試験が終わったのだが……正直、自分で自分が怖かった。だって、なんかスイスイ解けるんだもん、問題が。え、俺に何が起こったの? と疑心暗鬼になるレベルで。
すごいな……少し勉強をしただけでここまでの成果が……。これは、蘭子にも何かお礼をしなければならない……と、思ったのだが、今日はその前に部活復帰である。
都大会まで残り一ヶ月、それまでに遅れを取り戻さないと。蘭子もアイドル活動復帰らしいし。なんか試験期間は事務所側が休みを取ってくれてたんだって。良い人なんだなぁ。
そう、そのアイドルの件ね。二宮さんがチケットとってくれました。蘭子に内緒で。これで観に行ける。まぁ、ライブなんて行った事ないけど、とりあえず楽しめればそれで良いよねって感じのスタンスだ。
それが楽しみすぎてハゲそうな俺だが、今は部活に集中である。俺が復帰するとのことで、部員のほとんどに嫌そうな顔をされたが、慣れっこなので何とも思いません。
「……よし、やるか」
小さく息を吐いて、とりあえず基礎から固め直した。
×××
部活が終わり、帰宅。自主練の後に、相変わらず剣道臭い身体をシャワーで流すと、ソファーに座る。明日から土日挟んで試験返却で、その次の日に終業式。で、夏休みだ。
なーんか、不思議と夏休みが楽しみじゃないんだよな……なんでだろう。ちょっと意味わかんないレベルでワクワクしない。剣道する時間が増えて勉強する時間が減るのに不思議なんだけど。
一人で眉間にシワを寄せていると、兄上が後ろから声をかけて来た。
「うーん……」
「コウ、何頭抱えてんの?」
「あ、兄上」
「バカヤロー、ブラザーと呼べ」
うん、もう何でも良いや。
「じゃあ、ブラザー。なんか、夏休みが始まんのにあんま楽しみじゃないんだよね。なんで?」
「あん? そりゃお前、仲良くしてる神崎さんと会う事がなくなるからじゃねえの?」
「……え?」
言われて、俺はハッとした。確かに、夏休みに昼休みなんかないし……当然、あの教室に集まることもない。
駅で待ってても、そもそも登校する必要がないから一緒に学校にも行けないし、帰りも蘭子がたまに待っててくれるってこともない。
……え、じゃあもしかして……俺と蘭子、もう一ヶ月近く会えない……?
「……何泣きそうになってんだオメーは」
「なってねえよ! ていうか、俺と蘭子ってもう会えないの?」
「ロミオとジュリエットかお前は。スマホ持ってんだろ、スマホ」
「あ、そ、そっか……連絡取れば良いのか……」
でも、連絡か……なんか女の子に連絡するのってなんか恥ずかしいな……。今まで、なんだかんだあんまりスマホで連絡する事はほとんどなかったし。
俺も蘭子も、話したい事は翌日の昼休みにため込むタイプだったから。や、そりゃ多少はあるけどね?
