暗号を拾った日。
剣道をやる前は、剣に憧れていた。だってほら、カッコ良いじゃない。まず、剣と言えば居合斬りだ。腰に帯刀した刀を瞬時に抜く一撃必殺。使われる表現は大体「神速の剣」「瞬速の剣」「閃光の剣」と、速さを表現する二文字をつければ大体、カッコよくなり、その技名を口にせずに筆で書かれたような字体で背景に入れると尚、カッコよくなる。
居合を抜きにしても、剣のカッコ良さはお墨付きだ。横斬り、縦斬り、斬り上げ、突き、どの用途でも映えるし、大振りで高威力のものを素早く行うのが良い。斬撃が飛ばせればもう言うことないよね。
しかし、現実の剣道はそうもいかない。まず振りが小さいよね。面にしても小手にしても、手の内という手首を返す基本動作があるのだが、それに腕の運びだけで打つ。振り上げて振り下ろす、なんて真似はしないで、構えたままなるべくコンパクトに打つのだ。
個人的な意見だけどさ、両手で刀持って小刻みに動くって一番やっちゃダメでしょ。突きなら良いよ? でもこれ相手の頭を上から両断する動きですよ? それ小さくやるとかカッコ悪いにもほどがあるでしょ。
他にも中学生は突きが禁止だとか、引き面がダサいとか、試合開始直後の奇声とか、とにかくカッコ悪いが、何よりダメなのは今の剣道はスポーツ化しているということだ。
何せ、防具に良い音を立てて当てれば一本なのだから。力を入れて斬る必要がない。こんなんじゃkillも出来ない。
そんな現実のダサダサ剣道だが、その時に俺は思った。
「なら、俺はカッコよくなれば良いじゃない」
と。幸いにも、剣道にはカッコ良い技がいくつもある。返し胴、逆胴、出小手、抜き面などだ。それらを極め、少なくとも俺はカッコ良い剣士になる。
そう決めると共に部では浮き始めたが、俺はやめなかった。朝練の日、一緒に登校してくれなくなっても、午後練で俺が日直の日、まだ着替え終えてないにも関わらず勝手に準備体操を始められても、土日練習の日は俺だけ昼飯をハブられても決してやめる事は無かった。
今日も、俺は部活が終わって一人で家に帰宅してからも自主練していた。竹刀を握って、家の前で素振りである。
「ッ……ッ……!」
特に逆胴なんて滅多に入らない。相当、完璧に打たないと一本にならないのだ。これは猛練習が必要である。
目の前に仮想敵を生み出し……例えばムカつく部長の飯島ね。あいつ三年のくせに俺より弱いからね。だから余計に嫌われてる。
構え合っている状態から、相手の竹刀を若干、下に下げる。反動で向こうが振り上げるのを利用し、俺も竹刀を振り上げる。面を打つフリをするのだ。そのフェイントに掛かってガードしようとした直後を狙い、相手の右腹を斬り落とす。
「ッ……!」
スピードが命だぞ、この技は。決まればこれはもう滅茶苦茶カッコ良いものだろう。とにかくカッコ良さが欲しい。せっかく人を棒で叩けるんだ。カッコ悪くしてどうする!
