翌日、努力は実を結ぶ、という奴だな。決勝まで来たわ。相手は強豪校の三年。まぁ、強豪って言っても地区の中でも強豪、なんだけどね。
俺が剣道に力を入れ始めたのは去年の新人戦で負けてからだから、それまでの間に俺の情報を他校が入手する事は不可能。練習試合でもBチームだったから、あまりマークされてなかっただろうしね。
従って、今の俺は他校にとってとんだダークホースなわけだ。
「ふっ、ふふふっ……」
注目されている……何という、何という心地よさ……! ふっ、カッコ良いとはこういうことだろう……。うちの部の連中はかなり悔しそうに俺のこと見てるし。そこで指を咥えて見てろバーカ。お前らとは努力の結晶の大きさが違うんだよ。
軽く跳び、両手足をプラプラと振ってリラックスしていると、向こうの監督が選手に何か話していた。多分、今までの試合を見てきた感想から、俺の対策を伝えているのだろう。ああ、これはこれで心地良いな……。
「桐原」
こっちの監督も俺に声をかけてきた。というか、声をかけてくれる人が監督しかいない。
「はい?」
「負けて元々だ。気楽にやれや」
「……」
俺が勝つ事、全然、信用されてないな……。や、まぁ今、するべきアドバイスなんてそれくらいなのだろうが。
レオに見てもらえないのは残念だが、うちの中学は後学のために誰かが必ずビデオを撮っているし、後でそれを送ってもらって見てもらおう。
ふと体育館の出入り口に目を向けると、神崎さんが立っていた。銀髪のツインテールに赤い瞳、これだけの特徴があれば見間違えるはずがない。ふふ、さらに燃えるシチュエーション……っと、良い所を見せようとするな。平常心、平常心……よし!
名前と学校名と背中につけたタスキの色を呼ばれ、お互いにコートの中に入った。二歩進み、お互いにお辞儀をする。
「「お願いします」」
そして、さらに二歩進んで己の武器を抜いて蹲踞する。
「始めッ‼︎」
審判の号令でお互いに一斉に立ち上がった。直後、同時に面に打ち込んできた。開幕とほぼ同時の決めに来た不意打ち。卑怯とは言うまい、試合だからな。それに、想定済みだ。
「メンヤァアアアアッ‼︎」
「面ッ……!」
それを抜き面とガードを併用し、横に弾きながら面を放ち返したが、ガードされる。
「胴ォオオオッ‼︎」
「小手ェッ‼︎」
その直後、胴に振り下ろしてきて、それを手首を強引に返して受けつつ、返して小手に竹刀を放つ。が、竹刀を微妙にズラして受けると共に俺の竹刀を横に弾き、引き面を放った。
それを首を横に捻って直撃を避けると、引いた相手に追撃を仕掛ける。ここでしょ、決めるなら。
そこで俺は、竹刀を大きく振りかぶった。相手は引き面の決めの際、打った竹刀を上げっぱなしにする。そこに面を打つ馬鹿はいない、と踏んでいたのだろう。小手と胴を受けに入った。
それこそ、俺の望んだ通りの回答だ。振り上げた竹刀を綺麗に振り回し、唯一、空いていた逆転胴を打ち込んだ。
「胴ォオオオオッッ‼︎」
完璧だわ。読み合いで勝ってやったぜオラ。見事に赤のフラッグが上げられ、俺の一本になる。
何せ、レオの剣道の試合も毎回、見に行っていたし、シミュレーションは完璧だ。あとはアレだ。こっちは今の今まで逆胴を打つ機会が無かったから、完全に隠し球が決まった形とも言える。
「二本目!」
元の位置に戻り、二本目が始まる。今度は直後に仕掛けてくるような事はなかった。てっきり、三分しかない試合の中でまた飛び込んでくるものだと思ったが。流石、強豪校のキャプテンだ。場数が違う。
さて、二本目。あと一本決めれば勝ちだし、逃げ切っても勝ちだ。かと言って、俺は逃げるタマではない。ここで逃げてて、県大会以上で通用するもんかよ。
「……」
「……」
かと言って、元々自分から仕掛けに行くタイプではないので不要に飛び込まないが。
しばらく構え合い。向こうもこちらがカウンタータイプだと知っているのだろう。不要な仕掛けはやはりしない。しかし、このままだとジリ貧なのそっちだ。
