また各地で緊急事態宣言が出始めたので、本作が皆さんの気を紛らわせるものとなれば、嬉しい限りです。
ちなみにタイトルは、『ゴッド・オブ・ウォーⅡ』の邦題です。
終焉への序曲
さて、今回の『グリムロックは宇宙最強』は、ディセプティコンと魔人族によって惨敗を喫した勇者一行から話を始めよう。
亮牙達マキシマル一行との衝撃的な再会と別れをした勇者一行は翌日、光輝が意識を取り戻したこともあり、駐屯騎士達が手配した高速馬車に乗って王都へ帰還する事になった。当然、待ち構えていた住民の一部から「二度と来るんじゃねぇ!」と罵声やゴミを投げつけられ、勇者一行は逃げるように宿場町ホルアドを後にした。光輝は屈辱のあまり怒りを露わにしていたが、他の面々はそんな気分ではなかった。
現在の勇者一行が勇者パーティと遠藤の7人だけとなってしまった事が原因だ。辻はと言うと、今朝部屋から出て来なかったので室内に入ったら、ベッドのシーツで首を吊って自ら命を絶っていたのだ。遺体は現在、簡素な棺桶に入れられて別の馬車で運ばれている。なお吉野の亡骸は腐敗が激しかった事もあり、昨晩のうちに騎士達が火葬し、遺骨を納骨した壺を雫が抱えている。結局永山パーティで生き残ったのは遠藤だけとなってしまったのだ。
王都に帰還後も大変だった。魔人族の襲撃により勇者一行が惨敗し、挙句ホルアドも甚大な被害を被る事になったことは、既にホルアドの重役や駐屯騎士達により王家や教会上層部に伝わっており、それが問題となっていたのだ。
エヒト神が連れてきた神の使徒の敗北は、魔人族の力は予想を遥かに超えていた事を明らかにし、教会上層部を大いに混乱させた。同時に光輝が魔人族を斬ることに躊躇したことも問題になった。なぜ魔物は倒せるのに同種であるはずの魔人族は躊躇うのか。なぜエヒト様に命じられたことを誇りに思って行動できないのか。歪んだ選民思想が根付いている教会上層部や王族貴族は、未だにそんな愚かな事を考えていた。
そして勿論、未知のアーティファクトや能力を使用して勇者一行でも倒せなかった魔物を圧倒的な力で殲滅したマキシマル一行のことも議題に上がった。彼らが強大な力を持っていながら協力的ではない事に当然上層部はいい印象を持たなかった。だがホルアドの重役達が、そもそも勇者一行の一人である檜山が行った所業や、勇者である光輝が感謝や謝罪の言葉もなく謂れのない罪で責め立てようとした事を述べて、当然の結果だとマキシマル一行を擁護してくれた。おかげで、マキシマル一行を責めようとする愚か者どもは口をつぐむしかなかった。
代わりに怒りの矛先を向けられたのは、指導者であるメルドだった。約半年前の亮牙とハジメの墜落事件を、イシュタルとエリヒド王が圧力をかけて有耶無耶にしたくせに、あの時檜山が犯人である事を見抜けなかったメルドが悪いとされたのだ。挙句、勇者一行がこんな事態になってしまったのも、メルドがちゃんと指導してこなかったのが原因だと責め立てられた。
雫達は必死に擁護したものの今回ばかりは聞き入れて貰えず、メルドは騎士団から永久除名処分、遺族には何の補償もされないどころかロギンス家は御家断絶と言う、死人に鞭打つかのような酷い仕打ちを受ける事になってしまった。この件は、生き残った勇者一行の心を更に抉る事になった。
後日、亡きメルドに代わって副団長のホセ・ランカイドが、繰り上げで新たな騎士団長に任命され、勇者一行の新たな指導者として指名された。生き残った光輝達7人の他、戦死した永山達の穴埋めとして今まで居残り組だった連中も引き摺り出されて再び訓練を受ける事になった。
現在、光輝達が今後も戦い続けるには「殺人」に対する浅慮が過ぎるという最大の欠点を早急に対処する必要があった。魔人族との戦争にこのまま参加するならばこの経験は必ず必要となるし、克服できなければ戦場に出ても返り討ちに遭うだけだ。
もっとも、考える時間はもうあまり残されていないと考えるのが妥当だ。ウルの町での出来事は既に光輝達の耳にも入っており、自分達が襲撃を受けたことからも、魔人族の動きが活発になっていることは明らかで、開戦が近い事は誰もが暗黙の内に察している事だった。従って、光輝達は出来るだけ早く、この問題を何かしらの形で乗り越えねばならなかった。
