神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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歌詞を載せるのは利用規約的にダメみたいなので、ライブのシーンは本当に大変でした。
そもそも、私はライブに行ったことがないので、この辺全て想像です。容赦して下さい。
以上、言い訳終わりです。


興奮をえっちな意味で捉える奴はムッツリ。

 アイドル、というものを俺は好きではなかった。所詮は顔面だけで金を稼げれる連中たとばかり思っていた。

 が、まぁ蘭子や新田さん、前川さんや二宮さんと会って、アイドルという人種が悪い人ではないとは思うようになった。まぁ、実態がよく分からないから、アイドルに対する印象はあまり変わっていないけど。

 だってほら、テレビとか見てると結構、何も出来ないアイドルが多いんだもん。クイズ番組ではお笑い芸人より頭悪い人、逃○中みたいな身体を使うバラエティでは運動音痴、歌に至っては録音を流すグループだってあるらしい。

 ……とはいえ、蘭子は違うというのはわかるけど。運動神経は知らんけど鍛えられた体してたし、勉強だって俺よりは出来る。歌は知らん。

 そんなアイドルのライブに、俺は初めてきてしまったのだが……。

 

「なんか……気持ち悪い……」

「そういうこと言わない。みんな蘭子ちゃんのファンの子達よ?」

 

 一緒に来てる変装した新田さんの隣から注意される……が、だってなんか暑くて臭い感じが……。

 ここにいるのは会場の正面玄関。本当は招待客用の出入り口があるのだが、蘭子のファンとやらに興味があって様子を見にきたんだけど……なんか、ザッと見た感じはどいつもこいつも太ってて、半袖短パンから出てる手足はぶくぶくに脂肪で固め、ニキビや脂汗がすごい。

 

「……だって、俺あの列に入ったら窒息しそうで……剣道終わった後より臭そうなんだもん……」

「だから、それは言わない。……みんな、蘭子ちゃんが好きでここに来てくれてるんだから」

 

 蘭子が好きならもう少し身だしなみを整えてからツラ見せてこいよ、と思わないでもない。まぁ、服装はあれでも良いと思うけど。なんでって、蘭子の顔がでっかくプリントされたTシャツを着てる。あれこそ……なんだっけ、PTA? に合った服装だと思う。

 ……うん。むしろ俺の服、一応少し気を使っておしゃれしてきたけど……これじゃない方が良かったのかな? 

 

「……新田さん、あのTシャツ何処に売ってます?」

「え、ほ、欲しいの⁉︎」

「いや、なんか……PTAにあった服装ってものが……」

「TPOね。……そんなの、気にしなくて良いよ。ペンライトなら私が持ってる奴、貸してあげるし」

「えー、でも……」

「ていうか、蘭子ちゃん的には同級生に自分のTシャツ買われるのは恥ずかしいんじゃないかな……」

 

 あ、な、なるほど……もしかして、これもデリカシーか? 

 

「……じゃあ、やめとこうかな……」

「うん。それより、席に戻ろう」

「あ、はい」

 

 ……そういや、蘭子には来るってこと言ってなかったや。気づく……わけないか。

 

「あの……もう少し中をぶらぶらしちゃダメですか?」

「良いけど、蘭子ちゃんは楽屋にいるから、行っても偶然ばったり会うことはないわよ」

「……」

「それから、勝手に楽屋の前に抜け出して行ったら、普通に怒られるからね? 招待客と言えど」

「……大人しくしてます」

 

 ……世の中、意外と手厳しいなぁ。

 のんびりと新田さんと手を繋いで、一緒にライブ会場内を歩く。なんか迷子になりそうだからって手を繋がれてる絵は男として情けない気がするが、甘んじて受け入れた。

 

「わぁ……」

 

 扉の中に入り、改めてライブ会場内を見上げると……なんか思ったより広くて驚いた。勝手に映画館くらいのスケールだと思ってたが……全然、そんな事はない。

 こんな所のライブでチケットを取ってもらえるなんて、俺ってかなりラッキーなんじゃないだろうか? 

