えーっと……自分でも何が起こったのかさっぱりだけど、とりあえず説明するわ。男だと思ってた相手と女の子になって文通してたら女の子で勝ち抜いたことを褒められた。
なんだこれ。さっぱり分からんわ。どういう状況? ていうか、今それどころじゃないんだが……明日も試合だし。
「さぁ、我が友よ! 我と共に勝利の晩餐へと……!」
「ちょっ、ちょっと待って。話を勝手に進めないで」
「あうぅ……」
ダメだ、微妙にパニックになってる。えーっと……なんだっけ? まず話の最初から思い出そうか。俺は、ブリュンヒルデさんとやらと文通を始めた。向こうが男だと思っていたから、せめて顔が見えない間だけでも夢を見せてやろうと、女の子みたいな文面にした。
で、なんだかんだ一ヶ月くらい続いた文通だけど、俺も剣道と読書以外で楽しいことを見出せて楽しかったし、向こうもそれなりにノリノリだったと思う。
けど、ここ一週間は文通を打ち切った。大会が近かったから。それまでの間に応援しに来るだとか何とか聞いてたけど……というか読んだけど、正直な話、今は剣道に集中しててうろ覚えだ。
で、とりあえず明日まで生き残った。まぁ、俺強いしね。当然よ。
そしたら、ブリュンヒルデさんを名乗る女の子が現れ、独特の言語を持って夕食に誘われた。
えっと……男っぽい……というか魔王っぽい文面で文通してた人が女の子で、女の文字で文通してた俺が男で……つまり、この文通には二人の男と二人の女がいた? いや、でも俺とブリュンヒルデさん以外に介入する余地の無い内容の文通だったはずだ。何せ、介入しようにも過去の送信履歴は全てお互いの元に届いている。第三者が内容を知るのは不可能だ。
つまり……。
「……俺が、ブリュンヒルデさんだった……?」
「貴様……何を言っている?」
割と標準語に近いな、今のは。とはいえ、口調的に不自然はないが。
「我は、貴殿の勝利の美酒を祝いにきた。これから、悪魔の厨房で晩餐を共にする気は無いか?」
「え、いや普通にマックとかで……じゃない。俺、明日も試合だから。気持ちは嬉しいけど……」
「じ、じゃあ明日!」
「明後日に団体あるから無理」
「う、ううう〜……!」
あれ、これ俺が悪いのかな。ていうか、なんかこの子クールな子かと思ったら割とすぐに涙目になるな……。
ふーむ……とはいえ、祝ってくれるような友達は初めてだし、向こうがそう声をかけてくれるのなら乗らない話はない気もする。とはいえ、自分の事を疎かにするつもりはないが。
「明後日の放課後なら空いてるよ。うちの部員はみんなで打ち上げするだろうけど、俺は誘われないし」
「……なるほど、天下無双の名を手にした故の孤高か。群れる俗物より、余程好感が持てるというものよ」
「や、天下無双って……やべっ。ちょっとうれしいしカッコ良い。俺そんな強くなってたのか?」
「か、カッコイイ……えへへ。……って、違う。貴様には我がいる。唯一にして無二の友として語らいの場を設けよう」
「え、孤高じゃなかったのか俺……」
「……〜〜〜っ!」
一々、コメントしてしまっていたからだろうか。神崎さんの表情は、一気に赤くなると共に眉間にシワを寄せて目尻に涙を浮かべる。その表情のまま拗ねたように怒鳴ってきた。
「も、もうっ! 一緒にご飯食べるの食べないのどっちなの⁉︎」
「た、食べる! 食べるよ。あ、明後日の放課後だっけ?」
「最初から素直にそう言ってよ!」
「わ、悪かったよ……」
「全く……神格に等しき力を得ていても、やはり人間は人間か……」
……落ち着くと口調戻るんだな。なんか一周回って可愛く見えてきた。い、いや……顔が可愛いとか、好きな子ーとか、そういう話じゃなくて、こう……小動物的な可愛さね? うちにペットいないけど。
「じゃ、帰るよ俺。まだ浮かれるには早過ぎるんだから」
「え、も、もう?」
「もう」
待っててもらって悪いけど、明日も試合なんだよ。特に明日の方が手強い相手多いんだから。どんなにカッコいい技を磨いても、勝たなければただのカッコつけで終わってしまう。負けてもかっこ良くなるには死ぬしかないんだから。
……うーん、でもわざわざ待っててくれたんだよなぁ。せっかく友達が出来そうなのに、打ち上げの約束だけしてすぐにサヨナラは酷いのかな……。
うん、こういう時、カッコ良い人なら何か声をかけて行くものだよね。せっかくだし、神崎さん風に言っておくか。
「あー……コホン、神崎さん」
「む?」
「我が秘剣『北辰一刀流』は同じ志を持つ者との共鳴により光りを増す奇跡の流派。貴様が勝利に祈りを込めた時、我が刃の切れ味も増そう」
「……」
言いながら、竹刀袋を腰に当て、先端から竹刀の柄を覗かせてそこに手を当てる。
……やっば、これクソ恥ずかしいわ。もう二度とやらない。大体、自分でも何言ってるのかさっぱりだったし、ただただ純粋に死にたくなった。
これは流石に引かれたか? と思って顔を上げると、神崎さんは少年のように目を輝かせた。そんな「同志を見つけた!」と言わんばかりの表情を浮かばせたあと、嬉しさ全開でポーズを取った。
「クックックッ、良いだろう。我が刃よ。その力を持ってして、我が期待に応えて魅せよ!」
「……」
……なんだこれ。なんか、楽しい!
