神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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思春期が遅いと苦労が多い。
向いてないよ、そういうの。


「え、だ、大学生がわざわざ?」

 

 まだまだ続く梅雨の日、昼休みに蘭子からそんなことを聞いた。話によると、蘭子の友達の大学生が俺に数学を教えてくれるそうだ。

 

「うむ。感謝せよ、我が剣よ!」

「いや、頼んでないんだけど……でも、まぁ感謝するよ」

 

 蘭子と二人で出かけるためだしな。

 

「でも、俺怪我してても部活には顔出せって言われてるし、毎日は無理よ」

「分かっている。一応、ヴィーナスには月曜日のみ可能と伝えてある」

「あー、それは助かるけど……」

 

 まぁ、どうせしばらく勉強くらいしかやること無いんだし、可能な日を教えておこうかな。

 

「あと、今週の土曜日も空いてるよ。腕の調子を見てもらうために病院行くから」

「了解した。では、その日も伝えておこう。……とはいえ、少し急かもしれんが……」

 

 そう言いつつ、手帳にメモをする蘭子。その間、俺は教科書の問題を解いてノートに書き写す。

 

「出来た!」

「ふむ、では拝見……って、出来てない! だから=の反対側に行った時、属性が反転するとアレほど!」

「ええ……もう、面倒臭ぇな」

 

 怒られたので、解きなおす。や、まぁ考えりゃ分かるんだよ。要するに移動する事で辻褄を合わせてるんでしょ? なんか大して当たってもないのに決めだけをしっかりして一本もらう剣道みたいで好きじゃないのよ、そういうの。

 改めて問題を解き続けていると、ふと視線を感じる。顔を上げると、蘭子が俺を真っ直ぐ見ていた。それにより、俺は慌てて目を逸らしてしまう。

 

「っ……桐原くん」

「な、何」

「……気の所為なら悪いのだが……今日は何故、我と眼を合わせない?」

「え、そ、そう?」

「うむ。合うと、すぐに逸らしてしまうだろう」

 

 ……あー、なんだろう。自分でも分からないんだよ。ただ、今朝からやたらと蘭子の顔を正面から見るのが恥ずかしくて……。

 ……いや、正確には今朝、というより昨日からなのかもしれないが。しかし、目も合わせないのは失礼だよな。剣道だって先生の話を聞く時も、敵と相対する時も必ず目を合わせる。

 

「そんな事ねえよ」

「そ、そう?」

「おら」

 

 疑い深そうな目で睨まれたので、俺は正面から睨み返す。

 俺の視線の先にあるのは、蘭子の端麗な容姿。その瞳は吸血鬼のように赤く、少し吊り目気味に鋭くなっている。まつ毛は程よく長くて、それがぱっちりとした目を強調していた。

 鮮やかな銀髪を束ねたツインテールは下半分は竜巻のように渦巻いていて、それが鮮烈さを際立てていた。

 形の良い桜餅のような唇は、普段は不敵に微笑んでいるが、今日はむしろ不思議そうに少し違っていた。

 そんな何気ない表情が、やっぱり可愛くて……って、だから可愛くなんか無いってば! 

 

「っ……」

「ほら、目を逸らした!」

「えっ……」

「何があった? 微妙に頬も紅潮している。疫病に侵されたか?」

「な、何でもないから!」

 

 慌てて目を逸らし、問題に専念した。ダメだ、認めるのはシャクだけど、今日の俺は何処かおかしい。理由が分からない以上、下手な事をするべきじゃない。

 えーっと、=の先に移動して属性が反転して+が-になって……。この後どうすんだっけ? 

