神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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悪意無きいじめほどたちの悪いものはない。

 病院で腕を見てもらったが、このままなら三週間後までには確実に治るそうだ。

 逆に言えば、三週間もの間、剣道は封印である。ざけんなバーカ。そんなには長く待たないんですけど。よりにもよって三本逝ったからかなぁ……。

 もう二度と無茶な真似はしない。いや、反射的に出たんだけど、それすらも気をつけるようにしないと。

 よし、じゃあ行くか。これから、お勉強会である。なんか参加者が俺抜いて三人とか言ってたな。結局、大人の男がなんたるか、なんて分からなかったし、俺に出来る範囲で気を使うようにしよう。

 待ち合わせ場所は、確か駅の改札だったな。兄上と共に病院を出ると、軽く挨拶する。わざわざ俺に付き添うために部活を休んでくれた。こう言うとこは本当に尊敬出来る兄上だ。

 

「じゃ、兄上。俺、今から勉強会だから」

「ん、そうか。……じゃあ、俺も行くわ」

「お前急に何言ってんだ?」

「バカヤロウ、その勉強会には他にも女の子が来るんだろ? もうそれ合コンみてぇなもんだろうが」

「わざわざ俺のために時間作ってくれてんのに合コンにされてたまるか。頼むから帰れ」

「安心しろ。俺も勉強道具は持ってきている」

 

 なんの荷物かと思ったら、そのバッグの中、勉強道具だったか。

 と思って見せて来たのは、銀魂の単行本だった。

 

「何の勉強に行くんだよ。頼むから大人しくしててくれない?」

「とにかく、俺も行くから」

 

 ……こうなったら聞かないからなこの人……。

 結局、待ち合わせ場所に一緒に向かってしまった。改札の前に行くと、既にすごい目を引く三人組がいた。

 銀髪の蘭子と、長い甘栗色の髪の背が高い人、そして何故かもみあげが紫の女の子だ。

 ……え、俺あの中に入っていくの? 緊張が跳ね上がったんですけど。死んじゃう。

 ていうか、他の二人もメチャクチャ可愛……き、綺麗? な人達じゃん。どういうことなの。特にあの後ろの茶髪の人とか……。

 

「おい、コウ。どこの子? 合コ……勉強会の人達」

「さ、さぁ……」

 

 思わず玉虫色の返事をしてしまった時だ。俺に気づいたバカ魔王が元気に手を振ってきた。

 

「む、我が剣! 闇に呑まれよ!」

 

 ……バレタ。そりゃバレるわな。隠れてないし。小さく手を振りながら兄上の顔をみると、大量に汗をかいていた。

 

「……お前、あの方達のとこ行くの?」

「そうだけど?」

「……俺帰るわ」

「なんで?」

「じゃあな」

「おい、ちょっ……!」

 

 ふっと姿を消した兄上は、走って帰ってしまった。あいつ……周りが美人過ぎてビビったな……。ホント、情けない奴め……。

 ジト目であのバカ兄貴を睨んでいると、いつのまにか目の前まで来ていた蘭子が俺の手を引いた。

 

「ふふふ、煩わしい太陽ね」

「もう昼だけどな」

 

 今起きたの? と、思いつつ、蘭子の立ち姿を見る。その服装は当たり前だが私服姿だった。黒いひらひらしたのが沢山ついてる‥‥なんて言うんだっけ。ゴスロリか。とても蘭子らしいや。

 ……なんだろう。この感情。なんというか、新鮮というか……って、綺麗とか思うなってばだから! 

 そんな俺の複雑な気も知らず、蘭子は俺に声を掛けてきた。

 

「古の戦で負った不治の傷に、施しの神の笑みは授かったのかしら?」

「え? あ、ああ。完治まで三週間だとよ。わざわざ心配してくれてありがとうな」

 

 そうだよ、心配してくれてんのに下心あるような目で見るな。今日は片手腕立て100回だな。いや、母親に殺される、やめておこう。

 

「我が妖刀は、例え刃こぼれしたとて打ち直せばそれ以上の斬れ味となって還って来ると信じている」

「当然だろ」

 

 県大会じゃ、絶対優勝してやる。こう見えて毎日、イメトレはしてるんだぜ。

 

「……すごいや、美波さん。蘭子の言葉を理解した上で、標準語でごく普通に会話してるよあの子……」

「とてもシュールな絵だね……」

 

