あれから、約一ヶ月が経過した。10月31日……つまり、ハロウィンである。
さて、そんな日に神崎蘭子は。
『我が狂乱の宴に参加せし愚かな眷属どもよ、感謝する!』
「「「うおおおおおおおおッッ‼︎」」」
その掛け声で、会場にいる全員が拳とペンライトを突き上げる。本当に魔王とその眷属のように見えるそのライブは、ハロウィン限定のもの。蘭子の衣装も、ツノのような髪飾りがついていて、仮装をしているように見える。
いつものようにノリノリで終え、自分でも最高のライブになった、と思いながらステージ中央の、自身が立っている床が沈んでいく直前、目に入ったのは、招待席で新田美波、前川みくの間に入って彼氏が座っていたのが見えた。
『っ⁉︎ ひっ、ひゃあっ……!』
「あれ、今蘭子ちゃんコケた?」
「ホント、締まらないよね。可愛いけど」
「ドジっ子魔王とかホントそういうとこだよね。萌えるけど」
「萌えって久々に聞いた」
そんな言葉が観客席から聞こえてくる。転んでしまった蘭子は、膝をついたまま顔を真っ赤にして俯く。
だから、来るなら来るって言ってくれないと、本当に恥ずかしい思いをする。観客のみんなも、普通にああいう事言うし。
「……絶対に文句言ってやる」
そう呟きながらも、とりあえず出迎えてくれたスタッフさんに挨拶した。
×××
ライブ後、蘭子は一度、事務所に戻り、軽く挨拶を済ませるとりょうにもどり、汗を流して外出した。
すると、寮の前で待っていたのは、桐原コウ。ニコニコした笑みで、挨拶代わりと言わんばかりに手を振って来た。
「トリックオアトリート!」
「トリックもうしてるでしょ!」
言ったものの、コウはキョトンとした顔で小首を傾げるだけだ。
「いつ?」
「ライブに来るなら来るって言ってよ! 去り際、びっくりして転んじゃったでしょ⁉︎」
「あ、ほんとに転んでたんだ。でも蘭子だってこの前の新人戦、何も言わず見に来てたじゃん」
「私はいいの! どうせコウくん、照れないんだし!」
「ていうか、二度目なんだしそんなに怒らないでよ」
「二度目だから怒るに決まってるでしょ⁉︎」
そう言い合いになりながらも、蘭子はとりあえず用件を聞いた。
「それで、今日はどのような用件があった?」
「いや、特にないけど、ライブ終わったからとにかくお疲れって言いたくて」
「えっ? う、うむ……そうか……」
「でも、蘭子も出掛ける所だったんでしょ? 明日、学校で話そうよ」
「え? いや、そういうわけでは……」
……言えない、寮を一度出ようとした理由が、彼に文句を言うためだったとは。いや、それ単体で見れば言えない理由にはなり得ない。蘭子は心の中で気付いていた。文句を言いに行ってたのも口実。結局はライブの感想を聞きたかったのだ。
「そ、その……せっかくだし、上がっていかない?」
「いや、いいわ。日課の素振りもまだやってないし、門限破ってて帰ったら雷だし」
「うっ……」
それは困る。まだ自分達は中学生。門限というのも、自分達を守るためにある。
「わ、分かった……」
「後で電話するから。じゃあね」
「っ、う、うん……!」
そうだ、電話だ。電話をすれば良い。それならば、離れていても夜遅くまで話せるのだから。
立ち去る彼氏の背中を眺めながらニマニマした笑みを浮かべる蘭子……だが、そこでふと矛盾に気付く。
そういえば、電話すれば良いことに気付いていた彼は「お疲れ様」の一言を言うために何故、わざわざやって来たのだろうか?
「もしかして……」
彼も、自分に会いたくて来たのかな……なんて思うだけで、少し嬉しくて、気恥ずかしかった。
素直なのに素直じゃない彼のことだ。確かめても絶対に頷かないだろうが……とりあえず、自分も寮に引き返し、彼からの電話を待つことにした。
その日、二人は日付が変わって三時間ほど経過するまで電話をして、翌日は普通に寝坊した。
×××
翌日、学校。お昼休みになり、蘭子はいつものようにいつもの空き教室へ。待っていたのは、桐原コウ。椅子の上で足を組み、剣道やってる人っぽい姿勢の良さで本に視線を落としている。
改めて彼を知ってから今の姿を見ると、割と外見詐欺なところあった。何せ、普段の彼を知っている人なら、少なくとも本を読むようには見えないからだ。
「待たせた、コウくん!」
「あ、蘭子! 昨日のライブ、すごかったよ!」
「え、えへへぇ……ありがとう……」
「特に、あの衣装! ハロウィンのー……なんだ? なんか分かんないけど……ツノが良かった!」
「うむ! ツノは魔王において重要なパーツ……我に似合うのも当然というもの……!」
「でも、魔王なのに冠被ってたのは何で?」
「さぁ……変だったか?」
「いや、可愛かった。ちょこんとしてて」
もう、可愛いと普通に褒めてくれるようになった。そういうのは本当に嬉しい。なんか恋人っぽい気がして。
「もっかい見にいきたいなー。クリスマスとかもライブやるんでしょ?」
「もういいよ来なくて!」
「なんでさ」
「は、恥ずかしいから……」
「恥ずかしがることなんてないでしょ。蘭子のステージを、蘭子のことが一番好きな人が見に来てるんだから」
「っ……!」
あれから色々あったが、最近は本当にこういうことを直球で言ってくるようになった。
彼は前から思っていたが慣れるのが早すぎる。少し前まで腕に抱きついて胸を押し付けるだけで真っ赤っかだったのに、今では向こうから手を繋いだりしてくる。
