グリムロックは宇宙最強   作:オルペウス

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お恥ずかしながら、遂に自分も陽性となってしまいました…。
最初のうちは熱は高くてボーっとするし、喉も痛くて食事がし辛いし、家族にうつさないよう自室に籠りっぱなしで、もう大変でした…。

今回、久々にアンチ描写が、とあるキャラに向けられます。ファンの皆様、ご了承して頂けると幸いです。







思わぬ再会と逆鱗

 最初に、その騒動に気がついたのはシアだった。

 

「あれ?皆さん、あれって…。何か襲われてません?」

 

 例のごとく、車内でトランプを行い、またスラッグがドベとなって「イカサマだ!」と怒り狂い、それを皆で茶化していた結果、ほとんど前を見ていないという危険運転をしていたハジメは、亮牙に膝枕していたシアの言葉でようやく前方に注意を向けた。

 彼女の言う通り、どうやら何処かの隊商が襲われているようで、相対する二組の集団が激しい攻防を繰り返していた。近づくにつれ、シアのウサミミには人々の怒号と悲鳴が聞こえ、ハジメの「遠見」や亮牙達の発達した視力にもはっきりと事態の詳細が見て取れた。

 

「小汚ない格好した男が約40人、明らかに堅気じゃねえな…。対して隊商の護衛は15人ってところか。あの戦力差で拮抗しているのがすげぇな」

「…ん、あの結界は中々」

「ふむ、さながら城壁の役割じゃな。あれを崩さんと本丸の隊商に接近できん。結界越しに魔法を撃たれては、賊もたまらんじゃろう」

「でも、一向に引く気配がありませんよ?」

「そりゃあ、あんな隊商全体を覆うような結界、異世界組でもなけりゃあ、そう長くは持たないよ。多少時間は掛かるけど、待っていれば勝手に解ける」

 

 最初に奇襲でもされたのだろう。重傷を負って蹲る者が数人、既に賊に殺られたようで血の海に沈んでいる者も数人いる。マキシマル達のいう強固な結界により何とか持ち堪えているようだが、ただでさえ人数差があるのに、護衛側は更に数を減らしているのだ。結界が解ければ嬲り殺しにされるだろう。冒険者らしき女性などは、既に裸に剥かれて結界内にいる仲間の冒険者に見せつけるようにして晒し者にされていた。

 そしてハジメの推測通り、マキシマル一行の会話が途切れた直後、結界は効力を失い溶けるように虚空へと消えていった。待ってましたと言わんばかりに、雄叫びを上げた賊達が隊商へとなだれ込んだ。賊達の頭の中は既に戦利品で一杯なのか一様に下卑た笑みを浮かべている。護衛隊が必死に応戦するが、多勢に無勢だ。一人また一人と傷つき倒れていく。

 

「取り敢えず、喧嘩だろ!なら俺スラッグ、買ってくる!」

「あ!おいスラッグ!」

「ったくもう…」

 

 先程のトランプの負けで再び不貞腐れていたスラッグだったが、目に映る喧騒を見ると態度を一変させ、仲間達の意見など聞かず、パイロの天井部分を開けると、物凄い勢いで飛び出していった。切込隊長の戦闘狂っぷりにほとほと呆れる亮牙達だったが、助ける助けないの判断をしているうちに隊商が全滅することは明白だったので、無理に止めるつもりもなかった。

 八輪の車輪がギャリギャリギャリと地面を噛み、ロケット噴射でもしたかのように凄まじい勢いで加速していくが、スラッグは人間態のまま四足歩行となりながらも、遥かに素早いスピードで駆け抜ける。彼は嬉々とした表情のまま、その姿をビーストモードへと変貌させていく。

 

「グォオオオオオオッ!!!」

 

 大地を震わせる程の雄叫びと地響きを上げながら、スラッグは後方から賊達の指揮をとっている男目掛けて突進していく。まるで敵へと突進する猛牛のようだ。

 砂埃を巻き上げて急速に接近して来る謎の怪物に、ようやく気がついた賊のリーダーらしき人物が、慌てて仲間に指示を出しつつ、自らも魔法の詠唱を始めた。恐らく野生の魔物が、血の匂いに誘われたと勘違いしたようだ。

 だが、漸く間近に迫ったスラッグの姿に、賊達はリーダー含めて絶句し、思わず詠唱を止めてしまった。何せ目の前に現れたのは、伝説の魔物ベヒモスにそっくりだが、本物のベヒモスが小犬に思えるくらいの巨体を誇る、鋼鉄の化け物だったのだ。当然スラッグは手加減する筈もなく、表情を盛大に歪ませる賊達に嵐の如く襲い掛かった。

 

ドゴォ!バキッ!グシャ!

