俺は頭を抱えていた。昨日かかってきた、蘭子の電話と二宮さんからのL○NEと、落ち着いた感じの空気の声の人だ。
『あ、も、もしもし……我が親愛なるゼウスか?』
『突然だけど、蘭子と恋人になってくれるかい?』
『……その、恋人同士の関係の方々に……よくある事、と……本で、読んで……』
……なにこれ。え、俺と蘭子って恋人だったの? いや、でもいつからだ……? もしかしたら、蘭子の難解な言語の翻訳をミスって知らない間になってたと言うのか?
ヤバイ……だとしたら「え、恋人だったの?」なんて事になれば、確実に怒られる。そういう意味じゃ事前に知れて良かったが……しかし、どうしよう。恋人なんて何すりゃ良いのかわかんねーよ……。それに、今は剣道に集中したいし……いや、蘭子と今より仲良くなれると思えば決して悪くないが……。
「……」
とにかく、色々と調べてみるかぁ。そう決めて、兄上のパソコンを(勝手に)借りた。
×××
もうすぐ期末試験。だと言うのに、俺の心はその事では全く乱れていない。むしろ別のことで乱れている。怪我? 違うよ。怪我が治りそうな時期に試験期間に突入する事が分かったから、目の前で剣道をされる焦らしプレイにも終わりが見えたからね。
じゃあ何についてか。昨日、調べたぜ。恋人について。まず、恋人たるもの、登下校は一緒にするものらしい。下校は無理なので、せめて登校だけでも一緒にしたい。
そんなわけで、朝から駅に迎えに行った。恋人になった以上は、褒める時に照れちゃいけないそうだ。頑張れ、俺……!
一人でドキドキしていると、蘭子がやってきた。
「あ、蘭子!」
「き、桐原くん? 煩わしい太陽ね」
「うん。おはよう」
とりあえず挨拶するも、不思議そうな顔をされてしまった。そらそうだろう。こっち俺の通学路じゃないし。
……大丈夫、ちゃんと調べたんだから。恋人であっても友達であっても、一緒に登校するために遠回りすることはよくある事なんだから。
「蘭子と一緒に学校行こうかなって、思って……」
声を掛けると、蘭子はすぐにニコリと微笑んでくれた。
「良いだろう。共に戦線に向かうとしよう」
「よっしゃ」
よし、とりあえずホッとしたわ。さて、改めて一緒に行こうか。そんなわけで、学校まで歩き始めた。
はい、恋人たるものその二。会話を絶やすな、でも彼女の話を聞いてやれ、との事だ。
そんなわけで、まずは俺から話題を振り、その話で蘭子が主体になって貰えば良いのだ。
「なぁ、蘭子」
「む?」
「ツインテールも似合ってるけど、たまには色んな髪型の蘭子が見たいな」
「へあっ⁉︎」
うおっ、き、急に顔を真っ赤にしちまったな……。少し、話題の振り方が急だったか……?
「ど、どどっ……どうしたの急に⁉︎」
「あ、ご、ごめん……でも、ほら……いつも同じ髪型だから……ほら、例えばポニーテールとか、ミディアムとか、ゆるりっちウェーブとか」
「……そ、そう……?」
髪型においてもちゃんと調べて来たから。ショートも似合うかな、とかは思ったけど、せっかく綺麗に伸ばしてるんだし、バッサリ言っちゃうのは勿体無いよね。
「し、しかし、我が白銀の髪はサラマンダーの如く蛇となり、神聖な魔力が込められている。……つまり、双頭龍が至高よ」
「うーん……まぁ、そうだね。蘭子はツインテールが一番、綺麗だ」
「うっ……うう……えへへ」
恥ずかしそうにはにかんでるな……これは、どっちなんだ? や、まぁ喜んでくれてると思いたいけどね。
「我が剣、貴様は髪に魔力を流さないのか?」
「いや、ワックスは校則で禁止されてるから。俺、校則違反はやだ」
「流石、武士道という鋼の魂を持っているだけはある……が、我も貴様と同様だ。レアな貴様を見てみたいものだ」
「ーっ……」
そ、そう……? でも、俺の髪ってすこし癖っ毛気味だからな……。
「ワックス付ければ変わるか?」
「大規模な変化を起こす必要はない。ほんの少し、分け目を変える程度でも印象は大きく変わる」
「なるほど……分かった。じゃあ兄上に聞いてみるよ」
「そうすると良い。……そうだ。そろそろ次の百年戦争に向けた準備期間であるし、共に武装を変えて戦に向けて魔力を溜め込まんとしよう!」
「あー面白いかも」
試験期間中はお互いの髪型を変えて臨む、か。俺もやってみたいな。……まぁ、俺は蘭子ほど大きな変化は望めないけど。
「じゃ、約束な。可愛い髪型にして来いよ、蘭子」
「う、うむ……なぁ、我が剣。何かあったか?」
「あ、今でも十分かわいいか」
「えうっ⁉︎ ほ、本当にどうかしたの⁉︎」
「何もないよ?」
うーむ……サラッと自然に褒める、というのは中々、難しいな……。さっきから蘭子が赤面してしまう……。
そのまま他愛もない話をしながら、とりあえず学校に向かった。褒めるたびに、何故か蘭子の視線は疑い深そうなものになっていったが……ま、喜んでると思っておこう。
学校に到着し、昇降口に来てからは別れる。その時にはすごい半眼になっていた蘭子が俺に声をかけた。
「あ、あの……桐原くん」
「何?」
「……昼休み、行くから。来てね」
「え? う、うん」
……もしかして、恋人になったんだしなるべくなら多く一緒にいたいって奴か? 正直、昨日調べた恋人ウンチクは中々、俺も理解し切れていない内容が多かったが……こうしてみると効果がよく分かる。
理屈はさっぱりだけど、とりあえずもう少し頑張ってみるか。
×××
昼休み。この勉強会では髪型を変える約束はしていない。まぁそもそもワックスないし俺は変えらんないんだけどね。
とりあえずいつもの教室に入り、机の上でのんびりし始めた。大丈夫、ちゃんと昼休みのシミュレーションもしておいたんだ……。勇気を振り絞れ!
