神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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どう育てたらこういう子になるの?

 俺は、あまりに重い悩みを抱えていた。剣道関係ではないことに関して、俺がここまで悩むのは珍しいと自負できる。だが、現にこうして胸を締め付けられる思いなのだから仕方ない。このままでは、都大会でも力を出しきれそうにない。

 そのため、相談に乗ってもらうことにした。俺の知っている中で、一番頼りになる人だ。あ、ブラザーじゃないよ。あいつ絶対茶化すし。

 

「……すみません、新田さん。付き合ってくれて……」

「ううん、平気だよ。相談って、どうしたの?」

 

 ……やっぱり綺麗だなぁ、この人。その上優しくて面倒見も良くて頭も良くて……え、何この人。完璧かな? 

 

「実は、その……この前、蘭子と虫取りに行ったんです」

「聞いたわよ、本人から。とても楽しそうに思い出話を聞かせてくれたよ」

 

 マジか……よかった、楽しかったんだ。って、喜んでる場合じゃないぜよ。

 

「その時に、白衣を着た女の人に虫除けスプレーをもらって……それを使った蘭子が……その、なんか……かなり大人っぽく見えてしまって……」

「……志希ちゃん……」

「え、金獅子の?」

「あ、いやなんでもないよ。続けて?」

 

 まぁ良いか。続けよう。

 

「えっと……それで、その……」

「うん」

「……引かないで聞いてもらえます?」

「大丈夫、引かないよ」

 

 ……俺にもう少し男の友達がいれば……いや、いてもからかわれるだけだな。やはり新田さんにしか相談はできない。

 一度、深呼吸をすると、改めて相談を続けた。

 

「……そ、その……あの時の、蘭子が……頭から、離れなくて……なんか、こう……」

「うん、うん! それで?」

 

 あれ……なんか異様に食いついて来たな……いや、大丈夫……新田さんは周りに言いふらすような人じゃないはず……。

 ……いや、でもそれを抜きにしても言うの恥ずかしいんだよな……。そもそも女の人に通じるか分からないし……。

 

「それで……その……」

「大丈夫だよ、桐原くん」

「え……?」

 

 あれ、なんだろ……。まだ何も言ってないのに何が大丈夫? 

 

「中学生なら、それは当たり前の話だよ。男の子がそうなるのと同じで、女の子もそうなる事あるんだから」

「え、そ、そうなんですか……?」

「うん。でも……一応、桐原くんの口から聞かせてくれるかな?」

 

 そこまで言うなら、俺も勇気を振り絞らなければならない。これも、近々ある都大会のためだ……言わないとダメだ……! 

 しかし、流石は新田さんだなぁ。俺が言うまでもなく、相談する内容を分かってるなんて……なんかお見通しみたいで少し恥ずかしいけど、ここまで言われたら仕方ない。

 剣道の練習の後、毎回、行われる黙想を頭の中で行い、精神を落ち着ける。いつの間にか早くなっていた心臓の鼓動を徐々に失速させると、一気に悩みを吐き出した。

 

「お、俺……あの時の蘭子を思い出すと、股間が硬くなるんです‼︎」

「うんうん、蘭子ちゃんのことが好……え、今なんて?」

 

 こんな事を相談するのは本当に恥ずかしい限りだ。……でも、あの時の蘭子の大人っぽさは本当に忘れられない。前屈みになると、黒い洋服の襟から胸の谷間まで見えてしまって……そもそも、俺と同い年くらいの女の子って、もう胸とか膨らんでるんだなぁ……。

 って、だから蘭子をえっちな目で見るな! 死ね俺! 今は、新田さんに相談する場だろ! 

 

「もう……あんな風に膨らむの初めてで……! なんだっけ……銀魂に載ってた……い、イ○キンタムシ? かと思って……でも、なんか症状が全然、違うし……なんで、あんなになったのか、分からなくて……!」

「う、うんまって。詳しく説明しなくて良いからボリューム落として。周りの人がすごい見てる」

「あ、す、すみません……」

 

 股間の話題は流石にね……え、でも中学生ならみんなそうなるんでしょ? あれ? 女の子もそうなるって言ってたけど何が膨らむんだ? 

 

「……え、新田さんも股間が膨らんだんですか?」

「うん、その話はまた今度ね」

 

 ……というか、顔が赤いな……熱でもあるのか? 