 

「すごいなぁ……こんなステージで。俺も剣道やってみたい……」

「すごいよね。蘭子ちゃんのソロライブで、こんなに広いステージを借りれるなんて」

 

 ソロとは言っているが、もちろんゲストはいる。二宮さんもその一人らしい。けど、蘭子が全ての曲を歌う、みたいな。

 

「……俺って、もしかしてすごい人の友達なのか……?」

「今更?」

「や、やっぱりそうなんですか……?」

「ふふ、気兼ねする必要なんてないと思うよ? 桐原くんだって、剣道すごいって聞いたけど?」

 

 いや、気兼ねとかじゃなくて……改めて実感してしまった。こんなに大きなステージで、会場前にいたお客さん全員の心を魅了し、歌って踊る。当たり前かもしれないが、顔が良いだけで出来ることじゃない。

 

「すごいですね……あの、失礼な質問かもしれませんけど……アイドルはライブでも口パクで歌わないって聞いたことあるんですけど……」

「事務所によるけど、うちの事務所はそんなことないよ。ちゃんと、みんな歌って踊ってる。蘭子ちゃんもね」

「……」

 

 なるほど……踊りはダンサーより拙いかもしれないけど、歌は歌手よりも上手くないかもしれないけど、それでも人々の心を魅了する何かがあるのを、何となく分かってしまった気がした。

 

「ふふ、驚くのは早いよ?」

「え?」

「まだ、ライブは始まってもないんだから」

 

 ……確かにそうかもしれない。まだ、胸を高鳴らせるのは早い。そう思いつつも、大会で試合が始まる前の緊張感に近い鼓動が、俺の胸の奥で高鳴り続けていた。

 

 ×××

 

 一緒にライブへ来たのは、新田さんだけではない。それから前川さんも一緒だ。と、いうのも、二宮さんに渡された時点で俺と一緒に来ることが確定していたらしい。なんか一人で来させるのは危ないとかなんとか。どんだけ信用ないんだ俺は。

 招待席で見ることが出来るのも、アイドルと一緒に見に来たのだから、一般客席に座るのはまずいと言う理由から。なんかすみません、俺なんかのために色々と……。

 兄上と一緒に来れれば良かったのだが、残念ながらあの人は大会だ。超どんまい。

 

「あの……それでなんで俺が真ん中なんですか?」

「なるべく目立たないようにするためにゃ」

「ふふ、緊張してるの?」

「し、してませんよ!」

 

 誰が緊張なんかするか! ……いや、歳上の方々に囲まれるのは正直、心臓には悪いけど……。

 でも、それもこれも全部、俺が剣道以外、何も出来ないからだ。もっと鍛えなくては……。

 そんな俺の肩に、前川さんが手を置く。ビクッとしてしまうが、そんな俺に優しく声をかけてくれた。

 

「ふふ、安心しするにゃ。ライブが始まれば、すぐ別の緊張に変わるから」

「……は、はぁ……や、だから緊張してませんって!」

 

 言い返した直後だ。会場が一気に暗くなった。目に入る光は手に持っているペンライトのみ。

 空気がピリッと張り詰められたにも関わらず、周りの熱気が高まるを感じる。剣道の試合前とはまた違う緊張感が流れていた。

 その後、耳に聞き馴染みのない音楽が届いた。英語か何か……だろうか? 分からんけど、少し恐怖を感じさせるような声と音楽。

 しかし、それに聞き入っている時間はない。ステージの中央に何か見えたかはだ。床に何か仕掛けがあるのか、ゆっくりと人が上がってくる。

 銀色のツインテール、本物の魔王のような漆黒の衣装、頭部に飾られたティアラのようなカチューシャ……いや、カチューシャのようなティアラか? なんにしても、幻想的な一言に尽きる装い……。

 直後、パッとそこに差し掛かったのは、一つのスポットライト。そこに見えたのは、神崎蘭子だった。

 

『知恵の林檎が、虚言語る牢獄で』

 