なんか俺は俺でノリノリになってきちゃったので、思わずやり返すことにした。
「良いだろう。刮目せよ、我が剣の煌めきを!」
「明日はしかと目に焼き付けさせてもらおう、貴様の円舞曲を!」
アハハハ! ワルツってなんだか知んねーけどなんかすげぇ楽しい! アハハハハハ! アハハハ……ハハ…………剣道部の連中が武道館から出て来てたや……。
「……何してんのあいつ」
「知らね」
「今日、二年で唯一勝ち残ったからって調子こいてんじゃね?」
「キモっ、神崎さんは可愛いけどあいつはキモっ」
「それな」
……何も言い返せない。俺だけでなく、神崎さんも顔を真っ赤にして固まっていた。
剣道部員が帰宅するまでそのままフリーズ。玄関に出てきて靴を履いて、仲良くおしゃべりと本人を目の前にして愚痴を溢しつつ、のんびりと歩いて帰宅していった。
足音が聞こえなくなったあたりで、ようやく二人は構えを解いた。
「……なんか、ごめん」
「いや、別に……」
謝られても困るんだけど……まぁ、うん。次からは時と場所を選ぼうな。
とりあえず、そのまま今日は解散した。なんだこれ。
×××
帰宅してからは、いつもの自主練を二倍にしてこなした後、家に入って、飯と風呂と歯磨きを済ませてベッドにダイブした。
頭の中に引っかかっているのは、帰ってきた時の兄上のセリフだ。「何か良いことあった?」とか聞いてきた。いやあったのはトラウマなんだけど……。
いや、まぁ良いことあったっちゃあったか。今まで、文通してた子がわざわざ応援に来てくれた上に、称賛してくれたんだから。女の子だったのは想定外だったけどね。
「……」
なんか、不思議な感覚だなぁ。家族と顧問以外から褒められるのは中々、新鮮だ。端的に言ってかなり嬉しい。や、女の子に褒められたから嬉しいって言ってるんじゃないからね? ただ、こう……何。嬉しい。あー、言葉が出ない。こういうのなんて言うんだっけ……囲碁力? あ、語彙力か。それが少ない。
なんか、生まれて初めてだな。自分以外じゃなくて、誰かに良い所を見せたいと思って剣道できるのは。それが良いことか悪いことかは分からないけど……。
「って、違う違う違う!」
別に女の子の前で良いとこ見せたいとかそういうんじゃないからね⁉︎ ただ、こう……何? うん、なんだこれ。普通に……いや、もうとにかく勝つ。そう、勝つんだよ。それだけ。
「なんで百面相してんの?」
「ぴゃああああああああ!」
背後から声を掛けられ、思わず背筋を伸ばしてしまった。ふと振り返ると、兄上が勝手に部屋に入って来ていた。
「兄上! 勝手に部屋に入ってくるなよ!」
「相変わらず武士みたいな呼び方するな……」
だって兄貴とか兄さんとかお兄ちゃんとかカッコ悪いでしょ。一番、カッコ良いのは兄上だろ。
そんな俺の思考など筒抜けなのか「やれやれ」と腰に手を当ててため息をついた兄上は、真顔で言い放った。
「良いか? コウ。カッコ良いというのは、呼び方や口調で決まるもんじゃない。大事なのは中身であり、オンリーワンである事だ。兄上という呼び方は確かにオンリーワンだが、お前が俺をそうと呼ぶには中身が足りない」
「まだカッコ良く強くなれと?」
「違う。俺達は普通の一市民の兄弟である、ということだ。二刀流じゃないのに宮本武蔵を名乗っても恥ずかしいだけだろ?」
「な、なるほど……」
「つまり、俺をどう呼べば良いか分かるな?」
「……お兄ちゃん?」
「馬鹿野郎! それは妹に呼ばれたい! 男らしくあれ!」
……面倒臭ぇな。でも言わんとする事は分かる。カッコ良くてオンリーワンで……それでいて中身が伴う呼び方……あ、分かった。
「兄者!」
「下の名前呼び捨てで頼む」
「ダメなの⁉︎」
「ダメだよ。兄上と同じ理由で」
むぅ……まぁ、確かに下の名前の呼び捨てはオンリーワンだな。兄者の名前、珍しいし。
「分かったよ。レオ」
「うん、それで良い。で、どうした? 何か悩みでもあんのか?」
「え? あ、あー……」
「明日試合だろ?」
まぁ、悩みでは無いんだけど……。今までカッコ良さのために剣道で勝ち抜いた方来たが、応援してくれてた子に良いとこ見せたい、と言う新たな疑念が浮かんだ。これは側から見たら女の子に良いとこ見せたい、と思わせてしまうんだろうか? という中々に恥ずかしい内容だし。
「安心しろ、コウ」
「え?」
まだ何も言ってないんだけど。どうしたのこの人。
「お前のカッコ良さを求めた剣道は必ず強豪校にも通用する。何せ、この俺が師匠なんだからな」
そう言うレオは、カッコ良さにカッコ良さを求め、大きく振りかぶって面が必殺技である。その速度は一般的な面打ちの性能を遥かに超えていて、出鼻小手も狙えないし、返し胴を打とうにも威力が高すぎて受けた竹刀を叩き落とすなど、中々にイカれたカッコ良さを手にしている。
ちなみに、その面打ちを教わろうとしたら「必殺技はオンリーワンがカッコ良いからダメ」と断られた。
「……ありがとう、レオ」
「ああ。不安に思うことなんてないから、心配すんな!」
「おう!」
的外れだが、お陰で吹っ切れた。そうだ、他人の目なんか関係ない。俺もレオも、自分がカッコ良いと思って剣を振ってきたんだ。
ならば、神崎さんがなんと言おうと関係ない。俺は俺の剣道をやるだけだ。……でも褒めてくれると嬉しいな。
そう心に決めて、とりあえず明日に備えて眠る事にした。