いつの間にか、ペースを乱されるのは自分になっていた。
「うう……ずるい……」
「何が?」
「全部!」
でも、こういう男の人の方が頼れるのかも……と、思うと、やはり悪くないなーなんて思ってしまったり。
「なぁ、蘭子」
「? な、何……?」
「こうして二人でいられる時間が何だか楽しいから、改めて言いたいんだけどさ」
「う、うん……?」
何だろう、改まって? いや、大体わかる。何かどうせこちらが照れるようなことを言うのだろう。
その予想は、ものの見事に的中した。
「最初、俺なんかに手紙を出してくれてありがとう。蘭子が俺に歩み寄ってくれなかったら、多分今もずっと一人だった」
「も、もう……急に何……?」
「いや、本当に。最近、たまに思ってただけ。蘭子と、二宮さんと、前川さんと、新田さんと……ほとんど女の人だけど、仲良くなれたのは蘭子のおかげだって」
「……そ、そんな事ないよ……」
実際、自分だって彼よりも彼がする剣道に興味があって声をかけただけだ。他の人と知り合いにさせるとか、彼のために何かするとか、そんな考えはなかった。
だが、コウは首を横に振る。
「人の繋がりなんてそんなものでしょ。誰も意図してない所で知り合って、繋がって、仲良くなってる。最初から誰かと仲良くなるための物なんて、合コンくらいだと思う」
「ご、合コン……確かに」
「だから、ありがとう。謙遜しないで受け取って欲しい」
「……き、今日は……どうしたの? 本当に、なんか……いつもより、なんか変」
何だか、ここにいるのが気恥ずかしくなって来た。もしかして、また前に言っていた胸を触るだとかそういう話を実行するつもりだろうか?
いや、構わないがそこまでムードを作られると、逆にその先にまで発展してしまいそうで恐れ多いのだが……。
少し、ヒヤヒヤして目を逸らしてしまった時だ。剣道特有の「いつの間にか間合いを詰められている」という体験をしてしまった。気が付けば、自分の目の前にコウが迫っていて、自分の頬に手を伸ばしていた。
「っ、こ、コウくん……?」
「本当はデートとかした時が良かったんだけど、この前、破れた道着を新調してお金無くなったから、一番蘭子と一緒にいた場所でするね」
「え……?」
スるってまさか……本当にえっちな事を? いや、待って欲しい。というか、本当に何があったのだろうか? ここ最近の彼のメンタル的な急成長は、アムロ以上に伸びている。
しかし、学校の空き教室でえっちなことをするなんてエロ漫画やAVの世界だけで許される事で、そんなのバレたら停学じゃ済まないしそもそま避妊具とかないしいやでも決して嫌なわけではなくむしろこんなコウくんもある意味で悪くないというか、いっそこのままなるようになって身を委ねるのも……!
「……こ、蘭子!」
「っ⁉︎」
身体を揺さぶられて、ようやく目を覚ました。というか、目を覚ました? と、蘭子は片眉を上げる。あたりを見回すと、さっきまでいたはずの教室……そして、目の前にあるのはコウの顔。だが、気のせいかな。いつものマヌケっぽい面をしている。
「もう昼休み終わるよ」
「え……え?」
寝てたの……? と、目をパチクリさせる。そういえば、確かに昨日、夜遅くまで電話し過ぎてて眠かったけど……でも、まさか……夢?
認識すると同時に、羞恥心が込み上げてくる。顔が赤く染まり、死にたくなって来てしまった。この無垢な少年を相手に、自分は何を思ってそんな夢を……彼がそこまでの情緒になるには、あと20年は待たないとダメだと思うのに……。
そんな割と辛口なことを思っている中、ふと目が入ったのは、そのまるで情緒が育っていない少年が、顔を若干、赤く染めてそっぽを向いていた。
「……なぜ、貴様が顔を朱に染めている?」
「え、あ、あー……いや……」
どうせズボンのチャック開いてたことに気づいたばっかとかそんなんだろう。本当に開いていたのかは知らないが。
なんて思っている蘭子の期待を裏切るように、コウは赤くなった顔のまま頬をかきつつ言った。
「その……なんか、蘭子の顔が……き、キスを待ってる人の顔みたいで……ちょっと、色っぽくて……」
「……ふえっ?」
蘭子からも間抜けな声が漏れた。そんな顔していたことが、寝ている時にまで出てた、なんて事に意識がいかなかったのは幸いだろう。
つまり、彼にもそういう情緒は間違いなく芽生えつつあるという事だ。何にしても、この機会を逃す手はない。自分の為にも彼の為にも、一歩前進する機会だ。
「……したい?」
「えっ?」
「だから、その……悪魔との、契約……つまり、口付け……」
「…………したい」
それを聞いた直後、蘭子はすぐに目を閉じた。それと同時に、彼の方に顔を向け、唇を尖らせる。さっきまでの寝顔と同じ顔を作った。
そこから先、視界はただ暗いだけ。唯一、得た情報は、自身の唇に柔らかい何かが付着した事だけだった。
そのまましばらく、二人で顔を真っ赤にしたまま黙り込むしかなかったが、離れ離れになるのが惜しくて、そのまましばらく手を繋いで隣に座り合っていた。
おそらく、今後はこのままキスだけで満足する時が続くだろう。だが、蘭子はそれでも良かった。コウと一緒にいられるのなら、別に胸とか触られなくても良い。
自分達のペースで少しずつ、関係を深められれば、それで満足……そう思いながら、次の授業を丸々サボり、帰ってプロデューサーと千川ちひろと前川みくに怒られた。