故にホセは苦渋の決断として、亮牙がメルドに提案していた内容を実行に移そうとした。そう、罪人の処刑や家畜の屠殺の手伝いだ。死刑判決の下った悪党や、これから食べる肉を得る為に命を奪う事で、早急に殺人になれさせようと考えたのだ。
当然光輝はこの期に及んで「人殺しなんて出来ません!」と反発し、今まで引き籠り生活に甘んじていた居残り組も難色を示した。ホセとしては今更巫山戯るなと怒鳴り散らしたかったが、無理強いさせて精神崩壊させる訳にもいかず、仕方なく家畜の屠殺のみ行う事にして、後は自分達騎士団と対人戦の訓練を行う事にした。しかしもう時間がない事と、メルドをはじめとする同僚達を多数喪った悲しみと怒りのあまり、ホセの訓練は日に日に厳しくなっていき、光輝達は心身ともに疲弊していった。
王都に帰還してから三週間後、光輝達の耳にちょっとした朗報が飛び込んできた。愛子達の帰還だ。
普段なら光輝のカリスマにぐいぐい引っ張られていくクラスメイト達だったが、今回ばかりは違った。あれ程息巻いていた光輝が肝心の場面で手を汚すのを躊躇った結果、永山達が命を落としたと言う事実は、雫のフォローや鈴のムードメイクも全く意味をなさず、全員が大変なショックを受けた。特に辻の末路は、女子生徒達の心に深い恐怖を刻み付けてしまった。いざという時に光輝は守ってくれない、自分でどうにかしなければ待っているのは地獄だと…。
故に光輝達に不信感を抱き始め、更には日に日に厳しくなる訓練に心身ともに疲弊していた生徒達にとって、身近な信頼出来る大人の存在は有難かった。皆、いつだって自分達の事に一生懸命になってくれる先生に、とても会いたかったのだ。
愛子の帰還を聞いて、雫は真っ先に行動した。愛子の帰還を聞いて色々相談したい事があると、先に訓練を切り上げた。亮牙やハジメに偏見を持つクラスメイト達より先に会って、愛子までもが予断と偏見を持たないように客観的な情報の交換をしたかったのだ。
王宮の廊下を颯爽と歩く雫の姿に、何故か男よりも令嬢やメイドが頬を赤らめている。雫にとって自分より年上の女性に「お姉様ぁ」と呼ばれるのは地球にいた頃から抱えている問題なのだが、今はそんな事を気にする余裕はなかった。
ウルの町でも亮牙達が色々やらかした事を聞いていたので、愛子から二人についてどう思ったかも直接聞いてみたかった。彼女の印象次第では、今も考え込んでいる光輝達の心の天秤が、あまり望ましくない方向に傾くかもしれないと思ったからだ。
そして雫は、目的地である愛子の部屋に到着した。ノックをするが反応はなく、国王達への報告からまだ戻ってきていないのだろうと思い、壁にもたれて帰りを待つことにした。30分後、廊下の奥からトボトボと何だかしょげかえった様子で、愛子が優香と共に戻ってきた。必死に頭を巡らせているとわかる深刻な表情の彼女は、前も見ずに歩いてくると、そのまま自分の部屋の扉とその横に立っている雫にも気づかず通り過ぎようとし、慌てて優香が呼び止めた。
「ちょ⁉︎愛ちゃん先生!お部屋に着い…ってあれ?八重樫さん?」
「ほえっ⁉︎」
奇怪な声を上げてビクリと体を震わせた愛子は、キョロキョロと辺りを見回し、ようやく雫の存在に気がついた。二人とも、雫の元気そうな姿にホッと安堵の吐息を漏らすと共に、嬉しそうに表情を綻ばせた。
「八重樫さん!お久しぶりです!元気でしたか?怪我はしていませんか?他の皆も無事ですか?」
「ちょっ⁉︎愛ちゃん、落ち着いて!八重樫さんも一度に全部答えられませんから!」
今の今まで沈んでいたというのに、相変わらず愛子の口から飛び出るのは生徒への心配事ばかりで、優香が苦笑しながら落ち着かせようとする。漸く彼女が落ち着きを取り戻すと、三人は情報交換と相談事のため愛子の部屋へと入っていった。
「そ、そんな…何てことに…」
「愛ちゃん先生⁉︎しっかりして!」
