子供は秘密基地に憧れる。
六月。地区大会を終えて、無事に県大会出場を決めたこの季節、梅雨に突入した。外は今日も雨が降り注ぎ、地面がドッロドロのグッチャグチャにかき混ぜられる。
これにより、表を使う部活はほとんどがまともな練習休止になる。サッカー、野球、テニス、ソフト、陸上……などなど。それらは、校舎の一教室をつかい、机や椅子を退かして、室内で筋トレなどをするのだ。
そんな影響を一切、受けない剣道部だが、俺は影響を受けていた。雨による影響ではなく、怪我による影響である。何も出来ません。
部活が無い学校というのはとても退屈なもので、やる事がない。特に昼休みとか暇。友達もいないし……あ、いやいたわ。一人。
……どうする? 会いに行ってみるか? いや、でもあんまり軽はずみに行動すると怒られるしな……。こういう時は剣道と同じだ。こちらが飛び込んだ場合、どのように対処されるかを考えれば良い。
仮に俺が向こうに行ったとして、神崎さんがどう言う状況に置かれているかを想像しよう。例えば……そうだな。友達同士と一緒の可能性。神崎さん、良い子だし、俺と違って友達はいるだろう。
……友達がいたとして、俺が声をかけたときのデメリットは何かあるか。あるね、俺嫌われ者だし。
「……やっぱ、図書室で読書かな」
そう決めて、図書室に向かった。教室を出て欠伸をしながら階段の踊り場に出ると、窓から豪雨の様子を眺めている神崎さんの姿が見えた。……友達なんだし、呼び捨てでも良いのかな。あとで聞いてみよう。
一人なら、別に声をかけても平気かな、と思い声を掛けようとするが、神崎さんは何か独り言を呟いていた。
「天の涙……まさか、奴が降臨する前触れか……?」
「……」
何を言ってるんだこの子は。
「クックックッ……おもしろい。ならば、我が真の魔眼が相手になろう。貴様がこの地に降誕するその時が、貴様の最期となろう……」
……うーん、どうしよう。これ、声かけて良いのかな。デリカシーがどうのって話か? いや、しかしせっかくばったり友達で会ったのに声を掛けないのは……。
うだうだと悩んでいると、ふと神崎さんが何かに気づいたように動きを止めた。何かと思ってしばらく眺めていると、窓に映った神崎さんの視線は、窓越しに同じく映っていた俺に向けられていた。
それにより、ゆっくりと振り返る神崎さん。
「……見てたの?」
「……いや、今きたとこ」
「ほっ……そ、そっか……」
「なんかやってたの?」
「な、何でもない!」
我ながら上手い返し。やべぇ、俺ってコミュニケーション力ある方なんじゃね?
「そ、それより……我に何か用事が?」
「あ、いや図書室行こうと思って通り掛かっただけ」
「む、そ、そうか……」
「あ、もしアレなら……」
一緒にどう? と聞こうとした所で口が止まった。や、だって神崎さん暇してるなら気を使うことなんてないんじゃない? って感じで。
「暇だし、どっかでお喋りとかしない?」
……これで誘い文句は良いんだろうか。休み時間、よく別のクラスの奴が来たりするけど、いきなり用ある人の前の席に座って「さっき英語の授業でさぁ……」とか始まるから分からん。
「うむ、良いだろう。我が剣よ、共に密会と行こう」
「そっちの教室行こうか?」
「あ、いやそれはちょっと……」
まぁ、そりゃそうか。俺と一緒にいるとこなんて見られたくないだろうし。
「その……男女で二人で一緒にいると……噂、されちゃうから……」
「? 何の?」
「と、とにかく二人からはダメなの!」
「あそう」
まぁそう言うならそれで良いけど。
「じゃあ、どうする?」
「うーん……こういうのはどうか? 今日は我と貴様で校内を巡り、我らのアジトと言える場を捜索する。今後、そこで我らの密会を行う」
「むっ……良いねそれ」
アジト、かぁ……。中々、良い言葉の響きだ。特に、二人きりのアジトとか、それはもう最高にカッコ良い。元々、俺はあまり大人数で群れるのは好きじゃない。強くなりたければ、オンリーワンを目指すのがベストだ。レオも言ってた。
と、いうわけで、早速、校内を歩き始めた。
「あ、そうだ。せっかく友達になったんだし、呼び捨てで呼んでも良い?」
「許可しよう」
「じゃ、よろしく。蘭子」
「ふえっ⁉︎」
え、な、何……?