「……まぁ、やってみるか」
とりあえず、蘭子のトークルームを開いて、文を打ち始めた。あまり慣れていないので、どんな文面を打てば良いのか考えた後、とりあえず思いつく限りの文章を入力した。
コケコッコウ『蘭子、今暇? さっき久々の部活が終わったんだけど、やっぱり剣道楽しかったわ。てか、蘭子に教えてたのが良い感じに復習になって思ったより鈍ってなかったよ。
そっちはアイドルとかどうなの? 何してるのかイマイチ分からないけど、ブランク明けで動きとか固くなってない? 固くなってたら一度、身体をめちゃくちゃに捻ると柔らかくなるよ。
それはそうと……夏休み中も、俺と遊んでくれる?』
ふぅ……こんなもんか。送信、と。
「いや待……!」
「え? な、何?」
「お前……送ったの今の文章?」
ブラザーが半眼で俺を睨んでいた。
「え、ダメなの?」
「ヤンデレかお前は。特に最後の怖すぎるわ」
「え、なんで?」
「本題から入らないのは素晴らしい。でも、その結果がもうメンヘラみたいになってるからな? とりあえず、文章は分割して送れ。一気にそんな長文を打つな」
「な、なるほど……」
「向こうもどの話題に食いつけば良いのか分かんないから」
なるほどね、そういう感じか……でも、もう送っちゃったしな……。すると、蘭子から返信が来た。
ブリュンヒルデ『闇に飲まれよ、我が剣』
ブリュンヒルデ『我にブランクなど存在しない。それ故、常に最高濃度の魔力を持ってパフォーマンスを発揮出来る』
ブリュンヒルデ『勿論、我もまた貴様と夏期休暇で密会を行うつもりでいる。機会があれば、いつでも連絡を待とう』
なるほど、そういう感じか……。じゃあ、俺も真似して……。
コケコッコウ『へぇ、すご』
コケコッコウ『いね。そういうのってルーテ』
コケコッコウ『ィンみたいな』
コケコッコウ『のあんの? とりあえず、補講回避し』
コケコッコウ『た時の約束、覚えて』
コケコッコウ『る?』
「待て待て待て何でそこで切るのなんでそこで切るのなんでそこで切るの」
ブラザーが横から口を挟んできた。
「や、だって分割って……」
「バカかお前は。普通、文ごとで切るに決まってるだろ」
ふむ、なるほど……難しいな、L○NEって。
ブリュンヒルデ『ルーティンなどない。我が潜在能力による副産物よ』
ブリュンヒルデ『無論、覚えている』
コケコッコウ『副産物かぁ……羨ましい限りだわ』
コケコッコウ『じゃあ、とりあえずその日のこと決めようぜ』
「……ほらな? いっぺんに送ると話題が分割して面倒だろ?」
「た、確かに……」
L○NEも奥深い。と言うか、面倒くさい。これなら電話かけた方がよっぽど……あ、そうじゃん。電話かければ良いんだ。
「てか、通話で良くね?」
「向こうが出れる状態なのか確認しておけよ」
「なんで?」
「電話ってしてる間は向こうの動きを拘束する事になるから」
ああ、なるほど。忙しい時に携帯が鳴ったら台無しだもんな……。
コケコッコウ『電話して良い? 文字打つの面倒臭い』
ブリュンヒルデ『え、電話?』
コケコッコウ『忙しいならいいけど』
ブリュンヒルデ『いや、そういうわけじゃないけど……』
ブリュンヒルデ『まぁ良いや。許可しよう』
キャラブレてんなー……。そんなに狼狽えるような事か?
「あ、コウ。電話かけるなら席外せよ」
「なんで?」
「それがマナーだから」
「了解」
言われるがまま、リビングを出て部屋に戻った。無料通話ボタンを押し、耳にスマホを当てる。
3コール目ですぐに応答があった。
『も、もしもし?』
「あ、蘭子?」
『うむ』
「いやー、 L○NEって文字入力すんの面倒臭ぇな」
『そ、そうか? 我は気にならんが……』
「いやいや、蘭子の声も聞けないし……」
『はうっ⁉︎』
うおっ……び、ビックリした……。耳元で叫ばれるとキーンと響くな。
『も、もう! 我が羞恥心をくすぐるような事を言うのは禁止!』
「え、な、なんで?」
『恥ずかしいから!』
あ、そりゃそうか。羞恥心だもんな。うーん……でも羞恥心を掻き立てたつもり無いんだけど……。
「分かったよ……。で、えーっと何の話だっけ?」