 

「……で、なんだっけ」

「顔色が悪い。呪いを受けたのか?」

「や、そっちじゃなくて。=の先に転移した後」

「あ、ああ。能力xを持たざる者同士で計算せよ」

「つまり……4x=12?」

「世界の真理まで、あと一歩よ。それを4×x=12と心眼を以て見極めよ。その後、自ずと答えが……」

「x=12-4か!」

「違う!」

 

 ち、違うのか……。や、でも他に可能性が見当たらないんだけど……。

 

「かけ算の場合は反対側に割り算で移動するって言ったでしょ」

「あー……じゃあ、4=12÷x?」

「分かり合えない者同士による計算不可よ! x=12÷4!」

「あ、そうすりゃxが孤立するのか」

「ふぅ……苦労する」

 

 すみませんね、苦労をかけて。これからはもう少し勉強しようかな。……いや、無理だ。多分、部活始まったらまた剣道に夢中になる。

 

「……x=3?」

「正解!」

「っしゃオラ!」

「うむ。少しエデンの園に身を預けよう」

 

 休憩か……。なんか、かなり長かった気がする。しかし、昼休みに休憩を入れるってなんだろうな……。俺ってもしかして、今、学校で一番勉強してるんじゃないだろうか。

 

「どう? 少しは頭良くなった?」

「禁断の果実を二口齧った程度で叡智が身につく事はないわ。気を長く精進する事ね」

「やっぱりかー。……あー、最近暇なんだよね。家でも勉強以外にする事とかないし……なんかスマホゲームとかやろうかな」

「えっ」

「え?」

 

 なんだろ……なんか蘭子の激震に触れるようなこと言ったかな。

 

「桐原くんは悪魔の辞典に己が別半身を生み出す呪文を備えていないのか?」

「ごめん、何言ってるのか分かんない」

 

 久々に翻訳できなかった。スマホに何を入れてないって? 

 

「つまり、その……スマホゲームを入れていないの?」

「スマホゲームっていうか、アプリも入れてないよ。L○NEと剣道関係と、元々入ってる奴だけ」

「……え、嘘だ」

「嘘つく理由がないんだけど……あ、今日スマホ持って来てるから見る?」

 

 親が共働きなんだよね。母親が遅番の時は学校にも持ってきてる。絶対に校内では出さないって言う約束でね。

 本当は出しちゃいけないんだけど……でも、この教室には俺と蘭子しかいないし、蘭子は他人に言うような子じゃないし、良いかなって。

 

「……本当にゲーム入ってない……こんなにスッキリしたホーム画面初めて見た……」

「蘭子は何かやってるの?」

「我が悪魔の辞典に掲載されているページは多い。FGO、グラブル、シャドバのような我が第二の人生を歩むアプリや、インスタやTwitterのような我が触媒により世界を把握する物もある」

「ふーん……いろいろやったんだな」

 

 はっきり言ってどっちも興味無い。……でも、なんか蘭子の目が爛々とし始めてるんだよなぁ……。なんか、剣道の話を聞いてる時とはまた違う感じ。おかげで、今度はその輝きから目を逸らしても突っ込まれなかった。

 

「では、我と共に第二の人格を生み出そうではないか?」

「何が『では』なのか分からないけど、良いよ」

「なら、まずは空の旅からである」

「はいはい」

 

 グラブルもFGOもCMで見た事ある。まぁ、チラ見した程度だから覚えてないけど。

 言われるがままグラブルをインストールし、なんかモ○ゲーに登録させられ、長い時を経てようやくゲームを始めた。

 主人公は男にした。だって俺男だし。

 

「これストーリーって読んだほうが良いの?」

「我は毎回読んでいる」

「じゃあ読もう」

 

 なんか森にいたらなんか女の子を助け、なんか兵隊に襲われ始めた。その後、すぐに戦闘が始まる。

 

「え、兵士二人を相手に戦うの? 絶対勝てないでしょ」

「黙って進めて!」

 

 怒られちゃったよ。や、でも無理だって。俺なら逃げるフリをしつつ、地の利を活かして急襲を繰り返しつつ敵の戦力を減らすね。

 戦闘開始した場面では、主人公と思わしき男の子と、敵の甲冑で身を包んだ男二人が対峙する。

 出ているボタンは「攻撃」「回復」「オート」「スピード」の四つ。こんな向かい合った状態で隙もクソもあったもんじゃない。よって、攻撃を押しても躱されるのがオチだろう。

 回復は、まだ攻撃を喰らってもいないのに押す必要がない。オート、というのはちょっとよく分からないのでスルー。

 従って、正解はスピードだ。おそらく、足を使って敵を撹乱する作戦だろう。中々、悪くないな。

 