雫と愛子と優香、三人っきりの部屋で、可愛らしい猫脚テーブルを挟んで紅茶を飲みながら互いに何があったのか情報を交換する。そして、雫からホルアドで何が起きたかを聞かされた愛子は、そう呟くと自身のティーカップを割ってしまった。そのままショックのあまりひっくり返りそうになった彼女を、慌てて優香が抱き止めた。
無理もないだろう。自分について来た清水が裏切った挙句死亡した事を気に病んでいたのに、言うことを聞かず戦い続ける道を選んだとはいえ、生徒達が更に8人も死んだ報告を受けたのだ。あれだけ尽力して生徒達を守ろうとしたのに、その結果がこの有様では、ショックを受けない筈がない。愛子の性格や価値観を思えば、こうなってしまうのは当然だと理解していた優香は、掛けるべき言葉が見つからず悩んでいた。
「…ごめんなさい先生。全部私達の所為です…」
「や、八重樫さん⁉︎」
逆にその姿を見た雫は遂に耐えられなくなり、泣き出しそうな表情のまま、愛子に向かって土下座した。突然の事に驚愕する優香だが、雫は土下座したまま話を続けた。
「灘君や南雲君にもはっきり言われました。全てお前達の無責任さが招いた事だって…。あの時、先生や二人があれ程警告したと言うのに、私も光輝達も事態を楽観視して皆を巻き込んで、その所為で永山君達だけでなく大勢の人を死なせてしまって…」
「…八重樫さん達だけの所為じゃないよ。私達も戦争を舐めていたし、知らなかったとは言え檜山を野放しにしたんだから…。そうでなければ、清水が裏切る事も、辻さん達に起きた悲劇も防げたかもしれないんだからさ…」
自分と幼馴染達の軽率さがこの事態を招き、永山達を死なせる結果となってしまった事を詫びる雫。今回ホルアドで起きた悲劇に、自分達が取り返しのつかない事をしたと痛感して、激しい罪悪感が彼女の心を蝕んでいた。ここに来るまでの侍女や女性騎士達の視線を気にする余裕がなかったのも、それが一因でもある。
そんな雫を、優香は必死に慰めた。確かに煽動したのは雫達かもしれないが、それにホイホイ釣られて賛同したのは自分達なのだから、責める資格などないのは分かっていた。おまけに亮牙の誤爆事件を、自分が犯人だった際にどうなるかが怖かったが為に有耶無耶にして、真犯人である檜山を野放しにしてしまった。もしあの時、檜山に混乱を招いた元凶として罰を与えておけば、吉野が食われたり辻が魔物の慰み者にされるのを防げたかもしれない。
意気消沈する生徒達の姿に、愛子は内心泣き出したい気持ちを押し殺して、再び口を開いた。
「…二人とも、顔を上げてください。清水君の件も永山君達の件も、全ては私が教育者として至らなかったのが悪いんです…。貴方達まで犠牲にならなくて、本当に良かった…。灘君と南雲君には、感謝しても仕切れないです…。なのに、私はまた、あの子達を守ってあげられませんでした…」
そう言いながら苦虫を噛み潰したような表情で憤りと不信感をあらわにする愛子に、雫も優香も只事ではないとすぐに気づいたが、その直感は正しかった。
「…正式に、彼らマキシマルが異端者認定を受けました」
「⁉︎やっぱり、その所為で落ち込んでたんですね…」
「…どういうことですか?いえ、何となく予想は出来ますが、それは余りに浅慮な決定では?」
マキシマル一行は、各々の強さも所有するアーティファクトも、通常では有り得ない程の力を持っている。にもかかわらず、聖教教会に非協力的などころか敵対することも厭わないというスタンスなので、王国や聖教教会が危険視するのも頷ける。しかしだからといって、直ちに異端者認定するなど浅慮が過ぎるというものだ。これは聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるということは何時でも誰にでもマキシマルの討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。
