚えてなかったのじゃ。た、堪らん…!」
明らかにセクハラなのに、ティオは怒るどころかむしろ、頬を染めて若干息を荒げていた。
「んっ、んっ!えっとじゃな、お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」
「まあな」
「うむ、頼みというのはそれでな…。妾も同行させてほし…」
「いやだ」
「…ハァハァ、よ、予想通りの即答♡流石、ご主……コホンッ!もちろん、タダでとは言わん!これよりお主を『ご主人様』と呼び、妾の全てを捧げよう!身も心も全てじゃ!どうzy」
「いらん」
両手を広げ、恍惚の表情で亮牙の奴隷宣言をするティオに、亮牙は家畜小屋の牛でも見るような眼差しを向け、ばっさりと切り捨てた。それにティオは頬を薔薇色に染め、またゾクゾクしたように体を震わせた。どこからどう見ても変態にしか見えない姿に、周囲の者達もドン引きしていた。特に、竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちたような能面顔になっていた。
「そんな、酷いのじゃ…。妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに、責任とって欲しいのじゃ!」
「はぁ?」
ティオのその言葉に、全員の視線が「えっ⁉︎」というように亮牙に向くが、当の彼自身は全く心当たりがなく、周囲の視線も鬱陶しかったので、どう言うことだと問い詰めるように彼女を睨んだ。
「あぅ、またそんな家畜を見るような目で…!ハァハァ、ごくりっ…!その、ほら、妾強いじゃろ?」
亮牙の視線にティオはまた発情したのか、体を震わせながら、彼の奴隷宣言という突飛な発想にたどり着いた思考過程を説明し始めた。
「里でも一番強いのは叔父上じゃが、彼を除けば妾は一、二を争うくらいでな。特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今まで身内以外にいなかったのじゃ」
近くにティオが竜人族と知らない優香達がいるので、ティオはその辺りを省略してポツポツと語る。そんな彼女が言う竜人族最強の座を持つ叔父とは何者だろうか。
「それがじゃ、ご主人様と戦って、身内との戦いでも無かったのに、初めて袋叩きにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を1度に味わったのじゃ。そう、あの怒涛の連続の衝撃!体の芯まで響くのし掛かり!体中が痛みで満たされて……ハァハァ♡」
一人盛り上がるティオだったが、客観的に聞けば完全に婦女暴行としか思えない内容なので、彼女を竜人族と知らない優香達は、一様に犯罪者でも見るかのような視線を亮牙に向けていた。早朝、優香を蹴り飛ばした挙句斬り殺そうとした事も重なり、無理もない。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さがないどころか、嬉しそうなのでどうしたものかと困惑しているためだ。
亮牙自身も何だこいつと困惑していた。自身を痛めつけた雄に発情する雌など、彼の知る生物には存在しなかったので無理もない。
「…つまり、亮牙が新しい扉を開いちゃった?」
「その通りじゃ!妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」
「…俺グリムロック、気色悪りぃ」
ユエが嫌なものを見たと表情を歪ませながら、既に尊敬の欠片もない声音で要約すると、ティオが同意の声を張り上げた。完全にドン引きした亮牙は、人間態なのにビーストモードの口調に戻りつつ本音を漏らしていた。
「それにのう…」
そう言ったティオが突然、今までの変態じみた様子とは異なり、両手でボイ〜ンとした自分の爆乳を押さえながら、恥じらうようにモジモジし始めた。
「…妾の身体も文字通り食べられてしもうたし////」
その言葉に、優香達の顔がバッと音を立てて亮牙に向けられた。ハジメ達や愛子は言葉の意味が分かっていたので、複雑そうな顔となる。
「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ。じゃが、里にはそんな相手、身内以外におらんしの…。敗北して、組み伏せられて、初めてじゃったのに、いきなり妾の肢体に喰らいついて、しかもあんなに燃え盛りながら胸やお腹を舐め回して…。もうお嫁に行けないのじゃ…。じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ」