「……」
……決勝戦な上に、神崎さんが見に来てるのにお見合い一本勝ちは嫌だなぁ。先生も負けて元々って言ってたし、たまにはこっちから仕掛ける事も勉強しておくか。
隙の伺い合いの中、今度は仕掛けに行ってみた。左足を軸に、正面から小手体当たりを放った。向こうはそれを受けて鍔迫り合いになるが、すぐに下がって元の位置に戻る。追撃しようにも、剣先を真っ直ぐ伸ばしているため、近寄らない。近寄れば、胴に剣先が引っかかる。
今度は、向こうから仕掛けてきた。面打ち。それを返し胴で切り返そうとしたが、元々、一本取るつもりのない面だったのだろう。ガードされ、身体に体当たりを放ちつつさらに小手で距離を詰めてくる。
その小手を鍔で切り上げて面を放つと、それをガードされて返し面を放って来たので、避けて距離を置こうとする。
が、それでも逃してくれなかった。まるで狙わせまいとしているような攻めに、微妙に押されつつも落ち着いて捌く。必ず隙は出来る。
予想通り、隙と言えるものが来た。向こうが引き面を放った事だ。それは悪手だぜ、不用意な引き技はこっちに追撃のチャンスを渡すようなものだ。
後を追い、俺は微妙に竹刀を下げた。面を打たせるためだ。予想通り、振り上げていた竹刀を振り下ろして来た。ならば、俺は出鼻小手を……あ、ヤバい。相小手面だこれ。
「小手ッ……!」
「小手面ヤァアアアアッ‼︎」
相小手面。相手の小手に対する応じ技で、小手を初殺した上で、さらに面を放ってくる技だ。まんまと誘い出され、これで1対1である。残り、一本。泣いても笑ってもこれで決まりである。
マズいな……こんな神崎さんの目の前で負けるわけに行くかよ。カッコ悪いにも程があるでしょ。
「勝負!」
関係ないけど、三本目になった時の試合再開の合図が「勝負」なのカッコ良い。
そんな事を思っているうちに、向こうが仕掛けてきた。いきなり小手面である。それを防いで小手に打ち返すが、それも防がれて一旦、お互いに距離を置く。ここから、お互いに一気に飛び込んだ。
放ったのは、俺は小手で向こうは小手面だが、そこでトラブルが起きた。向こうの剣先が、俺の右肘の内側に直撃した。
「痛ッ……!」
それにより、一瞬怯んだ隙に面が飛んで来た。ヤバい、これ負けるかも……!
そこから先は、ほぼ反射的な行動だった。今までいじめられて返り討ちにした時のクセだったのかもしれない。左手を離し、拳でその面をガードした。
「メェンッ……は?」
「イッ……テェエエエエッッ⁉︎」
やべぇ、死ぬ! 小手の硬くないとこで思いっきり受けた! 思わず変な声上げちゃったんですけど⁉︎
「ちょっ、やめ!」
思わず審判も素が出てしまっていた。
「え、君なんでそんな受け方したの? バカなの?」
「いやクセで……」
「クセ? どんな剣道教わってんの?」
「や、剣道のクセじゃなくて……」
「大丈夫? 竹刀持てる?」
「指先に力入らないです」
「だめだこれ。折れてるね多分それ。すみません、保健室までお願いします!」
「ちょっ、これどっちの勝ちになるんですか?」
「君はいいから怪我の心配をしていなさい」
そんなわけで、不戦敗になりました☆
×××
「なぁ、お前バカなのか?」
「……はい、バカでした……」
「ここ数ヶ月の頑張りは俺も認めてたし、上級生も認めてたよ。もう少し協調性付ければ良いのにって」
「……はい。その通りです」
「竹刀を拳でガードって、何考えてたらそうなるの? 俺まで監督不行届で怒られたんだけど」
「申し訳ありません……」
病院で、めちゃくちゃ怒られてた。や、ホントすみません……。先生もまさか竹刀を素手で受ける人がいるとは思わないよね……。にしても、病院のロビーで説教はマジでやめて欲しい。周りの視線の集中砲火が痛い。
一応、あのあとに対戦相手の選手が謝りに来てもらったけど、それはそれでかなり申し訳なかった。だって俺の自爆だもの。こっちもたくさん謝りました。