 そう言った二人に気づき、蘭子は紹介してくれる。

 

「我が剣よ、まずは我が魂と共鳴せし盟友、セカイから拒絶されし者よ。仮名を二宮飛鳥」

「よろしく」

 

 微笑みながら手を振る二宮さん。それに、俺も剣道の試合前に行う、30度前方に上半身を傾けるお辞儀で返した。

 ……分かってたことだけど、この子が多分、蘭子の同級生だよね。て事は……。

 

「そして、彼女が女神ヴィーナス。人間での仮名は新田美波さん。貴様に魔の数式を授ける神託の使い手よ」

「仮名じゃなくて本名だけど。よろしくね、桐原くん」

 

 ……やっぱこっちが先生か……。思わず目を逸らしながら会釈してしまった。

 ……なんというか、綺麗な人だな。蘭子の話では、俺と6つ、兄上とは4つしか離れてないんだよな……。

 たったそれだけなのに、なんだかとても大人びて見えてしまう。大学生ってすごいんだな……。

 ジッと見過ぎていたからか、キョトンと小首を傾げる。そんな仕草もとても綺麗で……。

 

「って、ちっがーう!」

「き、桐原くん⁉︎」

 

 綺麗とか思うなって! バカか俺は! そもそも俺は女の人をそう言う目で見てない! 

 自分の額を殴って正気に戻すと、なんとか息を整える。そんな俺の肩に、蘭子が手を置いた。

 

「な、何があった魔剣使い?」

「……大丈夫だ、蘭子……」

 

 そう思って隣の蘭子に、思わず顔を向けてしまった。最近、目を合わせる事が出来なかった蘭子の瞳が目の前にある。

 それに、思わずギョッとしてしまい、一歩下がってしまった。

 

「……き、桐原くん……?」

「ちょっ、近いから……」

「あ、ご、ごめん……?」

 

 くそ、ホント最近の俺はおかしい……。こんなことなら、兄上を引き止めればよかったか? 昔は女の子を前にしてもこんなに乱れる事は無かったのに……。

 

「桐原くん……?」

「大丈夫? どうかしたの?」

「……大丈夫っす」

 

 ……二人揃って無邪気に小首を傾げるのがまた腹立つ。まぁ、お陰で冷静にはなれたが。

 そんな俺に、蘭子が続けて紹介を行った。

 

「既にお二人には伝えておいたが……彼が、我が魔剣、如何なる闇が立ち塞がろうと、必ずその手で斬り払いし者、桐原コウ」

「あ、えーっと……よろしく?」

 

 で良いのかな。自己紹介なんて経験がないから分からん。部活に入る時だって、何度も顔出してたからか、既に知られてたし。

 ……最初は先輩達も優しかったのになぁ。ま、剣の道は孤独じゃなければ歩めぬものよ。

 

「……じゃ、いきましょうか」

「? 何処に?」

「神界評議会の会場よ」

 

 勉強会場聞いてなかったわ。

 

 ×××

 

 え……なんで? なんで、どゆこと? なんで新田さんの部屋に来るの? てか一人暮らしなの? もうモロに大人じゃん大学生。

 

「……じゃ、始めましょうか」

「開戦の狼煙を上げよ!」

「ふふ、僕を拒絶せしセカイと、また邂逅を果たさなければならないとはね……」

 

 どうでも良いけど、二宮さんのその言葉はなんなの? 蘭子の友達ってこんなのばっか? 

 

「で、桐原くんは数学を教えて欲しいんだっけ?」

「あ、はい」

「どこが分からないの?」

「蘭子に教わったからある程度は理解できましたよ。=の奥に転移すると、属性が反転するって奴」

「……うん。まぁ、大体分かったよ」

 

 後で知った話だが、これは中1の範囲らしい。ホント苦労かけてすみません……。

 そんな話はともかく、勉強である。蘭子と二宮さんが黙ってペンを走らせる中、俺は新田さんの話を黙って聞きながら問題を解いた。

 

「……うん、正解。要するに、まずはx=の形にすれば簡単に解けるんだよ」

「つまり、アレか。本当に算数の延長線上にあるんだ」

「そういうこと。じゃあ次の範囲に行こうか」

 