 

「たわばっ!!?」

「あべしっ!!?」

「あろぉっ!!?」

 

 戦慄、絶望、困惑。そんな表情を浮かべた賊達は、生々しい音を響かせながら、某世紀末格闘漫画の悪役のような断末魔を上げた。

 ある者は、大きく開かれた両顎の鋭い牙に貫かれ、またある者はその巨大な角に貫かれた挙句真っ二つに両断され、大半の者は何十トンもあるスラッグの巨体を支える四肢に踏み潰されて骨や内臓を粉砕された。

 たった一瞬、それだけの攻撃で賊の後方集団は全員が絶命するに至った。勢いよく突進したスラッグは、その先でドリフト気味に巨体を反転させ停止する。いきなりの殺戮劇に、賊も隊商のメンバーも唖然呆然としてスラッグを凝視していた。中には、鍔迫り合いをしたまま、顔を見合わせている賊と護衛もいる。

 

「あれって確か…スラッグさん?じゃあ…!」

 

 その中で、隊商メンバーとして戦っていた、()()()()()()()()()()()()()が、希望に満ちた声で呟く。そんな彼女の予感は的中し、キキィ!と音を立てながらパイロが停車、賊達と隊商をスラッグとともに挟み撃ちにする。

 開かれたハッチから更に二人分の人影が飛び出したかと思うと、ギゴガゴゴと音を立てながら巨大な二足歩行の捕食動物へと変貌、ズシィィィン!と地響きを上げながら着陸する。グリムロックとスコーンだ。

 そこから更に四人降りてきたかと思うと、賊達が初めて目にする箱型の八輪の物体は同じくギゴガゴゴと音を立てて、身長9m前後の巨人へと変貌する。久々にパイロのロボットモードだ。

 度肝を抜かれた賊達は、見慣れない金属の怪物達の姿に、裏社会の噂で聞いたある一団の話を思い出した。そして全員が我を取り戻し、恐怖で顔を青くしていく。

 

「マ、マ、マキシマルだぁ!!?フリートホーフを皆殺しにした化け物軍団だぁ!!!」

 

 一人の賊が凄まじい悲鳴を上げると、手に持つ長剣を放り捨て、その場から逃げ出した。だが次の瞬間、グリムロックが唾でも吐くかのように吐き出した火炎弾が直撃し、断末魔の悲鳴を上げる暇もなく丸焦げにされ、あっさりその生涯の幕を閉じた。

 

「ヒィィッ⁉︎逃げろぉ!」

「まだ死にたくねぇよお〜!」

「助けてくれぇ〜!」

 

 仲間の焼ける匂いに漸くハッ!となった賊達は、先程までの余裕は一転、武器を投げ捨てると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとした。しかし、そうは問屋が卸さない。

 スコーンが背中の棘を発射し、パイロが肩のガトリングを乱射、シアがテラクサドンを振るい飛ぶ斬撃を放ち、ユエとティオが魔法を放つ。殺戮の嵐が吹き荒れ、一人また一人と、賊達が身の毛がよだつような最期を遂げていく光景に、救われているはずの護衛者達の背筋が粟立った。余りに圧倒的、余りに無慈悲。四十人以上いた賊達は、たった数秒で半数まで数を減らしてしまった。

 その残る半数も、命乞いする暇もなく、グリムロックやスラッグに踏み殺されたり、強靭な尾で叩かれて全身の骨を砕かれる。僅かに残った賊達は、せめてもの抵抗にと傷ついた冒険者達や隊商の人々に襲い掛かるが、負傷者の治療に当たっていたストレイフが腕を翼に変形させて放った斬撃で、あっという間に微塵切りにされた。

 こうして40人の盗賊団は、たった8人のマキシマルによって、一瞬にして地獄に堕とされた。本当に、容赦の欠片もない蹂躙劇だった。

 ストレイフは治療を続けるが、マキシマル一行が来る前に倒れていた護衛の冒険者達は、既に事切れていたらしい。いくら再生魔法であっても死者の蘇生までは出来ないので、助ける事が出来なかった。

