到着した蘭子がみくに電話を掛けると、1コールで出てくれた。
「もしもし? 現着した!」
『もうすぐ始まるよ! 北の入口前で桐原先輩が待ってるから、早くおいで!』
「北?」
『駐車場から一番近いところ!』
ありがたい、と思いつつ、そっちに向かうと、レオの姿を見つける。向こうもこちらに気付いた……いや、まるで最初から気付いていたように接近してきて、手を掴まれる。
「よう、仕事上がってすぐ来たんだって? お疲れさん」
「この程度、たいしたことではない」
「ありがとな、あのバカのために。行くぞ」
「え、わっ……!」
ぐいっと手を引かれ、試合会場に連れて行かれた。
走って中に入ると、空気そのものが変わった。ぴりっ……とした張り詰めたものになっている。
もう決勝トーナメントだからか、コートの数もパンフレットに載っていたものと比べて減っている。
ふと上から眺めていると、目に入ったのは「桐原」と書かれた胴垂れをつけて正座している少年。その後顔を見ると、見覚えのある顔だった。
「! いた……!」
そう声を漏らした時、まるでその声が届いていたかのように、コウは顔をあげる。蘭子を、一発で見つけた。
すると、小さく手を振ってきた。それに対し、蘭子も小さく手を振り返すと、面をつけ始めてしまう。割とリラックスしている様子だ。
その後、二人の元にみくが合流した。
「いたいた。お疲れ様、蘭子チャン。これ、飲み物」
「ありがとう」
素直にお礼を言いつつ、サイダーを受け取る。面をつけ始めた以上は、これから試合なのだろう。
「どうだ? 我が剣の冴えは」
「ああ、それなんだけどな。なんか、やたらと強いんだよ、あいつ」
「え?」
「調子良すぎ、かも」
そう言った直後、試合が始まった。これに勝てばベスト8。もう一回勝てば、関東出場になる。
そんな大事な試合であるにも関わらず……。
「はじめっ!」
「イヤアアアアメエエエエエンッッ‼︎」
「胴ッ!」
ヒュッ、パパァンッ……! と、余韻さえ残さずあっさりと返し胴で一本を取得してしまう。速いとかじゃない。ラグが起きている間に入力した攻撃が、一気に放出されたような感覚だ。
「は、速っ……」
「ね、見えないよね」
「あれでもまだ無駄な動きが多いんだけどな」
この兄弟、やっぱりおかしい、とみくは引いたが、蘭子は目を輝かせる。まるでリアルなうちは兄弟だ。
「カッコイイ……!」
もう少年のような目をしていた。キラキラと輝かせ、ヒーローショーでも見に来たかのような眼差しである。
その蘭子に、レオが口を挟んだ。
「浮かれるのも良いけど、ここからだぞ」
「え?」
「向こうだってベスト16まで勝ち進んできた猛者だ。同じ技はもう二度と通用しない」
その直後、試合が始まる。二本目は必要以上に仕掛けてくることは無かった。お互い、竹刀を向け合って隙の伺い合い。
なんかもう「隙の伺い合い」というやりとりが蘭子には堪らないわけだが、緊張感が伝わってきてはしゃぐ気にはなれない。
そのままお互い、敵を睨み合っていると、先に仕掛けたのはコウだった。顔面に向かって思いっきり竹刀を振り上げる勢いで動かすと、それを狙っていたように敵は小手に竹刀を振るう。
が、コウは手首を捻って竹刀が当たる前にガードしつつ、そのまま手首を返して面に竹刀を振り下ろす。
敵は首を横に捻って回避すると、後ろに下がりながら面を打って来た。
その引面をガードしつつ距離を詰め、逆胴に斬り返して引く……が、浅く一本にならない。
隙を見て、敵が面に向かって竹刀を振り下ろす。
首を横に振って回避し、横にいなして構える。敵はそれを許さず、さらに距離を詰めて鍔競り合いの間合いに入る。
「勝ったな」
「え?」
レオが声を漏らした直後だった。鍔競り合いに入り、ほんの一瞬、敵の気が抜いたのを、コウは見逃していなかった。柄で敵の小手を真横に弾くと、姿勢を崩し、竹刀を振り上げた。
崩しが甘かったのか、すぐに面の前でガードをするが、コウが振り上げた竹刀の軌道が変わる。
綺麗に小手に当てながら引き下がった。