 それとほぼ同時に、蘭子の歌声が聞こえてくる。歌詞の内容まであの小難しい言い回しだが、何故か耳にしっかりと響き渡る。

 ステージ上の蘭子は「ダンス」と呼ぶより「舞」と言った方が本人的には喜ぶであろう振り付けを見せる。

 その姿を見て、思わず俺は目を奪われた。この広いステージでたった一人、歌と踊りを披露する。その踊りは華麗で流麗で壮麗……人々を魅了し続けるのも頷ける。

 

『L'inizio!』

 

 サビに入ったのだろうか? 今までスポットライトのみだった明かりが一斉に灯されると共に、他の観客が一斉に立ち上がった。

 ビクッと肩を震わせたが、両サイドの新田さん、前川さんも同じようにペンライトを持って振り上げのを見て、俺も思わず一緒に立ち上がってしまった。

 

「っ」

 

 座っていたものを立ち上がる、それだけでまた景色が変わる。少し、ステージに近くなった。

 周囲の熱気に当てられ、俺も不慣れながらもペンライトを振るう。後で聞いた話だが、周りからは「ウィンガーディアム・レビオーサ」に見えてたらしい。

 その直後、ふと……ステージ上の蘭子と目が合った気がした。いや、これだけの観客で誰かと目が合うなんてことないだろうから、気の所為だと思うが……思わず、胸が高鳴っ……。

 

『Chu☆』

「っ……」

 

 気の所為では無かった。あまりにさりげなく、そしてあまりに堂々と、唇に手を当てた蘭子が、その掌をこちらにスナップする。

 確実に、こっちにやった。返し技の達人である俺が言うんだから間違いない。敵からのアクションのタイミングを読むことに関しちゃ百戦錬磨、それは剣道以外であっても変わらない。

 だからだろう。まるで高熱に侵された時のように、頭がくらっと重く感じ、ひっくり返りそうになるのを堪えた。

 アレが、アイドルの神崎蘭子。普段の割と恥ずかしがり屋で、クールに装っていても内心の可愛い面がモロバレていて、他人の似顔絵を筋肉三割り増しで描き、小難しくて厨二臭い言い回しを羅列……あ、いやそれは今でも同じか。

 とにかく、普段の蘭子からは大きくギャップがあった。故に、俺の胸の底を奪うのには十分すぎる威力があった。

 

「……」

 

 これが、アイドルか……。ただ顔が良いだけでは、確かにこれだけの人々を熱狂させるに満たない。

 歌手とは同じ職をしているように見えて違う。アイドルは似て異なる人種だ。作詞も作曲もしないけど、歌って踊って、そのキャラクターで人々の希望になる。それは決して、金を稼ぐ為だけではない。

 おそらく、本人的には俺が剣道をやる理由と全く同じなのだろう。

 これは、ハマるのも分かる。これだけのオタクが蘭子の為に高いお金を払って見に来るのも頷ける。少なくとも、俺の心は既に蘭子によって腹の底から掴み取られていた。

 

 ×××

 

 ライブが終わった。……のだが、俺の心臓はいまだにバクバク言ってる。なんか、すごい。剣道以外でこんなに興奮したのは初めてだ。

 そんな俺に、前川さんが隣から聞いてきた。

 

「どうだったかにゃ? 蘭子チャンのライ……」

「すっっっごかっっった! 何がって……そりゃもう何もかもホントすっっっごかっっった!」

「ふふ、でしょー? 蘭子チャンって、普段はあんなんだけど……」

「ライブの時は本当に魔王の貫禄があって……! 普段のまるでダメな魔王とは全然、違くて……!」

「うんうん」

「な、なんだっけ……えっと、曲の間のトーク? その時も蘭子語を欠かさず話してて、ちゃんと感謝の意を述べてて……何より、普段のシャイな姿からは想像出来ないほど堂々としてて……!」

「それで?」

「カッコ良かった!」

 

 なんか、もう色々と興奮がおさまらないわ! ホント、すごいわアイドルって! いや、アイドルというか蘭子がすごい! 