胸元を押さえつけ谷間を強調しながら、ティオは潤んだ瞳を亮牙に向けた。優香達が、「やっぱり灘は最低最悪だ!」という目を向けつつも、「いきなり肢体に喰らいついた」という話に戦慄の表情を浮かべていた。愛子は事の真相を知っているにもかかわらず、「女性の身体に噛み付いたりした灘君が悪いです!」と言わんばかりの表情で睨んでいた。
ハジメとユエ、シアも「確かに食おうとはしてたからなぁ…」と呟きながら視線を逸らし、スラッグに至っては「変わった発情する奴だな」と珍獣でも見るような目でティオを見ていた。亮牙は心底疲れ切って面倒臭そうな顔をしながら、気になる事を聞いた。
「…お前みたいな変態なんぞに命を預けられるか。大体お前、色々やる事あるから、叔父と一緒に里を出てきたんだろうが。その叔父に面倒ごと全て押し付けるつもりか?」
「うむ。問題ない。叔父上もご主人様と同じ能力を持っておるし、ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。それに旅中では色々あるじゃろうから、イラッとしたら妾の身体で発散すれ…」
「⁉︎おい待て!今なんて言った?」
「む?だから妾の身体でストレス発散すれば…」
「そこじゃねえよバカ‼︎叔父が俺と同じ能力って言ったよな?どう言う意味だ?」
そう、ティオは確かに叔父が亮牙と同じ能力を持っていると言った。それはハジメ達も聞いており、五人の視線がティオに集まる。
「…そうじゃったな。伝え忘れてはおったが、叔父上もご主人様みたく、鋼の巨人へと姿を変えられる能力を持っておるのじゃ。一族の中でもかなり異端の能力じゃが、実力は正に最強なのじゃ!」
「「「「「何故それをもっと早く言わない(んですか)!!?」」」」」
「い、いやだって聞かれなかったし、それに一族の秘密じゃし──ってあひぃぃぃぃぃぃぃん♡」
五人の剣幕に一瞬怯んだティオは言葉を濁らせたが、亮牙から逆エビ固めを喰らい、女性がしちゃ駄目なタイプの表情で嬌声を上げた。
亮牙の容赦なさとティオの醜態に愛子達はドン引きするが、彼はお構いなしに彼女を問い詰めた。
「おい!その叔父はどんな奴だ⁉︎どんな姿に変身する⁉︎言わんとその乳もぎ取るぞ‼︎」
「あぁ〜ん♡お、叔父上は青い肌に、二つの頭と尾を持つ姿に変身できるのじゃ!あとは弓を好んで使うのじゃ!くふぅ〜!イッちゃう、イッちゃうのじゃあ〜♡」
「俺スラッグ、間違いない、ストレイフの事だ‼︎」
嬌声を上げながらティオが答えた特徴に、スラッグがその正体について断言した。双頭で二又に別れた尾、弓を武器とする奴と言えば、彼らの知る限り一人しかいなかった。
「折角ストレイフの手掛かりが見つかったと思ったら、変態のおまけ付きかよ…」
そう疲れたように溜息を吐く亮牙。飛翔生物という共通点から、現在話題となっている彼と竜人族に何か繋がりがあるのではと思っていたが、まさか目の前の痴女の親類となってるとは思いもしなかったのだ。
彼との再会はウィルを送り届けてからになるだろうが、姪にあたるティオも必然的についてくる事になるだろう。とは言え、こんな変態が同行する事には、デメリットしか感じられなかった。
「亮牙、漫才やるのは後にしときなよ。来たよ」
そんな親友にハジメが、北の山脈地帯の方角へ視線を向けると、眼を細めて遠くを見る素振りを見せながら声をかけた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、彼のパーセプターにはテラクサドンからの映像がはっきりと見えていた。
それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長3〜4mはありそうな黒い狼、足が六本生えているトカゲ、背中に剣山を生やしたバイソン、四本の鎌をもったカマキリ、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えているらしく、五万あるいは六万に届こうかという大群である。更に大群の上空にも、何十体というプテラノドンに酷似した魔物達が飛び交っていた。
親友の雰囲気の変化を察知した亮牙も、嗅覚を研ぎ澄まして敵の総数を確認すると、後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。
