蘭子が作ってくれた昼飯の後は、俺の宿題を半ば強制的にやらされ、とりあえず課題は片付いた。
「あ〜〜〜……しんどー」
「ふっふっふっ、よく知識を磨いた。コウくんよ」
「うぐっ……」
「では、遊戯へと移ろうか!」
「ごめん、ちょっと休ませて……」
無理だって……掛かり稽古50回連続よりキツかった……。のだが、蘭子は納得いかないらしい。
「ええ〜⁉︎ せっかく、やること先に終わらせたのに⁉︎」
「あー……じゃあ、少し休んだら行くから。その間、うちの中探検してて良いよ」
「う、うむ……しかし、我が興味はコウくんのアジトのみなのだが……」
「兄上の部屋とかすごいよ。カッコイイもんいっばいあるから」
「見てくるー!」
素直で可愛いものだよ、ホント……。
一先ず、俺は部屋の中でゴロゴロする。疲れがすごいんだわ。ホント、頭が重い感じがある。まぁ休めば治ると思うけどね。
しばらく、のんびりしつつチラッと扉の奥を見る。……蘭子、来ないなぁ。そんなに兄上の部屋が気に入ったのかな……。確かに、カッコ良いもの多いけどさ……。
……気に入らない。すぐ飽きてこの部屋戻ってこいよ。や、行けって言ったのは俺だけど。
立ち上がり、兄貴の部屋を開けた。
「蘭子!」
「あ、コ、コウくん……!」
あれ、何その羞恥と怒りと困惑が入り混じった複雑そうな顔。
「……蘭子? 何してんの? 早く遊ぼう」
「あ……うん。……あの、さ……」
「?」
「これは、疑ってるわけじゃないんだけど……これ、読んだ事ある?」
言われて差し出されたのは、エロ本だった。女の人が下着姿で表紙を飾っている。
「ーっ⁉︎」
「……」
「あ、あるわけない……てか、兄上の奴、こんなの読んでやがったのか……⁉︎」
あ、あの人もしかして……剣道以外じゃあんまカッコよくない……⁉︎
「蘭子、それ捨てて良いから!」
「えっ、い、良いの……?」
「良いの! ゴミ箱にでも放り込んでおいて!」
そんなもの、人間が生きる上で必要ないからな! カッコ良い男になる為には、エロは……や、まぁ少しはあるのかもだけど……でも、気にしちゃダメな奴だから! うん、少し胸を目で追っちゃうくらいは仕方ないけど、こんな本買うのはいらないから!
「わ、分かった……」
「それより、なんかしよう! 何したい?」
とにかく、話を逸らした。てか、早く遊びたいし。
「ふむ……では、絵を描きたい」
「え、絵って……何の? 富士山?」
「違う、我は北斎ではない! 我は……その、コウくんを……描きたい……」
「俺?」
聞くと、蘭子は少し頬を赤らめて頷く。
「良いけど……俺はどうしてたら良いの?」
「羅生門の如く仁王立ちしていれば、それで良い」
「えー、それ俺暇じゃん」
「か、カッコ良く描くから!」
いやだからモデルの間が暇なんだってば。完成した後とかそれ以前の問題なの。
「じゃあ、歌いながら描いてよ」
「えっ⁉︎」
「ほら、蘭子の『華蕾夢ミル狂詩曲~魂ノ導~』。あれ歌って」
「……あ、アカペラで?」
「ダメ? 俺あれ大好きなんだけど」
「……い、良いけど……」
やった。それなら全然、モデルでもなんでもやろう。
「で、どんなポーズ?」
「えーっと……ふむ。メドゥーサと対峙したペルセウスの如きポーズを!」
戦前の侍のポーズか。難しいな。どんな感じが良いかな? 剣道の精神はあくまでも心と身体を共に鍛えること。武士道を叩き上げ、強くあらんとしなければならない。
そのために、戦前では精神統一する。つまり……正座か。
「違う」
「え、ち、違う?」
「まず、装備からだ。私が選択せし正装に着替えよ」
「着替えまでするの?」
「じゃないと歌わない!」
「わ、分かったよ……」
仕方ない……。
「で、どんな服?」
「え、えっと……実は、色々と持って来てある」
「え、何を?」
「我の魔装を、だ!」
ああ、あの荷物それだったのか。え、てことはまさか、最初からそのつもりだった?