そして異端者認定を理由にマキシマルに襲いかかれば、それは同時にマキシマルからも敵対者認定を受けるということであり、あの容赦のない苛烈な攻撃が振るわれるということだ。その危険性が上層部に理解出来ないはずがない。にもかかわらず愛子の報告を聞いて、その場で認定を下したのだから、雫や優香が驚くのも無理はない。
「全くその通りです。幾ら自分達に従わない大きな力とはいえ、結果的にウルの町を含めて大勢の人達を救っているのに、天之河君が主張したらしい自作自演説を支持する始末で、私がいくら抗議してもまるで取り合ってもらえませんでした。彼らはこういう事態も予想して、ウルの町で唯でさえ高い『豊穣の女神』の名声を更に格上げしたのにです。既にその名が相当な広がりを見せている今、彼を異端者認定することは、自分達を救った私や彼らそのものを否定するに等しい行為です…。だから私の抗議をそう簡単に無視することなど出来ないはずなのですが、彼等は強硬に決定を下しました。明らかにおかしいです…。今思えば、イシュタルさん達はともかく、陛下達王国側の人達の様子が少しおかしかったような…」
「…それは、気になりますね。彼等が何を考えているのか…。でも、取り敢えず考えないといけないのは、唯でさえ強い彼らに
「…間違いなく私達だよね。悪いけど、私は絶対御免だよ。アイツらに勝てるなんて思えないし、何より、これ以上アイツらへの恩を仇で返すような真似はしたくない…」
間違いなく自分達がマキシマルにぶつけられる。そう悟った優香は、はっきりとそう告げた。敵うような相手ではない事は嫌という程理解していたし、何より彼女自身、二度も助けられた恩を仇で返すような真似など、自分の良心が許す筈もなかった。菅原や宮崎、玉井達だって同じ気持ちのはずだ。
一方の雫は黙ったままだが、目に見えて怯えていた。自分は少なくとも地球にいた頃から気にかけてフォローしていたつもりだが、当の亮牙とハジメからは全く理解されていなかった。ホルアドでの一件で、彼らは完全に自分達を見限り、もし対峙すれば容赦なく殺されるのは目に見えていたので、想像したくないと言わんばかりに身震いした。
生徒二人の様子を目の当たりにした愛子は、改めて決意した。国と教会側からいいように言いくるめられて亮牙達と敵対する前に、生徒達に釘を刺さなければならないと。
「二人とも。先生は実は、灘君と南雲君から、彼らの旅の目的や、この世界の真実についての話を聞かされてるんです」
「話、ですか?」
「はい。…こんな事は言いたくないのですが、灘君からこう言われたんです。どうせ天之河君が信じる筈ないし、八重樫さん達も彼の肩を持つだろうから言っても無駄だ、と…。だから話すべきか迷っていたんですが…」
「…やっぱり、彼らにとっては私も信用に値しないんですね…」
「まあまあ八重樫さん。…にしても、そんなに厄介な話なんですか?」
「…ええ。場合によっては、皆で王都から亡命して、彼らマキシマルと合流する必要があります…。夕食の際、久しぶりに生徒達と水入らずと言えば教会の人達も首を突っ込めないですし、皆が揃ったその時に話します…」
優香と雫にそう告げた愛子は、程よい時間で二人と別れた。これ以上生徒達から犠牲者を出させない。今度こそ生徒全員を説得してみせると意気込みながら…。
時刻は夕方、愛子は一人誰もいない廊下を歩いていた。窓から差し込む夕日の美しさに目を奪われながら夕食に向かう彼女だったが、ふと何者かの気配を感じて足を止めた。前方を見れば、ちょうど影になっている部分に女性らしき姿が見えた。廊下のど真ん中で背筋を伸ばし足を揃えて優雅に佇んでおり、服装からして聖教教会の修道服のようだ。
その女が、美しいがどこか機械的な冷たさのある声音で愛子に話しかけた。
「はじめまして、畑山愛子。貴方を迎えに来ました」
愛子は、その声に何故だか背筋を悪寒で震わせながらも、初対面の相手に失礼は出来ないと平静を装う。
「えっと、はじめまして。迎えに来たというのは…?これから生徒達と夕食なのですが」
「いいえ、貴方の行き先は本山です」
「えっ?」