「ど、どうしたん?」
「や、その……そっち?」
「え、蘭子以外の名前が? 神崎=アルセーヌ・カムスサノヲ・ルシフェル・蘭子とか?」
「わ、悪くない……ではなく!」
なんだよ。てっきりレオも下の名前で呼べって言ってたし、神崎さんも似たような感じで良いかなって思ったんだけど……。
と、言うのも、レオもたまに風が強い日とかに「この風の色……まさか、ついに奴が……!」とか言うし、同じタイプだと思ってた。
「そ、その……下の名前で呼ばれるのは、恥ずかしいと言うか……」
「? なんでさ。蘭子って名前、恥ずかしいの? 俺は神崎さんに合った名前だと思うけど……」
「ーっ……!」
や、神崎さんの名前が「神崎デニーロ」とかなら分かるよ。でも、蘭子って名前は別に……。
しばらく、神崎さんは考え込んだ後、その場で百面相する。嬉しいのか恥ずかしいのか怒ってるのかわからないが、顔をとにかく赤くしているのだ。
が、やがて何かに吹っ切れたようで、無理矢理恥ずかしさを振り払うようにカッコ良いポーズを取った。
「で、では! 貴様にも我が真名を呼ぶ方を許可しよう!」
「じゃあ、蘭子ね」
「……えへへ」
……う、嬉しそうに……可愛……あ、いや可愛いなんて思ってない。女の子に対してそんな感情を抱くのはなんか恥ずかしい。小学生の頃、クラスの女子に「可愛い」なんて口走ってどんだけからかわれたか思い出せ。「好きなんだろ」「素直になれ」の雨嵐だった。
とりあえず、二人で校内を巡る。と言っても、まずは東棟の方は無理だ。教室しかない上に学生が多いから二人きりとか絶対に無理。となると、必然的にもう片方の西棟に向かう事になった。
のんびりと歩いていると、ふと気になった事を聞いてみた。
「そういや、蘭子」
「む?」
「休み時間とかどうしてんの?」
「あ……や、休み時間は……」
言いづらい事なのか、急に言い淀む蘭子。いや、単純に気になって。だってさっき一人で厨二病ごっこしてたでしょ。言わないけど。
「その……我も、実はこの学院においての眷属が少ない」
「あ、そうなんだ」
それは意外だ。
「俺と一緒?」
「け、決していないわけではない! ……ただ、その者が病魔に侵された時や、戦乙女に成り代わる時、やはり我が仮面も孤高の魔王へと変貌する」
「あー……なるほど。今日はその子は?」
「バスケ部の大会に参戦している」
なるほど。バスケなら雨とか関係ないしね。にしても、バスケ部かぁ……。カッコ良いよね。レオが黒子のバスケとか読んでたから、俺も読んだ事あるよ。
ま、流石にそれに憧れてバスケを始めたってことはないだろうけど。あんまオタクの女の子って見たことないし。
しかし、それだと俺は結局、蘭子が暇な時にだけ遊ぶ程度って事になるな。全然、気にしないけど。
「大会といえば……剣の騎士団の都大会へのタイムリミットはどうなっている?」
「ん、八月中旬」
「ふむ……なら、その怪我の完治は期待できる」
「それまで練習はできないけどね……」
そこが一番のネックだ。まぁ、ブランク明けで勝ち上がる、と言う絵もかなりカッコ良いものだけどね。
「ふむ、我も援護部隊として向かわせてもらおう」
「来るのは良いけど、場所学校じゃないよ」
「む、そうなのか?」
「来てくれるなら、今度こそ勝ちをお目に見せよう」
「ふふ、楽しみさせてもらおう」
そんな話をしながら、のんびりと校内を見て回った。やはりどの教室も基本的に鍵が掛かっていて、入れない所ばかりだ。
まぁ、そう簡単に見つかりはしないわな。気長に行こう。
「む、8月と言えば……夏休み中か?」
「そうだね。夏に7月31日〜8月2日まで合宿に行って、その二週間後に試合」
「合宿……」
「あんまりキツくないよ。うちの中学は剣道強豪ってわけでもないから、三日間で12時間しか練習ないし。正直、俺は休んでレオ……兄貴の高校に出稽古に行きたいくらいだからね」
去年の冬休みと今年の春休みは参加させてもらった。死ぬかと思った。
「……でも、我は合宿に参加すべきだと進言する」
「え、なんで?」
「剣道について、我に特別な知識があるわけではないが、どんな個人技であっても『組織』に所属している獣であるならば、群れの動きに忠実であるべきだから」
……それは、何かの比喩表現? それとも、本当に言ってるのか? たまに蘭子の台詞って妙な説得力があるんだよな……。
「……そ、そういうもん?」
