神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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傷ついた悪姫の罪〜第六章〜

 県大会は、個人・団体と二日間に分かれて開催される。その中でも、個人戦は二日目の日曜日。その日は、スケジュールを空けておくように言っておいたのだが……。

 

「……あれ?」

 

 スケジュール帳を読み返した蘭子は、冷や汗をかく。Saturdayの青い数字の下に書かれているマークには、カッコ良い日本刀のアイコン。もちろん、手書き。

 そして、Sundayの赤い文字の下には「午前中のお散歩番組!」と書いてある。

 もう一度言うが、個人戦は2日目だ。

 

「……」

 

 念の為、見返す。やはり、青い文字の下に大会、そして赤い文字の下にお仕事の内容……。

 

「っ……っ……」

 

 わなわなと涙目で震える。ヤバい、と今更になって気付く。しかも、今は金曜日の夜。修正なんか効かない。

 

「こ、孔明の罠か〜〜〜〜〜っっ‼︎」

 

 事務所中に蘭子の断末魔が響き渡った。

 

 ×××

 

 みくと飛鳥が部屋の様子を見にきたのは、それから3分も経過する前に現れたのだった。

 部屋に飛び込んでまず目に入ったのは、まるでレイプでもされた後なのかと思う程、死んだ目に涙を浮かべて女の子座りをしている蘭子だった。

 その姿は、それはそれで珍しくて可愛いものだったが、それ以上に、そんな状態に陥っている彼女の身に何が起きたのかを知らなければならない。

 

「「何があったの⁉︎」」

 

 シンクロして聞いた時、最初に蘭子から聞こえた言葉は一つだった。

 

「……スケ管、ミスった……」

 

 内容なんて聞くまでもなく、全てを察した二人だが、一応、話を聞いてあげることにした。

 予測した通りではあったが、とりあえず全部把握し終え、ため息をついた。

 

「はぁ……それは流石にどうしようもないよ……」

「うん。謝るしかないね」

「で、でも……昨日、電話した時に……『ごめん、県大会に向けて追い込んでるから、また今度ね』って……」

「「……」」

 

 蘭子からの誘いを断るとは、よほど楽しみにしてしまっている。それと同時に気合も十分以上のようだ。

 

「どうするんだい? 蘭子。それでもし君が応援に行かなかったら、彼は闇堕ちしてしまいそうなものだが……」

「闇落ち……カッコイイ」

「何を夢見てるにゃ、蘭子ちゃん。リアルの闇落ちはタバコとか飲酒に手を出すことを指すから、キャラ付けで少しカッコいいじゃ済まないよ?」

「うっ……」

 

 闇落ちし、世界のためを思うようで、実は自身を慰めるために大量の破壊と強力な力の入手に勤しむ……なんてことは、残念ながらあり得ない。

 最後は本音を理解して受け止めてくれる主人公はいないし、世界のために命をかけられる第三勢力も現れない。

 現実では、酒やタバコに手を出し、教員にしこたま怒られて確約や推薦は貰えないことが確定し、グレて底辺の高校でヤンキー達にいじめられるか悪い友達を作って徐々に下るのが、本当の闇落ちというものだ。

 飛鳥もそこまで考えて「闇落ち」という言葉を使ったわけではない。しかし、みくのリアリティある例えと蘭子の顔色の変化から「そこまでじゃないと思うけど……」とは言えなかった。

 

「ま、まぁ……なんだ、蘭子。かと言って仕事をサボるわけにもいかないだろう? ならば、試合を見に行けないのなら、それなりに誠意を示すほか無いと僕は思うよ」

「誠意……?」

「そうにゃ。あの子、正直で純粋な子なんだし、真剣に謝罪の意思を伝えれば許してくれるにゃ」

「うう……でも、私が普通に見に行きたいし……」

「「それは知らないから」」

「うぐっ……」

 

 自業自得である。というより、たかだか友達の部活の大会を見に行けなくなったくらいでそこまでショックを受けるあたり、そろそろ自身の乙女心に気付いて欲しいものだ。

 しょぼんと肩を落としながら、もう一度、手帳を見る。見返すのはこれで三回目である。そこまでやると、これはこれで現実逃避なのではないだろうか……と、思いながら日曜日の仕事を見ていると、ふと良い案が浮かんだ。

 

「……あっ」

「? どうしたの?」

「そ、そうだ……!」

 

 慌てて蘭子は次の仕事の企画書を机の引き出しから引っ張り出す。同時に別の紙もヒラヒラと舞い落ちるが気にしない。

 

「……え、これ」

「桐原クン?」

「上手いけど……妄想入り過ぎだよね」

「なんで銃持ってるにゃ?」

 