有無を言わせぬ物言いに思わず愛子が問い返すが、女は気にした様子もなく影から夕日の当たる場所へ進み出てきた。その人物を見て、愛子は息を呑んだ。同性の彼女から見ても、思わず見蕩れてしまうくらい美しい女性だったからだ。ただ残念なのは表情が全くないことだ。無表情というより、能面という表現がしっくりくる。著名な美術作家による最高傑作の彫像だと言われても誰も疑わないくらい、人間味のない美術品めいた美しさをもった女だった。
その女は、息を呑む愛子に、にこりともせず淡々と言葉を続けた。
「貴方が今からしようとしていることを、主は不都合だと感じております。主の同盟者と、あなたの生徒が企んでいることの方が『面白そうだ』と。なので時が来るまで、あなたには一時的に退場していただきます」
「あ、貴方まさか…⁉︎」
女のその言葉に、愛子の脳裏に嫌な予感が浮かんだ。無意識に後退ったその時、修道女の碧眼が一瞬輝いたかと思うと、彼女の頭に霞がかかったように感じた。愛子は思わず魔法を使うときのように集中して、モヤを頭から弾き出すように振り払った。
「…なるほど。流石は、主を差し置いて『神』を名乗るだけはあります。私の『魅了』を弾くとは。仕方ありません。物理的に連れて行くことにしましょう」
「やっぱり!あのロボット達の手先…ぐふっ⁉︎」
「ご安心を。殺しはしません。あなたは優秀な駒です。あのイレギュラー共を排除するのにも役立つかもしれません」
間違いなくこの女は、清水を唆したあのディセプティコンとか言う連中の仲間だ。愛子は魔法を使って身を守ろうととするが、詠唱を唱えるより早く、一瞬で距離を詰めてきた修道女によって鳩尾に強烈な拳を叩き込まれてしまった。
その場に崩れ落ち、意識が闇に飲まれていく愛子の脳裏に浮かんだのは、ぶっきらぼうで捻くれ者だが根は優しいあの男だ。彼女は届かないと知りながらも、完全に意識が落ちる直前、心の中で彼の名を叫んだ。
意識を失った愛子を、まるで重さを感じさせないように担いだ修道女は、ふと廊下の先に意識を向けて探るように視線を這わせた。しばらくじっと観察していた女は、おもむろに廊下の先にある客室の扉を開いた。
そして中に入り部屋全体を見回すと、やはり足音を感じさせずにクローゼットに近寄り、勢いよく扉を開けた。しかし中には何もなく、修道女は首を傾げると再び周囲を見渡し、あちこち見て回った。やがて何もないと結論づけたのか、愛子を担ぎ直した女は、踵を返して部屋を出て行った。
静寂の戻った部屋の中で、二つの震える声がポツリと呟いた。
「そ、そんな…愛ちゃん先生が…!」
「…だ、誰かに知らせないと…」
誰もいない筈の部屋の中から、何処かに遠ざかる二人分足音がほんの僅かに響き、やがて完全に静寂を取り戻した。
この日、聖教教会とハイリヒ王国の終焉を告げるカウントが始まったのであった。
同時刻、オルクス大迷宮の二百層目を超えた、解放者オスカー・オルクスの拠点。亮牙・ハジメ・ユエの三人によって初めて攻略され、彼らが立ち去った事で再び静寂を取り戻したその地には現在、新たな攻略者が拠点を構えていた。そう、ディセプティコン科学参謀にして軍事作戦司令官・ショックウェーブだ。
カトレアと別れた後、彼はドリラーに乗って只管地下を掘り進み、オルクス大迷宮を突き進んだ。道中、番人として襲い来る魔物達は、全長300mを超えるドリラーによって悉く殲滅され、当時はまだ本来の力を取り戻せていなかった亮牙達より、短期間で最終階層まで到達した。
最終試練における第一の番人であるヒュドラは、人間が相手ならその巨体や能力で善戦できただろう。だが30mもの体躯も、その十倍以上の巨体を誇るドリラーの前では芋虫も同然で、あっという間にそのシュレッダーのような口に飲み込まれて細切れにされてしまった。
続いて現れたのは、亮牙達に倒された個体とは別のモンストラクターで、これには流石のショックウェーブも驚きを隠せなかった。合体戦士故の怪力と強酸に、流石のドリラーも大きなダメージを負ったが、連携の末にショックウェーブがモンストラクターの頭部を撃ち抜いて破壊し、遂に勝利を勝ち取った。