 とは言え、流石のマキシマルもそれくらい理解しており、ひと段落したので武装解除したその時だ。

 

「南雲!灘!」

 

 突如、人間態に戻った亮牙とパイロから降りたハジメに、人影が猛然と駆け寄った。先程の、ナイフを武器としていた女性だ。最初はん?となる二人だったが、彼女の顔を見て驚いた。

 

「園部さん⁉︎」

「園なんとか?」

 

 そう。その女性は、かつてウルの町で再会し、紆余曲折の末に和解したクラスメイトの一人、園部優香であった。優香は、そのままの勢いで亮牙とハジメに飛び付き、普段の勝ち気な性格とは裏腹に可憐な声で二人の名を呼びながらギュッと抱きついた。

 一方の亮牙とハジメも、和解したとは言え、愛子の傍にいる筈の優香とこんな場所で再会した事に驚愕を隠せない様子で、彼女の名を呟く。若干、ユエとシア、ついでにティオの視線が気になるが。

 

「どうしてこんな所に?畑山先生達と一緒じゃなかったの?」

「ごめんなさい、約束を守れなくて…!でも、頼れるのはあんた達だけなの!お願い!愛ちゃん先生を助けて…!」

「ッ、どういう事だ⁉︎彼女に何かあったのか⁉︎」

「その件については、私から説明させて頂きます。…僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいないようですね」

 

 目から涙を溢れさせながら懇願する優香の姿に、只事ではないと身構える亮牙達に、小柄で目深にフードを被った人物が口を挟んだ。一見すると物凄く怪しいが、実は先程の結界を張って必死に隊商を守っていたのがその人物であると、魔力の流れと色で既に確認していたので、マキシマル一行は特に止める事もなく素通りさせた。

 フードの人物は、心底ホッとした様子で、ずれたフードの奥から煌く金髪碧眼とその美貌を覗かせた。そして、感じ入るように細めた目でハジメと亮牙を見つめながら呟く。

 

「…南雲さんと灘さん、ですね?お久しぶりです。雫達から貴方の生存は聞いていました。貴方の生き抜く強さに心から敬意を。本当によかった…」

 

 フードの人物の正体は、ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒであった。国民から絶大な人気を誇る王女は、フードの奥から笑顔で笑いかけた。

 一度それを向けられたなら、老若男女の区別なく陶然とすること間違いないと思わせる可憐なものだ。だが亮牙もハジメも、特に何かを感じた様子はなく、むしろ胡乱な眼差しをリリアーナに向けて容赦ない言葉を放った。

 

「………………………誰だ、テメェ?」

「……………あの、どちら様ですか?」

「へっ?」

 

 亮牙とハジメがまだ王国にいた頃から、リリアーナは異世界組に必ず数回は自ら話に行っている。確かに積極的にコミュニケーションをとっていたのは光輝達勇者パーティが中心だったし、立場的に微妙だったハジメや王国の者達とは距離を取っていた亮牙とは、リリアーナも直接話した回数はそれほど多くはなかった。それでも、ハジメに関しては香織も交えて談笑したことはあるのだ。

 そしてリリアーナは、王女である事と、その気さくで人当たりのいい性格もあって、一度交流を持った相手から忘れられるという経験は皆無。なので、全く知らない人間を見るような目で見られた事にショックを受けて、思わず王女にあるまじき間抜けな声が出てしまった。

 呆然としているリリアーナに代わって、慌てたように優香がフォローを入れる。周囲にリリアーナが王女であるとばれるのは厄介なので、耳に口元を寄せて小声で話す。

 

「ち、ちょっと南雲、灘!王女!王女様よ!ハイリヒ王国のリリアーナ王女よ!あんた達も話したことあるでしょ!」

「…………………………………………………………………………ああ」

「ぐすっ、忘れられるって結構心に来るものなのですね、ぐすっ」

「リリアーナさん!泣かないで!コイツらちょっとアレなの!コイツらが特殊なだけで、貴方を忘れる人なんて普通はいないから!だから泣かないでください!」

「ちょっと、さりげなく罵倒しないでよ園部さん…」

「あんたはちょっと黙ってて南雲!」

「いいえ、いいのです、優香。私が少し自惚れていたのです…」

 