「そういうもの」
……まぁ、蘭子がそう言うなら信じてみようかな。何せ、最初の友達だし。でも、うちの中学の連中かぁ……。正直、あんま良い思い出ないんだよな。
「……まぁ、分かったよ。行ってみる」
「うむ」
「なんか、蘭子って口調の割にしっかりした奴なんだな」
「え、そ、そう……?」
「ああ」
驚いてる。もっと自由なタイプだと思ってた。
「なんか、ほんとに俺なんかにゃ勿体ない友達だよ。しっかりしてるし、俺なんかにも付き合ってくれるし……」
「え、えへへ……」
「さっき階段で何かの降臨を予期してた奴とは思えないな」
「そ、そんな褒めなくても……今なんて?」
……あ、やべっ。褒めるのに夢中になって言わなくて良いことまで……。
「あー……今のは……」
弁解しようとした時には遅かった顔を真っ赤にした蘭子が、キッと俺を睨んで両手を振り回して来る。
「き、虚言者には魔王の制裁をー!」
「ご、ごめんっていうか俺怪我人だからー!」
慌てて避けようと後ずさった時だ。背中を後ろの教室の扉に強打した。直後、ガタッという嫌な音が耳に響く。俺は凍りついたが、蘭子は気付いていない。
俺の身体が押し倒れるような感覚で、ようやくハッとしたようだ。
「「えっ」」
これ……扉外れてる? そう思った頃には、俺と蘭子は後ろに倒れ込んでいた。蘭子に怪我をさせるわけにもいかないので、倒れそうになる蘭子を後ろに右手で突き飛ばしつつ、左手はなるべく何処にもぶつけないように宙に掲げて倒れた。
「きゃっ……!」
蘭子は立ったままで何とか堪え、俺だけ後ろにひっくり返った。そんな俺を見て、慌てて蘭子は駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫……⁉︎」
「平気平気。剣道で転ぶことだってあるし」
転んだ相手への追い討ちは一発までなら認められています。片膝をついた状態で逆胴を打つ事は俺のカッコ良い目標の一つだ。
「ごめんなさい……怪我は?」
「いや、ほんと平気だから。元々してた奴以外は特にない」
そう言いつつ、立ち上がる。そんな事より、扉を直さないとまずい。慌てて扉を起こして立てかけ始めた。
「ちょっ、片腕じゃやりづら……! ら、蘭子手伝って!」
「あ、う、うん……!」
二人がかりで扉をかけ始めた。この中学も、もう長いこと使われてるから、割とボロボロなんだな……。
試行錯誤し、なんとか人が来る前に直すことに成功した。単純な作りで良かったわ。
二人揃って、ホッとしながらその扉の内側で腰を下ろす。
「ふぅ……焦ったわ。顧問にバレたら殺される……」
「我が黄金の右手に掛かれば、世界の修復など容易い……!」
「破壊も容易かったよね。……あ、左手が破壊、右手が修復とかカッコ良くね?」
「いただこう!」
「いやいや! 考えたの俺だから!」
「桐原くんは剣士でしょ! 能力なんて似合わない!」
うっ……それを言われると反論が出来ない。特に、剣士であるなら能力は持たず、ピュアファイターである方がカッコ良い。
「……ま、良いし。よく考えたらあんまカッコ良くないから」
「うっ……お、お子様!」
そんな風に下らない言い争いをしている時だ。チャイムの音が鳴り響いた。そろそろ授業の時間のようだ。
残念そうに蘭子はその場で伸びをして残念そうにつぶやく。
「あーあ……結局、我が魔王城となる拠点の発見には至らなかったか……」
「確かに……そんな都合の良い場所は……」
……あれ? つーか、ここじゃね? なんか知らんけど鍵はついてなかったし、使われていない椅子や机が山積みになっていて、今みたいに大騒ぎしても誰も来ない教室……完璧じゃん。
「ここだよ。ここで良いんじゃね?」
「え?」
「ほら、鍵もかかってなかったし、椅子と机もある。良くない?」
「……な、なるほど……」
すぐに理解すると、神崎さんは改めて教室の中を見回す。使われてない椅子と机しかない部屋。広さ的には4畳半ほど、一番奥の壁には窓があり、サボるのにも最適そうだ。
「うむ。決まりだ。ここを、我らの魔王城とする!」
「俺は多分、基本的にここに来るから、蘭子が来るかどうかは任せるよ」
「分かった!」
自主練も禁止になったし、たまには図書室の本とか借りればここに持ってこれるし。
そんなわけで、学校内で二人で集まれる教室が決まった。
蘭子の友達の子は別に誰でもありません。モブですし、もう出て来ません。