「えー、でも蘭子の服って……俺より、背が高いし、大きいんじゃないの?」
「そんな事はない。そもそも、サイズに差が出来るほど、身長に違いがあるわけでは無い」
そう言われりゃそうなのかな。
にしても、蘭子の服かぁ……。俺は見たことないけど、蘭子だってズボンくらい持っているだろうし、多分カッコ良い服なんだろうな……。
「……ま、それなら良いよ。ダボダボのダッサい服は嫌だからね」
「なら、問題ない。さぁ、着てみよ!」
「はいはい」
「こ、ここで着替えるの⁉︎」
「え、あ、そっか。蘭子、廊下出てて」
「うう……この無意識えっち……」
なんかすごい不名誉なセリフが聞こえましたが?
そんな話はさておき、着替えを始めた。中に入ってる服を取り出し、まずは上着からが良いな、と思って手に取ったのは、ゴスロリだった。
思わず、ドア越しに怒鳴ってしまう。
「なんでスカート持って来てんだお前は!」
「わっ、ば、バレた……?」
「そりゃバレるだろ!」
バレねえとでも思ったのか⁉︎
「ダメか? 我が正装だぞ」
「ダメだろ! 何処の世界に、こんなの好んで着たがる男がいるんだよ!」
「むぅ……ケチ」
「ケチ、じゃねえよ! じゃあお前、俺の学生服着れるか?」
「う、うん……着れる、よ……?」
「……え、き、着れるの……?」
……ま、マジか……。いや、女にとってはあんま恥ずかしいことでは無いのか……?
や、でも俺は嫌なんだけど……。
「……っ、と、とにかく……俺は嫌だからな」
「ええ〜……じゃあ、私も歌わないっ」
「ええっ……!」
そ、それは困るな……。聞きたい……生歌でしょ、一応? そんな機会、逃してたまるかってんだ。
「……わ、分かったよ……」
なんか最近、蘭子の言うことが怖い……。君、俺のことカッコ良いと思ってくれてるんだよね? 可愛いとか思ってないよね?
仕方なく、着替える事にした。これ、どうやって着れば良いのかな……と、とりあえず上から被る感じ? ……あ、でもスカート少し長いから、下に短パン履ける。
「……」
ゴスロリ、か……。これに木刀も意外と合うのでは……?
部屋にある大きめの窓を見て、木刀を構える。なんか……意外と良いかも……。なんというか、好きなシチュエーションに当てはまるんだ。「女装して敵地に潜入した主人公が、その服装のまま戦う」みたいな……。
不利な状況や装備でも、自身の得意な戦術や武器さえ使えれば勝てる、みたいな……。
「シン・陰流、簡易領域……!」
「フッフッフッ、随分と我が正装を気に入ったようだな。コウくん」
「っ⁉︎ き、着替え中に入ってくるなよ!」
「もう着替え終わっているだろう」
「うるせえ!」
な、なんか痛烈に恥ずかしい思いを……!
「が、構え自体は悪くなかった。さっきのもう一度、頼む」
「う、うるせええええええ!」
「知恵の林檎が、虚言語る牢獄で〜」
「歌い始めるな!」
結局、描かれることになってしまった。
仕方ないので、三輪さんの可能な限り低姿勢を保った抜刀の構えをする。俺は居合の事はよく分からないけど、あそこまで屈むと逆に抜きづらそうな感じあるけどね。
「……」
「〜♪」
楽しそうに歌いながら、蘭子は俺をじっと見つつ、スケッチブックに鉛筆を走らせる。俺も蘭子をじっと見るしか無い。カウンタータイプの抜刀術が、敵から目を離すなどあり得ないからだ。
「……」
「〜♪」
しかし……蘭子って、こう……本当に綺麗な顔してるな……。アイドルになるのも頷ける。
まず、白い肌。まるで漫画の世界のキャラクターのように真っ白な肌は、割とインドア派な印象を与えるが、服の下に隠れているその皮膚は、少なくともそれなりに筋肉がついている。
それらのギャップが、あの魔王らしさと見事に噛み合い、蘭子のアイデンティティとして確立している気がする。
それに、あの釣り上がった瞳と凛とした表情。キャラと噛み合ってはいるが、ふとした時に顔を出すポンコツな面がギャップを生み落とし、そう言った面での年下っぽい可愛らしさも見受けられる。