そう心に決めながら竹刀を振っている時の俺は、気が付かなかった。この時、カッコ良さを求める俺の自主練を、後ろからクラスメートに見られていた事を。
×××
翌日、俺は今日も一人で休み時間を過ごす。本当はこの時間も武道場で自主練したいのだが、許可は降りませんでした。よって、図書室で本を読むしかない。前までは同期の剣道部に唆されたクラスメートがいじめに来ていたが、一寸先の読み合いが鍵を握る剣道部最強の二年たる俺に勝てるはずがない。返り討ちにして、再び孤高を手に入れた。
その読んでいる本も、本当は借り出したいのだが、借りた所で放課後も家でも読まないからあんま意味がない。だから、休み時間に毎日通って読んでいる。
今日もその本を手にし、パラパラと前回まで読んでいたページを捲った時だ。
「……なんだこれ」
黒と白の変な模様の封筒が入っていた。何これ、何なのこの模様? デスノートみたいなシンプルかつおぞましい柄な……まぁ良いや。とにかく手紙のようだ。
うーん……なんで手紙がここに? 誰かが栞の代わりに挟んでおいたとか? まぁ、なんであれ勝手に読むのはカッコ悪いな。本を読めるとこまで進めたら、元に戻しておこう……と、思ったのだが。
『禁忌の封書を手にした愚者へ』
誰が愚者だコラ。何これ、誰宛? 「へ」って言っている以上、誰かに宛ててるもんだよね。
……あ、ははーん。さてはアレだな? 知らない誰かと文通したいって奴。面白いな。俺もそういうノリに乗るのは大好きだ。特にこの痛々しい文面ね。厨二病ごっこをしたいんだろう。
なら、手にした俺も乗ってやるのが筋というものだろう。とりあえず、読んでみるか。
『我が名は深淵より出しブリュンヒルデ。又の名を、貴様が手にした強大な魔力の機密を知る者』
うん、無理。読めねえよ。ブリュンヒルデって何。強大な魔力の機密って何。自己紹介に二行かかってんぞ。
や、一応読むけども。
『我が貴様に封書を授けたのは他でも無い。貴様の刃の煌めきに膨大な覇気と神力を見出したからである。
故に、貴様の刃に我が魔力を授け、さらなる神格への昇華させると誓おう』
え、暗号? 怖いんですけど……。でもこれ、俺宛なのか? なんか「貴様に封書を授けた」とか確実に誰かをターゲットにしてるよね。刃ってのは竹刀を指してるのか? 確かに俺、剣道この学校では一番強いけど……そんな覇気と神力なんて大袈裟だぜよ(満更でも無い)。
『我が力を望むのであれば、貴様の封書を同書に挟む事を願う』
最後はその言葉で締め括られていた。なんかよく分かんないけど……まぁ文通したいって事で良いのかな。この文面的に、こいつ男でしょ? 本当に俺に宛てなのかそうでないのかは分からないけど、とりあえず返事を書いてみようか。
とりあえず手紙だけ抜いて、とりあえずその場は本を読んだ。
×××
それから二日が経過し、再び図書室に来た。昨日、手紙を書いて置いておいたから、もしかしたら返事が来てるかもしんないからね。
ちなみに、昨日の手紙には、簡潔に述べると「文通したいって事で良いですか? 俺で良ければよろしく」的な意味の事を書いておいた。しかし、あの文の子もまさか男に拾われているとは思っていないだろうな……。そう思うと少し申し訳ないが……まぁ、この世は二次元じゃないって事で戒めにしてくれると嬉しいです。
さて、返事が来ているかだが……と思って本を手に取ると、やっぱり入っていた。また同じような黒と白のキザッたらしい便箋だ。
名前はご存知の通りブリュンヒルデさん。このカタカナ、どうやって作ったんだろう。もしかして、ナンタラ神話の神様の名前かな?
とりあえず、中身を読む事にした。
『禁忌の封書に触れし者よ、まずは深淵なる闇に触れた愚行を讃えよう』
相変わらず口が悪ぃな。お前から誘って来たのになんで愚行? どういう事なの?