『夏休みの予定』
「あ、そっか……。一応、こっちは平日は一日練習だけど、土日は午前練だけで午後は空いてるよ。あと、月曜は休み」
『むぅ……そうか。すまないが、我には戦場に舞い降りる美姫故、どれだけ時間が取れるか……』
「まぁそれは仕方ないでしょ。で、どこいく?」
『ふむ……まず、プールであろう。このときこそ、我らの密約を果たす時よ』
そういや、そんな約束してたなぁ……。
「あ、てかいっそ海行っちゃう?」
『それも良いが……資金はあるのか?』
「え、あ、あーそっか……」
海までの交通費ってなると、また結構かかりそうだなぁ……。そろそろ竹刀も新しいの欲しいし、あまりお金は使いたくない。
「じゃあ、海以外か……あ、カブトムシ採集とかしない?」
『え、む、虫……?』
「楽しいよ。夕方に罠を仕掛けて、夜に取りに行く奴。毎年、ブラザーといってるんだけど……くる?」
『……い、良いだろう』
よっしゃ! これはこれで楽しいんだよね。
「じゃあ、決まりな」
『う、うむ……虫に慣れておかないと』
「他の事は、プールの時にまた細かく決めようぜ」
『わ、分かった……!』
それだけ話して、とりあえず電話を切った。ふぅ、蘭子とも遊べると思うと、もうすっかり夏休みが楽しみに思えて来た。
とりあえず、遊べる日以外は剣道に集中しよう。
×××
翌日、土曜日。夏休みに入る前の土日練習は普通に午前も午後も練習があるため、夕方まで練習だ。
で、帰宅して来た。さて、自主練の時間だ。竹刀を持って、まずは左手だけで素振り。続いて、両手で振った。
「……ッ」
そんな時だ。ふと後ろから気配を感じる。振り向くと、蘭子が立っていた。
「む、見つかってしまったか……」
「そりゃ分かるよ。こちとら、敵の殺気を先読みした上で反撃するのが戦術だからな」
「カッコイイ!」
「だろ!」
後手に回れば不利になる、なんて言うのは臆病者の考えだ。怖がり程、先に手を出すからな。俺はゆとりを持って敵の手に対して応じる。……まぁ、それでもこちらから仕掛ける技も必要になるし、練習するんだけどね。
「蘭子もやるか? 今なら、お手本も見せられる」
「やる!」
……自分の好きな事に関してはやたらと素直になるんだよなぁ……。可愛いけど、そういうところほどキャラを作った方が……いや、そうでもないか。好きなものにほど素直な方が良い。
そんなわけで、しばらく二人で素振りを続けた。途中から、俺は竹刀を横に持って蘭子の面打ちを受けたりした。
「良いね。良い感じ」
「それは構わんが……手は平気なのか?」
「平気だよ。……多分」
「や、やめておいた方が……」
「そうする」
4〜5発でやめた。危ない危ない。骨折後はむしろ丈夫になるとはいえ、治ったばかりで油断すると何があるか分からない。
しばらく素振りを続けたあと、そろそろやめておいた。オーバーワークは身体に毒だ。
「ふぅ……疲れた」
「わ、我もだ……レッスンの後だったのに……」
「え、それはごめん……」
「あ、いや、嫌だったわけではない故、気にするな」
「そ、そう……あ、じゃあとりあえず駅まで送るよ」
「ありがとう。では、参ろうか」
と、いうわけで、とりあえず竹刀を片付けてから駅に向かった。
二人でのんびりと歩く。駅までなら近道あるんだよな。
「蘭子、こっち」
「え?」
「近道あるから。公園を横切ってく奴」
「おお、近道っぽい!」
その公園に差し掛かり、中を歩く。比較的に大きい公園で、ブランコやらジャングルジムやら滑り台が二つあったりと、割と訳がわからない。
「そういえば、ジャングルジムってあるじゃん」
「うむ」
「俺、子供の頃にあれのてっぺんから落ちた事あるんだよね」
「えっ⁉︎」
「その落ち方が面白くてさ。まず、裸足で登ってたんだよね」
「靴下?」
「も履いてない」
なんか小学生の頃は「裸足だと運動神経が良くなる」みたいな流行があったんだよね。根拠はないけど、要するに「野生の魂が目覚める」的な感じで。勿論、何の根拠もないけどね。
「で、その時に足の親指と人差し指で棒を挟んで、身体が180度回転して後頭部が下に回ったんだ」