 涙目になってしまったリリアーナに必死のフォローを入れる優香が地味に酷いことを言うので、ハジメは思わずツッコミを入れるも、優香から一蹴されてしまった。しかもリリアーナが等と健気な事を言うので、尚更、文句は言えなかった。

 そんな中、亮牙が漸く思い出したかのように、冷めた目でリリアーナを睨みながら口を開いた。

 

「…ああ、漸く思い出した。誰かと思えば、異世界から俺たちを攫って人種差別と戦争に加担させた、あの傀儡ハナクソ王国の愚王のクソ娘か」

「ッ!!?」

 

 血の匂いで紛れていた事や、半年近く顔も合わせた事がなかったので記憶の片隅に埋もれていたが、リリアーナの匂いと優香からの説明で漸く正体に気づいた。亮牙にとっては最早嫌悪の対象でしかない、ハイリヒ王国の王族である事を。

 一方のリリアーナは、今度は今までにない程の侮蔑の籠った物言いに、思わずたじろいてしまう。ここまで嫌悪された経験も、どうやら初めてだったようだ。

 

「…待てグリムロック。其奴が王国の姫だと?」

 

 そして後ろから、()()()()()()()()()()()が、ゆっくりと歩み寄ってきた。声に怒気を孕ませながら…。

 

「テメェかぁ!!!うちの可愛い孫を奴隷にしようとした、クズ貴族どもの親玉はぁ!!!」

「ひぐっ!!?」

 

 激昂したスコーンは、カサゴのような両耳の鰭を逆立て、リリアーナの胸倉に掴みかかった。リリアーナは突然の事に、恐怖と困惑の表情を浮かべながらも、苦しそうに呻く。

 だがスコーンは容赦しない。彼にとって目の前の少女は、一人娘を傷付け、可愛い孫娘を奴隷にしようとした連中の親玉なのだ。無事再会出来たとは言え、その憎しみが消えたわけではなかった。

 

「おうお前ら!手ェ出すなよ!コイツは俺に殺らせろ!娘と孫を酷い目に遭わせた連中の親玉から来てくれたんだ!あの子達が味わった恐怖と苦痛を倍にして返してやらぁ!」

「よせスコーン!落ち着けって!グリムロックとスラッグも止めろよ!」

「ったく、仕方ねぇなあ…」

 

 騒ぎに気づいたストレイフが大慌てで止めに入り、亮牙とスラッグも面倒臭そうに溜息を吐きながらスコーンを羽交い締めにしてリリアーナから引き離す。優香はどうすれば良いのかとオロオロとしている。

 そんな殺伐とした雰囲気の亮牙達のもとへ、ユエ達と、見覚えのある人物が寄ってくる。

 

「お久しぶりですな、亮牙殿。息災…どころか随分とご活躍のようで」

「ん?なんだ、ユンケルじゃねえか」

「ええ、覚えていて下さって嬉しい限りです。ユンケル商会のモットーです。危ないところを助けて頂くのは、これで二度目ですな。貴方達とは何かと縁がある」

 

 握手を求めながらにこやかに笑う男は、かつて、ブルックの町からフューレンまでの護衛を務めた隊商のリーダー、ユンケル商会のモットー・ユンケルだった。

 彼の商魂が暴走した事件は、亮牙もハジメもよく覚えている。この世界の商人の性というものを、二人はモットーで学んだようなものだ。実際、その商魂はいささかの衰えもないようで、握手しながらさりげなく、ハジメの指にはまった宝物庫の指輪を触り、亮牙のポーチをチラチラと見ている。その全く笑っていない眼が、「そろそろ売りませんか?」と言っていると感じるのは、きっと気のせいではないだろう。

 背後で、シアがモットーとの関係を説明し、先程スコーンに殺されかけたリリアーナが「たった一回会っただけの人は覚えているのに…私は……王女なのに…」と更に落ち込んでいたりする。そんな姿を無視して、亮牙はモットーと話を続けた。

 

「ったく、相変わらずがめつい奴だ。ひょっとしてアコギな商売した所為で、ヤバい輩の恨みを買った結果が、さっきの騒動じゃねえだろうな?」

「そんな、滅相もないですよ!我がユンケル商会は誠実一筋ですから!」

 

 亮牙からのブラックジョークに、モットーは大袈裟に反論すると、事の次第を説明した。それによると、ユンケル商会は、ホルアド経由でアンカジ公国に向かうつもりだったようだ。アンカジの窮状は既に商人間にも知れ渡っており、今が稼ぎ時だと、こぞって商人が集まっているらしい。モットーも既に一度商売を終えており、王都で仕入れをして今回が二度目らしい。ホクホク顔を見れば、かなりの儲けを出せたようだ。

