神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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人の精神は割と簡単に正常値から離れる。

 色々な大会に参加し、まずまずの結果を残してきた。あれから二週間経過し、関東大会も無事に終了。ようやくゆっくり休める……という時になったが、そんな暇はない。

 何故なら、夏休みの宿題に一切、手をつけていないからだ。

 

「ああああああ!」

「はい、叫ばない。あと10ページ、頑張るにゃ」

 

 前川さん、新田さん、二宮さんと一緒に、うちで宿題を片付けている。兄上は今頃、インターハイで大暴れしている事だろう。俺も勉強を兼ねて応援に行こうとしたのだが、前川さんがいる前で「お前宿題はやったの?」と抜かしてくれたお陰でおじゃんである。

 ちなみに、両親もインターハイの応援に行った。開催地は大阪なので泊まりがけで。

 

「もう嫌だああああ! 勉強なんてやりたくねーよー!」

「はい、駄々を捏ねない。いいから集中するにゃ」

 

 てか、なんでわざわざうちに来てやるんだよ⁉︎ そもそも、前川さんにだって手伝ってなんて頼んでない! 

 

「お願いします! 代わりにやって下さい!」

「やだ」

「剣道教えてあげるからー!」

「いらない」

「ねぇ、美波さん。蘭子はあの男のどこが良かったんだろう?」

「ま、まぁ人が持つ側面は一つだけじゃないから……」

 

 ……なんか失礼なこと言われてるが、気にしている余裕は無かった。そもそも、前川さんは世話焼き過ぎなんだよな。前までは蘭子の面倒をよく見ているイメージがあったけど、その対象が俺にまで来るのは如何なものか。

 そんな追い詰められている俺に、二宮さんが声をかける。

 

「ていうか何故、蘭子は呼ばなかったんだい?」

「え?」

「このメンバーなら、蘭子がいてもおかしくない……というか、まず君なら蘭子を呼ぶんじゃないか?」

「あ、あ〜……それは……」

 

 や、別にハブってるとかじゃないよ。ただ、その……何? 

 

「……蘭子にカッコ悪いとこ見せたくない……」

「や、それはもう十分手遅れにゃ。だから、集中して」

「なんでそんなこと言うの⁉︎ ……え、俺ってかっこ良くないの?」

「どちらかというと可愛い系?」

「蘭子は良く突然変異者と言ってるね」

「あー分かるにゃ。……や、いいから勉強を……」

 

 とは言ったものの、もう一つ他人には言えない理由があった。それは、蘭子から下の名前で呼ばれる事に、未だ慣れていないことだ。

 L○NEの文面で呼ばれる分にはまだ良い。だが、電話や直で聞くと、いまだに少し恥ずかしくなる。それが顔に出て、たまにいじられる。そのループを、他の人に見られたく無かった。

 だから、県大会が終わった翌日、少し顔を合わせた日から、L○NEでしか連絡を取れていない。まぁ、単純にお互いが忙しかった、というのもあるが。

 暇になるまでに何とかして蘭子から名前を呼ばれる事に慣れたかったが……慣れるわけがないよね。だって滅多に話してもないし。てか、今までの「我が剣」とかいう呼び方が異常だったんだよな。

 でも……これだけ会えない時期が続くと、少し寂しさもある。

 

「蘭子の奴、今何してんだろうな……」

 

 窓の外を見て、そんな事を思う。やっぱり……変に恥ずかしがるくらいなら誘えば良かったかな……。

 なんて思っていると、他三人がこっちを見て頬を若干、赤らめながら目を丸くしてるのが見えた。

 

「……なんすか?」

「蘭子ちゃんのこと好き過ぎでしょ……」

「そんな少女漫画みたいなセリフ、リアルに初めて聞いたにゃ……」

「ふふ、2人の世界は既に共鳴しているようだ。そろそろ、籍を入れて融合する事をオススメしよう」

「な、なんだよっ⁉︎ べ、別に好きじゃねえし! ……や、す、好きだけど……なんか、こう……好きだけど……!」

「「「あら素直」」」

「お、お前ら〜!」

 

 もう少し口に気をつけないとダメだ。なんか今更になってすごい恥ずかしいこと言ったという自覚が出てきた。

 

「まぁまぁ、そんなに寂しいなら蘭子ちゃん呼ぶ?」

「それは良いにゃ。確か、蘭子チャン今日オフだよね?」

「ああ。昨日の夜、部屋を覗いたら桐原くんを遊びに誘うか誘わないかでかなり悩んでいたよ」

「やめろおおおお! お、お前らやっぱり帰れ!」

「じゃあ宿題頑張ってね」

「ぐっ……き、汚ねえぞ!」

「この口か」

 

 痛い! 頬をつねるな! 