「……何やら色々と逞しい想像でシミュレーションしているようだが、攻撃を押す以外に道はない」

「え、そ、そうなの? 絶対、避けられるでしょ」

「避けられない!」

「いや避けられるって。こんなお互いに剣を抜いて仁王像みたいに対峙してる中、攻撃が当たったら、それ向こう赤ちゃんとしか思えな」

「そういうゲームじゃないから!」

 

 まぁ……そこまで言うなら攻撃するよ。結果は見えてるけどね。渋々、ボタンを押してやると、見事に攻撃が当たった。まぁ、やり返されたが。

 

「……バカな」

「どこまでショック受けてるの!」

「や、だってあんな状態でガードされないとか……え、こいつら全員俺より弱くない?」

「……もうやめたら? 向いてないよ、ゲーム全般」

「え、あ、わ、分かったよ。少し黙ってプレイするよ」

 

 今の、ガチトーンだった。や、でも剣道やってる身からしたら言わずにはいられないんだけど。

 

「貴様にも分かるよう説明してやろう。この戦闘はあくまで『ゲームとして』の戦闘に過ぎない。従って、実際の戦闘ではキチンと読み合いがあった上での攻撃となっている」

「……あー、じゃあこれがアニメや漫画になったら、もっと激しい斬り合いがあったって事?」

「そういうこと」

 

 なるほどね……。それなら、まぁ納得かな。考えてみれば、こんな小さい画面でそんなアクションがあってもやりにくいだけだわ。読み合いとかになったらコンピューターに絶対勝てないし。

 

「……え、じゃあこのゲームってボタンをポチポチ押すだけ?」

「うむ」

「面白いの? それ……」

「我を楽しませる程度の深さはある。……特に、武器やアイテムはカッコ良いものばかりだから」

 

 ああ、それ目当てなのか。……まぁ、蘭子が一緒にやりたいって言うなら、俺も少しはやっても良いかな。一緒に語る相手がいると楽しくなるのはよく分かる。俺も剣道とか、相手が素人の蘭子でも話を聞いてくれるだけで楽しかったし、それが同じ同じものをしている仲なら尚更だ。

 それに、もしかしたら課題である「自分から仕掛ける技」を学べるかもしれない。……いや、それは無理だね。肝心の戦闘シーンは腕を振ってるだけだし。

 

「……とりあえず、我が盟友になっておこう」

「盟友?」

「フレンドっていう機能で……」

 

 そんなわけで、怪我をしたしばらくの間、ゲームと勉強をする事になった。

 

 ×××

 

 その日の夜。もちろん、俺にとってはゲームよりも蘭子とのお出掛けなので、ゲームは「島ハード」とかいう奴のとこまで進めて勉強に戻った。

 

「……ふぅ」

 

 しかし……やっぱりダメだ。勉強面白くない。なんでこんなに楽しくない事は頭に入らないんだろうか……なんか、たまに自分で自分が嫌になるよ。

 まぁ、そんな俺のために蘭子は今度、自分の大学生の知り合いを呼んでまで、俺に勉強を教えてくれると言い出したわけだが。

 

「……なんか、蘭子って姉ちゃんみたいだな」

 

 なんか情けねえや。とても同い年とは思えないくらい、周りに気配りができる子だ、口調以外。部活という組織に所属しておきながら、協調性がなさ過ぎて孤立している俺とは大違いだ。

 ……もう少し、大人になった方が良いのかな。

 そんな事をポツリと思った時だ。スマホが震えた。蘭子からのL○NEだった。

 

 ブリュンヒルデ『闇に呑まれよ!』

 ブリュンヒルデ『ヴィーナスから下界降誕の許可が降りたが故、初回の数式の真髄を理解する神界評議会は、ウィークエンドに開いていただけるようだ』

 

 マジかよ。急なのに許可降りたんだ。まぁ、それはそれで良いんだけどさ。

 

 コケコッコウ『了解。わざわざありがとな』

 

 それだけ返すと、とりあえず勉強を中断した。良い機会だ。俺ももう少し大人になるために、それまでに色々と調べておくか。

 そう決めると、スマホで「大人の男」で調べ物を始めた。

 

 

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