 マキシマル一行は、ホルアドを経由してフューレンに行き、ミュウ送還の報告をイルワにしてから、ハルツィナ樹海に向かう予定だったので、その事を話すと、モットーはホルアドまでの護衛を頼み込んできた。

 しかし、それに待ったを掛けた者がいた。リリアーナだ。

 

「申し訳ありません。商人様。彼等の時間は、私が頂きたいのです。ホルアドまでの同乗を許して頂いたにもかかわらず身勝手とは分かっているのですが…」

「おや、もうホルアドまで行かなくても宜しいので?」

「はい、ここまでで結構です。もちろん、ホルアドまでの料金を支払わせて頂きます」

 

 どうやらリリアーナは、モットーの隊商に便乗してホルアドまで行く予定だったらしい。しかし、途中でハジメ達に会えたことでその必要がなくなったようだ。その時点で、リリアーナの目的にキナ臭さを感じた亮牙が文句を言おうとしたが、優香が頭を下げて「お願い、リリアーナさんに従って」と懇願するので、取り敢えず黙っていることにした。

 だが、モットーはお金を受け取ることを固辞し、リリアーナは困惑する。隊商では、寝床や料理まで全面的に世話になっていたのだ。後払いでいくら請求されるのだろうと、少し不安に思っていたくらいなので、モットーの言葉は完全に予想外だった。

 そんなリリアーナに対し、モットーは困ったような笑みを向けた。

 

「二度と、こういう事をなさるとは思いませんが、一応、忠告を。普通、乗合馬車にしろ、同乗にしろ料金は先払いです。それを出発前に請求されないというのは、相手は何か良からぬ事を企んでいるか、または、お金を受け取れない相手という事です。今回は、後者ですな」

「それは、まさか…」

「どのような事情かは存じませんが、貴女様ともあろうお方が、お一人で忍ばなければならない程の重大事なのでしょう。そんな危急の時に、役の一つにも立てないなら、今後は商人どころか、胸を張ってこの国の人間を名乗れますまい」

 

 モットーの口振りから、リリアーナは、彼が最初から自分の正体に気がついていたと悟る。そして、気が付いていながら、敢えて知らないふりをしてリリアーナの力になろうとしてくれていたのだ。

 

「ならば尚更、感謝の印にお受け取り下さい。貴方方のおかげで、私は、王都を出ることが出来たのです」

「ふむ。…突然ですが、商人にとって、もっとも仕入れ難く、同時に喉から手が出るほど欲しいものが何かご存知ですか?」

「え?…いいえ、わかりません」

「それはですな、『信頼』です」

「信頼?」

「ええ、商売は信頼が無くては始まりませんし、続きません。そして、儲かりません。逆にそれさえあれば、大抵の状況は何とかなるものです。さてさて、果たして貴女様にとって、我がユンケル商会は信頼に値するものでしたかな? もしそうだというのなら、既に、これ以上ない報酬を受け取っていることになりますが…」

 

 リリアーナは上手い言い方だと内心で苦笑いした。これでは無理に金銭を渡せば、貴方を信頼していないというのと同義だ。お礼をしたい気持ちと反してしまう。リリアーナは、諦めたように、その場でフードを取ると、真っ直ぐモットーに向き合った。

 

「貴方方は真に信頼に値する商会です。ハイリヒ王国王女リリアーナは、貴方方の厚意と献身を決して忘れません。ありがとう…」

「勿体無いお言葉です」

 

 リリアーナに王女としての言葉を賜ったモットーは、部下共々、その場に傅き深々と頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、リリアーナとマキシマル一行をその場に残し、モットー達は予定通りホルアドへと続く街道を進んでいった。去り際に、亮牙達が異端者認定を受けている事を知っている口振りで、何やら王都の雰囲気が悪いと忠告までしてくれたモットーに、亮牙もアンカジ公国が完全に回復したという情報を提供しておくとともに、世話になったアンカジの民のためにと、ある程度の救援物資の代金を亮牙のポケットマネーで立て替えた。

 それだけで、亮牙達が異端者認定を受けた理由やら何やらを色々推測したようで、その上で「今後も縁があれば是非ご贔屓に」と言ってのけるモットーは本当に生粋の商人である。