一本になりにくい引き技だが、ここまで完璧に当たれば一本にならざるを得ない。
二本勝ちし、試合が終わった。
「お、おおお……! か、勝った、勝った!」
「前川、この子頼むよ。俺次の相手の試合見てくる」
「あ、うん」
まるで勝って当然、と言わんばかりにレオは別の試合を見に行った。そんな中、蘭子は礼を終えて面を取るコウを見下ろす。こっちを見たので、拍手する素振りを見せた。
すると、嬉しそうに笑みを浮かべる。ホント、あんな無邪気な笑みを浮かべられる少年が、あの鬼神の如き実力を誇っているのだから、本当に人は見た目で判断出来ないというものだ。
ただでさえ、蘭子よりも背が低く、今まで当たった相手は全員、背が高かっただろうに。
×××
しかし、まぁ地区の代表が集まっている試合なだけあって、そう甘くは無かった。
準々決勝では勝ち抜いたものの、やはりギリギリ延長入ってからの一本勝ちとなり、次の相手は去年、二年生ながらに三位となった猛者。つまり、今年の優勝候補である。
それでも食い下がり、1本ずつ取りあって延長戦にもつれ込んだが、最後に向こうは面、こちらは抜胴で勝負し、爽快に負けてしまった。
とはいえ、完全に死力を絞り尽くし、関東出場のチケットを入手し、一応、決勝トーナメントで勝利した姿を蘭子に二度見せられ、それでも勝てなかったのなら後悔はなかったようだ。試合が終わった後、特に悔しそうにしている様子は無かった。
閉会式後、すぐに迎えに行った蘭子だが、今日、大会に出場した生徒達と顧問がミーティングした後、話す間もなく帰宅してしまった。
が、蘭子が迎えに来た事には気付いていたようで、遅れて「すまん、後で話そう」とだけ連絡が来た。部活の集団行動とは大変なものだ。
「で、この後どうするの?」
一度、事務所に戻った蘭子に、みくが横から尋ねる。
「今から我が賛辞を届けに向かう」
「この時間から?」
「うっ……」
バツが悪そうな表情を浮かべる蘭子。まだ門限ではないが、すぐに帰ってこないと門限破りになってしまう時間ではある。
けど、祝ってやりたい。せっかくあんなに頑張ったのに、チームメイトは誰も祝福している様子を見せていなかった。彼を慕う数人の後輩も、他の普通に負けた先輩に気を遣って何も言えていなかった。褒めていたのは顧問くらいであっただろう。
だから、せめて同い年では自分が何か言ってやりたい、その気持ちは、たとえ門限破りで怒られても構わない、という強い思いがあった。
それを察したみくは、小さくため息をついてあっさりと頷いた。
「仕方ないにゃあ……」
「え?」
「ただし、これっきりだからね。あと、みくも一緒に行くから」
「みくちゃん……ありがとう」
素直にお礼を言うと、二人で寮のエレベーターのボタンを押す。降り、扉を開けて、事務所の寮の出口を出る。
そのまま走っていると、ふと見覚えのある少年が前から走って来るのが見えた。
「あれ?」
「あっ……」
お互いに気付き、足を止める。走って来ていたのは、コウだった。
「あっ、ら、蘭子……!」
「我が剣っ? なんでこんな所に……」
今頃、竹刀でも振っていると思っていたので、完全に不意打ちだった。
が、向こうにとっても不意打ちだったようで、顔を赤らめて目を逸らしてしまう。
「あ、いや……な、なんだ……早く、褒めてもらいたくて……」
「……」
「……」
蘭子だけでなく、みくの胸にも何か来た。何か、こう……何か来た。こんな素直な中学二年生、見た事がない。
みくでさえキュンとしてしまったくらいだ。蘭子の胸の中は、それはもうなんか色々とグッチャグチャに掻き混ぜられ、思わず衝動的に動き出してしまった。
気が付けば、コウの手を引いて、正面から抱き締めてしまっていた。
「っ、ら、蘭子⁉︎」
「ら、蘭子チャン……大胆にゃ……」
二人にそんな反応をされても、蘭子は止まらない。ギュウッ……と、まるで弟でも抱き締めるように力を込めつつ、耳元で囁いた。
「よく頑張ったな、我が剣。この神崎蘭子が、貴様の栄光を讃えよう」
「っ……や、ま、負けたし、最後は……」