「いよいよだな。匂いからして複数の種からなる混群で、総数は五万強。到着まで30分くらいか」
魔物の総数が更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、亮牙は呆れたように鼻を鳴らした。
「俺達を見くびりすぎだ、先生。これくらいの困難、俺達は何度も乗り越えてきた。アンタはそこの寄生虫共を連れて壁際まで下がってろ。其奴らを見てると吐き気がして気分が悪くなる」
「…分かりました。君達をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが、どうかご無事で…!」
愛子は少し眩しいものを見るように目を細めながらそう言うと、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達も一度亮牙とハジメを複雑そうな目で見ると、愛子を追いかけて走っていった。残ったのは亮牙達以外には、ウィルとティオ、そして優香だけだ。
優香はハジメの背中に視線を向けたまま黙っていたが、やがて意を決したように彼に近づくと口を開いた。
「あ、あのさ!南雲!」
「……………何?」
「あ、ありがとね!あの時助けてくれて!」
以前と違い、すっかり鋭くなった彼の視線を受けて優花は一瞬たじろぐも、次にはキッと睨むような眼つきに変わると、怒っているような表情とは対照的に感謝の言葉を述べたのだ。
どうやら彼女は、あの時のオルクスでの訓練で、トラウムソルジャーに殺されかけながらもハジメに助けられた事を覚えていたのだ。その後、彼が亮牙と共に奈落の底に落ちて死亡したとされた日、彼女は自分でも原因が判らないほどショックを受けて一時は無気力状態に陥っていた。原因そのものは、ハジメに助けられたのに自分は何も出来なかった事によるものだと分かっていたが、そこまでショックを受けているのかが判らずにいた。その後、戦い続ける雫達の影響を受けて、ハジメに救われた命を無駄にしない為に、と言う気持ちから愛ちゃん親衛隊に志願した。
「あっそ」
だがハジメから返ってきた言葉は、どうでも良いと言わんばかりの、あまりにも淡白な一言だった。
「今の僕には、あの時君を助けたのが正しかったとは思えない。僕に何か言う前に、君達が散々貶めた亮牙に対して言うべき事があるんじゃない?」
「………」
そう冷淡に一蹴すると、ハジメはもう用はないと言わんばかりに目の前の作業に集中し始めた。一方の優香は所在無さげに立っていたが、やがてこれ以上此処に居ても仕方ないと思ったのか、踵を返して愛子達の後を追いかけた。
正史ならハジメはぶっきらぼうながらも、優香を「根性がある」と褒めていただろうが、流石に共に落ちた親友を好き放題侮辱されては、そんな感情など湧く筈もなかった。むしろ、あの時助けたのは間違いだったのでは、と後悔すら感じつつあった。
優香は立ち去る途中で足を止め、もう一度ハジメの方を振り返ると、そこにはユエや亮牙達と何かを話している彼の姿があった。
(…………やっぱり)
先程自分と話していた時の、鬱陶しいなどといった態度は影も形も無く、ホントに恋人や仲間達の事を大切に思っているのがよく分かるハジメの姿を見て、優花は胸を痛めるのであった。
一方のウィルは、ティオに何かを語りかけると、亮牙達に頭を下げて愛子達を追いかけていった。疑問顔を向ける五人に彼女は苦笑いしながら答えた。
「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ…。そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」
竜人族は、教会などから半端者と呼ばれるように、亜人族に分類されながらも、魔物と同様に魔力を直接操ることができる。その為、天才であるユエのように全属性無詠唱無魔法陣というわけにはいかないが、適性のある属性に関しては、ユエと同様に無詠唱で行使できるらしい。
自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、亮牙は無言で魔晶石の指輪を投げ渡した。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、亮牙に震える声と潤む瞳を向けた。
「ご主人様、戦いの前にプロポーズとは…♡妾、もちろん、返事は…」
「貸すだけだ、勘違いするな。それよりハジメ、出来ればこの一件を利用して先生の発言力を高めたいんだが…」