「とにかく、お前明日の団体は出なくて良いから」
「え、ええっ⁉︎ なんで!」
「当たり前だろ! お前、指三本骨折してんだよ! そんな状態で試合に出せるか!」
「行けますよ!」
「ぶっ飛ばすぞお前! 竹刀を持つ左手骨折してよく言えるな⁉︎」
む、た、たしかにそうだが……や、まぁ正直、団体は県大会まで行けないの分かってるんだけどね。うちの中学で県大会出場が決まってるのは俺含めて三人だし、勝ててもギリギリ……。
「え、ま、まさか県大会は⁉︎」
「怪我が治らなきゃ無理だな」
「マジかああああああ‼︎」
やべぇ、早く治さないと! しかもそれまで練習も出来ないし……や、待てよ? 片手腕立てならなんとか……。
「言っておくが、もしその身体で無茶するようなことがあれば、その時点で道場出禁にするからな。お前はうちの大事な戦力である以前に、うちの生徒だ。これ以上、怪我が悪化するような真似は許さん」
「うぐっ……す、すみません……」
「分かったら、安静にしていろよ。入院とかは無いから、学校には来い。明日は一年と一緒に運営の方に回ってもらうから。良いな?」
「……へいへい」
思わず反抗期のような返事をしてしまった。あーあ……バカな事したなぁ……。というか、改めて考えると冷静じゃなかったかもしれない。神崎さんに良いところを見せようと思って、もっと褒めてもらいたくて、一本とってから少し気が緩んでた。元々の実力は向こうのほうが上なんだし、二本目からも自分のスタイルを崩すべきじゃなかったんだろうなぁ……。
とりあえず、病院を出ようと自動ドアを通った時だ。ちょうど、見覚えのある銀髪が病院に入ってきた。
「あっ……」
「げ……か、神崎さん……」
「ん、神崎? 何してんだこんなとこで?」
声を掛けたのは先生だ。……あー、目を合わせづらい。というか、恥ずかしい……。周りから見れば俺は「女の子に良いとこ見せようとして失敗した恥ずかしい男」だ。その張本人の女の子が現れたら……それはもう死にたくなるよね。
「あ、あの……えっと……」
向こうは向こうで、周りから見れば「男の子のお見舞いに来た女の子」の絵が恥ずかしいのか、何やら言い澱んでいる。特に、同じ部活の女子も男子も来てくれていないのに、全く接点のない自分なら尚更だ。
正直、今の俺としてもあんまり現状は見て欲しくないんだよな……。あんな失態、レオにバレたら怒られる。
しかし、俺の心情とは真逆にも、すぐに神崎さんはその羞恥を必死に振り払ってしまった。
「そ、その愚者は……我が刃となりし剣豪! 故に、其奴を守護する生業は我が聖職!」
「なーに言ってんだお前」
「つ、つまり……! そ、その……その者の拠点へと続く冥界の道に付き添う役割は……!」
「いや、病院だけどこいつまだ死なねえぞ」
「う、うう〜……!」
ダメだ、この顧問全然翻訳できてない。あんた一応、国語教師でしょうが。ブリュンヒルデ語くらい分かりなさいよ。
俺が自分の言いたいことしていることを理解している、と察しているのか、神崎さんはチラチラ俺に目を向けて助けを求めて来るが……正直、今君と歩くのは嫌なんだよなぁ……。負けた理由が理由だし、何より怪我してる男が五体満足の女の子と歩くのはすごくダサくない? なんか守られてるみたいで。
なので、知らんぷりする事にした。
「あの、先生。明日も大会ですよね? 早めに帰りたいんですけど……」
「え? ああ、そうだな。神崎も病院に用事あるなら早めに済ませとけよ。もう少しで閉館時間だぞ」
「う、うううう! 桐原くんの意地悪! 怪我して大変だと思って様子見に来てあげたのに!」
「え、そうだったの?」
「知らんぷりするならもういいもん!」
そう言って引き返してしまった。あー……ヤバいな。怒らせちゃったかも……。ていうか、向こうには俺が「神崎さんに良いとこ見せようとした」っていうの通じてないわけだし、別に恥ずかしがる理由もしらばっくれる必要も無かったのでは?