「闇に飲まれよ!」
「あ、蘭子。お疲れ」
部屋に現れるなり物騒なことを言う蘭子に、小さく手を振った。……のだが、おもわず言葉を失った。蘭子は、この短期間で髪型を変えて来たのだ。いわゆる、サイドポニーという奴だろう。
……いや、正直やっぱツインテールの方が良いんだけど……これはこれで中々……ハッ、いかんいかん。彼女が変化をつけたら褒める、これも恋人の鉄則だ!
「あ、可愛い。美人さが増した」
「え、えへっ……えへへっ……」
あ、嬉しそうにはにかんでる。が、すぐにハッとして首を横に振ると、俺の前の席に立ち、机を叩いた。
「じゃなくて! 何が狙いだ⁉︎」
「……え、何が?」
「早朝より貴様に特殊な状態異常が付着しているのは明確だ! 何があったのかを言え!」
何があった、とか言われても……今更、恋人としての立ち振る舞いを勉強した、なんて言えない。誤魔化すしか無い!
「べ……別に……」
目をそらしながら答えると、蘭子の目つきはさらに鋭くなった。
「嘘! 良いから答えなさいー!」
「な、何も無いって……それより蘭子、髪結ぶのとても上手だな。ツインテールの時は可愛かったけど、サイドポニーだと美人になるんだな」
「〜〜〜っ……! だ、だからそういうとこー!」
っ、な、なんだよ……。別に良いだろ……褒めてあげるくらい。普段の俺だってかわいいって言うくらい……いや、言えてねえな。今になって思えば、俺は随分と変な意地を張ってたもんだ。心の中で「かわいい」と思うくらい、誰にバレるわけでも無いってのに。
「ほ、ほんとうにどうしたの? もしかして……熱でもあるの?」
「なんでだよ。ないよ」
「あ、まさか……勉強のし過ぎで頭おかしくなったとか?」
「さ、流石に言い過ぎだろ! 俺のことなんだと思ってるんだよ!」
思わず頭に来て言い返してしまった。それにヒヨッた蘭子は、ウッと小さく歯を食いしばって席についた。
「だ……だって……桐原くん、いつにも増して……その、可愛いとか……綺麗、とか……」
徐々に、徐々に消えゆく声で呟く蘭子。恥ずかしそうな顔をしながらも、思わず俯いてしまっていた。
うっ……しまったな。こんな顔させるつもりじゃなかったんだけど……。何にしても、またつまらない意地を張っている場合じゃないな。
変に誤魔化して蘭子を傷つけるくらいなら、正直に話した方が良いかな。
「あー……その、話すから……怒らないで聞いてくれる?」
「う、うむ……わ、我が怒気を孕むような内容なのか……?」
「多分……」
……微妙に、というかがっつり勇気がいるが、仕方ないか。心臓が口から飛び出そうになりながら、呟くように答えた。
「その……俺と、蘭子がいつの間にか恋人になってたから……その、恋人らしく、ならないとなって……」
「……え、こ、恋人……?」
「え、ち、違うの……? 昨日、蘭子も二宮さんも、電話の向こうの落ち着いた声の人もみんな……」
……え、な、何その顔。「こいつ何言ってんの?」みたいな……え、どういうこと? ち、違うの……? また蘭子を怒らせると思って、恋人っぽい事調べて来たんだけど……え、何それ。死にたい。
「い、いや……アレは、その……わ、私が飛鳥ちゃんと百合みたいな誤解を受けそうだったから、一時的に桐原くんに恋人役を頼もうと思ってのことだったんだけど……」
「え、だって二宮さん『突然だけど、蘭子と恋人になってくれるかい?』って……」
「あ、飛鳥ちゃん……なんて誤解を招く言い方を……!」
……誤解、って事は……俺の勘違い……。俺は、一人で勘違いで舞い上がって……張り切って、夜遅くまで調べ物までして……朝は早く起きてわざわざ迎えに行って……バカみたいに「可愛い」やら「綺麗」やら恋人でも無い人に言って……。
考えれば考えるほど頭の中がいっぱいいっぱいになってしまい、気が付けば立ち上がってしまっていた。
何も考えられない。何も理解できない。とにかく、フラフラした足取りのまま空き教室の扉に手を置いた。
「……え、あ、あの……桐原、くん……?」
「かえる」
「えっ」
「かえる」
「ちょっ、待っ……ごめっ……!」
「かえる」
その後の記憶はない。ただ、荷物も何もかも置いて、ただ歩いて自宅に戻った。
その後、俺は学校を三日休んだ。