『禁断の扉に手をかけせし者よ、貴様はこの契約により、我が眷属となった。
さて、この封書による理だが、特に定めんとする法典は無い。我が、或いは貴様が経験した聖戦を語らん場とする。
しかし、唯一無二の禁じ手として、他者に我が封書を明かす事は禁ず』
要するに……何を書いても良いけど他人に見せるのはダメってこと? 多分そういうことだよね。
『相違なければ、貴様の封書を同書に挟む事を願う』
そこで文は途切れていた。まぁ、そういう事なら良しとしよう。そもそも見せる相手もいないし。
また、手紙だけポケットにしまって、とりあえずその本を読み続けた。
×××
さて、それから一ヶ月が経過した。あれからあの謎の厨二さんとの文通は続いた。読み解くのにググったりしたのだが、これがまぁ時間掛かるし出て来ない。「おそらくこういう意味だろう」という風に理解して返事を書くしかなかった。
いやー……疲れたわ、しかし。毎日、自主練を終えて晩飯を食って風呂入って寝るまでの隙間時間に返事を書いていたから。
話の内容は大した事はない。俺の剣道の話や、向こうの友達の話、お互いの愚痴や相談など、割と雑談に近く有意義なやり取りができたと思う。
なんでも、向こうは俺の剣道にとても興味を持ってくれているようで、なんだかんだ剣道の話が一番多い。
正直、俺と剣道について語れる人は初めて出て来たため、それはとても嬉しかったりする。
しかし、そんな日々もこの一週間は止めさせてもらった。何故なら、今日は公式戦の日だからだ。一年に二回しかない公式戦。それも、三年生は引退なので、いくら嫌われていても尽力してやらねばならない。自主練もいつもの二倍にしたため、頑張らせてもらった。
大会の場所は、うちの学校の体育館。地区大会なんてそんなものだ。それで勝ち上がった選手が都大会に出て、そこからさらに全国か関東へと広がっていく。
平日にやっているから本当はダメなのだが、何人かうちの生徒が見学に来ているのが見えた。手紙の中に「応援に行く」的なことが書いてあったのだが、もしかしたら手紙の相手がいるのかもしれない。
でも、今はそんなことどうでも良い。まずは勝つことだ。
「……ふぅ」
さて、一回戦目。相手は他校の三年生。去年は都大会に出た人だ。さて、ボコすか。
×××
個人戦は2日に分けられて、さらにその後に団体戦がある。とりあえず俺は勝ち抜いた。今日の相手は全員、秒殺。カウンターが得意な俺は、敵が面を打ってくるのに合わせて手を斬り落とす出小手という技で完封してやったわ。
しかし、そんな俺の勝ちに喜んでくれる奴はチームの中にはいない。顧問の先生くらいだ。
よって、解散になった後も俺は一人で喜びながら武道館を出た。まぁ、まだ気が抜けないのだが。何せ、明日の敵は今日より確実に強いはずなのだから。
引き締めつつ武道館を出た時だ。派手な頭をした少女が武道館の前に立っていた。何故か、日傘を指している。
俺に気づいた直後、その少女はパァっと明るくなって駆け寄ってきた。
「! わ、我が眷属!」
「え?」
「闇に飲まれよ!」
「や、飲まれないけど」
「そして、我が歓喜を受けよ!」
そう言いながら何故か俺の手を取って嬉しそうに微笑まれてしまった。その目には涙すら浮かべられている。
「ちょっ、ま、待て待て待て! 誰よ君⁉︎ なんで泣いてんの⁉︎」
「な、泣いてはおらぬ! ただ、祝福されし勝利に女神の雫が溢れているだけよ!」
「泣いてんじゃん」
「な、泣いてないもん!」
何これ、何この既視感! なんかこのスラスラと解読出来る感じすごく覚えがあるんですけど……!
……え、これまさか……この女の子、もしかして……。
「……え、もしかして……君が、ブリュンヒルデさん?」
何故か突然、顔を赤くし始める美少女。正直、クソ可愛いが女の子が相手だなんて思っても見なかった。ていうか、やっぱり見に来てくれてたんだ……。
なんかもう色々と頭が混乱しているが、そんな俺の感情を他所に「如何にも!」といった感じで自己紹介を始めた。
「ククク、我が名は神崎蘭子、貴様が刃と共闘せし者よ。運命の扉は、今開かれたわ! (訳:初めまして! あなたと文通していた者です。これからよろしくお願いします!)」
「……あ、は、はい。桐原コウです」
なんか、よろしくお願いされた。