神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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傷ついた悪姫の罪〜第四章〜

 早速、コウと蘭子は公園に来た。夜の公園というのは、如何ともせん感情に陥る。あれだけ日中は子供達が溢れ返り、キラキラした笑みを見せ、さまざまな声が飛び交う場も、夜になれば静寂と闇がその場を支配するのみとなってしまう。

 動物をモチーフにした遊具や、カラフルなブランコ、滑り台、ジャングルジムも、太陽が引っ込み、複数の街灯のみに照らされるだけでガラリと別の表情を見せてしまうわけだ。

 そんな不気味とも言える空気が、蘭子もコウも大好きだった。何故なら……。

 

「この大衆一人いないこの場で悪との一騎討ちによって人類の命運が決まるのがカッコ良いんだよな……」

「分かるー!」

 

 てなわけだ。しかし、二人が用事あるのは遊具が置かれている場所ではなく、その奥にある林の中だ。その中には、街灯すらも無く、あるのは木々の隙間から漏れ出す月明かりのみだ。

 その中に向かう際「あっ」とコウが声を漏らす。

 

「何かあったか? ……まさか、ヴァンパイアの末裔でもいたか?」

「いや違くて。そういやさっきこれもらったんだよね」

 

 そう言いながら出したのは、虫除けスプレーだった。志希の似顔絵が描いてある奴。その時点で、蘭子は嫌な予感しかしなかった。

 

「……これ、誰にもらったの?」

「えっ?」

 

 やべっ、とコウは肩を震わす。確かに、こんなものをもらうタイミングは蘭子がいない寮の前での待機時間しかなかった。アイドルの女子寮の前で会う人間などアイドル以外あり得ない。

 

「き、昨日……隣のばあちゃんに……」

「魔王を前に虚言が通ると本気で思っているわけではないだろう?」

「じ、事務所から出て来た人に……」

「話さないでって言ったじゃん! 何でもらってるの⁉︎」

「え、いやあの人がアイドルだと思わなくて……なんか白衣着てたし」

「魔王パンチ!」

「ぐほっ!」

 

 女の子っぽい弱々しいボディブローが減り込んだ。偶然にも鳩尾に当たった辺り、喧嘩の才能があるのかもしれない。

 

「て、テメェ……!」

「だ、大丈夫?」

 

 思ったより効いたのを見てしまい、心配そうになってしまう辺り、やはり喧嘩の才能はなかった。

 

「もう……とにかくこれは使用禁止!」

「なんで! 無臭で無害な虫除けスプレーなんてそうあるものじゃないじゃん!」

「絶対に変なリスクがあるから!」

「そんなの聞いてないから!」

 

 その直後、蘭子は意外そうな顔をする。

 

「……え、聞いてないの?」

「聞いてないよ」

「効果は聞いたけど、リスクは言ってなかったの?」

「うん」

 

 確信を持って頷くコウ。向こうもノリノリでこれを渡して来たし、なんか意気投合したしで、何か罠があるとはとても思えなかった。

 

「それに、これは天才科学者が作り上げたワンオフ品、何処にも売っていない最強の虫除けスプレーだぞ!」

「う、うむ……」

「……それとも何? 魔王は人間が作ったものを怖がるの?」

「むっ……!」

 

 今の一言で、魔王の誇り、矜恃、プライドの全ての堪忍袋の緒を緩めた。

 

「怖くない!」

「えー、ほんとにー?」

「ホント!」

 

 すぐに乗せられた魔王は、自身に虫除けスプレーをぶちまけた。ぶちまけてしまった。ぷしゅーっと白い煙が蘭子を包む。

 直後、そこから出て来たのは……。なんかすごく色っぽい空気を纏った蘭子だった。大人びたようにニコリと微笑むと、直後、まるで付近に薔薇が咲き誇ったような幻覚が見えた気がした。

 

「っ……!」

 

 思わず、見入ってしまう程の絶世の美女に見えた。バカ……ではなくコウは全然聞いていなかったが、一つだけその虫除けスプレーにはデメリットがあった。

 それは……使用した人間を、三倍色っぽく見せてしまう、という事だった。雪上で女性が三倍、綺麗に見えるのと同じ感じで、志希印虫除けスプレーを浴びると三倍、美しく見えてしまうのだ。男性の場合は、かっこ良く見えるわけで。

 しかし、あくまで浴びた人がそう「見える」というだけだ。中身は変わっていない。

 