その上、蘭子の唇。薄っすらと光るピンク色のそれは、真っ白な雪の上に垂らされた血を想起させるが、不思議と事件の香りではなく、一層の魅力を放っている。放たれるセリフが魔王を模しているのが、またベストマッチを及ぼす。
そんな男を……少なくとも俺は惹きつけられた顔を持ちながら、身長は俺より少し高く、何より蘭子と言えば……。
「……」
「……」
……つーか蘭子、手と口が止まってね? 早く描けよ。何俺のことじっと見て……てか、ほんと綺麗な顔をしてんな……。
「……」
「……」
あれ、なんかこう……恥ずかしくなって来たな……。俺、なんで蘭子と見つめ合って……。
直後、先に痺れを切らしたのは蘭子だった。ガタッと立ち上がり、俺の顔を両手で押し込んでくる。
「〜っ、み、見過ぎ!」
「むぎゅっ……お、お前だって!」
「私は見てても良いの! でも、コウくんはダメ!」
「なんだそれ⁉︎」
「目は閉じてて! 目を描く時だけ開けてて!」
「そんなワガママな……!」
結局、目を閉ざされた。
×××
気がつけば夕方。蘭子はスケッチが終わって満足していたが、俺には羞恥しか残らなかった。良かったのは、蘭子の綺麗な顔をじっと眺めてたら、なんか向こうも少し照れ始めた事。ホント、蘭子は割とシャイだから可愛い。
さて、そろそろ帰宅した方が良いかな? 駅まで送ろうかなーと思って窓の外を見ると……。
「……あっ」
「むっ? ……あっ、イシスの涙……」
ヤバいな。今日、両親いないから送ってもらえないし……。傘はこの前、兄上と仕込み刀に改造しようとしてバラバラにして母親に殴られたし……折り畳みは親が多分、持って行ってるし。
「しゃあない。蘭子、今日うち泊まって行く?」
「えっ⁉︎」
「や、雨降ってるし、うち今傘無いし。朝まで二人で何かしようぜ!」
「えっ、な、ナニかシようぜって……」
……顔赤くするところあった?
たまには、夜中に朝までゲームだとか、二人で深夜のカップ麺とか、そんなのやってみたいよね。
「泊まるなら、ジャージとか用意するけど……どうする?」
「……ほ、ほんとに……良い、の……?」
「え、ダメなの?」
「……」
逆に聞き返してしまうと、蘭子はしばらく押し黙る。が、やがて俺に背中を向けると、小声でブツブツ呟き始めた。
「…………変な事はしない、彼を襲うのはある種、ショタを襲うのと同義……魔王のメンツに賭けて……」
「蘭子? 呪文ごっこ?」
「黙ってて!」
「え、ごめん」
そんなに怒らなくても……。
「……とにかく、慎重に……冷静に、理性的に……年上っぽく……うんっ、良しっ」
なんか終わったらしい。内容はよく聞こえなかったが、最後の「良しっ」だけ聞こえた。
「う、うん。じゃあ、お泊まりしよう……かな……?」
「よっしゃ! じゃ、パジャマとか持って来るから、待ってて!」
いよっしゃあ! そうと決まれば善は急げだ。今日は夜更かしするぞー。明日休みだし。
ジャージを用意して、あと兄上の部屋にあるゲーム機を盗んで、部屋にいる蘭子の元に向かった。
「はい、ジャージ。ゲーム何やる?」
「ふむ……では、スマブラなど如何?」
「良いね。鍛え上げたロイの力、見せてやるよ」
「クックックッ、大いなる公子など、怪盗の敵では無いわ」
「言ったな? ぶった斬ってやる」
……なんでスマブラには侍キャラいないんだろう、と思いつつ、とりあえず蘭子と遊び始めた。
×××
何があったかは知らない。俺も蘭子も、一緒に遊んでいるだけのはずだった。スマブラやって、一緒に料理を作って、素振りを教えて、別々でお風呂に入った。
で、また蘭子が絵を描きたいと言うので、アカペラの双翼の独奏歌を聴きながら、モデルをやった後だ。
不意にペンを置いた蘭子が、俺の方へ歩み寄り、耳元で囁いた。
「……乳揺れの意味、教えてあげよう、か……?」