 後ろで二人が何か話しているが気にしない。企画書をバサバサっと捲る。見るべきポイントは、時間帯だ。午前中の散歩番組……つまり、仕事も午前中で終わるのではないか? 残業を入れても、良いとこ14時くらいまで。

 だとしたら、彼がそこまで勝ち上がっていれば試合は観れるかもしれない。

 

「あ、あった……!」

「わっ……こ、この桐原クンえっち過ぎない……?」

「何故、上半身裸で素振りをする必要があるんだろうね……?」

 

 一応、大会の方のパンフレットにも目を通しておいた。プログラムによると、決勝戦は夕方16時に終了。観に行ける可能性は十分ある。

 

「行ける……!」

「うわっ、見てこの桐原くん。女装させられてるよ……」

「蘭子チャンには、桐原クンがどんな人に見えてるんだろうね……?」

「って、わ、わー! 二人とも何勝手に見てるのー⁉︎」

「「落ちてたから」」

「普通、拾った財布の中身は勝手に見ないでしょー⁉︎」

 

 顔を真っ赤にした上で、涙を目尻に浮かべながら紙を奪い取った蘭子は、それを黒とピンクの南京錠付きの引き出しにしまうと、スマホを取り出して早速、コウに電話を掛ける。

 時刻は10時過ぎ。アスリートなら休息が必要であることも分かっているはずだし、流石にもう練習してることはないはず……と、思いつつ、コールを聞いていると、ようやく応答があった。珍しく3コール以内に出なかった辺りに、少し不安を感じる。

 

「あ……もしもし?」

『ごめん、蘭子。今、シャワー浴びてた』

「あ、そ、そうか……すまない」

『や、このままで良いよ。スピーカー機能あるから、パンツ履きながらでも会話出来るし』

「うん。……え、ぱ、ぱんつ……?」

 

 と言うことは、今、電話の向こうで彼は裸? そう思うと、なんだか恥ずかしくなってくる。

 

「い、良いからパンツは履いて!」

『え? いや見えてな……え、もしかしてビデオ通話になってる⁉︎』

「そういう問題じゃなくて……」

『ここか、これで戻った?』

「ええへ?」

 

 聞かれて、思わず蘭子は反射的に画面を見てしまった。そこに映っているのさ、シャワーを浴びたばかりで、上半身裸のまま頭にバスタオルを乗せたコウの姿だった。えっちだ。下半身が映っていないのが尚更、えっちだ。

 

「ーっ、ちょっ……逆、逆! ビデオ通話になってるよ!」

『え、じゃあ何処押せば……』

「いじらないで! こっちがいじるから!」

『あ、うん』

 

 慌てて蘭子はスクショを撮ってから画面を切り替えた。もう本当に心臓に悪い子だ。考えてみれば、少し前までスマホゲーもSNSも使っていなかった少年だ。スマホなんて簡単に使いこなせるわけがない。

 通常の通話に切り替えてから、胸に手を当てて心臓の鼓動を落ち着かせる。本当に頼むから異性であることを理解して欲しい。プールと一緒? そんな言い訳は通用しない。入浴後の上半身裸は、少しえっちなのだ。

 

「もう大丈夫?」

『おう。今、とりあえず身体拭いた』

「ぱ、パンツだけでも先に履きなさい!」

『え、まだ見えてる?』

「そういう問題じゃないのー!」

 

 本当にこの男には苦労させられる。この日本語の理解力で、本当に読書が趣味なのだろうか? 

 

『で、どうしたん?』

「あ、う、うん……剣の舞踏会当日の話だが……貴様に詫びなければならない事がある」

『え、何?』

「午前中に行われる第一次大戦だが……すまない、我が未来を綴る神託板の管理ミスにより……行けなくなった」

 

 蘭子語と標準語がごっちゃになってしまっているのは、蘭子本人が狼狽えているからだろう。

 

『え……マジで』

「ま、待て! 最後まで聞け!」

 

 泣きそうな声が聞こえて来たので、慌てて次に行った。

 

「午後から始まるラグナロクには間に合う。だから……絶対に、勝ち上がって欲しい」

『!』

 

 直後、電話の奥で息を呑む声が聞こえる。勝てなければ終わる、というのを自覚したのだろう。

 負けたら試合を見てもらえない、勝てれば蘭子に勝負している姿を見せられる、そのシチュエーションは、カッコイイモノ好きのバカには滾らせるものがあった。

 

『任せろ!』

「うん。……ごめんね?」

『気にすんなよ。そっち仕事なんでしょ? 大丈夫、簡単には負けないから』

「……ありがとう」

『じゃ、寝るから』

「うん! おやすみ!」

 