 思わず両腕を振って熱弁していると、新田さんが俺の両肩に手を置いた。

 

「ふふ、そこまでにしておいて……そういう感想は本人に言ってあげたら?」

「あ、そ、そうか! そうですね! 早速、L○NE……は、今しても平気かな……」

「そんな事しなくても、会いに行けば良いじゃない?」

「え?」

「この後、蘭子ちゃんはシャワーを浴びて着替えてここを出るの。蘭子ちゃんは未成年だから、早めに寮に返す必要があるから、そんなにゆっくりしていられないのよ」

 

 なるほど。法律のことはよく分からないが、新田さんがそう言うのならそうなのだろう。

 

「だから、招待客用の出口から出ていって、蘭子ちゃんを待ってれば会えると思うよ?」

「行く!」

 

 そんなわけで、蘭子を迎えに行った。

 出入り口でしばらく待機している間も、胸中でのざわめきは収まらない。多分、出だしの曲だったからだろう。一番最初のソロ曲が一番好きだ。今度、CD買おう。

 なんだっけ、曲名……ダメだ。ちょっと一回聞いただけじゃ思い出せない。でも、歌詞を聞いた感じだと完全にラブソングだったよね。

 そんなことを思いながらぼんやりしていると、関係者用の出入り口が開かれた。そこから顔を出したのは、神崎蘭子だった。

 

「「あっ……!」」

 

 直後、蘭子は恥ずかしそうに頬を赤らめるが、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。俺も同じだ。頬が赤くなってるかは知らんが、蘭子の元へ走る。

 横にいた新田さんが瞬間移動した気がしたが、気にせずに声をかけた。

 

「な、なんでいるのー⁉︎ 驚いちゃったでしょ!」

「二宮さんにチケットもらった! すごかったぜ、蘭子! とってもカッコ良かった!」

「あ、ありがと……! じゃなくて……ふんっ! 我が剣、貴様もまた、魔力に当てられし新たな眷属となったか!」

「正直、なった! 特にあの最初の投げキッス! あれファンサって奴なんでしょ? もうあれが最高だった!」

「はうっ……⁉︎ あ、あれについては触れないでー! やってから後悔したんだからー! ていうか、来るなら来るって言ってよ! 私にだって心の準備が……」

「そんなの必要ないくらいに感動したから良いんだよ! なんかもう……ホント、すごかった! 俺の友達、すげぇ奴なんだぜって、いろんな人に自慢したくなるほど!」

「え、えへへ……じ、じゃなくて……クックックッ、その必要はない。ヘラの唇を象った魔力の矢は、我が秘められし想いを持つ者にのみ必中……故に、貴様以外に用いることは無い」

「いや投げキッスのことは誰にも言わねえから! 俺だけのものにしたいし!」

「そ、そうかな……えへへ。わ、我も……その、桐原くんに来てもらえて……嬉しい……」

 

 などとお互い、水を掛け合うように感想を言い合う。二人揃って、興奮がおさまらなかったのだ。

 そんな中、ガタンっと音がする。何かと思って音が聞こえた方向……蘭子が出てきた扉を見ると、スーツの男の人を新田さんが羽交い締めにしていた。多分……蘭子のマネージャーかプロデューサーさんかな? あの人を足止めしてくれていたみたいだ。

 何なら息の根まで止めてしまいそうな勢いだが、それをされる前にとりあえず最後に何か言わないといけない。俺もそろそろ帰んなきゃだし。

 

「ごめん、蘭子。そろそろ……」

「あ、う、うん……」

 

 最後に何か……今日のライブで一番、俺が実感し、伝えたい最高の感想……頭の中で振り絞ったが、一つしかなかった。

 蘭子の両手を包み込むように握り締めると、勢いのまま言った。

 

「俺、今日で蘭子のこと、大好きになったから!」

「えうっ⁉︎」

「じゃ、また後でL○NEするからな!」

 

 それだけ言って、ひとまず駅の方角へ引き返した。

 さて、これだけ良いものを見せてくれたのだ。ならば、俺もそろそろ褌締め直さないといけない。

 県大会……それは全国、或いは関東へ出場する切符を手にする試合。これだけのものを魅せてくれた蘭子に、情けない姿は見せられない。

 

「よし……やるか」

 

 帰ったら、素振りだ。怪我をしていた期間、練習できなかった、なんて言い訳はしない。する必要がなかった結果を出すからだ。

 

 

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