そして攻略の証として扉が開くと、ショックウェーブはドリラーによって更に周辺を掘り砕いて中に突入した。そして三階建てのオスカーの拠点に辿り着くと、魔法陣のある三階部分をセンサーで感知し、ドリラーにその箇所を抉り取らせて自分の足元に降ろさせた。そして魔法陣に踏み入り、生成魔法の習得に成功したのだ。
以降、ショックウェーブはこの地点の座標をサウンドウェーブに送ると、多数の部下達や資源を手配して、オスカーの隠れ家を自身の研究所へと変えていった。緑豊かな環境はあっという間に荒廃し、木々や草木は枯れ果て、川の水は汚されて魚の死骸が浮かんでいた。
「ふむ、文明レベルの低いトータス人に、まさかこれ程の技術者がいたとはな…」
オスカーの隠れ家を荒廃させた元凶であるショックウェーブは現在、自身の新たなラボにてそう呟いた。彼は現在、自らの手で倒したモンストラクターの残骸など、オスカーの遺した技術を解析していた。
オスカーの残した大抵の発明品や資料の大半はハジメによって持ち去られていたものの、彼もまさか自分達以外の攻略者が現れるとは思っていなかったので、全てを持ち出す事が出来たわけではなかった。ショックウェーブはそうした資料を解析し、今後自分達に利用できるものがないかを調べていた。地球と比べて遥かに文明レベルが低いトータスに生まれながら、これ程の技術を持ち合わせていたオスカーを、ショックウェーブは同じ研究者として純粋に称賛していた。
「貴様らの祖先は実に愚かだ。信仰などという非論理的なものに執着したばかりに、全ての面において進歩が一切見られない。これ程の技術者が生きていれば、このトータスの文明は宇宙でも屈指の発展を遂げていた筈だ」
トータスの歴史を嘲笑うように呟いたショックウェーブの視線の先には、一人の人間がいた。屈強そうな成人男性のようだが、右腕を欠損しており、全身を頑丈な拘束具で拘束されている。
男の正体は、ハイリヒ王国騎士団長のメルド・ロギンスだった。戦死したと思われていた彼だったが、なんと生きていたのだ。
あの時、モホークによって右腕を切り落とされて敗北し、そのまま意識を失ってしまったメルド。カトレアは光輝達を誘き寄せる為の人質に利用しようと主張したが、ディセプティコン達はそれよりも残忍な計画を思いつき、サウンドウェーブに頼んでショックウェーブのもとに彼を転送したのだ。
意識を取り戻した時、メルドは頑丈に拘束されており、身動き一つ取る事すら出来なかった。武器も鎧も砕け、騎士団長という立場故にいざと言う時のために持っていた自決用の宝石「最後の忠誠」も奪われており、自決する事すら出来ず、耐え難い屈辱に顔を歪ませていた。
「こ、殺せ…!これ以上生き恥を晒すつもりはない…!俺はどんな拷問にも屈さんぞ…!」
「いや、まだ殺さん。我々には拷問より能率よく情報を得る手段はあるし、何より私の新たな研究に貴様は必要不可欠だからな」
決して屈するものかと啖呵を切るメルドを、ショックウェーブはそう一蹴する。彼が口を割らなくても、脳から直接情報を得る手段をディセプティコンは持ち合わせている。何より、ショックウェーブが計画しているある研究において、軍人として高い実力を持つメルドは打って付けの素体なのだ。
異世界の人間達と関わったばかりに、その人生を大きく狂わされたメルド・ロギンス。彼の悪夢は、まだ始まったばかりだ…。
ハイリヒ王国と聖教教会の末路、そしてメルドの運命や如何に⁉︎
まだまだ先となりますが、楽しみにしてお待ち下さい。
感想、評価お待ちしております。
本作での雫について現在検討中なのですが、読者の皆様はどんな展開が良いですか?
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光輝の被害者だし救済してあげて(泣)
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取り敢えず主要メンバーのヒロイン入り
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救済する必要なし。悲惨な末路にしろ