 何とか納得してくれたことにホッとしつつ、通話を切った。

 胸を撫で下ろしてスマホを机の上に置くと、まだ部屋の中にいた女子二人が自分を見ている。

 

「……うまいこと言いくるめたね」

「うん。蘭子チャン、意外と魔性あるのかも……」

「なんでまだいるのー⁉︎ 良いから出て行ってよー!」

 

 顔を赤くしながら追い出した。

 

 ×××

 

 大会当日。個人戦で県大会出場を決めたメンバーだけでストレッチをする。他のメンバーは完全に応援要員となってしまう。

 準備体操とアップを済ませ、開会式が終わり、全員が竹刀と面を持って移動する中、コウも同じように移動する。

 

「桐原」

 

 顧問から声がかかる。振り返ると、頭の上に手を置かれた。

 

「っ、な、なんですか?」

「何があったか知らんけど、肩に力入り過ぎだ」

「え?」

「お前は強い。間違いなくうちの中学でおそらく最高傑作な上、まだ伸び代がある。だから、いつも通りやれ。力んで行けるとこまで行けないのは嫌だろ?」

 

 言われて、確かに自分の手の震えを見た。少なくとも、ベスト32までいかないと蘭子に見てもらえない。だから、気負っていたかもしれない。

 胸に手を当てて深呼吸。緊張はしていない。練習は可能な限りやってきた。後は、実力を発揮するだけ。

 落ち着いたコウの最後のスイッチを押すように、顧問は背中を叩いた。

 

「うし、じゃあ斬れるだけ斬って来い」

「うおっす!」

 

 気合十分で、コートに向かった。

 一回戦目。県大会は少なくとも各々の地区から勝ち抜いてきた強者達が集う大会。要するに、少なくとも勝負強さと高い実力を持ったメンバーが集まっているはずの場所だ。

 にも関わらず、顧問のお陰で力が程良く抜けたコウは、瞬殺してトーナメント線を一つ伸ばした。

 

 ×××

 

 休日のお散歩番組に、若い女子中学生が参加するのは珍しい。売れ始めてそれなりに長くテレビに出ているお笑い芸人コンビと、芸人じゃないけどバラエティ向きの俳優、或いは女優さんと、いるだけで映えるモデルさんが、のんびり仲良く街を食べ歩くものだからだ。落ち着きが大事なのだ、

 だから、お笑い芸人も人を小馬鹿にして笑いを取る人達ではなく、単純に落ち着きがあって人をいじる際も不快でない弄り方をする人達が選ばれる。

 故に蘭子が選ばれるのは意外ではあったが、正直、今はどうにも落ち着かない。

 時刻は、10時45分。撮影が始まってまだ一時間も経過していない。

 

「蘭子ちゃん、見てこれ。ダークマターチョココロネだって」

「ッ、ダーク……⁉︎ クックックッ、我が魔力の輝きをコロナの中に包んだ食用暗黒物質か……!」

「試食あるって。食べてみる?」

「いただこう。闇の魔力に対抗し得るのは、この中で我一人……」

「あ、これ美味いわ。外サクサクで中もっちりのさらに内側にチョコが……」

「わ、我が先が良いですー!」

 

 綺麗にいじられていた。どんなにプライベートでトラブっていても、仕事には持ち込まない。

 どの道、就業時間まで自分はどうしようもないのだ。なら、どっしりと構えた方が良い。

 色んな出店の食べ物を食べ歩いては、穴場っぽい感じの公園とかに立ち寄ってコメントを漏らす。やはりこういうのんびりした番組も、これはこれで楽しい。何より、こういう番組だからこそ焦りが無くなってきた。

 ただ唯一、気になるのは、彼が勝ち残っているかどうかだけだ。知る術はないが、なんとか知りたい。

 そんな中、ポケットの中のスマホが震える。電源を入れっぱなしにしてしまっていた事に反省しつつ、仕事中の自分にメッセージを送ってくる理由は一つしか思い当たらない。誰からにしても、だ。

 

「お、また蘭子ちゃんが好きそうなの発見」

「我が心眼をそこまで甘く見られるのは……」

「堕天使の翼焼き」

「何それ食べたい!」

「お前なんでさっきから蘭子ちゃんの好み完コピしてんだよ!」

 

 その商品に飛びつきながら、頭の中でどうやって見るかを考える。スマホの画面をほんの一瞬、メッセージの内容だけ見られれば良い。が、隙を見て、なんていうのはダメ。そういう時こそ見られているものだし、そういうミスが自分の評判、しいては事務所の評判さえも落とす。

