打ち上げから戻ってきた神崎蘭子は、なんだかんだ上機嫌だった。あの後、剣道の話を色々聞かせてもらい、それはもう妄想が捗った。主に、自分の衣装の妄想だが。
今の今までは西洋の神話に出てくるような黒と白の堕天使のような衣装を着たかったが、たまには和服を羽織り、腰に剣を挿すのも悪くないかもしれない。
そんなわけで、早速、記憶に残っている実際に見た剣道着を思い出しながら、グリモワールに絵を描き始めた。
「〜♪」
剣道着の上半身は袖があまり長くない。ああ見えて肘辺りまでしかないのだ。また、袴も一見、長ズボンに見えるが、ひらひらしていて風通しは良さそうだ。これで足を上げるような踊りをすればパンツが見えてしまうため出来ないが、剣道の動きを見ている限り足を上げる場面もない。
つまり、踊りも竹刀を使うような感じにすれば何の問題もないわけだ……なんて、衣装を提案したり、その衣装からダンスの妄想をするのが趣味だった。
そして、その趣味に没頭している時が、一番の突け入る隙となるわけで。
「確保ー!」
「「「うおおおお!」」」
「きゃわっ! ……えっ、えっ? な、何々⁉︎」
突然、開かれた扉から二宮飛鳥、アナスタシア、小日向美穂、そして指揮官の前川みくが突撃してきた。
なす術なく、飛鳥に右手、美穂に左手、そしてアナスタシアに下半身を捕らえられた蘭子は、身動き取れずに椅子に縛りつけられる。
その後を、最後にゆっくりと歩いてきたみくは、何故かサングラスをして「ココアシガレット」と書かれた箱から一本の食べられるキセルを抜き、口に挟む。
「……首尾はどうにゃ?」
悔しい事に、その仕草は少しかっこよかった。聞いたみくに、ノリノリの飛鳥が報告した。
「警視! 被疑者を確保しました!」
「よし、よくやったにゃ」
続いて、アナスタシアと美穂が報告する。
「け、ケーシ! 被疑者の太ももはフニフニしてて柔らかいです!」
「ふえっ⁉︎」
「うむ。他には?」
「軽視! 机の上に犯行に使われると思われる描き掛けの封書が!」
「そ、それは見ちゃダメ〜!」
「了解した。見せてみるにゃ」
抵抗する蘭子を三人がかりで抑えつつ、美穂からグリモワール……つまり、スケッチブックを受け取る。中をパラパラと捲るが、みくが欲しいと思うものはなかった。
「……手紙はなかったかにゃ?」
「手紙は見当たりません。机の上の筆記用具も、下絵用の鉛筆や消しゴムのみで、普段、ホシが用いられるシャーペンはありません!」
「ホシ? ショウコが関係ありますか?」
「あ、ごめんね。アーニャちゃん。ホシ、というのは警察の用語で被疑者のことを言うんだよ」
なんかチョイチョイ素に戻る為、緊張感は無かったが、それでも蘭子的に緊張感はあるわけで。何せ、男の子と文通していた事がバレるのだ。絶対に問い詰められるし、絶対に自分はすぐに吐くし、絶対にからかわれる。そうでなくても恥ずかしい。
「むぅ……となると、確保の機を見誤ったか……」
一々、カッコイイ言い方をするのが、少し腹が立った。そう言う表現もアリだな、的な。
というか、この人達は何をしに来たのだろうか? 何故、自分はごっこ遊びに巻き込まれている?
「二宮刑事、君はどう思う?」
みくが飛鳥にグリモワールの中を手渡した。そのページは、描き掛けの道着の衣装だ。
それを顎に手を当てて眺めた後、飛鳥は目を光らせてポツリと呟く。
「……妙、だね」
「妙、とは?」
「らん……被疑者の描く絵は、主に幻想的とも呼べる現実感の無さがモチーフの神々しさがメインだ。しかしこの絵は、まるでモデルがあるようにリアルで、その上で神々よりも我々、人類が身に纏う衣装と言える」
「なるほど。つまり?」
「被疑者はクロ。共犯者が存在する」
ギクリ、と蘭子の肩が跳ね上がった。何という洞察力。流石、同志なだけあった。
結論を出した前川警視は、ジロリと蘭子に目を移した。
「……と、いうわけだが、申し開きはあるかにゃ?」
「無論だ! 我に罪科などない! ……いや、強いて挙げるなら、この世に産み落とされし刻に……」
「あーそういうのいいから」
「そ、そういうの⁉︎ こっちのセリフだよ!」
悪ノリしているのはどう考えても向こうだ。まさか、自覚が無いのだろうか?