「しかし、死力を出し尽くした故の結果だ。貴様に恥入る点などあるものか」
「……」
思いつく限りの褒め言葉を言ってあげた。返事は無くなったが、喜んでいるのは分かる。蘭子の背中に回った手が、ギュッと抱き返して来た。
「……ふふ、少し苦しいぞ。我が剣……」
「……るっさい」
「照れているのか?」
「うるさい! ……でも、離れたくない」
ダメだ、と蘭子は頭の中で脳汁がドバドバ分泌されていくのを感じる。ダメだ、この子。蘭子が現実の人間に求めるカッコ良さ、可愛さ、全てが詰められている。
抱き締めたまま頭も撫でてあげて、やりたい放題始める……蘭子を、遠目からみくは眺めていた。自分は一体、何を見せられているのか、と思わんばかりだ。
そんな中、ふと辺りを見回す。いつの間にか、人の注目を集めてしまっているのに気づいた。
「っ、ら、蘭子チャン、蘭子チャンってば……! そろそろ移動しないと……!」
「え? あっ……わ、我が剣! 貴様と我が放つ魔力が人々を魅了しつつある!」
すぐに蘭子は正気に戻り、コウに声を掛ける……が。
「やだ……!」
「ええっ⁉︎ いや、ちょっ……でも、周りの目線が……」
「今……顔見られたくない……」
「え……?」
それを聞いて、蘭子は眉間にシワを寄せる。今すぐにでも顔を見たいが、力じゃ敵わない。
「……」
そこで思いついたのは、脇の下に指を挟み込むアレ。案の定、ビクッとしたコウは一瞬、身体を蘭子から離す。その隙をついて、蘭子はコウの両頬に手を当てて顔を見た。そこには……。
「っ……」
「あっ……」
照れにより顔を真っ赤にしていたコウだった。もう剣道をやっていた時のカッコよさなど皆無。同い年のようで、やはり年下のような錯覚に陥り、オーバーヒートした蘭子はその場で喀血して倒れた。
「カフッ……!」
「蘭子チャアアアアン!」
「倒れてえのはこっちなんですけど⁉︎」
「気持ちは分かるけど手伝って!」
結局、事務所の寮に引き返すことになってしまった。
×××
ほんの数分で目を覚ました蘭子は、辺りを見回した。場所は事務所のエレベーターの中。エレベーターは起立してないと乗れなくない? とすぐに矛盾に気づき、おぶられてることを自覚する。
「自分より背が高い人も、意外と背負えるんだな……」
「桐原くんが力持ちだからだよ」
思わず吹き出しそうになったのを堪える。どうやら、コウの背中の上のようだ。
恥ずかしいが、起きたなら立て、と言われてしまうかもしれないので、グッと堪える。
「はぁ……にしても、死にたい……」
「ふふ、そんな気にすることないにゃ。よほど、嬉しかったんでしょ?」
「そりゃ、まぁ……今まで、友達に祝ってもらったことなんか無かったし……でも正直、悔しかったんですけどね」
「惜しかったにゃ。あの人、あの後、優勝してたし」
「まぁ、言い訳にはならないんですけどね。兄上は中二で県大会優勝してるから、やっぱ敵わないなぁ……」
「ふふ、コウくんはコウくんだよ」
いつの間に下の名前で呼んでたの? と思ったが、兄の話題が出たから、仕方ないと言えば仕方ない。
「でも、やっぱり蘭子チャンと桐原クンは似た者同士だね」
「え、何処が?」
「相手を祝いたがって、その相手に祝われたがる辺りが」
「……やめてくださいよ。恥ずかしい……」
「茶化してるわけじゃないにゃ。仲が良いから、そういう共通点が少しずつ出てくるんだよ」
「……」
仲が良いからこそ、お互いに引っ張れる事もある。蘭子にも心当たりがあった。だからこそ、さらに恥ずかしくなってしまうわけだが。
……逆に、みくと李衣菜は仲良いけどお互いに引っ張られる共通点は無いような……と、少し冷や汗をかいたり。
「でも、蘭子のおかげで色んな感情を学ばせてもらってはいますね」
「と言うと?」
「去年まで、俺が剣道をやる理由なんて俺が楽しいからだけでしたから、誰かにカッコ良いとこ見せたい、なんて考えてなかったんです」
「ああ、そういうコト」
「多分、蘭子と会わなかったら、ここまで勝ててなかったです。そういう意味でも……なんていうか、もう蘭子って俺から欠けてはいけない要素の一つになりつつあります」