「……ホッ、確かに……何ともない様子だが……いや全然恐れてなどいなかったが。我に恐れるものなど何も無いからな……!」

「……」

 

 中身は変わっていないようで良かった。ホッと胸を撫で下ろしたコウは、とりあえず見惚れている場合ではない、と言わんばかりに両頬を叩く。

 

「じゃ、じゃあ……行こうか、蘭子」

「うむ……では、参ろうか。我らが使い魔を得る旅に」

「っ……」

「……桐原くん?」

 

 やっぱりダメだった。普段なら好戦的に浮かべる笑みも、今ではかなり大人びていて、まるで本物の魔女に見えてしまう。その笑顔がまた綺麗で、その上で魅力を感じてしまう。

 

「桐原くんってば!」

「っ、な、なんですか……?」

「なんで敬語? ……というか、無事か?」

 

 心配そうに顔を下から覗き込まれてしまった。その仕草が、また保健室の先生のように大人な女性のオーラを出していて、心臓に悪い。

 そこで、コウはふと思ってしまう。て言うか、そもそも自分は保健室の先生にドキッと胸が高鳴った事はない。昔は喧嘩もよくしていたので結構、お世話になったが、一回もそんな経験はなかった。

 ……つまり、蘭子が大人っぽくなったから、ドキドキした、そう思うと……。

 

「死ねェッ‼︎」

「き、桐原くん⁉︎」

 

 突然、近くにあった木に頭突きをかまし始めた。木の幹が額に刺さり、若干、血が流れる。それも気にせず、コウは頭の中で自身の気を落ち着けた。

 自分はいつから、女の子をそう言う目で見るようになったのか。いや、綺麗とか可愛いとか、そういう感情はあっても決して性的な目で見るのはダメだ。

 今日は帰ったら素振り200本だな、なんて思いながら、とりあえず木から頭を離した。

 

「……よし、もう平気」

「ではない! ……まったく、少し待て。治癒魔法をかける」

 

 そう言いつつ、蘭子が鞄から出したのは、水筒とハンカチだった。ハンカチに水筒から垂らした水を含ませ、額を軽く撫でるように拭いてくれた。

 

「……え、何その完璧装備?」

「貴様が何をしでかすか分からない以上、こちらも万全の備えをせねばならない」

「……」

 

 自分の行いが、これまた恥ずかしくなって来た。目の前の少女は同い年でありながら、大人なオーラを出しつつ実際に大人な行動をしているのに、自分は一体、何をしているのか……。まだ、林に入る前なのに蘭子との差を感じてしまっていた。

 そんなコウの気も知らず、蘭子は微笑みながら拭き終えた額に絆創膏を貼っ付け、微笑んだ。

 

「うむ、これでまた戦線へと復帰出来るぞ」

「ーっ……!」

 

 そのさっきよりも近くにある蘭子の笑みで、また顔を背けてしまった。今日の自分はおかしい。絶対に何かおかしい、と思わずにはいられなかった。

 一方、蘭子も同じことを思っていた。なんか今日のコウはおかしい。いや、性格に言えば虫除けスプレーを使ってからのコウの様子がおかしい。何かあったのだろうか? 

 

「……あの、桐原くん。何かあったの?」

「な、なんでもねえよ! ほら、行くぞ」

 

 蘭子の手を引くコウ。そんな手を握られる、というだけで少し蘭子は笑みを浮かべてしまった。なんだかんだ、この男の子と仲良く出来るのが少し嬉しいのだ。

 が、そのはにかんだような笑みを見てしまったコウは、むしろ大人の余裕な笑みに見えてしまった。

 

「ふんっ!」

「どうしたの⁉︎」

 

 今度は、木に拳を叩き付けた。

 

「……よし、大丈夫」

「だから何が⁉︎」

「行こう、蘭子」

 

 蘭子の困惑を無視して、身勝手にコウは林の中に入って行った。蘭子の手を引いたまましばらく歩いていると、コウがとある木を前にして足を止めた。

 

「これ、クヌギだ」

「クヌギ?」

「カブトムシとかが集まる樹液が溢れる木。多分、この木の何処かに……あ、あった」

 

 木の周りをグルリと一周、回った後、何かを見つけたようでしゃがみ込んだ。その後ろに蘭子も向かうと、思わず一歩引いてしまった。何故なら、カナブンやらアゲハチョウやら、とにかく虫が大勢、群がっていたからだ。