「……お猿さん?」
「うるせーよ」
自分でもそう思うけど。
「で、後頭部打って、足が離れそうになった時にブラザーがキャッチしてくれてさー。マジで面白かったわ」
「面白かったって話なの⁉︎」
いや、だってすごいでしょ。中々、芸術的な落ち方だったもの。
「だ、大丈夫だったの……? 怪我とか……」
「痛かったけど……でも、あんな落ち方する人は俺以外いないと思うし、笑ってたよ」
「き、貴様かなり変わった幼少期であったのだな……」
いや、普通よ。そんなに変なことじゃないと思うけど……。少なくとも蘭子にそれを言われちゃおしまいだ。
「俺なんかよりブラザーの方がよっぽど変だから」
「あのレオという兄者か?」
「そう、そいつ。……正直、俺の中でブラザーは越えられない一つの壁として立ちはだかってるね」
「……そんなに?」
「うん。剣道の腕も、カッコ良さも、俺よりも蘭子よりも上だよ」
「……」
言うと、蘭子は少しむすっとする。何? と聞き返す前に、蘭子は俺の手を引いてジャングルジムを指さした。
「なら、我が剣。そのー……む、骸の……タワー?」
「それならスカルタワーとかボーンタワーのが良いんじゃね」
「う、うむ。それ、それを踏破するとしよう」
え、今からジャングルジム乗るの? 別に良いけど。
「良いけど……寮の門限とかないの?」
「少しくらい問題ない」
そう言いながら、蘭子はジャングルジムに手をかけた。俺も同じように上までスイスイと登る。
二人で並んで、一番上に腰を下ろした。夕焼けはほとんど沈んでいて、俺も蘭子も黙って、少しだけ高くなった事により見渡せる街を見た。
「いやー、久々に登ったけど、思ったより眺め良いのな。身長伸びたからかな?」
「ふむ……確かに。我も実家のジャングルジムに足を踏み入れてみようか……」
あ、結局ジャングルジムなんだ。別に良いけど。
「それで、蘭子。急にどうしたの?」
「む? いや、別に……所で、我が剣」
「何?」
「こんなポーズはどうだ?」
そう言うと、蘭子は立ち上がり、膝を真っ直ぐに伸ばして両手をポケットに突っ込んだ。
「……立ってるだけじゃん」
「ふっ……安定しない足場において直立不動、それもポケットに手を入れておく余裕。カッコイイ」
「いや、危ねえしあんまカッコ良くない。中身が伴ってないカッコ付けってカッコ悪いから」
「む、むぅ……!」
「それなら、座ってるだけの俺の方がカッコ良いね」
「む〜!」
ならば、と言わんばかりに、蘭子は構えを変えた。足を大きく前後に開き、腰を落とし、姿勢を曲げるス○イダーマンみたいなポーズだ。
「これは⁉︎」
「その姿勢から何すんだよ。てか、本当危ない」
「な、ならば〜……これは……!」
さらに別のフォームに変えようとした時だ。バランスを崩した蘭子はジャングルジムの外側に足を踏み外した。
「ふえっ……?」
まぁ、想定通りだ。備えていたので、すぐに立ち上がりつつ、右手でジャングルジムに掴まり、左手で蘭子の手を掴んで蘭子の落下を阻止した。
正直、カッコ良さなんて何でも良いんだよ。何が起きてもすぐに行動できる反射神経と精神力、それに見合った構えが一番カッコ良いのさ。
「ほらな? 座ったままの方がカッコ良いだろ?」
全開のドヤ顔でそう言ってやると、蘭子は頬をほんのり染めて俺をぼーっと眺めた。が、すぐに悔しそうな表情を変える。
「む、む〜……!」
「ほら、降りるよ。……てか、降りられる?」
完敗、といった顔で蘭子は下に降りた。……少し完璧に負かしすぎたかな。このままじゃ、蘭子のプライドが傷物になりかねない。
まだ蘭子のステージは見たことないが……まぁ、蘭子も何かに一生懸命になってるのは分かる。決して適当なことを言うわけではなく、蘭子の肩に手を置いた。
「蘭子がカッコ良い場は、ここではなくライブでしょ?」
「え……?」
少なくとも、この前見た蘭子のライブ衣装はカッコ良かったし、可愛かった。……まぁ、これ以上の褒め言葉は精神が持たないから言わないけど。
「さ、行こう。駅まで」
「……う、うむ」
それだけ話すと、とりあえず駅まで送った。