さて、早速翌日、蘭子は謝るためにコウに時間を作ってもらうことにした。昨日、コウから話を聞いてきてくれた飛鳥から得た情報だと、やはり自分と仲直りしたいとは思ってくれているらしい。
それならば、話は早い。仲直りすれば良いのだ。もちろん、自分から声をかけて。昨晩、L○NEしたが返事どころか既読もなかったので、約束させてもらえていないが、それならば直接、会って頼み込むしかない。
気合を入れて、朝からコウの登校する際の道で待ち伏せしていた。
そんな中、予想通りコウが現れた。目が合うなり、すぐに「つーん」と口で言いそうな表情でサクサク歩いて行く。
彼にそんな態度をとられると、やはり少し蘭子は胸の奥が痛む。しかし、自分はそんな態度を取られるほどのことをしてしまったのだ。それを解消したければ、やはり自分から何か声を掛けるしかない。
「あ、あの……コウくん!」
声を掛けると、足を止めてくれた。でも、振り向いてくれない。彼自身、割といじっぱりな所があるので色々と悩んでいるのだろう。
ここばっかりは、蘭子は彼の反応を待つ事にした。あまり強引に行く事は何と無く憚られた。
20秒ほど待たされた結果、コウは振り返ってくれた。話を聞いてくれるのかな? と思ったのも束の間、何をし出すのかと思った直後「あっかんべー」と言わんばかりに舌を出した後、ツカツカと歩き始めてしまった。
「ーっ……!」
何その仕草……本当に中学生……? 可愛い……なんて思っても感慨深く思っている場合ではないわけで、ましてや口に出す事は許されない。
慌てて、後を追い、手首を掴んでしまった。
「っ、ま、待って……!」
「……なんだよ」
「あ、あの……わ、我に謝罪をする機会を設けて欲しくて……!」
「今は無理」
「えっ……う、うぐぐっ……」
掴んだ手首を振り解かれる。本当に話も聞いてくれない。……いや、それのも何か別の事があるのだろうか?
こうなったら、一方的に約束するしかない。彼はなんだかんだ優しい人だ。そうすれば来てくれるかもしれない。
「……我は、一時の休息時、例の場所にて待つ」
「……」
「…………待ってるから、ね……」
それだけ言うと、別々に登校した。来なかったら、また部活が終わるまで待とうかな、とか色々と悩みながら、とりあえず歩いて行った。
×××
さて、問題の昼休み。蘭子は早めに、待ち合わせ場所に向かった。ここで、しばらく待機しつつ、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫、言うべき言葉は大体、考えた。自分の素直な気持ちをそのまま伝えれば、それで良いのだ。テンパらないよう、言葉はまとめたし、後は彼が来てくれることを願うのみ……。
「……何してんの?」
「ピャー!」
黙って俯いていたら、いつのまにかコウが入って来ていた。その瞳は、完全にジト目で自分を見ている。少し可愛いとか思っても口にしなかった。
「い、いいいっ……いつからそこに⁉︎」
「今」
「っ、き、来てたなら真言をかけよ⁉︎」
「だから声かけたんじゃん」
実に、冷静に言い返しながら、コウは椅子に座った。
「で、なんの用?」
「っ、え、えっと……」
「用がないなら、俺からで良い?」
「はえ?」
そっちも用あるの? と思ったのは言うまでもないが、気にせずにコウは少し頬を赤らめたままきいてきた。
「まず……今朝はごめん。朝練の時間、ギリギリだったから、少し冷たい言い方になった」
「え……う、うん?」
しかも、そっちが謝るのか、と感心してしまう。というか、そんな事情だったのか、とも。……まぁ、コウが剣道のことで遅刻しかけている、という時点で彼なりに悩んでいたことが伺えたが。
そんな中、ふと気が付けば、コウは不機嫌そうなのに頬を赤らめている、というよく分からない表情になっていた。
どういう情緒? なんて怪訝に思っている間に、何故か言い訳臭そうな口調でコウは続けて言った。