 さすが、大学生だな……とても分かりやすい。

 次の範囲は……次はxとyですか。いい加減にしてもらえませんかね……。アルファベット呼びすぎでしょ。

 

「大丈夫だよ、桐原くん」

「え?」

 

 半歩くらいこっちに近寄った新田さんが、ペンを持ってxとyの2文字が含まれた数式に線を引く。

 

「文字が増えても厄介に感じるのは最初だけ。今までの応用だけだから、頑張っていこう」

「に、新田さん……」

 

 ……やっぱり、大人の女の人なんだなぁ。なんていうか、優しさが胸に響きました。優しい上に綺麗だなんて……なんて女の人なんだ。こんな人、俺の周りにはいなかった。今年の一月に、部内戦で完封で負かした女子の部長は、帰りに俺の靴の中に画鋲置いていったし。優しさ以前というか性根が腐ってる。

 いや、今はあんなのどうでも良い。それよりも、勉強に集中しないと。

 

「じゃ、まずは単項式と多項式ね」

「はい!」

 

 この人が先生なら、もっとやる気出すぜ。

 そう決めて、勉強を続けた。蘭子からの鋭い視線に気が付くことなく。

 

 ×××

 

 気がつくと、外は日が沈もうとしていた。それに気付いた新田さんが、立ち上がる。何かと思ったら俺の頭に手を置いて撫でてくれた。

 

「もう暗くなって来ちゃったし、ご飯食べて行く?」

「良いんですか⁉︎」

「うん。飛鳥ちゃんと蘭子ちゃんもどう?」

「いただきます」

「……食べます」

「じゃ、少し待っててね」

 

 言いながらエプロンを装備する新田さん。なんかもうその仕草が手慣れててすごくカッコ良い。俺もこんな大人になりたい……。

 

「なぁ、蘭子。新田さんてすごくカッケェな!」

「ちょっ、君……」

 

 ピクッと蘭子の片眉が上がると共に二宮さんが止めに入りかけるが、俺はやめなかった。

 

「勉強も出来て料理も出来て背も高くて……オールラウンダーじゃん!」

「……」

「よくよく考えたら、いくら俺が強くても、もし無人島に漂流したら、食材を確保出来ても調理ができなかったり、知識がないとその食材が食えるかどうかも分からないしな……」

「……」

「今まで出会った人の中じゃ、兄上の次にカッコ良いわ! ……そう思わん?」

「……」

 

 声を掛けると、蘭子はキッと俺を睨みつけた。その表情は、どういうわけか怒気に溢れている。

 なんで怒ってんの? と思ったのも束の間、蘭子は俺の胸ぐらを掴み、目の前で怒鳴った。

 

「我の方がカッコイイもん!」

 

 うおっ、急に何の話だ? 

 

「わ、我だって料理くらい出来るし、勉強だって文系科目なら苦手じゃないから!」

「えー、でも運動神経悪そうだもん」

「んなっ……!」

 

 直後、さらに頭に来たのか、蘭子は口を半開きにし、二宮さんは「バーカ……」と言わんばかりに額に手を当てた。ちょっ、あなたもさっきからなんなの? ほとんど関わりないのに。

 

「み、美波さんは運動できそうに見えるって事⁉︎」

「少なくとも蘭子よりは」

 

 すると、蘭子は本当に頭にきたのか、キッチンにのっしのっしと足音を立てて歩いて行った。

 

「ちょっ、蘭子ちゃん? どうしたの?」

「来て下さい!」

「い、今手を洗ってるか……きゃあ!」

 

 無理矢理、新田さんを連れてきた蘭子は、自分の前に押し出して聞いてきた。

 

「貴様の審美眼に尋ねる、どの辺が運動能力の高さの根拠になる⁉︎」

 

 ほう、おもしろい。腐っても運動部にその勝負を挑むのか。上等だよ。

 俺も新田さんの前に歩き、まずエプロンをめくって脹脛を掴んだ。

 

「ちょっ……き、桐原くん⁉︎」

「まずこの足! 脚を使う人じゃなきゃつかない筋肉と、それでいてダラシなく脂肪のついてない脹脛だよ! これは運動音痴には無理だ!」

 

 続いて、次に触れたのは両腕だ。その上腕三頭筋と前腕部に手を置く。

 