 

「とにかく、蘭子ちゃんと遊びたかったら、さっさと宿題を終わらせることにゃ」

「うぐっ……や、やっぱりそうなる?」

「なるね」

「なるよ」

 

 ……はぁ、しゃあない。やるか……。蘭子と遊ぶ為だ、少しくらい嫌な事も頑張らないと。

 

 ×××

 

 数日間ほど家に一人でいる、ということは決して多くない。てか、初めての経験だ。だってほら、うちの家族は基本、全員バカで仲が良いから、旅行に行きたがらない奴もいないし、置いていかれることもない。

 だから今回はかなり稀なケース。新田さんや前川さん、二宮さんが勉強しに来てくれたし、そもそも俺自身、孤独には慣れている為、一人で寂しい、みたいな感情は起きなかった。

 この調子なら、あと2日くらい楽勝だ。……と、思って、2日目に入った。今日は前川さんと新田さんはお仕事。二宮さんだけ来ても勉強にならないし「え、君と二人きりで君の家はちょっと……」となんか照れた口調で言われてしまった為、今日のは一人だ。

 午前中は剣道部。実力はあるけど人徳と協調性が無い俺は部長にはなれなかった。けど、顧問の先生は「役職にはつけたい」との事で副部長に任命されました。まぁ何もやる事がない人の場所だよね。

 で、帰宅して、うちの前に到着した時だ。まだまだ真夏、滝のように汗が出る季節にも関わらず、門前で仁王立ちしている銀髪の少女が俺を睨んでいた。

 

「っ、ら、蘭子? 何してんの⁉︎」

「……」

 

 ……え、なんで何も言わないの? 仁王像か何かなの? 

 

「蘭子? つか、暑くないの?」

「……」

 

 え、怖いんだけど……なんか怒ってるようにも見えるし……あれ、つーか……あいつ、この炎天下の中、汗ひとつかいてないんだけど。もしかして……汗、引いてね? 

 

「ちょっ、何してっ……ら、蘭子おおおおお!」

 

 慌てて家の中に連れ込んだ。汗だくなのを気にする余裕もなく俺のベッドの上に寝かせると、とりあえずタオルに保冷剤をバカみたいに詰めて額に乗せる。

 うちの中学の剣道部は熱中症や日射病に無縁な為、こういう場合の処置がこれで良いのか分からないけど、スマホでググりながら、思い付く限りの事は手を尽くした。

 

「ふぅ……」

 

 なんか……帰ってきてからの方が疲れたんですけど……。でも、首や頬に触れた感じ、家の中に連れ込んだ時よりは熱は引いてる。

 蘭子が寝ている間に、俺は持って帰ってきた道着を洗濯機の中に入れ、シャワーを浴び終え、着替えも済ませて部屋の中を見に行った。起こしちゃいけないよう、そーっと中を覗くと、布団の中で蘭子はなんかモゾモゾ動いていた。起きたのか? 

 

「蘭子、起きた?」

「ぴゃああああああ!」

「えっ、な、何っ⁉︎」

 

 慌てて扉を開けてベッドの方に向かうと、身体を起こした蘭子が顔を真っ赤にしてスカートの裾を押さえている。

 

「ど、どうした⁉︎ 何があっ……」

「い、いきなり入って来るな!」

「俺の部屋なのに⁉︎」

「というか何故、わ、わわわ我は……き、貴様のビェッ……べ、べべベッドで寝ているッ⁉︎」

「いや、なんか人の家の前で熱中症の一歩手前になってたから……ていうか、ダメだよ。まだ寝てないと」

 

 顔真っ赤じゃん。もう少しゆっくりしてないと。

 なんか知らんけどパニクっている蘭子を、両肩を掴んで強引にベッドの上へ寝かしつけた。

 

「はうっ……⁉︎」

「ほら、寝てないとダメだって」

「ちょっ、そんな乱暴に……」

「え、あ、ごめん……」

 

 蘭子も女の子だし、あんま力入れ過ぎるとアレだよな。蘭子も頬を紅潮させ、息を乱して涙目になってるくらい辛そうだし。

 すぐに離れて、蘭子の頭に保冷剤を包んだタオルを置いた。

 

「はい。大丈夫か?」

「……だ、大丈夫だ!」

「てか、何してたの? あんな時間にこんな所で」

「何って……あ、そ、そうだ!」

 

 今更になって用事を思い出したのか、ハッとした顔になると、俺に向かって指を刺した。

 

「狡いよ!」

「急に何⁉︎」

「昨日、どうして私だけ誘ってくれなかったの⁉︎」

「え?」

 

 ……あー、その事か……。てか、わざわざそれの文句を言いにここまで来たの? この暑い中? バカなの? 

