神崎蘭子は、むっつりスケベである。自覚は無い……いや、自覚しないように目を逸らしている。
しかし、普通の中学生なら皆そうなのだ。異性に興味が出て、制服という名のベールに隠された部位に興味が湧く。特に、水着になった際に隠れる部位への執着が強くなる。
そう言う感情を抱いていることは罪では無い。行動に起こさない限りは。
蘭子が、少なくとも桐原コウをそういう目で見るようになったのは最近ではない。昼休みに二人きりの教室に集まるようになり、数日が経過した辺りからであった。
元々、蘭子はカッコイイものが好きなだけあって、アニメや漫画を見る事もあった。その際、やはり目に入るのはイケメンの男性キャラ。
正直、筋肉がどうだのは興味無かったが、銀魂やワンピース、ナルト……正確に言えば、高杉晋助、ポートガス・D・エース、サスケを見ている間に男性の身体に興味が出て来た。
そして、目の前にいるのは、それらのキャラと同じように、自分の服がはだけていても気にしない少年だ。そんなの、性的な目で見るなと言う方が無理だった。
それでも、今日という日はヤバかった。
「はぁ……」
入浴中、蘭子は今日の出来事を振り返る。というか、今の状況も割と振り返りたかった。
何せ、自分の想い人の家のお風呂に入っているのだから。いい加減、彼を見る度に起こる胸の鼓動と、彼を愛でたいという自身のサド心が、完全に恋する乙女のソレである事には気付いていた。
けど……それ故にしんどい。彼も少しはデリカシーを学んできてはいるが、それは本当に少しだ。長く剣道に身を捧げ、パンイチ姿を異性に見られても恥じらいひとつ見せない習慣は簡単には治らない。
その上で、今日の出来事だ。ベッドを借りたり、ゴスロリを着た彼を写生したり(あの服はもう洗濯しない)、そのままお互いに見惚れたり、挙げ句の果てに両親が帰って来ないこの家でお泊まり確定……どう考えたって、エロい展開しか待っていない……。
「って、違う違う違う……!」
顔を慌てて横に振る。彼は自分に多少、欲情していたとしても、性知識など皆無なのだ。エロ展開が来るとしたら、それは自分から仕掛ける他ないのだ。
つまり、自分が理性を保っていればそれでなんの話題もない。彼を襲えば、間違いなく後悔するのは自分だ。
最悪のパターンとして「なんでお前脱いでんの? 原住民か?」とか言われる。そうなったらビンタする自信がある。
「……クックックッ、理性の操作など、魔王にとって赤子の手を捻るより簡単なこと……」
「蘭子ー」
「ふぁいっ⁉︎」
格好つけた割に、すぐ化けの皮が剥がれる蘭子だった。思いっきり狼狽えたような声を出してしまったが、扉の向こうの子供は何食わぬ顔で続ける。
「ジャージ、洗濯機の上に置いとくからー」
「う、うん……え、洗濯機?」
「え、ダメ? ……あっ」
洗濯機の上には、自分の下着を……と、思った時には、向こうも気付いたようで、声を漏らす。
「っ、ご、ごめん……蘭子! 見る気は、無くて……!」
「ーっ」
謝らなくて良いからさっさと出て行け、と思ったのだが、そこで「なんで自分だけ恥ずかしい思いをしているのか」と言う疑問が浮び、頭の中でスイッチが切り替わる。
良く言えば「好きな子に意地悪するスイッチ」であり、悪く言えば「思春期の男の子をからかうスイッチ」である。
「コウくん?」
「っ、な、何ッ……⁉︎」
「可能であれば、白の胸部を守りしアーマーと、機動力を増加させる黒き下部装甲を、別の場所に移しておいてくれると助かる」
「ええっ⁉︎ い、いや……む、無理だって……そりゃ、うちの部活の男子は、女子のパンツを幸せの象徴とか言ってた、けど……」
「? 何を言っている? パンツではなく、スカートとブラウスだ」
「え? あっ……」
もちろん、洗濯機と下着の間に畳んである自身の私服のことである。正直、見られる可能性があるのなら、上と下の下着の色くらい揃えておきたかった。……黒のパンツなんて普段は絶対に履かないし。まぁその辺は次の機会に活かすとしよう。
すると、扉の向こうでは、恥ずかしくて悶えているような声が聞こえた。
「〜〜〜っ、ら、蘭子!」
「どうした? コウくん」
「……蘭子ってアレだったんだ。ビッチとかいう人」
「んなっ……⁉︎」
言うことにかいてまさかの言葉だった。というか、どこで知ったのか、そんな言葉。
「だ、誰がビッチか⁉︎」
「蘭子だよ。もう知らないし。ジャージも持って行っちゃおう」