 モットー達が去ったあと、マキシマル一行はリリアーナの話を聞くことになった。但し、モットー達のように敬意を払うつもりなどなかった。リリアーナはスラッグに押さえ付けられ、その場に乱暴に跪かされた。優香がやり過ぎだと怒るが、亮牙は聞く耳を持たない。

 

「さて、ウルやホルアドを救い、犯罪組織や魔人族を討ち取ってきた俺達マキシマルに対して、あのカルト教団とグルになって謂れのない罪を着せたハナクソ王国の姫が、どの面下げて俺達の前に顔を出せた?バカ殿な父親に命じられて、降伏しろとでも言いに来たか?」

 

 先程までのモットーとの談笑とは異なり、心底軽蔑した視線を向けながら問いかける。優香の懇願もあったが、勝手に自分達の旅路に口出しした事は、腹立たしい事この上ない。

 しかし様子を見た限り、同行者は優香のみでお供も付けず、隊商に紛れ込んでここまでやって来たようだ。一国の王女がそうしなければならない何かがあったのは、容易に察しがつく。

 焦燥感と緊張感、そして恐怖心が入り混じったリリアーナの表情が、亮牙の感じている嫌な予感に拍車をかける。そして、遂に語りだしたリリアーナの第一声は、彼の予感を上回る最低のものだった。

 

「愛子さんが…攫われました」

 

 

 

 

 

「何だと?」

 

 

 

 

 

 その瞬間、濃厚な怒りと殺意が解き放たれた。それを向けられたリリアーナも、傍で見守っていた優香ですらも、自分の死を錯覚した。ハジメとシアが宥め、ストレイフが制止しなければ、亮牙は間違いなくリリアーナを殺していただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮牙が落ち着きを取り戻した後、リリアーナと優香が語った内容を要約するとこうだ。

 最近、王宮内の空気が何処かおかしく、リリアーナはずっと違和感を覚えていたらしい。

 父親であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒し、時折、熱に浮かされたように「エヒト様」を崇め、それに感化されたのか宰相や他の重鎮達も巻き込まれるように信仰心を強めていった。

 それだけなら、各地で暗躍している魔人族のことが相次いで報告されている事から、聖教教会との連携を強化する上での副作用のようなものだと、リリアーナは、半ば自分に言い聞かせていたのだが…。

 違和感はそれだけにとどまらなかった。妙に覇気がない、もっと言えば生気のない騎士や兵士達が増えていったのだ。顔なじみの騎士に具合でも悪いのかと尋ねても、受け答えはきちんとするものの、どこか機械的というか、以前のような快活さが感じられず、まるで病気でも患っているかのようだった。そのことを、騎士の中でもっとも信頼を寄せるメルドに相談しようにも、当のメルドはオルクスで戦死扱いとなっており、出来る筈もなかった。

 そうこうしている内に、愛子が優香達と共に王都に帰還し、ウルの町での詳細が報告された。その席にはリリアーナも同席したらしい。そして、普段からは考えられない強行採決がなされた。それが、マキシマル一行の異端者認定だ。ウルの町や勇者一行含めてホルアドを救った功績も、「豊穣の女神」として大変な知名度と人気を誇る愛子の異議・意見も、全てを無視して決定されてしまった。

 有り得ない決議に、当然、リリアーナは父であるエリヒドに猛抗議をしたが、何を言ってもマキシマル一行を神敵とする考えを変える気はないようだった。まるで、強迫観念に囚われているかのように頑なだった。むしろ、抗議するリリアーナに対して、信仰心が足りない等と言い始め、次第に、娘ではなく敵を見るような目で見始めたのだ。

 恐ろしくなったリリアーナは、咄嗟に理解した振りをして逃げ出した。そして、王宮の異変について相談するべく、悄然と出て行った愛子を追いかけ自らの懸念を伝えた。すると愛子から、亮牙達が奈落の底で知った神の事や旅の目的を夕食時に生徒達に話すので、リリアーナも同席して欲しいと頼まれたのだそうだ。

 愛子の部屋を辞したリリアーナは、夕刻になり愛子達が食事をとる部屋に行こうとして、愛子を迎えにきた優香と出会った。聞けば彼女も夕食時に大事な内容について話すことを聞かされており、二人でそのまま愛子の部屋に向かう途中、廊下の曲がり角の向こうから愛子と何者かが言い争うのを耳にした。何事かと壁から覗き見れば、愛子が銀髪の修道女に気絶させられ担がれているところだった。