「少し、悩んだけど……でも、なんだ。俺、蘭子と一緒にいないとつまらない。だから……い、今、謝れば許してやる!」
「…………はい?」
……なんでそんな上から目線? なんて事は聞くまでもない。要するに、彼にも後ろめたい気持ちがあるが、やはり基本は蘭子が悪いため素直に仲直り出来ないのだろう。
一言で言えば……やはり、本当に中学二年生とは思えない程、子供である。こんな、意地っ張りで頑固でバカな子が、試合の時になるとあれだけの気迫を持ってして戦い、基本的には素直で優しい。……本当にこんな子いるのかと思ってしまう程だ。
それ故に、そんなこれまたアニメのキャラみたいな事を言われ、思わず蘭子は呟いてしまった。
「……好き」
「え?」
「ーっ!」
反応されてから、自身の失言に気が付いた。ハッとして口を手で覆ってしまう。
「っ、や、い、今のは無し……!」
「俺も蘭子のこと好きだよ」
「ーっ……そ、そういうとこ!」
「え?」
「こ、コウくんもいい加減、直してよ! そういう、平気でそういうこと言うの!」
この際だ。不満をぶちまけることにした。そもそも、今回の件は九割九分九厘蘭子が悪いが、少なくともコウにだって問題はある。この歳で未だに男女の差に何一つ興味を沸かせないのはおかしい。
それが間違っている、とかではない。差別するより全然、良いし、素直な事も悪いことじゃない。
けど、大人になるということはデリカシーを覚えるということでもある。それがいつまでも育たないと、いずれ「純真だね」ではなく「無神経だね」と言われるようになってしまうのだ。
「あんまり、その……己が感情を簡単に口にするようであれば、試合に強くとも実戦に弱い侍となる! 貴様がそのままでも、貴様と同世代の者達は少しずつ変わっている。故に、コウくんも進化する必要が出てくるのだ!」
「うーん……まぁ、そうかな……?」
「今の、愛の告白と思われても仕方ないんだからね!」
「愛の、告白って……」
そんな大袈裟な……と思っているのだろう。が、少し考え込むように顎に手を当てる。ポク、ポク、ポク、チーン……という擬音がピッタリな時が過ぎ去った後、唐突にコウの顔が真っ赤に染まった。
少しは理解してくれたようで何よりだ。ならば、話は早い。
「そうなるだろう? 他人の目もあるし、いまだ恋人が理解できていないのなら、やたらめったらと女性に……」
「俺は、良いけど……」
「? 何が?」
「だから……蘭子が、恋人でも」
「…………はいっ⁉︎」
今度は蘭子がボフンっと煙をあげる番だった。それは一体、どういう意味で言っているのか? いや、それは分かる。分かるが……逆にそれを聞きたかった。
「えっ……こ、恋人って……いっ、いいいっ……意味、分かって……⁉︎」
「え、いや……正直、よく分かんないけど……」
「だからそういうの……!」
「でも……1人につき1人しか選べない、大事な人のこと、でしょ……? 俺は、蘭子が良い」
「ーっ……!」
それだけ分かっていれば、むしろ十分なのかもしれない。しかし、それ故に蘭子のテンパり具合はさらに加速した。
なんかもう恥ずかしいやら嬉しいやらで頭の中が高速で真っ赤に染まっていく。……が、相手はやはり情緒がやたらと安定し過ぎて思春期も微妙な男の子だ。
それらが複合され、思わず蘭子は目をぐるぐる回しながらコウの胸ぐらを掴んでしまった。
「っ、ちょっ、ら、蘭子⁉︎」
「っ、つっ、つつつっ……つまり、コウくんは私と恋人になりたいと⁉︎」
「あっ、あ、いやそういうことになるけど……ていうか、ちょっと苦しい……」
「恋人ってことはつまり、一緒にデートとかして、キスとかもしちゃったりして⁉︎」
「おぶっ……っ、ら、蘭子落ち着いて! ガクガク揺らすのは……!」
「毎朝、お味噌汁を何⁉︎ 月が綺麗だって⁉︎」
「っ、ら、らめっ……脳が揺れる……! 先輩の元打ちを連発で喰らった感覚……!」
気が付けば、ほぼ失神しかけていた。ハッとした蘭子は、思わず手を離してしまう。
頭がクラクラしてしまったコウは、そのまま机の上に倒れ込んでしまった。