身悶えしたくなるのを必死で堪えた。なんでそういう歯が宇宙まで浮きそうなセリフを恥ずかしげもなく言えるのか。この子の羞恥ポイントおかしい。
「ふーん……? ちなみに、彼女にしたいみたいのはないの?」
「彼女……ああ、恋人的なアレですか?」
他に何があるのか。ホント、普通は色恋に興味が出る年頃だろうに、いちいち確認を取るあたりが興味ないことを示していた。
「正直、まだよく分かんないんです、その辺は。なんか少し前に新田さんと男女の差とかそういう話をしたんですけど……」
「へぇ、美波チャンと」
そういえば、前にカフェから二人きりで出て来る美波とコウと出会したのを思い出す蘭子。あの時はつい怒ってしまったっけ、と少し思い返す。
「あれから、テレビでやってる時は恋愛ドラマとかチラッと見たんですけどね。二人きりで遊びに行ったり、試験に備えて勉強したりしてましたけど、俺そういうの蘭子ともうやってるし……やっぱ分からないんですよね」
「ふーん……」
「それに、他の女の人とそういうデートをしても、蘭子以上に楽しいと思える人、いないと思うし……これが恋愛とかいう奴じゃなかったら、俺には恋愛なんて無理だと思いますよ」
「うん?」
お願いだからこれ以上はやめてほしかった。もう気が狂いそうな程、恥ずかしい。起きてる本人を目の前に何を言っているのか、この男は。
が、起きていることに気づかないコウはたたみかける。
「あ、でもあれだ。恋愛ドラマと言えばアレはまだやった事ないや」
「何?」
「あの、朝起きたら布団の中で裸になってる奴!」
「ボフッ!」
「ッ〜〜〜ッ、ッッ〜〜〜ッ‼︎」
今度こそ漏れかけた。気づかれていないのは、多分疲れているからだろう。この男、やはり兄の数段下にいる。
「ちょっ……にゃっ、何言ってるの、桐原クン⁉︎」
「あいつら揃って寝相悪過ぎだよな。俺、真夏でも寝ながら全裸になったことなんてないよ」
「え……ほんと何言ってるの、桐原クン……?」
「まぁ、蘭子とそういう事になっても……その、恥ずかしいだけなんだけど……」
……ガッツリ意味が分かる蘭子は、頭の中で想像してしまう。原作遵守派なので、なるべくコウのキャラを崩さないように、慎重に……あり得そうな方向で……。
『……』
……思いつかない。なんか、今のままではどんな事になっても、彼がえっちなことに興味を抱く事は無さそうだ。例え仮に自分とコウが「○○しないと出れない部屋」に閉じ込められたとしても、知識不足で自分が手取り足取り教えるハメに……。
「……」
それはそれでアリかも……なんて思った時だった。
「あれ、蘭子? もしかして起きた?」
「えっ?」
「っ……」
「あ、やっぱり起きてるでしょ」
「う、うん……」
「まだ降りないほうが良いよ。さっき喀血して倒れたんだから。部屋まで運んであげるから、じっとしてて」
「……」
すぐに考えを改める。こんなに優しくて良い子に、なんで汚れたことを思っていたのか、と。
「ダメだよ。ただでさえ男子禁制の寮に特例で入れてもらってるんだもん。起きたなら、自分で歩きなさい」
しかし、みくがそれを許さない。
「桐原くんも。帰らないとご両親が心配するよ?」
「……そ、それもそうかぁ」
「出口までみくが送るから、帰りなさい。明日、また蘭子チャンと会えば良いにゃ」
そう言った直後、ちょうどエレベーターは目的の階に到着する。まぁ出口まで送るため、みくとコウはそのまま降りるわけだが。
背中から降りた蘭子は、エレベーターから降りる。何か、何か言い残したい。せっかくお互いの気持ちが共鳴して運命的に出会えたのに、自分は何もしてあげられていない。
二人の関係に、何か変化が欲しい。そう強く思って振り向いた蘭子は、控えめにコウに手を振った。
「また明日ね、コウくん……」
「っ……」
それだけ言うと、コウは顔を真っ赤にする。その反応が見れただけでも十分だった。閉ざされたエレベーターを眺めながら、蘭子はルンルンで部屋に戻っていった。
関東大会編はやりません。