 しばらく、新田さんは考え込んだ後、何やら小声でブツブツと呟く。

 俺の質問……そんなに答え難いものなのかな。でも、学校の先生は、保健の授業で「体の事の相談は友達ではなく、信頼できる人にしなさい」って言ってたし……。

 ……やはり、揶揄われるの覚悟でブラザーに相談するべきだったか? 

 しばらくして、覚悟を決めたのか新田さんは「よしっ」と呟くと、真剣な表情で俺を見た。

 

「あのね、桐原くん。まず相談する相手をちゃんと選んでね?」

「え?」

「私は良いけど……そ、その……男の子のソレは、女の子にもついてるものではないでしょう?」

「は、はい」

「だったら、そういう話は男の子に相談しなさい。相手の女の子にも答えられない事だし、答えられても答えづらい事だから」

「す、すみません……」

 

 そ、そうなのか……? ……いや、たしかに俺も蘭子に「なんか股間が膨らんできたんだけど」なんて言われたらどう対応したら良いのか分からない。にしても、女の子の何が膨らむんだろうか……ていうか、女の子の股間には何があるんだ? 少し気になる……。

 

「……で、相談の答えだけど」

「あ、は、はいっ」

「それはね、桐原くんが思春期になった証拠、だよ」

「思春期……って言うと……」

 

 ああ、前に蘭子がなんか言ってた気がする。名前だけ聞いたことあるわ。

 

「思春期ってなんですか?」

「うん、そう来ると思った。思春期っていうのは、男の子なら女の子……女の子なら、男の子に興味が出てくるお年頃って事」

「……え、俺女の子に興味なんてないですよ?」

「本当にそう?」

「え?」

 

 ……ど、どういう意味だ……? いや、実際、興味はない。剣道の練習試合で、たまに他所の中学の女子がトイレに行く際、トイレの前で袴を脱ぐんだけど、その時にパンツが見えても何も思わないし。

 しかし、そんな俺の考えなんて見透かしたように、新田さんは俺に話して来た。

 

「ところで、蘭子ちゃんってさ」

「え?」

「女子中学生にしては、胸が大きいと思わない?」

「えっ……」

 

 き、急になんだ……? いや、てかあれやっぱ大きい方だったのか……って、そうじゃない! 

 

「お、思わないですよ!」

「実は、あれ女子中学生の中でも平均以上なのよ?」

「そうなん……あ、いや、だからなんですか!」

 

 き、急になんだよこの人……! 見損なったぞ少し……! 

 そんな憎しみが少し漏れていたのか、新田さんはすぐに微笑みながら謝ってくれた。

 

「ごめんごめん、少しからかいすぎちゃった? ……でも、今蘭子ちゃんの胸を思い浮かべて、少しドキッとしたでしょ? だとしたら、それは思春期なの……」

「こ、これが……」

「でも、それはみんなそうだよ。恥ずかしい事じゃないからね?」

「そ、そう……なんですか?」

「うん。むしろ、桐原くんは遅過ぎるくらいだよ」

 

 ……え、そ、そうなのかな……。でも、やはりなんか思春期ってカッコ悪い気がする……。だって、要するに女に興味津々などすけべって事でしょ? そんなの、全然カッコ良くない。むしろすぐ殺される雑魚の悪役だ。

 

「なら……俺は、女に興味のない強い男になりたいです! その方がカッコ良い!」

「あー……そう来るかぁ……」

 

 なんか面倒くさそうな顔でため息をついた後、すぐに「じゃあ」と切り返して来た。

 

「恋人もいらないのね?」

「いりません!」

「蘭子ちゃんが、桐原くんを好きだって言っても?」

「……はえ?」

 

 ら、蘭子が……俺を? 

 

「恋人ができる事だって、大袈裟に言えば『異性に興味がある』って事でしょ?」

「あ……は、はい……」

「それとも、桐原くんの言う『カッコ良さ』のために蘭子ちゃんを傷つけるの?」

「あ、え、えっと……」

 

 その場合はどうしたら……女の子にデレデレするのはカッコ悪いけど、女の子を傷つけるのもカッコ悪いような……。

 

「私は、女の子に興味ないふりをする、っていうのもカッコ悪いと思うけどなー?」

「そ、そう……ですか?」

「うん。人間、ある程度、素直な方がカッコ良いと思うよ」

「……」

 

 新田さんがそう言うなら、そうなのかな……? ……でも、なんだろう。それを聞いたからか、少し蘭子のことを思い出しても、気が楽になった気がする。

 