「っ、わ、わー! 嘘です、ごめんなさい!」
「やだ。知らないっ。俺に女装させるために私服持って来てたし、そっち着て寝たら」
「ジャージが着たいんです!」
「ええ……なんでそこまで……」
「っ、じゃなくて、えっと……そ、そう、あれ着たらシワになっちゃうから……」
「……わかったよ」
助かった、この子が優しくて。彼が着た洋服は持ち帰って飾ると決めているのだ。
「じゃあ、早く上がれよ。俺もお風呂入りたいし」
「う、うん……」
とりあえず、今は湯船に浸かった。……しかし、本当に良い反応をしてくれるものだった。他の男子なら……と言っても他の男子を知らないので、彼から聞いてる他の剣道部なら、おそらく下着を写真に収めたり、こちらの声も耳に届かず目に焼き付けそうなものだが、謝ってくれるのは彼くらいだろう。
「……ん?」
そういえば、彼はこれからお風呂なのか、と今更理解する。つまり、自分が浸かった後の湯船に……。
「……っと、ダメダメ」
一瞬、よだれでも混ぜておこうかと思ってしまったが、怒られたそばからそれをこなす程、図太く無い。
……とはいえ、少しでも長くここにいてやることにしたが。自分から出た過飽和が風呂場を満たすのは仕方ないから。
「……うう」
……というか、むしろなるべく綺麗な風呂のままにしなければならない。もし、万が一にも毛の一本でも残したら恥ずかしい。髪の毛ならともかく、下の毛なら死にたくなる。いや、ある種興奮するかもだが、それでも羞恥の方が強い。そこまで性癖曲がっていない。
「早めに上がった方が良いかも……」
そう決めて、もう上がることにした。
湯船から出て、浴槽内の細かい毛をチェックし、見つけたものはゴミ箱に捨てて、ようやくバスルームから出る。
コウから借りたバスタオルで身体を拭き、そこで問題に気がついた。
「あっ……」
下着、どうしよう、と……。いや、実は下着は持って来てあるのだ。コウに着せるつもり、というわけでは無かったが、服を今着ている分以外に持っていく時は、大体泊まりのことが多い為、つい癖で持って来てしまうのだ。
ましてや、今は夏。出掛ける際、下着や靴下やTシャツの替えは用意しておきたい所でもある。
では何が問題なのか? 寝る時だ。多分、あのバカな彼の事だから同じ部屋で寝ることになると思うが、寝る時に蘭子はブラをつけないのだ。普通に苦しいから。
が、彼と至近距離でノーブラでいるのは流石に恥ずかしい。
「……」
でもまぁ、彼の鈍さなら平気か、と思う事にして、とりあえず彼のジャージに身を包んだ。……洗濯したてで、残念ながら洗剤の香りの方が強かった。少しキツそうかと思ったが、思いの他そうでもない。多分、親が大きめのを買ったのだろう。
着替えを終えて、髪を乾かし、ツインテールに結って、洗面所を出てリビングへ歩く。部屋に入って一番に目に入ったのは、上半身裸で筋トレをしているコウの姿だった。
「ーっ……!」
「ふっ、ふぅっ……ふっ……!」
こちらには気付かず、名前は忘れたが床の上で膝をついて転がす筋トレ器具を使い、体を猫のように伸ばしては引き寄せている。
せっかく、せっかく性欲を理性で鎮めてきたのに、向こうから煽ってきた。よりにもよって、まず上半身裸なのがいただけない。自分が上がる前に他の種類の筋トレもやっていたからなのだろうが、何にしても掻き立てられる。
その上、筋トレの種類。鍛えられたお尻がキュッと引き寄せられる……つまり、こちらにお尻が強調されるのを見て、思わず頬が赤らむのと同時に、胸の奥がドキッとする。
「っ……!」
ダメだ、と頭の中で首を振る蘭子。ここで彼に欲情してはダメだ。大丈夫、まだ耐えられる。まだ慌てるような時間ではない。
息を整え、改めて理性を取り戻すと、ちょうど良いタイミングでコウが顔を上げた。
「っ、ふぅ、はぁ……あ、蘭子……っ。もう、上がったの?」
「っ……」
汗だくで息を若干、切らしながら声を掛けてくる彼に対し、また少し胸がドキッとしたが、ひとまず耐えた。
「あー、やっぱジャージ少し大きいね?」
「成長期故の、母なる加護によるものだろう?」
「いや、それ兄上の」
「……は?」
「だって俺のじゃ小さいと思うし。……そ、その……胸の辺りとか」
あ、意外と異性を意識してくれてる、と少し嬉しいを通り越してホッとする反面、怒りが滾って来る。
つまり、自分はさっきお兄さんのジャージの香りを嗅いでいたわけで。
「……なんで」