 

「え、きたかったの? 勉強会だよ?」

「来たかったよ! ……ひ、ひさしぶりにコウくんに会える日だったんだから……!」

「ーっ……や、やめろよ……」

 

 ちょっ、そういう事言うなってば……普通に恥ずかしいんですけど……。

 

「ふ、ふふっ……コウくんの羞恥により赫を身に纏った裏の顔は、我が精神に安らぎを思い出させてくれる……」

 

 なんてこと言うんだ。人が照れてる顔を見て落ち着くとか酷いぞいくらなんでも! 

 あれ以来、俺を「我が剣」とも「我が刃」とも呼んでくれなくなった。……や、コウって呼ばれるのも、嫌なわけじゃないんだけどさ……。

 人が慌てている間に、蘭子はクスッと微笑んで立ち上がる。

 

「ふふ、聖なる水で身を清めた後か? 良い香りがする……」

「っ、お、おい……立って平気なのか?」

「我が魔力はすでに回復した。……が、翼の精霊回路に不具合がある。故に……」

 

 っと、とと、なんだ。蘭子。急に抱きついてきて……。

 

「コウくんの、補助を所望する」

「っ……」

 

 こ、こいつ……嘘だ! お、俺を照れさせようとやってやがる……! ていうか、前も思ったけど……む、胸が当たってるって……! 

 

「さぁ、コウくん。昨日、我を孤独故の喪失感の底に落とした罰だ。今日は、我と共に過ごしてもらうぞ」

「そ、それは……良いけど、あの……暑苦しいから、離れて……」

「暑苦しい? 我を欺けるとでも思ったか? ……照れているから、だろう?」

「っ……」

「ふふ、愛い奴め」

 

 ……こ、こんな意地悪な子だったっけ……? それとも、そんなに勉強に混ぜてあげなかったのが気に食わなかった……? 

 とにかく、こんなにくっ付かれたらこっちが保たないので何とか離れようと思ったのだが、蘭子は離してくれない。本気で抵抗すれば抜けられるけど、そしたらまた吹っ飛ばしちゃうかもだし……そ、それに……その、何? 少し、惜しいと思わないわけでも無かったり……。

 そんな時だった。ぐうぅぅ……っと、俺のお腹から情けない音が鳴り響いたのは。

 

「……」

 

 そういや、昼飯まだだったな……。その直後、ふと蘭子の表情が変わる。急に真っ赤なっていた。

 

「蘭子?」

「ご、ごめんなさい……」

「え、急にどうした?」

「わ、我が急遽、この場に顕現し、自らアグニスの炎に焼かれ、瀕死となったのを、食べる物も食べず、治癒してくれた者に対し、調子に乗り過ぎました……」

 

 最後は完全に標準語だな……。や、まぁそれは別に良いんだが。もしかして、俺と久々に会ったからはしゃいでくれているのか? なんか、可愛いとか言われていたらしいが、それなら蘭子の方がよほど子供っぽくて可愛いというものだ。

 

「……なんか、蘭子ってホント可愛いな」

「あえっ⁉︎ き、急に何を……!」

「俺より余程、子供っぽいでしょ」

「むっ……そ、そういう意味?」

 

 えっ? ……あ、ああ……。

 

「いや……まぁ、その……そういうんじゃなくて、女の子みたいでも……その、可愛いけど……」

「えっ……あ、ありがと……」

「……」

「……」

 

 ……うっ、うわあ〜〜〜……死にたい……。俺、なんて気持ち悪いことを言ったんだ……。アイドルだぞ、相手は。女の子みたいで可愛いのはある意味、当たり前だろ……。

 蘭子も同じように頬を赤らめ、しばらく二人で俯く。すると、今度は蘭子から「ぐぅっ……」と、音が鳴った。

 

「!」

「そ、そうだ。飯にしない?」

「そ、そう、だな!」

 

 うん、やっぱ空気を変えるには飯の話題だ。とりあえず、下に行かないと。

 

「何か作るよ」

「えっ、り、料理出来るの……?」

「いや?」

「え?」

「確か二人分のカップ麺があったはず」

 

 両親からは飯のお金をもらっている。けど、剣道部は竹刀代で割とお金なくなるから、なるべく残しておきたい。

 ……とはいえ、まぁ身体作りもできない奴は剣道で勝てないから、カップ麺にするのは今日だけだが。

 

「な、なら、我が作ろう!」

「え、蘭子料理できるの?」

「一応、少しなら……」

「じゃあ、お願い。食材は好きに使って良いって言われてるから」

「う、うむ……!」

 

 そんなわけで、昼飯は蘭子の手料理を食べることになった。

 

 




もうすぐ夏休み終わります。
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