「ありがとうございます、新田さん」

「ううん、私も良い話が聞けたから」

「え?」

「何でもない」

 

 にこりと誤魔化されたが、まぁどうでも良い。本当はこのお店でもお会計は俺が持とうとしたが「年下にはご馳走にならない」とのことで、むしろご馳走されてしまった。

 なんであれ、新田さんには本当にお世話になりっぱなしである。

 とりあえず、お互いの飲み物が空になるまでお喋りした後、お会計を済ませることにした。席を立とうとした時に、新田さんが「あっ」と何かを思い出したように声を漏らし、鞄から封筒を取り出した。

 

「忘れてた。飛鳥ちゃんからお届け物よ」

「え?」

 

 言われて前に置かれたのは、蘭子のライブのチケットだった。

 

「あ……これ」

「ふふ、きっと圧倒されるわよ? ライブの蘭子ちゃん、可愛くてカッコ良いんだから。まるで、本物の悪姫みたいで」

「……そうですか」

 

 それは、楽しみだ。なんだかんだ、あいつカッコ良いって言うより可愛いだからな……。

 とりあえず、無くさないようにチケットを鞄の中にしまってお店を出ようとした時だ。ちょうど入れ替わりで、蘭子と二宮さんが入って来た。

 

「あ……」

「ん?」

「あら」

「げ……」

 

 あれ、俺今なんで「げ……」って言った? ヤバい、なんかやっぱ蘭子を直視できない……というか、蘭子って白い服も着るんだ……レースの袖や襟がとても可愛らしくて……なんか、胸の動悸が……。

 

「? 桐原くん?」

 

 蘭子が怪訝そうな表情で俺を見て来たので、思わず目を逸らしてしまった。クソッ……なんだこれ。なんでこんなに目を合わせづらいんだ……! 

 

「……ら、蘭子……」

「うむ、我が剣! いかなる地で会おうとは、流石、我と同じ闇に導かれし同志よ!」

「……」

 

 すごいよね、蘭子って。一言喋るだけで緊張してた自分がバカらしく思えてくるんだもん。

 やれやれ、ともうなんかどうでも良くなって来た上に、とりあえずなんかこいつにドギマギさせられたと思うと腹が立ったのでデコピンを放った。

 

「ったぁ……! な、何を……!」

「るせーばーか」

「こ、子供か!」

「では、新田さん。俺、帰って日課の素振りをしなければならないので、失礼します」

「無視するなー!」

 

 両腕を振り回して殴りかかって来るが、それらを全て回避していると、俺と蘭子の間に二宮さんが入った。

 

「二人とも、イチャつくのも結構だが、ここじゃお店の迷惑になるから、場所を移そう」

「「イチャついてない!」」

「いいから」

 

 言われて、とりあえず場所を移した。と言っても、お店から少し離れたあたりだが。

 ……いやいや、ていうかなんでついて行ってんの俺。

 

「……てか、俺もう帰るし。蘭子だって、二宮さんと何か用あったんでしょ?」

「そうだね。私もこのあと、アーニャちゃんと約束あるし」

「うん。僕らも行こうか、蘭子」

 

 そう言って、解散する流れになったときだった。俺の袖を、蘭子がぐいっと引っ張った。

 

「待って!」

「なんだよ」

「……か、帰る前に……美波さんと、何話してたか教えて」

「は……?」

 

 な、なんでそんな事を……。つかなんで顔赤くしてんの? 赤くしたいのこっちなんですけど。股間が膨らんだ下りなんか、絶対に話したくねえ。

 

「や、やだよ……!」

「話して!」

「やだってば!」

「ちょっ、落ち着いてくれ、二人とも……!」

 

 二宮さんが慌てて俺と蘭子の間に介入する。で、チラリと俺の方に二宮さんが視線を向けた。

 

「言えない内容なのかい?」

「絶対に言わない」

「なんで⁉︎ ……あ、ま、まさか……告白でもしたの⁉︎」

「何の? 罪?」

「ああ、うん……違うなら良いけど……」

 

 良いなら良いじゃん。まぁ、結論は出たようなものだな。蘭子に掴まれていた袖を強引に振り払った。

 

「とにかく、俺は帰る」

「あっ……も、もう……!」

 

 そのまま自宅まで走って逃げた。ふぅ……危なかった。心臓の鼓動がいい加減、ヤバいことになってたからな。

 さて、とにかくスッキリしたし、今日は久々に集中して自主練が出来そうだ。

 

 


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