「え?」
「コウくんの洋服がいい!」
「え、な、なんで……? 小さいよ?」
「良いの! 貸して!」
「わ、わかったよ……。俺の部屋の引き出しに服入ってるから。好きなの着て良いよ」
それだけ言うと、コウは洗面所に戻る。その間に、自分はコウの部屋に戻った。これから彼はお風呂だろうし、今のうちに着替えを済ませておきたい。
適当にタンスを開けると、おそらくお兄さんのチョイスであろう、まぁまぁオシャレな服が多く入っていた。
「……うん、やっぱりコウくんの匂いは落ちちゃってるなぁ……」
まぁ仕方ないと言えば仕方ない。洗濯してあるものがしまってあるのだろうから。
そこは諦めつつ、せっかく男装できる滅多にない機会だし、この際楽しむことにした。たまにアニメで出て来る「後半になって女だと判明するボーイッシュな少女」も蘭子は好きだ。
……でもなんか、これを着てツインテールは少し恥ずかしい。寝る前に再び解こうと思っていたが、今のうちに解いておく。
「……っと、これパジャマに借りるんだった」
そう思うと、あまりオシャレな私服は着れない。部屋着っぽいものを着ないと……。
「あ、これ良いかも……」
手に取ったのは「剣道」と大きく赤い文字で描かれた黒いTシャツ。なんか武道館とかで売ってそうな奴。こういうのは、コウのチョイスだろう。
ジャージを脱ぐと、上にそのTシャツを羽織る。ズボンはどうしようかな、と思って別の引き出しを開けて探すと、寝るのにちょうど良さそうなのがあった。
「よし、これ」
少し短いが仕方ない。ズボンを履き終えると、しばらくのんびりする。また少し心が落ち着いて来る。
というか、落ち着こうと考えるから、逆に落ち着かなくなるのだ。何事もここは一つ、別のことを考えよう。幸い、ここには少年漫画がたくさんある。
一冊、手に取りしばらくベッドの上で読み耽る。こう言う時、BLEACHというのは最高だ。斬魄刀だけでご飯三杯いけるから。
さまざまな斬魄刀にうつつを抜かしていると、後ろから声がする。
「蘭子ー、お待たせ」
「うむ」
「この後どうす……」
「?」
半端なところで声が止まったので、どうしたのかと思って振り返る。
コウは、頬を赤らめて自分を見ていた。どうしたのだろうか? と、小首を傾げると、コウは頬をかいて目を泳がせている。
「? どうしたの?」
「っ、あ、いや……」
「というか、髪が天の涙に濡れたまま潤いを保っている。アテナの怒りに触れなかったのか?」
「え、えっと……別に……」
「ふむ……仕方ない。こちらへ来い」
「あ、の、飲み物用意しようか?」
「良いから」
「う、うわっ……!」
なんか狼狽えているコウの腕を引いて、強引にベッドの上に連れて行って、自分の隣に座らせる。
「コウくん、ドライヤーは?」
「え、も、持ってないけど……」
「ふむ、仕方ない……セイレーンの泉から拝借しよう」
洗面所に戻り、ドライヤーを持って部屋に戻る。すると、コウは自分の部屋なのにやたらとドギマギしていた。借りてきた猫のように、ベッドの上で背筋を立たして大人しくしている。
「? コウくん? 具合悪いの?」
「えっ⁉︎ あ、いや……別に……」
「今日は早めにヒュプノスの息吹に身を預けて方が……」
「や、ホント具合悪いとかじゃないから!」
「じゃあどうした?」
「……」
聞くと、顔を真っ赤にしたままコウはぽつりと呟くように蘭子に言う。
「……そ、その……髪の毛、結んでない蘭子は……なんか、印象違うなって……」
「……」
なるほど、とすぐに理解する。初めて見るわけじゃないだろうに、この反応。おそらく、意識してくれているのだろう。
そんなの、普通に嬉しい。意地悪ではなく、もう違うのかが気になり、聞いてみた。
「その……どう、違く見える……?」
「え、えっと……今まで妹、と言うか年下っぽく見てたけど……なんか、女子高生くらいのお姉さんみたいな……」
「……」
相変わらず嬉しさと苛立ちを同時にプレゼントしてくれる子だった。お姉さん、と見られるのは嬉しかったが、なんで自分が年下なんだよ、と言うツッコミも隠せない。
が、ここで怒ると年下枠になってしまう。そのため、お姉さんムーブをすることにした。
「ふふ、ならばこちらへ来い。貴様の髪の乾きは我が取り戻してやろう」
「え……いや……」
「照れる事はない。お姉さん、なのだろう?」
「ち、違ぇーから! お姉さんって言ったら正直、新田さんの方が……」