「やれやれ……神崎くん。君は自身の罪に自覚が無いのかにゃ?」
「それもこっちのセリフ!」
「アナスタシア新米刑事。彼女の罪を数えるにゃ」
「は、ハイ!」
新米刑事は肩書であって役職ではないとツッコミを入れたかったが、とにかく今は黙っておいた。なんか長引きそうだし、どうせ言いがかりに過ぎないものであるなら、そのまま聞いてやった上で言い返してやれば良い。
「えーっと……夜遅くまで遊び歩いた罪」
「……」
心当たりがあってしまった。
「それと、部屋の中で傘を振り回し、騒いだ罪」
それも心当たりがあった。というか、何故それを知っているのだろうか?
「最後に、コソコソと手紙を書いていた罪」
「そ、それは良いでしょー⁉︎ ていうかなんで知ってるの⁉︎」
思わず口から出てしまったが、それは失敗であったと蘭子は直感的に痛感する。何故なら、それを聞いた直後のみくの表情が、勝利を確信した悪役のような顔になったからだ。
「今『それは』と言ったにゃ?」
「え……?」
「つまり、前の二つの罪は認める、ということで良いにゃ?」
「あっ……」
慌てて口を塞ごうとしたが、両腕を拘束されているので動けない。その蘭子に、さらに一歩距離を詰めて、みくは仁王立ちした。
「さて、もう一度聞くにゃ。……これらの罪に、自覚はないと?」
「……あ、あります……」
ガックリと項垂れるしか無かった。
さて、改めて尋問の時間。椅子に座らせた蘭子の前で、四人のアイドルデカ達はベッドに腰を下ろす。
「では、訊問を……」
「その前に、何故、我が両腕を封印する⁉︎ 何処から手枷を顕現した⁉︎」
手枷、というか手錠だが、それに背もたれの後ろに両手を回されて封印されている。
その問いには、アナスタシアが微笑みながら答えた。
「早苗さんからくすねました」
「犯罪者はどっち⁉︎」
「て言うか、なんであの人まだ手錠持ってるんだろうね?」
「本人曰く、ロリコンプロデューサーの事案を防ぐためらしいよ」
美穂の問いに、飛鳥が答える。
その隣で、みくが蘭子に尋ねた。
「で、ここ一ヶ月の蘭子チャンの動きは全部、把握していたにゃ」
「ストーキング! プライバシーの侵害!」
「喧しい。そもそも、最初はノックしてたにゃ」
「そうだよね。気付かない蘭子が悪いよね」
それは迂闊だった。特に、傘を振り回していた下りは恥ずかしい。傘を振り回さない、なんて幼稚園や保育園で習う事だ。
「で、蘭子チャン。問題はみく達が把握していない部分の話で」
「全部じゃなかったの……?」
「誰と何の文通をしてたにゃ?」
うっ、と蘭子は目を逸らす。言いたくない。なるべくなら。男の子と会ってる、なんでバレれば絶対にからかわれる。
「……ほう、だんまりか」
「もしもしポリスメン?」
「いえ、ミホ。今は私達が警察ですから」
「ていうか、どこで知ったのそのアニメ」
そんな話をしながら、四人は手錠で繋がれた蘭子を見て全員が立ち上がった。何をされるのか、と思った直後、四人は指をワキワキし始める。
「吐きますくすぐりはやめて!」
速攻で折れた。
×××
「……と、言うわけで……」
結局、今日の打ち上げの話も何もかも話してしまった。成り行きとか色々と。
そんな中、すぐに食いついたのは飛鳥とアナスタシアだった。
「剣道⁉︎ どんな感じなんだい蘭子⁉︎」
「サムライですか⁉︎ サムライですね⁉︎」
「我が剣は、剣神をも超える剣技の持ち主。先日のラグナロクにおいても、ゼウスの雷に対抗し、先手を撃つ渾身の一撃を以ってして善戦せし者よ」
「飛鳥ちゃん、翻訳」
「この前の大会で準優勝したってさ」
「それはすごいね!」
「なるほど……今日の打ち上げはそういう事にゃ?」
みくの確認に、蘭子は頷いて答えた。まぁ、怪我するわ不戦敗になるわで、やはり残念会といった感じはあったが。
特に「神崎さんに良い所見せたかった!」なんてストレートに言われれば、ちゃんと思春期真っ只中な蘭子としてはどう受け止めれば良いのか分からない。
まぁ、なんであれスポーツに真摯に向き合える人に悪い人はいない、というイメージがあるみくは、気楽に聞いてみる事にした。
「ちなみに、中身はどんな子なの?」
「あー……そ、それは」
が、蘭子は目を逸らす。何処かに問題があるのだろうか?