「おっ、いいね。僕らを矢面に立たせたんだから、先生にもそれぐらいやってもらわないと…」
亮牙の否定を華麗にスルーして指輪をニヨニヨしながら眺めるティオを極力無視しながら、彼はハジメにそう声をかけた。この先あのカルト共と敵対するのは確実とはいえ、どうせならエヒトが解放者達にしたように、世界中の人間共の心を操るのは良い意趣返しだろう。
そうこうしてるうちに、肉眼でも見える距離までやって来た魔物の大群を察知し、壁際まで集まって来た人々を見て、ハジメは前に出た。錬成で、地面を盛り上げながら即席の演説台を作成し、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、彼はすぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。
「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!私達の勝利は既に確定している!」
いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達を尻目に、ハジメは言葉を続けた。
「なぜなら、私達には女神が付いているからだ!そう、皆も知っている『豊穣の女神』愛子様だ!」
その言葉に、皆が口々に愛子様?豊穣の女神様?とざわつき始め、後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたようにハジメを見た。
「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない!愛子様こそ!我ら人類の味方にして豊穣と勝利をもたらす、天が遣わした現人神である!我々五人は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た!見よ!これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」
ハジメはそう言うと、虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせ、引き金を引いた。
紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数キロ離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。彼はそのまま第二射三射と発砲を続け、空の魔物を駆逐していった。
空の魔物を駆逐し終わったハジメは、悠然と振り返った。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。
「愛子様、万歳!」
ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間、
「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」
「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」
ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメと亮牙に向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。
もちろん、亮牙もハジメも無視した。背後から町の人々の魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、愛子自身の突き刺さるような視線をヒシヒシと感じるが、亮牙はお構いなしに足に力を込めた。
「スラッグ、雑魚共を選別するぞ」
「俺スラッグ、分かった」
そう言うと二人は大きく息を吸い、先程のハジメのような言葉ではなく、人外の咆哮をその口から放った。
「「グルゥオオオオオオオッ!!!」」
「「「「「ッ!!?」」」」」
古の戦士達の咆哮を真正面から浴びた魔物達は、恐怖のあまり忽ち洗脳が解けて足を止めた。だが急に止まられてしまったら、後ろから続く魔物達は堪ったものじゃない。ホッキョクグマに怯えてパニックとなったセイウチの如く、六万はいた魔物は押し合いへし合いで自滅していき、徐々に数を減らし始めた。残ってるのは洗脳されたリーダーとそれに忠誠を誓う魔物ぐらいだろう。
「