 リリアーナと優香は、その銀髪の女に底知れぬ恐怖を感じ、咄嗟にすぐ近くの客室に入り込むと、王族のみが知る隠し通路に入り込み息を潜めた。

 銀髪の女が探しに来たが、結局、隠し通路自体に気配隠蔽のアーティファクトが使用されていたこともあり気がつかなかったようで、二人を見つけることなく去っていった。だが二人は、銀髪の女が異変の黒幕か、少なくとも黒幕と繋がっていると考え、そのことを誰かに伝えなければと立ち上がった。

 ただ、愛子を待ち伏せていた事からすれば、生徒達は見張られていると考えるのが妥当であった。悩むリリアーナに、優香は今、唯一王都にいない、クラスの中で誰よりも信用できる、亮牙とハジメに頼るべきだと伝えた。最早それしかいないとリリアーナも承諾し、隠し通路から王都に出て、一路、アンカジ公国を目指したのである。

 アンカジであれば、王都の異変が届かないゼンゲン公の助力を得られるかもしれないし、タイミング的に、マキシマル一行と会うことが出来る可能性が高いと踏んだからだ。

 

「あとは知っての通り、ユンケル商会の隊商にお願いして便乗させてもらいました。まさか、最初から気づかれているとは思いもしませんでしたし、その途中で賊の襲撃に遭い、それを貴方達に助けられるとは夢にも思いませんでしたが、少し前までなら『神のご加護だ』と思うところです。…しかし、私は、今は、教会が怖い…。一体、何が起きているのでしょう…。あの銀髪の修道女は…。お父様達は……」

 

 自分の体を抱きしめて恐怖に震えるリリアーナは、才媛と言われる王女というより、ただの女の子にしか見えなかった。だが、無理もないことだ。自分の親しい人達が、知らぬうちに変貌し、奪われていくのだから。その心に巣食った恐怖を少しでも和らげようと、優香はリリアーナをギュッと抱きしめながら、自身も口を開いた。

 

「…その修道女がこう言ってたの。『生徒が何か企んでる』って。認めたくないけど、またクラスの誰かが清水みたいに、あんた達が戦ってるディセプなんとかってロボット共に寝返ったみたいなの…。あんた達との約束を守りたかったけど、結局私は何も出来なかった…!お願い、愛ちゃん先生を助けて…!」

 

 自身の不甲斐なさに悔し涙を流しながらそう懇願する優香を、亮牙は黙って見下ろしていた。先程までリリアーナに向けられていた怒りは、自分自身へと向けられていた。

 リリアーナの語った状況は、まるでメルジーネ海底遺跡で散々見せられた「末期状態」によく似ていたからだ。神に魅入られた者の続出。非常に危うい状況だと言える。銀髪の修道女という存在も、豪華客船でチラリと見えたアルフレッド王の傍に控えていたフードの人物が脳裏に浮かび上がった。時代が違いすぎるので同一人物か分からないが、船内に消える際、僅かに見えたその人物の髪は、確か銀だった。間違いなく敵だ。

 本来なら、知った事ではないと切り捨て、ハイリヒ王国が勝手に滅亡するのを黙って見届けるだけだ。しかし、愛子が攫われた理由に察しがついてしまった。十中八九、愛子が神の真実と自分達の旅の目的を話そうとした事が原因であると言えるからだ。おそらくメガトロナスもエヒトも、駒としての光輝達に、不審の楔を打ち込まれる事を不都合だと判断したのだろう。

 ならば、愛子が攫われたのは、彼女を巻き込んでしまった自分の責任だ。攫ったという事は殺す気はないのだろうが、裏で人々をマリオネットのごとく操り享楽に耽る連中の手中にある時点で、何をされるか分かったものではない。

 地球にいた頃から、周囲とは浮いていた自分の事を気にかけてくれた愛子。自分の生き様がより良くなるようにと助言をし、そのために己の命を賭けた愛子。そんな彼女を見捨てるなどという選択肢は、亮牙にはなかった。

 

「顔を上げろ、園なんとか。先生が攫われたのはテメェの所為じゃねぇ。全部俺の所為だ」

「ぐすっ…園部よ…いい加減ちゃんと覚えなさいよ…」

 