「その……変な子で……」
「変な子?」
「……わ、私のためにカッコイイ所を見せようとした、とか……平気で言うし……」
「良い子じゃない? 普通の男の子なら、照れちゃって言えないよ」
美穂が言う事も分かる。それが思春期というものだ。男同士では気になる異性を見かける度に「あの子可愛くね?」「スタイル良くね?」とか話し合う癖に、いざ女の子を前にすると、無言で格好つけたりするものだ。体育の時とかすごく分かりやすい。
そんな中で、バカ正直な子というのは、むしろその方が好感が持てるというものだ。……まぁ、美穂的にはあんまりオープンになられると自分の方が恥ずかしくなってくるので、五分五分な気もするが。
「そう、なんだけど……その、なんていうか……思春期が来てない男の子というか……」
「え、ち、中学二年生でしょ?」
「何処までも無邪気で素直で……面を着けてるのに、決勝戦で注目されてソワソワしてるのが丸わかりの子で……」
「……一周回って可愛いにゃ」
かわいいのだが、同じ中学生の自分としては見てる自分も恥ずかしくなって来る。それは聞いていただけの飛鳥も同じのようで、少し頬を赤らめている。
「……蘭子や僕とは真逆だね……」
「それに……奴は変な悪ノリに身を預ける悪癖を持つ。文通に用いたヒエログリフも、何故か丸文字できゃぴきゃぴした口調を記していた」
「アー……マルモジ?」
「こういうのにゃ、アーニャちゃん」
みくがスマホでググってアナスタシアに見せる。
実際、文通に関しては蘭子にもツッコミどころがあったと思うので、他のメンバーは言及出来ない。そもそも、何故文通なのか。
実際は、結果的な面に目を向けると、蘭子語を一般人が翻訳するのに時間を要するから、返事をするのに時間が掛かる文通という形でコミュニケーションを図ったのは正解と言える。
まぁ、蘭子がそこまで考えていたのかは分からないが。
「でも、蘭子。要するにその子は『面倒臭い子』という事だろう? 何故、病院にお見舞いに行ってまで、彼と友達になったんだい?」
飛鳥がストレートに聞くと、みくと美穂は飛鳥の方を振り返った。それ聞いちゃうの? みたいな。
しかし、蘭子は狼狽ない。むしろ、それを聞いて今日一のポーズを取ってセリフを言い放った。
「我が同胞よ。貴様の言う事は最もだ。彼は面倒な事この上ないし、幼く、乙女心たる物をカケラも理解していない」
「なら……」
「しかし、そんな彼を眷属と出来るのもまた、私しかいない。ならば、私が刃をさらに研ぎ澄まし、この道が破滅を迎えるまで友として歩もう」
「……」
……なんかカッコ良い事を言っているが、要するに「あのダメな子の面倒を見れるのは私だけ」と母性本能が働いているだけだ。普通なら母性本能を働かせる側の蘭子を突き動かすとは、その少年は何処までダメなのか気になる所だ。
まぁ、そこまで言うなら四人とも止める必要はない。むしろ、これからは蘭子のストレス発散に付き合おうと思える所だ。
素直に感動し、四人ともウンウンと頷いていたのだから、ここでやめておけば良かったのだ。だが、蘭子は続けてしまった。
「それに……我が刃の剣道は他の者達のそれとは違い、すごくカッコイイ!」
「「「「……」」」」
やはり、カッコイイものにはなんでも心を開くいつもの蘭子だった。
もう好きにしてくれ、と思った四人は、立ち上がって「頑張ってネ」と挨拶して部屋を出て行った。手錠に手を繋がれた蘭子を、そのままにして。
これでプロローグ終わりです。