 

「? 蘭子?」

「き、貴様は……強いな……」

「いやこんなことでそういう褒められ方したくないんだけど……」

 

 と、言いつつも、やはり嬉しそうな顔を隠し切れていない。こうして見ると、この男の子も割と可愛い子なのかもしれない。

 しかし、それとこれとはやはり話が別である。虫はやはり気持ち悪いし、触りたくない。

 

「……い、いや、その……」

「怖いの?」

「こ、怖くな……少しこわい」

 

 正直だった。嫌なものは嫌なのだ。でも、こんなこと言ったらからかわれる気がする。

 と、思ったのだが、コウは割と真顔で蘭子を見た後、木から一匹のコクワガタを手に取った。それを手の甲に乗せると、蘭子の方に差し出す。

 

「はい」

「っ、え、な、何が『はい』……?」

「手に乗せてもオオアゴで挟まれる事もないし、手の中をほじくって寄生する事もないし、マッハで動いて手を切断してくる事もない。虫も、ただの生き物だよ」

「……」

 

 子供にそんな風に優しく諭されては、蘭子としても正面から拒否するのは難しい。

 控えめにおずおずと手を伸ばしてみる。コクワガタは無反応。急に食いついて来たら怖いのでゆっくりと近付けるが、未だにコクワガタにアクションは見られない。

 プルプルと震える人差し指が、ようやく背中を撫でた。直後、オオアゴを振り上げたコクワガタが指を挟んだ。

 

「ぎゃああああああああああああああああ‼︎」

「落ち着けええええええええええええええ‼︎」

 

 涙目で両手を振るう蘭子を、慌ててコウが止める。が、そこでふと我に帰った。何故なら、三倍美しい蘭子に掴みかかっているのだから。

 

「っ……」

 

 勝手に顔を真っ赤にして蹲るコウと、引き続き騒いで両手を振り回す蘭子達を置いて、コクワガタは別のクヌギへと飛び去って行った。

 

 ×××

 

「ごめん、蘭子……」

「き、気にすることはない。我も、その……ごめん」

 

 帰り道、なんか微妙な空気になってしまっていた。結局、あの後はもう普通に帰宅することになり、お互いに謝ってしまう始末だ。なんというか、すごく気まずい。

 そのまましばらく二人で俯いて歩く。が、すぐにコウが何とか盛り上げようと気を回した。

 

「そ、そうだ! 蘭子、なんか飲む? あそこに自販機あるし、何か奢るよ!」

「え……?」

「終わり良ければ全て良しって言うじゃない。剣道だって、最後に勝てばとりあえず胸張れるから!」

「そ、そうだな……ん? いやそれ優勝してるから当たり前なんじゃ……」

「とにかく買って来るから!」

 

 慌ててコウは飲み物を買いに行った。その後を、蘭子はゆっくりと追う。何となく、すぐに追いついたら悪い気がして。

 戻って来たコウが手渡して来たのは、缶コーヒーだった。B○SSのコーヒー牛乳。反対側にも同じものを持っている。

 

「はい」

「あ、ありが……」

「あっちのベンチで飲もう!」

 

 手を引いてタタタタと走ってしまった。普段ならこんな風に強引になったりはしない。どうやら、つまらない思いをさせてしまった、とかなり責任を感じているようだ。

 思わず、蘭子はコウのその手を引いて動きを止めてしまった。

 

「あ、待って。桐原くん」

「え?」

 

 足を止めたコウの表情は、普段の自信満々な太々しさは微塵もなく、どこか不安げに見えた。だからこそ、蘭子は言ってやらねばならなかった。

 

「我は、貴様のいる場所ならば、如何なる地獄であろうとオアシスと変わらない。……だから、案ずるな。我が剣よ」

「……」

 

 この時のコウは、珍しく和訳に時間が掛かった。それが運の尽きだった。つまり「君と一緒なら、どこにいても楽しいよ」という意味である。それが、大人のオーラと共に発せられたわけで。

 

「……〜〜〜っ!」

「き、桐原くん⁉︎」

 

 顔を真っ赤にしたまま蹲ってしまった。

 

 ×××

 

 その日、帰宅した二人は当然、各々の保護者に「こんな時間までどこで遊んでいた!」と怒られた。

 

 




砂塚あきらクソ可愛いんですけど。
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