そんな魔物達に容赦なく、スラッグが電撃を浴びせた。その一撃に更に魔物達の数が減った。
「そんじゃお先に」
「俺スラッグ、グリムロック狡いぞ!」
亮牙はそう言うと、大きく地面を蹴り上げて、まだ生き残っている魔物達へ隕石の如く襲い掛かった。すかさず拳をモーニングスターナックルに変形させ、魔物達を一撃で撲殺していった。
「この分じゃ、僕らが出るまでもないね」
そう呟くハジメに、ユエ達も同意見なのか頷いた。彼らは魔法やハジメの武器を使い、難を逃れた魔物達を相手するつもりだが、この調子なら亮牙一人だけで片付くだろう。
だが次の瞬間、シアが顔を青くして叫んだ。
「ッ⁉︎危ない亮牙さん!避けて!」
「?どうし──グッ!!?」
突如として恋人の叫ぶ声が聞こえ、魔物達をぶん殴っていた亮牙は首を傾げた。と、次の瞬間、前方から青い光が現れたかと思うと、何かが飛び出して来た。
その物体は、そのまま魔物達ごと亮牙に思い切り突っ込んだ。一瞬の隙をつかれた亮牙は、そのまま大きく壁際まで吹き飛ばされた。
「亮牙⁉︎一体何なん──あれは!!?」
ハジメ達は亮牙を突き飛ばした犯人の正体を確かめようと、目を凝らした。そしてその姿を確認すると、ハジメが驚愕の声を上げた。
それは、グリムロックやスラッグと同様に金属でできていた。だが二人のような動物のような姿じゃない。全長は約40m、黒を基調としたカラーリングに、総数38個もある車輪、銀色の先頭部分からは獣の息吹の如く蒸気を吹き出していた。
「ビッグボーイじゃないか!アメリカの蒸気機関車が何故⁉︎」
ハジメは鉄道オタクではないが、この車両については少しだけなら知っていた。第二次世界大戦中の大国アメリカで活躍した、世界最大・最強クラスの蒸気機関車と謳われるユニオン・パシフィック鉄道4000形、通称ビッグボーイだ。
「俺スラッグ、彼奴は機関車じゃない!」
そうスラッグが苦々しげに呟いた頃には、ハジメも目の前のビッグボーイの正体に、恐ろしい予測が浮かび始めていた。そして、その予感は的中した。
ビッグボーイはそのままギゴガゴゴと音を立てて変形を始めた。部品がねじれ、ピストンやギアが剥き出しとなり、パーツが次々と組み替えられいく。そうして現れたのは、黒と銀を基調としたカラーリングの巨人だった。身長は20m以上とグリムロックやスラッグにも匹敵する巨体を誇り、背中には蒸気機関車から変形したとは思えない翼が生え、その瞳は石炭を燃やす火室のように赤く輝いていた。
その巨人は亮牙を見下ろしながら、軍人を彷彿とさせる武骨な口調で喋り始めた。
「数千年ぶりだな、グリムロック。随分と姿形を変えてしまったようだが…」
「テメェ、まさかこの世界に来てたのか…⁉︎」
対する亮牙も、目の前の巨人の事を覚えていた。かつてメガトロナス・プライムの直属部隊である「シーカー」の一人で、何度も戦いを繰り広げた因縁あるディセプティコンの戦士だ。
「アストロトレイン!!!」
亮牙から忌々しげに名を呼ばれた、ディセプティコン輸送参謀・アストロトレイン。伝説の戦士達にも引けを取らない実力を誇るディセプティコンが今、ウルの町の防衛戦に乱入したのであった。
〜用語集〜
・バターかジャムでも塗りたくれ
ドラえもんの第2巻『恐竜ハンター』にて、恐竜を誘き寄せるためにドラえもんがのび太にやらせた戦法。
作者が肉食恐竜ならそんなのより、家畜の生き血か脂身でも塗りたくった方が食欲をそそられる気もするが。
・ホッキョクグマのセイウチ狩り
ホッキョクグマの獲物にはセイウチも含まれているが、巨体と鋭い牙を持ち群れで行動するセイウチは簡単には捕まえられない。そのため群れを追い立ててパニックを起こさせ、子供や弱った個体が仲間達に踏み殺されたのを襲うらしい。
以前作者が見たBBCアースのドキュメンタリーでも、休憩している浜辺の窮屈さに辟易して崖っぷちまで登るも、上で待ち伏せていたホッキョクグマに怯えて逃げ出した結果、崖から転がり落ちて死んでいくセイウチの姿を見た時は衝撃的だった。
・ビッグボーイ
第二次世界大戦中に25台が製造された、アメリカが誇る世界最大・最強クラスの蒸気機関車。現在は8台が保存されている。
『リベンジ』でシモンズがシーカーの中に蒸気機関車に変形した者もいた事を突き止めていた他、『ロストエイジ』でもケイド達の潜伏先の鉄道博物館に本車両が登場している。
本作のオリキャラ、アストロトレインについては今後、詳しいキャラ説明を設けたいと思います。
感想、評価お待ちしてます。