 ならば、やはり休憩時間まで待つのが得策か? しかし、休憩の時間なんてあるのだろうか? 無さそうだ。だって、本当にぶらぶら食べ歩いているだけなのだから。トイレも撮影前に済ませてあるし、やはり時間が来るまで待機した方が良いのか……。

 と、思っている時だ。カットの声が掛かった。

 

「では、一旦休憩にします」

「!」

 

 え、休憩あるの? と、言わんばかりに顔を後ろに向ける。

 

「お手洗いに行きたい方はお願いします」

 

 その一言でなんとなく理解した。食べ歩き、ということは、食べながら歩き回るのだから、事前にトイレに行っていてもお腹に来る人は来るのだろう。

 ありがたい。と、蘭子はすぐにスマホを取り出した。画面を確認し、既読はつけずにメッセージを確認。来ていたのは、前川みくからだった。

 

 みく『桐原くん、一回戦突破!』

 みく『桐原くん、二回戦目も勝ったよ!』

 

 その事に、ホッと胸を撫で下ろした。とりあえず、安心。さて、あとは撮影が始まったらまた楽しみ、終わり次第、プロデューサーに送ってもらう。

 

 ×××

 

 さらにのんびり散歩し、お昼を終えた。つまり、これで撮影終了である。

 

「……では、来週もお楽しみに!」

「闇に飲まれよ!」

「いや今週も飲まれてないから!」

 

 なんていう挨拶で、番組が終わった。現時刻は13:30。若干、押してる。

 

「はい、お疲れ様でしたー」

「お疲れ様です」

「いやー、蘭子ちゃん良かったよ。ほとんど魔王っぽさなかったけど」

「我は人の群れに溶け込む技術も秀でている者なり。時と場合を弁え、擬態することなどままなきことよ」

「いや溶け込むって言えるほど溶け込めては無かったよ。割と目立ってた。コロナのくだりとか」

 

 撮影後の、他の出演者との会話も大事だ。社会人である以上、失礼な態度は取れない。……とはいえ、時間もないのだが。

 何とか楽しく他の人とお話しつつ、腕時計の時間を確認している、プロデューサーが口を挟んでくれた。

 

「蘭子、そろそろ行かないと時間ないぞ」

「わ、我が友。承った!」

「その言い方はあんまかっこよくない」

「う、うるさい!」

「じゃ、蘭子ちゃん。またね」

「うむ。また我らが運命が交わりし時、邂逅を果たそう」

 

 挨拶をして、プロデューサーについて行った。車に乗り込むと、運転席のプロデューサーが確認する。

 

「で、同級生の応援に行きたいんだっけか?」

「ラグナロクは既に開戦の狼煙を上げている。我が剣には、早急に私の魔力供給が必要になる!」

「え、Fate的な魔力供給?」

「えうっ⁉︎」

「冗談だよ」

「わ、我が友ー!」

「やめろ! 運転中は!」

「早苗さんに言うからー!」

「やめて! デスヘルのプラモ買ってあげるから!」

 

 とりあえず、現場に急行してもらった。あまり近くはないが遠くもないので、一時間あれば着くはず……と、思いつつ、スマホを見下ろす。みくから来たメッセージの内容では、まだ負けてはいない。というか、割と勝ち進んでいるらしい。

 

「勝ってるのか? 応援してる子は」

「うむ。我が剣は魔剣グラムにも勝る最強の剣。そう簡単に負けはしない」

「まだ二年生だろ? すごいな……」

「むっふふーんっ」

 

 まるで自分が褒められてるかのように胸を張る。最近、仕事に対する意欲がさらに上がった感じがする蘭子の根底にあるものを見た気がするプロデューサーだった。

 そうこうしているうちに、みくから今度は動画が送られてくる。一試合目の様子のようだ。まさかの二振りで勝利している。今日は絶好調のようだ。

 

「あ、そうだ蘭子。サングラスとか帽子はあるか?」

「心配いらない。我が隠密作戦用の装備は完璧である」

「どんなの?」

 

 鞄から取り出したのは、ゴルフの時に使っていたピンクのハットだった。メチャクチャ目立つ。

 

「蘭子、俺が用意した帽子にしなさい」

「なんで⁉︎」

「目立つから。サングラスは?」

「最強の呪術師スタイル〜学生時代ver〜」

「俺が用意した伊達メガネにしてくれ……」

 

 絶対目立つ。とにかく、持ってきた奴は全てボツで、プロデューサーが持ってきた当たり障りのないサングラスと帽子を被らせた。

 そうこうしているうちに目的地の到着した。駐車を終えると、プロデューサーが車の鍵を開ける。

 

「じゃ、俺はここにいるから。気をつけて行けよ」

「我が祈りと賛辞を貴様に!」

 

 お礼を言いながら、車から降り行った。

 

 

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