「……良いから来い。我が魔力が息を吹き返すぞ」
「うえっ……⁉︎」
ぐいっと今度は自分の前に座らせると、コンセントを挿して、頭を乾かしてあげた。目の前にあるのは、無防備なコウの後頭部。やはりまだ自分より背が低いからか、力強い筋肉があっても華奢に見える。
「ら、蘭子……まだ?」
「まだまだ」
「うう……」
ガーッと髪に温かい風を吹かせる中、コウは落ち着かないのかソワソワしている。ホント、こんな子供中学生は珍しい。
……っ、と、危ない。また少し理性が壊れかけた。それを強引に落ち着かせる。話をして逸らす事にした。
「コウくん、この後の刻限はどう使う?」
「え? え、えっと……」
「ゼウスからの啓示が無ければ、我が絵画の偶像と化してくれるか?」
「っ、い、良いけど……」
多分、考えて口を開いていないのだろう。二つ返事でオーケーされたことに、少し意外に思いつつも、とりあえず髪を乾かした。
流石に配慮して、今回は女装無し。普段のコウを描かせてもらうことにした。たまにはこういうのもありだ。
竹刀の手入れをするコウを眺めながら、蘭子はペンを動かす。竹刀削りでささくれの処理をしているその姿は絵になる。
……が、やはり、だ。彼はチラチラと髪を下ろした自分が気になるのか、視線を寄越してくる。
「……」
そんな彼の様子が、なんだか新鮮で、可愛くて、それを自覚する度に凝視出来なくて……そして、あまりに少しずつであったため、理性の壁が徐々に崩れてきていることに気付かなかった。
何より、彼の視線が髪を下ろした自身の顔だけでなく、たまに胸にも向けられているのを察した時、限界が来た。
描きかけのままペンを置く。
「……ね、ねぇ、コウくん……」
「っ、な、何……?」
「……乳揺れの意味、教えてあげよう、か……?」
「……あ、う、うん……」
その返事を聞くと、蘭子はニヤリとほくそ笑む。頬が熱いが、火照っているのは身体も同じだ。身体を見ていた以上、彼も男の子。ナニをするのか分からなくても、彼のお兄さんの部屋には教科書もあるし、教えてあげれば良い。手取り足取り。……まぁ、自分も経験がないわけだが。
彼の目前に移動すると、腕を組んで下着をつけていない胸を強調する。
「乳揺れとは、その文字通り、乳が揺れることを指す。……もちろん、大胸筋の事ではない」
彼の事だ。そういう勘違いは絶対にする。先手を打って防いでおいた。
「ふふ、例えば、バレーボールよ。体を逸らし、片腕を振り上げて放つその瞬間、女性の胸部は大きければ大きいほど揺れる」
続いて、具体的な例。体育が好きそうな彼なら絶対に興味が沸く例を挙げた。おそらく、想像出来ただろう。ならば、後は一押しだ。
「……見たい?」
「……」
「…………コウくん?」
……ていうか、彼……少し黙り過ぎでは? と、片眉を上げる。さっきから息を呑む音も聞こえない。照れてるなら、もう少し何かあっても……と、思って顔を覗き込んだ。
「……すぴー……」
「……………………」
…………寝てる。胸を見ていたんじゃない。瞼を落としているだけだった。しかし、それならチラチラ見る理由は……と、思って手元を見ると、竹刀削りは指を巻き込む直前で止まっていた。刃物を使っている以上、よそ見するわけにはいかないから、チラ見を繰り返していたのだろう。
完全に正気に戻った蘭子は、小刻みに身体を揺らす。頭の中に反響したのは「自意識過剰」「ビッチ」「性欲モンスター」などと言う自身を罵倒しつつも的を得ている暴言、そして何より、自分の行動を思い返し、羞恥に震えていた。
それと同時に、目の前の男に八つ当たりにも似た怒りを発した。ていうか、普通に八つ当たりだ。
「寝るなああああ!」
「おぶっ⁉︎」
後ろに張り倒してしまった。ひっくり返るコウ。すぐに目を覚まし、あたりを見回す。
「えっ、な、何⁉︎ 何事⁉︎」
「寝るなんて許さないんだからー! 今夜は絶対に寝かさないからねー!」
「えっ、ね、寝てた? や、寝てねーよ。意識あったし。で、何してたっけ。銀魂ごっこ?」
「寝てた人のセリフじゃん!」
ムカついた。寝てねーよじゃねえよ、と。
「絶対にゆるさーん!」
「な、なんでっ……な、何かそんな悪いことした……?」
「した!」
そのまま掴みかかり、異性でプロレスごっこが始まった。
その日、コウは朝になっても寝かせてもらえなかった。
夏休み終わりです。35話くらいまでに終わる予定でしたが、いまだにゴールが見えていません。