「っ、す、すまない! 大丈夫……⁉︎」
「……頭が重い……」
「し、しっかりしてー!」
頬をパチパチと叩いて、なんとか意識を取り戻させる。
ようやく吐き気を乗り越えて息を吹き返したコウを、改めて蘭子を見る。
「……で、なんの話だったっけ?」
「一世一代の告白を忘れるなー!」
「あ、そっか。……でも、蘭子が俺と友達のままでいたかったら、それでも良いよ。俺は、とにかく蘭子と仲良く出来れば何でも良いから」
「ーっ……」
やはり、微妙に分かっていない気がする。……というか、まだ蘭子は謝れていないのに、いつの間にこんな話になってしまったのか。
「……それに、蘭子……二宮さんから、聞いたんでしょ?」
「? 何を?」
「その……昨日の、俺の伝言……」
「???」
何の話だろうか? 確かに昨日は「彼も仲直りしたいとは思っている」という話だけだ。もちろん、その前提には「蘭子が変な揶揄い方をしない」というものがあるが。
そんな中、通じていない事に気がついたコウが少し苛立ったのか、頬を赤らめたまま言った。
「だっ……だから『別に蘭子の胸を触りたくなかったわけじゃない』って事!」
「はうっ⁉︎」
「聞いたんでしょ!」
「き、聞いてないよ!」
「はぁ⁉︎」
そんな話してたの⁉︎ と、蘭子まで顔が赤くなる。
「っ、あ、あのやろっ……い、言ってないのかよ……!」
「ていうか、触りたかったの⁉︎」
「そんな積極性はないから! た、ただ……蘭子が触って欲しいとか、思うなら……触っても良いかな、と思った……だけで……」
「ーっ!」
改めてそのセリフを聞くと恥ずかしくなる。舞い上がっていた時の自分は、本当にお触りOKな風俗店の風俗嬢みたいなことを言っていた。
……それと同時に、蘭子は少しホッとすることもあった。彼も、少しずつ男の子になりつつあるという事に。
胸を隠すように両手で抱きながら、真っ赤なままの蘭子は俯く。……そうだ、その話に入る前に、まず言わないといけないことがある。
それを思い出し、ポツリポツリと呟くように言った。
「あ、あの……付き合う、付き合わないとか……胸を触るとか、触らないとか……その前に、言いたいことがあるんだけど……」
「? 何?」
「……その、私にも……謝らせて欲しくて……この前は、変にからかってごめんって……」
「あ、ああ……うん。それはもういいよ」
「ダメ。それちゃんと許してくれないと、その先に行っちゃいけない気がするから……」
「……じゃあ、もうしないでね」
「うん」
……決心していたのに、なんか流れで許してもらった気がした。
でもそれは仕方ない。何せ、それより遥かに重要な話を聞いてしまったから。
「で……さっきの、返事だけど……」
「う、うん?」
「……よ、よろしくお願いします……」
「! つ、付き合って、くれるの……? 俺、まだよく分かってないんだけど……」
「……うん。大丈夫……そういうのは、二人で見つけていけば良いと、思うから……」
言いながら、蘭子は胸を隠すように覆っていた手をほどき、机の上に置く。
それに合わせて、コウも手を机の上に置き、スススッと近づけ、蘭子の両手を自分の両手で包み込んだ。
やけに、その手は暖い。それでいて、何故か気持ちよかった。そのまま、二人は見つめ合う。何となく、蘭子はこのままキスする場面かな? と思った。というか、キスしたいと思ってしまった。
蘭子にとっても初恋であり、初めての恋人。こういう心地になるんだ……と、胸を高鳴らせつつも、控えめに目を閉じて、唇を尖らせた。
せっかくのファーストキス。ならば、男の子の方からしてもらいたい。
そう思い、ドキドキしたまま待った。彼にも経験はないだろうし、ここは気長に待つしかない……と、思った時だった。
「何してんの? 蛭の頭蓋骨を飛ばすウボォーギンの真似?」
「だからそういうとこ!」
「ええっ⁉︎」
ついでに、色々と彼のそういう所を矯正する必要がある。
強く決心をすると、とりあえず悪姫は侍との交際を始めた。