 不器用ながらも励ましの言葉をかける亮牙に、優香はそう言いつつも、幾分か落ち着きを取り戻したようだ。

 亮牙は瞳に怒りと闘志の炎を激らせると、仲間達へと向き合った。全員真剣な顔つきで、彼の判断に委ねる、といった表情だ。

 

「さてと…。本当ならハルツィナ樹海から攻略して、忌々しい神山は後回しにしようと思ったが、あのカルト共の方から攻め込む口実を作ってくれたよ。これで心置きなく、生臭坊主どもをぶっ殺して、大迷宮を探せるってわけだ…」

 

 亮牙は教会を嘲笑うようにそう告げるが、その顔は一切笑ってなどいなかった。寧ろ、久々に憤怒で真っ赤に染まっている。

 ミレディからの教えで、聖教教会の総本山でもある神山も七大迷宮の一つなのは分かっていたが、何処に入口があるのか見当もつかず、探索するにしても、教会関係者の存在が酷く邪魔で厄介だった。だが今回の件で、神山に踏み込む口実が出来たし、神代魔法の中でも()()()()()()()()を手に入れる事が出来る。

 だが、それはあくまで建前に過ぎない。最優先はこちらだ。

 

「カチコミだ!!!俺とハジメの恩師助け出して、恩知らずなハナクソ王国とカルト教団をぶっ潰しに行くぞ!!!」

「「「「「「「おう(ですぅ/のじゃ)!!!」」」」」」」」

 

 怒声にも似た亮牙の号令に、仲間達も威勢よく応答する。誰もが皆引き締まった表情で、闘志を剥き出しにしていた。

 力を貸してくれるという亮牙の応えに、優香は安堵の表情を見せる。いくら亮牙が愛子を受け入れているとはいえ、自分達クラスメイトは一部和解したものの未だ大きな溝があったので、説得は難儀しそうだと考えていたからだ。

 だが、リリアーナはそうではなかった。聞き捨てならない言葉に、顔を青くして亮牙に詰め寄った。

 

「ま、待ってください!王国を潰すって、どういう事ですか⁉︎」

「あ?言葉通りの意味だ。テメェのクソ親父は、完全にあのカルト共の言いなりなんだろ?なら今回の一件は、腐れカルトとテメェの親父がグルになって行った、と考えるのが妥当だろうが」

「確かにお父様達の様子はおかしかったですが、まだ愛子さんの件に関与しているとは…!」

「さっきユンケルも言ってたろ、世の中『信頼』が第一だとな。テメェらときたら、異世界の俺達を勝手に戦争に巻き込んだ挙句、国を挙げて俺やハジメを無能と嘲笑って、それでも結果的にテメェらを助けてやったと思えば、あのカルト共とグルになって指名手配扱いだ。これだけの事をしといて、今更俺達が信頼していると思ってるのか?厚かましいにも程がある!」

「そ、それは…ですが…」

 

 必死に愛子の件に王国は関与していないと弁明しようとするリリアーナ。だが、亮牙から今まで王国が働いてきた非礼の数々を指摘されてしまい、最早自分達が「信頼」に値しない存在と見做されている事を痛感し、言葉を詰まらせる。

 それでもなんとか王国に危害を加えないよう説得しようとするが、遂に亮牙は怒りを通り越して呆れ果てると、こう告げた。

 

()()()()()とか言ったな。面白い奴だな、気に入った───」

 

 

 

 

 

「殺すのは最後にしてやる」

 

 

 

 

 

「ひっ…」

「スコーン、取り敢えずそれまで我慢しとけ。全てぶっ潰した後は煮るなり焼くなり好きにしろ」

「言われるまでもねぇ」

 

 絶対零度の視線で睨まれながらそう告げられ、リリアーナは恐怖のあまりそれ以上何も言えなかった。亮牙の隣では、スコーンが今もなお、親の仇と言わんばかりの憎しみの籠った瞳で睨みつけてくる。

 落胆するどころではない。自分はとんでもないジョーカーに手を出してしまったのか。これから王国はどうなってしまうのか。リリアーナはより一層、恐怖に震える事になってしまった。

 

 

 

 

 




〜用語集〜
・面白い奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる
 本作では定番となっている『コマンドー』の名言の一つ。
 結局「あれは嘘だ」という展開になったが、リリアーナの運命や如何に?





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