「あとこの引き締まった両腕! おそらく棒状のものを扱うスポーツをやっていて、ただ毎日ジョギングしている程度じゃ付かない筋肉! 明らかにダイエットの副産物でもない!」

「あ、あの……解説しないで……!」

「ぐ、ぐぬぬっ……!」

「蘭子ちゃんも悔しがっていないで止めて⁉︎」

 

 新田さんの悲壮感に溢れるツッコミを無視し、さらに解説を進めた。最後に触れたのは、お腹だった。外側から触っても、薄らと六つに割れているのがわかる。

 

「ひゃあっ!」

「あとは、この腹筋! 腹直筋を六つに割るのはすごく大変なんだぞ! 間違っても腹が出ているようには見えない……こんな引き締まった身体をしてて、運動神経が悪いなんて事あるか!」

「うっ、ううっ……!」

 

 ふっ、勝ったな……。涙目になる前に白旗をあげれば良いものを……。己の審美眼に酔いしれていると、蘭子がとうとう噴火したように言った。

 

「馬鹿ッ‼︎」

「何が⁉︎」

「私が一番カッコよくなきゃヤダ!」

 

 何その子供みたいな言い草⁉︎ いつもとのギャップがあって可愛……いや、可愛いというか少し良かったというか……。

 思わず頬を赤く染めて目を逸らしている時だ。今まで黙っていた二宮さんが立ち上がった。

 

「でも、蘭子も十分、筋肉質な身体ではあるんじゃないか?」

「え?」

「ほら、桐原くん。蘭子の脚を触ってみなよ」

「ちょっ……あ、飛鳥ちゃん⁉︎」

 

 急に頬を赤らめる蘭子。その蘭子に、二宮さんが耳元で囁いた。

 

「……大丈夫だよ、蘭子。あの子は子供みたいなもんだし、子供と遊んであげてるみたいなもんだろ? (小声)」

「……ええ、でも……」

「……彼、美波さんの足や腕に触れても何の反応も示さなかっただろう? 本当に思春期なんて来ていないんだよ(小声)」

「そ、そっか……」

 

 何を話してるか知らんけど納得したようだ。すると、蘭子は椅子に座り、スカートを若干、たくし上げる。

 へぇ……しかし、蘭子も運動とかするのか? この前、俺が見学してる間に見えた体育の授業だと、バレーボールのサーブで空振りして頭に打ってたからそんな感じしなかったんだけど。

 でも、正直、興味はある。剣道も下半身が重要なら所あるからな。もしかしたら、案外参考になるのかも……と、思って蘭子の足に手を伸ばした。

 何故か、俺はそこでふと蘭子の顔を見上げてしまった。下から覗き込んだその顔は、若干、頬を赤くしつつも、足に自信があるのか「カッコイイと褒めてもらえる」と言わんばかりにソワソワしていた。その表情が、やっぱりなんか可愛く……綺麗……いや、魅力的……と、とにかくなんか良く思えた。

 そう思った直後、手が空中でピタッと止まる。

 

「……桐原くん?」

「……ねぇ、蘭子」

「な、なんだ?」

「その……触らなきゃダメ?」

「……はい?」

「あの……なんか知らないんだけど……蘭子に触れると思うと、恥ずかしい……」

「「……えっ」」

 

 声を漏らしたのか新田さんと二宮さん。何その意外そうな顔……なんか知らんけど恥ずかしいからその顔やめろ。

 思わず俺の視線が、無意識に睨んでいるように見えたのだろうか。新田さんと二宮さんは目を逸らし、蘭子に目を向けた。

 その視線が集中した蘭子は。しばらく意外そうな目で俺を見た後、ムスッと頬を膨らませ、俺の頬に足を伸ばした。

 

「そんなのが通るかー! 魔王のプライドを弄んでおいてー! 我の脚と美波さんの脚、どっちがカッコイイか結論を出せー!」

「ど、どっちでも良いだろ! どっちもカッコ良い!」

「だめー! 白黒ハッキリつけてよ!」

「あ、謝るから勘弁して!」

「魔王が勘弁するかー!」

「なんちゃって魔王の癖にー!」

「だ、誰がなんちゃって魔王だ、なんちゃって侍!」

「てめっ……なんつったコラァッ‼︎」

「ふ、二人とも落ち着いて!」

 

 その日、俺は初めて蘭子と喧嘩をした。

 

 

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