今更になって冷静な観点が思いついて後悔し始めていると、隣の先生が声を掛けてきた。
「お前……今のは良くないぞ」
「え……」
「ホント、そういう所、直せ。芯があるのも良い事だけど、他人の為に少しは曲がることも覚えなさい」
あー……や、やっぱりそうなのかな……。
「特に、細かい事情は知らねえけど、神崎はお前の為にわざわざ来てくれたんだろ? それを不意にする奴があるか」
「す、すみません……」
「謝るなら俺にじゃなくて神崎に、だ。早く後を追って謝りに行きなさい。それと、神崎と一緒に帰る事。良いな?」
「は、はい……!」
とりあえず、慌てて神崎さん後を追った。うーん、でも怪我人を走らせるこの暴挙……や、まぁ俺が悪いし仕方ないか。
幸いにも、神崎さんはあまり足が早くない。すぐに追いつくことができた。
「ま、待った神崎さん!」
「やだ!」
「ま、待たれよ!」
「っ……」
あ、待つんだ。意外と簡単な子だな。じゃなくて。とにかく謝らないと……。
「ご、ごめん、悪かったよ!」
「……つーん」
「あー……」
どうしよう……謝り慣れていない弊害が……まぁ、言い訳くさいかもしんないけど、とりあえず言うだけ言ってみるか。
「あー……えっと、アレだ。……コホン。先の我が敗北は、完全に我の油断によるものよ。我が盟友たる貴様に完封勝利を謁見させようとした我が慢心が生み出した末路。その結末を貴様に知れる事を恐れたー……つまり、なんだ。えっとー……」
なんか、恥ずかしくなってきた……。大体、謁見って言葉の使い方合ってるの? そもそも、何をカミングアウトしてんだ俺は。言わなくて良いことも言ってるような……。
いいや、勢いで押し切れ! あとは、一緒に帰らないと……!
「あれだ。神崎さんと一緒に帰りたいので、帰って下さい!」
「え、ええっ⁉︎ 急に何⁉︎」
「え、な、なんで?」
え、一緒に帰るつもりで来てくれたんでしょ?
「わ、我は入院すると思ってお見舞いに来たの。敗北に気を落としてると思ったから! ……し、しかし、教諭と共にあっさりと病院から退去し……仕方ないから……な、慰めるだけでも、しようと思って……その、一緒に帰ろうと……」
「え、な、なんでそこまで……?」
「み、見てたから! ずーっと自宅で毎日、素振りしてる所! 血豆まで作ってたとこ……だから、落ち込んでるかなって……」
「……見てたの?」
「見てた!」
……あ、まさか文通を始めたのって……それがきっかけ? この人、いつから俺のこと知ってたの?
いや……そんな事はどうでも良い。そういうんじゃなくて、こう……もっと言わなければならない事は他にある。せっかく俺なんかに気を使ってくれた所、申し訳ないんだけど……それは無用だよ。
「別に、落ち込んでは無いよ。今回は完全に俺がやらかしただけだから。試合中に『誰かに良い所見せたい』なんてバカな考えで油断するようじゃダメだよ」
「……そ、そうなのか?」
「そうだよ。情けない負け方したもんだよ……」
もう少し、精神的にも鍛えないとダメだな。今度、滝にでも打たれてみようか……。顎に手を当てたままため息をついていると、神崎さんが隣からポツリと呟くように言った。
「しかし、我が第六感は別の答えを告げている」
「は?」
「我は美姫の祭典に参加する際に思いを耽る事は、やはり我が友や我が同胞達に『良かった』と心揺らがせる事を胸に秘める。無論、ファンの皆様にもだ」
ん? 突然、何を言ってるのか分からなくなったぞ。ファンって……もしかして、役者でもやっているのか? いや、言わんとしてる事は分かるけど。
「貴様がっ……か、仮にっ……わ、私のために……良い所を見せようとしても……異端ではないと、我は思う」
「……そう?」
「う、うむ……」
さっきから何を恥ずかしがってるのか分からないけど……まぁ、でも変じゃないと思うなら変じゃないのかな……。幸い、今の口ぶりだと、神崎さんも「女の子の前でカッコつけた」とは思っていないみたいだし。
「……そっか。じゃ、次は絶対に、勝つ所を神崎さんに見せるよ」
「……次は我から一つ、質問を良いか?」
「何?」
「……その、桐原くんは……思春期はまだ、なの?」
は? 何急に。思春期ってアレでしょ? なんか異性を意識したりする奴。いや、意識とか言われてもな……。特に無いと思うんだけど……いや、あるっちゃあるのかな。女の子の前だけカッコつけてるとか思われたくないし。
「どーなんだろ、わかんね」
「あ、うん。今のでわかった」
「え、俺思春期来てるの?」
「己で思考し、己で判断せよ」
「ええっ⁉︎」
とりあえず、情けない話だけど家まで送ってもらってしまった。